秋の日は釣瓶落とし、という言葉を思い出す季節が来た。少し前までうっとおしいと感じていた照りつける太陽と賑やかな蝉の声が、既に懐かしいとすら思える。代わりに、ささやかな虫の声が店の外から聞こえてくる。僕は、店先の定位置で本のページをめくりながら、耳介が捉える音の波に心を傾ける。
「―――」
五感を別々に駆使する、という試みに興じてからどれくらい経つだろう。思い立ったが吉日とも言うように、一見くだらない命題でも、のめりこんでみると割と興味深い出来事だったということに気づかされる。初めのうちは誤って湯呑を手で弾いてしまって大惨事を招いたりもしたが、今ではそれこそ無意識に喉の渇きを癒すことができる。
「―――じーっ…」
視界は文字を捉えている。しかし、文字だけを捉えるわけではない。文字の置かれる紙面、紙面の背景にある机など、捉えたいものの他に多くのノイズを捉えている。もしかしたら、それらのノイズを含めて総合的に文字という対象を捉えているのかもしれない、という思考に至りかけた時、言葉通りのノイズが鼓膜を震わせた。
「―――おいっ!香霖!さっきからずーっと、ずぅーっと見えてるのに、何の反応も無いのはどういうことだ!?」
視界の、いわゆるノイズの場所にあった情報。黒いとんがり帽子から、そのノイズが発せられた。言い訳をするとすれば、気づいていなかったわけではない。だが、気づいていたとしてもそれらはノイズであり、目的とする対象物の発するシグナルではない。たとえ、それを発するものの意志がシグナルだったとしてもだ。
「せっかくこの私が生命という存在に対する仮説を披露してやろうと言うのに、お前ときたら本にかじりついてこっちを見ようともしない。少しは知の探究心を外にアンテナを伸ばして捉えるべきなんだぜ。」
「…仮説を披露する、と言う話は初耳だな。もっとも、それがどれほどの影響力のある仮説なのかを、それこそ知る由もないのだが。」
僕は呼んでいた本を閉じ、魔理沙に向き直った。魔理沙は激昂した様子だったが、僕が反応したことに満足したのか、うんうんと頷いた後、こほんと咳払いをして声をあげた。曰く、
「香霖、お前は、生命の神秘の謎を解くための範例的存在なんだよ。正確には、模範的存在の一人、と言うべきか。」
思考が理解に追いつかない。
「…うむ、詳しく頼む。」
「そうだな… 例えば、犬と猫の子どもって聞いたことはあるか?」
「…ない。」
「じゃあ、蝶と蜂の子どもって聞いたことはあるか?」
「…ない。」
「じゃあ、幽霊と人間の子どもって聞いたことはあるか?」
「…ある。」
「ほら、不思議だと思わないか?違う種族同士の子どもは今に至るまで存在する例が限られている。例外は唯一、人間と何か、という異種同士の子どもが成立していることなんだ。なぜ、こんなことが成立すると思う?」
僕は顎に手を当てて目を閉じた。なるほど、魔理沙のいうことも一理ある。僕は人間と妖怪のハーフである。すなわち、人間という種族と妖怪という種族、2つの別の種族の血族と言うことになる。2つの別の種族の血族は成立するか?という命題に対する範例として、僕は存在しているということになるだろう。
「時に魔理沙、ここで考えるべき命題は、2つの別の種族の血族は成立するか、ではないな?その命題は既に僕の存在が証明している。2つの別の種族の血族は成立する理由は何か?これが、君の問いかけであると受け取ったが、それでよろしいか?」
「ああ、それでいい。」
「なるほど。…では、その問いかけに対する仮説を、君は既に掴んでいるということだね?」
「その通りだぜ。」
そういって、魔理沙は胸を張る。
「早速だが、仮説はこういうものだ。」
そして、小一時間、独自の理論を展開してくれた。曰く、犬と猫の子どもは成立しないが狐と猫でいい関係のやつは知っている、とか、地獄鴉と八咫烏の融合体は知り合いにいるが、そいつは子どもとして成立したわけではない、とか、そういえば半人半獣っていう存在もいたっけな、とか、やけに回りくどい言い回しだった。ようやく核の部分に触れ始めたと思ったのは、幽霊と人間の考察に入ってからだった。
