Coolier - 新生・東方創想話

歩け! イヌバシリさん vol.10

2014/01/06 02:37:26
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※超絶オリジナル設定注意。
※一部残虐表現有り。



一作目は作品集144
二作目は作品集148
三作目は作品集154
四作目は作品集159
五作目は作品集165
六作目は作品集171
七作目は作品集174
八作目は作品集178
九作目は作品集188 にあります。



【登場人物】

犬走椛:哨戒が仕事の白狼天狗。ようやく隊長に昇格した。一癖も二癖もある部下に手を焼いている。部下からは慕われている様子。
    大天狗とは古くからの付き合い。昔は彼女の下で非公式な任務をこなしていた。

射命丸文:鴉天狗の新聞記者。椛のことを好いている。世渡り上手。椛の隊の詰所に入り浸っている。

姫海棠はたて:鴉天狗の新聞記者。元引篭もり。天魔と血縁関係にあるが本人はそのことを知らない。

大天狗:椛の上司。天狗社会のNo.2。男運が絶望的に悪い。というかそれ以前の問題。

天魔:天狗社会の最高地位。見た目は童女、頭脳は老婆。甘い物に目が無い。いつも自分の身の回りの世話をしてくれる女中には頭が上がらない。







【 episode.1 アウトレイジ 】


大天狗の自室。
この部屋の主は、犬走椛の前でぐったりとしていた。

「昨日の合コンがね、惨敗だったの。珍しく」
「珍しくって、むしろ勝ったことあるんですか?」
「あー、そういえば無いわよねー」

ゆっくり畳に突っ伏す。

「あの、大天狗様?」
「なんでもいいから慰めて!! 励ましの言葉!!」

足をバタつかせ、顔を畳みにつけながら椛にそんなことを要求した。

「そんなこと急に言われましても」
「私の長所を列挙すれば良いのよ! 『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』みたいな!! 遠慮しないで!」
「筋肉はゴリラ、牙は狼」
「燃える瞳は原始の炎…って違う! それ褒めてる!?」
「でも間違いなく大天狗様の長所ですよ?」
「ちがーうのー! 『可愛い』って言葉をオブラートに包んで表現して欲しいだけなのー!」
「面倒くさいなぁ」

いつもなら心の中でそう呟くのだが、今回はとうとう声に出た。

「なんでこう、良い男が見つからないのかしら?」
「『歳は若くて~』とか『高収入で~』とか『高身長で~』とか色々と条件付けて選り好みしてるからですよ」
「やっぱりちょっとは妥協した方がいい?」
「いい加減そうした方がよろしいかと」
「じゃあ年齢はどれくらいまで妥協したら良いと思う?」
「大天狗様でしたら、生後三日から死後一週間くらい広く待ち受けた方が」
「ストライクゾーン広すぎでしょ。染色体がXYならもうなんでも良いレベルじゃん」

その後、適当に『美人だ』『足が長い』『髪に艶がある』と褒めて、機嫌をなんとか取り成した。





「ところでさ、先週やった合同演習でのモミちゃんの部隊の成績についてなんだけど」
「あー」


気まずそうに顔を背ける椛。


「順位、かなり低かったみたいね?」
「面目ないです」
「個としてはそれなりに優秀なのが揃ってるみたいだけど、協調性が無いせいでお互いに足引っ張り合ったかんじ?」
「まったく持ってその通りで。隊員同士の仲は悪くないんですけどねぇ。ははは…」

笑って誤魔化そうとするも、大天狗の視線が痛い。

「やっぱり怒ってます?」

大天狗が人選して出来た隊である。今回の結果は大天狗の顔に泥を塗った形になる。

「んー半分はね」
「半分?」
「問題児の寄せ集めが、順位が低いとはいえ、一応は集団として機能したんだから、そこはちゃんと評価してあげないと」
「大天狗様」
「大変だったでしょうモミちゃん。これ、ささやかだけど私から」

椛の前に封筒を差し出す。

「努力賞よ、これで隊の子達とワイワイやりなさい」
「良いんですか?」
「もちろん。これからも期待してるわよ」

小さく礼をして、封筒を受け取り。中をあらためる。
『指令書 ~チキチキ 第一回 山童つかみ取り大会のご案内~』という字が見えた。

「…」

そっと封を閉じる。

「謀りましたね?」
「別に努力賞が金品とは言ってないし、みんなとワイワイできる内容だし?」
「辞退します」
「もう開けちゃったじゃない? 返品できるの?」
「またこの流れか」

頭を抱え、両肘を畳につける椛。
大天狗から『お礼』という風を装って厄介事を押し付けられるのが、これで何十回目になるのかわからない。

「私が言うのもなんだけどさ、そろそろ学習しなよ?」
「だってあの会話からだと普通に考えて、えーー」
「まぁ隊の皆の絆を深める意味でも受けて頂戴よ」
「こっちだって暇じゃないんですよ。そういうのはお抱えの直属部隊にやらせてください」
「あんな汗臭い連中の集まり、とっくの昔に解体したわよ。だからやってくれない? 特別手当ってことで、報酬も出すからさぁ」
「詰所の鍋とか、据付の生活用品一式が古くて古くて」
「わかったわよ。次の予算に備品代も捻じ込んでおくわよ」
「それで具体的に何をすれば?」
「モミちゃんの、現ナマちらつかせると切り替えが早いトコ、大好きよ」

概要を説明する。

「ずっと前に、この山の麓にだけ滝みたいな勢いで雨が降ったの覚えてる?」
「覚えてますけど、何だったんでしょうねアレは?」
「河童の子が『水鬼鬼神長が~』って言ってたらしいけど、詳細は不明なのよねー」

その雨により、棲家を荒らされた一部の河童は、川を離れて山童(ヤマワロ:川から離れて暮らす河童)になった。
殆どの山童は雨が途絶えるとしばらくして河童に戻ったが、ごく一部はまだ山童として残留していた。

「河童の村長からお願いが来てね、その子たちを説得して連れ戻して欲しいんだって」
「説得ですか?」
「まぁ最悪、ふん縛って連れ戻してもいいみたい。詳しいことは指令書に書いてあるからよろしくね」

