Coolier - 新生・東方創想話

博麗会議

2014/10/17 03:17:19
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「さてと……こんなところかしら?」
 霊夢が一息つくと、「そうね」と紫が小さく欠伸をしながら答えた。
 ひっそりと静まった木々の上で、ぽっかり月が顔を見せていた。
 人里から離れた山奥、天狗たちが棲む妖怪の山とは違う小さな山。ここで異変を感じ取った楽園の巫女・博麗霊夢は妖怪退治のためにやってきていた。
 あの山に妖しい強い力を感じる……そう勘で感じ取った霊夢に幻想郷の管理人こと八雲紫が同行し、異変解決のため急行したのだが、来てみるといたのは低級な妖怪。霊夢の姿をみると数十匹の仲間といきなり襲いかかってきたのだから、迎撃したまでである。主に霊夢一人で。こりゃかなわんと妖怪たちは尻尾を巻いて逃げて行った。所要時間は二十分ほど。異変解決。おめでとう。
「ありがとう……じゃないわよ! おかしいなぁ。もっと強い力を感じたのだけれど。なんだかしっくりこないわね」
「あらあら。霊夢ちゃんはまだ暴れ足りないのかしら? ゆかりん、怖いわ」
「うるさいわねっ! 私一人に任せて、欠伸ばっかりしていたくせに!」
「良い子はおねむの時間ですわ」
「……ツッコまないわよ。こんなことなら藍を連れてこなくてもよかったんじゃない?」
 霊夢が横を向くと、そこにスキマ妖怪の式・八雲藍が佇んでいた。
「いや、そんなことはないぞ。一度、霊夢について異変解決をする必要があると思っていたんだ」
 え? それはどういうこと? と霊夢が首を傾げると紫が事情を説明する。
「いやねぇ、ほら。私、冬になると温かくなるまでおねむの時間に入るでしょう? その間に異変が起きて、霊夢にサポートが必要な時にうちの藍が手助けできるようにと思ったのよ」
「ははは。そういう訳なんだ。今回は大してお役に立てなかったけど、次こそはサポートするよ」
「なるほどねぇ」
 霊夢が納得した、その時である。

 彼女たち三人の頭上で小さな発光。やがて光は強くなり、輪となって彼女たちを囲むように舞い降りてくる。

「! こ、これってっ!」
「霊夢。あなたが感じていた強い力は、これじゃないかしら?」
「……っ!」
 光の輪が彼女たちの足元に着地した。
 すると光はますます強くなり、霊夢も、紫も、藍も、三人の姿を地上から消してしまった。


 ※


 文々。新聞 速報 5月9日発刊

 楽園の巫女 博麗霊夢 消息を絶つ

 一週間前、人里から離れた山で起きた異変を解決するために博麗神社から出立した楽園の巫女こと博麗霊夢氏、幻想郷の管理人にして妖怪の賢者と名高い八雲紫氏、そしてその式神である八雲藍氏の三名が、一週間を経とうとしてなお帰還していない。

 4月20日の深夜。「強い力を感じたわ……これは異変よ!」と持ち前の勘で前兆を察知した博麗霊夢氏は、たまたま神社に訪れていた茨木華扇氏にそう告げると、八雲紫氏、またその八雲紫氏に引っ張られた式神・八雲藍を伴い異変解決に向かった。
 茨木華扇氏は「その時、私も異変を感じたが霊夢のことだからすぐに解決できると思っていた」と取材に答えてくださったが、未だに三人が我々の元に戻ってきてはいない。
 
 今なお、強敵と戦っている真っ最中なのか。さらなる続報を待ちたい。

 筆・射命丸文


 文々。新聞 5月30日発刊

 博麗霊夢 八雲紫 八雲藍 消息を絶ってから一ヵ月

 異変解決ため博麗神社から出立した博麗霊夢氏・八雲紫氏・八雲藍氏の三名が消息を絶ってから一ヵ月を過ぎようとしている。
 未だ帰還しない三名に、妖怪、人間問わず不安の声が上がる。

「霊夢が私の前にこんなに姿を見せないのは初めてだぜ。まぁ、あいつの強さは私が一番知っている。そのうちひょっこり戻ってくるさ」霧雨魔理沙氏
「だいじょうーぶ、だいじょーぶ。なーんにも心配いらないって」伊吹萃香様
「博麗神社でお留守番して一ヵ月。そろそろ寂しいよ。早く戻ってきて、霊夢」少名針妙丸氏

 かつて博麗霊夢氏はレミリア・スカーレット氏らと月へ向かった際、一ヵ月近く博麗神社を空けていた時がある。帰還後、笑顔で月の技術を本記者に話してくださってくれたものである。彼女ら三人の帰還を無事に本に願うばかりである。

 筆・射命丸文


 文々。新聞 6月27日発刊

 博麗霊夢氏ら三名、二ヵ月経とうとも未だ消息不明 生存絶望的か

 楽園の巫女・博麗霊夢氏が八雲紫氏・八雲藍氏を伴って異変解決のため博麗神社を出立して二ヵ月が経とうとしている。未だに彼女たちは私たちの前に現れない。
 これは異常事態であると判断した霧雨魔理沙氏は、先日に探索班を組織し、パチュリー・ノーレッジ氏、十六夜咲夜氏、アリス・マーガトロイド氏、魂魄妖夢氏、鈴仙・優曇華院・イナバ氏、河城にとり氏を引き連れ、行方不明の三名の捜索に乗り出したが、楽園の巫女が異変を感じ取った山には彼女たちの姿は見えなかった。
 探索を続けた結果、異変といった強い力は感じられなかったが、山奥の地面に強い熱で焼かれた大きな輪があり、その近くで博麗霊夢氏が異変解決に使用していた札が数枚落ちていた、と霧雨魔理沙氏は涙をこぼしながら報告した。
 アリス・マーガトロイド氏が操る上海人形の大隊による捜索。また鈴仙・優曇華院・イナバ氏の瞳をもってしても、三名の行方はまったく途絶えている。

 我々は決めた覚悟を発揮しなければならない。博麗霊夢氏、また八雲紫氏、八雲藍氏が消息不明の状態の今、新たなる博麗大結界の管理人、博麗神社の巫女の後継者を選任しないといけない非常事態に陥っている。彼女ら三人の安否を願いながら、この不測の事態を乗り越えなければいけない。

 筆。射命丸文。


 ※


 文々。新聞が人里、妖怪たちを大きく賑わせたその日の夜。
 人気のない静かな博麗神社にアリス・マーガトロイドは佇んでいた。
「とうとう見つからなかったようね」
 ふいにかけられた言葉にアリスが振り向くと、一人の妖怪が小さく笑みを浮かべて「こんばんは、アリス」と挨拶をした。
「人間も妖怪たちも大騒ぎしているわ。本当に迷惑なものね」
「……幽香」
 四季のフラワーマスターこと風見幽香はゆっくりとアリスの横に並びながら、明かりが灯らなくなった博麗神社を見つめる。
「……霊夢がいなくなって二ヵ月が過ぎようとしているわ。紫もいなくなって、人間も妖怪も早急に博麗の巫女の代理を決めないといけないと焦っているわ」
「それであなたは魔理沙を推すつもりね」
 アリスが目を見開いて幽香に顔を向けると、幽香は後ろ博麗神社へ向かう途中の参道に視線を送っていた。そこでは朝から河童や百鬼夜行の鬼、楽園の裁判長の命によって集められた妖精たちがせっせと急ピッチで簡易の建物を建てていた。
「この勢いじゃ明日までには完成するわね……明日には妖怪たちが集まって、霊夢の代理を決める会議を開くそうよ。そこであなたは魔理沙を後継者にするつもりね」
「……情報が早いわね。どこで仕入れたの?」
 幽香はアリスに向き合うと、くすくす笑った。
「大したことじゃないわよ。魔界からの付き合いじゃない。霊夢がいなくなった今、あなたが魔理沙を推すのを予想するのは簡単よ。でも」
 途端に幽香の表情が険しくなる。
「あなた、何を考えているのかしら。魔理沙を傀儡にして、『靈夢』のいない幻想郷を思うがままにするつもりかしら?」
「ふふ……私はそんなひどいこと考えていないわ」
「そう?」
 アリスの低く笑う声が響く。やがてアリスは高い声で叫ぶ。

「決まっているじゃない、魔理沙の人気を上げる為よっ!」

「……はい?」
「第四回東方シリーズ人気投票までは魔理沙の圧勝だったのに、あの脇巫女ときたら! 男勝りなところがあって、とっっても努力家で、でも乙女なところがある超かわいい魔理沙を第五回で逆転してそこから人気投票を欲しいままにして! どんなに努力しても才能には勝てません、とでも言うの! あの鬼巫女に魔理沙の魅力がわかるものですか! そう邪魔だったのよ! 東方Projectの主人公といえば東方ユーザー、東方ファンの人も霊夢のことを想像するわ! 魔理沙だって霊夢に負けずに主人公を務めてきたのに! 鬼畜巫女のせいで魔理沙の影が薄くなっているわ! パルパルパルパルパルスィパルパルパルパルパルパルパルパル!」
「……はい? あー……」
 あっけにとられたゆうかりん。お目目が点になっています。はい。とってもひどいこと考えてました、この魔理沙バカ。
「だから! この霊夢がいない時こそチャンス! 魔理沙をあの貧乏巫女の後継にすることによって、魔理沙の票を大量獲得! その地位を不動のものにするのが私の望みよ!」
「あー、はい。はい、はい」
 どこぞの地底の嫉妬の水橋よりも嫉妬に目が血走るアリスに、幽香は引いた。ドン引き。どんだけー。
「そ、そう。あ、アリスの考えはよくわかったわ。ええ、わかりたくないけど、わかったわ。幻想郷を独裁するつもりがないことはわかったから。うん、わかったわかった。それじゃあ、ご機嫌よう」
 この人形遣いに関わりたくない。幽香はそそくさとこの場を立ち去ろうとした。が、その肩を掴まれる。
「……何かしら?」
「あら? 明日から会議が始まるのでしょう? 味方は多い方がいいに決まっているでしょ? ねぇ、幽香。旧作からの付き合いでしょ? 協力してくれるわね?」
「旧作って言わない! わ、私は興味ないから……」
「協力してくれるわね?」
「あ、そうそう! そろそろ育てていたお花が咲くころね。私ちょっと忙し――」
「協力してくれるわね?」
「はい」
 風見幽香。四季のフラワーマスター。受難の始まりである。


