Coolier - 新生・東方創想話

歩け! イヌバシリさん vol.12(完)

2014/11/17 02:39:51
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※超絶オリジナル設定注意。
※一部残虐表現有り。



一作目は作品集144
二作目は作品集148
三作目は作品集154
四作目は作品集159
五作目は作品集165
六作目は作品集171
七作目は作品集174
八作目は作品集178
九作目は作品集188
十作目は作品集192
十一作目は作品集197 にあります。









【人物紹介】

犬走椛:哨戒部隊の隊長を務める白狼天狗。大天狗にツッコミを入れられる貴重な存在。
    前回の保守派の一件で心境にある変化が起きた。

射命丸文:新聞記者の鴉天狗。椛の事を好いている。能力、頭脳ともに優秀で、多くの幹部から一目置かれている。
     現在は、守矢の発電事業について色々と探っている。

姫海棠はたて:鴉天狗の新聞記者。天魔の血縁者であるが、その事を本人は知らない。親友として椛の事を好いている。
       母親が何者だったのか、気になっている。

河城にとり:エンジニアの河童。二足歩行のロボットを作れる謎の技術を持っている。
      椛とは長い付き合いで、時折気にかけている。

大天狗:天狗社会の序列二位。独身。売れ残り。かつて、暗部を率いて天狗社会の治安を裏から支えていた。
    最近になり、暗部時代にしていた事を悔やむようになった。

天魔:天狗社会の序列一位。天狗社会の元祖ロリババア。剣を持って跳ね回るその姿は、某ジェダイ騎士のマスターを彷彿とさせる。
   はたてに、自身との関係を明かそうかどうか、悩んでいる。






【 episode.1 デンジャラスビューティ 】


大天狗の屋敷。
来月の行事が書かれた紙を貰いに来た椛。

「大天狗様いらっしゃいます?」
「あ、モミちゃん? いいよ入って」

襖越しに入室の許可を得て、彼女の私室に入る。
長い髪を後ろで結い上げた妙齢の女性、大天狗は、和紙に必死に何かを書き込んでいた。

「なにを書いてるんですか?」
「お見合い写真に添えるプロフィール」

椛は紙面をのぞき込む。

「趣味・特技の欄に『茶道・生け花』って書いてますけど、大天狗様がソレやってるの一回も見たことないんですが?」
「過去に少し嗜んでいたわ」
「昔、藤の木を外法で触手生物に変えた事を言っているのなら書き直してください」
「え? あれ生け花にカウントしちゃダメ?」
「暴走してコッチが苗床にされそうになったのをお忘れですか?」
「ちぇっ」

紙をクシャクシャに丸めて捨てて、新しい紙を出す。

「じゃあ何書けばいいのかしら?」
「乗馬とかどうです?」
「あーいいわねそれ。書いとこ」
「あと弓とか」
「好き好んでやらないし、そんなに命中率良くないわよ? 趣味や特技って言える?」
「でも25貫の超強弓を引けるのは特技じゃありませんか?」
「全然嬉しくないんだけど」
「世の中には25貫引きたくても引けない子が大勢いるんですよ」
「大勢いないわよ」

けれども、一応書いておくことにする。

「あと居合の腕もすごいじゃないですか? 全流派の免許皆伝してるんでしたっけ?」
「まあね」
「手刀で唐竹割れますし。空手十段でしたっけ?」
「十五段」
「火縄銃などの火器の扱いも詳しいですし、一瞬で整備して組み立てちゃうじゃないですか?」
「そうね、一応、河童からの認定証貰ってるわね」
「確か研ぎ師の資格も持ってましたよね?」
「そういえば持ってたわ」
「あと他にも…」

数分後、椛の意見を取り入れた趣味特技欄を見返す。

「恐ろしいくらいに殺しの才能を前面に出した自己紹介文ですね」
「悪の組織に出す履歴書なら一発で受かるわね」

見れば見るほど、書き直したくなってくる。

「天狗社会なんて余所から見たら悪の組織と大差ないんですから、この内容で良いんじゃないですか?」
「ちょっと何言ってんのこの子」

結局書き直す事になり、今度は真面目に内容を考え、なんとか完成させた。




「ところで、夕方に記念撮影あるのは知ってるわよね?」

時計を見ながら大天狗は言う。

「分かってます」
「今日の撮影は、どの時期に誰が隊長をしていたのかをちゃんと記録しておく意味もあるんだから、すっぽかしちゃ駄目よ?」

天狗社会の慣わしとして、その期の隊長を務めた者は、集合写真を撮る事になっており、今日がその日だった。

「しかしモミちゃんが隊長になって一年半経つわけか」
「あっという間でしたね」

隊長職の任期は二年。二年を一つの期として数えている。

「来期も隊長職を続けるの?」
「どうしましょうかね。平隊員に戻るのも良いかもしれません」

任期を迎えた後、本人が希望すれば隊長職を返上することが出来る。
最も、返上する隊長は稀で、怪我や高齢、転職など、余程の事がない限りは隊長職を継続するのが常識だった。

「来月には継続の手続をするための書類が送られるから、それまでに決めておきなさい」
「わかりました」

大天狗は壁にかかった時計を再び見ると、何やら逆算を始めた。

「まだだいぶ時間があるとはいえ、普段は全然着飾らないんだから、今の内から準備しておいた方が良くない?」
「準備?」
「おめかしよ。まさかその格好で写る気?」
「そのつもりですが?」
「なんで?」
「なんでって、服装は自由だと仰ったじゃないですか」
「…」

大天狗は口を開けたまましばらく固まった後、おもむろに立ち上がり、部屋の襖を開けて、従者を呼びつけた。

「良い、今からモミちゃんの詰所に行って…」
「はい………はい………かしこまりました」

二、三、言葉を交わして従者を送り出した。

「従者さんと何を話していたのですか?」
「内緒」
「そろそろ詰所に戻りますね」
「あ、待ってモミちゃん」
「なんですか?」
「ヒマだから、もう少しお喋りに付き合ってよ」
「まぁ別に構いませんが」

