「何やってんのよ……」
夜中、待ち合わせ場所に到着した私の、第一声はそれだった。
「あー、霊夢ぅ、先に始めてたわよー」
「まあ、まずは一杯どうぞ」
「いや、どうぞってね」
異変解決のために集まったのじゃないか? なんで酒盛りが開かれてんのよ。
幽々子から渡されたお猪口に、紫が酒を注ぐ。口をつけずに非難めいた視線を紫に向けていると、へらへらと返される。
「やぁねえ、固めの杯みたいなもんよぅ。軽く、ね。か・る・く☆」
「軽く?」
地面にはゴザが敷かれ、その上には何本もの銚子。重箱まである。「軽く」が聞いてあきれるわ。
私は満月を指さした。
「あの『偽りの月』だかをどうにかするんじゃないの? そんなのでいいわけ?」
「モチのロンよ。私と霊夢が組んだだけでも無敵なのに、さらに幽々子たちまでいるのよ? こちらは鬼に金棒、あちらはキモいカマドウマよ」
死語とダジャレは寒かったが、言ってることは、まぁ、わからないでもない。
紫や幽々子の強さは、先の「終わらない冬」「終わらない宴会」の異変で身に染みて知っている。力を合わせて事に当たれば、大抵のことは片づくはずだ。誰が相手であろうと、幻想郷の平和が揺らぐことはないだろう。
ただ、ちょっと気がかりなのは……
「ねえ、『あれ』、大丈夫なの?」
「んー?」
顎で指し示す方向には、銀髪の少女。幽々子の傍で正座してうつむいている。それだけでも変なのに、さらにブツブツと何やらつぶやいていて、その様子は陰気を通り越して狂気を感じるほどだ。
つぶやきが耳に届く。
「……リア充は爆殺、リア充は爆殺、リア充は爆殺」
「ホントに大丈夫?!」
今にも町に繰り出して通り魔しようって風情なんですけど。
「あー、妖夢? 今、ちょっと精神的に不安定なのよ、あの件で」
「そうそう、あの件でねぇ」
あの件って何よ、と言い終わらぬうち、紫と幽々子の顔が急接近する。潜めた声。
「ここだけの話ぃ、フられちゃったのよぉ」
「玉砕、玉砕」
「相当ゾッコンだったのにねぇ、可哀想よねぇ」
「妖夢、可愛いのに」
「以来、世の恋愛全てを憎悪するようになっちゃって」
「もう嫉妬の権化よ、おお怖い怖い」
「新しい恋を見つけてほしいわよ、ねぇ?」
「ねぇ~」
左手を口元に当て、右手を上下に振って破局話に花を咲かせる紫と幽々子。団地のおばちゃんそのものだ。
威厳もへったくれもない幻想郷の重鎮たちにも不安を覚えるが、やはり一番は妖夢のことだ。
「そんな事情じゃ、無理に連れていくことないんじゃない? 私たちだけやるって方向でさ」
その言葉が聞こえたか、妖夢が決然と立ち上がる。
「私なら心配無用です!」
刀を前に掲げ、凛とした声で宣言する。
「お望みとあらば、往来で手をつなぐカップルどもを物理的に切り裂いてご覧に入れましょう!」
「望んでないよ?! 心配だらけじゃん! 道中が血みどろになっちゃって、妖夢の方を退治しなきゃいけないハメになりそうなんだけど!」
「しかしながら! クリスマスなどは空から豚の臓物が降り注ぐ地獄絵図な記念日にしろと、私のゴーストがささやくんです!」
「そんな半霊は病んでるから、心療内科に診てもらったらどうかな?!」
危険度MAX。やっぱり留守番してもらうのが適当のようだ。今の妖夢を引き連れていくことは、メントスを口に含みながらコーラを飲むくらいに危ない。
「まあまあ、妖夢のことなら、ちゃんと幽々子が見ててくれるから」
「そうそう、お任せお任せ」
「ホロ酔い状態で言われても説得力がないんだけど」
言いつつ、手元のお酒を空ける。なんか酔わずにはいられない気になっていた。まだ何にもしてないのに、ドッと疲れている。
座ると、さらにお酒が注がれた。チビリと口に含んで、嘆息する。
「はぁ、一杯やったら私の方が帰ろうかしら。気苦労多そうだもの」
「あら、そんなこと言わないで、ね? ささっとやって、ささっと終わりにしちゃいましょ」
「だったら、こんなことしてないで、すぐ出発したらいいじゃない。固めの杯だか前祝いだか知らないけどさ」
「でも、まだ全員そろってないのよ」
「他にも呼んでいるんだ?」
今のままでも戦力的に十分なのに、念入りだなあ。やっぱり私抜きでもいいんじゃないかしら。
幽々子が言う。
「ナイフ使いのメイドさんとか? あの子、ちょっと苦手なのよねえ」
「違うわよ。声を掛けたのは、魔法の森のお二人さん」
その言葉を聞いた途端、私の顔面は一気に漂白された。体内のアルコールが消し飛ぶ。
さらに紫は驚愕の事実を添加する。
「もうそろそろ来てもいい頃なんだけど」
手元からお猪口が落ちる。我知らず立ち上がっていた。
「に、逃げて……」
「霊夢?」
「みんな、逃げて! すぐに!」
「ど、どうしたのよ。何をテンパってるの?」
焦燥に駆られている理由がわからず、戸惑う紫。私は説明する余裕さえない。
そんな中でものんびりした様子を崩さない幽々子が、「あら?」とお猪口を口から離した。
「このお酒、淡麗辛口のはずなのに、どうして濃厚甘口に?」
「しまった、遅かった?!」
私は、夜空を見上げた。言いようのない気配が近づいているのが察せられた。
ヤツらが……来る!