「そもそも、幽霊と人間は別の種族だと言っているが、本当にそうなんだろうか?」
「…と言うと?」
「人間は死んだら幽霊になるだろ?と言うことは、幽霊は人間から生まれた存在と言うことができるんじゃないか?」
「幽霊は人間が死んだ存在だろう?」
「言い回しの問題だぜ。だが、言い得て妙だ。そう、幽霊は人間が死んだ存在。つまり、幽霊は人間なんだ。かつて生きていて、今は死んでいる。ただそれだけ。状態の違う存在を、幽霊、人間、と言って区別しているだけなんだ。」
「なるほど。では、それが、例の命題とどうつながるんだ?」
魔理沙はここぞとばかりに声を張り上げた。
「つまり、2つの別の種族の血族は成立する、という捉え方そのものが間違いだったんだ。幽霊と人間は同一の1つの種族を起源としている。故に、同一種族の血族として半人半霊という存在がいるにすぎないんだ。」
一瞬、納得させられかけた。しかし、それだけでは僕と言う存在が証明する2つの別の種族の血族を否定することにはならない。
改めて、僕は目を閉じて考え込んだ。半人半妖という種族形態に対して考えをめぐらしたことは何度かある。だが、結局は人間と妖怪を独立した別の種族として捉えるという暗黙的な前提に囚われていたのかもしれない。
おそらく、魔理沙が言いたいことはこういうことだろう。すなわち、妖怪とは、人間を起源とした種族である。例えば、森の魔法使い。彼女は元人間で、捨虫の魔法、捨食の魔法を身につけることで魔法使いという種族、すなわち妖怪になったという。人間を起源とした妖怪の範例が存在する以上、信憑性も高くなると言うものだろう。
「だが―――」
魔理沙の言葉に、僕は薄く目を開く。
「半人半妖という存在は、人間と言えるのだろうか?私の仮説で言えるのは、人間を起源とした種族同士の血族は成立する、と言うことまでだ。それなら、人間を起源としない種族と人間の間で、血族はつながっていくのだろうか?そもそも、半人半妖という呼び方自体が曖昧な定義であるように思える。それを言うなら、人間と化け猫、人間と化け犬、こういう関係の間に誕生した血族も、半人半妖と言っていいはずだ。」
「逆に―――」
ふと、思いついた仮説を、かみしめるように口に出す。
「人間は妖怪である、という捉え方はできないだろうか?君に対して失礼かもしれないが、人間の中には妖怪とも対等に渡り合う存在が稀に出てくる。同じ人間と言う種族からしても、妖怪と力の差が均衡を保てる存在と言うのは別の種族と見えてもおかしくないんじゃないか?」
すると、魔理沙は一瞬キョトンとした表情を見せた後にふっと吹き出し、お腹を抱えて笑い出した。わけがわからず、僕は魔理沙を問い詰める。
「ははは、いや、悪い悪い。まさか香霖が基本的なことも理解してないなんてな。」
むっとした表情を向けると、魔理沙はこのように続けた。
「私が妖怪と対等に渡り合えるのはスペルカードルールのおかげだ。試合の条件が無かったら、私の命はいくつあっても足りなかっただろうさ。だが、人間は妖怪である、か。面白い仮説だな。」
「魔理沙の仮説を聞かなければ生まれなかった仮説だな。たまには、ノイズにも気を配ってみるべきか。」
「ノイズ? だれが騒音だって? 私はプリズムリバーの一員じゃないぜ。」
今度は魔理沙がむっとした表情を向けてきた。僕は軽く溜め息をついて、閉じていた本に手を伸ばす。どのあたりまで読んだかな、とページをめくりかけた時、ふと疑問が頭をよぎった。
「魔理沙、一つ聞いていいかい?」
「じゃあ一つだけにしてくれ。」
「なんで、そんな仮説を思いついたんだ? 普段の君は確かに好奇心旺盛なように見えるが、生命の起源を考えるに至った根拠が知りたい。」
「ああ、その理由は―――」
そういって、魔理沙は僕の持つ本を指さす。
