新しい朝が来た、幻想郷の朝だ。
朝焼け浴びる紅魔館、その輝きを背負う門番の紅美鈴。
グッドモーニングと爽やかな挨拶をしたいお天気だけれども、その表情は曇天のように暗い。
なぜなら昨晩一睡もしてないからだ。妖怪やら妖精やら千客万来、しかもその誰も招待した覚えがないため大忙し。
疲れた、眠い。
その二言が美鈴の思考を埋めていた。
それでも、ああ、それでも、起きていなくちゃいけないのさ。
そろそろメイド長の十六夜咲夜が朝ご飯を持ってきてくれるんだもの。
そいつを食べるまでは絶対眠る訳にはいかない。
だって眠ってるところにご飯を持ってこられたら、またサボりか居眠りかと勘違いされちゃうんだもの。
朝ご飯が大幅スケールダウンしかねない。
だからがんばるのだ紅美鈴もう少しだ朝ご飯までなんとしても耐えるのだわぁい今日の朝ご飯はなんだろなバターがトロトロに溶けたトーストかしらん生ハムのサラダなんかもついてきたりして塩を振っただけのシンプルなゆで卵なんかも捨てがたいそしてモーニングコーヒーをクールに飲むのさ最高に決まってるうららかな朝だうららかうららうらうらら。
ほうら咲夜さんがやってきたぞ。
がんばったご褒美に朝ご飯がボリュームたっぷりご馳走だ。
真面目な仕事っぷりはしっかり伝わっていたらしく、咲夜の表情も明るい。
まるで夢のような朝だ。
だがしかしこれは夢ではない。
夢オチではいのだ。
これは現実の出来事なり!
咲夜の持ってきた朝食の前で勢いよく手を合わせた美鈴は、ほくほく笑顔で口を開いて固まった。
「いっただっきまー…………」
「手を合わせたまま眠ってる……!? これが寝オチというものかしら」
◆ ◆ ◆
紅魔館地下図書館。
日の光の入らぬ暗黒の世界。
あるのは炎と魔術の光。
故に昼夜の概念は無く。
魔女パチュリー・ノーレッジは時計を確認した。
七時だ。
夕食はまだだろうか。
飲食の必要がない魔女とはいえ習慣がある。
親友の食事に付き合うのも楽しいものだし。
思いを馳せていると人間メイド十六夜咲夜が食事を持ってきた。
食の細い魔女でも安気に食べられるトーストとサラダだ。
気配りのできるメイドである。
しかも目の疲れや視力回復に効果のあるブルーベリージャムつき。
本当に気配りのできるメイドである。
それに引き換え小悪魔はなにをしているのか。
疑問に思っているとパジャマ姿の小悪魔がふらふらとやってきた。
どうやら相当眠い様子。
まだ七時なのに。
余程疲れているのだろうか。
たるんでいると叱るべきか。
いやしかし司書として日々業務に励んでくれているのだ。
今は機嫌がいいし見逃してやってもいいだろう。
咲夜の入れてくれた紅茶を手に取りながらパチュリーは優雅に告げる。
「あら、もう寝るの? おやすみ」
「はい、おはようござ……えっ?」
◆ ◆ ◆
十六夜咲夜は完全で瀟洒で人間な紅魔館のメイド長である。
だがしかし職場の仲間はなかなか完全とはいかない様子。
門番は朝食を前に力尽きて寝オチしてしまった。
食客は昼夜逆転しておやすみなさいなどと正反対な挨拶をしていた。
同僚は七時まで寝こけてパジャマのままうろついていた。
部下の妖精メイド達は言わずもがな。
時々ナイフではなく鎖鎌をビュビュンと振り回して文句を叫びたくもなる。
それでも日々の仕事に励めるのは大好きなレミリアお嬢様に尽くせるから。
食い扶持目当てに働いてるなんて言い訳してはいるけども。
吸血鬼にならないかと誘われるくらい慕われているし。
そういう関係が心地よい。
早くお目覚めにならないかしら。
けれどお嬢様は吸血鬼。
早起きは身体に悪い。
今はまだ午前七時半。
待ち遠しさのあまりナイフではなく手裏剣をシュシュッと投げて的当てして発散したくもなる。
チリンチリン。
おおっとベランダの方向からベルの音が二回。
お嬢様がお呼びだ。
さっそく時間を止めて厨房へ。
今日の朝食をトレイに載せていざいざベランダへ。
そこには日陰の中で気だるげなお嬢様が待っていた。
お嬢様がほほ笑んでくれる。
あまりに幸せなためナイフではなく聖水をビシャシャと振りまいて浄化したくもなる。
だから十六夜咲夜は今日もほがらかに朝の挨拶をする。