引き止められ、彼女の雑談に付き合った。






「その時に小天狗の孫が言った言葉がまた傑作でね」

取留めの無い話が始まって、かれこれ三十分が経過する。

「あの、大天狗様そろそろ…」

気が滅入って来たので、退室を希望する。

「そうね。これだけ稼げれば十分ね」
「十分?」
「こっちのコトよ、気にしないで。ところでモミちゃん。最後にあと一個だけ」

僅かに大天狗の雰囲気が変わる、今までしていた雑談とは明らかに違う空気を感じた。

「なんですか改まって?」
「ここ最近、妙なこと考えてない?」
「妙とは?」
「この前の、保守派壊滅の一件以来、態度や言動はいつも通りなんだけど、なんか雰囲気が違うのよねぇ」
「雰囲気ですか?」
「なんか私と同じようなモノを抱えているような気がしてね。まぁ気のせいなら良いのよ」

それを伝えてから、椛を送り出した。
















椛が大天狗との雑談を終えた頃。
哨戒部隊の詰所。

「暇ね」
「そうっスね」

詰所の最奥にある座敷。そこの壁に女性隊員二人が背中を預けていた。
入口付近は男性隊員が大勢たむろしているため、この場所で過ごすのが二人の日課になっていた。

「文さんやお嬢が差し入れ持って遊びに来てくんないでスかねぇ」

“お嬢”とは、姫海棠はたての愛称である。いつの間にか彼女はここではそう呼ばれるようになっていた。

「新聞大会も近いみたいだし、当分はそっちに掛かりきりになるんじゃない?」
「そんな。お嬢が持ってくるお菓子だけがアテの唯一の楽しみだったのに…」
「どんだけ娯楽がないのよアンタ」
「ところで姉貴は何やってるんスか? 爪に妙なもの付けて」

この二人、実の姉妹ではないが、幼い頃からの知り合いで、姉貴分と妹分の間柄だった。

「ヒマだし、昨日買ったマニキュアを試してるのよ。塗ってみる?」
「アテにはドーモそのオシャレってヤツの必要性が感じられません」
「アンタももう良い歳でしょう。そろそろ髪伸ばして、化粧くらい覚えたらどう? 遠くから見たら男と区別つかないわよ?」
「放っておいてくだ……ん?」
「どうしたの?」
「なんかそこの床が動いたような」

二人の視線が畳に注がれた時だった。

「おいっす椛! 要望してた道具が出来たよ!!」

畳が跳ね上がり、河城にとりが顔を出した。

「河城の姉御!? どこから出てきてんでスか!?」

隊員達の驚愕など意に介さず、にとりは座敷の上に這い出る。
彼女が出て来た穴はずっと地下までつながっていた。

「なんですかこの穴?」
「先日、地下工房を拡張しようと思って掘ってたら偶然ここの真下を通ってね。せっかくだから繋げておいたんだ」
「どこからツッコんで良いのかしら?」

なぜ地下工房を拡張する必要があるのか、どうやって掘ったのか、なんで繋げようと思ったのか、疑問は尽きない。

「それで椛は?」
「隊長なら今、大天狗様の所っスよ」
「なんだ。せっかくオーダーの品が完成したから持ってきたのに」

にとりはリュックを漁ると、柔らかい棒状のものを一本取り出した。

「捕縛用アイテム『トリモチ・セイバー』。自信作だよ」

蜘蛛妖怪が作り出す粘着性の高い糸を人工的に精製する事に成功したにとりは、それを一本の棒に加工した。

「触れた相手に貼り付いて、お餅みたいに伸びて徐々に身体の自由を奪うんだ」

相手を効果的に無力化できるものはないか、という椛の声を、にとりが形にしたものである。

「へー、これなら相手の武器を奪ったりもできて便利ですね」
「そうでしょ? あと、まだ試作品なんだけど、これを網状にして発射する『トリモチ・シューター』っていうのを…」

「失礼致します」

しゃがれた声にも関わらず、その声は詰所の端まで響いた。
入口で老いを感じさせる風貌の男性が、恭しく頭を下げていた。

「従者さんじゃないですか!? ど、どうぞ! 上がってください!」

彼が顔を上げた瞬間、休憩中だった者までもが背筋を伸ばし、機敏に動きだす。

「ささっ、こちらへ!! おい早く座布団! 一番良い奴!!」
「なぁこの玉露ってやつ使っていいのか!?」
「馬鹿野郎! 今使わずに何時使うんだよ!!」
「茶菓子何処だよ! 湿気った煎餅なんて出せねぇだろ!!」
「そこの床板を外せ! 隊長秘蔵の菓子があったハズだ!!」

驚異の連携で彼を持て成す準備が整っていく。

「ねぇ、なんで従者さんだけあんなに対応が違うの?」

にとりが近くにいた短髪の女性隊員に尋ねる。
ゴロツキ上がりの連中が、大天狗の世話係にここまで平身低頭するのが謎だった。

「あの大天狗様と四六時中居て胃潰瘍にならない鋼の精神、超ワガママなあの方の機嫌を損ねさせない思慮深さ。敬うなという方が無理っスよ」
「あー、確かに」

そうこうしている間に、散らかっていた詰所の中は綺麗に整頓された。

「皆さんお忙しい時に大変申し訳ありません」
「とんでもありません。今日はどうなさいました?」

彼を応対したのは、内勤が主な業務の少女だった。礼儀作法を碌に知らない男共では粗相があってはいけないと、立候補した。

「大天狗様から犬走隊長宛てに、こちらを預かっておりまして」

藍染の風呂敷を広げると、丁寧に折られた着物と小箱に纏められた化粧道具一式が出てきた。

「本日の夕方、隊長職の方が集まって記念写真を撮る恒例の行事があるのですが、犬走隊長は普段の衣装で参加するつもりらしく…」
「普通、そういう場では正装ですよね?」
「そうなんですが、表向きは自由な服装で構わないという事になってますので」

