「口は災いの元」と言う。
早苗んとこ風に言えば、「蛙は口ゆえ蛇に呑まるる」だ。
そして、今回の件にふさわしい言い方をするなら、「雉も鳴かずば撃たれまい」ということになるだろう。雉撃ち的な意味で。
「いい加減にしろッ!」
魔法の森の奥深く、自宅において私は思いっきり怒鳴っていた。
対するアリスは戸惑いを隠せず、エプロン姿でおろおろする。
テーブル上には、できたての料理が場の雰囲気にそぐわない香気を生じさせていた。
「な、何がいけなかったの? もう晩御飯は済ませたとか? それとも魔理沙はビーフストロガノフ嫌いだった?」
「嫌いじゃねーよ、むしろ好きだよ! そんなじゃなくてな、」
「じゃあ、アリスマーガトロイドも好きよね!」
「どさくさに何言ってやがる!?」
お前はことこと煮込んだシチューの類か。煮ても焼いても食えねぇくせに。
「魔理沙ぁ、いいのよ? 料理も私もどっちも食べちゃって。ううん、むしろ同時に食べて! 好きにシて!」
「晩飯プレイとは斬新だな?! やだよ、食い合わせ悪そうだし」
「ねえ、ご飯でスる? お風呂でスる? それとも、わ・た・し?」
「いずれにせよお前じゃねーか!!」
そんなアリス尽くしの生活はごめんこうむる。アリスがゲシュタルト崩壊してリアス式海岸やアスリートが酷いことになるだろう。いかん、既に精神に変調をきたし始めている。
それも無理からぬことで、ここ最近アリス過多の状況が続いている。もはや顔すら見たくないって気分だ。
言い過ぎか? いや、そんなことはないだろう。私の立場になりゃ、誰だって同じ気持ちを抱くはずだ。
「飯の内容とかお前の性的嗜好とかはどうでもいいんだよ。私が言いたいのはな、何で私の留守中、勝手に家に上がり込んで晩飯の用意してるんだってことだ!」
「きっちり家事をこなして夫の帰りを待つのが、妻の役目でしょ?」
「すなわちお前の役目じゃねーだろっ!」
恐ろしいことに脳内で勝手に籍を入れられてる。この流れだと想像妊娠すらしかねない。認知を求めてくるかもしらん。
「毎回毎回、不法侵入込みのハウスキーピングしてきやがって! こないだはトイレと風呂と脱衣所の掃除、その前は下着のみの洗濯! 性癖丸出しじゃねえか! ってか、どうやって中に入った? 厳重に戸締りしといたはずだぞ!」
「どんなに閉ざそうとしてもダメよ。魔理沙のかたくなな心の扉は、私という鍵が開けるのよ。そう、この針金のように!」
「もろピッキングだな!? 多層魔術防壁すら打ち破る技術には感嘆すら覚えるが、ともかく、何を胸を張って犯罪告白してやがんだよ、盗人猛々しい!」
「それはおあいこでしょ? 魔理沙は私のハートを盗んだんだし」
まさか上手いこと言ったつもりじゃねぇよな、こいつ。
第一、アリスのハートを盗んだ覚えはない。仮に私の手元にそれがあったとしても、呪いの新聞みたく窓を突き破って投げ込まれただけだ。
──普通の感覚持ってるヤツなら、これで私に共感できただろう。一方的に恋心を押し付けられて、堂々とストーキング。これで嫌気がささないってのなら、聖人君子も裸足で逃げ出すね。
「とにかくハートだかハート様だかはノシつけて返すから、金輪際つきまとわないでくれ! 二度と視界に入るな!」
「わかったわ。じゃあ、せめてこの婚姻届に署名捺印して」
「何一つわかってねぇだと?!」
「大丈夫、魔理沙の視界に入らないように、いつだって後ろから目隠ししててあげるから」
「何だその懇切丁寧な嫌がらせ! 常時『だ~れだ?』状態か? お前以外の何者でもねぇっつの!」
「新婚旅行は風光明媚なところにしましょ。魔理沙が見えなくても、私が解説してあ・げ・る。キャッ★」
「ウザッ! ってか、ふざけろ! お前と結婚するくらいならなァ、ウンコと結婚した方がマシなんだよ!!」
──要するに、その一言が災いを呼んだわけだ。
私は今、ウンコとお見合いしていた。
どういう状況だ。いや、状況はわかるが、理解が追いつかない。
小綺麗なレストラン内、白いカバーのかかったテーブルの上に、大きくとぐろを巻いたウンコが載っかっていた。
私は椅子に座って、それと対面している。
視線を上に向ける。梁の架かった天井が見えた。視線を戻す。やはり目の前にあるのはウンコだった。状況は変わらない。
「よし、帰ろう」
立ち上がろうとすると、両肩に圧力、再び椅子に着席させられる。
右肩を押さえるのは、異形の生き物のように脈動する頭髪。たくましい銀色のサイドテール。
「あら、帰っちゃだめよぉ」
魔界神の神綺だった。ニコニコといった笑顔に、間延びした声で語りかけてくる、が、目にはどす黒いものが宿っている。
「せっかく可愛いアリスちゃん以上の相手を紹介してあげたんだから」
有無を言わせぬ迫力があった。
いや……それは、確かに言ったよ、あいつよりウンコがマシだって。溺愛する娘をウンコ以下とされちゃ、怒るのもわからなくはないさ。けど、子供の喧嘩に親が出てくるか?
