暑い。
立っているだけで汗が湧き出すほどの、酷暑。
巫女装束の腋から入る空気が、冬は切れ味を持つように痛いけど、今だけは有り難い。まぁ、風も若干ぬくいんだけど、風が通るだけマシって感じかしらね。
「あっぢぃ……」
そして居間では、魔理沙が伸びていた。
……なんで此処でなんだろう。
「暑いなら自分の家に帰ってシャワーでも浴びたら?」
「いや、シャワーより温泉だろ。それにここ風通し良いし」
水を浴びたら、と云ったつもりだったんだけど。芯まで温まる気か。
「なぁ霊夢。涼しくなる物作ってくれよ」
「贅沢ねあんた」
自分用を用意するつもりではあったけれど、注文されると作る気が失せる。
時は既に八つ時。ついさっき飛んできた魔理沙だけど、まさか昼食を食べていないわけではないでしょう。とすれば、やはり欲しいのは飲み物くらいだろうか。
「ちなみに、冷やし水と甘酒だったらどっちが飲みたい?」
「……アイスコーヒーっていう注文は駄目か?」
「駄目」
豆ないし。牛乳はあるけど。
……あぁ。
「ものすっごく濃い麦茶出して牛乳で割って似非カフェオレ作ろうか?」
「……え、美味いのそれ?」
ものすごい訝しんだ顔して魔理沙が身を起こした。
反応した辺り、興味はあるらしい。
「んー。あまりコーヒーを飲んだことない私は騙された」
「その前置き不安にしかならないんだけど」
とか云いながら、伸びた姿勢から座り直す。飲みたいと判断していいのかどうか。
「なぁ霊夢。ところでだ、例えばそれがコーヒーみたいな味だったとしてだ、コーヒーっていうのは単品でも美味いけど、それとは別に茶請けがあるとなお美味いと思うんだ」
「あんたほんと図々しいわね」
「いや、待て、話は最後まで聞けって」
云いながら、魔理沙は立ち上がる。
「風に当たるついでに、茶請け取ってくる」
「あ、そういうことなら歓迎するけど」
私の労力が増加しないなら問題ない。
「それに伴って、客が増えても許してくれ。あとついでに豆も取ってくるから、あまり美味しくなかったら入れ直してくれると助かる」
「……コーヒーならあんたが入れた方が美味しいと思うんだけど」
増えそうな気配がした。
……というかあんな前置きしたってことは、確実に増えるんだろうなと、腹をくくる。
***
そうして、飛んでいった魔理沙を見送ってから一時間後。
「麦茶でコーヒーですか」
早苗が目をきらきらと輝かせていた。
「コーヒーより苦くなければ、私にも飲めるかしら」
咲夜も目をきらきらと輝かせていた。
「私は紅茶が良いわ」
アリスは図々しいことを云っていた。
ちらりと魔理沙を見ると、テヘッと笑って舌をペロッと突きだしている。
「事情を簡単に説明するとだな。アリスにクッキーを貰いにいったら丁度咲夜がパチュリーの使いで本を届けに来ていたとかでなんか来るってことになって、そして博麗神社への帰路で早苗に見つかって、こんな感じなんだぜ」
要するによく判らないけどなんか沢山釣れたわけね。
「まぁ、いいけど、そんなにその似非コーヒー用意してないから、なんか別の用意するわね」
「悪い」
そして、他の面々を居間に残して台所へ。
「さて。取り敢えず、私用に何かを……甘酒か冷やし水飲みたいのよね」
「冷やし水よりは甘酒の方が健康的だわ。それに、冷やし水だと涼しくならないし」
「なんでアリスが台所までついてきてるのかな?」
変に注文を出されたくなかったから一人で来たつもりだったのに。
振り返ってみれば、アリスはうーんと天井を見上げている。
ちなみに冷やし水は、冷えた、といってもキンキンに冷えているわけではない水に砂糖と白玉を入れれば完成するお手軽なもの。
氷が簡単に用意できる様になった今ではそんなに有り難みはないけど、それなりに美味しいし懐かしい夏の風物詩。むしろぬるいくらいの方が風情がある、気がするわ。
「氷に余裕はあるかしら?」
「あるけど、どのくらい?」
「かき氷作れるくらい」
そんなアリスの言葉で、アリスが何を所望しているのかが判った。
「……何、氷甘酒?」
「察してくれてありがとう。用意できる?」
作り方。
器に甘酒を満たす。上からかき氷を乗せる。上からも甘酒を掛ける。
お終い。
「作れるけど、喉の渇きは潤わないわよ」
「飲みたいわけじゃないわ。私も食べるけど、魔理沙と早苗がバテ気味らしいのよね。だから、夏バテ対策」
「あれ? そうだった?」
元気そうにも見えたんだけど。
「二人とも昼食抜いてるそうよ」
