とある日の昼下がりのこと。
アリス・マーガトロイドは博麗神社を訪問していた。
「あら、アリスじゃない。今日はどうしたの?」
出迎えてくれた霊夢に、アリスは「んっ」と小さな包みを差し出す。
「クッキーを焼いたんだけど、一人で食べるのもなんだから、おすそ分けよ」
「あら、ありがと。お茶でも出すから、上がっていって」
霊夢は笑顔でそれを受け取って、ちょいちょいと手招きした。
「う、うん」
そう言って、靴を脱いで神社の床板を踏む瞬間は、アリスにとっていつまで経っても緊張する一瞬だ。
アリスは今までも、人形が出来ただの料理が出来ただのと、何かと理由をつけてしょっちゅう神社に通っている。それでもだ。
やはり霊夢と話をするというのは、アリスにとって特別な時間。
胸が高鳴るけれどもふっと安らぐ、そんな時間なのだ。
「ほら、座って座って」
「うん」
客間の座布団に腰を下ろす。この和風な感覚にも、すっかり慣れてしまった
「そろそろアリスが来るような気がしてたから、いいお茶を買っておいたのよ」
「えっ、あ、ありがとう」
お茶の準備をしながら、振り返ってウインクしてくる霊夢にどきりとなる。
自分は霊夢の特別になれているのだろうか。いや、そんな。
もにょもにょした心を誤魔化すように、アリスは庭先へと目を向けた。
この部屋は境内に面していない場所。霊夢なりに手入れされた中庭の様子が目に映る。
そこもいつしか見慣れた場所だ。
この部屋も、テーブルも、飾られた小物も、目の前の魔女帽子とネズ耳も……
「……んっ!?」
何か重大な違和感が目に入った気がして、アリスは目を見開いた。
「邪魔してるぜー」
「やぁどうも、お久しぶりだねアリスさん」
「なんであんたらがいるんだよ!!!」
アイエエエとでも叫びたいほどに突然に、霧雨魔理沙とナズーリンのゴールデンネズミコンビが、当たり前のような顔をして座っていた。
「お待たせアリス……あれまぁ、いつの間に?」
盆に載せてお茶とクッキーを運んできた霊夢もまた、きょとんとした顔で魔理沙たちを見やる。
「お宝のあるところにはいつだって!」
「私たちは現れるのさ!」
仲良さげにポーズを決める魔理沙とナズーリン。
トレジャーハントを趣味とした同好の士であるこの二人組だが、こんなタイミングで都合よく現れたとなると。
(十中八九、こっそり私を尾けていたな)
アリスは確信した。
そして神社訪問に浮かれるあまり、注意を怠っていたことを後悔した。
「お宝って、もしかしてこのクッキー?」
霊夢もまた、魔理沙たちの目的に思い至る。
「んー? 霊夢はこのクッキーをお宝だと認識してるんだな?」
「そうよ、せっかくアリスが焼いてきてくれたんだもの。私の大事な宝物。あんたたちにはあげないからね」
茶化すような魔理沙の絡みに、しかし霊夢はぴしりとはねつける。
堂々とそんなことを言うものだから、アリスの方が赤くなってしまった。
(きっと、そんなに意識して言ってるわけじゃないんだろうけど)
そうやって努めて冷静であるように言い聞かせながら、アリスは顔を隠そうと俯いてしまう。だが、そんなことを見抜けないネズミどもでもなく。
「おやおやアリスさん、どうしたのかな。お顔が赤いよ?」
「ほっといてよ! 初夏に入ったからちょっと暑いだけだって!」
にやにやしながら覗き込んでくるナズーリンから、アリスは顔を背ける。
「今日はむしろ涼しい気がするんだが」
「おっと失礼、ハエが!」
「うわああああ!?」
アリスの緋想天式上海ソードが魔理沙の鼻先を掠めた。
「ははは、相変わらずアリスさんはカワイイな」
ナズーリンは笑いながら、アリスの耳に口を寄せる。
「微妙な距離にやきもきしているんだろう。じゃあ一つ、チャンスをあげようじゃないか」
「な、何を言って……?」
アリスはいぶかしげに首をかしげる。
そして魔理沙も起き上がったかと思えば、何やら霊夢に耳打ちした後に唐突に宣言した。
「じゃあただでくれとは言わない。一つゲームをしようじゃないか」
「ゲーム?」
戸惑うアリスに、魔理沙は霊夢を促しながら座り込む。
「せっかくテーブルを囲んで四人座ってんだ。大富豪でもやろうぜ」
「だ、大富豪」
魔理沙はどこからかトランプを取り出して、テーブルにだんっと置いた。
「ふふ、条件は、一位が誰にでも一つ言うことを聞かせられる。二位が最下位に一つ言うことを聞かせられる、でどうだい?」
ナズーリンが継いで説明する。よくある罰ゲーム内容だ。
でも、クッキーがどうのという話だったはずなのに、話が大きくなっていないだろうか、とアリスは怪しんだ。
「もちろん、私の願いは私たちもクッキーを食べること。それでいいぜ?」
だが、その怪しみを看破するように、魔理沙はにっと笑顔を浮かべてそんなことを言った。
負ければ何をされるかわからないリスクを犯してまで、クッキーを食べる権利を得ようとするとは、普通に考えればクレイジーにもほどがある。
「いいわ、それで受けてあげる」
「霊夢!?」
霊夢がにこりと笑ってそれを承諾した。
「いいじゃない。お遊びよ、お遊び。ねえアリス、ちょっとクッキーを担保にしちゃうけど、許してね?」
「いや、別にいい、けど」
アリスは戸惑いながらも承諾する。
もとより、クッキーは霊夢に会いに来るための口実に過ぎない。
できれば霊夢に食べてほしいのは本音ではあるけれど。
「……何か細工してないでしょうね?」
アリスは魔理沙のリスクの犯し方からして、何かしら必勝の手段があると踏んだ。
トランプを持ち込んだのは魔理沙だ。何かしら仕掛けてあると疑うのが普通。
「調べてくれていいし、別にあるんならそっちの用意したのを使ってくれていいがぜ。まぁポーカーじゃないんだからおかしいとこあったら最後にわかるだろ。魔法だって使ったら即バレな面子だからな」
一応アリスはカードを確認したが、枚数も大きさも問題なかったし、印や魔法の痕跡も見受けられなかった。
「もちろんカードを配るのもそっちに任せるぜ」
「……わかった」
正直、こういう怪しい賭けにはあまり乗りたくないのが本気だったが、霊夢が乗り気な以上は、断る意味もない。
魔理沙たちも、貪欲に勝ちに来るという姿勢ではなく、単純に混ざって遊びたい、面白い場面を拝みたいという意識の方が大きいように見える。
「カードは私が配るわ。ルール確認するわよ」
~~~~
・使用カードはジョーカー2枚を含めたトランプ54枚
・親はじゃんけんで決める。順番は親から時計回り
・最強カード・特殊効果カードでのあがりを禁止
・誰かがあがった場合は場が流れ、次の人がカードを出せる
・個人の特殊能力の作為的な使用禁止
追加ルール
・8切り(シングルでもペアでも8を出したら場が流れる)
・革命 (同じ数字の札を4枚出すと強さが逆転する。今回は逆転効果は札が出された瞬間に有効になるものとする)
・イレブンバック(ジャックを出したら場が流れるまでは強さが逆転する)
~~~~
ルール確認をした後、アリスはトランプをシャッフルし、各人にカードを配る。
そして自分の手札を確認した。
アリス手札:4、5、5、5、6、8、9、9、10、Q、Q、A、A
(び、微妙すぎるっ……!!)
2もジョーカーもない。最強カードはAが二枚で、それを使ってしまうと割と後がない。
特殊ルール持ちのカードも8が一枚のみ。なんとか隙を見つつ、下位カードを処理していく必要があるだろう。
そんなことを思いながら各人の反応をうかがってみると。
(あれ?)
