Coolier - 新生・東方創想話

バカルテットよ、永遠に馬鹿であれ

2014/04/29 03:41:06
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2/4. 囚われの夜雀

「起きて。とっとと起きて、リグル」

 少し、涙で目が腫れぼったいような感覚がある。
 重ったいまぶたをこじ開けると、こんな朝から、ルーミアだ。
 何故か馬乗りになっているルーミアを見上げながら、リグルはぼやいた。

「モーニングコールなんて頼んだ記憶はないんだけど……?」

 リグル、まず、体がぴたりと止まる。
 お布団の暖かさの中に、一つだけ冷気を感じたのだ。左の頬のすぐそこに、何やらクナイが突き立っている!
 逃げなくては。反射的に体をねじろうとするが、ルーミアは許さない。
 リグルの両手首はがっちり握られ、腰は脚でキッチリホールドされている。

「ねえ、リグル。ちょっと言うことをきいてほしいんだけどさ」

 リグルのちっちゃい頭では処理落ちが起こり、思考がガクガクし始めた。
 ひとまず状況を整理することを試みる。
 両手は抑えられ、足も大して動かせない。妙に力強く抑えられている。でもって、妙に顔が近い。触角がルーミアの頭に触れるくらい。
 この状況下において、リグルが導く答えはただ一つ!

「た、助けてぇ……」
「いや、敵に助けを求めたって無駄でしょうに。全く、これから一大事だってのに。そんなに怯えない」
「突然すぎてわけが分かんないんだもん! ……って、ちょっと?」

 不意に、腕をひっぱられる。強制的に、ルーミアに立たされた。
 そのまま手をつないだまま、ドアに向かわされる。

「ちょっとちょっと、目的ぐらい言ってくれてもいいでしょうに!」
「……奴隷にしたくなった」
「ホワッツ!?」
「リグルはこれから私と戦う。もし負けたら、あなたは私の奴隷になる。力づくだよ」

 玄関から、外へ。獣道の木々がざわざわしている。
 ルーミアは、リグルの手をぱっと放す。距離をとりながら、宙に浮かんだ。

「待ってよ! そんな無茶苦茶なこと言っておいて、どこ行く気!?」

 と、ルーミアを追おうと離陸したそばから、蒼いレーザーがリグルを責める。反射的に、横転しながら地上にダイブ。リグルの横髪の先が焦げてしまう。
 明らかに、リグルの脳天を狙って撃ったものであった。
 
「さすがに、反射神経はいいのかなー?」

 暢気なようだが、ルーミアの声は冷たさを帯びていた。
 あいつは本気だと、リグルは本能的に察していた。
 だからこそ、リグルは動かない。距離的に、ルーミアは弾幕をしかけてくる。下手に動かない方が避けやすいのは、弾幕の基本だ。

「スペル一枚の勝負。いいね?」
「ルーミアが決闘だなんて、珍しいね。いいよ、かかっておいで」

 ルーミアと遊ぶのは、初めてであった。
 朝から理不尽な目に合っているものの、弾幕ができるというだけで、リグルは興奮を抑えきれない。
 しばらく、相手の行動パターンを読み切ってから攻めに転じたい。
 そう思うほどに、リグルは弾幕をじっくり味わいたかった。そして、避け続けられる自負があった。

「そっちが動かないなら、こっちからいくよ?」

 まずは広範囲のばらまきショット。なんてことのない、自機狙い。
 先頭の自機狙い弾が、「久しぶりに会ったなシューターよ!」とか言ってきた気がするが、無視。いたって冷静に、一歩だけ横に歩く。
 続いてレーザー。見てから、地を蹴る。上下の軸をずらしながら、ルーミアと同じ高度に追いつく。

「退屈でしょう? リグル。でも、これでおしまい」

 ルーミアの持つスペルカードが、緑色に光り輝き始める。そして、いくつもの魔法陣がスペルカードから飛び出した!
 リグルの触角がぴんと立つ。意表をつかれたのだ。スペルカードは、ただの紙切れのはず。そのはずが、明らかに魔力を持っている。
 動揺するリグルを相手に、ルーミアは笑うでもなく、淡々と宣言を開始した。

「エメラルド、メガリス」

 あり得ない言葉だった。リグル、朝から混乱しっぱなし。夢だと思いたい。
 だが、現実は非情なり。
 ルーミアと同じ背丈をしたエメラルドの原石が、縦とななめの三方向に続々と射出されていく。さらには小さな破片が四方六方八方にばらまかれている。
 普通の妖怪にとっては避けにくいんだろうなと、リグルは思っていた。

「そろそろいくよ。ブレヴィー軍団、ゴー!」

 リグルの肩から、セミの軍隊が飛び立った。
 その名も、ブレヴィサナ・ブレヴィス。赤と黒と緑がステンドグラスのように重なり合う、リグルお気に入りの模様のセミだ。
 その数、十から二十。セミらしい緩慢な動きでホーミング。ルーミアにじっくり迫る。