お嬢様の色んな表情を見たくてこの仕事をやっているから。
お嬢様の色んな表情を見るために。
「おはようございますお嬢様」
「ええ、おはよう」
◆ ◆ ◆
気だるげな朝も、淑女にかかっては芸術映画のワンシーンだ。
小鳥のさえずりを目覚ましに、ベッドから出たレミリア・スカーレットはネグリジェを脱ぎ棄てると、洗面所で髪を梳いて身だしなみを整え、フリルのついたドレスに着替える。
未だ幼い肢体でありながら、五世紀を生きた淑女の魅力がオーラとなって発露していた。
部屋を出たレミリアはしゃなりしゃなりと歩き、すれ違う妖精メイド皆々がうっとりとして振り返る。
このようなすばらしい主に仕えられる幸福を再確認した妖精メイド達は、一層仕事に励むだろう。
ただ歩くだけで。
いや、ただ在るだけで士気を高める圧倒的カリスマ。
永遠に紅く幼い月レミリア・スカーレットの魅力の前では月さえも陰ってしまうだろう。
ベランダまでやってきたレミリアは、不躾に照らす朝陽を避けるよう日陰で涼みながら、クラシックなアームチェアに腰かけると、卓上に置かれているベルを取ってチリンチリンと二回鳴らす。
するとほんの数秒も経たぬうちに、完全で瀟洒なメイドがトレイを持って現れた。
テーブルに並べられる爽やかな朝食。
バターがトロトロに溶けたトースト。
生ハムと緑の野菜、瑞々しいプチトマトのサラダ。
エッグカップに鎮座したすべすべのゆで卵。
そしてコーヒー。
ベルを一回鳴らせば紅茶、二回鳴らせばコーヒーというように合図が決まっており、アンニュイな朝から目覚めるため今日はコーヒーの気分だった。
白々とした湯気を立てる、黒々としたコーヒー。
ミルクは子供っぽいという理由で入れておらず、それもまた淑女の在り方。
メイドが見守るかたわらで、レミリア・スカーレットは優雅にコーヒーカップを唇へと傾ける。
香りを楽しみながら舌の上でじっくり味わおうとするや勢いよく噴き出す。
「ブフェーッ!? 咲夜ー、これ砂糖入ってないよー?」
「すみません、ちゃっかり入れ忘れてしまいましたわ」
◆ ◆ ◆
紅い、紅い、闇の下。
冷たい、冷たい、夢の膜。
産声を上げるようにして、フランドール・スカーレットは目覚めた。
目覚めながらにして邪気に満ちた瞳は、この世のすべてを呪っているかのよう。
獲物を狙う獣のようなしなやかさでベッドから這い出ると、警戒心に満ちた瞳が爛々と輝く。
いもしない敵をいると信じる被害妄想にも似た、偏狭的眼光。
気が触れている――そう言われても仕方のない挙動。
暗く淀んだ地下に潜む悪魔の仕草。
それを証明するかのように部屋が紅く染まる。
495年を生きる吸血鬼の魔力が流出し、空をも焦がす灼熱の閉鎖空間へと変貌していく。
誰もいないのに。
敵はいないのに。
自分しかいないから。
味方もいないから。
熱となって発露した魔力によってベッドのシーツが揺らいで浮き上がる。
気球のようにフワフワと。
舞い上がれ、燃え上がるほどに。
恐ろしく攻撃的な魔力によって灼熱空間と化した部屋から、あらゆる水分が枯渇していく。
乾いて、乾いて、砂漠のように尽き果てるまで。
姉と魔女の結界によって頑強に作られた自室がギシギシと軋む。
耐衝撃、及び耐熱結界が施されていなければ今頃、この小さな部屋は微塵に砕け灰となっていただろう。
ふいに――フランドールの魔力が鎮まる。
シーツは幸いにも引火せず、しっかりと熱された状態でひらりとベッドに落ちた。
部屋の温度は未だ昼の砂漠のようであったが、炎の衝動は少しずつ収束に向かっている。
スーッと息を吸い、ハーッと息を吐いたフランドールは、自室の頑強な扉を開けようとする。
だが高熱で歪んだ扉はギシギシと音を立てるのみで、苛立ち任せに力を込めると、甲高く音を響かせて破砕した。
部屋の外、石造りの廊下には、紅魔館の主レミリア・スカーレットが立っていた。
その双眸は鋭く、険しい。
すでに吸血鬼の超感覚で接近を察知していたフランドールは、戸惑うどころか勝利の笑みを浮かべた。
そしてみずから身を引いて、室内のベッドを見せつけながら自信たっぷりに告げる。
「今日はオネショしなかったわ!」
「ダウト」
朝焼け浴びる紅魔館、その輝きを背負う門番の紅美鈴。
