【 epilogue 】
昼間の診療所。
大天狗が入院している一室に椛は訪れた。
「お元気そうでなにより」
「モミちゃん?」
ベッドの隣のイスに座る。
大天狗は読んでいた新聞を畳んで膝の上に置いた。
「ここまだ面会謝絶中じゃなかった?」
聞いた話しでは、明日からようやく面会可能だったはずと疑問に思う。
「従者さんが特別に通してくださいましたよ。大人しく寝てるより私と話した方が元気になると言って」
「わかってるわね」
「防刃腹巻、巻いてなかったんですか?」
「あれ着ると太って見えるから嫌なのよね」
「見てくれを気にして死んでは元も子もないでしょうに」
「何言ってるの。ファッションは命がけよ? 文ちゃんやはたてちゃんだって、真冬でもスカートじゃない?」
「はいはいそうですか」
いつも通りの大天狗様だ、と椛は安堵と呆れの混じった溜息を吐いた。
「私がこうなって、世間は騒がしくなってる?」
「そこは天魔様が上手く誤魔化してますよ。現在大天狗様は失恋して自棄酒をしたことによる急性アル中ということになっています」
「それはそれで嫌なんだけど」
「結構な量の附子が塗られてたみたいですけど。なんでそんなにピンシャンしてるんですか?」
矢の毒がトリカブトによるものだと判明し、可能な限りの最適な処置を施せたとはいえ、あまりの回復の早さに医者は舌を巻いていた。
「やっぱりデカイってのは、それだけ生命力があるってことなんでしょうね」
「そもそもデカくなかったら当たってないわよ。本当にデカイって損ね」
「そうですか? 私は憧れてましたけどね。大きな体に」
「そう?」
「幼少の頃によく虐められてまして『自分も体が大きかったら虐められないのに』と、いっつも思ってましたよ」
「…」
「まぁあの頃は食べる物もそんなにありませんでしたし、私自身、大きくなる素質もなかったようなので、今も変わらずチビのままですが」
「…」
困ったように笑う椛。そんな彼女になんと言っていいかわからず、大天狗は喉を詰まらせる。
「で、賊の目星はついてるんですか? ひょっとしてもう裏で始末済みだったりします?」
「あーそれなんだけどねぇ」
大天狗は天井を眺めつつ頬を掻く。
「別にいいわ、探さなくて犯人」
「なんでまた? やり返すのが信条の貴女が。まさか本当に腑抜けになっちゃんですか?」
「私を襲った奴等の目、本気で私を恨んでる目だった」
「私怨で襲ったってことですか?」
「多分さ、どこからか保守派の情報を聞きつけて、そのどさくさに紛れて私に復讐しようとしたんだと思う」
矢が射られた腹を撫でる。
「ここに刺さった矢はね。私が昔、誰かを殺そうとして放った矢だったのよきっと。それが巡り巡って私に返ってきた。それだけ」
「許しちゃうんですか?」
「許すもなにも、身から出た錆ってやつよ。因果応報ってやつ?」
「被害者である貴女がそう言うんなら、私からは何も言いません。むしろ仕事が減って助かります」
「…」
「どうしたんですか?」
突然、膝を抱えて体を丸めた大天狗を見て。椛は怪訝な顔をする。
「あいつ等に囲まれた時にさ、一瞬だけ『この中にモミちゃんがいるかも』って思ったのよ」
「私が?」
「うん。だってまあ、モミちゃんには色々とさせてたし」
「大天狗様に挑むなんて、不死身になったってやりませんよ」
「もしあそこ居合わせたのが、はたてちゃんじゃなくてモミちゃんだったら、私が刺されて動けなくなった時、どうしてた?」
「さっきからなんなんですか貴女は? ひょっとして『私は貴女様の味方です』とでも言って欲しいんですか?」
「逆よ逆。『私なんて死ねば良かった』って思ってるのかなーって?」
「思うわけないじゃないですかそんな事」
「明確には思って無くても、心のどこかでそれを望んでるハズよ」
「まったく」
椅子から立ち、大天狗の胸倉を掴み、顔を寄せる。
「貴女がお望みなら、本当に言ってあげましょうか? 腹の底からたっぷりと感情を篭めて」
まつ毛が触れ合うような距離。犬歯をチラつかせながら、一文字一句しっかり耳に残るようにゆっくり言った。