「やる気のない弾だね。そんなの、撃ち落としてやる!」

 まっすぐルーミアに向かうセミに対し、エメラルドを集中砲火。
 だが、ブレヴィー達は低速移動を保ちながら、きっちりと避けていく。

「虫を操ること、これすなわち、弾幕を操ること! 私の弾幕は、まさに生きているんだ!」

 そう言いながら、リグルはルーミアの真横に陣取った。ちょうど、死角だ。
 セミ全員に弾幕を避けさせながら、自身は好位置にポジショニング。地味ながら、離れ業をやってのける。
 だが、ルーミアは気にも留めない。エメラルドメガリスは全方向射撃。リグルがどこに行こうと関係ない。

「その、生きているってのが弱点なんじゃないの。あいつらは永遠に、私にたどり着けない」

 エメラルドの大玉は、あくまでセミ達に一点集中。
 そう、セミ達は一匹一匹がプレイヤーだ。弾に当たれば、撃ち落とされる。
 弾幕は、敵の近くに行くほど高密度となる。弾を出し続ける限り、ルーミアは被弾しないと踏んだのだ。
 事実、セミにとって、エメラルドメガリスは巨大すぎた。飛行速度が遅いのも手伝って、避けるので精一杯。近づくどころではない。

「あまいあまい。クロカタマシンガン、発射!」

 リグル、袖口に潜ませていたクロカタゾウムシを手に装填。人差し指に妖力をこめ、鉄砲の形を作る。
 1cm程度の黒い弾丸が、立て続けに掃射される!

「どこを狙って……!?」
「ルーミア、頑張って。そろそろ避けないとまずいよ?」

 ルーミアは、気が付くのが遅かった。この弾は自身を狙っているのではない。エメラルドを狙っていたのだ。
 エメラルドは内部に無数の傷を持ち、衝撃に弱い。
 一方のクロカタゾウムシは昆虫の中で最も硬いと言われている。靴で踏んでもびくともせず、昆虫標本のピンが刺さらないほどだ。
 ルーミアの真横から射出されたゾウムシたちはエメラルドを真っ二つに割り、軌道を変化させた。
 セミ軍団にとって、絶好のチャンス。目の前の弾が、横にそれていく。
 目標まで、5メートル、そして4メートル。
 だが、これぐらいでひるむルーミアではない。弾を出している限り、負けるわけがないのだ。
 そう、思っていたはずだった。

「ルーミア。そろそろ、おしまいだよ」
「させない! もう一度撃てば……!?」

 木々から鳥と妖精たちが、我先にと空に逃げ帰っていった。
 ルーミアが再攻撃の準備をした瞬間。彼女は気を失い、地に落ちて行った。
 その時のセミは、まるで一斉に爆発したかのようだった。
 ブレヴィサナ・ブレヴィス。世界一の声量で鳴くと言われている虫である。
 その声は一匹で100デシベルを超える。これは、メルランのソロライブを最前席で聞いているのと同程度である。
 それが、十数匹同時の最大合唱。その想定外の轟音に、ルーミアは被弾するまでもなかったのであった。
 うつぶせに倒れたルーミアの背中は、空からはとても小さく見える。リグルは寂しいような、燃え切らないような心地のまま、地に降りて行った。

 =====

「ルーミア、ごめん! ちょっと、やりすぎちゃった?」

 ルーミアに声をかけると、背中がぴくりと動いた。まずは一安心。
 だが、リグルには第二、第三の不安が残っていた。
 弾幕の後は、リグルはいつも後ろめたい気分になってしまうのだ。勝った時も、負けた時も。

「大丈夫、次は何とかなるよ。セミはホーミングしてたけど、慣れれば対処できるはずだよ。ゆっくり飛んでるし」

 リグルの声に応じて、ルーミアはうつむいたまま、すっくと立ち上がった。
 金色の前髪に、額からの血がついてしまっている。
 その髪の裏側には、赤く光る眼。憎んでいるような、泣き出してしまいそうな、力のこもった眼だ。

「無茶言わないで。あんなの、弾幕ばっかしてるマニアじゃなきゃ、無理に決まってる!」

 拳をぎゅっと握りしめながら、ルーミアは背を向けた。
 弾幕の後は、いつもこうだ。
 弾幕をくぐりぬけるスリルを伝えたい。無謀な弾幕に耐えきる喜びを分かち合いたい。
 それなのに、弾幕はかくも敷居が高いのか。対戦相手を負けさせても、手加減して勝たせても、満足してくれる相手はどこにもいないのだ。
 リグルの触角がしおれてしまう。声をかけることもできず、ただ唇を噛んだ。
 もっと易しい攻め方にすればよかったかな、と自己嫌悪に陥りかけた頃。何やら、ルーミアが深呼吸を始めていた。
 肩を上げ下げリラックス。そして、手と腕を、ふわんと広げる。ショートの金髪を重力に逆らわせるほどの急回転で、ルーミアがくるんと向き直った。

「はい、合格だよ。私、リグルの実力を試しにやってきたんだ!」
「……はい?」

 急にキャラが変わった気がする。
 八雲紫と同レベルの胡散臭い笑顔を振りまいてやがる。

「奴隷にしたいなんて、うそうそ。リグル、弾幕強いなんて言ってるけど、嘘っぽいし不自然だったし。一応、本気になってほしかったの」
「ちょっと待ちなよお嬢ちゃん! どういう話なのか、全然見えてこないよ!」

 リグルの訴えに対し、ルーミアは一旦、左右をきょろきょろした。
 一筋の風が、森を騒がせる。リグルのマントがたなびいて、彼女の肩を揺らす。
 最近多めの、虫の予感。

「……リグル、落ち着いて聞いて。私は、みすちーの恐ろしい計画を阻止してほしくて来たんだよ」
「え、みすちー……? ちょうど昨日、なんか会社作ってるの知ったんだよ。やっぱり変なことやってたの!?」
「その様子だと、これはまだ知らない?」

 紙切れをひょいと差し出した。
 そのカードには見覚えがある。あのエメラルドメガリスだ!

