数刻前までの沈鬱さとは打って変わって、戦前の活気とでも呼ぶべきものを取り戻した諸陣のさなか、神奈子による卜占が行われた本陣の周辺は、意外なほど人気がない。篝火に投ぜられた薪がぱちぱちと爆ぜる音だけが、どこか小気味よく闇夜を震わせるばかりだった。
とはいえ、それも当然のこと。
すでに各軍の将兵はそれぞれの陣に戻り、決戦に向けての備えに追われている。あと一刻と待たずに先遣の部隊が出発するというこのときに、自陣を抜け出し遊んでいるような呑気な者がひとりとして居るはずもない。もっとも、後詰めとして戦場から遠くに置かれている洩矢諏訪子を除いて、ではあったけれど。
「誰もおらぬか」
諏訪子はそう独語し、ふらふらと、人気ない諏訪軍の本陣近くに足跡を刻んだ。供も連れず、ひとりきりである。自分と自分の軍が今回のいくさに投入されるのは、まだまだ先のことになるだろう。いかに総攻めとはいえ、いわば『予備戦力』である下諏訪勢の力まで必要になるとは、どうしても思えなかった。だから、将兵の備えもゆるゆるとばかり進めさせている。さいわい、下諏訪から伴ってきた部将にはそれなりに有能なのが多いのだ。わざわざ神たる自分が直の採決を賜わずとも、人の手でできることは人の手にやらせておいた方が、進みの早いものごともある。
そうとはしたものの、いよいよ決戦ということで、彼女の心にもざわつきはあった。
少女とはいえ祟り神の身、緊張もあろうが恐怖はない。ただ少し、今の諏訪子には、己がうちなる熱のような何かを逃がしてやる必要があった。姿見えぬ熱である。正体の解らぬ熱である。いくさを直前としてぐると渦巻くその黒い熱は、ひょっとしたら、八坂神奈子と同じ本能が――いくさする者としてのその一端が、蠢き始めているせいかもしれないのだ。
白い息を、吐き吐き。
心は熱くとも、身体の方は外気との差でむしろ寒々としている。
未だ籠手さえ着けぬ手と手をこすり合わせながら、諏訪子が本陣近くで目にした物は、さっき神奈子が兵の士気を回復させるための卜占に使った、鉄片五十枚と矢盾であった。しばしそれらに遠くから見入っていたかと思うと、さくさくと雪を踏みながらそちらの方に歩みだす諏訪子。こころなしか、少し早足だ。やがてたどり着いた鉄片は、先ほど卜占が行われた通りにはなっていなかった。五十枚がいずれも、真ん中に開いた穴に釘を通すかたちで矢盾に打ちつけられていた。
「この五十枚はわれらの戦勝のため、いわばそなたたたち将兵の手で天に捧げられし供物にも等しい! ゆえに八坂はその供物を尊ばんがため、これらの鉄片をいくさ終わるまでのあいだ、この地に留めおくものである!」
卜占の後に神奈子は改めてそう宣言すると、鉄片の一枚一枚に釘を通し、矢盾の上に固定していたのである。文字通り『供物』のように残したのであった。戦勝祈願の証が麓から自分たちの背中を預かってくれている。山上の城を攻める兵たちにとって、これほど心強いものもないだろう。フと、無邪気に笑う男たちのことが、諏訪子にはやけに可愛らしく思えた。ひとつひとつは他愛もない卜占でも、その成功が五十度も続けば、それは立派に群衆の意識を制御する『儀式』となる。そして、戦争にはその『儀式』こそ肝要なのだろう。さすがに神奈子はいくさ神、必要に応じて行うべき『儀式』を選択するということを、よくよく心得ていると見えた。
「洩矢の神さまも、八坂さまの御力のほどが気になっておいでにございまするか」
卜占の跡地にしゃがみ込み、鉄片のひとつに手を伸ばしかけた諏訪子に、男の声が降ってきた。だいぶ絞られ、声量は小さい。が、どこか意志の強さを感じさせる声には、“ぶれ”というものがひとつもない。誰か……と声を掛けることもなく視線だけで振り向くと、そこに立っていたのは壮年の男。辰野勢からの降将、ノオリその人であった。
「おお、其許は」
と、諏訪子は立ち上がり、応ずる。
ノオリは改めて一礼をし、諏訪子に微笑みかけた。敵意のない、信頼と謝意でできた眼をしている。
