Coolier - 新生・東方創想話

針妙丸と影狼の鬼退治  暴力・流血表現あり

2014/08/12 23:24:15
最終更新
サイズ
246.14KB
ページ数
1
閲覧数
2947
評価数
1/9
POINT
220
Rate
4.90

分類タグ

八意 永琳「今回に限って私が(作者に代わって)解説をします。
  今回の作品は作者の処女作をリメイクしたものであるので、
  シロウトブンショウ、ゴジダツジといった妖怪が跳梁跋扈しています。
  各自厳戒態勢をとるように・・・。 えっ? 他のでもしてるって? ・・・全部作者の責任です。
  対応は初期対応のみです。(治療法(特に作者に対する)はありませんのでご注意ください。)
  もしダメだと思った場合はあなたの左上にブラウザバックを処方しておくので
  必ず、服用するように・・・
  道中でも同じよ・・・初期対応しかないの・・・
  無理な場合は、限界前に服用して他の作品を見るように・・・ね?
  もし、作者に怒りがわいても手遅れだから・・・その前に退避するのが肝心なの・・・わかるわよね?
  ふふふ、ちなみにこの対応で手遅れなら即、処方箋を服用するように・・・この作者は手遅れだわ・・・
  加えて、スペルカードバトルなんて冠しているけどすべて作者の独感だから注意するように・・・
  まあ、スペルカードごっこじゃない状態は中盤がから続くけどね・・・
  おかげでこっちは大忙しよ・・・全く・・・。
  以降、ストーリーが始まるけど・・・無理せず、限界が来たら処方箋を服用してね」

ストーリー

人里から霧の湖にむかう2人の姿がある。
紅魔館ができる前は、霧の湖へ向かうものなど釣り人ぐらいしかいなかったため、
道などなかったのだが、今は踏み固められた地面が向かう先をはっきりと示していた。

以前なら、霧の湖から流れる霧の中に、妖精や妖怪が潜んでいたため、
女性だけで湖に向かうものなどなかったのだが、今は違う。
ここ最近できた紅魔館の主、レミリア・スカーレットの、彼女のテリトリー内で
一悶着起こそうという輩が極端に減ったためである。
そのため数年前ではありえなかった。人里と霧の湖の行き来が、ただの人間でもできるようになったのである。
今、二人の人影は、正規の道をはずれ、紅魔館とは異なる方向、人里からはちょうど反対側へ、
まるで人目を気にするかのように進んでいった。

人里を出るのは、昼間が適している。
今泉 影狼はそう考えていた。
彼女の外見は耳を除けば完全に人である。
夜に出歩いていたら、妖怪が人間と間違って襲い掛かってくるだろう。

・・・以前ならそれでもよかった。
彼女が主催する「草の根妖怪ネットワーク」の一員としてその妖怪を取り込めばよかった。
それができなくても、話のネタにさえなれば・・・

しかし、現在においてそれはとても危険な行為だった。
ここ数年で、様々な勢力が幻想郷に出現し、それら勢力のパワーバランスがこの瞬間の幻想郷の平和を・・・私たちの安全を保証している。
「草の根妖怪ネットワーク」の増員によって仲間を増やし、勢力を築こうとしているなどと彼女らに思われたらたまらない。
それも、よりにもよって、レミリアの前で・・・

影狼は、レミリアのことを直接会ったわけではないが、うわさによって知っていた。
とても、わがままであると、自分こそが頂点であり、その他のものは認めないと。
そしてレミリアの危険度を、紅霧事変で発揮した魔力の規模から推定し、永夜事変の際に実際にレミリアに遭遇した妖怪から聞き知っていた。
触らぬ神にたたりなし、それが影狼の結論だった。
だからこそ、彼女が寝ている昼間、妖怪に遭遇しにくい道を通りながら
目的の場所に向かって歩いている。

影「はあ、あっついな・・・」
赤「とーぜんだろ、お前、何着てんだよ」
ロングスカート、長袖という夏に似合わない格好をした少女に向かって
赤蛮奇が口を尖らせた。

赤「なー、何で俺が、その「草の根妖怪ネットワーク」に参加しなくちゃいけないんだ?」
明らかに不満を持って赤蛮奇がついてくる。・・・正確にはつれてきた。
影狼は内心で赤蛮奇に悪いと思いながら答えた。

影「あなたはどうせ今日は暇でしょう。声をかけたときに
  今日は大事な用はないって顔に書いてあったよ。
  だから、今日の一日・・・、いやほんの1時間でいいから付き合ってよ、
  新しい知り合いも増えるよ?」
赤「ちぇ。別に知り合いなんていらねーよ。もう歩いてるだけで30分はたつぜ」
影「仕方ないでしょ、ここはレミリアのテリトリーなんだから・・・」
赤「気にしすぎだよ、飛んだり、妖力を使ったぐらいであいつらでてこねーよ」
影(そういうことじゃないんだけどな・・・)
心の中でそう思いながら影狼は歩を強めた。
大体、時間を食っている一因は赤蛮奇がだらだら歩いているせいでもある。
・・・まあ、気乗りしないやつを無理やり引っ張ってきた私にも責任はあるのだが・・・

今回、赤蛮奇をわざわざつれてきたのは、単純にわかさき姫に話すネタが尽きてしまったからだ。
赤蛮奇に白黒の魔法使いを襲ったことや、この間の宗教戦争のことを赤蛮奇の視点で語ってもらおうと影狼は考えていた。
本来なら自分の役目であると自覚はしていたが、今回の事変をまとめるための時間がなかったことと、
彼女の厨二トークが面白かったことがわざわざ彼女を連れてきた原因である。
影(わかさぎ姫も楽しんでもらえたら・・・)
影狼はそう考えていた。

・・・わかさぎ姫との出会いは本当に最悪だった。
影狼は彼女に出会い頭に襲いかかってしまった。
もう、十年近く前の話である。
だが、噛みちぎった肉の感触、悲鳴、血の匂い、温もりをまだ忘れていなかった。

影狼は生まれた時は普通の女の子だった。
5歳か、4歳だった頃、狼男に襲われた。
幸い、当時の博麗の巫女に救われたが、噛み付かれ大怪我を負い、人狼としての運命を背負ってしまった。
影狼自身はもう、襲われた当時のことは覚えていなかったが、満月の度に、血が騒ぎ、大暴れをしていたことは覚えていた。
その日は、両親がもう私の凶暴性に手を焼き、対応に疲れ果て、竹林にあった物置に
私を閉じ込めることで押さえつけることが習慣となっていた時期だった。

偶然・・・ではなく、いつも縛る荒縄が劣化していたこと、
成長した私の力が、両親の予想以上に増していたことが原因。
満月が丁度、天頂に輝くころ、私は荒縄を引きちぎることに成功し、
物置の扉を蹴破って、人狼として初めての夜を駆け出していた。

満月への遠吠えを繰り返し、全力で幻想郷を駆け抜けた。
月下の竹林のなか、風を切る爽快感と自由に身を浸しながら、ただ駆け抜ける。
あの時はただ、体を自由に動かせることがうれしく、初めて見る夜の景色に心躍らせていた。
加えて、人間のときに気が付かなかった様々な匂いに鼻を刺激されて、好奇心に任せて駆けた。

自由を半刻ほど満喫しただろうか、
体を動かしたことで心地よい疲労感をまとった私はのどの渇きを覚えた。
霧の湖の水の匂いに誘われて湖へ歩き出した。

竹林を抜けて湖が視界に収まるころ、私の耳が誰かの歌声を捉えた。
きれいな声、雲を貫くような高音、にごりは一切なく、威圧ではなく優しさを持った声が湖から流れてくる。
のどの渇きをわすれ、私は声に歩調を合わせ、風とともに進み、草のさざめきにまぎれて、声の主の下へ近づいていった。

歌姫が視界に入った。湖で入り江のようになっている場所、その入り江の中でやっと頭をのぞかせている岩の上に腰をかけている。
歌を月に向かって奏でている。入り江の周りには草が丁度、身を伏せれば隠れるぐらいの高さで風に揺られている。
彼女はこちらに気づいていない。もっと、もっと、近づこう。
水草で見え隠れするような距離ではなく、目と鼻の先まで・・・・
歌声を聞き逃さないために足音を消し、邪魔しないように風下から、もっと、もっと、もっと近くへ、
ついに私は、彼女に気づかれないまま、草で身を隠せるぎりぎりのところまで接近した。

声が高く、大きくなる。いよいよクライマックスだ。歌の終わるタイミングに合わせて草むらから私が前へ出る。
もう隠れるものは何もない。
ようやく、わかさぎ姫が私の存在に気付いた。

影「ドウシタノ? モット、ウタッテヨ」
わ「・・・・!」
わかさぎ姫の目が動揺で震える。

影「ウタハ、オワリナノ? モウ、ウタワナイノ?」
とっさに言葉が出せないわかさぎ姫に対して、私は言葉を重ねた。

わ「いつから・・・、いつからそこにいたの?」
影「サッキダヨ、ウタノ サイゴデ、デテキタノ。
  ・・・ウタハモット、マエカラ キイテイタケド」
わかさぎ姫はまだ動揺したまま、影狼の姿を見ている。
まだ、人狼が目の前のこんな至近距離に存在することが信じられないようだった。

影「ウタハ オワリナノネ?」
わ「?? うん・・・」
歌が終わりであることを確認した私は、のどの渇きを思い出した。
私の顔を見ていたわかさぎ姫は、目が合うと、一気に怯えの表情を作り、逃げ道の確認を始めた。
後ろの湖を確認するように目が泳ぎ、私の表情、手の位置、姿勢を確認しているようだった。

影(ソンナコト シテモ ムダナノニ・・・)
わかさぎ姫が身を翻して、湖に飛び込もうとしても、それより早く彼女を捕らえる自信があった。

ここにきて私は、自分が笑っていたことに気付いた。捕食者の笑みである。
目には自信と、わかさぎ姫が何をするのかという好奇心が現れ、
口角が上がり、口は牙が見える程度に開き、これから起こる惨劇を楽しみにするように舌なめずりした。
わかさぎ姫も合わせて笑ってくれたが、目に恐怖が走っている。焦点が定まらず冷や汗が顔に浮いている。
口は引きつって、どうしても口角が上がらない。
声だけが震えながら

わ「き・、きょうは、今日はもう、おしまいだから、また、こ 今度ね?」
上ずっている。次回の日を言わないのは、きっと次が無いことを知っているからだ。
私は、さらに口角を上げ、飛び掛る姿勢を作るために、前に重心をずらし始めた。
わかさぎ姫は震える声を抑えるためか手で口を隠した。体を恐怖で小刻みに震わせている。

わかさぎ姫の恐怖が手に取るようにわかる。
楽しい。とても楽しい。初めての獲物を射程圏内に捕らえた喜びで、ますます口角が上がる。
前屈していく両手が地面についたら・・・、わかさぎ姫が身を翻したら・・・、そのタイミングで飛びかかる。
私はそう決めて、わかさぎ姫の反応を楽しんでいた。

一方で、わかさぎ姫は狼狽し、パニックに陥っていた。

わ(どうしよう、どうしよう、どうしよう。
  体勢が整ったら飛びかかってきちゃう、背中をみせたら襲われちゃう、
  逃げられない。逃げられない。逃げられない。
  どうしたらいいの?、どうしたらみのがしてくれるの?)
影狼の動作から読み取れる次の行動は明らか・・・何をどう考えても、自分は詰みだった。
思考がとまらずパニックに陥る。

影「ドウシタノ? フルエテ イルヨ?」
このときの影狼は意地悪な狼だった。獲物をなぶり、もてあそんでからしとめる気だ。
もうすぐ前屈して伸ばした手が、両手が地面につく、そしたら、全力で跳躍して・・・笑みを顔に貼り付けたまま、最後のあがきを見定めている。

しかし、地に手がつくよりも早く、意外な速さでわかさぎ姫が身を翻し水中へ飛び込もうとした。
影狼はその動作に遅れず、わかさぎ姫が水に触れる前に噛み付いた。
牙を使って肩を捉える、間髪いれず首を振り、力任せに湖から引き剥がす。
首の振りだけで投げ放なたれたわかさぎ姫は肩の激痛を感じる暇もなく地面を転がった。
そして逃げ道を塞ぐように、影狼が湖を背にしてわかさぎ姫に迫る。

影「ドウシタノ? モットアソボウヨ?」
牙についた血の味を確かめながら、言葉を綴った。
甘い、温かい、良い香りが鼻をつく、目に入る血の色はまるで上等なワインのように感じた。
わかさぎ姫は逃げ道を塞がれた絶望感からか、顔が蒼白になった。
咄嗟に影狼を背にして慌てて逃げようとする。
滑稽だ。陸に上がった魚がもがいている。手と尾をばたつかせ、必死に私から離れようとしている。
私はわざとらしくゆっくりと歩いて近づくと、無理やり、仰向けにひっくり返した。
暴れる尾を左足で、左手を右足で、右手を左手で、顔を右手で押さえつける。
じっと頭から尾の先まで注視した。わかさぎ姫は何か言っているようだったが全く耳に入らない。

影(ドコカラ タベヨウカ?)
初めて捉えた獲物に対して、とどめよりも前にどこから食べるのがよいのか必死に思案していた。

影(アタマハ ダメ、カタイシ、ナニヨリ ウゴカナクナッタラ オモシロクナイ
  ノドモダメ、ウタガ キケナクナル
  オッパイハ イチバンオイシイカラ サイゴニシテ・・・
  ソウスルト、ウデカナ? サイショノヒトカミハ トテモオイシカッタ)
影狼のプランがきまり、真っ赤な口を開くと、わかさぎ姫が悲鳴を上げた。

影「ウルサイヨ?、オトナシクシテヨネ?」
押さえつけているので顔と顔が近い・・・悲鳴がうるさかった。右手の位置を喉に変え、体重をかける。
すぐに悲鳴は消えて、荒い呼吸音に変わる。引きつったような呼吸だ。
私は丁度目の前にある右腕を食べることに決め、容赦なく牙を立て、噛み付き、肉を引きちぎった。
飛び散る鮮血がとても綺麗で、右手で押さえつけた悲鳴がとても切なくて、私はとても楽しかった。
わかさぎ姫の意外に強い抵抗が、押さえつけている手から、足から伝わってくる。
影狼は無言で、右手に力を込め、さらに喉を締めあげて無理やりおとなしくさせる。
顔を見れば、目から涙が溢れ、鼻水が垂れている。

影「ナンデナイテルノ? トッテモオイシイヨ?」
影狼には、この楽しさが共感できないわかさぎ姫が、とてもおかしく見えた。
甘くて、柔らかくて、温かくて、赤がとっても綺麗で、何で泣いているかさえ理解できずに
慰める意味で顔を舐めた。

影(あまジョッパイ・・・)
醤油があるともっと美味しいに違いない。
肉の味に満足すると、今度は尾に視線を移す。

影(さかなハ ドンナ あじカナ?)
そのまま、尾にかぶりつき、同じように噛みちぎった。
歯ごたえが先ほどより強く、心地よい噛みごたえがあった、香りは変わらないが、
噛めば噛むほど油が出て、とても美味しい。
ただ、時折、ウロコが口の中で、食感を邪魔していた。

影(ほうちょうガ アレバナ・・・うろこヲオトセルノニ)
わかさぎ姫を見ると、噛み付いたときに、一度大きく痙攣こそしたが、今度は、悲鳴もなく、ただ耐えていた。
私は喉を抑えていた右手の力を緩め、次にどこをかじるか思案していた。

いろいろな考えが浮かぶ。

影(しょう油をモってこナいと・・・
  ホうちょウも必ようダな・・・・
  あア、ソれよリモ 火デあぶッタラどうだろウか・・・)
思考が、本能から理性へ切り替わってゆく。

影(そうダ、家かラ、包丁ト、醤油と・・・デも、その前ニ
  手を・・洗わなくては・・・)

手を洗うために湖面を覗き込む。自分の顔が浮かび上がっている。
血で口から胸まで汚れている。
影狼は何故、こんなに汚れているのか理解できないまま、まず手を洗った。
口を拭き、胸の血を洗い落として、振り返る。

人が倒れている。血まみれだ。

何故、気がつかなかったのか、すぐそばだ、出血はかなり大きい、急いで止血しないといけない。
かわいそうに、必死に痛みに耐えている。
なんで私はのんびりと食事をしていたのか?
・・・しょくじ? 思考が恐ろしい勢いで回り始める。

影「・・・あ、・・あ、ああ、あああああああ!!!、まさか、
  さっきの食事は、口の感触は、血で汚れたこの手は、まさか、まさか、まさか」
影狼は、目の前の出来事を理解するために、わかさぎ姫を頭から尾の先まで注視する。
わかさぎ姫はもう何も言わずにただ、目をつむって、歯を食いしばっている。

腕と尾から血が溢れ全身血まみれだ。
顔は涙と鼻水と血でぐちゃぐちゃだ。
体は血を失ったせいか、恐怖のせいかわからないが痙攣を起こしている。

影「私は、私は、一体何を・・・? いや、それより早く薬を、血を止めないと!!」
いつも閉じ込めらていた竹林の小屋に、傷薬と包帯があったのを思い出し、即座に影狼は駆け出した。
「動かないで」と言葉を残して・・・

自分の匂いと勘を頼りに、驚異的な速度で湖から竹林の小屋に舞い戻った影狼は、薬と包帯を手に、即座に湖に向かって折り返した。

一方で駆け出す音を聞いた、わかさぎ姫は目を開け、あの怖い人狼が目の前からいなくなったことを確認した。

わ(今しかない!)
かなりの距離、湖から離されてしまったが、人狼が戻ってくる前に逃げないと今度こそ命は無い。
わかさぎ姫は湖に向かって必死に這い出した。
右手がうまく動かなくても、尾が痛くても、湖の中に、水の中にさえ潜ってしまえば、人狼には手が出せなくなる。
そう思って前進を続けた。それに、人魚の回復力は強力だ。この傷なら、すぐに完治するだろう。・・・水の中ならだが・・・
はやる気持ちが、時間と体力を消耗させる。
それでも、必死に這ってようやく水場に手が届くところまで来た。
・・・後ろで、見たくもない背後で・・・とても荒い息が聞こえる。

影「動いちゃダメって言ったのに・・・」
信じられない速度で竹林と湖を往復した影狼が立っている。
言い放った言葉は、否定的な意味では聞こえなかった。
どこか、安心したように聞こえた声を聞いて、わかさぎ姫は震えながら振りかえる。
そこには・・、大きく肩を上下させて、手に得体の知れぬ小瓶を持った、笑みを浮かべた人狼の姿があった。
わかさぎ姫は恐怖のあまり、そこで失神した。

・・・

影狼は必死に薬を塗り、包帯を巻いたあと、わかさぎ姫が起きるのを待っていた。

影(血は止まったし、さっき動いていたから、大丈夫なはずだけど・・・)
一向に起きる気配のないわかさぎ姫の顔を覗き込んで、
息を確認し、手を握り体温をみ、胸に手を当て鼓動を確認する。

影(大丈夫だ、気のせいか、前よりも、血色も良くなっている気がする。)
影狼は容態が安定していることを確認すると、胸をなでおろし、わかさぎ姫の前に座り込んだ。

影(それにしても、どうして、戻ったんだろう?)
まだ、満月が頭の上にある。いつもだったら、狂おしく吠えている時間帯のはずだった。
格好は人狼のままだったが、意識は人間の、今泉影狼のものだった。
自分自身が元の心を取り戻したのが不思議だった。

影(もしかして、人魚の肉のせいかな?)
人魚の肉は昔からとても高価な薬だった。食べた人間が不老不死になったという話もある。
影狼の人狼化は後天的なものだったから、ひょっとしたら、人魚の肉で、治療されたのかもしれない。
だとしたら、もっと食べたら、もしかして元に戻れるかも知れない。
そこまで考えたが、血とわかさぎ姫の引きつった顔を思い出して、その考えは捨てた。

あの血の色は、匂いは、温かさは、忘れられない。
あの恐怖に引きつった顔、怯えた目や、震える手も、目に焼き付いている。
あの興奮と、楽しさと、残酷さが忘れられない。
そして、命を奪いかけた恐怖と、後悔と、命を助けることができた安堵感を忘れてはいけない。
繰り返さない。もう二度と他人を傷つける事はしない。
それが影狼の結論だった。
そして一つの疑問に答えを出した後、影狼は目の前にある難題に気がついた。

影(どうやって謝ろう?)
難題だった。大怪我させた相手になんといえば許してもらえるのか、まるで見当がつかない。
影狼は頭を抱えた。

わかさぎ姫はもう、影狼が頭を抱えるだいぶ前から、意識を取り戻していた。
影狼が覗き込むたび、必死で気付いていないふりをし、脈を見ているときに薄目で様子を確認していた。
好機である。狼が止めを刺さずに、様子を伺っているのだ。
もう一度、人狼が離れるのを待つ、人魚の回復力でもう傷は塞がった。
湖も前に比べてだいぶ近い、もう一度チャンスさえあれば逃げ切れる距離だ。

・・・どれくらいたっただろうか? いつまでたっても動かない影狼は寝息を立てている。
無理もない、全力で走りまわって、他人を傷つけた後悔とどうやら助かりそうという安堵感に心を揺さぶられ、
必死に謝罪の言葉を考えていたのだ。頭と心と体を全部使い切って影狼は深い眠りに落ちていた。
わかさぎ姫は、寝息・・・影狼のいびきを聞くと、うっすら目を開け、影狼の様子を確認した。

わ(ねむってる?)
チャンスが、千載一遇の機会が巡ってきた。今度こそ慎重に行動しないといけない。
怖い狼は眠っている。
慎重に体を動かし、湖に向かう。ほふく前進だが、大丈夫、ものの数分で逃げ切れるだろう。
湖の水辺にたどり着き、湖面を覗き込むと、自分の顔の横に人狼の顔が写っていた。

影「よかった、だいぶ動けるようになったね」
わかさぎ姫は慌てふためき、必死に浅瀬に飛び込んだ。そして、生まれて初めて、水で溺れた。
影狼が溺れるわかさぎ姫の手を引き、体を起こさせた。

影「大丈夫? 人魚は泳げると思ったけど?」
わ「ごっほ、げぶっ・・よ、よらないで、は、はなして!」
言葉の通りに手を離すと、わかさぎ姫は再び頭から浅瀬に突っ込んだ。
はっきり言って、この浅瀬はすね以下である。水はあるが深さが足りない。
浅瀬で溺れる人魚・・・、ある意味滑稽な情景を目にしながら、もう一度影狼はわかさぎ姫を助け起こした。
必死に考えた謝罪の言葉があまりの可笑しさに吹っ飛んでしまった。

わ「み、見逃して、お、お願い」
泥まみれ、鼻水と涙で顔はぐしゃぐしゃ、影狼はこらきれずに盛大に吹き出していた。
ひとしきり笑い終えると、影狼はわかさぎ姫を抱き起こし、そのまま湖の中に入っていく。
腰まで水に浸かりながら、ゆっくりとわかさぎ姫を水の中に離した。
わかさぎ姫はあまりの出来事に呆気にとられて動けなかった。

影「とりあえず、顔を洗ったら? ひどい顔だよ?」
わ「・・うん」
影狼に促されて、わかさぎ姫は顔を洗った。

影「大丈夫そうだね? さっきは笑ってごめんね、とっても面白かったから。
  本当は怪我をさせたこと謝ろうと思っていたんだけど・・・」
わかさぎ姫は、まだ目の前で起こっていることを整理をしているようで、
なんのことを言っているのか理解できていないようだった。

わ「・・・なんのこと?」
影「? 溺れたことだよ?」
途端に、わかさぎ姫の顔が羞恥で染まり赤くなる。

わ「あれは、慌てていたせいで、普段はこんなことないよ!」
影狼は必死に取り繕おうとしているわかさぎ姫を可愛いと思いながら
「うん、そうだね」と、いかにもな相槌を打った。

わかさぎ姫はそれを見ながら、顔を半分水に沈めて、そうじゃないもん、とつぶやいている。
影狼はそれを見て、初めて本当に安心した。
・・・よかった。怪我をさせたけど、体は動くし、心にトラウマも残っていないようだ。
影狼はわかさぎ姫に背を向けると湖から出た。
振り返り、わかさぎ姫を見ると目を点にしてこちらを見ている。

わ「?・・・食べるんじゃないの?」
影「もう、食べないよ」
向き直った影狼は真剣な表情だった。
そして、地面に頭をこすりつけて、襲ったことを謝った。

影「それから、襲いかかったことは本当にごめんなさい。
  どうしても、狼の本能が抑えられなかったの。でも、もう二度と襲いません。君が無事で本当に安心しました」
影狼はそれだけ言って頭を上げると、わかさぎ姫の反応を待った。
わかさぎ姫は困惑していた。いままで、襲いかかってきた相手に謝られたことなんてなかったからだ。
でも、この人狼は本気だ、目が違う。

わ「本当に? 本当に、もう襲わないの?」
影「誓って、もう二度と」
わ「私が、陸で寝ていても?」
影「寝ていても」
わ「私が、陸で歌っていても?」
影「歌っていても」
わ「・・・私が、魚屋さんの店棚にならんでいても?」
影「・・・そのときは助ける」
わ「・・・・」
影「・・・・」
互いに視線を重ねたが、影狼の視線が外れない。
本当に真剣なんだとわかさぎ姫は理解した。

わ「・・・わかった。本当なのね、信じるよ」
影「? えっ?、あ、ありがとう」
ごく、あっさり信用されたことにより逆に影狼の方が面食らった。
絶対に許してもらえなどしないと思っていたからだ。
許してもらうために自分に出来る事なら何でもしようと考えていたが、
そんな話をする前に終わってしまった。
わかさぎ姫が無防備にも近づいてくる。

わ「私の名前はわかさぎ姫。あなたの名前は?」
影「影狼・・、今泉影狼っていいます」
わ「・・・『かげろー』でいい?」
影「え? ・・・うん」
わ「かげろー、早速で悪いけど、歌の続きいいかな? さっき途中で終わっちゃってて」
影「・・・是非、お願いします」
そうして、傾いた月を背に、影狼一人を観客にして歌が再び始まった。

・・・・

そうして、付き合いだしてから、早数年、歌などない影狼は、わかさぎ姫が知りえない陸の出来事を集めては教える事を繰り返した。
「草の根妖怪ネットワーク」はそうして影狼が情報収集をすることにより自然に出来上がった組織である。
メンバー中に大妖怪がいないのは影狼が接触しなかったためであり、今後も大妖怪を加えるつもりはなかった。

背の高い草をかき分けながら進むと、わかさぎ姫の待つ岩場が見えてきた。
わかさぎ姫は岩場に腰をかけ、今か、今かと影狼が来るのを心待ちにしていた。

・・・

魔法の森にある霧雨魔法店では、火柱が上がっていた。
火柱をあげたのは霧雨魔理沙である。
つい先日、輝針城に突撃し、巫女よりも早く、異変を解決してきたのだ。
その時に退治したはずだった、正邪と針妙丸がそばにいる。

この二人はレジスタンスを自称し、その目的は強者が支配する幻想郷を弱者のために開放することである。
先日、魔理沙に負けたが、そのあと、魔理沙の心のスキにつけこみ打出の小槌の願いで味方に引き入れることに成功したのだった。
自分たちを倒した剛の者を小槌でさらに力を上げた。
もはや、自分たちには恐れるものは何もない。
じきに幻想郷は弱者が支配する理想郷へと変貌するだろう。
・・・この時は2人共々そう信じていた。

正「どうだ! すごいだろ! これが小槌の力だ!
  恐れ入ったか?」
魔「すごいぜ! 今までで最高の火力だぜ! これなら誰が相手でも負けないぜ!」
魔理沙は小槌の魔力によって、都合よく操られレジスタンスの一味になっていた。

針「さあ、弱者が見捨てられない楽園を築くのだ!」
針妙丸まで一緒になって、魔理沙を焚きつける。

魔「まず手始めに霊夢を倒すぜ!」

・・・

霊「・・・暇だわ」
霊夢は珍しく境内の掃除をしながら呟いた。
相変わらず、博麗神社に訪れる人間は見当たらない。
本殿の賽銭箱の前には伊吹萃香が座っている。

萃「ほんとにひまだねぇ・・・」
見渡す限り、ただの風景、人影など霊夢しかいない。
他は全て、神社の境内という風景が広がるだけだった。
・・・現実問題として、萃香という鬼がいる時点で参拝客などいるはずもないのだが・・・

萃「あっ、魔理沙だ・・・」
驚異的な視力で遠くから迫る一つの影を捉える。

魔「いっっやっほーーい!」
異常なテンションで魔理沙が突っ込んでくる。
それを僅かな動きだけで霊夢が躱した。

霊「ちょっと、いきなりどうしたのよ?
 調子が良すぎるんじゃないの?」
魔「ああそうだぜ。いつにもまして調子がいいぜ!!」
その原因は正邪と針妙丸である。小槌によって心を操られたためだ。
魔理沙はその異常なテンションのまま・・異常な問いかけを繰り出した。

魔「突然だけどな、霊夢、お前はわたしが好きか? 究極の質問だぜ!?
  2択だぜ? 好きか? 嫌いか?。どっちか選んでもらうぜ!!!」
霊「?? えっ? いきなり、なんなの? ちょっと話が見えないんだけど??」
頭に疑問符しか浮かばない、どう見ても異常だ。
何かにとりつかれているとかしか思えない。というより、怪しい魔力を魔理沙から感じる。

・・・直感で感じる、魔理沙は操られている・・・正確には、心の一部を肥大化されている感じだ。
一部の感情が肥大化し、異常にテンションが高くなっている状態・・・操られているというより、
仕向けられている感じだ。それも自分の意志を利用されて・・・
・・・タチが悪い、そう確信した。

霊「あのね、魔理沙、そういう質問は、もっと雰囲気を考えて言うべきだと思うんだけど・・」
当然の回答を霊夢が返答する。返事を伸ばす作戦だ。時間を稼ぎ、黒幕を、魔理沙の心を操った身の程知らずをあぶり出す作戦。
しかし、魔理沙のテンションがそれを許さなかった。

魔「遠まわしの回答は、即答できないのは、好きじゃない証拠だぜ!」

―――妖器「ダークスパーク」

魔理沙の手にした八卦炉から炎が溢れ出した。
霊夢は炎の中に溶け込むように消え、萃香の横に出現した。
――亜空穴、霊夢の技の一つだ

霊「危ないじゃないの」
言葉の通りに、霊夢の服は袖が焦げている。間一髪だった。
遊びを通り越した速さと威力が先ほどの一撃に感じ取られた。

魔「ちぇっ、避けるなよ、究極の二択だぜ? 避けて躱すなんて非道だぜ?」
おかしい、明らかにおかしい、原因はなんだ?
いきなり襲いかかられるほど、魔理沙との仲は険悪でないはずだ。
考えを巡らす最中に、萃香が割って入ってきた。

萃「魔理沙、鬼の道具でも手にいれたかい? 鬼の魔力を感じるんだけど?」
萃香は鬼の頂点である。魔理沙から感じる違和感に心当たりがあるようだった。

魔「ああ。そうだぜ! つい先日、とんでもないアイテムを手に入れたんだぜ!」
魔理沙が肯定する。立て続けに魔理沙が真相を告げた。

魔「この間、打出の小槌を持った奴が異変を起こしてな、私が解決したんだぜ! 
  そして、勝者の特権として小槌の力を使ったんだぜ! すごいだろ? この威力!」
霊夢は呆れた。
解決した? どこが! ものの見事に操られてるじゃない!
霊夢は直感でその打出の小槌を持った奴が犯人と見抜くと、
戦闘態勢を取った。

霊「魔理沙、ちょっと頭 冷やしてもらえるかな?」
もはや魔理沙はただの障害でしかない。操られている魔理沙を倒して、操っている奴も倒す
それで終いだ。後で、魔理沙をおちょくってやろう。そう決めると霊夢は口の端で笑った。

魔「そういう態度はいけないんだぜ?」
魔理沙が第2射の体勢に入る。今度も狙いは直線、避けやすいことこの上ない。
タイミングを見計らって亜空穴で懐に入る。魔理沙は対応できないだろう。

萃「待って」
萃香が霊夢の前にでて、話をしようとした。確かめたいことがあるらしい。
おかげでタイミングが狂った。
魔理沙も萃香の話を聞こうとしている。

萃「小槌は小人しか使えないはずなんだけど・・・」
霊(小人か・・・見つけられるかな?)
霊夢も新しい情報に気を取られた。
二人の隙を突くように八卦炉が突然、火を吹いた。魔理沙の意志ではない。
八卦炉自身が自分の意志で攻撃をしたのだ。魔理沙自身が突然火を噴いた八卦炉に驚いている。
八卦炉による攻撃は直線的で、早く、そして重かった。
萃香は炎の直撃を受け、それを盾にした格好で霊夢を巻き込んだ。

魔「あれれれ? 終わっちゃったのぜ?」
彼方に、萃香と霊夢を吹き飛ばし、一人魔理沙が立っている。

魔「まっ いいか、次の相手をさがすぜ」
そう言った魔理沙のもとへ、2つの影が近づいてきた。
正邪と針妙丸である。

魔「おそいぜ? のんびりしすぎじゃないか?」
正「針妙丸が おっせーんだよ!」
針「す、すまぬ。かように早いとは思わなかった。
  それで、博麗の巫女は? 仲間にはなってくれなかったか?」
魔「ああ、全然、話がつかなかったぜ!」
魔理沙は憤っているようだったが、このテンションでは話が出来ていたのかも怪しい。
針妙丸は魔理沙一人でいかせてしまったことを後悔しながら、次のことを考えていた。

針「魔理沙殿、今度は3人で説得しようとを思う。すまぬが、私に足をあわせてくれぬか?」
魔「それなら、一緒に箒に乗ったほうが早いぜ。乗りなよ、お前一人ぐらいなら問題ないぜ?」
針「それでは、お言葉に甘えることにする」
神妙丸が魔理沙の手前に乗ると、正邪も後ろにまたがった。

魔「おいおい、3人乗りは定員オーバーだぜ?」
正「いいだろ 別に! それとも力が足りないのか?」
正邪は針妙丸に命令し、箒の強化を行い、更に魔理沙の心を調子のいいように肥大化させた。
針妙丸が小声で正邪に問いかける。

針「・・・正邪よ、大丈夫なのか?」
正「何が? 箒なら問題ないぞ」
針「違う、魔理沙殿のことだ。心に負荷がかかりすぎていないだろうか?
  これまでも 大分 小槌の力を注ぎ込んできたが・・・」
正「ああ、なんだそんなことか、大丈夫だ、問題ない。魔理沙に聞いてやるよ
  ・・・おい、魔理沙、お前なんか調子の悪いとこあるか?」
魔「あははははは! 絶好調だ! こんなに気分のいい日はめったにないぜ!」
魔理沙の態度を見て、更に正邪に言葉を重ねる。

針「いや、そうではない。小槌の魔法が解けたら、魔理沙は大丈夫なのか?」
正「大丈夫だって、まず第一に魔法は解けないぞ、それに解けたところで、小槌で心を直してやればいいだけだ」
正邪は小槌の魔力を絶対と針妙丸に吹き込んでいた。小槌の力に限りなどないと・・・
針妙丸はそうだろうと思いながらも心をいじりすぎたことに一抹の不安を抱いていた。

正「おい魔理沙、次はどこに行くんだ?」
そんな心配はお構いなしに、正邪が魔理沙を煽る。

魔「次は紅魔館だぜ!」
魔理沙はそう言うと箒に力を込め向かう先を定めた。

魔「しっかり掴まってろよ、振り落とされたら置いてくぜ?」
針妙丸が必死に掴まらなければならないほど、急激な加速を行い、箒が飛ぶ。そのまま3人は紅魔館へ向かった。

・・・

もう一時間近く話をしている。赤蛮奇とわかさぎ姫は上手く打ち解けてくれたようだ。
影狼は二人の話を聞きながら、二人を見ていた。

影(厨二トークはウケがいいらしい)
二人の会話を分析している最中、異音が耳に入ってきた。
飛行音か? こちらに近づいてくる。かなりの速度だ。
影狼は2人に人差し指を唇にあて、静かにと合図を送った。
音が次第に大きくなる。風切り音なのはわかるが、時折、悲鳴が混じっている。
影狼は2人に草むらに身を隠すように指示を出そうとしたが・・・
それよりも早く、音が直上に到達し、・・・通り過ぎれば良いものを・・・真上で停止した。
途端に、声が聞こえる。

正「危ないだろ! 急停止するな!」
針「お、お、落ちるかと思った」
魔「お前ら・・・だらしないぜ?」
3人だ。真上だから、こちらの動きは丸見えだ。どうしようもない。
こちらも3人で上を見上げていると魔理沙の声が聞こえた。

魔「お前ら3人・・・、いや三匹か? まあどっちでもいいか。
  ちょっと聞くがな、お前ら、私は好きか?」
影「・・・は?・・・」 
あまりに唐突すぎて、影狼、赤蛮奇、わかさぎ姫、共に返答に困った。

針「いや、魔理沙殿、それでは何も伝わらないぞ?」
魔「ああそうか、三人で説得するんだったな
  質問を変えよう、お前ら、私たちは好きか?」
影(こいつは、何を言っているんだ・・・?)
影狼は思い返してみる・・・が、この魔法使いには突然髪を燃やされそうになった記憶しかない。
どちらかといえば嫌いである。そうは思ったが、突然現れていきなりこんなこと言われても困るしかない。
3人が3人とも、返答に窮している。

魔「即答できないのは、嫌いな証拠、お前ら敵だな?」
魔理沙はそういうが早いが、いきなり攻撃を仕掛けた。
針妙丸がとめようとしたが、まったく間に合わなかった。

霊夢に対する攻撃と同じ、直線的な光と炎の極大レーザー、咄嗟に影狼は、わかさぎ姫と赤蛮奇を湖に向けて突き飛ばした。
そして、影狼はそのまま光の直撃を受け、吹き飛ばされてしまった。
紅魔館の目と鼻の先、湖の畔で轟音とともに火柱が上がる。

針「・・・博麗の巫女も同じだったのか?」
魔「同じじゃない、霊夢は2発かかったぜ?」
まったく、話がかみ合っていない。これでは仲間を増やすどころの話ではない。出会い頭に相手を吹き飛ばしている通り魔だ。
針妙丸は心を操ったことを激しく後悔した。

魔「よし、じゃ次、紅魔館に行こうか」
消えた三人を意にも介さず、魔理沙は進んでいこうとしている。

針「魔理沙殿、次は私に説得を任せてもらえぬか?」
魔「何でだぜ?」
針「魔理沙殿だけに頑張ってもらっては、私が心苦しい、次は任せてほしい」
魔理沙を刺激しないように針妙丸は言葉を選んだ。

魔「う~ん、大丈夫か?」
針「大丈夫だ、私には小槌がある」
魔「ああそうか、霊夢もそうすればよかったな。
  ははは、気が急いて、ぶっ飛ばしちゃったぜ」
針妙丸は、心は操らぬよ と思いながらも魔理沙から説得の役を譲り受けた。

魔「さあ、もういくぜ?」
紅魔館に向かい進み始める。
正邪がそれに続き、針妙丸は焼け跡を振り返った。

針(3人は無事だろうか・・・)
2人は無事だろう、攻撃が届く前に湖に飛び込んでいるから、さほど問題はないはずだ。
ただ、直撃を受けてしまった子は大怪我をしただろう。
そう考えると、針妙丸は小槌を一振りし、魔理沙の後を追いかけた。

紅魔館の門番、紅 美鈴は、湖畔で上がる火の手を見ていた。
一大事ということではないが、今の衝撃に、館の主レミリアが気づいただろう。
きっと、巫女の真似をして、事件の原因と究明を命令してくるに違いない。

ああ、真昼間に何をやってくれたんだか。
せめて夜であれば、レミリアは自力で飛んでいっただろうに。
美鈴はせめてここから分かるだけでも情報を集めようと気を集中し、火柱が上がった方向を探る。

・・・意外だ。火柱をあげたのは魔理沙のようだ。こちらが探り始めたとき点だった人影がもう
はっきりと魔理沙に見えている。不思議だ、魔理沙は出会い頭にマスタースパークをぶちかます人間ではない。

スペルカードルールをよく守っている子のはずだ。それなのに、どうしてか相手の子が出した力を掴むことができなかった。
いかに、マスタースパークであっても、相手の力を全て吹き飛ばすわけはないのだが・・・。
考えられるのは、相手の子が弱すぎたか、魔理沙が不意打ちしたかだ。
性格から考えて、わざわざ湖の湖畔で試し打ちをするような子ではない。それに火柱が上がったということは、地面に向けて撃ったはずである。
地面にあった目標に向かって・・・

美鈴はかなりの違和感を感じ、改めて、向かってくる魔理沙を注視する。
気を使って探りを入れる・・・なにか良くない力が魔理沙の中に入っている・・・

魔「どうした? そんなに、私を見つめて、私のことが気になるのか?」
美「ええ、とても・・・
  こんな天気のいい日にどうしたんです? 真正面から紅魔館に来るなんて」
魔「今日はレミリアを倒しに来たんだぜ!」
美「お嬢様は、今日、霧を出していませんが?」
魔「霧なんて出ていてもいなくても、レミリアは倒すぜ?」
美「何でまた・・・そんなことを?」
魔「それはレミリアが強者だからだぜ!」
耳を疑った。魔理沙はこんなに話の通じない相手ではない。
見れば、手や足が攻撃動作に入りたくてうずうずしている。

