それは小さな独占欲だった。
けれどもその欲はジワジワと、蛆のように次第に増えていき私の心の内側を蝕んでいく。
容赦なく喰われていく私の心は悲鳴を放ち震えていた。
しかし私はその心に対する処方箋を持っていなかった。
そして私はその事を誰かに相談するだけの勇気も持ち合わせていなかった。
毎日小さなベッドの上で毛布を被り、自己を両手で抱きしめる以外恐怖に抗う方法は無かった。
ざわざわと蠢いている闇の中、カリカリカリと蛆の咀嚼音だけが私の鼓膜に突き刺さる。
蛆は日が経つにつれまるまると太っていく。
私の心を糧にして。
いつしか気づかぬうちに私はその蛆の支配下に置かれていた。
蛆はその醜い外見から吐くとは思えない、熟したリンゴのような甘美なコトバを耳朶に絶えず囁きかけ私を絶えず揺さぶる。
そうして私は甘い言葉により盲目となり狂気の沙汰ともいえる人形を造り上げた。
その人形は幼さを残した顔ながらもその黒の瞳には見たものを引き付ける魔力があった。
顔の横を流れている三つ編みは艶やかな小麦色をしており、人形の被っている漆黒のとんがり帽子には汚れを知らない白いリボンが結いてある。
身体は黒を基調としたドレスに身を包み、その上から純白のエプロンを前掛けとして身につけていた。
頭身は私とほぼ変わらない。
事情を知らなければまだ外見はまだ一般とも言えるが狂気の最大の理由は中身の仕掛けだった。
この人形は私の意思を魔力のパスを通じて汲み取り、望みの通り動いてくれるのである。
つまりこの人形に対しては言葉を用いずとも自分の願いが通じ叶うのだった。
この完成した黒と白に包まれた人形を見て、私は奇妙な興奮を催してきた。
自画自賛になるがここまで精巧に作れるとは自分ですら思ってなかったのだ。
愛しの人にそっくりの人形に見つめられている。
そう認識した途端身体の芯が火照ってきてじわりじわりと外側に向けて走り出す。
鏡台に自分を投射してみると頬には朱が刺していて、指の先で触ってみると煮えたぎるような熱さを感じた。
私がこの人形に向かって『魔理沙』と呼びかければこの自立人形は動き出す。
当然本人の知らないあいだにこんなものを生み出してしまった罪悪感もあった。
この人形を動かせば友人関係としては円滑にやってる魔理沙との関係に亀裂が生じるかも知れない。
今これを壊せばまだ間に合う、頭がそうは理解してるものの心の蛆が鎌首をもたげる。
『お前は魔理沙を独占したかったんじゃないのか?それに他の娘のとこにほいほいとついていく魔理沙が悪いんだろう?』
お約束の甘い言葉を耳朶に含ませる。
その言葉の蜜にたやすく誘われた私は湾曲した思考回路を巡らせ歪な結論を導き出す。
「魔理沙が・・・魔理沙が・・・魔理沙が悪いのよ」
喉の奥から絞り出したような声が突き出る。
私が魔理沙を所有していない時この人形で遊ぶ権利があるとすら思えてきた。
奇妙な熱に浮かされた私はぼーっと焦点の定まらない目線を人形に向け、やがて禁忌の言葉を人形に投げかける。
『魔理沙・・・』
私は成し遂げたと思った、これから24時間偽物とはいえ一緒にいられる、本物に会うときまで寂しい思いをする必要がなくなる。
私は幸福感をいっぱいに感じ、また日頃の精神的な疲れがどっときたのかその場に私は倒れ込んだ。
じりじりと焼き付くような日差しも落ち着き、いわし雲が空を泳ぐようになった今日この頃。
赤や黄に染まりつつある山々から赤とんぼが人里へ舞い降り、人々の周りを飛び交う。
大人たちは皆、田んぼに出て頭がこれでもかと垂れている稲をせっせと刈り取っていた。
私はそんなお米を少し戴くのを条件に小さな子らのお守りとして人形劇をしに人里へ降りてきている。
そこで普段魔法の森では余り感じることのできない柔らかい秋の匂いを楽しむ目的もあるのだった。