「此度はこのノオリ、洩矢の神さまからのお口添えを頂きましたおかげで、八坂さまの元に身を寄せること叶いました。これでひとまずは、一族の命脈が保たれることと相成りましてございまする。いかに多くの言葉を尽くして御礼を申し上げたところで、洩矢の神さまに対しては、決して足りはしますまい」
大仰な礼を述べてもういちど頭を下げるノオリに、多少とはいえ諏訪子は面食らった。今まで彼女にかしずいてきた人々は、政略において王をも出し抜いてやろうという海千山千の古狸とか、あるいは人生のすべてを差し出そうという忠烈が過ぎる者ばかり。このノオリという男のように純たる誠心からの言を紡ぐ人物には、そうそう出会えるものではないだろう。
苦笑いし、諏訪子は口を開く。
「ノオリ、其許からの呼び方は少し堅苦しい。“諏訪子”で良かろう。“洩矢の神さま”などとは、息苦しくて叶わぬ」
「は。では、諏訪子さま」
「ん」
これで満足、といったように、諏訪子は胸を張った。
ノオリの表情は、子供の自慢話でも聞いてやるように穏やかなものである。あるいは娘でもいるのだろうかと、かすかに思う諏訪子。一方のノオリは直ぐに表情を引き締め、神奈子の卜占の跡にもういちど眼を遣る。こころなしか、神霊の降りる依代など見たときのように、畏まりたがっているように見える。それが、どこか滑稽だった。卜占の結果に狂喜する将兵の姿が、彼の真面目さに重なったせいだ。
「あの卜占の跡が気になるか」
先ほどのノオリの問いを、そのまま諏訪子は返した。
問われて、ノオリはゆっくりとうなずく。
「八坂さまは、噂に違わぬいくさ神にあらせられまするな。このノオリ、諏訪方の諸将にうち混じりて卜占の様をこの眼で見ておりましたが、まさに感嘆、また感服と言うほかございませぬ。数百数千の将兵が矛を揃えてひとつの敵へと突き進むごとく、鉄片の向きさえたやすく揃えてしまわれた。天意天運をも味方につけることが、名将の条件とでも申せましょうか。叶うものならば、一個の武人としてその御力にあやかるべく、先ほどの卜占の跡をもういちど目にしておきたいと思うた次第にございまする」
諏訪子さまも、きっと同じ理由なのでしょう。……と、彼の眼は訴えている。
やはりどこか純真な男なのだろうと、諏訪子は思わざるを得ない。武人として戦いにのみ邁進していたがゆえ、“世間擦れ”をしていないというか、妙な人の好さがある。そして、彼の滑稽さにいよいよ我慢しきれなくなった。頬の裏に留めていた笑いが唇まで侵し、ついに彼女は噴き出した。
「ふっ、ふふ。ノオリ。其許も見た目に反して、意外と勘の鈍い男のようだな」
「はあ? それは、いったい……」
「周りに誰も居らぬゆえ、其許にだけは教えるが。他言は無用ぞ」
「約束いたしまする。御神と直に言葉を交わして約した以上、男に二言はございませぬ」
ついてこい、と、言いたげに、諏訪子は卜占の跡へ近づいた。
ノオリもまた遅れることなくついていく。そして諏訪子は改めて振り返ると、「ようく聞け。……――――さっき八坂さまが将兵に見せたあの卜占とやらはな、単なるハッタリ。種を明かせば何ということはないものよ」と告げた。
何のことか解らない、と、いったように、ノオリの眉根に皺が寄る。
その顔もまた諏訪子には可笑しい。今度はうっかり噴き出さないよう気をつけながら、諏訪子は矢盾に釘で打ちつけられた五十枚の鉄片を指し、言ったのである
「ここにある五十枚の鉄片は、すべて同じ模様……つまり、紐通しの穴を囲むかたちで丸い印が彫られてある。そこまでは知っておろう」
「は。“表側にのみ彫られている”と、兵らの前で八坂さま御自らが、そのように仰せられておりました」
「うん。確かに皆の前では“印は表側にのみ彫られている”との仰せであったが、実際にはそうではない。“表にも裏にも同じ印が彫られている”のだ。つまり、“表側と裏側の両方に、表側を示す印が彫られている”。だから、この卜占の結果には人々の信仰などいっさいの関係がない。どう放ってどう向いても、必ず印の刻まれた側――すなわち表側が出るようにつくってあるのだから、初めから成功するに決まっているではないか。後は、将兵の士気を盛り上げるよう、それに併せて上手く口説けば良いという仕組みに過ぎぬ」
