その日、紅魔館のホールには数多くの人々が詰め掛けていた。
いや、それを〝人々〟と形容するのは少し語弊があるかもしれない。
そこに集まった顔触れを見てみると、種族を問わず、人妖が複雑に入り乱れているのがよく分かる。
また、それぞれの勢力や派閥の違いもここでは不問のようで、それを示すのは各々の座席の位置取り程度のものでしかなかった。
あらゆる妖怪、あらゆる人間は一様に、客席に整然と腰掛けて正面のステージに熱い視線を送っている。
そのステージには黒い蝙蝠のシルエットが描かれた真紅の垂れ幕が掛けられており、それが上がる時が刻一刻と近付きつつあった。
時間が経つに連れ、観衆の期待感がホール全体を満たしていく。
そして午の刻になると同時に、遂にその垂れ幕が上がり始め、すっかり飽和状態になっていた期待感がそれで一気に爆発した。
割れんばかりの大歓声がホールいっぱいに木霊した。
幕の上がったステージ上には六つの座布団が並べられており、下手の位置には座卓が一つ据えられている。
そして上手の舞台袖から赤い着物姿の射命丸文が登場し、一際大きな拍手が起こった。
彼女はそのまま並べられた座布団の前を横切ってステージの中央まで来ると、客席に向かって深々と腰を折った。
そして彼女が顔を上げると同時に、静かに拍手が鳴り止む。
「え~、上は天界から下は遥か地霊殿まで、皆様ようこそいらっしゃいました。私、司会進行の射命丸文です」
文は、もはや毎度お馴染みとなった口上を述べた。
「今回はここ、紅魔館に会場をお借りして始まる【幻想大喜利】。どうぞお楽しみ下さい」
そして彼女は再び礼をすると、ステージ上を座卓の位置まで進んで、そこに正座して座った。
「では今回も通例通り、幻想郷中からランダムに選ばれた五名のゲストと、〝座布団と幸せを運ぶ白兎〟こと因幡てゐさんに登場して頂きましょう。どうぞ!」
文は言うと、左手でステージの上手を示した。
するとまた地鳴りのように大きな拍手が巻き起こり、舞台袖の方から先程の文と同じようにして、色とりどりの着物に身を包んだ五名と、その後ろから濃紺の着物を着た因幡てゐが登場した。
そして彼女達はそのまま一列に並んで進み、予め自分に割り振られた座布団に座ると、床に軽く三つ指を突いて恭しく礼をした。
文はその一人一人を紹介した。
「ご紹介します。まず私の真横、皆さんから見て左手の位置から順に、犬走椛さん。稗田阿求さん。霧雨魔理沙さん。十六夜咲夜さん。霊烏路空さん。そしてお馴染み因幡てゐさんです。さて、これよりゲストの皆さんには、今お座りの座布団はそのままに、その後の数を競う大喜利に挑戦して頂きます。そして、最終的に最も多くの座布団を獲得された方には、大会実行委員長より記念品が贈呈されます」
拍手と歓声が響く。
文から紹介を受けた五名は思い思いに、それぞれ照れ臭そうに笑ったり、客席に手を振り返したりした。
「また、今回の皆さんのお召し物の色は、これまで幻想郷で起きた異変やその舞台などに因みまして、私から順に赤、桃、黄、緑、茶、青、紺となっております。衣装の提供はアリス・マーガトロイドさんです」
文は言うと、今度は客席の最前列を示し、
「そして大喜利に入る前に、今回の〝特別席〟の皆様もご紹介しましょう。私の向かって左手から、まずは本日の大喜利の会場を貸して下さったレミリア・スカーレットさん。次に【幻想大喜利】の発起人であり、大会実行委員長の八雲紫さん。ピンマイク等の備品の提供をして下さった河城にとりさん。そして最後に、前述のアリス・マーガトロイドさんです。皆さんには本大会を最前列で観覧して頂ける他、時にコメントなども頂戴致しますので、出演者の一員になったつもりで存分に楽しんで頂ければと思います」
そして、文は客席に向き直って大きく両手を広げた。
「それでは、『【幻想大喜利】in紅魔館』、あやややっとスタートです!」
一問目。
「さて、一問目に入りましょう。一問目は定番の〝謎かけ〟です。思い付いた方は挙手をして、私が当てましたら『〇〇と掛けまして、××と解く』と言って下さい。私が『その心は?』と合いの手を入れますので、そのまま続けて下さればOKです」
そう文が説明し終えたのも束の間、桃色の着物のよく似合う、椛の手が早速上がった。
「お、早いですね椛。では、どうぞ」
当てられた椛は小さく尻尾を振った。
しかし、声色はあくまで平静で、
「『小野塚小町』と掛けまして、『稗田阿求の編纂作業』と解きます」
「その心は?」
「どちらも、『四季が迫ると出航(死期が迫ると出稿)』です」
『おお~!』
客席から拍手が起こった。
文は頷いて、
「うん。最初にしては上々ですね。座布団一枚差し上げましょう。てゐさん、座布団一枚!」
彼女の言葉を受けて、舞台袖からてゐが座布団を一枚持って来る。
そしててゐに促されてその場に立ち上がった椛は、座布団を重ねてもらっている間、今度こそ尻尾を大きく振って喜びを露わにした。
と、嬉しそうに座布団に座り直した椛を、隣の阿求が横目で睨んだ。
「今、さり気なく私のこと馬鹿にしました?」
「まさか」
椛は首を振ったが、阿求はしかめっ面で手を上げた。
「はい。阿求さん」
「『見張り中の犬走椛』と掛けまして、『犯罪』と解きます」
それを聞いて、文は苦笑した。
「既に悪意たっぷりですね。その心は?」
すると阿求は意味深な薄ら笑みを浮かべて、
「どちらも、『過ち(文待ち)』です」
たちまち、客席から笑い声と、先程よりも一回り大きな拍手が起こった。
椛が恥ずかしそうに顔を赤面させる。
