ある日のこと、パルスィは朝起きて、背伸びをした。
「んー、妬ましいわ」
なんか変な語尾が付いていた。
パルスィは悩んでいた。こんなことは今までなかった。
「これ、なんなのかしら。妬ましい。あぁ、また出たわ……妬ましい」
アイデンティティではあるが、あまり連呼しては有り難みがない。個性の価値には独自性と希少性が必要なのだ。
それはこの際置いておく。
パルスィの思い出せる限り、こんな症状になったことはなかった、気がする。いや、もしかしたら妬んでいる最中にあったのかもしれないけど、意識したのは今回が初であった。
治し方が、さっぱり判らない。かといってこのままというのは煩わしい。
「よう、パルスィ。今日も元気そうじゃないか」
はて、どうしてこんなことになったのか。それをぼんやり考えていると、どしんどしんと自己顕示しながら鬼が歩いて来た。
その顔は晴れ晴れとしていて、どうでもいいことに悩んでいる自分がつまらなく思える程に透き通っていた。
「あら、勇儀。妬ましいわ」
「はっ? 何が?」
そんな晴れ晴れ笑顔が目を丸くしてしまった。今の今までこれについてどうしたものかと考えていたのに、思わず口にしてしまった自分に頭痛を覚える。
「いえ、妬ましくはないのよ。妬ましいわ」
「おい、どっちだ」
まるで「そんなことないアル」と同レベルでわけがわからない自分の言葉。こうなると思っていたから言葉を交わさないで過ごそうと思っていたのだが、刻は既に遅い。
パルスィは溜め息を吐き出しながら、この過度に強調されるアイデンティティについてを勇儀に説明することにした。
説明自体は簡単。
「朝起きたら、語尾に妬ましいが付くようになったのよ。妬ましい」
「ほぅ」
さとり妖怪ほどではないが、鬼の納得は早い。相手が嘘を吐いているのかどうか、鬼はどんな動物よりも鋭く感じ取れるのだ。嘘だのと云うよりも、人の心を鋭敏に感じ取れると言った方が正しいかもしれない。
「なるほど。確かに妬まれる憶えもないし、妬んでいる感じもしないし、そういうことだったのか」
何がどうしてそうなったとかそういうのは二の次で、相手の云っている本当を鵜呑みにする。それが鬼が好かれる素直さであり、恐れられる怖さであり、人が鬼を討つ際に突く弱さでもあった。
まぁそれはさておいて。
「どうしたら良いか知らないかしら。このままじゃ面倒臭いわ。あぁ妬ましい」
勝手に付く語尾ではありながら、バリエーションは幾らか存在する様子。
とりあえず、事情を知る相手ができたのだから、解決への緒を探す手伝いをしてもらおうと思ったのである。
すると、勇儀は鋭い視線をパルスィへ向けながら考え込んだ。それに若干気圧されながら、パルスィは真剣に考えている勇儀に僅かに期待を寄せた。
「パルスィ、ちょっとにこって笑ってみてくれ」
「なんでよ妬ましい」
語尾が馴染みすぎていて新鮮さに欠ける。
「いいから」
有無を言わさない勢いでぐいと迫り、勇儀はパルスィに要求する。意味も判らず笑うのは気が乗らなかったが、それが解決に繋がるのならと、パルスィは大げさな溜め息を吐いてから、顔をぐにぐにと両手でマッサージしてから、にっこりと笑って見せた。
なんとなく恥ずかしいから、あまりしたことのない表情である。
「こうかしら。妬ましい」
その爽やかな笑顔を見て、パルスィの言葉を聞いて、勇儀は耐え切れず噴き出した。
「わはははは! 云ってることと顔が合ってない! わはははは!」
次の瞬間、鬼は橋から川へ突き落とされていた。
「そんなこと云う為だけにやらせたのかこの馬鹿! 妬ましい! 妬ましい!」
語尾が連呼された。感情の高ぶりが語尾のお陰で判り易くなっている。
「わははははは。あぁ、楽しかった」
「人が真剣に悩んでいるっていうのに! 妬ましいわね!」
妬んでいるわけではないのだけど、怒りとその表情が無駄に合っている。
「あぁ、妬ましい」
語尾かと思ったら遂に独立した。
「私にはそれをどうしたら良いのかっていう知恵はないが、今地底に博麗の巫女が来ているから、聞いていたらどうだい」
ピクリとパルスィの耳が動いた。
「なるほど、霊夢なら解決できるかもしれないわね。妬ましい。って、そういうことは先に云いなさいよ! あぁ、妬ましい」
大異変解決のプロフェッショナルなら、この程度の異変は容易く解決してくれると踏んだ。というわけで、早速歩き出す。
「なぁ、パルスィ。霊夢に会ったらさっきの笑顔見せてやんなよ。きっと大受けだ」
「っるさい! 妬ましいわ!」
