Coolier - 新生・東方創想話

チキチキ・博麗神社福男選びレース

2013/04/27 08:37:07
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◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 博麗神社に降り立った霧雨魔理沙は、疑問符を浮かべた。
「なあ、霊夢? お前……さっきから何をやっているんだ?」
「んー? ああ。外道か」
 境内に立つ霊夢はちらりと魔理沙を横目で見て、呟いた。
「……何だか、随分とあんまりなことを言われた気がするんだぜ?」
 ぼやく魔理沙を無視して、霊夢は再び空を見上げた。
「というか、見て分からないの?」
「見て分からないから、訊いているんだが?」
 やれやれと、霊夢は軽く嘆息してくる。

“釣りよ”

「釣り竿を使って凧揚げをしているんだろ?」
 どうやら、外道というのは釣り上げる対象ではなかったという意味らしい。
 霊夢は黙ったまま、釣り竿から伸びた糸の先……凧へと視線を向けている。凧糸をリールに巻いていて、それは糸を巻き上げるのには便利そうだと魔理沙は思った。
「というか、何を釣り上げる気なんだよ? 龍神様か?」
「そんなのに食らい付かれたら、釣り上げられるわけ無いじゃないの。……鴉よ」
「鴉ねえ? 本当に来るのか?」
「さてねえ? まあでも、私の勘が正しければ、もうそろそろだと思うんだけど?」
「お、噂をすれば……か?」
 青空を切り裂いて、遙か上空……白い凧の周囲に、鴉天狗がやってきた。懐からカメラを取り出してくる。顔にカメラを当て、パシャパシャとシャッターを切り始める。
「どうやら、食らい付いたみたいね」
 それを見て、霊夢はゆっくりとリールを回し、糸を巻き始めた。
 地面へと降りてくる凧を追いかけて、鴉天狗も一緒に付いてくる。まるで離れる様子はない。食い入るように凧を見詰めている。
 数十秒をかけて、霊夢は凧を巻き上げた。
 鴉天狗も地面に降り立つ。
「霊夢さん。この凧、どんな意味があるんですか?」
 にこにこと笑顔を浮かべて、射命丸文が霊夢に訊いてくる。
 霊夢は魔理沙に振り向いた。
「ね? 釣れたでしょ?」
「釣れたな……見事に」
 笑顔で首を傾げる文を前に、魔理沙は苦笑を浮かべた。
「それと、さっきから屋根にいる奴。あんたもこっち来なさい。話があるから」
 どうやら、鴉は二羽釣れていたようだ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 博麗神社の中。居間で射命丸文は憮然とした表情を浮かべていた。その顔は赤い。その隣で、ツインテールの鴉天狗……姫海棠はたてが口に手を当てて必死に笑いを押し殺していた。
「あ、あんたも……同類でしょうが」
「うぷ……うぷぷぷぷ……で、でもさ文。釣り上げられるあんたの様子……うぷぷぷ」
 霊夢が揚げていた凧には「実験中。決して触れるべからず」と書いてあった。どんな? 何のための実験なのか? 好奇心旺盛な鴉天狗にとって、それが気にならないわけがない。その結果、鴉天狗の二人はのこのことやって来て霊夢にインタビューしようとして、釣り上げられたわけである。
 霊夢がこんな真似をしていたのは、わざわざ山まで出向いて文に会いに行くのが面倒だったからに違いない。
 釣り竿とリールを使っていたのは、単純に糸を楽に巻き上げたかったからというだけだろう。あと、ちょっとは霊夢なりの冗談も入っていたのかも知れない。ちゃぶ台に肘を突いて彼女らを遠巻きに眺めながら、そう魔理沙は思った。
 紅魔館に(死ぬまで)本を借りに行く途中、凧が気になってここに立ち寄った……釣り上げられたという意味では自分も同じだよなあと思い、魔理沙は文を笑う気にはなれなかったが。もっとも、霊夢に至っては、何とも思っていないだろうけれど。
「それで、霊夢さん。さっきの凧の意味は分かりましたが……話って何ですか?」
「そうそう、あんた達にちょっと記事にして貰いたいことがあるのよ」
「記事……ですか?」
 ニュースのネタと聞いて、途端に文とはたては真剣な表情を浮かべ、目つきを鋭いものへと変えた。二人とも、目の前に座る霊夢を食い入るように見詰める。
「近いうちにね? うちの神社で新しい神事を執り行おうと思っているの。だから、そのことを記事にしてくれない?」
「ふむふむ、新しい神事ですか……それはなかなか面白そうなネタですね」
 メモ帳を取り出し、天狗達はその中に鉛筆を走らせていく。
「あ、でも霊夢さん? それって、ニュースというよりは広告ですよね? 出来れば、私としては出して頂きたいものがあるんですけど?」
 そう言って、文は親指と人差し指で円を作ってみせた。
「あんた達だけに独占取材させてあげるから、タダにしなさい」
 だが清々しい声で、きっぱりはっきりと、霊夢は言い放った。
 それとは対照的に、文とはたては表情を引きつらせる。
「え~? タダって……それは流石にあんまりじゃない? 大々的にやってあげるからさ~?」
 うんうんと文も頷く。
「いや、別にいいんですよ? 霊夢さんが一人で宣伝するっていうのなら」
「あ、そう? じゃあ、どっちか安い方だけにしようかしらねー?」
 その瞬間、ちらりと文とはたての間に火花が散った。
 そして、再び霊夢との間にちりちりとした緊張が張りつめる。
 弾幕勝負が始まるまで、あとどれくらいかなーと、魔理沙はそんなことをぼんやりと考えた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 神奈子は顔をしかめた。
「福男……ねえ」
「はいっ! 偶然、出会った天狗から聞いたのですが、どうやら博麗神社では福男を執り行うそうです。博麗神社に遅れを取ってはいられません。ここは是非、我が守矢もやろうではありませんか」
 そう言って笑顔を浮かべる早苗を前に、神奈子は腕を組んで唸る。色々と考えてみるが、出せる答えは一つしかなかった。