「そのような、……そのようなご冗談を」
「冗談などではないぞ。なぜなら、八坂さまに命ぜられてこの鉄片五十枚を用立てたのは、他ならぬこの洩矢諏訪子なのだからな。初めから、われらがふたりで関わっていたこと」
ノオリの目が、点になった。
そんなばかなことが――と言いたげである。しかし、あんぐりと開けられた口は、抗議や疑念の言葉をひとつも吐くことがなかった。いちいち鉄の欠片の表と裏を引っくり返しに現れるほど、人の世の運を左右する神々も物好きではないということである。ノオリは、そのことに気づいたらしかった。原因があれば結果があり、常識では計れぬような異様な事柄にも、大半の場合は何らかのそれらしい種がある。考えてみれば、当然のことではないか。この男の理解が早くて助かった、と、諏訪子は内心で溜め息模様。
けれども、決戦を前にして、全軍の士気に関わるような重大な秘密を知ってしまったせいか、ノオリは顔中に冷や汗を浮かべてもいた。それを拭うこともままならず、彼は腰を屈めて耳打ちみたいな姿勢となり、またも諏訪子に問い直す。
「では、あの儀式はすべてイカサマ……。鉄片の両面に表側を示す印を刻んでおくという、そんな他愛もないやり方で、三千を超す将兵たちの眼を欺いたのでございまするか!?」
ちょっと耐えたが、またも諏訪子は噴き出した。
「イカサマとは、イカサマとは! それはさすがに人聞きが悪いと思うがな。いちおう八坂さまの名誉のため申しておくが、ハッタリだろうとイカサマだろうと、それで兵らの士気が上がるなら、大将はためらうことなく“やる”べきであろう。いくさとは、矛の勝負である以上に心の勝負。先に勝ちを諦めた方こそが負けるのだ。その心なるものをいかに左右するかにおいて、一軍を率いる者はその将器を問われる。ノオリとて辰野衆の将であった男。そのことはようく知っておろう」
どうにか笑いを抑えつつ答えると、ノオリはしばし思案に入った態である。
「それがしには、何も解りませぬ。ただ志ばかりがつるぎ取らせる男にござれば、武人にはなれても策士には、とても」
結論と言うにしては、少しく曖昧な言葉の運びだ。
その謙譲もまたノオリという男の“味”かも知れぬ。
「そうは申しても、……ノオリは一族の血脈続かしめんがため、あえて同じ辰野人たるユグルとは袂を分かった身と聞く。それが其許の申す“志ばかりがつるぎ取らせる”ということであったとしても、やはり“策”であることには疑いを容れることできまい。そうして、それが其許にとって正しき道と思うのであれば、ノオリがその道を振り返るには及ばぬはずよ」
「なれど、諏訪子さま。八坂さまは決戦の際の陣構えにて、わが辰野衆をもっとも離れた場所に留め置かれるおつもりとか。わが“策”こそが諏訪方を陥れるための“姦策”であると、疑いを漏らす者も未だ居る様子。自らの選びし道、まことに正しかったのか、今になって迷いが生じまする」
再び、ノオリは声を絞った。
応じて諏訪子は顎に手指を当て、「ふうん」と考えこむ姿を見せる。
ここ数日の軍議の結論として、ノオリ率いる少数の軍勢は、諸陣営のうちもっとも遠方、おそらくは敵勢と接することはまずないであろう、ごく小さな集落に置かれることが決まっている。そして、その布陣は後詰めとして『温存』される予定の下諏訪勢からそう離れた場所ではない。だから、諏訪子自身もよく知っていた。
事実上、……今の諏訪子に課せられた仕事は、ノオリに対する『監視』に他ならないと言っても良い。
諏訪方に――八坂神に疑いを向けられているのではないかという不安は、ノオリの陣営の者が言い立てる意見であると同様に、ノオリ自身もきっとどこかで抱いているものに違いないのだろう。新たに八坂陣営に加わるうえは、命を掛けて真っ先に戦い、敵意のないことを証明する必要があると考えているはずだ。やはり嘘のつけぬ男であるに違いなかった。その不安の表明に当たり、彼は今まででいっとう、申しわけのなさそうな顔をしている。その一瞬だけで、十ばかりも老けこんでしまっているようにさえ見えるのだから。
