Coolier - 新生・東方創想話

君の想い、声、聞ゆる処にて

2013/05/06 20:43:27
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1/4. ヴァ簍。ゾスロ
  、ス、ホフセ、知テホシア、ァ、ケ、・釥・護ャテエ、ヲソタネ・ホツ鄙゙図書ロ。」
  サヘツ結ホキ・ヲ。「ニスサヘ、ホイテク釥ヒ。「ユルサナイスニホスセシヤ、ネニスシ奇、ホエラ、ユルセナイ。「
  スス、ネニスニコロス、ォ、鬢ハ、・カノヤヘ釥コロシテヤル、マ。「、ソ、二人ヘ、イツカ、ヒ、隍テ、カナラズコロス。」


 魔女だから知識に魅入られるのか、知識に魅入られたから魔女となるのか、
 定義は茫洋であるけれど、曰く、魔女を魔女たらしめる所以は飽くなき神秘への希求心。
 探求心ではなく、
 知的好奇心ではなく、
 魔法を万物に共通する絶対的な解法だと盲信する心。
 だから、魔法使いという種族はあれど、魔法を扱う者がすべて本質的に『魔女』であるわけではない。
 故に、安穏とした環境のなか、ただ知識を蒐集することを目的とする一族の魔法使いとして生まれた私は『魔女』とは言えず、
 そしてそれ故に、その過去を捨ててしまった私は確かに生まれながらにして『魔女』だった。
 幸せだったあの頃の景色など、きっと、積み重ねてきた叡智の下に埋もれてしまって掠れてしまっている。
 高く高く積み上げた本の誰も触らない一番底の題目は、恐らく忘却だろうから。
 思い出せる記憶の始まりは、もう思い出せない大切だった何かが壊れてしまった瞬間。
 書物でできた鳥籠に満ちる、焼ける知識のにおいと、
 安穏で幸せな日常が崩れた、爛れる死体のにおいと、
 ただ、それを黙って見つめる八雲紫の顔。
 意識は朦朧とし、
 身体は言うことを聞かず、
 感覚はとうになくなり、
 それでも残る、私を抱えるぬくもりに。
 誰かが泣く、小さな声。
 私の名を呼ぶ、声。



2/4.無縁塚
  魔法の森を抜け再思の道をそのままに、其処は名前も知らない客人たちが眠る場所。
  死人に口なし、当然目もなし、それでも知識は欲しいのか稀少な本は集まるようで、
  もっとも、読むのは彼らではなく幻想郷のなかでも特に変わった本の虫なのだけれど。


「と、いうわけで」
 まるで店の商品を自慢するときのように霖之助が手を広げる。
 彼の前には魔理沙とアリス。
「今回は助っ人を用意してきた」
 そして、面と向かうのは苦笑を浮かべる小悪魔の姿。
「えっと、どういうわけなんでしょう?」
 三冊の本を脇に抱えながら、小悪魔が寺子屋の生徒よろしく手を上げながら問うた。無邪気な好奇心というよりは、蛇がいるであろう藪を突くような心情だけれど。
 香霖堂の店主である彼がそんな風に話し掛けるときは、面倒くささも相俟って大体碌な事がない。この人は自慢するものほど売りたがらないから。
「だから――君が持っているその本だよ」
 霖之助は小悪魔が持っている本を指指して言う。
「ここに落ちている本は香霖堂にとっても貴重な収入源なんだ。キミとはいつも取り合いをしてるけど、僕は弾幕戦が不得手だし、ここのところキミの勝ち続きだろ? いよいよ僕も手段を選んでいられなくなったってわけさ」
「というのは建前で読む本がなくなっただけだぜ」
 霖之助お得意のご高説に、魔理沙がケケケと茶々を入れる。
「ああ、パチュリー様と同じなんですね……」
 これだから本の虫は、と小悪魔はため息ひとつ。
 仕える身としてはあるまじき暴言だけれど、苦労して集めてきた戦利品を一日で読破されてしまう立場にもなって欲しい。本好きの人は、きっと中身の善し悪しなんかじゃなくて本を持っているだけでも幸せなんじゃないだろうか。いっそ、本の形をした鉄アレイを妖怪の山の河童にでも作って貰えば、主の病弱体質も改善されて自分で本を集めに行って、出無精も治り、なんと体重が五キロ痩せたんです! とかいって色々と幸せになれるかもしれない。
 まあ、それでも、あれはあれでいいのかもしれない。一人で何でもするようになって頼ってもらえなくなるのもそれはそれで寂しいし、
 なにより――。
 今回は少しばかり事情が違うのだけれど。
「しかし、これで条件は平等! 今日こそはその本を棚に並べさせてもらうよ!」
「香霖堂さん除いても一対二じゃないですか! 全然平等じゃないです!」
 小悪魔の糾弾に、
「一対一対一ね、私がここにいるのは他の誰でもない自らの意志だもの」
 アリスがにべもなく訂正した。
 魔理沙が一歩前に踏み出す。
 確かにこれでバトルロワイヤル形式、数としてはそれぞれ紛うことなく平等なのだけれど。
 でも、ただ一言だけ言わせてもらえれば――。
「五枚だ! 新スペルの実験台になってもらうぜ!」
「ぜっ、全然フェアじゃないですーっ!! 私スペルカード持ってないのにぃ!」
 空に舞い上がる二人を、アリスと霖之助は見送った。
「……まあ、わかってたけど私の出番はなさそうね」
 彼女たちを見上げながらアリスがぽつりと呟く。

