真なる夏とは何かと問われれば、あなたが今体験している季節を言うのだと答えを返す事が出来る。空から照りつける太陽。まさに燦々と存在を主張されては、地上の生き物になす術は無い。かといって、地底ならば良いのかというとそうはいかない。何せ、幻想郷には、地底にも太陽が存在するのだから。
涼をとる手段は数あれど、実際に行えるかどうかは状況による。扇風機などという高級な手段を用いる余裕は博麗神社にはない。かといって、団扇や扇子を使ってみても、生ぬるい風を浴びるだけだ。
「おーい、霊夢、久しぶりに朝御飯をたかりに…… って、なんだ、取り込み中か?」
こんな日差しの中でも、トレードマークの三角帽子は忘れない。いや、むしろ、つばの部分が日よけになるからちょうどいいのだろうか。魔理沙の目に映ったのは、霊夢とチルノが互いに向き合って身構えている姿だった。ちょうど弾幕ごっこを始める前、意識を集中しているところに見えた。
「……あら、魔理沙。すぐ終わるから、その辺で待っててもらえるかしら?」
「隙あり! 氷符、アイシクルフォール!」
霊夢が魔理沙に声をかけたのをきっかけに、チルノが不意打ちをしかけた。いや、魔理沙には、霊夢が意図的に隙を作ったのだという事がわかっていた。待っていたとばかりに口元に笑みを浮かべ、迫りくる弾幕をかわしだした。ただかわすのではなく、ギリギリの所をかすめるようにして避けているのは、霊夢なりのこだわりなのだろう。
さらに言うと、霊夢の方からは一切反撃をしていない。時間切れを狙うつもりなのだろうと魔理沙が考えた時、ふいに霊夢が自ら弾幕の射線上に躍り出た。
『ピチューン』
あ、という声を出すときの口のまま、魔理沙は霊夢が倒れこむのを見た。パタリ、という擬音の後に、ゆっくりと立ち上がった霊夢は、素直に負けを認めているようだった。
「やったー! 霊夢に勝ったー! じゃあ、約束のアレ、ちゃんと出してちょうだい。忘れたなんて言い訳は許さないんだからね。」
勝ち誇った様子で高笑いをあげるチルノをよそに、霊夢は魔理沙に近付いてきた。
「お待たせ。と言っても、後始末があるから、もう少し待っててもらうけれど。」
「御苦労さん。……なぁ、最後のアレ、わざと負けに行っただろ。どうしてあんな事をしたんだ? 霊夢らしくない。」
「あぁ、あれはね、ちゃんと負けてあげないと、拗ねて神社に来なくなっちゃうのよ。だから、ある程度遊んであげたら、きっちりと負けてあげるの。」
「それこそ霊夢らしくないだろう。賽銭もあげないのに神社に寄りつく奴は、歓迎しないだろう?」
「失礼ね。そもそも、チルノは賽銭を…… いや、もっといいものを提供してくれてるのよ。」
そう言って、霊夢は何かを探すように辺りを見回す。ちょうど弾幕ごっこの後、チルノが撒いた氷の弾幕が散らばっている。両手に抱えるくらいの大きさの塊を見つけて霊夢は拾い上げた。
「じゃあ、準備してくるわ。……魔理沙も欲しいなら、それに見合う対価はいただくわよ。」
そういうと、霊夢は土間の方へ向かって行った。入れ替わるようにして、チルノが魔理沙に声をかけてくる。
「なんだ、魔理沙も来てたのか。もしかして、魔理沙もかき氷が目当てなのか? 凄いんだぞ。神社に来ると、かき氷がもらえるんだ。あ、でも、弾幕ごっこで勝たないともらえないんだけど、あたいは今のところ1回しか負けたことが無いのよ。ほんと、あたいったらさいきょーね!」
「……あぁ、お前はさいきょーだ。特に、この季節は、な。」
高笑いをするチルノの横で、魔理沙は呆れたように小さく微笑んだ。
====================================================================================================
「……で、かき氷の対価が、これ?」
何かが詰められた瓶を手に、霊夢が魔理沙に尋ねる。対する魔理沙は、横にチルノを従えながら、シャクシャクとかき氷を口に運んでいる。
「……あぁ、それだ。大根おろしと合わせれば、御飯のおかずにはぴったりだぞ。」