「……うふふっ」
「……あははっ」
イチャつきあう声が降りてきた。
ホウキにまたがった魔理沙、そして、後から抱きついているお嬢様座りのアリス。空を飛べるというのにわざわざ魔理沙のホウキに乗っている辺り、初っぱなからバカップル全開だ。
「ねえ、魔理沙は私のこと好き?」
「ああ、当然だぜ」
「嬉しいっ、私も魔理沙のこと好き!」
全ての語尾にハートマークがついてそうな、甘ったるい言葉が交わされる。
「ふふっ、でもな、アリスの私に対する『好き』の10倍、私はアリスを愛しているんだぜ?」
「じゃあ、私はその1000倍愛してるもん」
「計り知れないとはこのことか。私のアリスへの愛の大きさは、光年単位だからな」
「素敵……私たちの愛は宇宙大なのね」
もうお前らは光の彼方へ消え去ってくれ。
などと思っていると、脇から銀髪の少女が飛び出していた。
「悪・即・斬ッ!!」
「ストップ。ストップよ、妖夢」
間髪入れず、幽々子が目を血走らせた妖夢を取り押さえる。抜きかけの刀は抜かれないまま終わる。
「お離し下さい、幽々子様! 私にはカップル滅殺という使命が! そして、バレンタインにはチョコというチョコを奪い取り、代わりに足下の土くれを口に詰めるという責務が!」
嫌な存在意義だなぁ。
でも……
「でも、今のは止めない方が良かったかも……」
「なぁに? 霊夢は妖夢を前科一犯にしたいわけ? それにしても、あの二人、付き合っていたなんてねぇ」
「紫は知らなかったの?」
「別々に声を掛けたからね。そっかぁ、ふーん、微笑ましいわねぇ」
ニヤニヤ笑いながら魔理沙とアリスを見る紫。ノンキに過ぎる。
「そんな生やさしいもんじゃないの! 怪我させるほどじゃなくても、あのイチャつきを止めさせないとダメ! 大変なことになるわよ!」
「大げさねえ、一体何が起こるというの、よ……?」
紫の台詞が惑う。二人のやり取りに不可思議な現象を発見したのだ。
魔理沙がアリスにお猪口を持たせ、お酒を注いでいる。アリスが顔を赤らめ、ふらついた。
「ああ、酔ってしまったわ」
「まだ飲んでないぞ?」
「雰囲気に酔ってしまったの。魔理沙は私を酔わせる天才ね」
「その言葉こそ、私にとっては美酒だぜ……」
ふざけた挙動と会話であるが、紫を惑わせたのはそれではない。二人は勝手に酒宴の座に着いていて、自分たちだけの世界に入っている。その周囲の空気が歪んでいるのだ。
アリスが魔理沙の肩にもたれかかる。
「ねえ、魔理沙、このままでいていい?」
「私の肩はいつだってお前の専用席だぜ」
「じゃあ、私の身体は魔理沙専用の抱き枕になるわ」
「最高のギブアンドテイクだな。愛してるぜ」
「私も愛してるわ」
手にしたお酒から湯気が立っている。熱燗になったのだ。
周囲の空気の歪みは、熱気。月にまで届かんと高く立ち上っていく。
「な、何なの、あれは」
「あまりのお熱さに温度が上昇しているのよ!」
「えっ、そんなことありえないわ」
「実際起こってるでしょ。それだけじゃないわ」
私は地面を指さした。バカップルの座っているゴザから、一番近い土の箇所だ。
色とりどりになっていた。
「花が咲いているのよ」
「ええっ?!」
「しかも、生えているのは熱帯の植物。赤い糸で結ばれまくってるから、二人の周囲は赤道直下の花盛りってとこよ」
「ええええっ!? 何、その超理論!?」
私だって信じたくはない。夜の陽炎の向こうに見える二人は本当は幻なんだと、思えるなら思いたい。現実にあんなバカップルがいてたまるかと、吐き捨てられるならそうしたい。だが、実際にいるのだ、目の前に。
「で、でもあれくらいなら『四季のフラワーマスター』にもやれるし、ちょっと目の毒な恋人たちってことでいいんじゃ……」
「この程度で済んでたらね!」
目の前では、魔理沙がアリスを両腕で抱きしめていた。アリスは目を丸くし、身悶えする。
「魔理沙ぁ?! 突然何を……っ」
「抱き枕にしていいって本人の許可が出ただろ?」
「だ、だって、まだ寝る時間じゃないのに」
「アリスがそばにいるから夢見心地なんだ」
「ああ、そんなぁ」
「恥ずかしがることないぜ」
「だって……お月様が見てる」
私らの視線、ガン無視かい。
そもそも羞恥心など始めから皆無のくせに、ふざけたやり取りだ。その上、魔理沙は「見せつけてやろうぜ」とさらに強く抱きしめる始末。手の施しようがない。
そこに妖夢の「ゆ、幽々子様?!」の声が。見れば、先ほどまで妖夢を抑えていた彼女が、地に膝をつけている。
「ど、どうしたのかしら、急にめまいが……」
息も荒く、額に手を当てる幽々子。私は歯噛みする。
