拝啓 ちょっとお馬鹿な私の友達
暑い日が続きますがお元気でしょうか?
最近会ってないあなたの事だから、きっとぐーたらで不規則な生活を送っている事と思います。
さて、先日研究の偶然の産物において、ちょっと面白いものが完成しました。
ソレに名前をつけるのならば、『マホウのトビラ』でもいいましょうか。
誰にも開ける事のできない不思議なものです。
ぜひ、あなたにも挑戦して頂きたく思い、ここにペンを取りました。
ちなみに、もしあなたが開ける事ができたのなら、一週間あなたの召使いになる事をここに誓います。
いつでも挑戦待っています。
(別に親愛じゃないけど、手紙の形式上仕方なく書く)親愛なる霧雨魔理沙さまへ
アリス=マーガトロイドより
「うーん……」
その手紙を見て、私――霧雨魔理沙はつい唸ってしまった。
同じ魔法の森に住んでいるだから、わざわざ手紙を届けなくても直接来ればいいのなぁ、と思う。
アリスという少女は一言で表すのならば変わり者なのだろう。
変に都会ぶっているくせに、こういう手紙のような古風なやり方を好み、偶然の産物とやらでマホウのトビラを生み出してしまう少女である。
いや、この言葉には間違いがあるか。
アリスが変わり者という事が間違っているのではない。この幻想郷の住人全てが変わり者なのであって、アリスだけが変わり者であるのが間違っていると私は思うのだ。
ちなみに私は普通。幻想郷唯一の普通だ。
「しっかし、偶然の産物ねぇ……。
どこをどう間違えたら人形の研究からトビラの開発へとの変わってしまうのやら」
愚痴るものの、興味がないわけではない。
むしろ同じ魔法使いとして好奇心がびんびんと刺激されている。
アリスが自慢げに作ったマホウのトビラをあっさりと開けてやれば、私の立場も向上するというものである。
アリスは私を妙に見下している部分があるので、いい機会になるのだろう。
「……よしっ!」
私は右拳を左手のひらに押し付け気合を入れると、さっそくアリスの家へ向かう事にした。
「なるほど、これがマホウのトビラね」
アリスの家へ訪れると、例のマホウのトビラはすぐに見つかった。
アリスの家のドア、それがマホウのトビラへと改造されているのだ。だったら、マホウのドアなのかもしれないが、そこはアリスの趣味だったり語感の問題だったりするのだろう。
一見すると何の変哲のないトビラである。
ちゃんとドアノブがついており、鍵穴も存在する。
逆にどこがマホウのトビラなのかが私には分からなかった。
「家の前にいるのは誰? 魔理沙?」
「おぅ、私だ、アリス。招待されたからには来てやったぜ」
家の中からアリスの声がしたので返事しておく。
アリスが家の中から出てくると思ったが、そのような足音が聞こえない。
代わりにすぐ近くにある窓が開き、アリスが顔を出した。
「いらっしゃい、ようこそ来てくれたわね。
さぁ、どうぞ」
アリスの言葉に私は「へ?」と間の抜けた声を発してしまった。
「さぁ、どうぞって私を何をすればいいんだよ。っていうか、マホウのトビラっていうのは何がマホウなんだ?
挑戦するからにはそれぐらいの説明をしてくれよ」
「あら、手紙にちゃんと書いておかなかったっけ?」
「手紙は一度読めば十分だ」
「いや、あんた全然理解してないじゃないの……。
まぁ、いいわ。あんたに常識を説明しても無駄だから説明してあげる。
……その前に、ちょっと椅子を持ってきていいかしら? 窓から身を乗り出して会話するのって結構しんどいの」
そんな大層な事をしなくても、とは思ったのだが、私の返答を待たずにアリスの姿が家の中へと消えていった。
――私の意見を聞かないなら、そもそも聞くなよ。
少しの間待っていると、再びアリスが窓から顔を出した。
「長丁場になりそうだからね、ちゃんと準備をしておかないと」
窓際にティーカップとお菓子を置くアリス。
まるで今からの私を観賞しようとしてしているみたいだ。
「お茶なら、私が家に入ってからすればいいじゃないのか?」
「ううん、あなたは家に入れないわ」
「……アリス、お前今なんて言った?」
「あなたは家に入れないと言ったの。
そこに立ってしまったが最後、誰も入る事ができないトビラ。それがマホウの正体よ」
「このトビラがねぇ……」
絶対開かない。そう言われると試したくなるのが私という人間だ。
しかし、アリスの事だ。このトビラには絶対の自信を持っている事だろう。生半可な手段は通用しないのかもしれない。
……さて、どうしたものか。
少し考えて、すぐに考えるだけ無駄な事が分かった。
情報量が少なすぎるのである。私に与えられた情報は、このトビラが絶対に開かないという事のみ。
これではなんの知略も開かない。
「まぁ、最初はドアノブからだな」
ドアを開けるもの、だからドアノブ。こんな簡単な事ではないとは思うのだが、アリスが裏をついてくる可能性もある。
可能性があるのならば、一つ一つ消していかなければいけない。
「そういえば、アリス」
「ん~、なに?」
のんきな声が聞こえたと思って、アリスの方を見ると私を観賞しながら編み物を始めていた。
アリスの自信の上か、それとも私を舐めきった上での行動か私には分からない。
だが、逆にそれが私に火をつけた。
――絶対にこのトビラを開けてやるぜ。
「このトビラ、防衛機能とか備えてるなんて事はないよな?