そんな心に生じた抗議の言葉は、口から紡がれることはない。なにせ相手は魔界の創造主。肩に置いた触手的頭髪によって、このまま私の右肩を握り潰すこともできるのだ。燃え盛っている炎に油は注げない。
さらに、神綺の言葉に同調するように、左側から声。
「そうだよ、魔理沙。こんな良縁、滅多にあるもんじゃない」
しょっちゅうあってたまるか、とそちらを向けば、懐かしくも意外な顔が左肩を押さえていた。
「み、魅魔様?!」
「おぅ、あたしゃここにいるよ」
私の師匠であり、最強の悪霊、そして博麗神社の祟り神──魅魔様は乾いた目の端に手を当て、涙をぬぐうジェスチャーをした。
「ああ、嬉しいねぇ。まだ私の顔と名前が脳みその片隅にこびりついているようだ。愛弟子からもすっかり忘れ去られちまったかと思ってたよ」
「い、や、そんな」
明らかなイヤミに歯切れの悪い返事をする。実際のところ、ここ最近すっかり頭の中から消えていた。
私でさえそうなのだから、他の連中ならなおさらで、魅魔様は誰からもほっとかれたに違いない。ごくまれに奇特な人間が博麗神社に搾乳を求めにやって来ては殴られるだけだ。
「お、お元気そうで何よりです」
「んー、そう見えるかい。ははは、冗談が上手くなったなあ、魔理沙は」
お愛想の言葉もむげに切り捨てられた。魅魔様は胸元のボタンを外していく。
「信仰どころか、忘却の彼方に追い詰められたらねぇ、神なんてこんなになるんだよ」
「ふぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
はだけられたそこから現れたのは、ミルクのたっぷり詰まった魔乳、ではなく、私のようなヘンペイ胸、でもなく、……何もなかった。
空洞があった。服の背中側の生地が見えた。
「見ての通り、体の形さえ保てなくなっちまったのさ。まあ、ダイエットの悩みからは解放されたけどねぇ、はっはっは。これも弟子からさえほっぽかれたお陰だよ、感謝感謝」
感謝とは真逆の感情をビシビシ突き刺して、魅魔様は左肩の手に力を込めた。
双肩に神格を有する二者の圧力──逃走の望みは完全に絶たれた。
「まあ、弟子の大恩に報いるに、大したお返しはできないけどねぇ、神綺と一緒に立会人を引き受けたってわけさ。私はお前の、神綺はその……個性的な人の」
「個性的ってレベルじゃねーですよね?! 人っていうかウンコですよね?!」
「あら、見かけで判断しちゃいけないわ。これでもだいぶモテたらしいわよ?」
「いてたまるかッ、そんなスカトロ趣味をこじらせた奴ら!」
「人聞きが悪いねぇ。実際、悪い虫がたくさん寄ってきたってさ」
「明らかに小バエとかだろ!」
「でも、ちょっと玉にキズといえば、スポーツが苦手かしらね」
「おう、そいつは『ウンチ』って言いたいだけか?!」
ツッコミを入れているうちに泣きが入ってきた。二人はマジで私とウンコを見合いさせるつもりだ。
今さら謝ったところで許しは得られないだろう。覆水盆に返らずだ。『そこを何とか』などと言おうものなら、
『へえ、魔理沙ちゃんは一度吐いた唾を飲めるのね』
『じゃあ、ひり出されたモノも尻に戻せるわけさね。やってもらおうか』
菊の御紋の扉をこじ開けられ、奥に黄金の塊を詰め込まれかねない。
この文字通りクソッタレな茶番につきあう他、道はないようだ。
各々が席に着く。魅魔様が私の横に、神綺がウンコの横に。ああ、本当に、何だこれ。
「うぅ……排泄物の名が飛び交う見合いなんぞ前代未聞だ」
「うふふ、ウンコを連呼とは洒落がお上手ねぇ」
「言ってねーよ!!」
「未聞と肛門を掛けているところもナイスさね」
「それは苦しいでしょ!」
語気を強める私に、落ち着いたハスキーボイスがかけられた。
「まあまあ、こういう席ですので、穏やかにまいりましょう」
「へ?」
辺りを見回し、声の主を探す。しかし、誰もいない。この場にいるのは、私と、魅魔様と、神綺と、そして──
「きぇぇェあぁぁぁァしャべッたぁぁぁぁァァ!!?」
なんてこった、ウンコが、ウンコが口をききやがった! 意志を持ってやがる!
「驚くこたないだろう。百年経ったモノは付喪神になるんだから」
「どこのどいつだ、百年もこれを安置したのは!?」
「うふふ、ウンチを安置とは洒落が、」
「それはもういいよッ!」
「でもね、魅魔ちゃん、付喪神というのはちょっと失礼よ。こんな立派なとぐろだったら、崇め奉られて不思議ないでしょう?」
「どこぞの御神体だと?!」
◎ンコ信仰なら幾つか知ってるが、◎にウが入る事例はついぞ聞いたことがない。どんなご利益があるってんだ。快便及び「ウンがつく」か?
