「コストを四点支払い超人能力・防符『タイタンレギオン』発動! これでレームをカバーしつつヨームに命中判定二点上昇の場符を上乗せするのぜ!」
「そしてレームはコストを十二点支払って超人能力・攻符『超人血清の恩恵』を発動、スタミナ三点回復と同時に命中判定に二点補正をかけて、更に使用中の近接武器の威力を五上昇させるわ。……うん、出目は五と六ね。命中二十三よ」
「霊夢さん、さっきから出目が狂いまくってますよ。なんで合計九以下にならないんですか。食らいます」
「イカサマはしてないわよ。その為に白犬をサブマスに添えたんでしょ。ならダメージ総計は諸々の場符と併せて九十二点ね。ガード差っ引いてもボスの体力はもう少ない筈よ」
「まだです。霊夢さんのキャラはカバー透過しただけで、取り巻きを倒してしまいませんとこのターンで勝てません」
「雑魚掃除は早苗と私に任せて頂戴。サクヤのコスト三点とコスト六点棒を消費して超人能力・攻符『アンプル投擲』を使用、勿論中身はポケットの中の沼よ。
これで取り巻きのガードを六点減点、更に魔法攻撃を受ける際に私の魔力点分上乗せ出来るわね。ジョブ:アルケミストだからそんなに高くないけど、これでトドメに出来る筈よ」
「いえいえ、魔力二十点のサポート受けて文句とかありませんよ。サナエはコスト十……、あ二点足りないので魔宝石を割って魔法コストを減らします。では超人能力・魔符『大地神呼応』を宣言。抵抗固定で二十三点です」
「出来るわけないじゃないですか。さあやっちゃってくださいな」
「ありがとうございます。ではダメージ減少無し、『邪神の呪い』で減っていても威力は六十ですから……出目は六、六」
「六ゾロキタ!」「クリティカル来たぜ!」
「うう……なんでこういう時はGMが振って決定なんですか……。うわ、ダメージ倍加ってオーバーキルですよこれ」
「ダメージ計算したら百二十七点ですよ」
「サナエ神か!」
「神です! あ、サナエは神じゃないです! ジョブ:自然魔法使いです!」
「くっ、これで壁役だった取り巻きは完全破壊……せっかくオリジナルモンスターデータ作ったのに……」
「まあ仕方ないでしょうね。実際、一度GMがファンブルしないと私達全滅してたはずですし」
「私のちひゃー……」
「くどい! 早苗の行動は終わったわね。じゃあ最後!」
「決めてください! 妖夢さん!」
「遂に私の出番だ! やっと私の出番だ!」
「石化がようやく解けたからな、思う存分やっちまうといいぜ」
「ではヨームはコスト二十点と運命を六点消費しますよ!」
「あれ、そんなに運命残ってたんですか!?」
「しっかりしなさいよGM。運命徴収使った時にヨーム石化してたでしょ、減るわけないじゃない」
「ああー!? しまった順番逆にしとけばよかった!」
「つまり私だけリソースが有り余ってるんですよ! 超人能力・攻符『トリニティストレイザー』に場符『ブレイブ・ホープ』攻符『超人血清の恩恵』の効果を上乗せして『タイタンレギオン』の補正で命中二点上昇!
