世界がすっかり闇に包まれたとき、私自身も気分が落ち込んでしまう。
この時間になってしまうと、家に来ている愛しい人が帰ってしまうから。
明日になればまた会える。それは分かっているけれど、どうしても別れの時間になるとしんみりしてしまうのだ。
「じゃあ、そろそろ帰るな」
玄関のドアを開き一歩出たところに立ち、変わらぬ調子で魔理沙が告げる。
私は彼女の見送りをするために椅子から立ち上がり、その傍に立った。
「その…明日は来るの?」
素直になれない私は、そんな言葉しか言うことができない。
本当は明日も来てねって言いたいのに…。
「あぁ、明日も特に用事はないしな」
「そ、そう…」
魔理沙の言葉にほっと胸を撫で下ろす。
来れないって言われたら寂しくて泣いちゃいそうだったから…。
「それに、そんな寂しそうな顔されたら来ないわけに行かないぜ」
「さ、寂しそうな顔なんてしてないわよ…」
図星を突かれて否定するけれど、気持ちが沈んでいるせいか強く言うことはできなかった。
本心で喋ることができたらどんなに楽かわからない。
だけれど、口から出てくるのは意地っ張りな言葉ばかりで、自分でもため息をつきたくなる。
こんな可愛くないことばかり言い続けて、魔理沙に愛想をつかされたらどうするつもりなのか。
魔理沙は優しいから今は我慢してくれているけれど、いずれそれも限界に達したら…。
考えただけで、別れ際の寂しさも相まって胸が締め付けられるような思いがする。
そんな暗いことを考えていたら、そっと手が握られた。
「魔理沙…?」
ちょっとびっくりして顔を上げると、そこには魔理沙の優しい笑顔があった。
「心配しなくても、私は毎日会いに来るから大丈夫だぜ。こんな可愛い恋人を一人ぼっちにさせるわけないだろ?」
「可愛く…なんて…」
顔が熱くなるのを感じて俯いてしまう。
私が可愛いなんて魔理沙も物好きなんだから…。
だけど嫌なわけではなくて、気恥ずかしさと嬉しさが入り混じった不思議な気持ち。
自分では違うと思っていても、やっぱり魔理沙に可愛いと褒められれば頬が緩んでしまうんだ。
そして暗かった表情が解けるのに釣られて、落ち込んでいた心も少しずつ溶けていく。
浮き沈みが激しいなと思われてしまうかもしれないけれど、魔理沙に恋をしてからというもの、彼女の一挙手一投足が気になって仕方ない。
笑顔を見ると嬉しくなって、暗い表情を見ると一緒に落ち込んでしまう。
褒められたりすると羽が生えたように心がふわふわして、素っ気無い言葉や態度を悪い方向にどんどん勘繰って泣きそうになったりして…。
以前の自分からは考えられないほど感情も表情もくるくる変わって、情緒不安定なんじゃないかって心配になるくらい。
そのくらい今の自分は、魔理沙に恋焦がれているんだ…。
「私はどこにもいかない。アリスに寂しい思いなんてさせないから安心していいんだ」
俯いたままでいる私の頭を、魔理沙の手が優しくなでる。
前まではすぐに振り払ってしまっていた手のひらも、今では心地よくて身を委ねる。
魔理沙がどんな顔をしているのか気になって軽く顔を上げると、優しい視線とぶつかって慌てて目を伏せた。
「アリスは本当に可愛いな」
包み込むような温かい声に心が照らされる。
明るい笑顔が見たくて、優しい微笑みを向けられたくて。
褒められる言葉が、可愛いという声が凄く嬉しくて。
なによりも―――好きという想いが、聞きたくて仕方ない。
あなたはいつも言ってくれるけれど、それでも足りないと思えるほどにその言葉が欲しい。
この胸の中にある闇を打ち消すために。
この心に絡みつく、茨の檻から抜け出すために。
あなたの“好き”が欲しい。
「ねぇ……ま、魔理沙………そ、その……」
口を開いては見るけれど、とてもその先を言葉にすることは出来なくて。
身体の体温ばかりがどんどん高くなっていく。
言えずに魔理沙に察してもらってばかりで、自分でもズルいとは思うけれど、恥ずかしがり屋な唇は震えるばかりで、ちっとも言うことを聞いてくれない。
「ん……? …そっか、頭撫でるだけじゃ恋人同士なのに物足りないもんな。私も丁度したかったところだし」
肝心なところを言えないでいるうちに、魔理沙がまた理解してくれたのか頷いてくれる。
…良かった。ちょっと卑怯な気もするけれど、夜が明けるまで魔理沙が待ってくれていたとしても、その先を言えたかわからないし…。
だけど、ちょっと引っかかるところもある。
私は好きって言って欲しいと思ってたんだけど、どうしてそれを察したなら私も”したかった”って言葉がでてくるんだろう…?