「あ、う…」
「早くご指示を」
「やっぱりいいや。モミちゃんにそんなこと言われたら、多分、耐えられない」
言われたい半分、言われたくない半分。そんな複雑な心境なのだろうと椛は推察する。
「怪我すると、流石の大天狗様も弱気になっちゃうんですね」
「本当、やあねぇ怪我って。気が滅入っちゃうわ」
丸めていた体を開放し、ベッドで伸びをする。
「こっちはあの腕力馬鹿を返り討ちにしてやったっていうのに、貴女がこんな体たらくじゃ困りますよ」
「え? なに? そういえばどうしたの生傷だらけで?」
「それではこれで」
無視して病室を出る椛。
「おーいモミちゃん?」
病室の戸を閉まるまであと僅か数センチという所で一旦手を止めた。
「現場復帰するならさっさとしてください。長期療養されるようでしたら早く代理を立ててください。あなたの承認がないと落ちない経費とかたくさんあるんですから」
それだけ言うとピシャリと閉めきった。
次に椛は、大天狗がいる診療所とはまた別の診療所へやってきた。
当直の医者に用件を話して、見舞いの許可を取り付けてから病室に入る。
「どうも」
「…椛」
「刺されて崖から落ちたのに明日には退院とは、あなた本当は河童が作ったカラクリなんじゃないですか?」
大天狗の病室を見たせいか、部屋の造りが質素に見えた。
「お昼まだなんで、貰ってもいいですか?」
差し入れで置いてある饅頭の包みを手に取った。
他にも色々とあったが、それが一番美味しそうだった。
「俺一人じゃ食いきれん。好きにしろ」
「ありがとうございます」
礼を言ってから椅子に座り、饅頭を素手で掴んで口に頬張る。
「美味しいですねこれ、どこで売ってるんですか?」
「なぜ俺をあの時殺さなかった、いや、そもそも何故俺が襲ったことを上に報告しない?」
「私と貴方は戦ってなんていません。貴方は行き過ぎた鍛錬により負傷してしまいここに担ぎ込まれた。それが全てです」
なぜか世間で彼の怪我はそういうことになっていた。
椛がそういうことにした。
「俺はお前を殺そうとしたのだぞ」
「私だってそのつもりでした。殺して事故に見せかけてしまおうと思ってました」
「では何故そうしなかった?」
「にとりに感謝してください」
直前でにとりと交わした言葉を思いださなければ、今頃は彼の葬式に参列していた。
「私にとっても、貴方にとっても彼女は命の恩人です」
ボロボロの姿でにとりの前に戻った時、体の水分が全部出るくらい泣かれた。
落ち着かせるのに半日も費やした。
「にとりにお礼と謝罪をお願いします」
「わかった」
「ちなみに、貴方を発見してここまで担いだのはウチの部隊の連中です。後日、菓子折りの一つくらい持ってきても罰は当たりませんよ」
「是非、そうさせて貰う。思えば、壊した木刀もまだ弁償していなかった」
椛の伝えたいことはそれだけだった。
長居する気などなかったので、椅子から立ち上がる。
その背中に男の声がかかった。
「やはり保守派に入る気にはならないか?」
「ええ、残念ながら」
「俺もお前も、大天狗様が作った組合の数少ない生き残りだ。天狗社会平定のために死に物狂いで戦って、その結末が守矢の奴隷。そんな最期で納得できるのか?」
「それで、保守派についたと?」
「なぜ頑なに拒む? 守矢という疫病を祓うために集まった者達だ。種族間の差別など存在しない一致団結した組織だ」
「その日の晩飯をぼんやり考えながら仲間の死体を跨ぐ時代に逆戻りするのは、もうまっぴらです」
守矢との抗争が勃発すれば、妖怪の山はまたあの頃に戻る。それだけは避けなければならなかった。
「だからといってこのまま何もせず立ち止まっていては、いずれ滅びる。よもや、話し合いで解決するとでも思っているのか?」
「まさか。守矢は潰します。なんとしてでも。ただ、そのためにどんな手段や犠牲も厭わないという貴方達のやり方には賛成できない」
「全面戦争せずして守矢を討つ道などあるものか」
「本当にそうでしょうか? 案外、探せば見つかるかもしれませんよ? 私達が気付いていないだけで」