「それは問題ね。じゃあアリス、かき氷器と氷持ってくるから、甘酒の用意お願い」
「はいはい」
なるほど、それでわざわざ食べ物持ってきたのか。少しは茶請け食べれたのかしら。
ばたばた。
ちょっと汗。
ばたばた。
発掘。
あぁ、今年初のかき氷だわ。
ばしゃばしゃ。
かき氷器を洗う。
あぁ、井戸水気持ちいい。
「あれ? 霊夢。何やってんだ? あ、コーヒー意外と美味かったぜ」
「後味麦茶でしたけど美味しかったです」
かき氷器を洗っていたら、既に飲み終えた二人が来た。
「……無糖だった」
苦かったのか、切なそうな顔をした咲夜がその後ろに立っていた。
「氷甘酒作るんだけど、あんたら三人も食べる?」
「お、いいな。食べるぜ。そのくらいなら入ると思う」
「「氷甘酒?」」
指を鳴らす魔理沙と、首を傾げる巫女とメイド。
その二人に気付き、それに対して魔理沙が首を傾げる。
結果三人が首を傾げていた。
「あれ。早苗も咲夜も知らないか? 甘酒をかき氷に掛けるやつだぜ」
「へぇ。甘酒を? それは美味しそうね。お嬢様も好みかもしれないわ」
感心した感じの咲夜。本当に知らなかったみたいね。今頃なら里でも売っていると思うんだけど。
「……なんで夏場に甘酒なんですか?」
首を傾げたままの早苗。それに対して、今度は私と魔理沙が首を傾げる。
「「夏だから?」」
質問の意図が掴めなかったので、そうとしか返せなかった。
どういう意味だったのか。
「あれ。甘酒っていうと、冬のお祭りとかですよね?」
私と魔理沙は目を見合わせた。
「甘酒って云ったら夏だろ」
「甘酒は夏の風物詩でしょ」
「え!? そうなんですか!?」
驚かれた。
……外の世界と幻想郷で違うのか、早苗が世間知らずなのか、すごく悩むところね。
「ちなみに甘酒には夏ばてに効く栄養が豊富だから夏に飲むのは理にかなっているわ。というわけだから、霊夢、甘酒の用意とっくに終わってるわよ。早く持ってきて」
「あ、ごめん」
アリスに呼ばれ、私は台所へ。
往ってみると、既に器の準備ができている。あとはそこにかき氷を用意するだけ。
ごりごりごり。
あっという間に上手にできましたー。
「用意面倒だけど、作るのは楽なものが多くていいわね。夏のものって」
「その言葉にぴったりのもの一応持参したけれど夕餉に用意してくれるかしら」
素麺渡された。
……食べてく気か。いいけど。
「それじゃ、アリスこれ半分」
持って往って、って云おうとしたら、既に上海人形たちが担いでうんしょうんしょと持って往った。
とても可愛かったけど、なんで歩かせたんだろう。その方が大変だろうに。そう思うが、口にせずに人形たちの運搬を見送ることにした。そして人形たちが居間に辿り着いた頃、居間の方から「かわいい」とか「お疲れ」とかそういう声が聞こえてくる。
横をチラッと見たら、アリスは満足そうに笑っていた。
「さぁ、往くわよ霊夢」
「有効なんだか無駄なんだか、判らないわね、その人形術」
人形を追って、私たちも居間へ向かう。
暑い夏、氷はすぐに溶けていく。だからといって焦って食べれば頭痛がする。
「あああ……」
「効くっ」
若干逆上せ気味な魔理沙と早苗は、氷にがっつき、ささやかなダメージを負っていた。
「お嬢様や妹様にお出しする時には、もう少し甘い方がいいかしら」
そしてワーカーホリックはちゃんと仕事に絡めつつ氷甘酒を味わっている。
そんな生き方で疲れない辺り、完全に性に合っているんでしょうね。
「あぁ、久しぶりに食べると美味しいわ」
「そうね」
私とアリスは、むしろ氷を溶かして砕いて、甘酒のシャーベットみたいな状態にして食べている。
しゃりしゃりとするところが、心地良い。
暑い日差しもだいぶ傾き熱を失い、湿ったぬるい風が氷に冷やされ落ち着いて流れていく。
まだまだ暑いけれど、段々と心地の良い感じへ変わっていく。
全員がかき氷を食べ終えた後、ばたんとその場で大の字になってみた。
「あぁ、至福だわ」
そう云うと、全員が真似して寝転んできた。
「……寝る気?」
「いや、そういうの見ちゃうと、駄目だぜ」
「眠気というか怠さっていうか、伝播しちゃいますよ」
二人とも、大の字ではなく、本気で寝る体勢で横になる。
三分持たずに意識を手放すなと思っていたら、それほどしないで寝息が聞こえてきた。
甘酒飲んで寝て、二人が元気になればいいけど。
「寝ちゃったわね。アリスと咲夜は」
振り返ったら、いつの間にかアリスも寝てた。
……もしかしてあんたもバテてたのか?