阿求は更に、
「『謝っても(文待っても)』、報われません」
途端に、椛がもう我慢ならないといった様子で声を上げた。
「そ、そんなの分からないじゃないですか! って……あ……その……違います! 違いますよ!?」
してやったりと、阿求が椛を茶化す。
「その割には、顔が赤く高揚(紅葉)してますよ? 椛さん」
阿求の怒涛のような言葉責め。
ついでに文も、悪戯っぽい目付きで椛を見て、
「あやや~。そうだったんですか~? 椛?」
二人に挟まれながら、椛はすっかりしどろもどろになった。
「か、勘違いしないでくだしゃい!」
甘噛みする椛。文はにっこりと微笑んだ。
「では、仕事中の怠慢がバレてしまった椛の座布団は一枚没収して、それを阿求さんに差し上げましょう。てゐさん!」
文が言うと、透かさずてゐが現れて座布団をそのようにする。
椛は涙声で震えながら、
「おのれ……!」
すると、それまで二人のやり取りを静観していた魔理沙が手を挙げた。
「やれやれ。お前ら早々から喧嘩するなよ」
ぼやく魔理沙を文が指名した。
「はい。魔理沙さん」
「『多々良小傘』と掛けて、『飲食店の前の家』と解くぜ」
「その心は?」
魔理沙は堂々とした顔付きで、
「『うらめしや!(裏、飯屋!)』」
魔理沙の声が会場中に反響する。
しかし拍手は疎ら。文も少し難しい顔をして、
「あやや~。謎掛けも力押しですね~。――と?」
そして、文はあるものを見付けて目を丸くした。
さっきまで列の一番向こう側で眉間に皺を寄せていた空が、なんと手を挙げているではないか。
文は早速、空を当てた。
「これはこれは。まさかとは思いましたが、お空さん」
「はい!」
空は羽をパタパタと忙しなく動かしながら、元気いっぱいに答えた。
「私、ふりかけ掛けると白いご飯でも残さず食べられるよ!」
一瞬の静寂。そして、
『おお~!』
客席から温かい、本当に温かい拍手と、とても可愛らしいものを見た時のような優しい溜息が漏れた。
『偉いぞ!』と誰かが客席から声を張る。
「あやや~。良いことですけどね」
「えっへん!」
得意げに胸を反らす空。しかし文は一言、
「でも、ちゃんと謎も掛けてくださいね?」
「……うにゅ?」
きょとんとする空。
そして生まれた笑いに紛れて、文は客席を一瞥した。
まるで春の木漏れ日のような眼差しを送る、〝特別席〟の面々。
周囲の席の客から一斉に声を掛けられ、困り顔でそれに応対する古明地さとりの姿も見て取れる。
空の回答によって会場の雰囲気は一変し、皆須らく顔を綻ばせているのが、客席を一望出来る文の位置からなら手に取るように分かった。
文は思案した。
これを再び、〝笑えるムード〟に変えることは難しい。
急に和やかな空気に包まれたこの場で、真面目な回答をしてしまっては間違いなくスベる。
文はまだ回答していない、咲夜の方を盗み見た。
(ここでの咲夜さんの回答如何では、彼女は……)
と、文の考え伝わったのか、そこで咲夜が真っ直ぐにピシリと手を上げた。
しっかりと背筋を伸ばし、落ち着き払ったその様は、この場においては……何とも危なっかしい。
(さて、彼女はどう出るか……)
文は思慮深く目を細めながら、
「はい。咲夜さん」
咲夜は一度咳払いをして、
「『博麗の巫女』と掛けまして、『お湯』と解きます」
「その心は?」
咲夜はそのよく通る声で、はきはきと言った。
「どちらも、『自ら腋出します(水から沸き出します)』」
…………。
……パチパチパチ……。
(やってしまいましたか……)
苦しい笑みを浮かべる文。咲夜は驚いた様子で、
「え!? ちょ!? なんでこんなにスベるの!? ちょっとそこ! 小さく『あぁ~』とか言わないで下さる!?」
そしてそのまま、咲夜は恥ずかしさに耐え兼ねたのか、顔を真っ赤にして身を縮込ませた。
文は頬を掻いて、
「イタタタタタタ。それでは一問目はこのくらいにしておきましょう。ですが二問目に入る前に、少し〝特別席〟の方の話も聞いてみましょうか」
文は〝特別席〟を見て、
「出だしとしては如何でしょうか、紫さん」
文に話を振られて、それまで〝特別席〟で隣のレミリアと会話していた紫は答えた。
「悪くないわね。今回のメンバーはレベルが高いわ。お空ちゃんも可愛いし、メイド長さんの〝スベり芸〟もなかなかよ。 ……ふふ……」
「ちょっと! 〝スベり芸〟とか止めてもらえますか! あと笑わないで!」
紫の言葉に、すぐさま咲夜が噛み付くように反論した。
しかし、今度はレミリアが、とても沈痛そうな面持ちで言った。
「咲夜、事実よ。運命を受け入れなさい」
「お嬢様まで……」
これにはガックリと肩を落とした咲夜。
文はその様子に目をやりながらも、レミリアの横のにとりとアリスにも話を振った。
「にとりさんとアリスさんは如何でしょう?」
するとにとりはとても楽しげに答えた。
「まぁ、確かにあそこはちょっとボケないと。盟友は真面目過ぎるんだよ」
「ツギガンバレバイインジャネーノ!」
にとりの言葉に、何故か上海人形が続く。
そして当のアリスは顔を伏せて、笑いを堪えているようだった。思いのほかツボに嵌っているらしい。
ひたすら落ち込み続ける咲夜。文は頷いて、
「はい。では咲夜さんには次で頑張って頂くとして、二問目に行きましょう」
二問目。
「二問目は、ちょっと難しいですよ? 皆さんにはこれから、オチの付いた小話をして頂きます。これは難易度が少し高めなので、無理に答えなくても構いません。ですが上手く回答出来た方には、漏れなく座布団を二枚差し上げます。ここでライバルとの差を付けましょう。そして咲夜さん、ボケるんですよ?」