 ――――古より伝わりし浄化の炎よ、落ちよ。
 ――――あの、魔理沙さんのスペルって別に詠唱不要ですよね……。
 ――――我が呼びかけに答えよ!!
 ――――具現結晶!?

「ん? キミも本が目当てなんだろう?」
「私が欲しいのは一冊だけ、それ以外は譲るわ。ただ……」
「ただ?」

 ――――震天裂空斬光旋風滅砕神罰……。
 ――――もはや弾幕ですらない!
 ――――攻撃!
 ――――ダサー。

「もし、戦利品は勝者が総取りというのなら、」
「ああ、それはわかりやすくて」
 いいね、と紡がれるはずだった霖之助の言葉はけれど、喉元に突きつけられた蓬莱人形の槍によって呑み込まざるを得なかった。
 アリスは霖之助を見上げる。
 人形遣いの瞳はただただ冷たくて、
 玲瓏たる容貌はまるで完成されたひとつの人形のように。
「あなたを殺してでも奪い取る」
 声はまるで透き通るような刃物のように、ただ響く。

 ――――見せてやる…貫け!斬、空、天翔剣!! 見たか!
 ――――見てねーよ!
 ――――見てろよ!

 ほんの少しでも歩を進めれば鋭利な槍は霖之助の喉をいとも簡単に切り裂くだろう。
「……マジ?」
 息を呑む動作も許されないなか、思わずホールドアップしながら霖之助はそれだけの言葉を絞り出した。
「本気は見せない質だけどね、」
 アリスの瞳は揺るがない。
「今回は本気よ」
 それだけを言い放ち、程なくして糸を絡繰り人形から獲物を収めさせる。
 ほっと胸を撫で下ろす霖之助。
「随分とあの本に思い入れはあるみたいだけど……」
「思い入れも何も、」
 アリスの視線は遙か上空、黒き魔法使いに追い回される小悪魔の手元へ。
 彼女が抱きかかえる本のひとつを、白いべラム革の一冊を恨めしそうにアリスは見つめている。
「あれはもともと、私に贈られた物語だもの」

 ――――義聖剣!
 ――――ムダダ!
 ――――僕には……無理だ。
 ――――サカラエヌサダメガアル…。

「って、いちいちムードに障るわね! 魔理沙! 変なゲームに感化されてないでちゃちゃっと終わらせなさいよ!」
「むっ」
 防御のために小悪魔が振りかざした本に箒を振り下ろし、さながら殺陣の気分を楽しんでいた魔理沙は顔を顰める。
「ちぇ、ちょっとふざけてただけじゃないか」
「その割りにはノリノリでしたね」
 小悪魔が苦笑いを浮かべながら言う。悪ノリをしていたのは自分もなのだけれど。
「まあ、」
 魔理沙はそのまま箒を振り抜き、小悪魔を乱暴に地上側へ吹き飛ばす。空中での駆動源である箒を跨ぎなおして、お馴染みの八卦炉を眼下にいる小悪魔に向かって突き出した。
「あらかたデータは取り終えたし、これで終わりだぜ! ラストスペル――」
 スペル発現とともに、小悪魔に向けられる究極的な光と熱の暴力。
 圧倒的な光に辺りが包まれるなかで、仕方ない、と小悪魔は小さくため息を吐いた。
 本を持って帰れなかったら彼女はきっと怒るだろう。そもそもの話、ファイナルスパークで本も廃棄物同然になってしまうから、魔理沙も一緒に説教コースだろうけれど。
 怒り心頭できっと顔を真っ赤にして、喘息持ちなのも顧みず空気が乾燥しきったあの図書館で延々と怒鳴り散らすのだろう。
 別に彼女の怒られるのは嫌いじゃない。頭に血が上った彼女の頬は少しだけ血色がよくなって、いつも以上に可愛らしく思えるし、
 ――何より最後にはなんだかんだで私を許してくれるから。
 だから、本当はそんな差し障りのない日常が一番いいのだけれど、
 でも、今回は少しばかり事情が異なっていて、
 ――だから仕方ない、と小悪魔は小さく呟いた。
 他の何よりも、彼女の使い魔として傍にいることを、私は選んでしまったのだから。