まさか咲夜もかと思って見てみると、咲夜は普通に食器片付けようとしていた。
「あんたは寝ないの?」
「メイドだからってわけではないけれど、決まった時間にしか寝れない体質なのよ」
それはきっと体質じゃなくて性格とか性分とかそういうやつだ。
「そう。それで、咲夜はもう帰るの? 夕飯食べるなら用意するけど」
「え? そこまで甘える気はなかったのだけど……うーん。お嬢様たちは今日一日寝て過ごすと仰っていたし」
びっくりするほどグータラね。
というかそれ夏バテじゃないの? 吸血鬼が?
あぁ、でも、熱には弱そうね。日にも弱いんだし。
「いいの? いざとなった時、咲夜がいなくて」
「少し心配ではあるのだけど、涼しい図書館でごろごろされているでしょうから、何かあれば小悪魔か美鈴がどうにかしてくれると思うわ」
ということは、夕飯食べていくってことね。
「だから悪いけれど、今日は泊まっていくわね」
「あれ!? そういう話だった? 別にいいけど」
お泊まりは想定してなかったな……まさか魔理沙やアリスも泊まっていくのかな。
というか早苗は夕飯どうするんだろう。
……まぁいいや。用意して、起きたら聞こう。
「それで、夕餉の用意は手伝うわよ。何にするの?」
「アリスに貰った素麺。うちにもあるから、量は問題ないわ」
問題は、つけダレの作り置きがもうあまりないのよね。本当は前日には作っておきたいところなんだけど……仕方ない。今のうちに作っておくか。普通のたれと、あと胡麻だれでも作ってみようかしら。
「素麺って、あの、ラーメンみたいなやつ?」
……ラーメンみたいって云われたのは初だわ。
「ま、まぁ……まぁ。今回作るのは、ざるそばみたいなやつだけど」
「へぇ。涼しそうね。食べたいわ」
もしかして食べたことないのか!?
「何か手伝う?」
「え、あぁ、まだ麺は茹でないから、たれを作るの手伝ってくれる?」
「たれ? 判ったわ」
というわけで、そんなに時間の掛からないタレ作りと、暇つぶしに薬味を用意したり、ちょっとしたサラダを作ったりしてみた。
サラダが完成した頃に、丁度良く麺を茹でる時間になったので、素麺を茹でて氷水で冷やす。
二人で時間もまだあったので、一口大にまとめつつ皿に盛り、準備完了。大皿二枚になってしまった。
「わぁ。素麺って綺麗なのね。美味しそう。真っ白くて、お嬢様みたい」
「……食べ物に似てるって云われるレミリアが可愛そうだわ」
しかも美味しそうって。
「じゃあそっちの大皿持って往って。私つけダレと器を持って往くから。あと、向こうで寝てるの起こしておいて」
「判ったわ」
そして、嬉しそうに笑いながら、それでもスキップなどはせず、淑やかに咲夜は居間へと消えていった。
幼女みたいなのに仕草が大人っぽいから、歪よね。咲夜って。
「よ、っと」
器とタレをまず運ぶ。
咲夜が順次起こしていたので、それは任せて台所へターン。
サラダと薬味を取って再度居間へ。そしたら今度は一応全員起きていた。
「お。なんだ、今日は素麺か。素麺好きだぜ」
今日はってなんだ。今週初でしょ、飯食いに来たの。
「あぁ、ありがとう霊夢。用意してくれたのね」
そしてアリスは……まだ目が覚めきってないのか若干半眼。
「わぁ、綺麗! 一口毎にまとめてあるんですか!? こんなお洒落な盛り方見たことないですよ。もっと皿にどばーって感じしか」
なんか早苗が興奮してた。私もこんな盛り方したの数えるほどよ。
「そうそう。早苗、今日食べていくの?」
「食べていきます」
「食べたら帰るの?」
「食べたら……えっと?」
云いながら、キョロキョロと辺りを覗う。
「私は泊まっていくわ」
「あ、じゃあ私も泊まるぜ」
家主に相談せずにそんな堂々と良く云うな。
「え、そうなんですか!? 咲夜さんは?」
「私も泊まるつもり」
その言葉に、早苗は口を菱形にして大いに驚いていた。
そしてしばらく固まってから、手にしていた箸をタンと置く。
「私も泊まります! ちょっと家に帰って着替えを」
「食べてからにしなさい」
「はい!」
聞き分けが凄く良かった。
そうして、全員の宿泊が決まり、私たちは五人で素麺を食べることとなった。
「「「「「いただきます」」」」」
久しぶりに、賑やかだこと。
チュルチュル
「あぁ、美味しい……久々の素麺です」
「胡麻だれって初めて食べたけど美味いな」
「この盛り方便利ね。絡まないで取れるわ」