霊夢とナズーリンもまた渋い顔。ただ魔理沙だけが生き生きとした表情をしていた。
まさか魔理沙にいいカードが全て集まってしまったのではないだろうかと、アリスの脳裏に嫌な予感がよぎる。
まぁ別に、魔理沙が一位を取ったところで、クッキーが奪われるくらいのデメリットしかないが。
「じゃあ、じゃんけんで親を決めましょうか」
「「「「じゃんけん、ほいっ!」」」」
何回かの勝負を繰り返した後。
「うーん、私からか」
勝ったのは霊夢だった。
順番は霊夢→ナズーリン→アリス→魔理沙の順番となる。
「うーん……」
最初のカードを出そうとして、霊夢はやっぱり渋い顔で少し悩む。
その様子を目ざとく魔理沙が見止め、茶化した。
「お、何だ何だ? あまりいいカードが引けなかったのか? 霊夢ってこういうの豪運っぽいんだがな」
「ま、いっか。私はクイーンを二枚出すわ」
「えっ」
にやにやとしていた魔理沙の顔が、一気に困惑を帯びる。
アリスとナズーリンも同様であった。
(初手でクイーン二枚……?)
どうでもいいところから処理するのが定石だが。
しかしクイーンという微妙な位置。相手の上級カードを削げるかもしれないし、相手が最初から力を出し惜しむことを選んだ場合、丸儲けで自分のターンに繋げるかも知れない。
(少なくとも、私はパスせざるを得ない)
アリスはこの場合Aのダブルしか出せず、一気に切り札を失ってしまう。
「ほら、ナズーリンの番よ」
「……わかった。私はキングを二枚出そう」
ナズーリンがキングを二枚持っていた。これで終わるなら削りとしても微妙な結果になってしまうが。
そんなことを思いながら、アリスはパスと言おうとして、霊夢と目が合った。
そして、その目は平時のぽやぽやとした目ではなく、アリスに何かを強烈に訴えているように、感じられた。
(……なんか出せって、そう言ってる、気がする……)
一応、アリスにとって、霊夢もこのゲームにおいては敵だ。
それに従う必要はまったくないし、アリスはAを二枚切ってしまうと、ほぼゲームを投げるのと同じことになってしまう。
――だが。
「……私はエースを二枚出すわ」
アリスは、その感覚に従っていた。
内心ではかなり冷や汗をかきながらの行動であったが、表面は平静そのもので出す。
「私は2を二枚出すぜ」
なんと次の魔理沙は嬉々として2を二枚切った。
戦力削ぎとしてはこの上ない成果を挙げた霊夢の一手。
「場を流していいか?」
魔理沙の確認に、霊夢は首を振る。
「いいえ、私はジョーカーを二枚出すわ」
「なに!?」
魔理沙は目をむいた。
彼女としても流れが欲しかったから2を切ったのだろうが、この最初の周りで霊夢がジョーカー二枚をも投入してくるとは。
アリスもナズーリンも今度こそ唖然となった。
「じゃ場を流すわね。次は2を二枚。これももう出せる人いないはずだから、場を流すわね。次に8を二枚。8切りだから場を流すわね」
「おいおいおいおい!?」
すごい勢いで手札を切っていく霊夢に、魔理沙が焦りの声をあげる。
アリスとナズーリンも、嫌な予感しかしなかった。
「で、3を四枚出して革命を起こすわね。即時有効だから、誰も返せないわね?」
「なん……だと……?」
ばんっと、ナズーリンが机をたたく。
なぜなら、霊夢の残りの手札は。
「そして、10を出してあがりっと! いーちぬーけたっ♪」
霊夢はパーンと10のカードを叩きつけ、天をも突かんばかりのガッツポーズを掲げる。
始まった瞬間に誰の介入も受け付けることなく、霊夢の一位が決定した。
まさに完全勝利。変なBGMすら幻聴で聞こえてきそうなほどに。
「マジかよ……霊夢さんマジパネエ……」
「さすがにここまでとは思っていなかった……」
頭を抱えるネズミコンビ。
(まぁ、とりあえず霊夢が1位なら安心、かな?)
だがゲームは終わっていない。
「まぁー、霊夢が一位なのはある程度予想してたしな」
「私たちはおとなしく二位を狙いに行くとするよ」
結構切り替えの早いネズミコンビ。
しかも霊夢が3で革命をしてからあがっていったので、すべてのカードの強さが逆転し、現状では4が実質的に一番強いカードとなった。
そしてもう、ジョーカーは存在しない。
順番:ナズーリン→アリス→魔理沙
アリス手札:Q、Q、10、9、9、8、6、5、5、5、4
(結構マシな手札になってるじゃないの)
実質的な最強札も持っているし、次点の5を三枚も抑えている。トリプルで使うのではなく、1枚ずつ大事に使うべきだろう。
霊夢がなんか出せとアイコンタクトのようなものを送ってきた意味がわかった。
あのままだと、切り札だったはずのエースが二枚、ゴミと化してしまう所だった。
(もちろん、また革命されなければの話だけど)
アリスはそうして、霊夢があがって場が流れた後にカードを出すナズーリンに注目した。
ナズーリンも、霊夢のやりたい放題がショックだったのか、それとも考え込んでいる証なのか、尻尾をぱたぱたと振りながら、手札とにらめっこしている。
しかしやがて考えが纏まったようで、ついに動き出した。
「私は10を二枚出すよ」
「また2枚縛りか……まぁいいわ。私は9を二枚」
アリスにもちょうどいいカードがあったので、迷わずそれを切る。
アリス手札:Q、Q、10、8、6、5、5、5、4
「私はパスだぜ……」
それ以上の二枚組みカードがなかったのか、魔理沙はそれをパスする。
最初にかなりはしゃいでいたので、手札がすごく残念なことになっているのかもしれない。
「では私は6を二枚出そう」
「むっ……」
しかしナズーリンは更にプッシュしてくる。これに対抗するには5を二枚切るしかない。
アリスはまた、ちらっと既にあがった霊夢のほうを見た。
霊夢は頬杖をついてテーブル上の戦いを眺めながら、アリスの視線に応えて頷いた……ような気がした。
(気のせいかしら。……ま、余力がある状態で出し惜しみしてても仕方ないしね)
アリスは霊夢の後押し(?)もあり、覚悟を決める。
「5を二枚出すわ」
「パスだぜ」
「……パスだね」
アリスの一手を受けて、魔理沙とナズーリンは素直にパスした。
アリス手札:Q、Q、10、8、6、5、4
(よかった……)
アリスは胸をなでおろす。
だが、何を切るかが重要だ。
(クイーン……は二枚あるし、念のために取っておこう。ここは微妙なものから処理していかなきゃ)
アリスは手札から一枚を選び取る。やっとシングルの流れだ。
「私は10を一枚出すわ」
「じゃあ私はそれを8で切るぜ」
シングルの流れ終了のお知らせ。
「いくぜ! 私はジャックを二枚場に召喚する! イレブンバック、発動だぜっ!」
「なっ……」
イレブンバック。ジャックを出せば、場が流れるまでカードの強さが逆転する特殊ルールである。
既に革命の状況下のため、結果的には一時的に革命が解除されることとなった。
そして、次はナズーリンの手番。
「ならば私はエースを二枚出す!」
「ええっ!」
アリスはナズーリンが出した札に驚く。
(そうか、霊夢は一枚もジャックを持っていなかったし、ジャック対策の温存ってワケ……?)
それにしても、ナズーリンにとってはなかなかに都合のいい展開。
「これを返せる人はいないはずだから、場を流させてもらうよ。そして、私もジャックを二枚出して、イレブンバックを再度発動だ!」
(ナズーリンもジャックを二枚持ってたか……!)