痒くもない頬を掻きながら、諏訪子はノオリに掛けるべき言葉を探していた。
しばらく「ああ」とか「うん」とか呟きつつも、落ち着いた、穏やかな口調で話を再開する彼女。
「そうそう案ずるようなことでもなかろう。八坂さまも、ああ見えてそう酷薄ではない、と、思う。同じ辰野人同士が相争うを、お許しにはならなかったのであろう」
「それなら……それなら、良うございまする」
「ま、この考えが正しかろうが違っていようが、われらはわれらで己が努めを果たすことしかできはせぬ。他ならぬ八坂さまが三千の将兵の前で、ハッタリを貫き通したようにな」
そう、ハッタリである。
何らかの目的ある者が、そうそう容易く相手に尻尾をつかませるわけはない。
そしてこの戦いこそ、南科野を巡る情勢の総決算とも申すべきもの。ここでひとまずのハッタリを貫き通せぬ愚か者は、遅かれ早かれ潰れていくだけだ。世の人は、そして人に推戴される神でさえも、時には己が身に幾重もの役柄を封じ込めて演ずるばかりの、一場の役者に過ぎないのかも知れぬ。他人に対しての気遣いでさえも、きっとそうだ。諏訪子は、おそらく神奈子が自分に課した事実上の任務である『ノオリの監視』を、あえて話題に上らすこともしなかった。そのための不満を漏らすには、眼前の男は好漢に過ぎる。
「情け、ハッタリと申さば、」
と、ノオリが新たに訊ねてきた。
くると、また視線を返す。
「卜占を行うことをお留まりなされるよう、八坂さまへの説得を試みられたは、将兵に情けをかけ、その命を慮ったがゆえのことにございまするか。それとも、やはり八坂さまの策を成功させるためのハッタリにございまするか?」
「なぜそう思う?」
「諸軍を率いる二柱の神のうち、御一方が反対するほどの危うき策なれば、それが成功したときの八坂さまへの将兵からの信望は、より篤いものとなるに違いありませぬゆえ」
なかなか鋭いところを突いてくる男だな、と、諏訪子は感心した。
なるほど、これほど聡い男の指揮する軍勢なれば、小勢で大軍に二度も土をつけることも納得がいく……ような気がする。が、ひとまず彼女は何も言わなかった。意味ありげに笑むふりをすると、「さあ、どうであったかな」とのみ答える。またもノオリの目が点になる。それから直ぐに彼も微笑すると、もはや何も言うことはなく、一礼をして自分の陣に引き返していった。諏訪子もまた何も返すことなく、ただその背を見送るばかりである。
そして。
ノオリの姿が闇の中に影も残さず没したのを見届けると、諏訪子はその顔から微笑さえまったく消し去って、再び神奈子の卜占の跡に向き直る。周りに人の気配がないのをよく確かめて、さくりと雪を踏みしめながら、鉄片が打ちつけられた矢盾に向けて手を伸ばした。真新しい釘はすでに神奈子の手のぬくもりを喪っていて、痛々しいまでにひやりとしている。適当に指先を迷わせた後、これと定めた釘を引き抜いて、固定されていた鉄片を外し、表と裏を検めた。確認を終えるとまた矢盾に固定し、次の鉄片を外しにかかる。これを、六、七度も続けただろうか。
そのうちようやく、諏訪子の手は『当たり』の鉄片に行き着いた。
表と裏を何度も確かめ、自分の思った通りのつくりをしていることを認めた。
そして、ふっ、と笑う。皮肉としか言えないような笑いであった。否、そこには幾許か、自嘲の色の明らかなるものが埋め込まれていただろうか。
拾い上げた『当たり』の鉄片は星明かりの下、“丸い印が彫られていない真の裏側”の姿を、炯々(けいけい)たる怪物の眼(まなこ)がごとく、輝かせていたのである。
諏訪子がさっきノオリに語った卜占の種なるものは、半分が真実であり、もう半分は嘘であった。五十枚の鉄片のうち、四十九枚までは確かに両面が表になるようつくってあった。しかし、神奈子が最初に投じた一枚目だけは、表と裏でつくりが違っていた。彼女が将兵に説明したとおり、“表側にのみ丸印が彫られていた”のである。だから一枚目だけは、本当に表と裏の区別が存在したことになる。