心の中で首を傾げながらも魔理沙の言葉を待っていると、なぜか魔理沙の右手の親指と薬指が私の顎に触れた。
えっ…? こ、これってもしかして…!?
気づいたときには魔理沙の顔が間近にあって、頭の中が真っ白になる。
そしてそのまま―――その唇が触れ合った。
は……はわわわわっ…!
「アリス、好きだ。愛してるぜ」
じっと私の目を見て、そんな言葉を囁く魔理沙。
それは私が欲しかった、あなたからの“好き”の気持ちで。
だけど心臓が破裂しそうなほど高鳴っていて、言葉を返すことが出来ない。
そ、それに好きって言っては欲しかったけど、ま……まさか、キ……キスまでされるなんて…っ!
「どうしたんだアリス? …もしかして、キスされるの嫌だったか?」
「ち、違うわっ! そ、そうじゃなくて…そ、その……え、えっとっ」
されるのが嫌だなんて、そんなことあるわけがない。
むしろ嬉しすぎて顔がニヤけちゃいそうなくらいなんだけど、心の準備が出来てなかったせいでドキドキが止まらなくて大変というか…。
いや、例え心の準備が出来た状態だったとしても、動悸が抑えられなくなりそうだけどっ…。
そんなあたふたする私を見てニヤリと笑みを浮かべる魔理沙。
しどろもどろしてるから笑われちゃったんだと思ったら、その右手が頬に触れて―――
「それとも、もう一回したいのか?」
―――なんて、心臓が飛び出しそうになるような言葉を投げかけてきた。
も、もう一回ってっ!? そ、それってつまり今の……キ、キスをもう一回…っ!?
「なっ……なにを言って……っ!」
さっきの一回だけでも心臓が破裂しそうなのに、それをもう一回だなんて恥ずかしくて死んじゃうかもしれない。
だけどしたくないなんてことは絶対になくて、むしろ魔理沙からそう言ってくれたのは凄く嬉しい。
凄く嬉しいんだけど、それに対して「うん、して欲しい」なんて答えるだけの勇気は、私の中に存在しているわけがない。
いっそのことさっきみたいに、私の返事なんて待たずにしてくれていいんだけど、今回は私の言葉を待つつもりらしく魔理沙はじっとこちらのことを見ている。
……いや、むしろなんかニヤニヤしてるし。
ま、まさかあの顔は、私が真っ赤になって慌ててるの見て楽しんでるんじゃ…っ!?
うぅぅぅっ! ま、魔理沙のくせに~っ!
悔しくて追い払ってやろうかとも思ったけれど、それじゃあ多分一人になってから後悔すると思ってなんとか堪える。
こ、こうなったら意地でもちゃんと返事をして、魔理沙を驚かせてやるんだからっ。
「だ、だからっ……えっと……そ、その………あぅぅぅっ」
無理やりでも言葉を搾り出そうとしたけれど、ずっと魔理沙のリードに甘えてきたせいでその先の台詞は全然出そうに無くて、口をぱくぱくさせるばかり。
うぅ……これじゃあ魔理沙に笑われても文句言えないじゃないの……。
あまりになにも言えない自分にガックリきていると、ふわっと身体が包み込まれる。
「ま、魔理沙……?」
「ごめんなアリス。アリスの可愛い照れ顔が見たくて、つい気づかないフリしちゃったぜ」
「えっ? き、気づかないフリって…?」
魔理沙が言おうとしていることに本当は気づいているんだけれど、それを口に出してしまうのすら気恥ずかしくてはぐらかしてしまう。
「こんな真っ赤になった顔見せられたら、どんなに鈍感なやつだったとしても何言おうとしてるかわかるって」
息が触れ合うような距離で笑いかけられ、胸のドキドキが最高の位置まで上り詰める。
あぁ、またされちゃうんだ…。きっと今度も鼓動が大変なことになっちゃいそうだけど、されたくないだなんてちっとも思わない。
むしろ触れ合う瞬間が待ち遠しくて、短いはずのこの一瞬がとても長いものに感じられる。
「じゃあ……するな?」
その言葉に、こくんと頷くだけで返事をする。
魔理沙の腕が首に回されて、私は静かに目を閉じた。
そのせいで余計に魔理沙の息遣いや、自分の胸の高鳴りが意識できてしまって身体がこわばる。
待っているこの時は、まるで引き伸ばされているかのように長く感じられて思わず目を開けたくなってしまうけれど、目蓋をギュッと閉じて我慢する。
本当は1分に満たない短い時間が、10分にも1時間にも感じてしまうほどに、その瞬間が待ち遠しい。
そして、ついに我慢の糸が切れて目を開けてしまいそうになったとき―――唇に柔らかな感触が伝わってきた。
柔らかくてしっとりとしたその感覚は、さっきの倍くらいの時間触れ合ったあとにゆっくりと離れていった。
今にも破裂してしまうんじゃないかと思うほどの高鳴りを感じながら、そっと目を開ける。
「……ま、魔理沙……そ、その―――んっ…!?」
なにか言わなきゃと思って口を開いた瞬間、再び重ねられた魔理沙の唇に私のそれをふさがれる。
ちょ、ちょっとっ…! い、今したばかりなのに…っ!?
