彼女は徐々に自分のしてしまった事を理解し、ある日村を出て行ったわ。両親に迷惑を掛けたくなかったんでしょうね。
でも彼女は逃げられなかった。能力は噂として、彼女が辿り着いた街にも広まっていたわ。そんなタイミングで突然現れた少女。どう考えても疑われざるをえなかったでしょうね。
それでも彼女は捕まらなかった。それほどに、その能力は強力だったのよ。
時に外で夜を過ごし、時には食べ物を盗んだりした。
そうしてとある館に辿り着き、館の主である一人の人間と出会った。
人目から離れた所にある館だったからあまり噂話は流れ込んでいなかったのか、働くことを条件に彼女は衣食住を得たわ。
彼女は幸せだった。友人や家族を失ったけど、自分を必要としてくれる者はまだいた事を知れた。
でも、それから一年後、彼女は目の前で落ちようとしている花瓶を受け止めるために能力を使ってしまい。それを館の主に見られてしまった。主の耳にも薄々噂は届いていて、彼女がただの人間ではない事に気付いてしまった。
でも、彼女が館を出ていくのを引き留めた。
――魔女でも何でも構わない。君が私を必要としているように、私には君が必要なんだ。
彼女は安堵し、泣き崩れたわ。それほどに、正体を知っても尚自分を必要としてくれたのが嬉しかったのね。
それから三年経ったある日。館の主は病で倒れ、それからたった一ヶ月でこの世からいなくなってしまった。
その時点でメイドの中で割と上の立場にいた彼女は、自分が館を管理すると言って、一人残った。彼女は分かっていたのでしょうね。もう自分に戻る場所なんてないと。
一人残った彼女は、自ら命を絶ったり、館を燃やしてしまおうとも考えていた。でも……。
――必要でない人間などいない。いつか必ず、私以外にも君を必要とする者は現れる。
励ましとなったその言葉は、その時になって彼女を苦しめた。自分を必要としてくれる人なんてもういるかどうかも分からないのに、その言葉のせいで、彼女は死ぬことができなかった。
死ぬこともできず、外に出ることもできない。そして彼女は暴挙に出た。
館の敷地から外の時間を極限まで進め始めた。
世界が滅ぶか、館が崩されるか。それとも自分を必要としてくれる者が現れるか。どうなるかは彼女にも分からなかったし、だからこそその選択をした。それくらい、館を離れたくなかったのね。彼女は他人の手で、主の魂が残っている館ごと殺されるのを望んだのよ。
十数日が経ったある日、ふと違和感に気付いて外を見ると、そこは彼女の知らない世界だった。地形どころか、そこには人間ではない人も存在していた。
――ああ、未来はこんな風になっていたのね。
それでも彼女は、また時を進めた。
数日間……といっても、外では数十年が経ったであろう瞬間、突然彼女は腕を掴まれ、時の流れる速さを元に戻した。
――お前か? あんなとんでもない時魔術を使っていたのは。
――お前は誰だ?
――お前はここの館の主か?
――そうか、ではこれから、私がここの館の主となろう。
――悪いが、ここの館を案内しろ。私の機嫌に触れなかったら、お前を必要としてやる。
彼女は戸惑いの中、久しぶりに涙を流した。
突然現れた、傍若無人な妖怪姉妹、無口な魔女、館の門を寝床にしていた妖怪が、彼女と館を必要としていた。
彼女は新たな名を名付けられた。
――くだらない。今のあなたは私のしもべ。前の主のことを思い出すことは許さないわ。
彼女はそれを優しさと受け止め、新たな主の前で片膝を付いた。
「そうして彼女は、新たな運命を与えられたのよ」
「…………」
ケーキは最後の一口程の大きさで、皿に残っていた。思わずケーキを食べる手を止めてしまっていた。
「とても良い話だと思うわ。いつかお嬢様に聞かせてみようかしら」
「え、いや……それ……」
私の表情を見て、メイドは可笑しそうに口元を押さえていた。
「ふふ。もしかして、私の話だと思ったのかしら」
「へ?」
まさか、門番と同じパターン?
「だってあなた、時間を操れるじゃない」
「ですがあなたは、私の能力がどの範囲でどんな強さまで有効か知らないはずよ。なのに私とその少女を同一人物だと決めつけるのは尚早なんじゃないかしら」