針「魔理沙殿、説得は私に任せてくれる約束だろう?」
魔「遅いぜ? 何事もスピードが命なんだぜ?」
そういって魔理沙が道をあけた。さっき目の端に映っていた子だ。

針「紅 美鈴殿であるな? 初めてお目にかかる。私は少名 針妙丸、
  小人の一族で、今、レジスタンスの仲間を集めているところである」
美「レジスタンス? 何ですか、それ?」
針「強者を押しのけ弱者を導くものたちのことだ。
  今の幻想郷は一部の強者たちにより支配されている。
  しかし、それではいけない。弱者は使役され、脅され、虐げられているのだ」
美鈴は話に同意するようにうなずくと、針妙丸は嬉々として続けた。

針「一部の強者は弱者の意見などそっちのけで、幻想郷の今を決めているのだ、
  そう、我々など初めからいないかのように・・・
  我々は虐げられた・・・無視され続けてきた・・・弱者を救うために! 強者を倒すつもりなのだ!!」
美鈴は話を続けさせるために、相槌を打つ。針妙丸はさらに続けた。

針「我々が勝利した暁には、誰もが、平等に幻想郷の一員として幻想郷の今を決定する権利を、
  無視されることなくすごせる日々を、怯えることのない暮らしができるようにするつもりだ」
美鈴はとても興味のある表情をつくろって針妙丸を見ている。
針妙丸はそれを見て最後に「だから、仲間になってくれぬか?」と続けた。
もう、門番としてこき使われるのは嫌なのだろうと・・・美鈴はうなづきながらも、疑問があった。

美「でも、どうやって強者を倒すのですか?」
これが最も重要なことだった。レミリアをたおす秘密兵器がない限り、今までの話はすべて机上の空論である。

針「これを使うのだ」
そういって針妙丸は小槌を誇らしげに掲げた。
これだ、魔理沙から感じる異常な魔力と同じ波長を感じる。
美鈴は原因の究明が終わると、にっこり微笑んで針妙丸に告げた。

美「レジスタンスはお断りします」
針妙丸は、驚いている。この話を断る弱者がいるとは信じられない様子だった。

針「レミリアを恐れているのか? それならこの小槌があれば恐れる必要など・・・」
美「いいえ、そういうことではありません」
針「な、なんで? なぜ? 平等な権利と、こき使われることのない日々を、無視される屈辱のない生活が欲しいでしょう?
  門番として働かなくていいんだよ? 昼寝も好きなだけできる。
  無茶苦茶な命令で振り回されることもなくなるのに・・・」
美鈴はため息をつくと、針妙丸に面と向かって言い放った。

美「あなたと私では理想が違うんですよ。それに、あなた、魔理沙をそれで操っているでしょう?
  そんな奴の言葉なんて聞く耳持ちません!」
美鈴は構えた。そして、美鈴は魔理沙のダークスパークの直撃を受けて門にたたきつけられた。

魔「危なかったな」
針「すまぬ、魔理沙殿・・・」
美鈴に断られたことがよほどショックだったのか、針妙丸はうなだれている。
正邪が針妙丸に突っ込みを入れる。

正「何やってんだよ、ささっと小槌で仲間に引き入れたらよかったんだ」
針「それは・・・
  ・・・そうだね」
針妙丸は道具の力に頼らなくても、理想を語り、共感させることで説得できると考えていた。
自分の理想が道具の力以下だったことにショックが隠せなかった。
やばい、泣きそうだ。

魔「悔やむな、悔やむな、次があるぜ?」
そういって魔理沙は紅魔館の玄関を指差す。
そこには、悪魔の犬、十六夜咲夜と館の主、吸血鬼、レミリア・スカーレットが立っていた。

レ「美鈴は死んだか?」
咲「いえ、衝撃で気絶しているだけですわ」
レ「全く・・・、しぶとい・・・」
日傘を手にしながらレミリアが咲夜と話をしている。

咲「そうでなくては、門番が務まりませんわ」
レ「とりあえず、たたき起こしてこい。それでこちらも3人、
  向こうも3人なら、ちょうどいい。3対3だ」
咲(弾幕ごっこに3対3なんてあったかしら?)
美鈴に近づきながら、咲夜は考えていたが、いつもの無理難題に比べれば随分優しい問題だ。
さっさと終わらせて、次の仕事に取り掛かろう。
そう決めると咲夜は自分と美鈴以外の時間を停止させ、美鈴に薬を塗り、包帯を巻きつけ、無理矢理、栄養ドリンクを口に突っ込んだ。

咲「はい、治療終了」
美「いたた・・・。すみませんね、咲夜さん」
咲「いつものことですわ」
レ「さっさと立て! 私は気が短いんだ!」
美鈴がホコリや焦げあとを確かめながら立つとレミリアが3人に向いた。

レ「ようこそ、紅魔館へ。私がレミリア・スカーレット、館の主だ。
  実力者は歓迎するよ。・・・ちゃんと力があるならね」
咲「私は十六夜咲夜。この館でメイド長をしております。
  手荒い訪問者にはそれなりに対応させていただきますわ」
正邪と針妙丸は顔を見合わせて話をしている。

正「えっ、こんなガキが?」
針「見かけと実力が違う例は多々あるが・・これは・・・幼い・・」
身長なら、レミリアと針妙丸はほとんど同じぐらいだ。
それが、自分より大きい美鈴と咲夜を従えている。
自分で倒しに来ておいてなんだが、本当に紅魔館の支配者だろうか?
レミリアはその地獄耳で小声で話していた内容を聞きとる。
怒りで体が震える。

レ「幼いだと!!」
レミリアが激昂する。今まで魔力を抑えていたのだろう。
突如として膨れ上がった魔力が辺り一面を襲う。

咲「おやめください」
レミリアは咲夜の言葉に我に返ると、開放した魔力を慌てて押さえ込んだ。
そうだった。今日は近くに咲夜がいるのだった。
多少のことでは問題はない・・・とは言え、あまり見境なくやると傷つけかねない。
レミリアは呼吸を整えると続けた。

レ「すまなかったな、私は短気でね。しかし、人を見かけで判断するのはよくないな。
  少なくともここにいる全員よりも私は年上だぞ。言葉には気をつけてもらおうか」
正邪と針妙丸は驚愕でただ頷くしかできなかった。
―――こいつは化物だ。

咲「それで、今日はどのような要件で紅魔館にこられたのですか?」
魔「今日はレミリアを倒しに来たんだぜ、
  我々レジスタンスは幻想郷の支配者階級を絶滅させるんだぜ!」
レ「・・・なるほど、それでこの私が一番に選ばれたと」
魔「そうだぜ、一番手頃で手っ取り早い相手だぜ」
レ「ふん、身の程知らずが・・・ まあ、いい、今日は楽しめそうだな。
  それで、誰からだ? 死にたいのは? なんなら、3人まとめてでも構わないぞ?」
魔「死ぬのはただ一人、お前だけだぜ?」
言うなり、魔理沙がレミリアにかかっていった。
それを合図にするように、美鈴は針妙丸に向かい、
咲夜は美鈴の動きを確認すると、正邪の前に立った。

咲「私は余り物ですか・・・」
正「だ、誰が余り物だ!馬鹿にするなよ!」

スペル 逆弓「天壌夢弓」

正邪の必殺技が咲夜を襲う。
この必殺技は、正攻法の技ではない、咲夜の後ろから無数の矢が飛び交う。
・・・しかし、当たらない。最初こそ驚いているようだったが、すぐに仕組みに気づいたのか
逆に、正邪との距離を詰め、正邪の視界を塞ぐように前に立った。
咲夜は正邪に微笑みかけ、馬鹿にされたと思った正邪は更にスペルの速度を上げ、
咲夜を貫こうとする。
突如として咲夜の体が消え、目の前からいなくなった。

時間操作能力である。咲夜はわざと正邪を挑発すると、大量の弾幕を自分に打ち込ませ、
それらを十分惹きつけた上で、正邪の目の前から消えたのだ。
正邪は自分で自分の全力の弾を受けてしまった。

咲「まず一人ですか・・・」
あっという間に正邪が倒されたのを見て、針妙丸が名前を叫んでいる。

美「よそ見の暇はありませんよ」
美鈴も針妙丸との距離を詰めている。いかに小槌の力で体を大きくしたとは言え、
美鈴との体格差は圧倒的だ、手の届く距離まで詰められたらおしまいだろう。

スペル 小弾「小人の道」

針妙丸は距離をとるために、全方位の弾幕を張った。
しかし、美鈴はそれらをものともせずに前進してくる。

スペル 彩華「虹色太極拳」

自慢の拳で弾をはじき飛ばしながら距離を詰める。

針「お、おおきくなあれ!」
針妙丸が小槌を振るとあたまのに載せていた碗が巨大化し、巨大な盾になった。
間一髪で美鈴の拳を防ぐ。
美鈴は攻撃の手を緩めなかった。

スペル 華符「破山砲」

立て続けに必殺技を放つ、碗の盾はあまりにあっけなくヒビが入り、
あっという間に消え、元のサイズになってしまった。

針妙丸は焦っている。
―――こんなに? こんなに強いの?
   こんな奴を従えているレミリアは一体・・・
   どのくらい強いの?

当のレミリアは魔理沙をつかって遊んでいる。
先程から、魔理沙が攻撃しているが、いかんせん、スピードが違う。
人類には不可能な速さで、魔理沙をおちょくっていた。

レ「ほらほらこっち、いやここだよ。残念ww。そこは0.1秒前に引っ越しました」
完全にスピードがついていけていない。
マスタースパークの光が何条にも放たれているが、それらをすべて余裕の表情で躱し続けている。
魔理沙はもう、息が上がっている。

魔「くっそ、ちょこまかと・・・」
レ「じゃあ、足を止めて、殴り合いしようか?」
突然、レミリアが目の前に現れ、手を振りかぶる。
魔理沙が全力で飛び退く。
なんでもない、ただの手打ち、女の子パンチだ。
だがそれが、空を割く。

レ「よくできました~ww。さすがだね、普通の人間じゃ
  これすらよけられない。あっという間に挽肉になるのに」
魔「馬鹿にして・・・!」
だが、もう限界のようだ。汗が噴き出し、肩で息をしている。
目だけが狂ったように光を放ち、レミリアを見据えている。

咲「お嬢様、お戯れはそこまでにしたらいかがです?」
レ「まだ、遊び足りないぞ。・・・って、なんだもう終わったのか」
見れば、咲夜の向こう側で正邪が伸びている。美鈴も戦ってはいるが・・・だいぶ優勢だ、じきに押し切るだろう。

よそ見の隙を狙って、魔理沙のマスタースパークが襲いかかるが、
余裕で躱す。マスタースパーク自体、発動に必要な魔力の量が大きく、どこにいても魔力の集中が感知できる、
レミリアには当たるはずがないのだ。
魔理沙はだいぶ辛そうにしている。如何に小槌の力を得ているとは言え、
こんな短時間で、ここまで魔力を消費したことはかつてなかった。
これ以上は、楽しめそうにない。レミリアはそう判断した。
それよりも、美鈴の相手を取り上げて遊ぼうと考えた。

レ「魔理沙~、もう終わりにするよ?」
瞬く間に魔理沙の懐に潜り込む、疲れている魔理沙には避けようがない。
レミリアは魔理沙の腕を掴むと、そのまま持ち上げ、地面の柔らかそうなところを狙って叩きつけた。

レ「今日はそこそこ楽しめたよ。あとはおとなしく寝てるんだね」
そう言うとレミリアは針妙丸に狙いを定めた。

咲「お嬢様!」
咲夜の声で、咄嗟に後ろからの攻撃をかわす。
寝ているはずの魔理沙が立ち上がっていた。
レミリアは頭を掻きながら、再び魔理沙に向かう。

レ「なんだよ、仕留め損なったか」
魔「おまえを・・倒す・・まで 何度・でも・・立ち上が・・・」
レ「うるさい! 寝てろ!」
言葉の途中で飛びかかると先程と同じところに、さっきよりも強く叩きつけた。

レ「全く、手加減してやればつけ上がりやがって・・・」
針妙丸の方を向くと、後ろで音がする。
気付けば、また立ち上がっている。

レ「馬鹿か、お前? 手加減にも限界があるぞ?」
レミリアは本日三回目、魔理沙を地面に叩きつけた。
レミリアは気絶したか確かめるため、顔を覗き込む。
魔理沙の目が光っている。口から血を滴らせているが、目の戦意がまるで衰えていない。
レミリアは魔理沙の異常にやっと気がついた。

レ「お・・おい、どうした? 何があった?」
八卦炉が突然火を噴いた。霊夢の時と同じである。
しかし、レミリアはその驚異的な反射神経で攻撃をかわす。

レ「・・・ちっ!」
咲夜も驚いている。あんな状態で魔理沙が攻撃してくるとは思ってもいなかった。

咲「お嬢様! 私が代わりますわ!」
レ「必要ない! 私の獲物だ、私が仕留める!」
レミリアが今度は全速力で飛びかかる。
人間に反応できる速度ではない。
魔理沙は全身を滅多打ちにされ倒れた。

レ「・・・もう立てないはずだ」
咲「まさかとは思いますが、・・・殺しましたか?」
レ「馬鹿な、私はフランと違って手加減はできるぞ! 
  ・・・ただ、早く永遠亭に連れて行ってやれ・・・」
咲「・・・お優しいですね・・・」
咲夜が振り向くと、魔理沙がまた、立っていた。

魔「ま、負けないんだぜ、・・・負けちゃいけないんだぜ」
レミリアが悲鳴を上げた。もう、これ以上手加減できないと、
遊びじゃなかったのかと、これ以上は殺してしまうと、叫んでいる。
魔理沙はお構いなしに八卦炉を構え、マスタースパークを打つ態勢に入っている。
・・・遅い、今までで一番魔力の集中が遅い。そこらの雑魚妖精でもよけられるだろう。
それでも、構わずマスタースパークを放つ。
レミリアはよけなかった。
光に飲まれ、館の壁に叩きつけられ、そのまま崩れるがれきに埋まる。
手ががれきから覗いているが、日光によって燃え上がり、灰になった。
レミリアは自分が負けることで、事態の収集を図ったのである。

咲「お嬢様!」
声をかけてもがれきから出てくる気配がない。
そして、この程度で死ぬようなレミリアではないことを咲夜は熟知している。
咲夜はレミリアの行動の意図を汲むと即座に美鈴に撤退命令を出した。
美鈴は優勢だったが、命令を聞くとすぐに館の中に退避する。
外には針妙丸、魔理沙、正邪が取り残された。
優勢だった紅魔館組がレミリアの撃退によって総崩れになった。

針「魔理沙殿、魔理沙殿、本当に、本当によくやってくれた。
  この針妙丸、弱者を代表して礼を言うぞ。」
魔理沙はふらふらだ。呼吸が荒く、全身痣まみれ・・・顔は笑顔だが、正気の笑みではない。
見ていて、心底不安になる。

針「魔理沙殿・・・本当に体は大丈夫か・・・?」
魔「こん・・なこと、大した・・事じゃ・・・ないんだ・・・ぜ?」
そう言うと魔理沙は倒れ、気絶した。
針妙丸は慌てて正邪を起こすと、魔理沙を背負って、一路竹林へ向かった。

・・・・

霊夢が下敷きになっている萃香に声をかける。

霊「悪いね萃香、盾で使った後にクッション材になってもらうなんてね」
萃「別に悪くはないよ。人間の体は脆いからね、私の方は全く問題ない。
  ただ、もう、どいてくれないかな?」
そうね、と霊夢が立ち上がり、吹っ飛ばされた方向を見る。
だいぶ遠くまで飛ばされたようだ。無傷なのは、萃香のおかげである。

霊「あの馬鹿・・・。あの調子で暴れていないでしょうね?」
萃「う~ん、魔理沙がああなったのが打出の小槌の力だとするとまずいね」
霊「まずいってどういうことよ?」
萃「あんなに力の影響を受けていると、元に戻れなくなるよ?
  つまり、もうずっとあのテンションのままってこと。
  元に戻すなら、小槌を使えるやつに元に戻ることを願ってもらわないと」
霊「ああ、そんなこと、つまり、黒幕の胸ぐら掴んで脅しつければ良いだけね」
萃「そうだけど、こんなことする奴が、そんな願いをするかな?
  逆に、小槌を振るタイミングで霊夢を操るんじゃないかな?」
霊「そんなことさせないわ! それに、私はただで操られてやる気はさらさらないわよ!」
萃「うん、そうだね・・・それだけ強い意志があれば、簡単にはつけ込まれないか・・・。
  でも、注意しなよ? 心に隙があるとつけ込まれるからね?」
萃香は飛び起きると、間欠泉の方へ向かって歩き出した。

霊「ちょっとどこに行くのよ?」
萃「うん? 旧都だよ。勇儀を呼んでくるんだ」
霊「どういうこと?」
萃「あはは、今回の魔理沙の異常には小槌の力が関わっているからね、
  もし、鬼の不始末が原因なら、鬼が責任を取らなきゃいけない。
  最悪のケースは相手に鬼がいた場合なんだよ。打出の小槌を使えるのは
  小人か小槌を作った鬼だからね」
霊「魔理沙はどうなるの?」
萃「心配いらない、魔理沙は巻き込まれただけだからね。黒幕が鬼だったら、
  きっっっっついお仕置きを加えて元に戻すよう説得するよ、
  小人だったら言ったように脅せばいいだけだ」
霊「そう・・・安心した」
萃「霊夢も魔理沙のことを解決するつもりなら紫にでも協力してもらったほうがいいよ
  あんなことする鬼がいたら、ルールを守ってくれるか怪しいもんだ」
それじゃ・・・とあっさり踵を返すと、萃香は旧都に向かって走っていった。
取り残された霊夢は、紫の協力を取り付けるために博麗神社に向かって飛び去った。

・・・

赤蛮奇が首を水中から出して辺りを伺う。空にも人影はなく、先ほどの3人の魔力も感じなかった。
赤蛮奇が合図をすると、わかさぎ姫が顔を出し、辺りを再度確認する。

影狼が突き飛ばしてくれなかったら、大怪我をしていただろう。
いやその前に、影狼がいなければこんなところにいて、水に飛び込む必要すらなかったはずだ。
赤蛮奇はそう考えると突然、不機嫌になった。

赤「あーあ、全くこっちはいい迷惑だぜ。どこに行ったんだ? 影狼の奴」
わ「そんなこと言わないの。影狼のおかげで怪我も無く済んだんだじゃない」
赤「そりゃ、あんたはいいかもしれないけどさ、私は服がずぶ濡れで、不快マックスだってーの」
ようやく、爆心点まで歩くと、影狼を探した。
水面から見たときは気づかなかったが、広範囲で雑草が灰になっている。
影狼は無事だろうか、先程までの悪態が嘘のように消えて、一向に姿を見せない影狼が心配になった。

地面の焦げ方から見て、弾き飛ばされたとしたらこの方向だなと、見当をつけて向き直る。
奥の方にこちらを伺うようなに黒い影がある。まさか、あれが影狼だろうか。
黒い影はこちらに気づいたらしい。脇の草むらに飛び込んだ。

赤「なんだよ 無事なら無事って 言やいいのに、てか、黒焦げであんな動きができるのか?」
わ「・・・う~ん、ひょっとすると」
わかさぎ姫は心当たりがあるようだ。行くのをためらっているようである。
赤蛮奇は無視して進んでいく。確か、この辺に飛び込んだはずだ。

赤「お~い。さっさと出てこいよ」
影「・・・ちょっと向こうに行ってってくれるかな? というか、私のことは放っておいて欲しい」
赤「なんだよ、服が真っ黒に焦げちまったからか?」
影「いや、・・ちがって・・・服が・・・あの、外套貸してくれない?」
赤「はあ? 貸してもいいけど、お前のせいでずぶ濡れだぞ?」
影「いいから!」
草むらから手が伸びてくる。

・・・そういうことか、と赤蛮奇は納得した。
黒く見えたのは彼女の体毛らしい、つまり、いま素っ裸であるということだ。
これじゃ中々出てくるわけにも行くまい。赤蛮奇は草むらに外套を入れると
怪我はないか尋ねた。幸いにして、擦り傷程度のようだ。
―――服が燃えたのにか?
影狼も運が良かったなどといっているが、果たしてそれだけだろうか?

わかさぎ姫のところまで2人で戻り、今日の会議はそこでお開きということになった。
影狼は急いで家に帰りたかったが、わかさぎ姫が先に医者に行くよう主張し、更についていくとまで言っている。
結局、わかさぎ姫の主張で、影狼は永遠亭に行くことになった。
だがその前に、竹林の自宅で服を変えてからになるが・・・。

・・・

紅魔館の窓から咲夜が外の様子を伺っている。どうやら外に3人の姿は無いようだ。
念のため、美鈴にも気で探らせるが、近くにはいないとの返事があった。
咲夜は急いで、外に出ると、がれきの山に向かって声をかけた。

咲「お嬢様、もう大丈夫です。あの3人は立ち去りましたよ」
そう言うとがれきの山が弾け飛び、中からレミリアが出てきた。
咲夜は急いで日傘を差し出す。レミリアは苛立っていたのだろう、
それを受け取らずに、体が焦げるのも厭わず、館の中へ入っていった。

美「・・・随分機嫌が悪いですね」
咲「そうね、100%勝ってた遊びをあんな方法で返されたらね」
レミリアの寝室に呼ばれた二人は小声で話し合っている。

レ「そこ! 聞こえているぞ!」
レミリアが美鈴を指差す。次に気に食わないことを言ったら攻撃されるだろう。
2人は姿勢を正すと、レミリアに向き直った。

レ「なんだって言うんだ? 魔理沙のやつ! 説明しろ!」
いきなり無理難題が降ってきた。2人とも詳しい事情など知る由もない。
しかし、納得できる答えがなかったら、そこで、攻撃されるだろう。

咲「何者かに操られているようでしたが、それ以上はわかりかねます」
美「ああ、操っているとしたら、私が相手をしていた・・・」
そこまでしか言えなかった、レミリアがいつの間にか美鈴の首を絞めあげている。

美「お・・おちついて、落ち着いて・・・ください」
レ「お前、そこまで、わかっていて・・・私に黙っていたのか!!」
咲「落ち着いてください、お嬢様、まず説明を聞きましょう」
美鈴の説明で、相手の名前は少名 針妙丸、魔理沙を操っていたのは
小槌の力であることがわかった。

レ「・・・知っているのはそれだけか?」
美「はい・・」
レ「用済みだな・・。今ここで死ぬがいい!!」
咲夜が美鈴とレミリアの間に入る。

レ「退け、咲夜、命令だぞ」
咲「お嬢様こそお待ちを、美鈴にはまだまだ用がありますわ」
咲夜が言うには、壊れた門の修理、玄関の修復、それにフランドールのおもちゃという役目があるとのことだった。
レミリアは特に最後のは重要だと考えると、引き下がった。

レ「・・・しかし、私のストレスはどこで発散すれば良いのだ?」
―――やはり、八つ当たりだったか・・・
美鈴は気が重くなった。

咲「ここは一つ、その黒幕に一肌脱いでもらいましょう。
  私がその黒幕を連れてきますわ」
レ「いや、咲夜はここにいろ! そこの門番はさっさと玄関と門の修理に行け!」
それでは異変はどうするのだろう? このような場合、レミリアは解決に乗り出すはずであった。

レ「咲夜、お前がいくと、嫌な予感がする。それに・・・」
???「邪魔するよ!」
玄関先で大声が聞こえる。誰だろうこの声は?

レ「来客だ・・」
玄関に迎えに出ると、珍しい来客が2人。
伊吹萃香と星熊 勇儀だった。さっきの声は勇儀に違いない。
レミリアが出迎え、咲夜はお茶の用意に駆り出された。

萃「いや、小槌の魔力をたどっていたら、ここに集中していたもんだからね」
萃香が言うには、先に博麗神社が襲撃されたらしい、すでに霊夢も異変の解決に動いているようだ。
異変はじきに博麗の巫女によって解決されるであろう。咲夜の出番は無いようだった。

咲「それで、鬼の四天王の2人が揃って、どうしたんです?
  異変の解決は巫女に任せれば良いじゃありませんか?」
萃「普通の異変だったらね。今回はどうやら打出の小槌が絡んでいるからね」
伊吹萃香が言うには、もともとの原因となったアイテムは鬼の道具なのだという。
鬼の道具が幻想郷を引っ掻き回しているなら、鬼にも責任の一端があるとのことだ。
そこまで聞いて、ふと、レミリアを見る。・・・口が耳まで裂けている。

レ「そうか・・・、黒幕は・・・原因はお前らなんだな?」
おもちゃを見つけた顔をしている。
鬼なら全力で殴っても死にはしない、ストレス発散にはもってこいだ。
ゆっくり立ち上がろうとするレミリアを咲夜が抑える。

咲「お嬢様、いくらなんでも室内は困りますわ」
レ「わかっている。外ならいいんだろう?」
時間はもうかれこれ、日暮れ時になっている。
外に出ても建物の影が大きい場所なら戦えるだろう。
そのように、レミリアは判断した。
一瞬で、目の前にあったテーブルをひっくり返すと、レミリアは萃香を捕まえて窓ガラスを突き破り、外へ飛び出した。

レ「黒幕め! 覚悟するがいい!」
萃「はあ!? なんでそうなる!?」
しばらく、口論が続いたかと思ったら、いきなり閃光が舞った。
レミリアはもう、我慢ができないらしい。魔力の波動だけでも特大スペルをぶちかましているのが分かる。
室内には勇儀と咲夜が取り残された。

勇「一体どうした?」
咲「昼間、魔理沙の襲撃があって、その・・・色々と」
勇「・・・それで、ストレスを抱え込んでいたのか?
  全く、鬼を相手にするなら、かかってこいの一言でいいのに・・・」
咲「そんなので暴れられたらたまったものではありませんわ」
勇「まあ、いいじゃないか、それより、私の相手はあんたがしてくれるのかい?」
咲「ご冗談を・・・私はこれから、この部屋の掃除と、窓の修理と、外の二人の後片付けをしなくてはいけませんわ」
勇「ああ、そりゃ大変だ。でもそしたら私はどうしようかね、萃香を待つのもいいが・・・
  珍しく、長くなりそうだ」
咲「他の心当たりを探してみたらいかがです? 博麗の巫女も動いているなら、先を越されますよ」
勇「そうだな・・・
  おぉ~い、萃香ぁ~、私は先に行くから、後で追いついてこいよ~」
爆音に紛れて、わかったとの返事を聞いた勇儀は、邪魔したねと一言告げると紅魔館から出て行った。

・・・

魔理沙の様子がおかしい、小槌によって、怪我だけは直したのだが、一向に起きる気配がない。
それどころか、額にあぶら汗を浮かべ、顔はうなされっぱなしだ。
針妙丸は焦っていた。医者に見せないとまずい。しかし、肝心の医者の居所がさっぱりわからなかった。
永遠亭というところに、名医がいるのは聞いていたが、そこにたどり着けないのだ。
迷いの竹林の中をもうかれこれ、3時間はさまよっている。日も暮れてきた。
焦りばかりが募る。正邪は2時間ほど前にはぐれてしまった。
道を探すと言っていたが、とっくの昔に迷っているのであろう。

影「ようやく服も着替えられてさっぱりしたよ」
赤「早くしろよ、服を乾かしたとは言え、風邪をひきそうだ」
わ「なんで、医者に行くのに3時間以上もかかるのかしら?」
あの三人組である。それに医者といったか? 3人組はこちらには気づいていない様子だった。

影「わかさぎ姫は心配しすぎだよ。かすり傷だったでしょ?」
わ「それでも、頭とか打ってたら後で大変なことになるんだから!」
一向にわかさぎ姫は影狼の主張を聞こうとしない。
しかし、当のわかさぎ姫は影狼の背中におぶさっている。
最初は赤蛮奇が背負っていたのだが、しばらくするとへばってしまったので、
影狼が自分が問題ないことをアピールする意味でも交代していたのである。

わ「・・・大丈夫?」
影「大丈夫だよ。鼻はいいほうだから、永遠亭にはよく行く人を知っているし
  その匂いをたどっているから、いくらなんでも迷わないよ」
わ「ちがくて、そうじゃなくて、体のことだよ」
その問答は何回繰り返しただろうか、背負うわかさぎ姫をわざと揺すってみる。
わかさぎ姫はその度に焦り、しないでって言ったでしょうと怒る。
見ていて可愛い。真っ赤にしたその顔が、何より怒り慣れていないせいか、
顔が子供のそれである。頬を膨らませて、必死に抗議している。
笑うともっと怒りそうだが吹き出しそうだ。

そうやって、歩いていると、別の匂いが漂ってきた。声も聞こえる。
わかさぎ姫も赤蛮奇も勘づいていないようだ。
余り変な動きをすると、わかさぎ姫に勘ぐられるが、匂いはさっき攻撃してきた魔理沙の匂いだ。
声は後ろの方から聞こえてくる。ついてきているのだ。
歩調を変えずに耳だけピンと立て後ろを警戒する。

同じように人を背負っているとは言え、影狼と針妙丸では体格が違う。
影狼が2歩、歩く間に、針妙丸は3歩、歩かなければならない。
限界だった。ただでさえ歩幅が違うのに針妙丸は自分より重い魔理沙を背負っているのである。
影狼は後ろから聞こえてくる音が、息切れであることを確認すると一気に歩を早めた。

わ「どうしたの?」
影「日が暮れ始めているからね、少し早く行くよ」
赤「おいぃぃ! ほとんど全力疾走だろこれは!」
相手が疲れているなら、引き剥がすチャンスだ。下手にわかさぎ姫を背負ったまま戦闘なんてできない。
それに、永遠亭はすぐそこだ、怪しいやつを一緒に連れて行ったら追い出される可能性すらあった。

針「あっ・・! 待って!」
ーーー今、おいてかないでといったか? 
後ろの悲鳴に一瞬気が取られたが、そのまま影狼は竹林を駆け抜け、一気に永遠亭に駆け込んだ。

赤「ぜぇ、ぜぇ、こ、ここが、えい、えん ていか・・・」
赤蛮奇は息が完全に上がっている。日頃走り慣れていないせいだろう。
影狼はわかさぎ姫を下ろすと、後ろを振り返って、意識を集中した。
追跡されている気配は無い。匂いも声も途切れている。
安心して永遠亭に向き直ると、月兎が銃を構えている。
鈴仙・優曇華院・イナバ だ。

鈴「なんのようです? 見たところ急患ではないようですが?」
銃を構えたまま、用がないなら帰れと言わんばかりだ。

わ「いいえ、急患ですよ。こっちのこの影狼が全身にやけどと、打ち身を負ったのでこちらに伺いました」
鈴「?? 元気そうですが?」
わ「・・・だって、さっきまでは怪我してたんだもん・・・」
影「だから、必要ないって言ったでしょう。私は人狼だから、夜が近くなれば自然と
  治癒力が高まるから、あのぐらいなら、大丈夫なんだよ」
わ「・・・だって、心配だったんだもん」
わかさぎ姫が顔を赤くする。そんな2人をよそに赤蛮奇が前へ出てきた。

赤「悪いが私を見てくれないか、やっぱり、風邪ひいたみたいだ。・・・へっくちっぃ!」
赤蛮奇がくしゃみをする。鈴仙は赤蛮奇の顔を見ると奥へお入りくださいと永遠亭の中へ案内した。

・・・

針妙丸は泣いていた。もう、日がおち、辺りは暗くなっている。
魔理沙はうめき声を上げ、起きる気配が全くない。
自分では、もうどうすることもできなかった。
昼間と違って夜の竹林は妖怪の天下である。こんな状態では妖怪が立て続けに襲って来るだろう。
今も、こちらへ向かって駆けて来る足音が聞こえる。
針妙丸は泣きじゃくりながら、右手に輝針剣を、左手に小槌を取り、魔理沙を背にして立ち上がった。

針「く、くるなら、来い!」
影「・・・やっぱりお前らか」
駆けてきた足音が止まり、竹やぶから影狼が出てくる。
赤蛮奇を永遠亭で寝かしつけたあと、こちらが気になってかけてきたのだった。

影「昼間の一件は覚えているよ。よくも、不意打ちしてくれたねぇ」
針妙丸は油断無く、剣を構えたつもりだったが、疲労と恐怖で剣先が震えている。

針「昼間の一件は、本当に・・申し訳なく思っている」
だが、構えは解かない。影狼がいやらしい笑みを浮かべているからだ。
自分が絶対的に有利であることを示した笑みは強者の、いや捕食者のものだった。
針妙丸は背筋が寒くなったが、逃げ出すことはできない。

影「・・・そっちの魔法使いはどうした?」
影狼が後ろの魔理沙に目をやる。
倒れたままで動かない。あぶら汗を浮かべて、うめき声を上げるだけだ。
大変な状況らしい。・・・しかしそれがどうしたというのだ?
影狼は問答無用で襲いかかってきた相手に手加減をするつもりはなかった。
徹底的に痛めつけて、今日の一件を後悔させてやろうと、もう二度と私たちを
攻撃する気が起きないようにしてやろうとして冷たく笑う。

針「魔理沙は、魔理沙殿は・・・わからない、わからないんだ・・・
  吸血鬼と戦った後、大怪我をしていて・・・、怪我は治したけど、一向に起きないんだ」
構えたまま、涙が溢れている。医者に連れていきたいとか細い声でお願いしている。
反省が、後悔が、焦燥がその姿から見て取れた。

影狼はそこで戦意が失せてしまった。
針妙丸は叩きのめすまでもなく反省しているし、魔理沙は急がないと本当にまずそうだ。
影狼は永遠亭までの行程を考えながら、最後の質問をする。

影「もう二度と、攻撃しないって誓えるか?」
針「誓って、もう二度としない」
影狼は針妙丸に昔の自分を見た気がした。
瞳に強い意志が宿っている。私もこんな風だったのだろうか?
永遠亭への最短距離をようやく思いついた。

影「・・・ついてきな」
針「・・・え?」
影「永遠亭まで案内してやる」
針「・・・かたじけない・・・」
針妙丸が魔理沙をおぶろうとするのを影狼が奪い取り、全速力で駆け出した。

・・・

永遠亭では、魔理沙が横になっている。うめき声もない。心地よさそうに寝息を立てている。
ここに来るまで、大変だった。

魔理沙を見るなり、永琳が治療室に連れ込み、小1時間ほど怒号と喧騒が飛び交った。
特にひどかったのが針妙丸で、事情説明のため、使った道具の説明をしている最中に、
永琳から大馬鹿者と一喝され、涙グズグズで治療室から出てきた。
その後、わかさぎ姫が呼ばれ、治療のため人魚の血を抜かれ、影狼もなぜか点滴を打たれた。
永琳曰く、鬼の力が入っているとのことだが、いつ入ったのだろう? 不思議だった。
こうして、その後、3時間ほどかかって、魔理沙から、小槌の力を抜くことに成功したのである。
明日は普通の日常が待っているだろう、影狼は寝る前にそう思っていた。

・・・

霊「ちょっと・・・どういうこと?」
紫「結界を壊している奴がいるのよ。そいつら、最初は1人ぐらいで出入りしていたから気づかなかったの」
ここは博麗神社である。いつもなら結界を揺らせばすぐ出てくるはずの紫が出てこず、
長時間待たされた挙句、来たのが夜である。
聞けば、結界を穴だらけにしている連中がいるらしい。

紫「そいつら、昼も夜も関係ないのよね。おかげでこっちは睡眠不足で・・」
紫が大あくびをする。普段 活動的になるはずの夜で、この有様では、先が思いやられる。
魔理沙の異常と何か関係がある。巫女の直感でそこまでわかったが、なんだか関係性は薄そうである。

霊「結界の修理は手が出せないわ。それはそっちでどうにかしてちょうだい」
霊夢がそう言って、話を区切ろうとすると、紫が妖怪の顔をして、こんな忙しい時に呼び出しておいて
それはないんじゃない? と、威圧してきた。霊夢は珍しいと思いながらも、結界はあなたの管轄でしょと言い返す。

紫「あら、博麗の巫女の仕事をしてくれれば良いのよ?」
霊「どんなこと?」
霊夢はもう予想がついていたが、それでも聞いた。

紫「あれの退治」
紫が指差す方向では魔力の渦ができかけている。まだ小さいが、これから大きくなるのは明白だった。

霊「手伝いなさいよ」
紫「犯人退治は巫女の仕事~♪」
そう言って、さっきの仕返しとばかりにいなくなる。
仕事だけ振って、さっさといなくなりやがった。
霊夢はそう思ったが、見つけてしまった以上、やらなければならない。
さっさと片付けるために、大きくなる魔力の渦に向かって飛ぶ。
―――ああ、この方向は、迷いの竹林だ。

・・・

星熊勇儀は人里を歩いていた。
紅魔館を出たときはすぐに見つかるとタカをくくっていたが、いざ探すとなると、幻想郷の心当たりなどあるはずもない。
ここは旧都とは違うのである。
人に道を聞こうにも、角を見ただけで、隠れるように逃げられてしまい、情報すら集まらない。
どうしたもんかと茶店に行けば、店を閉められてしまった。

勇「はぁ、どうしたもんかね・・・」
後ろから、近づいて来る気配がある。
萃香じゃないなと思いながら振り返ると上白沢 慧音が立っていた。

慧「どうされた? 鬼殿?」
ようやく話のできそうな者が出てきたことに安堵し、勇儀は事情を説明しようとする。

慧「おっと、待ってもらえないか、ここでは里の者が怯えてしまうのでね」
慧音の案内で慧音の家に行く。事情を説明するとそれなら永遠亭だろうとの回答を得た。
魔理沙は吸血鬼との戦いで、大怪我を負っているはずだし、あそこは非戦闘区域だからと説明された。
魔理沙の家は? と尋ねたが、あの家は3人が休憩できるスペースなどないと笑って返された。

勇儀は礼を言って立ち去ろうとすると、慧音に呼び止められた。
永遠亭は迷いの竹林の中にあるのだという。明日には案内できるものも来るはずだから、
しばらく、ゆっくりしてはどうかと提案された。
自分には萃香のような力はない、道には迷うだけ迷うだろう、そう考え慧音の提案に従った。

夜、珍しく酒も飲まずに月を眺めていた。心地よい風に目を瞑れば・・・
・・・遠くから爆発音が聞こえる。
・・・あいつらまだやってんのか? 呆れた持久力である。萃香はともかく、レミリアはこんなにも戦えたのか?
ちょっと惜しいことをしたなと思いながらまた月を見る。
―――?
雲がうずまき始めている。慧音に教わった迷いの竹林の方角だ。
迷いの竹林では手が出せないと思っていたが、あれほどの目印があれば迷うことはない。
勇儀は慧音にお礼の言葉を述べると、今夜は絶対に竹林に近づかないようにと言い残して駆けていった。

・・・

霧雨魔理沙は目を覚ました。夜中である。
あれ? 私の家はこんなに広かったっけ? そう思いながら、もう一度辺りを見渡す。
どいつもこいつも寝息を立てている。いつもと違う天井は永遠亭のものだ。
なんでこんなところにいるのかさっぱりわからない。体の変調はないが、記憶もない。
頭に疑問符が浮かぶが、ここが永遠亭で、全員寝ているなら、やることはひとつしかない、探険だ。
魔理沙は起き出すと自分の箒と八卦炉を探しに病室を出た。

・・・

診察室だ。鍵はかかっていない。魔理沙は音を立てずに侵入すると、すぐに目当てのモノを見つけた。
箒には異常はない、しかし、八卦炉には厳重に封印が施されていた。見れば八意の印が押されている。

魔「なんだってんだよ、も~」
魔理沙は小声で悪態をつきながら封印を解きにかかる。・・・ダメだ解けない。
八意印の封印は恐ろしく強固だった。
後で永琳に解かせると心に決めて、他の部屋を探索しようと振り返ると、影狼と針妙丸が立っていた。

影「おはよう? それとも、こんばんは? 起きていきなり、探索だなんて中々の神経してるじゃない」
針「無事だったか、無事であってくれたか。・・・ありがとう。
  元に戻ってくれなかったら、どうしようかと・・・私は・・・」
針妙丸の後半は言葉になっていない。いきなり泣き出した。
悪かったとか、すまなかったとか、ごめんなさいと聞こえたような気がするが、魔理沙にはさっぱりだ。

影「本当に覚えていないんだね? 昼間のこと」
魔「なんのこと?」
影狼は自分たちが襲撃されたことと、治療中に永琳から説明されたことを、魔理沙に説明した。

魔「鬼の魔力で、私が操られていた?」
影「ええ、そう。そのままじゃあまりに心の負荷がでかいんで、永琳が記憶飛ばしを使ったんだよ
  それに、あのままだと、あなた鬼の力を入れすぎて、鬼になる寸前だったって」

魔「ええっ~、マジかよ? 全然覚えていないぜ」
針「本当にすまなかった。こんなことになるなんて知らなかったんだ・・・」
影「永琳、滅茶苦茶に切れてたよ。月兎が逃げ出すぐらい。そして、
  それが原因でこいつは小槌を取り上げられたんだ」
影狼が針妙丸を指差す。針妙丸はただひたすらに頭を下げていた。
魔理沙が笑う。昼間の様な笑い方とは違う、屈託の無い笑顔だ。

魔「永琳が切れたって? ひひっ 見てみたいな」
影「すごい剣幕だった。見てるこっちの胃がよじれるほどだ」
それで、もうひとしきり笑った。

魔「あ~なんだか、いろいろ世話になったみたいだな。
  ・・・でも、まだもっとやらかすから、これからもよろしく」
影狼は笑いをかみ殺すのに失敗した。全くこの性格じゃ まだまだやるだろうな。
呆れた、死にかけたくせに全く懲りていない。
だが、これが霧雨 魔理沙なのだろう。諦めるしかないようだ。