「なめ茸、ねぇ…… まぁ、いただいておくわ。」
「なめたけ? あたい、なめこだったら知ってるよ。小さくって、ぬるぬるして、箸でうまく掴めないんだ。」
その言葉に、魔理沙が反応する。喩えていうならば、目もとにゆがんだダイヤみたいな星が出てきて、キラッ、なんていう擬音が聞こえてきそうな表情を浮かべていた。
「チルノ、なめことなめ茸は別物だ。正確にいえば、なめこと言う茸は滑る子と書いてなめこというが、なめ茸は滑る茸と書いてなめ茸という。なめこのことをなめ茸という地方もあるらしいが、全てのなめ茸がなめこを指すわけじゃない。そこで、このなめ茸だ。この瓶に詰まっている茸、じつは、えのき茸なんだ。榎茸の醤油炊き。それがなめ茸の正体なんだぜ。」
ドヤ顔を決める魔理沙の横で、チルノは目を点にしている。さっきまで夢中で動かしていた匙ですら、凍りついたように全く動かない。さすがに魔理沙も慌てた様子で、チルノの前で手を振ってみたが、全く反応が無い。
「どうしよう、霊夢、チルノがパーフェクトフリーズしちゃった。」
「上手いこと言ったつもりにならないでよね。自分がやったんだから、自分で何とかしなさいよ。」
「何とかって言われても…… そうだな…… おい、チルノ、かき氷のおかわりが出来たぞ。……だめか。いっそのこと、外に出しておくか? いやいや、溶け切ったら洒落にならんぞ。あぁ、もう。……そうだ、チルノ、さいきょーの称号というのがあるんだが、欲しくないか?」
魔理沙の言葉に反応したのか、チルノの身体がピクリと揺れる。
「……さい ……ごう?」
「おお、動き出したか。ってか、だれだよ、西郷って。さいきょーの称号だ。欲しいなら、どんなものなのか教えてやってもいいぞ。」
「……欲しい。あたい、さいきょーの称号、欲しい!」
点になっていたチルノの目は、希望と好奇心にあふれた輝きを放っていた。安堵の表情を浮かべた魔理沙だったが、すぐに真剣な表情を作ると、チルノに向き合った。
「一度しか言わないからよく聞けよ。さいきょーの称号。それは、茸のことだ。」
「茸? 茸だったら、魔理沙がいつも持ってるじゃないか。まさか、魔理沙がさいきょーだ、なんて言うつもりじゃないでしょうね。」
「まぁ、慌てるな。茸といってもただの茸じゃない。言うならば、茸の中の茸。さいきょーの茸だ。」
「さいきょーの、茸?」
「あぁ、さいきょーの茸だ。どうだ、欲しくなってきただろう。」
チルノが勢いよく顔を縦に振る。霊夢ですら、話が気になったらしく、興味津々の表情を浮かべていた。
「じゃあ言うぞ。その茸の名前はな……」
「茸の名前は……?」
「……」
「……」
「……」
「……なめんなよ茸、だ!」
「……うおぉ!?」
「……ふっ!?」
チルノは驚愕し、霊夢は吹き出した。霊夢はツボに入ったらしく顔を真っ赤にして口をおさえながら、必死で笑いをこらえている。
「おい! 魔理沙! その、なめんなよ茸ってどこにあるんだ!? あたい、今から探しに行く!」
「あぁ、すまない。私も場所まではわからないんだ。欲しかったら、自分で探すんだな。」
「わかった! 見てなよ、魔理沙。絶対になめんなよ茸を手に入れて見せるから!」
そして、チルノは残っていたかき氷を一気に食べきると、勢いよく外に飛び出して行った。その頃になってようやく、霊夢が堪えていた笑いを解放した。
「あっははは、魔理沙、よくあんな嘘をつけるわね。なに、なめんなよ茸? 鉢巻きでも巻いて学ランを着てるとか? 想像したら…… あははは。」
「なんだよ、霊夢だって、途中までは興味持ってたんじゃないか。それに、ああでもしなけりゃ、ずっと固まったままだったかもしれないんだぞ。」
「ふふっ、それはそれでいいかもね。いるだけで涼しいやつだし。」
魔理沙は恥ずかしそうに帽子を深く被り直すが、赤らめた顔を隠しきることはできない。おもむろに立ち上がって、外に出て行こうとしている。
「あら、もうお帰り?」
「あぁ、ちょっと図書館にでも行ってくる。晩御飯は食べに来るからな。人を馬鹿にした対価だ。」
