私は人間の魔法使いだ。ここ幻想郷は奇っ怪な場所であるにも関わらず、それほど魔法使いや魔女がいない。有名なのは紅魔館にいる読書好きの魔女、そして博麗の巫女と友達であり、異変解決とともにトラブルを巻き起こす恋色魔法使いの私、「霧雨魔理沙」だろう。その他にも何人かはいるのだが、その中でも同じ魔法の森に住んでいる、ちょっと変な奴を紹介しようと思う。
ある日、私は研究に行き詰まり、息抜きをするためにある場所に向かっていた。件の魔法使いの家だ。そして、今私はそいつの家の前にいる。扉をノックする。応答がない。もう一度ノックする。やはり応答がない。おーいと声を出してノックする。それでも応答はない。しかしこれはいつものことだ。なので、私は扉を何度も思い切り叩いた。自分でもうるさいと思うくらいに。それを続けて十秒ぐらいして扉が開き、無表情な顔がぬうっと現れた。
「うるさいんだけど」
「いつまでも無視してるからだぜ」
「だって特に用も無いのに来たのでしょう」
「そんなことないさ。研究の合間の息抜きってやつをしにきたんだ」
「自分の家でしなさいよ」
「自宅で研究しているのに、自宅にいて息抜きになるかよ」
「じゃあ他の所に行きなさい」
「まあまあ、近いんだからいいだろ。友達の頼みだと思ってさ」
「え?」
「え」
そう。「友達」と言って、こんな失礼な反応をするのが、妖怪で魔法使いの「アリス・マーガトロイド」だ。こいつとは夜が明けない異変の時に知り合いになった。それから何度も、お茶したり、研究に関する話や他愛のないの話をしたりしたはずなのだが。
「おいおい、そりゃないぜ。私達は友達じゃなかったのか」
「いや、友達ってどこからが友達なのかしら」
「はい?」
「お茶したり、話したりなんて誰とでもするでしょう。じゃあ何をしたら友達になるのかしら?」
「そういうのは決まってないんだよ。自然と友達って関係になるし、基本的に友達だと思ったら友達なの」
「ひどい理論ね」
「そういうもんなんだよ。じゃあお前は私とはどういう関係だと思ってたんだ」
「うーん。同業者…仕事仲間とかかしら」
「なんか堅いよ!別に異変解決は仕事じゃないし、私なら、単なる仕事仲間とは二人きりでお話しながら楽しくお茶を飲むなんてことはしないぜ」
「なるほど。じゃあ何なのかしら、あなたとの関係」
「だから普通に友達でいいだろ。むしろパートナーだと思われてもおかしくないって思ってたんだからな」
「じゃあ、それで、うん。パートナーでいいわ」
「何か投げやりだし、絶対そう思ってないだろ」
私がふくれっ面をしていると、アリスは薄く笑った。変なやつだが、顔は羨むほどに綺麗で、私は少しドキリとした。パートナーなら仕方ないと言って、アリスは家の中に通してくれた。
部屋の中は、相変わらずアリスの好きな人形だらけだった。以前より数が増えたとも感じる。可愛らしいもの、少し不気味なもの、機械的なものなど種類は様々だ。そんな部屋をボーっと眺めていると、アリスが紅茶とお菓子を持ってきてくれたので、部屋の中央にテーブルと一緒にある、ほぼ私しか使っていないであろう来客用の椅子に座った。そして、今している研究の話をした。それを聞いている時も、基本は無表情であったが、時折見せる微笑みに私の心拍数が上がる。普段笑わない奴が笑うと、貴重だからなのか得した気分になる。パチュリーや霊夢の笑顔もその類のものであるが、アリスのは特に嬉しくなる、もっと見たくなる。理由はよく分からない。そんな恥ずかしいことを考えていると、話はまた友達に関することに移った。
「あなた、さっき友達は自然とそういう関係になるって言ってたけど、あなたが一番だと思う友達、所謂親友って人はいるのかしら?」
「まあいるな」
「自然と親友になったの?」
「私は、長い間友達で、色々一緒にやって、お互いに腹を割って話せるような仲ならもう親友だと思ってるよ」
「ふーん。おそらく、話に聞く博麗の巫女でしょうね」
「まあ、そうなんだが」
「相手は親友だと思っているのかしら」
「あいつは思ってても言うタイプじゃないからな、腐れ縁よ、とか言うだろうぜ」
「そう。素直じゃないのね」
「そうなんだよ。というか珍しいな、アリスが知らない奴に興味を持つなんて」
「『パートナー』の親友だもの。どんな人なのか気になってね」