今の一回だけでもドキドキで胸が痛いくらいなのに、それを何度もされたら倒れちゃいそうっ…。
けれどそんな私の気持ちを知りもせず、魔理沙は小鳥が啄ばむような口付けを2回、3回と繰り返してくる。
その行為に私の顔は湯気でも出ているんじゃないかと思うほど熱くなり、あまりの羞恥心で目を閉じる。
うぅぅぅぅ~~~っ!! こ、ここっ……こんなにしていいだなんて一言もいってないのにぃっ……!!
もはや緊張と限度を超えた恥ずかしさでどうすることも出来ず、されるがままになってしまう。
振り切れた羞恥心で頭はぼうっとしてきた中で、ただ一つ魔理沙の感触だけがはっきりと感じ取れた。
物凄く恥ずかしいけれど同時に幸せをくれる、優しく熱い感触が。
そして数え切れないほどのキスの後、一際長い時間の触れあいが終わり、首の後ろに回されていた腕もゆっくりと離れていく。
恐る恐る目を開けると、魔理沙はとても満足そうに微笑んでいた。
わ、わわっ…私はこんなに恥ずかしい思いしたのに、なんでそんな充実した顔してるのよっ…!
「い……いきなりし過ぎよ…っ!」
「ごめんごめん。あんまりにもアリスの唇が美味しいからさ、つい病みつきになっちゃうんだよな」
なんてとんでもなく恥ずかしい台詞を言いながら、ぺろりと自分の唇を舐める魔理沙。
「~~~~~~~~~~~っ!」
魔理沙の言葉と仕草のせいで、もはや体中の血液が沸騰してしまうんじゃないかと思うほどに全身が熱い。
あまりの熱さにお風呂でのぼせたようにぼーっとして、倒れてしまいそうなほどにフラフラする。
あ、あと一押しでもされたら本当に倒れちゃいそう…。
「さて、名残惜しいがそろそろ帰らなきゃな」
「あっ……」
その一言で、現実に引き戻されたように身体の熱が冷める。
忘れかけていたけれど、もう魔理沙は帰らないといけないんだった…。
「ごめんな。もう少し一緒にいてやりたいけれど、これ以上いると私も帰りたくなくなりそうだからさ」
「う、うぅん……魔理沙が謝る必要なんてないわ」
申し訳なさそうな顔をする魔理沙に首を振る。
魔理沙は私のわがままに付き合ってくれただけなんだから、そんな顔する必要はない。
むしろ謝らなきゃいけないのは私のほうだと思うし…。
……だけど、どうしても募る寂しさは止めようがない。
でもこれ以上魔理沙に迷惑をかけたくなくて、ぎゅっと服を握ってそれを押さえ込む。
「じゃあ……帰るぜ。また明日な」
名残惜しそうにこちらを向いたまま一歩後ずさり、後ろを向く魔理沙。
行く間際になると今度は絶対我慢すると決めたのに、思わず引き留めてしまいたくなってしまう。
けれど「行かないで」なんて言う勇気は私にあるわけがなく、その背中を見送るしかない。
いつもはこの素直な気持ちを伝えられない口を情けなく思っていたが、今だけは役立たずの口のおかげで邪魔をせずに済みそうだ。
「アリス」
「な、なに?」
こちらの方を向かないまま突然声をかけられてびっくりする。
さっきよりも少し声のトーンが落ちてるし、どうしたんだろう。
「好きだぜ。アリスのこと」
「あっ……」
不意打ちの言葉にトクンと胸が高鳴る。
その高鳴りと同時に、この言葉にだけは必ず応えなければいけないと、なぜか強く思った。
今まで魔理沙の優しさに甘えてばかりで、全くと言っていいほど私から想いを伝えることをしてこなかった。
けれどこの一言を聞いたとき、その普段とは違う調子の声に、魔理沙もずっと私の言葉で気持ちを聞きたかったんだって気づけたんだ。
いつも笑顔でたくさんの想いを伝えてくれるから、今のままでも大丈夫なんだって勘違いしてたけど、それじゃあやっぱりダメなんだ。
受け取るだけじゃなくて、与えられるだけじゃなくて、きちんと想いを返さなくちゃいけないんだ。
魔理沙の私への愛の強さは知っているけれど、同じくらい私だって魔理沙を想っているんだから。
「魔理沙っ…。わ、私……私もっ……」
緊張とドキドキで胸が苦しい。
でも今まで見たいに逃げ出したりしない。
服の裾を思いっきり握り締め、誤魔化したくなる気持ちを押さえ込む。
たった一言ではこの胸の想いの1パーセントだって伝わらないかもしれない。
だとしても、少しでも多くの想いの花が届きますようにと、気持ちを込める。
なけなしの勇気を搾り出すようにギュッと目を瞑り、思い切って口を開く。