「黙っててください!」
顔を耳まで赤くして牙を剥く咲夜の様子に、微かな笑いが起こる。
それから、文は考えに耽り始めた五人を見つめた。
いきなり小話を考えろとは少々難しい問題かとも思われたが、待つ時間はそこまで掛からなかった。
未だに回答に悩む他を尻目に、すぐさま阿求が手を上げたのだ。
「お、流石ですね。では、阿求さん」
「はい」
阿求は返事をすると、身振り手振りを交えてながら話し始めた。
「実は私、ここ紅魔館を訪れるのはこれが初めてなんです。ですから、中に入ってビックリしました。赤い館とは聞いていましたが、ここは内装までも真っ赤なんですね。それでさっき、私がキョロキョロしながら中を歩いていると、近くにレミリア嬢がいらっしゃったので、『この館はそこかしこも真っ赤ですね』と声を掛けたんです。ですが、無視されてしまいました。……ふむ」
そして阿求は肩を窄める仕草を見せて、
「紅魔の主は目も〝くれない〟(紅)」
『おお~!』
客席でどよめきが起こった。
文も大きく頷き、
「素晴らしい! 座布団二枚差し上げます。てゐさん!」
文が言い、てゐが言われた通りに二枚の座布団を持って来る。
「さて、他にいませんか?」
と、再び空が手を挙げているのが文の目に入った。
椛、魔理沙、咲夜の三人も驚いた様子で彼女を見つめている。
「いやはや、本当ですか? お空さん」
「うん!」
文が半信半疑で指名すると、空はまたもとびきりの笑顔で、
「さとり様かな!」
会場は、再び静けさに包まれた。
文は少し考えて、
「あの~、お空さん? それは〝オチの付いた小話〟ではなく、〝落ち着いた子の話〟では?」
「……違うの?」
当惑顔になる空に、これで二度目になる微笑ましい空気が客席を満たした。
――と。
(これは……!)
〝それ〟に気が付いた文は、思わず生唾を飲んだ。
これぞまさに再戦。全てのお膳立てが揃ったこのタイミングで、〝彼女〟の手がゆっくりと上ったのだ。
文はほくそ笑んだ。
「リベンジですね、咲夜さん」
「ええ」
彼女の硬い決意が感じられる、真剣な声色。
(キタァァァァァァァッ!)
文は無意識の内に、自分の口角が吊り上るのを感じた。
彼女はこれから、満を持してボケるのだ。
しかし、それは暗に――。
咲夜は話し始めた。
「あれは、深夜の巡回中のことでした。私がとある廊下の一角に差し掛かると、そこの窓ガラスの一枚が割られており、向かいの部屋のドアが開けっ放しになっていたのです。私はすぐさまその部屋に入り、『何者だ!』と叫びました。すると突然、私の背後に人の気配がして……」
そして、咲夜は自分の肩を抱いて、
「……………………ゾクッ(賊)」
…………。
…………し~ん…………。
(やってしまったぁぁぁぁぁぁっ!)
文は必死で笑いを噛み殺した。
静まり返る会場。咲夜は少しの間ポカンとして、そしてそのまま灰のように真っ白になった。
「……咲夜さん、その座布団没収です。てゐさん、やっておしまいなさい」
文が指示すると、舞台袖から待ってましたと言わんばかりにてゐが飛び出し、咲夜を背後から足蹴にした。
咲夜は力無く、前のめりに倒れる。
その間に、てゐは咲夜の座布団を回収して去っていった。
三問目。
「三問目。これが最後の問題です。時に、外の世界では〝人気投票〟なるものが今年は開催されなかったとか。それに限らず、自分が楽しみにしていたものが中止になるのは、とても残念なことです。さて、そこで皆さんも、楽しみにしていたものが中止になってしまった人になって、『〇〇楽しみにしてたのにー!』と言って下さい。すると私が『どうしてですか?』と尋ねますので、そこで更に一言答えて頂きたいんです」
と、今回一番最初に手を上げたのは魔理沙だった。
「はい、魔理沙さん」
文が当てると、魔理沙は両手で頭を押さえるジェスチャーをして、
「レミリアのティータイム楽しみにしてたのにー!」
「どうしてですか?」
文が尋ねると、残念そうに肩を落とす魔理沙。
「だって、もう霊夢んトコで茶をたかるしかなくなるだろ?」
その一言で会場はドッと沸き、拍手が起こる。文が客席に目を向けると、その一角で、一人憤慨した様子でブーイングを送る博麗霊夢の姿があった。
続いて手を上げたのは、空。
「はい。お空さん」
「はい!」
相変わらず元気の良い返事。しかし何故か、彼女は徐に立ち上がろうとする。
文は怪訝な顔になって、
「あの、お空さん? 答える時は別に立たなくても、座ったままでも結構ですよ?」
「うにゅ? そうだっけ?」
客席の方からは、既に笑い声が漏れている。
「はい。今までも座ったままだったじゃないですか。じゃあ、どうぞ」
文に指摘されて、再度空は座布団に正座し、
「うにゅ?」
首を傾げた。
「答え忘れちゃった!」
満面の笑みでそう宣言した空。文は思わず項垂れた。
またもや周囲から声を掛けられている、さとりもすっかり呆れた様子だ。
そしてここで、会場中の誰もが咲夜に注目した。
二度あることは三度ある。
或いは、毒食らわば皿までと言うべきか。
しかし、彼女はもう同じ轍は踏むまいとした固い面立ちで、ギュッと握られた手を膝に乗せたまま微動だにしない。
このまま膠着状態が続くかと思いきや、それまで静かにしていた椛の手が上がった。
「あやや? 勇気がありますね~、椛」
文が椛を指名する。
彼女は魔理沙と同じく、両手で頭を押さえて、
「あ~! 今朝の文々。新聞、楽しみにしてたのに~!」
(お、〝媚びネタ〟ですか?)
