霊夢に誕生日がある事を初めて知った。
「何よ、さっきから人の顔をじろじろと」
「いや」
「分かっているわよ。お茶出せってんでしょ」
「そういう訳じゃないが、貰える物は貰う主義だ」
「はいはい。考えてみればいつもお茶を出してばっかじゃない。偶には魔理沙から何かお茶請けの一つでも貰いたいわ」
「酒の肴ならいつも持ってくるだろう」
「その時はお酒を出してあげてるじゃない」
お茶を淹れに去っていく霊夢の後ろ姿を見つめながら、私は未だに半信半疑で居た。
霊夢に誕生日があったのか。
霊夢だって人の子だから誕生日があって当たり前だが、霊夢の人間離れした雰囲気からか、もうすぐ霊夢の歳が一つ上がるなんていう普通の事が信じられない。博麗神社に来る前に、紫からその事を聞かされてから未だにその衝撃が抜けてない。
縁側に座り、ぼんやりと空を見上げながら考える。
霊夢に誕生日があるという驚きは、同時に自分にもそれがあるんだという衝撃でもある。
確かに誕生日というものは存在する。自分にもある。だが、私や霊夢の様に、人里から離れた人間にとって、年齢という概念はそこまで重要じゃない。人里であれば、三つ五つ七つと祝い、十一、十五、二十と節目が作られているそうだが、自分達にそんな節目は必要無く、歳はただ流れる様に重ねていくのみで、たった一日変わっただけで何かが変わる様な生活はしていない。
だから今までずっと誕生日なんて祝った事が無かった。この間、早苗の誕生日会に出席したのが初めてだ。妖怪達もそれは同じで、早苗の誕生日会に衝撃を受け感化されたらしく、妖怪の山では最近同じ様な趣向のお誕生日会が流行っている。私も何度か呼ばれ、贈り物と祝いの言葉を渡した。
だから誕生日が身近になっているのは確かだ。けれどそれでも、自分や霊夢に誕生日があるという至極当たり前の事に頭が回らなかった。誕生日会には呼ばれた事は、対岸の火事を見に行った様なものである。自分が主体となって祝わなければならない存在なんて香霖位しか居らず、その香霖もこの間誕生日を聞きに行ったら覚えていないと言われたから、自分がお誕生日会を開くなんて縁のない話だと思っていた。
けれど違った。傍に居たのだ。祝うべき人間が。
霊夢がお茶を持ってきたので、ありがたく頂いた。いつもの様に、いつもの味で淹れられたお茶。それを淹れたのはいつもの様に、いつもの顔で居る霊夢。
「お味はどう?」
「美味しいぜ。流石霊夢だ」
私の過剰な賞賛に、霊夢は呆れた様な笑顔を見せた。それもまたいつもの事。
最近偶に思い悩む事がある。
私は本当に霊夢の心を揺り動かせているのか。
私は本当に霊夢を笑わせられているのか。
霊夢は博麗の巫女としての意識からか、あるいは生来の性格からか、誰にでも分け隔てなく接する人間だ。誰かが霊夢に何かをすれば誰に対しても同じ様な反応を返すし、誰かと接していて相手によって態度を変える事はない。
例えば、たった今あった様に、私が霊夢と顔を合わせた時、必ず霊夢はお茶を淹れてくれるが、顔を合わせてからお茶を淹れるまでの所作は、いつ来たって同じ動きで奥に引込み、同じ味のお茶を出す。決められた事を決められた通りにこなしている様で、変化なんてない。余程体調が悪いとか、事態が逼迫しているとか、そういう事でもない限り、霊夢はいつだって普通の霊夢だ。そして多分、風邪を引いた時に見せた弱弱しい霊夢は、いつ風邪を引いても同じ様に弱った霊夢になるのだろう。
だから時偶思うのだ。
私は本当に霊夢の事を笑わせているのだろうか。霊夢は単に、私が笑わせようとしているから、笑うべき状況だと判断して義務的に笑っているんじゃないか。私が何をしたって、私が遊びに来たって、霊夢は何も思っていないんじゃないかって。
そんな事を悩んだって何の意味も無い事だけれど、ふとした拍子にそんなつまらない事を考えてしまう自分が居る。霊夢の特別になりたいとまでは言わない。ただ霊夢を喜ばせてあげたい。そう焦がれる自分が居る。
「だから何よ。あんま見るもんじゃないわよ、人の顔」
「ああ、悪い」
「何? 何かついている?」
霊夢が鼻の頭を擦りながらそう言った。
「いや、いつもの霊夢だぜ」
私は思った通りに答えた。
霊夢が不満そうに顔をしかめる。
私は一つ笑う。
そして沈黙が降りた。
いつもの事だ。
二人で居る時はお互いそこまで口数多くない。殊更話す事なんて限られているし、わざわざ話さなくては間が持たない仲でもない。けれど今だけは何だか息苦しく、黙っていられなかった。そして思わず思い浮かべていた言葉が口をついた。
「霊夢は、明日、誕生日なんだって?」
霊夢が驚くでも喜ぶでもなく、ただ不服そうな目を私に向けた。
「何で知っているのって、紫しかいないか。私の誕生日がどうこう言うのなんて」
「何か最近バースデイパーティっていうのが流行っているが、霊夢もそういうのを催すのか?」
「そんな事を取り立ててやるもんじゃないでしょ。生まれた日が来たからってなんだっていうのよ」
霊夢が妙に不機嫌な態度をとる。
誕生日に対する憎悪すら感じ取れた。
そこまでお誕生日会をしたくないのかと意外に思いつつ、何となく納得する思いもあった。
「でもみんな楽しそうだぜ」
「そりゃ楽しいでしょ。みんなで集まって飲んで騒いで。でもそれは祝われる人が歳を重ねたからじゃなくて、ただみんなで集まて騒ぎたいだけじゃない」
「お祝いってそういうもんだと思うけどな」
口ではそう言いつつも、私は得心する。霊夢は自分がだしに使われる事が嫌なのだ。ただ一方で、祝われる事に関して嫌悪は感じていない様だ。まあ、お祝い自体に嫌悪を覚える程霊夢はひねくれた人間ではないので当然だ。
そうと分かれば話は早い。妖怪の山でやっている様に大規模なお祝いは最初から出来無い。それは霊夢だって望んでいないみたいだ。だからもっと小ぢんまりとした、そう、何かプレゼントをあげて、一緒にケーキを食べて、そんな細やかなお祝いを開いたのなら、霊夢も喜んでくれるんじゃないか。
誕生日を祝われるのなんて初めてだろうし、きっと霊夢にとって特別な日に出来るだろう。本当に心の底から喜んでくれるかもしれない。
「おっし、燃えてきた。じゃあ、帰るぜ、霊夢」
「は? もう? 茶を飲みに来ただけ?」
「急に用事が出来たんだ。じゃあな」
「ちょっと」
霊夢が喜んでくれる様に、誕生日を祝ってあげたい。
私はそんな思いを胸に、魔法の森へ飛んだ。
「邪魔するぜ、アリス」
「うげえ。何しに来たのよ」
随分な挨拶である。
私の挨拶も人の事を言えたものではないが、アリスのそれはもっと酷い。私が何をしたというのか。
「何でそんな嫌そうなんだよ」
「あんたが、邪魔するぜって言った時は、大抵本当に何か面倒な頼み事を持ち込で来る時だからよ」
そうだったのか。自分の癖というのは中中気がつかないものだ。今度から、面倒事を持ってくる時は、邪魔するぜと言わない様にしようと心に誓った。