“ダメ”

「えええええ? どうしてですか?」
 色よい返事を期待していたのだろう。それを裏切られたショックを隠しきれないといった表情を早苗が浮かべてくる。それを見て、神奈子は少しだけ心が痛んだ。
「あのねえ、ここには私と諏訪子がいるでしょうが? ここは守矢神社で、私達を祀るところなの。余所の神の紳徳を与えるような真似、出来るわけないでしょ?」
「……あ」
 まるで頭に無かったと言わんばかりに、早苗はあんぐりと口を開けてくる。
「そりゃまあ、表向きには建御名方神の名前を借りて、実権と信仰を私と諏訪子が得ているわけだし、恵比寿も建御名方神と同じ大国主の息子だし、全く縁がない訳じゃないけど。でもそんな立場だからねえ。気軽に呼ぶ何て真似、出来ないわよ。名前が売れている分、忙しいみたいだし」
「う……でも、神奈子様と建御名方神様はその……ですから、むしろ縁は深いのでは?」
 おずおずと口を開く早苗。だが、それを聞くなり神奈子は眉を跳ね上げた。
「……知らない。あんな奴。まったく、ず~っと私をほったらかしにしておいていつも外をほっつき回ってばっかり。あんな奴だったなんて思いもしなかったわよ。ちょっと父親似で顔がいいからって……ほんっとにもう」
 神奈子は親指を前歯に当てて、ぎりぎりぎり……と歯を噛み締めた。ますます萎縮した表情を浮かべてくる早苗を見て我に返るが。
 咳払いをして誤魔化す。
「と、とにかく聞いた話によると、霊夢は神をその身に降ろすことが出来るようだから、それで福男をやるつもりなんだろうけれど……。それもまた、いい加減な話よねえ。自分のところの神様をなんだと思っているんだか。季節も何もかも無視しているし」
 本格的に冬が来る前にそんな真似をしようというのは、雪を避ける為だろうが。この幻想郷では、冬になれば一面が雪で覆われるため、とてもそんな真似は出来ない。
 呆れ混じりで神奈子は苦笑した。
 まあ、そのいい加減さが、あのすちゃらか巫女らしいといえばらしいのかも知れない。そんな風に神奈子は思う。そもそも、恵比寿や大黒天だって、既に七福神などという神道やら仏教やら道教がごちゃ混ぜになった代物に含まれているような状態なのだし。そんなわけで、今さらすちゃらかを全否定する気も神奈子にはないけれど。
「で、では神奈子様や諏訪子様が祝福を与えるというのは?」
「私に恵比寿みたいな真似をしろって? 福を与えるとか、そんな力は無いわよ。五穀豊穣なら似たようなことは出来るけど、商売繁盛はねえ? 諏訪子に至っては祟り神だし」
 確かに、多くの参加者を集って行う神事というものは、信仰の獲得のためには悪くない。だが無い袖を振ることは出来ないのである。
 今この場にいない……どこかで遊んでいる諏訪子が聞いても、同じように答えることだろう。
「あと、ロープウェーの建築にはまだまだ天狗達と協議が必要だから、しばらく人里の人間達を呼ぶのは難しいし、山の妖怪達の信仰はだいたい掌握しているしねえ。信仰の新規獲得という目的を考えると……やるメリットも薄いわね。これ以上、信仰を山の妖怪ばかり強固にしちゃっても、バランス悪そうだし」
 肩を落とす早苗を前に、神奈子は小さく嘆息した。そして、寂しげに微笑む。娘にも等しい巫女の望みを叶えられないのは、胸が痛む。
「余所は余所、うちはうち。諦めなさい、早苗」
 項垂れる早苗は、ぎゅっと袴を掴んだ。

“嫌です”