奇しくもこのお見合い、魔界神・祟り神・ウンコ神といった三柱と同席する得難い機会となったようだ。まるで嬉しくない。
私の見合い相手はペコリと頭を下げると──どこが頭だかわからんが、とにかく下げると──ハスキーボイスで言った。
「申し遅れました。俺、ウンコです」
「見りゃわかるよ!」
馬鹿にしてんのか、排泄物風情が!
「おーや、人様の挨拶に失礼な奴だねぇ。ま、お返しに紹介させてもらうよ」
魅魔様が手でこちらを示す。
「こいつは私の不肖の弟子、霧雨魔理沙。趣味は借りパク、特技はパクリ、口癖は『オッケー、魔理沙にお任せ、うふふふふ』さ」
「ちょっ、魅魔様」
「ええ、存じております」
「存じんな!」
悪意に満ちた、ブラックリスト&黒歴史的な意味で真っ黒クロスケな人物評。受け入れられても困る。
いや、逆に幻滅でもしてくれれば破談ってことで落着したかもか。だが、ウンコはウンコのくせに心が広いらしく、褒め言葉が続いてやってきた。
「魔理沙さんは魔法使いをしているとのことで、並々ならぬ努力の末、人間の身でありながら驚くべき力を獲得したとか。頭が下がります」
「謙遜すんな。お前が動いてしゃべる方が驚きだよ」
ウンコの身でありながらな。──ふむ、ウンコなだけに「ミ」か、我ながら面白…………私は何を考えてるんだ。
軽く落ち込んだ私に気づくふうもなく、相手は話を続ける。
「俺も俺なりに、じっとして日々を過ごすのではいけないと、あちこち出歩いて見聞を深めるようにしました」
「そこはじっとしとけ。ネズミやゴキブリがはい回るよりタチ悪いな」
「冒険家でもいらっしゃるのよね」
「ええ、恥ずかしながら」
「ウンコが冒険って、それだけでもう冒険的だが、山とか登ったんか?」
富士山やエベレストなんかで排泄物の処理が問題になってると聞いたことがあるが、こいつが一枚噛んでやしないだろうな。
「いろいろですね。九死に一生を得たことも一度や二度ではありませんよ。大渦に飲み込まれそうになったり、」
「ああ、水洗便所か」
「奈落の底に落下しかけたり、」
「ボットン便所か」
「でも、大自然に触れる喜びは何物にも代えられませんね」
「そんなにも野グソは気持ちいいのか」
人の営みと不可分にある排泄物に、そのようなスペクタクルが展開されていようとは。今後はトイレで対面した際に、憧憬と慈愛の眼差しを自ら生み出したモノへと向けても良いかもしれない、わけねーだろ。ふざけてんのか。
洒落にならんので、「くそっ」はおろか、英語で「SHIT」と悪態をつくこともできない。歯噛みする私をよそに、三神の会話は弾んでいた。
「いろいろ得られたものはあったようだねぇ」
「ですね。幾度かの冒険を経て後は、微々たるものですが神力が上がりました」
「あら、微々たるものだなんて。相当力がついたでしょうに」
「いえ、新たにできるようになったのは、せいぜいがフェロモン発生の抑制程度です」
「十分すごいじゃない。それまでは誰彼構わずメロメロにしてたんでしょ?」
「ええ、恥ずかしながら、老若男女問わず鼻を摘まんでました」
ただの悪臭じゃねーか。何がフェロモンだ、確かに恥ずかしいわ。
「抑えられてよかったわねー。夏場に村一つ全員耳鼻科送りにしたこともあったもの」
前言撤回。ただの、じゃなくハザード級の悪臭だった。
今の私が被害に遭わずに済んでるって意味で、ウンコの努力に感謝だ。
心中で胸を撫で下ろしていると、神綺が手を合わせて言った。
「じゃあ、場も温まってきたところで、お食事にしましょうか」
「おっ、待ってました」
「え、ウンコを目の前にして?」
この場がレストランでのお見合いだってことから嫌な予感はしていたが、まさか本当に──集団で便所飯を喰らうハメになるとは。
神綺は立ち上がると、部屋から出て行った。その食事とやらを運んでくるのだろう。
和食か洋食か、どんなものが出るにせよ、嘔吐感を堪えられるか心配だ。
その主な要因である見合い相手が言った。
「魔理沙さんのお口に合うと良いのですが」
「気にかけてくれるんなら、どっかに身を隠しててもらえっか?」
そう返しつつ、ウンコの物言いに引っかかるものを感じた。
胸が重苦しくなる。また「嫌な予感」だ。どういうことだ? 何が起こる?
思考がまとまる前に、扉を開ける音、神綺の「おまたせぇー」の声。
デンと料理がテーブルに置かれた。
「当店自慢の、山盛りカレーライスでーす」
「狙ってんだろッッ!!」
よりにもよって逆ベクトルでベストチョイスだと?! カレーを食ってるときにウンコと話をするとは、現代のマナーも地に落ちたもんだなっ!
