疲労感というのは例え妖怪でも感じる事がままある。人間よりも遥かに頑強で、致命傷と思えるような怪我でも自然治癒する体であっても何分エネルギーというものが必要。エネルギーの無駄な浪費は人妖問わず本能が拒否するのだ。その本能的な拒否反応の1つが疲労感である。
アリス・マーガトロイドは連日の研究続きで正に疲労のピークにあった。アリス程の妖怪になると精神力で疲労感をねじ伏せる事など造作も無い事。ただ実験中の完全自律人形の研究はちょうどキリがいいところでもあるし今日はさっさと切り上げて寝てしまう事にした。
パジャマに着替えるのも面倒でベットに倒れ込むように横になる。
そして、そう。疲れている時の思考なんてどこか明後日の方向を向いているもので、アリスも熟睡と安眠のために愛しの魔理沙を数える事にした。羊を数えるアレと同じである。
魔理沙が1人
「ようアリス!遊びに来たぜ」
ドアが勢いよく蹴破られて魔理沙がズカズカ上がり込んできた。
アリスは上体を起こして眠い目を細めた。
どうしてこうもタイミングの悪い時にやって来るものなのだ。いくらアリスが魔理沙の事を「愛しの」などと称していたとしても、寝ようとしている正にその時を邪魔されるとムカつきもする。
「どうしたアリス?なんかご機嫌斜めだな」
「あんたのせいよ!」
アリスは電気スタンドを手に取ると魔理沙の頭を思いっきり叩いた。
「だってしょうがないじゃないの。手の届く範囲の掴める物なんてそれしかないのだもの」
ぶつくさ言いながら気絶している魔理沙の襟を引っ張って部屋の隅に寝かせておく。何故隅に運んだのかアリス自身よくわかっていなかったが、部屋の真ん中で魔理沙が気を失っていたら寝るのにもなんとなく邪魔な気がしたのだ。
そう。アリスは疲れているのだ。
部屋の隅には魔理沙が1人。アリスはベットに入って先程の続きをする。
魔理沙が2人
「おい、アリス。ドア開けっ放しで不用心だぜ」
アリスが体を起こして声のした方を見ると魔理沙がドアの所に立って笑っていた。
さっき魔理沙が来た時に開けたままだった事をすっかり忘れていた。
「開けたのはあなたじゃないの」
流石にムッと来て言い返すと魔理沙は部屋の隅を指さした。今し方気絶させた魔理沙がまだ気を失ったまま寝ている。
「開けたのはあいつで私じゃないぜ」
「うるさい!魔理沙は魔理沙よ」
アリスはさっきと同じく電気スタンドを掴んで、さっきよりも強く魔理沙の頭を叩いた。
気絶する魔理沙。アリスはその襟元を掴んで引っ張り、部屋の隅の魔理沙の横に魔理沙を寝かせた。
「手間かけさせないでよ」
とは言いながらも流石に電気スタンドでは痛いだろうと思い、本棚から適当に分厚い本を取って来ると枕元に置く。
部屋の隅には魔理沙が2人。アリスはベットに入って続きを始めた。
魔理沙が3人
「よーう、アリス!元気にしてたか?」
「疲れてるわよ!」
ドアを開けて入って来た魔理沙に向かってアリスは素早く体を起こすと枕元の分厚い本を投げた。ところが本は魔理沙には当たらず柱に当たって床に落ちる。
「何だよ!?あぶねえな」
驚く魔理沙。カッとなったアリスは電気スタンドを手に取り魔理沙の頭に
スマーッッッシュ!!