更に英雄能力『極限へと至る愚直』を発動! 常時効果『愚者の剣』の効果を消費した運命分のダイス……6D6上昇させる! 命中判定は二十九点!」
「ぎゃー! 逃げて閣下ー!」
「同じ乱戦じゃ逃げれないぜ」
「回避能力は私の攻撃で使い果たしたはずよね」
「私達の働きで庇える相手もいませんしね!」
「ええ、後はトドメだけ」
「えーと……あ、物理ダメージ二百六十八点です」
「……」
「GMがショックの余り灰になったわ」
「袈裟懸けにばっさり決まったんでしょうね」
「ハイオツカレサマデシター。マサカコンナニゲキテキニブッコロサレルトハグシャノケンオソロシス……」
「GMが死にそうだからサブマス、締めて頂戴」
「はい、ではこれによりにぼしの日記念セッションは終了。経験点は六千三百点に各々のファンブル回数を足してください。報酬はそちらのシートに記載されたアイテムと三万Gとなっております。
皆様の活躍により飛空都市ゲンソウキョウには平和がもたらされました、しかしいつかまた敵が現れるともしれません。次なる敵の脅威に備えるのか、つかの間の平和を愉しむのかは自由です。次回セッションは二週間後、軽い探索シナリオを予定していますので気楽にどうぞ」
「よく言うわ、レベル十五超人の探索シナリオってどこまで行けばいいのよ」
「うーん、とりあえずは悪徳都市ゴッサムですかね。GMの意志次第ですが、未だに起き上がれないようですし」
「じゃあ、楽しみにしてるわ」
「応、お疲れ様だぜー」
「咲夜さん、この後お買いもの行きませんか? もうすぐセールの時間なんですよ」
「勿論よ。一人二袋のイモでしたね。妖精メイドにも行かせてるはずですが、自分でも確保しに行くとしましょうか」
「あ、私も行きます! 神奈子様が今日はカレーが良いと仰られていたのですよ!」
「じゃあ、自分も帰投しますね。途中で影狼さん拾って自分PLのキャラシート作りきってしまいたいですし、幽香さんや一輪さんは時間よりも早く来ますしね」
「……オツカレサマ」
「お疲れ様でした」
◆
部屋の中が急に静まり返る。ふと寂しくなった私は机に残された私のダイスを指ではじいて回す。
出目は一。ふざけているのかこんちくしょう。
何もしないというのは本当に寂しいので、さっさとシートやペンを回収してしまう。今日一日はお休みとは言え、あまりだらだらしていても師匠に対する体裁が悪い。
八雲印のついた小さなケースの中に本や道具一式を片付けてしまい、私は腕を上に伸ばしてぐいっと背筋を伸ばす。ぽきぽきと音が鳴り、私は軽い快感を覚える。
最近流行りのTRPGを覚えてから、暇な日は結構凝っているだけに運動も不足し始めている。仕方ないな、うん。
「うどん」
「あら、伝令兎じゃない。どうしたの?」
「うどんうどんうどん、こっちゃこい」
私は、皆が出て行った障子の向こうから顔を出す小さな兎に呼ばれる。片言しか喋れないが、それでも緊急時の伝令には便利だから伝令兎。
私の名前をうどんで覚えさせたのはてゐだ。こんな微妙な悪戯をするのは奴しかいないし、師匠や姫様ならもっとシャレにならない名称にするだろう。もしかしたら名前ですらなく、おいやお前にされるかもしれない。
夫婦ならいいのだが、他人にまでそう呼ばれ続けてしまうと自己の消滅を招きかねない。名前は大事なのだ。
ぽてぽてと揺れる兎の尻尾を眺めながら、私は今日の晩御飯のご飯が炊けてないことを思い出した。お昼に姫様が『私は卵かけごはんクイーンになる!』と謎の宣言をして食べきられてしまい、空っぽにしてしまったのである。
「うどんうどん」
私はいつの間にか兎が止まった事にも気付かずに、とてとてと歩き続けてしまっていたらしい。兎は師匠の部屋の前に止まっていた。兎の頭を撫でてやり、障子を開けて中に入る。
柔らかい感触と共に、目の前が赤と青に染まる。
◆
師匠は私を抱き締めて、声にならない声で呻いている。
これはどうしたことか、いつもの師匠とはまるで違うじゃないかと思っていたら妙に酒臭い。どうもこのお医者さんは昼間から飲み明かしていたようだ。にぼしの匂いもする、つまみにしていたのだろう。
……確かこのお酒は狸経由で貰った酒の筈だ、一度呑んだから覚えている。
師匠からは酒とにぼしと薬品が混ざり合ったような、奇怪な匂いが発せられている。しかし私は、この匂いも嫌いではなかった。
「師匠」