「大皿の料理ってあまり作らないけれど、お嬢様たちが喜んで頂けそうなので、これも今度作ってみることにしようかしら」
「ん。このぬか漬けちょっと浅かったわ」
チュルチュル
もぐもぐ
ぽりぽり
チュルチュル
涼しげなものばかり用意したら、租借する音もどこか涼しげだった。
大皿を二つ用意した素麺は、見事に綺麗になくなってしまった。
素麺じゃなくて蕎麦だったら、熱燗でも飲みたいところなんだけど……でも、下戸の早苗が居るし、丁度良かったかな。
「ご馳走様でした」
「はぁ、美味かった」
そう云って、倒れ込もうとして、早苗は身を起こす。
「よし。寝間着取ってきます」
「あ。じゃあ私もか」
「それじゃあ、私も一旦戻るわ」
そう云って、巫女と魔女と魔女が、神社から去って行った。
巫女と巫女と魔女と魔女とメイド。
妖怪神社と云われて久しいけれど、それにしても混沌とした状況ね。
「咲夜は取りに戻らなくていいの?」
「もう取ってきているわ」
「え!」
いつの間に……時間止めたな。わざわざ。
そうしてしばらくすると、全員が戻ってきて、全員で温泉となった。暑い日に入る温泉は、とても心地が良い。
でも逆上せるほど入ると後が地獄だから、体を洗い、サッと浸かって、水を被り、全員着替えて縁側に腰を下ろす。
「あぁ、体暑いけど、夜風は涼しくなってきた」
「また昼に食べたかき氷の甘酒が食べたくなってきますね」
「甘酒が切れたわ」
「あ、がっかり……」
肩を落とす早苗。
早苗は、巫女装束も緑だったけど、寝間着も緑色なのね。しかも蛙柄。
魔理沙は、白地でシンプルな寝間着。アリスも似た様な感じ。
……ところで、なんで咲夜はエプロンを取っただけのエプロンドレスなのか。
「咲夜、それ寝間着なの?」
「はい。私はこれしか衣服を持っていませんので」
「え、そういう理由?」
あんまりな話だなと思ったけれど、恐らくこれは、咲夜が自分で買いそろえてるんだろうなと思うと、言葉を呑み込んだ。
「寝間着どうのは、霊夢さんもどうかと思いますよ」
「私は見慣れたぜ」
「私も見慣れたけど、朝起こしに来る時びっくりするのよね」
「これ着心地良いのよ」
「縁起が悪くないですか、白装束なんて」
右前だから、問題ないと思うんだけどな。紫にも文句云われたけど。
話をしていると、ことりと横にトレイが置かれた。
「……え、何これ?」
博麗神社に、こんなものはないはず。
トレイには、陶器のカップにガラスの器。
しばらくして気付く。こんなものを何気なく用意できるのは、咲夜しかいないと。
「咲夜?」
「食事のお礼に、冷えた紅茶と甘夏のゼリーを用意してみたわ」
云いながら、全員の手元に紅茶とゼリーを置いていく。
「わぁ、お洒落!」
「冷えた紅茶か。初めて飲むぜ」
「有り難う咲夜。紅茶飲みたかったの」
「有り難う咲夜さん!」
「ありがとな」
「どういたしまして」
綺麗なカップだわ。花の模様が良いセンスね。高いのかな。良いな、これ。
「うう、羨ましいわ。有り難う咲夜」
「え? どういたしまして? 何が?」
「カップが良い」
「あぁ。それはお嬢様の趣味よ」
意外とセンス良いわねレミリア。ちょっと見直したわ。
雑談をしつつ、咲夜の入れた紅茶と咲夜お手製のゼリーを味わい、穏やかな月夜を眺めていた。
やがて眠気が強まってくると、居間にござを敷き、私たちはそこで寝転んだ。
夜風は心地の良い温度で、優しく私たちの体を撫でてくれた。
ほどなく私たちは眠りにつく。そしてまた、暑い朝日に見守られて目を覚ますのだろう。
あぁ。まだまだ、秋は遠そうね。
立っているだけで汗が湧き出すほどの、酷暑。
巫女装束の腋から入る空気が、冬は切れ味を持つように痛いけど、今だけは有り難い。まぁ、風も若干ぬくいんだけど、風が通るだけマシって感じかしらね。
「あっぢぃ……」
そして居間では、魔理沙が伸びていた。
……なんで此処でなんだろう。
「暑いなら自分の家に帰ってシャワーでも浴びたら?」
「いや、シャワーより温泉だろ。それにここ風通し良いし」
水を浴びたら、と云ったつもりだったんだけど。芯まで温まる気か。
「なぁ霊夢。涼しくなる物作ってくれよ」
「贅沢ねあんた」
自分用を用意するつもりではあったけれど、注文されると作る気が失せる。