「大した話じゃないんだ」
「それも大した事がある時の、あんたの常套句よ」
揚げ足取りに構っている暇は無い。
「頼み事っていうのは他でもない。私にケーキの作り方を教えてくれ」
アリスが驚きで目を剥いた。
「ケーキを作って寄越せじゃなくて?」
一体アリスの中で私はどういう存在なんだ。
「それは手っ取り早いが、そういう訳にはいかないんだ。後生だから、私にケーキの作り方を教えてとプレゼントの準備を手伝ってくれ」
「何か一つ増えてるんですけど!」
理解の追い付いていない様子のアリスに、私は事の次第を説明した。
「はあ、それはまた」
霊夢の誕生日を祝いたい旨を伝えると、アリスが驚いた様子でそんな感嘆詞を吐いた。その気持は分からなくはない。私も霊夢に誕生日があると知った時は酷く驚いた。というか、未だに現実味が湧かない。
「いや、驚いているのはそっちじゃなくて。でも、まあ、はあ、あんたがねえ」
「私が何だ? 顔に何か付いているか?」
「いいえ。いつもなら図図しくて厚い面の皮が張り付いているけど、今日は随分さっぱりして清清しく見えるわ」
「気味の悪い事を言うなよ」
「まあ、良いんじゃない?」
アリスが、何だか優しげな、どこぞの尼僧が見せる様な、聖母じみた笑顔を浮かべる。
「きっと霊夢も喜ぶと思うわ」
「本当か!」
そうであるなら、それ以上の事は無い。
「うん、きっとね。いや、その前に驚きで倒れるかも?」
「どっちだよ」
私は人形から紅茶を受け取り、半分近く一気に飲んだ。
「もうプレゼントは決めているの?」
「いいや、そこが一番の問題だな。ケーキなら他にも作れるのが居るだろうが、プレゼントとなると幻想郷一の乙女、アリス・マーガトロイドさんにお頼み申すしかないと思った次第だ」
「乙女って。それは褒め言葉って受け取るべき?」
「何かねえか? 霊夢が喜びそうなの」
「私よりもあんたの方が霊夢には詳しいんじゃない? あんたはこそ何か、漠然とでも良いから無いの? 霊夢はこういうのが好きそうだって」
「無いからここに来たんだ」
紫に霊夢の誕生日の話を聞いてからそれなりに考えてはみたものの、良い案は浮かばない。今まで誰かへの贈り物なんてそこまで迷う事も無かったのに、霊夢に限ってはどうしてか思い浮かばない。一番近くに居た存在の筈なのに。
「何にも思い浮かばないんだ。霊夢が喜びそうなものって」
「何も? 物欲が全く無いって訳じゃないでしょ?」
「そりゃ、霊夢が欲しそうな物は思い浮かぶさ。食いもんとか酒とか、後は雨樋が壊れてたから直してあげるってのもあるな。でもプレゼントっていうと何か違うんだよ。プレゼントらしい物っていうとどうにも思い浮かばなくて。何をあげても喜んでくれないかもしれないって思うと」
どうしたものか、アリスの助言を待つが、肝心のアリスが何故か片手で両目を覆い肩を震わせている。体調でも悪いのか。
「どうしたんだ?」
「いや、うん、何か母親になった気分」
「はあ? 馬鹿にしてんのか?」
「何かこう、あの泥棒魔理沙も大きくなったんだなって」
「馬鹿にしてるよな?」
アリスが覆っていた片手を外し、元の慈母めいた笑顔を向けてきた。
「霊夢が喜びそうな物を考えて何も思いつかないなら、発想を変えましょう。魔理沙が霊夢にあげたい物で考えてみたらどう?」
「でもそれで霊夢が喜んでくれないんじゃ」
「プレゼントって物は何だって貰えたら嬉しいものよ」
「そうか?」
「くれる人にもよるけどね。どっちにしたって、霊夢が喜んでくれそうな物が思い浮かばないんじゃ、別の角度から考えないと」
「そうは言っても、私が霊夢にあげたい物っていうのもなぁ。結局霊夢が喜んでくれる物なんだけど」
「良く考えて、魔理沙。どうして私のところに来たのか。単にケーキの作り方やプレゼントのアイディアってだけなら、歳の近い咲夜だとか早苗だとか、昔馴染みの霖之助さんだとか、私なんかより適任が居るでしょう?」
確かにそうだ。けれど何となく頭に思い浮かんだのがアリスだった。
「単に家から近かったからだろ」
「そうかもしれないけど、きっとそうじゃない。そんな適当な理由で決める訳がない」
妙に力を込めた調子で、アリスが身を乗り出してきた。
「ようく考えて。どうして私を選んだのか」
「何か見透かした様な態度だな。答えを知っているなら、教えてくれよ」
「分からない。けど絶対に何か理由がある。それは分かるわ」
そうは言っても本当に明確な理由が無い。自分だけじゃプレゼントを用意出来ないと考えた時に、何となくアリスの顔が思い浮かんだだけだ。それも特に理由のある事ではなくて。
「本当に理由なんて何も無いぜ。強いて言うなら、家が近いからとか、手先が器用だからとか、そんなんだな。後は乙女だしな」
「その乙女っていうのは何なのよ」
「何となくさ、女の子らしさに一番縁がありそうな気がしたんだ」
端的に言えば、少女趣味だという事だろうか。レミリアやさとり等、少女趣味な者は何人か浮かぶが、プレゼントの選出者としてはまるで相応しくない。霊夢へのプレゼントとなるとやっぱり、アリスが一番適任に思える。
「うん、そうだな。手先が器用だからだ。人形の服とか装飾とか良く作ってるし、アリスに相談すりゃ何か良い物を考えて、一緒に作ってくれるだろうと、そういう魂胆だな。特に一緒に作ってくれるのは楽だって話だ」
「それよ!」とアリスが大きな声を上げて、私の目の前に指を突きつけてきた。
「私の作った服を私の人形がいつも身に着けている様に、魔理沙もプレゼントを霊夢にいつも身に着けていてもらいたい。そう思って私の所に来たんじゃないかしら?」
「成程な。霊夢は着飾ったりしないからな。もうちょっと可愛い格好をすればと思った事はあるぜ」
「そういう事じゃなくて。いや、そういう事か? まあ、良いわ。とにかくあなたはそう思ったから私の所に来たのよ」
「霊夢に手作りの服とかアクセサリを上げたいと思ってた訳か」
だからと言って、自分一人の力ではそれを用意出来ない。服飾もケーキも、私だって作れない事は無いが、霊夢へのプレゼントとしてはきっと満足のいく出来にはならない。誰かの助けが無ければならず、そしてその助けになってくれそうなのは、手先が器用で普段から作り慣れているアリスしか居ない。
「別に自分の手作りじゃなくちゃいけないって事は無いと思うけどね」
「まあ、そうだけどさ、何となく霊夢は、他人の作った物じゃ、喜んでくれなさそうな気がして」
「ご馳走様」
突然アリスが何も食べて居ないのに、そんな事を言った。
ふざけているのかと思ったが、アリスはやはり優しげなばかりの、形容しがたい表情を浮かべている。
「何だ、いきなり」
「何でもございません。さて、プレゼントだけど何を渡せば良いのかは大体分かった。後は作るだけね」
いまいち納得いかないが、手伝ってくれるなら文句は言えない。