私は師匠の胸の中で声を出す。どうやら少し浮きながら抱き着いて来たらしく、ふらふらする。
師匠は私の声がこそばゆいのか、身をよじらせて抱き着く力を強くしてきた。
その度に匂いが増幅されて、私は師匠の存在をより強く感じる。圧力以上に、匂いで感じる。ちょっと理性が危うくなってきたが、そこは我慢である。
後ろ手に障子を閉める。てゐ辺りに見つかったらうるさいだろうと思った。
しかし師匠はそれを何かの合図と思ったのか、私を解放し……強く強く唇に吸いついて来た。
濃厚なアルコールの匂いが私の口の中に充満し、脳髄を快楽で満たしていく。
師匠が舌を滑らしてきた。ねっとりと動く一匹の生物は、私の口の中にいるもう一匹を凌辱しようと捕まえにかかる。咄嗟に抵抗しようとしたが、師匠は両手で私の服のボタンを外しにかかってきたので、私の両腕はそれを止める事しか頭に無くなり、口腔内の蹂躙をあっけなく許してしまった。
やだ、待って。そう言おうとしても、口は既に支配されている。甘い蹂躙が三十秒も続いた頃だろうか、私は師匠にスカート以外は全て下着という姿にさせられていたが、体重を前に押し倒す事で師匠と口を話すことに成功する。
畳の上に倒れ込み、体を起こそうとしてもアルコールの所為かとても不器用にぎこちなく動く師匠は、先程まで私の口腔内を凌辱していた人物と同一とは思えない。
しかし私は起き上がろうとする師匠に馬乗りになり、起き上がる事を拒絶する。
師匠は暫くの間もぞもぞと蠢いていたが、急に泣き出してしまった。
これも酒の魔力だろうか、そう思って私は床に落ちていた酒瓶を眺めると、そこにはハートブレイカ―と書いてあった。参ったな、多少のうわばみ程度なら一瓶で潰せるような化物アルコールだ。ザルだろうが容赦なく溶かし尽くす。
これじゃあ蓬莱人の師匠でさえ酔ってしまうのも致し方ないのかもしれない。
私は師匠の上から降りて、膝の上に師匠の頭を乗せる。すると師匠は私の顔とは反対方向に顔を背けてしまった。
少しショック。
「ごめんなさい」
一言、消え入りそうな声で師匠が泣いた。泣き声だった。
私は師匠の頭を撫で、師匠の言葉を聞き続ける。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「いいんですよ。いいんです」
私がそう言うと、師匠は泣きながら顔を隠す。
頭を撫でる。さらさらで銀に光る美しい髪、これは月光の輝きだろう。旅人を誘い、狂気を孕んだ月光の白銀。
私はそんな月光を宿した髪を出来る限り優しく、傷つけないように撫でる。
「寂しかったのよ」
師匠がぽつりと呟いた。それはいつもの師匠の声では無く、どこか死にそうだった。死なない蓬莱人が死にそうなんてどこか滑稽だったけれど。私は笑う気にはなれない。
「凄く、凄く楽しそうなあなたを見て、無性に寂しくなったのよ。私のいないあなたが、とても楽しそうで寂しかったの。一生消えないくらい、あなたを変えたかったの。あなたの中からわたしがいなくならないように」
その懺悔を、疚しいことだと分かっていながら後悔する事さえ許されない懺悔を私は聞いていた。
ちゃんと聞こえている。
「分からなかったわ。あなたと友達が遊んでいるのを見ると、あなたが私には分からない会話で盛り上がっているのを見ると無性に寂しくなったの。独りきりになってしまったような気分になって。……あなたは酷いわ、ひどい。残酷よ」
「あなたは私を変えてしまったというのに、私はあなたがいないとこんなにも苦しくなってしまうというのに、どうしてあなたは変わってくれないの。私だけを置いてけぼりにして、きっとあなたは逝ってしまうのね。残酷よ、とても残酷」
師匠はそう言って、また泣き始めてしまった。思いの外酒の魔力は強く、いつも気丈で美しい師匠から年齢だけを吹き飛ばしてしまったようだ。まるで童女のように泣きじゃくる師匠を見て、私は一つだけ決心する。
決心と言うにはあまりに救いの無い、そんなものだったが。
「師匠、私はちゃんと変えられてしまっていますよ。師匠、私はあなたがいないと生きていられないくらいには。いつだって心の底にあなたがいて、あなたをちゃんと愛しています。それはもう、あなたがいないのなら死んでいられないぐらい」
師匠はその言葉を聞いて、瞼を閉じる。
私は師匠の頭を上げて、軽く口づけをした。
そして私は師匠の頭を折り畳んだ座布団の上に乗せると、立ち上がって伸びをする。ぽきぽきと体が鳴って、軽い快感が生じる。