「変わったな椛。まさかお前の口からそんな前向きな言葉が出るとは。思えば、俺を生かすなど、かつてのお前では考えられない事だ」
「私は変わりませんよ。私は私のままです」
かつて存在していた犬走※※※という名の白狼天狗の少女。
その存在を否定しないためにも、椛はそう答える。
「これは進歩というんです。私は私のまま前に一歩進んだんです。変わっただなんて言わせません」
「屁理屈だな」
「なんとでも言ってください」
男は知らない。かつて後ろ向きだった椛がその一歩を踏み出すのに、どれほどの苦労があったか、どんな思いで文やはたて達がその手を引いたかを。
「それでは私はこれで。あ、今度また喧嘩売ってきたら、その時は腹だけで済ませませんから。にとりが仲裁に入ろうとしてもです」
「肝に銘じておこう」
饅頭の包みをまるごと掻っ攫い、椛は病室を出て行った。
椛が二箇所の見舞いを済ませた頃、文は守矢神社を訪れていた。
「やっぱりねぇ。あの女がアル中なんかで倒れるタマかってんだ」
大天狗が数日前から入院していたという知らせを聞き、文から詳細を聞くために呼びつけたところ、あっさりと真相を知ることができた諏訪子。
「…」
「ん、どうした? 怖い顔なんかして?」
「今回の騒動。どうも守矢神社が糸を引いている気がしてならないんですよ」
はたてと親しい関係にある文は、彼女からたっぷりと事情を聞く事ができた。
その証言をもとに色々と検証した所、守矢からきな臭さを感じずにはいられなかった。
「襲った連中は自らを保守派と名乗っていましたが、どうも嘘くさいんですよね」
「根拠は?」
「これでも顔は広いですからね。保守派に組してる知り合いなんて何人もいます。確認なんていくらでもとれます」
「じゃああの女に恨みを持つのが、それに便乗したってわけかい」
「心当たりが、あるんじゃないですか?」
「変な言い掛かりはやめなよ。証拠もないのに」
「そうですね証拠はありません。ですが」
毅然とした態度で諏訪子の前に立つ。
「天魔様は貴女がたを案じてあの情報を渡すよう私に命じました。もし天魔様の情報を悪用したのなら、天狗として、一人のジャーナリストとして私は貴女達を許さない」
それは準宣戦布告だった。
「許さなきゃどうするのさ? 殴りこみにでも来るかい? ウチの神奈子に一刀両断されておしまいだろうね」
「おや? ご存知ないんですか? ペンは剣より強いんですよ」
「ケッ、言ってろ」
「それではこれで」
会釈もせず、文は石段を下っていった。
文の姿が見えなくなると、諏訪子は社務所に入った。
「外であのカラスとずいぶん話しこんでたみたいだけど、何か楽しいことがあったの?」
「ふざけるな」
諏訪子は跳躍し拳を神奈子に向け突き出す。
それを神奈子は掌で受け止めた。
腕を振って、諏訪子の手を払い落とす。
「何かしら突然? じゃれたいなら早苗の所に行きなさい」
「お前だろ。大天狗を襲うよう仕向けたの」
「ええ。そうだけど?」
「なんでそんな事した」
「保守派が襲ってくるかもしれないから用心しろ? それはつまり襲ってきたら必死に身を守れってことかしら? そんなサンドバッグみたいな真似ゴメンよ」
「だからってあんな手段をとるやつがあるか」
「考えてもみなさい。今回のことで保守派は大人しくならざるを得ない。大天狗も重症で当分こっちの監視が緩む。これを最善手と言わずしてなんていうの?」
自身の行動は正当なものだと主張する。
「ダムの一件で、白狼天狗の怨念に呑まれてこういう事に懲りたんじゃなかったのか?」
「そんな事より、逃げ帰ってきた一人から面白い話が聞けた」
「面白い話?」
「いつも椛達とつるんでいる姫海棠はたてという鴉天狗についてよ。天魔に曾孫がいて、その娘がどうやらソレらしい」
「ふーんそう」
「その口ぶりだと、前から知ってたみたいね」
「それほど詳しくは無いさ。玄孫ってのは初めて聞いたよ」
「はたての母は優秀な術師だったらしい。天魔からも一目置かれ、将来を有望されていた。しかし天魔が紹介した男との縁談を蹴って、どこの馬の骨ともわからない男天狗と一緒になったそうよ」