「……何だって!?」
 神奈子は目を丸くした。
 物分かりのいい娘だから、分かってくれると思っていたのだが。静かな声で、しかし固い意志を込めて早苗は拒否してきた。
「じゃあもういいです。神奈子様達には頼みません」
「早苗っ!? ちょっと、どこに行くんだいっ!?」
 早苗はその場から立ち上がり、駆け足で部屋から出て行った。その後ろ姿を見送って、神奈子は嘆息して頭を抱えた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 のんびりと、霊夢は縁側でお茶を啜っていた。
 晩秋。外の世界で行われる福男よりは若干時期が早いが、外の世界に倣った時期にやろうものなら、幻想郷では雪でそれどころではなくなる。
 若干の肌寒さの中、両手にある湯飲みが温くて心地よい。
「ま、人手は多い方がいいわよねー」
 霊夢は空を見上げた。
 遠くから、風祝の影が近付いてきた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 文とはたては原稿用紙を前に、唸っていた。
 報酬については、霊夢との弾幕勝負で決めたのだが……金のかかった巫女の強さは格が違った。十番勝負で二人とも九連敗し、最後の一勝負は二人同時に相手して、ようやく一本取ったのだった。
 結果、報酬は福男で得た賽銭を9対1で分けることとなった。無論、1が文とはたてである。それをさらに二人で山分けしなくてはならない。その関係もあって、記事も二人で作ることになった。
「どうする文? このままじゃ私達、下手したら赤字だよ?」
「そうですねえ」
 霊夢との約束で、福男については確実に人里中に知れ渡るようにしろということになっている。そのためには、かなりの部数の新聞を刷らなければならない。そして、それで参加者が少なく賽銭が得られなければ……利益は得られない。
 最低限、黒字にするためにはそれなりの参加者を集めなければならない。そして、そのためには、よりセンセーショナルな煽り文句が必要になる。
 まともなやり方で、あの神社にお賽銭が入ることがあり得るだろうか? いや、無い。
「はたて、確か……霊夢さんは参加者を集めるためなら、どんな記事にしてもいいって言っていましたよね?」
「あー、うん。それがどうしたの?」
 にやりと、文は笑みを浮かべた。
 嘘を吐かない範囲なら、どんな煽り文句だろうと許される。ならば何を書こうと文句を言われる筋合いは無い。そして、過激な煽り文句を考えるのは得意だ。
「こんなのはどうでしょうか? ちょっと、覚悟が必要ですが」
「あんた……何を考えているのよ?」
 はたてが不安げな表情を浮かべてきた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 人里にて。
 魔理沙は買い物かごに米と味噌、そして大根、乾物が入っている。当面、必要な食料は買い揃えた。
「……お?」
 不意に、香しい匂いが魔理沙の鼻をくすぐった。それは甘くて、実に本能に訴えかけてくる。
 鼻歌交じりに、魔理沙は匂いの元へと歩いていく。
 魔理沙の歩みの先には、焼き芋屋の屋台があった。秋の神様二人がやっている。どうやら、いつだったかの会合で言った自分の言葉が彼女らに伝わったらしい。
 神ではあるが、可愛らしい少女達がやっているということで、結構繁盛しているらしい。若干の下心を持った男達だけではなく、売り子も女だから若い女性も気軽に立ち寄れるというのが大きいのだろう。
 商売が繁盛しているようで、魔理沙は少し誇らしく思った。彼女らが自分の発案だと知っているかどうかはともかくとしてだが。
 しばらく魔理沙は様子を眺めたが、屋台には常に数人の行列が続いていた。その最後尾に魔理沙も続く。
 そう言えば、確かにちょっと噂になっていた気がする。穣子が……豊穣の神が作った芋だけあって、とても甘くてほくほくなのだそうな。
 そして、意外にも行列はさほど待つこともなく、魔理沙の番になった。なかなかに客を捌くのが早い。
「いらっしゃ~い。何本にします?」
 明るい声で穣子が訊いてくる。確かに、物静かな姉よりは、妹の方が売り子に向いているだろう。
「ああ、そうだな……中くらいの奴を一本頼む」
「はい、毎度あり~☆ お姉ちゃん、一本ね~」
 微笑みながら、姉の静葉がこくこくと頷く。そして、脇から新聞を取り出した。芋の包み紙にするのだろう。
「……ん?」
 魔理沙はその新聞の見出しに眉根を寄せた。

“福男/福女は可愛い巫女さんにぎゅっ!? チキチキ・博麗神社福男レース、近日開催!!”