つまり一枚目の鉄片で、表が出るか裏が出るか――このことばかりは、完全に賭けであったのだ。しょせんは二分の一の賭け、確率のうえでいえばそれほど難しくないものではある。しかし、選択肢がふたつしたない以上、もし裏を出して失敗してしまったときの危うさは、当たり前に選択肢が多いよりもはるかに跳ね上がるとも言える。そして、五十枚のうち一枚のみ表裏の区別をつけたのは、諏訪子が独断で行ったことであった。神奈子でさえも、事前には知らなかったはずである。言うなれば、これは『勝負』だった。南科野への神奈子の処遇を天が許すか許さぬか。神奈子は諏訪子の謀に気づくか否か。乗り越えることができるかどうか。
八坂神奈子は、その『勝負』に競り勝った。
おそらく鉄片を投じる際、表と裏でつくりが違うことに彼女は気づいたはずだ。ここで失敗すれば、辰野でのいくさはきっと負けると怖れたはずだ。だが、それをいっさい顔に出すことなく、汗のひと粒すらも見せることなく、三千を超す将兵に向けて完全にハッタリを演じ切った。自身に巨大なる将器の在るを、まざまざと皆に見せつけたのである。神奈子の運が二分の一の賭けに勝ったのか、それとも将兵の信頼が信仰となり、軍神八坂の権能を発揮させたのだろうか。どちらが正しいのかは解らない。解らないながらに、
「やはり、未だ天意は神奈子をお選びあそばされるか……」
手のうちに鉄片を弄びながら、諏訪子はぽつりと呟いた。
地上を明々と照らす篝火の光とて、冬空の澄み切った暗黒までをも破ることはない。そしてその闇の向こうに居るであろう、地上の神には及びもつかぬほどの、天の道理の姿をも。
信ずればこそ勝ち、生きる。
神奈子は確かにそう言った。諏訪子もきっと、解っているのだ。だからこそ、自分も正しいと思うことをやっているだけだ。情け心に幾許かの大逆を見せるこのむごきいくさに、正しいと思う道を見つけようとしているだけなのだ。
ぎりりと奥歯を軋らせると、諏訪子は矢盾から取り除いた『当たり』の鉄片を自らの懐にしまい込み、……代わりに、やはり懐からもうひとつの鉄片を取り出した。「万が一のために」と思って密かにつくってあった、五十一枚目の鉄片である。やはり表裏に同じ丸印を施したそれを、諏訪子はさも何ごともなかったというように、釘で矢盾に固定する。「ひとつ、貸しだ」と念じさえして。
開戦は、――――諏訪と辰野の決戦は、そして八坂神奈子と洩矢諏訪子の暗闘の始まりは、もう、あと少しというところにまで迫っているのである。(続く)
と思いきや諏訪子が一服盛っていたとは・・・この二人の関係は益すところややこしくなっていくなあ。昨日の敵は明日の友であり明後日の敵でもあると言うか。
ノオリは将来的にこっちの陣営に良く働くのか否か、そしてモレヤの出番は当分先なのか・・・決戦のときが待ち遠しい。
>>「ま、ともかくよ。ひとまず粥でも啜って粥を満たしてくるが良い。本陣までの供、御苦労であった」
粥でも啜って腹を?
ここでこの騒動に決着が着く。かと思いきやもう一話先でしたか。逸り過ぎでしたね。
神奈子の卜占はまあそういう作りになっているだろうとは予想してましたが、諏訪子の策略には気付けませんでした。
うーむ天運は神奈子を選ぶか...この先が面白くなってきましたよ。
この騒動の先にあるもの、それがどちらに傾くか。
心待ちにしております。
>それは出兵前、神奈子に五十枚の鉄片の調達を命じられたときから、ずっと抱いていた疑問であった。
>すなわち彼女もまた、この道具が戦場でどのように活かされるのか、まるで見当もつかなかったのである。
と地の文で書いてありましたが、
諏訪子が事前にタネのない鉄くずを仕込んでいたということは、この時点で何に使うか「まるで見当もつかなかった」どころか、むしろ神奈子の意図をわかっていたのではないかと思うのですが。
とうとう10話ですね、単行本だとすると4本か5本wいやぁ凄い
作者コメントでリアル主義を垣間見でなおさら凄い
これからも楽しみにしてます!
この鉄片の印は諏訪子が持ってきてから、現地で印を入れたということですかね。ちょっとわかりづらかったかもです。
ともかく今回も面白かったです。