時は既に八つ時。ついさっき飛んできた魔理沙だけど、まさか昼食を食べていないわけではないでしょう。とすれば、やはり欲しいのは飲み物くらいだろうか。
「ちなみに、冷やし水と甘酒だったらどっちが飲みたい?」
「……アイスコーヒーっていう注文は駄目か?」
「駄目」
豆ないし。牛乳はあるけど。
……あぁ。
「ものすっごく濃い麦茶出して牛乳で割って似非カフェオレ作ろうか?」
「……え、美味いのそれ?」
ものすごい訝しんだ顔して魔理沙が身を起こした。
反応した辺り、興味はあるらしい。
「んー。あまりコーヒーを飲んだことない私は騙された」
「その前置き不安にしかならないんだけど」
とか云いながら、伸びた姿勢から座り直す。飲みたいと判断していいのかどうか。
「なぁ霊夢。ところでだ、例えばそれがコーヒーみたいな味だったとしてだ、コーヒーっていうのは単品でも美味いけど、それとは別に茶請けがあるとなお美味いと思うんだ」
「あんたほんと図々しいわね」
「いや、待て、話は最後まで聞けって」
云いながら、魔理沙は立ち上がる。
「風に当たるついでに、茶請け取ってくる」
「あ、そういうことなら歓迎するけど」
私の労力が増加しないなら問題ない。
「それに伴って、客が増えても許してくれ。あとついでに豆も取ってくるから、あまり美味しくなかったら入れ直してくれると助かる」
「……コーヒーならあんたが入れた方が美味しいと思うんだけど」
増えそうな気配がした。
……というかあんな前置きしたってことは、確実に増えるんだろうなと、腹をくくる。
***
そうして、飛んでいった魔理沙を見送ってから一時間後。
「麦茶でコーヒーですか」
早苗が目をきらきらと輝かせていた。
「コーヒーより苦くなければ、私にも飲めるかしら」
咲夜も目をきらきらと輝かせていた。
「私は紅茶が良いわ」
アリスは図々しいことを云っていた。
ちらりと魔理沙を見ると、テヘッと笑って舌をペロッと突きだしている。
「事情を簡単に説明するとだな。アリスにクッキーを貰いにいったら丁度咲夜がパチュリーの使いで本を届けに来ていたとかでなんか来るってことになって、そして博麗神社への帰路で早苗に見つかって、こんな感じなんだぜ」
要するによく判らないけどなんか沢山釣れたわけね。
「まぁ、いいけど、そんなにその似非コーヒー用意してないから、なんか別の用意するわね」
「悪い」
そして、他の面々を居間に残して台所へ。
「さて。取り敢えず、私用に何かを……甘酒か冷やし水飲みたいのよね」
「冷やし水よりは甘酒の方が健康的だわ。それに、冷やし水だと涼しくならないし」
「なんでアリスが台所までついてきてるのかな?」
変に注文を出されたくなかったから一人で来たつもりだったのに。
振り返ってみれば、アリスはうーんと天井を見上げている。
ちなみに冷やし水は、冷えた、といってもキンキンに冷えているわけではない水に砂糖と白玉を入れれば完成するお手軽なもの。
氷が簡単に用意できる様になった今ではそんなに有り難みはないけど、それなりに美味しいし懐かしい夏の風物詩。むしろぬるいくらいの方が風情がある、気がするわ。
「氷に余裕はあるかしら?」
「あるけど、どのくらい?」
「かき氷作れるくらい」
そんなアリスの言葉で、アリスが何を所望しているのかが判った。
「……何、氷甘酒?」
「察してくれてありがとう。用意できる?」
作り方。
器に甘酒を満たす。上からかき氷を乗せる。上からも甘酒を掛ける。
お終い。
「作れるけど、喉の渇きは潤わないわよ」
「飲みたいわけじゃないわ。私も食べるけど、魔理沙と早苗がバテ気味らしいのよね。だから、夏バテ対策」
「あれ? そうだった?」
元気そうにも見えたんだけど。
「二人とも昼食抜いてるそうよ」
「それは問題ね。じゃあアリス、かき氷器と氷持ってくるから、甘酒の用意お願い」
「はいはい」
なるほど、それでわざわざ食べ物持ってきたのか。少しは茶請け食べれたのかしら。
ばたばた。
ちょっと汗。
ばたばた。
発掘。
あぁ、今年初のかき氷だわ。
ばしゃばしゃ。
かき氷器を洗う。
あぁ、井戸水気持ちいい。
「あれ? 霊夢。何やってんだ? あ、コーヒー意外と美味かったぜ」
「後味麦茶でしたけど美味しかったです」
かき氷器を洗っていたら、既に飲み終えた二人が来た。
「……無糖だった」
苦かったのか、切なそうな顔をした咲夜がその後ろに立っていた。
「氷甘酒作るんだけど、あんたら三人も食べる?」