指令書を懐に仕舞い、椛は屋敷を後にした。






哨戒部隊詰所。

「以上が、大天狗様からの依頼だ」

帰って来た椛は山童を連れ戻すことを命じられた旨を隊員全員に伝えた。

「わくわくしますね」
「そうだね文」
「なに当たり前のように寛いでいるんです?」

詰所の隅で茶を飲みながら話を聞いていた文とはたてを椛は見る。

「まぁまぁ。私との仲ではありませんか?」
「それで、明日は何時に集合?」

すっかり同行する気でいる二人。

「相手の領地に踏み込むわけですから、何されても文句言えませんよ? そこのところは理解しておいてください」
「良い記事には危険が付き物。わかってますよ」
「はーい」

二人の実力を良く知る椛は、今更ついて来るなと言うつもりは無かった。
どうせ付いてくるのなら、初めから自己責任という形で同行にさせた方が面倒がなかった。

「というわけでお前達。明日はしっかり留守番してるんだぞ」
「え?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

部下達が一斉にざわめきだす。

「俺達に下された任務じゃないんですか?」
「そうだが、お前達では荷が重い。この間の演習でよく分かった。協調性の無いお前達では、かえって足手まといだ」
「見くびらんでください!」

椛にいつも剣の稽古を頼む白狼天狗の青年が立ち上がりそう吼えた。

「演習なんてもんは餓鬼のお遊びで興が乗らなかっただけです! 本気出したらテッペン取れます!!」
「演習すらロクにこなせない連中が実戦で役に立つものか」
「まぁまぁ椛さん。そう邪険にしちゃいけませんよ」

文が二人の間に割って入った。

「今回はその汚名を返上する良い機会ではありませんか?」
「しかしですね」
「良いですか椛さん。円滑な職場環境は信頼によって形作られます。上司である貴女が部下を信頼しないでどうするんですか?」
「この前と同じ轍を踏まれては困ります」
「彼らだって不味かったと実感しています。そうですよね?」

文は座っている部下達の方を向いた。
園児をあやす保母のようなに身を屈め、語りかける。

「お互いの足を引張りあうような真似しませんよね?」
「俺達! 超仲良しです!!」

「単独行動しませんか?」
「足並み揃えます!」

「私語は慎みますか?」
「物音一つ立てません!」

「犬走隊長の命令は?」
「絶対服従!」

「犬走隊、心得!」
「エ、エンジョイ アンド エキサイティング!」
「そういうコト。忘れちゃ駄目ですよ」

「変な心得を作らないでください」

しょうがないという風に頭を掻き、隊員達を見る。

「わかった。文さんに免じてお前達にも協力してもらう」

その直後、詰所の中が一斉に湧き上がった。

「ただ」

しかしそれも一瞬、椛のその一言が再び静寂に引き戻した。

「どんなに強い奴でも、こっそり近づかれて後ろから刺されればそれまでだ。明日はそれが起こり得る場所だと理解しているな?」

全員が押し黙る。
浮き足立っていた隊員全員の気持ちが徐々に平熱に戻っていく。

「私はお前達の命を預かる立場だ、お前達を不用意に煽って無理をさせ、取り返しがつかなくなる事態だけは招きたくない」
「…」

全員この隊に配属されるまで、様々な隊長や上司を見てきた。
上司から無茶な命令を受けて実行し、駄目になってしまった仲間を見た者も少なくは無い。

「僅かでも迷いがある者は残ってもらう。どの道、詰所を無人にするわけにはいかない。何人かは残ることになる」

重苦しい空気が詰所を支配する。

「一人の不安が全体の危機に繋がることだってある。仲間のことを思うなら留守番するべきだ。その選択は、勢いで参加するよりもずっと英断だ」
「…」

隊員たちはしきりに首を振り、お互いの顔を窺い始めた。

(無理もありませんねぇ)

隊員のほとんどが若者と呼ばれる部類である。
昔と違い、これといった外敵も内戦もない穏やかな妖怪の山。
日常の中で小さな諍いに遭遇する場面はあっても、命の危険を感じることなど皆無であった。

「山童の隠れ家を見つけて、そこの長と話をするだけだ。別に私と文さん、はたてさんだけでも…」
「隊長!」

白狼天狗の少女が声を荒げたがそれも一瞬で、彼女はすぐに俯いた。彼女は隊で最も歳の若い白狼天狗だった。
俯きながら口をポソポソと動かした。

「私達だって、もう役立たずと呼ばれるのはまっぴらなんです」

他の仲間達もその言葉に同意するように、椛をまっすぐ見つめゆっくりと頷いた。
及第点だと椛は感じた。

「それじゃあ明日、哨戒当番の者には悪いが午前だけでなく午後も頼む。それ以外の手の空いている者達はついて来てくれ」
「はい!!」

文とはたてを含めた全員が、大きく頷いた。







明日の行動について話し合う。

「向こうに着いたら三人一組で行動。山童に出くわしたら目的を伝えて、隠れ家まで道案内してもらい長に会う」

それで説得に応じてくれるのが理想的な展開だった。
しかし、そう上手くいかないのが現実である。

「向こうは突然の侵略者に殺気立っている。こちらが刺激しなくても危害を加えてくることが十分にありえる。まずいと思ったらすぐ逃げろ」

こちらの方が戦いに長けているとはいえ、地の利は向こうにある。油断はできないということだけは念押しした。
その後、班決め、持ち物の確認、地図による巡回経路のシミレーションを行う。

「話は以上だ。全員、持ち場に戻れ。哨戒がない者は早めにあがってゆっくり休め」
「はい」

解散の後、山の巡回に向かう者。この場に残り山童の対処法の談義を始める者。武器の手入れをする者。非番のため自分の私物を風呂敷に包んで担ぎ帰宅する者。それぞれであった。

(この間の演習でもこれくらいの真剣さでやってくれていればなぁ。上位とまではいかないが、平均点くらいは…)

窓に頬杖をつき溜息を漏らす椛。

「いやぁ明日が楽しみですね」

文が椛の隣に座る。

「助かりました。お陰で部下と拗れずに済みました」

どの道、連れて行く気ではいたが、文のお陰でスムーズに事が進み感謝する。

「お礼なら大天狗様にも言ってあげてください」
「大天狗様、ですか?」
「そうです。きっと椛さんの隊に団結力が欠けているのを見抜いて、この案件を持ち出したのでしょう。椛さんに彼らを押し付けた事への責任を感じているんじゃないでしょうか?」
「だと良いんですけどね」

