霊夢
今日夢を見た。
夏の熱さを憂いながら居間に入ると魔理沙が座っていた。何か落ち着かない様子で辺りを見回しているので、どうしたのかと尋ねてみると、魔理沙は思いつめた様子で自分が沢山居ると言って私の背後を指さした。振り返ると、魔理沙が立っていた。何故か服を着ていなかった。裸の魔理沙は口を開いて欠伸をしたかと思うと、何処かへ駆け去って行った。更に魔理沙の指が別の場所を指すと、そこには魔理沙の顔を被った何者かが立っていた。酷く不気味だった。そんな風に魔理沙が次々と別の場所を指さしていって、そこには必ず普段とは何かずれた魔理沙が立っていた。
皆が私になっていくと魔理沙が言った。
どうやら私の周りを囲む魔理沙達は元々全く別人で、それがどうしてか魔理沙になってしまったらしい。私も魔理沙になるのかと問うと、分からないと魔理沙は言った。何か胸の辺りにむず痒さがやってきて、もしかしたら私も魔理沙になりかけているのではないかと不安になった。
重苦しい雰囲気に息を詰めていると、外から騒がしい声が聞こえてきた。それが何だか分からないで居ると、魔理沙が立ち上がって手を差し伸べてきたので、その手を取った。魔理沙の手は妙に毛深い。偽物だった。
いずれ自分もこうなるのだろうかと不安になった。
フラン
今日夢を見た。
私は魔理沙になっていた。
レコードの針が跳ねて突然ノイズが走ったかと思うと、お前は魔理沙だという声が聞こえてきた。慌てて自分の体を見回してみたけれど、何が変わったのか分からない。ただ根拠は無くても自分は魔理沙になったんだという喜びが湧いて、私は部屋を飛び出し嬉しさのままに屋敷の中を練り歩いた。その途中で、お姉様と咲夜に出会った。連れ戻されるんじゃないかとおどおどしながら傍を通りすぎようとすると、お姉様は何か少し意地の悪い事を言っただけで笑みを浮かべて行ってしまった。いつもであれば、部屋に戻る様怒られるのに。魔理沙になったお陰で何処へでも自由に行ける様になった。それが嬉しくて私は早速外へ向かった。
外へ出ると、美鈴が居て何か私の事をたしなめてきたけれど、いつもの美鈴と違って、怯える様な様子がまるで無い。きっと私でなく魔理沙だから心を許しているのだろう。嬉しくて思わず笑みを浮かべると、突然美鈴が本当に魔理沙なのか問い尋ねてきた。外見こそ魔理沙ではあるけれど、中身は自分のままな事にようやく気が付いて、私は慌ててその場を逃げ出した。
皆に見つからない様に外へ出て気の向くままに歩いていると、突然妖精達に声を掛けられた。怯える様子のまるで無い笑顔で遊ぼうと呼びかけられたので、私は嬉しくなって妖精達の輪に入った。ところが遊んでいる内に、皆距離を取りひそひそと囁きあい始めた。不安な思いで、それでも仲良くしたいと近寄ってみると、妖精達は怯えた様子になってみんな散り散りに何処かへ消えてしまった。
私は酷く悲しくなった。やはり中身が変わらないままだから皆に嫌われるんだろうかとお腹の辺りが痛くなった。とにかく他の者達に会わない様にしようと、私は夜の空を高く高く飛んだ。
そうして幻想郷の遥か高い所を飛んでいると、下が騒がしい事に気が付いた。歓声が上がっている様で能々目を凝らしてみると、皆どうやら私に向かって手を振っている様だった。手を振り返すと、歓声は更に高まった。何か嬉しい思いで辺りを飛びながら歓声を受けている内に、ふと自分は箒を持っていない事に気が付いた。どうして箒を持っていないのに自分は飛んでいるんだろうと疑問に思った瞬間、視界が回って、気がつくと真っ逆さまになって下に落ちていた。落ちるのは怖かったけれど、自分は魔理沙だから皆受けて止めてくれるに違いないと思った。けれど誰にも受け止めてもらえずに、私は地面に激突して、芝生の上に倒れると、皆が皆恐る恐るといった様子で寄ってきた。そうして私の顔を見ると途端に悲鳴を上げて何処かへ逃げていってしまった。気が付くと私の周りには誰も居らず一人ぼっちになってしまった。
悲しい気分で何かもう動く事すら億劫な思いで居ると、何処からともなく魔理沙が現れた。姿を盗んだ事を怒られるんじゃないかと怖くなって逃げようとすると、その前に魔理沙に捕まえられて、ぎゅっと抱きしめられた。
何か色色な事が許された様な心地がして浮ついた気分になり、気が付くと私は自室で音楽を聞いていた。
アリス
今日夢を見た。
森沿いの道を歩いていると魔理沙が道の端にうずくまっていた。具合でも悪いんじゃないかと私は近づいてみたが、本当は具合が悪いのでは無い事を知っていた。近づいてみると、案の定魔理沙はとても嬉しそうな顔を上げて、きのこきのこと言った。何かかっこうを思わせる様な声音に詫びしさが心にわだかまった。
私がもう一度どうしたのか尋ねると、きのこきのこと言って、道端の野草をちぎり私に捧げてきた。妙に泥に塗れた汚らしい草だった。そんな汚らしい草を受け取って汚れては霊夢の所に行けなくなってしまう。そう心配して、やんわり断ると、魔理沙は気にも止めずにきのこきのこと言って、またずいと草を突き出してきた。
私は早く霊夢の所へ行きたかった。これから会う約束をしていた。魔理沙等にかまけずに通りすぎていれば良かったものを、声を掛けてしまったばっかりに面倒な事になってしまったと後悔した。
とにかく受け取る訳にはいかないので、もう一度断ってみると、魔理沙は嬉しそうな顔をしたまま沈黙し、かと思うと突然しゃがみ込んだ。
酷く不吉な予感がして、今すぐその場を駆け出したくなる。このままこの場に居れば不味い事になる予感があった。とにかくこの場を離れなければと焦るのだが、何故だかしゃがみ込んだ魔理沙が気になって仕方が無い。魔理沙の一挙手一投足を見逃せばそれが巡り巡って自分のところに陰湿で気違いじみた取り返しのつかない災厄がやってくる様な気がした。