「そう。それじゃ、行ってらっしゃい。」
「……ふん。」
飛んでいく魔理沙を見送る霊夢。ふと、境内をみると、氷の塊がまだいくつか残っているのが見えた。
「チルノの弾幕って、便利よね。」
そう呟いて、霊夢は立ち上がる。境内の掃除という名目で、氷を回収するために。
====================================================================================================
「大根の差し入れとは、気がきくわね。」
「そりゃあな、私だって、晩御飯の対価は相応のものを用意すべきだと思っているさ。食の恨みは尾を引くから怖いんだ。」
「別にそこまで執念深くは無いわよ。あ、なめ茸とって。」
「はいよ。」
霊夢と魔理沙が食卓を囲む。おかずはなめ茸と大根おろし。素朴ながら、食の進む組み合わせだ。補足しておくと、大根は、図書館からの帰りに、魔理沙が人里へ寄って調達してきたものである。
「……うん、おいしい。ほのかな甘みとシャリシャリした食感が合わさって最強に感じるわ。」
「最強、ねぇ。そういえば、チルノはどうしてるんだろう。いくらあいつでも、いや、あいつだからこそ、夏の日差しの中で探し物をして回るなんて、無事じゃ済まないぞ。」
「あら、魔理沙、チルノの心配をしてるの?」
「そりゃあ、もとはと言えば、私が教えた情報がきっかけだからな。どうしよう、今更後には引けないし……」
困った顔をして俯く魔理沙を見て、霊夢が呆れ顔になる。ふう、と、溜め息をつきかけた時、境内に大きな声が響いた。
「やったぞ! 霊夢! さいきょーの称号を手に入れた! ……っと、魔理沙もいたのか。ちょうど良かった。」
おそらく、その声を聞いて一番驚いたのは魔理沙だろう。声のした方に振り返ると、何やら両手に抱えるくらいの大きさの物体を持ったチルノがそこにいた。その表情は、まさに満面の笑みに包まれていた。
「……チルノ、さいきょーの称号って、それか?」
「そう、これこそが、あたいが求めていたさいきょーの称号、なめんなよ茸だ!」
「……ふふっ!?」
霊夢が吹き出す。しかし、魔理沙はそれどころではない。口から出まかせで言ったものを手に入れてきたと言っている、これは一体どういうことなのか。一呼吸置いてから、魔理沙はチルノに話しかけた。
「チルノ、それをどこで手に入れた? そもそも、あるはずの無いものを…… ごほん、いや、とにかく、それについて、詳しく教えてくれないか?」
「ふふっ、知りたい?」
「知りたい。」
「……知りたい?」
「……あぁ。」
「…………知りたい?」
「いいから話せ。」
痺れを切らした魔理沙が、チルノの頭に拳骨を喰らわせる。両手がふさがっていたチルノは、まともに一撃をもらってしまった。
「いたっ!? なんだよ、いきなり人の頭を叩くな。」
「もったいぶってるお前が悪い。ほら、早く。」
しぶしぶといった様子で、チルノは一度手に持っていたさいきょーの称号を床に置く。そして、一つ咳払いをしてから、おもむろに話し始めた。
「まず、あたいは魔法の森に行った。茸と言えば魔法の森だからね。でも、生えてるのは魔法の茸ばっかりで、求めてる茸は見つからなかったんだ。それから、妖怪の山にも登ったし、地底にも潜った。あ、でも、地底は入ってすぐの辺りで頭を打って、気がついたら外に倒れてたんだっけ。」
「……ほう、それで?」
「最終的に、あたいは太陽の畑に行ったんだ。幽香なら、何か知ってるんじゃないかって思ってね。それで、理由を話したら、ちょっと待ってなさいって言って、待ってたら、幽香がこれを持って来たんだ。」
「……まじか。」
「なんて言ってたっけ…… そうそう、これは、ナ国っていうところのメンナヨ地方に生えてる、王者の椅子って呼ばれてる茸なんだって。で、幻想郷では、コレのことを、その場所の名前をとって、ナ・メンナヨ茸、って呼んでたんだけど、いつの頃からか、なめんなよ茸、って言い方になったんだって。」
