どんどんどん。暴力的にも聞こえるノックの音、儂はそれに聞き覚えがあった。
一人酒を中断し、玄関へと足を運ぶ。
つい最近になってから交流を始めた娘じゃが、その唯一無二の個性と主体性の希薄さに興味を示し、少しちょっかいをかけたのである。
するとまあ面白いことの面白いこと。しかもこの娘自身も面白く、意外な程に懐いてきたので、よく呑みに誘ったりしているのだ。儂としてはこれは珍しく、大抵の奴はどれだけ強かろうが手駒として揃えておきたいと思っている。
だが、子分では無く友人とした方が面白いと思ったのじゃ。娘に話してはいないが、まあ追々知るだろう。その後も儂と友人関係を築けるのか、それもまた面白そうであるのう。
どんどんどん。またノックの音が鳴る。人の家に入る時はノックをしろと教えたのは儂じゃったか一輪じゃったか、覚えていないが余計なことをしてくれた。うるさくてかなわない。
「こころ、入ってもいいぞ」
「とりっくおあとりーと!」
果たしてヘルボーイなりきりセット的な仮面をかぶった友人秦こころは三か月ほどズレた事を叫ぶ。元々どこかズレた奴ではあったが、遂に時間軸までズレてしまったんじゃろうかと仮面を外して額に触ってみる。
うん、熱は無い。
「とりっく?」
小首を傾げるでない巨乳チェック。頭に乗ってる真っ赤な髭面男が非常に似合わないのじゃが、しかし可愛らしい小娘とのギャップが妙なシュールさを呼び起こしておる。
久々に自宅へ遊びに来たと思ったらこの奇行。今日もフルスロットルな小娘じゃ。
「いや、いいんじゃ入れ。……座布団と椅子どっちにするかの?」
「座布団」
奇行の間も常に無表情で、何を考えてるかは分からん。あ、いや面が変わった。割と楽しんどるらしい。
しかしすぐに悲しげな青いオーラに変わり、面も切り替わった。とりっくおあとりーとが通じなかったからじゃろうか。
「マミゾウ」
「なんじゃ」
「とりっくおあとりーと」
諦めずに果敢にチャレンジ。こころは意外と、外の世界でのアルバイトなどは上手くこなせるかもしれない積極性を発揮した。しかしコミュニケーション能力不足、儂なら雇うが儂以外じゃ……下心があるのなら採用するんじゃろうなあ。
ふと脳裏によぎった『イキ狂い巨乳美少女! 快楽に敗れる新入社員の鉄面皮!』なんてタイトルを腹の内に閉まって、今度短くプロットを残してみようかと思案するも、しかし現実さとりのような妖怪や八雲の性悪婆がいるような幻想郷でそんなものを所持出来る勇者はおらんじゃろう。
儂はこころの頭を撫でて、桜色の髪の毛を輪っかにして結んで遊んでみる。
あうあうと無表情のまま狼狽えるこころは、儂が弄った髪の毛を解きにかかる。儂は次にこころの頬をぐにぐにと弄り、説明開始。
「あのなあこころ、今日は何月何日だと思う?」
「二月十四日」
「トリックオアトリートは十月じゃぞ」
こころは数秒間沈黙して、壁にかかった日付表を見てようやく納得してくれた。
そしてまた落ち込んだ。ころころと感情の変わる奴だ、見てて飽きない。こころはヘルボーイの仮面を外して、ちょこんと正座する。
「まあいい機会じゃ、おぬしも付き合え」
「ええー」
無表情のままごねる。意外じゃ、いつもなら素直に応じて泥酔するというのに。
……『酒に流された美少女 泥酔中に快楽調教』ってタイトルが、いやいや待て待て。さっきから儂は酔っているようじゃ。奇怪なタイトルばかり浮かぶのは酒の所為じゃ。
儂は気付けのように強い酒を一杯煽る。ぐうぅ、ハートブレイカ―じゃなくてラクーンブレイカ―とでも名付けた方が良いのう。
こころには普通の酒を手渡す。こいつは言う程酒に強い訳じゃない、あまり強い酒を呑ませると見境なく薙刀で叩っ切ろうとしてしまうので、度数の低い物だけだ。
「……マミゾウがキツイお酒呑んでるときは絡んでくるから嫌」
「どの口が言うか」
するとこころは自分の口を目一杯尖らせてきた。冗談も誰かから教わったらしい。一輪の趣味じゃなさそうじゃから、さしずめ屠自古あたりじゃろう。