魔理沙は気を失って倒れ、電気スタンドはへし折れて使い物にならなくなった。
倒れている魔理沙を乱暴に部屋の隅に放り投げる。壊れてしまった電気スタンドを元の位置に戻して代わりに武器になりそうな空き瓶をその隣に置いた。
部屋の隅には魔理沙が3人。アリスはベットに入って続きをする。
魔理沙が4人
「おっ!……」
ガシャーンという物が壊れる音にアリスは飛び起きた。
箒に乗った魔理沙が窓を破って突っ込んできたようである。しかし当の魔理沙は窓枠に頭をぶつけたのか気絶して部屋の隅に倒れていた。
アリスは大きくため息をついた。ドアと窓の修理に散らかったガラスの破片。まあ魔理沙が4人もいるんだから手分けすればすぐに終わるだろう。
部屋の隅には魔理沙が4人。アリスはベットに入って続きをする。
魔理沙が5人
おかしい。何も起きない。
アリスが片目だけ開けて部屋の中を見渡すと魔理沙が音も立てずに静かに入って来た。黙って様子を見ているとさっき投げて床に落ちた本を拾って読んでいる。
背中を向けている内にこっそり近づいて殴ってやろう。アリスは体を起こして電気スタンド横の空き瓶を掴んだ。つもりが、癖で壊れた電気スタンドを掴んでしまった。
しまった!と思った時には既に遅く、魔理沙も気配に気付いて振り返った。
「お、アリス起きたのか。なんだ?その壊れた電気スタンド。小傘の物真似か?」
「何かしらね。ホホホ」
笑って誤魔化し電気スタンドをゴミ箱の中に放り込む。
「あ!勿体ないだろ。治せばまだ使えるぞ」
魔理沙がゴミ箱の電気スタンドに気を取られた。
「今よ!」
アリスは空き瓶を掴んで思いっきり魔理沙の頭に叩きつけた。小気味良い音と共に瓶は粉々に砕け散り、魔理沙は気を失って倒れた。アリスはその首をむんずと掴んで部屋の隅の魔理沙の山に放り投げる。
しかし今し方投げた魔理沙は窓なのか瓶なのかガラスで足を切っているようにアリスには思えた。
「本当に世話が焼けるわね」
裁縫箱を持ってきて切った個所を縫合してやる。これで大丈夫だろう。アリスはゴミ箱から電気スタンドを拾って元の位置に戻した。
部屋の隅には魔理沙が5人。アリスはベットに入って続きをする。
魔理沙が6人
コンコンというドアをノックする音にアリスは体を起こした。
「成程、今度はそういう作戦に出たのね」
アリスは台所から包丁を持ち出すとドアの前に立った。
「誰?」
解りきった質問をして返事を待つ。
「私だ……開けてくれ」
息も絶え絶えの魔理沙の声が返って来る。アリスは少し不思議に思いながらも相手の思い通りにはさせないという気概は失っていなかった。
「鍵は開いてるわ。入りなさいよ」
そうやってドアを開けたら包丁握って飛び込む。完璧な作戦である。しかしいくら待ってもドアが開く様子はなく、魔理沙の荒い息遣いだけが聞こえてくる。流石に不審に思ってドアを開けると、そこには傷だらけの魔理沙の姿があった。
「ちょっと!どうしたのよ!」
狼狽したアリスに寄りかかりながら魔理沙はいつものように笑いかけた。
「ヘマしちまったぜ……」
それだけ言い残して魔理沙の冷たい体はピクリとも動かなくなった。
「魔理沙!」
アリスは涙を流し魔理沙に抱きついた。まさかこんな事になるなんて。こんな事になるなら電気スタンドで殴ったりしないでもう少し優しくしてあげたかった。一先ず包丁を柱に突き立て、魔理沙を部屋の中に運んだ。ホットココアで気分を鎮めようとやかんを火にかけるが、よくよく考えてみれば魔理沙は部屋の隅に5人もいるんだから今更1人いなくなっても構わないか。そう結論付けると、魔理沙を隅に放り投げて寝る事にした。
部屋の隅には魔理沙が6人。アリスはベットに入って続きをする。
魔理沙が7人
「アリス」
耳元で囁く声にアリスはカッと目を見開いて飛びかかる。
首を絞めてやる!