「そうそう、それ気になってたんだ! 何でルーミアがパチュリーさんのスペルなんだよ! ルーパチェってなんだよ、新しすぎだし!」
「落ち着きなって。そのカード、もっと気になるものが書いてるはず。よーく見てみてよ」

 本来のスペルカードは、いわば契約書だ。書いてあるのはスペルの名前と使用者の名前ぐらいの、簡素なカードである。
 そのはずが、やたらポップ。ど真ん中には、エメガ栗鼠ちゃんとかいう、ゆるいキャラクターが描かれている。
 その周りには、レベルやら、属性やら、レアリティやら、必要資源数とやらまで。
 そして、カードの一番下の方に書かれてあったのは。

「みす帝愛、グループ……!」
「そう。みすちーが、裏スペカの製造、販売に関わっている。関わっているどころか、独占企業。大儲けらしいよ」

 裏スペルカード。
 マジックアイテムと化したスペルカードで、誰でもカードに表示されたスペルを発動できるらしい。
 正式なものではないことから、人目のつかない場所で売られているらしい。

「あと、今回は使わなかったけど、こんなのもあるよ」

 ルーミアから、もう一枚のカードを渡される。
 そこには、キャラクターカード・スターサファイア(SS)と書かれてある。何やら特殊能力で敵の体当たりを受けにくいんだとか。
 こちらは、いわゆる召喚魔法がかかっているらしい。これを使って、契約した者に弾避けを代理させることができるとか。

「裏スペルカード戦では、カードでデッキを組んで遊ぶんだ。妖精に避けさせることもできるから、リグルみたいな弾幕オタクじゃなくても楽しめる」
「そ、それって本当に面白いの? だって自分で避けないんでしょ?」
「今じゃ、皆こっそりやってるらしいよ。特に妖精に人気なんだって。引き運が良ければ、あんたみたいな弾幕パラノイアにも勝てることだってあるし」
「む、むう。でも、それじゃ結局、運で勝ち負けが決まっちゃうってことじゃない?」
「やっぱりリグルみたいな弾幕コンプレックス、略して弾コンはその辺が気になるんだね」
「だんこんって何だよ!? いい加減にしないとそろそろ怒るよ!?」

 頬を膨らませるリグルを、ルーミア、華麗にスルー。カードの一部、資源のところに指をさし、リグルに見せる。
 何やら酒ポイントやら魔力ポイントやらボーキサイトポイントやらクッキーポイントやらと書かれてある。

「時間とお金をかければ、強力なカードをもらえる仕組みみたい。運よりもこっちが大事らしい」
「時間とお金ってどういうこと?」
「裏カード店にはポイントカードがあって、1日経てば数ポイントくれたり、お金を払えばもっとポイントをくれるって仕組みみたい」
「その資源ポイントでカードが買えるってこと?」
「みたいだねー。もっとも、タダでもある程度のカードは揃えられるし、強力なカードを揃えたければお金を払えば大丈夫」

 リグルは、言葉をつまらせてしまった。
 お金と時間さえかければ、確実に勝利に近づくゲーム。確かに、これまでの実力一辺倒の弾幕と比べて、安心感がある。
 だけど、伝統的な弾幕が壊されていくような不安を覚えてしまう。
 悩んだ末に、小さめの声で、リグルはつぶやいた。

「でも、そのくらいのことなら、別にみすちーを止める必要はないんじゃない?」
「とんでもないよ! こんな弾幕、ルール違反。皆がこのルールで遊んだら、いつの間にかこっちが本物のルールになっちゃうよ!?」
「むむむ。……といっても、命名決闘法って意外と規則ゆるいからねー。異変の度にルール変わってる気がするし」

 例えば、「開始前に命名決闘の回数を掲示する」というルールは無視されがちである。
 紅霧異変の時点で、「点数溜まったんで決闘中だけど残機買います」というのが黙認されてたんだとか。
 最近では対戦者から残機やスペルカードをもらうことも少なくない。八百長が疑われる。

「リグル、よく考えて。私、みすちーを助けたいんだ。それで、このカードのこと、ずっと調べてきたんだよ。一緒に助けようよ!」
「……助ける?」
「そう。彼女は大変な事件に利用されている」

 リグルの脳みそが、氷で冷やされたかのような悪寒が走った。
 対するルーミアは相も変わらずマイペース。頬の肉を目元まで持ち上げて、にんまりした。
 ふっくらした唇をぺろりと舐めて、ただ、一言。