ここまで言われて、大体の事情を察した。

「わかりました。なんとか隊長にこちらを着せて、会場まで向かわせます」
「大変かもしれませんが、よろしくお願い致します」

従者を丁重に見送ってから、彼が置いて行った風呂敷を一同は取り囲む。

「めかし込んだ隊長か、ちょっと見てみたいな」
「そうだな。案外、ノリノリで着たりしてな」
「いや。椛ってお洒落アレルギーだから、こういうのは絶対に着ないと思う」

にとりは渋い顔で、楽観視する男性隊員達に告げた。

「なんですかその面白い症状は?」
「椛は自分の給料の三分の一以上する値段の、着物や小物を身に着けると蕁麻疹が出る」
(なんでだろう。その光景がすごく容易に想像できてしまう)

全員の脳内に高価な装飾品を身に着けた瞬間に泡を吹いて倒れる椛の姿が簡単に浮かんだ。

「じゃあどうやって隊長に着せるよ? 説得できないなら実力行使しかないぞ?」
「とんでもねぇクエストを受注しちまったな」

最悪の場合を全員が想定し始める。

「お茶に痺れ薬でも混ぜてその間に着せちまうとか?」
「普段なら最低な発想だと罵るが、隊長にはそれくらいしないと無理だろうな」
「臭いでバレるだろ?」
「というか効かなかったわ」
「っ!?」

不穏な発言をした者に一斉に視線が向く。
発言者は女性の隊員。隊が発足して間もない頃に、文に椛を性的に狙っている事を告げてロメロスペシャルを喰らった過去を持つ。

「ずっと前に、夜勤で隊長と二人っきりになる時があってチャンスだと思って実行したんだけど、平然としてたわ」
「なにやってんスかお前?」
「そういえば椛、幼い頃、訓練の一環で食事に少量の毒を混ぜて身体を慣らしたって話をしてたなぁ」

その時は、酒の席での冗談だと思っていたが、今になり真実だと知る。

「どんな幼少時代でスか? しかし、そうなると残った方法は一つ」
「早速私の発明品の出番だね!」

にとりが自分のリュックをひっくり返すと、白い棒がザラザラと何本も出て来た。













大天狗との雑談を切り上げて詰所に戻ってきた椛。

「今帰った、ぞ?」

詰所の戸に手をかけた瞬間、不穏な気配を感じ、体を半歩引いてから、いつもと同じ速さで戸を開ける。

「隊長! 覚悟!!」

上段で振りかぶる隊員。椛は彼が振り下ろすよりも先に、足払いで彼のくるぶしを叩く。

「ぐおっ!」

よろけた所ですかさず襟を掴み、巴投げの要領で後方に放り投げた。

「今の場面は上段ではなく突きだ。狭い場所での不意打ちは刺突の方が成功しやすい」

いつも剣術勝負を挑んでくる青年にそう助言してから戸を閉め、彼を外に締め出した。

「アイツめ、とうとう不意打ちするようになったか…………お前たちどうした?」

詰所に帰って来て、雰囲気がいつもと異なることに気づく。

「何かあったのか? というか、お前たちが持っている棒はなんだ? あいつも持っていたようだが?」
「…」

視線を向けられた隊員は気まずそうに顔を逸らしつつ、背中で棒を隠す。
事前の打ち合わせでは、今ここで集団で飛びかかる手筈なのだが、全員が怖気づいてしまっていた。

「なんなんだ一体?」
「あのね椛、実は大天狗様から~」

見かねたにとりが、先ほど大天狗の従者が来て椛のための着物を置いて行ったことを伝えた。

「そういう事だったんですか。それならそうと言ってくれれば良かったのに」

呆れたと言わんばかりに大きなため息をつく。

「驚かせて悪かったね。じゃあ早速あれに着替え…」
「さて、急用を思い出した」

素早く身体をターンさせる。

「チョッ、どこ行くんスか隊長!?」
「そろそろ教会へ礼拝に行く時間だから」
「いつからクリスチャンになったんスか!! おい男子ども止めろ!!」

彼女の呼びかけに答え、四人の隊員が動く。この四人、隊の中でも上位の腕前を持つ猛者たちである。

「まぁまぁ、隊長。せいぜい小一時間の我慢じゃないですか?」
「そうですって、晴れの日に女性が着飾るのなんて普通の事だと思いますよ?」

厳つい顔に屈強な身体の四人が、扉の前を固め通せんぼする。

「        どけよ         殺すぞ          ?   」
「…」

四人は両端に寄ると。

「いってらっしゃいませ」

一流ホテルのドアマンのような優雅な身のこなしで戸を開け、腰を直角に曲げた。
開けられた戸から椛は悠々と外へ出た。

「くぅぅおぉらぁぁ男子共! 何やってんスか!!」
「無理、絶対無理だってあんなんっ!!」
「ネコ科みたいに眼がすんごいギラギラしたんだぞ!」
「これから誰かを殺りに行く眼だよあれ」
「手の震えが止まらん」