しかしその意思は魔理沙の、思いもしなかった姿に挫かれた。
「おいおい、いきなり大胆だな。迎えに来たのは私だってのに」
「……魔理沙!どうしたのその格好」
魔理沙は純白のタキシード姿でアリスを抱きとめていた。
「今日は私達の晴れ舞台だろ。忘れたとは言わせないぜ」
魔理沙に唇を重ねられてアリスはハッとした。そう。今日は自分達の大切な日ではないか。どうしてこんな大事な事を忘れていたのか。
「さ、行こうぜ。皆が待ってる」
「待って、私こんな格好だし、まだ……」
「アリスはそのままでも十分綺麗だぜ」
魔理沙に手を引かれアリスは家の外へ出た。真夜中だというのにそこには人妖問わず見知った顔が皆揃っていた。皆口々に「おめでとう」祝福をしてくれる。
「みんな……」
アリスの目にうっすらと涙が溜まった。
「さあさあ皆さんお待ちかねのブーケトスの時間ですよ」
司会の小悪魔が元気に躍り出ると会場がワッと沸いた。
「アリスさんの投げるブーケを掴んだ人の所に次に女の幸せが舞い込むって寸法ですーさ、さ、投げてください」
しかしアリスはウエディングドレス姿でもなければ、ましてブーケなど持っているはずもない。
「待って、私ブーケなんて……」
そんなアリスの肩を村紗が叩いた。
「ブーケが無いならこのアンカーを投げなさい」
アリスは村紗から10キログラムはありそうな鉄の塊を受け取る。
「さあ、皆さん投げますよ!」
小悪魔が言うといよいよその場にいた皆から嬌声が上がった。「こっちに投げてー」「こっちよ!こっち!」そんな声に応えるべく気合いを入れてアンカーを振り回すアリス。
しかし不幸な事にそいつは魔理沙の後頭部を直撃した。倒れる魔理沙。
「あーあ」
誰かが呟くと一気に場が白けて皆暗闇の中に消えて行った。無論小悪魔と村紗もだ。
取り残されたアリスはタキシード姿の魔理沙をひょいっと持ちあげると部屋の隅に置いて睡眠の続きをする事にした。
「えっと、今何人目だったかしら?」
部屋の隅には魔理沙が7人。アリスはベットに入り続きをする。
魔理沙が8人
魔理沙が9人
魔理沙が10人
魔理沙が11人
魔理沙が12人
魔理沙が13人
魔理沙が……
ようやく眠りに就く事ができたアリス。幸せな夢の世界に入った彼女だったが間もなくして何者かに体を揺すられ無理矢理現実に戻される。
「何よ!」
機嫌悪く体を起こすと6人の魔理沙が立っていた。
「アリス。遊びに来たぜ」
6人は声を揃えて言う。
「煩いわね。私は寝たいの!起こさないでちょうだい!それからあんた達はあそこの隅で気を失ってる事!いいわね」
アリスが命じると6人の魔理沙は互いに箒で頭を引っぱたき、気絶した方の魔理沙を隅に運んでは残った魔理沙の頭を叩いた。そうやって最後に残った魔理沙をアリスが叩いて隅っこに放り投げると部屋には再び静寂が訪れた。
部屋の隅には魔理沙が13人。アリスはベットに入って続きをする。
魔理沙が、ええっと、14人
何か妙な、今までに感じた事のない寝苦しさにアリスは目を開けた。
部屋の中が燃えていた。
それはもう激しく、炎はすでにアリスの家の半分程を燃やしてベットにまで迫ろうとしている。今更水をかけても手遅れなのは明らかで、そんな光景を魔理沙が突っ立ったまま眺めていた。
「は?」
状況が飲み込めないまま慌てて体を起こすアリス。すぐに、ホットココアを作るために点けた火を消していない事に思いを至らせた。完全にアリスの失火である。だが、何故魔理沙はこんなになるまで黙って見ていたのだ!その事を問い詰めると魔理沙は
「だってアリスが起こすなって言っただろ」
「そんな屁理屈はいいのよ!」
アリスはテーブルの上の裁縫箱で魔理沙を殴る。魔理沙はよろけて隅の魔理沙の山の中に倒れた。
「本当、どうしようもないわ」