アリスが手伝ってくれるなら素晴らしいプレゼントを用意出来るだろう。それを渡された時の霊夢の顔を思い浮かべると、思わず頬が緩む。
「助かるぜ。こう、何か、どばっと凄い服を」
「今から作れる訳無いでしょ。明日だってのに、採寸すらしてないのよ」
「じゃあどうするんだ」
不安になった。
よくよく考えてみれば、もう時間が無いのだ。今から霊夢へのプレゼントなんて作れるのだろうか。
「もしかして、明日には無理?」
「いいえ」
アリスは私の不安を力強く否定すると、奥に引っ込んで何かを持ってきた。
箱の中には、何やら造花や貴金属が入っていた。お祝い事めいてはいるが、これをそのままプレゼントしたって喜ばれるとは思えない。
「アリス、流石にこれはちょっと」
「これは材料よ。丁度ね、今度お母さんにコサージュをプレゼントしようと思ってて準備してあったの。余分もあるから、少し分けてあげる」
「コサージュ……か。おお、良いな。うん、それ良いな!」
「ただ霊夢が普段着ている服に、コサージュなんて付けても、よっぽど注意して作らないと似合わないでしょう?」
言われてみると、確かにあの白の襦袢と緋袴に合わせるコサージュは難しそうだ。アリスが用意した材料を見ても、洋服に合わせる為に用意した物の様だ。
「じゃあ、やっぱり無理か?」
「髪飾りならどうかしら? あんな大きな赤いリボンを着けているんだし、派手な髪飾りに変えても似合うと思うけど」
アリスに言われて、考えてみる。
霊夢の綺麗な黒髪に、可愛らしい髪飾りは良く映えそうに思えた。
それは本当に素晴らしく思えた。
「パーフェクトだ、アリス」
机を踏み越えてアリスに抱きつこうとすると、アリスは私の勢いを殺さずそのまま巴投げに移行した為、私は壁に激突した。
「さ、それじゃあ、準備をしましょうか」
壁際で、逆様になって呻いている私に笑顔をくれて、アリスは台所へと歩いて行った。
「じゃあ、楽しんでらっしゃい」
玄関先でアリスがそう言って手を振った。
私は手に二つの箱を持っている。一つはプレゼントを入れた箱。アリスに手伝ってもらった髪飾りは自分でも随分と良く出来たと思う。アリスのアドバイスで箱にはちゃんとラッピングを掛けてある。
「本当に行かないのか? 折角ケーキを作ったのに」
もう片方の箱にはケーキが入っている。箱の中には一緒に作ったブッシュ・ド・ノエルが入っている。普通のクリスマスケーキと違って、土台の上にはクリスマスと関係の無い、私と霊夢と神社を模したメレンゲドールの飾りが載っている。
「霊夢もあんまり大勢で祝われたくないと思う。霊夢にとって初めてのバースデイパーティなんでしょう? なら多分魔理沙と二人っきりの方が嬉しいわ」
「まああんまり騒がしいのはあれだけど。アリスだったら霊夢もそんな」
「そのケーキはあんた達二人の為のケーキでしょう」
「でも一緒に作ってくれたのに」
アリスを除け者にするのは何だか悪い。一緒にと言いつつ、メレンゲドールなんかの手間が掛かる部分は殆どアリスが作った。私はその器用さに感心しっぱなしだった。
「私は、あんたと違って魔法使いだから食べなくても平気なの。強いて言うなら、主食は美しい物。仲良きことは美しき哉って言うでしょう? 私はあなた達の友情でお腹一杯よ」
アリスが早口でそう言った。気を遣ってくれているのは明白だ。とはいえ、これ以上無理強いをしても礼が欠けるだろう。
「正直今のは上手い事言おうとして完全に滑っていたけど」
「あ、うん。ごめん」
「お前の気持ちはありがたく受け取るぜ! ありがとう、アリス!」
私は箒に飛び乗ると、ケーキとプレゼントを持って、博麗神社へと飛び立った。
神社に着いた私は、まず境内から離れた場所に降り立って深呼吸した。
大丈夫か?
大丈夫だ。
ケーキは準備した。可愛く出来上がっている。味も確か。
プレゼントも用意した。綺麗な髪飾りが出来た。霊夢にもきっと似合う。
食材も持ってきた。あんまり時間を掛けるのもあれだから、ただのお鍋だが、材料は新鮮できっと美味しい。
霊夢の初めてのお誕生日会。素敵なものにしてみせる。
霊夢は絶対喜んでくれる。
私はもう一度深く息を吸って吐き、社へと向かった。
玄関先に着くと、何やら中から声が聞こえてきた。
誰か先客でも居るのか。二人でお祝いをしようと思っていた手前、何となく気まずさを感じた。一体誰と居るんだろうと縁側に回ってこっそりと中を覗く。そうすると明るい歌が聞こえてきた。
はっぴばーすでーとぅーゆーはっぴばーすでーとぅーゆーはっぴばーすでーでぃあれいむーはっぴばーすでーとぅーゆー。
私の心臓が凍りついた。
部屋の中ではこたつを囲んで、霊夢と紫が居た。こたつの上には蝋燭の火を灯したショートケーキと豪勢な料理が並んでいる。それを前に、紫は嬉しそうに歌を歌い、そして霊夢はそれを不機嫌そうに聞いていた。
「紫」
霊夢が呟いた。それが聞こえた拍子に、ようやく私はいつの間にか止めてきた呼吸を再開出来た。
「もう食べて良い?」
「ええ、どうぞどうぞ。主役はあなただもの」
霊夢は溜息を吐くと、箸を取る。それをにこにこと見つめていた紫は、はっとした様子で傍らに目を落とした。
「そうそう。プレゼントも用意してあるのよ」
「今年は何?」
紫が嬉しそうに傍らからラッピングされた箱を取り出すと、じゃーんと言って霊夢の前に差し出した。
「開けてからのお楽しみ」
霊夢は差し出されたプレゼントをぞんざいに受け取って、遠慮無しに包装を破り開け、中の物を顔の前に掲げる。どうやら腕時計の様だった。紫が説明を加える。
「パテック・フィリップの限定モデルでーす。とっても人気だったんだから。外の世界の物だけど、外の世界でも大変珍しい物で」
「幻想郷で時計なんて必要無いでしょう」
「そんな事無いわ。ファッションだもの。霊夢にもおめかしして欲しいなぁって」
「合わないじゃない、この服に」
霊夢がそう言って襦袢の裾を摘んだ。
「だーかーらー、去年沢山服を上げたんだからそれに合わせて」
「まあ、ありがたく貰っておくけど」
霊夢が溜息を吐きながら、時計を机の上に置いた。
霊夢の態度に違和感を覚える。お誕生日会だというのに、何だか霊夢が全く嬉しそうではない。早苗や妖怪の山の連中はあんなに嬉しそうにしていたのに、霊夢はその正反対だ。霊夢が紫を鬱陶しがるのはおかしい事ではないが、、ここまで鬱陶しそうにしているのは初めてみた。
嫌な予感が頭をよぎった。
そしてそれを証明する様に霊夢が言った。
「毎年毎年、良く飽きもせずにバースデイパーティなんて開くわね」
「飽きる飽きないじゃなくて開くものだもの。藍のも橙のも必ず開いているわ。最近じゃ妖怪の山でも行われているみたいね。ようやく時代が私に追いついたのかしら」
毎年開いていたのか。
私の知らないところでずっと、霊夢は誕生日を祝われていたのか。