こころは儂の差し出した酒を少し口に付けて、すぐに離した。
「今日はどうしたの?」
何故、酒を呑むように促したのか。という意味じゃろう。
儂は胸元からハガキを一枚取り出した。そこには無表情ながらも、口角を吊り上げようと指で引っ張り上げている女性と、体中に包帯を巻いた男なのか女なのかも分からない背の高い怪我人が映っていた。
こころはその二人をしげしげと見つめながら、儂を無表情のまま不思議そうに見る。
「儂の友人じゃよ。……結婚したんじゃと」
何の親切なのか悪戯なのか。以前の儂の住所に届いた物を、なんとあのスキマ妖怪が持ってきた。
儂から発せられる小さな哀愁を感じたのか、こころは酒をぐいっと飲み乾す。
「……付き合うよ」
「スマンの」
「アレ無いの?」
「アレ?」
「みゅからさねぽー!」
「……そんな酒は無いのう」
儂は酒を注ぐ。こころはまたちびちびと酒を呑み始める。
こころが三杯目、儂が五杯ほど飲み乾したころにこころは口を開いた。
「外の話をして」
「外?」
「マミゾウが知ってる、幻想郷の外側の話」
こころが着けた面は真面目な時に着ける面で、鋭い目つきでありながらどこか寂しそうな表情をしている。
「外、なあ」
しょうがないのう。今日はもう現実から逃げる事にするとしよう。
それから儂はいろんな話をした。
千年以上前ににぬえと出遭った話、五百年以上前に狐と出遭った話、二百年前に忘れ去られた英雄と出遭った話、バカげた学校の設立に助力した話、大正時代に戦った義手の男の話、大戦時に噂になっていた超人兵士、三種の神器を揃え近所の主婦のカリスマになった話。
骸骨頭の男の話、とあるホテルでの話、ジェンガとドミノで対決した話、コンビニ袋を被った女子高生と共闘した話、アイドル達の女子寮で食事のおばちゃんをやっていた話、二十年以上姿の変わらないマスターと肌年齢を争った話、眼鏡同盟によっていつの間にか眼鏡親善大使なるものに任命された話、男性御用達の本に昔の友人の子孫が出ておりやるせない気分になった話。
みんなでラクシアを旅した話、冒険の書を上書きしたら全てデータが吹っ飛ぶバグを起こした某RPG三作目を友人達と休むことなく代わる代わる攻略して伝説になった話。
殺人鬼とハンバーガーの不健康性について話し合った話、古書店の幽霊がサッカーボールの女の子に出逢った話、自由の戦士になった少女の話、魔法の秋を観測し続ける男の話、偽物の話、紫の風に吹かれた話。
一晩中みんなでピンクの一頭身で街中を走りまわった話、優しい嘘吐きが死んだ話、儂の友達が死んだ話、笑顔を守る英雄の話、誰もが認める歌姫の話。
どこまでもどこまでも歩き続けて丘の向こう側へと辿り着いた少女の話、欲望に振り回されて最後に欲望を希望に変えた男の話、今もなお光り輝く似非天使の話、悪意を全て根こそぎ奪いさる少女と雷に愛された野生児の話。
そして、ぬえが儂に助けを求めに来た話。
……色々ありすぎじゃね? 気づいた時には朝日が昇っていた。
むしろよく一晩でよくもここまで話しきれたと思ったのじゃが、しかしこころが静かに聞いてくれたお蔭もあるのじゃろう。
喉が痛い。
窓から漏れ朝日が目に刺さり、頭が酷くずきずきと唸る。脳内で一寸法師が飛び跳ねている気分じゃ。思わず杯を卓袱台に叩きつける。
「気分悪いの?」
こころが久しぶりに声を発した。
そう言えば先程から一切正座を崩していない。痺れはせんのじゃろうか。
儂はその足を突っつきたい衝動を抑え、こころの頭を撫でる。
「付きあわせて悪かったの、もう家に帰るといい。待っておれ、今土産を用意す」
「なんで?」
こころは首を傾げる。
「マミゾウ、まだ寂しんでしょう? だからまだ付き合うよ」
「最初は嫌がった癖に」
「つんどら、つんどらごっこ」
「おぬしはいつの間に大地と同化したんじゃ……」
儂は再度自分の座布団に胡坐をかく。頭を掻いて、こころと向き直る。
まだ付き合うと言われても、もう酒は無い。話している間に呑み終わってしまった。