「何を言ってんのかね、こんなに美味しそうじゃないか」
「そう言ってもらえると、俺も腕を振るったかいがあります」
「お前が作ったのかよ!? 『嫌な予感』ってこれか! そして当たってしまった! さらに、食ったら食あたりだ!」
「おっしゃる意味が測りかねますが、衛生面なら大丈夫。ちゃんと手は洗ってます」
「お前自身が排水口に流されて然るべきなんだよ!!」
激高する私に神綺が声をかける。
「味の方は保証書付きよ。何しろこちらの方はこのレストランのコックなんだから」
「保健所ー! 早く来てくれーっ!!」
選挙に行っとくべきだった! 政治への無関心が行政の怠慢を生み、自分の不幸につながるのだと思い知った。
しかし、時既に遅し。
こんもりそびえるカレー&ウンコを同じ視界に収める。そんな悲喜劇を演じるしかない。
いや、より最悪なことに、目にするだけでなく、口にするのだ。
「さあ、お熱いうちにどうぞ」
「どうぞどうぞ」
二匹のダチョウのようにせっつく二神。私は一言も「じゃあ私が食べるよ」と言ってないのに。
しかも、カレーは私の目の前にしかない。明らかに拷問目的だ。
「い、嫌だ」
自分の精神がぽっきり折れるのを感じた。憐れな声がダダ漏れる。
「嫌だ嫌だ嫌だ! 食えるわけない! ウンコ味のカレーかカレー味のウンコかってレベルじゃないぞ、ウンコのカレーだぞ! 山盛りでできたてなんだぞ!?」
支離滅裂な言葉だとわかっていながら止められない。
「か、勘弁してくれ、ください! 勘弁してください!」
「いいからお食べなさいな」
「おかわりもいいぞ」
「すいません、本当に勘弁してください! 何でもしますから!」
「ん?」
「今何でもするって言ったよね?」
野獣の笑みを浮かべる神綺と魅魔様。背筋に怖気が走る間もなく、一枚の紙が差し出される。
婚姻届だった。
「え……」
「この場を切り上げたいのなら、これでケリをつけるしかないだろ」
「え? え?」
「はいはい、書いて書いて」
茫然自失の脳細胞は、促されるままにサインをする。いつ持ち出されたのか、私の印鑑まで押された。
ウンコもそれにならう。感無量と嘆息した。
「これで今日から俺は『霧雨ウンコ』になるんですね」
「良かったなあ、魔理沙。神で冒険家でコックなんてチャンプルーな物件、セガールくらいしかないぞ」
「結婚式はどんなふうにしましょうかねぇ」
「洋式が広まってるけど、和式も捨てがたいな」
「落ち着くのは洋式よねぇ」
「ふんばるには和式がいい」
結婚式の話だよな?とツッコむこともできず、私の意識は暗転した。
荘厳な音楽、万雷の拍手。
薄暗い聖堂の中で、私はライトアップされて立っていた。純白のウエディングドレスをまとっている。
横を見ると、大きなとぐろ。私の結婚相手は、同じく純白のウエディングベールで覆われていた。
──って、おい、
「ウンコ、お前、女だったのか?!」
「やだなぁ、何言ってるんですか。男で『ウン子』なんて名前ありえませんよ」
「女でもねぇよ!!」
音楽と拍手が止んだ。式のクライマックスが迫っているのを理解し、私の視界は狭まる。
神父が何やら言っているものの、まるで耳に入らない。最後の「では、誓いのキスを」だけ、かろうじてとらえられる。
今さら気づいたが、ウンコは私の顔の横にいる。つまりは空中浮遊している。神様ならできて当然か。
ベールが取り払われ、ウンコの潤む瞳が現れた、ように思えた。
そうだ。キス。キスをしなければならない。求められているのはそれだ。
私は花嫁の可憐な唇、と思われるそこへ、震える自らの唇を近づけた。
私のファーストキスを、永遠の誓いに捧げる。ああ、なんてロマンチック。
ようやくわかった。そう、私の恋符の行先はここに、ウンコのそばにこそあったんだ、って………………い、嫌だ。
「やっぱり嫌だあぁああああぁあああああッ!!」
「──あぁあああああぁあああ、あ、あぁっ?」
自らの絶叫で目を覚ます自分がいた。見慣れた天井が視界にある。
ここは、自宅。私のベッド。
「ゆ、夢?」
荒い呼吸が繰り返されるごとに落ち着いていく。気持ちの悪い汗が引いて、現実感が戻ってくる。
安堵の息を、ついた。
良かった。酷い悪夢だったが、現実でなければ何でもいい。結婚が人生の墓場どころか肥溜めになるなんざ、タチの悪い冗談だ。
今度は幸せな夢を見ようと布団をかぶり直して、そこで肌触りの違和感に気づく。
「え……」
思わず自分の体を抱きしめる。だが、事実を再確認するだけだった。
私はスッパになっていた。
下着の感触すらない。一糸まとわぬ裸体だった。
風呂から上がってそのまま寝たのか? 記憶がない。何も覚えてない。
悩乱するすぐ横から、
「ん……」
と、漏れる声が届く。
「えっ」
反射的に振り向けば、アリスが寝ていた。
滑らかな肩のラインが、自分と同じ姿であることを予想させる。首筋には紅い跡。キスマーク?