霊夢も自分も持っていなかったのだから、当然の可能性ではあるが。
そして引き続いて革命解除状態。
「クイーンを二枚出すわ」
アリスは当然、クイーンを二枚出した。
アリス手札:8、6、5、4
(残りは少なくなったけど、バラ札ばっかりになっちゃったわね……。これはちょっと不安かな)
「それなら、私はキングを二枚出す! これで場が流れるな?」
「ここで、キング二枚!?」
そこで魔理沙がキングを切る。既に2もエースも出尽くしているため、革命解除状態ではキングが最強の札だ。
そして場が流れ、イレブンバックの効果が切れて再び革命状態に戻る。
「よぅし、私は6を一枚出すぜ!」
「じゃあ私は4を一枚。これで場が流れるね」
何かが……出来すぎている。
アリスはゲームの流れに、予定調和めいた違和感を感じた。
(魔理沙のサポートが的確すぎるような……まさか、連絡を取り合ってる……!?)
だが、魔法を使っているような様子は探知できないし、魔理沙とナズーリンはあまり目を合わせている様子もない。
連絡を取っているとしたら、一体どうやって……?
「あ、おいナズー……」
「ふふ、ナズーリンの尻尾はぴこぴこ動いてかわいいわね」
その時、霊夢がのそのそとナズーリンの後ろに匍匐前進で這いより、下から手を伸ばしてきゅっと尻尾を掴んだ。
「ひゃわっ!? い、いきなり尻尾を掴まないでくれ! びっくりするじゃないか!」
「あはは、ごめんごめん」
ナズーリンが霊夢から尻尾を奪い返しながら、涙目で霊夢を睨む。
その様を微笑ましいと思いながらも、アリスの脳裏に少しの違和感がよぎった。
(確かってワケじゃないけどネズミの尻尾ってさほど敏感なものでもなかったような……。もし、驚いたのが単に急に触られたことに驚いたというのでなければ……)
そして、違和感はそれだけじゃない。
(そう、そういえば、魔理沙がいち早く霊夢の存在に気づいてた。確かにナズーリンの正面にいるから気づきやすいだろうけど、霊夢は畳に這ってたから、テーブルで隠れてかなり見えづらいはず。つまり、場でも手札でもなく、ナズーリンの尻尾のあたりに注視していた……)
ピーンと、アリスの頭上に電球が灯る。
「こ、こいつー! さては尻尾でサインを送ってたわね!?」
「んー? 何のことかな?」
魔理沙とナズーリンは揃ってピーピーと白々しく口笛を吹く。
「ぐぬう……」
確たる物的証拠がないため、しらばっくれられればそれで仕舞いだ。いちいちさとり妖怪や閻魔を呼ぶわけにもいかないし。
どっちにしろ、気づくのが遅すぎたといわざるを得ない。
「さぁて、ぼやぼやしている暇はもうないよ! 4を一枚! 誰も出せないね? ならば最後に9を二枚出して、あがりだ!」
怒涛の勢いで手札を出し、ナズーリンは一気にあがってしまった。
これでナズーリンが二位。最下位への命令権を得るが……。
「ふふふ……私たちの計画通りの展開だぜ。最初から私はサポートに徹して、ナズーを二位に据えるつもりだったのさ」
魔理沙が正体を現した悪の大魔王のように、得意気に宣言する。
「たかだかクッキーのために、たいした念の入れようね……」
それを聞き、アリスは呆れてため息をついた。だが、魔理沙はきょとんとした顔を向ける。
「ん、誰がクッキーのためだなんて言った?」
「いや、あんた達の願いはクッキーを食べることで固定なんでしょ?」
「ああ、『私は』、な」
「ん……?」
引っかかる魔理沙の物言いに、アリスはゲームが始まる前の、魔理沙の言葉を思い返す。
――「もちろん、『私の』願いは私たちもクッキーを食べること。それでいいぜ?」
「あ゛っ」
気づいて愕然とするアリスに、魔理沙は満足げに大笑いした。
「うはははは! 今頃気づいたのか! あれはあくまで私個人の話であって、ナズーにはまったく関係ないぜ!!」
「や、やられた……! だけど、ナズーリンの命令権は最下位に対してのみ! ここで私が勝てば問題ないわ! ナズーリンがあがって、私の手番なんだから!」
「愚かだぜアリス! 既にお前の敗北は決定している!」
そう威勢よく宣言しながら、魔理沙はその手札を見せ付けた。
魔理沙手札:7、7、7、7、5、4
「なっ……!?」
「ふふふ、お前の手札で、これをどうにかすることが出来るのか……?」
アリス手札:8、6、5、4
8で切って、4で凌いでも、アリスには必ず5か6を出さなければいけない時が来る。
そうしたら魔理沙は4を差し込み、7を四枚出す。当然そんなものは返せない。
そうして最後に5を悠々と出されて、魔理沙のあがりだ。
誰が見ても明らかな、詰みだった。
「観念するんだな、アリスさん」
「ここは私たちの愛と友情の勝利っていうことだぜっ!」
「そんな魔理沙、愛だなんて、ぽっ……」
そうして勝ち誇るネズミコンビ。
アリスは歯噛みした。
霊夢が一位になって安心だと思っていたのに、結局こいつらの思う壺なのか、と。
(ああ、でも、命令を聞かなきゃいけないのは私だけだよね)
ナズーリンの命令は最下位へ固定となる。つまりアリスだ。
何をする気か知らないが、面白いものが見たいだけだろう。
(霊夢に被害が行かないなら、いいや……。私は霊夢を守れた。それでいいじゃない)
そう、恥辱をも受け入れる心の強さを持って、アリスはキッと顔を上げた。
これは恥ではない。勇気の敗北なのだと、胸を張って言うために――
「ちょっといいかしら?」
そこに、霊夢が割り込んでくる。
「な、なんだぜ? 今いい所なんだが」
「私が一位なのは確定よね?」
「まぁ、それはそうだが」
「じゃあ、私はもう、誰にでも一つだけ言う事をきかせられるのよね?」
「そうだが、願い事は一人につき一つじゃなくて、誰を相手にでもいいけど願い自体は一つだけ、だぜ?」
「それで問題ないわ。ちょっと今ここで、みんなに聞いて欲しいお願いがあるんだけど」
「い、今か!?」
「そしてみんなに、だって……?」
ゲームは終わっていないが、確かに一位は霊夢に確定している。
魔理沙は困惑しながらも、許可せざるを得ない。
「ま、まぁ、かまわない……かな」
「そう、それじゃ」
そして『みんな』に聞いて欲しい願いとは。
一同はごくりとつばを飲んで、霊夢の言葉を待つ。
そして、霊夢はその唇から、願いを紡いだ。
「この大富豪にね――今から『階段』のルールを付け足して欲しいの」
「なっ、なんだと!?」
その願いを聞いて、魔理沙がうろたえる。
「階段って……」
アリスはそのルールを思い起こした。
~~~~
追加ルール
・階段(同じマークで数字が3枚以上続いているカードをまとめて出すことができる)
~~~~
「あ、アリスさんの持ってるカード……全部ハートだ……」
ナズーリンが呆然と呟く。
「お、おいやめてくれ霊夢! そんなことされたら、私が死んでしまう!」
「あははっ、だから勝者の強権でもって『お願い』してるんじゃないの」
アリスは4、5、6がまとめて出せるようになる。
8切りした上でその三枚を出せば、アリスのあがりだ。
「霊夢……いいの?」
アリスの問いに、霊夢は「もちろん」と頷いた。
「元々魔理沙たちをぎゃふんと言わせたいだけだったんだもの」
「霊夢……」
イタズラっぽく笑顔を浮かべて、ぺろりと舌を出す霊夢に、アリスはしばし、見惚れていた。