ここでふと、はたての姿がないことに気付く。

「そういえばはたてさんは?」
「明日の準備で帰りましたよ。なんでも『山童の資料が倉庫にあるはずだから探してみる』と」






はたて宅。

「んーと。子供の頃、この辺でそれっぽいのを見たような」

不要なものを仕舞ったままずっと放置していた押入れを開けて、中のものを次々外に出してく。

「あった。確かこの本が」

古ぼけた表紙を破らないよう、慎重な手付きでホコリを払ってから本を開く。

「………あれ?」

数ページ、目を通してから首を傾げる。
表紙に書かれている題名を見て、これが自分の探している本であることを何度も確認する。

「なにこれ?」

山童の奇妙な生態が、そこには記載されていた。























翌日。詰所前。

「よし、そろそろ行…」
「ごめん! 遅くなった!」

出発する直前、はたてが息を切らせて駆けてきた。

「どうしたんですかはたて? 貴女が時間ギリギリだなんて珍しい」
「本当にごめん。これを遅くまで読んでたから」

色褪せた装丁の本を見せる。
表紙の題字を文はじっと見る。

「『楽しい山童図鑑』?」

昔、幻想郷が干ばつに見舞われた事があり、その際に河童が山童になる事態が起きた。その時に記された書物らしい。

「よくこんな本持ってましたね。かなりのレア物じゃないですか」
「死んだ母さんが持ってたのを思い出して、物置を漁ったら出てきた」

定刻を少しだけ遅れて、一同は山童たちが住む区画へと向かった。











妖怪の山、某所。

「リーダー! てぇへんっスよリーダー!」

迷彩服に緑色のヘルメットを被った少女が、洞窟の中へ飛び込んだ。

「どうしたんだい?」

同じく迷彩柄で、胸に勲章をつけたボブカットの少女が角材をナイフで削りながら返した。

「ちょっ! リーダー! 武器の加工は外でやってくださいって何度言えばわかるんスか!?」
「ここだと集中してできるんだ」
「誰が掃除すると思ってるんスか!」
「君だね」
「リーダーっス! 今週の掃除当番はリーダーじゃないッスか!? ダーツで負けたでしょ!?」
「あれ、そうだったけ?」
「はい。箒とチリトリっス」
「はぁ面倒臭いなぁ。君、チリトリもって」
「ウス……って、こんなことしてる場合じゃないっス!」
「君が振って来たんじゃないか」
「大変なんスよリーダー! 白狼天狗の集団がこの森の近くへ!」
「どうせこの前みたいな測量か何かだろう?」
「とてもそうには見えないんでス。なんか私等の方に一直線に向かってきてるみたいで」
「ふむ」
「リーダー?」

顎に手を当てて考え込む指揮官。しばらくして部下の方を見た。

「ねぇ君。最近のサバイバルゲームは少しばかりマンネリ気味だと思わないかい?」
「言われてみればここ最近のはワンパターンな展開が多いでスね」
「良い機会だ。たまには趣向を変えようじゃないか。敵チームのリーダーに無線で連絡を」
「はい」

トランシーバーを持って戻ってくる。

「あーテステス。僕だ。聞こえますかどうぞ」
『聞こえますどうぞ』
「白狼天狗が大勢この森に入ったのは耳に入ってるねどうぞ」
『入ってますどうぞ』
「それで今日やるサバゲーで新ルールを提案したいんだどうぞ」
『言ってみてどうぞ』
「いつもは僕達がお互いに持ってるポイントの札を奪い合っているが、今回は彼らからポイントを取るというルールにしないかどうぞ」
『具体的にはどうやってポイントを取るのかどうぞ』
「彼らの持ち物に点数をつける。頭襟や下駄なら1ポイント。盾なら5ポイントといった感じだどうぞ」
『面白そうだなどうぞ』
「今日は僕のチームが勝たせてもらうからなどうぞ」
『やってみろどうぞ』
「ところでいい加減、この語尾に『どうぞ』って付けるの止めてもいいかなどうぞ」
『どうぞ』
「それはどっちの意味のどうぞだいどうぞ?」













見晴らしの良い高台を陣取り、椛は草の上に腰を下ろしていた。

「こうして待ってるだけっていうのはどうも性に合いません」
「隊長なんですから、どっしり構えて部下の報告を待ちましょうよ」

この場所を本部として、山童探しに出て行った隊員達の報告を待っていた。
残っているのは椛、文、はたての三人である。

「隊長!」

早速、一組報告に戻ってきた。

「山童に合えたのか?」
「会えたんですがその、急に茂みから飛び出してきてぶつかってきたと思ったら、逃げていったんです」
「お前達は大丈夫だったのか?」
「特に怪我らしい怪我はありません。被害らしい被害といえば頭襟を失くしてしまったくらいですかね」

報告を終えた彼らは再び散策に戻った。
それから続々と山童と接触したという報告が入ってきた。

「爆竹投げてきて、驚いた所を襲われました。怒鳴ったらすぐに逃げていきましたけど」

「目印代わり木に引っ掛けておいたタスキを取られました」

「岩陰から飛び出してきて、組み敷かれたんですが、その際、弁当を盗まれました」

「木で出来た手裏剣投げてきましたね。追いかけたら逃げちゃいましたけど。あ、そういえば私の髪飾りが無い」

「危うく盾を取られそうになりました」

「襲われた際、下駄を失くしてしまいました」

入ってきた情報に三人は首を傾げる。

「びっくりして飛び掛ってきのかな?」
「でもなんだか妙ですね」
「逆にこれだけ衝突したと報告があって怪我人らしい怪我人がでないというのは変です」
「なんか皆、失くしたり取られたって言ってたけど」
「私達の物を奪おうとしてると?」
「奪ったとしも、何のメリットが?」

答えの出ない、不可解な山童の行動に悶々としていると。

「隊長。ようやく一人捕まえました」

戻ってきた一組が、一人の少女を引張ってきた。
大人しくしているため、拘束するような事はせず、とりあえず近くにあった切り株に座らせる。

「うう…不覚っス。こりゃ一ヶ月は掃除当番させられるッス」
「ちょっと聞きたいんですけど。いいですかね?」
「ひゅぁ!?」

椛が山童少女に問いかける。笑顔で、しかし、圧をかけつつ。

「ほ、捕虜の扱いは南極条約に則って…」
「そういうの良いですから」
「はい」

山童の少女は、自分達が椛の部隊を対象にしたゲームで競っていること白状した。

「なるほど。そんな遊戯を。ところで、我々から本気で反撃を受けるとは考えなかったのですか?」
「なんと! その考えは盲点っス!」
「山童ってその場のノリで生きてるんだね」