「まったく、土埃を舞い上げるだけのくだらない技ね」
 アリスが煙たそうに口を押さえてぼやく。
 魔理沙の魔法で舞い上がった土埃が視界を包み、アリスたちから二人の姿は確認できない。
「キミも存外娯楽作品に影響受けてるじゃないか。ラディッツの科白とはまた……」
「なっ、私は別に――」
 ――瞬間、アリスは今までの暢気さを噛み殺す。
 見据えるのは土埃の、その向こう。
 異常なまでの魔力の源。
「下がって!」
「王子風に言うなら『避けろナッパ』……」
「いいから退け!」
 問答無用でアリスは霖之助の脇腹を蹴り飛ばし、人形を展開し臨戦態勢をとる。これ以上茶番に付き合っている余裕はない。
 彼女に従うのは二体の人形。
 上海と蓬莱。その人形がさらに糸をたぐり寄せ、さらなる人形たちを付き従える。
 本気は出さない。本気を出してしまった状態で負けてしまうと後がないから……それがアリス・マーガトロイドの方針であり信条だ。
 ただ――それが『本気で対処しなければ次さえないのかもしれない』のなら話は別だ。
 手を抜くことは許されない。それをさせないほどの魔力と、ともすれば殺気ともまがう気迫。
 展開する人形の数は三十六。携えた人形は難攻不落の要塞となって姫君を守り、
「退くのはあなたもです」
 
 ――凛と響く声が、そのすべてを一瞬にして屠った。

 否、声はあくまでも魔法の媒体だ。詠唱により発現し人形たちを打ち砕いたのは、パチュリー・ノーレッジのスペルカード土水符「ノエキアンデリュージュ」。
 ――否、とアリスは奥歯を噛み締める。
 あれは魔法なんかじゃない、ましてやスペルカードと呼べる代物でさえない。「ノエキアンデリュージュ」をただの魔力の塊で再現しただけに過ぎないお粗末なもの。
 目の前の現状はただそれだけのものに、心血を注いで作り上げた人形たちが破壊されたという事実に他ならない。
 アリスは土埃の先を見据える。
 風が吹いて紅い紅い彼岸花が揺れる。
 徐々に視界が晴れていき、最初に現われるのは地面に倒れ臥す魔理沙の姿。
 続くのは――。
「アリス・プレゼンス・リデル」
 彼岸花よりも紅い髪を揺らす悪魔の姿。
 魔法による外傷はなく、先程まで魔理沙とおちゃらけていた暢気な表情もなければ、いつもの幼さもない。
 あるのは冷たく、鋭く、向けられた明確な敵意。
「――――っ」
 息を呑むのはアリス。霖之助は未だ状況がつかめぬまま。
「残念だけど、」
 それでもアリスは戦意を失わない。
 例え本気を見せても勝機など微塵もないとわかっていても――仕方がないと割り切れるほど、あの本は凡百なものでもないのだ。
 魔法使いという種族にとって。
 そして、何よりアリスという少女にとって。
「今はマーガトロイド、よっ!!」
 突き出そうとした人形を手繰るその手を、
「退かないというのでしたら、」いつの間にか近づいた小悪魔が制した。「あなたの信条通り、本気は出すのはやめておいたほうがいいです」
 小悪魔はただ告げる。
 弾幕ごっことしてはひどくつまらない戦いの始まりと、その終わりを。
「――〝0枚〟」