「は、はは……」
現実から目を背けようと、逆へ寝返った。
すると、そこには大きくとぐろを巻いた──
早苗んとこ風に言えば、「蛙は口ゆえ蛇に呑まるる」だ。
そして、今回の件にふさわしい言い方をするなら、「雉も鳴かずば撃たれまい」ということになるだろう。雉撃ち的な意味で。
「いい加減にしろッ!」
魔法の森の奥深く、自宅において私は思いっきり怒鳴っていた。
対するアリスは戸惑いを隠せず、エプロン姿でおろおろする。
テーブル上には、できたての料理が場の雰囲気にそぐわない香気を生じさせていた。
「な、何がいけなかったの? もう晩御飯は済ませたとか? それとも魔理沙はビーフストロガノフ嫌いだった?」
「嫌いじゃねーよ、むしろ好きだよ! そんなじゃなくてな、」
「じゃあ、アリスマーガトロイドも好きよね!」
「どさくさに何言ってやがる!?」
お前はことこと煮込んだシチューの類か。煮ても焼いても食えねぇくせに。
「魔理沙ぁ、いいのよ? 料理も私もどっちも食べちゃって。ううん、むしろ同時に食べて! 好きにシて!」
「晩飯プレイとは斬新だな?! やだよ、食い合わせ悪そうだし」
「ねえ、ご飯でスる? お風呂でスる? それとも、わ・た・し?」
「いずれにせよお前じゃねーか!!」
そんなアリス尽くしの生活はごめんこうむる。アリスがゲシュタルト崩壊してリアス式海岸やアスリートが酷いことになるだろう。いかん、既に精神に変調をきたし始めている。
それも無理からぬことで、ここ最近アリス過多の状況が続いている。もはや顔すら見たくないって気分だ。
言い過ぎか? いや、そんなことはないだろう。私の立場になりゃ、誰だって同じ気持ちを抱くはずだ。
「飯の内容とかお前の性的嗜好とかはどうでもいいんだよ。私が言いたいのはな、何で私の留守中、勝手に家に上がり込んで晩飯の用意してるんだってことだ!」
「きっちり家事をこなして夫の帰りを待つのが、妻の役目でしょ?」
「すなわちお前の役目じゃねーだろっ!」
恐ろしいことに脳内で勝手に籍を入れられてる。この流れだと想像妊娠すらしかねない。認知を求めてくるかもしらん。
「毎回毎回、不法侵入込みのハウスキーピングしてきやがって! こないだはトイレと風呂と脱衣所の掃除、その前は下着のみの洗濯! 性癖丸出しじゃねえか! ってか、どうやって中に入った? 厳重に戸締りしといたはずだぞ!」
「どんなに閉ざそうとしてもダメよ。魔理沙のかたくなな心の扉は、私という鍵が開けるのよ。そう、この針金のように!」
「もろピッキングだな!? 多層魔術防壁すら打ち破る技術には感嘆すら覚えるが、ともかく、何を胸を張って犯罪告白してやがんだよ、盗人猛々しい!」
「それはおあいこでしょ? 魔理沙は私のハートを盗んだんだし」
まさか上手いこと言ったつもりじゃねぇよな、こいつ。
第一、アリスのハートを盗んだ覚えはない。仮に私の手元にそれがあったとしても、呪いの新聞みたく窓を突き破って投げ込まれただけだ。
──普通の感覚持ってるヤツなら、これで私に共感できただろう。一方的に恋心を押し付けられて、堂々とストーキング。これで嫌気がささないってのなら、聖人君子も裸足で逃げ出すね。
「とにかくハートだかハート様だかはノシつけて返すから、金輪際つきまとわないでくれ! 二度と視界に入るな!」
「わかったわ。じゃあ、せめてこの婚姻届に署名捺印して」
「何一つわかってねぇだと?!」
「大丈夫、魔理沙の視界に入らないように、いつだって後ろから目隠ししててあげるから」
「何だその懇切丁寧な嫌がらせ! 常時『だ~れだ?』状態か? お前以外の何者でもねぇっつの!」
「新婚旅行は風光明媚なところにしましょ。魔理沙が見えなくても、私が解説してあ・げ・る。キャッ★」
「ウザッ! ってか、ふざけろ! お前と結婚するくらいならなァ、ウンコと結婚した方がマシなんだよ!!」
──要するに、その一言が災いを呼んだわけだ。
私は今、ウンコとお見合いしていた。
どういう状況だ。いや、状況はわかるが、理解が追いつかない。
小綺麗なレストラン内、白いカバーのかかったテーブルの上に、大きくとぐろを巻いたウンコが載っかっていた。
私は椅子に座って、それと対面している。
視線を上に向ける。梁の架かった天井が見えた。視線を戻す。やはり目の前にあるのはウンコだった。状況は変わらない。
「よし、帰ろう」
立ち上がろうとすると、両肩に圧力、再び椅子に着席させられる。
右肩を押さえるのは、異形の生き物のように脈動する頭髪。たくましい銀色のサイドテール。
「あら、帰っちゃだめよぉ」
魔界神の神綺だった。ニコニコといった笑顔に、間延びした声で語りかけてくる、が、目にはどす黒いものが宿っている。
「せっかく可愛いアリスちゃん以上の相手を紹介してあげたんだから」
有無を言わせぬ迫力があった。
いや……それは、確かに言ったよ、あいつよりウンコがマシだって。溺愛する娘をウンコ以下とされちゃ、怒るのもわからなくはないさ。けど、子供の喧嘩に親が出てくるか?