私が今にも逃げ出したい気持ちを抑えている前で、魔理沙はきのこきのこと言いながら地面を漁っている。それが憎らしくて仕方無かったが、魔理沙の気を害する様な事を言えば、嫌な目に会う事が分かっていたので、私は何も言えなかった。
しばらく地面に手を這わせていた魔理沙が突然その手を止めた。その瞬間、早く逃げなければならないと辺りに凄まじく大きな警報が鳴り出って、私の背に寒気が走り、冷や汗が体中のあちこちから流れだした。その場に居れば魔理沙の所為で、取り返しの付かない事になる。今すぐ逃げ出さなければならない。だが一方で逃げれば後々災厄に巻き込まれるという予感も会った。二つの恐怖が相戦って、どうする事も出来ずに立ち尽くしていると、魔理沙は立ち上がって私の前に草を突き出してきた。汚らしい草が二つ、両の手に握られていた。
それを見て、私はもうどうする事も出来ない事を悟ったけれど、せめて最後まで抗おうと、決して受け取ろうとはせずに魔理沙の事を睨み続けた。すると魔理沙がきのこきのこと言って、笑顔を浮かべたまま何処かへ去って行った。
助かったのかと安堵の心が滲んで、ふと自分の手を見ると、両の手に草が握られていた。草は妙に泥だらけで、汚らしい雫が滴り落ち私の足元を浸しはじめた。その水にふやかされて私の足はどんどんとふやけていって、水が体の中にまで浸透して体が溶け崩れ、次第に私という存在の嵩が減って最後には地面にへばりついてどうする事も出来なくなった。
遠くからきのこきのこというかっこうに似た魔理沙の声が聞こえてきて、それが妙に寂しく聞こえた。
早苗
今日夢を見た。
魔理沙が遊びに来たので迎え入れると何やら暗い顔をしていた落ち込む事でもあったのだろうかと、何とか励ましたい思いでいると、魔理沙は突然私の服を指さして羨ましいと言い出した。
どういう事か聞くと、色色な服を持っているのが羨ましいと言う。確かに外の世界からやって来た私は沢山の服を持ってきていて、巫女として袴を履く以外は毎日別の服を着ている。幻想郷に居る人々の様に、多くとも五、六着、人によっては一着しか着る服を持たない人達から見れば、服の数は遥かに多く、羨ましいのかもしれない。
どうしようもない事なのでどうにも答える事が出来ず、けれど突き放してしまうのも悪くて、魔理沙の服も可愛いと褒めてみたが、そういう事じゃないと言って魔理沙は怒りだした。外の世界のデザインが良い、そういう服が着たいと言って聞かない。終いには一緒に外の世界に行ける様に頼みに行って欲しいと言われ、仕方なく私は魔理沙と一緒に紫さんの所へ行く事になった。
紫さんの家に行くと準備の良い事に隙間を開けて待っていた。どうやら私の知らない内に二人の間で話し合いがあったらしく、魔理沙は外の世界へ行ける事になったと喜んでいる。魔理沙のわがままを少し面倒に思っていた私がこれで開放されると安堵して踵を返すと、紫さんに引き止められて魔理沙に同行して欲しいと懇願された。断りたかったが、外の世界に行けると嬉しそうにしている魔理沙の姿を見ると、何か哀れな気がして、仕方無しに私は隙間の中へ入って外の世界へ行った。
外の世界に出ると、ビルの乱立する人混みが広がっており、途端に懐かしい気持ちになった。開放感のままに大きく伸びをする。と、何か胸中に言い知れない不安がよぎった。何故そんな不安が起こったのかまるで分からない。魔理沙は大丈夫だろうかと振り返ると、隙間の奥で魔理沙がまごついていた。
早く来る様呼びかけると、魔理沙は慌てた様子で走ってきて、間近に迫った外の世界を見て期待に顔を輝かせた。
そうして隙間から出た瞬間、魔理沙は消えた。何が起きたのか分からなかった。呆然としていると帽子が落ちてきて、受け取った瞬間に全てを理解した。幻想郷の者達は幻想郷の外に出ると存在を保てない。だから魔理沙は消えてしまった。
あれだけ外の世界を夢見ていた魔理沙は結局外の世界を一目見ただけで消えてしまった。最後に見た期待に満ちた顔を思い出して、私は酷く悲しくなった。
輝夜
今日夢を見た。
目を覚ましたばかりの私は、障子を抜けて届く柔からな陽の光に誘われて外に出た。すると庭で魔理沙と鈴仙が何か言い争っていた。何があったのだろうと眺めていると、言い争いは段段と激しくなって、最後には魔理沙が顔を顰めて「いー、だ」と言った。すると鈴仙も「こっちだって、いー、だ」と言って、涙を浮かべながらこちらへやって来た。どうやら味方をして欲しいらしい。二人の喧嘩に自分が立ち入っては公平でないなと考えている内に、鈴仙は私の後ろに回りこんで、得意げな顔を魔理沙へ向けた。
割って入って良いものかしばらく迷ったが、魔理沙が不安そうな顔で私を見て、悔しそうな顔で鈴仙を見るのが何だかいじらしく、私は二人を仲直りさせようと思って魔理沙を手招いてみた。
鈴仙は必死で私を止めようとしたが構わず手招いていると、魔理沙は初めの内こそ不安そうな顔を崩さなかったが、やがて嬉しそうに駆け寄ってきて、私に抱きついた。
それを鈴仙が押し飛ばした。魔理沙は地面に転んで泣き出したのを鈴仙が得意げに見下ろすので、私は急に悲しくなり、こんな事ではいけないと、鈴仙を振り向かせてその頭に拳骨を振り下ろした。
二人の泣き虫がわんわんわんわん泣き声を上げ、夏の暑さと相俟って、景色が溶け出す様な心地がした。延々と泣き続ける二人に、このままでは二人共干からびしてしまうと恐怖を感じて、何とかして二人を泣き止ませようとなだめすかしてみたが、二人は一向に泣き止まない。
どうしようと、右往左往していると、永琳とてゐが切り分けた西瓜を持ってきた。途端に鈴仙と魔理沙は笑顔になって、涙の後も拭かぬまま西瓜へと駆け出すので、安堵する反面、何も出来なかった自分を情けなく思った。
こころ
今日夢を見た。