針「許してくれるか? あんなことになったのに・・・本当に?」
魔「許す許さないの前に、覚えてねぇ。ま~あれだ、私にも油断があったんだろ。
  次はこうはいかないし、お前もしないだろ? それでいいじゃないか。
  それでも、謝りたいなら、過大な要求を飲ませるぜ?」
針「かたじけない、かたじけない・・・」
そう言って、針妙丸はまた泣き出した。
魔理沙は針妙丸をなだめつつも、質問する。

魔「そういえば、お前ら寝てたんだろ? どうして気づいたんだ?」
影「そっちこそ気づいてなかったのか? 針妙丸はお前の上で寝ていたんだよ」
魔「うげっ、全然気が付かなかった。この大きさじゃわからんな」
影「私の方は、耳がいいんだ。ほら、わかるだろ?」
そう言って影狼は自分の耳を指差す。

魔「狼女か・・・そうだったな」
魔理沙は先日の夜を思い出した。窓から外を覗き、回想しようとする。そう、今日みたいに月がきれいな・・・
―――???
おかしい。月が見えない。曇っている。ここはさっきまで月光が照らしていたはずだ。
いや、そうじゃない、夜で、月が隠れるほどの雲なのに明るいのである。
魔理沙は慌てて外を見た。怪しい雲は永遠亭を中心に渦巻いている。

・・・

正邪は焦っていた。
針妙丸とはぐれて以降、竹林をさまよっていたのだが、一向に埒があかない。
もう知るかと一眠りしていたところ、鬼の気配を感じて飛び起きたのだ。
鬼がこちらに近づいてくる。
まさか、バレたか? と思ったが、身を隠していると、鬼の気配は近くまで来たものの通り過ぎていった。
・・・なんだって言うんだ?
ふと上を見る。大きな魔力の渦が向こうの方を中心に渦巻いている。
・・・小槌か!? 
正邪は急いで駆け出した。

・・・

永遠亭の外では魔理沙と影狼、針妙丸が上を見上げていた。
小槌が宙に浮いている。渦は少しづつ小槌に吸われているようだ。
小槌の下では、何やら訝しげな台が設置されており、台には八意の印が付いている。
これだけの現象で音がないのは永琳がなにか仕組んだせいだろう。
おとなしく寝ていたら、知らぬ間にすべてが終わっていたところだ。

魔「なんだこりゃ? 針妙丸、お前持ち主だろ? 知ってるか?」
針「いいや、知らぬ。小槌を使ってこのような現象はおこした覚えがない」
影「なんだか、嫌な感じだね、なにか吸い寄せられるような感じだ」
魔「そうか? そんな感じしないが・・・」
そう言って魔理沙が小槌に近づき手を伸ばす。
影狼が えっ? 触るの? という顔をしている。
もう少しで、小槌に触れようとしたとき突如として警報がなった。
魔理沙は癖で小槌を掴むと素早く懐に隠した。
下で、影狼と針妙丸が叫んでいる。早く元に戻せと。
永遠亭の全ての兎が飛び出してきた。しかし、一向にこちらに来る気配はない。
玄関の方に集まっているようである。
魔理沙は玄関に立っている人影を確認すると。2人のところに降りてきた。

針「魔理沙殿、早く小槌を元に戻すのだ!」
影「魔理沙、この警報はまずいよ」
魔「いやいや、連中玄関に集まっているぜ? 人影を見たが、ありゃ鬼だな」

・・・

永「珍しい方がこられたと思えば、肝臓でも壊されましたか?」
勇「はっはっはっは、面白い冗談だ! 鬼の肝臓は酒じゃ壊れんよ」
永「それでは、飲み友でも倒れましたか?」
勇「いやそれでもない。さっきここで打出の小槌の魔力を感じたのでね。
  使用者もいるだろう? そいつに会わせてもらいたい」
永「なるほど、打出の小槌は元を正せば鬼の道具・・・いいでしょう、案内するわ。
  ・・・あなたたち下がりなさい」
そう言って兎たちを下がらせる。
鬼が永遠亭に来る理由など喧嘩以外にありえない。それで先ほどの警報がなったのだ。

勇「ありがたいね。ああ、それと、魔理沙はいるかい? 侘びの一つも入れたいんだけど」
永「一緒に寝ていますよ」
永琳が案内し、勇儀が悠々と歩いていく。
慌てて、鈴仙がかけてくる。小声で永琳に耳打ちすると永琳の顔色が変わった。

勇「どうした?」
永「・・・患者、魔理沙と小槌の使用者、針妙丸がいないのよ」
そこまで言うと永琳は慌てて、外に出て上を見上げた。
無い! ゆっくり回収するはずだった魔力の渦と空に浮かべた小槌が無い!
即座に鈴仙に館内の巡回と警護を命じて、自らは魔理沙と小槌の捜索に出る。
いつもなら、鈴仙に任せるのだが、今回ばかりは鬼がいるのだ。
手抜きなどと思われて暴れる口実を与えるのはよくない。
永琳は鬼を連れて永遠亭を出た。

・・・

正邪は永遠亭の一歩手前で、渦の中心を見ていた。鬼は永遠亭の中に入っていく。
家の者と話をつけるのだろう。その前になんとかあの渦にたどり着かないといけない。

考えあぐねているうちに、渦が消えた。
目を凝らしてよく見ると
小槌を持った人影が見えた。魔理沙だ。
魔理沙はもうひとりの人影と言い争っている。
どうやら、小槌を戻す戻さないで口論になっているようだ。
魔理沙は話すだけ無駄と判断したらしい、いきなり箒に跨り飛び上がった。
正邪は先回りした。

・・・

永「この方角よ」
永琳の指し示す方角は人里とも、永遠亭とも違う方向だった。
それを勇儀はわかったの一言で片付け直進を始める。
本当に一直線だ、目の前に何があろうとも、ただ単に蹴散らして進む。
永琳はその姿に半ば呆れながら続いた。

・・・

先回りが功を奏した。
正邪が魔理沙の前に飛び出す。

正「ようやく見つけたぞ!」
しかし、その行為は魔理沙にとって、もはや障害でしかない。
全速力で跳ね飛ばした。さすがに急所は外しているが、正邪はその一撃でうめき声を上げている。

魔「捕まえようったってそうはいかないぜ? じゃあな!」
そのまま、魔理沙は飛び去った。一呼吸おいて影狼とその肩に乗った針妙丸が飛び出す。

影「止まれよ! 魔理沙!」
針妙丸は正邪の姿を認識すると、影狼から飛び降りた。

針「すまぬ影狼! 先に行ってくれ!」
影狼はそのまま頷くと、針妙丸を置いて魔理沙を追いかけていった。
正邪の前には針妙丸が立っている。
影狼は針妙丸という枷が無くなったので、さらに速度を上げて追撃を始めた。

正「くそっ! 魔理沙の奴! 俺様をはねとばすとはいい度胸だな!」
針「いや、正邪よ仕方ないのだ。魔理沙殿は小槌の力を抜かれ、記憶を消されたのだから」
正「記憶を消された? 力を抜かれた? なんで?」
針「小槌の力を使いすぎたのが原因らしい。それに、今は小槌は使えぬ」
正「なっ、何? なぜ? 困るぞ」
針「魔理沙殿が今かかえて逃走中だ」
正「なんだよ、それじゃ お前だけいても意味ないじゃんか」
針「そうだな、だが、じきに影狼が追いついて、小槌を取り戻してくれるだろう」
針妙丸はもう、小槌の力は使う気はない。
力を借りるのではなく、自らの信念と意志で今の幻想郷を変えてみせるとそう考えていた。
正邪もそれを理解してくれると信じている。

正「チッ、待つしかないのか」
針妙丸がその言葉に答える前に目の前にとんでもないものが現れた。
轟音と共に、文字通り竹やぶを引き裂いて、星熊 勇儀が姿を見せたのである。

・・・

影「待てよ!」
待つものか! 魔理沙は必死に逃走を重ねていた。
鬼の道具、どうしても自分の手で調べてみたかったのだ。
しかし、竹やぶの中は不利だ。竹に阻まれて、最高速度を出すことができない。
影狼は竹を蹴り、しなりを利用して追いすがってくる。

魔「クソっ!」
箒の端を掴まれた。急制動がかかり、姿勢が崩れる。その勢いで腕を掴まれた。
すごい力だ。

魔「い、痛え! 馬鹿っ! もっと手加減しろ!」
影「あなたが逃げたりするからでしょう? それに加減したら、振りほどいて逃げる気でしょ?」
影狼は先程より力を入れて、腕を掴む。早く、小槌を出しなさいと言うと、
魔理沙はおとなしく小槌を差し出した。

魔「ちぇ~、病み上がりじゃなかったら、逃げ切れたんだけどな」
影狼は小槌を掴むとようやく魔理沙を手放した。魔理沙は痣になったらどうしてくれるんだと言っている。
永琳に頼んだら? と言うと魔理沙は押し黙った。
影狼は懐に小槌をしまうと呆れながら聞いた。

影「全く、あなたはいつもそうなのかしら?」
魔理沙が口を開きかけたとき、体に振動が走った。なんだこの揺れは? 狼の直感が警告を発している。
早く逃げないと危険だ! だが、体が反応する前にありえない現象が迫ってきた。
竹が大きくうねっている。・・・違う! 地面がうねっている。まるで、嵐の時の湖面のようだ。
地面が波となって、大きく弾ける。そのまま影狼は空中に投げ出された。

・・・

影狼たちが揺れに襲われる数分前・・、
勇儀と正邪が向き合っていた。永琳も来ているが、鬼に一歩譲り後ろに立っている。

勇「お前が小槌をつかった騒動の黒幕か? 正邪よ?」
正邪は焦った。計画では、魔理沙のような仲間をもっと集めて、それから鬼と戦う予定だった。
自分を地上に置いていったあの鬼たちと・・・。
正邪にとって、これは計算外もいいとこだった。魔理沙どころか針妙丸すら役に立たない。
自分一人で立ち向かわなければならない。

針「違う、正邪ではない。私が今回の事件の黒幕だ」
針妙丸が正邪の前に出た。小人が視界に入っていなかった勇儀が驚いている。

勇「小人が黒幕だったか・・・小槌はどうした?」
堂々としている針妙丸が勇儀の眼には意外に映る。村人ですら逃げたのに・・・

針「今、魔理沙殿が抱えて逃走中だ、だがすぐ、影狼が取り返してくれるだろう」
勇「取り返した後はどうするつもりだい?」
針「どうとは?」
勇「つまり、魔理沙にまた使う気かい?」
勇儀の言葉は優しかったが、回答次第では命がない。

針「いや、それはない。もう二度と使わぬつもりだ。さすがに懲りたよ」
正邪が目を剥いた、勇儀は笑って「そうか」といった。
針妙丸が続けていう。

針「まさか、あれほどのリスクがあるとは知らなかった」
勇「・・・!!! 何? リスクを知らなかった? 予想できなかったのではなくか?」
針「? ああ、小槌の危険性に関しては知らなかった」
正(まずい!!)
勇「正邪、お前、知っていたはずだな?」
針「そうか? 正邪には小槌の使い方を教わったが・・・危険性に関しては・・・」
針妙丸は知らないようだったが言葉を続けようとして、気づいた。勇儀の気配が変わっている。
正邪を見る目が明らかに怒っている。

勇「正邪説明しろ!」
怒号だ。一喝で草が薙ぐ。針妙丸は耳を塞ぐこともできず。音でぶちのめされて倒れる。
正邪の頭の中では焦りがピークに達していた。騙していたなんてバレたら・・・
.
正「ひ、必要ないと思ったんだ。リスクがあるなんてこと。それに、人間に使ったんだ。
  リスクを負うのは人間だし、死んだところで大したことじゃないだろ?」
必死に取り繕った言葉が勇儀の逆鱗に触れる。
―――死んでも大したことじゃないだと・・・!?
切れた。勇儀が。魔理沙は彼女のお気に入りの人間だった。今日、勇儀を見て逃げた村人ならともかく、
魔理沙は、勇儀が鬼との信頼関係をもう一度作れると期待していた稀有な人間だった。

勇「正邪、てめぇは!!」
あとはもう言葉にならない・・・勇儀が一声吠えると大地が揺れた。
永琳が慌てて針妙丸を抱えると、勇儀から離れる。
正邪は身を翻して逃げようとしたが、それを許す勇儀ではない。
たった1歩踏み込むだけで、地面が波打つ、2歩目で稲妻が走るがごとく、大地がひび割れていく
最後の力をためた3歩目で、地盤がめくり上がって吹き飛んでいく。

四天王奥義―――三歩必殺―――

広範囲をまとめて吹き飛ばす鬼の超必殺技である。正邪はただ、力の流れに飲まれ、嬲られ、そして、虚しく地面に転がった。

・・・

魔「間一髪だったな」
迫り来る地面の波をひたすら飛び上がることで避けた。魔理沙の箒の端には影狼が捕まっている。
先ほどの衝撃で竹林の7割が壊滅した。
普段なら見えないはずの永遠亭が肉眼で確認できる。流石に八意印の結界が張り巡らされているだけのことはある・・・無事だ。
そして、夜遅くなのに人里の方で無数の明かりが見える。きっと、さっきの振動で慌てて飛び起きたのだろう。

霊「ちょっと何があったのよ」
魔理沙は驚いた。霊夢だ。博麗の巫女が飛んでくるには早すぎる。

魔「私にもさっぱりだぜ? それにしてもくるの早すぎじゃないか?」
霊「紫に魔力渦の調査を頼まれたのよ。でも魔力渦は消えちゃったし、
  ウロウロしてたらいきなりこれでしょ? どういうこと?」
魔「だからわからないって、ま~ でも、やったやつに聞けばいいじゃないか?
  ちょうど爆心点にいるぜ?」
霊夢は爆心点に立つ人影を見る。金髪に一本角が見えた。勇儀だ。

霊「はぁ~、あいつか、面倒臭いわね」
影「ちょっと、置いてきぼりで全然話が見えないんだけど?」
魔「話を見るより、姿を見たほうが早いぜ?」
魔理沙はそう言うと爆心点に向かって飛び始めた。

・・・

爆心点では勇儀が立っている。周りのことなど見えていない様子だ。
勇儀はただ地面に転がっている正邪に向かって拳を固めて近づいていく。

永「やめなさい!」
永琳だ。右手には針妙丸を抱えている。

勇「・・・なんだよ? お前、私を止める気か?」
永「ええ、そうよ、これ以上暴れられたら、永遠亭が保たない。あそこには、姫と病人がいるのよ」
勇「・・・ああ、そうか、ここは地上だった。カッとなって忘れていたよ。悪かったな」
勇儀の顔に理性が戻る。しかし、拳は解けなかった。

勇「あと、一発だけだ。そんなに揺らさない、だから見逃してくれないか?」
そう言って、正邪に近づこうとする。

永「勇儀さん、こういってはなんだけど、やめてほしいと言ったら?」
勇「別に構わない、ただ言うだけなら。しかし、本当に止めたいんなら、実力行使で頼む」
勇儀は真顔だ。永琳はここで、勇儀と全力でやり合うつもりはない。
全力で遅れをとるとも思わないが周りの被害が甚大だ。
この距離で暴れられたら確実に永遠亭に被害が出る。姫を危険に晒すわけにはいかなかった。
永琳はため息をついた。
勇儀はそれを了承と取ると正邪に向かって歩いていく。
正邪が顔を上げた。

勇「まだ意識があったか、流石に鬼の端くれだけのことはあるな」
正「ゆ、ゆうぎ・・・」
勇「今、楽にしてやるよ。1発であの世に送ってやる」
そう言って、拳を振り上げる。まるで夜空の星を集めたかのような煌きが拳を包む。

正「ち、ちくしょう。あと少し、あとちょっとだったのに・・・」
正邪は泣きながらなにかしゃべっている。

勇「なんだい? 今際のきわの戯言だ。聞いてやるよ」
正「・・・お前ら、私を地上に置いていったお前らに・・・、ただ力がないだけで俺を見捨てたお前らに!
  俺の力を見せつけられたのに! 
  そうだ! 幻想郷中の強者を弱者に貶め、全てをひっくり返す俺の能力をお前らに見せつけ、
  お前らが私を見捨てたことを、ただ嘲り、笑ってやりたかった!
 見捨てたことが間違いだったことを示したかった。
  力があることを、認めて欲しかった・・・。

  ・・・仲間だって・・・ちくしょう」

正邪から大粒の涙がこぼれる。きっとこれが正邪の本心だったのだろう。

勇「・・・そうか。そういうことか・・・。
  ・・・だがな、お前のしたことは到底許されることじゃない。
  お前は事実を隠蔽し、お前の都合の良いように針妙丸の判断を誤らた。これはね・・・騙したと同じことなんだよ」

正「・・・力が欲しかった。俺はただ幻想郷中をひっくり返せる力が欲しかったんだ!
  そのために、知略の限りを尽くしたんだ! 何が悪いんだ!!! 
  嘘を!!! 虚言を!!! 幻を!!!
  夢を!!
  理想を・・・、
  ・・・見捨てられた今を・・・、
  現実にひっくり返す力が欲しかった・・・。
  俺だって、・・・俺だって魔理沙の犠牲が欲しかったわけじゃない」
正邪は大泣きしている。

勇「・・・たとえ犠牲になったのが、なにものであっても関係ないよ。ただ、お前が鬼だったことが問題なんだ。
  教わっただろ? 嘘はつかない、ついてはいけない。ってな、鬼の掟だよ。ただ、力の限り生きる。真っ直ぐにだ。
  曲がらず、曲げず、真っ向勝負、それができないなら、鬼を名乗るな」
正「ゆうぎ、俺は・・・」
勇「言うな、お前は望み通り、鬼として、鬼の仲間として、私の手で送ってやろう」
勇儀の拳の光が一際大きく輝く。
しかし、それを遮るように魔理沙と霊夢が飛んできた。

魔「よっ、勇儀。何やってんだ?」
霊「全く・・・まだ何かやらかす気?」
勇儀は頭をかいている。今、いいところだった。なんで邪魔がはいるんだ?

勇「あとで説明するから、そこをどいてくれないか?」
霊「後でって、異変を起こされてからじゃ面倒なのよ。私は今、説明を聞きたいの」
勇儀は説明を渋った。正邪のことは鬼の恥、あまり おおごと にしたくなかった。
それを避けてどう説明したらいいのかわからない。
散々頭を悩ませた挙句、鬼同士のことだから、関わらないでほしい とだけいった。
霊夢は呆れた。鬼同士のいざこざ、たったそれだけのことで竹林が7割も荒地になったのか。
それに勇儀は力を振るう気満々である。こんな奴らは早々に追い出さないといけない。
霊夢はそう結論づけ、戦闘態勢にはいる。

霊「大人しく帰ればよし、帰らないなら即刻鬼退治よ」
勇儀は霊夢の行動に半ば呆れ、苦笑いしながら、頭をかいている。

霊「どのみち、ここで鬼を見過ごしたら、あとで村人にどやされるわ。博麗の巫女の宿命みたいなもんよ」
さあ、どうするの? と霊夢が問いかける。勇儀はどうしたものか思案している。
魔理沙が割って入ってきた。

魔「霊夢、ちょっと勇儀と話させてくれ。
  勇儀、何かは知らないが。
  ここはまずいよ、この辺は人里近く、非戦闘区域だ。下手をすると紫や山の神が出てくるぞ」
勇「あ~、それはまずいな。おおごとにはしたくない」
魔「だろ? だからさ旧都だ。旧都なら、誰も何も文句は言わないぞ」
ここでようやく勇儀は思い当たった。ここまで邪魔が入るなら、魔理沙の言うとおり旧都でやったほうが確実だ。
それに最後に正邪に旧都を見せてやるのも一興かと思った。

勇「・・・そうだな、旧都に行こう。そこで続きにしよう」
勇儀は、もう一度、通してくれといった。今度は、拳に集めた力は霧散している。
暴れる気がないなら、そうまでして相手をする必要はない。霊夢は黙って道を空けた。
正邪は抵抗していない。もう、正邪の目的はある意味で達していた。抵抗する意味がないのだ。
勇儀は正邪を担ぎ上げると、永琳の方へ向き直った。

勇「暴れて悪かったね、永遠亭は大丈夫かい? あとで侘びの品でも持っていくよ」
永「いえ、結構。それより、もう二度と地上で暴れないで頂けるかしら?」
勇「・・・あー、う~ん、悪い、それは無理だ。出来うる限りの加減はする。あとで菓子折り持って行くから許しておくれ。
  ・・・それから、魔理沙、今回は正邪が迷惑をかけたね。何か望みはあるかい?
  できることならなんでもしようじゃないか」
魔「迷惑?・・・、勇儀、悪いがそれこそ何にも覚えていない。別にいいよ、いつものことだろ?」
勇儀は笑って。じゃあ借りにしておこうか、といい、魔理沙はそれより、旧都でなにをやるのかと勇儀に聞いてきた。
勇儀は珍しく、答えをはぐらかす。すると、魔理沙は好奇心をくすぐられたのかついていく気満々である。
勇儀は面白いものではないよと言いながら、正邪を抱えて旧都へ繋がる道がある間欠泉の方に歩き出した。

影「なんか私ずっと聞き役だったんだけど」
永「そのほうが幸せよ、巻き込まれたら大怪我するわ。それより、針妙丸を起こしましょう」
永琳が気絶している針妙丸を揺さぶり起こす。針妙丸は寝ぼけながら、正邪は? と聞いてきたが、
永琳が、鬼と一緒に地底に行ったことを告げた。
魔理沙は勇儀のあとをつけて行ったらしい。姿が消えている。

霊「そうだ、永琳、魔力の渦が出ていたんだけど知ってる?
  私、もともとそれの調査に来ていたんだけど?」
霊夢はもはや、影狼にも針妙丸にも興味はないらしい。

永「ああ、それなら、打出の小槌が原因よ。今まで、大量に魔力を放出していたから回収させていたのよ」
永琳が針妙丸の体の調子を見ながら答えた。

霊「あんたが原因か」
霊夢が構えを取ろうとする。

永「待って、今、小槌は魔理沙が持っているはずだし、小槌が魔力を全部回収できたわけではないから、どうせまた起きるわよ」
霊夢はため息をつくと、無駄足だったとつぶやき、もうここには用はないと博麗神社に向かって飛び去った。

影「随分あっさりしているな。なんなんだ あいつは?」
永「博麗の巫女よ」
影「へぇ、あれがねぇ?」
永琳は針妙丸の診察を終えたようだ。

永「私は永遠亭にもどるわ、さっきの衝撃で中はぐちゃぐちゃになっているはずだから。
  それより、あなたどうするの?
  あなたは竹林住まいのはずだけど、さっきので、家がなくなったんじゃない?」
影狼は考えて、慌てて家の、住んでいた小屋のある方角を見る。なにもない、ただただ竹の残骸が散乱しているだけだ。
鬼の攻撃の巻き添えを自宅がくっていた事実に驚愕する。

影「どうしよう? 宿無しだ」
永「家を建てるまで、永遠亭に来る? 使える雑用係を何人か雇いたかったのよ。今、中が大変だから」
影狼は一も二もなく永琳の言葉に従った。

・・・

旧都である。
勇儀は魔理沙とともに歩いていた。
正邪はまだ担いでいる。初めて見る旧都を見逃すまいと必死に目を動かしていた。

魔「な~勇儀、一体どこで何するつもりだ?」
勇「あ~だから、面白くないって、言っているだろう」
魔「そうに言われると逆に、見たくなるんだよな」
勇(う~ん、どうやって追い返そうかね?)
いろいろ考えてみるが、口下手な自分では、魔理沙にすぐ見破られるのは明白だった。
かと言って黙っていれば、魔理沙はどこまでもついてくる。
どうしたものかと思案しているうちに自宅前まで来てしまった。
仕方ない、全部話すか。勇儀は、自宅に魔理沙を招き入れるとこれからやることを説明した。

魔「おい、待て、勇儀。本当に殺すのか?」
勇「ああ、そうだよ。これは鬼の掟だ。口出しはさせない。だれにもだ」
魔理沙は体を震わせている。好奇心で付いてきたことを後悔しているようだった。
魔理沙の目が勇儀を射抜く。目が怒っている。させないぜ、と魔理沙が言ってきた。

勇「お前はそういうと思った。だがな、これは譲れないんだよ」
魔「勇儀、鬼の掟がお前にとって重いのはわかるが、殺すなよ。嫌だぜ、そんなの。
  お前に手を汚して欲しくないし、私が関わった人に死んで欲しくもない。冗談じゃないぞ!」
勇「魔理沙、私は、手が汚れた程度で変わらないよ? それに、正邪も納得している」
正「・・・俺は納得なんてしてない! ・・・ただ諦めただけだ」
魔「私が! 納得してない!! それに、勇儀、私がお前と同じように接する自信がない。
  いや、できないよ! おまけに、正邪、何おとなしくしてるんだ! 逃げろよ、馬鹿かお前!」
勇儀は苦笑した。ああ、全くこの人間は真っ直ぐすぎる。自分の思っている感情をそのまま表現する。
魔理沙のそういうところが可愛らしく、そしてどうしても埋めようのない溝があることを感じる。
きっと、鬼と人の違いはこんなところなのだろう。

勇「わかっても、わかってもらえなくても もう決まったことだ。魔理沙、お前が悔やむことは何もない。
  地上へお帰り」
魔理沙は勇儀の胸ぐらをつかんだ。

魔「お前は、お前らは! 何涼しい顔してんだ! 命のやりとりをしようって時に談笑なんかしてるんじゃない!」
勇「まあ、納得はできないだろうね。仕方のないことだ。
  ・・・さて、魔理沙、そろそろ帰ってくれないか? 流石にみせたくはない」
魔「だからやめろって言っているんだ!!」
勇「魔理沙、お前がいても、いなくても私はやるよ? 心にトラウマを作りたくなかったら、すぐに帰りな」
魔「お前は・・・!」
思わず、魔理沙が手を出す。勇儀の顔に魔理沙の拳が入る。しかし、痛手を負ったのは魔理沙の方だ。
手が赤くなっている。

勇「大丈夫か? 魔理沙?」
ムカつく、勇儀のこういうところが、私は気遣うくせに、その優しさを正邪には分けてやらないのか。

魔「勇儀、なんでその優しさを正邪に分けてやらないんだ。同情の余地はあっただろう!
  もともと、お前が正邪を地底に連れて行っていれば・・・」
勇儀が笑って、魔理沙の口を抑える。言わせない気だ。

勇「それはいいっこなしだ。私たちは私たちの理由で正邪を置いていったのだから」
魔「とにかく、殺すのだけはやめろ。他にいろいろあるだろ、封印とか、監禁とか、無期限延期とか」
勇「鬼のルールだよ。変えられない」
正「魔理沙もういいよ。私は私の全力で、手を尽くしたが、結局鬼には、鬼の頂点には届かなかった。
  鬼の道理をひっくり返すことはできなかった。鬼には勝てないんだよ」
・・・鬼には、勝てない? ひっくり返す? ・・・ちょっと待て・・・
魔理沙は考え始めた。そうだ、ここは旧都だ。力が全て、勇儀だって、ここでは力ずくで・・・

魔「そうかっ!!」
勇「どうした、いきなり大声出して?」
魔「勇儀、私とサシで勝負しろ!」
勇「はあ? なんで?」
魔「ここは旧都だろ? つまり、気に食わないことがあったら、力づくでいいんだ。違うか?」
勇「まあ、そうだが・・・、なんでまた?」
魔「私は、正邪を殺すのが許せない、だからだ。それじゃ悪いか」
勇「・・・まあ旧都じゃ、それでいいんだが、・・・魔理沙、本当にいいのか?
  地上とはルールが違うぞ?」
勇儀は念押しした。おそらく、魔理沙はルールの違いを理解していない。それも本質的なところだ。
スペルカードルールと旧都のルールは根本から異なる。表面だけ見て、勝てばいいと思っているのならかなりまずい。
・・・間欠泉の異変は仕方ない、勇儀から突っかかって行った。
だから、魔理沙の、地上のルールに合わせてスペルカードルールで戦った。
今は違う。魔理沙の方が突っかかって来た。しかも、旧都のルールだ。
問題は「勝ち」ではない「負け」の方だった。どうやったら、相手が負けを認めるかが問題だ。しかも、相手が勇儀である。
勇儀の場合、旧都のルール上、負けというのは戦闘不能を意味していた。
魔理沙は知らず知らずのうちにそんな危険な勝負に身を投じようとしている。

勇「・・・魔理沙、ルールのことだが」
魔「必要ない、力づくで勝てばいいんだろう?」
勇「そうじゃない。聞け! 勝ちの条件だが、つまり、私が負けを認める条件だが、私の場合、それは戦闘不能だ。わかるか?」
魔「わかってるよ。ぶちのめせばいいんだろう?」
勇「・・・本当に判って言っているのか?
  先に断っておくが、私の場合、手足ちぎれても、動けるうちは戦闘不能に入らないよ?
  地上と違うのはそこだよ。お前、容赦なく私を戦闘不能にできるか?
  いや、それ以前に、私に通じる攻撃ができるか?
  ・・・地上のスペルカードルールなら色合いで、模様で、力強さで、いろいろな方法で美しいと思わせればいい。
  知恵と工夫次第で、弱いものでも勝てる余地がある。
  だがな、旧都は力が全て、力のただ一点なんだ。弱者が入る余地などない!」
魔「・・っ!!」
どうやら魔理沙はそこまで考えていなかったらしい。言葉に詰まる。

勇「言葉に詰まるぐらいなら、やめておきな。きついぞ、旧都のルールは」
魔「・・・それでも、それでも後には引けない。・・・何もしないで・・・ただ指をくわえてみているなんてできない。
  ・・・なんとかお前を戦闘不能にする」
勇「何とかなればいいがな・・・。まあいい。説明して引かないようなら、仕方ない。勝負を受けよう」

・・・

勇儀が案内し、無限地獄の跡地まで移動した。正邪は家に置いてきた。見渡す限りの地平線が広がっている。
ここなら、どれだけ暴れようが文句を言う奴はいない。

勇「別に今なら、引いても咎めないよ」
魔「もう、決めたことだ。今更引けないよ」
勇「じゃあ最後になるが、最後の忠告だ。いいか? よく聞けよ?
  私を仕留めるまで油断するなよ? 本当に私が自分の意志で動けなくなるまでだ。
  それと、もうだめだと思ったら、必ずギブアップしろ。私もお前が負けを認めるまでは攻撃をやめることができない。
  後、お前の負けの条件はどうする?
  間違っても戦闘不能なんていうなよ? 自分の意志で動けなくなるまで、徹底的に体を壊すぞ?」
魔「・・・ちょっと待ってくれ。・・・えっと、・・・そうだな・・・、私は捕まったら負けを認める。これでどうだ?
  お前の腕力だ、捕まったら振りほどけないし、捕まってからの一撃で私は戦闘不能だろう」
勇「そうか、わかった。なるべく早く終わりにしてやるよ。
  ・・・それじゃ、どうしようか? もう始めるかい?」
魔「ちょっと時間をくれ、準備がしたい」
勇儀が頷くと、魔理沙はスカートから、大量の魔法の瓶と弾幕の素、緊急回避用のボムを地面に並べた。
勇儀が呆れてどこに入れているんだと聞く。魔理沙曰く、乙女の秘密だぜ、ということだ。
その後、魔理沙はストレッチを始めた。

魔「随分体が軽いぜ」
勇「そりゃそんだけ、出したら軽くなるだろ。というより、そいつらは使わないのかい?」
そんなわけあるか、と魔理沙は並べた魔法の小瓶から2つ取り上げた。

「サングレイザー」
彗星「ブレイジングスター」
どちらも魔理沙の大技のスペルだ。

勇「ふふっ。2発で私を仕留めるつもりか。舐められたものだね」
魔「仕方ないだろう! どうせお前には小技は利かないし。私は捕まったらおしまいだから、体は軽いほうがいい。
  ・・・ああ、そうだ。もし、仮にだが、相手が死んだ場合や逃げた場合は?」
勇「その場合はもちろん、殺した方の勝ちで、逃げた方の負けだ」
魔「・・それと、反則をした場合は?」
勇「ああ、反則か。旧都ルールに反則はない、こうして勝負を受けた以上は、不意打ちされるなんてものは自らの油断で、
  急所攻撃も、凶器も、1対多でもなんでもアリだ。・・・唯一あるとすれば、決着後の攻撃かな」
魔「じゃあ、最後に、開始の合図は?」
勇「別にないよ? たまたま、目と目があったが合図のこともあるし、コインで決めることもある。
  今回は、魔理沙が攻撃した時でいいよ。厳密には勝負を受けた時が合図だったか。まあ、細かいことだ」
魔「つまり、先制攻撃のチャンスをやるということか・・・なんだ? 余裕のつもりか?」
勇「まあ、なんだっていいじゃないか。今回のことでお前には借りがある。これで返したなんて言わないが。
  是非、有効に使って欲しいね」
魔理沙は勇儀に近づく、手を伸ばせばすぐに掴める位置だ。
勇儀を見上げると、もう準備はいいのかいと聞いてきた。
魔理沙は ああ、と答えると、勇儀の目の前で構えた。

魔「いきなり全開だぜ!!!」

「サングレイザー」

箒で勇儀の体を浮き上がらせる、最初の一撃が入った。勝負開始である。
浮いた勇儀を箒の柄で捉えて魔理沙が急上昇する。
大した衝撃だった、人間にしては、だが。

勇「やっぱり一番最初に大技が来たか! 地上で見て以来、一度味わってみたかった!!」
魔「喋っていると舌噛むぜ!!」
旧都の天井に届く勢いで上昇した魔理沙は上昇の頂点で、今度は勇儀のみぞおちに箒の柄を当てた。

彗星「ブレイジングスター」

魔理沙の特大スペル2発目だ。
急上昇を急降下に変えて今度は地面に突撃する。
・・・なるほど、このまま地面に向かって叩きつける気か・・・勇儀はこの技の先を読む。
悲しいかな、確かに魔理沙の全力・・・だが、私を倒すまではいかない。
技を受けたあとは、魔理沙の体力が尽きるまで追いかけっこをやれば、捕まえられるだろう。
手を必死で伸ばせば捕まえられる位置に魔理沙がいるのに手を伸ばさないのは、勇儀の余裕であり、油断だった。
魔理沙はおそらくこうなるだろうと思っていた。

魔「悪いな勇儀、この勝負私の勝ちだぜ。予想の通りだ。お前はやっぱり手を伸ばさなかったな」
勇「くくっ、魔理沙、この程度じゃ私は沈まないよ。残念だったね」
魔「勇儀、ギブアップすれば技を止めてやるよ?」
勇「なぜ? 私はこのぐらい余裕だよ?」
魔理沙がニヤリと笑った。

魔「勇儀、忘れているんだな、この突撃する下に何があると思う?」
勇「何って、地面・・・」
勇儀は思い出した。魔理沙が並べていた魔法の瓶のことを。
一気に顔が引き締まる。これはやばいかも知れない。

魔「私の全部だぜ!・・・どうだ? 降参するなら今のうちだぜ!」
速度をさらに上げながら、魔法陣を描く瓶の整列に向かって魔理沙と勇儀は落ちていく。
勇儀が笑った。

勇「くっ! くはっ!! はっはっはっはっは!!! 
  すごい、すごいぞ魔理沙! 私も全身全霊でお前の全力を受けよう!!」
魔「おまっ、・・降参は・・・、ギブアップは・・・しないのかよ!?」
勇「そんな惜しいことを何故する必要がある? お前が、私のために繰り出してくれた技なのに
  私には受けて立つ義務と義理がある!!」
魔「どうなっても知らないぜ!! ・・・死んだら殺しに行くからな? ・・・死ぬんじゃ無いぞ・・・でも気絶はしやがれ!!!」
勇「はっはっはっ! なんてわがままな!! でも流石だ!!! 流石、霧雨魔理沙だ!!! 
  遠慮も無く! 出し惜しみもなく!! 油断も無い!!!
  いつか、人とこんな勝負をしてみたかった・・・
  うれしいぞ!! この勝負必ず勝ってみせる!!」
魔「勝たれたら、こっちが困るぜ!!」
そのまま、箒の柄をみぞおちに喰らいながら、背中に衝撃を受ける。
旧都を貫く閃光と、大地を引き裂く衝撃が走った。
普段、魔理沙が使っている弾幕の全てと護身用のボム。それらすべてが同時に着火する。
魔法は方陣で増強され、さらにブレイジングスターによる挟み撃ちだ。
人間の個人による火力では最高峰の威力、霊夢ですら出せない威力が勇儀を襲う。
魔理沙自身が技の威力に耐え切れず。衝撃で体をはじかれると、地面を転がっていった。
ちゃんと、魔法障壁で衝撃を殺してこのあり様である。
爆心点はまるで灼熱地獄だ。炎がゆらめきたち、煙が旧都のはるか上空まで立ち上る。

衝撃で気を失っていた魔理沙は慌てて顔を上げた。
必死に勇儀の姿を探す。目の前は火炎地獄だ。
倒れているなら助けなければいけない。
立っているなら、距離を取らないといけない。まだ、決着したかすら不明なのだ。
しかし、見当たらない。・・・まさか爆心点で燃え尽きたか?
炎を凝視していると突然、後ろから手が伸びてきた。
勇儀の手だ、いつの間にか後ろに回り込まれた!
慌てて逃げようとすると。腕を掴まれた。無理やり正面を向かされる。

勇「いや~心配したよ。随分、伸びているものだから、死んだかと思った」
魔「・・・伸びてた?」
勇「ああ、それに炎に巻かれそうだったから、ちょいと運んだのさ」
魔「・・・勇儀、私の負けか」
勇「ああ、でも、惜しかったよ。久々に体の芯までしびれた」
魔「・・・慰めはいらないぜ・・・」
魔理沙は今にも泣き出しそうだ。しかし、勇儀は泣くのはまだ早いと言葉を続ける。

魔「何?」
勇「魔理沙、今の一撃は本当に素敵だった。
  鬼の私が惚れるぐらい。鬼でもこんなに力の出せるやつは滅多にいない。 
  ・・・だがな、お前にはもっと上があるだろう?」
魔「何言ってんだ、あるわけないだろ。今日のは手持ちの全て、全部使ったんだぜ?」
勇「八卦炉だよ、八卦炉。あれを持って来い」
魔「ダメだ、八卦炉は永琳が封印しちまった。持ってきたところで使えないよ」
勇「何も今すぐじゃないよ、1週間だ。1週間、旧都で待つ。その間に八卦炉の封印を解いて
  体をしっかり治して来い。一週間後もう一度ここでやろう」
魔「?? どうして?」
勇「なに、鬼は力比べが大好きってことさ、言ったろう、さっきの一撃は体の芯までしびれたんだ。
  こんなのは、幽香と殴り合って以来だよ。私はね、こうゆう、体が芯まで熱くなれる戦いは逃したくないんだ。
  それにね、八卦炉を持った魔理沙はこれ以上に強いんだろう?
  鬼の性根が、文句なく最強の魔理沙と戦いたいって言っているんだ。
  ・・・鬼のわがままだが、受けてくれるかい?」
魔「・・・私よりわがままだな・・・」
勇「嫌かい?」
魔「いいや、そういうのは好きさ。
  勇儀、勝負は受ける、受けるよ。但し、その間、正邪に手を出すなよ?」
勇「念を押されなくても正邪に手は出さないよ」
さてと、話もまとまったところだし、私も引き上げるかねぇ、と勇儀が歩き出す。
魔理沙が見た背中は流血で赤く染まっている。

魔「だ、大丈夫か? その怪我・・・」
勇「ははっ、鬼を舐めるんじゃない、この程度なら酒飲んで寝てれば、3日で治るよ。
  だから、次も思いっきりこい。全部受けきってやるよ」
じゃあな、と笑って勇儀は旧都に消えていった。

・・・

魔理沙が永遠亭に来ている。八卦炉のことだ。永琳に封印を解くように頼み込んでいる。
竹林の消滅から、4日経過している。毎日大変だなと影狼は思った。

魔「たのむよ~永琳、これを解いてくれ。このままじゃ約束に遅れちゃうよ」
永「なんの約束? それを正直に言ったら、考えてあげるわ」
魔「霊夢との弾幕ごっこだぜ!!」
永「それ二日前の言い訳だったわね? 本当のことをいいなさい」
魔「なんだっていいじゃないか、ケチ!」
永「なんだっていいなら、待てるはずよ」
永琳は涼しい顔だ。魔理沙は焦り、自分で墓穴を掘っている。4日前に魔理沙は永琳に怪我の治療をしてもらったのだが、
そのあとから、執拗に八卦炉の封印を解くように迫っている。

毎回、永琳にのらりくらり躱され、いつまでたっても封印を解いてもらえる気配は無い。

魔「くそっ、こうなったら・・・」
永「あら、弾幕ごっこかしら? 八卦炉なしで大丈夫?」
魔「ぐっ! グウの音も出ないぜ」
そろそろ昼だ。魔理沙が帰る時間である。何をしているか知らないが、いつもきっかり正午に帰っていった。
何か、準備をしているらしい。噂ではきのこを集めまくっているとか。
きのこメインの宴会でもするのか知らないが、八卦炉がないとダメなようだ。炙り焼きにでも使う気だろうか?