「お、いいな。食べるぜ。そのくらいなら入ると思う」
「「氷甘酒?」」
指を鳴らす魔理沙と、首を傾げる巫女とメイド。
その二人に気付き、それに対して魔理沙が首を傾げる。
結果三人が首を傾げていた。
「あれ。早苗も咲夜も知らないか? 甘酒をかき氷に掛けるやつだぜ」
「へぇ。甘酒を? それは美味しそうね。お嬢様も好みかもしれないわ」
感心した感じの咲夜。本当に知らなかったみたいね。今頃なら里でも売っていると思うんだけど。
「……なんで夏場に甘酒なんですか?」
首を傾げたままの早苗。それに対して、今度は私と魔理沙が首を傾げる。
「「夏だから?」」
質問の意図が掴めなかったので、そうとしか返せなかった。
どういう意味だったのか。
「あれ。甘酒っていうと、冬のお祭りとかですよね?」
私と魔理沙は目を見合わせた。
「甘酒って云ったら夏だろ」
「甘酒は夏の風物詩でしょ」
「え!? そうなんですか!?」
驚かれた。
……外の世界と幻想郷で違うのか、早苗が世間知らずなのか、すごく悩むところね。
「ちなみに甘酒には夏ばてに効く栄養が豊富だから夏に飲むのは理にかなっているわ。というわけだから、霊夢、甘酒の用意とっくに終わってるわよ。早く持ってきて」
「あ、ごめん」
アリスに呼ばれ、私は台所へ。
往ってみると、既に器の準備ができている。あとはそこにかき氷を用意するだけ。
ごりごりごり。
あっという間に上手にできましたー。
「用意面倒だけど、作るのは楽なものが多くていいわね。夏のものって」
「その言葉にぴったりのもの一応持参したけれど夕餉に用意してくれるかしら」
素麺渡された。
……食べてく気か。いいけど。
「それじゃ、アリスこれ半分」
持って往って、って云おうとしたら、既に上海人形たちが担いでうんしょうんしょと持って往った。
とても可愛かったけど、なんで歩かせたんだろう。その方が大変だろうに。そう思うが、口にせずに人形たちの運搬を見送ることにした。そして人形たちが居間に辿り着いた頃、居間の方から「かわいい」とか「お疲れ」とかそういう声が聞こえてくる。
横をチラッと見たら、アリスは満足そうに笑っていた。
「さぁ、往くわよ霊夢」
「有効なんだか無駄なんだか、判らないわね、その人形術」
人形を追って、私たちも居間へ向かう。
暑い夏、氷はすぐに溶けていく。だからといって焦って食べれば頭痛がする。
「あああ……」
「効くっ」
若干逆上せ気味な魔理沙と早苗は、氷にがっつき、ささやかなダメージを負っていた。
「お嬢様や妹様にお出しする時には、もう少し甘い方がいいかしら」
そしてワーカーホリックはちゃんと仕事に絡めつつ氷甘酒を味わっている。
そんな生き方で疲れない辺り、完全に性に合っているんでしょうね。
「あぁ、久しぶりに食べると美味しいわ」
「そうね」
私とアリスは、むしろ氷を溶かして砕いて、甘酒のシャーベットみたいな状態にして食べている。
しゃりしゃりとするところが、心地良い。
暑い日差しもだいぶ傾き熱を失い、湿ったぬるい風が氷に冷やされ落ち着いて流れていく。
まだまだ暑いけれど、段々と心地の良い感じへ変わっていく。
全員がかき氷を食べ終えた後、ばたんとその場で大の字になってみた。
「あぁ、至福だわ」
そう云うと、全員が真似して寝転んできた。
「……寝る気?」
「いや、そういうの見ちゃうと、駄目だぜ」
「眠気というか怠さっていうか、伝播しちゃいますよ」
二人とも、大の字ではなく、本気で寝る体勢で横になる。
三分持たずに意識を手放すなと思っていたら、それほどしないで寝息が聞こえてきた。
甘酒飲んで寝て、二人が元気になればいいけど。
「寝ちゃったわね。アリスと咲夜は」
振り返ったら、いつの間にかアリスも寝てた。
……もしかしてあんたもバテてたのか?
まさか咲夜もかと思って見てみると、咲夜は普通に食器片付けようとしていた。
「あんたは寝ないの?」
「メイドだからってわけではないけれど、決まった時間にしか寝れない体質なのよ」
それはきっと体質じゃなくて性格とか性分とかそういうやつだ。
「そう。それで、咲夜はもう帰るの? 夕飯食べるなら用意するけど」
「え? そこまで甘える気はなかったのだけど……うーん。お嬢様たちは今日一日寝て過ごすと仰っていたし」
びっくりするほどグータラね。
というかそれ夏バテじゃないの? 吸血鬼が?
