秋の満月。
それは忘れていたものを思い出させる、魔法の鏡。
そして、その光に誘われて、森の中を歩く影ひとつ。
『足音をしのばせて、静かに歩こう 誰にも気付かれないように』
ひめやかに密やかに、影は歩く。足音も気配も、吐息さえ殺して。
『息をする時でさえも気をつけて、静かに、静かに!! ……今宵は普通の夜ではない』
用心しながら歩く影は、しかし、とても楽しそうな、ともすれば浮かれて踊りだしそうな風で、それでも周りに気をつけて歩く。
『今宵は満月、すばらしい夜』
浮かれるような人影を、森の奥に潜むもの達も認めているが、何故か手を出す者は居ない。
彼らもわかっているのだ。今夜が普通の月夜ではない事を。
『ひと言もいわず、森の泉へ行こう 静かに、静かに!!』
やがて、森の奥に、満月で彩られた光る景色が見えてくる。
少しずつ近づいていくと、森がひらけたそこには、深く澄んだ泉が波紋も無く、夜空を写していた。
影は森から辺りを見回し、夜空を少し仰いでから、そぞろ足で泉の水際まで近づく。
その影から光り輝く銀色が、泉の月を乱して、しかし音も無く吸い込まれていく。
影は静かに手を組んだ。それは祈りの形であり、その顔は真摯な願いに満ちている。
『泉に銀貨を投げて願いをかければ 月が願いをかなえてくれる』
長い様で短い時間の後、影は静かに、空気も乱さない動きで森の中へ消えた。
帰りの足は少し急ぎ足で、でも音は立てずに舞うが如く静かに歩みを進めて行く。
そして、森を抜けた時、月光は影を払い、その主を藍色の下にさらけ出す。
同時に、その目の前に誰かが居た。
いつものメイド服ではない、銀色のドレスに身を包む、緋色の目に月光をそのまま形にした銀髪の乙女。
冷厳ないつもの顔は静かな微笑みにあふれ、慈愛のまなざしで見つめてくる。
しばらく見つめあった後、乙女はドレスの端をつまみあげて、丁寧に礼をした。
(お迎えにあがりました。フランドール様)
無言の伝心は少女の顔を綻ばせる。
地面に映った影には、ステンドグラスの様な光がつつましく彩を添える。
(今夜はレミリア様もあなたに何も言いません。共に帰りましょう)
声無き言葉に、少女 ---フランドールは何も言わず、銀の乙女 ---十六夜咲夜に抱きついた。
咲夜はフランドールを抱いて、空へ飛び上がる。
銀光の残像を残して、彼女は行く。そして、咲夜は何も訊かない。
フランドールも、何も言わない。
まるで、それが遠い昔からの約束であるかのように、彼女達はお互いを見て微笑むだけ。
だが、それで通じ合うのだ。
咲夜が、フランドールを家族と思っているから。
フランドールが、咲夜を姉と同じくらい好きだから。
泉のある森が遠くなる。
その風景を、首を曲げてフランドールは見つめる。
二人の間に言葉は無い。微笑みと安らぎだけがそこにある。
それを微笑ましく見て、咲夜は言葉も無く月へ祈った。
(この幸せが、壊されないように)
偶然か必然なのか、それは彼女の腕に抱かれる少女と同じ願いだった。
『気をつけて、この秘密を誰にも言わないように 独り言を言う時でさえ、注意を払おう』
館に着いてからも、二人は何も言わず、各々の部屋へと歩を進める。
この夜の出来事は、この館の誰もが知ることだが、誰も何も言わない。言ってはいけないのだ。
何故なら…
『月は移り気、幸運が逃げてしまうから』
目の前にある何気ない幸せを逃がさないように、
いつも感じている気持ちを忘れてしまわない様に、館は静かに夜を明かす。
美しい夜に、言葉と言うノイズは無粋でしかないから。
少女の可憐な祈りと、乙女の一途な願いを月は受け止め、笑うが如く輝く。
ーーーあなたの為に、明かりをひとつ点して眠ります。おやすみなさい、大好きなひと。
言葉無き挨拶が二つ、最後に館のふたつの部屋で同時に響き、そして、眠りについた。
それは忘れていたものを思い出させる、魔法の鏡。
そして、その光に誘われて、森の中を歩く影ひとつ。