「一方的に祝われたって申し訳無いばっかり。お返しにあんたの誕生日を祝おうとしたら、誕生日なんて知らないって言うし」
「いやぁ、年取ると昔の事なんて忘れちゃって。まあ良いじゃない。別にお返ししなくたって、祝われるのは嬉しいものでしょう?」
「恩を売られてばかりじゃ、嬉しくもなんともない」
霊夢がそう切って捨てた。
明らかに霊夢は誕生日を嫌悪していた。
霊夢は誕生日なんて祝って欲しくなさそうだった。
紫が渡した装飾品も全然嬉しくなさそうだ。
私は手の中のプレゼントを見る。私の歪なラッピングは、紫の渡したプレゼントのラッピングに比べれば遠く及ばない。中には入っている髪飾りだって、外の世界の希少な飾りに比べれば、足元にも及ばないだろう。ケーキだけは負けていないが、こたつの上に載った豪勢な料理に紛れれば、霞んでしまうだろう。
私が準備したよりもずっと素敵なお誕生日会が目の前に広がっている。
それだけでも敗北の惨めさを覚えたが、それどころか霊夢は紫の催したお誕生日会をまるで喜んで居ない。心の底からパーティなんて開いて欲しくなさそうだった。
何の為にプレゼントを準備したんだったかと自嘲する。
それは霊夢に喜んでもらいたかったからだ。
いつも心の内がはっきり見えない霊夢をあっと言わせて、心の底から喜んでもらいたかったからだ。
でもそれは全部無駄だったみたいだ。
霊夢はそんなもの望んじゃいない。
今の霊夢の態度を見れば分かる。
お祝いも贈り物も霊夢にとっては鬱陶しいものでしかないに違いない。
きっと何も嬉しくなんかないだろう。
それに気が付いた私は、その場に居られなくなって、縁側から離れた。
ぼんやり歩きながら気が付いた。
そう言えば、毎年この日は霊夢が何か用事がありそうにしていたなと。誘っても適当に理由を付けるから、霊夢は一緒に居なかった。それを全く疑問に思っていなかった。それは紫の開くパーティに参加する為だったのだ。そんな事すら気が付かなかったのかと、何だかおかしくなった。霊夢の事なんて何も知らなかった。自分と霊夢の仲が虚構にしか見えなくなった。
おかしくて歩いていられなくなった。傍にへたり込むと、そこは裏の勝手口だった。
まだ間に合う。開けて、居間に行き、霊夢に誕生日おめでとうと言う最後の機会だ。
未練だなと思いながら、勝手口の横に腰を下ろして空を見上げた。
この扉を開けなければ最早二度と戻れなくなるだろう。それが分かっていても、扉を開けようと思えない。
駄目だった。
気力が湧かなかった。
私にはもう、霊夢を喜ばせる事が出来そうにない。
その時、突然勝手口の開く音が聞こえ、頭上から声が掛けられた。
「うわ、魔理沙。どうしたの?」
顔を上げる。
上げると、そこに霊夢の顔が見えて、その驚いて目を丸くした顔を見たら涙が浮かんで、私は思わず顔を俯けた。
俯くと手の中にはプレゼントとケーキがあった。
既に無用の長物だ。
だが折角用意した物でもある。
最後に諦めをつけようと、私はそれを霊夢に差し出した。
「誕生日って聞いてさ。プレゼントとケーキ」
すると何か鈍い音が聞こえた。
顔を上げると、霊夢が後頭部を押さえ、顔を顰めながら、いつつと呻いていた。
「どうした?」
霊夢が慌てて顔を上げ、私に掌を向けた。
「待って。待ってて。お茶淹れてくるから」
「え、あ、いや、私は中には上がらないから」
「良いから。居間行ってて。紫も居るから」
霊夢は早口でそう言うと、中に向かって駆けて行った。
いつにない慌てた様子が気になって中を勝手口の中を覗き込むと、霊夢が廊下の向こうで転んでいた。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫! 大丈夫だから居間に行ってて!」
立ち上がった霊夢がまた走りだす。私は良く分からないまま、言われた通りに居間へ向かった。
居間で紫と顔を合わせると、いきなり胡散臭い笑みを向けられた。
「いつ入ってくるのか、気になってたわ」
どうやら覗いていたのがばれていたらしい。
「気が付いていたのか」
「偶偶影が見えてね」
私は溜息を吐きながらこたつに入る。
「お前に霊夢の誕生日の事を聞いて、プレゼントだとか用意してきたんだけど、無駄だったみたいだな」
「どうして?」
「さっきの様子見てたから。霊夢は誕生日嫌いなんだな。私がプレゼント渡しても迷惑だろう」
紫がくすりと笑う。
「そんな事無いわ」
適当な事を言う。
「お前、失敗仲間が欲しいだけだろ」
「そんな事無いって。絶対に喜ぶわよ」
その時、お盆を持った霊夢が息を切らして戻ってきた。随分と早い。お湯を沸かすのにも満たない時間だ。差し出された湯呑を持つと、案の定中のお茶は随分とぬるかった。
「お茶しか無くて、持ってきてくれたケーキに合わないかもしれないけど」
「別に気にしないよ」
結局誕生日を祝う事に失敗した今、そんな事は些事に過ぎない。
何だか居た堪れなくなって、私はさっさと済ませてしまおうとプレゼントを差し出した。
「はい、プレゼント」
霊夢がありがとうと言ってそれを受け取った。その表情には何も浮かんでいない。満面の笑みに変えてやろうと目論んでいたが、失敗に終わった。
ただ霊夢がもう一度ありがとうと呟いたので、もしかしたら少し位は喜んでくれたのかもしれないと思い直した。いや、そう思いたかった。
霊夢がやけに緩慢な動きでラッピングのリボンを解き、ゆっくりと包装を剥がして、箱を開けた。そして中を覗き見る。
どんな反応を示すのだろうと緊張する。
だが幾ら待っても霊夢は何も言わない。
やっぱり喜んでくれなかったかと残念に思ったが、期待が薄れていた為か悲しみは無い。
「ありがとう、嬉しい」
しばらく待って、ようやく霊夢がそう言った。その声は平坦で、とても喜んでいる様には聞こえない。
「おお、喜んでくれたのなら何よりだぜ」
そんな白白しい言葉で応えたが、霊夢の言った嬉しいという言葉に喜びを感じている自分に気が付いた。げんきんな奴だと自分でも思うが、何処かでただの言葉でしかない霊夢の嬉しいを信じて、もしかしたら本当に喜んでくれているんじゃないかと期待を再燃させていた。
まあ、それも良いかと思う。
アリスに泥棒だなんだと言われたが、本当に泥棒かはともかく、図図しく生きた方が幸せな事もある。今がまさにそれだ。
「嬉しい。本当に。魔理沙からプレゼントを貰って嬉しい」
私は図図しくも、霊夢の言葉を信じて、霊夢を喜ばせてあげられたと信じてみる事にした。
「誕生日おめでとう、霊夢」
心の底からそんな言葉が出てきた。
言い慣れない言葉だ。
傍に居る紫が含み笑いを漏らしたので、何だか気恥ずかしくなる。
霊夢の淹れたお茶に口を付けると、そのお茶は生温く、いつもと違ってとても薄かった。
「何よ、さっきから人の顔をじろじろと」
「いや」
「分かっているわよ。お茶出せってんでしょ」
「そういう訳じゃないが、貰える物は貰う主義だ」