 まるで人形劇の糸が切れてしまったように、倒れたアリスは起き上がらない。魔理沙も伏したままだ。
 気絶しているのか、それとも……。
 腰が抜けて尻餅をついている霖之助に、小悪魔が歩み寄る。ずれた眼鏡を掛け直す余裕もなく、霖之助はほうけたように彼女を見上げていた。
 紅蓮の髪を揺らす悪魔と目が合う。顔馴染みの彼女とは見紛う程に冷たい瞳と玲瓏な表情は、まるで芸術品のように美しいナイフでも見ているかのようだった。
 素材がきめ細かく綺麗で刃毀れなく鋭利な――それで切られてみたいという感覚にとらわれてしまうほどに。
 小悪魔が手を上げる。頭の隅に過ぎるのは、呆気なく自分の首が切り落とされるイメージ。身体は動かない。手で頭を庇うことすらしない。心臓が氷の手で鷲づかみされているような、脊髄を走るどこか甘美な恐怖。
 振り下ろされた手は、
「これで勘弁してくださいっ!」
 けれど霖之助には届かずに、代わりに目の前に差し出される三冊中二冊の本。
「……へ?」本と小悪魔の顔を交互に見遣り「これは?」
「そのなんというか……そ、そう、口止め料です口止め料!」
 未だ釈然とせずぽかんと口を開けている霖之助に、小悪魔はわたわたと説明を加える。そこにはもう先程までの毅然とした表情はなく、いつもの頼りないさそうな彼女の素顔があるだけ。
「ほらっ、香霖堂さんが口添えしてくれれば二人が騒いでも、みんな狂言だって思うでしょ?」
 だから、そのっ、と小悪魔は言い淀み、
「じゃ! お願いしますね!」
 霖之助にぽいっと二冊の本を投げ、残った白い装丁の一冊を抱えて踵を返す。
「ちょ、ちょっと待て」
 霖之助は慌てて彼女の腕をつかみ――。
 頭を過ぎるその情報に、微かに残っていた恐怖の残滓も忘れ、小悪魔の顔を見つめた。
「キミは……」
 その先を制すように――小悪魔は苦笑いを浮かべて人差し指を自分の口に当てていた。


3/4.香霖堂
  魔法の森を少し外れに、曰く幻想郷の中心の、瓦屋根の道具店。
  ガラクタだらけの店内に並ぶ負け犬三人組、それでも舞台と役者は整って、
  名探偵皆を集めてさてと言い、謎解き紐解き辿り着くのは、忘却の底の物語。