その間に生まれた子がはたてだった。
「で、怒った天魔に絶縁されたと?」
「天魔側も絶縁を取り消す条件を色々と提示したらしいわ。男と別れろとか、娘を余所に養子に出して自分だけ戻って来いとか」
しかしそれら一切をはたての母は拒否したという。
「旦那ははたてが生まれて二年経った頃に、不幸な事故で亡くなったそうだよ」
「へぇ、じゃあ女手一つで育てたってこと? すごいね」
「はたてが裳着の歳を迎えると、体力を使い切ったかのようにそのまま逝ってしまったそうよ。元々、虚弱体質だったみたいね」
「なんで周囲はそのことを知らないの? 結構なスキャンダルじゃん?」
「天魔の家系は特別な力を持つ者が多く、その力を狙われないように秘匿扱いなんだとか。それもあってか、本人すら気付けない今のような状態になったというわけよ」
「難儀な話しだねぇ」
「さて、ここからが本題」
神奈子は指を二本立てる。
「敵に将来驚異と為り得る若者が現れた場合、取る行動は二つ。篭絡してこちら側に引き込むか、芽が出る前に始末するか」
「自分が何言ってるかわかってるのか?」
「一国を治めていた者の台詞とは思えないね。政治の常じゃない」
「破って良いルールといけないルールがある。こっちが姫ちゃんに手を出せば、天魔は間違いなく早苗に直接手を下す。これは越えたらいけない境界線だ」
「そうね。この件は慎重に扱っていったほうがいいわね」
「私も早苗もお前に付いてく。だから絶対に下手を打つなよ」
「安心おし。常勝無敗の戦神が、敗者の怨念に触れたことで、負けずして敗北を知ることが出来た。守矢の勝利は揺ぎ無い」
それから三日後。
椛が取仕切る哨戒部隊の詰所。
この日、その中は大きくざわめいていた。
「各員、戦果を報告せよ!」
椛の言葉に、部下の一人が敬礼する。
「はい、第一班! 牡丹肉の調達に成功しました! 軽く二頭分はあります!」
「でかした! 次、第二班!」
「はい! 人里の行商から外の世界の貴重品『昆布』と予算が許す限りの魚介類を調達!」
「第三班はどうだ!?」
「野菜、山菜、キノコ。採れるだけ採ってきました! カゴ一杯です!」
「第四班、酒樽買ってきました!! いつでも注げます!」
「それではこれより闇鍋の準備に取り掛かれ!」
「「「はい!!」」」
先日の山童説得に成功した椛の隊は、大天狗から特別手当という形で臨時収入が入った。
この金で何を買おうかと話し合った時、宴会の費用にするという声があがった。
そしてその場の勢いで、なぜか闇鍋になった。
「実は俺、昆布で出汁をとった鍋って初めてなんだ」
「俺も俺も。どんな味がするんだろうな」
流石に大人数ということで、鍋は詰所に四つ置かれており、均等に分かれたて突つくということになった。
「もう少し煮えてから窓を閉めて明かりを消しますよー」
外を見れば、日はすでに沈んでおり、幸いにも月明かりは弱い。
「あ、こいつずるい! 今の内から片目閉じてやがる!」
「馬鹿め。戦いは既に始まっている」
「まったくお前達は、鍋ごときでそんなに浮かれるんじゃない」
言いつつ、特殊なレンズのゴーグルを装着する椛。
「アンタが一番浮き足だってるじゃないですか隊長!」
「最近、視力が落ちたらしくてな。眼鏡というものを…」
「うっそだあ! どう見ても河城の姉御が作った暗視ゴーグルじゃないっすか!?」
詰所の中には、文とはたての姿もあった。
「というかこのイベント、私とはたてがものすごく不利なんですが」
「うん。モグ、私達、モグ、ちょっと鳥目だしね。ゴク」
こくこくと頷くはたて。その手には串焼きが何本も入った袋があった。
「何食べてるんですか?」
「ヤツメウナギ」
「周到ですね」
「どうしよう。もうお腹一杯」
「スクワットでもしてなさい」
話す二人のもとへ隊員がやってくる。
「姐さん達、準備できましたよ。箸持ったらクジを引いて出た番号の鍋の前に移動してください」
こうして闇鍋パーティが始まった。