グッドモーニングと爽やかな挨拶をしたいお天気だけれども、その表情は曇天のように暗い。
なぜなら昨晩一睡もしてないからだ。妖怪やら妖精やら千客万来、しかもその誰も招待した覚えがないため大忙し。
疲れた、眠い。
その二言が美鈴の思考を埋めていた。
それでも、ああ、それでも、起きていなくちゃいけないのさ。
そろそろメイド長の十六夜咲夜が朝ご飯を持ってきてくれるんだもの。
そいつを食べるまでは絶対眠る訳にはいかない。
だって眠ってるところにご飯を持ってこられたら、またサボりか居眠りかと勘違いされちゃうんだもの。
朝ご飯が大幅スケールダウンしかねない。
だからがんばるのだ紅美鈴もう少しだ朝ご飯までなんとしても耐えるのだわぁい今日の朝ご飯はなんだろなバターがトロトロに溶けたトーストかしらん生ハムのサラダなんかもついてきたりして塩を振っただけのシンプルなゆで卵なんかも捨てがたいそしてモーニングコーヒーをクールに飲むのさ最高に決まってるうららかな朝だうららかうららうらうらら。
ほうら咲夜さんがやってきたぞ。
がんばったご褒美に朝ご飯がボリュームたっぷりご馳走だ。
真面目な仕事っぷりはしっかり伝わっていたらしく、咲夜の表情も明るい。
まるで夢のような朝だ。
だがしかしこれは夢ではない。
夢オチではいのだ。
これは現実の出来事なり!
咲夜の持ってきた朝食の前で勢いよく手を合わせた美鈴は、ほくほく笑顔で口を開いて固まった。
「いっただっきまー…………」
「手を合わせたまま眠ってる……!? これが寝オチというものかしら」
◆ ◆ ◆
紅魔館地下図書館。
日の光の入らぬ暗黒の世界。
あるのは炎と魔術の光。
故に昼夜の概念は無く。
魔女パチュリー・ノーレッジは時計を確認した。
七時だ。
夕食はまだだろうか。
飲食の必要がない魔女とはいえ習慣がある。
親友の食事に付き合うのも楽しいものだし。
思いを馳せていると人間メイド十六夜咲夜が食事を持ってきた。
食の細い魔女でも安気に食べられるトーストとサラダだ。
気配りのできるメイドである。
しかも目の疲れや視力回復に効果のあるブルーベリージャムつき。
本当に気配りのできるメイドである。
それに引き換え小悪魔はなにをしているのか。
疑問に思っているとパジャマ姿の小悪魔がふらふらとやってきた。
どうやら相当眠い様子。
まだ七時なのに。
余程疲れているのだろうか。
たるんでいると叱るべきか。
いやしかし司書として日々業務に励んでくれているのだ。
今は機嫌がいいし見逃してやってもいいだろう。
咲夜の入れてくれた紅茶を手に取りながらパチュリーは優雅に告げる。
「あら、もう寝るの? おやすみ」
「はい、おはようござ……えっ?」
◆ ◆ ◆
十六夜咲夜は完全で瀟洒で人間な紅魔館のメイド長である。
だがしかし職場の仲間はなかなか完全とはいかない様子。
門番は朝食を前に力尽きて寝オチしてしまった。
食客は昼夜逆転しておやすみなさいなどと正反対な挨拶をしていた。
同僚は七時まで寝こけてパジャマのままうろついていた。
部下の妖精メイド達は言わずもがな。
時々ナイフではなく鎖鎌をビュビュンと振り回して文句を叫びたくもなる。
それでも日々の仕事に励めるのは大好きなレミリアお嬢様に尽くせるから。
食い扶持目当てに働いてるなんて言い訳してはいるけども。
吸血鬼にならないかと誘われるくらい慕われているし。
そういう関係が心地よい。
早くお目覚めにならないかしら。
けれどお嬢様は吸血鬼。
早起きは身体に悪い。
今はまだ午前七時半。
待ち遠しさのあまりナイフではなく手裏剣をシュシュッと投げて的当てして発散したくもなる。
チリンチリン。
おおっとベランダの方向からベルの音が二回。
お嬢様がお呼びだ。
さっそく時間を止めて厨房へ。
今日の朝食をトレイに載せていざいざベランダへ。
そこには日陰の中で気だるげなお嬢様が待っていた。
お嬢様がほほ笑んでくれる。
あまりに幸せなためナイフではなく聖水をビシャシャと振りまいて浄化したくもなる。
だから十六夜咲夜は今日もほがらかに朝の挨拶をする。
お嬢様の色んな表情を見たくてこの仕事をやっているから。
お嬢様の色んな表情を見るために。