「もういいからそれは…ったく。じゃあ今から会いに行こうぜ。どんな奴か知りたいんだろ」
私がそう言うと、アリスは2、3分考えていた。少々長いと思うだろうが、アリスはいつも、どんなに簡単なことでもすぐに決断しない。意味とか、損か得かとか、自分が行って迷惑ではないだろうかなど、多分色々考えている。そうして結局、暇だからいいわ、という結論に至ったのだ。やることが無ければ、安全な提案には大抵乗っかるのも、アリスの特徴である。
博麗神社に着く頃、ちょうど昼と夕方の間ぐらいで、霊夢が一番だらだらしている時間帯である。霊夢も暇なら渋々といった感じで、お茶をだして話を聞いてくれるので、新しい友達を紹介するには良いタイミングだと思った。
勝手知ったる親友の家、すいすいと縁側に進んでいく。アリスは私の後ろを、少しキョロキョロしながらついてくる。神社をじっくりみるのは初めてなのだろう。人形のアイディアでも思いついているのかもしれない。そうして縁側に行くと、案の定霊夢がボケーっとお茶を啜っていた。もはや老後のそれである。そんな空気を吹き飛ばすような元気な声で私は声をかけた。
「オイッス!相変わらず暇そうだな」
「…何だ魔理沙か。お賽銭は入れたんでしょうね」
「あいにく神に背く異端の魔法使いだからな。神にお祈りなんてちゃんちゃらおかしいぜ」
「そうかあ。ならそんな奴にお茶をだしてやるわけにはいかないわね」
いつも通りの下らない掛け合いだが、もうお決まりの挨拶みたいなものだ。そうして、私はここに来た目的を思い出す。
「そうだ霊夢。私には別に出さなくても良いが、客を連れてきたんだ。そいつには出してやれよ」
「客?」
「そうさ、お前好みの変な奴だよ」
そう言って私は、ズイっとアリスを訝しげな顔の霊夢の前に出す。おそらく霊夢は雰囲気でアリスを妖怪だと感じ取っただろうが、そこは博麗の巫女、対応は誰に対しても、初対面でも変わらない。
「あら、どちらさん?もちろんお賽銭は入れてきたんでしょうね」
「初めまして、博麗の巫女。私の名前はアリス・マーガトロイド。神社にそういうルールがあったなんて知らなかったわ。どのくらい入れるものなのかしら」
「へ?いや、別に、いくらでも構わないけど」
霊夢が少々面食らってそう答えると、アリスはまたうんうん考え始めた。そんな光景に私はおかしくなって、クックッと笑った。そしてアリスに、別にルールなんて無いし、賽銭なんて入れなくていいんだと伝えた。するとアリスは、いや、初対面の人間を騙すようなメリットが彼女にあるとは思えないと大真面目に言って、賽銭箱がある方向へと歩いていった。そこで私はまたクックッと笑って、霊夢に言った。
「な、変な奴だろ?」
「…そうね。あんた好みのね」
そう言って霊夢はクスクス笑った。
戻ってきたアリスも加えて、霊夢の出してくれた緑茶とお菓子を頂く。私は霊夢にアリスと出会った経緯や、度々見せる変な所を話してやった。霊夢は基本ゲラゲラ笑っていたし、アリスも基本は私達の会話に混ざろうとはしなかったが、話を振れば答える。何よりアリスがいつもより楽しそうであった。意外に賑やかなことが好きなのか、それとも霊夢との波長が合うのか、笑う回数が多かった。
話が一段落ついた時、アリスは霊夢に神社を見て回ってもいいかと聞いた。霊夢は重要な所に入らなければ良いと言って、軽く説明をした。アリスが見学に行ってしまったので、お茶を飲みつつだらだらと待つことにしていたのだが、横からの視線に気づいた。そちらを向くと、霊夢がニヤニヤと意地の悪い笑い方をしていた。ああ、これは面倒なことを聞かれるぞと、経験で私は悟った。
「ねー、魔理沙」
「…何だよ」
「あんた相当アリスのこと気に入ってるわね」
「はあ?何でだよ」
「だって、アリスのこと話す時いつもより楽しそうだし」
「あいつが変な奴だから、ついつい笑っちまうんだろうが」
「ふーん。でもパートナーって言うぐらいだから大切に思っているんでしょ」
「別に深い意味はないぜ」
「あんなにアリスの笑顔に見とれてたのに?」
バレていた。私が言葉に詰まっていると、さらに霊夢は追い打ちをかける。
「あんたのあんな顔初めて見たわよ。まるで恋する乙女みたいだったわ」
「お前馬鹿か?そんなわけないだろ」
「もののたとえじゃない。何ムキになってんのよ」
