まだ少し、暑い。
強烈な日差しこそ無くなったのだが、空気が暑く乾燥している所為か、人里には病人が増えたという話を聞いた。季節の変わり目と言うのは、実に難儀なものである。
雲山が日の光を遮っているとはいえ、暑いのは変わりない。
私の視線の先から、一人の女性が歩いてくる。
半袖から伸びる二の腕が眩しいのは、鍛えられている証なのだろうか。健康的だ。
「遅いわ、先にチルノが来たら二人で叱るつもりだったのに」
「ははは。すいません、ちょっと並んでまして」
私のパシリと化しているのは、私の背後にある真っ赤な館の門番である。メイドの許可を得て、門番を交代する代わりに、おすすめのお菓子を買ってくるという契約の元に行動している。
今日はサラシが緩いのか、けしからんおっぱいが軽く揺れて、目の保養だ。私の持論としては、姐さんのように先端が尖った感じの方が好きなのだが。
私のは大きさこそ合格だが、形がイマイチな気がする。とか言っていたら、美鈴が私にお菓子を投げてきた。
「口に出てますよ」
「あら、本当?」
「まったく、もう」
左手で受け取った菓子は冷たく、最近チルノ達が開いた氷菓子屋の物らしい。なるほど、これは確かにおすすめだ。
ミスティアのコネとお金で食材を買い、チルノがそれを凍らせる。リグルと橙と大妖精が勘定を担当して、ルーミアが隣で美味しそうに試食するのだ。
今回は氷バナナのようだ。美味しいのか?
「美味しいですよ、私もためしに一本食べましたから」
美鈴はもう食べ始めている。頭がキーンとならないのか、一気に根元まで咥えている。
うん、一瞬だけ銀髪のメイドが写真を撮っていたような気がしたが、気の所為だと思おう。多分、時間停止を一瞬忘れていたのだとか、推察するまでもない。
ん?
「美鈴、三本買ったの? 渡したお金じゃ、二本買って少し余るぐらいだと思うけど」
実はチルノの氷菓子は結構高い。正確に言えば、果物などの食材が高値。
ちなみに『ひゃくまんえん!』とか、氷菓子の値段を適当に決めたチルノの金銭感覚を矯正したのは、説教好きな仙人である。物好きなことだ。
「はは、実はその人に借りたんですよ」
「その人?」
そう言うと、美鈴は上を指差す。手を使わずに氷菓子咥えてるのは、なんだろう、背徳的な匂いがする。あ、またメイド。
私は指差された上空へと目を向けた。
そこには、大きなドラムがくるくると回っている姿が見える。
去年、付喪神達の下剋上異変の後に知り合った女性のものだった。
「あら、雷鼓じゃない。あなたお金とか持ってたの?」
「この間呑んだじゃないか、ミスティアの店で」
「そう言えばそうね」
ドラムがくるっと垂直になると、スーツを脱いで腰に巻いている、宝塚系女子がへばりついていた。口には同じようにバナナを咥えている。
額に滲む汗は隠せていないものの、爽やかに微笑んでいるため好感度アップが図れるだろう。地味な僧職系女子としては素直に羨ましい。
「もうすぐ店長も来るそうだ。今日は大盛況だったからな。あ、それと君達がしようとしている事に私も参加させてもらおう」
私は少し悩んで、ぐっと親指を上げる。
この場合の店長というと、チルノの事だ。
食材が無くなると閉店するので、ほとんど午前中に閉まっている。
もうすぐ日が真上に昇るので、そろそろ閉まる頃だろう。
これで残すはチルノのみとなった。太鼓妖怪というイレギュラーも来たが、まあ問題ない。
「今日はなんだかお父さん達が多かったですね。流石は大黒柱、奥さんに買って行ったんでしょうねー」
「美鈴、その予想は当たってるけど外れてるわ」
「ははは、一輪は邪推が過ぎるな」
「せんせー、私だけ会話から置いてけぼりくらってまーす」
「美鈴だもの」
「美鈴だからな」
息ぴったりだぜ。と、私と雷鼓は意味もなくハイタッチする。
会話の意味が分からず、首を傾げる美鈴はやはりエロティックだ。私はきょろきょろと周りを見てみるが、今回のメイドは隙が無いようだ。
しかしこんなエロい美人がヅカ系美人と一緒に人里に行ったのか、教育に悪いなあ。
いや、あの堅物教師も大して変わらないか。
「五千百度とは言わないが、夏は暑いものだな」
「雲山の陰に入ってるあなたが何を言っているのかしら?」
「こりゃ失敬」
これが結構涼しいので、夏になると命蓮寺中庭上空には、薄紫の雲が出るのだ。
私は指をくるくると回し、雲山にもう少し広がるようにお願いする。
「あ、私も入れてくださいよー」
「ほらほら、広がったから入りなさいよ」
「やっぱり一輪は気が利きますねー」
「褒めても雲しか出ないわよ?」
「助かりまーす」
と、美鈴も陰の中に入ってくる。
「一輪も、その暑そうな頭巾脱いだ方がいいですよ」