  
「ん……」
 ようやっと目を覚ました魔理沙はぼんやりとした目を擦り、しばらく仰向けのまま天井を見つめる。
「知らない天井だ……」
「嘘をつけ、嘘を。入り浸っているキミが僕の店の天井を知らないはずがないだろ」
「言ってみたかっただけだぜ」
 魔理沙は身を起こしてがしがしと頭を掻く。頭の芯にまだけだるさが残っている。
「ずいぶん遅い復帰ね」
 いつもの定位置に座る霖之助の横で、アリスが不機嫌そうな顔で挨拶してくれた。
「気分はどう?」
「あー」魔理沙は唸って気絶寸前の記憶に頭を抱える。「体力回復しようとしたら断罪のエクセキューションされた気分」
「残念だけど必敗イベントじゃないから」
「そこまで気落ちすることでもないさ」
「イージーシューターにはわからないかな、道中でピチュルあの不甲斐なさが」
「わかるさ」
 魔理沙のおどけた口調も意に介さず、霖之助は本をめくり続けている。
「少なくとも彼女が、この幻想郷においても規格外で秩序度外視の存在だってことぐらい僕でもわかる。まったく、あいつも厄介な連れてきたものだ」
 その言葉に、少女二人は顔を見合わせた。
 アリスが意外そうに訊ねる。
「もしかして、あの子が何者なのかわかるの?」
「彼女に触れたとき、かすかに名前を見た」
「おいおい、香霖。お前の能力は道具に対してだけだろ」
「――道具だよ」
 問い質す魔理沙に、やはり霖之助はしかつめらしい態度を崩さない。
「道具だ」
 辛辣に言い放つ霖之助に思わず二人は押し黙り、
「性処理の道具はアリスだけで充分だろ?」
「せめて私の人形って言え!」
 一瞬にしていつもの雰囲気を取り戻す。
「純然たる悪魔は、呼び出した人間の魂を食らう代わりにその願いを叶える。代価を払い、望みに変える願望器。その感情に貴賎は問わず、ただ機械的に己の存在意義を果たす――これを道具と呼ばずになんと言う?」
「まあ、言い分はわかるけど」
 アリスは少し言い淀む。アリスとて自分の人形たちを「道具ではない」と否定するつもりはない。いくら愛着があろうと、あれはアリスの魔力を原動源とする器に過ぎない。
 けれど、自律意識がある個体を道具と呼称するのはさすがに抵抗がある。
「旧約聖書においても悪魔の代名詞でもあるサタンは、人間に試練を与えるための神の道具だ。まあ、正確にいうとあのときは悪魔じゃなくて神の僕だったわけだが」
「ご託はどうでもいいぜ。で、結局どんな名前を見たんだ?」
「見たのは名前のほんの一部さ」
「なんだ、意味ないじゃないか。まったく、相変わらず煮え切らない能力だな」
「いいんだよこれで、キミたちと違って弾幕ごっごに興じるわけじゃあないんだから」
 それに、と霖之助は本に視線を落したまま続ける。
「今回は僕のせいじゃないよ。彼女が悪魔の個体として不完全すぎるんだ。でも、僕の予想が正しければ――」
 そして、霖之助はようやく目的のページに辿り着く。
 古今東西の悪魔を記載した辞典。これも無縁塚で拾った外の世界の本だから、内容の信憑性は疑わしいけれど、それでも小悪魔と呼ばれる彼女が何者なのか知るのには充分だ。
 紙面に踊るのは一体の悪魔の名前。
「嘘、でしょう……」
 零れたアリスの言葉が床に弾けて消えていく。
「おいおいおい、冗談だろ! 大悪魔中の大悪魔じゃないか!」
 ん? と魔理沙は言ってから、言葉の矛盾に首を傾げる。
「大悪魔なのに小悪魔なのか? なんだ、あいつはその子供ってことなのか?」
「そうじゃないよ魔理沙。悪魔に子供はいない。それが唯一の個体だ」
 どういうことだ、と再び首を傾げる魔理沙の問いには答えず、霖之助は逆に質問を投げ掛ける。
「二人とも、大人と子供の境はどこだと思う?」
「裳着?」
「引き合いが古すぎるわよ……。外の世界なら、まあ、二十歳前後でしょ?」
「それは便宜上のもので、肉体的なものじゃないだろう?」
「……アリス」
「何よ?」
「どうやら香霖はお前の初潮の情報をご所望だ、さあ、早く!」
「あんたは少し黙ってなさい!」
 額に手を当てて、アリスはため息ひとつ。顔上げて霖之助に向き直る。
「肉体的変移の境目なんて、一概に断定できるものじゃないでしょ?」
 どうやらその答えを待ち望んでいたらしく、満足げに霖之助は頷く。話の腰を折る魔理沙も魔理沙だが、この店主の説明も要領を得ない。
「大人と子供というのは、便宜上の言語区分。大小の違いもしかり。所詮、僕たちが設定した区別に過ぎない。その語彙が存在するからこそ、そこにはあくまでも境界が存在することになる。」
 そこでようやく二人は霖之助の言わんとすることを理解した。
 遠回しでまどろっこしい……が、何が重点であるかを伝えるには確かにその説明は効果的だといえた。まるで、ジグソーパズルを外側から埋めてひとつの絵を完成させるように。
 悪魔には、元々『小悪魔』なんてものはない。子供の姿をした悪魔なら存在するが、それはそれで完成した一体の『悪魔』だ。魔理沙も『大悪魔』なんて表現こそしているが、本来なら格の違いを端的に表す語彙以上の意味はない。
 しかし、名は体を表すという。逆に言えば、名は体を縛るのだ。
 些細な違いで、大人と子供が定義づけられるように。
 そして、その名称は権利や立場という力すらも分けてしまう。
 ――そう、名は境界を生む。
 過去と未来。
 彼方と此方。
 大と小――力を持つ者と持たざる者。
 故に、境界を敷くというのは名を付けるのと同義であるのだ。
「本来存在しない境界を敷くことで、力を制限したものがいる」
 独りごちるようにアリスはその情報をまとめた。
 心当たりがないわけがない。思い浮かべるのは最強にして最古の妖怪。その、胡散臭く面妖な笑み。
 ――すなわち、八雲紫、その存在。
「じゃああれか、紫があいつの力を制限してパチェの使い魔にしたっていうのか」
 なんだそれ、と魔理沙は鼻で笑う。
 確かにと霖之助は思う。あまりにも話が突飛すぎる。無茶苦茶で非合理で支離滅裂で憶測の域を出ない、まるで幻想のような物語。例え、それが過去本当に起こった出来事だったとしても、真実は自分たちの与り知らぬ遙か彼方だ。
 それは物書きとしての性分か――だからこそ、霖之助は思ってしまうのだ。
 荒唐無稽な、もうひとつの可能性。
「あるいは、その逆か……」
 逆? と首を傾げる二人を尻目に、霖之助は椅子に深く腰掛け直しぼんやりと虚空を見つめた。
 ――あの子の使い魔になるために、彼女は。
 反芻させた言葉を口にはせずに、霖之助はただ顔馴染みの儚げな笑顔を思い出した。


0/4.ヴワル魔法図書館
  その名に知識を冠する護り手が担う神秘の大図書館。
  四大の結界、二十四の加護に、七十二の従者と二十七の奇跡を携えて、
  十と二十二の予言からなる難攻不落の大要塞は、ただ二人の客人によって陥落した。