「ムキになんかなってない。霊夢が変なこと言うから―」
「はいはい。あんたがアリスを好きなのは分かったからさ」
「そんなんじゃないって言ってるだろ!」
売り言葉に買い言葉でつい大きな声を出してしまった。面食らっている霊夢に私はそのまま大きな声で続ける。
「私は別にあいつをどうとも思ってない!」
ああ、これはまずい。
「ただ近くにいる魔法使いだから仲良くしてやろうと思っただけだし。ほら、あいつ友達少なそうだから可哀想になってさ」
違う。そんなこと思ったこと無い。ただ仲良くなりたくて―
「私が、アリスを、好き?ふざけんな!あんな暗くて、何考えてるのか分かんなくて、一緒にいても面白くもない奴を誰が好きなもんか!」
やばい。このままだと、本当にまずいことになる。
「パートナーって言ったのも深い意味なんか無い!あんな奴と協力したのも気の迷いだ!」
そこまで言ったところで、急に霊夢の顔色が変わった。何かやってしまったという顔だ。大体分かる。頭の奥は冷静なのだ、このあとの結末なんてベタな展開になるに決まってる。
そう思って振り向くと、やっぱり、アリスがいた。
急速に頭から血が抜けていくのが分かる。嫌な汗が全身から溢れ、足ががくがくと震えだす。私が何かを言う前に、アリスはいなくなった。急いで追いかけたが、もうアリスははるか遠くを飛んでいる。でも、このままじゃいけない。アリスを追いかけるため、箒に跨り空を駆ける。何でこんなことになってしまったのだろう。目の前が滲み、目を拭ったあと、アリスの姿はもうなかった。
魔理沙が飛んでいったあと、私は反省していた。流石にからかいすぎたと。しかし、今まであんなにムキになることも無かった。魔理沙がアリスをいかに大切に思っているかが分かり、後悔がさらに深まった。ため息をひとつして、自身もフォローに向かうことにした。そう思い境内側に向かうと、そこには先ほど飛んでいったはずのアリスが賽銭箱の前の階段に座っていた。
「えーっと…アリス?帰ったんじゃなかったの?」
「あれはダミーの人形。飛んでしばらくしたら跡形もなく消えてしまうの」
「あー…そうなの。えっとね、アリス」
「一つ聞きたいことがあるの」
私が先ほどのことを説明する前に、アリスが口を挟む。
「何かしら?」
「あなたと魔理沙は親友?」
「はあ?いきなりどうしたの」
「いいから答えて」
「…そんなんじゃないわよ、ただ付き合いが長いだけ。腐れ縁ってやつよ」
そう答えると、アリスはクスッと笑って、それ以上何も言わなかった。何だか少し馬鹿にされているような気がしたので、さっさとさっきの続きを言うことにした。
「あのねアリス。さっき魔理沙が言ってたのは、あいつの本心じゃないから。昔から頭に血が上ると思ってもいないようなこと口走っちゃうのよ。うんと、そうね、素直じゃなくてさらに意地っ張りなのよ、あいつは」
「うん。知ってる」
「へ?」
「それなりに付き合いはあるもの。分かるわ、それくらい」
「じゃ、じゃあなんでさっきは逃げるような素振りを見せたの」
「…何だか分からないの。魔理沙のあの言葉はムキになって言っているんだなとは思ったのだけど、それでも、もし本当にそう思われていたら?本当に魔理沙に嫌われていたとしたら?そんなことを考えたら、あの場にはいられなかったの」
「魔理沙はあんなこと裏で考えられるほど、器用な奴じゃないわよ」
「落ち着いて考えれば分かることなのだけど、あの時は本当にそうかもしれないと思って。ああ、好かれてはいないとは思っていたけれど、嫌われているとは思わなかったなあって。そうしたら、何だか胸が締め付けられるような感覚に陥ったの」
魔理沙はあんなに楽しそうにアリスの話をしてたのに、アリスは好かれているとは思ってなかったのね。などと、魔理沙を哀れむと同時に、アリスって結構面倒くさい娘だなあとも思った霊夢は、大きくため息をつき、アリスに教えることにした。
「アリス。あなたのその気持ちはね、一般的に悲しいっていうことなの」
「悲しい?いや、別に悲しいわけではないと思うのだけど」
「魔理沙に嫌われているかもしれなくて、胸が締め付けられたんでしょ?」
「まあ、そうね」
「それって大切な人に嫌われて悲しんでる奴とまるで一緒よ」
「そう。ちなみに経験談かしら」
