午後三時の恋人たち
「美鈴…あなた、また寝ていたでしょう」
「………」
「前言撤回。あなた…」
「………すうう…」
「現在進行形で寝ているでしょう…この、給料泥棒が…!」
「……ふ、あ!? あれ?咲夜さん…?いつの間に…まーた時間でも止めたんです…いぎッ!!」
「お茶にするわよ。早く来なさい。」
***
長い冬が終わった幻想郷。
待ち続けた春の到来に、妖精たちも沸き立っている。
そんな暖かな空の下。
私、紅美鈴は紅魔館の門番をしている。
一日中立ちっぱなしだったり、見回りをする、結構骨の折れる仕事だ。
ある日そう雇い主に訴えると…
「それじゃあ、美鈴にもおやつの時間を与えるわ。何か食べたいものはある?」
「!?ほんとですか!やったー!!じゃあですね、じゃあですね!私は紅茶とマーラーカオが良いです!」
「ええ、いいわ。毎日午後三時に、咲夜に持って行かせるわ。」
「レミリア様…!有難うございます!一生門をお守りいたします!」
びしり、と敬礼をする。レミリア様のお隣で、「門ですか」と苦笑する紅魔館のメイド長、十六夜咲夜さん。
「この紅魔館の門をお守りするということは、レミリア様をお守りするということです!…もちろん!咲夜さんもお守りするということですよ!」
自信満々に告げると、咲夜さんが白けた顔で「私はあなたより強いわ」とぼそりと呟いた。
「咲夜。美鈴はよくやってくれているわ。」
「そーです!!私、いつでも一生懸命ですよ!」
腕をあげて、力こぶをつくる。咲夜さんがフ、と鼻で笑った。
「いつも門の前で昼寝をしているのは、どこの誰かしら」
「あー!!咲夜さん!やめてくださいよぉ!レミリア様の前ですよ!」
そのやりとりを見ていたレミリア様がククク、と笑った。
「咲夜。美鈴。あなたたちのそれ、マンザイみたいよ。コンビでも組んだら?」
「え!楽しそうで「お嬢様…!そんな、あんまりです…」…うう」
それじゃあ、とレミリア様は豪奢な椅子から優雅に立つ。
「明日から、おやつの時間を与えるわ。頑張りなさい。」
「明日ですかぁ…。」「美鈴!」「はいッ!頑張りますッ!失礼します!」
***
そんなわけで、私にもおやつの時間が与えられるようになった。
「もぐもぐ…レミリア様ったら素敵な御方。本当に私がお願いした紅茶とマーラーカオを毎日出してくださるなんて!」
「…最近お嬢様は番犬の躾け方の本を読まれたのよ」
「え?咲夜さん、なんですかぁ?」
「…なんでもないわ…」
ふぅ、と咲夜さんがため息を吐いた。
「私はとても忙しいのよ。そんな中で―これから毎日美鈴と一緒にお茶を飲みなさい、だなんて…。
お嬢様には何かお考えがあるのかもしれないけど…正直無駄な時間だわ。私、無駄は嫌いなのよ…」
「あー!咲夜さんも結構言いますね!ふふふ、でも大丈夫です、私は今とても嬉しいので、レミリア様に告げ口はしませんよ!」
「…私も美鈴みたいになりたいわ」
静かに、私から視線を逸らしながら咲夜さんが言う。…え、私みたいに?
「!? 咲夜さん!?どうしたんですか…げほっ…びっくり…して…まーらーかおが、気道に…」
「あーもう!紅茶、冷めてるから飲みなさい!」
「あふ…う、ありがとうございふ…ぐっ…」
「まったく…」
咲夜さんがカップを手渡し、席を立って私の背中をさすってくれた。なんだかんだ言って、優しいんだなあ。
私、愛されてるかも。
「で、一体どういう意味なんですか?」
「あなたみたいなおめでたいアタマだったら、苦労しないってことよ。」
…愛されてはいないみたいだ。
「…でも、そうなったらいいですね!」
「…え…?」
「ほら、咲夜さんっていつも働き詰めでしょう?眉間にシワが寄ってますよ。…せっかく美人なのに、勿体無いです。」
向かい合った咲夜さんに、指先を伸ばして眉間を柔らかく触る。
驚いて固まっている咲夜さん。ふふ、なんだか珍しいなあ。
「な、なにするの…!」
そう言う咲夜さんは、真っ赤だった。
「ふん…私のことなんて、気にしないでいいわ。」
「えー、気になりますよう。」
「! な、なんでよ…」
「だって、私も咲夜さんも、レミリア様に仕える仲間でしょう?」
そう言うと、咲夜さんは少し何かを考えて「そう…」と呟き、ティーカップを片付け始めた。
「ご馳走様でした!午後も頑張りますよー!」
はいはいとあしらわれながらも、えいえいおー!と拳を空に突き上げる。
「見てるからね。昼寝したら、ナイフよ」
「だいじょーぶですっ!糖分とカフェインで頭しゃっきりです!」
にこにこと笑ってVサインをする。しかし咲夜さんは見ていない。―見てるって、言ったのに…
「じゃあね。」
これが、すっかり日常の風景になっていた。
***
「うーん…」
「どうしたの、何か考え事かしら美鈴?」
「明日は、月餅が食べたいなー…なんて」
「…マーラーカオには飽きたかしら?」
「いえいえ!マーラーカオも良いんですよ。大好きです。でも、月餅も食べたいんです」
「ゲッペイ、ってどうやって作るのかしら?」
咲夜さんが難しい顔をした。
「月餅はですねー、生地に三温糖とこし餡を練りこんで…さらにそれでこし餡を包み込むんですよー!」
「へえ…調べてみるわ」
ん?なにか引っかかる。
「あれ?もしかして…今までのおやつって、咲夜さんが作ってくれてたんですか…?」
「そうよ」
「!!…か、か…!」
私は喜びに震える。まさか!こんなに美味しいマーラーカオを作ってくれていたのが、咲夜さんだったなんて…!