「お、おいアリス。お前はそんなんで勝ってうれしいのかよ!?」
そして、そんな至福の時間に水を差すお邪魔虫に、引導を渡すときが来た。
「もちろんよ! 私は8を出して場を流す! そして階段ルールによって、4、5、6を場に出して、あがりよっ!!!」
「ぐわああああああああ!!!」
「魔理沙あああああああああ!!!」
吹っ飛んで力なく倒れる魔理沙に、駆け寄って揺さぶるナズーリン。演技派である。
ナズーリンに抱き起こされて、口の端から血糊を垂らしつつ、魔理沙はにやりと笑ってアリスを見やる。演技派である。
「ぐぐうっ、さすがアリス、わたしの三歩先を行く女だぜ……! だがオレのふとももはいつの日か必ずお前にヤング弁当食い放題だっ……!!」
「何言ってんだあんた!?」
「魔理沙はテンパるとたまに台詞がさっぱりになるんだ。さぁ、今日のところは出なおそう」
「お、おう、すまんな、ナズー」
そうして魔理沙たちは、神社から撤退していった。
アリスたちは、クッキーと神社を、ネズミたちの魔の手から守りきったのである。
そうして、アリスは念願の霊夢とのティータイムを楽しんでいた。
「まったく、えらい目にあったわね。いつもながら人騒がせなんだから」
霊夢が無事にクッキーを食べているさまに、アリスは幸せそうに目を細める。
霊夢もまた、アリスのクッキーに舌鼓を打ちながら、言った。
「ねえアリス。あなた、イカサマしてたでしょ」
「え……」
アリスは一瞬呆けた顔をするが、すぐに納得して、苦笑した。
「あはは……あなたにはかなわないわね」
アリスはカードを配る権利を手に入れた後、シャッフルした際にイカサマを施していた。
人形の糸を巧みに操り、とあるカードの順番を固定したのである。
使ったのは魔法ではなくあくまで技術。ゆえに、魔理沙も感づけなかった。
「でも私が動かしたのは、ただジョーカー二枚だけよ。それなのにあんなワンキルできるほど手札が整うなんてね」
そう、アリスが強化したのは、霊夢の手札。
だからこそ、アリスは『霊夢を守れた』を胸を張れた。
……まぁ、結果を見れば、ただの余計なお世話だったのかもしれないが。
「なんでそんなことを?」
問う霊夢の表情に、アリスは非難ではない何かを見て、少し戸惑う。
「私って、そんなに信用ないかな。信じて、くれないのかな」
「えっ、そ、そんなことはないわよ」
霊夢の台詞が意外すぎて、逆に図星を突かれたような反応になってしまう。
アリスは冷静を心がけて、深呼吸した。
「逆よ霊夢。私が信じられなかったのは、私のほう」
「え?」
「私じゃイカサマしたところで、あのネズミどもにいいように調子を狂わされて、負けてたかもしれない。でも、霊夢なら、揺らがずに勝利を勝ち取ってくれる。そう思ったから、私じゃなくて、あなたにイカサマしたのよ」
「イカサマしないって選択肢はないの?」
笑いながら、霊夢は言う。
よかった。傷ついたりしなくて。
その笑顔に、アリスも安心した。
「やっぱりイカサマってロマンだし……それに魔理沙たちも尻尾でサイン作ってたみたいだし、おあいこよ」
「へー、そうだったんだ」
「気づいてなかったの」
本当に、博麗霊夢という存在は、計り知れない。
アリスは改めてそう思う。
結局あの大富豪の間、ずっと自分を助け続けていてくれた。そんな気がする。
「アリスってば、私を買いかぶりすぎじゃない? あなたももっと、自分に自信を持てばいいのに」
「そ、それなりに持ってるわよう」
アリスだって、自分に自信がないわけじゃない。
だけれども、霊夢と比べてしまうと、いくら走っても、いくら背伸びしても足りない。
そんな感覚に襲われてしまうのだ。
今回だって、守ったつもりで結局、最後まで霊夢に助けられてしまったというのに。
(果たして私は、霊夢の隣に立つ資格があるんだろうか)
本当に胸を張って、『霊夢を守れた』と言える日が来るのだろうか。
「あーりす」
「わっ、な、何?」
考えに没頭してしまい、気がついたら霊夢の顔が目と鼻の先にあった。
アリスは心臓をばくばくとさせながら、なんとか返事を返す。
「大富豪のお願い事は、さっき使っちゃったけど。それとは別に、一つお願い、聞いてくれないかな」
「霊夢がお願い? 私に?」
どこか意外にも聞こえるその響きに、アリスはきょとんとして問い返した。
霊夢はにこにこと笑って、もう一つの願いを口にする。
「私、仲のいいコとお泊りするのが夢で。よかったら今日、泊まっていってくれない?」
「えっ」
「ダメかな、その、一緒にお料理とか」
「っ!」
「お風呂で流しっことか」
「!!! ……あふぅっ」
「わー、アリスー! 何でいきなり倒れるのよー!? しっかりしてー!!」
まだまだダメダメなアリスに、幸あれ。
「まったく、今日はえらいめにあったな。結局クッキーも……まぁ一枚は拝借してきたが」
「さすが魔理沙。抜け目がない! そこにシビれるけど憧れはしない」
「手厳しいな」
魔理沙とナズーリンのネズミコンビもまた、おしゃべりしながら家路についていた。
「ほれ、半分こしようぜ」
「わぁい、ありがとう」
ぱきんと割って、それぞれ欠片を口へと放り込む。
「おいしいな。さすがアリスだ」
「私も負けていられないね」
静かに女としての闘志を燃やすネズミたち。
飲み込んでクッキーの後味を堪能しながら、ふとナズーリンは魔理沙に問いかける。
「霊夢になんて耳打ちしてたんだい? 結構ゲームに乗り気だったけど」
「ああ、ナズーがアリスに言ったのと似たようなことだと思うぜ。あいつひどい天然だけど、しっかりアリスのこと好きだからな」
「なるほど、応援する気持ちは二人で一つだね。我ら恋のチューピットだというのに、もうちょっと待遇良くてもいいものだと思うよ」
「まぁ基本、面白の味方だから仕方ないな、私ら」
にっと笑う魔理沙に、ナズーリンもにこっと返す。
いつも馬鹿なことやってるけれど、やっぱりこの人に出会えてよかったと。
お互いにそう思うのだ。
「さて、これからどうするか」
「あ、それなんだけどね、魔理沙」
ナズーリンはくるんと回りながら、魔理沙の前へと回り込む。
「さっきの大富豪の罰ゲームのことなんだけど」
「え゛っ」
二位はナズーリン。最下位は魔理沙。
つまり、ナズーリンは魔理沙に一つ言うことを聞かせる権利を有する。
「ま、マジでやるの?」
「もちろんだ。罰ゲームは絶対だろう?」
くつくつと笑うナズーリンに、魔理沙は冷や汗を浮かべた。
「お、お手柔らかに頼むんだぜ……?」
身構える魔理沙に、ナズーリンはちょいちょいと手招きする。
そうして恐る恐る魔理沙が近づくと、ナズーリンはひょいと背伸びして、魔理沙の頬にちゅっと口付けた。
「わっ、な、ナズー?」
照れる魔理沙の何倍も赤い顔で、少し目を逸らしながら。
ナズーリンは罰ゲームを告げた。
「ずっと私の傍にいてくれ、それが罰ゲームだよ」
魔理沙は帽子を目深にかぶりなおしながら、苦笑した。
「まったく、それ罰ゲームになってねえよ」
――fin
アリス・マーガトロイドは博麗神社を訪問していた。
「あら、アリスじゃない。今日はどうしたの?」
出迎えてくれた霊夢に、アリスは「んっ」と小さな包みを差し出す。
「クッキーを焼いたんだけど、一人で食べるのもなんだから、おすそ分けよ」