「その図体は飾りっスかバカぁ!!」

にとり達が詰所の外に出た時には、椛の姿はどこにもなかった。











話し合いの結果、にとり達はそれぞれの班に分かれて椛を探すことにした。

「あの針葉樹林の方から隊長のものと思わしき足音が」

にとりが同行するのは、聴覚の優れた隊員を中心に編成された班だった。

「ねえ、あの小屋は?」

双眼鏡で針葉樹林を見ていたにとりは、林の中にポツンと佇む家屋を見つけた。

「ウチの隊が管理している備品倉庫です。武器とか色んな資材が保管されています」
「鍵が開いてるように見えるんだけど」
「え?」

近づき、中を検(あらた)める。道具が持ち出された形跡がった。

「椛なら当然、ここの開け方を知ってるんだよね?」
「はい。だからこれはきっと隊長の仕業かと」
「それじゃあここから先は用心して進まないと」

にとりの頬を冷や汗が伝う。

「どういう意味ですか?」
「ちょっと下がってて」

にとりがリュックに備え付けられているスイッチを押す。
すると、地面に三つの丸い穴が開き、そこから三体のヒグマを模したロボットがせり上がってくる。
ロボットは全てにとりの手製である。

「この辺も地下工房の真上だからね、少し弄らせてもらったんだ」
「地盤沈下が起きたら、間違いなく姉御のせいですからね」
「よし、進撃だよ!」

にとりの号令で、ヒグマロボ達は前進を始める。

「ニゲチャダメダ、ニゲチャダメダ、ニゲチャダメダ」
「アナタハシナナイワ、ワタシガマモルモノ」
「グーテンモルゲン」

しかし、踏み出して数秒で、ヒグマロボは三機とも行動不能に陥った。

「シラナイテンジョウダ」
「ワタシガシンデモ、カワリハイルモノ」
「アンタバカァ?」

落とし穴に落ちるロボ、網に捕えられるロボ、足に絡まったロープで逆さに吊るされるロボ。
全て、何者かが仕掛けた罠の餌食となった。

「これは一体?」
「椛、折り紙で鶴を折る感覚で罠作っちゃうからなぁ」
「あれ全部隊長の仕業ですか?」
「椛は地の利を生かす天才だからね。五分あればイノシシを、十五分あればヒグマを、三十分あれば一個師団を迎撃する罠を仕掛けられるよ」
「マジですかそれ」

慎重に慎重を重ね、彼らは椛の痕跡を追わざるを得なくなった。







間伐がろくに行われていない、針葉樹が密集する林の中。

「まぁこんなもんか」

木に足を掛けて、括り付けた縄の端を引っ張る椛の姿があった。

「御機嫌よう。イヌバシリちゃん」

背後から掛かる声に椛は驚くが、それを挙動に表わすことなく作業を続ける。

「いつも突然現れますね」
「神様は神出鬼没なのよ」

鍵山雛はスカートの裾を摘まんで、仕掛けられた縄や虎ばさみを跨ぎながら椛のもとまでやってくる。

「籠城するほど悪いことしたの?」
「いえ、別にそういうワケじゃないんですが」

事の顛末を話す。

「フフッ、それで逃げてきたの?」
「他人事だと思って」

笑いを堪える雛を見て軽くふて腐れる椛。

「良いじゃない。たまには可愛い格好したって」
「分不相応です。猫に小判だ」
「そうかしら? 素材は良いと思うわよ。ダイヤの原石かも?」
「良くて玄武岩です」
「あの素直で純粋だった白狼天狗の女の子は、一体どこへ行ってしまったのかしらね?」
「色々と経験しましたからね、そりゃあ捻くれもしますよ。私がどれだけ残酷な事をしてきたか、ご存じでしょう?」
「ああもう、全く」

雛が椛に肩を寄せる。
その直後、椛は全身に悪寒が走った。彼女の身体から見えない何かが漏れ出すのを感じた。

「今、何を…」

本能的に跳び退る椛。
椛が着地した瞬間、彼女がたった今結んでいた縄が切れ、罠が誤作動を起こす。

「うわっ!!?」

地面から出現した網に捕えられてしまう。

「ああああ!! やっと見つけたぞ椛ぃぃ!!」

そして最悪のタイミングでにとり達がやって来た。
道中、椛が仕掛けた罠を苦労して掻い潜ってきたようで、全員が泥だらけだった。

「こうなったら観念して彼らに捕まるしかなさそうね」
「貴女の仕業ですか?」
「さぁ、どうかしら?」

微笑み、椛の肩に指先を当てる。

「罪滅ぼしなんて馬鹿な考えは止めなさい」
「何の話ですか?」
「ここまで逃げて来たのも、気恥ずかしさの他に、自分のような咎人が煌びやかに着飾るなんておこがましいと心のどこかで思ってるからでしょう?」
「…」

椛は答えない。

「否定しないって事は、図星って事?」

椛が溜め込んでいた厄には、後悔の念が多く混じっていた。
ダム騒動の時には、こんなものは全く含まれていなかった。

「復讐する相手がいなくなったら、今度は贖罪に走るなんて、厄いにも程があるわよ?」
「贖罪なんて御大層なものじゃありませんよ。ただ、こんな自分に相応しいと思える生き方を選んでいるだけです」
「強いのね、貴女は」
「弱いですよ私は」
「芯の強さを言ってるのよ。過ちも罪も業も全部認めて、背負って進んで行こうなんて。誰もが出来ることじゃないわ」

喋っている間、雛の指先から椛の溜め込んでいた厄が吸われていた。

「でもそんな考えを持つようなら、自分本位で生きていたあの頃の方が幸せだったかもしれないわね。あの二人に出会う前の貴女の方が」
「それは違います。彼女たちが私を支えてくれたからこそ。私は、自分の過去とちゃんと向き合えて、前に進むことが出来たんですから」

その頃よりもマシになれていると椛は思う。

「それなら自分が幸せになることを優先しなさい。せっかく前に進めても、そんな心構えじゃ。あの二人があまりにも報われないわ」

雛が指を離し、数歩後ろに下がった。彼女の周りには今吸ったばかりの厄が漂っている。

「貴女は自分を受け入れて、ちゃんと向き合えた。だから早く次の段階に進みなさい」
「次の段階?」
「自分を許す、それが貴女が次にすべき事よ」
「それが出来れば、苦労はしません」
「割り切ればいいじゃない。得意でしょ? 自分と折り合いをつけるのが」
「私だって何度も自分に言い聞かせました。でも、どれだけそう思っても、ココが納得してくれないんです」