 ※


「それで? 博麗神社はどんな様子なの、咲夜」
 博麗神社で幽香の悲鳴が上がった翌日の朝。紅魔館の一室に幹部クラスのメンバーが集まっていた。レミリア・スカーレット、フランドール・スカーレット、パチュリー・ノーレッジ、小悪魔、紅美鈴はテーブルに向かい合って座り、紅茶を嗜みながら十六夜咲夜の報告を受けていた。
「はい、博麗神社参道に簡易施設が設けられ、博麗の巫女の後継者を決める為、続々と妖怪たちが集まっているようですわ。明日にでも本格的に話し合いが始まるかと」
「ふーん、さぞかし後継者に名乗りを上げる妖怪たちが多いことね」
 おかわりー、とカップを上げるフランに「はい、妹様」とおかわりの紅茶を注ぎながら咲夜がレミリアに答える。
「そうでもなさそうですよ、お嬢様」
「どういうことなの?」
 紅茶を注ぎ終えるとフランが「ありがとー」と笑顔でおかわりの紅茶を口に運ぶ。
「妖怪たちは気まぐれに異変を起こすのを好みますが、その異変の解決、また妖怪と人間を繋ぎ、幻想郷を大結界で管理する重大な役割を担うのには避けているようです」
「皆、霊夢に甘えていたのね。私たちもね」
 パチュリーが読んでいる魔道書から視線を離さずそう呟くと、部屋の空気が重くなる。咲夜の紅茶を美味しそうに飲んでいたフランも両手でカップをテーブルに置くと、気が沈んだ面持を浮かべる。
「そ、それで。今のところは誰も後継者に名乗りを上げてはいないのでしょうか?」
 沈黙の中、小悪魔が控えめに発言をする。
「いえ。すでに一名、候補に挙がっていますわ。霧雨魔理沙。どうやら人形遣いとあの風見幽香が推しているそうですわ」
 霧雨魔理沙。その名前を聞き、レミリアとパチュリー、紅美鈴の眉がピクリと動く。
「ア、アリスさんが魔理沙さんを推すのはわかりますけど。まさか幽香さんまでもこの事態に絡んでくるとは」
 小悪魔はこういう事態でも高見の見物をするだろうと思っていた風見幽香が魔理沙を推すことに驚いた様子。
「魔理沙さんと言えば泥棒癖があるとはいえ、霊夢さんと一緒に数々の異変を解決した実績がありますねー。これは魔理沙さんが後継者になることで上手く収まるかと……」
「舐めたこと言ってんじゃないわよ、美鈴!」
 場をとりなすように発言をした紅美鈴をレミリアが大声で叱る。「ひぃ」と体を震わせた美鈴をレミリアが睨む。

「あの人形遣いが魔理沙を推す理由はなんとなくわかるわ。霊夢がいなくなったこの幻想郷……魔理沙を使って乗っ取るつもりにきまっているわ! あいつ、霊夢のことを心の底ではよく思っていなかったから。まったく霊夢の溢れる才能と、プリティな容姿。どこかツンデレのある性格。多くの東方ユーザー、東方ファンの絶大な支持を集める不動の人気一位キャラ。絶対的主人公。その魅力がわからない、ぼっち魔法使いに霊夢が残した幻想郷を任せておけないわ!」

 レミリア、お前もか。
「では。いかがします、マイ・マスター?」
 咲夜が静かに問うと、レミリアはふん、と鼻を鳴らしたあと、面々を見渡して笑みを浮かべた。
「決まっているわ……博麗神社の巫女の後継者。私たちも名乗りを上げるわ!」
 

 ※


 【博麗会議 一日目】


「わ、私が霊夢の後継者……?」
 博麗神社へ繋がる参道。河童や鬼、妖精たちの急ピッチの工事によって大人数が収容できる屋敷が完成し、そこに亡霊や月人、天狗、地底の妖怪、僧侶に仙人と、多くの妖怪たちが詰めかけ、思い思いに博麗神社の巫女の後継者について話し合っていた。
 そんな中、アリス・マーガトロイドと(無理矢理連れてこられた)風見幽香は普通の魔法使いこと霧雨魔理沙の部屋を訪れていた。
「霊夢、そして紫がいなくなって二ヵ月。これは非常事態だと思うの。早急にこの幻想郷をまとめるリーダーが必要なの。私は魔理沙、あなたがふさわしいと思うのよ」
「そんな……」
 魔理沙の表情はすぐれず、いつもの元気は微塵もない。霊夢がいなくなったことにショックを受けているのだろう。今にも泣きそうな魔理沙にアリスは詰め寄る。
「霊夢と一緒に数々の異変を解決したあなたしか、この幻想郷を守れないのよ。魔理沙、辛いでしょうけど私たちのために名乗りを挙げて」
「信じない! 霊夢がもう帰ってこないなんて私は信じないぜ! ……私は霊夢が帰ってくるのを信じてる!」
 とうとう堪えきれず大粒の涙を零す魔理沙。小さく嗚咽を漏らしながら「れいむぅ……」と呟く魔理沙にアリスはキュンキュンしながら(幽香はそんなアリスにドン引き)、今度は優しく諭す。
「ええ。私も霊夢がもう二度と私たちの前に現れないとは思っていないわ。きっと帰ってくる」
「っ!」
「でも。いつまでも博麗の巫女が空白の事態は避けたいのよ。霊夢が帰ってくるまで、この幻想郷を守って欲しいのよ。きっと、どこかで戦っている霊夢も、同じことを思っているわ」
「アリス……」
 アリスの言葉に胸を打たれた魔理沙。しばらくポロポロと涙を零したあと、腕で乱暴に目を擦ると、にっと笑って見せた。
「そう、だよな。きっと霊夢は帰ってくる。それまでこの幻想郷を守らないと……あいつが安心して帰れるように。決めたぜ! 私、後継者に名乗りを挙げるぜ!」
「! そうよ、魔理沙! 霊夢がいない今、私たちが力を合わさないと!」
 アリスが両手を合わせて、うっすら泣きそうな表情になりながら、一瞬浮かべた顔を幽香は見逃さなかった。

 計 画 通 り!

 うわー。うわー。うわー。もうおうちに帰りたいと思っている幽香の脇腹をアリスが何度もひじ打ちする。ゴスゴスゴス。
「何よ。地味に痛いじゃない」
「何を黙っているのよ。あなたも魔理沙に何か言ったらどう?」
「えー……」
 アリスの眼力に押され、幽香は視線をあちらこちら彷徨わせて、「あー」とか「いー」とか「うー☆」とか呟いたあと、
「……まぁ、頑張りなさい」
 再び、脇腹をひじ打ちされる。今度は上海も加わって両脇腹。ゴスゴスゴス。
「な・に・よ! その適当なコメント。もっと気をきかしたこと言いなさいよ!」
 小言でありながら怒鳴るという、アリス・マーガトロイド、みょんな特技。それに幽香も小言ながら大声というみょんな特技で言い返す。
「し、知らないわよ! そ、そもそも私、魔理沙を応援するなんて一言も――」
「言いなさい、早く」
 風見幽香。四季のフラワーマスター。人形遣いに脅される。
 ガタガタ震えながら幽香が小首を傾げていると、突然部屋の襖が開かれる。

「話は聞いたわ! 魔理沙」

「パ、パチュリー!?」
 突然の闖入者にアリスは幽香に絡むのを止め、パチュリーに視線を送る。助かったと安堵の表情を浮かべる幽香。
「あなた、霊夢の後継者に名乗りを挙げるそうね」
「お、お邪魔します……」
 部屋に入るパチュリーの後ろから小悪魔が控えめについてくる。ゆっくりとパチュリーがアリスの隣に座ると、アリスは目が笑っていない笑顔で小声で尋ねる。
「あらあら。紅魔館の引きこもりが、一体何のようかしら? ……聞いたわよ。あなたのところの吸血鬼が後継者に名乗りを挙げるそうね。邪魔をするつもり?」
 しかし、パチュリーはそんなアリスにはお構いなし。魔理沙に改めて向き合う。
「魔理沙」
「お、おう……」

「私……『魔理沙を人気投票で全力で応援する会』の副会長として、あなたを全力で応援するわ!」

 堂々と宣言しなさる、この引きこもり。
「……パチュリー、あなた」
 とアリスが目を見開く。
「たすけてくれー。めんどくさいよー。だれかわたしをたすけてくれー」
 と幽香が掠れた声で涙を流す。
 小悪魔はもう諦めている。色々と。
 説明しよう! 『魔理沙を人気投票で全力で応援する会』とは、そのまま文字通りである! ちなみに会長はアリスである。そしてアリスとパチュリーは同じ会員でありながら「どちらが魔理沙を深く愛しているか」で対立しているのである。以上、説明終了。
「霊夢がいない今、あなたしかいないわ。私、全力であなたを応援するわ!」
「パチュリー……ありがとう! 私、やってやるぜ!」
 新たな推薦人が二人増え、魔理沙の気負いは十分。
「……応援してくれるの?」
「アリス。今まであなたとは対立してばかりだったけれど、今回は魔理沙の人気を挙げるチャンス。あなたに協力するわ。親友(わがままで年齢のわりにはお子ちゃまなノーカリスマな吸血鬼)なんて二の次よ。全力を尽くすわ」
 向き合うアリスとパチュリー。そしてがっちりと握手を交わす。ここに長年の対立を経て、共闘が組まれたのである。
 なんかお腹の辺りが疼くのだけど、と幽香。
 お気持ち察します、と小悪魔。


 ※


「あぁんのぉ紫もやしがぁっ! 寝返ったなぁっ!」
 どったんばったん。
 つい先ほど博麗神社に到着した紅魔館の一行。「紅魔館ご一行様」と書かれた部屋の中、レミリアは両手両足をばたつかせて怒鳴っていた。
「パチェのヤツ! 先に博麗神社に忍び込んで諜報作戦をとるわ、なんて言って! 真っ先に魔理沙のところ行きやがって! あの魔理沙バカ!」
「落ち着いてください! お嬢様、取り乱したら外聞に悪影響を与えますわ」
 咲夜の必死の説得にようやくレミリアが落ち着く。
「はぁ、はぁ……今にみてなさい。霊夢の後は、私が継ぐんだから……」
「これからどーするんです? 有力候補の魔理沙さんはアリスさんが推していますし……一体、どーやって霊夢さんの後を私たちが? もしかしてお嬢様、自ら後継者を名乗るのですか?」
 レミリアが暴れていた間、トランプでババ抜きをしてフランと遊び相手になっていた美鈴が主に尋ねる。
「ふん! 私だって馬鹿じゃないわ。私自ら名乗りを挙げたところで、妖怪連中が納得するとは思っていないわ」
「それでは、いかがなさいますか」
 咲夜の声にレミリアが「ふふん」と笑みを浮かべる。
「たしかに魔理沙はこれまでの実績で考えると霊夢の後継者としては有力だわ。でも、魔理沙はしょせん魔法使い。巫女の後継が魔法使いだなんて。難癖なんていくらでも作れるわ。私たちは魔理沙よりも妖怪連中が納得する、そして私たちが思うがまま陰で操れる候補を挙げればいいのよ!」
 レミリアの言葉に部屋の空気が張り詰める。
「となるとお嬢様。私たちが推す後継者は……彼女しかありませんね」
 咲夜が真剣な面持ちで『彼女』の姿を思い浮かべる。
「そうよ」
 レミリアはゆっくり立ち上がると、「うーん、これかなぁ……」と美鈴のカードを睨んでいたフランの手札からすっと一枚カードを抜き取る。
 ジョーカー。
 つまり、切り札である。
 あーん、何するの。返してー。と涙目になるフランを余所に、レミリアはカードの絵柄を面々に見せつけて呟いた。

「私たちのジョーカーは……東風谷早苗よ」



 数分後。レミリアと咲夜は「守矢神社ご一行」と書かれた部屋の中できちんと正座していた。
「ぇー、わたしが霊夢さんの後継者ー? それってヤバイ? ヤバくね?」
 咲夜の瞳からは輝きが失われている。まるで人形のよう。
「このわたしが楽園の巫女だなんて、超信じられないんだけど」
 レミリアも自身のカリスマなど霧散。冷凍イカのような目で『彼女』を見つめていた。
「マジこの状況、この私がやっぱり? やっぱり? なるしかねぇ? アハハハ!」
 二人の前で緑髪の彼女が笑い転げる。

