4/4. 生まれたてのルーミア
「いや、茶番が過ぎるでしょうに!」
完全にお遊戯会と化したこの決闘に、ようやくツッコミが入った。
ルーミアが歩み寄る先は、草原に仰向けで寝転がるリグル。泥だらけながらも、穏やかな笑みを見せていた。
「うん。茶番だから、弾幕ごっこっていうのさ」
「開き直りかい? ……分からないよ。そんな低俗で無意味なものをありがたがる、幻想郷の未開人のことが!」
観客たちが弾幕ごっこに魅入ったせいで、投票がうやむやになってしまった。
今さら投票させたところで、弾幕廃止になどできないだろう。
作戦を台無しにされたルーミアの声には、涙が混じっていた。
「お前は、私の全てを奪ってしまったよ。屋台で資金を集めた5年の歳月を……。いや、吸血鬼として育てられた私の一生をも、お前は否定してくれた!」
リグルに馬乗りになって、胸ぐらを掴むルーミア。しかし、そのか弱い力ではどうすることもできない。
服を皺にするだけで、後はうなだれるだけであった。
「遊ぶ時間なんて無かった、とか言ってたね」
「そうさ。『遊ぶやつは社会の底辺だ。お前は上に立つ者だから、勉強していればよい』って、ずっと言われてきた」
遠い昔のことを、ルーミアは語る。
窓のない部屋に閉じこもって勉強をしていると、外から幼い子供の笑い声が聞こえてくる。
気になって父に尋ねるも、いつも同じ答えが返ってきたのだとか。
「遊ぶやつなど、見返してやれ。今努力すれば、お前は妖怪のトップになって、皆の役に立てる。最後に笑うのは、お前だ……。それを信じて、我慢して我慢して、やっとここまで来たんだ。なのに、なのに、お前のような弾幕色情魔に、二度も負けて……!」
最後の方は、声がかすれていた。
全身に力を入れて、涙だけは流すまいと、意地を張っていた。
「リーダーになるしかなかった。それで、皆に感謝されるのが夢だった。でも、何の役にも立たない、こんな小さな私だけが残ってしまったよ……」
リグルの腹を、力なくぽんぽんと叩く。リグルを責めながらも、どこか助けを求めているような。怒りながらも目に涙を浮かべた表情であった。
リグルは、ルーミアの手を握りかえしてやった。
「馬鹿になろうよ、ルーミア」
その言葉に、ルーミアは首を横に振るばかりだ。
「馬鹿になって、何の得がある? 何の役に立つ?」
「さっきの弾幕で、私、分かったんだ。知識も経験も全部捨てて、脳みその中を空っぽにしたら、目の前がぱーって広くなった気がしたんだ」
大体チルノのおかげだけどね、とリグルは付け足した。
「皆と一緒に飛び回って、役になり切って、くだらないことに馬鹿みたいに笑ってさ。ほんとはそれだけで楽しかったんだって気づけたよ」
「……馬鹿になって遊ぶなんて、私には関係ない話さ」
「全然。だってルーミア、ほんとはずっと遊びたかったんだよね」
ルーミア、リグルから飛び退いて後ずさり。
人差し指を突きつけて抗議する。
「お前は、人の話を聞いていたのか!? 私は、遊びを憎んでいるんだ!」
「ううん。ちゃんと聞いたから、分かったんだよ。私には聞こえたよ。ルーミアの、『本当は皆と遊びたかったのに』って声」
声にも表れなかった、メッセージであった。
ルーミアの遊びに対する、異常なまでの敵意。その正体は、子供時代に抑圧された欲望の裏返しなのかもしれない。
ルーミアは今も、崩れかけたプライドを必死にかばうばかりであった。
「無茶な推測はよして。そんなこと、あるもんか」
「あるよ。今朝のルーミア、弾幕やってて、ちょっと楽しそうにしてたもん。負けてすごいムキになってたけど」
「そ、そーだったか?」
「うん。泣きそうな目で、顔まーっかにして悔しがってた。今もそんな感じだけど」
辺りはすっかり暗いというのに、ルーミアはさらに闇に包まれてしまった。
自分の顔を、見られたくないのだろう。
「しょうがないだろう? そりゃ、お遊びなんてほとんどやったことないんだ。ちょっとくらい夢中になっても、いいじゃないか……」