魔「また来るぜ! 明日も、あさってもな!!」
捨て台詞を残して、魔理沙が去っていく。
影狼は永琳に もう解いてあげたらどうか と聞いた。

永「どうも怪しいからダメ。それに本当にどうしようもなくなったら、本音を話すでしょう。その時に判断するわ」
影「そういうものか? 毎日相手をするだけでも大変でしょうに」
永「そうもいかないのよ。あなたも十分わかったでしょうけど、魔理沙は無鉄砲なのよ。八卦炉を直して、
  そのまま、例えば鬼にでも喧嘩を売って大怪我でもされたら、目も当てられない。
  怪我をさせるために治療したなんて、医者失格だわ」
影「そうかな? 宴会のような気もするけど・・・」
永「その線はないわね。あの日、鬼と一緒に旧都に行って、ボロボロで帰ってきたでしょう?
  それで、いきなり八卦炉の封印を解いてくれなんて言われたってねぇ?
  鬼とひと悶着あったに決まっているでしょう?
  今、何の考慮もなしに封印を解くとあの子 また、旧都に行くわよ?
  そして大怪我をする。ヘタをしたら自力で戻ってこれないかもしれない。
  それが予想できるから封印は解かない」
永琳は断言した。
影狼は納得はしたが、魔理沙のことだ。切羽詰ったら、八卦炉なしでも旧都に行くだろう。

永「まだ、大丈夫よ。あの子は明日も明後日も来るって言ってたでしょう? 少なくとも2日は余裕があるのよ」
まだ何も言っていないのに、表情を読まれたらしい。この医者は天才と呼ばれるだけのことはある。
おそらく、魔理沙の事情も心理も、私の行動も読まれている。
さっさと退散して仕事をこなしたほうが良さそうだ。

永「・・・あなたのそういうところは優秀だわ」
影狼はぎくりとしながら、永琳の部屋を出た。
鈴仙が自分の師匠を恐れている理由がよくわかる。
すべて、見透かされているのだ。行動も、考えも、心すら・・・
影狼はひたすら、永遠亭の整理に精を出した。
4日あったとは言え、永遠亭は広い、外からでは気づかないほどだ。
ようやく、家の内部が片付き、残りは倉の整理である。

散らかった道具の整理は鈴仙が指揮をとっている。とってはいるのだがはっきり言って役に立ってない。
永遠亭の兎は永琳の言うことは聞くが、鈴仙の命令は聞いていない。
午前中に指示した内容を、午後に自分でやっている有様だ。
おまけに月の重力はもっと小さかったとかわけのわからないことを言って
重いものが持ち上げられないのである。

永琳が自分を雇った意味がよくわかった。
同じように働いている藤原妹紅が、呆れている。
彼女も同じように竹林住まいで、同じ理由で宿無しになった。
いま、もっぱら、力仕事は影狼と妹紅の仕事になっている。

妹「全く、いつまで、指示出しているんだ? あいつ」
影「確かに、あれなら、午前中から、自分で動いたほうが効率がいい」
妹「先に指示してくれれば、こっちが先に動けるのに・・・」
影「こっちは楽できていいけどねぇ」
鈴仙は兎に指示を出すのに懸命だ。ただ、出した指示に対して片端から事細かに説明を求められている。
結局、指示が手間を呼び、いつまでたっても進まない。結果的に影狼、妹紅に指示を出すのが遅れる。
影狼がいい加減にしろと喉を鳴らす。兎は音に敏感だ。一目散に逃げ、いなくなる。

鈴「ああ、待って! ・・・みんな、いなくなっちゃった・・・」
妹「いてもいなくてもおんなじだよ。あいつら仕事をやりゃしねぇ」
影「もういいから、やることを直接言ってくれる?」
鈴仙は影狼と妹紅には指示しづらいようなのだ。
別段、泊めてもらって食事と給料まで出してもらっているのだから、こき使われても文句は言わないのだが、
いつもと指示している相手と違うので、気を使っているようだ。
そして、いつも仕事が遅いと永琳に怒られている。めげない心は立派だが、
仕事の進みを考えて欲しいものである。
永遠亭の整理手伝いが終わってから、自宅を建てようと考えていたのだが、それは難しそうである。
永遠亭の蔵は3個もあるのだ。内部は今まで通り、しっちゃかめっちゃかである。
結局、鈴仙の指示で一人一蔵で整理を始めるが、どれをどう並べるかは鈴仙しか知らない。
聞きに行けば、鈴仙の仕事が遅れ、鈴仙は鈴仙で重いものが持ち上がらず途方に暮れている。
結局今日も、進捗はほとんどないまま、一日が過ぎて行く。

鈴仙は永琳に怒られている。妹紅と影狼の二人の前だ。しょんぼりして、兎が言うことを聞いてくれないとか、
懸命に指示していたら、時間がかかったと言い訳している。
問題の本質はそんなところではないのだが・・・。
結局、鈴仙は涙目のまま、明日は必ず、整理しますからといって許しを乞うている。
明日もまた同じか、結局進まないだろう。

永「もういいわ、鈴仙」
鈴「・・・はい・・・」
永「指示役は終わりよ。明日から、影狼の指示で動きなさい」
鈴「・・はい・・・えっ? どっ、どういうことですか? 師匠? 影狼は永遠亭のことを知りませんよ?
  私じゃないと細かいところがうまくいきません。結局進みませんよ?」
永「鈴仙、あなたはもういいわ。影狼、お願い、やってちょうだい。あなたのやり方で構わないわ」
寝耳に水だった。見事なキラーパスである。
それとも、一向に進まない片付けに怒った永琳が、私の態度を見咎めたか? 
確かに、呆れて話半分の態度だったが・・・。

影「なんで? 鈴仙の方が実状を分かってるんじゃないの?」
鈴「そうです、影狼の言う通りです。私じゃないとできません」
永「あなた、それで進んだの?」
ぐうの音も出ず。鈴仙はうつむいてしまった。

永「というわけよ。影狼、あなた優秀そうだし、仕事のやり方を鈴仙に見せてやって頂戴」
永琳はそう言うと夕食にしましょうと言って、席を立ってしまった。
鈴仙はうつむいたまま、恨めしげにこっちを見てくる。
妹紅は出世したなと笑顔で肩を叩いてきた。
明日の責任は全部私か・・・影狼は気が重くなった。

夜、針妙丸の病室を訪れる。
病室といっても針妙丸は病人ではない。4日も前に全快した。だが、永遠亭を出ることができなかったのだ。
小人では、猫や、下手したら昆虫ですら強敵だった。外に出ていくことができないのである。
針妙丸は小槌を手にしていたが、力を使うことは永琳に止められていた。
竹林が爆砕された後、そういえば小槌は私が持っていたと、永琳に差し出したところ。
巫女がうるさいわねといって、しばらく使わないでくれと頼まれたのだった。
・・・結局、針妙丸に返されたが、使うことができずにこの有り様である。

針「聞いたぞ、出世したそうだな」
影「耳が早いね、でも、私は今から胃が痛いよ」
針「片付けのことか? まあ、病室から いろいろ見ていたが、兎は役に立たないな」
影「ああ、あいつら、足は早いが、指示に従う気はさらさらないらしい」
針「そうではない、鈴仙と同じように結局重いものが持てないのだ」
影「そうなのか?」
針「兎たちが細かいことを聞いているのは、自分に持てるかどうかが問題なのだろう。
  鈴仙も力がないが、兎たちはさらに輪をかけて力がない。
  鈴仙が片手で持てるものが3人がかりぐらいでないと持てないんだ」
影「だから、重くて運べないと言っていたのか」
針「そうだ、ちゃんと自分で持てる重さか、大きさか、だから細かく聞いていたんだ。
  私は体が小さいから、そういう事はよくわかる。
  影狼にとっては片手で持てる重さでも、鈴仙にとっては引きずらないと動かせないのと一緒だよ」
どうやら、昼間の一部始終を見ていたらしい。
あの時は、兎や鈴仙が手を抜いていると思っていたのだが、そうでもないようだ。

影「どうしたらいいかな?」
針「蔵の整理であろ? 蔵の中身を一度全部出して、鈴仙と話しながら中に詰めればいい。
  重いものは影狼と妹紅で軽いものは鈴仙にやらせれば良い。
  兎だけあって動きは早い。整理しながらでも話せるだろう。
  それに、一度出すときに大体の重さを見れば、自然とどれを持ったらよいかわかるだろうしな。
  兎たちには悪いが、活躍の場はなさそうだ。
  何か、洗濯とか、掃除とか、食料集めなど、整理で手が回りきらないことをやってもらうのがいいだろう。
  普段からやりなれているはずだし、無理に手伝わせて効率を落とす必要はない」
影「・・・お前すごいな」
針「何、いつも窓から観察して、部屋に閉じこもっているだけだったから、考える時間はたっぷりあった」
影「そんなことはない、現場監督をお願いしたいくらいだ」
針「はっはっは、無理だよ。私が相手じゃ、誰も従わない。それに私クラスになると下敷きになっただけで死んでしまう。
  到底、役に立たないよ。兎と同じさ、私は私の日常を送ることにする」

次の日、朝食をとると。早速、兎たちに集まってもらった。
指示は針妙丸の言ったとおり、うさぎたちには館の修繕箇所の洗い出しや掃除、洗濯、食料集めなど、通常の仕事をやってもらう。
3人組は蔵の整理に取り掛かる。中に詰まっているものをすべて出すと、鈴仙に中に詰めるためのレイアウトを書いてもらった。
そのスキに、重いものと軽いものを分ける。今日は手際よく進んでいった。
昼前には1つの蔵が整理でき、夕方には3つの蔵全ての整理を終えた。
鈴仙が喜んでいる。妹紅は監督が違うとこんなに違うのかと言っていたが、針妙丸というブレーンがいたせいだ。
とりあえず、これで、明日から、自宅の再建に専念できる。
妹紅は人里に資材を探しに出かけ、私は針妙丸の病室を訪れる。礼を言うためだ。

針妙丸は病室にいなかった。永琳の部屋か?、覗いてみるが誰もいない。
影狼は匂いをたどった。意外にも針妙丸は永遠亭の中を動き回っているらしい。
あちこちに走り回った匂いの痕跡がある。
影狼はその中で、最も新しい、匂いの強い痕跡をたどった。
・・・外に出ている。
真っ直ぐ、再生したばかりの竹林から匂いが伸びてくる。
まずい、直感が訴えている。

・・・

4日前、針妙丸は病室で横になっていた。
永琳の説明で、自分は鬼の咆哮で気絶したことはわかったが、まさか声だけで失神させられたとは未だに信じられない。
しかも、その鬼の攻撃で竹林が消えたという。
確かに病室の窓から見える風景は竹の残骸以外にない。・・・が、スケールが違いすぎて、ちゃんと実感できない。
鬼の力はこんなにもすごかったのか? 自分はこんな者たちに喧嘩を売るところだったのだ。
ほとんど自然災害である。もはや、レジスタンスは諦めるしかなかった。

―――正邪が怒るかな?
そう考えたが、これほどの力量差があっては、小槌の力を借りてももはや無理だった。
台風や、地震をねじ伏せるようなものだ。
自分たちにはそこまでの力はない。これから、どうするかを真面目に考えないと・・・

様々な考えが頭をよぎる。
―――力あるものに従うか?
   無視されて生きるか?
   幻想郷を出て新天地を探すか?
   強者と戦うという選択肢はない。例えば、鬼たちの気に入らないことをしたらそれこそ、踏み潰されるだけだろう。
   結局、鬼の前では、媚びて生きるしかないようだ。しかし、他の者もそうなのだろうか?
   そうだ、紅魔館の紅美鈴は理想が違うと言っていたが、他の者はどう考えているのだろう?
   もっと、いろいろな幻想郷を見てみたい。
   もっとたくさんの人を知り、語り、考えを見て、より良い理想を見つけたい。
   人妖を観察することで、様々な生き方を見ることができるはずだ。
   その中で、強者を恐れず、堂々と生きる方法を探そう
針妙丸はそこまでまとめると明日はどこを訪れようか、検討を始めた。
そんな時である。魔理沙が息も切れ切れの状態で永遠亭に入ってきた。
全速力で飛んできたらしい。鈴仙が治療室へ案内し、永琳が治療を始める。

永「全く、どうしたのよ。全身傷だらけじゃない」
魔「飛んでくる時に空中でコケて、地面を転がったんだぜ」
永「嘘おっしゃい。服があちこち焦げているわよ」
魔「別にいいだろ、早く治してくれよ。後、八卦炉の封印も解いてくれ」
永「怪我だけは直してあげる。あなたは少し騒がしいから八卦炉はそのままよ」
魔「そんなんじゃ困るぜ。早く解いてくれよ」
永「うるさいわね。治療に1ヶ月かけてあげましょうか?」
魔「そんなんなら、家で寝てる方が早いぞ! 急ぎの用があるんだ頼む!」
魔理沙は鬼との勝負が理由であることを喋らなかった。
大体、そんなことを話したら、永琳は封印を解かなくなるだろう。
それに、正邪のことは自分自身で解決したかったのも大きい。
永琳は大体の診察を終えると薬を処方した。

魔「いつもどおりちゃっちゃとやってくれよ。何だその薬」
永「口が悪いと薬も出さないわよ? 黙ってこれ飲んで帰りなさい。傷は一晩で寝てれば治るから」
魔「わかった。それより、八卦炉だ八卦炉。なんで解いてくれないんだ?」
永「ちょうどいい機会じゃない。魔法の研究をするなら、封印の解き方を研究でもしてみたら?」
魔「おいおい、いつ異変が起こるかわからないんだ。いくらなんでも霊夢に遅れをとるぜ?」
永「たまには休養なさいな。時には立ち止まってゆっくり考えるのは必要なのよ」
魔「ちぇっ、じゃ、ヒントくれよ。一度見たけど見たことなくてとき方がわからないんだ」
永「ノーヒントで考えなさい。取っ掛りの探し方はこれからも必要なはずよ」
魔理沙はなんだそれ、と言いながら、今日は帰るようである。
ほんとに騒がしい人間だった。
永琳は魔理沙を見送るとため息をついた。本当は八卦炉が付喪神と化していたので封印を施したのだ。
その上で、小槌を利用し八卦炉に入った鬼の力を抜いていたのである。
それが勇儀と、魔理沙の強奪のせいで台無しになった。おまけに、霊夢に目をつけられている。
簡単に封印を解くわけにはいかなかった。
加えて、永琳は勇儀の行動を見ている。魔理沙が旧都に行き、ボロボロになって帰ってきた。
きっと正邪のことだろう。断言するが正邪のことは諦めるしかない。
だが、それがわかるようになるには魔理沙はまだ若いのだろう。

・・・全く、私はいつから、こう考えるようになったのか?、姫という守るべきものが出来た時か?
違うな、おそらく、思い出せないほどの昔、自分の才能が他の者を圧倒していると自覚した時からだろう。
自分の出来ることと相手のできないことの把握をしてしまったときだ。
自分の出来ることを知るということはできない事もわかるということ。
手の伸ばし方を決め、タイミングを計り、最小の労力で望むものを手に入れる。
・・・そんなことがもう子供の頃から出来てしまった。
永琳の思い出にはがむしゃらに手を伸ばした記憶も、無鉄砲に勝てない相手に挑んだ記憶もない。
魔理沙のような情熱は持ったことがないのだ。
それが少し羨ましく、同時に危なっかしく感じる。
永琳はまたため息をつくと小声でつぶやいた。

永「・・・私にもね、あなたの様な情熱があったらね、正邪を助けに行ったんだけどね・・・」
永琳には、正直、勇儀から正邪を取り戻すだけの実力がある。ただし、真っ向勝負ではない。
智謀と、戦術、鈴仙と姫の戦力をあてにすれば助けることは可能なのだ。
だが、それは姫を危険にさらし、挙句に鬼に目をつけられる。
鬼は勇儀だけではない。取り戻したあとは伊吹萃香が来るだろう。鬼との連戦・・・それでも負けない自信はあるが、
鈴仙は確実に大怪我をするだろうし、姫も危険にさらす。そんなことを考えると、どうしても正邪を助ける気にはならなかった。
命を助ける医者でありながら、大切な人の怪我と正邪の命を天秤にかける。
いやかけるまでもなく、大切な人を取った。それだけだ。両方に手は伸ばせない。
永琳はそんな自分を笑うと考えを切り替えた。今日はもう過ぎてしまった。明日をまたこなしていかなくてはいけない。
やることは山積みだ。里のけが人も来るだろう。そう考えると寝室に向かっていった。

永琳が寝室に消えた後、永遠亭の内部でようやく動き出した影がある。
針妙丸だ。小人ゆえ潜んでいることに誰も気がつかなかった。
針妙丸は永琳の言葉を確認するように反芻する。・・・正邪は何か問題でもあるのか?
永琳の説明では鬼と一緒に地底にいったとだけしかきいていない。
永琳に聞いたら、答えをはぐらかされるかもしれない。魔理沙はさっきも見たが真実は言わないだろう。
自分で調べるしかない。
・・・そういえば、出会った鬼はどうだったか? 正邪を相手に怒っていなかったか?
自分が倒された時の言葉は分からないが、その前は確実に怒っていた。
まずい、天変地異を起こせる鬼と正邪では話にならないだろう。
そうだ、さっき考えたことだ。力のないものが鬼に逆らったら、踏み潰されて終わり・・・。
正邪はもう死んでしまっただろうか?
いや、魔理沙や永琳の様子から考えてまだのようだ。
魔理沙は焦っていたし、永琳は助けに行けたらと言っていた。
まだ、可能性はある、助けに行かなくてはならない。
鬼が私の助命嘆願を聞いてくれるか知らないが、何もしないで正邪を死なせるわけにはいかない。
早く出発しなくては、と竹林を睨む、竹林は竹の残骸を散らしているだけだが、
はっきり言って小人の自分では抜け出ることができない。
小人が潜り込んだらそれこそ迷宮である。それに、迂闊に潜り込むと昆虫や小動物などに出くわし
それで終わってしまう危険性すらある。
永遠亭で情報を集めながらチャンスを待つしかなかった。

1日目、影狼に地底の案内を頼めないか聞いたが、できないとのことである。
まず行ったことがないし、あんな鬼がいるところにわざわざ行く気はないと言われてしまった。
事情を話したかったが、影狼を巻き込むわけには行かない。
話がつく公算などないのだ。仕方なく、別れ際の正邪と鬼の様子について聞き取りを行った。
おかしいことに、正邪はおとなしく連れて行かれたようだった。

2日目、魔理沙が「期間は一週間だぜ? 間に合うか・・・?」とつぶやいているのを聞いた。7日しかないのか?
あれからもう2日たっている。地下に行く手立てものないのにだ。焦りが募り始めた。

3日目、今日は進展が無かった。いつもと変わらぬ魔理沙と永琳の押し問答。
影狼は永遠亭の整理、何とか家の内部が片付いたようだ。

4日目、今日も何も進展がない。情報も何も集まらなかった。ただ、うさぎや影狼の行動を観察するだけで終わってしまう。
はっきり言って、彼女らは効率が悪すぎる。もっと別々に力を発揮させれば良いのに・・・。

5日目にチャンスが来た。影狼が蔵の整理をするのである。
影狼に兎たちには普段の仕事やるように勧めた。
兎たちを日頃から観察していた針妙丸は、買い出しに人里に向かう兎に人里に連れて行ってもらえるように頼んだ。
小槌は置いていく、下手に動かすと永琳あたりに気づかれるからだ。
影狼は蔵の整理に精を出している。この様子なら、私がいなくなっても気づかないだろう。

兎に飛び乗り人里へ向かう。あっという間に兎は人里についてしまった。
さてここからが問題だ。永琳たちの話では鬼は地底にいるそうだ。地底に向かうには博麗神社近くの間欠泉から行くことになる。
まず博麗神社に行かなくてはならない。
誰かわかるものはいないのか? そうやって通りを見渡すと、向こうに見た影が動いている。赤蛮奇だ。
病室ではあまり話をしていない。病気はただの風邪だったのと、永遠亭があんなことになったので、
赤蛮奇は早期退院で1日目の朝に永遠亭を去っていたのである。
・・・はっきり言ってあの時に乗じていればこんなに足止めは食わなかったのだが・・・。
1日目は影狼に話を聞こうと思っていたのが大きい。
影狼は影狼で、同時刻にわかさぎ姫を霧の湖まで送っていっていたのである。
針妙丸は赤蛮奇の前に飛び出すと声をかけた。

針「赤蛮奇殿~」
赤「うわっ? お前、いきなり飛び出すな! 踏むところだったぞ!」
針「すまぬ、すまぬ。今日はおりいってお願いがあってきたのだが・・・」
赤「なんだ? 正直、歩くのに忙しいんだが・・・」
面倒と顔に思いっきり出しながら、赤蛮奇が答える。

針「悪いが、博麗神社まで送って頂けぬか?」
赤「博麗神社~? 無理、マジで無理」
針「そこをなんとかならぬか?」
赤「あそこはな、巫女がいるんだ。妖怪が行ったら、問答無用で退治されるぞ?」
針「では見えるところまでで良いからお願いできないか?」
赤「なんであんなところに行くんだよ?」
針「なんでも、温泉があるとか。一度湯船に使ってみるのも良いかと思ってな」
針妙丸はごまかした。しかし、それが逆に功を奏した。赤蛮奇が話に乗ってきたのである。

赤「神社の温泉か? それは確かに興味があるな・・・。よし、一緒に行こう。ちょっと待ってろ
  家で着替えとかとってくるから。・・・そういえばお前着替えは?」
針「あっ? ・・いや、なくても、温泉に行けばあるだろう?」
赤「馬鹿だな、あそこの巫女がタダで貸してくれるもんか。タオルぐらいなら貸してやるよ」
二人は赤蛮奇の家に寄ると、博麗神社に温泉目当てで出発した。

・・・

博麗神社である。
伊吹萃香が鳥居の上でゴロ寝している。顔には痣がわずかに残っている。
数日前は全身に痣が確認できた。レミリアの仕業だ。結局、あのあとそのまま夜明けまで
殴り合いが続き、夜明けでタイムアップ、レミリアの負けになった。

しかし、内容はこちらの攻撃はほぼ空振りに終わり、終始レミリアの猛攻が萃香を捉え続けた。
傍から見れば、萃香の負けなのだが、鉄壁の防御力と強靭なスタミナで夜明けまで攻撃を耐え切った。
耐えきった・・・のだが、レミリア自身はいい汗かいたぐらいの表情で一方的に攻撃をやめると
タイムアップか仕方ないなと、うすら笑って館に引き上げたのである。

どうにも納得がいかなかった。数回はレミリアの体を捉えたのだが、レミリアは防御力がなさすぎである。
突き出した拳の形、そのままに体を削ってしまった。しかし、再生もすぐだ。ものの数秒で傷を塞ぐと
あとは同じことの繰り返し。結局、萃香は攻撃を耐えることしかできなかったのである。
レミリアは勝ち星はあげるとか言っていたが目が笑っていた。
許せない、・・・許せないが、ここは地上だ。思いっきりやり合うには障害が多すぎる。
レミリアもそれを見越して、攻撃しているのだ。
思わず、旧都で決着をつけてやるといったのだが、旧都なんて陰気なところ誰が行くかと返された。
手数で負け、口論でも負けた。レミリアのストレスを増幅させて受け取った感じだ。
おまけに、勇儀と殴り合ってストレスでも発散しようとしたら、勇儀は大怪我をしていた。
あれじゃ、流石に気が進まない。
聞けば、魔理沙とやりあったのだという。すっきりした顔の勇儀が今回ばかりは妬ましく見えた。

はっきり言って、ここで寝ているのはふて寝である。
こうしていれば、営業妨害とか難癖つけて、霊夢が遊んでくれるかもしれなかったからだ。
しかし、霊夢は霊夢で忙しいらしい。紫の結界修理に駆り出されているようだ。(霊夢は犯人退治だが・・・)
誰にも相手にされず、数日が過ぎてしまった。
もう誰でもいいから遊び相手が欲しいと鳥居から参道を見下ろす。・・・人影を見つけた。
参拝客だろうか? 珍しい。赤いマントにリボンをつけた人影を観察する。
人影からは妖気を感じる。おそらく人型の妖怪だろう。
萃香はニタッと笑うと赤蛮奇めがけて襲いかかった。
妖怪なら少しぐらい遊んでも大丈夫のはずである。

・・・

博麗神社をまえにして黒い霧が赤蛮奇の背後から襲いかかった。
わずかに触れるだけで、赤蛮奇は意識を失い倒れる。
萃香の能力、密と疎を操る力・・・意識を散らされたのだ。
針妙丸は焦った。赤蛮奇が自分のいる方向に倒れてきたのである。
しかも、話の途中で、たわいのない会話が突然途切れ、目が宙を泳いだかと思ったら、
針妙丸を抱きかかえたまま前のめりに倒れてきたのである。
危うく下敷きになる所を飛び下り、難を逃れると、針妙丸は赤蛮奇を叩いた。まるで反応がない。
突如、子供のような笑い声が降ってきた。

萃「あはははは! あ~なんだ、小人がいたのか 気づかなかったよ。
  悪かったねぇ? 怪我はしなかったかい?」
針妙丸が振り返ると黒い霧が集まり、小鬼の形を形成している。
体に不釣り合いな大きさの2本の角を頭から生やした鬼が空中に出現した。
針妙丸からすれば巨大な、・・・人から見れば童女と言っていい小さな体の鬼である。
伊吹萃香が針妙丸の上に浮かんでいた。

針「これは主の仕業か? なぜこんなことを?」
萃「くっくくく。なぁに、ただの暇つぶしさ」
針「なんだと。いきなり襲いかかってきて、暇つぶしだと・・・!」
萃「くくくっ。その通りだ。別に 何を盗ろうとも、怪我をさせようとも思っちゃいないよ。
  ただ、私が楽しめれば誰でもよかったんだ」
針妙丸は歯ぎしりした。
なんだこの鬼は? いきなり襲いかかってきて遊びだと?
私たちはおもちゃか?

針「・・・あやまれ!」
萃「ははっは・・・は?」
萃香の笑いが止まる。針妙丸など視界に入っていなかったかのようにわざとらしく首を動かし、視線を針妙丸に合わせる。

萃「なに? お前には謝ったろ? 悪かったって」
萃香は口では笑みを作っているが、目の奥で別の感情が浮かび始めている。
―――遊びをとがめる気か?
   怪我はさせねぇよ?
   何も盗らねぇよ?
   ただ、お前は怪我をしそうだったから、それは謝っただろ?
   なぜ、私を咎める?

針「私にじゃない! 赤蛮奇殿にだ!」
針妙丸は怒っている。鬼の理不尽な振る舞いに対して・・・
―――弱者は遊ばれて当然か?
   何もしていなかっただろう?
   気に障ることなど何もしていないだろう!
   それを、誰でもよかっただと?
   すべて強者の気分次第か!!
   気分で襲われなくてはいけないのか?
   そんなことあっていいはずはない!!!
針妙丸の怒りで染まった真っ直ぐな瞳が萃香の視線を受け止める。

萃「へぇ・・・私に向かって、そんな口を利く奴がこの地上にまだいたなんてねぇ・・・」
萃香は笑みを消した。普段なら聞き流すことができたのだが、今回ばかりは本当に機嫌が悪かった。

萃「ずいぶんと偉そうな口をきいてくれるじゃないか・・・
  ま、いい今回の件は私が直接その赤蛮奇に謝ってやろうじゃないか・・・
  ・・・ただし、お前はだめだ。私に命令するとは・・・いい度胸だねぇ?」
萃香の口が笑う。悪意に満ちた笑みだ。
萃香はこれまでの生涯で命令されたことなどわずかしかない。
それだって、同格以上の相手からだ。明らかな格下から命令されたことに心底イラついていた。
―――どうしてくれよう?
   ふみつぶそうか?
   首をひねってやろうか?
   ・・・いや、もっと絶望させて力の差を痛感させて、心の芯からへし折って
   二度とこんな口を叩けないようにしてやらねば気が済まない。

萃「誰に喧嘩を売ったのか・・・きっちりわからせてやる!!」
言うなり萃香の体が膨張を始めた。全身がその比率を保ったまま、膨れていく。
しかし、針妙丸から視線は外さない。針妙丸の表情から恐怖を見て取るためだ。
針妙丸の顔は一瞬驚愕に染まったが、怒りが消えることはない。
こちらも視線を外さず睨みつけたままだ。
萃香は普段の5倍ほどの大きさになると膨張をやめた。これ以上でかくなるとさすがに針妙丸を見失う。

萃「ふん、糞度胸だけはあるじゃないか」
針「ただ馬鹿がでかくなっただけだ。何が恐ろしいものか!!」
萃香はその言葉に反応した。

萃「ふん、泣いてちびって鼻水垂らして謝れば、まだ許してやったものを!」

鬼符 「ミッシングパワー」

萃香からすさまじい波動が放たれる。意識のない赤蛮奇はなすすべなく地面を転がって行った。
針妙丸は輝針剣を地面に突き刺し体を固定した。
が、固定しただけだ、波動によって全身が傷ついていく。
それでも萃香の目を見たまま視線を外さない。
波動を放ち終わると、萃香は思い切り振りかぶった。
拳を叩きつけるつもりだ。
萃香の力でやればクレータができる。針妙丸など無くなってしまうだろう。

針妙丸は波動の終わりと同時に萃香めがけて突撃した。
萃香はお構いなしだ。多少狙いがずれたところでどうということはない。針妙丸など吹き上がる土砂に巻き込まれ、
よくて再起不能、下手をすると死体すら残らない。
萃香はもはや針妙丸など見ていない、力任せに地面を殴った。
まるで隕石でも落ちたかのような音と衝撃があたりを襲う。

突進によってかろうじて拳をかいくぐった針妙丸に衝撃波が襲い掛かる。
針妙丸は飛び上がったが到底、避けられるものではない。
衝撃波につかまり、吹き飛ばされた。

萃香が驚いている。目の端に映っているゴミが急速に大きくなる。
吹き上がる土砂が顔にかかるなんてことはいつものことだが、
これは違う、ゴミがどんどん大きくなっているのだ。しかも意志を持っているかのように・・・
右目に向かって直進してくる。
―――ゴミに 
   ・・・手足が生える。 
   ・・・頭が見える。
   ・・・剣がくっついている!
   ・・・怒りに燃えた双眸が見える!!
   針妙丸だ!!!
気付けば、もはやよけられる距離ではない。
もう自分の右目一杯に広がっている。

―――なんて大きさ・・・!
   こいつ、私と同じように体の大きさを変えられるのかッ! 油断したッ!!
   だが、大丈夫、私はただ体がでかいだけではない。鬼の体だ!
   レミリアですら致命傷を与えることのできない体、無敵の・・・

右目に鋭い痛みが走る。
針妙丸の武器は小さな針のような剣、輝針剣だ。
その昔、一寸法師が鬼退治に使った対鬼用の由緒正しい特効武器だ。
それが針妙丸の全力と萃香の全力の衝撃波を利用して突き刺さる。
針妙丸はただ吹き飛ばされたのではない。萃香の放った衝撃波を利用して突撃したのである。

萃香が悲鳴を上げた。

萃「あ゛! あ゛! い゛!! い゛っだあ゛あ゛~~~!!!」
そのまま倒れる。すさまじい地鳴りがする。萃香は右目を抑えたままのたうち回った。
姿がみるみる縮んでいく、右目は赤く血で染まり。見える景色は赤一色だ。
涙が出る、鼻水も出た。涎をまき散らしながらわめく姿はさっき自分が口走った姿だった。
萃香に激情が走る。
―――よくも!! よくも!! よくもぉ!!!
   やってくれやがったなぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!

萃「どっこに いきやがったあぁぁああ!!!!」
萃香が切れた。完全に格下と見下した相手に予想外のダメージを与えられて・・・。
もはや、見境などつかない。このまま逃しでもしたらこの感情はくすぶり続けるだろう。
容赦なく他者を傷つけて回る。おさまりがつくまで一体何人が犠牲になるのだろうか?
萃香は右目を抑えたまま立ち上がると針妙丸をさがした。
目に輝針剣を一刺しすると針妙丸は萃香の右目を壁のように使ってはねとんでいったはずである。
―――逃がしてなるものか!
あの大きさだ、隠れられでもしたら探し出すのですらひと手間だ。
周りを舐めるように見渡すがどこにもみあたらない。近くに赤いぼろきれが落ちているだけだ。

萃「出てこい!! でてこいぃいい!!!! 逃がさねぇぞ!!
  隠れても無駄だ。あたり一面焼き尽くしてくれる!!!
  でてこぉおおい!!!」
萃香が吼えている。落ちていたぼろきれがあまりの咆哮にふきとばされる。
転がっていくぼろきれから手が生える。足が見える。それを萃香が目の端でとらえた。

萃「いたあ! そこだったか!! 見つけたぞ!! 逃がさねぇぞ!!!
  鬼の恐怖をとくと味わえ!!」
息巻いて萃香が振りかぶる。
今度は針妙丸から視線を外さない。
狙いは正確だ。

萃「さあ、恐怖にひきつった顔を見せてみろ!
  後悔し、命乞いをしてみろ!!
  私の右目の代償がどれほどか思い知らせてやる!!!」
ぼろきれから現れた針妙丸を観察する。
針妙丸の顔は蒼白だ。顔は血の気が引いている。
全身が震え、呼吸も荒い。
目には光がなく、虚ろだ。
口から血がこぼれている。
手は明後日の方向に曲がり、足も背中もありえないところから曲がっている。
萃香の右目に叩きつけられた代償だ。
鬼の体は鋼鉄など比較にならない程の強度がある。
ダメージだけ考えれば衝撃波を受けて地面に叩きつけられたほうがまだましだった。
もはや針妙丸は長くはない。戦闘不能、すでに決着済みだった。
萃香が戸惑う。
―――なんだこれは?
   どういうことだ?
   まだ、何もしてないぞ?
   なんで死にそうなんだ?
   待てよ、鬼の恐怖は?
   ちゃんと見たのか? 味わえたのか?
   私はただ立っていればよかったのか?
   何しているんだ? 立てよ! ふざけんな!
   こんなことで終わりか?
   これじゃ私は本当に馬鹿じゃないか!
   本当にただのでかいバカじゃないか!
   ちくしょう、なんでこんなにもろいんだ!
   私をただ馬鹿にしてそのまま逃げる気か!
   そのまま勝手に逝ってしまう気か!

萃「逃がさない。逃がさないぞ!
  私は私を馬鹿にしたやつを見返しもしないで逃がすほど甘くはない!」
萃香が能力を使う。針妙丸を死なせるわけにはいかない。
まず、痛みを散らす、こぼれている血を集めて体に戻す。
血がこれ以上でないように強力に密の力を使う。
・・・しかしここまでだ、壊れた体の修復は萃香の能力の範囲外だ。
命をつなぎとめることはできるが、回復はできない。
永遠亭なら大丈夫だろうが、あそこは勇儀が暴れたばかりだ。
鬼の萃香が行ったら何を言われるか・・・
しかし、行かねばならない。・・・何も自分が行く必要はないのだ。
萃香は散らせた赤蛮奇の意識を集める。
赤蛮奇が目を開けた。

赤「・・・いってぇ~、・・・なんだ? これ? どうしてこうなった?」
赤蛮奇は目の前のクレータをみて驚いている。
他にも、クレータを中心に木々が薙ぎ払われているのを確認すると首をひねっている。
そうして、萃香に気付くと近づいてきた。

赤「お~い、そこの角の生えた人、あんた鬼か? ここで何があった?」
萃香はこいつも大概な口を利く奴だと思いながら答えた。

萃「ああ、ちょっと前に伊吹萃香っていう鬼が暴れてね。こいつが大怪我したのさ」
赤「ホントか? 俺全然わからなかった」
萃「あんたは一番最初に襲い掛かられたからね。気絶してたのさ、鬼の代表として私が謝るよ。悪かった」
赤「なんであんたが謝るんだ? ・・・まあ、いいか。それより、針妙丸は大丈夫そうか?」
萃「いや、医者に見せないとまずいね。あんた連れて行ってくれないか? 私は伊吹萃香の後始末をしなくちゃいけなくてね」
赤「ん、わかった。あんたも大変だね」
萃香があまり揺らさないようにと言って針妙丸を引き渡す。
赤蛮奇は針妙丸の状態を確認すると危険な状態だと認識したようだ。
別れのあいさつもそこそこに永遠亭に向かって飛び去った。
萃香は赤蛮奇を見送るとため息をついた。何とか永遠亭まではもつだろう、あとは永琳が何とかするはずだ。
自分はここで、巫女が帰ってくる前にクレータやら、薙ぎ払われた木々を元通りにしないといけない。
ストレスはたまる一方だ。

・・・気付けば、こちらに走ってくる気配がある。赤蛮奇ではない、大分早い。
頭に獣の耳が生えている。こちらに気が付いてはいる・・・しかし近づいてこない。
周辺をぐるぐる回っている。
その人影はため息をつくと、ようやくこちらに近づいてきた

影「ちょっと、そこの鬼さん、聞きたいことがあるんだけど?」
赤蛮奇に比べれば大分ましな口調で質問をしてきた。

萃「なんだい? 私は後始末に忙しんだが・・・」
影「ここで、赤蛮奇っていう子と針妙丸って小さい子見なかった?」
萃「見たよ。そいつらなら永遠亭に行ったはずだ。飛んでいったよ」
影「そうか、私は走ってきたから行き違いになったか。永遠亭だね、ありがと」
萃「どういたしまして」
影狼は萃香に背を向けると苦虫をかみつぶしたような表情を作る。
こいつから針妙丸の血のにおいがする、それもかなり大量だ。
あまり想像したくないが、この周辺からはこいつ以外の鬼のにおいがしない。
多分この真新しいクレータも、薙ぎ払われた木々もこいつの仕業だろう。
経緯は知らない、わからないが、針妙丸がこいつにやられたのは間違いなかった。
手に思わず力が入る。歯ぎしりをする。
この鬼はこんな力を針妙丸を相手に使ったのだ。
だが、挑んだところでぼこぼこにされるのはこちらだろう。
今回の件は天災にでもあったと思ってあきらめるしかないようだ。

萃「ああ、そうだ、あんた永遠亭に行くんだったら、その針妙丸に伝えてくれないか
  襲った鬼は伊吹萃香って鬼だってね。探すなら私が手伝う。博麗神社に来てくれと」
影「あんた伊吹萃香っていうのか・・・」
萃香の左目が大きく開く。
―――・・・なぜ気付いた?
   ・・・そうか、こいつの耳は狼、白狼と同じか。においだな?
   どうやら私も大分腑抜けていたらしい。
影狼は自分の失言に気付いた。危険だ、一刻も早くここを立ち去らないと・・・鬼に目をつけられる前にだ。
必ず伝えると一言告げ、駆け出そうとするが、目の前に鬼が立った。
苦笑いしている。

萃「悪いね、あんたに名乗ったつもりはない。・・・においか? どこまでわかった?
  返答次第ではただで返すわけにはいかなくなった」
影「・・・! さあ? なんのことだか?」
萃「嘘を言うな・・・鬼は嘘が嫌いだよ?」
影狼は舌打ちし、油断なく構えると大体の予想について語りだした。
この周辺のにおいから萃香以外のにおいがしないこと、
大量の針妙丸の血のにおいが萃香からすること
クレータを作ったのも萃香であること
・・・だから、小人相手に全力で攻撃したんだろ? と続けた

萃「なるほど、もうそこまでわかっているのか・・・」
影「で? どうするんだ。あとは憶測だが、針妙丸はくそまじめだ
  ちょっかいを先に出したのはあんたのほうだろ?
  ちょっかいを真面目に取られてあんたは引くに引けなくなった。
  ・・・それで、全力で戦ったんだろ?」
萃「大体その通りだ・・・」
影「・・・はっきり言う。お前は大嫌いだ。
  針妙丸にこんな力を使うなんて正気か?
  理由は知らない、もしかしたら針妙丸が悪かったのかもしれない。
  でもね、いくらなんでもやりすぎだろう?」
萃「やりすぎ、・・・やりすぎか。そうだな、次はもっと丁寧にやるよ」
影「次? 次って何だ? あるわけないだろ!」
萃「だめだね。あれは鬼を恐れていない。このまま舐められっぱなしじゃ、私の気が済まないよ。
  それにな・・・」
萃香は右目を開いた。赤く濁っている。

萃「よくも、あの程度の体でやってくれたものだ。危うく右目がつぶれるところだった」
影狼はあっけにとられた。針妙丸は萃香にダメージを与えていたのだ。

萃「だからな、今度こそ逃がすわけにはいかない。永遠亭で治療を受ければすぐ全快する。
  そしたら、すぐ再戦だ。思い知らせてやるぞ! 鬼の恐怖をな!!」
影「させない!」
影狼は萃香に飛び掛かった。
ここで引いても同じことだ2人は永遠亭で激突する。
どのみち、避けられない戦いだ。
加えて,針妙丸のつけた傷跡に後押しされた。針妙丸にできて自分にできないわけがないと。
それに針妙丸は悪い奴じゃない。真っ直ぐないい子だ。
もう2度と傷つけさせるものか!
ここで、鬼を止めてやる!
影狼は思い切り踏み込むと萃香のみぞおちに拳を叩き込んだ。全力だ。針妙丸とは違う。
体格差もある。だが、ダメージを受けたのは影狼の拳のほうだ。