 奇跡を起こす山の巫女。
 祀られる風の人間、東風谷早苗。

 レミリア、咲夜を前にして彼女は――早苗は八坂神奈子にひざ枕をしてもらいながら、その胸を揉むという姿であった。この巫女、自由である。
「うーん、神奈子様の胸はいいなぁ、やらかいなぁー」
「さ、早苗……人前でこの態度はどうかと思うぞ」
 しばらく呆気にとられていた咲夜が顔をふるふる振って現実に戻ると、早苗に詰め寄る。
「博麗の巫女、そして幻想郷の管理人が行方知らずになって二ヵ月。これは非常事態よ。一刻も早く、その代わりを選ばなければいけないのよ。早苗、あなたに名乗りを挙げて――」
「諏訪子様ー、おいでー」
 体を起こした早苗が部屋の片隅にいた洩矢諏訪子を手招きする。ビクッと体を震わせて諏訪子が恐る恐る早苗の傍に近寄ると、早苗は諏訪子に飛びつき、ケロちゃん帽子を剥ぎ取る。
「うーん、諏訪子様ー。かわいい、かわいい」
「あー、うー……」
 頭をすりすりされ、顔が赤い諏訪子。呆然とする咲夜。今度はレミリアが早苗に言葉を投げかける。
「よく聞いて早苗。霊夢が築き上げた幻想郷を守るには、あなたの力が必要なのよ!」
「諏訪子様の髪、超いい匂いー」
「私たちはあなたを全力で推すつもりよ」
「諏訪子様の頭、ぐりぐりーってか。アハハ」
「だから! 名乗りを挙げてくれないかしら! 早苗!」
「もう! 神奈子様も諏訪子様もマジヤバイ。これってあれ? 萌えー、ってやつ? アハハ……で、なんの話だっけ?」
 両腕で神奈子と諏訪子の肩を引き寄せた早苗がきょとんとした顔でレミリアに向き直る。
 死んだような目の咲夜とレミリア。咲夜がボソッとレミリアに小声で尋ねる。
「……ジョーカー、ですか?」
「うん……私も早苗がここまでとは思ってもいなかったわ」


 ※


 紅魔館と守矢神社の間で早苗を後継者に推す協定が結ばれたその夜。
 この博麗神社参道の館に到着した多くの妖怪たちは、それぞれの部屋で後継者について話題にしながら過ごしていた。
 その時間、アリスとパチュリーは人目をさけるように、廊下を歩いていた。
「レミリアが早苗を推すつもりね……あの早苗じゃ賛同者は少ないんじゃないかしら?」
「甘いわアリス。確かに早苗は常識に問われなさすぎるところがあるけれど、仮にも巫女よ。『あくまで霊夢の代わり』というなら十分な説得力があるわ」
 二人の会話は自然と小声になる。
 アリスたちの作戦はすでに開始されていたのである。
「小悪魔の情報によるとレミィたちは、守矢神社との協定を結んだ祝いにパーティーを開いているそうよ。今が私たちが動くチャンスよ」
「すいぶん先手を取るのね」
 パチュリーはニヤリと笑って、
「いったい何年レミィと付き合っていると思っているのかしら? レミィは思いつきこそ早いけど、具体的な計画は咲夜や私に任せて後手後手になることが多いのよ。早苗を後継者にすることが決まって浮かれている今のうちに、万全な体制を整える必要があるわ」
 やがてアリスとパチュリーは目的の部屋にたどり着く。
「……どちら様ですか?」
 着くや否や、部屋の中から窺う声がした。アリスの背中に緊張が走る。
「パチュリーよ。貴女の主人と話がしたいのよ、開けてくださるかしら?」
 しばらくの沈黙。やがて部屋の障子が少し開き、その隙間から白髪の従者が顔を覗かせる。
「こんな時間にですか?」
 顔を覗かしたのは幽人の庭師。魂魄妖夢である。
「突然来て申し訳ないわ。でも、大事な話があるの……霊夢と紫の代わりのことについてね」
 アリスの言葉に妖夢は後ろを気にするような素振りをみせるも、怪訝な表情を崩そうとしない。
「申し訳ありませんが、幽々子様は少しご気分がよくないので、また日を改めて――」
「私は構わないわ。妖夢」
 断ろうとする妖夢の言葉を遮るように、部屋の奥から落ち着いた声が飛ぶ。妖夢が驚いて後ろへ振り向く。
「幽々子様! しかし!」
「せっかく来てくださいましたもの。少しくらいお話しは聞くわ」
「……わかりました」
 妖夢が障子を開けて、アリスたちを中へ通す。
 月明かりしかない、薄暗い部屋の中。布団の上で上半身を起こして笑みを浮かべているが、その目は笑っていない。
「さて、この私に何か用かしら?」
 
 華婿の亡霊。
 西行寺幽々子。

(あの八雲紫に次ぐ大物。説得するには骨が折れそうね)
 アリスの緊張が高まる横、少し離れて妖夢が正座をする。愛用の刀は畳の上に置くが、何しろ幻想郷随一の剣術使い。油断はできない。
「貴女と霊夢、そして紫がいない中、早々に代わりを決めないといけないわ。その話をしたくて……時間を戴けるかしら? 体がすぐれないようだけど」
 肌が病的なほど白いことに今更驚きはしないが、その表情は疲れたものの様で、亡霊でありながら少しやつれているようにもみえる。
「幽々子様は紫様のことを案じていらっしゃるのです。ご飯も二合までしか召し上がられず、私も心配しています」
 横から妖夢が口を出す。
 いやいや、それって――? とアリスがツッコミを入れようとして「ゴホン」と妖夢がわざと咳払いする。何よ、そっちがふったんでしょーが。
「私に協力してほしいのね」
 幽々子の問いに現実に戻るアリス。部屋の中の空気が冷たい。
「そうよ……私たちは魔理沙を推すつもりよ。魔理沙の強さ、実績は貴女もご存じの通り。協力してくれないかしら?」
「……貴女方お二人は霊夢さん、そして紫様がすでにこの世にいないものとお考えで?」
 妖夢が鋭い目でアリスたちを睨む。少しだが左手が開き、刀に手を伸ばす。
「落ち着きなさい妖夢。私もアリスも、魔理沙だってそんなことを思ってはいないわ。ただ、博麗の巫女も幻想郷の管理人もいない、この非常事態を収める必要があるわ。あくまで霊夢たちが帰ってくるまでの代理よ」
 パチュリーの説得に妖夢は表情を少し崩した。一瞬の隙もみせられない緊張がひしめく。
「それで? 私が魔理沙を推すとしましょう。それで私たちに得となることがあるのかしら?」
 幽々子が扇子を取り出し、口元に当ててくすくすと笑いだすが、やはり目が笑っていない。
 パチュリーの喉が鳴る。この幻想郷の危機である状況に損得をはっきり口にするとは、中々出来るものではない。
(やはり、この亡霊は大物ね。一筋縄ではいかないわ……でも、私たちだって魔理沙のために引き下がるわけにはいかないわ!)
 アリスはパチュリーと視線を交わした後、事前に打ち合わせておいた言葉を並べた。
「貴女には……紫の代わりをして欲しいのよ」
「……へぇ」
「幻想郷には博麗の巫女と、それを支える管理人がいるわ。魔理沙だけを代わりと決めても不十分。そこで魔理沙のサポート役として貴女の協力が必要なの。つまり、この幻想郷を魔理沙、そして貴女が取り仕切って欲しいと考えているのだけど」
 相手を動かすにはそれなりの得を与えないといけない。その得こそが『八雲紫の代役』であった。
(親友である紫の立ち位置。それを他の妖怪にとられることは幽々子にとって面白いことではないわ)
(さて。この提案にこの亡霊はどうするのかしら?)
 アリスとパチュリーが固唾を飲んで見守る中。幽々子は「なるほどね」と呟いた。
「そうね……それなら、いいでしょう。魔理沙を推すことを約束するわ」
 幽々子は目を細めて、静かに答えた。


「幽々子様、よかったのでしょうか?」
「うーん? なぁーに?」
 アリスとパチュリーが部屋を出て、妖夢が主人におそるおそる尋ねる。
「今頃あの魔法使いたちは両手を挙げて喜んでいるでしょうね。幽々子様、あの二人に利用される、なんてことは――」
「大丈夫よ。心配しないで、妖夢」
 おいで、と幽々子が妖夢を優しく手招きをする。心配顔の妖夢が近づくと、幽々子は思いきり胸の中へ妖夢を抱きしめる。
「ゆ、幽々子さま!?」
「あの二人は魔理沙を博麗の巫女の後にしたいだけよ。それ以上のことは、まだ何も考えていないみたい」
「巫女の後って……まだ霊夢さんたちが帰らないとは限らないですよ」
「あくまで限らないだけね」
 突然湧いた強い妖気。妖夢の体がビクッと震える。
「あの神出鬼没の紫がこんなに姿を見せないとね。そう思うと全てが空しいわ。紫がいないなんて」
 ぞくぞくと妖夢の背中に冷や汗が流れる。それでも顔を上げることができない。
「紫がいない幻想郷なんて、全てが余興よ――」

 楽しまないと、ね?
 

 ※


 【博麗会議 二日目】

 紅魔館が東風谷早苗を後継者に推した。
 しかし、そのニュースは妖怪たちにはあまり口にすることはない。

『西行寺幽々子氏、霧雨魔理沙氏を後継指名か!?』
 文々。新聞 6月29日発刊

『博麗の巫女の後継、決定的! 霧雨魔理沙氏・西行寺幽々子氏が代役へ!』
 花果子念報 6月29日発刊

 妖怪たちの間では話題が鴉天狗の新聞で持ちきりであった。
「あら、もこたん。貴女も読んだかしら。この新聞で妖怪たちが騒いでいるわ。もう決着がついたものね」
「もこたん言うな、バ輝夜。まぁ、霊夢とあのスキマ妖怪の代わりがこの二人だと納得だけど」
「紅魔館は早苗さんを推すつもりみたいですけど……てゐ。どう思う?」
「まぁ、鈴仙ちゃん。早苗を推すのはあの吸血鬼だからねー。いつもの気まぐれで、すぐに飽きちゃうかもね」