ドアノブに触った瞬間に電気が流れてきたりしたら嫌だぜ?」
「あぁ、その点は大丈夫。ソレは攻撃しないし、人形のように動くこともないわ。
ちなみに鍵もかかってないし、何か特殊な技能が必要というわけでもないから安心していいわ。
ただ単にあなたにそのトビラは開けられないだけ」
注意事項を確認したところで、さっそくドアノブに触れる。
少し怖かったが、アリスのいう通り電気が流れる事はなく、ほっと息をつく。
二、三度捻ってみるがトビラが開く事はない。やっぱりか、とは思っていたが、少し残念な気分になってしまった事は否めない。
さて、ドアノブがダメとなると、次に候補となるのは鍵穴であろう。
アリスは鍵はかかってないと言ったが、鍵穴に細工をしてないとは言っていない。
ここも単念に調べるべきだ。
「鍵穴の中は真っ暗か。特に異常は見当たらないな」
「何? もう手詰まり?
最低でもこの編み物が完成するまでは時間を持たせてくれないと困るんだけど?」
「私は大道芸人か何かか?
心配しなくても、大丈夫だぜ。この魔理沙さまにはすでに百の方法が思いついてるからな」
「へぇーそー。
ま、期待しておくわ。私の暇つぶしぐらいにはなってちょうだいね」
私の嘘は簡単にばれてしまうらしい。
百の方法は盛り過ぎたか。せめて十くらいにしておければアリスは信じたのかな?
とはいえ、だ。
実際のところ、トビラを開ける手段であるドアノブと鍵穴が駄目だった以上、そんなに方法があるわけでもない。
魔法で開けるか、魔法で壊すかに手段は限られているのだろう。
「いや、押してもダメなら引いてみろだ!」
「おっ、少しは考えたじゃない。でも不正解」
出題者アリスさんより下されたのは無情な判決。
まだやってもいないのに不正解と言われるのは、ちょっと傷つくしテンションも下がる。
「さすがだな、アリス。ここまで私を追い詰めるとは恐れ入ったぜ」
「いや、まだ五分も経ってないと思うんだけど、ぽりぽり」
「アリス、頼むから緊張感を持ってくれ。
お菓子片手に、いやお菓子食べながら紅茶飲みながら編み物しながら会話に参加されても私のモチベーションが上がらないんだぜ」
「あら、そう? 万年無駄なハイテンションなあなたでもモチベーションが下がるような時もあるのね。
一つ賢くなったわ。あなたとの下らない会話の中でも私の知識が刺激される事もあるのね。びっくりだわ」
もちろん、この間にもアリスはお菓子を食べて紅茶を飲んで編み物を続けている。
四種類もの行動を同時に行うのは、ある種尊敬する少女であるとは思う。
「お前は、どれだけ私をバカにしてるんだよ……」
しかし、だからといってアリスに何を言っても怒らないとは思わない。
「あら、ちゃんとあなたの事を尊敬しているわよ。
あなたの突拍子もない魔法の研究は私には思いつかない事ばかりだもの。
それに何億回と失敗してもこりずに研究を続けるその学ばない頭には、ただただ舌を巻くばかりだわ」
「何億回と失敗した事はないんだけどな……。
まぁ、いいさ。ここで第一ラウンド普通の少女霧雨魔理沙は退場だぜ。
続く第二ラウンドに登場するのは普通の魔法使い霧雨魔理沙なんだぜ」
「何が違うのか私には分からないけど、まぁいいわ。頑張ってちょうだい」
私はすっ、と息を吸い両の瞳を閉じる。
これだけの動作でも周りの空気が変わった事を察知したのだろう。
アリスのお菓子を食べる音が止まったのが分かった。
私はゆっくりと手をトビラにつけ、空いている手でトビラに呪文を描く。
「なるほどね、ようやくここで魔法使い霧雨魔理沙の登場というわけね。
トビラにかけられている魔法効果を己の魔力によって調べる。その方法を教えたのはパチュリーかしら。
たしかにその方法で調べれば、普通の『魔法』ならば丸裸にされるでしょうね」
意識を集中し、ドアから流れ込んでくる情報に全神経を傾ける。
「対物理衝撃、対火衝撃、対水衝撃、錆びる事もなく、また朽ちる事もない」
トビラにおける情報を口に出して並べる。
そこに異常はないか、何か別の魔法がこのトビラに使われている事はないか。
アリスの事だ。彼女がこのトビラに何か魔法をしかけている事は間違いない。それを解明できなければ私の負けだ。だけど、解明さえすれば、それを解析する事もたやすい。
単純な技術力の勝負となるのだろう。
私の魔法の力が強いのか、それともアリスのプロテクトの力が強いのか。
一連の動作が終わった時には、私はびっしょりと汗をかいていた。
パチュリーに教えてもらったこの魔法を初めて使ってみたが、思った以上に消耗が大きかった。
だけど、得られたものも大きい。
「それで、魔理沙。何か分かったのかしら?」
「あぁ、何も分からない事が分かったんだぜ」
「へぇ……」
冗談のつもりだったのだが、アリスが目を細めた。
「このトビラに変わった事は一切されていない。
ついでに家の壁とトビラの比較も行ってみたが、トビラにだけ施されている魔法が一切存在しない」
「そうでしょうね。そういう風に作ってるんだもの。違いが出てしまっては私の方がびっくりだわ」
先ほどのアリスの表情の変化は気のせいなのか、その言葉を言った時のアリスは普段通りだった。
とにかく、これで魔法による解析も無駄に終わってしまった事になる。
技術力の違いという事もないのだろう。もし、そうであるのならばアリスは「違いが出てしまっては私の方がびっくりだわ」とは言わないはずである。
何か違和感が残るのだが、その正体が私には分からないままだった。
「さて、お次の手段は何かしらね」
アリスの顔がにやにや顔に変わっていた。
どうやらここまでの行動はアリスにとっては合格点に達しているらしい。
その合格点が、アリスの暇つぶしになるかどうかという点が気に障るのだが。
「ドアノブもダメ。鍵穴もダメ。魔力解析もダメ。ならば方法は一つだけだろう?」
「へぇ、何かしら?」
「……ところで、アリス。お前はこんな言葉を知っているか?