文は内心で、もしそうならこれを機に、もっと多くの部数を彼女に売り付けてやろうと考えた。
「どうしてですか?」
しかし、期待通りの答えが来ることを待ち望みながら文が尋ねると、椛は照れ臭そうに頬を赤らめて、
「いや、去り際の文様のパンチラが……」
「コラーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
途端に大絶叫した文の姿に、会場は今日一番の笑いと拍手に包まれた。
文は、今にも椛に飛び掛かりそうになりながら言った。
「椛! アンタって子は、一体何を考えているんですか! そんな破廉恥な駄犬の座布団は没収です! ……って、てゐさん? 何で三枚も持って来てるんですか? 『分かるよ』、じゃありません! おい! コラ待て馬鹿兎!」
しかし文字通り、てゐは脱兎の如く舞台袖へと消え、文は握り拳を座卓に叩き付けた。
「後で覚えてなさいよ……! ……じゃあ、気を取り直して咲夜さん」
「はい」
まだ少し息を荒くさせながら、文は手を上げていた咲夜を指名した。
もう前二つの回答と同じ危機は脱していることもあってか、咲夜はどこか意気込んだ様子で、
「そんな! 表彰式楽しみにしてたのにー!」
「どうしてですか?」
定められた形式に準え、文が尋ねる。
しかし、それに咲夜が答えるよりも早く、
『勝者(瀟洒)だからでしょう?』
会場のどこかから、そんな声が響いた。
文は咄嗟に声のした方向を見やった。
するとその声の主は、どうやら客席の中で隣のパチュリー・ノーレッジに口元を押さえられている、フランドール・スカーレットらしかった。
(なんとまぁ……)
文は最早憐れむような視線を咲夜に送った。
咲夜からしてみれば、フランドールは自分の主人の妹だ。その彼女にオチを言われてしまったとしても、咲夜がそれに文句を付けることなど出来るはずもない。
硬直する咲夜。
その彼女の茫然自失の姿に、客席からも苦々しい笑いが起こる。
文は、流石に罪悪感に近い衝動に駆られながらも、
「さて、咲夜さん。答えを先に言われてしまったからには座布団を取り上げなければならないのですが、貴女はもう座布団がありません。ですからそこで起立していて下さい。……立てますか?」
「……はい」
そうは返事が返ってきたものの、咲夜の声には全く生気が感じられず、揺れるように起立したその姿は、まるで柳の木の下に立ち尽くす幽霊のようだ。
本気で頭を抱えるレミリアの姿が、文の視界に入った。
「ご愁傷様です。では、最後はこの人に締めて貰いましょう。阿求さん」
「はい」
阿求は静かに答えた。
今の彼女が獲得している座布団の数は四枚。図らずも、椛と並んでいる。
彼女のこの回答で、阿求か椛か、今回の大喜利の勝者が決まることだろう。
会場中の視線を一身に浴びながら、阿求は両手で頭を押さえた。
「あちゃ~。夏の宴会楽しみにしてたんですが……」
「どうしてですか?」
文が訊くと、阿求は溜息混じりに、
「待望(耐乏)してたので……」
(う~ん。微妙……)
今度は文が頭を抱えたくなった。会場のウケも、そこまでではない。
となると座布団はあげられないが、取り上げるほど出来が悪い訳でもないのだから困る。
文は暫し考えた。
このままでは、椛と阿求がまさかの引き分けとなってしまう。しかし、大喜利の勝者に送られる記念品は一つしかない。
文は悩んだ末、一つの結論を導き出した。
結果発表。
「さて、全ての答えが出揃いました。ですが、どうやら優勝者はお二人いらっしゃるようです」
文はそう言いながら立ち上がると、四段積まれた座布団に座る、椛と阿求の間に入った。
そして、右手の椛の肩をポンポンと叩き、
「しかしながら椛。貴女の座布団は、てゐさんから不正に――」
「ちょっといいかしら?」
と、文の言葉の途中から、〝特別席〟の紫がそこに割って入った。
文が当惑した表情を浮かべると、紫は〝特別席〟から〝スキマ〟を開いて、ステージ上に登壇した。
「二人とも、座布団の数は同数なのだから、両方優勝でいいじゃない?」
「しかし、それでは……」
文が渋い顔をする。
しかし紫は笑顔を崩さず、懐から取り出した扇を開いて言った。
「だから、こうしましょう?」
そして紫はステージ上を進み、阿求の背後に回ると、客席からもそれがよく見えるように彼女の両肩に手を置いた。
「貴女には、当初予定されていた記念品として、私の取って置きのお酒をプレゼントするわ。もし飲めなくても、物々交換すればそれなりの代物と換えてもらえられるだけの上物よ。そして……」
次に紫は椛の背後に移動し、阿求と同様にして彼女の肩にも手を置く。
「そして貴女には、私の方から天狗の偉い人に口利きしてあげるから、一日だけ文ちゃんとデートするチャンスをあげるわ」
「なっ……!」
その言葉に、文は絶句した。
しかし彼女が意見するよりも先に、紫は客席に目を向けて言った。