 レミリアが東風谷早苗を推すのは、いつものただの突拍子な思いつきだろう。そんな考えが妖怪たちの間に流れていた時。
「どーなってんのよ!? あの亡霊が魔理沙を推すだなんて!?」
 紅魔館の部屋。手にした新聞をくしゃくしゃにしながらレミリアが絶叫を挙げる。
「西行寺幽々子は八雲紫の親友にしてかなりの大物の亡霊。これは不利な状況になりましたわ。お嬢様」
 咲夜が困惑顔で頭を悩ませる。
「えー、何が問題なんですー? ヒック……」
 ワインで一晩パーティーをした紅魔館と守矢神社の面々。早苗が仰向きでだらしない恰好で、「えへへー」と笑い顔を浮かべながらレミリアに問う。酔いも回ってどうやら現状をわかっていないらしい。回っていなくても、わかっていないかも。
「不味いわね。これじゃあ、妖怪たちも魔理沙支持に傾くわ!」
「あのー……」
 酔いつぶれたフランを抱き寄せながら、美鈴が控えめに手を挙げる。
「でも、これで幻想郷が平穏無事でいられるなら、それはそれでいいことかと――」
「美鈴! それでもお前は紅魔館の門番なの!? 私たちが幻想郷を指揮しないと意味がないでしょ!」
「ひぃっ!」
 肩をすくめた美鈴をよそにレミリアが咲夜に向き直る。
「咲夜! 何か良い手はないの!? このまま人形遣いたちにいいようにされてられないわ!」
「そうですね……」
 パチュリーが敵陣にまわった今、この紅魔館の頭脳は咲夜に任されている。咲夜はうーんと、首を傾げてから、やがてレミリアを見つめた。
「お嬢様。一つ策があります。しかし、これはかなりの賭けですわ」
「……言ってみなさい」
 レミリア、そして守矢神社の二人の神が見守る中、咲夜は重い口を開ける。
「あの西行寺幽々子と同等、いえ西行寺幽々子よりも妖怪たちに強い影響力をもつ大物をこちらへ味方につけるのはどうでしょう?」
「そんな都合のいいヤツいるかねー、神奈子?」
「うーん」
 守矢神社の二人の神様が首を傾げる。しばらく沈黙した部屋の中、レミリアが口を開く。
「……咲夜。まさか」
「そのまさか、でございますわ、お嬢様」
「……味方になってくれるかしら?」
 咲夜が両肩をすくめてみせる。
「……あの方は『何事にも惑わされない』性格。ですから大博打なのです」


 ※


「無事に幽々子を味方につけることができて、ようやく余裕がでてきたわね」
「でも、アリス。完璧に万全な状態にするには萃香を味方にしておきたかったわね」
 魔理沙陣営の部屋。
 アリスとパチュリーは、ほっと一息をついて酒を愉しんでいた。
「幽香! 貴女の説得が足りなかったせいよ」
「わ、私だってあの鬼を必死に説得したわ! でも『私はこの騒ぎを遠くから楽しみたいね』と聞く耳すらもたなかったわ」
 部屋の隅で幽香は必死に反論する。
「まったく……小悪魔。貴女を幽香につけておいたのに、萃香をおとせないなんて、なんたる失態」
「も、申し訳ありません、パチュリー様……」
 あれー? もしかして私、小悪魔以下の存在なのかしら?
 風見幽香。四季のフラワーマスター。胃の辺りがキリキリと痛む。
「まぁ、いいわ。幽々子を味方につけただけでも私たちの有利は間違いないわ。きっと多くの妖怪たちは私たちに賛同するわ」
「さすがのレミィも手が出ないでしょうね」
 ほろ酔い加減の魔法使い二人。これで魔理沙が霊夢の後継者に決まりね。そう思った時である。
「おかえり上海。さぁ、吸血鬼たちの動きはどう?」
 偵察に繰り出した上海人形からレミリアたちの動きの報告を受けるアリス。うん、うんと聞いていたアリスの表情がやがて青ざめる。
「どうしたの? アリス」
「まさか……レミリアにあの方が味方するはずがないわ!」
 上海の報告をパチュリーに話すアリス。パチュリーも驚愕する。
「考えてもいなかったわ。あの『干渉しない、絶対の善悪の基準を持つ』彼女が、この危機とはいえ口を出すとは思えないわ」
「何事もなければいいのだけど……」
 その横で「もー、さっさと決まってしまえ」とヤケクソの幽香が涙を零す。


 ※
 

 館裏にある小さな離れにレミリアと咲夜がいた。
 広さは八畳ほどしかない離れだが、常に並々ならぬ威圧が障子の外まで醸し出して、そこに多くの妖怪たちは近づこうとしない。
「急に押しかけて悪いとは思うけど……貴女に話があってきたのよ」
「ほぉ。それはどういった要件なのです?」
 レミリアが重く口を開けると、部屋の主は両肘をテーブルにつけながら両手を構えた。それだけで圧倒的な威圧感。レミリアと咲夜は息を飲んだ。

 楽園の最高裁判長。
 四季映姫・ヤマザナドゥ。

 あの八雲紫でさえ苦手とする地獄の閻魔である。
 その両目は相手の奥底を透かすように鋭い。
「まぁー、霊夢たちがいなくなって、妖怪たちも異変を起こすどころじゃないからねぇ。暇だと言えばあたいら暇だけど」
 映姫の傍らで死神の小野塚小町が壁に背をもたれてニヤニヤ笑う。「うるさいわよ」と映姫がテーブルの上の鉛筆を投げつける。きゃん。
 霊夢たちが消息不明の今、幻想郷で大事が起きないように、つまり治安維持の為に映姫は彼岸をもう一人の閻魔に任せて、この博麗神社参道の館に駐在しているのである。
「博麗の巫女がいなくなって、その代わりを決めている最中なのは言うでもないわね」
「ええ、もちろん。ただ……『代理』ではなく『後継者』として考えている者も多いみたいね」
 映姫が片眉をあげるとレミリアと咲夜の両肩がどきりと震える。この閻魔には隠し事などお見通しなのだ。
「そ、そんなことありませんわ! 私たちは霊夢たちが帰ってくるまで、この幻想郷が守られる代理を探しているまでですわ」
 咲夜の背中にひやりとしたものが走る。しばらくレミリアたちをじっと見つめていた映姫は「そうですか」と呟いて、
「たしかに妖怪たちの多くの支持を得れる者が代理を務めることに、私たちは賛成ですよ。皆の納得する者ならば、この幻想郷も博麗の巫女が帰ってくるまで、とりあえずは安泰でしょう」
 ほっと息をつくレミリア。だが映姫はすぐに言葉を継ぐ。
「その『代理』に霧雨魔理沙と……そして、貴女方が推す東風谷早苗が争っているそうではありませんか? この私に話があるというのは、私に東風谷早苗を推してほしい、とでも言うのでしょうか?」
 地獄の閻魔が前へ乗り出して問いただす。
 っ!
 だ、だめだ!
 こいつには全てを見透かされている!
 こんなんじゃ、早苗を支持してほしい、なんて言えないわ!
 圧倒的な威圧感に耐え切れず、レミリアの頬に汗が流れる。弾幕勝負なら閻魔だろうと相手にする自信があるが、交渉事など駆け引きはまったく不得手だ。
(ど、どうするのよ咲夜! こんなやつ味方になってくるわけ――)
 レミリアが傍らの咲夜の顔を窺った。
 咲夜は目を閉じていた。そしてすぅー、と息をつくと、姿勢を正し、真っ向から映姫と向き合った。
「もちろん……閻魔様にそんなことを申しませんわ。まったくの誤解です」
「……ほぉ」
 咲夜の言葉に映姫の目が少し丸くなる。予想していなかったといったようだ。
「私たちは話し合いの上で、博麗の巫女の代理を決めたいと思っています……しかし!」
 咲夜はずいっと前へ体を押し出して、まるで懇願するように映姫に詰め寄る。
「お互いに損得なく博麗の巫女の代理が決まるとは限りません。ある者が私情のためだけに代理を推すとも考えられるのです! それでは幻想郷の安定はすぐに崩れてしまうでしょう。そこで映姫様に協力をお願い致したいのです! この会議で公平に決着がつくよう、見守っていただきたいのです!」
 真剣な表情の咲夜にレミリアは呆気にとられた。
 咲夜。
 損得って、私情って、それつまり私たちもじゃね?
 あの魔法使いたちと争っている中で、公平に決着つけるよう仲介して欲しいって、自分たちの首を縄で縛るものじゃないの?
 困惑顔のレミリアを余所に、映姫は「そうですか」と呟いた。組んでいた両手を解して、何度も頷く。
「たしかに異変を起こそうと企む妖怪たちがいる上で、それを防ぐには絶対的な抑止力を持つ者が代理を務めなければいけませんね。わかりました。この件、私は口を出すつもり毛頭なかったのですが、公平に博麗の巫女の代理が決まるよう尽力しましょう。必要とあれば正しく決められるよう、意見も出しましょう」
 真面目に答える映姫。レミリアは話の流れについていけず、再び咲夜に助けを求める。
 その咲夜は映姫の言葉に満足したのか小さく笑みを浮かべて、息を大きく吸った。
「ありがとうございます! これで上手く博麗の巫女の代理は決まることでしょう!」
「ちょっ!」
 レミリアもびっくりするほどの大声である。
 腹の底から空気を全て押し出すように、咲夜は大声を続ける。
「閻魔様の協力とあれば! この数日も経たないうちに決着がつくでしょう! 閻魔様のお言葉を聞き、安心いたしました!」
 大げさに頭を下げてみせる咲夜。
 え? 何どうしたの? 時代劇でも観過ぎた? とレミリアの頭には?がいくつも浮かぶ。
「それでは失礼いたします! いやぁ、お嬢様! 閻魔様の協力が得られてよかったですね!」
「え? ……うん? はい?」
 咲夜に引きずられるようにして、レミリアはずるずると部屋の外へ運び出される。
 障子が閉まって沈黙した映姫の部屋。
「小町」
「はいな」
 ぽーん、ぽーんと鉛筆を宙に投げて遊んでいた小町が映姫に向き直る。
「すぐに私が名前を挙げる者たちに協力を要請しなさい」
「あはは。さすが四季様。そう簡単には話には乗せられませんか」
 映姫は微笑んだ。
「私を誰だと思っているのですか」
 そして、それはそうと貴女は緊張感が無さすぎる、とテーブルの上の赤鉛筆を小町に投げつける。きゃん。


「ちょっと! 咲夜! あの閻魔を味方にできなくていいの!? これじゃ、アリスたちも私たちの動きも閻魔に睨まれるじゃん!」
 映姫の部屋から少し離れて、レミリアが詰問する。しかし咲夜の表情は晴れ晴れとしている。
「大丈夫ですわ、お嬢様。私は端から閻魔を味方につけようと思っていませんでした」
「え?」
 目を丸くするレミリア。まったく話についていけない。そんな表情を浮かべるレミリアに微笑んでみせて、
「アリスたちが幽々子を味方につけた時点で私たちは絶対絶命の危機に陥りましたわ……しかし、これから閻魔の仲介があるとはいえ、これで向こうと五分五分まで持ち直したと思いますわ」
 咲夜は小さくレミリアに耳打ちするように言い、視線を廊下の曲がり角の方へ移した。
 そこに二つ、影が。
 秋の神様の姉妹がこそこそと身を隠すところであった。


 ※


 【博麗会議 三日目】

 前日、妖怪たちを賑わせた『魔理沙・幽々子が後継者』という憶測をかき消すほどの大ニュースが妖怪たちの間を流れ、また大きな混乱を招いていた。

『楽園の最高裁判長、レミリア氏を支持か!』
 文々。新聞 6月30日発刊

『レミリア氏、四季映姫・ヤマザナドゥと会談! 地獄の最高裁判長、早苗氏擁立へ協力か!?』
 花果子念報 6月30日発刊

「あの閻魔さんが早苗さん支持って、これ本当かなぁ? ねぇねぇ! さとりお姉ちゃんはどう思うの!?」
「こいし、落ち着きなさい。聞いたところによると秋の神様以外にも、紅魔館のメイド長が大声で『協力ありがとうございます!』ってお礼を述べたって聞いた妖怪たちがいるみたいね」
「そうなると、あたいたちは早苗支持の方向でいいかもしれませんねー。お空がこうして八咫烏の力を得たのは守矢神社の二神のおかげですし。ね? お空」
「うにゅ? なぁーにお燐?」


