Coolier - 新生・東方創想話

「Stairway To Heaven」

2013/04/08 20:58:23
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満月の夜。

幻想郷だが幻想郷ではなくなった場所。もしかしたら違う世界かもしれない場所。
庭の荒れ果てた紅魔館。
誰もいなくなった博麗神社。
森に侵食されるままに埋もれていく洩矢神社。
静寂に閉ざされた天狗の山。
誰も人通りの無い里。
迷わず抜けられる竹林と、門の閉ざされた永遠亭・・・。

月は明るく郷を照らし、しかしその光の中に生の息吹は無い。沈黙が立ち込める世界。

地下からの来客も無い。そこに通じる道は数百年も前に落盤で潰され、河童の里だった所には
大きな陥没の跡が湖を作っている。

人里の広場には乱雑に石柱の群れが立つ。
無造作に発破をかけて無理やり成形した石の塊。
その表面には、たどたどしく彫られた文字。

一つだけではない。石柱全部にそれが彫られている。

その中を一人の少女が踊りだしそうに、楽しげに歩く。
「月の光は魔法の刷毛、全部を黄金に変えてくれる。ほら、みんなもこんなに綺麗な色になってるよ。」
背中にステンドグラスを切り出したような色彩の翼を纏い、彼女は石柱を見回して話す。
「光り輝くものは全部黄金色の宝石。オパールのように涙も呼ばない、エメラルドのようにすぐひびが入る脆さも無いし
 オブシダンのように人の血を吸って輝く不吉な石でもない。」

月光に身を投げて、宙を舞い、石柱の杜の中心に彼女はふわりと着地する。
「みんな居なくなっちゃったけど、みんなの声を合わせて一声かければ、私の欲しいものが今夜、手に入るの。
 それはとても素晴らしいものなの。そしてみんなとまた一緒になれるの。」

その時、近くで物悲しい、笛を吹くような音が聞こえた。
彼女は右手に意識を集め、何気ない風に握り締めた。
ぱん、と音がして、それきり音は途絶えた。

「こんな良い夜なのに悲しげな音を立てるなんて無粋すぎる。そんな事は私が許さない。」
彼女ーーーーフランドール・スカーレットは凛と宣言した。

「お姉ちゃんも、咲夜も、パチュリーも、美鈴も・・・そしてみんなも待たせちゃったね。」
整列するように並べられた四つの石柱にフランドールは語りかけた。
その表面のたどたどしい字は、確かに四人の名前が刻まれていた。
ただし、それだけではなく、どの石柱にも、霊夢の、紫の、萃香の、レティの・・・幻想郷の重鎮達の名前が刻まれている。

この広場はフランドールの作った墓場。
そして彼女が「壊した」モノたちの眠る所。
・・・もっとも、死体さえ残らず「破壊」してしまったのだが、彼女はそんなことは意に介さない。
存在は破壊したが、魂までは破壊しなかったから。

「陽が西に傾く度に夜が来るのをずっと待ちわびてたの。そして満月が出るたび、私の欲しいものが手に入ることを願って、裏切られて、泣き叫んで、でも私はここに居る。
 だけど、それも今夜でおしまい。」

空を仰ぐと、月の光が少しずつ形を変えている。
「もう少し、もう少し・・・。」
もう待ちきれないと言いたげに、でも我慢して彼女は周りをもう一度見た。
「みんなを壊しちゃう前に教えたかったな。どうやったら全てのものが金よりも尊いものに変わるのか、そのやり方を。
 でもね、これはみんなを壊さないと出来なかったんだ。」
その心に自責の念も後悔も無く、その声は楽しげだ。

『気でも触れたか 何故皆を犠牲にして お前は笑っていられる?』

不意に誰かにそんな事を言われた気がして、彼女は声のした方向に答えた。
「確かに私は言葉の通りね。でも貴方の心と口は、果たして同じ?私には感じるわ。これから起こる事に、貴方も望みを託している事が。」
弄うように彼女が言った、その時・・・。