さっそくその内容は部下に伝達された。



それから一時間後。

「だいぶ捕まえましたね」

収容された山童達を見て文が呟く。

「相手の目的や意図がわかればこちらも動き易くもなりますよ」

捕まえた山童たちは『捕虜収容所』という札がついたロープで囲われた区画の中にいた。
サバイバルゲームの延長なせいか、全員逃げようとせず大人しくしていた。

「隊長ー、またごっそり捕まえてきました!」
「よくやった。引き続き捜索を続けてくれ」
「はい!」

また新たに捕まえてきた山童の中に、胸に勲章をつけた少女が混じっていた。

「参ったね、ここで捕まってしまうとは」
「うおっ! なんでもうリーダーが捕まってるんスか!?」
「逃げ遅れた。というか置いてかれた」
「最初に捕まった私が言うのもなんでスけど、リーダーなんスからもっと粘ってくださいよ!」
「指揮官は頭を使うのが仕事だからね。しょうがないさ」

その会話を聞きつけた椛が二人のもとにやってくる。

「貴女が山童たちの頭領ですか?」
「そうだよ。といっても、仕切っているのはここにいる山童たちの約半数のだけどね。ところで、僕からも質問があるのだけど良いかい?」
「なんでしょう?」
「君達の目的についてだよ」

椛は大天狗を通じて河童の村長から、山童になった者達を連れ戻して欲しいという依頼があったことを話した。

「そうか、村長は僕達のことを心配していてくれたのか。てっきり見捨てられたとばかり」
「戻っていただけますか?」
「僕のチームは構わないよ。もう片方のチームはなんと言うかわからないけど」

「椛ー、また皆が捕まえてきてくれたよー。しかも今回はかなり大勢」

はたてが報告にやってきた。その後ろから部下に誘導された大勢の山童たちがいた。
椛はその中に、もう片方のチームリーダーがいることを祈る。

「新しい捕獲者の中にリーダーはいますか?」
「いや居ないな。しかしソイツ以外はこれで全員揃ったよ」
「ではあとはその方だけを捕らえればいいわけですね」
「だけど奴は厄介だよ。僕達の中で唯一、光学迷彩スーツを持っているからね。きっと景色に溶け込み、すぐ近くで機会を窺っているはずだよ」
「へぇ。そうですか」
「存外落ち着いているね。何か良い手でもあるのかい?」
「これでも河童との付き合いは長いですから。おい、お前達」

今この場にいる部下を呼び出して、円陣を作る。

「例のモノは持ってきているな?」
「はい。ばっちりです」








数分後。

「確保ぉぉぉぉぉぉぉ!!」

棒に付いた紐が引かれると、皿の上に置かれたキュウリの上に、檻のように巨大なカゴが倒れた。
同時に草陰に隠れていた隊員が突入し、カゴを押さえる。

「まだカゴは取るな! 足元にできる影を探せ!」
「不自然な足跡がある! 間違いなくこの中だッ!」

一斉にカゴの中に突入する。
その様子を眺める椛とリーダー。

「僕等は腐っても河童というわけか」
「ここまで上手くいくとは思いませんでしたけど」
「この辺じゃキュウリは余り手に入らないからね。きっと本能に抗えなかったんだろうさ」

「いやあああああああああああ!!」

割れるような高い音が木霊する。

「あー、ちなみにあっちのリーダーも女性だから。手加減してあげて欲しい。ちなみに男性恐怖症だ」
「先に言ってくださいよ」

こうして無事、全員を捕まえることができた。






一時間後。

「どうやらそれなりに楽しかった山童生活も、今日限りのようだ。みんな、帰る準備はできたかい?」
「「「はーーい」」」

リーダーと呼ばれていた少女が、指揮をとり、帰り支度を終わらせた。

「集落まで送ります。我々もこれで任務完了ですし」
「いや、君達の仕事はまだ残っているよ」
「 ? 」

意味ありげに笑うリーダーを椛は訝しむ。

「ここから先に行くと吊橋がある。その先にも山童はいるよ」
「そうだったんですか」
「気をつけることだ。はっきりいって彼らは“異常”だ」
「それは一体?」
「僕の口から彼らの説明は憚られる。さて、そろそろ行こうか皆」
「あの、ちょっと」

説得された山童たちは、河童が住む集落へぞろぞろ帰っていった。





「まだこの先に山童がいるそうです」

自分が聞いた内容を文に告げる。

「そうですか。まあまだお昼前ですし。今日中にはなんとかなるでしょう」
「少し気になったことを言ってまして。そこの連中は普通じゃない、と」
「普通じゃない、ですか?」

「それってひょっとして」
「どうしましたはたて?」
「あ、いや。なんでもない」

隣で聞いていたはたては持って来た本をチラリと見た。

(まさか、ね)

不安を抱えるはたてを余所に、一同は奥へと進んでいった。











彼女が言った通り、少し進んだ先に吊橋があった。
渡り終えた所で一旦止まり、そこで昼食を摂ることにした。
各自が持参した弁当を広げる。

「次は私も出るぞ。やはり踏ん反り返っているのは落ち着かない」
「あ、じゃあ。私達の班が隊長の代わりに本部で待ってます」

普段、帳簿つけ等の事務処理を補佐してくれている白狼天狗の少女が志願した。

「よろしく頼む」
「はい。お任せください」
「本部はここにしようと思う。橋の隣なら人の出入りも把握しやすいしな」
「了解です」

食べ終え、ひと心地つけてから。三人一組になって、それぞれ散り散りになって進む。
椛と一緒に行くのは文とはたてである。





「なんか進んでくほど植物が増えてくね」
「あんまり一人で進んではいけませんよ」
「うん」

奥へ進むほど、林道の手入れが杜撰になっているようで、少しずつ足場が悪くなっていく。

「そういえばはたて、貴女が持ってきた本には、山童はなんと書いてあるのですか?」
「読んでみるね」

はたては鞄から本を出して最初のページを開く。

「えーと『河を離れた河童は山童となる。山童になったばかりの頃は、仲間内で模擬戦争(本物の武器は使わないチャンバラごっこ)をして闘争本能を解消する』」
「そのあたりは今と同じですね」
「『時間が経ち落ち着くと、彼らは河童とはまた違った独自の文化を築き生活する』」
「独自の文化?」
「『また、その文化はさらに派生する。それは多種多様で…」
「はたてさん伏せて!!」
「ふえ?」