『泣かぬなら 殺してみせよう ホトトギス』」
私の言葉に理解できなかったのか、アリスは一瞬呆けた顔をみせた。
だが次の瞬間にはいつもの顔を見せて、私の話に乗ってきた。
「日本の戦国武将を端的に表した言葉だったかしら。
『泣かぬなら 泣かしてみせよう ホトトギス』と『泣かぬなら 泣くまで待とう ホトトギス』という言葉もあったかしらね」
「アリス、そこに私を表した言葉を付け加えておいてくれ。
泣かぬなら! 叩いて鳴かす! ホトトギスだ!!」
「え、嘘。あんたまさか……!!」
アリスという少女は理解が早くて、こういう時には本当に助かる。
私が次に何をするのかをいち早く察して、窓から顔を引っ込めて閉めた。
「あんたバカでしょう!? バカだと思ってたけど、本当にバカだわ! 信じられない!!」
窓を閉めたせいで、アリスの声はくぐもって聞こえた。
でも、アリスがどういう感情を抱いているのかはわかる。
驚愕である。今からする行動が正解か不正解なのかは分からないしそんなものはそもそも考えていないが、出題者であるアリスを驚かせる事ができただけでも収穫と言えた。
「褒め言葉ありがとうよ。
安心しな、アリス。私の標的はあのトビラだけだ。それにちゃんと手加減もする!」
八卦路を取り出し、呟くのはいつもの言い慣れた呪文。
全身に魔力が満ち溢れ循環する様もいつものようで少し懐かしくも感じる。
考えたり、他の魔法使いの知識を使ったりするのは私らしくない。
いつもの霧雨魔理沙らしく、そこに障害物があるのならば排除して進むのみだ。
「いくぜ、マスタースパーク!!」
溢れ出す魔力でできた光の奔流。それが一直線に目標物へと飛んでいき直撃。
劈く怒号と膨大な魔力による爆発。
この見慣れた風景も、ひさしぶりに行ってみると感慨深いものがある。
「結局は魔法使いなんてものは力と力のぶつかりあいみたいなものだ。
強い魔力が勝ち、弱い魔力が負ける。そこに小細工は存在しない。弾幕はパワーだぜ!」
「……という事は――」
そのアリスの言葉に、私はぞくっとする寒気を感じた。
予想できなかったわけではない。そういう未来も存在した事はちゃんと頭の中では思い描けていたし、そうなってしまった場合の行動予定もちゃんと立てたはずだった。
だけど、実際にそれが目の前で起きてしまった時に、その行動予定がちゃんと行えるかはまた別問題である。
砂煙が収まり、元の事態へと収束した後に見えたもの。
それもまた、元の事態へと還っていたトビラの姿だった。
「これで、私の勝ち。と言えるのかしらね」
たしかに手加減はした。アリスの家を壊さずトビラだけを破壊できるように力加減をした。
またトビラだけを狙った事による一点破壊が攻撃力を下げる事も分かっていた。
加えて、アリスの外壁には上海人形が爆発しても耐えられるように様々な防壁が張ってある事も理解していた。
だが、それを差しおいても、全くの無傷というのは完全な想定外だった。
もう、もはやあれはトビラでない。
アリスを外敵から守るための城壁のようなものだ。あのトビラの突破なくして、アリス攻略は夢のまた夢なのだ。
「これで、あなたの手段は全て終わりかしらね」
窓からひらりと身を翻して、アリスがこちらへと近寄ってきた。
今、彼女にあるのは優越か。偶然の産物とはいえ、この私を完膚なきまでに叩き潰したのである。
きっと勝利の美酒に酔いしれている事だろう。
「いや、まだだ」
だが、私はまだ立ち上がる力を残していた。
アリスに負けるのが悔しいのではない。自分の限界を決めるのが嫌なだけだ。
「最終ラウンド、普通の賢人霧雨魔理沙の登場だぜ」
「いや、普通と賢人だったら意味が相反しているから」
アリスのつっこみを無視して、私は城壁であるトビラへと一歩、また一歩と近づいていく。
「全く大したやつだぜ、お前は」
その言葉がアリスに言ったものなのか、それともトビラに言ったものかは分からなかった。
私にとってトビラとはすでに全力をつくしたライバルのようなものへとなっていた。
「押してもダメ。引いてもダメ。さらには破壊もできないと来たものだ。
完全な防壁だよ、お前は。だけどな、そんなお前でも開ける手段があるんだろ?
だって、開ける事ができないとドアとして成り立たないよな。
じゃあ、どうやって開ける? 私はどうやら常識にはまりすぎていたのかもしれないな」
思えば、ヒントはあったのだ。
最初に見た時の違和感。アリスが言っていた違和感。
それがようやく私の頭の中で一つの完成を迎えた。
「ずぅっと騙されていたよ。ドアノブがあるから、このトビラは開けるものだとずっと思っていたんだ。
それが罠だったんだな」
アリスが息を飲むのが分かった。
これが、正解らしい。
「ドアノブがあるから開けるもの。いや、違う。
このトビラの開け方は、押すのでもなく、引くのでもなく、だったら残る手段は一つだけだよな」
そして、私はドアノブに手をかける。
これで、勝負は終わりだ、アリス。
私はゆっくりと息を吐き、吸う。
視線をトビラにだけ集中して、私はそのドアノブを――
横へとスライドした。
でも、開かなかった。
「なんでだよぉぉおおおおお~~~~!!!!!!!!