影「っ! あっ!」
萃香はあきれた目をして影狼を見ている。

萃「・・・ひょっとして、今のは攻撃だったか?
  なぜ、私に喧嘩を売る?
  お前は私を恐れているだろう?」
影「それでも! あんたが針妙丸にこれ以上手を出すなら! ここで私がとめるしかない!」

狼符「スターリングパウンス」

影狼の技だ。満月でないのが痛いが、影狼のスピードが上がる。一方で萃香は棒立ちしている。
目の動きだけで影狼を追う。

萃「なるほど、白狼クラスの速度はあるじゃないか」
萃香を中心に駆け回りながらすきを探す。
―――何だ? この鬼は? 前しか見ていない。
   正面以外はすきだらけだ・・・
   今度こそ!!
萃香の背後を取ると今度は思い切りけりこんだ。
しかし手ごたえがない。萃香は目の前にいるのにだ。
気付けば体の、けりこんだ背中が霧となって霧散している。
霧が大きくなる。萃香の姿がなくなっていく。

疎符「六里霧中」

萃香の技だ。霧と化した萃香に影狼は戸惑う。
霧がまとわりついてくるが、振った拳は空を切るばかりだ。
次第に霧が濃くなっていくが、どうすることもできない。
ただむなしく手足を暴れさせる。
首に強い圧迫感を感じると萃香がいつの間にかおぶさる様に背中にしがみついていた。

萃「大体、攻撃力とスピードはわかった。防御力はどうかな?」
萃香がしがみつく力を上げ始める。
まるで万力だ。

影「ぐっ・・ぐう、あっ・・・っ!」
萃「ふうん、こんなものか」
萃香は影狼を離すと、体力はどうかな? と聞いてきた。
影狼の手をつかむと無造作に持ち上げ地面にたたきつける。
1回、2回、3回、4回、5回、6回、7回、8回、9回・・・

萃「そぉ~れ10回目!」
影狼は口から血をしたたらせてぐったりしている。顔を覗き込むが、
目が虚ろだ。萃香を認識すると目に脅えが走る。

萃「そうそう、その眼だ。雑魚が鬼を見る目っていうのはね」
影「わ・・たしは・ざ こ?」
萃「そうだよ? 鬼に通じる技なんて一つも持っていやしない。
  スピードは白狼クラス。
  攻撃力はそこそこ
  防御力はまあまあ
  体力はこの程度か
  そして、能力が身体強化だけじゃな・・・
  総合評価で雑魚だ、お前程度なら妖怪の山にいくらでもいる。
  お前みたいな奴は歯牙にもかけてやらない。大体数が多すぎる。覚えきれない」
影「しん みょ う まる は?」
萃「あいつか、あいつは許せん、雑魚以下の分際で私に喧嘩を売り、
  あまつさえ、右目を奪われるところだった。
  徹底的に恐怖を叩き込まねば気が済まない!」
影「あ・・あ、やめ・・」
萃「鬼を止める気なら力ずくで叩き潰すんだね」
萃香は影狼をもったまま、ふわりと浮くと振りかぶり、まあ お前なら死にはしまいと言うと
地面にたたきつけた。もちろん死なない程度の加減はしているが、影狼はそれでも血を吐いて気絶した。
萃香は影狼を見て結果に満足するとそのまま虚空に霧となって消えた。

・・・

永遠亭では同時刻、大手術が行われていた。
恐ろしい勢いで複雑な術式が組まれ、秘薬が、秘宝が惜しげもなく使われていく。
鈴仙は永琳のそばで手伝いをしながら針妙丸は助かることを確信した。

赤蛮奇は手術室の外で待っているが、大分不安そうだ。
手から伝わった針妙丸のぬくもりがもう消えている。

赤「助かるかな・・・」
妹「助かるよ、ああ見えて永琳は無駄なことはしない。ダメなときはダメって匙を投げるよ。
  その永琳があれだけやってるんだ助かるんだよ」
赤「そうか・・・よかった」
妹「それにしてもだ、誰だ? あんな大けがを負わせた奴は?」
赤「多分、伊吹萃香だと思う。襲い掛かってきたって言われた」
妹「萃香、・・・萃香か!」
赤「知っているのか?」
妹「ああ、二本角の小柄な鬼だ。だがな あいつは体の大きさを自由に変えたり、霧になったり、
  人の思いも操ったりするとんでもない奴だ」
赤「二本角? 小柄? まさかそいつは手から鎖を垂らした奴じゃ?」
妹「そうだよ」
赤「あいつか!! 俺に針妙丸を手渡した奴。あいつよくもぬけぬけと・・・!」
妹紅の肯定を受けると赤蛮奇は叫んだ。
手が怒りで震えている。
初めてだった、こんな感情。
知り合いをこんなに傷つけておいて萃香はのうのうと・・・
―――許せない!!
赤蛮奇は立ち上がると萃香を殴りに行くと物騒な言葉を発し永遠亭を出ようとした。

妹「やめとけ、普通の奴じゃ相手にならない」
妹紅が赤蛮奇を止める。
だが赤蛮奇が静止を聞くはずがない。息巻いて妹紅を押しのけた。
妹紅は舌打ちすると、赤蛮奇の前に飛び出し、「どうしても行く気なら私を倒していくんだな!」と言った。
赤蛮奇も赤蛮奇でその言葉後悔させてやると、妹紅に挑みかかった。

10分後、赤蛮奇は星を見ていた。
強い、妹紅のことをたかが人間と侮っていたが、とんだ勘違いだった。

妹「まだやるか? もうやめとけ、鬼は私より強いぞ」
赤蛮奇はくそっ、とつぶやくとおとなしく永遠亭に戻った。

・・・

影狼は目を覚ました。
大分口の中を切った が、血はすでに固まっている。
鬼の凶暴な力を前に何もできずに気絶させられた。
自然と涙が出てくる。
―――悔しかった。
   怖かった。
   何もできなかった。
   ごめん、針妙丸、私はあなたを守れなかった。
   こんなに、こんなに・・・
大泣きした。両手で顔を覆った、押さえた指の隙間からとめどなく涙が出てくる。
命を奪う恐怖を知っている影狼は、命を守れない事実にうちのされていた。
―――隠れたかった。
   見たくなかった。
   情けなかった。
   どうしたらいい? どうにもできない!
影狼は泣きじゃくりながらただ歩いた。
泣き叫びながら歩くとさらに大きな声で泣いた。悲しみを咆哮に変えただ歩く。
どこへ行くともなくただ歩いた、声にならないうめきをただまき散らす。
何度吠えただろう、何度叫べばこの心の屈折は晴れるのだろうか?
鬼に叩きつけられた痛みよりも自分の情けなさが、
無力感が、何よりも胸を貫く、悲しみが悔しさが、情けなさが心を覆い尽くす。

影狼はわかさぎ姫にしがみついたままただ泣きじゃくっていた。
どこをどう通ったなんて覚えていない。永遠亭に戻らなかった理由もわからなかった。
ただ、だれかを求めてさまよった結果だった。心から頼れる誰かをだ。

わかさぎ姫はただ影狼の頭をなでているだけだ。
最初は水面を揺らす振動に気付いただけ、顔を出してみれば影狼がただ泣いてうずくまっていたのだ。
慌てて飛び出したものの、どうしようもなく、ただ影狼が泣いているので、それを抱き留めただけだ。
―――どうしたのだろう?
   怪我もひどいけど、泣くだけなんて初めて見る。
   理由を聞いてみたいけど・・・、もう少し待ってみよう。

影狼はしがみつく力を上げるが、ただ泣いているだけだ。
わかさぎ姫はただ待つだけ、ただやさしく落ち着くのを待つだけだ。
次第に声が小さくなっていく、落ち着いたのではない、泣き疲れて眠ってしまったようだ。
それでもわかさぎ姫は動かない。しがみつかれたまま姿勢を保っている。

他の気配を感じた。影狼が泣き止むのを待っていたかのように別の気配が強くなる。
目の前に黒い霧が集まっている。伊吹萃香が姿を現した。影狼があまりにも泣きわめいているので面白半分であとをつけてきたのだ。

萃「いや~。意外に鋭いね~。何で気付いた? ぜひ聞かせてほしい」
わ「なぜかしら? 私にもわからないわ。はっきり言って影狼が落ち着くのを待っていたら
  あなたが勝手に姿を現したってところかしら」
萃「ふふっ 正直でよろしい」
わかさぎ姫はそこで初めて萃香を見据えた。鬼だ、角が生えている。

萃「どうする? 目の前に鬼がいるぞ。人魚よ、どうする?」
わ「あなたはどうするの? 私はそれで決めたいのだけれど?」
萃「なるほど、相手に任せるか。では、どうしようか?
  どうしたらお前は鬼への恐怖を、畏怖をいだく?」
わ「鬼への恐怖を抱かせたいなら、襲い掛かればよいわ」
わかさぎ姫があっさり答える。
萃香が首を振る。

萃「それは鬼相手だけではないだろう? 鬼のみの恐怖を、どうしたら畏怖をおぼえる?」
それこそが萃香にとって大事なことだった。
畏怖させることで力を得る。妖怪として譲れないところだった。
わかさぎ姫があっさり答えた。

わ「ごめんなさい、わからないわ」
萃香にはそれが嘘偽りない言葉であることがわかる。どうしようか思案に暮れる。

わ「暴れるのはやめて、ゆっくりしたら?
  ・・・右目はどうしたの?」
よく見れば萃香の右目は真っ赤に染まっている。瞳孔が赤い色に沈み濁っている。

萃「くっ、くく、痛いところを聞くね? これはさっき怪我したのさ。
  それ以上は言えないね」
わ「そう・・・。
  痛くない?」
萃「痛いね。だがこれで、相手のことを忘れずに済む。どうやって借りを返してやろうか・・・」
萃香が怖い顔をする。おそらく相手は死ぬだろう。どこの誰だか知らないがとんでもないことをしてくれたものだ。
痛みで萃香の怒りは増幅され、力の加減もない暴力があたりを襲うのだろう。
至極迷惑な話だった。

わ「治してあげようか?」
萃「何?」
萃香はあっけにとられた。目を治すことができるのか?
正直、この怪我の治療には長い時間がかかる。治せるなら治してしまいたい。

萃「この目を治してくれるなら、そうだな・・・何か一つ願いでも聞いてやろうか?」
わかさぎ姫が笑った。

わ「別にいらないよ。さあ、もっとよく目を見せて・・・」
萃香は警戒したが、嘘を言っているようには見えない。まあ、だまし討ちされたところで問題なく迎撃できる。
おとなしく右目を見せた。

わ「ちょっとしみるよ?」
わかさぎ姫は自らの手を噛み傷をつけると血を絞り出した。
血をしたたらせて右目に当てる。
右目の視界がさらに赤く染まる。
だが心地よい。むずがゆさがある。
痛みが引いていくのがわかる。
わかさぎ姫に水で洗い流すようにと言われ、右目についた血を洗い流す。
・・・見える。まだ、濁りが残っているがさっきよりも確実によく見えるようになっている。

わかさぎ姫が手招きしている。
萃香はおとなしく従う、また右目に血を当ててもらう。そして洗い流す。十数回繰り返した。
最後のほうは萃香自らが早くしてほしいと、まるで子供みたいにわかさぎ姫をせかしている。
見える、さっきまでの赤く濁った夜空ではない、星がきれいだ。夜の湖に月が反射しきらめいている。
風にたなびく雲が見える。見える、昼間と同じように見える。
痛みはきれいさっぱりだ。
こんなにあっさり治るとは思わなかった。
もう視力がもとには戻らないかもしれないと思っていた。
あまりの嬉しさに思わず叫んだ。

萃「なおったーーー!!! 目が見えるぞ!! やったーーー!!!」
わかさぎ姫が耳をふさぎながら、思わずうるさいと言っている。
影狼がその声を耳にして飛び起きた。萃香は影狼には目もくれずわかさぎ姫に礼を言った。

萃「ありがとう、こんなによく見えるように治るとは思わなかった。これは何かお礼をしなければならない」
わ「別にいいよ、見ててこっちが痛かったから・・・ ?」
影狼がわかさぎ姫を盾にして体を震わせている。目が恐怖で震えている。
こんな影狼は初めて見た。

わ「かげろーどうしたの?」
影狼は何も言わずにただ震えているだけだ。鬼が怖いのだ。

わ「大丈夫だから、ね?」
わかさぎ姫がゆっくり頭をなでる。萃香は完全に見下した目で影狼を見ると鼻で笑った。

萃「ふん、そんな奴、放っておけばいい。それより何が望みだ?
  大概のことならかなえてやるぞ?」
わかさぎ姫はちょっと考えているようだが、影狼があまりにも震えているので鬼への望みはこう願った。

わ「じゃあ、この場を立ち去ってくれるかしら?」
萃「!! そんなこと・・、もっと他にないのか?」
わ「他にって言われてもね? このままだとかげろーがおびえたままだし、
  お金とかって言ってもね? 使い道がないし、地位も権力も正直いらないし」
萃「私の右目の価値は宝石なんぞでは代えられない、一国の権力でもつり合いが取れない。
  私が私であるために必要不可欠なものだからだ。右目の治療の対価をそんなもので支払ってはつり合いが取れない!」
わ「う~ん、別にいいよ、気にしなくて、私が勝手に治療したものだから、お礼がほしいわけじゃないから・・・」
萃「これでは私の借りが大きすぎて私の気が晴れない」
わ「じゃあ、こうしましょう。今、私はかげろーと二人の時間がほしい」
萃「・・・それはさっき言ったことと何が違うんだ?」
わ「ふふふ、私は私の親切心であなたのけがを治したの、だから、あなたからはちょっとした気遣いがほしいってことよ。
  親切心と気遣いならつり合いが取れるんじゃないの?」
萃「くっ! ・・・そんな屁理屈・・・」
萃香はわかさぎ姫の目を見る。本気だ・・・いらないのか? 権力や金、人望なんてものだって私の力なら集めることができる。
しばらく見つめあうが、わかさぎ姫は萃香の視線をしっかり受け止めている。この願いを変える気はないらしい。

萃「・・・わかった、私からは気遣いをお前にやる。私の譲れないところ以外では気を利かせる」
わ「そう、ありがとう」
萃香はさようならと言い、霧となって宙に消えた。
あとにはわかさぎ姫と影狼が残された。

わ「大丈夫だよ、かげろー、怖い鬼はもうどこかに消えたから」
影「ご、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
わかさぎ姫はやさしく頭をなでながら笑って聞き返す。

わ「何を謝っているの? 盾にしたこと?」
影「ゆ、ゆるして、く・・・」
わかさぎ姫は影狼の口を手でふさいだ。

わ「謝らなくていいよ、別に悪いことしたわけじゃない。私だって影狼に守ってもらったことだってあるし
  怖いものは怖い。私にはよくそれがわかる」
影「・・・わかさぎ姫・・・わたしは・・・」
わ「いいわ何も言わなくて、しばらくこうしていましょう」
そういうとわかさぎ姫は影狼を抱きしめた。
互いの鼓動と体温を伝え合う。早鐘のようになっていた影狼の鼓動がわかさぎ姫に合わせて落ち着いていく。
影狼は涙を流していた。また、顔が悔しさで歪んでいく。情けなさがこみあげてくる。
今度は叫ぶのではなく、おえつを漏らし静かに泣いている。
わかさぎ姫はただ抱きしめて鳴き声がやむまで頭をなで続けた。
―――誰が影狼をここまで傷つけたのだろう?
   影狼をここまで脅えさせたのは?
   多分、あの鬼だろうな。
   でも、自分にはあの鬼に立ち向かう力なんてない。
   影狼はぼろぼろだ、多分、立ち向かっていったのだろう。
   なんでだろう? 影狼は馬鹿じゃない。自ら喧嘩を売るとは考えられない。
   あの鬼が、戦うように仕向けたのか?
   いや、それでも、影狼は戦いを避けるはずだ。
   わからないことだらけだ。だけど影狼は現に傷つき、心を折られている。
   今日だけは、今この場だけは、しっかりしないといけない。
   何があっても、受け止めてあげないといけない。
わかさぎ姫は気持ちを新たにすると影狼を抱いたまま唄をうたった。
こころを落ち着かせるようにゆったりとした歌だ。しかし、しっかりと土台がある。
安定と安心をうたったらこんな曲になるだろうか? それが人魚の魔力で増幅される。
ガタガタになっていた影狼の心が次第に落ち着いていく。

影「わ、わかさぎ姫、私は・・・」
わ「うん?」
わかさぎ姫が初めて先を促す。ようやく話せるほどには落ち着いてくれたようだ。
まだ、なみだは出ているが。

影「私は針妙丸を・・守れなかった」
わ「・・・どういうこと?」
影狼はひきつった声で続ける。

影「針妙丸が・・鬼に目をつけられてて・・また襲うって・・・
  それで、 私・・・止めようと・・したのに・・全然・・全然
  歯が立たなかった。 何にも、何も・・通じなかった」
わかさぎ姫が影狼の頭をなでる。

影「針妙丸は・・針妙丸は・・また、鬼に襲われるんだ。
  死んじゃう、死んじゃうよう。
  でも、私には・・何もできない・・できないんだ
  ただ、黙って 針妙丸が殺されるのを・・・見ていることしかできない。
  やだよぅ、いや・・だ、 でも、どうにも・・できない。
  悔しいよぅ・・・悲しいよぅ」
影狼はまた子供のように泣き出した。わかさぎ姫はただうなずいて頭をなでるだけだ。
はっきり言ってこれはどうしようもない。鬼には勝てない、そこいらの妖怪では太刀打ちできないのだ。
それにわかさぎ姫にとって、影狼は強者の部類に入る。
その影狼が一方的に負けたのだからわかさぎ姫にもどうにもできない。
あきらめるしかない。
ただ、このことが影狼の心の中で折り合うのはいつになるだろうか、
その日まで影狼は多分このままだ。時間が心の傷を風化させるまでどのくらいかかるだろうか?
人魚の肉でも、永遠亭の医者でも心の傷は治せない。
自分で立ち直るしかない。
わかさぎ姫は泣き続ける影狼を抱きしめ続けた。

・・・

永遠亭では永琳が頭を押さえている。針妙丸に対するすべての術式は終了した。
ただ、相手が小人だったため、力の流れを制御するのに非常に繊細な操作を要求されたので疲労がたまったのだ。
針妙丸は無事に寝息を立てている。明日には動けるようになるだろう。

永「・・・まったくあのバカ鬼は・・・」
思わず恨み言を言う。針妙丸に残った魔力から永琳は犯人を特定していた。

永「加減ってものを知らないのかしら?」
萃「知っているよ?」
突如、萃香が出現した。それに動じず永琳が続ける。

永「加減できなければね、知ってるとは言わないのよ」
萃「いや、できるよ? ただ、そいつには加減をしなかっただけだ」
永「できるのにしないのは、余計に性質が悪いわ」
萃「私だって機嫌の悪い時だってある。我慢ならないことを言われたら、加減だってしないぞ
  お前だってそうだろう?」
永「・・・それはそう・・だけどね。ただ、あなたがこんなに中途半端にするとは思わなかったのよ」
萃「仕方なかったのさ、私の目を攻撃する前だったらつぶしてもよかったが、こいつは私に傷を負わせた。
  ただつぶすだけでは芸がない。恐怖を抱いてもらわねばな」
永「はぁ・・・。あなたたちは全く、周りの迷惑とか手間を考慮しないのかしら?」
萃「してるぞ、ただ、今回は譲れなかっただけだ」
永「そう・・・」
萃「それで? いつ治るんだ? 針妙丸は?」
永「全治ならそうね・・・あと100年といったところかしら」
萃「なんだそれ? お前本当に医者か?」
永「わからない? あなたのせいで針妙丸の体も心もボロボロなの。体なら治せるけど、心のほうはねぇ?」
萃「体だけならいつだ?」
永「・・・明日ね」
萃「初めからそういえ、では明日の昼に来る」
永「ねぇ、わかってるんだけど、弱いものいじめが過ぎない? やめてくれないかしら?」
萃「わかってるなら聞くな。いまさら引けるか。それにな、本当に弱い者は、私に傷を負わせることなんかできないぞ。
  明日は、同格の相手として全力を出す。それだけだ」
永琳はため息をつくと、明日は結界の強化が必要ねと言って寝室に向かっていった。
もう休むらしい。
萃香は寝ている針妙丸の顔を覗き込み、寝息を確認すると笑って部屋から姿を消した。

次の日、いつも通り日が明けるといつも通り魔理沙が来て、永琳と押し問答すると帰って行った。
違いといえば、影狼がわかさぎ姫に連れられて朝帰りしてきたことぐらいだ。
影狼は目が真っ赤だったが、赤蛮奇が尋ねると何でもないといって黙ってしまった。
永遠亭は一通り片付いていたので、特に問題があるわけでもなく昼までゆったりとした時間が流れる。
針妙丸も起きだし、軽い運動をしている。特に体に問題はなく、永琳にお礼を言っている。
永琳は鈴仙や兎達に姫を連れて人里や博麗神社に行くように指示をし、自分一人だけ永遠亭に残った。
妹紅も昼食後は人里に行く、家財道具を探すためだ。
赤蛮奇も自分の家に帰ろうと人里に向かおうとする。
永遠亭に残こるのは永琳、わかさぎ姫、影狼、針妙丸だけだ。
赤蛮奇は不思議に思う。今日はやけに人がいなくなると・・・。
―――なんであいつら出ていかないんだ?
   そういえばなんで私は帰らなきゃいけないんだ?
   針妙丸は無事だった。もう安心だ。ここにいる必要は・・・・ない?
   ここにいる必要はない。そうだ、伊吹萃香を探さなくてはいけない。
   ・・・なんだろうこの違和感は? 強烈にここから出て行かなくてはと思う。
   目的はあるのにしっくりこない。
赤蛮奇は首を傾げながら、人里に向かって歩いて行った。

午後2時を回るころだろうか、急に日が陰った。
永遠亭の上空に太陽をさえぎる黒い大きな霧の塊が集まっている。
永琳はやはり来るのかといった顔で、影狼は脅えを目に走らせながら。
わかさぎ姫はあきらめているのか逆に笑っている。
針妙丸のみが厳しい顔で集まる霧の塊、伊吹萃香を睨んでいた。

萃「永琳、なんで人里に行かなかった? 私の能力で外出を誘ってやっただろう?」
黒い霧が人型を取り、永琳に話しかけてきた。
人がいなくなったのは萃香の能力のせいだ。
人の思いを操り、散らせた。密と疎を操る能力のうち疎の能力だ。
だから、ここにとどまる理由を持っていない赤蛮奇や妹紅、鈴仙、姫、兎、みな永遠亭をでていってしまった。

永「あのね、来ると予告したものをそのまま放置できると思う? それにあんなに露骨にやられたら
  かかる術にもかからないわ」
萃「そこが私の加減なんだが・・・。こうすれば暴れてもけが人が出ないだろう?」
永「永遠亭が壊れるんだけど・・・。だから私が残ったのよ」
萃「ふ~ん、まあいい、手出しするなよ? ・・・そこの狼もだ。したら容赦しない。
  まあ、死にたきゃ別だが。
  それと、人魚、お前も来たのか。・・・帰ればよかったのに」
わ「私はかげろーの付き人ですから。それにかげろーは結末を見届けないといけない」
萃香が忌々しげにわかさぎ姫をにらむ、しかし、わかさぎ姫は涼しげだ。
わかさぎ姫は影狼の力が鬼に通じないないのはしょうがないと思っていた、
しかし、それでもなお、影狼がその現実に目を背けること、・・・逃げることもいけないとも考えている。
きっと、なにも知らないうちに、・・・例え何もできなくてもだ・・・終わってしまったら、
影狼がきっとぐちゃぐちゃに壊れてしまう。
あの時見せてくれた真摯な瞳がもう二度と見れない・・・。
さびしいのではない、惜しい、あの過去のあんな真摯な瞳ができる人は滅多にいない。
もっと、多くの人を守ってくれるはずの目が、あの強い意思がここで、こんなところで壊れてしまうなんて・・・
だから、嫌がる影狼をなだめすかしてここまできたのである。
これから目の前で起こる事実から影狼が逃げられないようにするためだ。
これはわかさぎ姫が決めたこと。
影狼は強い、心底そう思う。だから逃げる影狼なんて見たくない。
ここで逃げたら、影狼が影狼でいられなくなる。
たとえ影狼が反対したって、ここに連れてくるつもりだった。
いつまでも、針妙丸のことを後に引きずってほしくなかった。
迷って、苦しんだけど影狼はここまで来てくれた。やっぱり影狼は強い。
目がおびえて、体が震えているけどそれでもいいと思う。
わかさぎ姫は影狼に笑いかけると影狼の手を握った。
きっと、いや絶対、どんなことがあっても乗り越えてくれると思っている。

萃「・・・ギャラリーは少ないほうがいいんだが、・・・まあしょうがない。
  さ、て、と、針妙丸、覚悟はいいよな? もう待たないぞ」
萃香が針妙丸に向き直って確認する。

針「・・・一方的に襲い掛かり、かつ、力の限り暴れ狂う、そんな奴に従う理由などない!
  力及ばずとも、戦うのみ!! 小人の意地を見せてくれる!!!
  ・・・永琳殿、済まぬ、せっかくの治療が無駄になってしまって」
永「別にいいわよ、ただ、今度は治療しないわ。・・・せめて最後の一瞬まで頑張りなさいな。
  それと、萃香、わかってるだろうけど苦しませずにね」
萃「当たり前だ、苦しむ暇すらない、圧倒的な力の恐怖を冥土の土産にするがいい!!」
萃香が構える、前回同様、膨張を始める。しかし、前と違ってそこに割って入ってきたものがいる。

わ「あの~、萃香さん、その攻撃だと、私、巻き込まれちゃうんだけど・・・」
萃香が白い目でわかさぎ姫を見る。影狼に戦慄が走る。
勝負の開始を邪魔されてあきらかに不機嫌である。
わかさぎ姫はにこにこ笑っている。

萃「あ゛あ゛? そんなもの、自己責任だろうが! 自分で危険地帯に入り込んでなにをいまさら・・・」
萃香のにらみをさらりと受け流し、わかさぎ姫が続ける。

わ「ねぇ、萃香さん、気遣いって知ってる?」
突如として萃香の動きが止まる。構えたままだ。萃香が青筋を立てている。
確かに約束した。わかさぎ姫には気を利かせると・・・。

わ「それにね、提案があるのだけど・・・いいかな?」
萃香が歯ぎしりしながら元の大きさに戻る。針妙丸に待ってろというと、何事か聞いてきた。

わ「私ね、力が弱いの・・」
萃「そんなことは知っている!! くだらないことなら止めるな!! 恩人といえど限度がある!!」
わ「ちゃんと聞いて、・・ね? 
  私は力が弱い、だからね、針妙丸のこともね、大体想像がつく」
萃「・・・だ・か・ら?」
勝負を止められて、イライラが募る。対応を誤るとわかさぎ姫もとばっちりを受けかねない。

わ「あなた、針妙丸の恐怖とか畏怖が一番ほしいんでしょう?」
萃「そうだ、だから圧倒的な巨体で恐怖を・・・」
わ「・・・多分、針妙丸はそれじゃ恐怖しないよ?」
萃「ぐっ! いやそんなことはない、見上げるほどの巨人にはみな恐怖するはずだ!」
わ「・・・普通ならね。いい、よく聞いてね? 針妙丸にはみんな巨人なのよ? わかる?
  ・・・つまり巨人には慣れっこなのよ」
萃香は目を見開いた。考えてもみなかった。巨人が慣れっ子?

わ「だからね、こうするの・・・」
驚いたことに萃香が大人しく耳を貸している。小声で相談している。
影狼がかろうじて内容を聞き取るが、鬼がそんなことをするか疑わしい。
萃香が本当にそうか? とわかさぎ姫に聞いている。
わかさぎ姫はうなずくと大丈夫、保証すると言った。
萃香は悩んでいるようだ、確かに自分ならどのような状態であろうとも負けるわけはない。
それに一度、巨大になって痛い目にあった。試してみるのはやぶさかではない。

萃「わかった。・・・提案を受ける。
  ・・・針妙丸、またせたな。勝負と行こうじゃないか」
針妙丸は、鬼に手を貸したわかさぎ姫を睨んだ。
わかさぎ姫はどこ吹く風で笑って針妙丸に手を振った。
針妙丸の顔には「死んだら化けて出てやる」と書いてある。
針妙丸は萃香の「どこを見ている?」との声に、改めて鬼に向き合った。
鬼はなにやら神妙な顔をしている。

針妙丸は油断なく鬼を見据える。鬼はさっきと同じ構えをとった。
みるみる・・・みるみる縮んでいく。
針妙丸はあっけにとられた。鬼が縮んでいく。自分とほぼ同じ大きさで縮みやむ。

萃「まあ、こんなものか、・・・針妙丸何している? 別にかかってきて構わんぞ」
鬼は余裕たっぷりだが、針妙丸は動けない。

針「・・・なぜ縮んだ?」
萃香は針妙丸の動揺を感じ取ると、作戦がうまくいったことに思わず笑みこぼれた。

萃「・・・チャンスだぞ? 来ないのか?」
確かにチャンスだ。この大きさなら、五分の戦いができるはずだ。
だが、動けない、鬼の行動が読めないからだ。

萃「ああ、そうか、私が襲い掛かったんだったな。では、私から行こうじゃないか」
萃香は笑みづくると単純に歩いて近づく。
針妙丸が慌てて構えなおす。油断なく構える。
萃香はただ歩いてくるだけだ。振りかぶりもしなければ、輝針剣を警戒しているわけでもない。
ただ近づいてくる。
針妙丸は困惑している。萃香は笑みを強める。面白いように針妙丸が動揺していく。
剣先を萃香に向けてはいるが、迷いが見える。

萃「ふふ、はは、最初からこうすればよかった」
萃香が剣先をつかもうと手を伸ばす。それも無造作にだ。
針妙丸は慌てて剣を振る。
しかし、動きが丸見えだ。難なく後ろに跳び退り剣をかわす。

萃「残念、残念、つかみ損ねた」
針「貴様、何のつもりだ! 何がしたい!」
鬼の行動、鬼の態度、全く理解できず、針妙丸は不安になっていく。

萃「お前に鬼の恐怖を教える。ただそれだけだ。
  そして今、お前は私に恐怖している。とても気分がいいぞ。
  さあさ、もっと恐怖するがいい」
萃香が再び近づいてくる。今度はさっきよりも早い。
針妙丸は今度はつかまれないように、剣先を揺らす。
―――今度は射程圏内なら刺す。

萃香は歩みを止めず、ずかずかと射程圏内に入ってくる。
針妙丸は頭を狙い、輝針剣を突き出す。
萃香は頭を傾けて突きをよけると、わざと大きく踏み込み針妙丸を捕まえようと手を大きく伸ばす。
針妙丸は慌てて、後ろに跳ぶと萃香から距離を取る。
冷汗が背を伝う。動きが完全に読まれている。
このままではいけない、じきにジリ貧になる。
針妙丸はさらに2歩、3歩と下がると深呼吸して構えなおした。
針妙丸の顔がひきしまる。

萃香は対して何もしていない。ただニタニタと笑っているだけだ。
―――狙いはまた頭か、視線でまるわかりだ。にらみつけている視線が交差しすぎる。
   それにしても、こんなにあっさり恐怖してくれるとは、他人の言うことも聞いてみるものだ。
   わかさぎ姫の言っていた通り、針妙丸は他人を観察することに慣れていても、自分を見ることに慣れていない。
   針妙丸の目は真っ直ぐすぎる。考えていることが筒抜けだ。ねらいもタイミングもだ。
   このまま、叩き伏せよう。それも圧倒的にだ。
   頭を狙うのなら・・・右手で防げばよい。残りの左の一撃で完封できる。
そう考えると萃香は馬鹿にしたように笑み作り、この戦いで初めて攻撃の構えを取った。
針妙丸は萃香の目だけを見ている。
萃香が笑みをけし、突進を開始する。

針「見えた!!」
針妙丸が萃香の動きを見切って萃香の頭めがけて輝針剣を突き出す。
しかし、この突きは萃香の読み通りでもある。
針妙丸に手ごたえが伝わる。
輝針剣が突き刺さったのは・・・萃香の右の手のひらだ。

萃香の右手は貫かれた状態で輝針剣を握り返す。
わずかに遅れて針妙丸が引っ張り返す。
しかし、鬼の腕力である振りほどくことなどできない。
針妙丸は自分の失敗に気付いた。
両手で握っているのに右手一本でつかまれた輝針剣が動かない。
小さな全身を震わせて力の限り、引いてみるがびくともしない。
針妙丸は歯を食いしばり、腰を落として引くが逆に自分の汗で手が滑りしりもちをつくありさまだ。
萃香はそんな針妙丸が面白くてたまらない、ニタニタと笑って眺めるばかりだ。
針妙丸が必死にしがみついた輝針剣をそのまま振り回してみる。
針妙丸が恐れている、自分をだ。とても楽しい。
動揺に揺れた瞳でこちらを見ている。
驚愕が、恐怖が、畏怖がこちらに伝わる。
しばらく針妙丸を振り回して遊んだ。
しかし、あまり長くやって、慣れられても面白くない。
そろそろ、終わりにしてやろう。
萃香はそう考えると、針妙丸をぶら下げたまま今度は考えられない速さで輝針剣を振った。
手が滑り針妙丸がしがみついたままの姿勢で脱落した。

萃「あはははは、楽しかったよ。でも、そろそろこれで終わりだ」
萃香の左手に力を込める。純粋な力だ。勇儀に似た煌きが拳を包む。
針妙丸は一瞬その煌きに目を奪われた。立とうとする動作が完全に遅れる。
萃香が力の限り左手を振り下ろす。
今度は針妙丸から視線を外さない。狙いは正確だ。

彗星のような速さで拳が落ちる。が、音と振動はない。
あまりの速さと威力に伝わる時間がないのだ。

針妙丸が目を丸くして前を見る。針妙丸がすっぽり入る大きさの底の見えない穴があいていた。
腰を抜かしたその態度から針妙丸の恐怖が伝わる。立ち上がることができない。驚愕で震えがきている。

針「あ・・・う・・」
萃「ようやく恐怖したか。・・・その恐怖忘れるなよ?」
言うなり、輝針剣を手から引き抜いて針妙丸に投げ渡した。
そして、萃香が元の大きさに戻る。もう、勝負はおしまいらしい。
針妙丸に見向きもせず、わかさぎ姫に向かっていった。

萃「お前の言ったとおりだった。針妙丸は対等な戦いをしたことがないんだな。
  まさか、同じ身長で圧倒してやることでこんなに恐怖するとは思わなかった」
わ「そうでしょう。針妙丸はね、自分が同じ大きさなら負けはしないのにって顔に出ていたから。
  自分ならできる。対等な体さえあればって。そこをついてもらったのよ」
萃「ふふふ、同じ体格か・・・無理だな、鬼にはそんな程度では勝てんよ。
  ・・・それよりわかさぎ姫」
わ「何?」
萃香が悪戯っぽく笑った。

萃「私に気遣いを強要してくれるとはなかなかやるじゃないか」
わ「・・・」
わかさぎ姫の顔が曇る。

わ「・・・とても良い提案をしたでしょう? それじゃあだめ?」
萃「くっく、まあ、別にいいんだが、私はそれは別のもので返そうと思う。
  だからな、お前には親切を強要してやろうと思ってな」
わ「どういう・・・」
萃「あ~右手が痛いな~」
萃香がわざと右手を見せつけてくる。穴が空いていた。
しかし、切断や圧潰とは違う、これはちゃんと治療をすれば、時間を置けば完治する類の傷だ。
わかさぎ姫が、全部計算してたの? と聞いている。
萃香はそれについては黙秘だと答えた。
わかさぎ姫は仕方なく、指を口で切ろうとした。
その手を萃香が捕まえると強引に引き取り、腕にかみついた。
そのまま、噛み切る。

わ「・・・っ!!」
わかさぎ姫の目が驚愕で開く。
萃香は血の味を楽しみながら、肉を飲み込む。
たちまちの内に傷がふさがる。
痛みが消え、手は元通りに直った。

萃「くくく、悪いね。一度、人魚を食べてみたくてね。
  ふっ、予想以上に美味いじゃないか」
わかさぎ姫は傷つけるのも傷つけられるのも慣れていない。
目に涙をいっぱいにためながら、もうしないでね? という。。
萃香はまあ、仕方ないかと言って、もう二度としないことを誓った。

噛みあとはそんなに大きくない。指も全部きちんと動く、
でも痛かった。ぽろぽろと涙がこぼれる。

そんなわかさぎ姫をじっと凝視していた狼がいた。
自分の中でとっくにしなびてしまった闘争心があおられている。
友達が泣いているのだ。
理不尽な鬼の仕打ちによって、何かしたいのに・・・してあげたいのに・・・手が動かない。
・・・く、くやしい。まだ、萃香への恐怖のほうが大きい。体が震えて手が出せない。

そんな影狼に萃香が気付いた。
想いを操ることに長けた鬼は自分への敵意を逃すようなまねはしない。
そして、萃香は先ほどのわかさぎ姫への礼を返すチャンスだと考えた。
わかさぎ姫は特にこの狼を大事にしている。
この気にかけている狼を、狼のぼろぼろになった心を元に戻してやろう。
それが、わかさぎ姫への礼になる。
なに、簡単だ、影狼の中の勇気を集めてやればいい。

萃「・・・気が変わった」
わ「?}
萃香はわかさぎ姫を強引に腕力で手繰り寄せて「戦利品として旧都でみなで喰うとしよう」と言い放った。
わかさぎ姫の口をふさいで反論を封じると、わざとらしく影狼を見る。
影狼の中で恐怖と怒りがせめぎあいを始める。
萃香は影狼の感情を確認する。もう少し挑発が必要か・・・
萃香は持ち前の腕力を使って髪を引っ張りわかさぎ姫を思いっきりのけぞらせる。
悲鳴を上げることもできずに、わかさぎ姫がのどを鬼にさらした。
影狼の手が本能に反して反応する。
―――もう少し・・・。

萃「魚には血抜きが必要だな」
萃香が思いっきり口を開いた。牙がずらりと並ぶ、鬼の口だ。岩でも鉄でも噛み切るだろう。
そしてそんな牙をわかさぎ姫の首へ向けて無情に振り下ろす。
しかし、首に到達する寸前で止まった。
影狼が、萃香の顔面に思いっきり拳を叩き込んだのである。
影狼のなかで、わかさぎ姫を失う恐怖が萃香への恐怖を上回った。
とっさに手を出してしまった。
もうここまできてしまったら、後には引けない。
影狼は自分を奮い立たせるしかなかった。
萃香は殴られた手前、顔を手で覆いうめき声をあげている。わかさぎ姫も手放した。
しかし、もし手の内側の表情を見れるものがいたら
笑み崩れているのが確認できただろう。

影「・・いい加減にしろ!!」
わかさぎ姫が必死に影狼を止める。

わ「か、影狼、大丈夫、大丈夫だから」
さっきの一撃で鬼がダメージを受けるわけがない。
しかし影狼が止まってくれない。
表情が破れかぶれになっている。
強引にわかさぎ姫を押しのけると萃香に2発目を叩き込もうとした。
飛び掛かる瞬間、予想外の方向からの攻撃で影狼は真横に吹き飛ばされる。
攻撃の主は八意永琳である。

永「全く、あなたたちは・・・」
萃「永琳、邪魔するなよ! 今いいところだったんだ!」
影「がっ! ・・な、なぜ・・私を・・」
永「あなたたちの都合で暴れられると永遠亭がまずいのよ。やりたいなら、よそでやってちょうだい。
  ・・・影狼、あなたはもっと、頭がいいと思っていたけど・・・見込み違いね。
  実力差がわからないようなら、長生きできないわよ?」
影「友達を傷つけられて、・・・傷つけて笑っているやつが目の前にいるのに、黙っていられるか!」
永「挑発だってことがわからない? ・・・萃香も挑発はやめなさい。
  もう十分でしょう?」
萃香は影狼を確認する。確かに鬼たるこの私に逆らうほどに心が回復したなら
十分であろう。わかさぎ姫への礼もこれで十分のはずだ。

萃「ちぇっ、確かにそうだな・・・、でも、もっと面白くなったかも知れないのに・・・まあ、今日は仕方ない。
  おい、影狼、お前は名前を憶えてやるから、文句があるならいつでも来い、相手をしてやるぞ。
  それと、わかさぎ姫、影狼は元に戻した。提案への借りは返したからな」
そういうと萃香は影狼たちに背を向けて、霧となって舞い上がり博麗神社の方へ飛んでいった。
萃香がいなくなったということは、萃香がかけた術も解ける。もうじき、永遠亭を離れた者も帰ってくるだろう。

影「永琳、あんたは、これだけの実力があって・・・なぜ、針妙丸を守ってやらなかった?
  あんたならできただろう?」
永「・・・冷たいことを言うとね、私には優先して守らなきゃいけないものがあるのよ。
  あなたたちより鈴仙、鈴仙よりも永遠亭、永遠亭よりも姫って具合にね」
影「人の命は・・・」
永「そう、命はとても繊細で大切なものよ。この永遠亭の設備なら多くの者を救える。
  それを高々、あなたたちのためにだめにする気にならないわ。
  ・・・わかる? ・・・わかるわよね? あなた、頭良いものね?
  針妙丸みたいな怪我を負っても助けることができる。でもねこの屋敷がなかったらそれすらできないのよ?
  私がこの屋敷より優先するのは私の親しい人だけ・・・あなたたちは残念ながらそこまで親しくはないわね」
影「・・ッ!!・」
影狼が何か言いたげな目で見ているが、言葉にできない。