読んでいる途中、突然椛に体を引き寄せられた。
すぐ近くの木に、飛んできた槍が突き刺さる。

「何者だ!!」

千里先すら見通す目が、槍が投擲されたであろう場所、数十メートル先の茂みを睨みつける。
そこに投擲したままの姿で制止する人影があった。

「山童………なのか?」

自分達を攻撃してきた者を見て、椛は眉根を寄せた。
衣服は草木をより合わせて作った原始的なワンピース。顔は木を削ってつくった真四角の仮面を被っている。
その者は午前中に会った山童とはかなりかけ離れた姿をしていた。

「なんかすごく原住民なのが出てきたんですけど」
「あれは山童の『先住民』タイプ!!」

本と相手を交互に見たはたてがそう叫んだ。


――――――――――――――――――【 山童図鑑 ≪先住民タイプ≫ 】――――――――――――――――――

文明を捨て、自然を信仰するようになった山童たち。
身体能力が飛躍的に上昇する代わりに、能力の一切を失った。
バンジージャンプすれば一人前の戦士として認められる。
自然を信仰しすぎるあまり、家電製品に触ると家電が勝手に爆発する。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ちょっとはたて! 迷彩服着たアクティブ少女や少年がどうやったらああなるんですか!?」
「文化って常に先に進むものだから」
「石器時代に戻ってるじゃないですか!」
「お二人とも! 今はそんなこと言い合ってる暇はありませんよ!!」

文とはたてに背を向け、盾を前にかざす椛。
直後、あたりの木や茂みが激しく揺れ動きズラズラと様々な装飾の仮面が顔を出す。

「いっぱいいた!!」

恐ろしきは、これだけ接近されていたのに椛が気付けなかったことである。
大勢の中の一人。一番煌びやかな装飾の仮面をつけた者が前に出る。

「…」
「えっと、あの」
「グンマー!!」
「ッ!?」

唐突にそう叫び、三人の肩がビクリと跳ねた。

「イセサキ! マエバシ!」
「あ、あの?」
「アサマヤマー」
「 ?、?、? 」

何を言っているのかまったくわからない。
椛たちに対して何かを主張しているのはわかるが、言葉の意味がまったく理解できない。

「この本によると『自然を信仰するために、今まで持っていた一切の技術と文化を捨てた』って」

小声ではたてが解説する。

「つい最近まで普通に使ってた言葉を捨てる必要がどこに?」
「タカサキ! ナカノジョウ!」
「『お前達、この聖域に何の用だ』だって」
「わかるんですか!?」
「この本に書いてあった」

ページを開く。『サルでもわかる先住民タイプ語講座』という見出しがあった。

「ちょっと読んだばっかりなのに習得できるものなんですか?」
「コツさえ掴めば」
「もうこの際なんでも良いです。はたて、彼らに我々が来た目的を説明できますか?」
「うんやってみる。オオタ、トミオカ、ヌマタ、キリュウ?」
「アガツマ、イワジュク」
「『ここが今の我らの住処だ。干渉するな』だって」
(なんで通じるんでしょうかあれで?)

信じられないと思う文だが、現に意思疎通が出来ているのだから信じるしかない。

「でははたて今度は『河童の村長をはじめとする仲間達が貴女達を心配している。居住区や仕事場はそのまま残してあるからどうか戻ってきてはくれないだろうか?』と伝えてください。出来るだけ真摯に」
「うん。わかった」

こくりと頷いて、彼らの方を見る。

「ア・カ・ギ・ジョ・ウ」

そう呟き、以降は黙りこくった。

「え、あの。はたて?」
「なに?」
「どうして話さないのですか? ひょっとして翻訳できない単語でもありましたか?」
「もう全部伝えたけど?」
「は?」

直後、山童達は一斉に仮面を外し、こぼれる涙を拭い始めた。

「クサツ…、イセサキ…」
「『お前の演説はとても心に響いた。我々は考えを改めよう』だって」
「あの五文字にどんだけ凝縮されているんですか? というか私の指示通りの言葉を本当に伝えたんですか?」
「フジオカ、トネガワ、アサマヤマ」
「『しかし、一度根付いた地をおいそれと離れては大地の神に申し訳が立たない。弾幕ごっこで勝負し、そちらが勝てばその要求を呑もう。戦いに敗れて去るのなら、大地の神も許してくれる』だって」
「根付く程暮らしてないでしょう貴女達。一年も経ってないですよね?」
「弾幕ごっこか。まぁ押し問答や抗争に発展するよりはマシか」

想定していた最悪の事態が避けられたことに安堵する椛。

「というわけで頑張ってください椛さん」
「椛ファイト」
「え?」

文とはたてが一歩下がる。

「私がやるんですか? 弾幕ごっこは文さんやはたてさんの専売特許じゃありませんか?」
「しかしこれは椛さんの隊の任務ですからね。あまり深入りするのは」
「頑張って椛」

椛は弾幕ごっこが不得手だった。嫌いと言ってもいい。スペルカードだって業務上の関係で仕方なく用意したにすぎない。
もしかしたら部下にすら負けるかもしれない。

「くっ、仕方ありません。お手柔らかに」

こうして、実に久しぶりの弾幕ごっこが始まった。




数分後。

「『見事だ。私の負けだ』だって」

なんとか勝利した椛。

「『約束通り、村へ帰ろう』だって」
(帰ったところで適応できるんでしょうか?)

部族達はぞろぞろと吊橋のある方向へと歩いていく。

「…」

最後尾の族長は踵を返す前に、椛をじっと見ていた。

「私に何か?」
「スペルカードタッタ、ニマイトカ、スクネ」
「なんだと?」

族長に歩み寄る椛を二人が押さえる。

「椛さん! 抑えて!」
「良いんだぞゼロ枚で再戦してやっても? なんなら弾幕も無しでやろうか? なぁ?」

こうして、一つの勢力が河童の集落へと帰還した。




「急に他の隊員さんが心配になってきました」
「うん」
「大丈夫でしょう。なんだかんだで頑丈だけが取り得の連中ですから」









さらに進むこと三十分。
先ほどとは打って変わり、平たんな道に三人は出た。

「ん?」

遠くから地鳴りのような音が聞こえた。

「何か近づいてきますね」

前方からで土煙が上がっているのに気付き、目を凝らす。

「ヒャッハー!」
「水とキュウリを寄越しやがれぇ!」

二輪の乗り物に乗った集団がこちらに向かって来ていた。
男の山童はトゲ付きのジャケット。女の山童は真っ赤な特攻服を身に纏っている。

「あれも山童ですか?」
「えーと、あれは確か『世紀末タイプ』」


――――――――――――――――――【 山童図鑑 ≪世紀末タイプ≫ 】――――――――――――――――――

【あらすじ】
199X年。世界は核の炎に包まれることもなかったので、海は枯れなかったし、地は裂けなかった。
あらゆる生物はそれなりに繁栄していた。
しかし、幻想郷は深刻的な水不足に陥ったのでさあ大変。