ため息をついてはみたが、そんな場合ではない。今まさに炎は迫っているのだ。アリスは逃げなくてはならない。部屋の隅の14人の魔理沙と共に。
と、鍵の壊れたドアから魔理沙が飛び込んできた。
「私はまだ15人目を数えていないわよ!」
咄嗟に何か物を投げようとしたが近くにいいものはなかった。
「何言ってんだよアリス!逃げるぞ」
魔理沙に掴まれた腕をアリスが振りほどく。そして部屋の隅を指さした。
「待って、魔理沙を助けないと!」
そう言って駆け寄り、タキシードを着た魔理沙を抱え上げようとする。
「そんなのほっとけよ!」
魔理沙はアリスの肩を掴んだ。
「逃げるぞ!早く!」
「ダメよ!連れて行かないと!」
「ほっとけって言ってんだ!」
「やめて!」
魔理沙はタキシード魔理沙をアリスから強引に引きはがそうとした。しかしアリスの力は魔理沙を払いのけてタキシード魔理沙を抱きかかえさせた。
その瞬間、アリスはタキシード魔理沙の余りの冷たい肌にギョッとした。
炎はこんなにも近くまで迫っているのに、目の前の魔理沙は大理石のようにヒンヤリとアリスの体温を奪っていく。
「これは……魔理沙じゃない!」
アリスは抱きしめていたタキシード魔理沙を突き飛ばした。魔理沙の体が炎に飲まれる。
「やっと目が覚めたかよ。逃げるぜ。アリス!」
アリスの背後に立つ魔理沙はそう言ったがアリスは首を振る。
「違う。アレは魔理沙じゃなかった。魔理沙は?魔理沙はどこなの?」
倒れる魔理沙の山の中にアリスは飛び込む。
「これも魔理沙じゃない。これも。魔理沙、どこなのよ?どこに居るのよ?」
「おいアリス!私はここにいるだろ!何してるんだ!」
魔理沙の呼ぶ声もアリスには届いていないようだった。炎は何時しか魔理沙の山にまで達していた。積み上がった魔理沙も燃え上がり、アリスも炎に巻かれようとしている。それでもアリスは魔理沙の山から離れない。
「アリス!いい加減目ぇさませ!」
魔理沙がアリスを強引に引きはがす。そのアリスの腕を魔理沙の山の1人が掴んだ。
「おい……私を置いてくのか……アリス」
呻くような声、その手はアリスの腕を決して離そうとはしない。魔理沙は咄嗟に柱に突き立てられていた包丁を掴んだ。
「しつこいぜ!人形のくせに!」
魔理沙が包丁を振り下ろした瞬間、ベットの下から2体の人形が飛び出して包丁を弾いた。
クルクルと回転しながら炎の中に消える包丁。先程の人形、上海人形と蓬莱人形がピタリとアリスの肩に止まった。
「……アリス!なんのつもりだ!」
魔理沙は手を押さえながらよろめいた。
「完全自律人形の研究は失敗ね。まさか本人と成り代わろうとするなんて。……それとも魔理沙をモデルにしたのが失敗だったかしら」
「おい、何の話を……」
「本物の魔理沙は窓枠に頭ぶつけてたこの間抜けよ!」
アリスは自分を掴んでいた腕を掴み一気に引き抜いた。霧雨魔理沙はぶつけた頭をまだ痛がりながらもミニ八卦炉を魔理沙人形に向かってしっかりと構えていた。
火事が収まったのは結局アリスの家が全焼した後で、逃げ出したアリスも魔理沙も、上海人形、蓬莱人形共々煤で真っ黒になっている。
「いくら疲れていたとはいえ、人形が私のコントロールを離れるなんてね。いえ、そういう風に作った人形なんだからある意味成功なんだろうけど……ま、試作15体これで全部パ~ね」
「おい、アリス!お前なんでその試作が全部私の人形なんだよ。正直不気味だったぜ、私に押しつぶされてるのは。あと間抜けだなんて散々言いやがって」
「あの場面で私が偽物に気付いてなかったらあなた今頃黒こげよ。それに魔理沙の行動パターン程、学習させるのに簡単なモデルはないもの」
「ふーん、そうかい。私の人形に瀕死の私ごっことか、結婚式ごっこさせて遊んでたりはしてないんだな?」