「……どうしたの?」
師匠は私を見て、突然の行動に驚く。私はその疑問に短く答える。
「EFの300」
師匠はその言葉を聞くと、体を起こそうとする。声を荒げて私を呼ぶ。
「ダメよ……! ああ優曇華お願い、か、考え直して!」
しかし私は止まらない、障子を開けてゆっくりと歩き出す。私は決意してしまった。
戻ってきたら遠慮なく愛し合おう、師匠の口づけに応えよう。もしかしたら怒るかもしれない、私を拒絶するかもしれない。
まあいい。時間はいくらでもある。いくらでも増えるだろう。
それこそ、永遠に。
「そしてレームはコストを十二点支払って超人能力・攻符『超人血清の恩恵』を発動、スタミナ三点回復と同時に命中判定に二点補正をかけて、更に使用中の近接武器の威力を五上昇させるわ。……うん、出目は五と六ね。命中二十三よ」
「霊夢さん、さっきから出目が狂いまくってますよ。なんで合計九以下にならないんですか。食らいます」
「イカサマはしてないわよ。その為に白犬をサブマスに添えたんでしょ。ならダメージ総計は諸々の場符と併せて九十二点ね。ガード差っ引いてもボスの体力はもう少ない筈よ」
「まだです。霊夢さんのキャラはカバー透過しただけで、取り巻きを倒してしまいませんとこのターンで勝てません」
「雑魚掃除は早苗と私に任せて頂戴。サクヤのコスト三点とコスト六点棒を消費して超人能力・攻符『アンプル投擲』を使用、勿論中身はポケットの中の沼よ。
これで取り巻きのガードを六点減点、更に魔法攻撃を受ける際に私の魔力点分上乗せ出来るわね。ジョブ:アルケミストだからそんなに高くないけど、これでトドメに出来る筈よ」
「いえいえ、魔力二十点のサポート受けて文句とかありませんよ。サナエはコスト十……、あ二点足りないので魔宝石を割って魔法コストを減らします。では超人能力・魔符『大地神呼応』を宣言。抵抗固定で二十三点です」
「出来るわけないじゃないですか。さあやっちゃってくださいな」
「ありがとうございます。ではダメージ減少無し、『邪神の呪い』で減っていても威力は六十ですから……出目は六、六」
「六ゾロキタ!」「クリティカル来たぜ!」
「うう……なんでこういう時はGMが振って決定なんですか……。うわ、ダメージ倍加ってオーバーキルですよこれ」
「ダメージ計算したら百二十七点ですよ」
「サナエ神か!」
「神です! あ、サナエは神じゃないです! ジョブ:自然魔法使いです!」
「くっ、これで壁役だった取り巻きは完全破壊……せっかくオリジナルモンスターデータ作ったのに……」
「まあ仕方ないでしょうね。実際、一度GMがファンブルしないと私達全滅してたはずですし」
「私のちひゃー……」
「くどい! 早苗の行動は終わったわね。じゃあ最後!」
「決めてください! 妖夢さん!」
「遂に私の出番だ! やっと私の出番だ!」
「石化がようやく解けたからな、思う存分やっちまうといいぜ」
「ではヨームはコスト二十点と運命を六点消費しますよ!」
「あれ、そんなに運命残ってたんですか!?」
「しっかりしなさいよGM。運命徴収使った時にヨーム石化してたでしょ、減るわけないじゃない」
「ああー!? しまった順番逆にしとけばよかった!」
「つまり私だけリソースが有り余ってるんですよ! 超人能力・攻符『トリニティストレイザー』に場符『ブレイブ・ホープ』攻符『超人血清の恩恵』の効果を上乗せして『タイタンレギオン』の補正で命中二点上昇!
更に英雄能力『極限へと至る愚直』を発動! 常時効果『愚者の剣』の効果を消費した運命分のダイス……6D6上昇させる! 命中判定は二十九点!」
「ぎゃー! 逃げて閣下ー!」
「同じ乱戦じゃ逃げれないぜ」
「回避能力は私の攻撃で使い果たしたはずよね」
「私達の働きで庇える相手もいませんしね!」
「ええ、後はトドメだけ」
「えーと……あ、物理ダメージ二百六十八点です」
「……」
「GMがショックの余り灰になったわ」
「袈裟懸けにばっさり決まったんでしょうね」
「ハイオツカレサマデシター。マサカコンナニゲキテキニブッコロサレルトハグシャノケンオソロシス……」
「GMが死にそうだからサブマス、締めて頂戴」
「はい、ではこれによりにぼしの日記念セッションは終了。経験点は六千三百点に各々のファンブル回数を足してください。報酬はそちらのシートに記載されたアイテムと三万Gとなっております。