永「ふふ、あなただってそうでしょ? もし傷つけられたのが、鈴仙だったらあなたは鬼に挑まなかったはずよ。
  わかさぎ姫だったからでしょう?」
この医者は頭が良すぎる。おそらく一生理解できない類の生き物だ。そのうえ、永琳は私がそう考えていることすら見透かしているはずだ。
いま、私は確かに一時的な感情で宿を捨てようとしているが、それよりも永琳と一緒にいたくない。

永「ふっ、ここでお別れのようね。まあ、怪我をしたらいつでも来なさい。
  村人よりは優先してあげるから・・・」
影狼は結構とだけ言って、痛めたところをさすりながら立ち上がる。一度実家に帰ろう。もうここには居たくない。
影狼はわかさぎ姫を抱きかかえると人里に向かって歩き始めた。
針妙丸も立ち上がり、永琳に頭を下げると、影狼のあとを追っていく。

永琳は、いつかこうなるのかと笑いながら一人きりで永遠亭の中へ姿を消した。

・・・

一時的な感情に押し流されるとは恐ろしいことだ。
影狼はわかさぎ姫を連れて今、赤蛮奇の家にいる。
ついうっかり、わかさぎ姫をそのまま人里に入れてしまった。
おかげで、思いっきり奇異な目で見られてしまった。
針妙丸に案内されて赤蛮奇の家にたどり着いたときには自分のうかつさに顔が真っ赤だった。
人魚を連れて実家に帰ったら、家まで巻き添えで好奇の視線を受けることになる。
赤蛮奇には悪いと思ったが、他に人里の知り合いはいなかった。

影「ご、ごめん、気が立ってて全然気が回らなかった」
わ「別にいいよ、それより影狼がもとに戻ってくれて、私うれしい」
狼狽している影狼をわかさぎ姫が慰めている。
そしてそれを白い目で赤蛮奇が眺めていた。

赤「・・・先に私に謝れ。
  せめて人目を避けて来いよ! 人魚に狼女、小人まで家に匿ったのが丸バレじゃねーか!!」
針「許してくれないか? 他に行く当てがなかったのだ」
赤「そんなんじゃねーよ!! 窓の外を見ろ!! 村人が「何があった?」って顔でこっち見てんだよ!!」
わ「ごめんなさいね。ほら私、歩けないから」
影「わかった。私が追っ払ってくる」
赤「絶対にやめろ、私の家に悪の巣窟みたいな噂が立つ」
影「じゃあどうすればいい?」
赤「とりあえず、わかさぎ姫は湖に連れて行け! 針妙丸、お前は永遠亭に帰れよ!
  影狼、てめぇは野宿でもいけるだろうが!」
影「いつ鬼が襲ってくるかもしれないし、そしたらわかさぎ姫から離れるわけにはいかないし・・・」
赤「じゃあ一緒に湖の中に潜れよ」
赤蛮奇が冷たく言い放つ。目が早く出ていけと訴えている。

針「まあ、まあ、もう村人の目についてしまったのだ、今更追い出すのは殺生ではないか?」
赤「・・・ずいぶん自分勝手な客だ・・・」
針「影狼は知らないが、私は今日一日だけだ。明日旅立つ、一晩ゆっくりさせてくれないか?」
赤「今日一日だけだと? とか何とか言って住み着く気じゃないだろうな?」
針「ない、ない、色々幻想郷を見て回るつもりなのだ。行ってみたいところもあってな」
赤「ふ~ん、じゃあ、針妙丸はいい。小さいから、気付いたやつもいないだろう。
  だが残りの2人。いちゃついてるだけなら追い出すぞ。影狼はさっさと家を建てて、建てたら出ていけ」
影「わかった。ありがとう、夕飯でも作るよ。食べ物と台所はどこ?」
赤「お前の金で買ってこい! 帽子ぐらいなら貸してやるから、耳は隠せ!
  あと、わかさぎ姫、私が直々に風呂に水を張ってやるから風呂場でおとなしくしていろよ!」
わ「ありがとう」
赤蛮奇の家で騒がしい夜が始まろうとしていた。

・・・

永遠亭では一人静かに永琳が薬の調合を進めている。
昨夜、針妙丸に使った秘薬を補充するためだ。
一向に姫や妹紅は帰ってくる気配がない。
久しぶりに外出した姫があれもこれもとわがままを連発しているのだろう。
鈴仙は苦労しているのだろう。
少しそれがうらやましいと思う。
今、永琳の周りには誰もいない。いつか訪れる永遠の平穏を今、疑似体験しているわけだ。
調合中の薬に異物が入る。機械的にその薬をゴミ箱へ捨てた。
一息入れないといけない。自分がミスをするなんて久しぶりだ。
まさか涙をこぼすとは思わなかった。
寂しいなんて感情、久しぶりに感じた。
いつか来る、このひとりきりの永遠に私は耐えられるだろうか?
ただ、それはその時に考えたい。あまりいい結末なんて訪れないだろう。
いや、結末がないのだ。どこまで行っても無味乾燥。・・・おっといけない思考を停止させないと。
それより、私に寂しい思いをさせた鈴仙にはどんなお仕置きをしようか?
永琳は思考を切り替えると再び、薬の調合を始めた。

・・・

萃香は旧都を歩いている。勇儀に会うためだ。
今日はいいことがあった。針妙丸に恐怖を叩き込み、人魚の肉も味わった。
影狼にも喧嘩を売ってきた。あの手の奴は、また挑んでくれるはずだ。
遊んでくれる、暇をつぶせる相手がいるというのはとてもうれしいことだ。
それらすべてを自慢してやろう。うらやましがらせてやろう。そんなことを考えて旧都を進んでいく。
今日の酒はうまくなりそうだ。

・・・

赤蛮奇の家では酒宴が開かれている。
影狼が酒を買ってきたのが原因だ。わかさぎ姫はすでに真っ赤で、寝息を立てている。
針妙丸はふらふらと立ち上がろうとしているが、すでに足腰が立たない。

赤「いくらなんでも弱すぎじゃないか? こいつら・・・」
影「わかさぎ姫は前から知ってたけど、針妙丸は体小さいし、お猪口1杯で限界だろう。
  それよりお前は・・・首を挿げ替えつつ飲むなよ。新しく買ってこなきゃじゃないか」
床には、すでに酔っぱらった赤蛮奇の頭が5個転がっている。すごい状況だ。

赤「ん? 別にいいじゃないか。美味しい酒はたくさん飲むのが基本だろ? それにお前も大概に強いな。同じぐらい飲んでるだろ?」
影「私はお前の半分以下しか飲んでないぞ! ・・ん? ちょっと待て、お前立ってみろ」
赤「なんで?」
影「お前、顔があんなに酔ってて、体は無事なのか?」
そういえば、赤蛮奇は壁に寄りかかったまま動いていない。
まさかと思うが・・・酔ってないのは取り替えた頭だけか?
影狼は赤蛮奇の体を抱きかかえて立たせてみる。
体は自重を支えられず、崩れ落ちた。

赤「ふっ、バレたか」
影「酒宴は終わりだ。布団を敷くから待ってろ」
赤蛮奇は舌打ちしながら、影狼の言葉に従う。
ようやく針妙丸が立ち上がった。目が泳いでいる。
そのままふらふらと外に向かって歩き出す。
慌てて影狼が捕まえた。
赤蛮奇に針妙丸を捕まえさせると布団を引きずり出した。
赤蛮奇と針妙丸を布団に入れると、わかさぎ姫を風呂場に連れて行った。
普通なら酔った状態で風呂は危険だが、わかさぎ姫なら平気だろう。人魚だし。

影狼は床で丸くなって眠る体制に入った。赤蛮奇が呼んでいる。
―――全く、まさかのトイレか?
何事かを確認しに赤蛮奇の寝室に行くと、針妙丸がまた起きだしているようだ。
針妙丸を捕まえると布団の中に押し込もうとする。
ものすっごい抵抗をされた。指先にかみついてきたのである。
針妙丸は酔った勢いでとんでもないことを口走っている。
旧都に行くぞとか、かかってこい鬼どもとか、
正邪を返せとも叫んでいる。
どうにも引っかかる。
赤蛮奇は早く寝かしつけろと言っている。しかし、こんな時でないと針妙丸の本音は聞けないかもしれない。
影狼がやさしく針妙丸を問いただす。針妙丸は知っていることを何でも酔った勢いで語りだした。

・・・

永遠亭では永琳が久しぶりに一人の夜を満喫していた。もちろん楽しいほう意味ではないが・・・。
結局姫たちは帰ってこなかった。よほど面白いものを見つけたのか、それとも鬼が別の術で昼間の横やりの復讐をしたのか不明だが・・・。
永琳は他のものが及びもつかないほど頭が良い。余計なことを考え始めるととんでもない速さで考えてしまう。
特に自分一人で孤独とは何か考える時間があったりすると余計に・・・。
永琳は驚くほどの疲労を溜め込み、それでいて眠れなかった。
何度も考え、やめた思考を繰り返している。
もしも、このまま姫が帰ってこなかったら?
八雲紫あたりにさらわれて隠されてしまったら?
姫がもし、何かの手違いで殺されてしまったら?
私は一人でただ永らえればよいのか?
あてどないたびに出ればよいのか?
私は気が狂ってしまうだろう。そして、それを証明するものも無いまま、一人で自分が狂っているのか、正気かすらもわからないまま
ただ一人で生きるのだろう。
明日になれば、・・・明日になれば・・・姫は帰ってくる。
待ち遠しい。迎えにもいきたいが、私一人が泣きながら再会するのは、・・・恥ずかしい。
姫と二人っきりならそれもいいのだが、鈴仙の前で、そんな姿は見せられない。
それにしても、一日というものは、一人で耐えるには永く、迎えに行くには短い時間だ。
結局、頭のもやが晴れない。布団に入っても眠れないのだ。

・・・最悪の夜だ。侵入者がいる。
寝室から遠い診察室で、しかし、確実に侵入者が物をあさっている気配がする。
気配の主は、魔理沙か? ・・・いや、魔理沙にしては一箇所にとどまりすぎている。
歩いて、診察室に向かう。
どうやら、犯人は玄関から一直線に診察室に向かったらしい。
玄関が開けっ放しである。
鍵を開けられるのは、鈴仙、姫、てゐ、それと昼間の作業をしてもらって家の出入りを自由にできた妹紅と影狼・・・
次第に犯人に心当たりが出てきた。
姫と鈴仙、てゐは今日は戻ってこない。たまの休みを満喫しているはずだ。
すると残りは妹紅と影狼だが、妹紅はこんなに遅くなったなら慧音の家だろう。
すると、残りは影狼だが・・・診察室の影から尻尾が見える。
なるほど、忘れ物をとりに来たのか・・・
針妙丸が一緒だったことを思い出した。
そういえば、打ち出の小槌は私が預かっていたのだった。
永琳がわざとらしく・・・影狼がわかるように咳払いすると、侵入者に声をかけた。

永「何をしているの影狼? 不法侵入なんだけど?」
影「うっ、永琳・・・ちょっと針妙丸が忘れ物をして・・・それを探しに来た。
  そうだ、知らないか? 打ち出の小槌」
やっぱりそうかと永琳は納得すると小槌をしまった棚を指差す。

永「小槌ならそこだけど、・・・そう、その棚よ
  どうしたの? 小槌を使うと巫女に見つかるわよ?」
影「・・・多分、大丈夫だよ。
  それじゃ、邪魔して悪かったね」
永「待ちなさい。あなた侵入者でしょ?
  もっと、持っていきなさいな。すぐそこの酔い醒ましとか・・・」
影「・・・なんでばれた?」
永「さすがにそんなに酒臭かったらねぇ。
  まってなさい。今出すから。」

―――たぶん大丈夫だって?
   ・・・つまり、ばれるようには使わないつもりか・・・
   でも、どうやって? 博麗の巫女の直感を避けるなら相当の注意を要する。
   そして、そんな相当の注意を直感でかぎつけるのが博麗の巫女である。
   影狼はそんなことがわからないほど頭は悪くない。
   ・・・そうか、なるほど、地上では使わないつもりか。
   となると、使用場所は限られる。・・・旧都だ。旧都しかない。
   旧都以外では冥界か、魔界・・・しかし、役者が違う。おそらく影狼は行き方さえ知らないはずだ。
永琳は酔い醒ましを探しながら、更なる情報を求め、問いかける。

永「・・・あー、もしかして針妙丸も酔っ払ってる?」
影「うん、大分酔っぱらってあることないことしゃべってた」
影狼も酔っている。自分も意図しない範囲で口を滑らせた。
永琳は得意の思考で大体の話を想像する。

―――針妙丸があること無いことしゃべった?
   今日、鬼にぼこぼこにされた子が?
   色々と永遠亭を嗅ぎまわって何を知っているんだか。
   何かと、鬼に因縁のある子だからねぇ
   それで、打ち出の小づちが必要?
   しかもこのタイミングで?
   旧都で使うのにか?
   怪しすぎる。

永「・・・その様子だと、明日は鬼退治に行くんだ?」
永琳は鎌をかけた。
見事に影狼が引っ掛かる。わずかに瞳孔が開いた
永琳はそんな動作も見逃さない。

影「そんなことないよ」
永「そう・・・、本当に?」
影「もちろん、私の命をかけても」
永琳はため息をついた。この狼は馬鹿だ。本気で命を賭けるつもりだ。
大体、顔が真剣すぎる。私が表情を読めることすら忘れたか・・・
・・・本当なら、手を貸してやるべきかもしれない。
しかし、手を貸したら最後、鬼が永遠亭に来る。
永琳の頭脳は手を貸した未来を想像する。
100%、影狼が負けるだろう。
そして、鬼は永遠亭の永琳が手を貸したこともかぎつける。
きっと喜び勇んでいちゃもん付けに来るだろう。
そのときの言い訳を考えられなければ手を貸せない。
そこまで考え、ひとついい案を思いついた。

永「・・・ちょっと待ってなさい」
永琳が診察室の薬棚から2つ小瓶を取り出す。

影「・・・何それ?」
永「冒険の旅に必要なものよ。1つ目はマンゲツリンっていうやつでね。
  丸1日の間、満月の効果を引き出す薬よ。あなたにピッタリ」
影「へぇすごいな。どうやって使うんだ?」
永「一気飲みすればいいわ。5分以内に効果が出るから。」
影「もう一個は?」
永「2つ目は人魚に足をはやす薬、ほら、人魚姫って童話があるでしょう? あの薬よ。」
影「・・・それ、副作用がすっごい奴じゃないか?」
永「馬鹿にしないでよ。副作用なんてないわ。
  ・・・そら、持っていきなさいな。屋敷を片付けてくれたお礼の品よ。私も渡し忘れたわ」
影「なんか悪いな。
  ・・・とっ、それじゃお邪魔しました。悪かったね起こしてしまって」
影狼はもらった薬を懐に入れると頭を下げた。

永「ああ、最後に大事なことがあるんだけど・・・」
影「何?」
永「ちょっとこっちに来て」
影狼が永琳に近づく、永琳が自らの顎を示し殴るように言った。

影「あんた頭おかしいの?」
永「う~ん、自分も衰えたというか、ちょっと今日眠れないのよ。
  それにあなた、侵入者の上に強盗でしょ? わたしが作った秘薬を3つも持って」
影「はぁ? 酔い醒ましと人魚の薬とマンゲツリン、全部お前が手渡したじゃないか!」
永「建て前よ、建て前。強盗に不意打ちされて気絶させられたなら、あいつらも納得するだろうし、
  それに、私も眠れるし一石二鳥だわ」
影「??? 眠れないのか、あんたなら睡眠薬ぐらい・・・」
永「・・・効かないのよ。かといって強力な奴だとねぇ? 年単位で寝ちゃうし。
  私だってねぇ・・・」
影狼が永琳の目が赤いことに気付いた。ほほの涙の後にも気付かれたかもしれない。

影「あんた泣いていたのか?」
永琳は口の端で笑うと攻撃態勢に入った。目だけは厳しく、手はすばやく魔方陣を描く。しかも左右で別の魔方陣だ。
影狼は永琳が怒ったと勘違いしたらしい。酔った勢いに任せて、獣の反射神経で迎撃に出た。
あらかじめ影狼には接近させておいた。手を伸ばせば届くような至近距離である。
普通に考えて魔法陣を発動させるような間合いではない。そして、そんなミスをする程度の頭脳ではない。
伸びるこぶしを視認しながら、超反応を使ってあご先を掠めさせる。
よけるような動作で、それでいて脳を揺らし昏倒を誘うような当てさせ方。
今日は疲れている。昏倒すればそれこそ明日の昼まで起きないだろう。
永琳は影狼のこぶしで打ち抜かれながら、満足そうに笑うと
おきたときには姫がいてくれるといいなと勝手に想像して、診察室に仰向けに崩れ落ちた。
崩れ落ちた永琳を見て逆に影狼があせった。
影狼がちょっとやそっとゆすっても永琳はおきない。
影狼はしばらく考えていたが、永琳からは殴っていいと言われたし、
天才の考えることはよくわからんと思いながら永遠亭を後にした。

・・・

次の日の昼、永琳は自分の部屋で目が覚めた。いつの間にか部屋の中である。
昨日は確か診察室で倒れたはず?
薄目を開けてボーっとしていると姫が顔を覗き込んできた。
意識が鮮明になる、思わず、抱き付いてしまった。
ひとりでに涙が頬を伝う。声を上げそうになって、初めて周りに鈴仙、てゐ、それに魔理沙までが部屋にいることに気付いた。
耳まで真っ赤になりながら姫を離した。
永琳は恥ずかしさのあまり鈴仙を「なぜ、許可なく私の寝室に入った!」と怒鳴り。
診察室へ慌てて向った。・・・着替えを忘れて。

・・・

早朝、朝もやが取れない中、針妙丸は起きだした。
今日は魔理沙が地上に帰ってきてから7日目、正邪を助けられる最後の日だ。
針妙丸の覚悟は決まっていた。
身の回りの品を確かめると顔を洗い、影狼、赤蛮奇の眠っているそばで一方的な別れの挨拶をした。

針「世話になったな、昨日の酒盛りのこと最後まで覚えていないのが心残りだが・・・
  まあ、もう二度と会うこともあるまい。さらばだ」
針妙丸は眠りこけている影狼と赤蛮奇に向かって一礼すると家から出ていく。
ちょうどおあつらえ向きに家の戸は針妙丸が出られるぐらいの隙間が空いている。
自分はこれから旧都に行く、途中で力尽きるかもしれない。鬼につぶされるかもしれない。
それでも、自分の意思は変える気はなかった。ここで、あきらめてしまったら、自分自身が変わってしまう。
まだ、自分をあきらめたくない・・・変えたくない。その思いだけで行動する。

針妙丸が消えると影狼が起きだす。影狼は耳で針妙丸の言葉を聞いていた。
他の人に迷惑をかけたくなかったんだと思う。だから針妙丸を止めることはしなかった。
私はただ黙ってついていくだけだ。においをたどれば後をつけるのはそう難しいことではない。
影狼は赤蛮奇を起こさないように手紙と酔い覚ましの薬と人魚の秘薬を置いて針妙丸の後を追う。
・・・一言助けてくれと言ってくれたら、惜しみなく協力したのに・・・
針妙丸はまっすぐでいい奴だ。みすみす殺されるのを黙ってみている気は無い。
影狼が家を出る、がそれを見ている視線に影狼は気が付かなかった。

飛頭 「ナインズヘッド」

赤蛮奇の頭が一つ屋根裏から影狼と針妙丸の姿を確認していたのだ。
全くあいつら、私に黙って勝手に出ていくとはな、私だけ仲間外れか・・・
そうはさせない。私だって面白いことに首を突っ込みたい。
赤蛮奇はすぐさま体を起こすと酔っている頭と正常な頭を取り換える。
今ここにある頭は酔いつぶれた5つと今取り替えた1つ、体に一つ乗って計7つ、
残りは2つだが、針妙丸と影狼の後をつけさせている。
三つの頭を操るのはさほど難しくない。こいつらは飯を食ってからゆっくり追いかければいい。
赤蛮奇は影狼の残していった酔い醒ましを飲むと、わかさぎ姫を起こしに行った。

針妙丸は人里を出ると一息ついていた。
先日は赤蛮奇に乗っていて気が付かなかったが大分距離がありそうだ。
今日中にたどり着けるか不安である。こんな時、体の大きい仲間がいればと思う。

影「早朝の散歩かい?」
針妙丸はどきりとした。影狼がいきなりあらわれたのだ。
影狼は針妙丸の後をつけていたのだが、小人のせいか足が遅い。
これなら連れて行ったほうが早いと判断した。

針「ああ、驚いた。影狼か。そ、そうだな散歩である」
影「そうか、私はちょっと旧都に行くんだが、一緒に来るかい?」
針「旧都・・・、本当か?」
影「ああ、一緒に行こう」
針「・・・影狼。・・・なんでだ?」
影「ほら、昨日言っていただろう?」
針「何を?」
影「・・・まさか、覚えていないのか?」
影狼は思い出してみたが、確かに酔っぱらって前後不覚どころではなかった。覚えてなくても不思議はない。
針妙丸の顔に不安が出ていた。確かに昨日酒を飲んで酔っていたが、余計なことまでしゃべっていたか?
影狼に余計な負担をかけるつもりはない、命がけの戦いに巻き込むわけにはいかない。
影狼は針妙丸を見ている。針妙丸は顔に考えていることが出やすい。顔には戸惑いと不信感が現れている。
このままでは追い払われる可能性があった。

影「・・・昨日酒を飲んで、酒の話で盛り上がったじゃないか・・・。
  旧都の酒はもっと旨いってさ。
  ちょっとひとっぱしりして買って来ようと思ったんだよ。
  それに、壊れた家の建て直すための道具と家財道具も見たいし。旧都ならいいものがあるんじゃないかな?」
影狼は大ウソをついた。酒の話なんてしていない。少し、信憑性を増すために倒壊した家のことも織り交ぜた。
だが、これ以上はどうにも他に話が思いつかなかった。
しかし、どうあっても針妙丸についていかなくてはならなかった。
針妙丸はどうしようか迷っている。渡りに船なのだが、どうも影狼は怪しい。私のことを知っていそうだ。

針「申し出はうれしいのだが、私は一人で行こうと思う」
影「何しに行くんだい? 一人だけ抜け駆けは良くないな。
  酒は一緒に買って、皆で一緒に飲もうよ。それに私はにおいをたどれるから、旧都の中でも迷わず酒蔵にたどり着けるよ?」
針妙丸は自分の無計画さを呪った。そういえば旧都でどうやって鬼を探せばよいのだろう?
全く考えていなかった。影狼を頼るしかない。影狼の鼻を頼りに酒のありそうなところを片っ端からあたる。
鬼は酒が大好きだから、きっとどこかで会えるはずだ。後は帰りで影狼をまけばいい。
来た道を正確に戻ればにおいの追跡が効かないはずだ。
針妙丸は影狼の申し出を受けることにした。

針「・・・影狼殿、かたじけない」
影狼は針妙丸を肩に乗せると歩き始めた。

・・・

赤蛮奇の家では朝食がとられている。
このまま朝食が終わったら、わかさぎ姫を連れて旧都に行く。
影狼がちょうどいい薬を置いて行ってくれた。
わかさぎ姫は怒っている。私を置いていくなんて・・・とほおを膨らませている。
置手紙には薬の説明が書いてあった。もうわかさぎ姫は薬を飲んで人間の足をはやしている。
赤蛮奇はもくもくと朝ごはんを食べているが目が怒っていた。置いてきぼりを食らわせるとはあの2人許さん。
いきなりあらわれて脅かしてやる。そう心に誓っていた。
追跡中の首からは旧都に向かっているのが確認できる。早く出発しないと追いつけなくなる。
赤蛮奇は食べ終わると後片付けもしないまま、2人の追跡を開始した。わかさぎ姫を連れて・・・

・・・

旧都では萃香と勇儀が酒を飲んでいる。酒屋の2階を借り切って酒盛りを続けていた。
萃香の自慢話はまだ終わっていない。いやループしているのだ終わるわけがない。
勇儀は萃香の話をうらやましがっている。人魚の肉や、地上の生きのいい相手、正直、今すぐ地上に行って確かめてみたい。
だが、自分には今日まで続く約束があった。どうあっても旧都を空けるわけにはいかなかった。
萃香はますますいい気になって話を続ける。
勇儀は指をくわえて聞くことしかできない。もう旧都では自分に逆らうようなものはいないのだ。
しいて言うなら萃香だが、萃香は地上に出ているほうが多い。それに力比べも飲み比べもさんざんやった。
新しい相手がほしいところだが、地上でも自分の相手をしてくれるものは滅多にいない。
萃香は次の酒の肴を取りに行く。ずいぶん機嫌がいい。本当に地上でいい思いをしたに違いなかった。
ため息をしながら窓の外を眺める。旧都の繁華街に面したこの店は、旧都の喧騒を届けている。
あてどなく、窓の下の通りを眺めると、珍しい獣耳をつけた黒髪が歩いているのが目に入った。
そういえば地上で見かけたような顔だ。肩には小人らしき影が見える。
その顔がこちらを向く、下の酒屋を見ているようだ。小人と何か話しているようである。勇儀は思わず笑ってしまった。
さっき萃香が話していた奴だ。こんなところに来るなんて、なんてタイミングの良い。・・・いや悪いか?
萃香が肴をもって来る。

勇「萃香、お前の話の相手って、黒髪で、狼耳で、ロングスカート、背はお前の頭3つ分ぐらい大きい、瞳は黒だったな?」
萃「そこまで言ったけ? まあ、あってるけど」
勇「萃香・・・悪いが、支払いは任せた!!」
言うなり、勇儀が2階から飛び降りる。
萃香が慌てて、窓から勇儀を確認する。
いきなり飛び下りてきた勇儀に驚いている相手は影狼に針妙丸だ。

萃「おい! 勇儀ぃ! まさか、お前、私の獲物を横取りするつもりか!」
勇儀が笑って答える。

勇「ははは、悪いが早い者勝ちだ!」
萃「待て、お前には魔理沙との約束もあるだろう!
  ちっ、くそ! おい! 待てよ!!」
勇儀はもう萃香の話は聞いていない。影狼を抱きかかえるとそのまま走り出した。
萃香は店主を呼びつけるとつけておいてくれと一言いい、黒い霧になって後を追いかけ始めた。

影「待て、離せ、自分で走れる!」
勇「もうちっと、我慢しな」
勇儀はおろす気はないらしい、抱きかかえたまま走り続ける。

影「一体。どこに向かっているんだ?」
勇「ちょっと広いところさ、大通りだとね、さすがにやりずらい」
影「まて、やるって何だ?」
勇儀は答えない。かわりに速度を上げた。
上から萃香が追ってきている気配がする。さすがに早い。
勇儀は構わず無間地獄の跡地に移動した。影狼をおろす。
わずかに間をあけて萃香が現れる。

萃「勇儀、横取りはひどいぞ!!
  それに、お前らなんで旧都に来たんだ?」
勇「なんだっていいじゃないか。それより店にはちゃんと支払ったのか?」
萃「そんな暇あるか! つけだ!!」
影「一方的にこんなところに連れてきて、勝手にケンカしないでちょうだい。
  何をやるの? こんなところで?」
勇「なあに、ちょっとした力比べだよ。
  萃香があまりにも面白くあんたたちのことを言うから手合せしてみたいと思っただけさ」
萃「やめろ勇儀、私の獲物だ!」
勇「萃香ちょっとくらいいいじゃないか」
影「私一言もやるって言ってないんだけど」
勇「そんなつれないことを言わないでおくれ、萃香の話を聞いてから手合せしてみたいと思っていたんだよ」
影狼はため息をついた。確かに目的はこの鬼なのだが無茶苦茶である。
目的を話し合いもせずいきなりバトルとは思わなかった。
一度針妙丸に話をさせないといけない。

影「その前に、少しいいかな? 針妙丸が話があるっていうから」
言い争っていた2人の鬼がこちらを向く。話って何だ? という顔をしている。
針妙丸も驚いていた。影狼にこの話をした覚えはない。

針「なぜ知っているのだ影狼? 私がこの一本角の鬼に用があると」
影「ここまで来たから言うけど、全部昨日の酒の席で聞いちゃったよ。
  ・・・手伝うよ、針妙丸。正邪ってやつを取り返したいんだろ?
  ・・・もしダメだったら、お前を連れて逃げるぐらいはやって見せるから」
針「命がけだぞ。本当にいいのか?」
影「体験済みだよ。私もそこの萃香と戦った。ぼこぼこにされたよ。
  ・・・でも、大丈夫、逃げ足の速さで負けるつもりはない!」
萃「言ってくれるじゃないか。先に言っておくがな、あの時は全力でも何でもないぞ。
  その減らず口、叩き潰してやろう!」
勇「待て待て、萃香、まず針妙丸の話を聞こうじゃないか。要件は何だい?」
針「・・・私の要求はただ一つ、無事に正邪を返していただきたい」
勇「はっはっは、・・・ダメだね」
針「・・・やはりだめか・・・」
影「わかっていたことだろう。そのためにここに来たんだろう?」
針「・・・そうだな。
  ・・・鬼殿、悪いが・・・」
勇「何だい?」
針「力ずくで行かせてもらう。
  私たちが勝ったら正邪を返してもらうぞ!!」
勇儀がその気迫に反応する。さすがに萃香が自慢していただけのことはある。鬼を相手に喧嘩を真正面から売るとは大した輩だ。
押さえようとしても止まらない口がにやけてしまう。

勇「うれしいね、こんな形で挑んでもらえるとは。正邪も隅におけないね、こんな奴をひっかけるとは!」
萃「待て、勇儀、こいつらは私の獲物だ。何度言ったらわかる? 相手は私がやる!」
勇「萃香、そっちこそ黙りなよ。相手は私をご所望さね。ここは私が受けてやるのが筋ってもんだろう?」
また鬼同士の口論が始まる。はっきり言ってついていけない。
影狼はあきれてその様子を見ている。
そんな様子を遠くから、わかさぎ姫と赤蛮奇が見ている。ようやく追いついたのだ。
赤蛮奇がとめる間もなく、わかさぎ姫が影狼のもとへ出ていく。それを見て赤蛮奇もしぶしぶ現れる。
わかさぎ姫は鬼に目もくれず影狼を怒った。

わ「かげろー!!! なんでだまっていっちゃうの? 心配したでしょ!!!」
影「わかさぎ姫!! なんで来たんだ? それに赤蛮奇、お前寝てただろう?」
わ「私はかげろーの付き人なの! 一人で行くなんて水臭いじゃない! 
  私だって・・・、私だって少しは役に立つんだから!!」
赤「お前ら、こんな面白いこと、なんで黙って行っちゃうんだ?」
影「お前らな、これから鬼と戦うのに、危ないだろうが!!」
わ「怪我したら治療が必要でしょう!! 私が治してあげるからいらないなんて言わないで。
  お願いだから・・・私、かげろーのそばにいたい・・・」
影「わかさぎ姫・・・」
赤「・・・何でそんなに、お前ら熱いんだ?・・・
  先に断わっておくが、俺は純粋な見物目的だ。
  鬼の喧嘩が見れるなんて、妖怪にとって最高のステータスだろうが」
影狼、針妙丸、わかさぎ姫が白い目で赤蛮奇を見ている。

影「わかさぎ姫、とにかく今は離れていてくれ。ぼこぼこにされたら、君の所に行くから」
わ「約束だよ? 怪我をしたらすぐに来てね、直してあげるから・・・」
赤「ちょっと離れようぜわかさぎ姫、・・・あっちを見てみろ、かなり離れないとまずそうだ」
見れば鬼同士がにらみ合っている。どっちが戦いに出るかで、相当こじれたらしい。
互いの体から漏れた妖力であたりに火花が散っている。

勇「萃香、いいじゃないか。ちょっと私に譲りなよ」
萃「そういって私から獲物を取り上げる気か? いいか、先に目をつけたのは私だぞ?」
勇「だけどな、向こうさんは私をご指名だ。相手の期待に応えるのが鬼ってもんだろ?」
萃「・・・どうやら平行線のようだな」
勇「ああそうだねぇ」
互いに口元が笑っているが、目が笑っていない。妖力が渦を巻き、辺りに撒き散らされる。
針妙丸が割って入った。

針「待ってくれ鬼殿、こちらは2人だぞ? そちらも2人
  2対2なら別にもめる必要もないだろう?」
影狼は針妙丸のこの提案を馬鹿かと思った。
針妙丸はくそまじめすぎる。1人でも絶望的な鬼が2人になったら勝率は0だ。
・・・ちょっと考えて思う、元からゼロだったか・・・

萃「そっちが良くてもな、こっちはよくない」
勇「そうだ。以前、4対1000をやったことがあるが大変だった」
針「よっ、4対1000だと?」
萃「鬼の四天王対ならず者妖怪1000匹だ。1000匹のほうは、ものの3分で片づけたがあとが良くない」
勇「そうだ、だれが一番多く倒したかでもめにもめてな。結局、四天王同士のバトルロワイヤルになってな」
萃「・・・そ~いや、あんときは誰が勝ったんだけ?」
勇「確か、酒を持ってきた文じゃなかったか? 美味い酒に勝てるものなしで決着したはず」
とんでもない話だ。1000対4で4が勝つとは信じられない話であった。
勇儀が思い出したかのように続ける。

勇「そうだ、そういえば、お前らルールというか負けの条件はどうする?
  旧都のルール知らないだろう?」
影「どういうルールだ?」
勇「旧都は基本的にルールがないんだ」
影「??? どういうことだ? ルールがない?
  どうやって勝敗を決めるんだ?」
勇「どちらかが負けを認めるまでやるんだ。ノールールでな。だから負けの条件が最も大事なんだよ。
  どうなったら自分が負けを認めるか。言ってみな」
針「・・・私は信念折れるまでだ」
影「私は逃げだしたらだ」
勇「・・・そうかい、ついでだ、地上から来たやつが勘違いしやすい注意点を教えてやろう。
  基本的にルールがない、だから、凶器攻撃、急所攻撃、多人数掛かり、不意打ち何でもありだ。
  加えて死んだら負けで、逃げたら負けぐらいか」
影「結局逃げたら負けか。・・・私が針妙丸を連れて逃げた場合、針妙丸の分は?」
勇「その場合も、負けだ」
針「影狼、本当にまずかったら、私をおいて逃げてもいいぞ? 恨んだりはしない」
勇「いい覚悟だねぇ」
萃「おい、その覚悟は私のものだぞ?」
勇「う~ん、萃香、ちょっと話をしようか。お前らも、作戦練りな」
そういって鬼達は、影狼たちから離れる。小言で何か相談している。
せっかくの時間だ、有効に使おう、影狼は懐から打ち出の小づちを取り出し、針妙丸に渡した。
針妙丸が驚いている。

針「影狼、なぜこれを・・・」
影「昨日、お前の話を聞いて永遠亭にとりに行ったんだ。永琳が渡してくれたよ。それに、私もちょっと薬をもらってね」
影狼は薬を取り出すと瓶に入っている液体を一気飲みした。

影「・・・甘いな、飲みやすい」
体が薬の影響を受けているのがわかる。全身がむず痒い。
月下の高揚が尻尾の先から耳の先まで駆け巡る。遠吠えをしたい気分だ。
針妙丸が目を見張っている。影狼の手が、足が見る間に強化されていく。

影「パワーアップとまではいかないか・・・、それでも満月時のフルパワーは出せそうだ」
針「すごいな一回り大きくなったみたいだ」
影「ほとんど体毛のせいだよ。体毛が服を押し上げるから、大きくなったように見えるだけだ。
  ・・・服は邪魔だな」
影狼は服を引きちぎった。ほぼ全身が狼の毛におおわれている。羞恥心も働かないらしい。
それに,負けた原因が動きづらい服だなんて言い訳を影狼はしたくなかった。

針「・・・」
影「どうした? 針妙丸」
針「影狼、打ち出の小槌の力を主に使ってもよいか?」
影「別にいいよ。断ることでもない。構わないさ。正直、この薬の力でも鬼には届いていないよ。
  パワーアップはできることならしておきたい」
針「・・・今、小槌に残っている力すべてを使ってもいいか?
  私も正直に言う。小槌の力はリスクがあるのだ。魔理沙殿のように危なくなるかもしれない。
  ・・・それでもよいだろうか?」
影「知ってるよ、それでもいい。すべて承知の上だよ」
針「そうか・・・ありがとう、影狼。主に、主にすべてをかけてみたい。
  小槌と秘薬の力で・・・それでも届かないかもしれないが、一つ・・・思いついた」
影「うん? どういう作戦だ?」
針「それはな、・・・」
針妙丸が影狼に耳打ちする。影狼がそんなことできるのか? と聞き返している。
針妙丸はおそらくできるはずと言っている。針妙丸が小槌を掲げる、先ほどあふれ出た鬼の妖力が小槌に集まっている。
この現象を使うしかない。針妙丸が説明しているこの作戦は、非常に危険なかけを伴う。
だが、鬼に勝てるとしたらこの方法しかないだろう。相手は人知を超えた化け物なのだから。
影狼は念入りに作戦を確認する。
もし最初の一手で通じなければ元も子もない。一方的にやられて終わりだろう。針妙丸が自分にかけてくれたように、私も針妙丸の提案にかけるのだ。

一方で勇儀と萃香の話し合いが続いている。

勇「萃香、頼むから譲ってくれ。私もお前の語っていた相手とやってみたいんだよ」
萃「ダメだね、勇儀、お前が相手をつぶしたところなんて何回も見てんだぞ? 譲れるわけないじゃないか」
勇「そこを何とか、いざとなったらお前が殴り飛ばしてくれていい。お前には見届け人になってほしい」
萃「ふ~ん、じゃあ、もし、いざとなって、お前を殴り飛ばしたとする。
  そのあと、魔理沙が来たら、私がお前に代わって魔理沙の相手をするからな?」
勇「うっ、そ、それは・・・」
萃「やっぱり、譲りなくないんだろう? 私だって同じことだ」
勇儀は悩んでいる。確かに萃香が本気で殴ってきたらさすがの勇儀もフラフラだろう。そんな状態では
魔理沙に対して失礼だ。一週間後にやるときは全力で戦うと断っておいたのだから。

勇「殴り飛ばす時に絶妙の手加減を・・・」
萃「できるか! 他の奴らならやってやれないことも無いが、お前相手には無理だ」
勇「う~ん、魔理沙もこいつらもどっちも相手をしたいねぇ」
萃「贅沢者め。どっちかはあきらめるんだな」
勇「・・・こうしよう。私はまず、あいつらの相手をする。もし、いざとなったらお前が殴り飛ばせばいい。
  そのあとの魔理沙のことだが、魔理沙が来た時に私がフラフラだったら、お前が私の代理で相手をする。で、どうだ?」
萃「フラフラじゃなかったら、魔理沙の相手もお前がやるのか・・・ずるいぞ」
勇「話は最後まで聞くように、殴り飛ばすときにフラフラになる様に力を入れりゃいいじゃないか。
  ・・・それに、あいつらのことを散々あおったのは誰だっけ?」
萃「うっ、・・・それを言われると弱い・・・。くそっ、・・・止めるときはボコボコにするからな。
  あと、酒おごれよ!」
勇「よかった。じゃあ、あいつらは私が相手をする」
ようやく話がついて、影狼たちをみる。気付けば影狼の妖力が増大している。
色々作戦を練っているようだ。小槌の力も使うらしい。ますます楽しみだ。

勇儀は自分の口が緩んでいくのがとめられなかった。
萃香は歯ぎしりしている。自分の時はこんな風にしてくれていない。”ずるい、勇儀だけずるい”と顔に出ている。
勇儀は萃香の頭をなでると、影狼たちの作戦会議が終わるのを待った。
萃香の顔が負けるんじゃねえぞと言ってくる。当たり前だ、負けるつもりは毛頭ない。
だが、相手が何をしてくれるのか、どう自分に挑んでくるのか考えただけでも楽しい。
早く、作戦会議が終わればいい。はやくやろう、はやく、早く、早く。
針妙丸が影狼の髪で自分自身を縛っている。振り落とされないためだろう。手に小槌と輝針剣をもって・・・必死で愛くるしい姿がかわいい。
影狼は影狼で自分の能力を確かめているようだ。意外に早く動く、・・・楽しめそうだ。捕まえるのは骨が折れるだろう。
勇儀が舌なめずりしている。これから始まる戦いを心底楽しみにしているのだ。
・・・ようやく準備が終わったようだ。影狼たちが前に出てくる。

勇「もういいかい?」
影「ああ」
針「またせたな」
勇儀が飛び掛かる姿勢を作る。顔が完全に笑っている。馬鹿にしているのではない。楽しみにしているのだ。

影「そうだ、一ついいか?」
勇「なんだい? いいから、かかっておいでよ」
影「あんたの負けを認める条件をまだ聞いていない」
勇「くっくっく、ここでそれをきくかい? 私の負けを認める条件はね・・・
  戦闘不能だよ。せいぜい頑張るんだね」
勇儀はもう待てないようだ。合図だといわんばかりに思い切り振りかぶった。それを萃香が咎める。

萃「待て待て、勇儀、こういうのはな、見届け人の私が合図をするもんだ」
勇儀は堪らないという顔をしている。萃香はそれを見て多少溜飲を下げると、両者の中央に立つと拳を高々と振り上げた。
萃香は勇儀と影狼を見て「見合え!!」と号令をかける。

互いの視線が絡みあう。

勇儀からは好奇の視線が、楽しそうな笑顔が、吹き上がる力のきらめきが見える。
影狼からも、冷徹に相手を見据える視線と決して引かない覚悟、すべてを初撃にかける姿勢が見える。
勇儀の胸は期待に高鳴り、影狼の心は緊張で張り裂けそうだ。
萃香は両者を見ると堪らねえなともらし、合図のために振りかぶった。

萃「互いに! 見合え!! ・・・合図だ!!!」

萃香の腕が振り下ろされる。拳が地面にたたきつけられると同時に、
すさまじい音と振動、衝撃波が駆け抜けた。
・・・衝撃波を耐えている時間が惜しい、影狼は衝撃波の波を跳躍で飛び越える。
一方で勇儀は衝撃波に頭から突っ込み、そのまま突き抜けて直進してくる。

勇「やるね!! なかなかの反射神経だ!!」
影「少しはダメージを受けろよ!」
そういって影狼は両手を地面につける。姿勢を低くしたまま、駆け出す。小槌に薬を使って得た力だ。
加速力が違う。針妙丸が体を髪で縛っていなかったらそのまま置き去りにされていたであろう速度だ。
勇儀が必死で目で追う。勇儀の目を持ってして見失いかねない速度だ。
―――速い!! 想像以上だ。萃香の奴は白狼クラスと言っていたがこれなら、烏天狗レベルだ。

骨が折れるどころではない、ただの追いかけっこならつかまらない。
足の速さなら負けないと言っていたが、宣言通り、大した実力だ。
勇儀はうれしくなった。スピードは上々、あとは攻撃力があれば、私も、この私でも負けることがあるかもしれない。
鳥肌が立つ。この感覚が味わえる相手はそうそういない。
わざとみぞおちに隙を作ってみようか? 
・・・っ!!