「それでどうかしら?」
すると、客席全体から肯定を意味する惜しみない拍手が響き渡った。
「決まりね」
「ちょっと待って下さい! 私は……!」
「嫌なら、もっと凄いものにしても良いのよ?」
「…………」
急に、どこか凄むような目付きになる紫。
思わず文は押し黙り、そのままへたり込んだ。そしてその肩を、彼女の側まで寄ってきたてゐが叩いた。
「ドンマイ」
何とも無責任なてゐの言葉に、文は小刻みに震えながら、
「元はと言えばアンタの所為でしょうがー!」
こうして、『【幻想大喜利】in紅魔館』は無事(?)閉幕した。
後に花果子念報が報じたところによると、この数日後に行われた椛と文のデートについて、当日は文の方もまんざらでもなかった様子だったとのことである。
いや、それを〝人々〟と形容するのは少し語弊があるかもしれない。
そこに集まった顔触れを見てみると、種族を問わず、人妖が複雑に入り乱れているのがよく分かる。
また、それぞれの勢力や派閥の違いもここでは不問のようで、それを示すのは各々の座席の位置取り程度のものでしかなかった。
あらゆる妖怪、あらゆる人間は一様に、客席に整然と腰掛けて正面のステージに熱い視線を送っている。
そのステージには黒い蝙蝠のシルエットが描かれた真紅の垂れ幕が掛けられており、それが上がる時が刻一刻と近付きつつあった。
時間が経つに連れ、観衆の期待感がホール全体を満たしていく。
そして午の刻になると同時に、遂にその垂れ幕が上がり始め、すっかり飽和状態になっていた期待感がそれで一気に爆発した。
割れんばかりの大歓声がホールいっぱいに木霊した。
幕の上がったステージ上には六つの座布団が並べられており、下手の位置には座卓が一つ据えられている。
そして上手の舞台袖から赤い着物姿の射命丸文が登場し、一際大きな拍手が起こった。
彼女はそのまま並べられた座布団の前を横切ってステージの中央まで来ると、客席に向かって深々と腰を折った。
そして彼女が顔を上げると同時に、静かに拍手が鳴り止む。
「え~、上は天界から下は遥か地霊殿まで、皆様ようこそいらっしゃいました。私、司会進行の射命丸文です」
文は、もはや毎度お馴染みとなった口上を述べた。
「今回はここ、紅魔館に会場をお借りして始まる【幻想大喜利】。どうぞお楽しみ下さい」
そして彼女は再び礼をすると、ステージ上を座卓の位置まで進んで、そこに正座して座った。
「では今回も通例通り、幻想郷中からランダムに選ばれた五名のゲストと、〝座布団と幸せを運ぶ白兎〟こと因幡てゐさんに登場して頂きましょう。どうぞ!」
文は言うと、左手でステージの上手を示した。
するとまた地鳴りのように大きな拍手が巻き起こり、舞台袖の方から先程の文と同じようにして、色とりどりの着物に身を包んだ五名と、その後ろから濃紺の着物を着た因幡てゐが登場した。
そして彼女達はそのまま一列に並んで進み、予め自分に割り振られた座布団に座ると、床に軽く三つ指を突いて恭しく礼をした。
文はその一人一人を紹介した。
「ご紹介します。まず私の真横、皆さんから見て左手の位置から順に、犬走椛さん。稗田阿求さん。霧雨魔理沙さん。十六夜咲夜さん。霊烏路空さん。そしてお馴染み因幡てゐさんです。さて、これよりゲストの皆さんには、今お座りの座布団はそのままに、その後の数を競う大喜利に挑戦して頂きます。そして、最終的に最も多くの座布団を獲得された方には、大会実行委員長より記念品が贈呈されます」
拍手と歓声が響く。
文から紹介を受けた五名は思い思いに、それぞれ照れ臭そうに笑ったり、客席に手を振り返したりした。
「また、今回の皆さんのお召し物の色は、これまで幻想郷で起きた異変やその舞台などに因みまして、私から順に赤、桃、黄、緑、茶、青、紺となっております。衣装の提供はアリス・マーガトロイドさんです」
文は言うと、今度は客席の最前列を示し、
「そして大喜利に入る前に、今回の〝特別席〟の皆様もご紹介しましょう。私の向かって左手から、まずは本日の大喜利の会場を貸して下さったレミリア・スカーレットさん。次に【幻想大喜利】の発起人であり、大会実行委員長の八雲紫さん。ピンマイク等の備品の提供をして下さった河城にとりさん。そして最後に、前述のアリス・マーガトロイドさんです。皆さんには本大会を最前列で観覧して頂ける他、時にコメントなども頂戴致しますので、出演者の一員になったつもりで存分に楽しんで頂ければと思います」
そして、文は客席に向き直って大きく両手を広げた。
「それでは、『【幻想大喜利】in紅魔館』、あやややっとスタートです!」
一問目。
「さて、一問目に入りましょう。一問目は定番の〝謎かけ〟です。思い付いた方は挙手をして、私が当てましたら『〇〇と掛けまして、××と解く』と言って下さい。私が『その心は?』と合いの手を入れますので、そのまま続けて下さればOKです」