私は人里の近くの空き地でパン、パン、パンっと手を三回叩くと四方から童達がワーッと駆け寄ってくる。
「にんぎょうつかいのおねーちゃん、きょうはどんなおはなしをするの?」
「わぁー!きょうもきてくれたんだーありがとうおねーちゃん」
「おねえちゃんこれあげるー」
小さい子供とはいえ歓迎されるのはやっぱり嬉しいものだ。
毎日新しい台本を用意して、練習するのはそれなりの労力がかかり大変だ。
けれども子供たちの笑顔に囲まれるのは何か悔しいながらも充実感を感じていた。
簡単な準備の後、今日持ってきた台本である『舌切り雀』を私は読み始める。
人形を巧みに糸を引いて操りながら、強弱をつけ朗読する。
始まるまで騒がしかった子供たちは始まった途端、こちらを見つめ一心不乱に聞いている。
私も話が進むにつれて興が乗るようになっていく。
お話が佳境に差し掛かったその時だった。
私の視界の先に魔理沙と霊夢が大通りを二人で並んで歩いているの姿があったのだ。
二人は何やら楽しそうに談笑をしながらこちらに向かって歩を進めている。
どこか照れくさそうな表情が魔理沙の顔に浮かんでいる。
私はそのような魔理沙の表情を見たことがなかった。
ほかの人にそのような表情を見せてる魔理沙の顔なんて私は見たくない。
思わず視線を下に逸らす。
『嫌だ!嫌だ!やめて!』
声にならない叫びが私の中で残響する。
そしてさっきのがほんのした冗談の一種だという一縷の望みにかけてそっと目線を遣ってしまう。
その先にあったのは相変わらずちょっと照れくさそうだけれどもどこか楽しげな魔理沙の顔が映っていたのだった。
余りの虚無感に立っていることすら出来なくなり膝を折り身をかがめる。
私が誰よりも強く求めていたものを霊夢に呆気なく取られてしまいそう。
この事実が私の中でグルグルと駆け回る。
このままだと私の手元から魔理沙は居なくなる。
「おねぇちゃん、だいじょうぶ?おめめからなみだがでてるよ」
こう指摘されるまで私は泣いていることにすら気づかないほど呆然立ち尽くしていた。
「ごめんね、お姉ちゃんちょっと急用を思い出したから続きはまた明日ね。」
辛うじてそれだけを伝え這うようにその場を去っていく。
アリスの背中を子供たちは不思議そうに眺めていた。
私は反射的にガバッと体を起こした。
私はいつの間にか布団の上で魔理沙を奪われた悪夢を見ていたようだった。
酷くうなされていたらしくベッドのシーツは寝汗で湿っている。
窓を覗くと外はナイフの様に冷たい秋雨が侘しい音を奏でながら降り注いでいる。
私の体に絡みついていつの間にか雁字搦めに縛ったこの悪夢。
抜け出したいともがけばもがくほど絡みつく。
そして悪夢を見た直後、魔理沙を自分のモノにしたい理想と現実とのギャップの余り不快感が荒波の様に押し寄せてくる。
吐き気から思わず口を抑える。
その時だった。
頭にポンッと手が置かれた。
「アリス、おはよう。あんなとこで倒れて寝たら風邪引くぜ。だからまぁ布団に運んだんだけどさ。」
こう言いながら、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
こんな暖かさを私は忘れていた。
この手が本物の魔理沙の手でない事はこの時はまだ分かっていた。
そうして人形はその手を頭から私の背中へ回し抱き寄せる。
触れられた背中が思わずビクっと跳ね上がる。
お互いの睫毛が一本一本はっきり分かり吐息がかかる距離。
そうして人形は頬を赤く染め恥ずかしそうにそのまま言葉を紡いだ。
「愛してるよ・・・アリス・・・」
人形の瞳がゆっくりと閉じられる。
そうして血が濡れているような紅い唇が私に近づいてきて私の唇を塞ぐ。
閉じていた私の唇はいとも簡単に割られヌルリと舌が入ってくる。