胸に手を当てて苦しそうな顔をした。



「雛が捕まえてくれたんだね」

ようやくにとり達がすぐ近くまでやって来た。

「本当に助かったよ」
「お安い御用よ」
「なんてお礼を言ったらいいか」
「いらないわよそんなの。その代わり、うんと可愛くしてあげてね」
「任せてよ!」

にとりは胸を叩き、自分の罠に掛かっている椛を見る。

「これ以上逃げないでよ椛。ここに来るまで冗談抜きで死にかけたんだから」
「こうなっては降参です。煮るなり焼くなりご自由に」

誤作動した罠から自力で逃げられそうにないため、椛は観念した。















詰所に連れ戻された椛は、にとりと女性隊員数名に囲まれる。

「動かないでください」
「テキトーで良いぞ」
「駄目です。みっちりやらせていただきます」

椛の前には、大天狗が用意した化粧道具の他に、女性隊員の私物の化粧品も並んでいた。

「集合写真に普段の格好で行くとか何考えてるんですか?」

椛の正面に座る女性隊員が、パフを顔にあてがいながら、呆れた口調で言う。
ちなみにこの時、男の隊員は全員外に追い出されている。

「別に良いだろう。何か不都合があるわけでもない」
「貴女は私達の自慢の隊長なんですから、私達に恥をかかせないでくださいよ」
「……すまない。軽率だった」

自分の思慮の浅さを恥じた。

「良い部下を持ったね椛」

嬉しそうににとりが笑う。

「早く終わらせてくれ。くすぐったくて敵わん」

なんだか背中がムズかゆくなってきて部下を急かす。

「七五三の子供じゃないですから、我慢してください」
「ねーこれ使いましょうよ。秋の新作」
「サンセー、隊長って肌白いから絶対ソレが合うと思う」
「隊長って化粧するにしても、いつも薄いから、一回こうしてガッツリやってみたいと思ってたんですよ♪」
「お前たち、まさか私を着せ替え人形にするつもりじゃないだろうな?」

和気藹々とした雰囲気で、椛の化粧は進んでいった。







数人がかりという事もあり、化粧の時間はそれほど掛からなかった。

「ばっちりです。濃すぎず薄すぎずの程よい感じに仕上がりました」
「隊長、目が大きんで、どうするのが一番良いか悩みましたよ」
「髪、整いました」

化粧が終わると、次なる難所がやってくる。

「ほいじゃ椛、これ着て」

白と朱色で彩られた着物を、にとりは掲げる。

「大天狗様と従者さんが、どれが隊長に似合うか吟味に吟味を重ねて、選んだものだそうです」
「これは強敵だな」

一目でわかる高級感に、椛は固唾を飲んだ。





詰所の外。

≪はぁぁぁ!!≫
「っ!?」

外で待機していた隊員たちの耳に、気合の籠った椛の掛け声が届き、反射的に背筋を伸ばす。

「隊長のあんな気合が入った声、訓練でも聞いたことねーぞ」
「ああ」










再び詰所内。

(なんか呪われたアイテムを装着したみたいになってる)

袖を通してすぐ、小さく痙攣する椛を見ながらそう思うにとり。

「大丈夫ですか?」
「へ、平気だ。早く帯を…」

こうしてゆっくりと、しかし着実に着付けが行われた。
そしてついに、その瞬間がやってくる。

「出来ました隊長。装着完了です。お疲れ様でした」
「わー」

女性陣が小さく拍手をする。

「似合ってますよ隊長」
「お美しいです」
「くるって回ってみてください」
「こ、こうか?」

ペンギンのようにペタペタと、身体を揺らしながら回る。

「……うわぁ」
「普段、アシダカクモみたいに跳ねまわる方と同一人物だとは到底思えない」
「千年の恋も冷めるわよこれじゃあ」
「お前たちなんだその目は? 回れと言われたから回ってやったというのに」
「色気がねーんでスよ色気が! もう少しおしとやかに振舞えれば完璧なんスから!」
「お前にだけは言われたくない。言っとくが、隊が発足して半年くらい、お前を男だと思っていたからな?」
「マジっスかそれ!?」
「でも隊長、もうすこし優雅さがないと、せっかくの着物が映えませんよ?」
「そんな腹の足しにならんモノは、とうの昔に捨ててきた」
「では。賭けをしましょう」

別の女性隊員がそう切り出した。

「賭けだと?」
「そうです。これから入って来る男をドギマギさせれば隊長の勝ち、出来なければ我々の勝ちです」
「賭けと言ったが、一体何を賭けるんだ?」
「負けた方が勝った方にご馳走する、というのはどうでしょうか?」
「私が負けたらお前たち全員に奢るという事か」
「隊長が勝てば、私たちが一週間日替わりで手作りのお弁当をご用意致します」
「良し、いいだろう」

椛は賭けに合意する。

「まあそのご様子じゃ、勝負は決まったようなものですけど」
「言ったな? どうやら私の本気を知らないようだな」

軽い跳躍の後、椛は肩を回す。訓練を始める前にする準備運動と同じ動作だった。











「やっと終わったか」
「女の化粧ってなんでこんなにも長いんだ?」

終わったという知らせを聞き、男性隊員達がぞろぞろと中に入って来る。
奥の座敷。膝の上に指を揃えて正座する椛の横顔を見た彼らは、入口を潜ってすぐの所で、思わず足を止めてしまう。

(こいつぁ一体)

着る物一つでこうも変わるのかと面食らう。

「どうっスかね男共?」
「私らの本気よ」

椛を飾った女性隊員がふんすと鼻を鳴らす。
化粧の効果で表情が普段よりも朗らかに見え、着物も完璧に着こなしており、どこかの令嬢だと紹介されれば、そのまま信じてしまいそうになる。