そう文が説明し終えたのも束の間、桃色の着物のよく似合う、椛の手が早速上がった。
「お、早いですね椛。では、どうぞ」
当てられた椛は小さく尻尾を振った。
しかし、声色はあくまで平静で、
「『小野塚小町』と掛けまして、『稗田阿求の編纂作業』と解きます」
「その心は?」
「どちらも、『四季が迫ると出航(死期が迫ると出稿)』です」
『おお~!』
客席から拍手が起こった。
文は頷いて、
「うん。最初にしては上々ですね。座布団一枚差し上げましょう。てゐさん、座布団一枚!」
彼女の言葉を受けて、舞台袖からてゐが座布団を一枚持って来る。
そしててゐに促されてその場に立ち上がった椛は、座布団を重ねてもらっている間、今度こそ尻尾を大きく振って喜びを露わにした。
と、嬉しそうに座布団に座り直した椛を、隣の阿求が横目で睨んだ。
「今、さり気なく私のこと馬鹿にしました?」
「まさか」
椛は首を振ったが、阿求はしかめっ面で手を上げた。
「はい。阿求さん」
「『見張り中の犬走椛』と掛けまして、『犯罪』と解きます」
それを聞いて、文は苦笑した。
「既に悪意たっぷりですね。その心は?」
すると阿求は意味深な薄ら笑みを浮かべて、
「どちらも、『過ち(文待ち)』です」
たちまち、客席から笑い声と、先程よりも一回り大きな拍手が起こった。
椛が恥ずかしそうに顔を赤面させる。
阿求は更に、
「『謝っても(文待っても)』、報われません」
途端に、椛がもう我慢ならないといった様子で声を上げた。
「そ、そんなの分からないじゃないですか! って……あ……その……違います! 違いますよ!?」
してやったりと、阿求が椛を茶化す。
「その割には、顔が赤く高揚(紅葉)してますよ? 椛さん」
阿求の怒涛のような言葉責め。
ついでに文も、悪戯っぽい目付きで椛を見て、
「あやや~。そうだったんですか~? 椛?」
二人に挟まれながら、椛はすっかりしどろもどろになった。
「か、勘違いしないでくだしゃい!」
甘噛みする椛。文はにっこりと微笑んだ。
「では、仕事中の怠慢がバレてしまった椛の座布団は一枚没収して、それを阿求さんに差し上げましょう。てゐさん!」
文が言うと、透かさずてゐが現れて座布団をそのようにする。
椛は涙声で震えながら、
「おのれ……!」
すると、それまで二人のやり取りを静観していた魔理沙が手を挙げた。
「やれやれ。お前ら早々から喧嘩するなよ」
ぼやく魔理沙を文が指名した。
「はい。魔理沙さん」
「『多々良小傘』と掛けて、『飲食店の前の家』と解くぜ」
「その心は?」
魔理沙は堂々とした顔付きで、
「『うらめしや!(裏、飯屋!)』」
魔理沙の声が会場中に反響する。
しかし拍手は疎ら。文も少し難しい顔をして、
「あやや~。謎掛けも力押しですね~。――と?」
そして、文はあるものを見付けて目を丸くした。
さっきまで列の一番向こう側で眉間に皺を寄せていた空が、なんと手を挙げているではないか。
文は早速、空を当てた。
「これはこれは。まさかとは思いましたが、お空さん」
「はい!」
空は羽をパタパタと忙しなく動かしながら、元気いっぱいに答えた。
「私、ふりかけ掛けると白いご飯でも残さず食べられるよ!」
一瞬の静寂。そして、
『おお~!』
客席から温かい、本当に温かい拍手と、とても可愛らしいものを見た時のような優しい溜息が漏れた。
『偉いぞ!』と誰かが客席から声を張る。
「あやや~。良いことですけどね」
「えっへん!」
得意げに胸を反らす空。しかし文は一言、
「でも、ちゃんと謎も掛けてくださいね?」
「……うにゅ?」
きょとんとする空。
そして生まれた笑いに紛れて、文は客席を一瞥した。
まるで春の木漏れ日のような眼差しを送る、〝特別席〟の面々。
周囲の席の客から一斉に声を掛けられ、困り顔でそれに応対する古明地さとりの姿も見て取れる。
空の回答によって会場の雰囲気は一変し、皆須らく顔を綻ばせているのが、客席を一望出来る文の位置からなら手に取るように分かった。
文は思案した。
これを再び、〝笑えるムード〟に変えることは難しい。
急に和やかな空気に包まれたこの場で、真面目な回答をしてしまっては間違いなくスベる。
文はまだ回答していない、咲夜の方を盗み見た。
(ここでの咲夜さんの回答如何では、彼女は……)
と、文の考え伝わったのか、そこで咲夜が真っ直ぐにピシリと手を上げた。
しっかりと背筋を伸ばし、落ち着き払ったその様は、この場においては……何とも危なっかしい。
(さて、彼女はどう出るか……)
文は思慮深く目を細めながら、
「はい。咲夜さん」
咲夜は一度咳払いをして、
「『博麗の巫女』と掛けまして、『お湯』と解きます」
「その心は?」
咲夜はそのよく通る声で、はきはきと言った。
「どちらも、『自ら腋出します(水から沸き出します)』」
…………。
……パチパチパチ……。