淫靡な音が部屋中にこだまする。
一瞬のことだったかもしれない。
けれど私には永遠のような長さを感じた。
愛おしい。
その感情で全身が包まれていくような気がした。
唇を離すとキラリと光る透明な糸が私と人形を結んでいる。
それを手の甲で人形は恥ずかしそうに拭い、わたしに言葉を向けた。
「アリスの為にその、ご飯作ったんだ。良かったら一緒に食べないか?」
人形は俯きながら恥ずかしそうに呟く。
この一連の流れはアリスを虜にするには十分すぎるほどであった。
こうして私は人形と巡りくる季節を共にした。
一緒にクリスマスケーキを作って食べた。
お雛様を一緒に飾った。
蝉が騒々しく啼いてる中魔法の研究に二人で励んだ。
真ん丸のお月様を眺めながら盃を交わした。
こうして巡りくる季節を人形と過ごしてるうちにいつの間にか本物の魔理沙に対して感情がどんどん薄れていく。
当初の目的からかけ離れいつの間にか人形に対して愛を囁く毎日。
欺瞞に包まれた日々。
けれども私はそれが最大の幸福だったのだ。
見てしまった。
体からゾワァという音が聞こえてきそうなほどの勢いで鳥肌が立つ。
体が意思とは無関係に足が勝手に動き後ずさりをする。
言いようのない悶えるような嫌悪感。
なぜこんなことになってるのか脳の処理が追いつきそうにない。
私はただ桜が綺麗に咲き誇る季節、恒例の博麗神社の花見にアリスを誘いに来ただけだった。
アリスの家の木のドアをコンコンとノックして呼び出した。
が、中からアリスの声はするのに一向に出てこない。
不信に思った私はそうしてアリスの寝室を窓からチラっと覗く。
目には二匹の雌が映った。
片方はアリスだった。
もう片方は私そっくりの女だった。
アリスが私そっくりの女に抱きつき、唇を押し付けている。
私はアリスの家が視界外になった後、一目散に背を向けて走り出した。
終わりは呆気なかった。
人形を動かして3年と少し経った平凡なある日。
魔法の研究に疲れて私はうとうとと船を漕いでいた。
紅い夕日が地平線に沈んだ頃、眠気まなこを擦って辺りを見回すと、人形の首がポキンっと折れて外れていた。
今思えば段差か何かに躓いて当たり所が悪かったのだと思う。
だが、当時の私は世界が破滅したかの様な衝撃を全身に感じた。
愛しの魔理沙が死んだ。
もう優しかった魔理沙はいない。
涙すら出てこなく、呆然と亡骸を抱いた。
だが、私はここで疑問がひとつ沸いた。
死んだはずなのにこの魔理沙は血色も良く目もいつも通り光を灯している。
そして首が折れたはずなのに血が出ていない。
否応なく欺瞞は溶け、真実が目の前に展開される。
私は亡骸を腕に抱きながら過去を振り返る。
そうして3年前、この人形を動かした趣旨を思い出す。
ハッと口に手を当てる。
同時にポロポロと涙が溢れ出る。
溢れた涙は不気味な人形に当たって跳ね返る。
3年間という月日を無駄にしてしまった事。
そして、魔理沙に対して冒涜的な事をしてしまった事。
感情の暴走に負けて取り返しがつかない事をしてしまった。
後悔に打ちひしがれる。
やがて私はよろよろと立ち上がり、冷たい雨の中へと出て行った。
霊夢と陰陽玉の通信技術を使って霊夢と通話していた時の事だった。
コンコンっと玄関の戸を叩く音がする。
外は土砂降りの雨でしかも夜ももう遅い。
訝しんだ私はベッドの横に置いてある八卦炉をパジャマのポッケに忍ばせ玄関の戸を開ける。
ビショ濡れになったアリスがそこに幽鬼のような出で立ちで立っていた。
アリスを見た瞬間に前の出来事が映画のフィルムを読み込んだかの様に頭の中で蘇る。
「魔理沙……ごめんなさい。」
アリスの悲痛な叫びが森の中で反響する。
アリスの出で立ちを見る限り何か心境の変化があったのだろう。
しかしそれ以上にフラッシュバックしている出来事の嫌悪感の方が優る。