「なんとなく、そいつが気になってな。最近の香霖は、ずっとその本を読んでるだろう。心なしか、いつも本を読むペースよりも長い気がする。香霖が熱中する本なら、それなりに面白いことが書いてあるんじゃないかなって思って、ちらっとのぞいてみたんだ。きっかけはと言えば、それくらいだな。」
言われて気付いた。五感を別々に駆使する、という試みは、僕がこの本を読みだしてからすぐに始めたことだ。人体の構造と感覚に対する探究という意図があったのだが、それは思わぬ副産物を生みだしたようだ。普段とは違う態度で物事に向かっていた分、普段と同じ物事であっても効率が落ちたのだろう。
『Anatomische Tabellen』 改めて本のタイトルを見直し、魔理沙に声をかけた。
「良かったら、じっくり読んでみるかい? ちょうど季節も適した時期だ。」
「二つ目の質問は受け付けないぜ。でも―――」
魔理沙は腰かけていた水瓶から立ち上がり、箒を片手に出口へと足を運ぶ。ドアに手をかけた時、ちらりと顔を向けてこういった。
「死ぬまで借りて行くには、ちょうどいい本かもな。」
そう言い残して、そそくさと出て行ってしまった。店の中には僕一人。窓から射す光も、いつの間にか赤みを増している。心なしか、虫の声が少しだけ賑わいをましたように感じる。
聴覚、視覚、触覚、味覚、嗅覚、これらを総称して五感と呼ぶ。では、思考というのは五感のどの部分にあたるものなのだろうか。第六感という言葉が脳裏をよぎる。思考が第六感によって制御されるものだとしたら、思考を続けることによって、その存在は高みに至ることができるのかもしれない。
人間は考える葦である、と、いつか呼んだ本に書いてあった。人間は、思考することによって人間たりうる。では、人間を起源とした妖怪とは、何によって妖怪たりうるのだろうか。そんなことを考えると、僕という存在を少しだけ嘲笑したくなった。人間と妖怪のハーフである自分が、思考という人間たりうる行為に没頭している。ということは、僕は人間という存在証明に偏っているのだろうか。結論を出すには早すぎる。新たな思考の種を探すため、僕は本の表紙をめくった。
「―――」
五感を別々に駆使する、という試みに興じてからどれくらい経つだろう。思い立ったが吉日とも言うように、一見くだらない命題でも、のめりこんでみると割と興味深い出来事だったということに気づかされる。初めのうちは誤って湯呑を手で弾いてしまって大惨事を招いたりもしたが、今ではそれこそ無意識に喉の渇きを癒すことができる。
「―――じーっ…」
視界は文字を捉えている。しかし、文字だけを捉えるわけではない。文字の置かれる紙面、紙面の背景にある机など、捉えたいものの他に多くのノイズを捉えている。もしかしたら、それらのノイズを含めて総合的に文字という対象を捉えているのかもしれない、という思考に至りかけた時、言葉通りのノイズが鼓膜を震わせた。
「―――おいっ!香霖!さっきからずーっと、ずぅーっと見えてるのに、何の反応も無いのはどういうことだ!?」
視界の、いわゆるノイズの場所にあった情報。黒いとんがり帽子から、そのノイズが発せられた。言い訳をするとすれば、気づいていなかったわけではない。だが、気づいていたとしてもそれらはノイズであり、目的とする対象物の発するシグナルではない。たとえ、それを発するものの意志がシグナルだったとしてもだ。
「せっかくこの私が生命という存在に対する仮説を披露してやろうと言うのに、お前ときたら本にかじりついてこっちを見ようともしない。少しは知の探究心を外にアンテナを伸ばして捉えるべきなんだぜ。」
「…仮説を披露する、と言う話は初耳だな。もっとも、それがどれほどの影響力のある仮説なのかを、それこそ知る由もないのだが。」
僕は呼んでいた本を閉じ、魔理沙に向き直った。魔理沙は激昂した様子だったが、僕が反応したことに満足したのか、うんうんと頷いた後、こほんと咳払いをして声をあげた。曰く、