「はいはい。考えてみればいつもお茶を出してばっかじゃない。偶には魔理沙から何かお茶請けの一つでも貰いたいわ」
「酒の肴ならいつも持ってくるだろう」
「その時はお酒を出してあげてるじゃない」
お茶を淹れに去っていく霊夢の後ろ姿を見つめながら、私は未だに半信半疑で居た。
霊夢に誕生日があったのか。
霊夢だって人の子だから誕生日があって当たり前だが、霊夢の人間離れした雰囲気からか、もうすぐ霊夢の歳が一つ上がるなんていう普通の事が信じられない。博麗神社に来る前に、紫からその事を聞かされてから未だにその衝撃が抜けてない。
縁側に座り、ぼんやりと空を見上げながら考える。
霊夢に誕生日があるという驚きは、同時に自分にもそれがあるんだという衝撃でもある。
確かに誕生日というものは存在する。自分にもある。だが、私や霊夢の様に、人里から離れた人間にとって、年齢という概念はそこまで重要じゃない。人里であれば、三つ五つ七つと祝い、十一、十五、二十と節目が作られているそうだが、自分達にそんな節目は必要無く、歳はただ流れる様に重ねていくのみで、たった一日変わっただけで何かが変わる様な生活はしていない。
だから今までずっと誕生日なんて祝った事が無かった。この間、早苗の誕生日会に出席したのが初めてだ。妖怪達もそれは同じで、早苗の誕生日会に衝撃を受け感化されたらしく、妖怪の山では最近同じ様な趣向のお誕生日会が流行っている。私も何度か呼ばれ、贈り物と祝いの言葉を渡した。
だから誕生日が身近になっているのは確かだ。けれどそれでも、自分や霊夢に誕生日があるという至極当たり前の事に頭が回らなかった。誕生日会には呼ばれた事は、対岸の火事を見に行った様なものである。自分が主体となって祝わなければならない存在なんて香霖位しか居らず、その香霖もこの間誕生日を聞きに行ったら覚えていないと言われたから、自分がお誕生日会を開くなんて縁のない話だと思っていた。
けれど違った。傍に居たのだ。祝うべき人間が。
霊夢がお茶を持ってきたので、ありがたく頂いた。いつもの様に、いつもの味で淹れられたお茶。それを淹れたのはいつもの様に、いつもの顔で居る霊夢。
「お味はどう?」
「美味しいぜ。流石霊夢だ」
私の過剰な賞賛に、霊夢は呆れた様な笑顔を見せた。それもまたいつもの事。
最近偶に思い悩む事がある。
私は本当に霊夢の心を揺り動かせているのか。
私は本当に霊夢を笑わせられているのか。
霊夢は博麗の巫女としての意識からか、あるいは生来の性格からか、誰にでも分け隔てなく接する人間だ。誰かが霊夢に何かをすれば誰に対しても同じ様な反応を返すし、誰かと接していて相手によって態度を変える事はない。
例えば、たった今あった様に、私が霊夢と顔を合わせた時、必ず霊夢はお茶を淹れてくれるが、顔を合わせてからお茶を淹れるまでの所作は、いつ来たって同じ動きで奥に引込み、同じ味のお茶を出す。決められた事を決められた通りにこなしている様で、変化なんてない。余程体調が悪いとか、事態が逼迫しているとか、そういう事でもない限り、霊夢はいつだって普通の霊夢だ。そして多分、風邪を引いた時に見せた弱弱しい霊夢は、いつ風邪を引いても同じ様に弱った霊夢になるのだろう。
だから時偶思うのだ。
私は本当に霊夢の事を笑わせているのだろうか。霊夢は単に、私が笑わせようとしているから、笑うべき状況だと判断して義務的に笑っているんじゃないか。私が何をしたって、私が遊びに来たって、霊夢は何も思っていないんじゃないかって。
そんな事を悩んだって何の意味も無い事だけれど、ふとした拍子にそんなつまらない事を考えてしまう自分が居る。霊夢の特別になりたいとまでは言わない。ただ霊夢を喜ばせてあげたい。そう焦がれる自分が居る。
「だから何よ。あんま見るもんじゃないわよ、人の顔」
「ああ、悪い」
「何? 何かついている?」
霊夢が鼻の頭を擦りながらそう言った。
「いや、いつもの霊夢だぜ」
私は思った通りに答えた。
霊夢が不満そうに顔をしかめる。
私は一つ笑う。
そして沈黙が降りた。
いつもの事だ。
二人で居る時はお互いそこまで口数多くない。殊更話す事なんて限られているし、わざわざ話さなくては間が持たない仲でもない。けれど今だけは何だか息苦しく、黙っていられなかった。そして思わず思い浮かべていた言葉が口をついた。
「霊夢は、明日、誕生日なんだって?」
霊夢が驚くでも喜ぶでもなく、ただ不服そうな目を私に向けた。
「何で知っているのって、紫しかいないか。私の誕生日がどうこう言うのなんて」
「何か最近バースデイパーティっていうのが流行っているが、霊夢もそういうのを催すのか?」
「そんな事を取り立ててやるもんじゃないでしょ。生まれた日が来たからってなんだっていうのよ」
霊夢が妙に不機嫌な態度をとる。
誕生日に対する憎悪すら感じ取れた。
そこまでお誕生日会をしたくないのかと意外に思いつつ、何となく納得する思いもあった。
「でもみんな楽しそうだぜ」
「そりゃ楽しいでしょ。みんなで集まって飲んで騒いで。でもそれは祝われる人が歳を重ねたからじゃなくて、ただみんなで集まて騒ぎたいだけじゃない」
「お祝いってそういうもんだと思うけどな」
口ではそう言いつつも、私は得心する。霊夢は自分がだしに使われる事が嫌なのだ。ただ一方で、祝われる事に関して嫌悪は感じていない様だ。まあ、お祝い自体に嫌悪を覚える程霊夢はひねくれた人間ではないので当然だ。
そうと分かれば話は早い。妖怪の山でやっている様に大規模なお祝いは最初から出来無い。それは霊夢だって望んでいないみたいだ。だからもっと小ぢんまりとした、そう、何かプレゼントをあげて、一緒にケーキを食べて、そんな細やかなお祝いを開いたのなら、霊夢も喜んでくれるんじゃないか。
誕生日を祝われるのなんて初めてだろうし、きっと霊夢にとって特別な日に出来るだろう。本当に心の底から喜んでくれるかもしれない。
「おっし、燃えてきた。じゃあ、帰るぜ、霊夢」
「は? もう? 茶を飲みに来ただけ?」
「急に用事が出来たんだ。じゃあな」
「ちょっと」
霊夢が喜んでくれる様に、誕生日を祝ってあげたい。
私はそんな思いを胸に、魔法の森へ飛んだ。
「邪魔するぜ、アリス」
「うげえ。何しに来たのよ」
随分な挨拶である。
私の挨拶も人の事を言えたものではないが、アリスのそれはもっと酷い。私が何をしたというのか。
「何でそんな嫌そうなんだよ」
「あんたが、邪魔するぜって言った時は、大抵本当に何か面倒な頼み事を持ち込で来る時だからよ」
そうだったのか。自分の癖というのは中中気がつかないものだ。今度から、面倒事を持ってくる時は、邪魔するぜと言わない様にしようと心に誓った。
「大した話じゃないんだ」
「それも大した事がある時の、あんたの常套句よ」
揚げ足取りに構っている暇は無い。
