輝夜はめんどくさかった。何もしていないのにめんどくさい。でもそれを解消しようとして行動を起こすのもめんどくさい。
でも、一応今日は布団から出て、顔を洗って歯磨きまでは省略しているから。布団の中で起きてはいた。
輝夜がめんどくさいなと思考をめぐらせていると、部屋に永琳が入って来た。
「あの、輝夜。ちょっと良い?」
「なに? 永琳」
「布団を干したいのだけど」
「そんなことを私に断らなくていいわ。入院患者用の布団はたくさんあるから時間のあるときに干しなさい」
「いいえ、輝夜の布団を干したいの」
「…………」
無駄に気まずい沈黙。輝夜は何か考えているようで実は面倒なので、意味深な顔して笑った。
「輝夜。……姫様!」
「知っている?」
「へ?」
「私のこの布団は宇宙服なのよ。穢れた地球の空気から身を守るための」
「言い訳はそれだけ?」
輝夜は、確かに布団という堅牢な城に守られているが城の外は輝夜が思うほど酷いものではなかった。
「待って、交渉しましょう。では、シーツは永琳に引き渡すわ」
「いいえ、駄目よ。私は輝夜の布団全てを要求します。ほら、お昼ご飯は、優曇華が準備しているから。今日は輝夜が大好きなエビフライよ」
「……魅力的な提案ね。でも、デザートにフルーツポンチがついてないと枕までしか渡せないわ」
布団にこもる輝夜方が有利な体制だった。それだけ、輝夜と布団の絆は深い。本当は輝夜の一方的な感情なのだが。
「大福なら用意できるわ」
「残念ながら、交渉は決裂のようね」
そういうと輝夜は布団かぶってしまった。大丈夫、何が大丈夫か分からないが、布団の中でも本が見れるように懐中電灯は仕込んである。
しかも、今流行のLEDだ。まさしく布団の中は輝夜にとって世界であり全てで有った。
『……輝夜。出て来なさい』
『なに? 従者でありながら私に命令するの?』
布団には外部と話すセンサーやスピーカーはついては居ないが、綿と布越しで外の音声を聞き取れえることが出来る。
そして、逆に布団の中から外に向かって話しかけることも出来たのだった。
『出てこないなら、こっちから行くけど良いの?』
『やめて、ここは私だけの場所。誰にも邪魔されたくないわ』
『それが嫌なら、出てきなさい』
『く!』
輝夜は布団の中に誰にも侵入させまいと、掛け布団の端を掴んだ。守りの姿勢をとったのだった。
『あんまり、強情だとこちらも強行手段にでるわ』
『できるものならして見なさいよ。主の私に、暴力でもふるってみせない。酷いんだからね』
『……そうですか』
『永琳?』
輝夜の部屋から永琳の気配が消えた。
輝夜はこの瞬間みずからの勝ちを予感したのだった。
いつの間にか、めんどくさいことがめんどくさいというよりも布団から出る出ないかが輝夜にとって重要な事柄になっていた。
だから、これは輝夜にとっては布団の侵略者からの完全勝利を意味していたのだった。
勝利に酔いしれて輝夜は布団の中でガッツポーズをした。誰かに勝ちを伝えるためではない。自分自身の為だった。
そして、布団の中では平和な時間が流れ始めたのだった。
だが、平和は長続きしなかった。
再び輝夜の部屋に永琳の気配。
そして、カチッと何かスイッチを入れる音がした。その瞬間のことだった。大音量で空気が吸い込まれる音が響いた。
ブオオオオオオオオオオ!
グイイイイイイイイイイインン!
ジャリジャリ!
キュイーンンン!
そう永琳は掃除機という魔物を召還。大音量で輝夜の部屋を掃除し始めたのだった。
地続で掃除されている部屋と城の布団。旧式の掃除機、いや、旧式だからこそその駆動音は恐ろしく大きかった。
直接攻撃はされなかった。だが、布団の城にとってそれは最大の弱点だった。
城壁?に守られた輝夜の耳にはそれが直接響いた。
ブオオオオオオオオオオ!
グイイイイイイイイイイインン!
ジャリジャリ!
キュイーンンン!
輝夜は必死に、耳元を押さえた。だが、その音はすさまじいものだった。
「ああもう! うるさい! うるさい!」
ついに、布団は陥落。輝夜は耐え切れず外の世界に飛び出たのだった。
「やっと、起きたのね。顔を洗ってらっしゃい」
それは、輝夜にとって一日の始まりと覚醒を意味したのだった。
結局、昼過ぎの普通ならもうとっくに起きている時間に輝夜は起きてしまった。なんだか悔しかった。ぜんぜん、悪いこと無いのに悔しかった。
また、今日で三日連続でこの方法で、輝夜は起こされていた。
明日こそ負けないと、耳栓をひそかにイナバに密造させていることを永琳は知らない。