いきなり、影狼のけりこみが入る。あまりの嬉しさに本当に隙だらけだったようだ。
鈍い痛みがある。だが骨が折れるほどでもない。行って痣までだ。

影狼が驚いている。ほぼ全力でけったはずなのだが、決して曲がらない金属にゴムを巻き付けた物をけったら同じ感触だろうか。
とんでもない奴である。ダメージは表面的で、内側まで通るわけがない。
予想していたことだが、最初の一撃は通用しなかった。
勇儀の顔の期待が陰る。
わかっていたことだが、こいつらではやはり自分には届かない。仕方ないか・・・
だが、楽しかった、この戦いが始まるまでは、だ、自分がワクワクできるなんてなかなかない。
せめて、楽しませてくれた礼に鬼の力を見せてやろう。
勇儀が拳を握り高く掲げる。

光鬼「金剛螺旋」

勇儀かららせん状の輝く力の奔流があふれる。

影「来たっ!!」
影狼が反応する。らせん状の光の綱が個別の光弾であることに気付けるほどの距離をとった。

影「針妙丸っ!!」
針「言われるまでもない!! 任せてもらおう!!」
針妙丸が小槌の力を使い切る。最後の願いはやはり、影狼の強化だ。小槌の魔力はもう空っぽ、すでに多くの願いをかなえている。
輝針城に、魔理沙に、自分に、影狼に多くのことを願った代償が今始まる。

永琳が言っていたように、魔力の回収が始まった。
ちょうど、勇儀が放ったらせんの魔力を小槌が集める、金剛螺旋の力が小槌に吸われていく。
勇儀が目を見張った。小槌は使い切ると鬼の魔力を回収するのである。今回は勇儀が近くで膨大な力を放った。
その力がたちどころに小槌に入っていく。

金剛螺旋をすべて吸い込むと小槌は力が満ちたようだ。また、願いをかなえてくれる。針妙丸は必死に小槌を振る。
ただひたすら、影狼の強化を願って・・・。
すさまじい力が体に入り、影狼は暴走しそうだ。気分が、意識が高揚し、狼の本能が暴れだす。勇儀の力をそのまま入れているのだ。
苦しい以前に、力が抑えきれない。視線に愉悦が混ざっていく。ちょうどわかさぎ姫を襲ったときみたいな気分だ。・・・とてもたのしい。

勇儀が笑った、再び期待するような目に変化する。
―――こいつらの作戦は・・・奥の手はこんなやり方か!
   自分が出し抜かれるなんて、・・・返礼をしないといけない。
   何がいいだろうか?・・・
   鉄拳か?
   鉄拳だろう?
   鉄拳でいいよな!!
勇儀は腰を落とすと、両足を開き、体をひねる。右手に力を込める。
影狼はそんなの待っていない。
構えが完成する前に、全身を使ってかけてくる。狙いは前に出ている足だ。思い切り踏みつける。
・・・前と同じ感触・・・勇儀が拳を突き出すが、踏みつけの反動を使って飛びのく。
まだ強化が足りないのだ。もっと勇儀から力を集める必要がある。
接近戦などできない。もっと遠くから、どんどん攻撃しよう。

咆哮「ストレンジロア」

影狼の声が旧都にこだまする。遠距離からの攻撃に、勇儀も合わせる。

鬼声「壊滅の咆哮」

影狼がはなった技などと比較にならない音の壁が迫ってくる。
針妙丸が慌てて小槌を使う。まだ、小槌の力を使い終わっていないのに次の攻撃が来たのだ。
逆に、力の吸収を願わなくてはいけない。
針妙丸は必死に小槌を振り、今回の攻撃も、小槌は吸い切った。
針妙丸の顔はすでに疲弊している。汗が噴き出している。立て続けに攻撃されたら、吸収している暇がない。
使い切れないのだ。影狼に耳元で指示を出す。影狼は微塵の疑いもなくその指示を実行する。
鬼との接近戦だ。立て続けに力をふるわせてはならない。小槌を使い切ると同時に離れ、技を打たせ、魔力を吸い上げる。
吸い終わったら近づいて技は使わせない。・・・勝利のためにはこれを続けるしかない。
いつか、影狼の力が勇儀の力を上回り押し切れるはずだ。その時まで針妙丸は倒れるわけにはいかない。
口をきつくかみしめると、さらに素早く小槌を振り続ける。

はかない希望だ・・・萃香はそう思う。だがしかし、それしかない。影狼たちが勝つには他に方法がない。
むしろ、希望が持てるだけましだ。今まで、われら鬼に挑んだやつで、勝ちの望みがあった奴なんて数えるほどしかいない。
それに、はたから見ててわかったが、勇儀は付き合うつもりだ。
相手に合わせたうえで、勝利をもぎ取る。私の友人はそれをやってのける奴だ。
―――くそう、楽しそうにしやがって・・・。
剛腕で旋風が巻き起こっている。影狼は近づけない、よけるので手いっぱいだ。
勇儀は縦横無尽に両の拳を暴れさせている。かいくぐって懐など入れない、はいれるわけがない。
うらやましい、あんなふうに力の限りぶち当たっていける相手なんていないのだ。
―――くそっ、自分は本当に戦闘狂だ。あんな戦いができる友人が妬ましくてたまらない。
   くそう、そんな風に笑うんじゃない。おあずけくらってる気分だ。
   影狼の奴も私の時はそんな力使っていなかったじゃないか。悔しい。
   もし、もしも・・・この私が戦えていたなら、・・・譲るんじゃなかった。
ほおを自然と涙が伝う。
悔し涙なんて、いつ以来だろう。私が泣くなんて・・・くそう。

赤蛮奇とわかさぎ姫は最初の激突からずっと手に汗握っている。
はっきり言って二人には戦局などわからない。
ただ、最初の一撃を影狼がいれて、そのあとずっとかわし続けている。
鬼はただ、攻撃はかわされ、技は吸収されていいところがない。
かなり、善戦している、このままなら影狼が勝つだろうとさえ思っている。
・・・実際は違う、鬼は全くの余裕に対して、影狼はすでに全力で飛ばし続けているのだ。
時間がたてば、失速していく。そうならないのは小槌のおかげだ、すぐに疲労は回復され、驚異的な運動量を維持し続けている。
しかし、それが二人にはわからない。影狼の優勢に心が躍る。

わ「頑張って・・・」
赤「いけ! 影狼! 目にものみせてやれ!
  勝てる、勝てるぞ!! 鬼に勝てる!!!」
当事者には聞こえているか怪しいが、それでも力の限り声援を送る。

影「なんて奴だ。近づけない!!」
針「いや、この距離でいいんだ!! 要は技を使わせなければいいのだから!」
勇「ほら、ほら、どうしたい? もっと遊ぼうよ?」
勇儀がわざとスカートをひらひらとなびかせる。挑発だ。
影狼が歯を見せて笑っている。獣の笑い方だ。勇儀の力を入れたせいで、大分鬼に性格が近づいた。
挑発とわかっていても、戦いたい気持ちが抑えられない。針妙丸の指示で動いてはいるが、じきに指示にも従えなくなるかもしれない。
勇儀からまた距離を取る3度目だ。さすがに勇儀も気付いているだろうに、また技を放つ。

鬼符「鬼気狂瀾」

今度は素早く光条が流れる。しかも波状攻撃だ。魔力の吸収と力の使用のバランスが崩れる。堪らず、針妙丸が目の前に障壁を願う。
技は防ぐことはできるが、障壁のせいで勇儀を見失った。鬼がこの隙を見逃すはずがない。
影狼が真後ろに跳ぶ。着地とほぼ同時に障壁が吹き飛ぶ。
障壁に鬼の両腕が生えたかと思った瞬間、木端微塵になって障壁のかけらが吹き荒れた。

影「ちぃぃ! おい! 針妙丸! 何やってんだ!!」
針「はぁ、はぁ、 す、すまん」
勇儀がますます笑みを強くしている。

勇「残念だねぇ。捕まえ損ねた」
まったくそんな顔には見えない、この戦いを心の底から楽しんでいるようだ。

勇「そうら、もう一丁」
同じ技だ、今度こそ捕まえる気らしい。今度は影狼が勇儀に突っ込む。
この鬼は技を出しているときは逆に無防備だ。隙だらけのみぞおちに渾身の拳を叩き込む。
勇儀の体がずれる。今までにない手応え、技が発動前に止まる。

勇「っ!! やるね~♪ 気を引き締めて防がないとね」
いつの間にか、影狼の力が信じられないほど引きあがっている。腹には痣ができただろう。
強くなっている。ふふふっ、楽しい。

勇「そらっ! こいつはどうだい?」

力業「大江山嵐」

今度の技は単純な力技だ。魔力を吸収どころではない。大岩が地面から引き抜かれて飛んでくる。
影狼は冷静に距離を取る。大岩を一つ一つ見極めて避ける。

変身「スターファング」

影狼は、狼の姿となって駆け巡っている。このスピードが相手ではとらえることはできない。
勇儀はあっさりこの技に見切りをつけると立て続けに次の技を使う。

枷符「咎人の外さぬ枷」

勇儀にしては珍しい技だ、この技は砂塵が吹き荒れ、大きく避けることができない。そのうえ、相手を追跡する枷が勇儀から放たれる。
しかし、いくら大きくても遅い。この技はチャンスだ。影狼と針妙丸は枷の魔力を奪おうとする。
鬼の魔力で作った枷はすぐに小槌に吸われていく。勇儀は笑っている。
枷は力を吸い尽くされると同時に、爆発する。目の前で性質をいきなり変えるのだ。
今までの技と大きく異なる、変化が秘められている技なのだ。さしもの影狼でもここまで急激な変化を相手に攻撃をよけきれなかった。
初めて、影狼に直撃する。

勇「ようやく当たったねぇ?」
影「ぐぶっ!」
影狼の口から血がこぼれる。だが、まだやれる。手も動く、足も駆けることができる。
そうだ、小槌の魔力ですぐさま・・・
体が回復しない・・・なぜだ?

影「し、針妙丸!!」
針「お、おかしい、すでに願って、小槌は振り続けている」
勇「はっはっはっは、どうやら小槌が効かなくなったようだね」
影&針「小槌が効かない?」
勇「そうさ、あらゆるものには限界ってものがある。影狼、あんた小槌の力を入れすぎたのさ。
  もう、体の許容範囲の限界ってことだよ。ふっふっふっふ、つまり今のあんたは限界まで膨らんだ風船みたいなもんだ。
  これ以上、小槌で鬼の力を入れると、体が壊れる。・・・鬼になっちまうよ?」
針妙丸は認識が甘かったことを後悔した。鬼の力を吸い取りながら、影狼の力を上げ続ける。いつかは鬼を越えていけると思っていたが
まさか、影狼の容量が先に来るとは思っていなかった。容量を上げようと思っても、今度は影狼が元に戻れなくなる。

影「もう、これ以上は力が上がらないのか・・・」
勇「そうその通り、
  大体、今までのやり取りで、スピードと防御力はわかった。体力も元に戻すことはできまい。
  と、なるとな、次の一撃、攻撃力がどこまで上がっているかで決まる。
  私に通じる一撃が出せるかい?」
勇儀が笑っている。楽しい、うれしい、心地よい。この緊張に酔わなくてどうする?
次の一撃は、私にとっても未知数だ。気合を入れて防ぐ。もしそれで、痣すら残らなくても、
こいつらはよくやった。今までの経験からでも鬼を除けば10指に入る実力だった。
萃香から横取りしただけの価値があった。

勇「さあ、覚悟を決めな!」
勇儀が前に出てくる。体から魔力がほとばしる、すさまじい圧力だ。影狼が思わずたじろぐ。
影狼の中で思考がめぐる。どうする? もし、一撃が通じなかったら、おしまいだ。
影狼は迷いで動けなくなる。針妙丸が影狼を支える。

針「影狼、迷うことはない。一撃叩き込んでやろう。もし、通じなかったら逃げればいい。
  あとは私が何とかする」
影狼は針妙丸の提案で噴き出した。あとは何とかなるわけないだろうが、緊張がどこか飛んでいく。集中だけが残る。

影「逃げるときは一緒だよ。離さないからな」
勇儀を見据える。勇儀と視線が絡む。この鬼は相変わらずだ。好奇と期待と相手への敬意がこもっている顔だ。
影狼も、集中と気合と相手への畏怖が混ざった顔をしている。
勇儀がたまらず叫んだ。

勇「来いやぁ!!!」
影狼がその声に反応した。真っ直ぐ勇儀まで一直線に全身で加速する。
互いの息がかかる至近距離、影狼が思いっきり踏み込む。勇儀は全身の筋肉を収縮させ
腰を落とし、足を踏ん張り、この戦いで初めての防御態勢をとった。

全速力と全身の連動を一点に集中した拳が勇儀の顔面に突き刺さる。
勇儀が思わずのけぞるが、影狼は自分の攻撃の反力を受けて真後ろに弾き飛ばされる。
手が赤くなった、しびれている。骨が折れなかったのが奇跡だ。
勇儀はのけぞったままだ。しかし、笑っているのがわかる。全身が震えている。ゆっくり顔を上げる。
うっすら痣がついている。鼻から一筋赤い線が垂れている。

勇「・・・効いたよ。まさかお前らがここまでやってくれるとは思わなかった」
影「・・・!!
  ドーピング(秘薬)にイカサマ(小槌)を使ったのに、たったそれだけのダメージか!」
勇「お前らなぁ、一つ言っておくが、私にダメージを与えられる奴なんて、めったにいないぞ。
  十分に楽しかった」
影「楽しかった? ・・・だと?? もう過去形か!!」
勇「ふっ。そうだよ。お前の体力はどんどんなくなっていく。攻撃力も把握できた。
  防御力も、攻撃力も、体力も、魔力も私が上だ。スピードだけじゃな。ジリ貧だぞ」
確かにその通りだ。いかに痣を重ねても骨を断つまではいかない。勇儀が続ける。

勇「今なら、逃げていいぞ。楽しませてくれた礼だ」
影&針「誰が、逃げるか!!」
勇「くっくっくっく、はははははは、
  あっはっはっはっはっは、
  もうだめだ。
  強い相手を倒してこそ鬼の誉、
  お前ら強いぞ、気に入った。
  ここからちゃんと力比べしようか」
影「な、なに?」
針「全力でなかったとでもいう気か!」
勇「その点は謝る。遊びだった。今度は私のほうから力を引き上げていく。
  だから、ダメになるまでついてきなよ」
勇儀が構える。

鬼符「怪力乱神」

鬼の魔力がほとばしる。あたり一面に渦を描いている。
しかも、いままで技を放つときには動かなかった勇儀が技を放ったまま歩いて前進してくる。
技をよけるだけで手いっぱいだ。もう小槌で吸収しても使い道がない。
それどころか、小槌は鬼の魔力で一杯だ。もう入らない。
勇儀は必死に避ける影狼に向かって歩いてくる。
影狼は距離を取り続ける。
このままではつかまらないと思ったのか、勇儀は右手で怪力乱神を使ったまま、一番最初に使ったスペルを
左手で発動させる。光鬼「金剛螺旋」だ。

影「あ、あの威力の技を二つ同時だと!!」
針「ば、ばけものめ!」
あたり一面を鬼の攻撃が襲う、影狼は全力で光弾をはじく。たった一個はじいただけで両腕がしびれる。
そんな光弾が無数に、あらゆる方向から飛び交う。しかも切れ目が見えない。
背筋が凍る。本当に今まで手加減していやがった。

再び目の前に迫る光弾をはじこうとする。足を踏ん張り、両腕を構える。
と、その光弾を薙ぎ払って勇儀が突っ込んでくる。

影「しまった!!」
勇「つかまえたよ~♪」
影狼からは光弾が影になっていて気付かなかった。音と、光、振動で姿をくらまし勇儀は歩きから走りに切り替え、
一気に距離をつぶして、影狼に接近したのだ。もう影狼は腕をつかまれている。
万力どころではない。つかまれた先の手の感覚が消失する。あっという間に右手がへし折れる。

影「がっ!! は、離せ!!」
勇「いやだね、また捕まえるのに、どれだけかかることやら・・・
  ふふふ、これで終わりだねぇ」
折れた腕をつかんだまま、勇儀が影狼を片手一本で振り回す。
2回、3回と地面にたたきつける。
影狼の口から、血が噴き出す。
影狼を持ち上げると顔を突き合わせる形で勇儀が訊いてくる。

勇「降参するかい?」
影「だ、だれが・・誰がするか!!!」
影狼は捕まったままスペルを発動する。

咆哮「満月の遠吠え」

至近距離から顔面を狙った咆哮だ。勇儀の顔に直撃する。
影狼の今の姿勢で打てる最大攻撃。しかし、勇儀に効いている様子はない。

勇「もうお終いかい?」
余裕の表情だ。勇儀が笑う。大笑いだ。
影狼は歯ぎしりしている。もうこの鬼に届くことはないだろう。
鬼がその時、眉をゆがめた。

勇「いつっ!」
針妙丸だ。自分を縛り付けていた影狼の髪をほどき、さっきのスペルの内に影狼の右腕に移動していた。
針のような輝針剣を勇儀の影狼をつかんだ手の指と爪の間に突っ込んでいる。さすがにこれは痛い。勇儀は思わず手を離してしまった。
スキを逃さず、再び、影狼は距離を取る。

影「・・・ありがとう針妙丸・・」
針「礼はいい、来るぞ!!」
勇儀は笑っている。全く、自分にも困ったものだ、針妙丸のことをすっかり忘れていた。
ついうっかり、影狼ばかりに集中してしまった。二人ともどこまでも楽しませてくれる。こんなにうれしいことはない。
そうだ、こんなに簡単に終わってしまってはつまらないじゃないか、どこまでも魅せてもらおう。
勇儀は再び影狼たちに向かって歩き始めた。

2人はあまりの出来事に言葉もない。
赤蛮奇、わかさぎ姫も状況が影狼の優勢から、一気に劣勢になっていくのを目の当たりにしてたじろいでしまった。

赤「あいつ、今の今まで手を抜いていたのか!!」
わ「かげろう!!!」
歓声が悲鳴に変わった。

萃香は当然のようにこの光景を見ている。悔しい思いは持ったままだが、
いつまでも泣いてはいられない。この戦いを止めなくてはいけない時が来るのだ。
戦局をしっかり見据えないといけない。
まだ、影狼たちはやる気なのだ。見届けないといけない。
影狼の闘志が折れたら、割って入る。
・・・
・・・・
・・
・・・でも、折れなかったら?
今、戦場では勇儀が起こした旋風が地面をえぐり、突き出した拳が空を裂いている。
影狼は右手が折れていて、スピードが出せない。少なくとも四足走行ができていない。
反転にも今まで全身を使っていたのを両足に切り替えている。・・・遅い。
切り返しの度に、よけきれない攻撃の余波を浴びている。直に体力も底をつくだろう。
だが、目がまだ死んでいない。ギラギラと勇儀を睨んだ視線がはずれない。
あの目をしたやつはまだ、手が残っている。針妙丸がそうだったように・・・。
心が折れるとしたら、その手を使い切った後だろう。
・・・はたして止める間があるだろうか?

勇「粘るねぇ、うれしいよ、私を相手にこんなに長い時間戦っていられたのは、だれ以来だろうね?
  大概の奴は、一発で片が付く」
影「ぜぇ、ぜぇ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、 あ、当たり前だ、ここまでやって かん、簡単に負けられるか」
針「もういい、もういいぞ、影狼、もともとは私の問題だったんだ。もう、逃げてくれ・・・私が何とかするから・・・」
影「うるさい。こんなにされたんだ。今やめてどうする? お前に任せてどうなるんだ?
  なんとかってどうする気だ? お前なんかコンマ1秒も持たない」
針妙丸は泣きそうだ。だが、影狼は引く気はさらさらない。小槌を使った影響で昂っているのだ。

針「私は、また、同じ過ちを・・・」
影「本当にうるさいぞ。手だてがあるなら教えてみろよ・・・
  ないなら黙っていろ。
  ・・・過ちなんて言うな。
  これはすべて私の意思、全身の傷も、折れた右腕も、これから失うだろう命ですら、
  自分で選んだ結果だ。決して小槌の影響じゃない」
勇「くくく、あはははは、いいね。もっと、頑張ってもらおうか」
針「・・・影狼・・・それほどの覚悟で、私を手伝ってくれていたか・・・
  影狼・・・私を鬼に向かって全力で投げろ。・・・右目ぐらいは奪って見せる」
影「どうやって? お前には無理だ」
針「萃香の時とおんなじだ。輝針剣で力を一点集中させて貫く」
影「一点集中か・・・、そのあとお前、どうする? いや、どうなるんだ? 潰れちまうぞ?」
針「構わない。影狼が命を懸けてもと言ってくれるなら、私も命を懸けよう。
  構わぬぞ、投げてくれ。それで少しでも君が有利になるのなら」
勇「私がよける可能性も忘れるなよ。さすがの私でも目は惜しい」
影「・・・だめだ」
針「影狼!!」
影「大丈夫だ・・・一点集中・・・私も全力を出すよ」
勇「全力をだす? いままで全力じゃなかったとでも?」
影「いや、全力だったさ」
勇「?」
影「ここから先は・・・武器を変える」
そう言って、影狼が左手をかざす。勇儀の目には鋭くとがった爪が、狼の武器が見えた。

勇「くっくっくくく、はっはははっは。
  まさかこの私を相手に武器を封じていたなんて・・・なめやがって
  最初っから使えよ・・・」
影「この武器は・・・簡単に使えないんだ・・・
  友達を,・・・私の一番の親友を引き裂いた昔の感触がまだ残っていて・・・
  それに,ただ引き裂くだけなんだ・・・この武器は、加減なんてできやしない。
  でも・・・もうそんなこと言っていられない。
  ・・・勇儀・・・できるなら降参を・・・」
勇「くっ、魔理沙とおんなじことを言いやがる。
  馬鹿にしやがって・・・鬼をなめるな・・・さっさとかかって来い。
  どれほどの技であろうと真正面から叩き潰してやろう!!」
影「死ぬかもしれないぞ?」
勇「くどい!! 殺れるものならやってみな!!」
影「悪いな・・・針妙丸、離れていてくれ・・・わずかコンマ1キロでも軽くしておきたい」
針「な、何!?」
影狼は油断した針妙丸をつかむとわかさぎ姫に向かって放った。

針「か、かげろう!!」
影「わかさぎ姫、針妙丸を頼む!!」
わ「え、ええっ? か、影狼ー!」
勇「かわいそうなことするね? 仲間だろう?」
影「そうじゃない、仲間だからさ。これからやることに針妙丸はもう必要ない。
  それに・・・血まみれになるのは・・・手を汚すのは私一人で十分さ」
勇「返り血でも浴びる気かい? 残念だけどまみれるのはお前自身の血だよ?」
影「うるさい、それがたとえ事実だとしても・・・結局、針妙丸は必要ない。倒れるのはお前か私、二人に一人だ。
  余分なおまけはいらないのさ」
勇「く、くくく。はははは、いいねその覚悟」
勇儀が笑う。・・・こいつは一体どんな方法で私を倒すんだ? とても楽しみだ。
影狼が構える。これが最後の突撃だ。両足をかがめ、左手を地面につく。

勇「さあ、もう一勝負といこうじゃないか」
勇儀も今度は迎撃の態勢だ。両足を開き、腰を落とす。両手に力を込める。
影狼の目が燃えている、闘志と希望と信念で。勇儀の目が躍っている、楽しさと嬉しさと興奮で。
互いの視線が絡む、今日、3回目だ。視線が絡み合ったまま、時間が凍り付く。

しびれを切らして均衡を破ったのは勇儀だ。抑えきれないらしい、こんな状態で先に動く不利を知っていながら先手を取った。
勇儀が突進する。この鬼は意外に速い。
怪力を旨とする鬼の頂点が一人、持ち前のパワーを推進力に変えれば、並の妖怪など及びもしない速度が出る。
影狼も合わせて突進を開始した。こちらはもともとスピードを旨とする狼の妖怪、速さを出せる流線型の体、風の抵抗を受けにくい四足の態勢、
すべてを速度のためにつぎ込んだ体だ。出せる速度の質が違う。

体を必死にかがめて勇儀の突進の足元に潜り込む。勇儀は突進の最中にけりを出せるほど器用ではない。手を出したくても手が届かない。
このまま突進で弾き飛ばして・・・と勇儀が判断する。四肢を迷いなく突進に使う。
それを見て取った影狼が躊躇なく頭を狙った。目の前で全身を使って跳ね上がる。
勇儀の目の前に影狼の左手が見える。拳でなはい、まっすぐ伸ばした狼の爪が目に止まる。

―――来た! なんて速さだ!!
爪に小槌と秘薬で得た力を左手の爪に集中させ、切り裂く。
拳で鬼の顔面に痣を作るほどの力が爪に集中すれば切り裂くことは可能だ。
勇儀の背中に鳥肌が立つ、突進をしながら姿勢を変えれるほどの器用さが勇儀には足りない。
・・・一方で、影狼も右手が使えなかった。攻撃速度がベストの状態からは程遠い。
影狼の切り札に一瞬の間ができてしまった。

・・・間を利用して先手を取ったのは勇儀だ。突進の勢いを利用して 目の前の狼の左手に自慢の一本角をたたきつける。
命中した影狼の左手があらぬ方向へ曲がった。衝撃が角を介して勇儀の脳髄に伝わる。

―――やった!! 叩き潰した! しびれるような勝負だった!!!
ベストの状態なら防げたか怪しい。小槌と秘薬を使い、攻撃力を測るあの場面でいきなり使われていたら本当に危なかった。
影狼、貴様の敗因はその慎重さだ。勝負は見た目よりも紙一重・・・楽しい勝負だった。
―――・・・?
勝利を確信した勇儀の目に留まったのは、影狼の顔だ、口を開いている、
・・・何だ。それは? どんどん近づいてくる、
絶望の断末魔じゃない、
攻撃の咆哮じゃない、

―――口の・・・牙か!!!!
姿勢は変えられない!
頭突きをさっき使ってしまった、もはや角でもどうにも出来ぬ!!
―――何もできねぇ!!! 

   はめられた!!!!

牙符「月下の犬歯」

影狼の奥の手だ。友人を・・・わかさぎ姫を手に掛けたあのときの必殺の牙・・・
影狼自身が禁忌として使用を封じてきたもっとも信頼に足る致命の一撃!!!
勇儀の首に影狼の牙がかかる。勇儀が必死に両手で捕まえようとするが、そのまま振り切った。
断ち切ったのは左の頸動脈、のどに噛み付いているひまは無かった。そんなことをしていたら勇儀に捕まる。
鮮やかな赤い血が噴き出す。鮮血が飛び散る。
すれ違い様に一瞬で一撃で到達できる最高の結果を引き出す。
勇儀と影狼がたった一瞬,すれ違う。そして,戦場に鮮やかな血が舞った。
勇儀は首から、影狼は左手から血が流れる。
影狼は舌で鬼の血の味を確かめながら、すれ違った相手を見向きもせず、雄たけびを上げた。それは、まさに・・・

勝利の咆哮!!!

針妙丸が、赤蛮奇が合わせて雄たけびを上げた。わかさぎ姫だけが昔の影狼を見ているようであまりいい顔をしていない。

針「かげろう、よくやった、よくやってくれた!!」
赤「影狼ーーー、すごい、すごいぞ、あんな鬼に勝っちまうなんて。すげえ、すげえぞ。
  見ろよ!! 鬼が血だまりに・・・
  ・・・ん?、
  え!? あっ? う、うそっ、
  あ、ありえねぇ・・・
  影狼、後ろだーーー!!!」
赤蛮奇の叫びで皆が影狼の後ろの鬼を見る。
鬼が、あの鬼が血を流して・・・たおれ・・? 倒れていない。
3人の顔が驚愕に染まる。鬼がこちらを振り向く。それもすごい形相で。
首からの出血を無理やり左手で押さえつけたようだ。
背後の気配に思わず影狼が飛びのいた。

勇「何を驚いていやがる。勝負の最中だぞ?  ・・くっ、血が足りねぇ・・・」
影「お、お前まだ、まだやるのか? もう無理だろ? 降参・・・」
最後まで言えなかった。鬼が光弾を放ってきたからだ。
顔が怒っている。

勇「馬鹿にしやがって、私は言ったよな? 私が負けを認める条件は戦闘不能だ。
  ・・・私はまだ動けるぞ。動けるうちは負けは認めない、認められない。
  さあ、続きと行こうじゃないか」
影「ば、馬鹿、お前死んじまうぞ。動くな」
勇「私はね、お前の言ったように馬鹿だよ。とびっきりの戦闘狂さ。
  だ、か、ら、続きをしようじゃないか。
  お前は両手が使えない。私は首から出血を抑えるために左手が使えない。条件は・・・まだ私が有利だね」
勇儀は青い顔をしているが、首からの出血は完全に抑え込んでいる。

影「くそっ!!」
思わず、影狼が勇儀から離れる。
勇儀が後を追うが、影狼の両足は健在だ。首を抑えた変な姿勢では追いつけるわけがない。
追っても捕まえられない。両者は距離を保ったまま追いかけっこをする形になった。
勇儀も影狼も息切れを起こしている。
しかし,有利なのは影狼だ。
勇儀は動きが鈍い。動作一つ一つは元のまま速いのだが,断続的だ。連続して早く動くことができない。

わ「もうやめてよ、影狼の勝ちでしょ?」
わかさぎ姫が二人のやり取りに割って入った。

勇「・・・邪魔するな。黙って引っ込んでいろ、勝敗を決めるのは、お前じゃない。当事者の私と影狼だ」
わ「そんな怪我をしていて、負けを認めないなんて、あなた子供なの? ふらふらじゃない!!」
勇「うるさいぞ・・・怪我したくなけりゃ首を突っ込むな」
影「わかさぎ姫、頼む。下がってくれ。鬼は本気なんだ!」
わ「嫌っ、私、影狼に殺しはやってほしくない。やだよぅ、昔みたいに口で血を遊びながらわらっている影狼を見るのは」
勇「・・・むかつくねぇ、あんたみたいなやつは・・・
  熱い勝負の最中にくどくどと水を差す・・・最後だ。だまってここから失せろ」
わ「お、鬼さん、私なら、その怪我治せるから、治してあげるから・・・」
勇儀が頭をかきため息をつく、今まで影狼をにらみつけていた視線をわかさぎ姫に向けた
警告はしたからなとつぶやくと、殺気をたたきつける。
わかさぎ姫がその殺気に気圧される。戦いもしない奴にグダグダ言われる事が勇儀にとってもっとも不快なことだった。
しかも,今夢中になっている自分の戦いに・・・戦えもしない奴が口を挟んできた。
勇儀の手がわかさぎ姫を標的にした。もうとっくに我慢の限界を超えている。
勇儀がなんのためらいもなく光弾を放った。たった一個だが・・・わかさぎ姫を仕留めるには十分すぎる。

わ「!!!?」
影「わかさぎ姫!!!」
赤蛮奇の視界からわかさぎ姫が消えてなくなる。
虚空に赤い霧が舞う。
赤蛮奇の真横を黒い影が瞬く間にとびぬけた。
驚いて振り返ると、
呆けた顔のわかさぎ姫が、赤いペンキを頭からかぶって仰向けに倒れている。
自分に起きたことが理解できていないようだ。

わ「か・・・かげ・ろー」
勇「馬鹿か? お前」
わ「かげろう。影狼! 影狼ーー!!!」
わかさぎ姫の頭に目の前の惨劇がようやく入った。
顔のついた血は影狼が吐いたもの。
黒い影は影狼がかばったから、
わかさぎ姫を抱きかかえたまま、背中に直撃を受け、そのまま吹き飛ばされた。
わかさぎ姫は助かったが、影狼が瀕死だ。背中が途中から曲がっている。
血が止まらない。蒼白になっていく。

わ「ああ、う、い、いや、いやーーーーー!!!」
勇「せっかくのチャンスを・・・、私に勝てるかもしれない機会を・・・そんなことでふいにしやがって。
  かばう価値のあるやつか?」
影「も、もちろん、 私の命にかえても・・・
  わ、かさぎ姫、きみが、ぶじ、で よかった」
勇「全く、こんなことで幕切れとは、待ってろ、今とどめを刺してやる」
勇儀が歩き始める。距離を詰め終わったら、一撃で終わり。ゆっくり歩いているのは、
わかさぎ姫と別れを惜しむ間を与えるためだろうか?

わ「か、影狼、私の、わたしの肉を食べて・・・、人魚の肉なら、何とかなるかもしれない」
影「そ、んな、  こ・・と」
わ「黙ってよ! 私の言うことも聞いてよ!!」
もたもたしていたら、影狼の命の火が消えてしまう。わかさぎ姫は自分の手首を噛み切った。
血のしたたる腕を影狼の口に無理やり入れる。

わ「噛んで、噛み切ってよ!!
  私を勝手においていかないで・・・」
勇「何やってるのか知らないが、別れの挨拶は済んだか? もうしまいにするよ」
勇儀がわかさぎ姫の背後に立つ。
時間が・・・、時間が欲しい。

針「大きくなあれ!!!」
突如として針妙丸が輝針剣を巨大化させた。針ほどの細さの剣が、樹齢1000年並みの大木の太さに変わる。
とっさのことだが、勇儀は後ろに跳ぶことで、伸びる剣の一撃をよけた。
剣を捕まれる前に、慌てて縮小化する。鬼に捕まれたら取り返せない。萃香戦で学習済みだ。

針「鬼よ!!! まだこの少名 針妙丸が残っているぞ!!!
  影狼は後回しにしてもらおうか!!!」
小さな体で精いっぱい、声を張り上げ、鬼を挑発する。

勇「ふふ、ふははははは、悪い、忘れていたぞ!!!」
鬼が振り向く、口が笑っている。

針「来い!!!」
勇「ああ、遠慮なく!」
勇儀が、針妙丸に向き直る。
その針妙丸の前に赤蛮奇が立つ。

赤「悪いが、俺も混ぜてもらおうか。不意打ちでも、多人数掛かりでも何でもありなんだろ?
  今の攻撃は俺も納得できない。俺の友人を思いっきりケガさせやがって・・・、
  後悔させてやるからな!!」
勇「後悔するのはお前のほうだ!!!」
一瞬で懐に飛び込むと勇儀は赤蛮奇にのどわをかました。
必殺の勢いで空をかく。そのままの勢いで前につんのめった。
首をとらえたはずが・・・手ごたえがない!!
勇儀が慌てて振り返る。一方で赤蛮奇も驚いている。勇儀の移動速度がこんなに早いとは思わなかった。
その隙に針妙丸が赤蛮奇に飛びつき、小槌を振る。

針「赤蛮奇殿、私がアシストする。頼むぞ!!」
赤「お・・おお!!」
勇「ウザったいね次から次へと、狼女、小人・・・きさまは飛頭蛮か!!
  ・・・!! まてよ、すると、まさか・・・、あいつは萃香の言っていた人魚か!!!」
勇儀がわかさぎ姫のほうを見る。足なんか生やしているから分からなかった。みればあいつは影狼の口に腕を突っ込んでいる。
もし人魚なら、影狼が治るかもしれない。そうなったら、私は、私は・・・本当に倒されるかもしれない。
口が歪む、口角が上がる。歯が見える。笑いが止まらない。また、またやれるぞ。しびれるようなあの戦いが・・・
その果てに、私の望むものがあるかもしれない。

気が付けば7つの頭が宙に浮いている。完全に包囲されている格好だ。

飛頭「セブンスヘッド」

赤蛮奇の技が、小槌の力に後押しされてさく裂する。
浮かんだ7つの頭から、怪光線が放たれる。勇儀は微動だにしない・・・直撃する。
そして、全く無傷の勇儀が立っている。

赤「ちぃぃぃっ! どんな化けもんだ!? あいつは!!」
勇「今更、後悔なんて、遅いんだよ。ちょうどいい、影狼の前にお前らを倒してやろう」
勇儀が赤蛮奇に対して距離を詰めてくる。今度は小槌の力でアシストを受けた・・見える早さだ。だが、見えるだけだ。追いつかれる。
単純な鬼ごっこなら、すぐに捕まってしまう。影狼はこれほどの鬼を相手にスピードで圧倒していたのだ。
簡単に捕まるわけにはいかない。赤蛮奇は浮かぶ頭を操り、勇儀の足元を狙って怪光線を放つ。
踏みつけるはずの地面がくぼみになり、勇儀は足を踏み外した。

赤「くっそ、あぶねえ!」
勇「ちっ、惜しい! っ!・・あまり動くと傷に響く」
針「赤蛮奇殿、この調子でいい。影狼が起きるまで・・・私たちはただ、冷静に時間を稼ぐんだ」
勇「起きる前に、お前らを倒してやるよ」
赤「できるもんならやってろ!!」
勇「後悔しな!!」

枷符「咎人の外さぬ枷」

勇儀が技を放つ、片手であっても威力は変わらない。技の余波で赤蛮奇の頭が3つ 落とされる。
赤蛮奇は残りの3つを迫る枷にぶち当てる。枷が衝撃波を放って変化する。
その衝撃波を突き破って勇儀が突進して来た。あっという間に距離をつぶされる。
勇儀はもう目の前だ。回避は不可能・・・。

小槌「お前が大きくなあれ」

勇儀が突如として巨大化する。赤蛮奇が「何やってんだ!! 針妙丸!!!」と叫んだが、
もっと慌てたのは勇儀だ。いきなり視界が変化し、最後の一歩の踏み込みで赤蛮奇たちを思いっきり飛び越してしまった。
振り返る前に、元のサイズに戻された。

針「アシストは任せてくれと言っただろう?」
赤「馬鹿野郎、いきなり相手を巨大化させるやつがいるか!!!」
勇「ああ、くそっ、めんどくさい奴だねぇ!!」
勇儀が再び距離を詰め始めた。

萃香は呆然として、戦いを見ていた。私の友人が、それも最強の友人が、追いつめられている。
今、攻めているのは勇儀だが、出血多量の状態で動きすぎである。直に動けなくなる。
しかし、援護はできない。そんなことをしたら、勇儀に恨まれるだろう。
萃香にできるのは一つだけだ。

萃「何やってんだ!! 勇儀、てめぇ、それでも鬼の一人か!!!
  勝て! 勝って帰ってこい!!!」
あらん限りの声を出して、勇儀を叱咤する。
今の勇儀は間髪入れずの攻撃ができない。仕方ないことだが、捕え切ることができないでいる。
それでも、今度は慎重に距離をつぶしながら、赤蛮奇を追い詰める。突如として赤蛮奇の頭が増えた。
増えた頭は2つだ。勇儀を取り囲み、複数の視点で勇儀の隙を伺っている。
勇儀を狙った攻撃は無い。
間合いをつめさせないため、足元の地面をえぐる攻撃ばかりが連続している。
勇儀は作戦を切り替えた、足を止め、腕で旋風を起こしている。
離れた距離でも赤蛮奇をしとめるには十分だが、小槌の力を受けた赤蛮奇はぎりぎりを見切ってかわすことを続ける。
勇儀はゆっくりと気付かれぬようにひざを曲げ、足に力をためてていく。
一足飛びで近接するためだ。
そして、近接したが最後、当たることすら考慮に入れない大振りの一撃を地面に叩き込む。
近距離における避け様の無い衝撃波は赤蛮奇をしとめるには十分である。
ひざを曲げ切る前の最後の一撃、空を切る拳を振る。
赤蛮奇もよける動作に入った。
―――なるほど、左か!!
今までのよけ方から移動量を想定してその着地地点に向けて飛ぶ。
飛びながら、腕を一気に振りかぶる。
赤蛮奇の顔が恐怖にゆがむ・・・。
位置はぴったり、目の前は赤蛮奇だ。
拳をたたきつける。
赤蛮奇がとっさに後ろに飛ぶ。針妙丸が小槌で障壁を呼ぶ。
それらの対策が無意味に見えるほどの衝撃が襲い掛かった。
とっさに赤蛮奇が針妙丸を自分の頭に乗せ自らの体を盾に衝撃波を防ぐ。

赤「ぐはぁっ!!」
赤蛮奇が大ダメージを受けて沈む。針妙丸は無事だが・・・
頭だけではどうしようもない。おまけに体は勇儀の足元で転がっている。
勇儀が赤蛮奇の体に足をかける。

勇「・・・飛頭蛮・・・お前の負けの条件を聞いていなかったね?
  言ってみな。死にたきゃ死にたいでかまわないよ・・・」
赤「あ・・・ぐっ!! 言わないぞ・・・」
勇「そうかい、負けの条件を言わないなら・・・負けを認めないなら・・・覚悟をしてるってことだね?」
必死に赤蛮奇は頭をめぐらす。とにかく時間が稼ぎたい。
・・・というか、そんな暇は無い。見る間に勇儀の足が体にめり込んでくる。

赤「ぐっ!! ぶっ!! ・・っげぶ ま、待っ・・」
勇「・・・なんだい、用件は手短に頼むよ? 私も限界が近い・・・」
我慢の限界だろうか? ・・・それとも?