「第二次吸血鬼異変。阻止しなくちゃ、だよね?」

 心臓までも、握りしめられたような心地。
 言葉をつまらせたリグルに、ルーミアが追い打ちをかける。

「第二の吸血鬼は、みすちーと接触している可能性が高い」

 ===

 みす帝愛グループ。この巨大企業は、あまりにも不可解な謎で覆われている。
 第一に、その場所だ。大量のカードを発行し、莫大な金銭を得ているはず。この幻想郷で、車さえ持っている。
 だが、金庫も、車庫も、カードの印刷所さえも、誰も見つけていないのだ。そもそも、なぜ隠そうとするのか。
 第二に、その手段と目的だ。大した資金の無いはずのミスティアが、どうやって大々的な事業を始めたのか。そして、なぜ、こんなことをするのか。
 恐ろしいことに。これらの謎は、全て第二の吸血鬼の存在を臭わせているのだ。

「ルーミア、もうすぐ?」
「うん、そろそろ!」
「本当にこんなところに、会社なんてあるの? 間違ってたら怒るからね?」

 妖怪獣道の奥の方にて。迫る木々を避けながら、リグルはルーミアの後について飛んでいた。
 目標地点、みす帝愛グループ本社。内部の者しか知らないはずの場所だ。
 そう、リグルの虫軍団も、ナズーリンのネズミ捜索隊も、みすちーの会社に入ったことがない。
 第二の吸血鬼が潜んでいる可能性は、十分にある。

「勝てる、かな。もし、奴がいたとして」

 リグルが唾をのみ込む。
 第二の吸血鬼がミスティアとつながっていた場合、その莫大な利益が吸血鬼の元に渡るだろう。
 そうなると一大事だ。金があれば、軍事力にまわりかねない。
 第二次吸血鬼異変。その言葉に、リグルは身震いしてしまう。

「あんたって無駄に弾幕狂なのに、いつも自信無いよね。しゃきっとして。もう着いちゃうから」
「ちょっと緊張してるだけだよ……。おお、確かにこの辺みたいだね。みすちーが近くにいるのは、間違いないと思うよ」

 見た目は、ただの山道。道の片方は木々に覆われ、もう片方は丘と面していて、上りの急斜面。
 その、斜面の下にヒヨケムシがちょこんとたたずんでいた。

「昨日の夜、みすちーに会ってさ。この虫に追いかけさせたんだ。途中で無理だったみたいだけど……」
「……しょうがないよ。私も、まだ入れてないんだもん」

 ルーミアが、指を3本立てて、リグルの目の前に突き立てた。

「何しろ、あの会社に潜入するには3つの関門をくぐりぬけなくちゃいけないんだ!」
「そーなんだ。というか、私、第一関門の時点でアウトかも。だって……」

 リグルが辺りをぐるっと見渡す。どこからどこまで、無何有な自然が広がっている。

「確かに、ヒヨケムシはいたけどさ! どこにも会社なんて……!」

 ルーミアを見た、その瞬間。リグルに衝撃走る。
 ルーミアが、斜面に埋もれている! 埋もれたまま、手を招いている!
 そのまま、土に飲み込まれていくように、ルーミアが消えてしまった。

「何、今の……!? ぴよちゃん、分かる?」

 ぴよちゃんと呼ばれたヒヨケムシが、斜面に駆ける。ぴよちゃんもまた、体の半分が土にめり込んでいる。
 彼の後を追い、急斜面に足をかける。が、抵抗がない。足の裏は、石のような硬い床に着地した。
 自分が幽霊になってしまったかのように、膝も、お腹も、腕までも斜面をすり抜けていく。

「……まさか、ホログラム!?」

 河童の技術でそういうのがあると、リグルは小耳に挟んでいた。まさか、河童たちを買収していたとは!
 ホログラムの奥は、ちょっとした洞窟になっていた。
 薄暗くて見えにくいが、奥には鉄でできた扉がある。幅も高さも2メートル前後の大きく重厚なものである。
 扉の下の方で、ぴよちゃんが何度も体当たりしている。どうやら、ここから先に進めなかったらしい。

「ルーミア、こんなところよく見つけたね……」
「まーね。普段から前見ないで生きてるから。気づいたらいつの間にかここにいたの」
「なんて運のいい……。で、第二の関門がこれ?」

 目の前の鉄板は頑丈。壊すわけにはいかないだろう。
 よくみると、側面の岩壁に電子機器が取り付けられている。0から9までの数字のボタンがあり、その上には数字を4桁表示するための窓がある。

「暗証番号ってこと……?」
「うん。でもみすちー、馬鹿だから簡単にわかっちゃった」
「いやいや、馬鹿だから分かるってもんじゃないでしょうに! 最近、ルーミア冴えてない?」
「いや、ちゃん見れば分かるよ。ほら」

 数字のボタンは、よく見ると印刷がカスれているような気がする。それも、限られたものだけだ。
 印刷がカスれているということは、普段からよく押されていることを意味するだろう。
 このボタンは、1、3、4、7番が読みづらい。ということは、これを並び替えれば暗証番号になるはずだ。

「なるほど。10個の数字の組み合わせよりは、楽になった。でも、これ以上は分かるわけ……」
「分かるよ。み、す、ち、い……」

 電子機器が、3471を表示。すると緑色に輝き始めて、やけにあっさりと扉がぷしゅーとか言いながら開きやがった。

「うおおい! こんなもんでいいの!?」
「結構偶然だったんだけどね。これで開いちゃったから、これ絶対みす帝愛グループあるなーって思ったんだよ」
「冴えてるというか、ラッキーすぎだよ……」