「香霖、お前は、生命の神秘の謎を解くための範例的存在なんだよ。正確には、模範的存在の一人、と言うべきか。」
思考が理解に追いつかない。
「…うむ、詳しく頼む。」
「そうだな… 例えば、犬と猫の子どもって聞いたことはあるか?」
「…ない。」
「じゃあ、蝶と蜂の子どもって聞いたことはあるか?」
「…ない。」
「じゃあ、幽霊と人間の子どもって聞いたことはあるか?」
「…ある。」
「ほら、不思議だと思わないか?違う種族同士の子どもは今に至るまで存在する例が限られている。例外は唯一、人間と何か、という異種同士の子どもが成立していることなんだ。なぜ、こんなことが成立すると思う?」
僕は顎に手を当てて目を閉じた。なるほど、魔理沙のいうことも一理ある。僕は人間と妖怪のハーフである。すなわち、人間という種族と妖怪という種族、2つの別の種族の血族と言うことになる。2つの別の種族の血族は成立するか?という命題に対する範例として、僕は存在しているということになるだろう。
「時に魔理沙、ここで考えるべき命題は、2つの別の種族の血族は成立するか、ではないな?その命題は既に僕の存在が証明している。2つの別の種族の血族は成立する理由は何か?これが、君の問いかけであると受け取ったが、それでよろしいか?」
「ああ、それでいい。」
「なるほど。…では、その問いかけに対する仮説を、君は既に掴んでいるということだね?」
「その通りだぜ。」
そういって、魔理沙は胸を張る。
「早速だが、仮説はこういうものだ。」
そして、小一時間、独自の理論を展開してくれた。曰く、犬と猫の子どもは成立しないが狐と猫でいい関係のやつは知っている、とか、地獄鴉と八咫烏の融合体は知り合いにいるが、そいつは子どもとして成立したわけではない、とか、そういえば半人半獣っていう存在もいたっけな、とか、やけに回りくどい言い回しだった。ようやく核の部分に触れ始めたと思ったのは、幽霊と人間の考察に入ってからだった。
「そもそも、幽霊と人間は別の種族だと言っているが、本当にそうなんだろうか?」
「…と言うと?」
「人間は死んだら幽霊になるだろ?と言うことは、幽霊は人間から生まれた存在と言うことができるんじゃないか?」
「幽霊は人間が死んだ存在だろう?」
「言い回しの問題だぜ。だが、言い得て妙だ。そう、幽霊は人間が死んだ存在。つまり、幽霊は人間なんだ。かつて生きていて、今は死んでいる。ただそれだけ。状態の違う存在を、幽霊、人間、と言って区別しているだけなんだ。」
「なるほど。では、それが、例の命題とどうつながるんだ?」
魔理沙はここぞとばかりに声を張り上げた。
「つまり、2つの別の種族の血族は成立する、という捉え方そのものが間違いだったんだ。幽霊と人間は同一の1つの種族を起源としている。故に、同一種族の血族として半人半霊という存在がいるにすぎないんだ。」
一瞬、納得させられかけた。しかし、それだけでは僕と言う存在が証明する2つの別の種族の血族を否定することにはならない。
改めて、僕は目を閉じて考え込んだ。半人半妖という種族形態に対して考えをめぐらしたことは何度かある。だが、結局は人間と妖怪を独立した別の種族として捉えるという暗黙的な前提に囚われていたのかもしれない。
おそらく、魔理沙が言いたいことはこういうことだろう。すなわち、妖怪とは、人間を起源とした種族である。例えば、森の魔法使い。彼女は元人間で、捨虫の魔法、捨食の魔法を身につけることで魔法使いという種族、すなわち妖怪になったという。人間を起源とした妖怪の範例が存在する以上、信憑性も高くなると言うものだろう。
「だが―――」
魔理沙の言葉に、僕は薄く目を開く。
「半人半妖という存在は、人間と言えるのだろうか?私の仮説で言えるのは、人間を起源とした種族同士の血族は成立する、と言うことまでだ。それなら、人間を起源としない種族と人間の間で、血族はつながっていくのだろうか?そもそも、半人半妖という呼び方自体が曖昧な定義であるように思える。それを言うなら、人間と化け猫、人間と化け犬、こういう関係の間に誕生した血族も、半人半妖と言っていいはずだ。」