「そ、そんな事するわけないじゃないの!そ、それよりも何で火事になんてなったのかしら?」
「おい、話逸らすなよ」
「消し忘れ防止用のセミオートマトン村紗人形はちゃんと稼働してたし……あっ」
「ん?どうした?」
アリスは村紗人形が結婚式ごっこの後野に放されていたのに気付いた。村紗人形だけではない。アリスの作ったセミオートマトン達が皆逃げ出していたのだ。連中は自律型ではない半自動型なので予想外の事は起こさないだろうし、魔力が切れたら動かなくなる。村紗人形は焚き火を消して回るしか能が無いし、小悪魔人形もスピーチにしか使えない。
しかし、あの中には来るべき魔理沙との結婚式招待用にと作ったリリーホワイト人形もいるはず。もし今頃変な手紙を配っていたりしたら……
「春ですよー」
遠くで季節外れのリリーの声が聞こえた。アリスは何も言わず全力でその後を追いかける。
アリス邸の焼け跡には魔理沙が1人取り残された。
アリス・マーガトロイドは連日の研究続きで正に疲労のピークにあった。アリス程の妖怪になると精神力で疲労感をねじ伏せる事など造作も無い事。ただ実験中の完全自律人形の研究はちょうどキリがいいところでもあるし今日はさっさと切り上げて寝てしまう事にした。
パジャマに着替えるのも面倒でベットに倒れ込むように横になる。
そして、そう。疲れている時の思考なんてどこか明後日の方向を向いているもので、アリスも熟睡と安眠のために愛しの魔理沙を数える事にした。羊を数えるアレと同じである。
魔理沙が1人
「ようアリス!遊びに来たぜ」
ドアが勢いよく蹴破られて魔理沙がズカズカ上がり込んできた。
アリスは上体を起こして眠い目を細めた。
どうしてこうもタイミングの悪い時にやって来るものなのだ。いくらアリスが魔理沙の事を「愛しの」などと称していたとしても、寝ようとしている正にその時を邪魔されるとムカつきもする。
「どうしたアリス?なんかご機嫌斜めだな」
「あんたのせいよ!」
アリスは電気スタンドを手に取ると魔理沙の頭を思いっきり叩いた。
「だってしょうがないじゃないの。手の届く範囲の掴める物なんてそれしかないのだもの」
ぶつくさ言いながら気絶している魔理沙の襟を引っ張って部屋の隅に寝かせておく。何故隅に運んだのかアリス自身よくわかっていなかったが、部屋の真ん中で魔理沙が気を失っていたら寝るのにもなんとなく邪魔な気がしたのだ。
そう。アリスは疲れているのだ。
部屋の隅には魔理沙が1人。アリスはベットに入って先程の続きをする。
魔理沙が2人
「おい、アリス。ドア開けっ放しで不用心だぜ」
アリスが体を起こして声のした方を見ると魔理沙がドアの所に立って笑っていた。
さっき魔理沙が来た時に開けたままだった事をすっかり忘れていた。
「開けたのはあなたじゃないの」
流石にムッと来て言い返すと魔理沙は部屋の隅を指さした。今し方気絶させた魔理沙がまだ気を失ったまま寝ている。
「開けたのはあいつで私じゃないぜ」
「うるさい!魔理沙は魔理沙よ」
アリスはさっきと同じく電気スタンドを掴んで、さっきよりも強く魔理沙の頭を叩いた。
気絶する魔理沙。アリスはその襟元を掴んで引っ張り、部屋の隅の魔理沙の横に魔理沙を寝かせた。
「手間かけさせないでよ」
とは言いながらも流石に電気スタンドでは痛いだろうと思い、本棚から適当に分厚い本を取って来ると枕元に置く。
部屋の隅には魔理沙が2人。アリスはベットに入って続きを始めた。
魔理沙が3人
「よーう、アリス!元気にしてたか?」
「疲れてるわよ!」
ドアを開けて入って来た魔理沙に向かってアリスは素早く体を起こすと枕元の分厚い本を投げた。ところが本は魔理沙には当たらず柱に当たって床に落ちる。
「何だよ!?あぶねえな」
驚く魔理沙。カッとなったアリスは電気スタンドを手に取り魔理沙の頭に
スマーッッッシュ!!