「ま、まぁ良いんじゃないか? なあ?」
「お、おう。馬子にも衣装とはよく言ったもんだ」

男性隊員達は挙動不審になりながらお互いの表情を確認しあう。

「お前顔が赤いっスよ? 隊長にガチ惚れしたんスか?」
「ばっか! ちげーし!! 待ってる間ヒマだから素振りしてたせいだし! 俺よりコイツの方が赤いし!!」
「はぁ!? 赤くなってねーし普段からこんなんだし!! てか俺なんかよりそいつスンゲーきょどってるから! 怪しくね!?」

煽り合いが起きる。

「思春期真っ只中の学生スかアンタら?」

軽く呆れる。

「じゃあお前、隊長に普段みたいに話しかけて来いよ!」
「余裕だよんなもん!!」

煽り合いの末、ひとりが椛の元へ向かう。いつも椛に剣術の指導と称して戦いを挑む青年である。
座敷に正座する椛は静かに彼に視線を向ける。

「えーと、隊長?」
「なにかご用でしょうか?」
「っ!?」

いつもとは違う柔らかい口調と、未だかつて向けれることがない微笑みが隊員の胸を殴打する。

(これ本当に、いつも俺を打ち負かしてる人だよな?)

顔立ちが同じだけの別人に見えた。

「外はお寒いでしょう? どうぞこちらに。楽にしてください」
「あ、いえ、その、し、失礼します」

椛に促され、彼は下駄を脱ぎ正面に座る。

「あ、あのーですね」
「ハハッ」
「隊長?」

手の舞い足の踏む所を知らず、な状態になっている彼に苦笑し、足を崩し楽な姿勢をとる椛。

「ちょっと着飾って態度を変えただけで、大の男がそんな余裕のない顔をするなよ」

胡坐をかき、頬杖をつく。
口調も顔つきも、彼が知っている彼女に戻っていた。

「もぉー勘弁してくださいよ隊長。全然別の人かと思って、焦ったじゃないですかー」

安心して胸を撫で下ろす。

「ああ、すまない。一生に一度、着るか着ないかの服だからな。ちょっと気分を味わいたかった…おっと」

慣れない衣装で足を組み替えようとしたのか、椛はバランスを崩す。

「大丈夫ですか?」

床に突っ伏っす寸前で、隊員に支えらる。

「高そうな服なんだから、汚したらだめですよ?」
「なぁ」

支えてくれている彼の袖をキュッと掴む。

「普段の私はそんなに、女としての魅力が無いのだろうか?」

か弱い声。
潤んだ瞳と上目づかい。
唇に薄く引かれた紅。
鼻腔をくすぐる香のかおり。
袖から伝わる彼女の震え。

「…」

味覚以外の彼の五感が、すべて椛に釘づけになる。

「あいつ堕ちたわね」
「ええ」

その光景を傍から見ていた第三者達は確信する。

「すげぇ、あざといってモンじゃねぇっスよアレ」
「警戒していたアイツの緊張を解し、完全にノーガードになった所に本命をぶつけて来たわね」
「女に理想を求める男のツボを、ピンポイントだわ」
「花魁も顔負けね」

冷静に椛の動きを分析する女性隊員たち。

「隊長!!」
「うおっ!?」

感極まった彼。

「ずっとお慕い申っ…」
「甘い」
「ふぐぅ」

椛の三角締めが極まり、脳への酸素と血液を遮断された彼は、数秒後に失神した。

(すげぇ椛。あの動きにくい服で完璧に寝技をこなしてる)

気を失った彼は、他の隊員に引き摺られて回収された。回収される最中、他の男性隊員に何度も蹴られていた。

「賭けは私の勝ちで良いか?」
「はい、おみそれしました」

女性陣は深く頭を下げる。結果的には彼女らの目論み通りなので、悔しさはない。むしろこうなってくれた事を喜んでいた。

「ささっ、雰囲気も身に着けたようですし、会場に向ってください」
「そうだな、少し早いが行くか」

風呂敷の中にあった、刺繍の入った漆塗りの厚底草履に足を置く。

「それじゃあ行ってくる」
「お気をつけて」

見送られ、慣れない足取りで外に出た。







「こんなのを履いてたら、交戦になった時、ロクに動けないな」
「今くらい、そういう考えは捨てなよ」

隊長職が集まる場に平隊員は行き辛いということで、にとりだけが椛に同行する。

「にしても驚いたよ。あんな椛初めて見た」
「任務で遊女の真似事をした事がありまして、多少の作法なんかは、仕込まれましたから」
「…」

困った顔で笑う椛に、にとりはどう反応して良いかわからなくなる。

「ちなみに琴や琵琶、横笛もその際に教わったので、簡単な演奏ならまだ出来ますよ」
「それ初耳だよ椛!?」

長い時間友人をやっているが、まだまだ知らないだらけなのだとにとりは気付く。

(きっと、もっとあるんだろうな。知らない事が)

そんな時ふと、過去にダムの前でしたやりとりを思い出す。

(いつか、語ってくれると良いな)

椛に、気持ちの整理がついてからで構わないから、ダム建設の裏で何が起きていたのか話して欲しいと頼んだ事があった。
頼んだのは一年ほど前で、約束として正式に結んだワケではないが、確かに椛は頷いてくれた。
その日が来てくれる事を、待ち遠しく思った。








無事、会場に到着するが、定刻まで時間があるせいか、姿を見せている隊長職はまだ数名だった。

「大天狗様がどこかにいると思うので、探してお礼を言ってきます」
「じゃあ、私はその辺で時間潰してるよ」

ここで別れるのも中途半端だと思い、終わるまで待つ事にしたにとり。
この会場は普段から開かれている公共の場であるため、河童が出歩いていても別段違和感はなく、椛と別れた後でも、堂々とぶらつけた。
途中、待合所の札を見つけ、入ってみることにした。