「くっ、とうとうこの段階にまで進行したのね!」
「え、まさか、これも?」
「そうよ、飲んでたお酒の糖度が上がっていたの。同じことが人体に起こっているのよ!」
「そんな……つまり……」
信じられないのも無理はない。だが、事実を告げる他ない。
「血糖値が、高くなったの」
生半可な呪いや魔術などものともしない幽々子だが、そんな彼女に影響を与えるほど、ヤツらの汚染力は強力になっているのだ。かく言う私の頭もクラクラしつつある。まずい。
「このままだと行動不能になるわ。早くここから逃げるか、あいつらを排除するかしないと」
「は、排除とは穏やかじゃないわね。事情を話して、二人に少し離れていてもらえば……」
「そういう状況じゃないの、見てわかるでしょ!」
ヤツらの固有結界を前にしては、どんな言葉も届くはずがないのだ。
「魔理沙ーっ、アリスーっ! お二人さーん! ねえ、聞いてるー?」
紫が呼びかけるが、無駄なことを。
魔理沙とアリスは、やはり、聞いていない。ラブシーンの度合いは緩む気配もない。
ただ、アリスは魔理沙に抱きしめられたままそっぽを向いて、むくれている。「私を『恥ずか死』させたいの!」と言ってることから、二人の不和を期待できる、わけがなかった。ヤツらの性質は十分わかっている。
「もう……魔理沙のイケメン! 努力家! 純情乙女!」
「ふふっ、いくら馬鹿にされても私の愛の拘束は、緩むことはないぜ」
見よ、仲違いの皮を被ったいちゃつきを。ツンデレという言葉すら入り込む余地のないデレデレを。犬も嘔吐して悶死するレベルの夫婦喧嘩だ。
「じゃあ、許してあげるから、問題に答えて」
「言ってみな」
「『今、私の頭の中は誰のことで頭がいっぱいでしょうか?』」
「そいつはかぐや姫もびっくりの難題だぜ。……うーん、もしかして、当たっているかな~……答えは『私』か?」
「正解よ!」
「やっりぃ!」
ガハッ!と吐き出したものを反射的に手で受け止める。見れば、コハク色の粘ついた液体。甘い匂い。これは、メープルシロップ、か?
妖夢の悲鳴。顔を向けると、信じられない光景が目に入った。
幽々子が太い水流を口から放出しているのだ。
硬直した体に、うつろな目。最大限に開けた口腔から止めどなく噴射され続けているのは、恐らく私と同じ液体だろう。死を操る白玉楼の主は、今やメープルシロップを吐き出すマーライオンと化していた。
そんな惨状も意に介さず、ヤツらのいちゃつきは続行される。
「お返しの問題だぜ。『アリスへの愛が詰まった私の胸ん中には、何が入っているでしょうか?』」
「ええと……もしかして、『私への愛』?」
「大正解!」
「やったぁ!」
「賞品は私の全部だぜ」
「えええっ、魔理沙の全部が私のものに!? どうしよう、幸せ過ぎて死んじゃう!」
うんうん、そうかそうか。その前に私らが死にそうだがな!
高血糖でふらついている紫に叫ぶ。
「体調不良の私たちに、あんな幽々子を連れて脱出するのは難しいわ! 紫、得意のスキマでヤツら二人をボッシュートしなさい! それしかないわ!」
「わ、わかったわ。でも、あれほどまでに常軌を逸した──恋愛感情で世界の事象を再構築するなんて──この能力を『ラブ・クラフト』と名付けようと思うのだけど、どうかしら」
「いあいあ、じゃなくて、いいから、早く!」
「了解よ、えいっ!」
紫はババッと広げた五指を二人に向けた。これで足下に開いたスキマに元凶は飲み込まれる。事態は無事解決だ。
「あら?」
首を傾げ、紫は何度も手を振る。ババッ、ババッ、バババッと。
しかし、何も起こらない。
「ちょっと、早くしなさいよ、ババア!」
「さっきからやってるわ! でもダメなの! あとババアって何よ!」
「バババッってやってたじゃない!」
そのとき、甘く香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、私は「それ」に気づいた。
「紫、見て!」
「え、えええっ?!」
でっかいクロワッサンがあちこちに浮いていた。ご丁寧にグラニュー糖まで降りかかっている。
紫が力を込めると、ポンと、もう一つクロワッサンが出現した。
「わ、たしのスキマが……、アハハハ……」
「気をしっかり持って! くっ、私の武器もか!」
ロリポップになった針を地面に投げ捨てる。お札は薄いお餅、求肥となっており、手の中で破けた。
甘く見ていたつもりはなかったのに、私の認識はこれらスイーツ並に甘かったようだ。あのバカップルのバカさ加減は、全てを凌駕する領域に達している!