「……驚きだぜ。」
「そうでしょ、そうでしょ。これで、あたいは真のさいきょーになったのよ。」
「いや、むしろ、お前がそれだけのことを覚えてて、ちゃんと説明できたことが驚きだ。」
「これくらい、覚えていて当然よ。だって、あたいはさいきょーだもの!」
チルノが両手を腰に当てて胸を張り、ふふんと鼻息を漏らす。ふと、魔理沙が霊夢の方を見ると、顔を真っ赤にしながら畳を手でバンバン叩いている。ただならぬ様子だっただけに、恐る恐る、魔理沙が声をかける。
「……お、おい、霊夢。大丈夫か?」
「……ナ、ナ国の、メンナヨ地方って…… メンナヨって…… くくく……」
あぁ、こりゃしばらくこのままだ。魔理沙は思った。これからは、出まかせを言うにしても、もっと信憑性のありそうなものにしておこう。反省したのも束の間、今度はチルノから声をかけられる。
「さぁ、魔理沙。さいきょーのあたいに御飯をちょうだい。一日中飛びまわってたから、お腹ぺこぺこよ。」
見ると、チルノはさいきょーの称号とやらに胡坐をかいている。霊夢に声をかけようとして、軽く首を振る。勝手知ったるなんとやら。魔理沙は立ち上がり、手慣れた様子で一人前の食事を用意する。おかずはもちろん、なめ茸だ。
「はいよ、さいきょーのチルノ様。」
「御苦労、魔理沙。下がって良いぞ。」
「……王者、ねぇ。」
勘違いも究めると王者に近付けるということだろうか。勘違いの王者の話と言えば、裸の王様、なんて話があるが、不幸中の幸いと言うべきか、チルノの召し物はいつも通りだ。まあ、例の茸も、調べれば正体がつかめるだろう。
美味い美味いといって箸を運ぶチルノを眺めながら、魔理沙も食事に戻る。ふと霊夢を見ると、未だに畳に突っ伏して震えている。見るに見かねて、魔理沙が声をかける。
「霊夢、なめ茸、全部食べちゃうぞ。」
「……くくく ……はっ!? いや、駄目よ。私の分はちゃんと残しておくのよ。」
「ようやく元に戻ったな。さっさと食べるぞ。」
夏は夜、と、昔の誰かが言った。昼間の熱気はどこへやら。どこからともなく涼しい風が通り抜ける。博麗神社には3人の声。何事もない、特別な日。その夜がまた一つ、更けて行った。
涼をとる手段は数あれど、実際に行えるかどうかは状況による。扇風機などという高級な手段を用いる余裕は博麗神社にはない。かといって、団扇や扇子を使ってみても、生ぬるい風を浴びるだけだ。
「おーい、霊夢、久しぶりに朝御飯をたかりに…… って、なんだ、取り込み中か?」
こんな日差しの中でも、トレードマークの三角帽子は忘れない。いや、むしろ、つばの部分が日よけになるからちょうどいいのだろうか。魔理沙の目に映ったのは、霊夢とチルノが互いに向き合って身構えている姿だった。ちょうど弾幕ごっこを始める前、意識を集中しているところに見えた。
「……あら、魔理沙。すぐ終わるから、その辺で待っててもらえるかしら?」
「隙あり! 氷符、アイシクルフォール!」
霊夢が魔理沙に声をかけたのをきっかけに、チルノが不意打ちをしかけた。いや、魔理沙には、霊夢が意図的に隙を作ったのだという事がわかっていた。待っていたとばかりに口元に笑みを浮かべ、迫りくる弾幕をかわしだした。ただかわすのではなく、ギリギリの所をかすめるようにして避けているのは、霊夢なりのこだわりなのだろう。
さらに言うと、霊夢の方からは一切反撃をしていない。時間切れを狙うつもりなのだろうと魔理沙が考えた時、ふいに霊夢が自ら弾幕の射線上に躍り出た。
『ピチューン』
あ、という声を出すときの口のまま、魔理沙は霊夢が倒れこむのを見た。パタリ、という擬音の後に、ゆっくりと立ち上がった霊夢は、素直に負けを認めているようだった。
「やったー! 霊夢に勝ったー! じゃあ、約束のアレ、ちゃんと出してちょうだい。忘れたなんて言い訳は許さないんだからね。」
勝ち誇った様子で高笑いをあげるチルノをよそに、霊夢は魔理沙に近付いてきた。
「お待たせ。と言っても、後始末があるから、もう少し待っててもらうけれど。」