 さて、鉄の扉のその奥には、リグルの見覚えのあるものがあった。黒塗りの車である。どうやら、ここが駐車場らしい。
 駐車場はトンネルのようになっていて、オレンジ色のライトで照らされている。
 その奥には、だだっぴろいドーナツ型の部屋。ドーナツの中心部は縦穴になっていた。

「そしてこの奥が、第三の関門だよ。私は、この先に進めなかった」
「ど、どうして……? あ、ちょっと!」

 一瞬の出来事だった。ヒヨケムシはただ、任務をこなそうとしていた。リグルに褒美をもらいたかった。
 その一心で、縦穴に飛び込んだのだ。
 直後、何やら、穴が赤く光る。焦げた臭いと共に、彼の気配は消え去ってしまった。その穴を確認すると、鋭く輝く光線が何重にも絡み合っている。

「ぴ、ぴよちゃーん!」
「そう、第三の関門は弾幕。部外者はこれを突破しないと、いけないらしい」
「それで、わざわざ私を呼んだってわけか……」

 穴の奥には、プロペラのついた銃のような機械も見える。
 この弾幕地帯を超えて、そしてその後に、吸血鬼と再戦することになるかもしれない。
 体が、びりりと震える。震えた後に、武者震いだということを自覚した。

「……ここから先は私、行けないから。でも、私はずっとリグルの味方だよ」
「ん、分かった」

 ルーミアの淡々とした口調は今も変わらない。だからこそ、心強く感じられる。
 リグル、一旦、深呼吸。頬を何度か叩く。プールの踏切台の上にいるような心地だ。

「色々ありがとうね、ルーミア! 今日の弾幕、楽しかったよ!」
「……そう」

 褒められ慣れていないのか、ルーミアは苦々しい笑みを浮かべていた。
 ルーミアの視線を背にしながら、床を蹴って飛び上がる。縦穴の上でホバリングして、出発準備完了。

「よおし、それじゃ、行ってきます!」

 ===

 梅にウグイス、牡丹に蝶。縦穴といえば、自機狙い。サブマシンガンにプロペラのついた無人偵察機が、物量で殺しにかかってくる。
 だが、虫こそ弾幕のプロであり、回避のプロだ。
 1秒に300フレームを知覚できる動体視力に加え、小回りの利く空中制御能力。
 この二つの能力があれば、そこらの弾幕は止まって見える。

「これくらいの自機狙いなら、みんな避けられるようになってほしいんだけどなー」

 兵器の射出音と火薬の臭いが、縦穴いっぱいに広がっている。
 機械仕掛けの高速自機狙いをひたすら避けるのは、案外気持ちがいいもんだ。
 そんなことを暢気に考えていると、下から光がさしている。それが見えるとともに、機械たちの攻撃が中断された。どうやら、ここから先がオフィスということらしい。

「いよいよ、だね」

 いざ、着地。さすがに社内にトラップは無いらしい。ただの廊下。といっても、全体的にシルバーでメタリック。近未来的な会社らしい。
 金のかかった巨大施設。ミスティアは、吸血鬼から資金を得たのかもしれない。
 嫌な想像を振り払うため、リグルはやるべきことに専念する。まず周囲を警戒し、蚊部隊を展開。近くには生体反応なし。そのまま、近距離レーダーとして待機させる。
 続いて、第二陣を通気ダクトに潜入させる。しばらくして、一人分の反応があったことが報告される。

「みすちーか第二の吸血鬼。どっちかだけか……」

 念のため、音をたてぬように移動。
 廊下の最奥に、ひときわ大きな銀の扉が見える。高まる気持ちを抑えきれず、飛翔。一気に距離を縮めた。

「……ここ、か」

 まず、立ち止まる。そして目をぎゅっとつぶって心を落ち着ける。
 もう一度目を開くと、その扉には「役員室」と書かれてあった。
 警戒しながら、それに触れようとする。
 すると、ひとりでに扉がスライド。
 その奥にいる彼女を見るなり、リグルは我を忘れて駆け寄っていた。
 そこには、ゆったりとこちらに振り向く彼女の姿があった。
 異様なのはその光景だ。
 紙幣でできた社長椅子。紙幣でできたデスク。紙幣でできた本棚、壁、床……。
 夥しい数の金。たじろぐリグルの顔を映した、いくつものモニター。
 彼女は、そこにいた。

「遅かったじゃない、リグル」
「みすちー、お願い、目を覚まして! 私に本当のことを話して!」

 ミスティアは相変わらず、黒スーツ姿だ。
 やたら金の装飾のついたカップには、コーヒーが入っているらしい。
 角砂糖を5、6個入れてから、一口。あちあち言いながら優雅に対峙した。

「いいでしょう。ここまで来たからには、全て教えてあげるよ。この会社の経営理念。そして、恐るべき大異変のことまでね!」
「だ、大異変だって? まさか……!」
「ふん。これを見るがいい!」

 不敵な笑みを浮かべながら、ミスティア、ノートパソコンをいじる。
 社長椅子がぐるぐる回ったりミラーボールが出たり自動ファンデーション装置にぱふぱふやられた後、ようやくプレゼンソフトが起動。
 スクリーンが降りてきて、幻想郷の地図が映し出された。全体的に赤く染まっている。