(やってしまいましたか……)
苦しい笑みを浮かべる文。咲夜は驚いた様子で、
「え!? ちょ!? なんでこんなにスベるの!? ちょっとそこ! 小さく『あぁ~』とか言わないで下さる!?」
そしてそのまま、咲夜は恥ずかしさに耐え兼ねたのか、顔を真っ赤にして身を縮込ませた。
文は頬を掻いて、
「イタタタタタタ。それでは一問目はこのくらいにしておきましょう。ですが二問目に入る前に、少し〝特別席〟の方の話も聞いてみましょうか」
文は〝特別席〟を見て、
「出だしとしては如何でしょうか、紫さん」
文に話を振られて、それまで〝特別席〟で隣のレミリアと会話していた紫は答えた。
「悪くないわね。今回のメンバーはレベルが高いわ。お空ちゃんも可愛いし、メイド長さんの〝スベり芸〟もなかなかよ。 ……ふふ……」
「ちょっと! 〝スベり芸〟とか止めてもらえますか! あと笑わないで!」
紫の言葉に、すぐさま咲夜が噛み付くように反論した。
しかし、今度はレミリアが、とても沈痛そうな面持ちで言った。
「咲夜、事実よ。運命を受け入れなさい」
「お嬢様まで……」
これにはガックリと肩を落とした咲夜。
文はその様子に目をやりながらも、レミリアの横のにとりとアリスにも話を振った。
「にとりさんとアリスさんは如何でしょう?」
するとにとりはとても楽しげに答えた。
「まぁ、確かにあそこはちょっとボケないと。盟友は真面目過ぎるんだよ」
「ツギガンバレバイインジャネーノ!」
にとりの言葉に、何故か上海人形が続く。
そして当のアリスは顔を伏せて、笑いを堪えているようだった。思いのほかツボに嵌っているらしい。
ひたすら落ち込み続ける咲夜。文は頷いて、
「はい。では咲夜さんには次で頑張って頂くとして、二問目に行きましょう」
二問目。
「二問目は、ちょっと難しいですよ? 皆さんにはこれから、オチの付いた小話をして頂きます。これは難易度が少し高めなので、無理に答えなくても構いません。ですが上手く回答出来た方には、漏れなく座布団を二枚差し上げます。ここでライバルとの差を付けましょう。そして咲夜さん、ボケるんですよ?」
「黙っててください!」
顔を耳まで赤くして牙を剥く咲夜の様子に、微かな笑いが起こる。
それから、文は考えに耽り始めた五人を見つめた。
いきなり小話を考えろとは少々難しい問題かとも思われたが、待つ時間はそこまで掛からなかった。
未だに回答に悩む他を尻目に、すぐさま阿求が手を上げたのだ。
「お、流石ですね。では、阿求さん」
「はい」
阿求は返事をすると、身振り手振りを交えてながら話し始めた。
「実は私、ここ紅魔館を訪れるのはこれが初めてなんです。ですから、中に入ってビックリしました。赤い館とは聞いていましたが、ここは内装までも真っ赤なんですね。それでさっき、私がキョロキョロしながら中を歩いていると、近くにレミリア嬢がいらっしゃったので、『この館はそこかしこも真っ赤ですね』と声を掛けたんです。ですが、無視されてしまいました。……ふむ」
そして阿求は肩を窄める仕草を見せて、
「紅魔の主は目も〝くれない〟(紅)」
『おお~!』
客席でどよめきが起こった。
文も大きく頷き、
「素晴らしい! 座布団二枚差し上げます。てゐさん!」
文が言い、てゐが言われた通りに二枚の座布団を持って来る。
「さて、他にいませんか?」
と、再び空が手を挙げているのが文の目に入った。
椛、魔理沙、咲夜の三人も驚いた様子で彼女を見つめている。
「いやはや、本当ですか? お空さん」
「うん!」
文が半信半疑で指名すると、空はまたもとびきりの笑顔で、
「さとり様かな!」
会場は、再び静けさに包まれた。
文は少し考えて、
「あの~、お空さん? それは〝オチの付いた小話〟ではなく、〝落ち着いた子の話〟では?」
「……違うの?」
当惑顔になる空に、これで二度目になる微笑ましい空気が客席を満たした。
――と。
(これは……!)
〝それ〟に気が付いた文は、思わず生唾を飲んだ。
これぞまさに再戦。全てのお膳立てが揃ったこのタイミングで、〝彼女〟の手がゆっくりと上ったのだ。
文はほくそ笑んだ。
「リベンジですね、咲夜さん」
「ええ」
彼女の硬い決意が感じられる、真剣な声色。
(キタァァァァァァァッ!)
文は無意識の内に、自分の口角が吊り上るのを感じた。
彼女はこれから、満を持してボケるのだ。
しかし、それは暗に――。
咲夜は話し始めた。
「あれは、深夜の巡回中のことでした。私がとある廊下の一角に差し掛かると、そこの窓ガラスの一枚が割られており、向かいの部屋のドアが開けっ放しになっていたのです。私はすぐさまその部屋に入り、『何者だ!』と叫びました。すると突然、私の背後に人の気配がして……」
そして、咲夜は自分の肩を抱いて、
「……………………ゾクッ(賊)」
…………。
…………し~ん…………。
(やってしまったぁぁぁぁぁぁっ!)