スライド式じゃなかったのかよぉおおおおおおおおおおおお~~~~~!!!!!!!!」
勝負は私の負けだった。
「さて、正解発表といこうかしら」
きっとアリスの顔は清々としている事だろう。
うなだれている私には分からないし、また確認する気もなかった。
「後一歩というところかしら。うん、魔理沙は私の想像以上に頑張ってくれたわ。
最後の行動なんて私は負けを確信したくらいだもの。
でもね、やっぱり結果は結果。あなたにこのトビラの謎は解けなかった」
それでも顔をあげてアリスを見てしまったのは、やはり答えを知りたいと思う探究者としてのサガだろうか。
アリスはマホウのトビラへと近づく。
実際に開けてくれると思ったが、そもそもその考え自体が間違っていたらしい。
こんこんとソレを叩き、アリスは言う。
「そもそもね、これドアじゃなくて絵なの」
「は?」
その返答はきっと間抜けたものに聞こえたに違いない。
発した私自身もどこからそんな声が出たんだろうと思うくらいに、変なトーンだった。
でも、それくらいに驚いていた。
「トロンプルイユ。分かりやすく言うならばだまし絵。
壁に限りなく精巧にトビラの絵を描いただけのものなの。だから『この前に立ったが最後、誰にも開けられない』」
「…………」
反論できなかったは唖然としたからではない。
思い当たる点がいくつも存在したからだ。
「あなたが確信に近づいたと思ったのが、魔力解析ね。
壁とこのトビラの絵を比較しても何もおかしいところがない、とあなたは言ったわよね。当然じゃない。壁に描いた絵だもの。
何か違いが出たら私がびっくりだわ」
「という事は、お前がしかけたのは直接的な魔法ではなく、心理的な魔法という事か」
それを魔法と呼ぶのは理に反しているのかもしれない。
だが、この絵がマホウのトビラと名付けられている以上、そう呼ぶのが適切なのだろうと思った。
「ご名答。
それがこのドアノブ。あなたは初めてこのだまし絵の前に立った時、ドアノブがついているんだからこれは絵ではなくドアなのだろうと無意識に決めつけてしまった。
騙し絵は最初に抱かせる感情をある一定方向に決めさせる事で、本質を反らす事にあるのよ。
一度嵌ってしまうと、答えを告げられてもその檻から抜け出す事は難しいの。
だから、あなたは最後に
『ドアノブがあるから、このトビラは開けるものだとずっと思っていたんだ。それが罠だったんだな』とほぼ完璧な答えに辿り着いているのに、ドアという反らされた本質から抜け出せなかったために、最後の最後で答えを誤ってしまったのね」
そもそも、私は最初からアリスの罠にはまっていた事になる。
私がアリスの家に来た目的は、誰にも開けられないトビラを私が開けてやるというものだった。
開けるという行動にとらわれ過ぎていて、そもそもなぜこのトビラが誰にも開けられないのかを考える事を放棄していた。
それが最後まで正解を導けなかった要因となるのだろう。
「そうね、もしこのだまし絵を打ち破る方法があるとすれば、もっと丹念に触って調べる事かしらね。
いくら精巧に描いたとはいえ、所詮壁に書いただけの絵で本物ではないもの。じっくりと触られたら違和感が出てくるんじゃないかしら。
でも、あなたがこの絵に直接触れたのは魔力解析の時の一回のみ。しかも、その時は解析に集中してて手に感じる感触なんて気にしていなかったでしょう? その程度でこのだまし絵が見抜けるとは思っていないわ」
「より精巧に作る技術か。
そういうところがお前の研究の偶然の産物へと繋がるわけだな」
「あら、ちゃんと手紙の内容覚えてるじゃない」
「興味ある部分だけ覚えてる。それが私という人間だ」
「あっそ……」
完敗したはずなのに、なんだかすがすがしい気分だった。
なぜだろうか? 騙し絵という新しい考え方に刺激させられたからであろうか?
今ならいろいろな研究においてまた違う見方ができる様な気がした。
「よし、アリス今日は楽しかったぜ。またな」
「……あら、それはないんじゃない?」
振り返り別れの挨拶を告げたところで、アリスに呼び止められた。
そのアリスの言葉は、なぜだか分からないが私の胸中に気持ちの悪いものを拡散させていった。
理由もなく冷や汗が流れ出る。
本能が危険を察知している。――これ以上、この場にいてはヤバイ!!
でも、足が動かない。
「え!?」と思って足元を見ると、いつの間にか十近くの人形たちが私を拘束していた。
「ちょっとお馬鹿な私の友達へ。
手紙にこういう事を書いたのを覚えているかしら? もし、あなたがこのトビラを開ける事ができたのなら一週間あなたの召使いになる事をここに誓います。
だったら、トビラを開けられなかったら、あなたが一週間の間私の召使いになってくれるという事よね」
「そんな、横暴だ!! 放せ! やめろ!
卑怯者~~~~っ!!!!!!」
その時、私は一瞬だけだったがアリスの横顔を見てしまった。
アリスはあのレミリアよりも恐ろしい悪魔のような笑みを携えていた。
了
暑い日が続きますがお元気でしょうか?