 手慣れた様子で静葉は芋を包み、魔理沙に渡した。
 魔理沙は財布からお金を取り出し、彼女に渡す。
 ふと、改めて魔理沙は周囲を見渡してみる。若い男達も気になっているのか、芋を食べながら新聞を眺めていた。
 まったく、男って奴らは……と魔理沙は彼らに半眼を送った。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 霖之助は「文々。花果子新報」を眺めていた。
 どうやら、射命丸文の他に別の鴉天狗もこの新聞の作成に関わっているらしい。名前がいつもと違っているのは、そのせいだろう。
 やや過激な見出しを考えたのは、射命丸文だろうなと、霖之助は考えた。その一方で福男がどのような物かを調べて記事にした……のだろう、その部分は文の文体とは若干異なる気がした。文よりもほんのちょっぴりだけ、真面目で事細かい印象の文を書くこの天狗は、逆に文のような奔放な発想をするのは苦手な気がした。
「おーい。邪魔するぜー」
「ああ、いらっしゃい」
 聞き慣れた声と共に、ドアの鈴が鳴った。魔理沙が入ってくる。
 そちらに目を向けることなく、霖之助は新聞を眺め続ける。
「あれ? 香霖もその新聞を読んでいたのか」
「ああ」
 福男というのは、外の世界で執り行われる神事の一つだ。いつから始まった物かは定かではないが、徒競走で上位入賞した者には恵比寿による祝福が与えられるらしい。
「随分と熱心に読んでいるんだな。ひょっとして、香霖も興味……あるのか?」
「ああ」
 霊夢はその身に神を降ろすことが出来る。なんでも、紫に教えられたそうだ。それなら、恵比寿による祝福も可能だろう。本来祀っている神を差し置いてそのような真似をするというのも、どうかと思うのだが。まあ……霊夢のことだ、何とも思っていないのだろう。
 破戒僧というのは聞いたことがあるが、ではそのような真似をする巫女は何と呼べばいいのだろう? 霖之助はふと、そんなことを考えた。
「その……やっぱり、香霖も参加するのか?」
「ん……そうだね」
 恵比寿の祝福といえば、商売繁盛が有名だ。道具屋を営む者として、商売繁盛の御利益は興味がある。というか、欲しくないと言えば嘘になる。
 それに、福男には恵比寿の祝福だけではなく副賞として米や酒も与えられる。霊夢が酒を造っているのかどうかは聞いたことがないが、それも前々から興味のあったことだ。振る舞われる酒が霊夢の造ったものかどうかは分からないが、造っている可能性は低くない。確かめるいい機会になるかもしれない。
「あー、そうそう。そういえばさ、その見出し……その、そこにもあるけど、霊夢って……可愛いよな?」
「ああ、うん」
「そ、そうだよな? 香霖もそう思うよな?」
「まあ……ね」
 確かに、霊夢の見目は悪くない。というか、かなり整った方だろう。客観的に見て否定する理由も無いので、霖之助は肯定した。
 性格については、色々と言っておきたい部分も多々あるのだが。
「だよな? あ、あはははははは。そっか……邪魔したな」
「魔理沙?」
 霖之助は新聞から目を離し、顔を上げて魔理沙のいた……であろう場所へと視線を向けた。
 だが、既にそこに魔理沙はいない。入り口で鈴が揺れているだけだ。
 つい、どうやって福男になろうかとそればかり考えていたのだが……生返事ばかりになっていたかも知れない。機嫌を損ねてしまったようだ。きちんと相手をしてやれなくて悪いことをしたなと、霖之助は思った。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 霊夢と早苗は火鉢を囲みながら、福男についての打ち合わせを進めていた。霊夢にしてみれば、賽銭や信仰の取り分は自分一人の方がいいとも思うが……どうせなら規模の大きい方が盛り上がるだろう。そして、その方が結果的には得られる賽銭や信仰は多くなるかもしれない。どのみち、博麗神社で行う以上、分け前は博麗神社の方が多くなる。守谷神社の分社は、博麗神社には小さな物しかないのだから。
 さすがに、早苗の手を借りておきながらまったく守谷神社の名前を出さないというのも世間体を悪くしかねないので、新聞には彼女のことも載せて貰うことにした。報酬もいくらかは支払うつもりである。早苗にはそれでよいのかと訊くと、それでよいと了承した。どうやら、楽しいイベントと共に多少なりとも守矢神社の知名度を上げることが出来ればそれでよいようである。
「ふ~ん、やっぱり外の世界でも有名な神事みたいねえ」
「ええそうです。私はニュースで見ていたんですが、毎年とても盛り上がるんですよ? 私、それを見ていつも楽しそうだなって思っていたんです」
「……どうせなら、外の世界に合わせて三人まで選んだ方がいいかもねー」
「そうですね、その方が盛り上がるかも知れません」
「でも、私達の他に巫女なんてねえ……。人里から誰か募集してみる? 阿求とかどうかしら?」
 そんな会話をしていたら、縁側を何者かが走ってきた。どたどたと喧しい。
 勢いよく障子が開かれる。

“おい霊夢っ! 私にも巫女をやらせてくれっ!”