椛達が暗闇で戦いを繰り広げている頃、天魔は大天狗の病室を訪れていた。
「傷は癒えましたかな?」
「うん大分ね。いい加減お酒が飲みたいわ」
「酒が飲みたいという事は、臓腑が治りつつある証拠ですな」
「でも世間じゃ私、アル中ってことになってるのよね? 退院してから私に酒飲ませてくれる店あるかしら?」
「すまんのう。咄嗟に取り繕うにはそれが一番やりやすかったんじゃ」
「いいっていいって。アル中の前科あるし」
気にするなと、手をパタパタ振った。
「快気祝いはさ、知ってる子だけでひっそりやろうよ」
「そうですな。儂の屋敷で宴会でもやりましょう」
「宴会といえばさ、昔、私が酒の席で鬼を怒らせちゃって、それでボコボコにされた後、裸に剥かれて外に放り捨てられたの覚えてる?」
「ありましたなそんな事」
「そんな私を天魔ちゃんは拾って家で介抱してくれてさ」
「中々起きなかったから、あの時はもう駄目かと思いましたぞ」
「目が覚めた時に腹のところで天魔ちゃんが寝てるのを見た時、本当に嬉しかったなぁ」
その時感じた得難いほどの安心感は、今でも覚えている。
「それが今じゃ、面会可能日から二日も過ぎて見舞いに来るなんて」
「それは申し訳なく思う。事後処理やら何やら追われていて…」
「ああごめん。嫌味でいったんじゃなくてさ、偉くなるのも良いことばっかりじゃあ無いなって」
「左様ですな」
大天狗はベッドに仰向けになると、天魔を見ず、天井をぼんやりと眺めた。
「時々思うのよ。もし私が偉くならなくて、私じゃない奴が大天狗になってたら、そいつは私よりずっと犠牲の少ない方法で今の山を作れたんじゃないかって」
「たらればを挙げればキリがありませんぞ?」
「わかってるけどさ。やっぱり思っちゃうわよ。刺された時に走馬灯見たけど、嫌な思い出しかなかったなぁ」
「大天狗殿。今は楽しいですかな?」
「そりゃあ楽しいわよ。モミちゃんはイジリ甲斐があるし、将来有望な子もいっぱいいるし。ムカつく奴も多いけど、それでも楽しい」
「では今の倍生きて『あの時は楽しかった』と思い出に浸りましょう。ただ今を受け入れること以外に儂達に為す術はない」
「強いね天魔ちゃんは」
「伊達に長く生きておらん故」
「なのに全然背は伸びないんだね」
「それは言わぬ約束であろう」
病室に二人の笑い声が響いた。
「熱かった。誰だ思いっきり鍋を揺らした奴は」
闇鍋パーティも終わり、全員で片付けをした後、夜勤以外の者は家路についていた。
「椛さんなんてまだ良いですよ。私なんて箸で手を掴まれてそのまま噛まれましたからね」
「なんか口の中、石鹸の味がする」
もう次回はやらないと固く誓う三人。
「お酒もほど良く抜けてきたと思いますので、少し真面目な話ししましょうか?」
文がそう切り出した。
それを受けて、二人の面持ちも神妙なものに変わる。
「お二人とも、今回は本当に災難でしたね。椛さんよく生きて帰ってきてくれました。はたてはお手柄でしたよ」
「大したことないです」
「怖かった」
経験の差なのか、性格の差なのか、真逆の反応を示す二人。
「天狗社会は守矢神社の登場で、大きく変わりつつあります。いえ、もう変わってしまったと言っても良いでしょう」
守矢派の登場、活動を再開した保守派、守矢に用があり山を訪れる者たち。
鬼が退き、その後釜として山の大部分を仕切っていた天狗の威光はもはや霞んでしまっている。
「今回の件で二人ともそれぞれ思うところがあり、知りたい事、やらなければいけない事も出てきたと思います」
二人は静かに頷く。
「どうぞ存分に、それに没頭しててください。私はそれを全力でサポートします。動き易いように人脈やら情報やら集めておきます」
「具体的になにするつもり?」
「各勢力に顔を出して、内情を浅く探るつもりです。今の状況じゃ相関図を作るのもままなりませんから」
「八方美人は歓迎されませんよ?」
「二人と違い、組織間を要領良く立ち回るのは得意ですので。私ってなかなか顔が利くんですよ? 山の外で懇意にしてくださってる強い妖怪もいますし」