最近会ってないあなたの事だから、きっとぐーたらで不規則な生活を送っている事と思います。
さて、先日研究の偶然の産物において、ちょっと面白いものが完成しました。
ソレに名前をつけるのならば、『マホウのトビラ』でもいいましょうか。
誰にも開ける事のできない不思議なものです。
ぜひ、あなたにも挑戦して頂きたく思い、ここにペンを取りました。
ちなみに、もしあなたが開ける事ができたのなら、一週間あなたの召使いになる事をここに誓います。
いつでも挑戦待っています。
(別に親愛じゃないけど、手紙の形式上仕方なく書く)親愛なる霧雨魔理沙さまへ
アリス=マーガトロイドより
「うーん……」
その手紙を見て、私――霧雨魔理沙はつい唸ってしまった。
同じ魔法の森に住んでいるだから、わざわざ手紙を届けなくても直接来ればいいのなぁ、と思う。
アリスという少女は一言で表すのならば変わり者なのだろう。
変に都会ぶっているくせに、こういう手紙のような古風なやり方を好み、偶然の産物とやらでマホウのトビラを生み出してしまう少女である。
いや、この言葉には間違いがあるか。
アリスが変わり者という事が間違っているのではない。この幻想郷の住人全てが変わり者なのであって、アリスだけが変わり者であるのが間違っていると私は思うのだ。
ちなみに私は普通。幻想郷唯一の普通だ。
「しっかし、偶然の産物ねぇ……。
どこをどう間違えたら人形の研究からトビラの開発へとの変わってしまうのやら」
愚痴るものの、興味がないわけではない。
むしろ同じ魔法使いとして好奇心がびんびんと刺激されている。
アリスが自慢げに作ったマホウのトビラをあっさりと開けてやれば、私の立場も向上するというものである。
アリスは私を妙に見下している部分があるので、いい機会になるのだろう。
「……よしっ!」
私は右拳を左手のひらに押し付け気合を入れると、さっそくアリスの家へ向かう事にした。
「なるほど、これがマホウのトビラね」
アリスの家へ訪れると、例のマホウのトビラはすぐに見つかった。
アリスの家のドア、それがマホウのトビラへと改造されているのだ。だったら、マホウのドアなのかもしれないが、そこはアリスの趣味だったり語感の問題だったりするのだろう。
一見すると何の変哲のないトビラである。
ちゃんとドアノブがついており、鍵穴も存在する。
逆にどこがマホウのトビラなのかが私には分からなかった。
「家の前にいるのは誰? 魔理沙?」
「おぅ、私だ、アリス。招待されたからには来てやったぜ」
家の中からアリスの声がしたので返事しておく。
アリスが家の中から出てくると思ったが、そのような足音が聞こえない。
代わりにすぐ近くにある窓が開き、アリスが顔を出した。
「いらっしゃい、ようこそ来てくれたわね。
さぁ、どうぞ」
アリスの言葉に私は「へ?」と間の抜けた声を発してしまった。
「さぁ、どうぞって私を何をすればいいんだよ。っていうか、マホウのトビラっていうのは何がマホウなんだ?
挑戦するからにはそれぐらいの説明をしてくれよ」
「あら、手紙にちゃんと書いておかなかったっけ?」
「手紙は一度読めば十分だ」
「いや、あんた全然理解してないじゃないの……。
まぁ、いいわ。あんたに常識を説明しても無駄だから説明してあげる。
……その前に、ちょっと椅子を持ってきていいかしら? 窓から身を乗り出して会話するのって結構しんどいの」
そんな大層な事をしなくても、とは思ったのだが、私の返答を待たずにアリスの姿が家の中へと消えていった。
――私の意見を聞かないなら、そもそも聞くなよ。
少しの間待っていると、再びアリスが窓から顔を出した。
「長丁場になりそうだからね、ちゃんと準備をしておかないと」
窓際にティーカップとお菓子を置くアリス。
まるで今からの私を観賞しようとしてしているみたいだ。
「お茶なら、私が家に入ってからすればいいじゃないのか?」
「ううん、あなたは家に入れないわ」
「……アリス、お前今なんて言った?」
「あなたは家に入れないと言ったの。
そこに立ってしまったが最後、誰も入る事ができないトビラ。それがマホウの正体よ」
「このトビラがねぇ……」
絶対開かない。そう言われると試したくなるのが私という人間だ。
しかし、アリスの事だ。このトビラには絶対の自信を持っている事だろう。生半可な手段は通用しないのかもしれない。
……さて、どうしたものか。
少し考えて、すぐに考えるだけ無駄な事が分かった。
情報量が少なすぎるのである。私に与えられた情報は、このトビラが絶対に開かないという事のみ。
これではなんの知略も開かない。
「まぁ、最初はドアノブからだな」
ドアを開けるもの、だからドアノブ。こんな簡単な事ではないとは思うのだが、アリスが裏をついてくる可能性もある。
可能性があるのならば、一つ一つ消していかなければいけない。
「そういえば、アリス」
「ん~、なに?」
のんきな声が聞こえたと思って、アリスの方を見ると私を観賞しながら編み物を始めていた。
アリスの自信の上か、それとも私を舐めきった上での行動か私には分からない。
だが、逆にそれが私に火をつけた。
――絶対にこのトビラを開けてやるぜ。
「このトビラ、防衛機能とか備えてるなんて事はないよな?
ドアノブに触った瞬間に電気が流れてきたりしたら嫌だぜ?」
「あぁ、その点は大丈夫。ソレは攻撃しないし、人形のように動くこともないわ。
ちなみに鍵もかかってないし、何か特殊な技能が必要というわけでもないから安心していいわ。
ただ単にあなたにそのトビラは開けられないだけ」
注意事項を確認したところで、さっそくドアノブに触れる。
少し怖かったが、アリスのいう通り電気が流れる事はなく、ほっと息をつく。
二、三度捻ってみるがトビラが開く事はない。やっぱりか、とは思っていたが、少し残念な気分になってしまった事は否めない。
さて、ドアノブがダメとなると、次に候補となるのは鍵穴であろう。
アリスは鍵はかかってないと言ったが、鍵穴に細工をしてないとは言っていない。
ここも単念に調べるべきだ。
「鍵穴の中は真っ暗か。特に異常は見当たらないな」
「何? もう手詰まり?
最低でもこの編み物が完成するまでは時間を持たせてくれないと困るんだけど?」
「私は大道芸人か何かか?