  
「ここにも『アリス』はないわね」
 その声が、燃えさかる炎を揺らした気がした。
 放たれた火は焼いていく。
 一族の歴史と、彼らが此処にいたという証まで。
 炎はまるで求めるように書物を呑み込み、その知識を無意味に消費していく。横たわる亡骸さえ喰らうのは貪欲からか、それともせめてもの慈悲なのか。そんな的外れなことを呆然と考えながら、投げ掛けられた声にも応えず彼女はその光景を眺めていた。
 立ち尽くすのは一人の少女。いつか小悪魔と呼ばれるようになる、けれど今は大いなる悪魔のその一。
 その身が焼かれることも厭わずに、炎が這う子供を抱え上げる。零れ落ちるのは亡骸が抱いていた人形ではなくて、子供自身の脳髄。
「どうして……」
 零れる言葉は、惨状を取り繕う何の足しにもならなくて。
「どうして、」
 どうして。
「どうしてっ」
 どうして。
「八雲紫」振り返り、佇む彼女を睨み付ける「本当にこれは必要なことだったのですか」
「彼らは幻想郷を拒んだ。外界の神秘は不要因子よ、いずれこうしなければいけなくなる」
「それでももっと別の方法が」
「言ったでしょ? これは必要不可欠なことだった――なら、そこに正しさを求めるのはやめなさい。正義の名のもとに行われるものなんてものはないわ。いつだって、既成した事実に正義の旗が差し立てられるだけ」
「あなたは……っ」
 どうして。
「あなたは失うつらさを知っているはずです」
「ええ」
「略奪の不合理を、死の理不尽を、偶然の残酷さを日常の剥離を最愛の欠落を残される苦痛を、あなたは……!」
「そうね」
「ならっ!」
「――それでもっ」
 八雲紫は叫ぶ。今にも泣きそうに、顔を歪めながら。
 どうして。
「例えどんな犠牲を払おうと」
 どうして。
「例え誰の想いを踏みにじろうと」
 
 ――どうして、忘れてしまっていたのだろう。
   そんな簡単なことを。
「――私は、あの子に会いに行かなきゃいけないから」
 
 ……今はもう過ぎ去りし、遠い遠い未来の出来事。
 彼女は其処にいて、
 カノジョはそこにいなかった。
 いなくなってしまった。
 代わりに傍に寄り添うのは一体の悪魔。
 いるいないいるいないいないいない。
 だから、彼女はいらないと言った。
「私たちは二人でひとつだもの、カノジョがいない世界の秘密を解き明かすもくそもないわ」
 こんな世界認めない、と。
 秘め封じられた神秘を特に意味もなくおもしろおかしく暴き明かす――それが彼女たちの役割で、
 それでも世界がカノジョを拒絶するというのなら、
 それを正すのが私の役目、と彼女は言った。
 自分の意義はそれだけで充分だと彼女は言って、人に仇為す妖怪に堕ちてまで――それでも多くの命を救ってきた。
 だから、いつの間にか忘れて、履き違えて、都合のいいように捉え直してしまっていた。
 彼女はただひたすらに真っ直ぐで、それでも馬鹿みたいに優しすぎたから、自分の手が届く者たちを片っ端から救っていっただけなのだ。
 だから。
 ただひたすらに真っ直ぐで、それでも馬鹿みたいに優しすぎる彼女は、ただ無慈悲に彼らを屠り、その歴史に終止符を打った。
 彼らが立ち塞がっていた道の先にいるカノジョを救うために。
 彼女の行動理念はそれだけだ。
 それでも確かに彼女は多く命を救い、彼女のその優しさに憧れたのは思ったのは本当で、
 
 ――ああ本当に、どうしてそんな簡単なことを忘れてしまっていたのだろう。
   誰を救い誰を生かすか、それに口出す権利さえ私には分不相応で、
   一人の命を救うことに憧れることさえおこがましいほどどうしようもなく――私はただの悪魔だった。