あぁ、でも、熱には弱そうね。日にも弱いんだし。
「いいの? いざとなった時、咲夜がいなくて」
「少し心配ではあるのだけど、涼しい図書館でごろごろされているでしょうから、何かあれば小悪魔か美鈴がどうにかしてくれると思うわ」
ということは、夕飯食べていくってことね。
「だから悪いけれど、今日は泊まっていくわね」
「あれ!? そういう話だった? 別にいいけど」
お泊まりは想定してなかったな……まさか魔理沙やアリスも泊まっていくのかな。
というか早苗は夕飯どうするんだろう。
……まぁいいや。用意して、起きたら聞こう。
「それで、夕餉の用意は手伝うわよ。何にするの?」
「アリスに貰った素麺。うちにもあるから、量は問題ないわ」
問題は、つけダレの作り置きがもうあまりないのよね。本当は前日には作っておきたいところなんだけど……仕方ない。今のうちに作っておくか。普通のたれと、あと胡麻だれでも作ってみようかしら。
「素麺って、あの、ラーメンみたいなやつ?」
……ラーメンみたいって云われたのは初だわ。
「ま、まぁ……まぁ。今回作るのは、ざるそばみたいなやつだけど」
「へぇ。涼しそうね。食べたいわ」
もしかして食べたことないのか!?
「何か手伝う?」
「え、あぁ、まだ麺は茹でないから、たれを作るの手伝ってくれる?」
「たれ? 判ったわ」
というわけで、そんなに時間の掛からないタレ作りと、暇つぶしに薬味を用意したり、ちょっとしたサラダを作ったりしてみた。
サラダが完成した頃に、丁度良く麺を茹でる時間になったので、素麺を茹でて氷水で冷やす。
二人で時間もまだあったので、一口大にまとめつつ皿に盛り、準備完了。大皿二枚になってしまった。
「わぁ。素麺って綺麗なのね。美味しそう。真っ白くて、お嬢様みたい」
「……食べ物に似てるって云われるレミリアが可愛そうだわ」
しかも美味しそうって。
「じゃあそっちの大皿持って往って。私つけダレと器を持って往くから。あと、向こうで寝てるの起こしておいて」
「判ったわ」
そして、嬉しそうに笑いながら、それでもスキップなどはせず、淑やかに咲夜は居間へと消えていった。
幼女みたいなのに仕草が大人っぽいから、歪よね。咲夜って。
「よ、っと」
器とタレをまず運ぶ。
咲夜が順次起こしていたので、それは任せて台所へターン。
サラダと薬味を取って再度居間へ。そしたら今度は一応全員起きていた。
「お。なんだ、今日は素麺か。素麺好きだぜ」
今日はってなんだ。今週初でしょ、飯食いに来たの。
「あぁ、ありがとう霊夢。用意してくれたのね」
そしてアリスは……まだ目が覚めきってないのか若干半眼。
「わぁ、綺麗! 一口毎にまとめてあるんですか!? こんなお洒落な盛り方見たことないですよ。もっと皿にどばーって感じしか」
なんか早苗が興奮してた。私もこんな盛り方したの数えるほどよ。
「そうそう。早苗、今日食べていくの?」
「食べていきます」
「食べたら帰るの?」
「食べたら……えっと?」
云いながら、キョロキョロと辺りを覗う。
「私は泊まっていくわ」
「あ、じゃあ私も泊まるぜ」
家主に相談せずにそんな堂々と良く云うな。
「え、そうなんですか!? 咲夜さんは?」
「私も泊まるつもり」
その言葉に、早苗は口を菱形にして大いに驚いていた。
そしてしばらく固まってから、手にしていた箸をタンと置く。
「私も泊まります! ちょっと家に帰って着替えを」
「食べてからにしなさい」
「はい!」
聞き分けが凄く良かった。
そうして、全員の宿泊が決まり、私たちは五人で素麺を食べることとなった。
「「「「「いただきます」」」」」
久しぶりに、賑やかだこと。
チュルチュル
「あぁ、美味しい……久々の素麺です」
「胡麻だれって初めて食べたけど美味いな」
「この盛り方便利ね。絡まないで取れるわ」
「大皿の料理ってあまり作らないけれど、お嬢様たちが喜んで頂けそうなので、これも今度作ってみることにしようかしら」
「ん。このぬか漬けちょっと浅かったわ」
チュルチュル
もぐもぐ
ぽりぽり
チュルチュル
涼しげなものばかり用意したら、租借する音もどこか涼しげだった。
大皿を二つ用意した素麺は、見事に綺麗になくなってしまった。