【特徴】
女や子供が一人でいるとバイクに無理矢理乗せて集落まで届ける。
井戸の前を陣取り、体力の無い子供や老人の代わりに水を汲んであげたり。種もみを奪い、一緒に蒔いてあげたり。
肩のトゲはぶつかっても痛くないようにスポンジで出来ている。
根は優しい。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「石器時代に戻ったり、世紀末だったり、なんなんだコイツら」
「あの乗り物はバイクっていう奴でしたっけ?」

文はにとりの工房で見たことがあった。

「こんな山奥なのに何を燃料にしてるんでしょうか?」
「ペダルを漕いで電気を作ってるみたい」
「意味あるんですかそれ?」

そうこうしている内に軍団が到着した。

「お、お前等、ヒィー、俺たちの縄張りで、ハァー、い、一体、ゼェゼェ、してやがる」

全員、何故か息絶え絶えだった。

「ものすごく疲れてるみたいなんですけど?」

椛がはたてに解説を頼む。

「電動モーターの変換効率は悪いみたい。三回漕いでやっと一メートル進むんだって」
「馬鹿だコイツら」
「でもこんなバイクなら事故の心配も無さそうだし、良いんじゃない?」
「この姿が半分事故みたいなモンですけどね」

呆れながら椛は『総長』と書かれたナンバープレートに跨る山童にここへ来た目的を伝える。

「なにぃ? ゼェーゼェーあたい等に戻れだと?」

特攻服の下にサラシを巻いた少女が苦しそうに言った。

「話すのは息を整えてからで結構ですよ?」
「だ、弾幕ごっこで。ゼェハァ、しょ、勝負だ。それがあたい等の流儀だ」
(また弾幕ごっこだと?)

椛は助けを求めるように二人に視線を送る。

「さっきは私がやりましたし、今度はお二人のどちらかで…」
「椛さんがアヘ顔ダブルピースしてくれたらやってあげます」
「はたてさんお願いします」
「ごめん椛、私もそれちょっと見てみたい」
「くぅぅ」

こうして、本日二度目の弾幕ごっこが始まった。


数分後。

「チッ、あたいの負けか」

なんとか勝利を納めた椛。

「しゃーないね。田舎に帰ってババアの畑でも手伝うか」
(本当だ、根は良い子だ)

出発する直前、族長は振り返り椛を見る。

「おい」
「なんですか?」
「『の』の字とかねーわ」
「んだぁオイ!!」

椛は刀を抜くと同時に彼女らは坂を走り出した。

「のの字の密度舐めるなよ!!」
「追いかけなくていいですから! 次行きましょう次!」

なんとか椛を宥め、先へ進む。








「おかしい。いつから幻想郷は弾幕ごっこが主流になったんだ?」
「ずっと昔からですよ椛さん?」

腑に落ちないという風の椛。
平たんな道を抜けると、そこでいったん森が途切れ、小高い丘が出現した。

「いい景色」
「ピクニックで来ても良さげな所ですね」

そんな時。

「イー!」

奇妙な鳴き声がした。

「今度はなんです?」

顔を上げると、丘の上に複数の黒い影があった。

「「「「イー!」」」」」
「うわっ!? なんか覆面した黒い連中がいっぱい来ましたよ!?」

全身黒の集団は、途中で側転やバック転をしながら接近してきた。

「あれは『秘密結社タイプ』!」

急ぎ、はたてはペーシを開く。

――――――――――――――――――【 山童図鑑 ≪秘密結社タイプ≫ 】――――――――――――――――――

世界征服を企む悪の組織。
最近、悪事を働くには政治家になるのが一番手っ取り早いことに気付き、政治の勉強を始めた。

捕まると、他の動物と合体させられる。
改造後、「○○○(被害者の名前)+△△△(くっつけた動物)ラー」というダサイネーミングで呼ばれる。
福利厚生は意外にしっかりしている。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「イー!」
「きゃっ!?」
「はたて!!」
「はたてさん!!」

そうこうしている内に数名の戦闘員に囲まれて担がれるはたて。

「される! 改造される! このまま怪人に改造されて火星でゴキブリと戦わされる! バッタ系だけは止めてください! 出来れば日本原産で!!」
「落ち着きなさいはたて! なんか色々と混じってます!」

「イー!」

近くにあった岩をずらすと、その下に階段が現れ、その中へ消えていった。

「私達も追いましょうか?」
「そうですね」

「いやああああああ!!」
「あ、帰ってきた」

途中で拘束を振り払い、はたてが舞い戻ってくる。

「ただいま!!」
「おかえりなさい」
「そんなことより私の体どこか改造されてない!? 頭から触覚が生えてたり、足にバーニアが付いてたり…うわっ! 背中から羽が生えてる!!」
「大丈夫、元からです」
「そんなことより追っ手が!」
「ああ、それなら大丈夫です」
「へ?」

自分が飛び出してきた岩の隙間を見る。

「そら」
「イ゛ー!」

穴から這い出てきた戦闘員に椛は掌底で打ち、意識を奪う。
気絶した戦闘員をすぐ脇にどかす。
すると次の戦闘員が顔を出す。

「そら」
「イ゛ー!」

新たに顔を出した戦闘員もまた気絶させる。
地下へと続く通路は狭く、一列になってしか通れないため、前の状況が見えない彼らはそうとは知らずに地上へ出てくる。

「お前が最後か?」

列の最後にいた戦闘員の首に腕を絡ませて絞め落とそうとする椛。
既に椛の周囲には気絶した戦闘員数名が散らばっている。

「イ゛ー! イィィ゛ー!」

椛の手を何度もタップする戦闘員。文もはたても別に審判というわけではないので止めることは無い。
数秒後、ついに腕の中で落ちた。

「椛、その人『降参する』って言ってたよ」
「それもわかるんですかはたて?」
「イーイー!」

また一人、穴から顔を出した。

「なんだ、もう一人残ってたか」

戦闘員は椛が近づこうとすると白旗を上げた。

「イーイ、イー」
「『投降します。首領の私はどうなっても構わないので、部下には手を出さないでくれ』だって」
「首領も同じ格好なんですね」
(ほんと、なんで分かるんでしょうかこの子?)