わははははと背後で響く大きな笑い声から逃げる様に建物の角を曲がりながら、パルスィは巫女を探した。
すると巫女は案外簡単に発見できた。しかも、なんかもうできあがっていた。
「あぁ……あら。パルスィじゃない」
「……何、真っ赤になって。酔ってるの? 妬ましいわね」
「そ。でも別に羨まれることはしてないわよ。ったく……勇儀と萃香に付き合っちゃ駄目ね。くらくらするわ」
その言葉に、あいつさっきまで霊夢と飲んでたのかと気付く。
「少しお願いがあるんだけど、今大丈夫かしら。妬ましい」
相談のし難い語尾である。
「まぁいいけど。で、何妬んでるのよ?」
「あぁ、違うのよ。妬ましいって思ってなくても語尾に付いちゃうのよ。どうにかならない? 妬ましい」
「普段通りじゃない?」
「ここまで連呼しないわよ。妬ましいわ」
パルスィにしても、妬んでいない時に妬んでいると勘違いされるのは、それほど気分の良いものではないらしい。
「んん? あぁ。なるほど、そういうこと。まぁ治してもいいけど」
「治し方を知ってるの!? 妬ましいわねっ!」
「色々あるわよ」
霊夢は指折り数え出す。十個ほど候補があるらしい。
「色々!? 何それ妬ましい!」
パルスィが、治る期待に目をキラキラと輝かせ始めた。すると逆に、霊夢は呆れた表情で溜め息を吐く。
「だってそれ、しゃっくりよ?」
「……はっ?」
二人は沈黙した。
「……妬ましい」
その沈黙をしゃっくりが破る。
妖怪に生まれてかれこれ数百年。
今日に至って、初めて知った衝撃の事実であった。
なお、その衝撃のお陰で、しゃっくりは止まったそうである。
「んー、妬ましいわ」
なんか変な語尾が付いていた。
パルスィは悩んでいた。こんなことは今までなかった。
「これ、なんなのかしら。妬ましい。あぁ、また出たわ……妬ましい」
アイデンティティではあるが、あまり連呼しては有り難みがない。個性の価値には独自性と希少性が必要なのだ。
それはこの際置いておく。
パルスィの思い出せる限り、こんな症状になったことはなかった、気がする。いや、もしかしたら妬んでいる最中にあったのかもしれないけど、意識したのは今回が初であった。
治し方が、さっぱり判らない。かといってこのままというのは煩わしい。
「よう、パルスィ。今日も元気そうじゃないか」
はて、どうしてこんなことになったのか。それをぼんやり考えていると、どしんどしんと自己顕示しながら鬼が歩いて来た。
その顔は晴れ晴れとしていて、どうでもいいことに悩んでいる自分がつまらなく思える程に透き通っていた。
「あら、勇儀。妬ましいわ」
「はっ? 何が?」
そんな晴れ晴れ笑顔が目を丸くしてしまった。今の今までこれについてどうしたものかと考えていたのに、思わず口にしてしまった自分に頭痛を覚える。
「いえ、妬ましくはないのよ。妬ましいわ」
「おい、どっちだ」
まるで「そんなことないアル」と同レベルでわけがわからない自分の言葉。こうなると思っていたから言葉を交わさないで過ごそうと思っていたのだが、刻は既に遅い。
パルスィは溜め息を吐き出しながら、この過度に強調されるアイデンティティについてを勇儀に説明することにした。
説明自体は簡単。
「朝起きたら、語尾に妬ましいが付くようになったのよ。妬ましい」
「ほぅ」
さとり妖怪ほどではないが、鬼の納得は早い。相手が嘘を吐いているのかどうか、鬼はどんな動物よりも鋭く感じ取れるのだ。嘘だのと云うよりも、人の心を鋭敏に感じ取れると言った方が正しいかもしれない。
「なるほど。確かに妬まれる憶えもないし、妬んでいる感じもしないし、そういうことだったのか」
何がどうしてそうなったとかそういうのは二の次で、相手の云っている本当を鵜呑みにする。それが鬼が好かれる素直さであり、恐れられる怖さであり、人が鬼を討つ際に突く弱さでもあった。
まぁそれはさておいて。
「どうしたら良いか知らないかしら。このままじゃ面倒臭いわ。あぁ妬ましい」
勝手に付く語尾ではありながら、バリエーションは幾らか存在する様子。
とりあえず、事情を知る相手ができたのだから、解決への緒を探す手伝いをしてもらおうと思ったのである。
すると、勇儀は鋭い視線をパルスィへ向けながら考え込んだ。それに若干気圧されながら、パルスィは真剣に考えている勇儀に僅かに期待を寄せた。
「パルスィ、ちょっとにこって笑ってみてくれ」
「なんでよ妬ましい」
語尾が馴染みすぎていて新鮮さに欠ける。
「いいから」