不意に、月の光が強くなる。
全てが、しろがねの色に染まる。
暗闇が昼のように変わり、フランドールの目の前は銀色に輝くだけの空間があるだけだった。

やがて

その光が止んだ時、彼女は銀糸のドレスを纏い、背中の翼は白い、天使の翼に変わっていた。
彼女だけではない。
周りの石柱から、次々と月の色に染まった人影が出てくる。

レミリアが優しく笑っている。
パチュリーは待ちくたびれたわね、と小さな声で呟いた。
咲夜は、しばらく見ない間に大きくなりましたね、と昔と同じ様に撫でてくれた。
美鈴は紅魔館のほうを見ながら、せめて庭だけでもきれいにしておきたかったですね。と残念がった。

地上の穢れを払う月の光でみんなを清めて、また違う幻想郷を作る。

フランドールは呪われた自分の身を厭うたが、レミリアのように割り切ることもできず、さりとて陽の光の下を歩く夢は捨てられず、ずっと図書館で
禁術の本を探していたのだった。
そのとき思いついたのは他の存在も、仕方無しに受け入れている運命を全て「壊して」再生させる事だった。
だから、彼女は『自分にとっての良き事』の為にみんなを破壊して、月の魔力が完全に満ちる、永夜の時まで彼らの魂を封じたのだ。

フランドールの周りにいる面々が空を見上げる。

月の光が金色の階段を作って、地上へ伸びてくる。
「みんな、あの向こうへ行ったら、最初に何をやろうか?」無邪気にフランドールは訊いた。

答えは口々に違っていたが、皆似た様な内容だった。
すなわち、『建国記念の宴会』

月の光のネクタルを入れたワインの瓶を取り出して、フランドールが笑う。
みんなも、それに笑顔で返す。
憎しみも、悲しみも、憂いも月の光が清めて居るので、みな、顔は穏やかだ。
見よ、あのパルスィでさえも、険の無い、泣き笑いの顔で皆と話しているではないか。

皆の前に月光の階段が下りてきた。
フランドールは姉の手を握って階段を登っていく。
パチュリーは喘息が出ないことに喜びを感じながら、アリスと魔理沙に手を取ってもらって。
早苗は、二柱の神を先導するように。
霊夢は紫と、その式達の手を引いて。
みな、手に手を取って、階段を登っていく。

皆が去り、階段が消えて、朝が来る。
そこには色があせてボロボロの、フランドールの「かつての翼」があるだけで、あんなに沢山あった石柱は一つもなくなっていた。
その翼も風が吹いた途端、砂の様にサラサラと形を崩し、吹き散らされていく。

She's giving a stairway to heaven.

レプリカの幻想はあの夜、真の幻想と生まれ変わった。

だが、それを知る者は、地上には誰もいない。



あとがき
中学ン時にクソ兄貴に無理やり「天国の階段」を聴かされた思い出があります。
数年経ってライナーノーツの訳詩を見て「こう言う話だったのか」と知りました。

自分は月が大好きで、絵も月にまつわるものを良く描きます。何でか知りませんが。
研がれた鎌の様な細い月も、鋭い切り口を見せるが如くの半月も、鏡のような満月も好きです。
ロミオとジュリエットの中で、ロミオが愛を月にかけて誓おうとした時に、ジュリエットは夜毎形を変える不実なものにかけて誓わないで欲しいと言ってましたが
人の心は月に支配されているがゆえに月のように満ち欠けし、故に巌のような決意も時折曲がる事があるモノだと勝手に考えてます。
みかがみ
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コメント



0.300簡易評価
4.80みやび削除
なんとも不思議で不気味なお話。
ハッピーエンドにもバッドエンドのその先のようにもみえる。
11.100リペヤー削除
恐ろしくも美しく、ハッピーエンドなのに後味の悪さが残るお話でした。お見事。
タイトルで真っ先に某神父のスタンドを思い出しました。確か雑誌掲載時ではタイトルと同じだったはず....
12.90奇声を発する程度の能力削除
これは何とも…
13.803削除
なんというか、恐ろしいですね。最初の感想はそれです。
14.70非現実世界に棲む者削除
フランの心や想いはとても優しかった。
それはわかる。
しかし.....


やっぱり寿命ネタは嫌いだ。
15.無評価Deandre削除
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