「……ごめん、本当は小鈴に聞いた。様子がおかしいって」
「小鈴?」
あんな小娘に悟られるほどじゃったのか。失態も失態じゃのう。
儂は、儂の友人が映った写真を指差す。その写真はセピアに色褪せていて、長き時代の流れを感じさせる古いものになっていた。
「六十年前の写真じゃよ。もうその二人は死んでおる」
「……そう」
バカバカしい事に、あのスキマ妖怪はこの写真を形見分けとして持ってきおった。悪趣味かとも思ったが、しかしいつものような皮肉も無く立ち去る奴の背中を見たら文句を言う気も失せてしまった。
よく六十年前の写真が残っているものだと感心したが、どうやら儂の後に暮らした者が律儀にも送り返していたようだ。返信した送り主の名前に「光寫眞館」と書かれていた。職業柄、写真に関する事は真面目にならざるを得なかったという事なのじゃろう。
そしてこの二人は死ぬまでずっと保管していたと言うのだ。まったく、引っ越した事さえ伝える事の無かった薄情な友人のことなど忘れてしまえば良かったのじゃ。
本当に、バカな女じゃ。
「マミゾウ、私のお父さんの事知ってる?」
「……父親、はて親権を争っておったあの宗教家の二人を両親と形容するとしたらどちらが父親なんじゃろうか……」
「ううん、秦河勝。その二人は親じゃないよ」
秦河勝。
儂は記憶の隅から唐突に出てきたその名前を引っ張り出すが、聖徳太子の側近であったことぐらいしか思い出せなかった。
しかしこころは無表情ながら愛おしそうに、その名前を呼ぶ。
「豊聡耳神子は私を物としてしか見ていない、聖白蓮は私をあやかしとしてしか見ていない。私は、付喪神は物でありあやかし」
こころの顔を狐の面が隠す。
「たとえ製造者がどれだけ凄かろうが、私は所有者から強い想いを受けなければ生まれる事は無かった。それだけ河勝は私を大事にしていた、私に愛を注いでくれた
私は秦河勝の娘、秦こころだよ」
それにあんなに仲の悪い両親なんて、虐待みたいなものだよね。とこころは付け足して、声のトーンを一つ落とす。
「マミゾウ、その写真には強い想いと霊力が入り込んでいる。ともすれば付喪神や、何か凄いものに変じてしまうくらいに」
ようやくこころの言いたいことが分かってきた。つまり自分生み出したのと同じくらいの、そのくらいの力を感じるという事なんじゃろう。これがもう少し早く儂の手の内に入っておれば、もしかしたら恐ろしい付喪神へと変異していたかもしれない。
こころは狐の面の隙間から、無表情な視線で射抜くように写真を見る。
「それで、付喪神の先輩であるこころは儂にどうしろと言うんじゃ?」
「マミゾウがその二人に何をしてあげたのか、それは知らないけど。知る必要があるとも思えないけど。……もし生まれてきたら、大事にしてあげて。それだけでいいから」
そうじゃのう。儂はそう言って、小さく頷いた。
あれから、それなりの時間が経ったが結局何も生まれる事は無かった。幾人かの見立てによると、自然消滅的に消えていっているという。少しだけ儂がうぬぼれても良いというなら、儂の許に来る事で満足したのではないか、と推論を立てることが出来るじゃろう。
なれば、儂に覚悟をくれたこころの言葉こそがあの日の贈り物じゃったという事になる。
あの写真は、今は写真立てを購入してその中に納まっている。とは言え表に出しておくにも忍びなく、タンスの中に入った小さな箱のそのまた袋に包んでいるという状況。儂としても情けないが、これはやはり仕方ないと言わざるを得ん。
この幻想郷である。迂闊に出しておくとまた悪いものにくっつかれることもある。彼奴らの想いから自然に誕生したものなら、良い。しかし誰かの悪意によって穢されるというのなら儂は万難を排除して庇護しよう。
じゃとしても、やはり一番に来るのは気恥ずかしいからなんじゃろう。
そりゃあそうじゃ。
生涯唯一騙し損ねた相手の子孫なんぞ、見ていて気分の良いもんじゃないわい。
なんての。
一人酒を中断し、玄関へと足を運ぶ。