素麺じゃなくて蕎麦だったら、熱燗でも飲みたいところなんだけど……でも、下戸の早苗が居るし、丁度良かったかな。
「ご馳走様でした」
「はぁ、美味かった」
そう云って、倒れ込もうとして、早苗は身を起こす。
「よし。寝間着取ってきます」
「あ。じゃあ私もか」
「それじゃあ、私も一旦戻るわ」
そう云って、巫女と魔女と魔女が、神社から去って行った。
巫女と巫女と魔女と魔女とメイド。
妖怪神社と云われて久しいけれど、それにしても混沌とした状況ね。
「咲夜は取りに戻らなくていいの?」
「もう取ってきているわ」
「え!」
いつの間に……時間止めたな。わざわざ。
そうしてしばらくすると、全員が戻ってきて、全員で温泉となった。暑い日に入る温泉は、とても心地が良い。
でも逆上せるほど入ると後が地獄だから、体を洗い、サッと浸かって、水を被り、全員着替えて縁側に腰を下ろす。
「あぁ、体暑いけど、夜風は涼しくなってきた」
「また昼に食べたかき氷の甘酒が食べたくなってきますね」
「甘酒が切れたわ」
「あ、がっかり……」
肩を落とす早苗。
早苗は、巫女装束も緑だったけど、寝間着も緑色なのね。しかも蛙柄。
魔理沙は、白地でシンプルな寝間着。アリスも似た様な感じ。
……ところで、なんで咲夜はエプロンを取っただけのエプロンドレスなのか。
「咲夜、それ寝間着なの?」
「はい。私はこれしか衣服を持っていませんので」
「え、そういう理由?」
あんまりな話だなと思ったけれど、恐らくこれは、咲夜が自分で買いそろえてるんだろうなと思うと、言葉を呑み込んだ。
「寝間着どうのは、霊夢さんもどうかと思いますよ」
「私は見慣れたぜ」
「私も見慣れたけど、朝起こしに来る時びっくりするのよね」
「これ着心地良いのよ」
「縁起が悪くないですか、白装束なんて」
右前だから、問題ないと思うんだけどな。紫にも文句云われたけど。
話をしていると、ことりと横にトレイが置かれた。
「……え、何これ?」
博麗神社に、こんなものはないはず。
トレイには、陶器のカップにガラスの器。
しばらくして気付く。こんなものを何気なく用意できるのは、咲夜しかいないと。
「咲夜?」
「食事のお礼に、冷えた紅茶と甘夏のゼリーを用意してみたわ」
云いながら、全員の手元に紅茶とゼリーを置いていく。
「わぁ、お洒落!」
「冷えた紅茶か。初めて飲むぜ」
「有り難う咲夜。紅茶飲みたかったの」
「有り難う咲夜さん!」
「ありがとな」
「どういたしまして」
綺麗なカップだわ。花の模様が良いセンスね。高いのかな。良いな、これ。
「うう、羨ましいわ。有り難う咲夜」
「え? どういたしまして? 何が?」
「カップが良い」
「あぁ。それはお嬢様の趣味よ」
意外とセンス良いわねレミリア。ちょっと見直したわ。
雑談をしつつ、咲夜の入れた紅茶と咲夜お手製のゼリーを味わい、穏やかな月夜を眺めていた。
やがて眠気が強まってくると、居間にござを敷き、私たちはそこで寝転んだ。
夜風は心地の良い温度で、優しく私たちの体を撫でてくれた。
ほどなく私たちは眠りにつく。そしてまた、暑い朝日に見守られて目を覚ますのだろう。
あぁ。まだまだ、秋は遠そうね。
関係ないですがインド好きです
カレーと映画が特に
たまには妖夢ちゃんも入れてあげて下さい。
こういうほのぼのとした雰囲気のお泊まり会。好みです。
夏はやっぱこうして過ごすものですね。夏だからこそできるっていうね。
神社での少女達のお泊まり会は幻想郷の風物詩ですね。
素敵な作品でした。
素敵な雰囲気の作品でした。
みんな仲良くて
自分も甘酒といえば冬ってイメージだったけど、調べたら昔は夏の風物詩だったんですな
知らなかった
夏らしい小物が随所に光る、風流な作品でした。
五人が五人とも素敵です
しかし現代人にそんな余裕はあんまり無い、残念。この作品から貰ったほのぼの分で頑張ります。
夏らしさ、東方のキャラが表現されていてよかったです
アリスや咲夜さんの気遣いがすばらしく身近にないほのぼのをありがとう
また明日からがんばれます
あれですね。地球温暖化が幻想入りしたのでしょう。
会話や仕草がとてもそれらしく、また空気が良かったなーと。
最初から最後まで活動していた霊夢は結構こういう事態に慣れているのかなと思ったり。