心配しなくても、大丈夫だぜ。この魔理沙さまにはすでに百の方法が思いついてるからな」
「へぇーそー。
ま、期待しておくわ。私の暇つぶしぐらいにはなってちょうだいね」
私の嘘は簡単にばれてしまうらしい。
百の方法は盛り過ぎたか。せめて十くらいにしておければアリスは信じたのかな?
とはいえ、だ。
実際のところ、トビラを開ける手段であるドアノブと鍵穴が駄目だった以上、そんなに方法があるわけでもない。
魔法で開けるか、魔法で壊すかに手段は限られているのだろう。
「いや、押してもダメなら引いてみろだ!」
「おっ、少しは考えたじゃない。でも不正解」
出題者アリスさんより下されたのは無情な判決。
まだやってもいないのに不正解と言われるのは、ちょっと傷つくしテンションも下がる。
「さすがだな、アリス。ここまで私を追い詰めるとは恐れ入ったぜ」
「いや、まだ五分も経ってないと思うんだけど、ぽりぽり」
「アリス、頼むから緊張感を持ってくれ。
お菓子片手に、いやお菓子食べながら紅茶飲みながら編み物しながら会話に参加されても私のモチベーションが上がらないんだぜ」
「あら、そう? 万年無駄なハイテンションなあなたでもモチベーションが下がるような時もあるのね。
一つ賢くなったわ。あなたとの下らない会話の中でも私の知識が刺激される事もあるのね。びっくりだわ」
もちろん、この間にもアリスはお菓子を食べて紅茶を飲んで編み物を続けている。
四種類もの行動を同時に行うのは、ある種尊敬する少女であるとは思う。
「お前は、どれだけ私をバカにしてるんだよ……」
しかし、だからといってアリスに何を言っても怒らないとは思わない。
「あら、ちゃんとあなたの事を尊敬しているわよ。
あなたの突拍子もない魔法の研究は私には思いつかない事ばかりだもの。
それに何億回と失敗してもこりずに研究を続けるその学ばない頭には、ただただ舌を巻くばかりだわ」
「何億回と失敗した事はないんだけどな……。
まぁ、いいさ。ここで第一ラウンド普通の少女霧雨魔理沙は退場だぜ。
続く第二ラウンドに登場するのは普通の魔法使い霧雨魔理沙なんだぜ」
「何が違うのか私には分からないけど、まぁいいわ。頑張ってちょうだい」
私はすっ、と息を吸い両の瞳を閉じる。
これだけの動作でも周りの空気が変わった事を察知したのだろう。
アリスのお菓子を食べる音が止まったのが分かった。
私はゆっくりと手をトビラにつけ、空いている手でトビラに呪文を描く。
「なるほどね、ようやくここで魔法使い霧雨魔理沙の登場というわけね。
トビラにかけられている魔法効果を己の魔力によって調べる。その方法を教えたのはパチュリーかしら。
たしかにその方法で調べれば、普通の『魔法』ならば丸裸にされるでしょうね」
意識を集中し、ドアから流れ込んでくる情報に全神経を傾ける。
「対物理衝撃、対火衝撃、対水衝撃、錆びる事もなく、また朽ちる事もない」
トビラにおける情報を口に出して並べる。
そこに異常はないか、何か別の魔法がこのトビラに使われている事はないか。
アリスの事だ。彼女がこのトビラに何か魔法をしかけている事は間違いない。それを解明できなければ私の負けだ。だけど、解明さえすれば、それを解析する事もたやすい。
単純な技術力の勝負となるのだろう。
私の魔法の力が強いのか、それともアリスのプロテクトの力が強いのか。
一連の動作が終わった時には、私はびっしょりと汗をかいていた。
パチュリーに教えてもらったこの魔法を初めて使ってみたが、思った以上に消耗が大きかった。
だけど、得られたものも大きい。
「それで、魔理沙。何か分かったのかしら?」
「あぁ、何も分からない事が分かったんだぜ」
「へぇ……」
冗談のつもりだったのだが、アリスが目を細めた。
「このトビラに変わった事は一切されていない。
ついでに家の壁とトビラの比較も行ってみたが、トビラにだけ施されている魔法が一切存在しない」
「そうでしょうね。そういう風に作ってるんだもの。違いが出てしまっては私の方がびっくりだわ」
先ほどのアリスの表情の変化は気のせいなのか、その言葉を言った時のアリスは普段通りだった。
とにかく、これで魔法による解析も無駄に終わってしまった事になる。
技術力の違いという事もないのだろう。もし、そうであるのならばアリスは「違いが出てしまっては私の方がびっくりだわ」とは言わないはずである。
何か違和感が残るのだが、その正体が私には分からないままだった。
「さて、お次の手段は何かしらね」
アリスの顔がにやにや顔に変わっていた。
どうやらここまでの行動はアリスにとっては合格点に達しているらしい。
その合格点が、アリスの暇つぶしになるかどうかという点が気に障るのだが。
「ドアノブもダメ。鍵穴もダメ。魔力解析もダメ。ならば方法は一つだけだろう?」
「へぇ、何かしら?」
「……ところで、アリス。お前はこんな言葉を知っているか?