「私もっ……魔理沙が大好きっ!」
今まで殆ど言えなかった言葉が、胸の中に閉まってばかりだった想いが、声となってあなたへと。
ちゃんと届いただろうか。
きちんと伝わっただろうか。
ずっと貰うばかりで渡せなかった、想いを篭めた愛の花が。
すぐにでも魔理沙の反応を確かめたいけれど、同時にそれが怖くて目が開けられない。
もしかしたら伝わっていなかったり、足りないと思われているんじゃないかという不安が頭をよぎる。
それでも、きっとその胸に想いは届いていると信じて、ゆっくりと目を開ける。
その瞬間―――今までよりも強く、抱きしめられた。
「さんきゅ……アリス。今の言葉、凄く胸に響いて嬉しかったぜ」
優しく、熱っぽい声で耳元に囁きかけてくる魔理沙。
その声は少し震えていて、嬉しさだけじゃない様々な感情が宿っているのを感じる。
「いつもは大丈夫なんだけどさ、帰り際の寂しさとか夜の静けさに中てられたみたいで、少し不安になってた…。アリスは恥ずかしがり屋だから口に出せないだけで、心の中ではちゃんと私のこと好きで居てくれるんだって分かってたんだけど、やっぱりたまには聞けないと自信がなくなっちゃってさ……」
思ったとおり、魔理沙の心に不安の影が落ちていたんだ。
いつもの自信たっぷりな言葉や表情のせいで勘違いしてしまうけれど、魔理沙だって心が揺れる時だってあるに決まってる。
たとえ一度は確かめ合った想いだとしても、変わってしまう事もあるのが人の心だから。
きっと自分のことを好きでいてくれると信じていても、心細くなってしまうことだってある。
「だけどさ、今の一言でそんな不安吹っ切れた。一言だけだけど、その一言に一杯アリスの気持ちが詰まってるのが分かったから。アリスの“大好き”って言葉だけで胸が一杯になって、世界が一気に色を取り戻したみたいになったんだよ。他の誰が何万言の言葉を尽くしても、どれだけ有名な人間の本を読んだって敵わないようなくらい、アリスの言葉は私にとって大切なものだったんだ」
「魔理沙……」
だから、互いに水を与え合おう。不安で枯れそうになっている心の花に。
互いに光を届け合おう。寂しさで震えている想いの花に。
私がこんなにもあなたを想っている様に。
あなたもきっと、私を想ってくれているはずだから。
「好きだぜ、アリス……」
「うん……わ、私も…魔理沙が、好き……」
魔理沙の腕がもう一度私の身体を包み込み、私もドキドキしながら抱きしめ返す。
さっきまで隙間風が吹いていた心が、今は凄く温かい。
きっとそれは、こうして抱きしめ合ってるからだけじゃない。
魔理沙と心が、確かに繋がっていると感じられるからだ。
「……なぁアリス、今日は泊まってもいいか? アリスのこと、今日は離したくないんだ……」
「あっ……う、うん……い、いい…わよ……」
恥ずかしさに言葉を詰まらせながらも頷く。
私も今日はずっと一緒にいたいと思ってたから、同じ気持ちでいてくれたことに胸の奥がきゅんとする。
もしかしたら今なら、考えていることの全てを伝えられるんじゃないかと思ってしまうほどに。
……って、そんなことになったらちょっと恥ずかしいけどね。
「アリス……」
囁くような甘い声で名前を呼びながら、視線を絡ませてくる魔理沙。
「魔理沙……」
応える様に視線を逸らさず、愛しい名前を呼び返す。
それだけで、魔理沙がなにをしたいのかが分かって小さく頷く。
魔理沙が合図をするように微笑んだのを確認して、私はそっと目を閉じた。
そして愛を確かめ合うようにもう一度―――
―――優しくそっと、キスをした。
一日の終わりに、二人は優しくキスをした。
互いの想いを伝えるために。
互いの愛を確かめるために。
不安になるときもある。
寂しさに凍えるときもある。
それでも愛を消さないように。
それでも想いを枯らさぬように。
時には想いを言葉で届けよう。
時には目一杯抱きしめあおう。
時には一日中一緒にいよう。
けれども足らないと思ったときは……
愛しいその名を優しく呼んで―――何度も熱いキスをしよう。
この時間になってしまうと、家に来ている愛しい人が帰ってしまうから。
明日になればまた会える。それは分かっているけれど、どうしても別れの時間になるとしんみりしてしまうのだ。
「じゃあ、そろそろ帰るな」
玄関のドアを開き一歩出たところに立ち、変わらぬ調子で魔理沙が告げる。