「あら、ありがと。お茶でも出すから、上がっていって」
霊夢は笑顔でそれを受け取って、ちょいちょいと手招きした。
「う、うん」
そう言って、靴を脱いで神社の床板を踏む瞬間は、アリスにとっていつまで経っても緊張する一瞬だ。
アリスは今までも、人形が出来ただの料理が出来ただのと、何かと理由をつけてしょっちゅう神社に通っている。それでもだ。
やはり霊夢と話をするというのは、アリスにとって特別な時間。
胸が高鳴るけれどもふっと安らぐ、そんな時間なのだ。
「ほら、座って座って」
「うん」
客間の座布団に腰を下ろす。この和風な感覚にも、すっかり慣れてしまった
「そろそろアリスが来るような気がしてたから、いいお茶を買っておいたのよ」
「えっ、あ、ありがとう」
お茶の準備をしながら、振り返ってウインクしてくる霊夢にどきりとなる。
自分は霊夢の特別になれているのだろうか。いや、そんな。
もにょもにょした心を誤魔化すように、アリスは庭先へと目を向けた。
この部屋は境内に面していない場所。霊夢なりに手入れされた中庭の様子が目に映る。
そこもいつしか見慣れた場所だ。
この部屋も、テーブルも、飾られた小物も、目の前の魔女帽子とネズ耳も……
「……んっ!?」
何か重大な違和感が目に入った気がして、アリスは目を見開いた。
「邪魔してるぜー」
「やぁどうも、お久しぶりだねアリスさん」
「なんであんたらがいるんだよ!!!」
アイエエエとでも叫びたいほどに突然に、霧雨魔理沙とナズーリンのゴールデンネズミコンビが、当たり前のような顔をして座っていた。
『レイアリナズマリが大富豪をするようです』
「お待たせアリス……あれまぁ、いつの間に?」
盆に載せてお茶とクッキーを運んできた霊夢もまた、きょとんとした顔で魔理沙たちを見やる。
「お宝のあるところにはいつだって!」
「私たちは現れるのさ!」
仲良さげにポーズを決める魔理沙とナズーリン。
トレジャーハントを趣味とした同好の士であるこの二人組だが、こんなタイミングで都合よく現れたとなると。
(十中八九、こっそり私を尾けていたな)
アリスは確信した。
そして神社訪問に浮かれるあまり、注意を怠っていたことを後悔した。
「お宝って、もしかしてこのクッキー?」
霊夢もまた、魔理沙たちの目的に思い至る。
「んー? 霊夢はこのクッキーをお宝だと認識してるんだな?」
「そうよ、せっかくアリスが焼いてきてくれたんだもの。私の大事な宝物。あんたたちにはあげないからね」
茶化すような魔理沙の絡みに、しかし霊夢はぴしりとはねつける。
堂々とそんなことを言うものだから、アリスの方が赤くなってしまった。
(きっと、そんなに意識して言ってるわけじゃないんだろうけど)
そうやって努めて冷静であるように言い聞かせながら、アリスは顔を隠そうと俯いてしまう。だが、そんなことを見抜けないネズミどもでもなく。
「おやおやアリスさん、どうしたのかな。お顔が赤いよ?」
「ほっといてよ! 初夏に入ったからちょっと暑いだけだって!」
にやにやしながら覗き込んでくるナズーリンから、アリスは顔を背ける。
「今日はむしろ涼しい気がするんだが」
「おっと失礼、ハエが!」
「うわああああ!?」
アリスの緋想天式上海ソードが魔理沙の鼻先を掠めた。
「ははは、相変わらずアリスさんはカワイイな」
ナズーリンは笑いながら、アリスの耳に口を寄せる。
「微妙な距離にやきもきしているんだろう。じゃあ一つ、チャンスをあげようじゃないか」
「な、何を言って……?」
アリスはいぶかしげに首をかしげる。
そして魔理沙も起き上がったかと思えば、何やら霊夢に耳打ちした後に唐突に宣言した。
「じゃあただでくれとは言わない。一つゲームをしようじゃないか」
「ゲーム?」
戸惑うアリスに、魔理沙は霊夢を促しながら座り込む。
「せっかくテーブルを囲んで四人座ってんだ。大富豪でもやろうぜ」
「だ、大富豪」
魔理沙はどこからかトランプを取り出して、テーブルにだんっと置いた。
「ふふ、条件は、一位が誰にでも一つ言うことを聞かせられる。二位が最下位に一つ言うことを聞かせられる、でどうだい?」
ナズーリンが継いで説明する。よくある罰ゲーム内容だ。
でも、クッキーがどうのという話だったはずなのに、話が大きくなっていないだろうか、とアリスは怪しんだ。
「もちろん、私の願いは私たちもクッキーを食べること。それでいいぜ?」
だが、その怪しみを看破するように、魔理沙はにっと笑顔を浮かべてそんなことを言った。
負ければ何をされるかわからないリスクを犯してまで、クッキーを食べる権利を得ようとするとは、普通に考えればクレイジーにもほどがある。
「いいわ、それで受けてあげる」
「霊夢!?」
霊夢がにこりと笑ってそれを承諾した。
「いいじゃない。お遊びよ、お遊び。ねえアリス、ちょっとクッキーを担保にしちゃうけど、許してね?」
「いや、別にいい、けど」
アリスは戸惑いながらも承諾する。
もとより、クッキーは霊夢に会いに来るための口実に過ぎない。
できれば霊夢に食べてほしいのは本音ではあるけれど。
「……何か細工してないでしょうね?」
アリスは魔理沙のリスクの犯し方からして、何かしら必勝の手段があると踏んだ。
トランプを持ち込んだのは魔理沙だ。何かしら仕掛けてあると疑うのが普通。
「調べてくれていいし、別にあるんならそっちの用意したのを使ってくれていいがぜ。まぁポーカーじゃないんだからおかしいとこあったら最後にわかるだろ。魔法だって使ったら即バレな面子だからな」
一応アリスはカードを確認したが、枚数も大きさも問題なかったし、印や魔法の痕跡も見受けられなかった。
「もちろんカードを配るのもそっちに任せるぜ」
「……わかった」
正直、こういう怪しい賭けにはあまり乗りたくないのが本気だったが、霊夢が乗り気な以上は、断る意味もない。
魔理沙たちも、貪欲に勝ちに来るという姿勢ではなく、単純に混ざって遊びたい、面白い場面を拝みたいという意識の方が大きいように見える。
「カードは私が配るわ。ルール確認するわよ」
~~~~
・使用カードはジョーカー2枚を含めたトランプ54枚
・親はじゃんけんで決める。順番は親から時計回り
・最強カード・特殊効果カードでのあがりを禁止
・誰かがあがった場合は場が流れ、次の人がカードを出せる
・個人の特殊能力の作為的な使用禁止
追加ルール
・8切り(シングルでもペアでも8を出したら場が流れる)
・革命 (同じ数字の札を4枚出すと強さが逆転する。今回は逆転効果は札が出された瞬間に有効になるものとする)
・イレブンバック(ジャックを出したら場が流れるまでは強さが逆転する)
~~~~
ルール確認をした後、アリスはトランプをシャッフルし、各人にカードを配る。
そして自分の手札を確認した。
アリス手札:4、5、5、5、6、8、9、9、10、Q、Q、A、A
(び、微妙すぎるっ……!!)
2もジョーカーもない。最強カードはAが二枚で、それを使ってしまうと割と後がない。
特殊ルール持ちのカードも8が一枚のみ。なんとか隙を見つつ、下位カードを処理していく必要があるだろう。
そんなことを思いながら各人の反応をうかがってみると。
(あれ?)