「これは、新型スペルカードルールの普及率。妖精はおろか、紅魔館や永遠亭、天狗たちにすら、使われている」
「そ、そんなに……!?」
「ちょっと考えれば分かること。普段の仕事で忙しい人が、真面目に弾幕の練習なんかしてられる? それよりは、お金を使って有利になるほうが、合理的」
「ねえ、その新型スペカをそんなに流行らせて……。いったい、何をしようっていうの?」
「分からないの? ふふん、今に教えてあげるわ!」

 ミスティア、マウスを一度クリック。
 スライド資料には、「暇人有利」という文字にバツがついていて、「がんばる人」の文字にニッコリ笑顔のマークがついている図が示された。
 
「我が社は、忙しい人にこそ、楽しいと感じられる遊びを普及させたいのです。そのための手段は、一つしかない!」

 ポップ体なキャッチコピーが、画面を跳ね回るアクションとファンファーレ付きで出現した。

「そう、命名決闘法の改正! これこそがわが社の悲願なのです!」

 ミスティアの口調が段々熱を帯びている。
 興奮しているらしい。マウスをダブルクリックしてしまい、資料が一枚すっとばされる。
 戻し方が分からないらしく、そのまま無理やり説明を続けた。

「昔々、あるところに、ミスティア・ローレライという、それはそれは可愛らしい女の子がおったそうな」
「いやいや、いくらなんでもぶっとびすぎでしょう!?」

 モニターには、ペイントソフトで描いたらしい絵。どうやら紙芝居ということらしい。
 四角ツールと丸ツールと塗りつぶしだけで表現される、幾何学的で奇天烈なゲージュツ作品と化している。

「何だかフンコロガシみたいなのがいるけど、これがみすちー?」
「ちょっと! 二時間もかけて作ったのにひどくない!?」

 みすちー、頬をふくらませながらも、今度は慎重にシングルクリック。

「ミスティアちゃんは一流ミュージシャンを目指してストリートシンガーをやっていました。でも、貧乏だし友だちもいないわで、ひもじくて寂しい生活を送っていました」

 聞いたことのない話であった。
 ミスティアといえば、屋台の女将。リグルは、そのことしか覚えていなかった。

「ある晩、ミスティアちゃんは枕元に大仏様が立っていることに気が付きました」
「冷静に考えて、その状況って結構怖くない?」
「大仏様は言いました。お前が不幸せなのは、人の役に立たないことをしているからだ。きちんとした仕事をして、みんなに感謝されるようになりなさい」

 リグルの胸の奥の方が、ちくりと痛む。
 弾幕ばかりじゃなくて、もっとちゃんとした仕事ができれば、どうなっていたのだろう。
 もっとたくさんの人に認められて、友だちもたくさんできたかも。
 充実した日々を送りたい。そういう欲求は、リグルにだってあった。

「ミスティアちゃんは屋台を始めてみることにしました。すると、そこそこの人に支持されました。でも、忙しい生活を送るうち、あることに気が付いたんです」

 ミスティアが両手をぎっちり握りしめ、全身に力を入れる。
 その透き通ったキンキンボイスで、自分の主張をぶちかます。

「今の幻想郷はおかしい! あんたとか妖精のような暇人は遊べるのに、ちゃんと仕事をしてる人が、ちっとも楽しく遊べない!」

 その語気にリグルは一歩、引き下がってしまう。
 これが、けーえーりねんというものか。ミスティアの言葉を、リグルは反芻していた。

「そう。そこでミスティアちゃんは考えました。弾幕に努力する時代を終わらせて、お金と時間で強くなれる、新しい弾幕のルールを!」

 再度、プレゼンに復帰。もう一度、幻想郷の真っ赤な地図が映される。

「その結果、お気楽な遊びが好きな妖精をはじめ、天狗や紅魔館、永遠亭などなどの実力者たちにも使っていただけるようになったのです! これぞ、私のサクセスストーリー!」
「……社長。質問があるんですが」
「何かねリグルくん?」
「この、地図で赤くなっていないところは?」

 よくみると、地図の中で3つの場所だけが青く光っている。
 光っているのは、地図の端っこに2つ。それからもう1つがこの会社の位置に対応している。

「いい質問ですねえ。この地点は、旧スペルカード勢力を意味している。そう、幻想郷の3つの政治力。こいつらを倒さなくちゃ、命名決闘法の改正なんてあり得ない」
「霊夢さんや紫さん、か。そうか、反対してくれてたんだ。よかった。この二人なら、そう簡単にやられちゃうわけ……」

 そこまで聞いて、ミスティアが満足げに目を細めた。くすくすと笑い始める始末である。

「な、何がおかしい!」
「残念だよ。とても残念だったね、リグル! もう、手遅れだよ。だって……」

 神社と紫邸と思われる場所に、爆発の効果音付きでドクロマークがつけられる。
 ミスティアが、両腕を広げて高笑いを始めた。

「二人とも、我が社の可愛い妖精に敗れているのだよ。それも、ちょうど今朝のこと。惜しかったね。実に惜しい!」
「妖精……。まさか!?」
「そのまさか。チルノくんと大妖精くんさ! 実は大妖精くん、我が社にそこそこ課金してくれて、好成績を修めている。それで、チルノくんと組ませたらどうかと思っていたのさ」