そして、さらに恐ろしいことには……より負の高みを目指そうとしていたのである。
おぞましいものが目に入る。「はい、あーん♪」「あーん♪」と食事している二人であったが、アリスの頬に酒の肴が付いており、魔理沙がそれに気づいてしまったのだ。
「おい、アリス。こんなところにお弁当が付いてるぜ」
「えっ、本当?」
私は喉も張り裂けんばかりに叫んでいた。
「総員、衝撃に備えよッッ!!」
お食事デートの定番にして最強のイベント! 気をしっかり持たないと、一瞬で殲滅しかねない! 胸を抱きしめ、歯を食いしばる。眉間に痛いほどシワが寄る。
だが、アリスの頬に向かったのは、魔理沙の唇ではなかった。
「ほれ、取れた」
それは魔理沙の指先。頬から取った肴をちょこんと載せ、口に運ぶ。
「おっちょこちょいなんだぜ、アリス」
「やだ、もう、恥ずかしい」
それもまたラブシーンの一つではあったが、私はホッとした。予想していたものとは違い、一応微笑ましいものとして片づけられるレベルだったのだから。
「おっと、取り残しがあったぜ」
魔理沙はペロリとアリスの頬を舐めた。
「カウンターだとぉおおおおおぉッ?!」
無防備なところに極大の衝撃がブチ当たり、私はメープルシロップを吐きながらのけぞる。紫に至っては、口からの噴射力で後方に吹っ飛んでいった。
「ふふっ、魔理沙に食べられちゃった」
「アリスのほっぺた、美味しかったぜ」
「じゃあ、私も魔理沙のほっぺた食べちゃお。ぺろっ」
ダブルSHOOOOOOOOOOOOOOOCK!!!!!!
私は鼻や耳からも蜜を噴出させ、とうとう地面に倒れ伏した。
だ、ダメだ。このままでは、このままでは……
そのとき、決然と地を蹴って突撃する者がいた。
「貴様らがッ! 幽々子様をッ!!」
それは妖夢だった。色恋沙汰を憎悪するがゆえに影響を受けにくかったのだろうか、誰もが身動きできない中、刀を大上段に構え猪突猛進と立ち向かっていく。
残された幽々子は首をグルングルン回しながら、目鼻口耳から蜜をまき散らすという何が何だかな状態になっていた。さながらメープルシロップのスプリンクラーだ。もはや手の施しようがないと悟ったとき、妖夢の意識は元凶へと向いたのだろう。
(いけるっっ!)
私は思わず手を握りしめた。
カップルを物理的に切り裂くという言葉を妖夢から聞いたときは、犯罪者の知り合いができる不安しか湧かなかったが、今はとにかく頼もしい思いにあふれている。
魔理沙とアリスには防衛体勢など当然取られていない。まともに斬撃を食らい、そうして全ては茶番と終焉するだろう。実力行使バンザイ! 超法規的措置サイコー! やっておしまい!!
「あら、かわいい」
「本当だ。かわいいな」
「ちょ、なっ、?!」
希望はあっさり砕かれた。二人は防ぎもせず、よけもせず、自然体に前へ出て、妖夢を抱きしめたのだ。
「はっ、離せッ!」
妖夢は頭上で刀を振り回すが、魔理沙とアリスのハグから逃れることはできなかった。
頭をなでられ、頬をすりよせられ、翻弄されるがままになっている。
襲撃者だったはずの少女を愛でながら、二人は甘い言葉を交わす。
「ねえ、魔理沙、こんな子どもがいたら素敵じゃない?」
「そうだな、こういう娘がいたらいいよなぁ」
「じゃあ、作ってみない? 明るい家族計画で」
「そうだな、初めての共同作業だ!」
初めての作業が女同士の子作り、生物学的な超越か。神にでもなったつもりか、冒涜的な! そんな家族計画、明るすぎるわッ!
「は、なせ……っ!」
そうしているうちにも、妖夢の抵抗がみるみる弱くなっていく。手から刀が落ちた。
「いえ、そうよ、名案があるわ。養子にすればいいのよ!」
「なんてこった! 鬼才現る!」
現れてないよ?! 奇特なだけだよ?! 危篤レベルの!
さっきからツッコミの言葉を吐きたかったが、もはや不可能になっている。
多量に糖分を含む唾液が、高い熱量を受けることでカラメルと化したのだ。さらに開いた口が塞がらなかったために、外気に触れ硬化した。舌は完全に固まって、動かない。
そんな私をよそに、魔理沙とアリスは妖夢の顔のあちこちにキスを落とし、耳をはみつつ、甘くささやく。
「そういうわけだから、私たちの子どもになっちゃいな」
「お母さんって呼んでいいのよ?」
「っ……!」
妖夢の顔は赤く染まり、瞳孔は泳いで、口はパクパクと開閉する。理不尽な要求に心中で必死に抵抗しているのが見て取れた。
だが、ついに、妖夢は二人の胸元にしなだれかかる。
「お母さん……」
取り込まれたーっ?!
「よろしくね、霧雨妖夢マーガトロイド」
ハイブリッドな名前来たぁあああッ?!
「ところで、妹とか欲しくないか?」
明るすぎる家族計画再びッッ!!?