また希望の面が無くなった。持っていて嬉しいものでもなかったけれど、無いと何か不安になった。仕方が無く探しに行こうと思うと、いつの間にか魔理沙が眼の前に立っていて、その手に希望の面を持っていた。早速見つかって良かったと、魔理沙に面を返して欲しいと言うと、自分の物だから返せないと言う。それでは困ると言い返すと、それならと魔理沙が魔理沙自身の顔をくれた。魔理沙は顔が無くなった事に頓着せず希望の面を持って何処かへ行ってしまい、後には魔理沙の顔だけが残った。希望の面の代わりになるかどうかは分からなかったが、どうする事も出来ないので、仕方無しに魔理沙の顔を面に含めて歩いていると、いつの間にか人里に居て、気が付くと人間達に囲まれていた。どの人間も顔が無く、話を聞くと魔理沙に顔を奪われたらしい。どうにかして助けて欲しいと言われたが、私も希望の面を奪われたばかりで、助けられそうになかった。
しかし、顔が無いと嘆いている人々が哀れで、胸が突き刺される様な思いがして、やるせない思いのままに、悩んだ挙句、私は我々を分け与える事にした。顔が無い人々に私を被せていく。人々が喜んで感謝する中、私は黙々と面を被せていく。次第に自分が自分で無くなっていく。ようやっと全員分被せ終わった時にはもう私には一つの面も無くなっていて、喜ぶ人々に見送られながら村の外に出たが、内心では面が無くなった事が悲しくて不安で一杯だった。沈んだ気持ちで歩いていると、道の向こうにもう一人顔のない人間が居た。だが既に私には被せる面が何も無い。それなのに顔のない人間は近寄ってきて助けてほしいと懇願してきた。どうしようか悩んでいると、顔のない人間が私の顔を指さしてくる。結局、断れずに私の顔を渡すと自分の中の自分が完全に居なくなって、重りでも背負っている様な不快感で一杯になった。とにかく顔が無いのを何とかしなければと、魔理沙の顔を被ると、いつの間にか私は魔理沙になっていた。嬉しくはない。私は私でありたかった。自分を諦めきれずに私は私を集める事にした。手には希望の面だけがある。他の面も取り返さなければならない。気が付くと目の前に私が居て、希望の面を返せと図々しい事を言ってきた。
霖之助
今日夢を見た。
店を開いていると、魔理沙がやって来た。何やら慌てた様子で、どうしたのかと問うと、男になったと答えた。それは大変な事だと思いつつも、何処か信じられぬ思いで、本当に男になったのかと問い重ねると、魔理沙はスカートを捲し上げた。靄が掛かった様に良く見えなかったが、魔理沙が男になった事だけははっきりと分かって、寂しい様な悲しい様な胸の詰まる思いがした。
魔理沙は酷く深刻そうな顔で僕を見つめてくる。何か対応策を考えなければならないと考え込んでいると、突然に名案が浮かんだ。男なのだから女性の服を着ているのはおかしい。だからちぐはぐになって問題が起こっている。だとすれば男物の服を着れば全ての違和感が無くなって解決する。魔理沙は得心した様子で服を貸して欲しいと言った。背丈が合わないだろうとは思うものの、断る訳にもいかず貸し与えると、何故か裄丈がぴったりと合って妙に馴染んだ立ち姿になった。けれどどうしてか魔理沙は落ち込んだ顔で、すぐにまた服を脱ぎだした。
裸になった魔理沙にどうしたのかと問うと、服が着られなくなってしまったと言った。どういう事か分からない。困惑していると、魔理沙は背を向けて店の外へ向かう。何が何だか分からず、とにかく引きとめようと後を追おうとした時、魔理沙が振り返って悲しげな顔を見せた。
犬になった。
そう言って魔理沙は店を出て行った。魔理沙の腰の辺りに、ふわりとした柔らかい尻尾が悲しそうに揺れていた。
それを見て、魔理沙も変わってしまったのだと、嬉しい様な寂しい様な気持ちになった。
ぬえ
今日夢を見た。
命蓮寺に遊びに来た魔理沙と庭を歩いているとコノハズクが鳴いていた。変な泣き声だと魔理沙が不思議がるので、仏法僧だろうと言うと、魔理沙は知らなかった様でそれは何だと興味深げに問いかけてきた。正体を明かしてしまった事に居心地の悪さを感じつつも、ぶっぽうそうについて説明すると、魔理沙はとても感心した様子になって、私もぶっぽうそうになりたいと言った。
なれるものかと思っていると、突然となりからぶっぽうそうと聞こえてきて、見ると少し大きめのコノハズクが辺りを飛び交っていた。どうやらそれが魔理沙の様だった。本当に魔理沙がコノハズクになってしまった事にも驚いたが、それ以上に魔理沙をコノハズクにしてしまった事を皆に知られて怒られるのが怖かった。私は何とか隠蔽しようとコノハズクを捕まえて正体不明の種を仕込んでいると、白蓮達が帰ってきて、あっさりと露見し怒られた。
夜、夕飯に鳥雑炊が出てきた。寺でこんな物を食べて良いのか疑問に思って周りを見ると、皆は何の迷いも無く食べていた。私も食べようと箸を伸ばした時、得体の知れない不安が湧いて胸が締め付けられる様な心地がした。不安に急かされるままに、椀の雑炊を掻き分けると中に魔理沙が入っていた。食べてはいけないと強く思ったが、周りが皆黙々と食べている中、一人だけ食べないで居る訳にもいかず、仕方無しに魔理沙を箸で摘んで口の中に放り込んだ。
雑炊を食べ終わって人心地ついていると、突然一輪が飛び込んできて、さっき捕まえた魔理沙が何処かへ行ってしまったと言った。初めの内は皆気にしていなかったけれど、段々に今食べた鳥料理が怪しいという雰囲気になり、終いには誰かが食べたんだろうと険悪な事態になった。
ばれたらただでは済まされない様子に、私は俯いて黙っていると、突然お腹の中からぶっぽうそうという声が聞こえた。
血の気の引く思いがして、顔を上げると皆が私の事を無表情で見つめていた。
さとり
今日夢を見た。
魔理沙がやってきてペットにして欲しいと言った。面食らって理由を尋ねると、動物になったからペットにならなくちゃいけないのだと言った。確かにその言葉の通り、心を読んでもはっきりとした言葉を持っていない様で、手を握ると妙に毛深かった。断る理由も無いので、迎え入れると、魔理沙は嬉しそうにして、他のペット達に挨拶をした。