『泣かぬなら 殺してみせよう ホトトギス』」
私の言葉に理解できなかったのか、アリスは一瞬呆けた顔をみせた。
だが次の瞬間にはいつもの顔を見せて、私の話に乗ってきた。
「日本の戦国武将を端的に表した言葉だったかしら。
『泣かぬなら 泣かしてみせよう ホトトギス』と『泣かぬなら 泣くまで待とう ホトトギス』という言葉もあったかしらね」
「アリス、そこに私を表した言葉を付け加えておいてくれ。
泣かぬなら! 叩いて鳴かす! ホトトギスだ!!」
「え、嘘。あんたまさか……!!」
アリスという少女は理解が早くて、こういう時には本当に助かる。
私が次に何をするのかをいち早く察して、窓から顔を引っ込めて閉めた。
「あんたバカでしょう!? バカだと思ってたけど、本当にバカだわ! 信じられない!!」
窓を閉めたせいで、アリスの声はくぐもって聞こえた。
でも、アリスがどういう感情を抱いているのかはわかる。
驚愕である。今からする行動が正解か不正解なのかは分からないしそんなものはそもそも考えていないが、出題者であるアリスを驚かせる事ができただけでも収穫と言えた。
「褒め言葉ありがとうよ。
安心しな、アリス。私の標的はあのトビラだけだ。それにちゃんと手加減もする!」
八卦路を取り出し、呟くのはいつもの言い慣れた呪文。
全身に魔力が満ち溢れ循環する様もいつものようで少し懐かしくも感じる。
考えたり、他の魔法使いの知識を使ったりするのは私らしくない。
いつもの霧雨魔理沙らしく、そこに障害物があるのならば排除して進むのみだ。
「いくぜ、マスタースパーク!!」
溢れ出す魔力でできた光の奔流。それが一直線に目標物へと飛んでいき直撃。
劈く怒号と膨大な魔力による爆発。
この見慣れた風景も、ひさしぶりに行ってみると感慨深いものがある。
「結局は魔法使いなんてものは力と力のぶつかりあいみたいなものだ。
強い魔力が勝ち、弱い魔力が負ける。そこに小細工は存在しない。弾幕はパワーだぜ!」
「……という事は――」
そのアリスの言葉に、私はぞくっとする寒気を感じた。
予想できなかったわけではない。そういう未来も存在した事はちゃんと頭の中では思い描けていたし、そうなってしまった場合の行動予定もちゃんと立てたはずだった。
だけど、実際にそれが目の前で起きてしまった時に、その行動予定がちゃんと行えるかはまた別問題である。
砂煙が収まり、元の事態へと収束した後に見えたもの。
それもまた、元の事態へと還っていたトビラの姿だった。
「これで、私の勝ち。と言えるのかしらね」
たしかに手加減はした。アリスの家を壊さずトビラだけを破壊できるように力加減をした。
またトビラだけを狙った事による一点破壊が攻撃力を下げる事も分かっていた。
加えて、アリスの外壁には上海人形が爆発しても耐えられるように様々な防壁が張ってある事も理解していた。
だが、それを差しおいても、全くの無傷というのは完全な想定外だった。
もう、もはやあれはトビラでない。
アリスを外敵から守るための城壁のようなものだ。あのトビラの突破なくして、アリス攻略は夢のまた夢なのだ。
「これで、あなたの手段は全て終わりかしらね」
窓からひらりと身を翻して、アリスがこちらへと近寄ってきた。
今、彼女にあるのは優越か。偶然の産物とはいえ、この私を完膚なきまでに叩き潰したのである。
きっと勝利の美酒に酔いしれている事だろう。
「いや、まだだ」
だが、私はまだ立ち上がる力を残していた。
アリスに負けるのが悔しいのではない。自分の限界を決めるのが嫌なだけだ。
「最終ラウンド、普通の賢人霧雨魔理沙の登場だぜ」
「いや、普通と賢人だったら意味が相反しているから」
アリスのつっこみを無視して、私は城壁であるトビラへと一歩、また一歩と近づいていく。
「全く大したやつだぜ、お前は」
その言葉がアリスに言ったものなのか、それともトビラに言ったものかは分からなかった。
私にとってトビラとはすでに全力をつくしたライバルのようなものへとなっていた。
「押してもダメ。引いてもダメ。さらには破壊もできないと来たものだ。
完全な防壁だよ、お前は。だけどな、そんなお前でも開ける手段があるんだろ?
だって、開ける事ができないとドアとして成り立たないよな。
じゃあ、どうやって開ける? 私はどうやら常識にはまりすぎていたのかもしれないな」
思えば、ヒントはあったのだ。
最初に見た時の違和感。アリスが言っていた違和感。
それがようやく私の頭の中で一つの完成を迎えた。
「ずぅっと騙されていたよ。ドアノブがあるから、このトビラは開けるものだとずっと思っていたんだ。
それが罠だったんだな」
アリスが息を飲むのが分かった。
これが、正解らしい。
「ドアノブがあるから開けるもの。いや、違う。
このトビラの開け方は、押すのでもなく、引くのでもなく、だったら残る手段は一つだけだよな」
そして、私はドアノブに手をかける。
これで、勝負は終わりだ、アリス。
私はゆっくりと息を吐き、吸う。
視線をトビラにだけ集中して、私はそのドアノブを――
横へとスライドした。
でも、開かなかった。
「なんでだよぉぉおおおおお~~~~!!!!!!!!