「頼み事っていうのは他でもない。私にケーキの作り方を教えてくれ」
アリスが驚きで目を剥いた。
「ケーキを作って寄越せじゃなくて?」
一体アリスの中で私はどういう存在なんだ。
「それは手っ取り早いが、そういう訳にはいかないんだ。後生だから、私にケーキの作り方を教えてとプレゼントの準備を手伝ってくれ」
「何か一つ増えてるんですけど!」
理解の追い付いていない様子のアリスに、私は事の次第を説明した。
「はあ、それはまた」
霊夢の誕生日を祝いたい旨を伝えると、アリスが驚いた様子でそんな感嘆詞を吐いた。その気持は分からなくはない。私も霊夢に誕生日があると知った時は酷く驚いた。というか、未だに現実味が湧かない。
「いや、驚いているのはそっちじゃなくて。でも、まあ、はあ、あんたがねえ」
「私が何だ? 顔に何か付いているか?」
「いいえ。いつもなら図図しくて厚い面の皮が張り付いているけど、今日は随分さっぱりして清清しく見えるわ」
「気味の悪い事を言うなよ」
「まあ、良いんじゃない?」
アリスが、何だか優しげな、どこぞの尼僧が見せる様な、聖母じみた笑顔を浮かべる。
「きっと霊夢も喜ぶと思うわ」
「本当か!」
そうであるなら、それ以上の事は無い。
「うん、きっとね。いや、その前に驚きで倒れるかも?」
「どっちだよ」
私は人形から紅茶を受け取り、半分近く一気に飲んだ。
「もうプレゼントは決めているの?」
「いいや、そこが一番の問題だな。ケーキなら他にも作れるのが居るだろうが、プレゼントとなると幻想郷一の乙女、アリス・マーガトロイドさんにお頼み申すしかないと思った次第だ」
「乙女って。それは褒め言葉って受け取るべき?」
「何かねえか? 霊夢が喜びそうなの」
「私よりもあんたの方が霊夢には詳しいんじゃない? あんたはこそ何か、漠然とでも良いから無いの? 霊夢はこういうのが好きそうだって」
「無いからここに来たんだ」
紫に霊夢の誕生日の話を聞いてからそれなりに考えてはみたものの、良い案は浮かばない。今まで誰かへの贈り物なんてそこまで迷う事も無かったのに、霊夢に限ってはどうしてか思い浮かばない。一番近くに居た存在の筈なのに。
「何にも思い浮かばないんだ。霊夢が喜びそうなものって」
「何も? 物欲が全く無いって訳じゃないでしょ?」
「そりゃ、霊夢が欲しそうな物は思い浮かぶさ。食いもんとか酒とか、後は雨樋が壊れてたから直してあげるってのもあるな。でもプレゼントっていうと何か違うんだよ。プレゼントらしい物っていうとどうにも思い浮かばなくて。何をあげても喜んでくれないかもしれないって思うと」
どうしたものか、アリスの助言を待つが、肝心のアリスが何故か片手で両目を覆い肩を震わせている。体調でも悪いのか。
「どうしたんだ?」
「いや、うん、何か母親になった気分」
「はあ? 馬鹿にしてんのか?」
「何かこう、あの泥棒魔理沙も大きくなったんだなって」
「馬鹿にしてるよな?」
アリスが覆っていた片手を外し、元の慈母めいた笑顔を向けてきた。
「霊夢が喜びそうな物を考えて何も思いつかないなら、発想を変えましょう。魔理沙が霊夢にあげたい物で考えてみたらどう?」
「でもそれで霊夢が喜んでくれないんじゃ」
「プレゼントって物は何だって貰えたら嬉しいものよ」
「そうか?」
「くれる人にもよるけどね。どっちにしたって、霊夢が喜んでくれそうな物が思い浮かばないんじゃ、別の角度から考えないと」
「そうは言っても、私が霊夢にあげたい物っていうのもなぁ。結局霊夢が喜んでくれる物なんだけど」
「良く考えて、魔理沙。どうして私のところに来たのか。単にケーキの作り方やプレゼントのアイディアってだけなら、歳の近い咲夜だとか早苗だとか、昔馴染みの霖之助さんだとか、私なんかより適任が居るでしょう?」
確かにそうだ。けれど何となく頭に思い浮かんだのがアリスだった。
「単に家から近かったからだろ」
「そうかもしれないけど、きっとそうじゃない。そんな適当な理由で決める訳がない」
妙に力を込めた調子で、アリスが身を乗り出してきた。
「ようく考えて。どうして私を選んだのか」
「何か見透かした様な態度だな。答えを知っているなら、教えてくれよ」
「分からない。けど絶対に何か理由がある。それは分かるわ」
そうは言っても本当に明確な理由が無い。自分だけじゃプレゼントを用意出来ないと考えた時に、何となくアリスの顔が思い浮かんだだけだ。それも特に理由のある事ではなくて。
「本当に理由なんて何も無いぜ。強いて言うなら、家が近いからとか、手先が器用だからとか、そんなんだな。後は乙女だしな」
「その乙女っていうのは何なのよ」
「何となくさ、女の子らしさに一番縁がありそうな気がしたんだ」
端的に言えば、少女趣味だという事だろうか。レミリアやさとり等、少女趣味な者は何人か浮かぶが、プレゼントの選出者としてはまるで相応しくない。霊夢へのプレゼントとなるとやっぱり、アリスが一番適任に思える。
「うん、そうだな。手先が器用だからだ。人形の服とか装飾とか良く作ってるし、アリスに相談すりゃ何か良い物を考えて、一緒に作ってくれるだろうと、そういう魂胆だな。特に一緒に作ってくれるのは楽だって話だ」
「それよ!」とアリスが大きな声を上げて、私の目の前に指を突きつけてきた。
「私の作った服を私の人形がいつも身に着けている様に、魔理沙もプレゼントを霊夢にいつも身に着けていてもらいたい。そう思って私の所に来たんじゃないかしら?」
「成程な。霊夢は着飾ったりしないからな。もうちょっと可愛い格好をすればと思った事はあるぜ」
「そういう事じゃなくて。いや、そういう事か? まあ、良いわ。とにかくあなたはそう思ったから私の所に来たのよ」
「霊夢に手作りの服とかアクセサリを上げたいと思ってた訳か」
だからと言って、自分一人の力ではそれを用意出来ない。服飾もケーキも、私だって作れない事は無いが、霊夢へのプレゼントとしてはきっと満足のいく出来にはならない。誰かの助けが無ければならず、そしてその助けになってくれそうなのは、手先が器用で普段から作り慣れているアリスしか居ない。
「別に自分の手作りじゃなくちゃいけないって事は無いと思うけどね」
「まあ、そうだけどさ、何となく霊夢は、他人の作った物じゃ、喜んでくれなさそうな気がして」
「ご馳走様」
突然アリスが何も食べて居ないのに、そんな事を言った。
ふざけているのかと思ったが、アリスはやはり優しげなばかりの、形容しがたい表情を浮かべている。
「何だ、いきなり」
「何でもございません。さて、プレゼントだけど何を渡せば良いのかは大体分かった。後は作るだけね」
いまいち納得いかないが、手伝ってくれるなら文句は言えない。
アリスが手伝ってくれるなら素晴らしいプレゼントを用意出来るだろう。それを渡された時の霊夢の顔を思い浮かべると、思わず頬が緩む。
「助かるぜ。こう、何か、どばっと凄い服を」