それから何日か経ったある日、妙に外が騒がしく庭に出てみると、ペット達が騒然としていた。私を見ると急に皆押し黙ったが、全員心に憎悪が灯っていて、どうやらそれは魔理沙に向けられている様だった。一方魔理沙は期待だとか寂寥だとかそう言った思いが満ちていて、どういう状況なのか私には全く分からなかった。
一見すると魔理沙がいじめに合っている様だったので、ペット達をその場から立ち去らせ魔理沙を部屋に引き入れた。何があったのか聞いても何にも答えない。しかし皆から離れて二人っきりになったので安心した様で、魔理沙の心が喜びに満ちている。ただ離れようとすると途端に、不安な心を一杯にして引き止めてくるので、その日はずっと一緒に過ごして、寝るのも一緒だった。
次の日起きると魔理沙の姿がなかった。何だか嫌な予感がして、慌てて起きだし、家中を探しまわると、魔理沙どころか誰も家に居ない。何が起こったのか分からず、必死の思いで駆け回り外を探したが、やはり誰も居なかった。まるでみんな消えてしまった様だった。皆居なくなってしまった。
喪失感で胸が詰まり痛くて痛くて仕方がなくなった。一人ぼっちになった自分を思い、消えてしまった皆を思うと、死んでしまおうとすら思った。鬱鬱とした気持ちで自室に戻ると、いつの間にか戻っていた魔理沙が眠っていた。
皆を消したのが魔理沙だというのは分かっていたが、誰も居なくなってしまった中、もう自分に残されたのは魔理沙しか居ない。私は破滅を予感しつつも、魔理沙の傍に座ってその顔を撫で上げた。獣の様なごわごわとした触り心地だった。
魔理沙
今日夢を見た。
どんな夢だったのか覚えていないけれど、とにかく自分が沢山出てくる夢だった様に思う。良い夢でなかったのは何となく感覚として残っていた。寝間着がへばりつく位の汗を掻いていた。
外から霊夢の声が聞こえてきたので、出迎えてみるといきなり抱きつかれて、獣になっていないかだとか、その顔は本物かとか言いながら、私の体をぺたぺたと叩く様に触りだした。
鬱陶しくなって振り払うと、霊夢は安堵した様子で胸を撫で下ろし、何ともなっていなくて良かったと言った。何でも怖い夢を見たらしい。夢と現実をごっちゃにされても困ると文句を言いつつ家の中へ招き入れ様とすると、今度はさとりが走ってきて、よくもペットを殺したなと喚きだした。聞くとそれもまた夢の中の話で、どうやらペットの地位を独占する為に、他の奴等を皆消してしまったらしい。そんな事を言われてもこちらは一切関与してないし、ペットにだってなりたくない。責めるべきはそんな夢を見た自分自身だろうと抗議すると、さとりの怒鳴り声が一層甲高くなった。
それにうんざりしていると、今度は香霖がやって来た。どうして男になんてなったと叫びながら、スカートに手を掛けてきたので、私は女だと言ってぶっ飛ばした。地面にへたり込んだ香霖は良かったと言って泣きだした。
それを気持ち悪く思っていると、続いてアリスが、その後ろには幻想郷の住人達が沢山居て、皆私目掛けてやって来る。やれ、顔を返せだの、食べて悪かっただの、希望の面を返せだの、あたいって一人称はどうなのだの、結婚は諦めてくれだの、また一緒に遊園地に行こうだの、あいつが復活しただの、お嬢様のパンツを返せだの、きゃははだの、今年は豊作だの、隣町に薬を届けてくれだの、私にもちんちんを生やしてだの、貸した本の感想はどうだっただの、あたいったら最強でごめんねだの、最近きのこが値上がりしてるだの、宗教戦争を起こそうだの、ぺったんぺったんつるぺったんだの、魔理沙いっつもありがとうだの、そろそろ家に帰ってきたらどうだだの、やっぱり魔理沙には叶わないわだの、ついに魔法使いになったのねだの、覆いかぶさる様に次から次へと妄言を吐いてくる。
好い加減苛立って、うるさいと叫んだ途端、全ての者が口を閉ざして一気に森閑とし、次の瞬間全てが消えて、辺りは上も下も真っ白で遠くに黒く細い地平線が見えるだけの広大な空間に変わった。初めの内は何が起きたのか分からなかったが、やがてこの世界は自分が生み出した世界でそれを否定した為に全てが消えてしまったのだと気が付いた。
ならばと思って、もう一度世界を生み出そうとしてみたが、幾ら念じてみても世界は真っ白なままだった。急に不安が襲ってきて、どうしようと悩んでみても、どうする事も出来ず、静寂に怯えながらその場で立ち尽くした。何処からか私の名前を呼ぶ声が聞こえていた。
そんな夢を見た。
夢から覚めて起きる上がると、頭の上からはらりと何かが落ちた。見回すと辺りは大学の教室で、傍には量子場のレジュメが落ちていて、教室の最前では教授が第五の力について力説していた。
何かぼんやりと世界を上手く認識できないで居ると、横から声が掛けられた。
「やっと起きた」
隣を見ると霊夢がディスプレイに映しだされた板書を編集しながら、こちらを見て微笑んでいた。
未だぼんやりしていると、逆隣からアリスの下らなそうな声が聞こえた。
「寝かせとけば良いのに。どうせこんな雑談、試験に出ないんだし」
振り返るとアリスは無表情でタブレットに目を落とし、必死になって手を動かしていたが、不意に手を止めてこちらを見つめてきた。
「やる? 心綺楼」
「いや、今は良い」
ようやく何か実感が湧き始め、もう一度霊夢を見ると、真剣な表情で板書を編集している。私の視線に気がつくとディスプレイから目を逸らさずに口を動かした。
「何か悪い夢でも見たの?」
「いいや」
もう夢の内容は思い出せない。
「欲求不満なんじゃない?」
「かもな」
そう言って、目を閉じると意識が再びまどろみはじめて、全てが白く白く溶け崩れていった。
今日夢を見た。