有無を言わさない勢いでぐいと迫り、勇儀はパルスィに要求する。意味も判らず笑うのは気が乗らなかったが、それが解決に繋がるのならと、パルスィは大げさな溜め息を吐いてから、顔をぐにぐにと両手でマッサージしてから、にっこりと笑って見せた。
なんとなく恥ずかしいから、あまりしたことのない表情である。
「こうかしら。妬ましい」
その爽やかな笑顔を見て、パルスィの言葉を聞いて、勇儀は耐え切れず噴き出した。
「わはははは! 云ってることと顔が合ってない! わはははは!」
次の瞬間、鬼は橋から川へ突き落とされていた。
「そんなこと云う為だけにやらせたのかこの馬鹿! 妬ましい! 妬ましい!」
語尾が連呼された。感情の高ぶりが語尾のお陰で判り易くなっている。
「わははははは。あぁ、楽しかった」
「人が真剣に悩んでいるっていうのに! 妬ましいわね!」
妬んでいるわけではないのだけど、怒りとその表情が無駄に合っている。
「あぁ、妬ましい」
語尾かと思ったら遂に独立した。
「私にはそれをどうしたら良いのかっていう知恵はないが、今地底に博麗の巫女が来ているから、聞いていたらどうだい」
ピクリとパルスィの耳が動いた。
「なるほど、霊夢なら解決できるかもしれないわね。妬ましい。って、そういうことは先に云いなさいよ! あぁ、妬ましい」
大異変解決のプロフェッショナルなら、この程度の異変は容易く解決してくれると踏んだ。というわけで、早速歩き出す。
「なぁ、パルスィ。霊夢に会ったらさっきの笑顔見せてやんなよ。きっと大受けだ」
「っるさい! 妬ましいわ!」
わははははと背後で響く大きな笑い声から逃げる様に建物の角を曲がりながら、パルスィは巫女を探した。
すると巫女は案外簡単に発見できた。しかも、なんかもうできあがっていた。
「あぁ……あら。パルスィじゃない」
「……何、真っ赤になって。酔ってるの? 妬ましいわね」
「そ。でも別に羨まれることはしてないわよ。ったく……勇儀と萃香に付き合っちゃ駄目ね。くらくらするわ」
その言葉に、あいつさっきまで霊夢と飲んでたのかと気付く。
「少しお願いがあるんだけど、今大丈夫かしら。妬ましい」
相談のし難い語尾である。
「まぁいいけど。で、何妬んでるのよ?」
「あぁ、違うのよ。妬ましいって思ってなくても語尾に付いちゃうのよ。どうにかならない? 妬ましい」
「普段通りじゃない?」
「ここまで連呼しないわよ。妬ましいわ」
パルスィにしても、妬んでいない時に妬んでいると勘違いされるのは、それほど気分の良いものではないらしい。
「んん? あぁ。なるほど、そういうこと。まぁ治してもいいけど」
「治し方を知ってるの!? 妬ましいわねっ!」
「色々あるわよ」
霊夢は指折り数え出す。十個ほど候補があるらしい。
「色々!? 何それ妬ましい!」
パルスィが、治る期待に目をキラキラと輝かせ始めた。すると逆に、霊夢は呆れた表情で溜め息を吐く。
「だってそれ、しゃっくりよ?」
「……はっ?」
二人は沈黙した。
「……妬ましい」
その沈黙をしゃっくりが破る。
妖怪に生まれてかれこれ数百年。
今日に至って、初めて知った衝撃の事実であった。
なお、その衝撃のお陰で、しゃっくりは止まったそうである。
一方、今回のパルスィのそれは文末まで待ってくれるとか、何とも親切ですね…妬ましい。
ほのぼのとした地底の日常の一幕、和ませて頂きした。
いや、そんなことより壮絶なしゃっくり筋肉痛に苦しんだ作者様にお見舞いを。
地底の衝撃の事実を知りましたw
どうでもいい個人情報でした。失礼。
ラストで「おう」とか口走っちゃいました。面白かったー。
妖怪ごとにいろんなバリエーションがありそうです
あ、いえ本音ではなくただのしゃっくりですよ?
もしもしが言えないとかそんなのか
ストンと綺麗にオチが付いてて楽しく読めました
25個もの妬ましい、ありがとうございますw
もう少し長く読んでいたくなる、可愛いパルスィさんでした。
子供の頃はよくなったのにね。懐かしいなぁ
しゃっくり、六大陸を全て言うと治ることが多いですね。他の所に意識を向けることが効くのでしょうか。
ともあれパルスィの可愛さとしゃっくり筋肉痛に苦しんだ作者様に最大級の敬意とお見舞いを妬ましい。
ネタマシッ、ネタマシッ
そこが少し引っかかった&妬ましいので作者様には延髄蹴りをしたいと思います。
容赦せん。
そうか、二次創作でよく見る妬ましいを連呼するパルスィのあれはしゃっくりだったのか。