 何があったのか、全速力で飛んできたのだろう。息も絶え絶えに、魔理沙が飛び込んできた。
「まあ……いいけど?」
 魔理沙の気迫に若干押され、霊夢は目を丸くしながら反射的に頷いた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 紅魔館の自室にて、レミリアは紅茶を飲みながら、新聞を読んでいた。
「ふっふっふっ、なかなか面白い催し物があるようね」
 カリスマを当社比120%増しにして、レミリアは笑みを浮かべる。幼くともその姿はまさに、邪悪なる夜の王といった雰囲気を醸し出している。
「お嬢様、ひょっとして参加されるおつもりですか?」
 テーブルの傍らに立つ咲夜が訊いてくる。
「無論だ。どうやら女でも参加出来るようだしな。幻想郷の中でも最強にして最速のこの私の力、轟き伝えるよい機会だ。それに……」
「それに?」
 ほんのちょっぴり、レミリアは頬を赤らめる。カリスマは一気に30%まで落ちた。逆に、可愛さは150%まで上昇したが。
「それに、福女になったらその……れ、霊夢にぎゅってしてもいいんでしょ?」
「突然止まることが出来ないから、結果的に巫女に抱きつく形で止まるということみたいですね。ちょっと、この書き方は妙な煽り方だと思いますが」
 福女の称号、そして霊夢に合法的に抱きつく権利は自分のものだとレミリアは疑わない。
「ですがお嬢様? 参加資格について、きちんと確認されていますか?」
「参加資格? 何か問題有ったっけ?」
 小首を傾げるレミリアに、咲夜が頷いてきた。
「はい、こちらなのですが……巷で妖怪神社と呼ばれているのを気にしているのでしょうか?」
 咲夜が新聞に人差し指を当てる。
「んなっ!?」
 そこを見て、レミリアは硬直する。
 記事の中に……その端に、参加者は人間か半人半妖(ただし、人間に友好的であること)に限ると書いてあった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 西行寺幽々子は音も無く、気配を消して獲物へと近付いていく。
 何がそんなにも面白いのか、獲物――妖夢はさっきから食い入るように新聞を読んでいる。いつもは、新聞など窓ガラスを拭くためのものぐらいにしか思っていないような扱いだというのに。
 幽々子は妖夢の背後で、胸の前にだらりと両手を垂らす。まさに亡霊といった格好であるが、真っ昼間にやっては少々間抜けな格好だと我ながら思わなくもない。
「うらめしや~」
 等と言いつつ、幽々子は冷たい指先で妖夢の首筋後ろから撫でた。
「ぴゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 途端、妖夢が背筋を伸ばして叫んだ。首に手を当て、慌ててこちらに振り返ってくる。
「な……な? なな? いきなり何をするんですかっ!? 脅かさないで下さいよ幽々子様っ!?」
 そんな彼女を見ながら、幽々子は手を口に当ててくすくすと笑った。剣の腕前は上がっても、精神の修行はまだまだのようだ。そこが可愛いといえば可愛いのだが。
「……随分と熱心に読んでいるのね? 何か面白いことでも載っているのかしら?」
「え? あ……いや、別に。それほどでもないのですが……。ちょっと、これに出てみたいなと思いまして」
「どれどれ?」
 幽々子は妖夢が指し示した記事に視線を向ける。そこには博麗神社で行われる新しい神事のことが書いてあった。
 幽々子は意外な気がした。
「あら? 妖夢が霊夢のことをそんなにも、抱き締めたいほど好きだったなんて初めて知ったわ」
「違いますっ! どうしてそうなるんですかっ!?」
 幽々子は首を傾げた。
「そうなの?」
「そうですよっ! どうして、私が霊夢さんにそんな感情を持つというのですかっ!」
 真っ赤になって怒鳴ってくる妖夢。ぽん、と幽々子は両手を合わせた。
「なるほど、魔理沙なのね?」
「そっちでもありませんっ! そうじゃなくて、優勝するとお米とお酒が貰えるんです」
「……それで?」
「食費が浮くじゃないですか?」
 きっぱりと真剣な表情で言ってくる妖夢に、幽々子は苦笑を浮かべた。どうしてこんな、所帯じみた発想をする子になってしまったのかと。
 決して、勝手に噂されているらしい自分の大食いキャラの所為ではないだろうと、幽々子は思いたかった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 鈴仙は沢山の焼き芋を両腕に抱えて、部屋へと入った。
 座卓の脇には輝夜と永琳が座っている。その座卓の上に、彼女は焼き芋が入った包み紙を置いた。
 流行の焼き芋屋の芋を是非食べてみたい。そんな輝夜の希望により、鈴仙はお使いに行ってきたのであった。
「た、ただいま戻りました~」
「ご苦労様、ウドンゲ」
「うー、重かったですぅ」
 へろへろと鈴仙は床にへたり込んだ。町から戻るとき、てゐも手伝ってくれたなら……と恨みがましく思う。一本奪って、さっさとどこかに行ってしまったが。
「あー、はいはい。ちょっと待ってて。今あなた達にも分けるから」
 臭いを嗅ぎ付けたのか、縁側に妖怪兎達が群がってくる。よっこらしょと、鈴仙は疲れた体に鞭を打って再び立ち上がり、何本かの芋を掴んで兎達へと向かった。芋を千切って彼女らに分けていく。