 後ろで何かが蠢く気配。振り向くと、本に埋もれる少女が一人。彼女に近寄ると、一足先にその手を差し伸べようとしていた炎が、まるで身をわきまえているかのように退いていく。
 本をどかし、少女を優しく抱え起こす。
 呼吸は浅く、命の灯火は薄く、意識はただ朦朧と、そっと口を塞いだだけで少女の魂は一族の後を追うだろう。
 それでもまだ確かに少女は此処に在る。
 まるで掃き忘れた埃を払うかのように、紫は無慈悲に手を上げて、
 悪魔は小さく首を振った。
「この子は放っておきましょう」
「生かしても、野垂れ死ぬのが落ちよ」
「ええ――それでも万が一生き残ることができたなら、その、覚悟ができたのなら、私たちへの憎悪から身につけたさらなる神秘を幻想郷に持ち込むでしょう」
 冷徹な物言いとは裏腹に、ただ優しく少女を髪を撫で続ける。
 周りの書架が音を立てて崩れ始める。その音が、まるで誰かの悲鳴のようだ。
 ほんの少し前まで、多くの人たちが幾億の幻想とともにありふれた日常を重ねてきた場所。やがて燃え尽きた知識が灰となり、その歴史さえ忘却の底に埋もれてしまうだろう。
 燃えさかる地獄のなかで、ただ少女の吐息だけがこの世界を繋ぎ止めていた。
 手を下ろした紫は踵を返し、
「……『アリス』の行動を結界に取り込むことができたなら、こんな手間も負わずに済む。私にも、そしてあなたにも、きっと暇ができるでしょう。世界が変わっていくまでの長い長い時間が……そのときは、あなた自身の望みを叶えるのもいいかもしれないわね」
 足音もなく八雲紫は去っていった。
 そこにいるのはもう、悪魔と少女だけ。
 悪魔はただ愛おしそうに、少女の長く綺麗な紫色の髪を撫で続ける。
「……『隠蔽』と『虫除け』、本当に魔法使いらしい、でも、可愛い響きの名前ね」
 少女の名前を呼ぶ。
 もう一回、ゆっくりと。
 落ちた言葉が涙と一緒に、少女の頬に弾けて消える。
「ごめんなさい……私はあなたを救えない。できることなら、私たちのことを忘れて生きて欲しい。ただひたすらに神秘を求め、それを至高とする、あなたの一族がそうであったように」
 ただ平凡な魔法使いとして、その一生を終えて欲しい。
 それでも。
 それでも復讐に生きるのなら、と続けた。
「――どうか、許して欲しい。もしもまた出会うことができたなら、そんな奇跡が起きたのなら、」
 どうか、私に――……。


  
 ゆさゆさと小悪魔に揺さぶられて、机に臥していたパチュリーは目を覚ました。
「こんなところで寝ていると風邪引きますよ」
「んー……」
 気怠そうに身を起こすパチュリー。まだ寝ぼけているのか、とろんとした表情で辺りを見回している。可愛い。今ならおはようのキスをしても、おやすみのエルボーを喰らうだけで済みそうだ。
「夢を見ていた……ような気がする」
 独りごちるようにぽつり。
「どんな夢ですか?」
「覚えてないけど、」
 誰かに名前を……とだんだん言葉はか細くなり、パチュリーは再び船を漕ぎ出す。
「――パチュリー様」
「え?」
 その呼び掛けにパチュリーはビクッと身体を震わせて、
「ああ、戻ったのね小悪魔」
 どうやらようやっと意識が覚醒したらしい。
 そして微笑んでいる小悪魔が抱えている一冊の本を見て、さらに驚きに目を見開く。
「手に入ったのね、小悪魔!」
「ええ」
 頷いて、紅茶を出すかのように持っていた白い装丁の本をテーブルに置いた。
「無自覚にして史上屈指の魔法使いと謳われるルイス・キャロル、彼が書いた魔導書『不思議の国のアリス』、そのひとつです」
「でかしたわ!」
 パチュリーはさっそく本を開いて文字を追い始める。紅茶を淹れようかと思ったけれど、小悪魔はそのまま主の傍にいることにした。彼女が紅茶を飲むのは、趣味としての読書のときだけだ。
 今のそれは、けして興じるためのものではない。
 狂じるものではあるのかもしれないが。
 八雲紫が己の行動理念に沿った、あのときのように。
「その本で何をするおつもりなんですか?」
 小悪魔は目を閉じて微笑みながら、パチュリーに問うた。
 答えなんて、とうにわかっているのだけれど。
「小悪魔、アリスのお話は知ってる?」
「兎を追いかけた少女が、不思議の世界へ旅立つお話ですよね」
「ええ。そして物語は夢から醒めたアリスが元の世界へ戻る形で幕を閉じるけれど――それは果たして本物のアリスだったのかしら?」
「……チェンジリング、ですか?」
「そう、取り替え子。イギリス伝承のひとつにして妖精使役による典型的な魔法。ルイスはそれを幻想と現実で成し遂げた。八雲紫はこの物語にあやかって、現在の幻想郷のシステムを成立させている。だからこそ、永遠に少女としての本物のアリス・リデルがここに存在するのよ」
 でも、と言葉を句切って、
「重要なのはそこじゃない。ルイスの魔法を以てしても、幻想への置換は代替物を必要とした。悪魔のあなたならわかるでしょ?」
 パチュリーは小悪魔に問い掛けた。
「得るためには失わなければいけない」
 小悪魔は目を閉じたまま答える。
 霖之助に見せたときと同じ、淡い微笑を湛えて。
 パチュリーはその答えに、小悪魔のほうを見もせずに頷いた。
「そして、失うということは得ることなの――じゃあ、この世界が幻想を受け入れる度に外界が得るものとは何?」
 パチュリーはもう小悪魔の答えを待たずに、たがを失ったように語り続ける。
「それは科学。発達した科学が妖怪を現象にまで昇華させるように、外の神秘が失われる度に科学は進歩する――八雲紫の目的は幻想郷を完成させることなんかじゃない。あいつは外の世界をどこかに導こうとしてる!」
 パチュリーの熱のこもった声は、図書館のかび臭い空気を揺らして、消えていく。
 微かに赤みを帯びた彼女の頬がとても可愛らしく見えて。
 それが少しだけ悲しく思えた。
「それで、」
 小悪魔は動じない。彼女の暴走を諫めるのはいつだって、使い魔としての自分の役割だったから。もっとも、半分はその使い魔が憤怒の原因だったりもするが。
 小悪魔は訊ねる。
「それを知って、どうするおつもりですか」
 彼女が願う、道のその先を。
「決まってるじゃない。あいつの計画をめちゃくちゃにして、あのとき一緒にいたもう一人を見つけ出して、」
 彼女が望む、夢の結末を。