「お、おう。ア、アリスはアリスで頑張れよ。」
不意に心無い言葉が口を割って出てくる。
それを潮に思わず私は踵を返して戸を閉めたのだった。
相変わらず外は土砂降りの雨が降り注いでいた。
長かった秋雨も終わり久々に太陽が空で輝いている今日、私は霊夢と待ち合わせして人里の甘味処へ来ていた。
目の前の霊夢は久々の甘味に頬を蕩けさせながら、餡蜜を頬張っていた。
私も目の前の餡蜜を食べようとスプーンに手を伸ばす。
餡子と果実を掬い口へ運ぶ。
餡子の濃厚な甘さと果物のフルーティーな爽やかさが絡まり舌を喜ばせる。
そこに黒蜜のコクのある甘さが口いっぱいに広がる。
霊夢が頬を蕩けさせるのも最もだと思った。
餡蜜に夢中な霊夢を横目に隣をチラっと見てみる。
なにやら声を潜めて何かを話している。
餡蜜を口に運びながら聞き耳を思わず立てる。
「そういえばさお前さん昔、といっても3年くらい前のことだが、あの綺麗な人形遣いのお姉ちゃんぱたっと見なくなったがなんか知ってるか?」
「知ってるも何も最近また突然出てきて、髪をばっさり降ろして命蓮寺に転がり込んだって話じゃないか。」
「それは一体またどういう訳で。」
「理由までは分からんが、あんなベッピンさんが尼さんになるとはねぇ。」
口の中の心地よい甘さがいつの間にか土のような苦味に変わっていた。
けれどもその欲はジワジワと、蛆のように次第に増えていき私の心の内側を蝕んでいく。
容赦なく喰われていく私の心は悲鳴を放ち震えていた。
しかし私はその心に対する処方箋を持っていなかった。
そして私はその事を誰かに相談するだけの勇気も持ち合わせていなかった。
毎日小さなベッドの上で毛布を被り、自己を両手で抱きしめる以外恐怖に抗う方法は無かった。
ざわざわと蠢いている闇の中、カリカリカリと蛆の咀嚼音だけが私の鼓膜に突き刺さる。
蛆は日が経つにつれまるまると太っていく。
私の心を糧にして。
いつしか気づかぬうちに私はその蛆の支配下に置かれていた。
蛆はその醜い外見から吐くとは思えない、熟したリンゴのような甘美なコトバを耳朶に絶えず囁きかけ私を絶えず揺さぶる。
そうして私は甘い言葉により盲目となり狂気の沙汰ともいえる人形を造り上げた。
その人形は幼さを残した顔ながらもその黒の瞳には見たものを引き付ける魔力があった。
顔の横を流れている三つ編みは艶やかな小麦色をしており、人形の被っている漆黒のとんがり帽子には汚れを知らない白いリボンが結いてある。
身体は黒を基調としたドレスに身を包み、その上から純白のエプロンを前掛けとして身につけていた。
頭身は私とほぼ変わらない。
事情を知らなければまだ外見はまだ一般とも言えるが狂気の最大の理由は中身の仕掛けだった。
この人形は私の意思を魔力のパスを通じて汲み取り、望みの通り動いてくれるのである。
つまりこの人形に対しては言葉を用いずとも自分の願いが通じ叶うのだった。
この完成した黒と白に包まれた人形を見て、私は奇妙な興奮を催してきた。
自画自賛になるがここまで精巧に作れるとは自分ですら思ってなかったのだ。
愛しの人にそっくりの人形に見つめられている。
そう認識した途端身体の芯が火照ってきてじわりじわりと外側に向けて走り出す。
鏡台に自分を投射してみると頬には朱が刺していて、指の先で触ってみると煮えたぎるような熱さを感じた。
私がこの人形に向かって『魔理沙』と呼びかければこの自立人形は動き出す。
当然本人の知らないあいだにこんなものを生み出してしまった罪悪感もあった。
この人形を動かせば友人関係としては円滑にやってる魔理沙との関係に亀裂が生じるかも知れない。
今これを壊せばまだ間に合う、頭がそうは理解してるものの心の蛆が鎌首をもたげる。