夏の熱さを憂いながら居間に入ると魔理沙が座っていた。何か落ち着かない様子で辺りを見回しているので、どうしたのかと尋ねてみると、魔理沙は思いつめた様子で自分が沢山居ると言って私の背後を指さした。振り返ると、魔理沙が立っていた。何故か服を着ていなかった。裸の魔理沙は口を開いて欠伸をしたかと思うと、何処かへ駆け去って行った。更に魔理沙の指が別の場所を指すと、そこには魔理沙の顔を被った何者かが立っていた。酷く不気味だった。そんな風に魔理沙が次々と別の場所を指さしていって、そこには必ず普段とは何かずれた魔理沙が立っていた。
皆が私になっていくと魔理沙が言った。
どうやら私の周りを囲む魔理沙達は元々全く別人で、それがどうしてか魔理沙になってしまったらしい。私も魔理沙になるのかと問うと、分からないと魔理沙は言った。何か胸の辺りにむず痒さがやってきて、もしかしたら私も魔理沙になりかけているのではないかと不安になった。
重苦しい雰囲気に息を詰めていると、外から騒がしい声が聞こえてきた。それが何だか分からないで居ると、魔理沙が立ち上がって手を差し伸べてきたので、その手を取った。魔理沙の手は妙に毛深い。偽物だった。
いずれ自分もこうなるのだろうかと不安になった。
フラン
今日夢を見た。
私は魔理沙になっていた。
レコードの針が跳ねて突然ノイズが走ったかと思うと、お前は魔理沙だという声が聞こえてきた。慌てて自分の体を見回してみたけれど、何が変わったのか分からない。ただ根拠は無くても自分は魔理沙になったんだという喜びが湧いて、私は部屋を飛び出し嬉しさのままに屋敷の中を練り歩いた。その途中で、お姉様と咲夜に出会った。連れ戻されるんじゃないかとおどおどしながら傍を通りすぎようとすると、お姉様は何か少し意地の悪い事を言っただけで笑みを浮かべて行ってしまった。いつもであれば、部屋に戻る様怒られるのに。魔理沙になったお陰で何処へでも自由に行ける様になった。それが嬉しくて私は早速外へ向かった。
外へ出ると、美鈴が居て何か私の事をたしなめてきたけれど、いつもの美鈴と違って、怯える様な様子がまるで無い。きっと私でなく魔理沙だから心を許しているのだろう。嬉しくて思わず笑みを浮かべると、突然美鈴が本当に魔理沙なのか問い尋ねてきた。外見こそ魔理沙ではあるけれど、中身は自分のままな事にようやく気が付いて、私は慌ててその場を逃げ出した。
皆に見つからない様に外へ出て気の向くままに歩いていると、突然妖精達に声を掛けられた。怯える様子のまるで無い笑顔で遊ぼうと呼びかけられたので、私は嬉しくなって妖精達の輪に入った。ところが遊んでいる内に、皆距離を取りひそひそと囁きあい始めた。不安な思いで、それでも仲良くしたいと近寄ってみると、妖精達は怯えた様子になってみんな散り散りに何処かへ消えてしまった。
私は酷く悲しくなった。やはり中身が変わらないままだから皆に嫌われるんだろうかとお腹の辺りが痛くなった。とにかく他の者達に会わない様にしようと、私は夜の空を高く高く飛んだ。
そうして幻想郷の遥か高い所を飛んでいると、下が騒がしい事に気が付いた。歓声が上がっている様で能々目を凝らしてみると、皆どうやら私に向かって手を振っている様だった。手を振り返すと、歓声は更に高まった。何か嬉しい思いで辺りを飛びながら歓声を受けている内に、ふと自分は箒を持っていない事に気が付いた。どうして箒を持っていないのに自分は飛んでいるんだろうと疑問に思った瞬間、視界が回って、気がつくと真っ逆さまになって下に落ちていた。落ちるのは怖かったけれど、自分は魔理沙だから皆受けて止めてくれるに違いないと思った。けれど誰にも受け止めてもらえずに、私は地面に激突して、芝生の上に倒れると、皆が皆恐る恐るといった様子で寄ってきた。そうして私の顔を見ると途端に悲鳴を上げて何処かへ逃げていってしまった。気が付くと私の周りには誰も居らず一人ぼっちになってしまった。
悲しい気分で何かもう動く事すら億劫な思いで居ると、何処からともなく魔理沙が現れた。姿を盗んだ事を怒られるんじゃないかと怖くなって逃げようとすると、その前に魔理沙に捕まえられて、ぎゅっと抱きしめられた。
何か色色な事が許された様な心地がして浮ついた気分になり、気が付くと私は自室で音楽を聞いていた。
アリス
今日夢を見た。
森沿いの道を歩いていると魔理沙が道の端にうずくまっていた。具合でも悪いんじゃないかと私は近づいてみたが、本当は具合が悪いのでは無い事を知っていた。近づいてみると、案の定魔理沙はとても嬉しそうな顔を上げて、きのこきのこと言った。何かかっこうを思わせる様な声音に詫びしさが心にわだかまった。
私がもう一度どうしたのか尋ねると、きのこきのこと言って、道端の野草をちぎり私に捧げてきた。妙に泥に塗れた汚らしい草だった。そんな汚らしい草を受け取って汚れては霊夢の所に行けなくなってしまう。そう心配して、やんわり断ると、魔理沙は気にも止めずにきのこきのこと言って、またずいと草を突き出してきた。
私は早く霊夢の所へ行きたかった。これから会う約束をしていた。魔理沙等にかまけずに通りすぎていれば良かったものを、声を掛けてしまったばっかりに面倒な事になってしまったと後悔した。
とにかく受け取る訳にはいかないので、もう一度断ってみると、魔理沙は嬉しそうな顔をしたまま沈黙し、かと思うと突然しゃがみ込んだ。
酷く不吉な予感がして、今すぐその場を駆け出したくなる。このままこの場に居れば不味い事になる予感があった。とにかくこの場を離れなければと焦るのだが、何故だかしゃがみ込んだ魔理沙が気になって仕方が無い。魔理沙の一挙手一投足を見逃せばそれが巡り巡って自分のところに陰湿で気違いじみた取り返しのつかない災厄がやってくる様な気がした。
私が今にも逃げ出したい気持ちを抑えている前で、魔理沙はきのこきのこと言いながら地面を漁っている。それが憎らしくて仕方無かったが、魔理沙の気を害する様な事を言えば、嫌な目に会う事が分かっていたので、私は何も言えなかった。