私は彼女の見送りをするために椅子から立ち上がり、その傍に立った。
「その…明日は来るの?」
素直になれない私は、そんな言葉しか言うことができない。
本当は明日も来てねって言いたいのに…。
「あぁ、明日も特に用事はないしな」
「そ、そう…」
魔理沙の言葉にほっと胸を撫で下ろす。
来れないって言われたら寂しくて泣いちゃいそうだったから…。
「それに、そんな寂しそうな顔されたら来ないわけに行かないぜ」
「さ、寂しそうな顔なんてしてないわよ…」
図星を突かれて否定するけれど、気持ちが沈んでいるせいか強く言うことはできなかった。
本心で喋ることができたらどんなに楽かわからない。
だけれど、口から出てくるのは意地っ張りな言葉ばかりで、自分でもため息をつきたくなる。
こんな可愛くないことばかり言い続けて、魔理沙に愛想をつかされたらどうするつもりなのか。
魔理沙は優しいから今は我慢してくれているけれど、いずれそれも限界に達したら…。
考えただけで、別れ際の寂しさも相まって胸が締め付けられるような思いがする。
そんな暗いことを考えていたら、そっと手が握られた。
「魔理沙…?」
ちょっとびっくりして顔を上げると、そこには魔理沙の優しい笑顔があった。
「心配しなくても、私は毎日会いに来るから大丈夫だぜ。こんな可愛い恋人を一人ぼっちにさせるわけないだろ?」
「可愛く…なんて…」
顔が熱くなるのを感じて俯いてしまう。
私が可愛いなんて魔理沙も物好きなんだから…。
だけど嫌なわけではなくて、気恥ずかしさと嬉しさが入り混じった不思議な気持ち。
自分では違うと思っていても、やっぱり魔理沙に可愛いと褒められれば頬が緩んでしまうんだ。
そして暗かった表情が解けるのに釣られて、落ち込んでいた心も少しずつ溶けていく。
浮き沈みが激しいなと思われてしまうかもしれないけれど、魔理沙に恋をしてからというもの、彼女の一挙手一投足が気になって仕方ない。
笑顔を見ると嬉しくなって、暗い表情を見ると一緒に落ち込んでしまう。
褒められたりすると羽が生えたように心がふわふわして、素っ気無い言葉や態度を悪い方向にどんどん勘繰って泣きそうになったりして…。
以前の自分からは考えられないほど感情も表情もくるくる変わって、情緒不安定なんじゃないかって心配になるくらい。
そのくらい今の自分は、魔理沙に恋焦がれているんだ…。
「私はどこにもいかない。アリスに寂しい思いなんてさせないから安心していいんだ」
俯いたままでいる私の頭を、魔理沙の手が優しくなでる。
前まではすぐに振り払ってしまっていた手のひらも、今では心地よくて身を委ねる。
魔理沙がどんな顔をしているのか気になって軽く顔を上げると、優しい視線とぶつかって慌てて目を伏せた。
「アリスは本当に可愛いな」
包み込むような温かい声に心が照らされる。
明るい笑顔が見たくて、優しい微笑みを向けられたくて。
褒められる言葉が、可愛いという声が凄く嬉しくて。
なによりも―――好きという想いが、聞きたくて仕方ない。
あなたはいつも言ってくれるけれど、それでも足りないと思えるほどにその言葉が欲しい。
この胸の中にある闇を打ち消すために。
この心に絡みつく、茨の檻から抜け出すために。
あなたの“好き”が欲しい。
「ねぇ……ま、魔理沙………そ、その……」
口を開いては見るけれど、とてもその先を言葉にすることは出来なくて。
身体の体温ばかりがどんどん高くなっていく。
言えずに魔理沙に察してもらってばかりで、自分でもズルいとは思うけれど、恥ずかしがり屋な唇は震えるばかりで、ちっとも言うことを聞いてくれない。
「ん……? …そっか、頭撫でるだけじゃ恋人同士なのに物足りないもんな。私も丁度したかったところだし」
肝心なところを言えないでいるうちに、魔理沙がまた理解してくれたのか頷いてくれる。
…良かった。ちょっと卑怯な気もするけれど、夜が明けるまで魔理沙が待ってくれていたとしても、その先を言えたかわからないし…。
だけど、ちょっと引っかかるところもある。
私は好きって言って欲しいと思ってたんだけど、どうしてそれを察したなら私も”したかった”って言葉がでてくるんだろう…?
心の中で首を傾げながらも魔理沙の言葉を待っていると、なぜか魔理沙の右手の親指と薬指が私の顎に触れた。
えっ…? こ、これってもしかして…!?