魔理沙は気を失って倒れ、電気スタンドはへし折れて使い物にならなくなった。
倒れている魔理沙を乱暴に部屋の隅に放り投げる。壊れてしまった電気スタンドを元の位置に戻して代わりに武器になりそうな空き瓶をその隣に置いた。
部屋の隅には魔理沙が3人。アリスはベットに入って続きをする。
魔理沙が4人
「おっ!……」
ガシャーンという物が壊れる音にアリスは飛び起きた。
箒に乗った魔理沙が窓を破って突っ込んできたようである。しかし当の魔理沙は窓枠に頭をぶつけたのか気絶して部屋の隅に倒れていた。
アリスは大きくため息をついた。ドアと窓の修理に散らかったガラスの破片。まあ魔理沙が4人もいるんだから手分けすればすぐに終わるだろう。
部屋の隅には魔理沙が4人。アリスはベットに入って続きをする。
魔理沙が5人
おかしい。何も起きない。
アリスが片目だけ開けて部屋の中を見渡すと魔理沙が音も立てずに静かに入って来た。黙って様子を見ているとさっき投げて床に落ちた本を拾って読んでいる。
背中を向けている内にこっそり近づいて殴ってやろう。アリスは体を起こして電気スタンド横の空き瓶を掴んだ。つもりが、癖で壊れた電気スタンドを掴んでしまった。
しまった!と思った時には既に遅く、魔理沙も気配に気付いて振り返った。
「お、アリス起きたのか。なんだ?その壊れた電気スタンド。小傘の物真似か?」
「何かしらね。ホホホ」
笑って誤魔化し電気スタンドをゴミ箱の中に放り込む。
「あ!勿体ないだろ。治せばまだ使えるぞ」
魔理沙がゴミ箱の電気スタンドに気を取られた。
「今よ!」
アリスは空き瓶を掴んで思いっきり魔理沙の頭に叩きつけた。小気味良い音と共に瓶は粉々に砕け散り、魔理沙は気を失って倒れた。アリスはその首をむんずと掴んで部屋の隅の魔理沙の山に放り投げる。
しかし今し方投げた魔理沙は窓なのか瓶なのかガラスで足を切っているようにアリスには思えた。
「本当に世話が焼けるわね」
裁縫箱を持ってきて切った個所を縫合してやる。これで大丈夫だろう。アリスはゴミ箱から電気スタンドを拾って元の位置に戻した。
部屋の隅には魔理沙が5人。アリスはベットに入って続きをする。
魔理沙が6人
コンコンというドアをノックする音にアリスは体を起こした。
「成程、今度はそういう作戦に出たのね」
アリスは台所から包丁を持ち出すとドアの前に立った。
「誰?」
解りきった質問をして返事を待つ。
「私だ……開けてくれ」
息も絶え絶えの魔理沙の声が返って来る。アリスは少し不思議に思いながらも相手の思い通りにはさせないという気概は失っていなかった。
「鍵は開いてるわ。入りなさいよ」
そうやってドアを開けたら包丁握って飛び込む。完璧な作戦である。しかしいくら待ってもドアが開く様子はなく、魔理沙の荒い息遣いだけが聞こえてくる。流石に不審に思ってドアを開けると、そこには傷だらけの魔理沙の姿があった。
「ちょっと!どうしたのよ!」
狼狽したアリスに寄りかかりながら魔理沙はいつものように笑いかけた。
「ヘマしちまったぜ……」
それだけ言い残して魔理沙の冷たい体はピクリとも動かなくなった。
「魔理沙!」
アリスは涙を流し魔理沙に抱きついた。まさかこんな事になるなんて。こんな事になるなら電気スタンドで殴ったりしないでもう少し優しくしてあげたかった。一先ず包丁を柱に突き立て、魔理沙を部屋の中に運んだ。ホットココアで気分を鎮めようとやかんを火にかけるが、よくよく考えてみれば魔理沙は部屋の隅に5人もいるんだから今更1人いなくなっても構わないか。そう結論付けると、魔理沙を隅に放り投げて寝る事にした。
部屋の隅には魔理沙が6人。アリスはベットに入って続きをする。
魔理沙が7人
「アリス」
耳元で囁く声にアリスはカッと目を見開いて飛びかかる。
首を絞めてやる!