しばらく地面に手を這わせていた魔理沙が突然その手を止めた。その瞬間、早く逃げなければならないと辺りに凄まじく大きな警報が鳴り出って、私の背に寒気が走り、冷や汗が体中のあちこちから流れだした。その場に居れば魔理沙の所為で、取り返しの付かない事になる。今すぐ逃げ出さなければならない。だが一方で逃げれば後々災厄に巻き込まれるという予感も会った。二つの恐怖が相戦って、どうする事も出来ずに立ち尽くしていると、魔理沙は立ち上がって私の前に草を突き出してきた。汚らしい草が二つ、両の手に握られていた。
それを見て、私はもうどうする事も出来ない事を悟ったけれど、せめて最後まで抗おうと、決して受け取ろうとはせずに魔理沙の事を睨み続けた。すると魔理沙がきのこきのこと言って、笑顔を浮かべたまま何処かへ去って行った。
助かったのかと安堵の心が滲んで、ふと自分の手を見ると、両の手に草が握られていた。草は妙に泥だらけで、汚らしい雫が滴り落ち私の足元を浸しはじめた。その水にふやかされて私の足はどんどんとふやけていって、水が体の中にまで浸透して体が溶け崩れ、次第に私という存在の嵩が減って最後には地面にへばりついてどうする事も出来なくなった。
遠くからきのこきのこというかっこうに似た魔理沙の声が聞こえてきて、それが妙に寂しく聞こえた。
早苗
今日夢を見た。
魔理沙が遊びに来たので迎え入れると何やら暗い顔をしていた落ち込む事でもあったのだろうかと、何とか励ましたい思いでいると、魔理沙は突然私の服を指さして羨ましいと言い出した。
どういう事か聞くと、色色な服を持っているのが羨ましいと言う。確かに外の世界からやって来た私は沢山の服を持ってきていて、巫女として袴を履く以外は毎日別の服を着ている。幻想郷に居る人々の様に、多くとも五、六着、人によっては一着しか着る服を持たない人達から見れば、服の数は遥かに多く、羨ましいのかもしれない。
どうしようもない事なのでどうにも答える事が出来ず、けれど突き放してしまうのも悪くて、魔理沙の服も可愛いと褒めてみたが、そういう事じゃないと言って魔理沙は怒りだした。外の世界のデザインが良い、そういう服が着たいと言って聞かない。終いには一緒に外の世界に行ける様に頼みに行って欲しいと言われ、仕方なく私は魔理沙と一緒に紫さんの所へ行く事になった。
紫さんの家に行くと準備の良い事に隙間を開けて待っていた。どうやら私の知らない内に二人の間で話し合いがあったらしく、魔理沙は外の世界へ行ける事になったと喜んでいる。魔理沙のわがままを少し面倒に思っていた私がこれで開放されると安堵して踵を返すと、紫さんに引き止められて魔理沙に同行して欲しいと懇願された。断りたかったが、外の世界に行けると嬉しそうにしている魔理沙の姿を見ると、何か哀れな気がして、仕方無しに私は隙間の中へ入って外の世界へ行った。
外の世界に出ると、ビルの乱立する人混みが広がっており、途端に懐かしい気持ちになった。開放感のままに大きく伸びをする。と、何か胸中に言い知れない不安がよぎった。何故そんな不安が起こったのかまるで分からない。魔理沙は大丈夫だろうかと振り返ると、隙間の奥で魔理沙がまごついていた。
早く来る様呼びかけると、魔理沙は慌てた様子で走ってきて、間近に迫った外の世界を見て期待に顔を輝かせた。
そうして隙間から出た瞬間、魔理沙は消えた。何が起きたのか分からなかった。呆然としていると帽子が落ちてきて、受け取った瞬間に全てを理解した。幻想郷の者達は幻想郷の外に出ると存在を保てない。だから魔理沙は消えてしまった。
あれだけ外の世界を夢見ていた魔理沙は結局外の世界を一目見ただけで消えてしまった。最後に見た期待に満ちた顔を思い出して、私は酷く悲しくなった。
輝夜
今日夢を見た。
目を覚ましたばかりの私は、障子を抜けて届く柔からな陽の光に誘われて外に出た。すると庭で魔理沙と鈴仙が何か言い争っていた。何があったのだろうと眺めていると、言い争いは段段と激しくなって、最後には魔理沙が顔を顰めて「いー、だ」と言った。すると鈴仙も「こっちだって、いー、だ」と言って、涙を浮かべながらこちらへやって来た。どうやら味方をして欲しいらしい。二人の喧嘩に自分が立ち入っては公平でないなと考えている内に、鈴仙は私の後ろに回りこんで、得意げな顔を魔理沙へ向けた。
割って入って良いものかしばらく迷ったが、魔理沙が不安そうな顔で私を見て、悔しそうな顔で鈴仙を見るのが何だかいじらしく、私は二人を仲直りさせようと思って魔理沙を手招いてみた。
鈴仙は必死で私を止めようとしたが構わず手招いていると、魔理沙は初めの内こそ不安そうな顔を崩さなかったが、やがて嬉しそうに駆け寄ってきて、私に抱きついた。
それを鈴仙が押し飛ばした。魔理沙は地面に転んで泣き出したのを鈴仙が得意げに見下ろすので、私は急に悲しくなり、こんな事ではいけないと、鈴仙を振り向かせてその頭に拳骨を振り下ろした。
二人の泣き虫がわんわんわんわん泣き声を上げ、夏の暑さと相俟って、景色が溶け出す様な心地がした。延々と泣き続ける二人に、このままでは二人共干からびしてしまうと恐怖を感じて、何とかして二人を泣き止ませようとなだめすかしてみたが、二人は一向に泣き止まない。
どうしようと、右往左往していると、永琳とてゐが切り分けた西瓜を持ってきた。途端に鈴仙と魔理沙は笑顔になって、涙の後も拭かぬまま西瓜へと駆け出すので、安堵する反面、何も出来なかった自分を情けなく思った。
こころ
今日夢を見た。
また希望の面が無くなった。持っていて嬉しいものでもなかったけれど、無いと何か不安になった。仕方が無く探しに行こうと思うと、いつの間にか魔理沙が眼の前に立っていて、その手に希望の面を持っていた。早速見つかって良かったと、魔理沙に面を返して欲しいと言うと、自分の物だから返せないと言う。それでは困ると言い返すと、それならと魔理沙が魔理沙自身の顔をくれた。魔理沙は顔が無くなった事に頓着せず希望の面を持って何処かへ行ってしまい、後には魔理沙の顔だけが残った。希望の面の代わりになるかどうかは分からなかったが、どうする事も出来ないので、仕方無しに魔理沙の顔を面に含めて歩いていると、いつの間にか人里に居て、気が付くと人間達に囲まれていた。どの人間も顔が無く、話を聞くと魔理沙に顔を奪われたらしい。どうにかして助けて欲しいと言われたが、私も希望の面を奪われたばかりで、助けられそうになかった。