「御苦労さん。……なぁ、最後のアレ、わざと負けに行っただろ。どうしてあんな事をしたんだ? 霊夢らしくない。」
「あぁ、あれはね、ちゃんと負けてあげないと、拗ねて神社に来なくなっちゃうのよ。だから、ある程度遊んであげたら、きっちりと負けてあげるの。」
「それこそ霊夢らしくないだろう。賽銭もあげないのに神社に寄りつく奴は、歓迎しないだろう?」
「失礼ね。そもそも、チルノは賽銭を…… いや、もっといいものを提供してくれてるのよ。」
そう言って、霊夢は何かを探すように辺りを見回す。ちょうど弾幕ごっこの後、チルノが撒いた氷の弾幕が散らばっている。両手に抱えるくらいの大きさの塊を見つけて霊夢は拾い上げた。
「じゃあ、準備してくるわ。……魔理沙も欲しいなら、それに見合う対価はいただくわよ。」
そういうと、霊夢は土間の方へ向かって行った。入れ替わるようにして、チルノが魔理沙に声をかけてくる。
「なんだ、魔理沙も来てたのか。もしかして、魔理沙もかき氷が目当てなのか? 凄いんだぞ。神社に来ると、かき氷がもらえるんだ。あ、でも、弾幕ごっこで勝たないともらえないんだけど、あたいは今のところ1回しか負けたことが無いのよ。ほんと、あたいったらさいきょーね!」
「……あぁ、お前はさいきょーだ。特に、この季節は、な。」
高笑いをするチルノの横で、魔理沙は呆れたように小さく微笑んだ。
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「……で、かき氷の対価が、これ?」
何かが詰められた瓶を手に、霊夢が魔理沙に尋ねる。対する魔理沙は、横にチルノを従えながら、シャクシャクとかき氷を口に運んでいる。
「……あぁ、それだ。大根おろしと合わせれば、御飯のおかずにはぴったりだぞ。」
「なめ茸、ねぇ…… まぁ、いただいておくわ。」
「なめたけ? あたい、なめこだったら知ってるよ。小さくって、ぬるぬるして、箸でうまく掴めないんだ。」
その言葉に、魔理沙が反応する。喩えていうならば、目もとにゆがんだダイヤみたいな星が出てきて、キラッ、なんていう擬音が聞こえてきそうな表情を浮かべていた。
「チルノ、なめことなめ茸は別物だ。正確にいえば、なめこと言う茸は滑る子と書いてなめこというが、なめ茸は滑る茸と書いてなめ茸という。なめこのことをなめ茸という地方もあるらしいが、全てのなめ茸がなめこを指すわけじゃない。そこで、このなめ茸だ。この瓶に詰まっている茸、じつは、えのき茸なんだ。榎茸の醤油炊き。それがなめ茸の正体なんだぜ。」
ドヤ顔を決める魔理沙の横で、チルノは目を点にしている。さっきまで夢中で動かしていた匙ですら、凍りついたように全く動かない。さすがに魔理沙も慌てた様子で、チルノの前で手を振ってみたが、全く反応が無い。
「どうしよう、霊夢、チルノがパーフェクトフリーズしちゃった。」
「上手いこと言ったつもりにならないでよね。自分がやったんだから、自分で何とかしなさいよ。」
「何とかって言われても…… そうだな…… おい、チルノ、かき氷のおかわりが出来たぞ。……だめか。いっそのこと、外に出しておくか? いやいや、溶け切ったら洒落にならんぞ。あぁ、もう。……そうだ、チルノ、さいきょーの称号というのがあるんだが、欲しくないか?」
魔理沙の言葉に反応したのか、チルノの身体がピクリと揺れる。
「……さい ……ごう?」
「おお、動き出したか。ってか、だれだよ、西郷って。さいきょーの称号だ。欲しいなら、どんなものなのか教えてやってもいいぞ。」
「……欲しい。あたい、さいきょーの称号、欲しい!」
点になっていたチルノの目は、希望と好奇心にあふれた輝きを放っていた。安堵の表情を浮かべた魔理沙だったが、すぐに真剣な表情を作ると、チルノに向き合った。
「一度しか言わないからよく聞けよ。さいきょーの称号。それは、茸のことだ。」
「茸? 茸だったら、魔理沙がいつも持ってるじゃないか。まさか、魔理沙がさいきょーだ、なんて言うつもりじゃないでしょうね。」