 おそらく、リグルに知られる前に、二人で一気に霊夢と紫を片付ける作戦だったのだろう。
 だから、ミスティアはリグルから逃げるようにしていたのだろう。この作戦を知られてしまえば、リグルに加勢される恐れがあったからだ。
 偶然でも神社に寄っていればよかったと、リグルは後悔してしまった。だが、今朝は、早くからルーミアに連れられっぱなしだ。偶然の可能性さえ潰れていた。

「さあ、リグル」

 ミスティアの目つきが鋭い。狩りをするときのものだ。
 リグル、反射的に目をそらしてしまう。そらした先にはモニタに映るスライド資料。「ご成長ありがとうございました」と思いっきり誤字ってるのが見えた。

「残りは、あなた一人だ」

 ミスティアが社長椅子からすっくと立ち上がる。
 そのまま、一歩一歩、札束を踏みしめながら近づいてくる。
 リグルの目の前にまで来たかと思うと、彼女の肩をぽんと叩いた。

「私なら、リグルを助けられる」
「……へ?」
「今度は、私が大仏様だよ」

 腰に手をあて、鼻高々なミスティア。
 こんなちんちくりんな大仏は見たことがない。

「きちんとした仕事をして、みんなに感謝されるようになりなさいってね。……好きなことばかりやってまともな仕事もしないで、友だち少なくて、愚痴ばっかり言うリグルを見るの、私、辛いんだよ?」
「うぐぅ!」

 屋台で散々愚痴をこぼしていたリグルのハートに、こうかはばつぐんだ。
 だが、きあいがあれば倒れない。倒れさえしなければ、こっちのターンが回ってくる。

「確かに弾幕は好き。でも、あくまで仕事だよ? 新しく幻想郷に来る妖怪が、弾幕がすごい上手くて、おまけにすごい変態だとするじゃん。そしたら、みんな負けちゃってやばいことになるじゃん。だから、そういう万一の時に備えなくちゃいけないのが、私なんだよ!」
「……ねえ、リグル。私の話、ちゃんと聞いてた? 命名決闘法、改正するんだよ? リグルの頑張ってきた弾幕ルールが、変わるんだよ?」
「もちろん聞いてるけど……。いや、ちょっと待って。まさか、みすちー……!」

 その真意に気づいた瞬間。リグルのつま先から触角の先まで、電気が走った。
 命名決闘法の改正。それには二つの意味があったのだ。
 一つは、仕事をがんばる人に娯楽を提供すること。そしてもう一つは……!

「私の今の仕事を、奪うっていうことなの!?」
「言葉が悪いなあ。確かに、改正するからには、リグルの仕事を我が社が引き受ける予定だよ。でも、リグルは、もっと普通の女の子として働けるんだよ?」
「そ、それじゃあ、お菓子屋さんとか開いちゃっても、いいってこと!?」
「いいんじゃないの? エプロン姿のリグル、見たいな―」
「じゃあじゃあ、ナースとか先生とかリケジョ博士とかハイパーメディアクリエイターとかにもなっていいってこと!?」
「待って待って。なってもいいと思うけど、なれるかどうかは別問題だから!」

 ミスティアが一度、咳払い。乱れに乱れた場の空気を、取り戻す。
 この時ばかりは社長らしい風格だ。金縁眼鏡も様になっている。

「話を元に戻すよ。あとは、リグルの気持ち一つで、命名決闘法の改正が決まる。どうする?」
「ど、ど、どうしよう………?」
「私に聞いてもしょうがないよ。でも、リグル。チャンスだと思って。今までの寂しい生活を変える、チャンスなんだよ」

 ミスティア・ローレライは、大仏様であった。彼女に後光がさしているように見えた。
 リグルに握手を求めて、彼女の腕がゆっくりと伸びる。まさに、救いの手のようだ。
 反論、できない。反論すべきなのかも、分からなかった。
 初心者も上級者も遊べるルール。おまけに、リグルは自分を変えられる。非の打ちどころがない。
 なのに。

「……違う。違うんだ」
「何が、違うのかな? ほらリグル、私につかまって。そうすれば、あなたを助けられる。幻想郷の皆を、助けられる」

 違和感が、残る。さすがは社長、完璧に見える営業トーク。だが、大事なことに対して盲目にさせられている気がするのだ。
 理屈で考えては、相手の言いなりになる。広く情報を集め、直感を信じるんだ。
 ミスティアの目をじっと見つめる。首をかしげて、微笑まれる。だが、頬の筋肉が硬い。わずかに左の頬が高く、対称でない笑顔だ。
 もっと視界を広くとると、ミスティアの翼が少しばかり見える。以前見た通り、しおれたままだ。おじぎばかりしてきたのか、やや猫背なのもわかる。
 ミスティアをぼうっと見つめると、彼女がどんどん、小さくなっていくように見えた。
 後光をエネルギーとして放出し、ミスティアがしぼんでいって、消えてしまうような気がした。
 リグルは、むしろミスティアに手を差し伸べたくなった。