頭がヘブン状態のヤツらが三人に増殖してしまった。反面、とうとう私の精神は地獄門をくぐり、一切の希望を捨てることとなった。その先は暗黒。私の意識は闇に落ちた。
──こうして、「偽りの月」の異変は解決した。
満月は巨大なホットケーキと変じ、永遠亭はお菓子の家にリフォームされたのだ。
さらに迷いの竹林がタケノコの里と化してしまっては、輝夜の姓も『蓬莱山』から『キノコの山』にするしかあるまい。
異変の大元に属するあらゆるものをボロボロにし、本来の月は取り戻されたのだった。
なお、大地の全てがチョコレートフォンデュとなった幻想郷は壊滅した。
夜中、待ち合わせ場所に到着した私の、第一声はそれだった。
「あー、霊夢ぅ、先に始めてたわよー」
「まあ、まずは一杯どうぞ」
「いや、どうぞってね」
異変解決のために集まったのじゃないか? なんで酒盛りが開かれてんのよ。
幽々子から渡されたお猪口に、紫が酒を注ぐ。口をつけずに非難めいた視線を紫に向けていると、へらへらと返される。
「やぁねえ、固めの杯みたいなもんよぅ。軽く、ね。か・る・く☆」
「軽く?」
地面にはゴザが敷かれ、その上には何本もの銚子。重箱まである。「軽く」が聞いてあきれるわ。
私は満月を指さした。
「あの『偽りの月』だかをどうにかするんじゃないの? そんなのでいいわけ?」
「モチのロンよ。私と霊夢が組んだだけでも無敵なのに、さらに幽々子たちまでいるのよ? こちらは鬼に金棒、あちらはキモいカマドウマよ」
死語とダジャレは寒かったが、言ってることは、まぁ、わからないでもない。
紫や幽々子の強さは、先の「終わらない冬」「終わらない宴会」の異変で身に染みて知っている。力を合わせて事に当たれば、大抵のことは片づくはずだ。誰が相手であろうと、幻想郷の平和が揺らぐことはないだろう。
ただ、ちょっと気がかりなのは……
「ねえ、『あれ』、大丈夫なの?」
「んー?」
顎で指し示す方向には、銀髪の少女。幽々子の傍で正座してうつむいている。それだけでも変なのに、さらにブツブツと何やらつぶやいていて、その様子は陰気を通り越して狂気を感じるほどだ。
つぶやきが耳に届く。
「……リア充は爆殺、リア充は爆殺、リア充は爆殺」
「ホントに大丈夫?!」
今にも町に繰り出して通り魔しようって風情なんですけど。
「あー、妖夢? 今、ちょっと精神的に不安定なのよ、あの件で」
「そうそう、あの件でねぇ」
あの件って何よ、と言い終わらぬうち、紫と幽々子の顔が急接近する。潜めた声。
「ここだけの話ぃ、フられちゃったのよぉ」
「玉砕、玉砕」
「相当ゾッコンだったのにねぇ、可哀想よねぇ」
「妖夢、可愛いのに」
「以来、世の恋愛全てを憎悪するようになっちゃって」
「もう嫉妬の権化よ、おお怖い怖い」
「新しい恋を見つけてほしいわよ、ねぇ?」
「ねぇ~」
左手を口元に当て、右手を上下に振って破局話に花を咲かせる紫と幽々子。団地のおばちゃんそのものだ。
威厳もへったくれもない幻想郷の重鎮たちにも不安を覚えるが、やはり一番は妖夢のことだ。
「そんな事情じゃ、無理に連れていくことないんじゃない? 私たちだけやるって方向でさ」
その言葉が聞こえたか、妖夢が決然と立ち上がる。
「私なら心配無用です!」
刀を前に掲げ、凛とした声で宣言する。
「お望みとあらば、往来で手をつなぐカップルどもを物理的に切り裂いてご覧に入れましょう!」
「望んでないよ?! 心配だらけじゃん! 道中が血みどろになっちゃって、妖夢の方を退治しなきゃいけないハメになりそうなんだけど!」
「しかしながら! クリスマスなどは空から豚の臓物が降り注ぐ地獄絵図な記念日にしろと、私のゴーストがささやくんです!」
「そんな半霊は病んでるから、心療内科に診てもらったらどうかな?!」
危険度MAX。やっぱり留守番してもらうのが適当のようだ。今の妖夢を引き連れていくことは、メントスを口に含みながらコーラを飲むくらいに危ない。
「まあまあ、妖夢のことなら、ちゃんと幽々子が見ててくれるから」
「そうそう、お任せお任せ」
「ホロ酔い状態で言われても説得力がないんだけど」
言いつつ、手元のお酒を空ける。なんか酔わずにはいられない気になっていた。まだ何にもしてないのに、ドッと疲れている。
座ると、さらにお酒が注がれた。チビリと口に含んで、嘆息する。
「はぁ、一杯やったら私の方が帰ろうかしら。気苦労多そうだもの」
「あら、そんなこと言わないで、ね? ささっとやって、ささっと終わりにしちゃいましょ」
「だったら、こんなことしてないで、すぐ出発したらいいじゃない。固めの杯だか前祝いだか知らないけどさ」
「でも、まだ全員そろってないのよ」
「他にも呼んでいるんだ?」
今のままでも戦力的に十分なのに、念入りだなあ。やっぱり私抜きでもいいんじゃないかしら。
幽々子が言う。
「ナイフ使いのメイドさんとか? あの子、ちょっと苦手なのよねえ」
「違うわよ。声を掛けたのは、魔法の森のお二人さん」
その言葉を聞いた途端、私の顔面は一気に漂白された。体内のアルコールが消し飛ぶ。
さらに紫は驚愕の事実を添加する。
「もうそろそろ来てもいい頃なんだけど」
手元からお猪口が落ちる。我知らず立ち上がっていた。
「に、逃げて……」
「霊夢?」
「みんな、逃げて! すぐに!」
「ど、どうしたのよ。何をテンパってるの?」
焦燥に駆られている理由がわからず、戸惑う紫。私は説明する余裕さえない。
そんな中でものんびりした様子を崩さない幽々子が、「あら?」とお猪口を口から離した。
「このお酒、淡麗辛口のはずなのに、どうして濃厚甘口に?」
「しまった、遅かった?!」
私は、夜空を見上げた。言いようのない気配が近づいているのが察せられた。
ヤツらが……来る!