「どうでもいいでしょ。さ、誤解だって分かってるんだったら、魔理沙の所に行ってやんなさいよ」
「…」
「何よ」
「いや、ぶっきらぼうな雰囲気を出してる割に、優しいなあと思って」
「うっさいわねー。恥ずかしい台詞禁止!」
「えー」
「ったく」
「フフッ、霊夢も魔理沙も素直じゃないわね」
「あんたもね」
アリスはそうかもねと微笑み、また来ると言って魔理沙の所へ飛んでいった。残された私は、今度魔理沙が来たらお茶菓子は奮発しよう、その時にでも謝ろうと決めた。それと同時に、午後にやろうと思っていた仕事を思い出したが、いつの間にかすっかり夕暮れ時になっていて、急に疲れが押し寄せてきたので、明日でいいやと仕事を放棄し、夕飯の支度をすることにした。
私は今、アリスの家の前にいる。時間も忘れて闇雲に捜し回って、喉がカラカラになった所でようやく少し冷静になった。捜すところが他にないかと考えては見たものの、アリスは私の話はよく聞いてくれたが、自分の話はほとんどしない奴だったので、アリスが行きそうな所に検討がつかなかった。よく考えてみたら、私はアリスのことを何も知らない。どこに良く行くのか。人形以外の趣味は。好きな食べ物。好きなタイプ。家族はどんな人達なのか。考えだしたらキリがないくらいだ。パートナーなどと言っていたくせに、自分のことしか話していない。それで、たまに笑ってくれるアリスに、自分に興味を持ってくれるアリスに、ただただ満足していただけだったのだ。それに加えてあんなことを言ってしまったのだ。まことの言葉ではなかったのだけど、嫌われてしまったのは確実だ。先ほどからそんなことばかり考えていて、考えれば考えるほどに涙が止まらなくなった。
「う、うっ、な、なんで、あん、あん、あんなことぉ、お、お」
泣いても、誰かが慰めてくれるわけじゃない。自分で蒔いた種なのだ。
「アリスぅ、ごめ、ご、ごめんな、さ、いぃぃ」
俯いて、謝っても、答えるものはいないのだ。
「許すわ」
不意に頭の上から降ってきた声に驚き、顔を上げると、滲んだ視界の先に、いるはずの無い人がいた。
「アリ、ス?」
「そうだけど」
「な、何でここに」
「だってここは私の家の前だもの。自分の家に帰るのがそんなに珍しいかしら。それにね」
「?」
「あなたなら、ここにいるだろうなと思ったの。私のこと捜し回ってヘトヘトになって、もうどうしようもなくなった時に、家の前で帰りを待っててくれてるんじゃないかって」
「どうして、私は、あんな、あんなひどいこと言った、のに、なんで、そ、そんなことが―」
「忘れたの?私はあなたの、あなたは私のパートナーでしょう?」
またからかっているのかとも考えた。さっきの仕返しかとも。でも、アリスの顔が、いつもの無表情じゃなくて、泣きそうな顔で無理やり笑ってたから、たまらなくなってアリスの胸に飛び込んだ。私をアリスは優しく抱きしめてくれた。
「ごめん。ごめん。ごめんなさい。あんなこと思ってないの」
「うん。うん。分かってるから」
「本当はもっと仲良くなりたいの」
「私もよ」
「アリスのことをもっと知りたいの」
「教える。魔理沙のことも、もっと教えて」
「嫌いなわけない。好きなの、大切なの」
「ふふぅ、う、わ、私も、私も魔理沙が大切よ」
そう言ってアリスも泣き始めて、それから二人でしばらく泣いていた。冷静になって考えてみると急に恥ずかしくなって、アリスから離れた。
「と、取り乱したぜ」
「あら、もういいの」
「うん。本当にごめん」
「だからいいってば。魔理沙が素直じゃないのは分かってるから」
「ぐっ」
「フフフッ」
「何か、アリスは意地が悪くなった気がする」
「あなたのパートナーにはちょうどいいでしょうよ。さあ、家に入りましょう。夕飯、食べていくでしょう」
「ああ、もちろんだぜ」
そして私達は、夕飯を食べて、一緒に風呂に入って、夜遅くまで色々な話をした。気付かない内に眠っていたらしい。朝起きて、隣に寝ていた私の少し変わったパートナーの顔を見て、はにかんでしまったのは言うまでもない。
これが、魔法の森に住むもう一人の魔法使いの話である。
そいつが起きた時に、親友とパートナーってどちらが関係として上なのかしらとか聞いてきやがった。
「お前、答えられないって分かってて聞いてないか?」
「フフッ、バレたか」
反則だろ。