「違うよ。みすちーは、大仏様なんかじゃない」
「うん?」
「みすちーは、みすちーなんだ! あんただって、幻想郷の一員なんだよ!」
「……急に強気ね。何が言いたいの?」

 理屈が通ってなくていい。感覚だけでいい。はったりで、構わない。
 一寸の虫にも五分の魂。虫は、ピンチの時こそ不敵に微笑んだ。

「幻想郷の皆を助けると言ったね。でも、みすちー自身はどうするの?」
「私は、あくまで社会にこーけんするためにいるのです」
「忙しい人も楽しく遊べるって言うけど。みすちーはこんな地下で、楽しく遊べてるの?」
「それは、まあ、遊べてないけど……」
「こんなところに引きこもって、ずっと仕事……。ねえ、寂しい思いをしてるのは、むしろ、みすちーなんじゃないの?」

 その言葉に押され、ミスティアがじりじりと後ずさる。
 軸足が定まらず、くるくると回転して、デスクに手をついた。
 そこに、追い打ち。リグルは一言ずつ、はっきりと自分の決意を宣言する。

「改正案自体は、いいと思う。でもね。皆のためにみすちーが犠牲になるようなら、私は賛成できない」
「なぜだ……。なぜなの……!?」
「だって、皆を助けるためにみすちーが辛い思いするなんて、私が嫌だもん。みすちーは神でも仏でもないよ。私の、友だちなんだから」

 ミスティアの背中と翼が、ぴくりと震えた。
 うなだれたままの彼女は、返事をよこさない。代わりに、肩が不規則に、痙攣し始めている。

「……ふふ」
「み、みすちー?」
「私が、寂しい思いだって? そいつぁ傑作だね! 失笑、嘲笑、苦笑、憫笑、大・爆・笑だよ!」

 突然の高笑い。リグルの耳がきぃんとするほどだ。
 ブリッジするほどに仰け反って、涙が出るほどの高笑い。
 かと思うと、真顔に一転。反り返った姿勢のまま、リグルをじとりと、にらむ。

「言ったよね。私は、あなたと違うの。ちゃんと仕事をしてるから、こんなにもたくさんの友だちに囲まれているんだよ?」
「友だちだって? そんなの、どこに……?」

 仰け反りに仰け反ったミスティアが、重力にまかせて札束の床に倒れ込んだ。
 床一面にばらまかれている紙幣をつかんでは、とろんとした目で見つめている。
 彼女の友だちが、そこにいた。

「私は幸せだよ。お金が、皆に好かれてる証だもん。お金って、ありがとうの印なんだから。ありがとうって思うから、皆、お金をくれるんだよ」
「ちょっと、みすちー……?」
「皆に感謝されてる素敵なお金持ちの人はね。皆よりもっと便利な生活で、もっと心が満たされて、もっと楽しく遊べるべきなんだよ。弾幕だって、そのはずだよ」

 恍惚とした表情を浮かべては、お札に対しキスをする。
 金銭に対して、恋をしているかのように見える。
 ミスティアの異常な精神がさらされる。しかし、リグルは何故か、共感するような、自己嫌悪に陥るような感覚に襲われた。
 その姿は、弾幕でバーチャルな友だちを作った自分と、重なっていた。

「ねえ、リグル。私、間違ってるかな? 私、もっとたくさんの人に感謝されたいの。その証拠を増やしていきたいの。それだけなの!」

 彼女の言葉が、リグルの頭で自動翻訳されていく。
 もっと強くなって、たくさんの人に、認めてもらいたい。リグルが弾幕を始めたのは、そういう素朴な心だった。
 しかし、そう簡単には心は満たされない。ただひたすらに強くなり続け、気が付けば、友だちは弾幕しか残らなかった。
 リグルは、ミスティアと同じだった。報われぬ努力をする仲間だった。ただ、その対象が弾幕か、金かの差でしかない。

「間違ってる、よ。そんなんじゃ、みすちーは救われないよ! 私が、あんたを変える! みすちーもこんな会社も、全部リセットしてやる!」

 その言葉に、ミスティアは驚いたようなきょとんとしたような、まん丸い目をした。
 そして、くすりと、自然な笑みをこぼした。

「……ありがと。でも、今更リセットなんてできない。社員のみんなにがんばってもらって、ここまで発展できたんだもの」
「そう。それじゃあ……」
「交渉決裂といきましょうか!」

 妙にノリノリなミスティアが、しゃっきりと起立。デスクに向かうと、モニターに何やら表示された。
 そこには、大きな文字で「命名決闘法改正選挙バトル」と書かれてある。

「ふふん。こういう時のための計画も、しっかり織り込み済みだよ!」
「そこで決着を付けるってことだね? いいよ。何でもやってやる!」
「いいのかな? そんなこと言って。この時のために、我が社最強の妖精チームを育ててきたのだよ」
「何言ってるの。こういう非常事態のために、私がいるんだから」

 リグルもミスティアも、すっかり乗り気だ。
 うだつのあがらない生活が、変わるかもしれない。
 幻想郷そのものを動かす大異変に関われることに、二人は胸を躍らせていた。
 伝統的な弾幕とミスティアを取り戻すため、リグルが立ち上がる。
 幻想郷の労働者とリグルを救うため、ミスティアが立ち上がる。
 二人の大戦争が、今、始まる。

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