やがて三人、分かれ道に差し掛かり足を止める。
家の方角的に、ここで三人分かれなければならなかった。
「無茶しないでください。私を勝たせるって約束、忘れたとは言わせません」
「もちろん。覚えてます。ああ、はたて。天魔様に訊きたいことがあるなら、遠慮しないでぶつかっていきなさい。貴女はちょっと図々しくなった方が良い」
「できるかな?」
「それじゃあ、今日はここまでにしましょうか」
ここで切り上げようという空気になった時。
(なんだろうなこの感じ)
今までに無い感覚がして、椛はぼんやりと考えこむ。
「どうしたの?」
動かなくなった椛を心配して、はたてが声をかける。
「何か心配事でも?」
「いえ、別に……あ」
文のその問いかけにより、違和感の理由がわかった。
(そういう事か)
「やっぱり変だよ? 何かマズい物でも食べた?」
「なんでもありません。詰所に忘れ物をしたと思ったら、思い過ごしでした」
「お酒は程々にしなければいけませんよ」
違和感の原因は『不安』。
何かが始まる時、不安がいつも椛の胸中の大部分を占めていた。
しかしそれが今は無い。
今まで常に感じていたモノが無いから、違和感を感じていたのだ。
「お二人とも、今日は来てくれてありがとうございました」
「はい。お疲れ様でした」
「じゃあおやすみー」
「それではまた」
踵を返し、犬走椛は歩き始める。
不思議とその一歩は、今までよりずっと軽やかだった。
まだまだ妖怪の山も激動の時代のようですし、続きも楽しみにさせていただきます。
次も楽しみにお待ちしております。
大天狗様素敵ですぞ。
しかしこれ、まだまだ掘り下げられるね
最初から最後まで夢中になって読めました。
ほんとにもうおもしろかったー!
胸を貸してもらう
女狐ね
グンマー
「保守派」という名前のくせにやっていることは極右青年団体で、日本で言う「保守本流」にあたる主流派に煙たがられているあたりが、妖怪の山政治情勢のプリミティブさを映していてリアリティが出ています。「愛山党」なり「正統派」なりもっとふさわしい名前があるだろうに。
そして、ついに妖怪の山の外、ガイアツが盤上に登場するようですね。話の複雑さが魅力です。
怪力白狼天狗戦も、はたてvs弓天狗もドキドキしながら読めました。
二期ですね、わかります。
山がこれからどう変わっていくのか。展開が楽しみです
あやもみ成分が足りなかったかな(小声)
というかはーちゃん、素で日本原産じゃないですかぁー
2期再開のようでとても楽しみです!今年もよろしくお願いします!
あと早苗さんは癒し
これで今年の楽しみがまた増えましたぞい!
スペルカードのくだりが面白すぎた
しかし、本当に殺さないで済んでよかったと、すっかり感動させられてしまいました。
複雑化する勢力争いと中道を歩む主人公の構図は映画用心棒を思い出しました。
次回もお待ちしとります。
カッコカワイイ。
それはさておき、まだまだ物語は終わらなさそうな予感。
続きを楽しみにしています。
このシリーズがまた新しく始まるようで、とても楽しみにさせていただきます。
大天狗さまは絶対可愛い(確信)
大天狗の心情についてはなんとも言い難い。山のためにやってたことなんだろうけど、それが内部分裂を招いて、引いては守矢に付け入る隙を与えることになってしまった。考えが軟化したことについて、椛が生き残ったのは行幸だった。
ってか、べつに山童のパートは要らなかったんじゃ?w
>>天魔側も絶縁と取り消す条件を
絶縁を?
いつも楽しみにしています(^O^)
はたたんカッケー。
なんだか怪物に覚醒しつつある上に目をつけられた姫ちゃんが今後のキーでしょうか
ごちそうさまです
長文なのにサクサク読めるからこのシリーズは本当に面白い
椛さんの愛されていないという言葉に、深いものを感じました。
もみちゃんに暗視ゴーグル……スコープドッグ=サンか。
ここの河童が可愛すぎて辛い。
椛に幸あれ!
神奈子様には大衆の面前で土下座して詫びていただくくらいはやってもらわないと