皆様の活躍により飛空都市ゲンソウキョウには平和がもたらされました、しかしいつかまた敵が現れるともしれません。次なる敵の脅威に備えるのか、つかの間の平和を愉しむのかは自由です。次回セッションは二週間後、軽い探索シナリオを予定していますので気楽にどうぞ」
「よく言うわ、レベル十五超人の探索シナリオってどこまで行けばいいのよ」
「うーん、とりあえずは悪徳都市ゴッサムですかね。GMの意志次第ですが、未だに起き上がれないようですし」
「じゃあ、楽しみにしてるわ」
「応、お疲れ様だぜー」
「咲夜さん、この後お買いもの行きませんか? もうすぐセールの時間なんですよ」
「勿論よ。一人二袋のイモでしたね。妖精メイドにも行かせてるはずですが、自分でも確保しに行くとしましょうか」
「あ、私も行きます! 神奈子様が今日はカレーが良いと仰られていたのですよ!」
「じゃあ、自分も帰投しますね。途中で影狼さん拾って自分PLのキャラシート作りきってしまいたいですし、幽香さんや一輪さんは時間よりも早く来ますしね」
「……オツカレサマ」
「お疲れ様でした」
◆
部屋の中が急に静まり返る。ふと寂しくなった私は机に残された私のダイスを指ではじいて回す。
出目は一。ふざけているのかこんちくしょう。
何もしないというのは本当に寂しいので、さっさとシートやペンを回収してしまう。今日一日はお休みとは言え、あまりだらだらしていても師匠に対する体裁が悪い。
八雲印のついた小さなケースの中に本や道具一式を片付けてしまい、私は腕を上に伸ばしてぐいっと背筋を伸ばす。ぽきぽきと音が鳴り、私は軽い快感を覚える。
最近流行りのTRPGを覚えてから、暇な日は結構凝っているだけに運動も不足し始めている。仕方ないな、うん。
「うどん」
「あら、伝令兎じゃない。どうしたの?」
「うどんうどんうどん、こっちゃこい」
私は、皆が出て行った障子の向こうから顔を出す小さな兎に呼ばれる。片言しか喋れないが、それでも緊急時の伝令には便利だから伝令兎。
私の名前をうどんで覚えさせたのはてゐだ。こんな微妙な悪戯をするのは奴しかいないし、師匠や姫様ならもっとシャレにならない名称にするだろう。もしかしたら名前ですらなく、おいやお前にされるかもしれない。
夫婦ならいいのだが、他人にまでそう呼ばれ続けてしまうと自己の消滅を招きかねない。名前は大事なのだ。
ぽてぽてと揺れる兎の尻尾を眺めながら、私は今日の晩御飯のご飯が炊けてないことを思い出した。お昼に姫様が『私は卵かけごはんクイーンになる!』と謎の宣言をして食べきられてしまい、空っぽにしてしまったのである。
「うどんうどん」
私はいつの間にか兎が止まった事にも気付かずに、とてとてと歩き続けてしまっていたらしい。兎は師匠の部屋の前に止まっていた。兎の頭を撫でてやり、障子を開けて中に入る。
柔らかい感触と共に、目の前が赤と青に染まる。
◆
師匠は私を抱き締めて、声にならない声で呻いている。
これはどうしたことか、いつもの師匠とはまるで違うじゃないかと思っていたら妙に酒臭い。どうもこのお医者さんは昼間から飲み明かしていたようだ。にぼしの匂いもする、つまみにしていたのだろう。
……確かこのお酒は狸経由で貰った酒の筈だ、一度呑んだから覚えている。
師匠からは酒とにぼしと薬品が混ざり合ったような、奇怪な匂いが発せられている。しかし私は、この匂いも嫌いではなかった。
「師匠」
私は師匠の胸の中で声を出す。どうやら少し浮きながら抱き着いて来たらしく、ふらふらする。
師匠は私の声がこそばゆいのか、身をよじらせて抱き着く力を強くしてきた。
その度に匂いが増幅されて、私は師匠の存在をより強く感じる。圧力以上に、匂いで感じる。ちょっと理性が危うくなってきたが、そこは我慢である。
後ろ手に障子を閉める。てゐ辺りに見つかったらうるさいだろうと思った。
しかし師匠はそれを何かの合図と思ったのか、私を解放し……強く強く唇に吸いついて来た。
濃厚なアルコールの匂いが私の口の中に充満し、脳髄を快楽で満たしていく。
師匠が舌を滑らしてきた。ねっとりと動く一匹の生物は、私の口の中にいるもう一匹を凌辱しようと捕まえにかかる。咄嗟に抵抗しようとしたが、師匠は両手で私の服のボタンを外しにかかってきたので、私の両腕はそれを止める事しか頭に無くなり、口腔内の蹂躙をあっけなく許してしまった。