「まぁ、慌てるな。茸といってもただの茸じゃない。言うならば、茸の中の茸。さいきょーの茸だ。」
「さいきょーの、茸?」
「あぁ、さいきょーの茸だ。どうだ、欲しくなってきただろう。」
チルノが勢いよく顔を縦に振る。霊夢ですら、話が気になったらしく、興味津々の表情を浮かべていた。
「じゃあ言うぞ。その茸の名前はな……」
「茸の名前は……?」
「……」
「……」
「……」
「……なめんなよ茸、だ!」
「……うおぉ!?」
「……ふっ!?」
チルノは驚愕し、霊夢は吹き出した。霊夢はツボに入ったらしく顔を真っ赤にして口をおさえながら、必死で笑いをこらえている。
「おい! 魔理沙! その、なめんなよ茸ってどこにあるんだ!? あたい、今から探しに行く!」
「あぁ、すまない。私も場所まではわからないんだ。欲しかったら、自分で探すんだな。」
「わかった! 見てなよ、魔理沙。絶対になめんなよ茸を手に入れて見せるから!」
そして、チルノは残っていたかき氷を一気に食べきると、勢いよく外に飛び出して行った。その頃になってようやく、霊夢が堪えていた笑いを解放した。
「あっははは、魔理沙、よくあんな嘘をつけるわね。なに、なめんなよ茸? 鉢巻きでも巻いて学ランを着てるとか? 想像したら…… あははは。」
「なんだよ、霊夢だって、途中までは興味持ってたんじゃないか。それに、ああでもしなけりゃ、ずっと固まったままだったかもしれないんだぞ。」
「ふふっ、それはそれでいいかもね。いるだけで涼しいやつだし。」
魔理沙は恥ずかしそうに帽子を深く被り直すが、赤らめた顔を隠しきることはできない。おもむろに立ち上がって、外に出て行こうとしている。
「あら、もうお帰り?」
「あぁ、ちょっと図書館にでも行ってくる。晩御飯は食べに来るからな。人を馬鹿にした対価だ。」
「そう。それじゃ、行ってらっしゃい。」
「……ふん。」
飛んでいく魔理沙を見送る霊夢。ふと、境内をみると、氷の塊がまだいくつか残っているのが見えた。
「チルノの弾幕って、便利よね。」
そう呟いて、霊夢は立ち上がる。境内の掃除という名目で、氷を回収するために。
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「大根の差し入れとは、気がきくわね。」
「そりゃあな、私だって、晩御飯の対価は相応のものを用意すべきだと思っているさ。食の恨みは尾を引くから怖いんだ。」
「別にそこまで執念深くは無いわよ。あ、なめ茸とって。」
「はいよ。」
霊夢と魔理沙が食卓を囲む。おかずはなめ茸と大根おろし。素朴ながら、食の進む組み合わせだ。補足しておくと、大根は、図書館からの帰りに、魔理沙が人里へ寄って調達してきたものである。
「……うん、おいしい。ほのかな甘みとシャリシャリした食感が合わさって最強に感じるわ。」
「最強、ねぇ。そういえば、チルノはどうしてるんだろう。いくらあいつでも、いや、あいつだからこそ、夏の日差しの中で探し物をして回るなんて、無事じゃ済まないぞ。」
「あら、魔理沙、チルノの心配をしてるの?」
「そりゃあ、もとはと言えば、私が教えた情報がきっかけだからな。どうしよう、今更後には引けないし……」
困った顔をして俯く魔理沙を見て、霊夢が呆れ顔になる。ふう、と、溜め息をつきかけた時、境内に大きな声が響いた。
「やったぞ! 霊夢! さいきょーの称号を手に入れた! ……っと、魔理沙もいたのか。ちょうど良かった。」
おそらく、その声を聞いて一番驚いたのは魔理沙だろう。声のした方に振り返ると、何やら両手に抱えるくらいの大きさの物体を持ったチルノがそこにいた。その表情は、まさに満面の笑みに包まれていた。
「……チルノ、さいきょーの称号って、それか?」
「そう、これこそが、あたいが求めていたさいきょーの称号、なめんなよ茸だ!」
「……ふふっ!?」
霊夢が吹き出す。しかし、魔理沙はそれどころではない。口から出まかせで言ったものを手に入れてきたと言っている、これは一体どういうことなのか。一呼吸置いてから、魔理沙はチルノに話しかけた。