『お前は魔理沙を独占したかったんじゃないのか?それに他の娘のとこにほいほいとついていく魔理沙が悪いんだろう?』
お約束の甘い言葉を耳朶に含ませる。
その言葉の蜜にたやすく誘われた私は湾曲した思考回路を巡らせ歪な結論を導き出す。
「魔理沙が・・・魔理沙が・・・魔理沙が悪いのよ」
喉の奥から絞り出したような声が突き出る。
私が魔理沙を所有していない時この人形で遊ぶ権利があるとすら思えてきた。
奇妙な熱に浮かされた私はぼーっと焦点の定まらない目線を人形に向け、やがて禁忌の言葉を人形に投げかける。
『魔理沙・・・』
私は成し遂げたと思った、これから24時間偽物とはいえ一緒にいられる、本物に会うときまで寂しい思いをする必要がなくなる。
私は幸福感をいっぱいに感じ、また日頃の精神的な疲れがどっときたのかその場に私は倒れ込んだ。
じりじりと焼き付くような日差しも落ち着き、いわし雲が空を泳ぐようになった今日この頃。
赤や黄に染まりつつある山々から赤とんぼが人里へ舞い降り、人々の周りを飛び交う。
大人たちは皆、田んぼに出て頭がこれでもかと垂れている稲をせっせと刈り取っていた。
私はそんなお米を少し戴くのを条件に小さな子らのお守りとして人形劇をしに人里へ降りてきている。
そこで普段魔法の森では余り感じることのできない柔らかい秋の匂いを楽しむ目的もあるのだった。
私は人里の近くの空き地でパン、パン、パンっと手を三回叩くと四方から童達がワーッと駆け寄ってくる。
「にんぎょうつかいのおねーちゃん、きょうはどんなおはなしをするの?」
「わぁー!きょうもきてくれたんだーありがとうおねーちゃん」
「おねえちゃんこれあげるー」
小さい子供とはいえ歓迎されるのはやっぱり嬉しいものだ。
毎日新しい台本を用意して、練習するのはそれなりの労力がかかり大変だ。
けれども子供たちの笑顔に囲まれるのは何か悔しいながらも充実感を感じていた。
簡単な準備の後、今日持ってきた台本である『舌切り雀』を私は読み始める。
人形を巧みに糸を引いて操りながら、強弱をつけ朗読する。
始まるまで騒がしかった子供たちは始まった途端、こちらを見つめ一心不乱に聞いている。
私も話が進むにつれて興が乗るようになっていく。
お話が佳境に差し掛かったその時だった。
私の視界の先に魔理沙と霊夢が大通りを二人で並んで歩いているの姿があったのだ。
二人は何やら楽しそうに談笑をしながらこちらに向かって歩を進めている。
どこか照れくさそうな表情が魔理沙の顔に浮かんでいる。
私はそのような魔理沙の表情を見たことがなかった。
ほかの人にそのような表情を見せてる魔理沙の顔なんて私は見たくない。
思わず視線を下に逸らす。
『嫌だ!嫌だ!やめて!』
声にならない叫びが私の中で残響する。
そしてさっきのがほんのした冗談の一種だという一縷の望みにかけてそっと目線を遣ってしまう。
その先にあったのは相変わらずちょっと照れくさそうだけれどもどこか楽しげな魔理沙の顔が映っていたのだった。
余りの虚無感に立っていることすら出来なくなり膝を折り身をかがめる。
私が誰よりも強く求めていたものを霊夢に呆気なく取られてしまいそう。
この事実が私の中でグルグルと駆け回る。
このままだと私の手元から魔理沙は居なくなる。
「おねぇちゃん、だいじょうぶ?おめめからなみだがでてるよ」
こう指摘されるまで私は泣いていることにすら気づかないほど呆然立ち尽くしていた。
「ごめんね、お姉ちゃんちょっと急用を思い出したから続きはまた明日ね。」
辛うじてそれだけを伝え這うようにその場を去っていく。
アリスの背中を子供たちは不思議そうに眺めていた。
私は反射的にガバッと体を起こした。
私はいつの間にか布団の上で魔理沙を奪われた悪夢を見ていたようだった。