「今から作れる訳無いでしょ。明日だってのに、採寸すらしてないのよ」
「じゃあどうするんだ」
不安になった。
よくよく考えてみれば、もう時間が無いのだ。今から霊夢へのプレゼントなんて作れるのだろうか。
「もしかして、明日には無理?」
「いいえ」
アリスは私の不安を力強く否定すると、奥に引っ込んで何かを持ってきた。
箱の中には、何やら造花や貴金属が入っていた。お祝い事めいてはいるが、これをそのままプレゼントしたって喜ばれるとは思えない。
「アリス、流石にこれはちょっと」
「これは材料よ。丁度ね、今度お母さんにコサージュをプレゼントしようと思ってて準備してあったの。余分もあるから、少し分けてあげる」
「コサージュ……か。おお、良いな。うん、それ良いな!」
「ただ霊夢が普段着ている服に、コサージュなんて付けても、よっぽど注意して作らないと似合わないでしょう?」
言われてみると、確かにあの白の襦袢と緋袴に合わせるコサージュは難しそうだ。アリスが用意した材料を見ても、洋服に合わせる為に用意した物の様だ。
「じゃあ、やっぱり無理か?」
「髪飾りならどうかしら? あんな大きな赤いリボンを着けているんだし、派手な髪飾りに変えても似合うと思うけど」
アリスに言われて、考えてみる。
霊夢の綺麗な黒髪に、可愛らしい髪飾りは良く映えそうに思えた。
それは本当に素晴らしく思えた。
「パーフェクトだ、アリス」
机を踏み越えてアリスに抱きつこうとすると、アリスは私の勢いを殺さずそのまま巴投げに移行した為、私は壁に激突した。
「さ、それじゃあ、準備をしましょうか」
壁際で、逆様になって呻いている私に笑顔をくれて、アリスは台所へと歩いて行った。
「じゃあ、楽しんでらっしゃい」
玄関先でアリスがそう言って手を振った。
私は手に二つの箱を持っている。一つはプレゼントを入れた箱。アリスに手伝ってもらった髪飾りは自分でも随分と良く出来たと思う。アリスのアドバイスで箱にはちゃんとラッピングを掛けてある。
「本当に行かないのか? 折角ケーキを作ったのに」
もう片方の箱にはケーキが入っている。箱の中には一緒に作ったブッシュ・ド・ノエルが入っている。普通のクリスマスケーキと違って、土台の上にはクリスマスと関係の無い、私と霊夢と神社を模したメレンゲドールの飾りが載っている。
「霊夢もあんまり大勢で祝われたくないと思う。霊夢にとって初めてのバースデイパーティなんでしょう? なら多分魔理沙と二人っきりの方が嬉しいわ」
「まああんまり騒がしいのはあれだけど。アリスだったら霊夢もそんな」
「そのケーキはあんた達二人の為のケーキでしょう」
「でも一緒に作ってくれたのに」
アリスを除け者にするのは何だか悪い。一緒にと言いつつ、メレンゲドールなんかの手間が掛かる部分は殆どアリスが作った。私はその器用さに感心しっぱなしだった。
「私は、あんたと違って魔法使いだから食べなくても平気なの。強いて言うなら、主食は美しい物。仲良きことは美しき哉って言うでしょう? 私はあなた達の友情でお腹一杯よ」
アリスが早口でそう言った。気を遣ってくれているのは明白だ。とはいえ、これ以上無理強いをしても礼が欠けるだろう。
「正直今のは上手い事言おうとして完全に滑っていたけど」
「あ、うん。ごめん」
「お前の気持ちはありがたく受け取るぜ! ありがとう、アリス!」
私は箒に飛び乗ると、ケーキとプレゼントを持って、博麗神社へと飛び立った。
神社に着いた私は、まず境内から離れた場所に降り立って深呼吸した。
大丈夫か?
大丈夫だ。
ケーキは準備した。可愛く出来上がっている。味も確か。
プレゼントも用意した。綺麗な髪飾りが出来た。霊夢にもきっと似合う。
食材も持ってきた。あんまり時間を掛けるのもあれだから、ただのお鍋だが、材料は新鮮できっと美味しい。
霊夢の初めてのお誕生日会。素敵なものにしてみせる。
霊夢は絶対喜んでくれる。
私はもう一度深く息を吸って吐き、社へと向かった。
玄関先に着くと、何やら中から声が聞こえてきた。
誰か先客でも居るのか。二人でお祝いをしようと思っていた手前、何となく気まずさを感じた。一体誰と居るんだろうと縁側に回ってこっそりと中を覗く。そうすると明るい歌が聞こえてきた。
はっぴばーすでーとぅーゆーはっぴばーすでーとぅーゆーはっぴばーすでーでぃあれいむーはっぴばーすでーとぅーゆー。
私の心臓が凍りついた。
部屋の中ではこたつを囲んで、霊夢と紫が居た。こたつの上には蝋燭の火を灯したショートケーキと豪勢な料理が並んでいる。それを前に、紫は嬉しそうに歌を歌い、そして霊夢はそれを不機嫌そうに聞いていた。
「紫」
霊夢が呟いた。それが聞こえた拍子に、ようやく私はいつの間にか止めてきた呼吸を再開出来た。
「もう食べて良い?」
「ええ、どうぞどうぞ。主役はあなただもの」
霊夢は溜息を吐くと、箸を取る。それをにこにこと見つめていた紫は、はっとした様子で傍らに目を落とした。
「そうそう。プレゼントも用意してあるのよ」
「今年は何?」
紫が嬉しそうに傍らからラッピングされた箱を取り出すと、じゃーんと言って霊夢の前に差し出した。
「開けてからのお楽しみ」
霊夢は差し出されたプレゼントをぞんざいに受け取って、遠慮無しに包装を破り開け、中の物を顔の前に掲げる。どうやら腕時計の様だった。紫が説明を加える。
「パテック・フィリップの限定モデルでーす。とっても人気だったんだから。外の世界の物だけど、外の世界でも大変珍しい物で」
「幻想郷で時計なんて必要無いでしょう」
「そんな事無いわ。ファッションだもの。霊夢にもおめかしして欲しいなぁって」
「合わないじゃない、この服に」
霊夢がそう言って襦袢の裾を摘んだ。
「だーかーらー、去年沢山服を上げたんだからそれに合わせて」
「まあ、ありがたく貰っておくけど」
霊夢が溜息を吐きながら、時計を机の上に置いた。
霊夢の態度に違和感を覚える。お誕生日会だというのに、何だか霊夢が全く嬉しそうではない。早苗や妖怪の山の連中はあんなに嬉しそうにしていたのに、霊夢はその正反対だ。霊夢が紫を鬱陶しがるのはおかしい事ではないが、、ここまで鬱陶しそうにしているのは初めてみた。
嫌な予感が頭をよぎった。
そしてそれを証明する様に霊夢が言った。
「毎年毎年、良く飽きもせずにバースデイパーティなんて開くわね」
「飽きる飽きないじゃなくて開くものだもの。藍のも橙のも必ず開いているわ。最近じゃ妖怪の山でも行われているみたいね。ようやく時代が私に追いついたのかしら」
毎年開いていたのか。
私の知らないところでずっと、霊夢は誕生日を祝われていたのか。
「一方的に祝われたって申し訳無いばっかり。お返しにあんたの誕生日を祝おうとしたら、誕生日なんて知らないって言うし」
「いやぁ、年取ると昔の事なんて忘れちゃって。まあ良いじゃない。別にお返ししなくたって、祝われるのは嬉しいものでしょう?」