つい最近になってから交流を始めた娘じゃが、その唯一無二の個性と主体性の希薄さに興味を示し、少しちょっかいをかけたのである。
するとまあ面白いことの面白いこと。しかもこの娘自身も面白く、意外な程に懐いてきたので、よく呑みに誘ったりしているのだ。儂としてはこれは珍しく、大抵の奴はどれだけ強かろうが手駒として揃えておきたいと思っている。
だが、子分では無く友人とした方が面白いと思ったのじゃ。娘に話してはいないが、まあ追々知るだろう。その後も儂と友人関係を築けるのか、それもまた面白そうであるのう。
どんどんどん。またノックの音が鳴る。人の家に入る時はノックをしろと教えたのは儂じゃったか一輪じゃったか、覚えていないが余計なことをしてくれた。うるさくてかなわない。
「こころ、入ってもいいぞ」
「とりっくおあとりーと!」
果たしてヘルボーイなりきりセット的な仮面をかぶった友人秦こころは三か月ほどズレた事を叫ぶ。元々どこかズレた奴ではあったが、遂に時間軸までズレてしまったんじゃろうかと仮面を外して額に触ってみる。
うん、熱は無い。
「とりっく?」
小首を傾げるでない巨乳チェック。頭に乗ってる真っ赤な髭面男が非常に似合わないのじゃが、しかし可愛らしい小娘とのギャップが妙なシュールさを呼び起こしておる。
久々に自宅へ遊びに来たと思ったらこの奇行。今日もフルスロットルな小娘じゃ。
「いや、いいんじゃ入れ。……座布団と椅子どっちにするかの?」
「座布団」
奇行の間も常に無表情で、何を考えてるかは分からん。あ、いや面が変わった。割と楽しんどるらしい。
しかしすぐに悲しげな青いオーラに変わり、面も切り替わった。とりっくおあとりーとが通じなかったからじゃろうか。
「マミゾウ」
「なんじゃ」
「とりっくおあとりーと」
諦めずに果敢にチャレンジ。こころは意外と、外の世界でのアルバイトなどは上手くこなせるかもしれない積極性を発揮した。しかしコミュニケーション能力不足、儂なら雇うが儂以外じゃ……下心があるのなら採用するんじゃろうなあ。
ふと脳裏によぎった『イキ狂い巨乳美少女! 快楽に敗れる新入社員の鉄面皮!』なんてタイトルを腹の内に閉まって、今度短くプロットを残してみようかと思案するも、しかし現実さとりのような妖怪や八雲の性悪婆がいるような幻想郷でそんなものを所持出来る勇者はおらんじゃろう。
儂はこころの頭を撫でて、桜色の髪の毛を輪っかにして結んで遊んでみる。
あうあうと無表情のまま狼狽えるこころは、儂が弄った髪の毛を解きにかかる。儂は次にこころの頬をぐにぐにと弄り、説明開始。
「あのなあこころ、今日は何月何日だと思う?」
「二月十四日」
「トリックオアトリートは十月じゃぞ」
こころは数秒間沈黙して、壁にかかった日付表を見てようやく納得してくれた。
そしてまた落ち込んだ。ころころと感情の変わる奴だ、見てて飽きない。こころはヘルボーイの仮面を外して、ちょこんと正座する。
「まあいい機会じゃ、おぬしも付き合え」
「ええー」
無表情のままごねる。意外じゃ、いつもなら素直に応じて泥酔するというのに。
……『酒に流された美少女 泥酔中に快楽調教』ってタイトルが、いやいや待て待て。さっきから儂は酔っているようじゃ。奇怪なタイトルばかり浮かぶのは酒の所為じゃ。
儂は気付けのように強い酒を一杯煽る。ぐうぅ、ハートブレイカ―じゃなくてラクーンブレイカ―とでも名付けた方が良いのう。
こころには普通の酒を手渡す。こいつは言う程酒に強い訳じゃない、あまり強い酒を呑ませると見境なく薙刀で叩っ切ろうとしてしまうので、度数の低い物だけだ。
「……マミゾウがキツイお酒呑んでるときは絡んでくるから嫌」
「どの口が言うか」
するとこころは自分の口を目一杯尖らせてきた。冗談も誰かから教わったらしい。一輪の趣味じゃなさそうじゃから、さしずめ屠自古あたりじゃろう。
こころは儂の差し出した酒を少し口に付けて、すぐに離した。
「今日はどうしたの?」