はたてがここに来た目的を「イー」という謎言語だけで話す。

「イー! イイー!」
「『弾幕ごっこで勝てたならそちらの要求に従おう』だって」
「さっき降伏したじゃないですかコイツ」
「頑張ってください椛さん」
「ファイト椛!」

例によって椛を推す二人。

「今度こそ変わってくださいよ」
「良いですよ。ピッチピチのバニースーツを着てくれるなら」
「はたてさん、そろそろ交代を…」
「大丈夫。目線は入れるから」
「新聞に載せる気ですか?」

そして始まる弾幕ごっこ。


数分後。

「イ゛~~~~」

なんとか勝利した椛。

「『わかった。大人しく帰ろう』だって」
「帰らなくていいです。一生地下に引篭もっててください」

部下を引き連れて帰って行く戦闘員達。
その際、一度だけ、首領が振り返った。

「あなたも私の弾幕に何か?」
「全体的に色が地味イー」
「ああ゛ッ!?」

飛び掛ろうとする寸でのところで文に羽交い絞めにされる椛。

「良いんだぞ! もっと派手な色にしてやっても!! お前の血でなっ!!」

戦闘員達は、途中で側転やでんぐり返りを挟みつつ、吊橋の方へ向かっていった。





「本部に残ってる三人、きっとびっくりしてるだろうな」
「先住民、暴走族、悪の秘密結社がすぐ脇を通って行くんですもんね」
「ちょっとしたハロウィンだね」

談笑しながら進んでいくと。

「隊長ー!!」

隊員の一人が手を振って駆け寄ってきた。
椛に頻繁に剣術指南を頼む青年だった。

「何があった? 他の二人は?」

彼は説明した。おかしな山童に会い、それでもなんとか順調に説得を進めていった事を。

「お前達も変な連中に絡まれたのか?」
「はい『ここはネオ妖怪マウンテン。侵入者殺すべし。慈悲はない』と言って手裏剣を投げる奴や」
(ニンジャスレイヤータイプだ)
「帽子にパーカーでやたらクルクル踊る連中とか、説得するのに苦労しました」
(ヒップホップタイプだ)

しかし、一箇所、どうしても手に負えない種類の山童が現れた。
自分達だけでは太刀打ちできないため、唯一逃げ出すことの出来た彼が、助けを求め彷徨っていたところ、運よく椛たちと遭遇できた。

「加勢する、場所は?」
「こっちです!」

案内された先、大天狗の屋敷と良い勝負のできる御屋敷がそびえ立っていた。
茂みに身を隠して建物の様子を窺う。
その門には『関西山童会』と達筆で書かれた表札が掛かっていた。

「なんというか、これは露骨過ぎますね」
「ええ、いちいち本を見て確認するまでもありませんね」


――――――――――――――――――【 山童図鑑 ≪極道タイプ≫ 】――――――――――――――――――

ヤクザ。親が白といったら黒いカラスも白。
非合法な代物を大量に所持しているが、こんな場所なので売る先がなくて困っている。
自分達は怖くて扱えないので、結局は燃やして捨てている。
麻雀が大好き。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「他の二人はこの中か?」
「はい。門の前にいたらいきなり大勢出てきて、そいつらに捕まって引きずりこまれていきました」
「よし。じゃあ助けに行くか」
「え、ちょっと隊長」

飛び出すと椛は一直線に門へ向かって行く。

「なんじゃい貴様ぁ!」

門の前に着くと、中からパンチパーマにサングラスの山童が現れて椛の前に立ち塞がる。

「邪魔だ。どけ」

左手を相手の顔の前にかざし視界を塞ぐと、右手で腹を殴った。

「っかぁ」

鳩尾に深く突き刺さり、叫ぶ余裕もないまま山童は崩れ落ちた。

「ほら、早く来てください」

未だに茂みの中にいる三人を手招きする。

「椛ってこんなに積極的だったっけ?」
「多分、部下が捕まったと聞いて、いてもたってもいられないんでしょうね」

その直後、ぞろぞろと強面の山童が集まってくる。

「ねぇ、文。これやばくない?」
「修羅場には慣れてるんですけど、これはまた中々」

あっという間に囲まれた。

「どこの組のもんじゃ!!」
「鉄砲玉かこのやろう!」
「耳と鼻削いで、こいつらの事務所に送り返してやれ!」
「道具持って来い道具!」

四方八方から罵声が轟く。
しかし椛は気にも留めず、目をカッと見開いた。

「お遊戯なら余所でやれこの幼稚園児どもが!!」

年季の違う怒号に、その場にいる全員が、椛から一歩下がった。








屋敷の事務所。
部屋の中心には椅子に縛られた白狼天狗が二人。

「白狼天狗が三匹も雁首揃えてウチに何のようじゃ?」
「だから河童の村長の依頼であんた等をだな…」
「その話は聞き飽きたゆうとろーが!」

手にした棒で、後頭部を強打する。

「…」
「カタギの村長が、極道の俺らにぃ戻ってこいやと? んなわけあるかい!!」

再び振るわれる棒が、無防備な腹を叩いた。

「…」
「大方ぁ、他の組に雇われたヒットマンとぉ違うか? なぁ! そうやろ!!」

乱暴に棒を振りかざし、その頬を何度も往復させた。

「頭ぁ、もぉそれくらいにしとけ。死んだら情報もなーんも手に入らん」
「しかし親分」

上座に設置された総檜造りの机。その向こう側のソファに体を沈める者を見る。

「二人いるんですぜ、一人くらい殺っちまっても…」
「なんや? 親に刃向かう気かキサン?」
「め、滅相もねぇです」

親分に睨まれた頭は、身を縮こませて下がった。
殺伐とした空気が事務所を支配した、そんな時だった。

「お、親分! な、殴りこみです!」

体中傷だらけの組員がよろめきながら中に飛び込んできた。

「ご苦労」
「あぼっ!」

その組員を踏みつけて、椛が事務所に入ってくる。
人質としてなのか、弾除けとしてなのかはわからないが、組員二人を両脇に抱えている。

「なんじゃオンシ?」
「貴女がここの長ですか?」
「そうじゃ。ワシがここの組長じゃ」

「ねぇ文。あれって」
「皆まで言わないでください」

続いて入ってきた文とはたてが、縛られていた二人の縄を解きつつ、小声で話す。

「組長さんって」
「ええ」
「幼女じゃん」

ソファに身を沈めているのは、見た目が天魔と変わらないほどの幼い女児だった。

「他は全員厳ついオッサンなのに、なんであれだけ?」
「知りませんよ。そもそも幻想郷じゃ、見た目と年齢なんて関係ありませんし」

そんな二人のやり取りを余所に、椛と親分の会話は続く。

「キサン等、誰に雇われた?」
「大天狗様からですが?」
「大天狗やと? 通りでそこの二人も口割らんワケやなぁ。あんなけ殴られても、大天狗がバックにおったらそらぁ喋れんなぁ」
「殴られたのかお前達?」