「失礼しまーす」

休憩所の戸を開ける。
中には一人、先客がいた。紋付き袴で、座禅を組んでいる、ずいぶんと体躯の恵まれた白狼天狗の男だった。
にとりの声に反応して男は目を開けた。

「おや、貴女でしたか」
(あれ? この人って確か)

目の前の白狼天狗には見覚えがあった。

「その節はご迷惑をおかけしました」

足を組んだまま、両手を畳につき深々と頭を下げる。

(やっぱり、あの時の白狼天狗さんだ)

以前、椛に真剣勝負を申し込んだ白狼天狗の男性だった。そのガタイの良さは嫌でも記憶に残っていた。

「気にしないでください。二人とも無事だっただけで、もう十分です」
「そうはいきません。この命、貴女に救われたも同然」

額を畳につける勢いで、さらに頭を下ろす。
椛が彼を堅物と呼んでいる理由がわかった。

「あ、頭を上げてくださいって」
「しかし」
「良いですから、本当に」

なんとか頭を上げさせて、用意されている座布団に座る。
にとりが備え付けの薬缶に手を伸ばすと、男は目を閉じて座禅を再開させた。

「…」
「…」

お互い、無言のまま時間が過ぎていく。

(なんだこの空気、すごく重い)

体躯の大きな彼から感じる圧迫感と威圧感のせいで、まったく気が休まらない。

(高級なはずの茶葉や菓子の味が全くわからない)

時間が来るまでここを喫茶店代わりにしようと考えていた自分を恨めしく思った。

(それにしても本当に大きいな。椛が『本当はカラクリなんじゃないか』って言ってたのもわかる気がする)

椛と同じ種族だというのが、にわかに信じられない。

(背中にスイッチとかないよね?)

首を伸ばして覗き込む。

「なにか?」
「あ、いえ。羽虫が飛んでいたので気になって」

咄嗟にごまかす。

「あの、それだけ大きいと、着る服とか特注にしないといけないから大変ですね?」

これをキッカケにして会話を試みる。

「いえ。それほどでも」
「そうですか」
「…」
「…」
(終わっちゃったよ会話!? え? なに? ひょっとして話しかけられて迷惑だった?)

もう一度話しかけて続かなければ、二度と干渉しないと誓い、再度声をかける。

「大きくなる秘訣とかあるんですか? 子供の時から食べ続けた物があったり?」
「スギとヒノキの皮を煮込んだ汁を毎晩寝る前に」
「えっ!?」
「冗談です。ウチはもともと体が大きくなりやすい家系のようで」
(冗談かい!?)

ますます困惑するにとり。

(本当になんなの!? わからない、この人がコミュ障なの? 私が悪いの?)

頭を抱えたい気持ちでいっぱいな時、襖が雑に開けられる。

「あらま、珍しい組み合わせね」

姿を見せたのは大天狗だった。
場の空気が一気にほぐれるのを感じた。

「あれ? 椛とは会いませんでしたか?」
「モミちゃん来てるの?」
「大天狗様からお借りした衣装での晴れ姿をお見せしようと探してましたよ」
「ちゃんと着てくれたのね。良かったわ」
「あの犬走が?」

男は驚愕し、口を手で覆う。

「そんなに意外?」
「無縁だと思っていましたから」
「確かに。椛って他の白狼天狗とはだいぶ違うもんね」

にとりは出会ったばかりの頃を思い起こす。

「協調性があんまりなくて。そこらの仲間より強いのに、出世したい、認められたい、褒められたいっていう素振りを全然見せなかったもんなぁ」

誰しもが持つであろう名誉欲や承認欲求を、椛はまるで持ち合わせていなかった。

「昔から仲間の内でも、犬走は異端扱いされていましたからね」
「やっぱりそうなんだ。まぁ白狼天狗だって大勢いるんだから、一人くらい変わり者がいたって…」
「あの子だって、元々は、多分、普通の白狼天狗の女の子だったはずよ」

聞いていた大天狗が会話に混ざる。

「あの子をあんな性格にしたのは、私達上層部なんじゃないかって、時々思うわ」
「どういう事ですか?」
「協調性が無いのは、骨が折れて痛いと訴えても、病に侵されて苦しいと縋っても、誰も聞き入れてくれなかったから」

都合など一切考慮せず、任務に駆り出した。使えないと判断したら、その場で捨て置いた。

「出世したいとか、褒められたいって感情が無いのは、昔、命懸けで戦って築いた功績を、私たちが同胞殺しと貶し、罵り、穢れたモノとして扱ったからだし」

その評価が、椛から誇りを奪い。他人からの評価が無価値なものだと潜在意識に刷り込んだ。

「理不尽な環境でも生きていけるよう、心が適応した結果が今のあの子よ。捻くれるなって方が無理よ。コイツみたいな例外もいるけど」
「失敬な。俺だってこれでも昔に比べかなり歪みましたよ」
「あーないない。アンタは今も昔も糞不器用なままよ」

手を振って、彼をあしらう。

「最近のモミちゃんは、白狼天狗としての気持ちを取り戻そうとしてるのか。なんだか危なっかしいのよね」

その言葉の意味がなんとなくだが、にとりも共感した。大天狗の言うように、ここ最近の椛には何か不安定なものを感じていた。

「これから先、あの子が幸せになれるか、なれないかは、多分この時期に決まると思うの。だから支えてあげてくれない?」
「はい、必ず」
「及ばずながら俺も…」
「アンタは関係ないでしょうが」
「ぬぅ」