しかしその意思は魔理沙の、思いもしなかった姿に挫かれた。
「おいおい、いきなり大胆だな。迎えに来たのは私だってのに」
「……魔理沙!どうしたのその格好」
魔理沙は純白のタキシード姿でアリスを抱きとめていた。
「今日は私達の晴れ舞台だろ。忘れたとは言わせないぜ」
魔理沙に唇を重ねられてアリスはハッとした。そう。今日は自分達の大切な日ではないか。どうしてこんな大事な事を忘れていたのか。
「さ、行こうぜ。皆が待ってる」
「待って、私こんな格好だし、まだ……」
「アリスはそのままでも十分綺麗だぜ」
魔理沙に手を引かれアリスは家の外へ出た。真夜中だというのにそこには人妖問わず見知った顔が皆揃っていた。皆口々に「おめでとう」祝福をしてくれる。
「みんな……」
アリスの目にうっすらと涙が溜まった。
「さあさあ皆さんお待ちかねのブーケトスの時間ですよ」
司会の小悪魔が元気に躍り出ると会場がワッと沸いた。
「アリスさんの投げるブーケを掴んだ人の所に次に女の幸せが舞い込むって寸法ですーさ、さ、投げてください」
しかしアリスはウエディングドレス姿でもなければ、ましてブーケなど持っているはずもない。
「待って、私ブーケなんて……」
そんなアリスの肩を村紗が叩いた。
「ブーケが無いならこのアンカーを投げなさい」
アリスは村紗から10キログラムはありそうな鉄の塊を受け取る。
「さあ、皆さん投げますよ!」
小悪魔が言うといよいよその場にいた皆から嬌声が上がった。「こっちに投げてー」「こっちよ!こっち!」そんな声に応えるべく気合いを入れてアンカーを振り回すアリス。
しかし不幸な事にそいつは魔理沙の後頭部を直撃した。倒れる魔理沙。
「あーあ」
誰かが呟くと一気に場が白けて皆暗闇の中に消えて行った。無論小悪魔と村紗もだ。
取り残されたアリスはタキシード姿の魔理沙をひょいっと持ちあげると部屋の隅に置いて睡眠の続きをする事にした。
「えっと、今何人目だったかしら?」
部屋の隅には魔理沙が7人。アリスはベットに入り続きをする。
魔理沙が8人
魔理沙が9人
魔理沙が10人
魔理沙が11人
魔理沙が12人
魔理沙が13人
魔理沙が……
ようやく眠りに就く事ができたアリス。幸せな夢の世界に入った彼女だったが間もなくして何者かに体を揺すられ無理矢理現実に戻される。
「何よ!」
機嫌悪く体を起こすと6人の魔理沙が立っていた。
「アリス。遊びに来たぜ」
6人は声を揃えて言う。
「煩いわね。私は寝たいの!起こさないでちょうだい!それからあんた達はあそこの隅で気を失ってる事!いいわね」
アリスが命じると6人の魔理沙は互いに箒で頭を引っぱたき、気絶した方の魔理沙を隅に運んでは残った魔理沙の頭を叩いた。そうやって最後に残った魔理沙をアリスが叩いて隅っこに放り投げると部屋には再び静寂が訪れた。
部屋の隅には魔理沙が13人。アリスはベットに入って続きをする。
魔理沙が、ええっと、14人
何か妙な、今までに感じた事のない寝苦しさにアリスは目を開けた。
部屋の中が燃えていた。
それはもう激しく、炎はすでにアリスの家の半分程を燃やしてベットにまで迫ろうとしている。今更水をかけても手遅れなのは明らかで、そんな光景を魔理沙が突っ立ったまま眺めていた。
「は?」
状況が飲み込めないまま慌てて体を起こすアリス。すぐに、ホットココアを作るために点けた火を消していない事に思いを至らせた。完全にアリスの失火である。だが、何故魔理沙はこんなになるまで黙って見ていたのだ!その事を問い詰めると魔理沙は
「だってアリスが起こすなって言っただろ」
「そんな屁理屈はいいのよ!」
アリスはテーブルの上の裁縫箱で魔理沙を殴る。魔理沙はよろけて隅の魔理沙の山の中に倒れた。
「本当、どうしようもないわ」
ため息をついてはみたが、そんな場合ではない。今まさに炎は迫っているのだ。アリスは逃げなくてはならない。部屋の隅の14人の魔理沙と共に。
と、鍵の壊れたドアから魔理沙が飛び込んできた。
「私はまだ15人目を数えていないわよ!」
咄嗟に何か物を投げようとしたが近くにいいものはなかった。
「何言ってんだよアリス!逃げるぞ」
魔理沙に掴まれた腕をアリスが振りほどく。そして部屋の隅を指さした。
「待って、魔理沙を助けないと!」
そう言って駆け寄り、タキシードを着た魔理沙を抱え上げようとする。
「そんなのほっとけよ!」
魔理沙はアリスの肩を掴んだ。
「逃げるぞ!早く!」