「チルノ、それをどこで手に入れた? そもそも、あるはずの無いものを…… ごほん、いや、とにかく、それについて、詳しく教えてくれないか?」
「ふふっ、知りたい?」
「知りたい。」
「……知りたい?」
「……あぁ。」
「…………知りたい?」
「いいから話せ。」
痺れを切らした魔理沙が、チルノの頭に拳骨を喰らわせる。両手がふさがっていたチルノは、まともに一撃をもらってしまった。
「いたっ!? なんだよ、いきなり人の頭を叩くな。」
「もったいぶってるお前が悪い。ほら、早く。」
しぶしぶといった様子で、チルノは一度手に持っていたさいきょーの称号を床に置く。そして、一つ咳払いをしてから、おもむろに話し始めた。
「まず、あたいは魔法の森に行った。茸と言えば魔法の森だからね。でも、生えてるのは魔法の茸ばっかりで、求めてる茸は見つからなかったんだ。それから、妖怪の山にも登ったし、地底にも潜った。あ、でも、地底は入ってすぐの辺りで頭を打って、気がついたら外に倒れてたんだっけ。」
「……ほう、それで?」
「最終的に、あたいは太陽の畑に行ったんだ。幽香なら、何か知ってるんじゃないかって思ってね。それで、理由を話したら、ちょっと待ってなさいって言って、待ってたら、幽香がこれを持って来たんだ。」
「……まじか。」
「なんて言ってたっけ…… そうそう、これは、ナ国っていうところのメンナヨ地方に生えてる、王者の椅子って呼ばれてる茸なんだって。で、幻想郷では、コレのことを、その場所の名前をとって、ナ・メンナヨ茸、って呼んでたんだけど、いつの頃からか、なめんなよ茸、って言い方になったんだって。」
「……驚きだぜ。」
「そうでしょ、そうでしょ。これで、あたいは真のさいきょーになったのよ。」
「いや、むしろ、お前がそれだけのことを覚えてて、ちゃんと説明できたことが驚きだ。」
「これくらい、覚えていて当然よ。だって、あたいはさいきょーだもの!」
チルノが両手を腰に当てて胸を張り、ふふんと鼻息を漏らす。ふと、魔理沙が霊夢の方を見ると、顔を真っ赤にしながら畳を手でバンバン叩いている。ただならぬ様子だっただけに、恐る恐る、魔理沙が声をかける。
「……お、おい、霊夢。大丈夫か?」
「……ナ、ナ国の、メンナヨ地方って…… メンナヨって…… くくく……」
あぁ、こりゃしばらくこのままだ。魔理沙は思った。これからは、出まかせを言うにしても、もっと信憑性のありそうなものにしておこう。反省したのも束の間、今度はチルノから声をかけられる。
「さぁ、魔理沙。さいきょーのあたいに御飯をちょうだい。一日中飛びまわってたから、お腹ぺこぺこよ。」
見ると、チルノはさいきょーの称号とやらに胡坐をかいている。霊夢に声をかけようとして、軽く首を振る。勝手知ったるなんとやら。魔理沙は立ち上がり、手慣れた様子で一人前の食事を用意する。おかずはもちろん、なめ茸だ。
「はいよ、さいきょーのチルノ様。」
「御苦労、魔理沙。下がって良いぞ。」
「……王者、ねぇ。」
勘違いも究めると王者に近付けるということだろうか。勘違いの王者の話と言えば、裸の王様、なんて話があるが、不幸中の幸いと言うべきか、チルノの召し物はいつも通りだ。まあ、例の茸も、調べれば正体がつかめるだろう。
美味い美味いといって箸を運ぶチルノを眺めながら、魔理沙も食事に戻る。ふと霊夢を見ると、未だに畳に突っ伏して震えている。見るに見かねて、魔理沙が声をかける。
「霊夢、なめ茸、全部食べちゃうぞ。」
「……くくく ……はっ!? いや、駄目よ。私の分はちゃんと残しておくのよ。」
「ようやく元に戻ったな。さっさと食べるぞ。」
夏は夜、と、昔の誰かが言った。昼間の熱気はどこへやら。どこからともなく涼しい風が通り抜ける。博麗神社には3人の声。何事もない、特別な日。その夜がまた一つ、更けて行った。
なめ茸、大根おろし……素朴ながら食欲のそそるラインナップですね、腹減った。
あんな形ですが霊夢に勝利し、さいきょーのキノコまで持ってきてしまうチルノは
何だかんだ言って本当に最強なのかもしれませんね。