ある日、私は研究に行き詰まり、息抜きをするためにある場所に向かっていた。件の魔法使いの家だ。そして、今私はそいつの家の前にいる。扉をノックする。応答がない。もう一度ノックする。やはり応答がない。おーいと声を出してノックする。それでも応答はない。しかしこれはいつものことだ。なので、私は扉を何度も思い切り叩いた。自分でもうるさいと思うくらいに。それを続けて十秒ぐらいして扉が開き、無表情な顔がぬうっと現れた。
「うるさいんだけど」
「いつまでも無視してるからだぜ」
「だって特に用も無いのに来たのでしょう」
「そんなことないさ。研究の合間の息抜きってやつをしにきたんだ」
「自分の家でしなさいよ」
「自宅で研究しているのに、自宅にいて息抜きになるかよ」
「じゃあ他の所に行きなさい」
「まあまあ、近いんだからいいだろ。友達の頼みだと思ってさ」
「え?」
「え」
そう。「友達」と言って、こんな失礼な反応をするのが、妖怪で魔法使いの「アリス・マーガトロイド」だ。こいつとは夜が明けない異変の時に知り合いになった。それから何度も、お茶したり、研究に関する話や他愛のないの話をしたりしたはずなのだが。
「おいおい、そりゃないぜ。私達は友達じゃなかったのか」
「いや、友達ってどこからが友達なのかしら」
「はい?」
「お茶したり、話したりなんて誰とでもするでしょう。じゃあ何をしたら友達になるのかしら?」
「そういうのは決まってないんだよ。自然と友達って関係になるし、基本的に友達だと思ったら友達なの」
「ひどい理論ね」
「そういうもんなんだよ。じゃあお前は私とはどういう関係だと思ってたんだ」
「うーん。同業者…仕事仲間とかかしら」
「なんか堅いよ!別に異変解決は仕事じゃないし、私なら、単なる仕事仲間とは二人きりでお話しながら楽しくお茶を飲むなんてことはしないぜ」
「なるほど。じゃあ何なのかしら、あなたとの関係」
「だから普通に友達でいいだろ。むしろパートナーだと思われてもおかしくないって思ってたんだからな」
「じゃあ、それで、うん。パートナーでいいわ」
「何か投げやりだし、絶対そう思ってないだろ」
私がふくれっ面をしていると、アリスは薄く笑った。変なやつだが、顔は羨むほどに綺麗で、私は少しドキリとした。パートナーなら仕方ないと言って、アリスは家の中に通してくれた。
部屋の中は、相変わらずアリスの好きな人形だらけだった。以前より数が増えたとも感じる。可愛らしいもの、少し不気味なもの、機械的なものなど種類は様々だ。そんな部屋をボーっと眺めていると、アリスが紅茶とお菓子を持ってきてくれたので、部屋の中央にテーブルと一緒にある、ほぼ私しか使っていないであろう来客用の椅子に座った。そして、今している研究の話をした。それを聞いている時も、基本は無表情であったが、時折見せる微笑みに私の心拍数が上がる。普段笑わない奴が笑うと、貴重だからなのか得した気分になる。パチュリーや霊夢の笑顔もその類のものであるが、アリスのは特に嬉しくなる、もっと見たくなる。理由はよく分からない。そんな恥ずかしいことを考えていると、話はまた友達に関することに移った。
「あなた、さっき友達は自然とそういう関係になるって言ってたけど、あなたが一番だと思う友達、所謂親友って人はいるのかしら?」
「まあいるな」
「自然と親友になったの?」
「私は、長い間友達で、色々一緒にやって、お互いに腹を割って話せるような仲ならもう親友だと思ってるよ」
「ふーん。おそらく、話に聞く博麗の巫女でしょうね」
「まあ、そうなんだが」
「相手は親友だと思っているのかしら」
「あいつは思ってても言うタイプじゃないからな、腐れ縁よ、とか言うだろうぜ」
「そう。素直じゃないのね」
「そうなんだよ。というか珍しいな、アリスが知らない奴に興味を持つなんて」
「『パートナー』の親友だもの。どんな人なのか気になってね」
「もういいからそれは…ったく。じゃあ今から会いに行こうぜ。どんな奴か知りたいんだろ」
私がそう言うと、アリスは2、3分考えていた。少々長いと思うだろうが、アリスはいつも、どんなに簡単なことでもすぐに決断しない。意味とか、損か得かとか、自分が行って迷惑ではないだろうかなど、多分色々考えている。そうして結局、暇だからいいわ、という結論に至ったのだ。やることが無ければ、安全な提案には大抵乗っかるのも、アリスの特徴である。