スライド式じゃなかったのかよぉおおおおおおおおおおおお~~~~~!!!!!!!!」
勝負は私の負けだった。
「さて、正解発表といこうかしら」
きっとアリスの顔は清々としている事だろう。
うなだれている私には分からないし、また確認する気もなかった。
「後一歩というところかしら。うん、魔理沙は私の想像以上に頑張ってくれたわ。
最後の行動なんて私は負けを確信したくらいだもの。
でもね、やっぱり結果は結果。あなたにこのトビラの謎は解けなかった」
それでも顔をあげてアリスを見てしまったのは、やはり答えを知りたいと思う探究者としてのサガだろうか。
アリスはマホウのトビラへと近づく。
実際に開けてくれると思ったが、そもそもその考え自体が間違っていたらしい。
こんこんとソレを叩き、アリスは言う。
「そもそもね、これドアじゃなくて絵なの」
「は?」
その返答はきっと間抜けたものに聞こえたに違いない。
発した私自身もどこからそんな声が出たんだろうと思うくらいに、変なトーンだった。
でも、それくらいに驚いていた。
「トロンプルイユ。分かりやすく言うならばだまし絵。
壁に限りなく精巧にトビラの絵を描いただけのものなの。だから『この前に立ったが最後、誰にも開けられない』」
「…………」
反論できなかったは唖然としたからではない。
思い当たる点がいくつも存在したからだ。
「あなたが確信に近づいたと思ったのが、魔力解析ね。
壁とこのトビラの絵を比較しても何もおかしいところがない、とあなたは言ったわよね。当然じゃない。壁に描いた絵だもの。
何か違いが出たら私がびっくりだわ」
「という事は、お前がしかけたのは直接的な魔法ではなく、心理的な魔法という事か」
それを魔法と呼ぶのは理に反しているのかもしれない。
だが、この絵がマホウのトビラと名付けられている以上、そう呼ぶのが適切なのだろうと思った。
「ご名答。
それがこのドアノブ。あなたは初めてこのだまし絵の前に立った時、ドアノブがついているんだからこれは絵ではなくドアなのだろうと無意識に決めつけてしまった。
騙し絵は最初に抱かせる感情をある一定方向に決めさせる事で、本質を反らす事にあるのよ。
一度嵌ってしまうと、答えを告げられてもその檻から抜け出す事は難しいの。
だから、あなたは最後に
『ドアノブがあるから、このトビラは開けるものだとずっと思っていたんだ。それが罠だったんだな』とほぼ完璧な答えに辿り着いているのに、ドアという反らされた本質から抜け出せなかったために、最後の最後で答えを誤ってしまったのね」
そもそも、私は最初からアリスの罠にはまっていた事になる。
私がアリスの家に来た目的は、誰にも開けられないトビラを私が開けてやるというものだった。
開けるという行動にとらわれ過ぎていて、そもそもなぜこのトビラが誰にも開けられないのかを考える事を放棄していた。
それが最後まで正解を導けなかった要因となるのだろう。
「そうね、もしこのだまし絵を打ち破る方法があるとすれば、もっと丹念に触って調べる事かしらね。
いくら精巧に描いたとはいえ、所詮壁に書いただけの絵で本物ではないもの。じっくりと触られたら違和感が出てくるんじゃないかしら。
でも、あなたがこの絵に直接触れたのは魔力解析の時の一回のみ。しかも、その時は解析に集中してて手に感じる感触なんて気にしていなかったでしょう? その程度でこのだまし絵が見抜けるとは思っていないわ」
「より精巧に作る技術か。
そういうところがお前の研究の偶然の産物へと繋がるわけだな」
「あら、ちゃんと手紙の内容覚えてるじゃない」
「興味ある部分だけ覚えてる。それが私という人間だ」
「あっそ……」
完敗したはずなのに、なんだかすがすがしい気分だった。
なぜだろうか? 騙し絵という新しい考え方に刺激させられたからであろうか?
今ならいろいろな研究においてまた違う見方ができる様な気がした。
「よし、アリス今日は楽しかったぜ。またな」
「……あら、それはないんじゃない?」
振り返り別れの挨拶を告げたところで、アリスに呼び止められた。
そのアリスの言葉は、なぜだか分からないが私の胸中に気持ちの悪いものを拡散させていった。
理由もなく冷や汗が流れ出る。
本能が危険を察知している。――これ以上、この場にいてはヤバイ!!
でも、足が動かない。
「え!?」と思って足元を見ると、いつの間にか十近くの人形たちが私を拘束していた。
「ちょっとお馬鹿な私の友達へ。
手紙にこういう事を書いたのを覚えているかしら? もし、あなたがこのトビラを開ける事ができたのなら一週間あなたの召使いになる事をここに誓います。
だったら、トビラを開けられなかったら、あなたが一週間の間私の召使いになってくれるという事よね」
「そんな、横暴だ!! 放せ! やめろ!
卑怯者~~~~っ!!!!!!」
その時、私は一瞬だけだったがアリスの横顔を見てしまった。
アリスはあのレミリアよりも恐ろしい悪魔のような笑みを携えていた。
了
絵に描かれた扉は開けられない、が正解ならば出題そのものがおかしいとしか。
扉を開ける、ではなく、中に入るを出題にしてるのであればわかるのですが。
あと、アリスの最後の台詞は屁理屈にもほどがあるかと。
最後までわからなかった
魅魔様がいないから魔理沙に火の粉を降りかけたって感じかな?
魔理沙、南無。
「このトビラ」という存在そのものが無かったのですし、そもそもじっくり調べて尚わからない騙し絵というのも想像つきません
魔理沙を召使にするためにこの罠を仕組んだとすると・・・・・・
このアリスはツンデレである、と!!
「実はこの扉は魔法で作ったのではなく、ただの絵だったのだ!」(アリス)
「な、なんだってー!?」(魔理沙)
ていう意外なトリックとインパクト、そしてトリックそのものを読者に納得させる為の説得力が弱いので、本当は面白いけれど何故か納得出来ないモヤモヤ感を抱く作品になったという印象を受けました(魔理沙への罰ゲームも含めて)。
最後まで読んで謎が解けた爽快感もやられた感も皆無
開けろって言ってたのに絵だから開けられませんって、すごいギャグです
スライド式で落ちてた方がマシ
これぐらいでいいんじゃね?
じゃあ魔理沙の開けられなかった、は何をもって間違いとしたの?思考過程が大事なら出題時に明示しろよ。
罰ゲームのくだりはこういこと?
「難しい謎々考えた、解けたら千円あげる」「わかった」……「答えわからん」「解けなかったんなら千円寄こせ」
何こいつ。とりあえず筆者がアリス嫌いなのはわかった。