「いいのいいの。たまにはそういうのも、していけばいいじゃん」
「だが、今更だよ。こんな元吸血鬼の大罪人相手に、一体、誰が遊んでくれるの?」
すっかり弱気になってしまったルーミアに、リグル、接近。
暗闇でよく見えないが、手を伸ばすと頬のようなものに触れた。せっかくだから、むにむにと引き伸ばしてやった。
「ふぁにをする、きさむぁー!」
「だーかーら。馬鹿になろうよ! 昔のことなんて全部忘れて、全部リセットしちゃえばいい。頭ん中を空っぽにして、やりたいことを全力で詰めこめばいいんだ!」
リグルの声が、少しずつ熱を帯びてきた。
ルーミアの頬から手を下に伸ばす。彼女の肩を、がっしりと捕まえた。
「リーダーになんかなれなくていい。誰の役に立てなくたっていい。自分のしたいことに夢中になっていい。だってあんたは吸血鬼じゃない。ただのルーミアなんだ!」
ルーミアの闇が、風とともに溶けてゆく。
うつむいて、肩を丸くした彼女は、いつもよりずっと小さくなったように見えた。
蛍の明かりに、ルーミアの瞳が丸く光っていた。
「馬鹿。あんたの言うことなんか、聞いてやるもんか。私は、私のやりたいことをやるだけだ」
とげとげしい言葉。しかし、その澄んだ瞳は、真っ直ぐに未来を見ているかのよう。
その自然で穏やかな笑みを、リグルは初めて見たような気がした。
ぷいとそっぽを向いてから、ルーミアは歩いてゆく。
リグルのことなど目に入れず、振り返ることもなく、コロシアムの中心目指して、進み続ける。
=====
「チルノちゃん、早く帰ろうよ! もう魔王倒したでしょう?」
「いいや、奴は来る。まだ、気配が残っている!」
大妖精も観客も、そろそろ家に帰ろうかという頃合い。
だが、このダレた空気をぶち壊すが如く、鋭いスポットライトが会場の一点を示した。
「魔王がやられたか……。ふん、使えんやつめ」
「誰だ貴様はぁぁぁぁああああ!?」
漆黒のドレスに身を包み、両腕を堂々と横に広げる。
春の夜風が、草原をひとかき。金色の髪をたなびかせ、威風堂々と現れた。
「わりぇこそは……。ごめん、テイクツー」
「あ、はい」
尊大な態度と裏腹に、頬は真っ赤。
横に広げた腕はしだいに垂れ下がっていって、自信無さげである。
「我こそは魔王を裏であやちゅりし、闇の吸血鬼……。ルーミアであるぞ!」
ぐるりと一回転して、両腕を大きく上に挙げて決めポーズ。
腕をぶるぶる震わせて、奥歯をガチガチ言わせるものの、その姿勢は乱れない。
吸血鬼を演じきってみせるという、気迫さえ感じられる。
「何だって!? でも大丈夫。こっちにはアイスリーフブレードとレーヴァテインが……」
「ごめん、チルノちゃん! レーヴァテイン燃え尽きちゃった!」
「なんだってー!? その辺にもう一本落ちてないの!?」
「あ、そうか。ようし。……来い、吸血鬼め! チルノちゃんには指一本触れさせないよ!」
いまいち締まらない相手であったが、ルーミアはもう、動じない。
両手をクロスさせて、武器召喚の体勢をとった。
「ならば我が神器も呼び起こそう。出でよ、『ムーンライトレイ』」
月の光が集まって、両腕に光線として力が宿る。
射程無限大の二刀流兵器、ムーンライトレイの完成だ。
「さあ来い勇者たちよ! 今宵は貴様らの血の池温泉で、たっぷり汗を流してやる!」
意外にもこのルーミア、ノリノリである。
エピローグ
リグルへ
元気してる? わたしはとーっても元気!
今日はちょっとおれいが言いたくて、お手がみ書きました。
実は前のだんまくの時でね。自分の好きなことにいっしょうけんめいなリグルを見てたら、すごく楽しそうで、いいなってなったの。
だからわたしもね。自分のゆめにすなおになることにしたよ!
それで、社長やめて、音楽、もういちどやることにしたの。
さいきん、きょうこっていう、いい子見つけてね。いっしょに「鳥獣伎楽」ってバンドをやることにしたんだ!
今はまだ始めたばっかりだけど……。
いつかライブ、見にきてね! ぜったいだよ!