酷くうなされていたらしくベッドのシーツは寝汗で湿っている。
窓を覗くと外はナイフの様に冷たい秋雨が侘しい音を奏でながら降り注いでいる。
私の体に絡みついていつの間にか雁字搦めに縛ったこの悪夢。
抜け出したいともがけばもがくほど絡みつく。
そして悪夢を見た直後、魔理沙を自分のモノにしたい理想と現実とのギャップの余り不快感が荒波の様に押し寄せてくる。
吐き気から思わず口を抑える。
その時だった。
頭にポンッと手が置かれた。
「アリス、おはよう。あんなとこで倒れて寝たら風邪引くぜ。だからまぁ布団に運んだんだけどさ。」
こう言いながら、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。
こんな暖かさを私は忘れていた。
この手が本物の魔理沙の手でない事はこの時はまだ分かっていた。
そうして人形はその手を頭から私の背中へ回し抱き寄せる。
触れられた背中が思わずビクっと跳ね上がる。
お互いの睫毛が一本一本はっきり分かり吐息がかかる距離。
そうして人形は頬を赤く染め恥ずかしそうにそのまま言葉を紡いだ。
「愛してるよ・・・アリス・・・」
人形の瞳がゆっくりと閉じられる。
そうして血が濡れているような紅い唇が私に近づいてきて私の唇を塞ぐ。
閉じていた私の唇はいとも簡単に割られヌルリと舌が入ってくる。
淫靡な音が部屋中にこだまする。
一瞬のことだったかもしれない。
けれど私には永遠のような長さを感じた。
愛おしい。
その感情で全身が包まれていくような気がした。
唇を離すとキラリと光る透明な糸が私と人形を結んでいる。
それを手の甲で人形は恥ずかしそうに拭い、わたしに言葉を向けた。
「アリスの為にその、ご飯作ったんだ。良かったら一緒に食べないか?」
人形は俯きながら恥ずかしそうに呟く。
この一連の流れはアリスを虜にするには十分すぎるほどであった。
こうして私は人形と巡りくる季節を共にした。
一緒にクリスマスケーキを作って食べた。
お雛様を一緒に飾った。
蝉が騒々しく啼いてる中魔法の研究に二人で励んだ。
真ん丸のお月様を眺めながら盃を交わした。
こうして巡りくる季節を人形と過ごしてるうちにいつの間にか本物の魔理沙に対して感情がどんどん薄れていく。
当初の目的からかけ離れいつの間にか人形に対して愛を囁く毎日。
欺瞞に包まれた日々。
けれども私はそれが最大の幸福だったのだ。
見てしまった。
体からゾワァという音が聞こえてきそうなほどの勢いで鳥肌が立つ。
体が意思とは無関係に足が勝手に動き後ずさりをする。
言いようのない悶えるような嫌悪感。
なぜこんなことになってるのか脳の処理が追いつきそうにない。
私はただ桜が綺麗に咲き誇る季節、恒例の博麗神社の花見にアリスを誘いに来ただけだった。
アリスの家の木のドアをコンコンとノックして呼び出した。
が、中からアリスの声はするのに一向に出てこない。
不信に思った私はそうしてアリスの寝室を窓からチラっと覗く。
目には二匹の雌が映った。
片方はアリスだった。
もう片方は私そっくりの女だった。
アリスが私そっくりの女に抱きつき、唇を押し付けている。
私はアリスの家が視界外になった後、一目散に背を向けて走り出した。
終わりは呆気なかった。
人形を動かして3年と少し経った平凡なある日。
魔法の研究に疲れて私はうとうとと船を漕いでいた。
紅い夕日が地平線に沈んだ頃、眠気まなこを擦って辺りを見回すと、人形の首がポキンっと折れて外れていた。
今思えば段差か何かに躓いて当たり所が悪かったのだと思う。
だが、当時の私は世界が破滅したかの様な衝撃を全身に感じた。
愛しの魔理沙が死んだ。
もう優しかった魔理沙はいない。
涙すら出てこなく、呆然と亡骸を抱いた。
だが、私はここで疑問がひとつ沸いた。