「……うふふっ」
「……あははっ」
イチャつきあう声が降りてきた。
ホウキにまたがった魔理沙、そして、後から抱きついているお嬢様座りのアリス。空を飛べるというのにわざわざ魔理沙のホウキに乗っている辺り、初っぱなからバカップル全開だ。
「ねえ、魔理沙は私のこと好き?」
「ああ、当然だぜ」
「嬉しいっ、私も魔理沙のこと好き!」
全ての語尾にハートマークがついてそうな、甘ったるい言葉が交わされる。
「ふふっ、でもな、アリスの私に対する『好き』の10倍、私はアリスを愛しているんだぜ?」
「じゃあ、私はその1000倍愛してるもん」
「計り知れないとはこのことか。私のアリスへの愛の大きさは、光年単位だからな」
「素敵……私たちの愛は宇宙大なのね」
もうお前らは光の彼方へ消え去ってくれ。
などと思っていると、脇から銀髪の少女が飛び出していた。
「悪・即・斬ッ!!」
「ストップ。ストップよ、妖夢」
間髪入れず、幽々子が目を血走らせた妖夢を取り押さえる。抜きかけの刀は抜かれないまま終わる。
「お離し下さい、幽々子様! 私にはカップル滅殺という使命が! そして、バレンタインにはチョコというチョコを奪い取り、代わりに足下の土くれを口に詰めるという責務が!」
嫌な存在意義だなぁ。
でも……
「でも、今のは止めない方が良かったかも……」
「なぁに? 霊夢は妖夢を前科一犯にしたいわけ? それにしても、あの二人、付き合っていたなんてねぇ」
「紫は知らなかったの?」
「別々に声を掛けたからね。そっかぁ、ふーん、微笑ましいわねぇ」
ニヤニヤ笑いながら魔理沙とアリスを見る紫。ノンキに過ぎる。
「そんな生やさしいもんじゃないの! 怪我させるほどじゃなくても、あのイチャつきを止めさせないとダメ! 大変なことになるわよ!」
「大げさねえ、一体何が起こるというの、よ……?」
紫の台詞が惑う。二人のやり取りに不可思議な現象を発見したのだ。
魔理沙がアリスにお猪口を持たせ、お酒を注いでいる。アリスが顔を赤らめ、ふらついた。
「ああ、酔ってしまったわ」
「まだ飲んでないぞ?」
「雰囲気に酔ってしまったの。魔理沙は私を酔わせる天才ね」
「その言葉こそ、私にとっては美酒だぜ……」
ふざけた挙動と会話であるが、紫を惑わせたのはそれではない。二人は勝手に酒宴の座に着いていて、自分たちだけの世界に入っている。その周囲の空気が歪んでいるのだ。
アリスが魔理沙の肩にもたれかかる。
「ねえ、魔理沙、このままでいていい?」
「私の肩はいつだってお前の専用席だぜ」
「じゃあ、私の身体は魔理沙専用の抱き枕になるわ」
「最高のギブアンドテイクだな。愛してるぜ」
「私も愛してるわ」
手にしたお酒から湯気が立っている。熱燗になったのだ。
周囲の空気の歪みは、熱気。月にまで届かんと高く立ち上っていく。
「な、何なの、あれは」
「あまりのお熱さに温度が上昇しているのよ!」
「えっ、そんなことありえないわ」
「実際起こってるでしょ。それだけじゃないわ」
私は地面を指さした。バカップルの座っているゴザから、一番近い土の箇所だ。
色とりどりになっていた。
「花が咲いているのよ」
「ええっ?!」
「しかも、生えているのは熱帯の植物。赤い糸で結ばれまくってるから、二人の周囲は赤道直下の花盛りってとこよ」
「ええええっ!? 何、その超理論!?」
私だって信じたくはない。夜の陽炎の向こうに見える二人は本当は幻なんだと、思えるなら思いたい。現実にあんなバカップルがいてたまるかと、吐き捨てられるならそうしたい。だが、実際にいるのだ、目の前に。
「で、でもあれくらいなら『四季のフラワーマスター』にもやれるし、ちょっと目の毒な恋人たちってことでいいんじゃ……」
「この程度で済んでたらね!」
目の前では、魔理沙がアリスを両腕で抱きしめていた。アリスは目を丸くし、身悶えする。
「魔理沙ぁ?! 突然何を……っ」
「抱き枕にしていいって本人の許可が出ただろ?」
「だ、だって、まだ寝る時間じゃないのに」
「アリスがそばにいるから夢見心地なんだ」
「ああ、そんなぁ」
「恥ずかしがることないぜ」
「だって……お月様が見てる」
私らの視線、ガン無視かい。
そもそも羞恥心など始めから皆無のくせに、ふざけたやり取りだ。その上、魔理沙は「見せつけてやろうぜ」とさらに強く抱きしめる始末。手の施しようがない。
そこに妖夢の「ゆ、幽々子様?!」の声が。見れば、先ほどまで妖夢を抑えていた彼女が、地に膝をつけている。
「ど、どうしたのかしら、急にめまいが……」
息も荒く、額に手を当てる幽々子。私は歯噛みする。
「くっ、とうとうこの段階にまで進行したのね!」
「え、まさか、これも?」
「そうよ、飲んでたお酒の糖度が上がっていたの。同じことが人体に起こっているのよ!」
「そんな……つまり……」
信じられないのも無理はない。だが、事実を告げる他ない。
「血糖値が、高くなったの」
生半可な呪いや魔術などものともしない幽々子だが、そんな彼女に影響を与えるほど、ヤツらの汚染力は強力になっているのだ。かく言う私の頭もクラクラしつつある。まずい。
「このままだと行動不能になるわ。早くここから逃げるか、あいつらを排除するかしないと」
「は、排除とは穏やかじゃないわね。事情を話して、二人に少し離れていてもらえば……」
「そういう状況じゃないの、見てわかるでしょ!」