「――同じ絶望を味わわせた上で、殺してやる」

「それがパチュリー様の望みなんですね」
「ええ、それが――」
 ふと、何かに思い至ったようにパチュリー様は小悪魔を見遣る。
「そういえば、小悪魔って願望とかあるの?」

 ――どうか、許して欲しい。もしもまた出会うことができたなら、

 その問いに小悪魔はきょとんと目を瞬かせる。程なくして、本当におかしそうに笑った。
「何を言ってるんですか。私はパチュリー様の使い魔ですよ」
 ひどく幸せそうに笑い、はにかみながら彼女は言った。
「私はパチュリー様といられるだけで、いいんです」

 ――どうか、私にあなたを護らせて欲しい。
   あなたの想いを、あなたの傍で。

 その笑顔をとても綺麗だと思って、
 その笑顔がどこか泣いているように見えた。
「そ、そう――じゃあ、小悪魔、ずっと傍で私を手伝いなさい!」
 それでもその言葉が嬉しくて、パチュリーは気恥ずかしくて目を反らす。
 いつか、復讐のためにそれまでの過去を忘れてしまったように。
「ええ、お供しますよパチュリー様」
 
   純然たる悪魔は命を喰らい、その者の願いを叶える。
   だったら私のささやかなわがままが向かえる結末なんてわかりきっている。
   それでも願わくば、あなたと二人、このちっぽけな不思議の国で、

「この命尽きるまで」

   ――ほんのもう少しだけ、この滑稽な御伽噺を。


4/4.君の想い、声、聞ゆる処にて 
小悪魔最強説を考えたらこうなりました
雨筒木夜々
http://yorunoamayadori.com
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コメント



0.420簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
冒頭のは文字化け?
3.無評価名前が無い程度の能力削除
作者HPまで見に行ったけど向こうも冒頭の日記の部分が文字化けしてるよ!
(どちらも他の日記の部分は文字化けしていない)
ちなみに今使っているブラウザはIE
6.70名前が無い程度の能力削除
コメントへのコメントはNGかもしれないけど、文字化け言ってる人はちゃんと読んでないんじゃないかな?
意図はさておき、単純に読み取れる部分はあるよ。
7.無評価名前が無い程度の能力削除
追記。文字化けについて詳しい訳じゃないんで本当にただの文字化けだったらスマソ。
9.無評価雨筒木夜々削除
作者です。
最初の文字化けはわざとです。
一応ちゃんとした意図もあるつもりです。
10.60名前が無い程度の能力削除
文字化けっぽい中に不穏なフレーズを入れまくる手法、ssでしかできない荒業ですね。新しい。そして内容についてですが、要約すると「中二」。ただよくあるダメ中二と違って、ちゃんと雰囲気出てる良い中二なので面白いと思います。ただ、小悪魔すらも含めキャラクターのこころがまるで見えない人形劇のような感じがありました。もう少しヒトらしく描写が入ればもっと没入できる作品になったでしょう。
13.70奇声を発する程度の能力削除
最初の文字化け何かと思った…
14.803削除
小悪魔最強説を名前によって縛られる説で裏打ちさせているのがいいですね。
しかし、この先切ない展開が見えているようで、なんだか悲しい気持ちに。