「そ、そんな馬鹿な……あの閻魔が紅魔館を支持するなんて、ありえない!」
 こちら魔理沙陣営の部屋。
 新聞をぐっしゃぐっしゃに引きちぎって、アリスが大声を出す。
「これは困ったわね……何をどう閻魔を言いくるめたかわからないけど、多くの妖怪たちが動揺しているそうだわ。事実、多くの妖怪たちが閻魔とレミィたちが接触したところを目撃しているわ。私たちに協力してくれるものとは思わないし、逆にこちらの目論見を突かれると思って裁判長のところは近寄らなかったけど、それが仇になったわね」
 パチュリーが困惑顔で、ボロボロになった新聞を手にする。
 なんだよもうー、早く決めてよ。っと幽香。もう、うんざりな様子。
「で、どうします? 妖怪の皆さんはこの記事でまた態度を保留にしているそうですよ」
 小悪魔の問いに魔法使いの二人がうーんと、首を捻る。
「ここから再び有利になる手なんて、一体どうしたら……」
「本当に決まらないわね。もー、さっさと決めてしまいたい。妖怪どもだけじゃなく、人里の人間どもも騒ぎ出しているんだから」
 もぉー投げやりに幽香がパチュリーの言葉を拾う。早くお花畑に戻りたい。優しく私を包み、微笑んでくれるお花たちに会いたい。
 幽香が自分の帰りを待っているお花畑を思い浮かべていると……鋭く自分を見つめる二つの視線。恐る恐る視線を戻すと……。

「「それよ幽香!」」

 アリスとパチュリーが声をそろえて叫ぶ。
「……へ?」
 風見幽香。四季のフラワーマスター。もう意味がわかんない。


 ※


「それで? 一体なんのようかしら? どこかの大図書館の主さん?」
 レミリアが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべても、パチュリーはプイッとそっぽを向く。
「私たちに話があるなんて。もしかして早苗擁立をしてくださるのかしら? それは話が早いこと」
 咲夜の嫌味にもアリスはどこ吹く風、真剣な表情で向かい合う。
 アリスたちは、対立候補を掲げる紅魔館の部屋にいた。初めて向き合う両陣営。部屋の空気が凍りつく。
「……貴女たちに提案があるのよ」
 パチュリーが一触即発の空気を破るように切り出した。
「霊夢たちが行方知らずとなって二ヵ月が過ぎようとしているわ。未だにその代理は見つからないわ。この間にも、外側から流れてくる新たな妖怪たちが異変を起こすとも限らないわ。早急に博麗の巫女の代理を決め、この幻想郷の安定を図らなければいけないわ」
「それは私たちだって思っているわ……どっかの誰かさんたちが私欲を捨てて、真剣に話し合うのに協力してくれればね」
 レミリアがふふん、と笑いながら牽制をしかける。
 しかし、アリスたちはそんな軽い挑発には動じない。再びパチュリーが言葉を繋げる。
「ここにいる妖怪たちの意見を一人一人聞いて回っては、決着に時間がかかるわ。私たちにそんな時間はない。ここは妖怪たちを代表した者が代理を指名して、その後に他の妖怪たちに説明するのはどうかしら?」
 レミリアたちの眉が低くなる。
「で? その妖怪たちの代表とやらは、いったいどこの誰かしら?」
 しばらく部屋が沈黙する。一呼吸を置いて、パチュリーがはっきりと口にした。
「もちろん。幻想郷の管理人こと八雲紫の親友にして、幻想郷に大きな影響力をもつ……西行寺幽々子よ」
 レミリアも咲夜も、目を丸くした。
 この魔法使いは何を企んでいる? 西行寺幽々子は魔理沙陣営。それは魔理沙を推すこと以外に他ならない。敵陣営を相手に『私たちだけで後継者を決めるわ』と言っているようなものではないか。
「西行寺幽々子の影響力は、多くの妖怪たちも知っている通りだわ。彼女が決めた逸材こそ、この幻想郷の安定に尽くす人物に違いないわ」
「そんな! あまりにも勝手過ぎやしないかしら! この危機をあの亡霊一人に委ねるなんて――」
「いつまでそんな気持ちでいるつもりなの!」
 喘息持ちとは思えないほど、パチュリーは大声で咲夜の言葉をかき消す。
「そうやって、いつまでグダグタと話し合えば決まるのかしら!? 言ったでしょう!? 時間がないのよ。幻想郷、しいては妖怪たちの安定を図るためには、すぐに代理を決めなければいけないのよ! それとも咲夜。こうやって、いつ終わるかもしれない話し合いを続けるつもり? それこそ貴女たちの勝手じゃなくて!?」
 ぐぅ、と咲夜が押される。確かにこの幻想郷の危機。アリス側も紅魔館側も短期間で決着をつけようと思っていたのだ。それが互いの裏工作で未だに決着方法すら決まっていない。パチュリーの言葉にとっさに返事をすることができない。
「わかってくれたかしら。霊夢たちが戻ってくるまで、幻想郷の安定を願うなら、ここは幽々子に一任して――」
「……ちょっと待ってくれるかしら?」
 ここでレミリアが口をはさむ。閉じた両目をゆっくり開けて、パチュリーに視線を合わせる。
「貴女たちは何か勘違いしているそうね」
「……どういうことかしら?」
 パチュリーの問いにレミリアが胸を逸らして、自信満々に答える。
「この幻想郷が、いつ妖怪たち『だけ』のものと思ったのかしら?」
「っ!」
 傍に控えていた小悪魔がとっさにレミリアの顔を見つめた。レミリアは「ふふん」と言葉を繋げる。
「そう、この幻想郷には……人間だっているのよ! 人間たちの意見を差し置いて、妖怪と人間を結びつける博麗の巫女の代理を決めるなんて片腹痛いわ! 早急に決めなくていけなくても、人間たちの意見を聞かないうちには話はすすまないのよ!」
 堂々と宣言するレミリアにパチュリーは沈黙した。
(さすがお嬢様! たしかに人里の人間たちの意見を聞かない内は公平に後継者が決まったとはいえない。これで私たちに時間の猶予が――)
 咲夜がアリスたちを無事に退けられた、そう確信してアリスに視線を移すと――アリスが不気味に笑っていた。咲夜の顔から余裕が消える。
「そうね……確かにそうね」
 アリスがふっふっふっ、と悪役よろしくな笑い声を漏らすと、レミリアに向き合う。
「それでは早急に人間代表を決めないとね。せめて今晩までには決まるといいわね」
「っ!?」
 アリスの言葉に、急にレミリアの表情が曇る。
「なるほど妖怪たちの代表は西行寺幽々子に任せましょう。さて問題は人間側の代表は誰にするか? 稗田阿求かしら? 本居小鈴? まさか森近霖之助かしら? とにかく『私たちが協力して』早く決めないとね。さぁ、誰が人間側の代表になるかしらね? あぁ、早く『私たち』で協力して打診しないと、ねぇ?」
 アリスが得意げな表情でレミリアたちを見つめる。
 してやられた――レミリアが歯ぎしりをする。
 たしかに人間側の代表を決めるとなると、魔理沙を推す幽々子に対抗できる人間、つまりは早苗を推す人間をこちらへ味方にしなければいけない。しかし、こちらに味方してくれるように裏で打ち合わせしている人間は、未だいない。このまま『魔理沙陣営の連中と一緒に仲良く、公平に人間代表を選出した』ところで、魔理沙を推す幽々子が妖怪代表である限り、魔理沙が後継者に決まる可能性が高い。
 レミリアの顔に冷や汗が流れる。もはや言い返す文句が浮かばない。
(幽々子に一任すると言えば、レミリアたちが人間を出汁にして言い返すとは想像していたわ。ここで、未だにどっちつかずの人間の代表を『レミリアたちと協力して』決めたら、後は幽々子にゴリ押しをさせれば魔理沙が後継者に決まるわ。この勝負……勝ったわ!)
 アリスがようやく余裕の表情を浮かべる。
 レミリアたちには打開する策が浮かばない様子。
(ふっ……これで終わったわ。あぁ、魔理沙。貴女がこの幻想郷を救うヒロインに違いないわ!)
 アリスが勝利宣言を心の中で挙げようとした時、障子がすぅーっと開いた。

「中々、決まらないようですね」

 声の主にアリスの表情が強張る。
(なんで? なんでお前がここに来る!?)
 レミリアも振り返る。そして呆気にとられる。
「いつまでも堂々巡りでは、話は平行線を辿り、いつまでも交わることがありません」
 皆が見つめる中、そこに立っていたのは四季映姫・ヤマザナドゥであった。
 閻魔はじろりと部屋の中の彼女たちを見渡して、息を吐く。
「映姫様! お願いしたいことがあります!」
 突然の映姫の訪問にアリスたちが言いよどんでいるうちに、好機とみた咲夜が映姫に向き合う。
「実はアリスたちと話し合った結果、妖怪たちと人間たちの代表が代理を決めると決まったのですが、その人間たち側の代表が一向に思いつかないのです。このままでは不公平に妖怪たち有利な者が代理に就くかもしれません。といったところで困ったことに、有力な人間側の代表が見つからないのです。裁判長、ここは公平に代理がきまるように、私たちをお導きくださいませんか?」
「……なるほど」
 咲夜の説明に映姫が頷く。しばらくして、座を見渡すようにして宣言する。
「例え人間たちの代表を決めたところで、元々妖怪と人間は陰と陽の関係。話し合いが平行する恐れがあります。それでは決着が遅延する可能性があります……私から提言しましょう。代理を指名する選定委員を設け、その者は『妖怪側そして人間側にも通じる』者から選ぶのはどうです?」
 目を見開くアリスが何か言いたそうにするにも関わらず、映姫が続ける。
「選定委員については、私が責任をもって任命しましょう。きっと妖怪たちも人間たちも納得がいく人選だと思いますよ――異議がある者は申し出なさい」
 じろりと映姫が場を見渡すが、最高裁判長の威厳に押されて誰も口を開く者はいない。アリスも納得がいかない様子を表情に浮かべているが、映姫と揉め事を起こすのを恐れてか俯いてばかりであった。
「異議なしとみなします。では、明日には鴉天狗たちを使って選定委員の名を皆に知らせます」
 そう結ぶと映姫は背をくるりと向けて、部屋を出ようとする。その時、障子の近くでフランの遊び相手をしていた紅美鈴に、小さく呟いた。
「……公平に決まるよう、協力したまでですからね」
 閻魔が出て行った後の部屋は、しばらくしんと静まりかえっていた。


 ※


 【博麗会議 四日目】
 
『博麗の巫女の後継に閻魔、選定委員に四人を指名!』
 文々。新聞 7月1日発刊

『四季映姫・ヤマザナドゥ 早期解決のため四名を選定委員に指名!』
 花果子念報 7月1日発刊

 翌日。鴉天狗の速報に妖怪たち、そしてアリスたちも紅魔館たちも新聞の紙面から目を離せないでいた。


「もうっ! あの閻魔め! 一体吸血鬼たちとどういう取引をしたのよ! 選定委員に幽々子の名前がないじゃない!」
「落ち着きなさい、アリス。レミィたちと閻魔が会ったと聞いて、最悪こうなることは予想していたわ……でも、まだ向こう側と並んだくらいよ。一から、魔理沙こそが霊夢の後継だとアピールをしていくべきだわ」
「あーそういえばメディとお茶を飲む約束をしていたわ。ねぇ、私はそろそろ帰ってもいいかし――すみません、何でもありません私がバカでした⑨でしたはい」
 風見幽香、四季のフラワーマスター。脱出、失敗。