そんな心に生じた抗議の言葉は、口から紡がれることはない。なにせ相手は魔界の創造主。肩に置いた触手的頭髪によって、このまま私の右肩を握り潰すこともできるのだ。燃え盛っている炎に油は注げない。
さらに、神綺の言葉に同調するように、左側から声。
「そうだよ、魔理沙。こんな良縁、滅多にあるもんじゃない」
しょっちゅうあってたまるか、とそちらを向けば、懐かしくも意外な顔が左肩を押さえていた。
「み、魅魔様?!」
「おぅ、あたしゃここにいるよ」
私の師匠であり、最強の悪霊、そして博麗神社の祟り神──魅魔様は乾いた目の端に手を当て、涙をぬぐうジェスチャーをした。
「ああ、嬉しいねぇ。まだ私の顔と名前が脳みその片隅にこびりついているようだ。愛弟子からもすっかり忘れ去られちまったかと思ってたよ」
「い、や、そんな」
明らかなイヤミに歯切れの悪い返事をする。実際のところ、ここ最近すっかり頭の中から消えていた。
私でさえそうなのだから、他の連中ならなおさらで、魅魔様は誰からもほっとかれたに違いない。ごくまれに奇特な人間が博麗神社に搾乳を求めにやって来ては殴られるだけだ。
「お、お元気そうで何よりです」
「んー、そう見えるかい。ははは、冗談が上手くなったなあ、魔理沙は」
お愛想の言葉もむげに切り捨てられた。魅魔様は胸元のボタンを外していく。
「信仰どころか、忘却の彼方に追い詰められたらねぇ、神なんてこんなになるんだよ」
「ふぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
はだけられたそこから現れたのは、ミルクのたっぷり詰まった魔乳、ではなく、私のようなヘンペイ胸、でもなく、……何もなかった。
空洞があった。服の背中側の生地が見えた。
「見ての通り、体の形さえ保てなくなっちまったのさ。まあ、ダイエットの悩みからは解放されたけどねぇ、はっはっは。これも弟子からさえほっぽかれたお陰だよ、感謝感謝」
感謝とは真逆の感情をビシビシ突き刺して、魅魔様は左肩の手に力を込めた。
双肩に神格を有する二者の圧力──逃走の望みは完全に絶たれた。
「まあ、弟子の大恩に報いるに、大したお返しはできないけどねぇ、神綺と一緒に立会人を引き受けたってわけさ。私はお前の、神綺はその……個性的な人の」
「個性的ってレベルじゃねーですよね?! 人っていうかウンコですよね?!」
「あら、見かけで判断しちゃいけないわ。これでもだいぶモテたらしいわよ?」
「いてたまるかッ、そんなスカトロ趣味をこじらせた奴ら!」
「人聞きが悪いねぇ。実際、悪い虫がたくさん寄ってきたってさ」
「明らかに小バエとかだろ!」
「でも、ちょっと玉にキズといえば、スポーツが苦手かしらね」
「おう、そいつは『ウンチ』って言いたいだけか?!」
ツッコミを入れているうちに泣きが入ってきた。二人はマジで私とウンコを見合いさせるつもりだ。
今さら謝ったところで許しは得られないだろう。覆水盆に返らずだ。『そこを何とか』などと言おうものなら、
『へえ、魔理沙ちゃんは一度吐いた唾を飲めるのね』
『じゃあ、ひり出されたモノも尻に戻せるわけさね。やってもらおうか』
菊の御紋の扉をこじ開けられ、奥に黄金の塊を詰め込まれかねない。
この文字通りクソッタレな茶番につきあう他、道はないようだ。
各々が席に着く。魅魔様が私の横に、神綺がウンコの横に。ああ、本当に、何だこれ。
「うぅ……排泄物の名が飛び交う見合いなんぞ前代未聞だ」
「うふふ、ウンコを連呼とは洒落がお上手ねぇ」
「言ってねーよ!!」
「未聞と肛門を掛けているところもナイスさね」
「それは苦しいでしょ!」
語気を強める私に、落ち着いたハスキーボイスがかけられた。
「まあまあ、こういう席ですので、穏やかにまいりましょう」
「へ?」
辺りを見回し、声の主を探す。しかし、誰もいない。この場にいるのは、私と、魅魔様と、神綺と、そして──
「きぇぇェあぁぁぁァしャべッたぁぁぁぁァァ!!?」
なんてこった、ウンコが、ウンコが口をききやがった! 意志を持ってやがる!
「驚くこたないだろう。百年経ったモノは付喪神になるんだから」
「どこのどいつだ、百年もこれを安置したのは!?」
「うふふ、ウンチを安置とは洒落が、」
「それはもういいよッ!」
「でもね、魅魔ちゃん、付喪神というのはちょっと失礼よ。こんな立派なとぐろだったら、崇め奉られて不思議ないでしょう?」
「どこぞの御神体だと?!」
◎ンコ信仰なら幾つか知ってるが、◎にウが入る事例はついぞ聞いたことがない。どんなご利益があるってんだ。快便及び「ウンがつく」か?
奇しくもこのお見合い、魔界神・祟り神・ウンコ神といった三柱と同席する得難い機会となったようだ。まるで嬉しくない。
私の見合い相手はペコリと頭を下げると──どこが頭だかわからんが、とにかく下げると──ハスキーボイスで言った。
「申し遅れました。俺、ウンコです」
「見りゃわかるよ!」
馬鹿にしてんのか、排泄物風情が!