博麗神社に着く頃、ちょうど昼と夕方の間ぐらいで、霊夢が一番だらだらしている時間帯である。霊夢も暇なら渋々といった感じで、お茶をだして話を聞いてくれるので、新しい友達を紹介するには良いタイミングだと思った。
勝手知ったる親友の家、すいすいと縁側に進んでいく。アリスは私の後ろを、少しキョロキョロしながらついてくる。神社をじっくりみるのは初めてなのだろう。人形のアイディアでも思いついているのかもしれない。そうして縁側に行くと、案の定霊夢がボケーっとお茶を啜っていた。もはや老後のそれである。そんな空気を吹き飛ばすような元気な声で私は声をかけた。
「オイッス!相変わらず暇そうだな」
「…何だ魔理沙か。お賽銭は入れたんでしょうね」
「あいにく神に背く異端の魔法使いだからな。神にお祈りなんてちゃんちゃらおかしいぜ」
「そうかあ。ならそんな奴にお茶をだしてやるわけにはいかないわね」
いつも通りの下らない掛け合いだが、もうお決まりの挨拶みたいなものだ。そうして、私はここに来た目的を思い出す。
「そうだ霊夢。私には別に出さなくても良いが、客を連れてきたんだ。そいつには出してやれよ」
「客?」
「そうさ、お前好みの変な奴だよ」
そう言って私は、ズイっとアリスを訝しげな顔の霊夢の前に出す。おそらく霊夢は雰囲気でアリスを妖怪だと感じ取っただろうが、そこは博麗の巫女、対応は誰に対しても、初対面でも変わらない。
「あら、どちらさん?もちろんお賽銭は入れてきたんでしょうね」
「初めまして、博麗の巫女。私の名前はアリス・マーガトロイド。神社にそういうルールがあったなんて知らなかったわ。どのくらい入れるものなのかしら」
「へ?いや、別に、いくらでも構わないけど」
霊夢が少々面食らってそう答えると、アリスはまたうんうん考え始めた。そんな光景に私はおかしくなって、クックッと笑った。そしてアリスに、別にルールなんて無いし、賽銭なんて入れなくていいんだと伝えた。するとアリスは、いや、初対面の人間を騙すようなメリットが彼女にあるとは思えないと大真面目に言って、賽銭箱がある方向へと歩いていった。そこで私はまたクックッと笑って、霊夢に言った。
「な、変な奴だろ?」
「…そうね。あんた好みのね」
そう言って霊夢はクスクス笑った。
戻ってきたアリスも加えて、霊夢の出してくれた緑茶とお菓子を頂く。私は霊夢にアリスと出会った経緯や、度々見せる変な所を話してやった。霊夢は基本ゲラゲラ笑っていたし、アリスも基本は私達の会話に混ざろうとはしなかったが、話を振れば答える。何よりアリスがいつもより楽しそうであった。意外に賑やかなことが好きなのか、それとも霊夢との波長が合うのか、笑う回数が多かった。
話が一段落ついた時、アリスは霊夢に神社を見て回ってもいいかと聞いた。霊夢は重要な所に入らなければ良いと言って、軽く説明をした。アリスが見学に行ってしまったので、お茶を飲みつつだらだらと待つことにしていたのだが、横からの視線に気づいた。そちらを向くと、霊夢がニヤニヤと意地の悪い笑い方をしていた。ああ、これは面倒なことを聞かれるぞと、経験で私は悟った。
「ねー、魔理沙」
「…何だよ」
「あんた相当アリスのこと気に入ってるわね」
「はあ?何でだよ」
「だって、アリスのこと話す時いつもより楽しそうだし」
「あいつが変な奴だから、ついつい笑っちまうんだろうが」
「ふーん。でもパートナーって言うぐらいだから大切に思っているんでしょ」
「別に深い意味はないぜ」
「あんなにアリスの笑顔に見とれてたのに?」
バレていた。私が言葉に詰まっていると、さらに霊夢は追い打ちをかける。
「あんたのあんな顔初めて見たわよ。まるで恋する乙女みたいだったわ」
「お前馬鹿か?そんなわけないだろ」
「もののたとえじゃない。何ムキになってんのよ」
「ムキになんかなってない。霊夢が変なこと言うから―」
「はいはい。あんたがアリスを好きなのは分かったからさ」
「そんなんじゃないって言ってるだろ!」
売り言葉に買い言葉でつい大きな声を出してしまった。面食らっている霊夢に私はそのまま大きな声で続ける。
「私は別にあいつをどうとも思ってない!」
ああ、これはまずい。