「まさか、あの地獄の裁判長が味方するとはね。ねぇ? 咲夜」
「お嬢様。あくまで閻魔は『公平』になるようジャッジを下しただけと思いますわ。こちらに有利になったとはいえませんが、おかげで人形遣いたちと『公平』になりましたわ。後は選定委員たちに早苗が後継者にふさわしいのを説得するだけですわ」


 ※


 博麗神社、本殿。
 博麗霊夢が過ごした神社の境内。賽銭箱を真正面にした位置に敷物を敷いて、閻魔に選ばれた四人の選定委員が鎮座していた。

「不束者ながら私が選ばれた以上、この幻想郷のために尽くしたいと思う」
 知識と歴史の半獣。
 上白沢慧音。 
 半獣の身でありながら人里の人間たちの信頼が厚い。

「ふふ。慧音ちゃんなら選ばれて納得だけど、この私がここにいてもいいのかしら」
 月の頭脳。
 八意永琳。
 月人だが、永遠亭にて病気の治療に携わり人間たちと繋がりをもつ。

「あら? 八意様なら、きっといい解決策を見つけてくださるわ」
 封印された大魔法使い。
 聖白蓮。
 彼女の仏教の教えに多くの人間や妖怪が慕う。

「八意様より、この私が選ばれたことに疑問を持ちますが……」
 聖徳道士。
 豊聡耳神子。
 神道を伝え、多くの信者に師事される仙人。

 いずれも人間の身ではないが、人間たちにも妖怪たちにも通じる四人は、輪になって主のいない神殿を見つめていた。
 その表情はすこし寂しそうであり、主が帰ってくるのを待っているようでもあった。
「待たせてしまって申し訳ありません」
 そこへ、参道から三つの影が姿を現す。
「これはこれは閻魔様」
 白蓮が恭しく礼をすると、後の三人も頭を下げる。
 やってきたのは四季映姫・ヤマザナドゥ。そしてアリス・マーガトロイド、日傘を差したレミリア・スカーレットであった。
 映姫はゆっくりと腰を下ろすと、面々を見渡して宣言した。
「さて、この幻想郷の危機を解決するには貴女方の力が必要なのです……さぁ、『博麗会議』を始めましょうか」


「で、何故ここに人形遣いと吸血鬼がいるのだろうか?」
 七人が輪になったところで慧音が首を傾げる。
「この二人は推薦人。会議に参加させた方が話が進むと思い、連れてきたのです」
 映姫が説明すると、「あの」と控えめに神子が手を挙げた。
「なんでしょうか?」
「閻魔様。この私が選定委員でよろしいのでしょうか? 閻魔様は私のことを信頼できる者と見なしてくださっているのでしょうか」
「たしかにあなたは仙人。自然の理から外れようとし、命を永らえている。しかし、今はこの幻想郷の危機。幻想郷なくして私たちは存在を失う。多くの人間たちに慕われている貴女の力が必要です」
「……そうですか。それでは遠慮なく、この豊聡耳神子。尽力いたす所存です」
 神子が頭を挙げたのを映姫が優しく微笑む。
 場の空気が少し緩み、それぞれに余裕が生まれたようだ。
(さて……ここからが勝負ね)
 しかしレミリアとアリスの表情は硬いままだ。各々が推す後継者に、この選定委員たちを納得させる駆け引きを始まろうとしていた。
「さて、今名前が挙がっているのは魔法使いの霧雨魔理沙、そして守矢神社の東風谷早苗。この二人以外に有力な候補はいないようだな」
「そうね、慧音ちゃん。果たしてどちらが代理に相応しいか、話し合いを始めましょうか」
 慧音と永琳が言葉を交わしている間、アリスとレミリアの頭は回転の速度を速めている。
(聖は私たちと同じ魔法使い……しかし同族だからといって簡単に魔理沙を推してくれるとは限らない大物。神子も欲望を聞き取る能力をもっているし、裏工作が通じるとは思えない)
(慧音は幻想郷では映姫の次に真面目、下手に味方に引き込もうとすれば逆に警戒される。八意は月の頭脳と言われるほどの天才。こそこそと隠れて通じようものなら、すぐにこちらの思惑を見抜かれるわ……互いに裏工作ができない、とすれば)
 駆け引きといっても、アリスとレミリア。すでにお互いにアピールする方法は一致していた。
「私から意見を出させてもいいかしら?」
 レミリアがすっと手を伸ばした。
「どうぞ」
 映姫が悔悟の棒をレミリアに向ける。ちなみに映姫はこの『博麗会議』の議長として中立の立場である。
「魔理沙と早苗。どちらが代理に相応しいか、一度この二人を弾幕勝負させてみてはいかが?」
「私も同じことを思ったわ。勝ち負けというよりも指標にするためにね」
 アリスもレミリアの意見に賛同する。初めて同じ姿勢をみせた二人に、選定委員の面々は少し驚いた表情を浮かべる。はた目には、ただ悪戯に対立をするのではないようにも見えた。

 しかし、映姫の表情は少しも変わらない。
「……なるほど。たしかに一理あると思います。魔法使いと山の巫女。二人はあまりにも異なる者。指標は必要でしょうね」
 そして選定委員の面々を見渡し、
「では皆さん、これより霧雨魔理沙、東風谷早苗の弾幕勝負を行うのはどうでしょうか。勝ち負けにこだわらず、各々の意見を固めるためです」
 映姫の言葉に異議を唱える者はいなかった。


 ※


「悪いな、早苗。霊夢が残したこの幻想郷。私がこの手で守る!」
「あー、熱いですねー。超熱い。魔理沙さん? もしかして週刊ジャ○プ派ですかぁ? あ、私は角○エース派ですけどねー。なんか違うか、アハハ」
 博麗神社境内。宙に浮かびながら霧雨魔理沙、東風谷早苗が向き合っていた。
 その下で映姫。四人の選定委員。そして固唾を飲んで、アリスとレミリアが見守る。
「それでは霧雨魔理沙、東風谷早苗の弾幕勝負を行います。勝負は一回きりです……それでは、始めてください!」
 映姫の号令と共に、魔理沙が動き出す。先手必勝。高速移動から早苗へ弾幕を放つ。
「おらおらおら! 早苗! 勝負は一分とかけずに決めるものだぜ!」
 しかし早苗はふらふらと魔理沙の弾幕をかわす。
「もぉー、魔理沙さん、危ないでしょう。ママに言われなかったですかー?」
 弾幕を交わし切り、真正面を向いた早苗。そのすぐ後ろに――魔理沙が構えていた。
「遅いぜ……くらえ! マスタス――」
「ミラクルフルーツ」
 しかし早苗の右腕は後ろを向いていて魔理沙の鼻先にあり、その手には札が握られていた。
 大きな衝撃音と共に爆発が起きる。
「さすが早苗さんですね。実力はあるようですね」
「しかし、決着がつくのは早すぎませんか? これで魔理沙さんが負けたとなれば、あまりに短絡的かと」
 神子が微笑み、聖が怪訝な表情で呟く。
 爆発の煙の中から、人影が飛び出す。
「あー……早苗だからと言って油断してたぜ。しかし、よく私はかすりもしなかったな」
 箒に跨る魔理沙の服には爆発にも関わらず、少しの焦げた跡も煤けた様子も見受けられない。
(……今、爆発の中で魔法陣のようなのが見えたような……まさか!)
 レミリアが視線をあちらこちらに移すと、境内周りの木陰から見慣れた西洋パジャマの姿がちらりと見えた。
(あ、あんのぉ紫もやしー!!!)
 パチュリーの姿を確認してわなわなと振えるレミリアを横目に、アリスがふふんと鼻を鳴らす。
(勝てばいいのよ! 勝つことがなんだかんだ言ったって、一番のアピール材料。選定委員に裏工作ができないとなれば、アピール方法に細工をすればいいこと! 魔理沙。貴女を今、パチュリーの防御陣が守っているわ! 遠慮せずどんどんやっちゃいなさい!)
「運も実力のうちだぜ! 早苗ー!」
 そんなからくりがあるとは知らず、自信を得たのか、再び早苗に突撃を繰り出す魔理沙。
「ありえなくね? 少しくらい焦げてもよくね? なんで無傷なの、超ゎかんないんだけど!?」
 意味がわからず混乱する早苗は魔理沙の攻撃を避けるのが精一杯。
(んだぁー! 咲夜! こっちも手をうつわよ!)
 レミリアが筆を動かして、膝元にそっと「なんとかしなさい!」と小さく書いた紙の切れ端を乗せる。すぐにメモはふっと姿を消す。咲夜が時間を止めてメモを回収したのだ。
「と、言ってもナイフで魔理沙を攻撃したら私の仕業とばれますし、困ったわね」
 同じく木立の中、咲夜が首を傾げて困惑する。裏でこっそりと魔理沙に仕掛ける、また早苗を防護する術がないのだ。
「美鈴! 何かいい策はないのかしら?」
「といいましても、あ! 咲夜さん、時間を止めて魔理沙さんの道具を奪い取るとか――」
「無理よ。私が手に触れたものは時間が動き続けるもの」
 咲夜と美鈴が話し合っていると、
「えーと、魔理沙をやっつけたらいいのかな?」
 ゆっくりと立ち上がる小さな影。
 片手をゆっくりと伸ばして、魔理沙に向ける。
「え?」
「あ、妹様――」

「きゅっとして、ドーン!」

 先ほどとは比べ物にならない大爆発。
 突然の出来事にアリスもレミリアも、選定委員の面々も目が点になる。さすがの映姫も少し目が丸くなる。
 爆炎は中々収まらない。
 やがて、宙に浮かぶ濛々と立ち込める黒煙の球から落ちてきたのは。
「きゅー」
 運悪く魔理沙が自身の影に入ってしまったがために、フランの攻撃を受けた早苗であった。


 ※


「お疲れ様、慧音ちゃん」
「永琳……その『慧音ちゃん』はやめてくれないか?」
「いいじゃない。私と慧音ちゃんの仲なのだから」
 夕刻。
 会議を終え、慧音たちは館に戻っていた。今日の弾幕勝負の結果を見届けた上で、ついに明日の会議にて、博麗の巫女の代理が決定することとなっていた。
「ところでうちの姫様ともこは上手くいっているかしら? あの二人、なんだかんだで仲良しさんだし、くっついてくれると私も嬉し――」
「永琳。明日のことだが……永琳はどちらを推すつもりだ?」
 慧音の問いに、永琳の顔つきが真剣なものに変わる。
「そうね。今日の勝負。そして素行から魔理沙が有力とは思うわ。でも、私は納得できないわね」
「では? 早苗が相応しいと?」
「そうもいかないわね。確かに彼女は霊夢と同じ巫女。でも、あまりにも常識が離れているわ。安心よりも不安が強いわ……慧音ちゃんも同じ意見かしら?」
「……あぁ、さすが永琳だな。見透かされているか」
「慧音ちゃんのことはよく知っているわよ」
 永琳がくだけた言葉を口にするが、その目は真剣のままだ。
「私も……まだ、決めかねてな」
「あらあら。二人して談合でもしているのかしら?」
 低い笑い声が二人に投げかけられる。慧音と永琳が振り向く。
 そこに風見幽香がくすくすと笑っていた。
「風見幽香。談合などしていない。失礼だな」
「私たちに何か用かしら? 貴女こそ話を持ちかけようとしているのではなくて」
 風見幽香はアリス側の陣営の一人。魔理沙を推すように話を持ちかけてきたか。慧音が警戒を強める。
 永琳がそんな慧音を庇うように一歩前へ進み出る。
 が、永琳の言葉に、幽香の顔から急に余裕がある笑みが消えて、あちらこちら視線を彷徨わせる。
「ええ、まぁそのぉ……八意永琳。貴女に、その用があるのよ。私用でね。うん」
 やがて永琳に視線を定めるときには、先ほどとはうって変わって弱弱しい表情を浮かべていた。
「……あなた。胃腸薬もってないかしら?」
 風見幽香。四季のフラワーマスター。後日、ストレス性胃腸炎と診断される。