「おーや、人様の挨拶に失礼な奴だねぇ。ま、お返しに紹介させてもらうよ」
魅魔様が手でこちらを示す。
「こいつは私の不肖の弟子、霧雨魔理沙。趣味は借りパク、特技はパクリ、口癖は『オッケー、魔理沙にお任せ、うふふふふ』さ」
「ちょっ、魅魔様」
「ええ、存じております」
「存じんな!」
悪意に満ちた、ブラックリスト&黒歴史的な意味で真っ黒クロスケな人物評。受け入れられても困る。
いや、逆に幻滅でもしてくれれば破談ってことで落着したかもか。だが、ウンコはウンコのくせに心が広いらしく、褒め言葉が続いてやってきた。
「魔理沙さんは魔法使いをしているとのことで、並々ならぬ努力の末、人間の身でありながら驚くべき力を獲得したとか。頭が下がります」
「謙遜すんな。お前が動いてしゃべる方が驚きだよ」
ウンコの身でありながらな。──ふむ、ウンコなだけに「ミ」か、我ながら面白…………私は何を考えてるんだ。
軽く落ち込んだ私に気づくふうもなく、相手は話を続ける。
「俺も俺なりに、じっとして日々を過ごすのではいけないと、あちこち出歩いて見聞を深めるようにしました」
「そこはじっとしとけ。ネズミやゴキブリがはい回るよりタチ悪いな」
「冒険家でもいらっしゃるのよね」
「ええ、恥ずかしながら」
「ウンコが冒険って、それだけでもう冒険的だが、山とか登ったんか?」
富士山やエベレストなんかで排泄物の処理が問題になってると聞いたことがあるが、こいつが一枚噛んでやしないだろうな。
「いろいろですね。九死に一生を得たことも一度や二度ではありませんよ。大渦に飲み込まれそうになったり、」
「ああ、水洗便所か」
「奈落の底に落下しかけたり、」
「ボットン便所か」
「でも、大自然に触れる喜びは何物にも代えられませんね」
「そんなにも野グソは気持ちいいのか」
人の営みと不可分にある排泄物に、そのようなスペクタクルが展開されていようとは。今後はトイレで対面した際に、憧憬と慈愛の眼差しを自ら生み出したモノへと向けても良いかもしれない、わけねーだろ。ふざけてんのか。
洒落にならんので、「くそっ」はおろか、英語で「SHIT」と悪態をつくこともできない。歯噛みする私をよそに、三神の会話は弾んでいた。
「いろいろ得られたものはあったようだねぇ」
「ですね。幾度かの冒険を経て後は、微々たるものですが神力が上がりました」
「あら、微々たるものだなんて。相当力がついたでしょうに」
「いえ、新たにできるようになったのは、せいぜいがフェロモン発生の抑制程度です」
「十分すごいじゃない。それまでは誰彼構わずメロメロにしてたんでしょ?」
「ええ、恥ずかしながら、老若男女問わず鼻を摘まんでました」
ただの悪臭じゃねーか。何がフェロモンだ、確かに恥ずかしいわ。
「抑えられてよかったわねー。夏場に村一つ全員耳鼻科送りにしたこともあったもの」
前言撤回。ただの、じゃなくハザード級の悪臭だった。
今の私が被害に遭わずに済んでるって意味で、ウンコの努力に感謝だ。
心中で胸を撫で下ろしていると、神綺が手を合わせて言った。
「じゃあ、場も温まってきたところで、お食事にしましょうか」
「おっ、待ってました」
「え、ウンコを目の前にして?」
この場がレストランでのお見合いだってことから嫌な予感はしていたが、まさか本当に──集団で便所飯を喰らうハメになるとは。
神綺は立ち上がると、部屋から出て行った。その食事とやらを運んでくるのだろう。
和食か洋食か、どんなものが出るにせよ、嘔吐感を堪えられるか心配だ。
その主な要因である見合い相手が言った。
「魔理沙さんのお口に合うと良いのですが」
「気にかけてくれるんなら、どっかに身を隠しててもらえっか?」
そう返しつつ、ウンコの物言いに引っかかるものを感じた。
胸が重苦しくなる。また「嫌な予感」だ。どういうことだ? 何が起こる?
思考がまとまる前に、扉を開ける音、神綺の「おまたせぇー」の声。
デンと料理がテーブルに置かれた。
「当店自慢の、山盛りカレーライスでーす」
「狙ってんだろッッ!!」
よりにもよって逆ベクトルでベストチョイスだと?! カレーを食ってるときにウンコと話をするとは、現代のマナーも地に落ちたもんだなっ!