何故、酒を呑むように促したのか。という意味じゃろう。
儂は胸元からハガキを一枚取り出した。そこには無表情ながらも、口角を吊り上げようと指で引っ張り上げている女性と、体中に包帯を巻いた男なのか女なのかも分からない背の高い怪我人が映っていた。
こころはその二人をしげしげと見つめながら、儂を無表情のまま不思議そうに見る。
「儂の友人じゃよ。……結婚したんじゃと」
何の親切なのか悪戯なのか。以前の儂の住所に届いた物を、なんとあのスキマ妖怪が持ってきた。
儂から発せられる小さな哀愁を感じたのか、こころは酒をぐいっと飲み乾す。
「……付き合うよ」
「スマンの」
「アレ無いの?」
「アレ?」
「みゅからさねぽー!」
「……そんな酒は無いのう」
儂は酒を注ぐ。こころはまたちびちびと酒を呑み始める。
こころが三杯目、儂が五杯ほど飲み乾したころにこころは口を開いた。
「外の話をして」
「外?」
「マミゾウが知ってる、幻想郷の外側の話」
こころが着けた面は真面目な時に着ける面で、鋭い目つきでありながらどこか寂しそうな表情をしている。
「外、なあ」
しょうがないのう。今日はもう現実から逃げる事にするとしよう。
それから儂はいろんな話をした。
千年以上前ににぬえと出遭った話、五百年以上前に狐と出遭った話、二百年前に忘れ去られた英雄と出遭った話、バカげた学校の設立に助力した話、大正時代に戦った義手の男の話、大戦時に噂になっていた超人兵士、三種の神器を揃え近所の主婦のカリスマになった話。
骸骨頭の男の話、とあるホテルでの話、ジェンガとドミノで対決した話、コンビニ袋を被った女子高生と共闘した話、アイドル達の女子寮で食事のおばちゃんをやっていた話、二十年以上姿の変わらないマスターと肌年齢を争った話、眼鏡同盟によっていつの間にか眼鏡親善大使なるものに任命された話、男性御用達の本に昔の友人の子孫が出ておりやるせない気分になった話。
みんなでラクシアを旅した話、冒険の書を上書きしたら全てデータが吹っ飛ぶバグを起こした某RPG三作目を友人達と休むことなく代わる代わる攻略して伝説になった話。
殺人鬼とハンバーガーの不健康性について話し合った話、古書店の幽霊がサッカーボールの女の子に出逢った話、自由の戦士になった少女の話、魔法の秋を観測し続ける男の話、偽物の話、紫の風に吹かれた話。
一晩中みんなでピンクの一頭身で街中を走りまわった話、優しい嘘吐きが死んだ話、儂の友達が死んだ話、笑顔を守る英雄の話、誰もが認める歌姫の話。
どこまでもどこまでも歩き続けて丘の向こう側へと辿り着いた少女の話、欲望に振り回されて最後に欲望を希望に変えた男の話、今もなお光り輝く似非天使の話、悪意を全て根こそぎ奪いさる少女と雷に愛された野生児の話。
そして、ぬえが儂に助けを求めに来た話。
……色々ありすぎじゃね? 気づいた時には朝日が昇っていた。
むしろよく一晩でよくもここまで話しきれたと思ったのじゃが、しかしこころが静かに聞いてくれたお蔭もあるのじゃろう。
喉が痛い。
窓から漏れ朝日が目に刺さり、頭が酷くずきずきと唸る。脳内で一寸法師が飛び跳ねている気分じゃ。思わず杯を卓袱台に叩きつける。
「気分悪いの?」
こころが久しぶりに声を発した。
そう言えば先程から一切正座を崩していない。痺れはせんのじゃろうか。
儂はその足を突っつきたい衝動を抑え、こころの頭を撫でる。
「付きあわせて悪かったの、もう家に帰るといい。待っておれ、今土産を用意す」
「なんで?」
こころは首を傾げる。
「マミゾウ、まだ寂しんでしょう? だからまだ付き合うよ」
「最初は嫌がった癖に」
「つんどら、つんどらごっこ」
「おぬしはいつの間に大地と同化したんじゃ……」
儂は再度自分の座布団に胡坐をかく。頭を掻いて、こころと向き直る。
まだ付き合うと言われても、もう酒は無い。話している間に呑み終わってしまった。
「……ごめん、本当は小鈴に聞いた。様子がおかしいって」
「小鈴?」