「ダメよ!連れて行かないと!」
「ほっとけって言ってんだ!」
「やめて!」
魔理沙はタキシード魔理沙をアリスから強引に引きはがそうとした。しかしアリスの力は魔理沙を払いのけてタキシード魔理沙を抱きかかえさせた。
その瞬間、アリスはタキシード魔理沙の余りの冷たい肌にギョッとした。
炎はこんなにも近くまで迫っているのに、目の前の魔理沙は大理石のようにヒンヤリとアリスの体温を奪っていく。
「これは……魔理沙じゃない!」
アリスは抱きしめていたタキシード魔理沙を突き飛ばした。魔理沙の体が炎に飲まれる。
「やっと目が覚めたかよ。逃げるぜ。アリス!」
アリスの背後に立つ魔理沙はそう言ったがアリスは首を振る。
「違う。アレは魔理沙じゃなかった。魔理沙は?魔理沙はどこなの?」
倒れる魔理沙の山の中にアリスは飛び込む。
「これも魔理沙じゃない。これも。魔理沙、どこなのよ?どこに居るのよ?」
「おいアリス!私はここにいるだろ!何してるんだ!」
魔理沙の呼ぶ声もアリスには届いていないようだった。炎は何時しか魔理沙の山にまで達していた。積み上がった魔理沙も燃え上がり、アリスも炎に巻かれようとしている。それでもアリスは魔理沙の山から離れない。
「アリス!いい加減目ぇさませ!」
魔理沙がアリスを強引に引きはがす。そのアリスの腕を魔理沙の山の1人が掴んだ。
「おい……私を置いてくのか……アリス」
呻くような声、その手はアリスの腕を決して離そうとはしない。魔理沙は咄嗟に柱に突き立てられていた包丁を掴んだ。
「しつこいぜ!人形のくせに!」
魔理沙が包丁を振り下ろした瞬間、ベットの下から2体の人形が飛び出して包丁を弾いた。
クルクルと回転しながら炎の中に消える包丁。先程の人形、上海人形と蓬莱人形がピタリとアリスの肩に止まった。
「……アリス!なんのつもりだ!」
魔理沙は手を押さえながらよろめいた。
「完全自律人形の研究は失敗ね。まさか本人と成り代わろうとするなんて。……それとも魔理沙をモデルにしたのが失敗だったかしら」
「おい、何の話を……」
「本物の魔理沙は窓枠に頭ぶつけてたこの間抜けよ!」
アリスは自分を掴んでいた腕を掴み一気に引き抜いた。霧雨魔理沙はぶつけた頭をまだ痛がりながらもミニ八卦炉を魔理沙人形に向かってしっかりと構えていた。
火事が収まったのは結局アリスの家が全焼した後で、逃げ出したアリスも魔理沙も、上海人形、蓬莱人形共々煤で真っ黒になっている。
「いくら疲れていたとはいえ、人形が私のコントロールを離れるなんてね。いえ、そういう風に作った人形なんだからある意味成功なんだろうけど……ま、試作15体これで全部パ~ね」
「おい、アリス!お前なんでその試作が全部私の人形なんだよ。正直不気味だったぜ、私に押しつぶされてるのは。あと間抜けだなんて散々言いやがって」
「あの場面で私が偽物に気付いてなかったらあなた今頃黒こげよ。それに魔理沙の行動パターン程、学習させるのに簡単なモデルはないもの」
「ふーん、そうかい。私の人形に瀕死の私ごっことか、結婚式ごっこさせて遊んでたりはしてないんだな?」
「そ、そんな事するわけないじゃないの!そ、それよりも何で火事になんてなったのかしら?」
「おい、話逸らすなよ」
「消し忘れ防止用のセミオートマトン村紗人形はちゃんと稼働してたし……あっ」
「ん?どうした?」
アリスは村紗人形が結婚式ごっこの後野に放されていたのに気付いた。村紗人形だけではない。アリスの作ったセミオートマトン達が皆逃げ出していたのだ。連中は自律型ではない半自動型なので予想外の事は起こさないだろうし、魔力が切れたら動かなくなる。村紗人形は焚き火を消して回るしか能が無いし、小悪魔人形もスピーチにしか使えない。
しかし、あの中には来るべき魔理沙との結婚式招待用にと作ったリリーホワイト人形もいるはず。もし今頃変な手紙を配っていたりしたら……
「春ですよー」
遠くで季節外れのリリーの声が聞こえた。アリスは何も言わず全力でその後を追いかける。
アリス邸の焼け跡には魔理沙が1人取り残された。
「ベッド」かと。
イヤなら数えるのやめればいいのに、とか思ってたらwwwww
お茶目だなぁアリス
お茶目なアリスがかわいい。
まあ読んでる最中は気付けませんでしたが。
嫌いではないですけどあんまりお茶目すぎるのもどうかと。
まあ色々と面白かったです。
センスあっていいですね。
現実的に可能そうなレベルで落とさせるのも苦労したでしょう。