ヤツらの固有結界を前にしては、どんな言葉も届くはずがないのだ。
「魔理沙ーっ、アリスーっ! お二人さーん! ねえ、聞いてるー?」
紫が呼びかけるが、無駄なことを。
魔理沙とアリスは、やはり、聞いていない。ラブシーンの度合いは緩む気配もない。
ただ、アリスは魔理沙に抱きしめられたままそっぽを向いて、むくれている。「私を『恥ずか死』させたいの!」と言ってることから、二人の不和を期待できる、わけがなかった。ヤツらの性質は十分わかっている。
「もう……魔理沙のイケメン! 努力家! 純情乙女!」
「ふふっ、いくら馬鹿にされても私の愛の拘束は、緩むことはないぜ」
見よ、仲違いの皮を被ったいちゃつきを。ツンデレという言葉すら入り込む余地のないデレデレを。犬も嘔吐して悶死するレベルの夫婦喧嘩だ。
「じゃあ、許してあげるから、問題に答えて」
「言ってみな」
「『今、私の頭の中は誰のことで頭がいっぱいでしょうか?』」
「そいつはかぐや姫もびっくりの難題だぜ。……うーん、もしかして、当たっているかな~……答えは『私』か?」
「正解よ!」
「やっりぃ!」
ガハッ!と吐き出したものを反射的に手で受け止める。見れば、コハク色の粘ついた液体。甘い匂い。これは、メープルシロップ、か?
妖夢の悲鳴。顔を向けると、信じられない光景が目に入った。
幽々子が太い水流を口から放出しているのだ。
硬直した体に、うつろな目。最大限に開けた口腔から止めどなく噴射され続けているのは、恐らく私と同じ液体だろう。死を操る白玉楼の主は、今やメープルシロップを吐き出すマーライオンと化していた。
そんな惨状も意に介さず、ヤツらのいちゃつきは続行される。
「お返しの問題だぜ。『アリスへの愛が詰まった私の胸ん中には、何が入っているでしょうか?』」
「ええと……もしかして、『私への愛』?」
「大正解!」
「やったぁ!」
「賞品は私の全部だぜ」
「えええっ、魔理沙の全部が私のものに!? どうしよう、幸せ過ぎて死んじゃう!」
うんうん、そうかそうか。その前に私らが死にそうだがな!
高血糖でふらついている紫に叫ぶ。
「体調不良の私たちに、あんな幽々子を連れて脱出するのは難しいわ! 紫、得意のスキマでヤツら二人をボッシュートしなさい! それしかないわ!」
「わ、わかったわ。でも、あれほどまでに常軌を逸した──恋愛感情で世界の事象を再構築するなんて──この能力を『ラブ・クラフト』と名付けようと思うのだけど、どうかしら」
「いあいあ、じゃなくて、いいから、早く!」
「了解よ、えいっ!」
紫はババッと広げた五指を二人に向けた。これで足下に開いたスキマに元凶は飲み込まれる。事態は無事解決だ。
「あら?」
首を傾げ、紫は何度も手を振る。ババッ、ババッ、バババッと。
しかし、何も起こらない。
「ちょっと、早くしなさいよ、ババア!」
「さっきからやってるわ! でもダメなの! あとババアって何よ!」
「バババッってやってたじゃない!」
そのとき、甘く香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、私は「それ」に気づいた。
「紫、見て!」
「え、えええっ?!」
でっかいクロワッサンがあちこちに浮いていた。ご丁寧にグラニュー糖まで降りかかっている。
紫が力を込めると、ポンと、もう一つクロワッサンが出現した。
「わ、たしのスキマが……、アハハハ……」
「気をしっかり持って! くっ、私の武器もか!」
ロリポップになった針を地面に投げ捨てる。お札は薄いお餅、求肥となっており、手の中で破けた。
甘く見ていたつもりはなかったのに、私の認識はこれらスイーツ並に甘かったようだ。あのバカップルのバカさ加減は、全てを凌駕する領域に達している!
そして、さらに恐ろしいことには……より負の高みを目指そうとしていたのである。
おぞましいものが目に入る。「はい、あーん♪」「あーん♪」と食事している二人であったが、アリスの頬に酒の肴が付いており、魔理沙がそれに気づいてしまったのだ。
「おい、アリス。こんなところにお弁当が付いてるぜ」
「えっ、本当?」
私は喉も張り裂けんばかりに叫んでいた。
「総員、衝撃に備えよッッ!!」
お食事デートの定番にして最強のイベント! 気をしっかり持たないと、一瞬で殲滅しかねない! 胸を抱きしめ、歯を食いしばる。眉間に痛いほどシワが寄る。
だが、アリスの頬に向かったのは、魔理沙の唇ではなかった。
「ほれ、取れた」
それは魔理沙の指先。頬から取った肴をちょこんと載せ、口に運ぶ。
「おっちょこちょいなんだぜ、アリス」
「やだ、もう、恥ずかしい」
それもまたラブシーンの一つではあったが、私はホッとした。予想していたものとは違い、一応微笑ましいものとして片づけられるレベルだったのだから。
「おっと、取り残しがあったぜ」
魔理沙はペロリとアリスの頬を舐めた。
「カウンターだとぉおおおおおぉッ?!」
無防備なところに極大の衝撃がブチ当たり、私はメープルシロップを吐きながらのけぞる。紫に至っては、口からの噴射力で後方に吹っ飛んでいった。
「ふふっ、魔理沙に食べられちゃった」
「アリスのほっぺた、美味しかったぜ」
「じゃあ、私も魔理沙のほっぺた食べちゃお。ぺろっ」
ダブルSHOOOOOOOOOOOOOOOCK!!!!!!