「おお、これは……なかなか」
「ええ、美味しいですね」
 鈴仙の背後から、輝夜と永琳が舌鼓を打つ声が聞こえてきた。せめて、ちょっとくらい待ってて欲しいと思ったが……所詮は輝夜のペットの身分、文句も言えまい。
 鈴仙の口の中で、涎が溢れた。
「あら、姫様? どうかしましたか?」
 永琳の疑問の声に、鈴仙も振り返って輝夜を見る。鈴仙の手にあった芋は瞬く間に無くなっていた。
 見ると、輝夜は芋を包んでいた新聞を見詰めていた。
「んー、これがね? ちょっと気になったのよ」
「これ? 恵比寿の像ですか?」
「そうそう」
 輝夜は頷いた。
「あー、そういえばそれ、博麗神社で今度行われる福男の景品らしいですねえ。鬼が作った物だとか書いてあった気がします」
「そうみたいね。写真だけじゃまだ何とも言えないけれど、でもこれは……なかなか」
 うむむむ、と輝夜が唸ってくる。
「姫様は、それが欲しいのですか?」
「……ええ」
 どうやら鬼の作った恵比寿像は、彼女の珍品蒐集癖をいたく刺激したようだ。
 何かとばっちりが来なければいいなあと、鈴仙は思った。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 妹紅は寺子屋に立ち寄った。
 特に重要な用があるというわけでもない。ちょっと煙草を買いにきて、その帰りに慧音と世間話をしたかったというだけに過ぎない。
 時間は午後の三時くらい。授業は既に終わっている。この時間なら、慧音は事務仕事をしているはずだ。それほど彼女の邪魔にもならないだろう。
 正門にある「関係の無い人物の立ち入りを禁ずる」などという注意書きは完全に無視して、素知らぬ顔で妹紅は寺子屋の敷地内へと入っていった。
 壁に沿って寺子屋の裏へと、彼女は回る。
 寺子屋の一室。その窓から妹紅は中を覗き込む。慧音はせっせとノートになにがしかを書き込んでいた。
 妹紅は窓を軽く叩いた。
「おい、慧音。いるか?」
 部屋の中で、すぐに慧音が顔を上げ、こちらに向いてきた。立ち上がって近づいてくる。
「何だ妹紅? こんな時間にこんなところに。何か私に急用でもあるのか?」
「いや、別に大したことじゃないんだ。ちょっと慧音に聞きたいことがあって寄っただけだよ。聞きたいことが聞けたら、すぐに帰るからさ」
「そうなのか? まあ、私が知っていることなら別に何でも構わないけれど」
 用件が皆目見当がつかないと、慧音は首を傾げた。
「いや、つまらない話なんだけどさ。ここ最近、人里の近くで子供達が走っている光景をよく見るんだよ。遊んでいるにしてはちょっと違う感じっていうか……ひたすら走り続けているんだ。子供達の間で、流行っているのか? 慧音なら何か知っているかと思ったんだ」
「ああ、そのことか。それなら私に答えられる話だ」
 得心がいって、慧音は安堵の笑みを浮かべた。
「妹紅は聞いたことが無いか? 今度、博麗神社で福男を執り行うんだそうだ」
「福男?」
 慧音が頷く。
「ああ、参加者がスタート地点から走って、ゴールの博麗神社に辿り着くと、先着三名までに恵比寿様の祝福と賞品が与えられるという話だ」
「何だって? あの巫女が賞品を出すだと? ……珍しいこともあるものだな。異変の前触れか?」
 戦く妹紅を前に、慧音は苦笑を浮かべてきた。
「まあ、言いたいことは分かるが、その点はあれだ。それほど元手もかかっていないんじゃ無いのか? 恵比寿の祝福は霊夢が神を降ろして与えるのだろうし、恵比寿の像も萃香とかいう鬼の知り合いに頼んだのだろう。ちょっとはお礼もしたのだろうが」
「ふむふむ」
「ともあれ、私達は常日頃、妖怪退治をしてくれる博麗の巫女には世話になっているが、何しろあんな場所だろう? なかなかみんな参拝に行かないじゃないか。こういう催し物でもあれば、人間も大勢集まるだろうし、そうすれば妖怪に襲われる可能性も低いだろうし……せっかくの機会だ、みんなで参加しようじゃないかって私が子供達に言ったのさ。あわよくば賞品も手に入れられるかもってね」
「なるほど、それで子供達が走る練習をしているというわけか」
 納得したと、妹紅は頷いた。
「でも、本当にそんなにも参加者が集まるものなのかしらね? 慧音も参加するんでしょうけど、子供達ばっかりが参加ってなったら、危なくない?」
「いや、その点は大丈夫じゃないか?」
「何で?」
「お前も出るだろうから」
「え? 私? どうして?」
 どうしてそんなことになるのか、慧音の考えがさっぱり見えず、妹紅は疑問符を浮かべた。
「これは永年亭の兎から聞いたのだがな? 輝夜も出場するらしいぞ?」
「ほほぅ」
 妹紅の瞳の奥に、炎が灯った。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 天界の片隅にて。
 比那名居天子は桃の木陰で、焼き芋を囓りながら新聞を読んでいた。天上の料理もいいが、たまにはこういう野卑な味もまたいいものだ。
「ふっふっふっ、なかなか面白いイベントがあるようね」
 にやりと、天子は唇を歪める。
「……二番煎じはいかがなものかと思いますよ? 総領娘様」
「おわっ!?」
 突然後ろから声を掛けられ、彼女は思わず背筋を伸ばした。
 慌てて振り返る。
「ちょっと衣玖、いつの間に……脅かすんじゃないわよ」