 ※


「それで? 私に何か用なのですか。太子さん?」
「いやなに。明日決まる前に貴女の意向を聞いてみようと思ったまでです……あ、そこそこ」
「貴女もまだ決まりきれないようですね……ここですか?」
「ええ。どちらにしても納得しきれなくてね……あぁ、気持ちいい」
 同時刻。
 命蓮寺の部屋にて白蓮と神子の姿があった。白蓮に膝枕をしてもらい、耳かきをされている神子が気持ちよさそうな表情を浮かべながら、白蓮に話しかける。
「霧雨魔理沙は貴女と同じ魔法使い。少し同情票を入れるのかなと思いまして」
「私はそんなことで重大な物事を決めたりはしません。私も魔理沙には不安を覚えているのです」
「そうですか」
 白蓮が耳かきの手を休めて、ため息まじりに話す。
「魔理沙は確かに霊夢と共に数々の異変を解決してきました。しかし、霊夢と違い今までこの幻想郷の安定を維持する役割を担っていません。彼女にこの幻想郷を守れるか心配です」
「明日中には決着をつけるという予定ですが、これは紛糾しそうですね。下手をするとさらに長引きそうです」
「太子さんは、どう決着をつけようと?」
「わかりません。どうなるのか、神も仏も知る由もありません」
「……上手いことを言ったつもりですか?」
「ダメでしたか?」
 白蓮の膝から起き上って、神子は白蓮に微笑む。白蓮も笑顔で返した。
 その後ろで命蓮寺、そして神霊廟の面々が、先ほどからの熟年夫婦の二人のやり取りに砂を吐いていた。
「やれやれ、仙人様も呑気なもので――うぅ!」
 草陰で神子を見張っていた小野塚小町も、口からさらさらと砂糖を吐いていた。


 ※


「もぉ! どうしたらいいのよ! これで早苗が不利になったわ! 明日には決着がつく。いったいどうしたらいいのよ!」
「うぅ……ご、ごめんなさい、お姉さま。ぐすっ」
「あ、いいのよフラン。貴女は悪くないわ。私の為にしてくれたもの。よしよし」
 同じく同時刻。
 守矢神社の部屋に早苗陣営の面々が集まっていた。その表情は皆、暗い。今日の弾幕勝負で早苗の良さをアピールできなかったばかりか、勝負に負けてしまう失態を演じてしまったからだ。
「もう、手も足も出ない感じですね……幻想郷のために、ここは折れるしか――」
「うるさい、門番!」
「ひぃ!」
 降伏姿勢の美鈴にレミリアのイライラが増していく。
「ぁたし、結構頑張った方だと思うんですけどぉー。魔理沙さんがあんなに強いとか聞いてないしぃ」
「うるさい! うるさい、この緑色の霊夢のコピー!」
「お嬢様! 口が過ぎます」
 咲夜が必死にレミリアを宥める。だが紅魔館にとって、再び絶体絶命の危機に晒されていた。
「ぇー。マジ意味わかんない。もぉ無理……マリカしょ」
「じゃ、私キノ○オ」
「あたしはノコ○コ」
 すっかり諦めてしまっているのか、テレビゲームを始める守矢神社の三人。レミリアがため息を吐く。
「……ちょっと風に当たってくるわ」
「私もお供します」
 レミリアと咲夜が縁側に出ると、夕日が真っ赤に燃えたぎっていた。咲夜が日傘をレミリアに差し出す。
「咲夜。何かいい案があるなら申し出なさい」
「……申し訳ありません」
「そう……」
 万事休す。早苗を後継者に推すためにできることはし尽した。思いついた策を出し尽くした。その結果である。
 二人は言葉を交わさずただ堕ちていく夕日を眺めていた。
 口には出さないが、二人の間には敗北の空気が流れていた。認めたくない。しかし、もう手がない……。
「あたいは博麗の巫女。そこの妖精たち、あたいと大ちゃんが退治するぞー」
「えー、チルノちゃん、私もー?」
 突然聞こえた幼い声。霊夢の名前にレミリアが視線を移すと、そこで妖精たちがきゃっきゃっと遊んでいた。
「わー霊夢だ。スター、ルナ、逃げるよー」
「オッケー、サニー」
「ちょっと、二人とも待ってよー。あたっ!?」
 ルナがその場にこける。チルノたちが輪になって「大丈夫?」と心配する。そして笑顔があふれる。
「妖精たちは呑気ねぇ。この事態に霊夢の真似事って」
「こういう事態にも動じないのは眉唾ですわ。一層のことチルノを後継者に指名しては?」
「ふん! チルノなんて後継者に推したら、それこそやけくそと思われるわ。あんな氷精なんて、せいぜい妖精たちの小さな大将よ」
 そうですね、と咲夜が含み笑いを浮かべる。
 どこかで鴉が鳴いている。天狗たちがせっせと新聞を書いているのかもしれない。
 さぁー、と吹いた風がレミリアたちの頬を撫でた。


「小さな、大将……?」


 レミリアの眉が顰める。そして目が大きく見開かれる。
「咲夜!」
「はい、お嬢様」
 咲夜が膝をついて主に答える。レミリアの考えをすでに読み取っていた。
「すぐに『彼女』の居場所を突き止めなさい。そして、アリスたちが手を回していないか確認して!」
「はっ!」
 一瞬にして咲夜の姿が消える。
 レミリアの目に焔が灯る。
「そうよ……その手があったわ。かなりの博打だけど、でも、やるしかないわ」


 ※


 【博麗会議 五日目】

 早朝。
 選定委員の四人。映姫。そしてアリスとレミリアは博麗神社の境内で向き合っていた。
 ついにこの日、博麗の巫女の後継者が決定する。
 皆の表情に、いつにない緊張が表に出ていた。
「それでは、会議を始めます。意見ある者は申し出なさい」
 映姫が運命の始まりを告げると、すかさずアリスが手を挙げた。
「私は魔理沙こそが相応しいと思います。実績も十分。これ以上、適任はいないと思います……あなたはどうかしら、レミリア」
 自信満々にレミリアに向き合うアリス。すでに魔理沙に決定することに確信を得ているようだ。
 しかし、レミリアは余裕の表情を浮かべている。アリスが眉を顰める。
「……そうね。確かに早苗は素行に難があるわ。早苗より魔理沙の方が適任ね」
 レミリアが魔理沙の支持の言葉を口にした。選定委員たちも映姫も、そしてアリスも目を見開く。
「そ、そう。貴女も魔理沙の良さを理解してくれたのね。よく決断を――」
「しかし! それはあくまでも早苗と比べた上でのこと。決して魔理沙が相応しいとは思えないわ」
「……え?」
 遮るように言葉を繋げたレミリアにアリスが動揺する。レミリアは早苗も魔理沙も相応しくないと言い出したのだ。他の者も、その真意を読み取れないでいた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! レミリアはこの二人は適任でないと言うのか? では、いったい誰が適任と言うのだ!?」
 慧音が焦ったようにレミリアに詰問する。アリスもレミリアの顔から視線を外せない。
 レミリアは得意げな表情を浮かべて、一人の名を告げた。


「私は……橙こそが、相応しいと思うわ」


「は!? はっ!? はっ!!? 貴女! 何を言っているのかしらっ!? ちぇ、橙ですって!? 血迷ったの!? 橙には申し訳ないけど、橙に異変を解決するだけの力がどこにあると思うの!? これじゃあ、幻想郷の安定なんて――」
「アリスは何か誤解をしているようね!!」
 アリスを押さえつけるように、レミリアが大声で怒鳴る。
「な、何? ご、誤解って……」
「私たちも大きな誤解をしていたのよ。霊夢がいなくなって、私たちは霊夢の代わりに異変を解決できる者を考えていたわ。しかし! その考えこそが間違い! 今、妖怪たちが幻想郷の維持のため力を合わしている今、異変など起こさないし、起きた場合は協力し合って解決できるわ。私たち、いや幻想郷に今必要とされているのは『大結界を維持し、幻想郷を守る者』、つまり決めなければいけないのは博麗霊夢の代理ではなく、八雲紫の後継だったのよ!」
 レミリアの説明に、アリスは開いた口が塞がらない。他の面々は耳を傾けていた。
「では? この大結界を守る者は? 八雲紫そして博麗霊夢がいないとなれば、結界の修復に携わっていた八雲藍こそが適任。しかし、その八雲藍も行方がわからない。魔理沙も早苗も結界の術は得ていない。では、誰が適任か。そうなれば答えは一つだわ……八雲紫から結界術を受け継いだのは八雲藍、そしてその術を受け継いでいるのは八雲藍から妖術と共に結界術も教わっていた橙しかいないわ! ……皆はどう思うかしら?」
「……皆々の意見を聞きましょう」
 レミリアに押された空気の中。映姫が選定委員たちを見渡す。だが、アリスは取り乱したままレミリアに反論をする。しかし、その反論には中身がない。
「ちぇ、橙が後継者だなんて。む、無茶苦茶ね。だ、誰が納得すると言うのかしら? あ、あははは」
 場にアリスの乾いた笑い声が響き渡る。
 だが、すっと手を挙げられた。
「閻魔様……私も橙こそ相応しいと思います」
「!? びゃ、白蓮!?」
 アリスが顔を白蓮に向けると、またすっと手が挙がる。
「私も橙を推すことにしよう。彼女はまだ幼い妖怪。しかしそれ故に自身の損得を考えず、公平に物事を判断するだろう。あとはしっかりと橙の後見人を務めてくれる者を決めればよい」
 慧音がレミリアに賛同すると、永琳も神子も手を挙げた。
「慧音ちゃんの意見に私も賛成するわ」
「確かに。ここは橙さんに決めた方が揉め事が少なくてすみそうですね。納得しました」
「え? え? 皆、正気? あ、あ……あああああぁぁぁぁっ!!」
 頭を抱えるアリスをよそに、映姫が声高く宣言する。
「意見が一致したようですね……橙を博麗の巫女、そして幻想郷の管理人の代理に決定します!」
「そんな、そんな馬鹿なぁぁああああっ!」
 崩れ落ちるアリスを見て、レミリアが大きく息を吐く。
(終わったわね……さぁ、新しい後継者を迎えに行こうかしらね)