霊夢とナズーリンもまた渋い顔。ただ魔理沙だけが生き生きとした表情をしていた。
まさか魔理沙にいいカードが全て集まってしまったのではないだろうかと、アリスの脳裏に嫌な予感がよぎる。
まぁ別に、魔理沙が一位を取ったところで、クッキーが奪われるくらいのデメリットしかないが。
「じゃあ、じゃんけんで親を決めましょうか」
「「「「じゃんけん、ほいっ!」」」」
何回かの勝負を繰り返した後。
「うーん、私からか」
勝ったのは霊夢だった。
順番は霊夢→ナズーリン→アリス→魔理沙の順番となる。
「うーん……」
最初のカードを出そうとして、霊夢はやっぱり渋い顔で少し悩む。
その様子を目ざとく魔理沙が見止め、茶化した。
「お、何だ何だ? あまりいいカードが引けなかったのか? 霊夢ってこういうの豪運っぽいんだがな」
「ま、いっか。私はクイーンを二枚出すわ」
「えっ」
にやにやとしていた魔理沙の顔が、一気に困惑を帯びる。
アリスとナズーリンも同様であった。
(初手でクイーン二枚……?)
どうでもいいところから処理するのが定石だが。
しかしクイーンという微妙な位置。相手の上級カードを削げるかもしれないし、相手が最初から力を出し惜しむことを選んだ場合、丸儲けで自分のターンに繋げるかも知れない。
(少なくとも、私はパスせざるを得ない)
アリスはこの場合Aのダブルしか出せず、一気に切り札を失ってしまう。
「ほら、ナズーリンの番よ」
「……わかった。私はキングを二枚出そう」
ナズーリンがキングを二枚持っていた。これで終わるなら削りとしても微妙な結果になってしまうが。
そんなことを思いながら、アリスはパスと言おうとして、霊夢と目が合った。
そして、その目は平時のぽやぽやとした目ではなく、アリスに何かを強烈に訴えているように、感じられた。
(……なんか出せって、そう言ってる、気がする……)
一応、アリスにとって、霊夢もこのゲームにおいては敵だ。
それに従う必要はまったくないし、アリスはAを二枚切ってしまうと、ほぼゲームを投げるのと同じことになってしまう。
――だが。
「……私はエースを二枚出すわ」
アリスは、その感覚に従っていた。
内心ではかなり冷や汗をかきながらの行動であったが、表面は平静そのもので出す。
「私は2を二枚出すぜ」
なんと次の魔理沙は嬉々として2を二枚切った。
戦力削ぎとしてはこの上ない成果を挙げた霊夢の一手。
「場を流していいか?」
魔理沙の確認に、霊夢は首を振る。
「いいえ、私はジョーカーを二枚出すわ」
「なに!?」
魔理沙は目をむいた。
彼女としても流れが欲しかったから2を切ったのだろうが、この最初の周りで霊夢がジョーカー二枚をも投入してくるとは。
アリスもナズーリンも今度こそ唖然となった。
「じゃ場を流すわね。次は2を二枚。これももう出せる人いないはずだから、場を流すわね。次に8を二枚。8切りだから場を流すわね」
「おいおいおいおい!?」
すごい勢いで手札を切っていく霊夢に、魔理沙が焦りの声をあげる。
アリスとナズーリンも、嫌な予感しかしなかった。
「で、3を四枚出して革命を起こすわね。即時有効だから、誰も返せないわね?」
「なん……だと……?」
ばんっと、ナズーリンが机をたたく。
なぜなら、霊夢の残りの手札は。
「そして、10を出してあがりっと! いーちぬーけたっ♪」
霊夢はパーンと10のカードを叩きつけ、天をも突かんばかりのガッツポーズを掲げる。
始まった瞬間に誰の介入も受け付けることなく、霊夢の一位が決定した。
まさに完全勝利。変なBGMすら幻聴で聞こえてきそうなほどに。
「マジかよ……霊夢さんマジパネエ……」
「さすがにここまでとは思っていなかった……」
頭を抱えるネズミコンビ。
(まぁ、とりあえず霊夢が1位なら安心、かな?)
だがゲームは終わっていない。
「まぁー、霊夢が一位なのはある程度予想してたしな」
「私たちはおとなしく二位を狙いに行くとするよ」
結構切り替えの早いネズミコンビ。
しかも霊夢が3で革命をしてからあがっていったので、すべてのカードの強さが逆転し、現状では4が実質的に一番強いカードとなった。
そしてもう、ジョーカーは存在しない。
順番:ナズーリン→アリス→魔理沙
アリス手札:Q、Q、10、9、9、8、6、5、5、5、4
(結構マシな手札になってるじゃないの)
実質的な最強札も持っているし、次点の5を三枚も抑えている。トリプルで使うのではなく、1枚ずつ大事に使うべきだろう。
霊夢がなんか出せとアイコンタクトのようなものを送ってきた意味がわかった。
あのままだと、切り札だったはずのエースが二枚、ゴミと化してしまう所だった。
(もちろん、また革命されなければの話だけど)
アリスはそうして、霊夢があがって場が流れた後にカードを出すナズーリンに注目した。
ナズーリンも、霊夢のやりたい放題がショックだったのか、それとも考え込んでいる証なのか、尻尾をぱたぱたと振りながら、手札とにらめっこしている。
しかしやがて考えが纏まったようで、ついに動き出した。
「私は10を二枚出すよ」
「また2枚縛りか……まぁいいわ。私は9を二枚」
アリスにもちょうどいいカードがあったので、迷わずそれを切る。
アリス手札:Q、Q、10、8、6、5、5、5、4
「私はパスだぜ……」
それ以上の二枚組みカードがなかったのか、魔理沙はそれをパスする。
最初にかなりはしゃいでいたので、手札がすごく残念なことになっているのかもしれない。
「では私は6を二枚出そう」
「むっ……」
しかしナズーリンは更にプッシュしてくる。これに対抗するには5を二枚切るしかない。
アリスはまた、ちらっと既にあがった霊夢のほうを見た。
霊夢は頬杖をついてテーブル上の戦いを眺めながら、アリスの視線に応えて頷いた……ような気がした。
(気のせいかしら。……ま、余力がある状態で出し惜しみしてても仕方ないしね)
アリスは霊夢の後押し(?)もあり、覚悟を決める。
「5を二枚出すわ」
「パスだぜ」
「……パスだね」
アリスの一手を受けて、魔理沙とナズーリンは素直にパスした。
アリス手札:Q、Q、10、8、6、5、4
(よかった……)
アリスは胸をなでおろす。
だが、何を切るかが重要だ。
(クイーン……は二枚あるし、念のために取っておこう。ここは微妙なものから処理していかなきゃ)
アリスは手札から一枚を選び取る。やっとシングルの流れだ。
「私は10を一枚出すわ」
「じゃあ私はそれを8で切るぜ」
シングルの流れ終了のお知らせ。
「いくぜ! 私はジャックを二枚場に召喚する! イレブンバック、発動だぜっ!」
「なっ……」
イレブンバック。ジャックを出せば、場が流れるまでカードの強さが逆転する特殊ルールである。
既に革命の状況下のため、結果的には一時的に革命が解除されることとなった。
そして、次はナズーリンの手番。
「ならば私はエースを二枚出す!」
「ええっ!」
アリスはナズーリンが出した札に驚く。
(そうか、霊夢は一枚もジャックを持っていなかったし、ジャック対策の温存ってワケ……?)
それにしても、ナズーリンにとってはなかなかに都合のいい展開。
「これを返せる人はいないはずだから、場を流させてもらうよ。そして、私もジャックを二枚出して、イレブンバックを再度発動だ!」
(ナズーリンもジャックを二枚持ってたか……!)
霊夢も自分も持っていなかったのだから、当然の可能性ではあるが。
そして引き続いて革命解除状態。
「クイーンを二枚出すわ」
アリスは当然、クイーンを二枚出した。
アリス手札:8、6、5、4
(残りは少なくなったけど、バラ札ばっかりになっちゃったわね……。これはちょっと不安かな)
「それなら、私はキングを二枚出す! これで場が流れるな?」
「ここで、キング二枚!?」
そこで魔理沙がキングを切る。既に2もエースも出尽くしているため、革命解除状態ではキングが最強の札だ。
そして場が流れ、イレブンバックの効果が切れて再び革命状態に戻る。
「よぅし、私は6を一枚出すぜ!」
「じゃあ私は4を一枚。これで場が流れるね」
何かが……出来すぎている。
アリスはゲームの流れに、予定調和めいた違和感を感じた。
(魔理沙のサポートが的確すぎるような……まさか、連絡を取り合ってる……!?)