死んだはずなのにこの魔理沙は血色も良く目もいつも通り光を灯している。
そして首が折れたはずなのに血が出ていない。
否応なく欺瞞は溶け、真実が目の前に展開される。
私は亡骸を腕に抱きながら過去を振り返る。
そうして3年前、この人形を動かした趣旨を思い出す。
ハッと口に手を当てる。
同時にポロポロと涙が溢れ出る。
溢れた涙は不気味な人形に当たって跳ね返る。
3年間という月日を無駄にしてしまった事。
そして、魔理沙に対して冒涜的な事をしてしまった事。
感情の暴走に負けて取り返しがつかない事をしてしまった。
後悔に打ちひしがれる。
やがて私はよろよろと立ち上がり、冷たい雨の中へと出て行った。
霊夢と陰陽玉の通信技術を使って霊夢と通話していた時の事だった。
コンコンっと玄関の戸を叩く音がする。
外は土砂降りの雨でしかも夜ももう遅い。
訝しんだ私はベッドの横に置いてある八卦炉をパジャマのポッケに忍ばせ玄関の戸を開ける。
ビショ濡れになったアリスがそこに幽鬼のような出で立ちで立っていた。
アリスを見た瞬間に前の出来事が映画のフィルムを読み込んだかの様に頭の中で蘇る。
「魔理沙……ごめんなさい。」
アリスの悲痛な叫びが森の中で反響する。
アリスの出で立ちを見る限り何か心境の変化があったのだろう。
しかしそれ以上にフラッシュバックしている出来事の嫌悪感の方が優る。
「お、おう。ア、アリスはアリスで頑張れよ。」
不意に心無い言葉が口を割って出てくる。
それを潮に思わず私は踵を返して戸を閉めたのだった。
相変わらず外は土砂降りの雨が降り注いでいた。
長かった秋雨も終わり久々に太陽が空で輝いている今日、私は霊夢と待ち合わせして人里の甘味処へ来ていた。
目の前の霊夢は久々の甘味に頬を蕩けさせながら、餡蜜を頬張っていた。
私も目の前の餡蜜を食べようとスプーンに手を伸ばす。
餡子と果実を掬い口へ運ぶ。
餡子の濃厚な甘さと果物のフルーティーな爽やかさが絡まり舌を喜ばせる。
そこに黒蜜のコクのある甘さが口いっぱいに広がる。
霊夢が頬を蕩けさせるのも最もだと思った。
餡蜜に夢中な霊夢を横目に隣をチラっと見てみる。
なにやら声を潜めて何かを話している。
餡蜜を口に運びながら聞き耳を思わず立てる。
「そういえばさお前さん昔、といっても3年くらい前のことだが、あの綺麗な人形遣いのお姉ちゃんぱたっと見なくなったがなんか知ってるか?」
「知ってるも何も最近また突然出てきて、髪をばっさり降ろして命蓮寺に転がり込んだって話じゃないか。」
「それは一体またどういう訳で。」
「理由までは分からんが、あんなベッピンさんが尼さんになるとはねぇ。」
口の中の心地よい甘さがいつの間にか土のような苦味に変わっていた。
魔法使いは自分の欲を最優先する求道者なイメージがあるためか、下手に罪悪感抱いたり反省したりするよりもう少し突き抜けて欲しかったかな。
せめて閉じこもって一生人形と戯れているのほうがイメージまだあってるかも
出家するとか人間味がある感じがして
何が駄目かって、何百番煎じだと思っているのかと問いたくなる所が。
昔ぁ~し流行ってとっくに廃った二次設定を今さら持ち出した挙句、大して創意工夫も無いまま投稿されたってどう反応して良いやらといった所です。
一行事の空行、かな、これ。ちょっと読みにくい。穴開きな印象。
あとは、もうちょっと魔理沙人形にのめり込んでいく過程が見たかったかな。
二次創作で使い古された設定に文句言うならそもそもアリスと魔理沙親しくねぇし。偉ぶりたいんだろうけど残念ながらお前の知能の低さがにじみ出てる。やり直し。
二次創作で使い古された設定に文句言うならそもそもアリスと魔理沙親しくねぇし。偉ぶりたいんだろうけど残念ながらお前の知能の低さがにじみ出てる。やり直し。