いつも食べているマーラーカオの出来は完璧と言って良いだろう。綺麗な黄色で、ふかふかで、甘さは控えめ。
私の好みをなぜ知っているんだ…?と思うほど。
「なによ…。」
「感動ですッ!!咲夜さん、咲夜さんって、すごいですね!!こんなに美味しいおやつを作れるなんて!」
また、咲夜さんの頬が真っ赤になる。
「しょ、しょうがないじゃない!だって…他のメイドはマーラーカオを知らなかったんだから」
「咲夜さんは知ってたんですか?」
咲夜さんは真っ赤になってうつむいた。「…調べたのよ」
「え?」
「調べたの!…あなたが食べたいって言うから…こ、これはお嬢様に言われたからしょうがなく!」
「ふふ、咲夜さんだーいすきです!結婚しましょう!毎日おやつを作ってください!」
「なっ…!わ、私もあなたも女よ!結婚できるはずがないわ!」
ダンッ、と咲夜さんがテーブルを叩いて椅子から立ち上がった。
「ふふふー!そこですか?もし私が人間で男だったら、結婚してくれたんですかー?」
「う…それは…わ、私は一生お嬢様に仕える身なの!そんな…れ、恋愛とか結婚とかにうつつを抜かしてる場合じゃないの!」
咲夜さんがムキになっている。顔も耳もすっかり真っ赤だ。
「冗談ですよ!ふふふ、ちゃんとわかってますよー。咲夜さんも、私も女の子だし」
「……そうね」
なんだか急に咲夜さんの勢いがしゅるる…となくなっていく。
「結婚はできませんよね。でも、私咲夜さんのことだーいすきです!」
「あ……」
「ずっと、ずっと一緒にお茶しましょうね!ずっと、紅魔館をお守りしましょうね!」
「………め」
「め?」
「美鈴のくせに!!門番のくせに!!私はお嬢様のものなの!!
心も、体もお嬢様にお仕えしてるのに…!こんな!美鈴ごときに心を乱されるなんて!」
「…え?」
咲夜さんはこうなったら、と言ってまくし立てた。
「そうよ!私がお嬢様に提案したの!美鈴におやつの時間をつくるなら、私がお菓子を作りますって!
犬の躾け方の本を読んで、アメとムチを覚えたお嬢様はすぐに乗ってくださったわ!
もともと美鈴のことが気になってたのよ!明るくって、元気で…私とは正反対で。
それに…め、美鈴が、きれいだ、なんて言うから…言うからぁ!!…ひっく、えぐ」
私は驚きすぎて声を失っていた。
あの完全で瀟洒な咲夜さんが?私のことでこんなに取り乱している…?
「でも、美鈴は、わたしのこと仲間だって…言って、ひぐっ、特別な目で、見てくれないからぁ!
美鈴の馬鹿!アホ!鈍感門番!…もうしらな、」
「咲夜さん」
「う…」
「私、とっても嬉しいです!」
「うう、」
「私…。咲夜さんのこと、特別な目で見てますよ?」
「…………ほん、と?」
「本当です!だって…こんな綺麗で、強くて、しっかりしてて、ちょっと厳しいけどちゃんと優しくて。」
「…褒めたってなにもでないわよ」
「ふふふ、私咲夜さんがいてくれるから、頑張れるんですよ。」
「………。」
「咲夜さんをお守りします。なにが、あっても。」
「…私はあなたより強いわ。…でも、あなたは私の弱さを見抜いたの。―美鈴。」
咲夜さんは静かに笑った。
「はい!」
「美鈴に、月餅の作り方を教わりたいわ。」
「はい!一緒に作りましょう!」
「美鈴と、明日も一緒にお茶がしたいわ。」
「ふふ、私もです!」
「ありがとう―……美鈴、」
「なんですか?」
「好きなの」
「ふふ、知ってますよ!私も咲夜さん、だーいすきです!両想いですよ!
やっぱり、結婚しますか?私の生まれ故郷には、熱いお湯を被ると男になると言う伝説が―」
「そのままの美鈴がいい」
「…!」
「…ばかみたいに真っ赤ね。…二人とも。」
「うふふふ!咲夜さん、タコさんみたいです!」
照れ隠しのナイフが、頭に突き刺さった。
お気に入りの帽子だが、もう気にはしなかった。
***
その頃、紅魔館―
「レミィ。もしかしてあなた、二人の運命を操りでもしたの?」
「パチェ。見ていたの?」
「…ええ、なにやら門がの方が騒がしかったからね…」
「私は何もしていないわ。二人が素直になったからよ。あの子たちはよく働いてくれてるからね。
それに、ご褒美をあげたかった番犬は一匹ではなかったってことよ。」
大人然、お姉さん然としている美鈴が最近増えた中、昔な感じの美鈴ネタ(中国ネタが流行っていた頃とか)を思い出して、なんだかよかった
甘いSSでした。