だが、魔法を使っているような様子は探知できないし、魔理沙とナズーリンはあまり目を合わせている様子もない。
連絡を取っているとしたら、一体どうやって……?
「あ、おいナズー……」
「ふふ、ナズーリンの尻尾はぴこぴこ動いてかわいいわね」
その時、霊夢がのそのそとナズーリンの後ろに匍匐前進で這いより、下から手を伸ばしてきゅっと尻尾を掴んだ。
「ひゃわっ!? い、いきなり尻尾を掴まないでくれ! びっくりするじゃないか!」
「あはは、ごめんごめん」
ナズーリンが霊夢から尻尾を奪い返しながら、涙目で霊夢を睨む。
その様を微笑ましいと思いながらも、アリスの脳裏に少しの違和感がよぎった。
(確かってワケじゃないけどネズミの尻尾ってさほど敏感なものでもなかったような……。もし、驚いたのが単に急に触られたことに驚いたというのでなければ……)
そして、違和感はそれだけじゃない。
(そう、そういえば、魔理沙がいち早く霊夢の存在に気づいてた。確かにナズーリンの正面にいるから気づきやすいだろうけど、霊夢は畳に這ってたから、テーブルで隠れてかなり見えづらいはず。つまり、場でも手札でもなく、ナズーリンの尻尾のあたりに注視していた……)
ピーンと、アリスの頭上に電球が灯る。
「こ、こいつー! さては尻尾でサインを送ってたわね!?」
「んー? 何のことかな?」
魔理沙とナズーリンは揃ってピーピーと白々しく口笛を吹く。
「ぐぬう……」
確たる物的証拠がないため、しらばっくれられればそれで仕舞いだ。いちいちさとり妖怪や閻魔を呼ぶわけにもいかないし。
どっちにしろ、気づくのが遅すぎたといわざるを得ない。
「さぁて、ぼやぼやしている暇はもうないよ! 4を一枚! 誰も出せないね? ならば最後に9を二枚出して、あがりだ!」
怒涛の勢いで手札を出し、ナズーリンは一気にあがってしまった。
これでナズーリンが二位。最下位への命令権を得るが……。
「ふふふ……私たちの計画通りの展開だぜ。最初から私はサポートに徹して、ナズーを二位に据えるつもりだったのさ」
魔理沙が正体を現した悪の大魔王のように、得意気に宣言する。
「たかだかクッキーのために、たいした念の入れようね……」
それを聞き、アリスは呆れてため息をついた。だが、魔理沙はきょとんとした顔を向ける。
「ん、誰がクッキーのためだなんて言った?」
「いや、あんた達の願いはクッキーを食べることで固定なんでしょ?」
「ああ、『私は』、な」
「ん……?」
引っかかる魔理沙の物言いに、アリスはゲームが始まる前の、魔理沙の言葉を思い返す。
――「もちろん、『私の』願いは私たちもクッキーを食べること。それでいいぜ?」
「あ゛っ」
気づいて愕然とするアリスに、魔理沙は満足げに大笑いした。
「うはははは! 今頃気づいたのか! あれはあくまで私個人の話であって、ナズーにはまったく関係ないぜ!!」
「や、やられた……! だけど、ナズーリンの命令権は最下位に対してのみ! ここで私が勝てば問題ないわ! ナズーリンがあがって、私の手番なんだから!」
「愚かだぜアリス! 既にお前の敗北は決定している!」
そう威勢よく宣言しながら、魔理沙はその手札を見せ付けた。
魔理沙手札:7、7、7、7、5、4
「なっ……!?」
「ふふふ、お前の手札で、これをどうにかすることが出来るのか……?」
アリス手札:8、6、5、4
8で切って、4で凌いでも、アリスには必ず5か6を出さなければいけない時が来る。
そうしたら魔理沙は4を差し込み、7を四枚出す。当然そんなものは返せない。
そうして最後に5を悠々と出されて、魔理沙のあがりだ。
誰が見ても明らかな、詰みだった。
「観念するんだな、アリスさん」
「ここは私たちの愛と友情の勝利っていうことだぜっ!」
「そんな魔理沙、愛だなんて、ぽっ……」
そうして勝ち誇るネズミコンビ。
アリスは歯噛みした。
霊夢が一位になって安心だと思っていたのに、結局こいつらの思う壺なのか、と。
(ああ、でも、命令を聞かなきゃいけないのは私だけだよね)
ナズーリンの命令は最下位へ固定となる。つまりアリスだ。
何をする気か知らないが、面白いものが見たいだけだろう。
(霊夢に被害が行かないなら、いいや……。私は霊夢を守れた。それでいいじゃない)
そう、恥辱をも受け入れる心の強さを持って、アリスはキッと顔を上げた。
これは恥ではない。勇気の敗北なのだと、胸を張って言うために――
「ちょっといいかしら?」
そこに、霊夢が割り込んでくる。
「な、なんだぜ? 今いい所なんだが」
「私が一位なのは確定よね?」
「まぁ、それはそうだが」
「じゃあ、私はもう、誰にでも一つだけ言う事をきかせられるのよね?」
「そうだが、願い事は一人につき一つじゃなくて、誰を相手にでもいいけど願い自体は一つだけ、だぜ?」
「それで問題ないわ。ちょっと今ここで、みんなに聞いて欲しいお願いがあるんだけど」
「い、今か!?」
「そしてみんなに、だって……?」
ゲームは終わっていないが、確かに一位は霊夢に確定している。
魔理沙は困惑しながらも、許可せざるを得ない。
「ま、まぁ、かまわない……かな」
「そう、それじゃ」
そして『みんな』に聞いて欲しい願いとは。
一同はごくりとつばを飲んで、霊夢の言葉を待つ。
そして、霊夢はその唇から、願いを紡いだ。
「この大富豪にね――今から『階段』のルールを付け足して欲しいの」
「なっ、なんだと!?」
その願いを聞いて、魔理沙がうろたえる。
「階段って……」
アリスはそのルールを思い起こした。
~~~~
追加ルール
・階段(同じマークで数字が3枚以上続いているカードをまとめて出すことができる)
~~~~
「あ、アリスさんの持ってるカード……全部ハートだ……」
ナズーリンが呆然と呟く。
「お、おいやめてくれ霊夢! そんなことされたら、私が死んでしまう!」
「あははっ、だから勝者の強権でもって『お願い』してるんじゃないの」
アリスは4、5、6がまとめて出せるようになる。
8切りした上でその三枚を出せば、アリスのあがりだ。
「霊夢……いいの?」
アリスの問いに、霊夢は「もちろん」と頷いた。
「元々魔理沙たちをぎゃふんと言わせたいだけだったんだもの」
「霊夢……」
イタズラっぽく笑顔を浮かべて、ぺろりと舌を出す霊夢に、アリスはしばし、見惚れていた。
「お、おいアリス。お前はそんなんで勝ってうれしいのかよ!?」
そして、そんな至福の時間に水を差すお邪魔虫に、引導を渡すときが来た。
「もちろんよ! 私は8を出して場を流す! そして階段ルールによって、4、5、6を場に出して、あがりよっ!!!」
「ぐわああああああああ!!!」
「魔理沙あああああああああ!!!」
吹っ飛んで力なく倒れる魔理沙に、駆け寄って揺さぶるナズーリン。演技派である。
ナズーリンに抱き起こされて、口の端から血糊を垂らしつつ、魔理沙はにやりと笑ってアリスを見やる。演技派である。
「ぐぐうっ、さすがアリス、わたしの三歩先を行く女だぜ……! だがオレのふとももはいつの日か必ずお前にヤング弁当食い放題だっ……!!」
「何言ってんだあんた!?」
「魔理沙はテンパるとたまに台詞がさっぱりになるんだ。さぁ、今日のところは出なおそう」