しかし、顔が無いと嘆いている人々が哀れで、胸が突き刺される様な思いがして、やるせない思いのままに、悩んだ挙句、私は我々を分け与える事にした。顔が無い人々に私を被せていく。人々が喜んで感謝する中、私は黙々と面を被せていく。次第に自分が自分で無くなっていく。ようやっと全員分被せ終わった時にはもう私には一つの面も無くなっていて、喜ぶ人々に見送られながら村の外に出たが、内心では面が無くなった事が悲しくて不安で一杯だった。沈んだ気持ちで歩いていると、道の向こうにもう一人顔のない人間が居た。だが既に私には被せる面が何も無い。それなのに顔のない人間は近寄ってきて助けてほしいと懇願してきた。どうしようか悩んでいると、顔のない人間が私の顔を指さしてくる。結局、断れずに私の顔を渡すと自分の中の自分が完全に居なくなって、重りでも背負っている様な不快感で一杯になった。とにかく顔が無いのを何とかしなければと、魔理沙の顔を被ると、いつの間にか私は魔理沙になっていた。嬉しくはない。私は私でありたかった。自分を諦めきれずに私は私を集める事にした。手には希望の面だけがある。他の面も取り返さなければならない。気が付くと目の前に私が居て、希望の面を返せと図々しい事を言ってきた。
霖之助
今日夢を見た。
店を開いていると、魔理沙がやって来た。何やら慌てた様子で、どうしたのかと問うと、男になったと答えた。それは大変な事だと思いつつも、何処か信じられぬ思いで、本当に男になったのかと問い重ねると、魔理沙はスカートを捲し上げた。靄が掛かった様に良く見えなかったが、魔理沙が男になった事だけははっきりと分かって、寂しい様な悲しい様な胸の詰まる思いがした。
魔理沙は酷く深刻そうな顔で僕を見つめてくる。何か対応策を考えなければならないと考え込んでいると、突然に名案が浮かんだ。男なのだから女性の服を着ているのはおかしい。だからちぐはぐになって問題が起こっている。だとすれば男物の服を着れば全ての違和感が無くなって解決する。魔理沙は得心した様子で服を貸して欲しいと言った。背丈が合わないだろうとは思うものの、断る訳にもいかず貸し与えると、何故か裄丈がぴったりと合って妙に馴染んだ立ち姿になった。けれどどうしてか魔理沙は落ち込んだ顔で、すぐにまた服を脱ぎだした。
裸になった魔理沙にどうしたのかと問うと、服が着られなくなってしまったと言った。どういう事か分からない。困惑していると、魔理沙は背を向けて店の外へ向かう。何が何だか分からず、とにかく引きとめようと後を追おうとした時、魔理沙が振り返って悲しげな顔を見せた。
犬になった。
そう言って魔理沙は店を出て行った。魔理沙の腰の辺りに、ふわりとした柔らかい尻尾が悲しそうに揺れていた。
それを見て、魔理沙も変わってしまったのだと、嬉しい様な寂しい様な気持ちになった。
ぬえ
今日夢を見た。
命蓮寺に遊びに来た魔理沙と庭を歩いているとコノハズクが鳴いていた。変な泣き声だと魔理沙が不思議がるので、仏法僧だろうと言うと、魔理沙は知らなかった様でそれは何だと興味深げに問いかけてきた。正体を明かしてしまった事に居心地の悪さを感じつつも、ぶっぽうそうについて説明すると、魔理沙はとても感心した様子になって、私もぶっぽうそうになりたいと言った。
なれるものかと思っていると、突然となりからぶっぽうそうと聞こえてきて、見ると少し大きめのコノハズクが辺りを飛び交っていた。どうやらそれが魔理沙の様だった。本当に魔理沙がコノハズクになってしまった事にも驚いたが、それ以上に魔理沙をコノハズクにしてしまった事を皆に知られて怒られるのが怖かった。私は何とか隠蔽しようとコノハズクを捕まえて正体不明の種を仕込んでいると、白蓮達が帰ってきて、あっさりと露見し怒られた。
夜、夕飯に鳥雑炊が出てきた。寺でこんな物を食べて良いのか疑問に思って周りを見ると、皆は何の迷いも無く食べていた。私も食べようと箸を伸ばした時、得体の知れない不安が湧いて胸が締め付けられる様な心地がした。不安に急かされるままに、椀の雑炊を掻き分けると中に魔理沙が入っていた。食べてはいけないと強く思ったが、周りが皆黙々と食べている中、一人だけ食べないで居る訳にもいかず、仕方無しに魔理沙を箸で摘んで口の中に放り込んだ。
雑炊を食べ終わって人心地ついていると、突然一輪が飛び込んできて、さっき捕まえた魔理沙が何処かへ行ってしまったと言った。初めの内は皆気にしていなかったけれど、段々に今食べた鳥料理が怪しいという雰囲気になり、終いには誰かが食べたんだろうと険悪な事態になった。
ばれたらただでは済まされない様子に、私は俯いて黙っていると、突然お腹の中からぶっぽうそうという声が聞こえた。
血の気の引く思いがして、顔を上げると皆が私の事を無表情で見つめていた。
さとり
今日夢を見た。
魔理沙がやってきてペットにして欲しいと言った。面食らって理由を尋ねると、動物になったからペットにならなくちゃいけないのだと言った。確かにその言葉の通り、心を読んでもはっきりとした言葉を持っていない様で、手を握ると妙に毛深かった。断る理由も無いので、迎え入れると、魔理沙は嬉しそうにして、他のペット達に挨拶をした。
それから何日か経ったある日、妙に外が騒がしく庭に出てみると、ペット達が騒然としていた。私を見ると急に皆押し黙ったが、全員心に憎悪が灯っていて、どうやらそれは魔理沙に向けられている様だった。一方魔理沙は期待だとか寂寥だとかそう言った思いが満ちていて、どういう状況なのか私には全く分からなかった。