「逆に―――」
ふと、思いついた仮説を、かみしめるように口に出す。
「人間は妖怪である、という捉え方はできないだろうか?君に対して失礼かもしれないが、人間の中には妖怪とも対等に渡り合う存在が稀に出てくる。同じ人間と言う種族からしても、妖怪と力の差が均衡を保てる存在と言うのは別の種族と見えてもおかしくないんじゃないか?」
すると、魔理沙は一瞬キョトンとした表情を見せた後にふっと吹き出し、お腹を抱えて笑い出した。わけがわからず、僕は魔理沙を問い詰める。
「ははは、いや、悪い悪い。まさか香霖が基本的なことも理解してないなんてな。」
むっとした表情を向けると、魔理沙はこのように続けた。
「私が妖怪と対等に渡り合えるのはスペルカードルールのおかげだ。試合の条件が無かったら、私の命はいくつあっても足りなかっただろうさ。だが、人間は妖怪である、か。面白い仮説だな。」
「魔理沙の仮説を聞かなければ生まれなかった仮説だな。たまには、ノイズにも気を配ってみるべきか。」
「ノイズ? だれが騒音だって? 私はプリズムリバーの一員じゃないぜ。」
今度は魔理沙がむっとした表情を向けてきた。僕は軽く溜め息をついて、閉じていた本に手を伸ばす。どのあたりまで読んだかな、とページをめくりかけた時、ふと疑問が頭をよぎった。
「魔理沙、一つ聞いていいかい?」
「じゃあ一つだけにしてくれ。」
「なんで、そんな仮説を思いついたんだ? 普段の君は確かに好奇心旺盛なように見えるが、生命の起源を考えるに至った根拠が知りたい。」
「ああ、その理由は―――」
そういって、魔理沙は僕の持つ本を指さす。
「なんとなく、そいつが気になってな。最近の香霖は、ずっとその本を読んでるだろう。心なしか、いつも本を読むペースよりも長い気がする。香霖が熱中する本なら、それなりに面白いことが書いてあるんじゃないかなって思って、ちらっとのぞいてみたんだ。きっかけはと言えば、それくらいだな。」
言われて気付いた。五感を別々に駆使する、という試みは、僕がこの本を読みだしてからすぐに始めたことだ。人体の構造と感覚に対する探究という意図があったのだが、それは思わぬ副産物を生みだしたようだ。普段とは違う態度で物事に向かっていた分、普段と同じ物事であっても効率が落ちたのだろう。
『Anatomische Tabellen』 改めて本のタイトルを見直し、魔理沙に声をかけた。
「良かったら、じっくり読んでみるかい? ちょうど季節も適した時期だ。」
「二つ目の質問は受け付けないぜ。でも―――」
魔理沙は腰かけていた水瓶から立ち上がり、箒を片手に出口へと足を運ぶ。ドアに手をかけた時、ちらりと顔を向けてこういった。
「死ぬまで借りて行くには、ちょうどいい本かもな。」
そう言い残して、そそくさと出て行ってしまった。店の中には僕一人。窓から射す光も、いつの間にか赤みを増している。心なしか、虫の声が少しだけ賑わいをましたように感じる。
聴覚、視覚、触覚、味覚、嗅覚、これらを総称して五感と呼ぶ。では、思考というのは五感のどの部分にあたるものなのだろうか。第六感という言葉が脳裏をよぎる。思考が第六感によって制御されるものだとしたら、思考を続けることによって、その存在は高みに至ることができるのかもしれない。
人間は考える葦である、と、いつか呼んだ本に書いてあった。人間は、思考することによって人間たりうる。では、人間を起源とした妖怪とは、何によって妖怪たりうるのだろうか。そんなことを考えると、僕という存在を少しだけ嘲笑したくなった。人間と妖怪のハーフである自分が、思考という人間たりうる行為に没頭している。ということは、僕は人間という存在証明に偏っているのだろうか。結論を出すには早すぎる。新たな思考の種を探すため、僕は本の表紙をめくった。