そんな時、休憩室に新たな来訪者が現れる。

「こちらにいらっしゃいましたか大天狗様」

噂されていた椛が、ひょっこり顔を出した。

「おー似合ってる似合ってる」

大天狗が親指を立てる。

「やっぱモミちゃんにゃその色が似合うわ」
「着てるっていうよりも、着せられてるって感じですが」
「大丈夫。ちゃんと着こなせてるわ」
「わざわざ用意して貰って、なんとお礼を言っていいか」
「気にしなくていいのよ。どうせ押入れに眠ってた奴だし。服も本望よ」

もうすぐ定刻である事に気づき、一同は腰を上げる。

「ここ最近、何かと縁がありますね」

巨躯の白狼天狗に話しかける。

「見違えたな、別人かと思ったぞ」
「見違えたとは失礼な。もう少し言い方があるでしょうに。男ならもう少し気の利いた言葉を使ってください。ほら」

袖の中に手を引っ込め、軽く腕を開き挑発的に笑ってみせる。
にとりと大天狗は「こいつは見ものだ」と、困惑する彼に冷やかしの視線を送る。

「なんというかその…」
「はい」
「綺麗だ」
「ええ、ありがとうございます。他には?」
「他に?」
「そんな子供でも思いつく言葉で片付ける気ですか?」
「とても………綺麗だ」
「どうも」
「本当に………綺麗だ」
「ええ」
「かなり………綺麗だ」
「もういいです。行きましょうにとり」

小さなため息の後、にとりと共に椛はその場を後にした。
休憩室には、高身長な天狗二人が残る。

「…」
「アンタもそういう顔するのね?」
「あの、大天狗様」
「ん?」
「俺はどうやら、女性とうまく喋る技能が足りないようだ」
「は? アンタそれ今更気づいたの?」







写真撮影が終わり、椛とにとりは帰路につく。
夕焼けが、二人分の長い影を作っていた。

「あっけないくらいすぐに終わっちゃったね」
「集まって写真を撮るだけでしたからね」
「せっかくだからその格好で文さん家に行ったら? 仏様に出会ったみたいに拝み倒すと思うよ?」
「勘弁してくださいよ」

秋の夕日はまるでつるべ落としの如く、徐々に山を暗闇に染めていく。
吹き抜ける冷えた風が、にとりの心を訳もなく物寂しくさせた。

(秋は好きだけど苦手だなぁ、柄にもなく感傷的になっちゃうよ)

帰り道、椛と話している間、大天狗の言葉が頭の中を何度も行きかっていた。

「どうしました? 浮かない顔をして?」
「椛には生き甲斐ってある?」

だから聞かずにはいられなかった。

「これといって特には」
「私はさ、モノを作るのが大好きなんだ」
「存じてます」
「何を作ろうか考えてる時間はすごくワクワクするし、作っている間は時間を忘れちゃうくらい楽しいんだ。完成した時は達成感と感動で胸が一杯になるし、その作ったモノで誰かが喜んでくれると私もすごく嬉しい」
「それは、とても素敵ですね」

今は守矢の悪巧みを阻止する事で頭がいっぱいの椛にとって、にとりのその心の有りようが、とても眩しく見えた。

(これから先の事を考えたら、にとりと関わらない方が良いのかもしれない)

一度、巨躯の白狼天狗の小競り合いに巻き込んでしまい、泣かせた事を思い出す。

(きっとあの時よりも、もっと悲惨な事が起こる)

自分が過去に仕出かした事が、厄介ごとになって、これから何度も降り注いでくる。
そう思ったら、考えるよりも先に、口が動いた。

「だから椛もそういうのを見つけ…」
「あの、にとり?」
「なんだい?」
「いつか、ダムの前でした約束、覚えてますか? 気持ちの整理がついたら話すって言う」
「当然さ、忘れるわけないじゃないか」

覚えているのが自分だけじゃないとわかり、嬉しくなる。

「あれ、取り下げる事はできませんか?」
「へ?」

しかし、その歓喜は一瞬で崩された。

「なんでさ!?」

思わず叫んだ。

「私の過去に関わると、きっと火の粉が貴女にも及ぶ」
「こちとら河童でエンジニアだよ!! 火なんかにビビるもんか!!」
「そういう問題じゃないんです。この前みたいな思いをまた貴女に…」
「『こんなこともあろうかと』を地で行く私を舐めんな!!」

にとりはポケットからスイッチを取り出す。
押した瞬間、すぐ近くで大きな穴が二つ開き、何かが射出された。

「ザッケンナコラー!」
「スッゾコラー!」

粗暴な口調の、ダークスーツに身を包んだ二体のヒグマロボが、椛の左右に着地する。

「なんですかコイツら!?」
「荒事に特化させた『ヒグマロボ(ヤクザ仕様)』だよ!」

二体のロボは前足で椛の身体を器用にホールドする。

「オオジョーセー!」
「ヤンノカオラー!」
(なんて馬力だっ!?)

二体を振り払う事ができない。

「前みたいなことがあったから、急いで配備したんだ。椛があんな目に遭うのは二度と御免だと思って」
「にとり…」

平和なこのご時世で、戦っているのは自分だけだと思っていた。

「こうやって何とかするから。遠ざかんないでよ頼むから」
(とんでもない思い違いをしていた)

彼女もまた、戦っているのだ。
友を守りたいという、崇高な思いを胸に。自分に何が出来るかを必死に考えながら。

(貴女は私より、ずっと強い)

護ろうと思うのがそもそもおこがましかった。

「私の杞憂でした。取り下げの話は取り下げます」

その言葉を聞き、ロボは自分たちの穴に戻って行った。

「どうして椛はいつもそうやって一人で思いつめちゃうのかね?」
「きっとこういう性分なのでしょう」

日没後に現れた半分の月が、二人を淡く照らす。

「必ず話します。何時になるかは、まだわかりませんが」
「大丈夫。ちゃんと待ってるよ」

どちらからともなく手を出して、小指を絡めた。
今のにとりには、それだけで十分だった。



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