「恩を売られてばかりじゃ、嬉しくもなんともない」
霊夢がそう切って捨てた。
明らかに霊夢は誕生日を嫌悪していた。
霊夢は誕生日なんて祝って欲しくなさそうだった。
紫が渡した装飾品も全然嬉しくなさそうだ。
私は手の中のプレゼントを見る。私の歪なラッピングは、紫の渡したプレゼントのラッピングに比べれば遠く及ばない。中には入っている髪飾りだって、外の世界の希少な飾りに比べれば、足元にも及ばないだろう。ケーキだけは負けていないが、こたつの上に載った豪勢な料理に紛れれば、霞んでしまうだろう。
私が準備したよりもずっと素敵なお誕生日会が目の前に広がっている。
それだけでも敗北の惨めさを覚えたが、それどころか霊夢は紫の催したお誕生日会をまるで喜んで居ない。心の底からパーティなんて開いて欲しくなさそうだった。
何の為にプレゼントを準備したんだったかと自嘲する。
それは霊夢に喜んでもらいたかったからだ。
いつも心の内がはっきり見えない霊夢をあっと言わせて、心の底から喜んでもらいたかったからだ。
でもそれは全部無駄だったみたいだ。
霊夢はそんなもの望んじゃいない。
今の霊夢の態度を見れば分かる。
お祝いも贈り物も霊夢にとっては鬱陶しいものでしかないに違いない。
きっと何も嬉しくなんかないだろう。
それに気が付いた私は、その場に居られなくなって、縁側から離れた。
ぼんやり歩きながら気が付いた。
そう言えば、毎年この日は霊夢が何か用事がありそうにしていたなと。誘っても適当に理由を付けるから、霊夢は一緒に居なかった。それを全く疑問に思っていなかった。それは紫の開くパーティに参加する為だったのだ。そんな事すら気が付かなかったのかと、何だかおかしくなった。霊夢の事なんて何も知らなかった。自分と霊夢の仲が虚構にしか見えなくなった。
おかしくて歩いていられなくなった。傍にへたり込むと、そこは裏の勝手口だった。
まだ間に合う。開けて、居間に行き、霊夢に誕生日おめでとうと言う最後の機会だ。
未練だなと思いながら、勝手口の横に腰を下ろして空を見上げた。
この扉を開けなければ最早二度と戻れなくなるだろう。それが分かっていても、扉を開けようと思えない。
駄目だった。
気力が湧かなかった。
私にはもう、霊夢を喜ばせる事が出来そうにない。
その時、突然勝手口の開く音が聞こえ、頭上から声が掛けられた。
「うわ、魔理沙。どうしたの?」
顔を上げる。
上げると、そこに霊夢の顔が見えて、その驚いて目を丸くした顔を見たら涙が浮かんで、私は思わず顔を俯けた。
俯くと手の中にはプレゼントとケーキがあった。
既に無用の長物だ。
だが折角用意した物でもある。
最後に諦めをつけようと、私はそれを霊夢に差し出した。
「誕生日って聞いてさ。プレゼントとケーキ」
すると何か鈍い音が聞こえた。
顔を上げると、霊夢が後頭部を押さえ、顔を顰めながら、いつつと呻いていた。
「どうした?」
霊夢が慌てて顔を上げ、私に掌を向けた。
「待って。待ってて。お茶淹れてくるから」
「え、あ、いや、私は中には上がらないから」
「良いから。居間行ってて。紫も居るから」
霊夢は早口でそう言うと、中に向かって駆けて行った。
いつにない慌てた様子が気になって中を勝手口の中を覗き込むと、霊夢が廊下の向こうで転んでいた。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫! 大丈夫だから居間に行ってて!」
立ち上がった霊夢がまた走りだす。私は良く分からないまま、言われた通りに居間へ向かった。
居間で紫と顔を合わせると、いきなり胡散臭い笑みを向けられた。
「いつ入ってくるのか、気になってたわ」
どうやら覗いていたのがばれていたらしい。
「気が付いていたのか」
「偶偶影が見えてね」
私は溜息を吐きながらこたつに入る。
「お前に霊夢の誕生日の事を聞いて、プレゼントだとか用意してきたんだけど、無駄だったみたいだな」
「どうして?」
「さっきの様子見てたから。霊夢は誕生日嫌いなんだな。私がプレゼント渡しても迷惑だろう」
紫がくすりと笑う。
「そんな事無いわ」
適当な事を言う。
「お前、失敗仲間が欲しいだけだろ」
「そんな事無いって。絶対に喜ぶわよ」
その時、お盆を持った霊夢が息を切らして戻ってきた。随分と早い。お湯を沸かすのにも満たない時間だ。差し出された湯呑を持つと、案の定中のお茶は随分とぬるかった。
「お茶しか無くて、持ってきてくれたケーキに合わないかもしれないけど」
「別に気にしないよ」
結局誕生日を祝う事に失敗した今、そんな事は些事に過ぎない。
何だか居た堪れなくなって、私はさっさと済ませてしまおうとプレゼントを差し出した。
「はい、プレゼント」
霊夢がありがとうと言ってそれを受け取った。その表情には何も浮かんでいない。満面の笑みに変えてやろうと目論んでいたが、失敗に終わった。
ただ霊夢がもう一度ありがとうと呟いたので、もしかしたら少し位は喜んでくれたのかもしれないと思い直した。いや、そう思いたかった。
霊夢がやけに緩慢な動きでラッピングのリボンを解き、ゆっくりと包装を剥がして、箱を開けた。そして中を覗き見る。
どんな反応を示すのだろうと緊張する。
だが幾ら待っても霊夢は何も言わない。
やっぱり喜んでくれなかったかと残念に思ったが、期待が薄れていた為か悲しみは無い。
「ありがとう、嬉しい」
しばらく待って、ようやく霊夢がそう言った。その声は平坦で、とても喜んでいる様には聞こえない。
「おお、喜んでくれたのなら何よりだぜ」
そんな白白しい言葉で応えたが、霊夢の言った嬉しいという言葉に喜びを感じている自分に気が付いた。げんきんな奴だと自分でも思うが、何処かでただの言葉でしかない霊夢の嬉しいを信じて、もしかしたら本当に喜んでくれているんじゃないかと期待を再燃させていた。
まあ、それも良いかと思う。
アリスに泥棒だなんだと言われたが、本当に泥棒かはともかく、図図しく生きた方が幸せな事もある。今がまさにそれだ。
「嬉しい。本当に。魔理沙からプレゼントを貰って嬉しい」
私は図図しくも、霊夢の言葉を信じて、霊夢を喜ばせてあげられたと信じてみる事にした。
「誕生日おめでとう、霊夢」
心の底からそんな言葉が出てきた。
言い慣れない言葉だ。
傍に居る紫が含み笑いを漏らしたので、何だか気恥ずかしくなる。
霊夢の淹れたお茶に口を付けると、そのお茶は生温く、いつもと違ってとても薄かった。
後日談的に魔理沙も霊夢の気持ち分かったのかな
後紫が保護者にしか見えない
保護者なアリスと紫もいい味出してました
もう一度言う、霊夢めっちゃ可愛い!
魔理沙が素直に喜べなかったのは悲しいなぁ……
良いレイマリでした。それだけに、非常に惜しさを感じます。個人的な感情なんですけどね。