「おはようございますお嬢様」
「ええ、おはよう」
◆ ◆ ◆
気だるげな朝も、淑女にかかっては芸術映画のワンシーンだ。
小鳥のさえずりを目覚ましに、ベッドから出たレミリア・スカーレットはネグリジェを脱ぎ棄てると、洗面所で髪を梳いて身だしなみを整え、フリルのついたドレスに着替える。
未だ幼い肢体でありながら、五世紀を生きた淑女の魅力がオーラとなって発露していた。
部屋を出たレミリアはしゃなりしゃなりと歩き、すれ違う妖精メイド皆々がうっとりとして振り返る。
このようなすばらしい主に仕えられる幸福を再確認した妖精メイド達は、一層仕事に励むだろう。
ただ歩くだけで。
いや、ただ在るだけで士気を高める圧倒的カリスマ。
永遠に紅く幼い月レミリア・スカーレットの魅力の前では月さえも陰ってしまうだろう。
ベランダまでやってきたレミリアは、不躾に照らす朝陽を避けるよう日陰で涼みながら、クラシックなアームチェアに腰かけると、卓上に置かれているベルを取ってチリンチリンと二回鳴らす。
するとほんの数秒も経たぬうちに、完全で瀟洒なメイドがトレイを持って現れた。
テーブルに並べられる爽やかな朝食。
バターがトロトロに溶けたトースト。
生ハムと緑の野菜、瑞々しいプチトマトのサラダ。
エッグカップに鎮座したすべすべのゆで卵。
そしてコーヒー。
ベルを一回鳴らせば紅茶、二回鳴らせばコーヒーというように合図が決まっており、アンニュイな朝から目覚めるため今日はコーヒーの気分だった。
白々とした湯気を立てる、黒々としたコーヒー。
ミルクは子供っぽいという理由で入れておらず、それもまた淑女の在り方。
メイドが見守るかたわらで、レミリア・スカーレットは優雅にコーヒーカップを唇へと傾ける。
香りを楽しみながら舌の上でじっくり味わおうとするや勢いよく噴き出す。
「ブフェーッ!? 咲夜ー、これ砂糖入ってないよー?」
「すみません、ちゃっかり入れ忘れてしまいましたわ」
◆ ◆ ◆
紅い、紅い、闇の下。
冷たい、冷たい、夢の膜。
産声を上げるようにして、フランドール・スカーレットは目覚めた。
目覚めながらにして邪気に満ちた瞳は、この世のすべてを呪っているかのよう。
獲物を狙う獣のようなしなやかさでベッドから這い出ると、警戒心に満ちた瞳が爛々と輝く。
いもしない敵をいると信じる被害妄想にも似た、偏狭的眼光。
気が触れている――そう言われても仕方のない挙動。
暗く淀んだ地下に潜む悪魔の仕草。
それを証明するかのように部屋が紅く染まる。
495年を生きる吸血鬼の魔力が流出し、空をも焦がす灼熱の閉鎖空間へと変貌していく。
誰もいないのに。
敵はいないのに。
自分しかいないから。
味方もいないから。
熱となって発露した魔力によってベッドのシーツが揺らいで浮き上がる。
気球のようにフワフワと。
舞い上がれ、燃え上がるほどに。
恐ろしく攻撃的な魔力によって灼熱空間と化した部屋から、あらゆる水分が枯渇していく。
乾いて、乾いて、砂漠のように尽き果てるまで。
姉と魔女の結界によって頑強に作られた自室がギシギシと軋む。
耐衝撃、及び耐熱結界が施されていなければ今頃、この小さな部屋は微塵に砕け灰となっていただろう。
ふいに――フランドールの魔力が鎮まる。
シーツは幸いにも引火せず、しっかりと熱された状態でひらりとベッドに落ちた。
部屋の温度は未だ昼の砂漠のようであったが、炎の衝動は少しずつ収束に向かっている。
スーッと息を吸い、ハーッと息を吐いたフランドールは、自室の頑強な扉を開けようとする。
だが高熱で歪んだ扉はギシギシと音を立てるのみで、苛立ち任せに力を込めると、甲高く音を響かせて破砕した。
部屋の外、石造りの廊下には、紅魔館の主レミリア・スカーレットが立っていた。
その双眸は鋭く、険しい。
すでに吸血鬼の超感覚で接近を察知していたフランドールは、戸惑うどころか勝利の笑みを浮かべた。
そしてみずから身を引いて、室内のベッドを見せつけながら自信たっぷりに告げる。
「今日はオネショしなかったわ!」
「ダウト」
100点持ってけー
っは!?Σ(゚д゚lll)
というかフランちゃん、いつも粗相をなさっているのですね…