=====
カクテルバー、ムーンライトカクテル。
ろうそくの暖かい色で満たされる店内には、今日もゆったりとしたジャズが流れている。
複雑化と共に聴衆が離れていった歴史を持つ、ジャズの調べ。それは弾幕をも思い起こさせる。
今宵の客は、やはりあの弾幕熱中症患者であった。
「いや、おかしいでしょう!? もともと、私は屋台とみすちーを取り戻すために頑張ってたんだよ!?」
酒と共に愚痴るその姿は、紛れもなくいつものリグルであった。
かたや、店主のルーミアさえも顔を真っ赤にして酔っている。以前とは考えられない飲みっぷりだ。
「私だって! 私だってみすちーを姫にして一国立てる予定だったんだよ!? それが、なんでこんなことに……」
「というか、今までツッコまなかったけどさ。大胆すぎでしょう!? 何さ、神聖ルーミス帝国ってー!」
「別にやましいことありませんー。強いて言うならリグルからみすちー奪って優越感を得たかっただけですー」
「ライバル意識強すぎでしょう!? くっそー。こーゆー輩からみすちーを守ったっていうのに、誰だよきょうこってー!」
ミスティアの自由さと行動力には、勝てない。
二人そろって、同時にため息ついてしまった。
「でもまあ、いっか。みすちーが本当にやりたいこと、やってくれるならさ」
「そだね……。みすちーの歌をやめさせたこと、ちょっと申し訳なく思ってる」
「そーだそーだ! もっと反省しろー!」
「しょ、しょーがないでしょう!? あまりに貧乏そうにしてて可哀そうだったからさあ!」
ミュージシャン。それは屋台よりずっとリスキーな選択だろう。全く売れないことだってあり得る。
音楽で食っていくなど、おそらく馬鹿の考えだ。しかし、それでもミスティアは、夢を追いかけたかったのだ。
そんなことを考えていたリグルの脳裏に、ぴこんと電気が走った。
「なんか、私たちって全員馬鹿だよね」
「さらっと私を巻き込むな」
「私もルーミアもみすちーも、結局は頭空っぽにしたかった馬鹿だし。チルノも大ちゃんもノリノリで遊びたいだけの馬鹿だったし」
「そういわれてみればそうだけれども」
「5人合わせてバカルテット! って感じしない?」
「5人はクインテットだ、馬鹿者め」
カウンターをばんばん叩きながら、リグルが悶える。
しばらくリグルに苦汁を舐めされられてきたルーミアは、つい頬がほころんでしまった。
グラスをテンポよくきゅっきゅと拭きながら、ルーミアはぽつりとつぶやいた。
「でも、また集まれたりするといいね。バカルテットとして。リグル抜きって意味で」
「ちょっとひどくない!?」
勢い余って立ち上がったリグルのズボンから、何かがぽろりとこぼれ落ちた。
ミスティアの手紙。それから何か、もう一枚が落ちている。
「……鳥獣伎楽ライブ、4名様ゲスト出演チケット、だってさ」
「ゲスト出演……? ステージで何かやれってこと!? あ、私、夜はお店あるし……」
「なーに言ってんの。せっかくみすちーがチャンスをくれたんじゃない!」
からからと笑うリグルを相手に、ルーミアはにっこりとほほ笑み返す。
そして、ウイスキーをくぴくぴとグラスで飲み下した。
「分かったよ! こうなりゃとことん、楽しんでやろうじゃないの!」
「そうこなくっちゃ! みんなでわいわいするほうが、絶対楽しいよ!」
馬鹿が馬鹿で居続けられる、この楽園。
彼女たちが馬鹿である限り、笑顔が絶えることはないだろう。
「それじゃ、また馬鹿仲間で集まれることを祝って……」
「改めて、乾杯!」
二人のグラスが奏でる、澄み切った鈴のような音。
春の夜空に、高く高く、どこまでも昇って行った。
よくまとまってていい話でした
面白かったです。
熱かった、とても楽しめました!
やっぱり弾幕と蜂は切り離せないね
作者の中の熱さのようなものを感じることができました。
イージーシューターでもルナシューターでも、みんなが楽しめばそれでいいのさ。
>幻想郷に弾幕なんていらない! 女の子が仲良く平穏に暮らしていればそれでいいんだよ!
原作ゲームの完全否定はやめてくだちい(震え声)
不可能弾幕とボム連打の様子を見て、敵のスペルカードが弾幕の美しさや、形状と名称の関連性などを重要視し、
自機はそれを出来れば鮮やかに回避して魅せることに意義があるってこと、充分に伝わりました。
>ミスティアの自由さと行動力には、勝てない。
ミスティアは鳥なのにトリコにする方だからね、ヒューマンケージ・・・ダブルで。
あ、4月中の投稿、おめでとうございます。楽しい、と同時にちょっと考えさせられました。
たぶん、自分が好きなアニメとか映画とかカードゲームとかたくさん詰め込んだんでしょうね。
コロコロ元ネタが変わっていくためか、ついていくのが少し大変でしたが、嫌いじゃないです。
気づいたのは粉砕玉砕大喝采あたりでしょうか。
映像とか絵じゃないと分かんないかなぁと思いながら読んでましたが、意外と雰囲気伝わるものなんですね。
面白かったです。