「ただ近くにいる魔法使いだから仲良くしてやろうと思っただけだし。ほら、あいつ友達少なそうだから可哀想になってさ」
違う。そんなこと思ったこと無い。ただ仲良くなりたくて―
「私が、アリスを、好き?ふざけんな!あんな暗くて、何考えてるのか分かんなくて、一緒にいても面白くもない奴を誰が好きなもんか!」
やばい。このままだと、本当にまずいことになる。
「パートナーって言ったのも深い意味なんか無い!あんな奴と協力したのも気の迷いだ!」
そこまで言ったところで、急に霊夢の顔色が変わった。何かやってしまったという顔だ。大体分かる。頭の奥は冷静なのだ、このあとの結末なんてベタな展開になるに決まってる。
そう思って振り向くと、やっぱり、アリスがいた。
急速に頭から血が抜けていくのが分かる。嫌な汗が全身から溢れ、足ががくがくと震えだす。私が何かを言う前に、アリスはいなくなった。急いで追いかけたが、もうアリスははるか遠くを飛んでいる。でも、このままじゃいけない。アリスを追いかけるため、箒に跨り空を駆ける。何でこんなことになってしまったのだろう。目の前が滲み、目を拭ったあと、アリスの姿はもうなかった。
魔理沙が飛んでいったあと、私は反省していた。流石にからかいすぎたと。しかし、今まであんなにムキになることも無かった。魔理沙がアリスをいかに大切に思っているかが分かり、後悔がさらに深まった。ため息をひとつして、自身もフォローに向かうことにした。そう思い境内側に向かうと、そこには先ほど飛んでいったはずのアリスが賽銭箱の前の階段に座っていた。
「えーっと…アリス?帰ったんじゃなかったの?」
「あれはダミーの人形。飛んでしばらくしたら跡形もなく消えてしまうの」
「あー…そうなの。えっとね、アリス」
「一つ聞きたいことがあるの」
私が先ほどのことを説明する前に、アリスが口を挟む。
「何かしら?」
「あなたと魔理沙は親友?」
「はあ?いきなりどうしたの」
「いいから答えて」
「…そんなんじゃないわよ、ただ付き合いが長いだけ。腐れ縁ってやつよ」
そう答えると、アリスはクスッと笑って、それ以上何も言わなかった。何だか少し馬鹿にされているような気がしたので、さっさとさっきの続きを言うことにした。
「あのねアリス。さっき魔理沙が言ってたのは、あいつの本心じゃないから。昔から頭に血が上ると思ってもいないようなこと口走っちゃうのよ。うんと、そうね、素直じゃなくてさらに意地っ張りなのよ、あいつは」
「うん。知ってる」
「へ?」
「それなりに付き合いはあるもの。分かるわ、それくらい」
「じゃ、じゃあなんでさっきは逃げるような素振りを見せたの」
「…何だか分からないの。魔理沙のあの言葉はムキになって言っているんだなとは思ったのだけど、それでも、もし本当にそう思われていたら?本当に魔理沙に嫌われていたとしたら?そんなことを考えたら、あの場にはいられなかったの」
「魔理沙はあんなこと裏で考えられるほど、器用な奴じゃないわよ」
「落ち着いて考えれば分かることなのだけど、あの時は本当にそうかもしれないと思って。ああ、好かれてはいないとは思っていたけれど、嫌われているとは思わなかったなあって。そうしたら、何だか胸が締め付けられるような感覚に陥ったの」
魔理沙はあんなに楽しそうにアリスの話をしてたのに、アリスは好かれているとは思ってなかったのね。などと、魔理沙を哀れむと同時に、アリスって結構面倒くさい娘だなあとも思った霊夢は、大きくため息をつき、アリスに教えることにした。
「アリス。あなたのその気持ちはね、一般的に悲しいっていうことなの」
「悲しい?いや、別に悲しいわけではないと思うのだけど」
「魔理沙に嫌われているかもしれなくて、胸が締め付けられたんでしょ?」
「まあ、そうね」
「それって大切な人に嫌われて悲しんでる奴とまるで一緒よ」
「そう。ちなみに経験談かしら」
「どうでもいいでしょ。さ、誤解だって分かってるんだったら、魔理沙の所に行ってやんなさいよ」
「…」
「何よ」
「いや、ぶっきらぼうな雰囲気を出してる割に、優しいなあと思って」
「うっさいわねー。恥ずかしい台詞禁止!」
「えー」
「ったく」
「フフッ、霊夢も魔理沙も素直じゃないわね」
「あんたもね」