 ※


「いやだぁっ! らんしゃまが、らんしゃまがいなくなったなんて、橙は信じないです!」
「ちょ、落ち着いて橙!」
「えーん、らんしゃま、らんしゃまー! 早く帰ってきてください、うぅ……ひっく、えぐ」
 レミリアは映姫に代理が決定したことを報告、そして妖怪たちを博麗神社に集めるようお願いした後、橙を迎えるために館の一室にやってきていた。
 だがそこにいた橙は泣いてばかり。レミリアの言葉に耳を傾けない。
「貴女こそがこの幻想郷を守らなければいけないのよ! さぁ、藍の後を引き継ぐ覚悟を決めてちょうだい」
「えーん……橙は寂しいです、とっても寂しいです! いい子にしますから、らんしゃま早く帰ってきてください、うわーん!」
「ダメだ……咲夜! なんとかしなさい!」
「そうは申されましても……」
 いち早く橙と接触した咲夜も困惑顔を隠せない。
 霊夢たちが行方知れずになったその日、橙はいつものようにマヨヒガに遊びにきていた。しかし、何日過ぎようとも藍たちが帰ってくる気配がない。やがて藍たちの消息が絶ったという新聞を目にしてから、ずっと泣きっぱなしだったのだ。
 目を腫らして幻想郷をふらふら歩いている橙を、ミスティア・ローレライとリグル・ナイトバグの二人が保護したが、橙は起きては泣き、泣き疲れて眠るのを繰り返すという有様だった。
「レミリアさん。皆、博麗神社で待っていますよ。お早く」
 そこへ永江衣玖がレミリアたちを呼びにやってきた。
「わ、わかっているわよ! 咲夜! とりあえず私たちだけでも向かうわよ」
「わかりました」
 いそいそと部屋を後にするレミリアと咲夜。
「らんしゃま……らんしゃま、うぅ……」
 一人残された橙は蹲って涙を零す。

「……橙さん。どうか泣き止んでください」

「え?」
 橙が顔を上げる。
「藍さんは、いえ、紫さんも霊夢さんも。今、強い敵と戦い続けている。きっと退治して、戻ってくると私は信じてますよ」
「……本当?」
「ええ。だけど藍さんが戻ってくるまでに、この藍さんが守った幻想郷を守らなければいけません。藍さんのために、力を貸してくれませんか? 私も橙さんに力を貸します……藍さんの帰りを待ちましょう。帰ってきたら、二人で『お疲れ様』って言いましょう。ね?」
「……うん」


 ※


「後継者が決まったのに、姿が見えない」
「うるさいわね! もう少し待ちなさいよ!」
 秦こころがぼそっと呟くと、焦っているレミリアが吠える。
 すでに博麗神社には妖怪たちが勢ぞろいしていた。
 橙の登場を今か今か待ち構える妖怪たち。しかし一向に姿を見せない橙に、やがて不安が広がる。
「咲夜! もう一度、橙を説得するわよ。こうなりゃ、力づくでも」
「……あら?」
 咲夜が何かを見つけて、やがて目を丸くする。
 レミリアが咲夜の視線に気が付き、そちらへ顔を向ける。

「お待たせしました! 橙さんがご到着されました」

 泣きはらした目をした橙。
 そして、その橙をだっこしているのは――紅美鈴であった。
 美鈴はゆっくりと妖怪たちの前を通っていく。
「よくやったわ美鈴! さぁ、橙をこっちによこ――あれぇ?」
 レミリアが笑顔を浮かべて両手を美鈴に差し出す。しかし美鈴は無視して、レミリアの前を通り過ぎる。
「あれれ? あれ?」
 レミリアが首を傾げている間に美鈴は橙を抱えて、賽銭箱の前に立つ。そして妖怪たちを見渡して、大声を上げた。
「皆さん! 霊夢さん、そして紫さんの代理を務める橙さんです! 一同、ご挨拶を!」
 はっきりとした言葉が妖怪たちに伝い渡って、しんと境内が静まり返る。レミリアは未だ美鈴の行動に意味がわからずにいる。

「……幻想郷の安定のため、尽力をお願いいたします!」

 やがて慧音が深々と頭を下げる。それに続いて妖怪たちが次々と頭を下げ始める。
「橙ならいいかもな」
 魔理沙が呟きながら頭を下げる。その表情はどこか晴れ晴れとしていた。
 そんな魔理沙を見て、アリスとパチュリーは悔しそうな表情を浮かべながらも頭を下げる。
 ……やっと終わった。
 お腹をさすりながら幽香も頭を下げる。早く家に帰りたい。
 しばらくして、頭を下げていないのはレミリアと咲夜だけになった。
「レミリア、咲夜」
「……な?」
 従者に呼び捨てにされて、レミリアが美鈴を睨む。しかし、美鈴は冷ややかな目つきで二人を見返す。
「頭が高い!」
「っ!!?」
 レミリアの顔に怒りがこみ上げる。何故だ? 橙の後見人はこの私だぞ。なのに何故門番が偉そうにしているんだ? その場は私の位置だろ?
 だが皆の前で事を荒げたくないレミリアは、わなわな震えながらゆっくり頭を下げる。
「これから橙さんがこの幻想郷を取り仕切ることになりました。しかし、橙さんはまだ幼い妖怪です。そこで不束ながら……この紅美鈴が後見を務めたいと思います!」
「はあぁっ!? おい門番、お前何言っているのかしら!? たかが門番のくせにでしゃばるのもたいが――」
「橙さんを操って幻想郷を欲しいままにしようとする輩がいるからです!!」
 レミリアの言葉を美鈴がぶった切る。今までにない、強い威圧にレミリアも言葉を濁らせた。
「この幻想郷の危機にも関わらず、己の私欲のために後継者を決めようなどと、裏でこそこそする者がいました。そんな者に、幻想郷を任せられません! 私、紅美鈴が責任を持ち、橙さんを補佐し、幻想郷の安定に尽力することを誓約します!」
 堂々と美鈴が宣言すると、やがて妖怪たちの間から拍手が沸き起こる。
「紅美鈴……貴女なら橙を補佐するに十分な者と認めます。尽力しなさい」
 映姫の言葉にレミリアが顔を向ける。閻魔はレミリアに気づくと、小さくくすりと笑った。
(ちっくしょー! 閻魔めぇー!)
 あくまでも閻魔は『公平』の立場に立っていたのだった。
 こうして、博麗の巫女そして幻想郷の管理人の後継は橙に決まった。

 と思われたのだが。


「……あー、ここ私の神社よね? 何この騒ぎ?」
「こんなにも妖怪たちが集まるなんて。異変かしら、霊夢?」
「橙ー! 今帰ったぞ。寂しい思いをさせてすまなかった」


 突然湧いた、三人の声。
 妖怪たちが再び静まり返る。
 そして一斉に後ろを振り向く。


「……ら、らんしゃま……らんしゃまー!!」
「霊夢!? 霊夢ー!!!」


 橙と魔理沙が大声で叫ぶ。
 その目からはボロボロと大粒の涙が零れる。やがて二人は駆けだした。
「な……? 霊夢、なの?」
 レミリアも驚愕の表情を浮かべていた。そこには博麗の巫女こと博麗霊夢。幻想郷の管理人、八雲紫。そしてその式神、八雲藍が申し訳なさそうに苦笑いを浮かべて立っていた。
「ちょっ、魔理沙! 落ち着きなさいよ! あー! 鼻水垂れてる!」
「あはは! 橙。帰りが遅くなってすまなかった。もう寂しい思いはさせないぞ」
 魔理沙が霊夢に、橙が藍に抱きついてわんわんと泣き始める。それをよそに幽々子が紫に近づく。
「紫、おかえり。今までどこに行っていたのかしら?」
「ただいま幽々子。私がいなくなって寂しかったかしら」
 紫の返事にくすりと笑う幽々子。しかし、その目には今にも涙が溢れそうになっていた。
「いやぁ。魔理沙。岡崎って、覚えてる? 岡崎夢美」
「オカザキって……魔界の?」
「そう、あの岡崎よ」
 そうして霊夢はこの二ヵ月近くの出来事を話した。

 異変解決のため、向かった霊夢たちは光の輪に包まれた。視界が失われ、やがて視界が戻ったときは魔界にいたという。
「あ、あれ? 靈夢?」
 目の前にへんてこな機械を操作していた岡崎夢美が目を丸くしてた。
 とりあえず夢美をボコって話を聞くと、夢美はテレポートを可能とする機械の実験していたのだった。その実験に霊夢たちは巻き込まれ、魔界へ飛ばされたという。
「早く私たちを幻想郷に戻しなさいよ」
「そ、そうは言ってもまだコイツは試作段階。ちょ、ちょっと待ってくれ。すぐに戻す方法を見つけるから」
 そうして霊夢たちを幻想郷に戻すために夢美はテレポート装置の調整に入ったという。それまで霊夢たちは魔界を観光していたそうだ。そして二ヵ月近くかかって、今先ほど幻想郷に戻ってきたのだった。
「まぁ、久しぶりの魔界だったし。楽しかったといえば楽しかったわ……ところで、あんたら何やってたの? こんな人数で、しかも私の神社で?」
 霊夢が首を傾げて、妖怪たちは皆押し黙る。

 心配かけやがって。
 無事でよかった。
 一体、この騒動はなんだったの。

 それぞれ思いが交錯する中、瓢箪の酒を飲んでいた萃香が顔を赤らめて、
「宴会だよ。霊夢たちがいないうちに大宴会をしようと思ってさ」
 萃香の言葉に妖怪たちの間で笑みが浮かぶ。
「そうだぜ。宴会をするんだ。霊夢も参加するだろう? ……おかえり、霊夢」

 魔理沙の言葉に、霊夢はにっこり笑って見せた。


「あんたら私を抜きにしようだなんて甘いわよ……ただいま、魔理沙」
後日。
紅魔館にて。

「あのぉ……調子に乗っていたのは謝ります。でも、幻想の危機に私情を挟もうとするお嬢様も――いえ、なんでもありませんはい」
「レミィ……私が悪かったわ。だから許してちょうだい」
「私、パチュリー様に引っ張られただけなのに……」

 土下座する三人の姿があったそうな。


2014年10月18日。
コメントを頂きまして、美鈴の呼ばれ方を変更。また誤字や段落ミスの修正いたしました。
aikyou
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コメント



0.360簡易評価
2.40名前が無い程度の能力削除
うーん、悪くはないけど中国とか秋姉妹とかてゐとか橙もだけどキャラの動かし方がなんかひと昔って感じがするのはわざとなんだろうか
中国ネタと秋姉妹のモブ扱いは今あまりやってない上に不快に感じる人も少なくないのでご注意を
霊夢と靈夢って結局同じ設定なのか別なのかどうかもなんか微妙に不明でした
3.50名前が無い程度の能力削除
アリスの動機だけメタ早苗が壊れている幻想郷の危機の割に緊張感が0

てなわけでこの点
7.100名前が無い程度の能力削除
よくこういう駆け引きが思いつきますね 感心致します
色々考えてやる咲夜やアリスが素敵でした
萃香の最後の宴会だよというのがなんか含蓄がある気がしますね 政治は祭り事的な意味で
緩い雰囲気で重要なことを進めていくあたりは緩いというより逞しさを感じますね
面白かったです
9.10 削除
カス
12.100名前が無い程度の能力削除
「清須会議」が下敷きだから展開は読めたけど最後美鈴が持ってったのは予想外だった
13.10名前が無い程度の能力削除
レミリアが何の魅力も無いキャラに仕上がってて残念
最後の土下座の下りは蛇足