「ああ、それもそうね。いくら親友の形見とは言え、自分を蒸し殺すのはよくない」
「そりゃそうだわ」
私は頭巾を後ろにずらし、頭を露出させる。
今日は後ろ髪を一つにまとめているが、姐さんの要求によってはおさげにしてたりする。長いと便利だが、暑いのが難点だ。
そうして三人でバナナを食べていると、雲山の陰が真上から動いていく。
草木が揺らめく姿を楽しんでいると、地平の向こうから青い妖精が飛んできている姿が見えてきた。
後ろには夜雀達が並んで飛んできている、けれども妙な連中もついてきていたりするのは、途中で拾ってきたのだろうか。
「紅白巫女に白黒魔女、騒霊三姉妹に白狼天狗に花妖怪、山の巫女やら狼女山彦なんて、随分と圧巻。震えが来るような壮々たるメンバーだ」
「ははは、巫女来ちゃいましたねえ。異変扱いされちゃうんでしょうか」
「ま、迷惑はかけないから良いんじゃないかしら?」
私はすぐに金輪で雲山に、『もっと広がる』ように指示する。念じた瞬間、一気に雲が屋根のように広がる。
降り立ってきた人妖達は、次々と雲山の下に入る。
「アンタらがやろうとしてること聞いたわよ。妖怪の癖に」
やべ、紅白巫女さんが仁王立ちしてらっしゃる。
戦々恐々とする私と赤髪二人。
「ま、今回は認めてあげるわ。妖怪の癖に、みんなの助けになるみたいだし」
ほっと胸を撫で下ろす。うむ、今日も胸は柔らかい。
そうしているとチルノもやってきて、よっ!と私達に挨拶する。
「なんかみんなついてきたけど、大丈夫か?」
「ううん、まあいいわ。当初の五人よりは多いけど、数が多いに越したことは無いしね」
「ところでチルノちゃん、今回の事は」
「うん! めーりん達がすっげえことやるってすっげえ自慢した!」
「おかしいなー、私は止めたんだけどなー」
「まあ、多少漏れる事は計算の内よ。妖精の口に戸は立てられないって言うしね」
実際、美鈴も雷鼓を連れてきたわけだし。
しょうがない、采配しよう。これでも私は、寅丸以外で唯一封印されずに、みんなを探し続けた不屈の僧侶だ。宝塚系ではないが、僧職系の本領発揮と行こうじゃないか。
「起きて、こころ。準備するわよ」
その名前を呼ぶと、雲山の中からお面を付けた美少女が、逆さまに顔を出した。
ぶるんと揺れた所を見ると、サラシも下着も身に着けていないようだ。けしからん。
「おはよ、一輪」
そして私は他の臨時メンバーを把握して、出来る限り対応できるであろう指示を出すことに努める。
「美鈴、まずはパチュリーに知らせて、二人で水の属性を強めて」
「理解!」
「雷鼓は――」
そして私達は、乾いた世界に異変を起こすのだ。
◆
人里に、雨が降る。
人々は急造された舞台で突然始まった、秦こころの静かな舞に魅了され始めた。
そこに打楽器の静かながら力強い音色が天空から降り注ぎ、続いて騒霊三姉妹次女の管楽器が吹き鳴らされる。
音が増えていき、最後に夜雀の歌声が加わる時、既に音楽は熱狂の域に達していた。
神事のように踊る二人の巫女も熱狂に加わり、リズムに乗った人々の熱が最高潮に達した時に、最初の一滴は雷鼓のドラムへと落ちた。
やがて、人々は徐々に気付いてく。
空気を湿らせる天の恵みに、空から降ってくる雫に。
上空には人魚や楽団が飛んで、青い妖精が緑の妖精と楽しげに踊っている。
人里に雨が降る。
七曜の魔女と龍の末女から力を得た入道雲に、氷の妖精と音楽が刺激を与えた。
入道からは豊作を約束する落雷と共に、恵みの雨が降る。
寺子屋で教鞭を執る大魔法使いと歴史家は、窓に駆け寄る子供達を止めず。
運航していた聖輦船で、正体不明と舟幽霊が踊りだす。
悪魔の館の主人と妹は、バルコニーで優雅に紅茶を飲み。
竹林では不死者達が笑う。
妖怪の山で新聞を書きながら、天狗は空を見る。
マヨヒガの猫は毛繕いして、幼き主に会いに行く。
魔法の森で、人形達が雨を知らせる。
古本屋の幼き店番は、焦がれる人に文を書く。
乾いた地面は雨を吸い、曇った天は笑いながら雷を落とす。
花は活力を喜び虫は鳴く。
光の三妖精は、雨の音を消して遊んでいる。
入道使いが、相棒を誇りながら胸を張り。
幻想郷に、雨が降る。
本編は色々ネタ仕込んでクスッとした。めーさくもかわいいし、こういう空気好きだ
そして信仰も集まるでしょう。思えば、原初の宗教の多くは、雨乞いをその利益の一つに据えていたのですから。
雰囲気が和気藹々としていてとても良かったです。非常に多数のキャラクターを出しながら、それぞれに役話を与えているのはすごい。
とても面白かったです!
あとがきはよくわかる気がするww
原作で絡みのないキャラ同士のSSは見ていて新鮮ですね。
原作では描かれない幻想郷の1ページ、という印象を受けました。