アリスはそうかもねと微笑み、また来ると言って魔理沙の所へ飛んでいった。残された私は、今度魔理沙が来たらお茶菓子は奮発しよう、その時にでも謝ろうと決めた。それと同時に、午後にやろうと思っていた仕事を思い出したが、いつの間にかすっかり夕暮れ時になっていて、急に疲れが押し寄せてきたので、明日でいいやと仕事を放棄し、夕飯の支度をすることにした。
私は今、アリスの家の前にいる。時間も忘れて闇雲に捜し回って、喉がカラカラになった所でようやく少し冷静になった。捜すところが他にないかと考えては見たものの、アリスは私の話はよく聞いてくれたが、自分の話はほとんどしない奴だったので、アリスが行きそうな所に検討がつかなかった。よく考えてみたら、私はアリスのことを何も知らない。どこに良く行くのか。人形以外の趣味は。好きな食べ物。好きなタイプ。家族はどんな人達なのか。考えだしたらキリがないくらいだ。パートナーなどと言っていたくせに、自分のことしか話していない。それで、たまに笑ってくれるアリスに、自分に興味を持ってくれるアリスに、ただただ満足していただけだったのだ。それに加えてあんなことを言ってしまったのだ。まことの言葉ではなかったのだけど、嫌われてしまったのは確実だ。先ほどからそんなことばかり考えていて、考えれば考えるほどに涙が止まらなくなった。
「う、うっ、な、なんで、あん、あん、あんなことぉ、お、お」
泣いても、誰かが慰めてくれるわけじゃない。自分で蒔いた種なのだ。
「アリスぅ、ごめ、ご、ごめんな、さ、いぃぃ」
俯いて、謝っても、答えるものはいないのだ。
「許すわ」
不意に頭の上から降ってきた声に驚き、顔を上げると、滲んだ視界の先に、いるはずの無い人がいた。
「アリ、ス?」
「そうだけど」
「な、何でここに」
「だってここは私の家の前だもの。自分の家に帰るのがそんなに珍しいかしら。それにね」
「?」
「あなたなら、ここにいるだろうなと思ったの。私のこと捜し回ってヘトヘトになって、もうどうしようもなくなった時に、家の前で帰りを待っててくれてるんじゃないかって」
「どうして、私は、あんな、あんなひどいこと言った、のに、なんで、そ、そんなことが―」
「忘れたの?私はあなたの、あなたは私のパートナーでしょう?」
またからかっているのかとも考えた。さっきの仕返しかとも。でも、アリスの顔が、いつもの無表情じゃなくて、泣きそうな顔で無理やり笑ってたから、たまらなくなってアリスの胸に飛び込んだ。私をアリスは優しく抱きしめてくれた。
「ごめん。ごめん。ごめんなさい。あんなこと思ってないの」
「うん。うん。分かってるから」
「本当はもっと仲良くなりたいの」
「私もよ」
「アリスのことをもっと知りたいの」
「教える。魔理沙のことも、もっと教えて」
「嫌いなわけない。好きなの、大切なの」
「ふふぅ、う、わ、私も、私も魔理沙が大切よ」
そう言ってアリスも泣き始めて、それから二人でしばらく泣いていた。冷静になって考えてみると急に恥ずかしくなって、アリスから離れた。
「と、取り乱したぜ」
「あら、もういいの」
「うん。本当にごめん」
「だからいいってば。魔理沙が素直じゃないのは分かってるから」
「ぐっ」
「フフフッ」
「何か、アリスは意地が悪くなった気がする」
「あなたのパートナーにはちょうどいいでしょうよ。さあ、家に入りましょう。夕飯、食べていくでしょう」
「ああ、もちろんだぜ」
そして私達は、夕飯を食べて、一緒に風呂に入って、夜遅くまで色々な話をした。気付かない内に眠っていたらしい。朝起きて、隣に寝ていた私の少し変わったパートナーの顔を見て、はにかんでしまったのは言うまでもない。
これが、魔法の森に住むもう一人の魔法使いの話である。
そいつが起きた時に、親友とパートナーってどちらが関係として上なのかしらとか聞いてきやがった。
「お前、答えられないって分かってて聞いてないか?」
「フフッ、バレたか」
反則だろ。
良い話でした。
素直になれない魔理沙が可愛いwww
作者さん的にはこれはいつの時系列の話なのですか?
良かったですが、途中「経験で私は悟った」の後に「。」が無い点だけ気になりました。
ただ、妖々夢の設定を無視しているので、減点いたします。
アリスってこういう面倒臭いような天然っぽさがありますね
やっぱりこの三人が仲良しなのは良いですねー
その他は楽しめました。