一見すると魔理沙がいじめに合っている様だったので、ペット達をその場から立ち去らせ魔理沙を部屋に引き入れた。何があったのか聞いても何にも答えない。しかし皆から離れて二人っきりになったので安心した様で、魔理沙の心が喜びに満ちている。ただ離れようとすると途端に、不安な心を一杯にして引き止めてくるので、その日はずっと一緒に過ごして、寝るのも一緒だった。
次の日起きると魔理沙の姿がなかった。何だか嫌な予感がして、慌てて起きだし、家中を探しまわると、魔理沙どころか誰も家に居ない。何が起こったのか分からず、必死の思いで駆け回り外を探したが、やはり誰も居なかった。まるでみんな消えてしまった様だった。皆居なくなってしまった。
喪失感で胸が詰まり痛くて痛くて仕方がなくなった。一人ぼっちになった自分を思い、消えてしまった皆を思うと、死んでしまおうとすら思った。鬱鬱とした気持ちで自室に戻ると、いつの間にか戻っていた魔理沙が眠っていた。
皆を消したのが魔理沙だというのは分かっていたが、誰も居なくなってしまった中、もう自分に残されたのは魔理沙しか居ない。私は破滅を予感しつつも、魔理沙の傍に座ってその顔を撫で上げた。獣の様なごわごわとした触り心地だった。
魔理沙
今日夢を見た。
どんな夢だったのか覚えていないけれど、とにかく自分が沢山出てくる夢だった様に思う。良い夢でなかったのは何となく感覚として残っていた。寝間着がへばりつく位の汗を掻いていた。
外から霊夢の声が聞こえてきたので、出迎えてみるといきなり抱きつかれて、獣になっていないかだとか、その顔は本物かとか言いながら、私の体をぺたぺたと叩く様に触りだした。
鬱陶しくなって振り払うと、霊夢は安堵した様子で胸を撫で下ろし、何ともなっていなくて良かったと言った。何でも怖い夢を見たらしい。夢と現実をごっちゃにされても困ると文句を言いつつ家の中へ招き入れ様とすると、今度はさとりが走ってきて、よくもペットを殺したなと喚きだした。聞くとそれもまた夢の中の話で、どうやらペットの地位を独占する為に、他の奴等を皆消してしまったらしい。そんな事を言われてもこちらは一切関与してないし、ペットにだってなりたくない。責めるべきはそんな夢を見た自分自身だろうと抗議すると、さとりの怒鳴り声が一層甲高くなった。
それにうんざりしていると、今度は香霖がやって来た。どうして男になんてなったと叫びながら、スカートに手を掛けてきたので、私は女だと言ってぶっ飛ばした。地面にへたり込んだ香霖は良かったと言って泣きだした。
それを気持ち悪く思っていると、続いてアリスが、その後ろには幻想郷の住人達が沢山居て、皆私目掛けてやって来る。やれ、顔を返せだの、食べて悪かっただの、希望の面を返せだの、あたいって一人称はどうなのだの、結婚は諦めてくれだの、また一緒に遊園地に行こうだの、あいつが復活しただの、お嬢様のパンツを返せだの、きゃははだの、今年は豊作だの、隣町に薬を届けてくれだの、私にもちんちんを生やしてだの、貸した本の感想はどうだっただの、あたいったら最強でごめんねだの、最近きのこが値上がりしてるだの、宗教戦争を起こそうだの、ぺったんぺったんつるぺったんだの、魔理沙いっつもありがとうだの、そろそろ家に帰ってきたらどうだだの、やっぱり魔理沙には叶わないわだの、ついに魔法使いになったのねだの、覆いかぶさる様に次から次へと妄言を吐いてくる。
好い加減苛立って、うるさいと叫んだ途端、全ての者が口を閉ざして一気に森閑とし、次の瞬間全てが消えて、辺りは上も下も真っ白で遠くに黒く細い地平線が見えるだけの広大な空間に変わった。初めの内は何が起きたのか分からなかったが、やがてこの世界は自分が生み出した世界でそれを否定した為に全てが消えてしまったのだと気が付いた。
ならばと思って、もう一度世界を生み出そうとしてみたが、幾ら念じてみても世界は真っ白なままだった。急に不安が襲ってきて、どうしようと悩んでみても、どうする事も出来ず、静寂に怯えながらその場で立ち尽くした。何処からか私の名前を呼ぶ声が聞こえていた。
そんな夢を見た。
夢から覚めて起きる上がると、頭の上からはらりと何かが落ちた。見回すと辺りは大学の教室で、傍には量子場のレジュメが落ちていて、教室の最前では教授が第五の力について力説していた。
何かぼんやりと世界を上手く認識できないで居ると、横から声が掛けられた。
「やっと起きた」
隣を見ると霊夢がディスプレイに映しだされた板書を編集しながら、こちらを見て微笑んでいた。
未だぼんやりしていると、逆隣からアリスの下らなそうな声が聞こえた。
「寝かせとけば良いのに。どうせこんな雑談、試験に出ないんだし」
振り返るとアリスは無表情でタブレットに目を落とし、必死になって手を動かしていたが、不意に手を止めてこちらを見つめてきた。
「やる? 心綺楼」
「いや、今は良い」
ようやく何か実感が湧き始め、もう一度霊夢を見ると、真剣な表情で板書を編集している。私の視線に気がつくとディスプレイから目を逸らさずに口を動かした。
「何か悪い夢でも見たの?」
「いいや」
もう夢の内容は思い出せない。
「欲求不満なんじゃない?」
「かもな」
そう言って、目を閉じると意識が再びまどろみはじめて、全てが白く白く溶け崩れていった。
今夜は魔理沙が夢に出てきてうなされそうだ。
正直、読まなきゃよかった。
あんまり、喜怒哀楽では表せない心情になった
やっぱなんというかナンセンスは意地悪ですね いい意味で そんで意地悪されてありがたがる僕はマゾなんでしょう多分
こういうのホント大好きです
最後のオチが無ければ間違いなく100点入れてました。
夢の内容が面白いです。よくこれだけのバリエーションを考えられたなと。
それはともかく、最近の研究によると睡眠中は脳細胞が縮む一方で分泌液が激増し、脳を物理的に洗浄するらしいです。