たった今、文とはたてに救出された二人を見る。

「まぁ殴られたといっても薪ザッパですけど」

机の上に、布と綿で出来た柔らかい黒塗りの棒があり、それを指差す。

(コントとかで悪人役をしばくのに使う棒だ)
「そうか。怪我らしい怪我がないようで安心した」

安堵し、改めて親分にここに来た理由を説明する。
信じてもらうために大天狗からの指令書も見せた。

「村長は貴女がたを必要としています。戻ってはいかがでしょうか?」

椛は両手を机について組長に向かい身を乗り出す。

「ううむ…」
「下ってください。悪いようにはしません」
「ワシ等は極道。一歩も引かん。最後の一人が死ぬまで戦う生きモンや」
「意地なんか張ったって何にもなりませんよ。いい加減帰りましょう」

「さっきから親分に舐めた口きいとるんやないぞ犬っころが!」

親分を威圧する椛に激昂した頭が椛の肩を突き飛ばした。

「隊長に何しやがんだカッパモドキが!」

見かねた隊員が頭に詰め寄る。三人の中で唯一捕まらなかった青年である。

「野良犬風情が!? やんのか!?」
「やるっツってんだろ三下が!!」
「俺は頭じゃアホんだらぁ! ここのナンバー2じゃい!!」
「頭がナンボじゃ! こっちは犬走隊の切り込み隊長張っとるんじゃ!」

「そうなの椛?」
「ウチの隊にそんな役職は無いです」

「上等だぁ、おいアレ出せや!!」
「へい」

そう言うと頭は部下から匕首を持ってこさせた。受け取ると顔の前まで持って来る。

「謝るなら今のうちだぞコラ!」
「いいからサッサとドス抜けやぁ!」
「おう抜いたらぁ!!」

匕首を抜き、威嚇のつもりなのか手首をぐるぐると回した。

「もう後にはひけねぇぞ!」
「させるもんなら刺してみろカス!」
「刺したらあ!!」

とうとう胸の前まで匕首を突き出した。

「やれやぁ!」
「後悔すんなよコノヤロー!!」
「だからさっさとやれや! 玩具かそれぇ!?」
「本当に刺すからな!!」
「いつまで待たせんじゃぁボケ! 馬鹿でも心臓の位置くらいしっとるやろ!」
「死んでも自分のせいやからな!」
「刺せ言うとろうが!」

「それくらいにしとけ」

二人を見かねた椛が自分の部下を押した。否、両肩を掴み、一瞬だけ左右に揺すった。

「わあああああ!!」
「おおおおおお!!」

今までの威勢が嘘のように、頭は匕首を捨ててその場に座り込み、

「だ、だいじょぉぉ」

隊員は椛の足に縋り付き情けない声をあげた。

「さ、刺さったがどお゛もっだぁぁ」
「悪かった、悪かったから。大の男がそんな声を出すな」

すまなかったとその頭を優しく撫でてやる。
撫でつつ、親分の方を向く。

「こんな風に、お互いに虚勢を張り続けたって得なんかありません。戻ってきてください」
「…」

諭すような口調だった。

「ワシらは極道。他人の指図にワカリマシタと、おいそれ従ってはメンツが保てん」
「じゃあどうしたらメンツが保てますか?」
「ワシとガチンコで勝負せい。キサンが勝ったら村に帰ろう。ワシが勝ったら、今後一切そちらからの干渉は認めん」
「わかりました。それで、勝負の内容は?」
「決闘といえば決まっている! 弾幕ごっこじゃい!」
「…」

椛は静かに目頭を押さえた。

「文さん。ここは貴女が。負けられない勝負ですし」
「良いですよ。一晩モフモフさせてくれるのなら」
「くぅ」
「何をしている! 早くついて来い!!」

事務所の外へ出る。

「ワシのカードは十枚! さあキサンも宣言せい!」
「…二枚だ」
「落ち目のヤクザやからと見くびるな!」
「これしかないんだよ」

気まずい沈黙が居座る。

「え、えーと。じゃあワシは3枚で」
「すまない」
「うん。まぁ、フェアに行こう。な?」
「恩に着る」

そして気を取り直して。

「いざ、尋常に」
「勝負」



数分後。


「勝った」

肩で息をして、拳を突き上げる椛。

「椛、途中から曲芸みたいな避け方始めたよね」
「あれは私も真似できません」

勝負は接戦だった。どちらが勝ってもおかしくなかった。

「良い勝負じゃった」

握手を求め、手を差し出してくる親分。

「ありがとうございます」

その手を取る椛。
その光景に、文とはたて、隊員と組員、全員が知らず知らずの内に拍手をしていた。

「まぁ、ワシが肩を壊してなければ結果は変わっとったかもしれんがのぉ」
「奇遇ですね。私も頚椎捻挫してて本調子じゃなかったんですよ」

(良い雰囲気だったのにブチ壊しだ)












後日。
大天狗の屋敷。

「村長からお礼を言われたわ。ご苦労様。報酬は次月の活動費に追加しておくから楽しみにしててね」
「ところで大天狗様。弾幕ごっこはやられますか?」
「そりゃあ、一応幻想郷の正式ルールだし、いつ仕掛けられても良い様に準備はしてあるけど」
「スペルカードってどれくらいあります?」
「えーと、イージー用、ノーマル用、ハード用でしょ…」

数えるのに両手では足りず、足の指を倒し始める大天狗。

「あ、あとルナティック用もあった。で、それがどうしたの?」
「いえ。なんでもないです。もういいです」
「変なモミちゃん」

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