あんな小娘に悟られるほどじゃったのか。失態も失態じゃのう。
儂は、儂の友人が映った写真を指差す。その写真はセピアに色褪せていて、長き時代の流れを感じさせる古いものになっていた。
「六十年前の写真じゃよ。もうその二人は死んでおる」
「……そう」
バカバカしい事に、あのスキマ妖怪はこの写真を形見分けとして持ってきおった。悪趣味かとも思ったが、しかしいつものような皮肉も無く立ち去る奴の背中を見たら文句を言う気も失せてしまった。
よく六十年前の写真が残っているものだと感心したが、どうやら儂の後に暮らした者が律儀にも送り返していたようだ。返信した送り主の名前に「光寫眞館」と書かれていた。職業柄、写真に関する事は真面目にならざるを得なかったという事なのじゃろう。
そしてこの二人は死ぬまでずっと保管していたと言うのだ。まったく、引っ越した事さえ伝える事の無かった薄情な友人のことなど忘れてしまえば良かったのじゃ。
本当に、バカな女じゃ。
「マミゾウ、私のお父さんの事知ってる?」
「……父親、はて親権を争っておったあの宗教家の二人を両親と形容するとしたらどちらが父親なんじゃろうか……」
「ううん、秦河勝。その二人は親じゃないよ」
秦河勝。
儂は記憶の隅から唐突に出てきたその名前を引っ張り出すが、聖徳太子の側近であったことぐらいしか思い出せなかった。
しかしこころは無表情ながら愛おしそうに、その名前を呼ぶ。
「豊聡耳神子は私を物としてしか見ていない、聖白蓮は私をあやかしとしてしか見ていない。私は、付喪神は物でありあやかし」
こころの顔を狐の面が隠す。
「たとえ製造者がどれだけ凄かろうが、私は所有者から強い想いを受けなければ生まれる事は無かった。それだけ河勝は私を大事にしていた、私に愛を注いでくれた
私は秦河勝の娘、秦こころだよ」
それにあんなに仲の悪い両親なんて、虐待みたいなものだよね。とこころは付け足して、声のトーンを一つ落とす。
「マミゾウ、その写真には強い想いと霊力が入り込んでいる。ともすれば付喪神や、何か凄いものに変じてしまうくらいに」
ようやくこころの言いたいことが分かってきた。つまり自分生み出したのと同じくらいの、そのくらいの力を感じるという事なんじゃろう。これがもう少し早く儂の手の内に入っておれば、もしかしたら恐ろしい付喪神へと変異していたかもしれない。
こころは狐の面の隙間から、無表情な視線で射抜くように写真を見る。
「それで、付喪神の先輩であるこころは儂にどうしろと言うんじゃ?」
「マミゾウがその二人に何をしてあげたのか、それは知らないけど。知る必要があるとも思えないけど。……もし生まれてきたら、大事にしてあげて。それだけでいいから」
そうじゃのう。儂はそう言って、小さく頷いた。
あれから、それなりの時間が経ったが結局何も生まれる事は無かった。幾人かの見立てによると、自然消滅的に消えていっているという。少しだけ儂がうぬぼれても良いというなら、儂の許に来る事で満足したのではないか、と推論を立てることが出来るじゃろう。
なれば、儂に覚悟をくれたこころの言葉こそがあの日の贈り物じゃったという事になる。
あの写真は、今は写真立てを購入してその中に納まっている。とは言え表に出しておくにも忍びなく、タンスの中に入った小さな箱のそのまた袋に包んでいるという状況。儂としても情けないが、これはやはり仕方ないと言わざるを得ん。
この幻想郷である。迂闊に出しておくとまた悪いものにくっつかれることもある。彼奴らの想いから自然に誕生したものなら、良い。しかし誰かの悪意によって穢されるというのなら儂は万難を排除して庇護しよう。
じゃとしても、やはり一番に来るのは気恥ずかしいからなんじゃろう。
そりゃあそうじゃ。
生涯唯一騙し損ねた相手の子孫なんぞ、見ていて気分の良いもんじゃないわい。
なんての。
しんみりした雰囲気が良かったです。
マミゾウさんもしかしてレジイフィストして運命の鎖解き放ちます?
次は親分の昔話をノーカットでお願いします