「何を言ってんのかね、こんなに美味しそうじゃないか」
「そう言ってもらえると、俺も腕を振るったかいがあります」
「お前が作ったのかよ!? 『嫌な予感』ってこれか! そして当たってしまった! さらに、食ったら食あたりだ!」
「おっしゃる意味が測りかねますが、衛生面なら大丈夫。ちゃんと手は洗ってます」
「お前自身が排水口に流されて然るべきなんだよ!!」
激高する私に神綺が声をかける。
「味の方は保証書付きよ。何しろこちらの方はこのレストランのコックなんだから」
「保健所ー! 早く来てくれーっ!!」
選挙に行っとくべきだった! 政治への無関心が行政の怠慢を生み、自分の不幸につながるのだと思い知った。
しかし、時既に遅し。
こんもりそびえるカレー&ウンコを同じ視界に収める。そんな悲喜劇を演じるしかない。
いや、より最悪なことに、目にするだけでなく、口にするのだ。
「さあ、お熱いうちにどうぞ」
「どうぞどうぞ」
二匹のダチョウのようにせっつく二神。私は一言も「じゃあ私が食べるよ」と言ってないのに。
しかも、カレーは私の目の前にしかない。明らかに拷問目的だ。
「い、嫌だ」
自分の精神がぽっきり折れるのを感じた。憐れな声がダダ漏れる。
「嫌だ嫌だ嫌だ! 食えるわけない! ウンコ味のカレーかカレー味のウンコかってレベルじゃないぞ、ウンコのカレーだぞ! 山盛りでできたてなんだぞ!?」
支離滅裂な言葉だとわかっていながら止められない。
「か、勘弁してくれ、ください! 勘弁してください!」
「いいからお食べなさいな」
「おかわりもいいぞ」
「すいません、本当に勘弁してください! 何でもしますから!」
「ん?」
「今何でもするって言ったよね?」
野獣の笑みを浮かべる神綺と魅魔様。背筋に怖気が走る間もなく、一枚の紙が差し出される。
婚姻届だった。
「え……」
「この場を切り上げたいのなら、これでケリをつけるしかないだろ」
「え? え?」
「はいはい、書いて書いて」
茫然自失の脳細胞は、促されるままにサインをする。いつ持ち出されたのか、私の印鑑まで押された。
ウンコもそれにならう。感無量と嘆息した。
「これで今日から俺は『霧雨ウンコ』になるんですね」
「良かったなあ、魔理沙。神で冒険家でコックなんてチャンプルーな物件、セガールくらいしかないぞ」
「結婚式はどんなふうにしましょうかねぇ」
「洋式が広まってるけど、和式も捨てがたいな」
「落ち着くのは洋式よねぇ」
「ふんばるには和式がいい」
結婚式の話だよな?とツッコむこともできず、私の意識は暗転した。
荘厳な音楽、万雷の拍手。
薄暗い聖堂の中で、私はライトアップされて立っていた。純白のウエディングドレスをまとっている。
横を見ると、大きなとぐろ。私の結婚相手は、同じく純白のウエディングベールで覆われていた。
──って、おい、
「ウンコ、お前、女だったのか?!」
「やだなぁ、何言ってるんですか。男で『ウン子』なんて名前ありえませんよ」
「女でもねぇよ!!」
音楽と拍手が止んだ。式のクライマックスが迫っているのを理解し、私の視界は狭まる。
神父が何やら言っているものの、まるで耳に入らない。最後の「では、誓いのキスを」だけ、かろうじてとらえられる。
今さら気づいたが、ウンコは私の顔の横にいる。つまりは空中浮遊している。神様ならできて当然か。
ベールが取り払われ、ウンコの潤む瞳が現れた、ように思えた。
そうだ。キス。キスをしなければならない。求められているのはそれだ。
私は花嫁の可憐な唇、と思われるそこへ、震える自らの唇を近づけた。
私のファーストキスを、永遠の誓いに捧げる。ああ、なんてロマンチック。
ようやくわかった。そう、私の恋符の行先はここに、ウンコのそばにこそあったんだ、って………………い、嫌だ。
「やっぱり嫌だあぁああああぁあああああッ!!」
「──あぁあああああぁあああ、あ、あぁっ?」
自らの絶叫で目を覚ます自分がいた。見慣れた天井が視界にある。
ここは、自宅。私のベッド。
「ゆ、夢?」
荒い呼吸が繰り返されるごとに落ち着いていく。気持ちの悪い汗が引いて、現実感が戻ってくる。
安堵の息を、ついた。
良かった。酷い悪夢だったが、現実でなければ何でもいい。結婚が人生の墓場どころか肥溜めになるなんざ、タチの悪い冗談だ。
今度は幸せな夢を見ようと布団をかぶり直して、そこで肌触りの違和感に気づく。
「え……」
思わず自分の体を抱きしめる。だが、事実を再確認するだけだった。
私はスッパになっていた。
下着の感触すらない。一糸まとわぬ裸体だった。
風呂から上がってそのまま寝たのか? 記憶がない。何も覚えてない。
悩乱するすぐ横から、
「ん……」
と、漏れる声が届く。
「えっ」
反射的に振り向けば、アリスが寝ていた。
滑らかな肩のラインが、自分と同じ姿であることを予想させる。首筋には紅い跡。キスマーク?
「は、はは……」
現実から目を背けようと、逆へ寝返った。
すると、そこには大きくとぐろを巻いた──
電車で読んだことを公開した。
付けたくないけど読んでる間の自分は敗北者のリアクションを止められなかった
まぁ笑った私の負けですね(諦め)
便乗したくなるようなならないような……w
わりと一般的(?)なマリアリかと思ってたので、爽快なくらい裏切られました
ろくでもない感想しか残すことはできませんが、
たくさんの愛と感動をこめておきます
私が生み出すのはビッチなウン子ちゃんですがこのSSのウン子さんはとても素敵な方だと思いました
お前
スカトロとはたまげたなぁ。
ひどいんやけど、うますぎて百点ですわぁ。
ですが、「なんでもしますから」「ん?なんでもするっていったよね?」
の淫夢ネタはマジで抵抗ある人も多いのでやめた方がいいですよ…
淫夢ネタを使われたので-70点です。話自体には十分100点付けれました。