気づいたときには魔理沙の顔が間近にあって、頭の中が真っ白になる。
そしてそのまま―――その唇が触れ合った。
は……はわわわわっ…!
「アリス、好きだ。愛してるぜ」
じっと私の目を見て、そんな言葉を囁く魔理沙。
それは私が欲しかった、あなたからの“好き”の気持ちで。
だけど心臓が破裂しそうなほど高鳴っていて、言葉を返すことが出来ない。
そ、それに好きって言っては欲しかったけど、ま……まさか、キ……キスまでされるなんて…っ!
「どうしたんだアリス? …もしかして、キスされるの嫌だったか?」
「ち、違うわっ! そ、そうじゃなくて…そ、その……え、えっとっ」
されるのが嫌だなんて、そんなことあるわけがない。
むしろ嬉しすぎて顔がニヤけちゃいそうなくらいなんだけど、心の準備が出来てなかったせいでドキドキが止まらなくて大変というか…。
いや、例え心の準備が出来た状態だったとしても、動悸が抑えられなくなりそうだけどっ…。
そんなあたふたする私を見てニヤリと笑みを浮かべる魔理沙。
しどろもどろしてるから笑われちゃったんだと思ったら、その右手が頬に触れて―――
「それとも、もう一回したいのか?」
―――なんて、心臓が飛び出しそうになるような言葉を投げかけてきた。
も、もう一回ってっ!? そ、それってつまり今の……キ、キスをもう一回…っ!?
「なっ……なにを言って……っ!」
さっきの一回だけでも心臓が破裂しそうなのに、それをもう一回だなんて恥ずかしくて死んじゃうかもしれない。
だけどしたくないなんてことは絶対になくて、むしろ魔理沙からそう言ってくれたのは凄く嬉しい。
凄く嬉しいんだけど、それに対して「うん、して欲しい」なんて答えるだけの勇気は、私の中に存在しているわけがない。
いっそのことさっきみたいに、私の返事なんて待たずにしてくれていいんだけど、今回は私の言葉を待つつもりらしく魔理沙はじっとこちらのことを見ている。
……いや、むしろなんかニヤニヤしてるし。
ま、まさかあの顔は、私が真っ赤になって慌ててるの見て楽しんでるんじゃ…っ!?
うぅぅぅっ! ま、魔理沙のくせに~っ!
悔しくて追い払ってやろうかとも思ったけれど、それじゃあ多分一人になってから後悔すると思ってなんとか堪える。
こ、こうなったら意地でもちゃんと返事をして、魔理沙を驚かせてやるんだからっ。
「だ、だからっ……えっと……そ、その………あぅぅぅっ」
無理やりでも言葉を搾り出そうとしたけれど、ずっと魔理沙のリードに甘えてきたせいでその先の台詞は全然出そうに無くて、口をぱくぱくさせるばかり。
うぅ……これじゃあ魔理沙に笑われても文句言えないじゃないの……。
あまりになにも言えない自分にガックリきていると、ふわっと身体が包み込まれる。
「ま、魔理沙……?」
「ごめんなアリス。アリスの可愛い照れ顔が見たくて、つい気づかないフリしちゃったぜ」
「えっ? き、気づかないフリって…?」
魔理沙が言おうとしていることに本当は気づいているんだけれど、それを口に出してしまうのすら気恥ずかしくてはぐらかしてしまう。
「こんな真っ赤になった顔見せられたら、どんなに鈍感なやつだったとしても何言おうとしてるかわかるって」
息が触れ合うような距離で笑いかけられ、胸のドキドキが最高の位置まで上り詰める。
あぁ、またされちゃうんだ…。きっと今度も鼓動が大変なことになっちゃいそうだけど、されたくないだなんてちっとも思わない。
むしろ触れ合う瞬間が待ち遠しくて、短いはずのこの一瞬がとても長いものに感じられる。
「じゃあ……するな?」
その言葉に、こくんと頷くだけで返事をする。
魔理沙の腕が首に回されて、私は静かに目を閉じた。
そのせいで余計に魔理沙の息遣いや、自分の胸の高鳴りが意識できてしまって身体がこわばる。
待っているこの時は、まるで引き伸ばされているかのように長く感じられて思わず目を開けたくなってしまうけれど、目蓋をギュッと閉じて我慢する。
本当は1分に満たない短い時間が、10分にも1時間にも感じてしまうほどに、その瞬間が待ち遠しい。
そして、ついに我慢の糸が切れて目を開けてしまいそうになったとき―――唇に柔らかな感触が伝わってきた。
柔らかくてしっとりとしたその感覚は、さっきの倍くらいの時間触れ合ったあとにゆっくりと離れていった。
今にも破裂してしまうんじゃないかと思うほどの高鳴りを感じながら、そっと目を開ける。
「……ま、魔理沙……そ、その―――んっ…!?」
なにか言わなきゃと思って口を開いた瞬間、再び重ねられた魔理沙の唇に私のそれをふさがれる。
ちょ、ちょっとっ…! い、今したばかりなのに…っ!?