私は鼻や耳からも蜜を噴出させ、とうとう地面に倒れ伏した。
だ、ダメだ。このままでは、このままでは……
そのとき、決然と地を蹴って突撃する者がいた。
「貴様らがッ! 幽々子様をッ!!」
それは妖夢だった。色恋沙汰を憎悪するがゆえに影響を受けにくかったのだろうか、誰もが身動きできない中、刀を大上段に構え猪突猛進と立ち向かっていく。
残された幽々子は首をグルングルン回しながら、目鼻口耳から蜜をまき散らすという何が何だかな状態になっていた。さながらメープルシロップのスプリンクラーだ。もはや手の施しようがないと悟ったとき、妖夢の意識は元凶へと向いたのだろう。
(いけるっっ!)
私は思わず手を握りしめた。
カップルを物理的に切り裂くという言葉を妖夢から聞いたときは、犯罪者の知り合いができる不安しか湧かなかったが、今はとにかく頼もしい思いにあふれている。
魔理沙とアリスには防衛体勢など当然取られていない。まともに斬撃を食らい、そうして全ては茶番と終焉するだろう。実力行使バンザイ! 超法規的措置サイコー! やっておしまい!!
「あら、かわいい」
「本当だ。かわいいな」
「ちょ、なっ、?!」
希望はあっさり砕かれた。二人は防ぎもせず、よけもせず、自然体に前へ出て、妖夢を抱きしめたのだ。
「はっ、離せッ!」
妖夢は頭上で刀を振り回すが、魔理沙とアリスのハグから逃れることはできなかった。
頭をなでられ、頬をすりよせられ、翻弄されるがままになっている。
襲撃者だったはずの少女を愛でながら、二人は甘い言葉を交わす。
「ねえ、魔理沙、こんな子どもがいたら素敵じゃない?」
「そうだな、こういう娘がいたらいいよなぁ」
「じゃあ、作ってみない? 明るい家族計画で」
「そうだな、初めての共同作業だ!」
初めての作業が女同士の子作り、生物学的な超越か。神にでもなったつもりか、冒涜的な! そんな家族計画、明るすぎるわッ!
「は、なせ……っ!」
そうしているうちにも、妖夢の抵抗がみるみる弱くなっていく。手から刀が落ちた。
「いえ、そうよ、名案があるわ。養子にすればいいのよ!」
「なんてこった! 鬼才現る!」
現れてないよ?! 奇特なだけだよ?! 危篤レベルの!
さっきからツッコミの言葉を吐きたかったが、もはや不可能になっている。
多量に糖分を含む唾液が、高い熱量を受けることでカラメルと化したのだ。さらに開いた口が塞がらなかったために、外気に触れ硬化した。舌は完全に固まって、動かない。
そんな私をよそに、魔理沙とアリスは妖夢の顔のあちこちにキスを落とし、耳をはみつつ、甘くささやく。
「そういうわけだから、私たちの子どもになっちゃいな」
「お母さんって呼んでいいのよ?」
「っ……!」
妖夢の顔は赤く染まり、瞳孔は泳いで、口はパクパクと開閉する。理不尽な要求に心中で必死に抵抗しているのが見て取れた。
だが、ついに、妖夢は二人の胸元にしなだれかかる。
「お母さん……」
取り込まれたーっ?!
「よろしくね、霧雨妖夢マーガトロイド」
ハイブリッドな名前来たぁあああッ?!
「ところで、妹とか欲しくないか?」
明るすぎる家族計画再びッッ!!?
頭がヘブン状態のヤツらが三人に増殖してしまった。反面、とうとう私の精神は地獄門をくぐり、一切の希望を捨てることとなった。その先は暗黒。私の意識は闇に落ちた。
──こうして、「偽りの月」の異変は解決した。
満月は巨大なホットケーキと変じ、永遠亭はお菓子の家にリフォームされたのだ。
さらに迷いの竹林がタケノコの里と化してしまっては、輝夜の姓も『蓬莱山』から『キノコの山』にするしかあるまい。
異変の大元に属するあらゆるものをボロボロにし、本来の月は取り戻されたのだった。
なお、大地の全てがチョコレートフォンデュとなった幻想郷は壊滅した。
もうね、バカップルと周囲のシリアスの温度差がね。わけわかめでした。
ルナティックならば世界...いや宇宙まで影響を及ばすな。
なんにせよマリアリは最強のカップリングということですね。
マリアリすげえ...
今度はレイマリでオナシャス
しかし、永夜抄のイージー相当でこのレベル……ジャスティスとはかくも恐ろしいものなのですね。
他のカップリングのあれやこれやも見てみたいものです。
凄いな
末永く爆発してください。
幽々子様幽霊の本気出しすぎだろ……→本気? →暇を持て余した有力者たちの(ry
と妄想して二度美味しかったですw ごちそうさまでした。
これからまだ上があるのか……!