「失礼。ですが、総領娘様のことですからどうせまた地上の騒ぎを聞きつけて、今頃はどこかの誰かと同じ様な台詞を言っているんでしょうね……と、そんな空気を読んだものですから」
「どんな空気よ。それ?」
 訳の分からないことを言う竜宮の使いに、天子は半眼を向けた。
「まあ、それはともかく、参加されるつもりですか?」
「何か問題ある? 天人も一応、人間だし……参加資格に問題はないと思うけど?」
 そう思うのだが、衣玖は呆れたように溜息を吐いてきた。
「いつも食べている桃がドーピングに引っかかるとは思わないんですか?」
「あっはっはっはっ。何かと思えばそんなこと? 大丈夫よ。新聞には書いてないし」
 天子は高笑いをした。
 スピードを競う競技ではないのだから、そんなことでドーピング検査をするのも無粋だし、それにいちいちそんな面倒くさいことをあの巫女がするとも思えない。
「いえ、それが残念ですが――」
 衣玖は首を横に振った。
「霊夢さんから、伝言を受けました。『桃食べているから天人は参加禁止』だそうです。理由は、そんな真似する連中が出ると面白くなくなるからだそうです。……何でもありにしてしまうと、それこそ収拾つかなくなりそうですし」
「……え?」
 天子は表情を強張らせた。
 優勝してインタビューを受けて新聞のトップを飾って、幻想郷中にその名声を轟かせる。そんな計画が、ガラガラと音を立てて崩れた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 守矢神社の一室。
 神奈子は新聞を手にわなわなと震えていた。
「あ、あの子は……まったく」
「あははははは。いや~、一度決めたら折れないねえ。誰に似たんだろうねー」
「笑い事じゃないよまったく」
 早苗は家出してからというもの、博麗神社に居候している。どうにも、意地でも福男を一度やってみたかったようだ。神事が終わるまでは帰ってこないだろう。
「ひっ……人前でぎゅっ!? まま……まったく、あの子は何を考えているんだいっ! 私は、あの子をそんな破廉恥な娘に育てた覚えは無いよっ!?」
「何を心配しているのかと思えば、そんなこと……。お父さんかい神奈子は?」
「そんなことなんかじゃないっ!」
 がぁ~っ! と神奈子は吼えた。
 これは一度、きつ~く叱っておかなければならないだろう。
 やれやれと肩をすくめる諏訪子の溜息を無視して、神奈子は固く心に誓った。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 文とはたては新聞の売れ行きににんまりと笑顔を浮かべた。次から次へと新聞を刷り上げていく輪転機を眺めながら、だらしなく不気味な笑い声を漏らし続ける。
 あの煽り文句は危険な掛けではあったが、どうやら成功したらしい。ぎったんぎったんに退治されることも覚悟したが、霊夢達はOKしてくれた。本当に、売れれば何でもいいようだ。
 焼き芋移動販売が大繁盛の秋神様達の効果も大きく、人里を中心に多くの人間に知れ渡ったと言っていいだろう。人里でも結構な噂になっているようだ。
 今回限りの合同紙ではあるが、これなら新聞大会でもかなりの上位に食い込めるに違いない。
「あ、ところで文? 霊夢から言われていた助っ人ってどうする?」
「どうするとは? さとりさんのところに行ってきたんじゃないですか?」
「あー、あれね。断られた」
 嘆息と共に、はたてが肩をすくめた。
「やっぱり、地下の妖怪が地上に出ること自体に問題があるわけだし、お仕事も放り出すわけにもいかないってさ。そんな、猫からの回答。それでなくても、本人も引きこもりだしね。まあ、確かにダメ元ではあったんだけどさー」
「ふぅむ、そうですか。それはまあ、残念ですね」
「となると、あとは最近復活した仙人に頼むしかないんだけど……どうする? 居場所分からないけど」
 そういう意味でも、助っ人はさとりが引き受けてくれたなら助かったのだが……。
「うーん、そっちはそっちで何とかしましょう。あ、それと命蓮寺はどうでした?」
「あの尼さん? ダメダメ、全然参加する気無いってさ。それもそうだよねー。お寺が神社の行事に参加するっていうのも変だし。あの人以外は妖怪しかいないし」
「それもそうよねー」
 予想した通りだと、文はうんうんと頷く。
「じゃあ、人里の人間達の様子はどうですかね?」
「ああそれ? 優勝候補になりそうな人はだいたい絞り込めたから、明日インタビューに行って来るわ。っていうかさ? あたしばっかり外回りしていない?」
 不満たっぷりの表情を浮かべてくるはたてに、文は笑みを返した。
「いいじゃないですか偶には。外に出ていかないと、あなたはいつまで経っても取材力が上がりませんよ?」
「あんたも弱小新聞でしょーがっ! 偉そうなこと言うなっ!」
「ふふん。でも私は先月、あなたよりも4部多かったです」
「そんなちょっとの差で鼻を高くすんじゃないわよ。この~っ!」
「だって、天狗ですから」
「あんたも私も鴉天狗だってーのっ!」
 こんなムキになる反応を返すから、はたてをからかうのは止められない。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 文は命蓮寺を訪れた。
 目的の少女は箒を持って掃除をしている。彼女の近くに降り立つと、すぐに気付いたようだ。