今の一回だけでもドキドキで胸が痛いくらいなのに、それを何度もされたら倒れちゃいそうっ…。
けれどそんな私の気持ちを知りもせず、魔理沙は小鳥が啄ばむような口付けを2回、3回と繰り返してくる。
その行為に私の顔は湯気でも出ているんじゃないかと思うほど熱くなり、あまりの羞恥心で目を閉じる。
うぅぅぅぅ~~~っ!! こ、ここっ……こんなにしていいだなんて一言もいってないのにぃっ……!!
もはや緊張と限度を超えた恥ずかしさでどうすることも出来ず、されるがままになってしまう。
振り切れた羞恥心で頭はぼうっとしてきた中で、ただ一つ魔理沙の感触だけがはっきりと感じ取れた。
物凄く恥ずかしいけれど同時に幸せをくれる、優しく熱い感触が。
そして数え切れないほどのキスの後、一際長い時間の触れあいが終わり、首の後ろに回されていた腕もゆっくりと離れていく。
恐る恐る目を開けると、魔理沙はとても満足そうに微笑んでいた。
わ、わわっ…私はこんなに恥ずかしい思いしたのに、なんでそんな充実した顔してるのよっ…!
「い……いきなりし過ぎよ…っ!」
「ごめんごめん。あんまりにもアリスの唇が美味しいからさ、つい病みつきになっちゃうんだよな」
なんてとんでもなく恥ずかしい台詞を言いながら、ぺろりと自分の唇を舐める魔理沙。
「~~~~~~~~~~~っ!」
魔理沙の言葉と仕草のせいで、もはや体中の血液が沸騰してしまうんじゃないかと思うほどに全身が熱い。
あまりの熱さにお風呂でのぼせたようにぼーっとして、倒れてしまいそうなほどにフラフラする。
あ、あと一押しでもされたら本当に倒れちゃいそう…。
「さて、名残惜しいがそろそろ帰らなきゃな」
「あっ……」
その一言で、現実に引き戻されたように身体の熱が冷める。
忘れかけていたけれど、もう魔理沙は帰らないといけないんだった…。
「ごめんな。もう少し一緒にいてやりたいけれど、これ以上いると私も帰りたくなくなりそうだからさ」
「う、うぅん……魔理沙が謝る必要なんてないわ」
申し訳なさそうな顔をする魔理沙に首を振る。
魔理沙は私のわがままに付き合ってくれただけなんだから、そんな顔する必要はない。
むしろ謝らなきゃいけないのは私のほうだと思うし…。
……だけど、どうしても募る寂しさは止めようがない。
でもこれ以上魔理沙に迷惑をかけたくなくて、ぎゅっと服を握ってそれを押さえ込む。
「じゃあ……帰るぜ。また明日な」
名残惜しそうにこちらを向いたまま一歩後ずさり、後ろを向く魔理沙。
行く間際になると今度は絶対我慢すると決めたのに、思わず引き留めてしまいたくなってしまう。
けれど「行かないで」なんて言う勇気は私にあるわけがなく、その背中を見送るしかない。
いつもはこの素直な気持ちを伝えられない口を情けなく思っていたが、今だけは役立たずの口のおかげで邪魔をせずに済みそうだ。
「アリス」
「な、なに?」
こちらの方を向かないまま突然声をかけられてびっくりする。
さっきよりも少し声のトーンが落ちてるし、どうしたんだろう。
「好きだぜ。アリスのこと」
「あっ……」
不意打ちの言葉にトクンと胸が高鳴る。
その高鳴りと同時に、この言葉にだけは必ず応えなければいけないと、なぜか強く思った。
今まで魔理沙の優しさに甘えてばかりで、全くと言っていいほど私から想いを伝えることをしてこなかった。
けれどこの一言を聞いたとき、その普段とは違う調子の声に、魔理沙もずっと私の言葉で気持ちを聞きたかったんだって気づけたんだ。
いつも笑顔でたくさんの想いを伝えてくれるから、今のままでも大丈夫なんだって勘違いしてたけど、それじゃあやっぱりダメなんだ。
受け取るだけじゃなくて、与えられるだけじゃなくて、きちんと想いを返さなくちゃいけないんだ。
魔理沙の私への愛の強さは知っているけれど、同じくらい私だって魔理沙を想っているんだから。
「魔理沙っ…。わ、私……私もっ……」
緊張とドキドキで胸が苦しい。
でも今まで見たいに逃げ出したりしない。
服の裾を思いっきり握り締め、誤魔化したくなる気持ちを押さえ込む。
たった一言ではこの胸の想いの1パーセントだって伝わらないかもしれない。
だとしても、少しでも多くの想いの花が届きますようにと、気持ちを込める。
なけなしの勇気を搾り出すようにギュッと目を瞑り、思い切って口を開く。
「私もっ……魔理沙が大好きっ!」