やだ、待って。そう言おうとしても、口は既に支配されている。甘い蹂躙が三十秒も続いた頃だろうか、私は師匠にスカート以外は全て下着という姿にさせられていたが、体重を前に押し倒す事で師匠と口を話すことに成功する。
畳の上に倒れ込み、体を起こそうとしてもアルコールの所為かとても不器用にぎこちなく動く師匠は、先程まで私の口腔内を凌辱していた人物と同一とは思えない。
しかし私は起き上がろうとする師匠に馬乗りになり、起き上がる事を拒絶する。
師匠は暫くの間もぞもぞと蠢いていたが、急に泣き出してしまった。
これも酒の魔力だろうか、そう思って私は床に落ちていた酒瓶を眺めると、そこにはハートブレイカ―と書いてあった。参ったな、多少のうわばみ程度なら一瓶で潰せるような化物アルコールだ。ザルだろうが容赦なく溶かし尽くす。
これじゃあ蓬莱人の師匠でさえ酔ってしまうのも致し方ないのかもしれない。
私は師匠の上から降りて、膝の上に師匠の頭を乗せる。すると師匠は私の顔とは反対方向に顔を背けてしまった。
少しショック。
「ごめんなさい」
一言、消え入りそうな声で師匠が泣いた。泣き声だった。
私は師匠の頭を撫で、師匠の言葉を聞き続ける。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「いいんですよ。いいんです」
私がそう言うと、師匠は泣きながら顔を隠す。
頭を撫でる。さらさらで銀に光る美しい髪、これは月光の輝きだろう。旅人を誘い、狂気を孕んだ月光の白銀。
私はそんな月光を宿した髪を出来る限り優しく、傷つけないように撫でる。
「寂しかったのよ」
師匠がぽつりと呟いた。それはいつもの師匠の声では無く、どこか死にそうだった。死なない蓬莱人が死にそうなんてどこか滑稽だったけれど。私は笑う気にはなれない。
「凄く、凄く楽しそうなあなたを見て、無性に寂しくなったのよ。私のいないあなたが、とても楽しそうで寂しかったの。一生消えないくらい、あなたを変えたかったの。あなたの中からわたしがいなくならないように」
その懺悔を、疚しいことだと分かっていながら後悔する事さえ許されない懺悔を私は聞いていた。
ちゃんと聞こえている。
「分からなかったわ。あなたと友達が遊んでいるのを見ると、あなたが私には分からない会話で盛り上がっているのを見ると無性に寂しくなったの。独りきりになってしまったような気分になって。……あなたは酷いわ、ひどい。残酷よ」
「あなたは私を変えてしまったというのに、私はあなたがいないとこんなにも苦しくなってしまうというのに、どうしてあなたは変わってくれないの。私だけを置いてけぼりにして、きっとあなたは逝ってしまうのね。残酷よ、とても残酷」
師匠はそう言って、また泣き始めてしまった。思いの外酒の魔力は強く、いつも気丈で美しい師匠から年齢だけを吹き飛ばしてしまったようだ。まるで童女のように泣きじゃくる師匠を見て、私は一つだけ決心する。
決心と言うにはあまりに救いの無い、そんなものだったが。
「師匠、私はちゃんと変えられてしまっていますよ。師匠、私はあなたがいないと生きていられないくらいには。いつだって心の底にあなたがいて、あなたをちゃんと愛しています。それはもう、あなたがいないのなら死んでいられないぐらい」
師匠はその言葉を聞いて、瞼を閉じる。
私は師匠の頭を上げて、軽く口づけをした。
そして私は師匠の頭を折り畳んだ座布団の上に乗せると、立ち上がって伸びをする。ぽきぽきと体が鳴って、軽い快感が生じる。
「……どうしたの?」
師匠は私を見て、突然の行動に驚く。私はその疑問に短く答える。
「EFの300」
師匠はその言葉を聞くと、体を起こそうとする。声を荒げて私を呼ぶ。
「ダメよ……! ああ優曇華お願い、か、考え直して!」
しかし私は止まらない、障子を開けてゆっくりと歩き出す。私は決意してしまった。
戻ってきたら遠慮なく愛し合おう、師匠の口づけに応えよう。もしかしたら怒るかもしれない、私を拒絶するかもしれない。
まあいい。時間はいくらでもある。いくらでも増えるだろう。
それこそ、永遠に。
後半の展開は恐ろしく急なため、これをせっかく用意した前半のシーンで暗示する仕掛けにしたら良かったかもしれません。あるいは私が気づかなかっただけかもしれませんが。
自分だけだろうか
鈴仙はお薬飲みに行ったのか…
蓬莱の薬の何かを暗示させてるのは分かるが、何かのネタでもあるの?