『足音をしのばせて、静かに歩こう 誰にも気付かれないように』
ひめやかに密やかに、影は歩く。足音も気配も、吐息さえ殺して。
『息をする時でさえも気をつけて、静かに、静かに!! ……今宵は普通の夜ではない』
用心しながら歩く影は、しかし、とても楽しそうな、ともすれば浮かれて踊りだしそうな風で、それでも周りに気をつけて歩く。
『今宵は満月、すばらしい夜』
浮かれるような人影を、森の奥に潜むもの達も認めているが、何故か手を出す者は居ない。
彼らもわかっているのだ。今夜が普通の月夜ではない事を。
『ひと言もいわず、森の泉へ行こう 静かに、静かに!!』
やがて、森の奥に、満月で彩られた光る景色が見えてくる。
少しずつ近づいていくと、森がひらけたそこには、深く澄んだ泉が波紋も無く、夜空を写していた。
影は森から辺りを見回し、夜空を少し仰いでから、そぞろ足で泉の水際まで近づく。
その影から光り輝く銀色が、泉の月を乱して、しかし音も無く吸い込まれていく。
影は静かに手を組んだ。それは祈りの形であり、その顔は真摯な願いに満ちている。
『泉に銀貨を投げて願いをかければ 月が願いをかなえてくれる』
長い様で短い時間の後、影は静かに、空気も乱さない動きで森の中へ消えた。
帰りの足は少し急ぎ足で、でも音は立てずに舞うが如く静かに歩みを進めて行く。
そして、森を抜けた時、月光は影を払い、その主を藍色の下にさらけ出す。
同時に、その目の前に誰かが居た。
いつものメイド服ではない、銀色のドレスに身を包む、緋色の目に月光をそのまま形にした銀髪の乙女。
冷厳ないつもの顔は静かな微笑みにあふれ、慈愛のまなざしで見つめてくる。
しばらく見つめあった後、乙女はドレスの端をつまみあげて、丁寧に礼をした。
(お迎えにあがりました。フランドール様)
無言の伝心は少女の顔を綻ばせる。
地面に映った影には、ステンドグラスの様な光がつつましく彩を添える。
(今夜はレミリア様もあなたに何も言いません。共に帰りましょう)
声無き言葉に、少女 ---フランドールは何も言わず、銀の乙女 ---十六夜咲夜に抱きついた。
咲夜はフランドールを抱いて、空へ飛び上がる。
銀光の残像を残して、彼女は行く。そして、咲夜は何も訊かない。
フランドールも、何も言わない。
まるで、それが遠い昔からの約束であるかのように、彼女達はお互いを見て微笑むだけ。
だが、それで通じ合うのだ。
咲夜が、フランドールを家族と思っているから。
フランドールが、咲夜を姉と同じくらい好きだから。
泉のある森が遠くなる。
その風景を、首を曲げてフランドールは見つめる。
二人の間に言葉は無い。微笑みと安らぎだけがそこにある。
それを微笑ましく見て、咲夜は言葉も無く月へ祈った。
(この幸せが、壊されないように)
偶然か必然なのか、それは彼女の腕に抱かれる少女と同じ願いだった。
『気をつけて、この秘密を誰にも言わないように 独り言を言う時でさえ、注意を払おう』
館に着いてからも、二人は何も言わず、各々の部屋へと歩を進める。
この夜の出来事は、この館の誰もが知ることだが、誰も何も言わない。言ってはいけないのだ。
何故なら…
『月は移り気、幸運が逃げてしまうから』
目の前にある何気ない幸せを逃がさないように、
いつも感じている気持ちを忘れてしまわない様に、館は静かに夜を明かす。
美しい夜に、言葉と言うノイズは無粋でしかないから。
少女の可憐な祈りと、乙女の一途な願いを月は受け止め、笑うが如く輝く。
ーーーあなたの為に、明かりをひとつ点して眠ります。おやすみなさい、大好きなひと。
言葉無き挨拶が二つ、最後に館のふたつの部屋で同時に響き、そして、眠りについた。
凛とした月夜の雰囲気が良く良く感じ取れました。
レミリアは紅い月というイメージですが、フランは黄色くて、真ん丸の満月が似合いそうです。
森の奥に潜むもの達がフランを襲わなかったのは、フランを恐れて、とかだけじゃないといいなと個人的に。