今まで殆ど言えなかった言葉が、胸の中に閉まってばかりだった想いが、声となってあなたへと。
ちゃんと届いただろうか。
きちんと伝わっただろうか。
ずっと貰うばかりで渡せなかった、想いを篭めた愛の花が。
すぐにでも魔理沙の反応を確かめたいけれど、同時にそれが怖くて目が開けられない。
もしかしたら伝わっていなかったり、足りないと思われているんじゃないかという不安が頭をよぎる。
それでも、きっとその胸に想いは届いていると信じて、ゆっくりと目を開ける。
その瞬間―――今までよりも強く、抱きしめられた。
「さんきゅ……アリス。今の言葉、凄く胸に響いて嬉しかったぜ」
優しく、熱っぽい声で耳元に囁きかけてくる魔理沙。
その声は少し震えていて、嬉しさだけじゃない様々な感情が宿っているのを感じる。
「いつもは大丈夫なんだけどさ、帰り際の寂しさとか夜の静けさに中てられたみたいで、少し不安になってた…。アリスは恥ずかしがり屋だから口に出せないだけで、心の中ではちゃんと私のこと好きで居てくれるんだって分かってたんだけど、やっぱりたまには聞けないと自信がなくなっちゃってさ……」
思ったとおり、魔理沙の心に不安の影が落ちていたんだ。
いつもの自信たっぷりな言葉や表情のせいで勘違いしてしまうけれど、魔理沙だって心が揺れる時だってあるに決まってる。
たとえ一度は確かめ合った想いだとしても、変わってしまう事もあるのが人の心だから。
きっと自分のことを好きでいてくれると信じていても、心細くなってしまうことだってある。
「だけどさ、今の一言でそんな不安吹っ切れた。一言だけだけど、その一言に一杯アリスの気持ちが詰まってるのが分かったから。アリスの“大好き”って言葉だけで胸が一杯になって、世界が一気に色を取り戻したみたいになったんだよ。他の誰が何万言の言葉を尽くしても、どれだけ有名な人間の本を読んだって敵わないようなくらい、アリスの言葉は私にとって大切なものだったんだ」
「魔理沙……」
だから、互いに水を与え合おう。不安で枯れそうになっている心の花に。
互いに光を届け合おう。寂しさで震えている想いの花に。
私がこんなにもあなたを想っている様に。
あなたもきっと、私を想ってくれているはずだから。
「好きだぜ、アリス……」
「うん……わ、私も…魔理沙が、好き……」
魔理沙の腕がもう一度私の身体を包み込み、私もドキドキしながら抱きしめ返す。
さっきまで隙間風が吹いていた心が、今は凄く温かい。
きっとそれは、こうして抱きしめ合ってるからだけじゃない。
魔理沙と心が、確かに繋がっていると感じられるからだ。
「……なぁアリス、今日は泊まってもいいか? アリスのこと、今日は離したくないんだ……」
「あっ……う、うん……い、いい…わよ……」
恥ずかしさに言葉を詰まらせながらも頷く。
私も今日はずっと一緒にいたいと思ってたから、同じ気持ちでいてくれたことに胸の奥がきゅんとする。
もしかしたら今なら、考えていることの全てを伝えられるんじゃないかと思ってしまうほどに。
……って、そんなことになったらちょっと恥ずかしいけどね。
「アリス……」
囁くような甘い声で名前を呼びながら、視線を絡ませてくる魔理沙。
「魔理沙……」
応える様に視線を逸らさず、愛しい名前を呼び返す。
それだけで、魔理沙がなにをしたいのかが分かって小さく頷く。
魔理沙が合図をするように微笑んだのを確認して、私はそっと目を閉じた。
そして愛を確かめ合うようにもう一度―――
―――優しくそっと、キスをした。
一日の終わりに、二人は優しくキスをした。
互いの想いを伝えるために。
互いの愛を確かめるために。
不安になるときもある。
寂しさに凍えるときもある。
それでも愛を消さないように。
それでも想いを枯らさぬように。
時には想いを言葉で届けよう。
時には目一杯抱きしめあおう。
時には一日中一緒にいよう。
けれども足らないと思ったときは……
愛しいその名を優しく呼んで―――何度も熱いキスをしよう。
それにしても甘い話ですねえ。
そういうのが大好きなんですけどね♪
コメントありがとうございます。こういう愛情表現をしてるマリアリいいですよね。
私も甘い話が大好きなので気に入っていただけたみたいで嬉しいです^^
なんで皆、原作通りの魔理沙がそんなに嫌いなんだろう。
しかし申し訳ないがそれだけという感。