「お、おう、すまんな、ナズー」
そうして魔理沙たちは、神社から撤退していった。
アリスたちは、クッキーと神社を、ネズミたちの魔の手から守りきったのである。
そうして、アリスは念願の霊夢とのティータイムを楽しんでいた。
「まったく、えらい目にあったわね。いつもながら人騒がせなんだから」
霊夢が無事にクッキーを食べているさまに、アリスは幸せそうに目を細める。
霊夢もまた、アリスのクッキーに舌鼓を打ちながら、言った。
「ねえアリス。あなた、イカサマしてたでしょ」
「え……」
アリスは一瞬呆けた顔をするが、すぐに納得して、苦笑した。
「あはは……あなたにはかなわないわね」
アリスはカードを配る権利を手に入れた後、シャッフルした際にイカサマを施していた。
人形の糸を巧みに操り、とあるカードの順番を固定したのである。
使ったのは魔法ではなくあくまで技術。ゆえに、魔理沙も感づけなかった。
「でも私が動かしたのは、ただジョーカー二枚だけよ。それなのにあんなワンキルできるほど手札が整うなんてね」
そう、アリスが強化したのは、霊夢の手札。
だからこそ、アリスは『霊夢を守れた』を胸を張れた。
……まぁ、結果を見れば、ただの余計なお世話だったのかもしれないが。
「なんでそんなことを?」
問う霊夢の表情に、アリスは非難ではない何かを見て、少し戸惑う。
「私って、そんなに信用ないかな。信じて、くれないのかな」
「えっ、そ、そんなことはないわよ」
霊夢の台詞が意外すぎて、逆に図星を突かれたような反応になってしまう。
アリスは冷静を心がけて、深呼吸した。
「逆よ霊夢。私が信じられなかったのは、私のほう」
「え?」
「私じゃイカサマしたところで、あのネズミどもにいいように調子を狂わされて、負けてたかもしれない。でも、霊夢なら、揺らがずに勝利を勝ち取ってくれる。そう思ったから、私じゃなくて、あなたにイカサマしたのよ」
「イカサマしないって選択肢はないの?」
笑いながら、霊夢は言う。
よかった。傷ついたりしなくて。
その笑顔に、アリスも安心した。
「やっぱりイカサマってロマンだし……それに魔理沙たちも尻尾でサイン作ってたみたいだし、おあいこよ」
「へー、そうだったんだ」
「気づいてなかったの」
本当に、博麗霊夢という存在は、計り知れない。
アリスは改めてそう思う。
結局あの大富豪の間、ずっと自分を助け続けていてくれた。そんな気がする。
「アリスってば、私を買いかぶりすぎじゃない? あなたももっと、自分に自信を持てばいいのに」
「そ、それなりに持ってるわよう」
アリスだって、自分に自信がないわけじゃない。
だけれども、霊夢と比べてしまうと、いくら走っても、いくら背伸びしても足りない。
そんな感覚に襲われてしまうのだ。
今回だって、守ったつもりで結局、最後まで霊夢に助けられてしまったというのに。
(果たして私は、霊夢の隣に立つ資格があるんだろうか)
本当に胸を張って、『霊夢を守れた』と言える日が来るのだろうか。
「あーりす」
「わっ、な、何?」
考えに没頭してしまい、気がついたら霊夢の顔が目と鼻の先にあった。
アリスは心臓をばくばくとさせながら、なんとか返事を返す。
「大富豪のお願い事は、さっき使っちゃったけど。それとは別に、一つお願い、聞いてくれないかな」
「霊夢がお願い? 私に?」
どこか意外にも聞こえるその響きに、アリスはきょとんとして問い返した。
霊夢はにこにこと笑って、もう一つの願いを口にする。
「私、仲のいいコとお泊りするのが夢で。よかったら今日、泊まっていってくれない?」
「えっ」
「ダメかな、その、一緒にお料理とか」
「っ!」
「お風呂で流しっことか」
「!!! ……あふぅっ」
「わー、アリスー! 何でいきなり倒れるのよー!? しっかりしてー!!」
まだまだダメダメなアリスに、幸あれ。
*
「まったく、今日はえらいめにあったな。結局クッキーも……まぁ一枚は拝借してきたが」
「さすが魔理沙。抜け目がない! そこにシビれるけど憧れはしない」
「手厳しいな」
魔理沙とナズーリンのネズミコンビもまた、おしゃべりしながら家路についていた。
「ほれ、半分こしようぜ」
「わぁい、ありがとう」
ぱきんと割って、それぞれ欠片を口へと放り込む。
「おいしいな。さすがアリスだ」
「私も負けていられないね」
静かに女としての闘志を燃やすネズミたち。
飲み込んでクッキーの後味を堪能しながら、ふとナズーリンは魔理沙に問いかける。
「霊夢になんて耳打ちしてたんだい? 結構ゲームに乗り気だったけど」
「ああ、ナズーがアリスに言ったのと似たようなことだと思うぜ。あいつひどい天然だけど、しっかりアリスのこと好きだからな」
「なるほど、応援する気持ちは二人で一つだね。我ら恋のチューピットだというのに、もうちょっと待遇良くてもいいものだと思うよ」
「まぁ基本、面白の味方だから仕方ないな、私ら」
にっと笑う魔理沙に、ナズーリンもにこっと返す。
いつも馬鹿なことやってるけれど、やっぱりこの人に出会えてよかったと。
お互いにそう思うのだ。
「さて、これからどうするか」
「あ、それなんだけどね、魔理沙」
ナズーリンはくるんと回りながら、魔理沙の前へと回り込む。
「さっきの大富豪の罰ゲームのことなんだけど」
「え゛っ」
二位はナズーリン。最下位は魔理沙。
つまり、ナズーリンは魔理沙に一つ言うことを聞かせる権利を有する。
「ま、マジでやるの?」
「もちろんだ。罰ゲームは絶対だろう?」
くつくつと笑うナズーリンに、魔理沙は冷や汗を浮かべた。
「お、お手柔らかに頼むんだぜ……?」
身構える魔理沙に、ナズーリンはちょいちょいと手招きする。
そうして恐る恐る魔理沙が近づくと、ナズーリンはひょいと背伸びして、魔理沙の頬にちゅっと口付けた。
「わっ、な、ナズー?」
照れる魔理沙の何倍も赤い顔で、少し目を逸らしながら。
ナズーリンは罰ゲームを告げた。
「ずっと私の傍にいてくれ、それが罰ゲームだよ」
魔理沙は帽子を目深にかぶりなおしながら、苦笑した。
「まったく、それ罰ゲームになってねえよ」
――fin
切り返し方も面白かったです。
そしてみんな可愛くてGJ!
ナズマリもレイアリもサイコー
東方キャラと大富豪やれるアプリがあってこれが結構楽しいので色々と感慨深い作品となりました。(チルノの革命率が高い
レイアリもごちそうさまでした。
霊夢さんマジ霊夢さん。
自分でもここまで酷かったことは…。
やはりレイアリは心が洗われる…最初のころに比べて随分進展しましたなぁ
ナズマリもいい味出してるし、ありがとうございました!
大富豪のルールに沿い、それでいて各自のキャラクター性が出ていてうまいなぁ、と思いました。
イカサマまでして本気で勝ちに行くけど、最終的には笑って済むお友達……否、ガールフレンドは素敵です!
まぁそれはともかく、友人たちとやる大富豪ってなんでこんなに楽しいんでしょうねぇ。我知らず昔を思い出してしまいました
あと、霊夢はやはり幸運の巫女なんですね
面白かったです!
お互いのカップルもよかったです
ナズーリンの尻尾サインのネタ、私も使っていいですか?
コメントありがとうございます!
こんなネタでよければどうぞどうぞ!