“こんにちはっ!!”

「うわっ!?」
 こんな小さな体のどこから? と疑いたくなるような声量が文を襲った。反射的に耳を押さえる。
「こ、こんにちは響子さん。今日も元気ですね」
 文は苦笑を浮かべた。耳がき~んと鳴っている。
「命蓮寺に御用ですか?」
「ああいえいえ、そうじゃありませんよ。今日はあなたにお願いしたいことが有ってきたんです」
「え? 私にですか? パンクライブの取材とかですか? もっと静かにしなさいって聖に怒られたから、しばらくは活動を控えるつもりですけど」
「いえいえ、そうじゃありません」
 文は耳栓とメモをポケットから取り出した。耳栓はすぐに装着する。
「このメモの台詞を出来るだけ大声で叫んで欲しいのです」
「え? そんなこと? うん、いいけど」
 うんうんと頷く響子に文はメモを渡した。
 すう~っ、と響子が大きく息を吸う。
 文は耳栓の上に、さらに両手で耳を押さえた。

“助けて~っ! 神子えも~んっ!!”

 その瞬間、大気が、そして大地が震えた。視界が歪んで見えたのもきっと気のせいではないだろう。
「……これでよかった?」
「え、ええ。充分です。有り難うございました」
 文は冷や汗を流しながら、響子に礼を言った。ちょっぴり、とんでもないことをやらかした気もする。
 でもまあ、これで神子が幻想郷のどこにいても声が届いたことだろう。

“いいわけがあるか~っ!!”

 不意に地面に大きな穴が開き、怒声と共に布都が飛び出してきた。
「……よっと」
 続いて、布都よりは幾分のんびりと青娥が穴から出てくる。穴は彼女の能力によって空けられたのだろう。
「お主、なんという大声を出すんじゃっ! おかげで太子様がこんなことになってしまったではないかっ!」
 布都は抱きかかえていた神子を見せてきた。泡を吹いて白目を剥き、ぐったりとしている。
「あややや、ちょっと声が大きすぎましたかね?」
「ちょっとどころではないっ! お主はあれかっ? 太子様を殺す気かっ? 太子様のお耳はとっても繊細なのだっ! そんな太子様をこんな目に遭わすなど、何という酷い真似をするのだっ!」
 まさに怒り心頭といった体で、布都は怒鳴ってきた。
「……五月蠅い」
 布都に抱きかかえられながら、か細く、そして実に忌々しげに神子が呟くのが聞こえた。文は少し安心する。どうやらまだ息はあるようだ。
「ほーれみろ、太子様も怒っておられるぞ。太子様に何用かは知らぬが、ただでは済まないと思え」
「ああ……五月蠅い」
「さあ……さあさあ、お前達。どう落とし前を付けてくれるというのだ? 誠意を見せて貰おうか、誠意をなあ?」
 どやっ! と布都が勝ち誇った表情を浮かべた。本人としては精一杯に悪い顔をしているつもりなのかも知れないが、台詞が小物感漂って仕方ない。文はむしろ、ほんわかとした気持ちを抑えるのに苦労した。
 だが、その次の瞬間。

“五月蠅いっちゅ~とるんじゃあああああああああぁぁぁぁぁぁ~~っ!!”

 神子の怒りのアッパーが布都の顎に炸裂した。
 布都の体が宙に浮く。透明人間にジャーマンスープレックスをくらったかの如く、彼女は背中から地面に叩き付けられた。
「た、太子様?」
 混乱した表情で布都が神子を見上げる。その視線の先では、ふらふらになりながらも、凄絶な眼差しを浮かべる神子がいた。
 地獄の幽鬼ってこんな感じなのかなあと、文はふとそんなことを思った。
「さっきからっ! 耳元でっ! あなたはぎゃあぎゃあとっ! 私の耳を心配するのなら、ちょっとは自分も静かにしなさいっ!」
「ぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~っ!?」
 色取り取りの弾幕が至近距離から布都に降り注ぐ。もうもうと立ちこめる土煙の中で、彼女がどんな姿になっているのかは想像もつかない。
 そんな光景を眺めながら、一方で青娥は口に手を当てて笑っていた。心配する様子は微塵もない。流石は邪仙。冷酷である。
「あの~、文さん?」
「なんでしょう?」
「これが終わったら、ひょっとしたら次は私達……なんて事になります……よね?」
「…………あ」
 文は呻いた。
 ちょっと、嫌な予感がした。
 というか、逃げた方がいいかも知れない。
「逃がすと思いますか?」
 そんな心の声を聞いていた……のだろう。神子がすかさず睨んでくる。

“その前に、私からもお説教ですよ?”

 不意に、背後からも声が聞こえてきた。この寺の住職のものだろう。間違いなく。
 文の隣で、響子が振り向くことも出来ずに硬直した。
 まさしく前門の虎、後門の狼。
 やはり、はたてに押し付けてしまった方がよかったと、文は冷や汗を浮かべながら後悔した。

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