赤「私の、負けの条件は・・・その・・・」
勇「・・・早くして欲しいね?」
・・・明らかに我慢の限界だった。もう限界点まで足が腹にめり込んでいる。

赤「・・・影狼が負けを認めたときだ!!」
勇「・・・待てないね」
勇儀が足ではなく拳に力をこめた。あんなもの振り下ろされたら上半身が消えて無くなる。

赤「ま、待って・・・じゃあ、私のこの頭を捕まえたときで、どうだ?」
勇「よし、じゃあ、5秒以内にここまで飛んで来な。体は惜しいだろう?」
・・・全然意味なかった。大体、頭をつかんでつぶす気なのが見え見えだ。力をこめた手で、煌く拳に誘われても接近する勇気が無い。

赤「ま、待って、えと、うんと あ~くそっ!!! 全然いい考えがうかばねぇ!!!」
勇「時間稼ぎが見え見えなんだよ。それと針妙丸、私を狙うのはいいが、私の踏ん張る動作だけで赤蛮奇がおちるぞ、やめておきな」
針妙丸が悔しそうに口をかむ。赤蛮奇を助けたいが・・・体がなくなってしまう。
勇儀が口の端で笑う。赤蛮奇・・・面白い奴だ。
勇儀にとって戦うものは好ましい者だった。向かってくる奴,戦う気概のある奴そういった者たちは大好きだった。
こいつは勇気を持って私の前に立った。正直,わかさぎ姫なんかよりもずっとかわいい。
―――もっと,できるだろう?
目の奥に期待をちらつかせて、赤蛮奇を挑発する。
赤蛮奇があまりにも面白かったせいで・・・勇儀の非常に悪い癖、遊び癖が出てしまった。

勇「どうやら、死にたいようだね」
赤「いや、だから待って、待てって!! えっと、うんと、くそっ!! 死んだら負けを認めないぞ!!」
勇「そのために死んだら負けって決めたはずだけどね?」
赤「畜生!! 畜生!! もう無理だ、時間なんて稼げねぇよ!!」
赤蛮奇が泣いている。正直、勇儀にとっては赤蛮奇の反応が面白くてたまらない。
前回、正邪の今際のきわの戯言を聴いたほどの癖が出た。
赤「てめぇそれでも鬼かよ!! もっと余裕とか油断とかしねぇのかよ!? 執拗に勝ちにきやがって!!!」
勇「はっはっはっは、言ってくれる。悪いけど、お前らは私にとって強敵さ、それもトップレベルのな・・・」
赤「お、俺は一般妖怪だった。影狼とは違うんだ!! 初めっからの戦闘タイプじゃねえ!!!」
勇「ふっはっはっはっはっは! そんなの関係ないよ!! 私の正義はろくでもないものさ、自分が楽しいこと・・・ただそれだけだ!!!
  お前らは楽しかった。ゆえに全力を出す。たったそれだけのことだよ。 面白くも無い奴に全力を出してやるほど暇じゃないんでね・・・」
赤「くそっ、もっと馬鹿にしやがれ!!」
勇「しないよ? お前らはこの私を追い詰める程度には強いからな」
赤「くそっ!! 後、どのくらい稼げばいいんだ?!! 影狼!! 頼む、おきてくれ!!! もう、無理だぁ!!!」
勇「・・・影狼が起き上がったときに、お前が倒れていたら・・・ふっ、見物だな」
勇儀が足に力をこめる。覚悟を決めた・・・開き直った赤蛮奇が叫ぶ。

赤「畜生!!! 降参だけは絶対しないからな!!!」
唯一、一直線に見せてくれた気迫に勇儀が反応する。

勇「くっ!! はっ!! 良い気迫だ!! 全力で相手をしよう!!!」
勇儀が煌く拳を振り上げる。
もはや赤蛮奇にも、針妙丸にもとめることは不可能だ。
小槌をふるっても、防御できない。
体は足で固定されている。逃げられるわけが無い。
そして何より、勇儀に加減する気配が全く無い。

影「待ちなよ」
影狼が声をかける。とぎれとぎれではない、普通の声だ。
今、振り下ろそうとしていた拳がおかげで止まった。
勇儀が自分自身を笑った。自分で分かっていてやめることができない悪い癖だ。
挑発に挑発を重ねて相手の限界以上の力を引き出させる。
赤蛮奇から最後の気迫を引きずり出し、ついうっかり、そのまま気迫に反応してしまった。加えて・・・
―――影狼が起きる前にお前らを倒す・・・ふっ、口先だけになっちまったな。
加えて、宣言したことも守れなかった。自分にあきれてしまう。
赤蛮奇が慌てて、針妙丸を連れて、影狼のところまで飛んでいく。
勇儀が声のほうを見る。先ほど、壊れたはずの両手も、曲がった背中も、傷だらけの顔も元通りだ。
反則級の回復量、しかし、ここはスポーツで競う場ではない、旧都だ。あらゆる手段が許される。
たとえ1対2でも、そして途中で人数が増えても、力を吸い取られても、薬でドーピングしても、武器を使っても・・・瀕死の強敵がいきなり復活してもだ。

勇儀はうれしくなった。
正直、時間ですら殺せないこの体に飽き飽きしていた。酒を喰らっても、毒でも、刀でも壊れない無敵の体。
誰しもが、競うことすらしてくれない寂しい体。強すぎて、四天王以外には相手がいなかった。
互いにぶつかり合って、殴り合ったのは寂しかったからだ。互いが互い以外に競うものなし。たった4人の仲間外れだった。
いま、この場には、影狼という強敵がいる。競うことができる相手がいる。とても幸せなことだ。
純粋に力で、技で強さを競い合ってみたかった。自分の生死など、この競い合いに比べればどうでもいいことである。
だから、ここで影狼に殺されても何一つ文句はない。
ちょうど、血も抜けた。力も吸われた。影狼にも負けられない理由が、引けない理由がある。
もう、わかさぎ姫も止めようとはしないだろう。つまらない邪魔は入らない。
勝負は単純、どちらが強き者か、影狼よりもただ単に強いことを示す。
勝てば、胸を張って自慢することができる。私は影狼よりも強いと・・・
全力でもって必殺技を打つ。勝つ、必ず勝つ。強い影狼に勝って私が最強だ!

・・・でも、もし、仮に、万に一つ・・・負けたら・・・どうしようか?
負けたら・・・この幸せな気持ちのまま・・・勝負に酔った気分そのままに、最後まで笑ったまま・・・倒れるだろう。
それはそれで鬼として上等な死に様だ。
勇儀の口元がゆがむ。勝って嬉しく,負けて悔い無し・・・最高の相手だ。

影「ありがとう、赤蛮奇、針妙丸。時間を稼いでくれて、もう大丈夫だ」
針妙丸が影狼に飛びつく。

針「もう、二度とあんな投げ方してくれるな。私だって戦える。元に戻ってくれて、うれしいぞ」
赤「もっと!! もっと!! 早く来てくれよ!! こっちは死に掛けたんだぞ! それに、もう二度と時間なんて稼げないからな!!」
影「うん、わかってる。ありがとう。本当に助かったよ」
勇「ふっ、怪我はもう良いのかい? さっさと続きに行こうじゃないか」
影「お前は・・・なんでそんなに・・・死ぬかもしれないのに・・・怖くないのか?」
勇「怖い・・・ねぇ? 無いな。そんな感情。
  お前こそ、そんな感情無いだろ?」
影「私は怖いよ。」
勇「お前はただ単に、相手を倒せる可能性を手にして戸惑っているだけだ。
  確かに私は怪我をしていて、お前は全快したみたいだけど・・・
  大体、顔がおびえてないよ。
  おびえが無いって事は・・・私に勝てるつもりらしいね」
赤「当たり前だ。大体さっきの勝負は、影狼の勝ちだった。それをな、あんな形でひっくり返しやがって・・・」
鬼は驚異的な体力をしていたが、粘ったところで、試合がひっくり返るとも思えない。
あのとき、あのまま続けていたら、影狼が逃げ切り、勇儀は失血で倒れただろう。
だが、勇儀からすれば、両腕折れて血を吐いているやつが引かないのに、頸動脈が一本切れただけで引くなんて考えられない。
狼が粘って、鬼が粘ってはいけない理由などないのだ。

勇「ふっ、言ってくれるじゃないか。続きを実演してやろう。
  お別れの挨拶はもういいよな?」
影狼がにらみつける。
針妙丸も厳しい視線を送る。
わかさぎ姫は痛みでうずくまっているのでわからないが、赤蛮奇すら白い眼を送っている。

影&針&赤「お別れするのはお前のほうだ」
勇儀が笑っている。すっきりとした笑顔だ。
すっかり自分は悪役だ。だがそれでいい。

勇「ふっふっふっふ、私はまだ、切り札をもっているよ。
  お前ら4人をまとめて吹き飛ばす最後の大技をね」
勇儀が赤蛮奇の体を蹴飛ばして影狼のもとへ送る。最後の挑発だ。
赤蛮奇の頭が血を吐いて落下した。

勇「来なよ。最後の技は竹林を消し飛ばした大技さ。温存してたわけじゃない、観客がいたから使えなかっただけだ。
  だが、観客はみな敵になってしまった。観客は萃香一人さね。もう気遣いは必要ない」
影狼が表情を厳しくする。赤蛮奇とわかさぎ姫を抱えて逃げ切れる自信がない。発動されたらそれで終わりだろう。
針妙丸が影狼の髪で体を固定している。

最後のにらみ合いが起こる。
影狼の表情は、信念と怒りと覚悟だ。恐怖がなくなった。刺すような視線が痛い。
勇儀は相変わらず笑っている。しかし、つきものが落ちたように清々しい笑顔だ。無邪気さと潔癖さと嬉しさを足すとこんな表情になるだろう。
互いにスペルカードを宣言する。

四天王奥義―――三歩必殺―――

天狼「ハイスピードパウンス」

影狼が先手を取って突っ込む。
勇儀は明らかに足に力をためている。縦一文字に右足を振り上げた。
影狼に追い風が吹く、爆風が吹いた。
きっと針妙丸のアシストだろう。もう影狼には鬼の力が入らない。だから、必死に思案して周りの環境を変えてくれたのだろう。
必殺技なんて打たせない。ここまで支えてもらって、負けましたなんていえるわけが無い。

爆風のアシストを受けて
奇跡的に、勇儀が右足を振り下ろしきる前に影狼が懐に飛び込んだ。
針妙丸から小槌で得た力、永琳の薬を使って得た体、わかさぎ姫に治してもらった両腕を思い切り勇儀のみぞおちに食らわせる。
勇儀の体を衝撃が駆け抜けた。
しかし、こんなもので沈む勇儀ではない。
ダメージはあるが、こんなものの一発で壊れるような軟い体をしていない。
しかし、それでもなお、影狼のこれまでの人生で最大の一撃は功を奏し、わずかに勇儀の体を宙に浮かせることに成功した。
勇儀の必殺の右足が大地をかすめる。
三歩必殺の第一歩を勇儀は生まれて初めて踏み外したのである。

一方、影狼の体を鬼の腹を撃ち抜いた衝撃が突き抜ける。
次の攻撃の初動が遅れる。
勇儀は浮いた体で2歩目の力を右手に込める。影狼を仕留めるには十分だ。
衝撃で動けない影狼を狙って渾身の右拳を叩き込む。
影狼の頭の前に針妙丸が立ちふさがった。
小槌を投げる。願いはできない。魔力が空だからだ。
勇儀を相手に、赤蛮奇に、影狼に、爆風に・・・大量に願いをかなえた。
だから、勇儀が右手に集めた力を吸い取ってしまう。
煌く力の塊が小槌に吸われていく・・・
結果的に三歩必殺の第二歩目―――渾身の拳は失速し、影狼は身をかがめて2歩目をかわす。

牙符「月下の犬歯」

今度は影狼の奥の手が勇儀に迫る。
狙いは右の頸動脈。三歩必殺の3歩目は他の2歩に比べて力を集めるのに時間がかかる。
わずかな間隙を縫って、影狼が勇儀に肉薄する。
勇儀の目がはじめて驚愕で見開かれる。
―――劣る? この私が? 狼よりもか?
   ありえない!! 私こそが最強なのだから!!
だが、速い!! 狼の攻撃速度は秘薬と小槌の力を受け、全身が完治しているベストコンディション・・・全天狗最速・・・射命丸に比肩する速さだ!! 
牙をのど元に近づけてくる。失速した右拳では追いつけない。
勇儀は左手を、首の出血を抑えていた左手を外す。
―――高々、1,2秒程度で死にはしない!
影狼を捕まえる。影狼は驚いていた。右手さえかいくぐればよいと思っていた。意表を突かれた分だけ体が硬直する。
大量に血が噴き出す。だが、左手で影狼を止めることができた。
勇儀は目の前・・・なのに牙が届かない。
影狼の技は虚空を噛む。
そのまま左手で右肩を、右手で左腕をつかむ。
3歩目の力を両腕に込める。血で力が抜けるよりも、両手に力をためるほうが早い。

勇「残念だったな!! これで仕舞だ。良い勝負、良い力比べだった。
  かつて無いほどに命を燃やせたぞ!! 貴様の名は永久に胸に留めておく!!!」
影狼を引き裂く必殺の体制が整うまで後2秒・・・ 三歩必殺の第三歩は、他の二歩とは比較にならない。
そんな力を影狼に使ったら、影狼がなくなってしまう・・・
しかし、影狼が笑った。この戦いで、必殺の体勢を整えた勇儀を前にして笑ったのである。

針「そうはいかぬよ」
影狼の髪を断ち切り、勇儀の右の頚動脈めがけて針妙丸が突撃してくる。
影狼が勇儀に肉薄した本当の理由は・・・まさかこれが狙いだったか。
針妙丸を送り届けるために、自らをおとりに・・・
勇儀は力を込める。しかし、力をためることはできても、血が抜けている分、いつもよりはるかに収束が遅い。

妖剣「輝針剣」

針妙丸が輝針剣で首を薙ぐ、さらに血があふれる。
力が抜ける。今度は力を込めるよりも抜けるほうが速い。
ここにきて、ついに・・・ついに勇儀が崩れる。
膝が自重を支えられない。
腰が崩れる。
手から影狼が逃げていく・・・。
仰向けに倒れていくが力が入らない。

勇「ま、まさか、こ、このわたしが・・・
  くっ はは、・・・ははははは・・・・よくぞ、たおした・・・
  まいった、 わ  たし の ま  け だ・・・・」
勇儀が轟沈する。満足そうな笑みを浮かべながら・・・。

・・・

何だろう?首が温かい。
最後の大技「三歩必殺」は完封された。
一歩目は踏み外し、
二歩目は空振り、
三歩目に至っては撃てず仕舞いだ。
私は死んだはず、失血で・・・
星熊勇儀は目を開ける。
剣を向けた針妙丸が目に映る。

針「ようやく気付いたか。本当に死んだかと思ったぞ」
勇「・・・死にそびれた・・・」
影「何だ? 死にたかったのか?」
勇儀は目を動かす。上から覗き込む形で影狼が覗き込んでいる。
ようやく自分の状態を確認する。
影狼が自分の首の出血を抑えてくれている。ひざまくらをしながら首に手を当ててくれている。

勇「・・・なぜ助けた? ・・・」
声が小さい、戦闘時の大声が嘘のようだ。失血でほとんどの力を失ったらしい。
もはや腕が上がらない。動けないのだ。

影「お前からは大事なことを聞いていない」
針「そうだ、正邪の居場所を聞いていない。それを教えてもらわずに死んでもらっては困る」
勇「・・・ふふ、・・・そうか・・・勝つつもり・・だったからな。・・・言い忘れた。
  すまぬ・・悪かった。
  ・・正邪はな、わたしの、・・・家だ。 においを たどれば、
  お前た ちなら たどり ・・・つける」
勇儀が目を閉じようとする。起きているのも辛いようだ。
影狼がわかさぎ姫に声をかけた。

影「わかさぎ姫、こいつを治してやってくれないか?」
わ「・・・・」
わかさぎ姫は露骨に嫌な顔をした。影狼は初めてわかさぎ姫のこんな表情を見る。
納得はできる。ついさっき、襲われて死ぬところだった。

影「お願い。わかさぎ姫」
針「私からもお願いする。においをたどるよりこの鬼に案内させたほうが早い」
わ「・・・・嫌・・・」
影「わかさぎ姫、あなたの気持ちはわかる。わかるよ、さっき殺されかけたよね。警戒するのも、嫌悪を抱くのも、怖いのもわかるよ。
  私にもわかる。こいつは危険物だ。それも超弩級の。
  でも、それでもなお、治してあげてほしい」
わ「・・・・」
勇「言って・・くれる。 ・・影狼・・・情けは、いらぬ。・・手をはなせ。・・・」
影「お前は黙ってろ。
  わかさぎ姫、私を想ってくれるなら、治してほしい。
  私に入った力を抜かなくてはいけないんだ。勇儀が死ぬと抜く方法がなくなる。
  少なくとも抜いた鬼の魔力の行き場がなくなる。
  それに・・・わかさぎ姫、私に殺しはしてほしくないって言ってくれたよね。
  私もだよ。ここでこの鬼を殺したくはない」
わ「・・・」
影「・・・・」
黙って二人は見つめ合った。影狼の思いは固い。眼差しが真っ直ぐで、きれいで、温かい。
昔、見た、待ち望んでいた瞳がわかさぎ姫を捉える。わかさぎ姫が耐え切れなくなった。顔を赤くしている。

わ「・・・一口、・・ひとくちだけだからね?」
影「ありがとう」
わかさぎ姫が手を噛み血をしたたらせる。血を首に数滴たらすと、勇儀の口に腕を当てた。
噛み切ってと言って、顔をそらせる。勇儀は最後の力で噛み切り人魚の肉を食べた。
人魚の肉はこんな味か、萃香が自慢するわけだ。そんなことを考えているうちに回復が始まる。
体の痣が引いていく、首がむず痒い。体に力が戻ってくる。
勇儀は目を見開くと飛び起きた。
さすがに、立ちくらみを起こしてよろけるが、信じられない回復量だ。

勇「・・・あ~、やっぱり、血が足りないね」
影「案内するには充分だろ」
勇「まあな。・・・さてと、早速だが正邪のもとへ案内しよう」
一行は勇儀を加えて合計5人になった。そして、そんな一向の前をふさぐように萃香が立ちふさがる。

勇「っと、萃香、何か用かい?」
萃「・・・馬鹿者が・・・負けやがったな・・・馬鹿者が・・・
  私よりも・・・先に逝こうとしやがって・・・間抜けが・・・
  くそっ・・・生きていて・・・なにより・・・何よりうれしいぞ・・・」
萃香の目が赤い。泣いていたようだ。何か言ったように口が動いたが聞き取れなかった。
すぐさま口を固く結ぶと黒い霧になって虚空に消えた。

勇「・・・萃香・・・」
影「何だったんだ? 今の?」
気にせず行こうかとの、勇儀の言葉に従い一行は勇儀宅に向かった。

・・・

勇儀の自宅では正邪が正座をして勇儀を待っている。
正邪も覚悟を決めた。
死ぬのは怖い。だが、鬼としての居場所はもらえた。
仲間として認められた。もうそれだけでいいとも思っている。
扉があく、勇儀が家に入ってくる。
真っ赤に染まった血染めの服は魔理沙とやりあった証拠だろう。
勇儀が手を伸ばしてくる。
正邪は笑いながら、泣いていた。
自分は満足なのか・・・どうしたらいいのかわからない。
死ぬのを恐怖しなけばいいのか?
仲間と認められることを笑って喜べばいいのか?

勇「器用な奴だね、泣きながら笑うなんて」
正「う、うるさい、覚悟が鈍る前に、さっさとやってくれよ!」
勇「・・・あ~そのことなんだがな」
針「正邪! 無事だったか。よかった」
針妙丸が飛び出す。正邪が驚いている。なんでこんなところに針妙丸がいるんだ?

正「針妙丸! どうしてこんなところに、お前、地上にいるはずだろ!」
勇「あ~、それなんだが、針妙丸が私を倒しに来てな、
  ・・・負けちまった。
  正邪、単刀直入に言う。お前は自由だ。処刑はなし。どこへでも行くがいい」
正「??? 勇儀、何言ってんだ? 負けた? 鬼の四天王が? 世界最強の4人の一角がか? 針妙丸にか?」
勇「そうだ」
正「・・・知恵比べかなんかか?」
勇「違う、力比べだ」
正邪は目を白黒させている。力比べで負けた? 鬼の四天王が? あの星熊勇儀がか? 信じられない!!!

針「さあ、行こう、今度こそ、弱者が見捨てられない楽園を築くのだ!」
正「俺は・・・俺は、お前をだましたぞ?」
針「何をだ? どこをだました? お前の言っていたことは嘘ではなかったぞ。
  萃香は赤蛮奇殿にいきなり襲いかかってきた。私にもだ。
  弱いものは本当にしいたげられているのだ。
  助け合わなければいけない。
  立ち向かわなければいけない。
  ・・・ただ、私もやり方だけは変えようと思う。いくらなんでも体が持たない」
正「魔理沙のことは?」
針「誰にでも言い忘れや、気にも留めていないことなどある。
  気にしていないよ。正邪にも優先することがあったのだろ。
  それに、魔理沙殿も許してくれた」
さあ、手を取ってくれと針妙丸が手を伸ばしてくる。
そんな手を見て思う、真っ直ぐな瞳を見て思った。
こいつはやさしい奴だ。甘くて、直球で、私がそばにいたらダメにしてしまう奴だ。
・・・こんな奴とは、手は組めない。組みたくない。頼りたいが、頼ったらこいつは傷つく、私のせいでだ。
こいつは、どこまでも私をかばうだろうし、そんなやさしさは私にはいらない。私は天邪鬼だぞ?
そのせいで、私自身も傷ついていく。
この手を取ることはできない。
・・・そうだ、私は天邪鬼、手を組みたいと申し出るなら、思いっきり断ってやるだけだ。

正「お、お前なんかと手を組むと思ったか? 俺は天邪鬼だぞ?」
針「・・・正邪?」
正「お前のことなど知るものか!」
正邪は高笑いしながら、勇儀の家を飛び出していく、針妙丸が追いかけていこうとしたが、相手はすでに旧都の喧騒の中に消えていた。
大粒の涙の後を残して。

針「正邪・・・」
勇「本当に器用な奴だな、泣きながら笑ってダッシュするなんて・・・。
  まあ、心配いらない、あのぐらいの奴なら、悪さをすればすぐ捕まえられる。
  捕まえたら、教えに行くよ」
針「お願いする」
影狼たちが中に入ってくる。「今、だれか飛び出していったけど大丈夫か?」と聞いてきた。
勇儀と針妙丸は「何でもない」と答えた。影狼たちは感動の再会を邪魔しないように気を使って外で待っていたのだ。

勇「そういえば、鬼に勝った望みはこれだけかい?」
針「ああ、他にはない」
勇「欲のない奴らだね。ますます気に入った」
影「じゃあ地上に戻ろうか?」
針「ん? 影狼は用事が残っているであろ?」
影「・・・えっ? 何だっけ?」
針「自分で言って忘れているのか? 旧都の酒と倒壊したお主の家の建て直しのことだよ」
影狼は大ウソを言ったことを思い出した。あの時は針妙丸についていくことを最優先していたので、
とりつくろえれば何でもよかった。まさか、本気にしているとは・・・急いで、誤解を解かないといけない。

影「あ~、そのことなんだけど」
勇「何だい? 酒と家の建て直しって? 酒も建築も鬼に任せておくれよ」
影狼がとめる間もなく、針妙丸が説明している。話を聞いた勇儀がニタリとこちらを向いて笑った。
後日、迷いの竹林にプール付きの謎の豪邸が建ったのだが、それはまた別のお話・・・。

               お  し  ま  い

・・・

勇「萃香? 目が赤いぞ大丈夫か?」
萃「・・・」
萃香は無言で勇儀を殴りつける。
勇儀は笑って,拳を受けた。

勇「無言で殴られる覚えは無いんだけどね?」
萃「・・・」
それでも手が止まらない。
萃香とて全力で殴っているわけではない。しかし,いちいち刺さる。萃香の手は小さい。
そんな小さな拳に鬼の腕力が集中する。勇儀でなかったら血だるまだ。

勇「少しは反応して欲しいね?」
萃「・・・」
萃香がより力を入れてきた。目が怒っている。下からねめあげて来た。
なんとなく分かる。さっきのことだろう。
だが、殴られるようなことではない。
影狼、針妙丸との戦いは萃香も同意のうえでの話である。もちろん負けたことは悪いとは思っている。
が,勝負というものは運もある。勝つときもあれば負ける事だってある。
まあ、納得はしていないだろう。一応謝っておかなければいけないか・・・

勇「・・・分かった。悪かったよ。私も負けるとは思わなかった。
  魔理沙との約束もふいになっちまった。
  でも、お前だって見てただろ? ノールールで全うな戦いだった。
  文句のつけようは無いだろうに?
  あいつらは鬼のやり方で・・・私たちのやり方に合わせて自分たちの正義を通したんだ。
  そんなにすねるなよ?」
萃香が歯軋りした。今の言葉は挑発みたいに聞こえたらしい。小突く程度だった腕の振りが大振りになる。
フルスイングになった拳が空を切る。勇儀も流石にあせったらしい。とっさに飛んでよけた。

勇「おいっ!! いい加減にしろ!! 私だってまだ本調子じゃないんだ!! 危ないだろうが!!」
萃「・・・お前は・・・本当に・・・私が負けたこと怒っているなんて思ってるんじゃないだろうな!!!」
勇「?? 違うのかい??」
萃「っ!! お前!! とぼけやがるか!!?
  勝手に・・・私をおいて逝こうとしたくせに!!!」
勇儀が頭をかいている。
別段、死にたくてああいう結果になったわけではないのだが・・・萃香には勝手に死のうとしたと思われたらしい。
大体、影狼の攻撃は隠し技に近い。初見でよけるのは無理である。それでも2回目はきっちり防いでいる。
針妙丸の攻撃も全く意識できなかった。完全に影狼に集中していたところに意表を突かれた。
連中がまともに入るように工夫を凝らしてきたのである。相手の技量をほめこそすれ、死のうとしたわけではない。

勇「見てて分から無かったのか? 手を抜いた覚えは無い!! あんなもの初見じゃ絶対防げんぞ!? 」
萃「うるさい!! うるさい!! うるさい!!
  言い訳なんか聞きたくない!! 大体なんだよ?! 最後笑いながら倒れやがってっ!!!
  満足しましたなんて顔しやがって!! 一体、私はどうすりゃいいんだ!! おいてきぼりかッ!!!」
勇「あー、う~ん。それは・・・な、
  なんとなく分からないかい? 鬼としての生き方としてさ」
萃「わからん!! 大体、そんなことは理解する必要も無い!!
  それに、鬼の頭目は私だ!!
  頭目を差置いて抜け駆けするとは許さん!!」
勇「・・・横暴な・・・わがままし放題だな・・・」
萃「鬼は力がすべて、己が強さですべてを貫く!! たとえ他者から見てトチ狂っていようとだ!!!」
勇「わかった。つまり、それがお前の正義だな?」
萃「そうだ!!」
勇儀が笑う。まるで子供を見る親のような顔だ。
萃香の頭をなでる。萃香が怒りで口を開く前に畳み掛けた。

勇「つまり、私に死んで欲しくないということか・・・まるで告白じゃないか。」
萃「・・・!! 誰が女に・・・!!」
萃香の口を勇儀がふさぐ。

勇「ああ、いいって言わなくてもさ。私にだって分かるさ。
  真っ赤に泣きはらした目、ひねてすさんだその態度、すべて私のためだろう?」
下からねめあげている萃香が反論のため口を開きかける。しかし反論は許さない。
勇儀は萃香のあたまを捕まえると無理矢理に自分の胸に押し付けた。

勇「くっくっく、萃香、悪いね。これは私の正義さ。
  反論は言わさないよ。精一杯勘違いさせてもらうさ。
  続きは旧都の酒屋でやろう
  酒を呑めば、気分だって変わるよ。」
フガフガともがいている萃香を胸に押し付けたまま、今日貸し切っていたはずの酒屋目指して歩いていく。
今日の酒は旨いだろう。なんといっても告白されたのだから。
高笑いだ。本当に気分がいい。どんな安酒でも酔える自信がある。
勇儀は萃香を抱きしめたまま、旧都の喧騒に消えていった。
とりあえず、ギリ勝ちを演出してみたかったです。
これが影狼のベストバウトとしていただければ幸いです。
だから、三歩必殺を序盤で使い、最終奥義としてもって来ました。
とりあえず、自分の中で幻想郷の強者(last boss)を名乗るなら三歩必殺ぐらいは正面から完封してくれないと困るからです。
以下、ラストバトルのいいわけです。(細かいことがいい人は無視してください。)
とりあえず最終戦の言い訳

小槌の効力について・・・
勇儀の力を一発で全部吸込むんじゃないかについては・・・
小槌の製作者・・・つまり自分達を想像してください (鬼の一般民)
勇儀・・・格闘系のオリンピック金メダリストを想像してください(人類の頂点)
一般民の全力を吸収してもこのぐらいだとねぇ。・・・ちなみに萃香も同レベルだと思ってくれていいです。
多分、一般人の全力を金メダリストから吸収しても、届かねぇんじゃねぇか?というのが今回の小槌の扱いです。
当然のように勇儀の攻撃を何回も吸込んで、且つ通用しない状態が続きます。
小槌から3割の力を吸込んで勇儀7割・・・影狼3割
失血で力を失って・・・勇儀4割・・・影狼3割
(この状態では三歩必殺で影狼が負けます。
 なんといっても両手が使えないので四足走行ができずに射程外に逃げられないからです。)
影狼のベストコンディションで、微妙に影狼の微不利ぐらいじゃないかなぁ~っと思っています。
だからこそ最後の針妙丸が光るわけですが・・・)

赤蛮奇、役に立ってないんじゃないの?・・・いなくても変わんなくね?
回答としては、赤蛮奇は小槌の力を使い切る所に役立っています。
コメディリリーフとして味方の足を引っ張ることで役に立つわけす。
ちなみに。小槌の力を使いきらない場合は三歩必殺の二歩目が防げません。

永琳は強すぎるので姫をかさに着て参戦を辞退して貰いました。
強すぎて、影狼も針妙丸も空気になるためです。

他にもありそうですが、とりあえずここまでで、以下はアンケートにしたいです。
(スレ立ててれば? という回答が一番良いかと・・・アンケートは別の所でとれよ! でも可
  ・・・そういう回答が多ければ別の所で取ります)

幻月とサリエルの設定で下記のどこまで許容できるか教えて欲しいです。
(まあ、教えてもらった所で、全部書くと思いますが・・・
 ・・・ちなみに酒飲んで書いてます(投稿の第一作と同じです)。普通の人は飛ばすのが吉です。
 
 正常なる狂人・・・サリエル
 狂った狂人・・・幻月・・・がどこまで許容できるかです。(多分・・・八無までじゃないかな?))

(下記サリエルの設定)
人間の女が言う。
神様、あなたは偉大です。
だから、あなたの教えてくれた正しさをもって、あなたを殴りに来ました。
・・・あなたの正しさであなた自身を代えて欲しかった。・・・ただそれだけです。

人間の男が言った。
人は、互いに争うことで、力を比べることで相手を対等に見ること、侮らないこと、馬鹿にしないことを学んだんだ!!!
お前には争うものも、比べるものもいなかった!!!
だから、最初からおかしいことに最後まで気付けなかった!!!
よろこべ、そして、ありがたりやがれ!!! この私がお前をぶん殴ってやる!!!
この私と争え、戦ってみろ!! 侮らないことを学んでみせろ!!! 神様だろう!? 神様なんだろぅ!!!
最後の・・・勝負だ!!!!

サリエルの口がゆがむ。言いたい事ばっかり、よくも言ってくれるものだ。

サ「私を殴りに来ている時点で傲岸不遜・・・正しく・・・等しく平等に・・・死に導いてやろう」

最後のバトルの幕が上がった。

サ「下らぬ。 百年も前に私に挑んだ者と同じだ!! 結局人は進化などしない・・・おろかものどもめが!!」

「そう!! それは百年も前の考え!! しかし,私にはとてもまぶしく見えるよ
 結局,人は,同じところを堂々巡りってわけさ。若者の考えは常に新しく,使い古されている。
 命を掛ける。たったそれだけのことさ。今を駆けるこの情熱に対して・・・
 お前こそ,進化すらしていない。何度も同じ思いを同じ情熱を目のあたりにして笑い飛ばしてきただけだ!!
 今度こそ,百年・・・いや人が生まれたときから続けてきた思いを私が届けてやる!!!」

そう最後に言い残して,人間の勇者は私の前から消えた。
私の胸に届きもしないただの戯言・・・サリエルは一人寂しく・・・月に向かう。
一体,どれほど繰り返せば気が済むのか? 人の女が泣いている。
耳障りにもほどがある。しかし,消し去るには罪が足りない。

サ「いつでも来い。 お前らは,いや人はすべて私に挑むべきだ。・・・そして静かに眠るがいい」

以下,幻月の設定

無敵装甲!!!(無尽蔵の生命力を当てこにした不死身体質)
無限体力!!!(同上)
無尽魔力!!!(生命力と掛け合わせて無敵と思わせる。終わりの見えない力)
無為自然!!!(無邪気奔放)
最狂無比!!!(フランやこいしとは異なる方向の最狂の突き抜けっぷり)
無手勝流!!!(自由奔放と言い換えたほうが良いか? あるいは天衣無縫とも)
国士無双!!!(最強の別称)
天壌無窮!!!(悪魔将軍よろしく無始無終で良いかも)

加えて,極めて悪食!!
特異点生物!!!
八無(やつなし)!!! (限界、常識、寿命、恐怖、型枠、歯止め、衰退、並ぶ者が無い)
幻月・・・降臨!!!

能力名 思考介入 (相手の思考に割り込む能力、相手の思考速度に追従するため、時間停止なども無効化される。)

幻「どう!? この能力!! すばらしいと思わない!! ねぇ夢月!!?」
夢「い、いや、やめて!! ほんとにやめて、スカートはいたまま逆立ちしないで!!!」
幻「なんで!!? 私はとっても楽しいわ!? ねぇ、サリエルもやらない!!?」
サ「いや、私には君ほどの勇気はない、不本意ながら辞退させてもらう」
幻「いや、見せパンはけば大丈夫だって、貸すよ? 今なら夢月の写真入・・・」
夢「いや、いやーーーー!!! サリエルさん!!! 絶対、絶対ダメですからね!!!」
サ「なんとなく幻月がやってる理由は分かったが・・・、夢月の反応が面白すぎるからいけないと思うのだが」
夢「な、なんで私が槍玉に・・・じゃ、じゃあ、サリエルさん!!! スカートで逆立ちできるんですかッ!?」
サ「いや、できん!! 断言する!! すばらしいほどの勇気だ!! 私には到底まねできない!!」
幻「そうでしょう。ほら夢月、私を褒め称えないと・・・」
夢「二人して何を勘違いしてるんですかッ!? サリエルさん、いまのは勇気ではないです。羞恥心の欠如というものです!!」
サ「本当にそうだろうか? 大体、常識などというものは大衆の正義、時代によって移り変わるもの・・・
  単純に今の時代にあっていないだけではないかな?」
夢「あなた、天使の癖に悪魔に毒されたんですかッ!? 時代の常識とか・・・意味不明です!!」
サ「ふふふふ、悪い、何千年も生きていると・・・その時代の正義など、興味が無くなるのだよ
  様々な正義で挑まれたものだ・・・まあ、似たり寄ったりだったが・・・
  その分、幻月は新鮮に映るよ。すばらしい、私の頭では到底、到達しえぬ境地をいともたやすく実行する。
  真新しく。それでいてあっさりと善悪が区別できる。 ・・・君に同じことができるとは到底思えないね」
夢「善悪など、そのときに判断すればいいじゃないですか!!! いや、善悪の区別がはっきりと分かるなら、
  実行する意味すらない。なぜ、加担するするのですか!? 
  無意味じゃないですか!!!」
サ「別に無意味じゃないぞ。無意味が無意味であることを証明する。
  どれほどの労力とどれほどの力がないとそれを証明できないか・・・ああ、すまない、愚痴だったな。」
怒った夢月がすさまじい形相をしている。サリエルはそれを目を綴じたまま感じ取った。
自ら封印した双眸は開くことすらかなわない。開けばあたり一面、死の海だ。耐え切ったものなど
それこそ、目の前の幻月しかいない。・・・分かるだろうか。触れただけですべての生命が消え去るなどという絶望が・・・
・・・そんな行為を幻月は超えてきたのである。本人がありえねぇ!!! なんて顔をしていたが私にとっては幻月がありえなかった。
触れても死なない。抱きしめてもだ。両目で見つめても死を拒否するだけだ。
思わず泣いていた。生き物の暖かさなんてとうの昔に忘れていた。幻月のおかげでそれを思い出した。
加えて、幻月は自分と全く異なる思考の持ち主だった。消してしまうことなどできなかった。
自分と全く異なる異質な存在、その価値が分からないほど馬鹿ではない。

幻「ね~、サリエル。面白いことしない? もっと、もっとさ」
サ「どんなことだ? 君の提案で本当に面白いことなら乗るぞ」
幻「そりゃもちろん、面白いことよ。・・・幻想郷をさ・・・攻めてみない?
  あなたの願いがかなうかもよ?」
サ「本当かッ!? これは乗らざるを得ない・・・ 幻月・・・惜しむことなく協力しよう」
幻「あっはっはははははは、私の願いもかなうわ。私の願いもあなた知ってるわよね?」
サ「もちろんだ。私の・・・いや、実力者の排除か・・・だが・・・私はお前の案に乗らざるを得ない・・・
  お前も・・・私の望みは知っているだろう」
幻「ええ、私は思いを喰う悪魔、あなたの望みは嫌というほど知っているわ。
  大体、喰えないのよそんな望み・・・ま、望みがかなえば思うところは変わるだろうし、
  楽しみだけどね?」
サ「私も期待しよう。強い、強い、実力者が幻想郷にいることを・・・ふっふふふふふ、幻月、君の不意打ちをも期待している。」
幻「ぷっはははっはは、よっゆう~~。でも、ま、いいんじゃない?
  もっと、味方だか敵だか分からない奴らを用意しようじゃない。絶対そっちのほうが面白いわ。
  岡崎も神綺も、幽香も呼んでさ。魅魔もいいかもね。楽しみだわ~~。敵も味方も分からないなんて・・・
  夢月・・・そんな顔しないの・・・いざとなったら全部、まとめて吹き飛ばせばいいじゃない。
  私も、サリエルもそれぐらいはできるわ。」
サ「いや、それじゃ私が困るのだが・・・」
幻「防げる奴がいたら、逃げればいいのよ。ま、あなたは違うでしょうけど・・・
  いいじゃない。私はまず幽香の所に行くわ。 確か湖のすぐそばの家だったわね?」
夢「えっ? そうだけど。 味方になってくれると本気で思っているの??」
幻「8割の確率で敵になるわね。だからこそ、最初に排除しておきたいのよ・・・終盤で出会うととんでもないわあいつ。
  ベストは出会い頭の完封よね。ま、味方に付くかどうか一言聞けばいいじゃない。Yes or Noで私の態度を決めるわ」
そう言って幻月は紅魔館へ向かっていく。全然違う相手と戦うことすら知らずに・・・。
何てかこうか?
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.200簡易評価
3.20名前が無い程度の能力削除
私は別の場所に投稿してあったこの作品の改稿前の作品を知っています。
しかし、せっかくそれを書き直したというのなら、寒気のするような下らぬ前置きで予防線を張らずに堂々と投稿して欲しいです。
内容はバトル物としておもしろい筋書きです。だからこそカッコの前に名前つけるとか意味のわからないことはやめて、まともな小説風に書き上げてほしいと切に思いました。
8.無評価何てかこうか?削除
すみません。
2回も読んでいただけましたか。
台詞の前に名前を入れないと誰の台詞かわからないものがあるので・・・
ようやく投稿してみて、自分の実力というものが良く分かりました。
もう一度、勢いで投稿しない程度に実力をつけて、
ネットの常識を身につけてから出直してきます。

最後に 面白い筋書きといっていただいて、ありがとうございました。