文は必死で笑いを噛み殺した。
静まり返る会場。咲夜は少しの間ポカンとして、そしてそのまま灰のように真っ白になった。
「……咲夜さん、その座布団没収です。てゐさん、やっておしまいなさい」
文が指示すると、舞台袖から待ってましたと言わんばかりにてゐが飛び出し、咲夜を背後から足蹴にした。
咲夜は力無く、前のめりに倒れる。
その間に、てゐは咲夜の座布団を回収して去っていった。
三問目。
「三問目。これが最後の問題です。時に、外の世界では〝人気投票〟なるものが今年は開催されなかったとか。それに限らず、自分が楽しみにしていたものが中止になるのは、とても残念なことです。さて、そこで皆さんも、楽しみにしていたものが中止になってしまった人になって、『〇〇楽しみにしてたのにー!』と言って下さい。すると私が『どうしてですか?』と尋ねますので、そこで更に一言答えて頂きたいんです」
と、今回一番最初に手を上げたのは魔理沙だった。
「はい、魔理沙さん」
文が当てると、魔理沙は両手で頭を押さえるジェスチャーをして、
「レミリアのティータイム楽しみにしてたのにー!」
「どうしてですか?」
文が尋ねると、残念そうに肩を落とす魔理沙。
「だって、もう霊夢んトコで茶をたかるしかなくなるだろ?」
その一言で会場はドッと沸き、拍手が起こる。文が客席に目を向けると、その一角で、一人憤慨した様子でブーイングを送る博麗霊夢の姿があった。
続いて手を上げたのは、空。
「はい。お空さん」
「はい!」
相変わらず元気の良い返事。しかし何故か、彼女は徐に立ち上がろうとする。
文は怪訝な顔になって、
「あの、お空さん? 答える時は別に立たなくても、座ったままでも結構ですよ?」
「うにゅ? そうだっけ?」
客席の方からは、既に笑い声が漏れている。
「はい。今までも座ったままだったじゃないですか。じゃあ、どうぞ」
文に指摘されて、再度空は座布団に正座し、
「うにゅ?」
首を傾げた。
「答え忘れちゃった!」
満面の笑みでそう宣言した空。文は思わず項垂れた。
またもや周囲から声を掛けられている、さとりもすっかり呆れた様子だ。
そしてここで、会場中の誰もが咲夜に注目した。
二度あることは三度ある。
或いは、毒食らわば皿までと言うべきか。
しかし、彼女はもう同じ轍は踏むまいとした固い面立ちで、ギュッと握られた手を膝に乗せたまま微動だにしない。
このまま膠着状態が続くかと思いきや、それまで静かにしていた椛の手が上がった。
「あやや? 勇気がありますね~、椛」
文が椛を指名する。
彼女は魔理沙と同じく、両手で頭を押さえて、
「あ~! 今朝の文々。新聞、楽しみにしてたのに~!」
(お、〝媚びネタ〟ですか?)
文は内心で、もしそうならこれを機に、もっと多くの部数を彼女に売り付けてやろうと考えた。
「どうしてですか?」
しかし、期待通りの答えが来ることを待ち望みながら文が尋ねると、椛は照れ臭そうに頬を赤らめて、
「いや、去り際の文様のパンチラが……」
「コラーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
途端に大絶叫した文の姿に、会場は今日一番の笑いと拍手に包まれた。
文は、今にも椛に飛び掛かりそうになりながら言った。
「椛! アンタって子は、一体何を考えているんですか! そんな破廉恥な駄犬の座布団は没収です! ……って、てゐさん? 何で三枚も持って来てるんですか? 『分かるよ』、じゃありません! おい! コラ待て馬鹿兎!」
しかし文字通り、てゐは脱兎の如く舞台袖へと消え、文は握り拳を座卓に叩き付けた。
「後で覚えてなさいよ……! ……じゃあ、気を取り直して咲夜さん」
「はい」
まだ少し息を荒くさせながら、文は手を上げていた咲夜を指名した。
もう前二つの回答と同じ危機は脱していることもあってか、咲夜はどこか意気込んだ様子で、
「そんな! 表彰式楽しみにしてたのにー!」
「どうしてですか?」
定められた形式に準え、文が尋ねる。
しかし、それに咲夜が答えるよりも早く、
『勝者(瀟洒)だからでしょう?』
会場のどこかから、そんな声が響いた。
文は咄嗟に声のした方向を見やった。
するとその声の主は、どうやら客席の中で隣のパチュリー・ノーレッジに口元を押さえられている、フランドール・スカーレットらしかった。
(なんとまぁ……)
文は最早憐れむような視線を咲夜に送った。
咲夜からしてみれば、フランドールは自分の主人の妹だ。その彼女にオチを言われてしまったとしても、咲夜がそれに文句を付けることなど出来るはずもない。
硬直する咲夜。
その彼女の茫然自失の姿に、客席からも苦々しい笑いが起こる。
文は、流石に罪悪感に近い衝動に駆られながらも、
「さて、咲夜さん。答えを先に言われてしまったからには座布団を取り上げなければならないのですが、貴女はもう座布団がありません。ですからそこで起立していて下さい。……立てますか?」
「……はい」
そうは返事が返ってきたものの、咲夜の声には全く生気が感じられず、揺れるように起立したその姿は、まるで柳の木の下に立ち尽くす幽霊のようだ。
本気で頭を抱えるレミリアの姿が、文の視界に入った。
「ご愁傷様です。では、最後はこの人に締めて貰いましょう。阿求さん」
「はい」
阿求は静かに答えた。
今の彼女が獲得している座布団の数は四枚。図らずも、椛と並んでいる。
彼女のこの回答で、阿求か椛か、今回の大喜利の勝者が決まることだろう。
会場中の視線を一身に浴びながら、阿求は両手で頭を押さえた。
「あちゃ~。夏の宴会楽しみにしてたんですが……」
「どうしてですか?」
文が訊くと、阿求は溜息混じりに、
「待望(耐乏)してたので……」
(う~ん。微妙……)
今度は文が頭を抱えたくなった。会場のウケも、そこまでではない。
となると座布団はあげられないが、取り上げるほど出来が悪い訳でもないのだから困る。
文は暫し考えた。
このままでは、椛と阿求がまさかの引き分けとなってしまう。しかし、大喜利の勝者に送られる記念品は一つしかない。
文は悩んだ末、一つの結論を導き出した。
結果発表。
「さて、全ての答えが出揃いました。ですが、どうやら優勝者はお二人いらっしゃるようです」
文はそう言いながら立ち上がると、四段積まれた座布団に座る、椛と阿求の間に入った。
そして、右手の椛の肩をポンポンと叩き、
「しかしながら椛。貴女の座布団は、てゐさんから不正に――」
「ちょっといいかしら?」
と、文の言葉の途中から、〝特別席〟の紫がそこに割って入った。
文が当惑した表情を浮かべると、紫は〝特別席〟から〝スキマ〟を開いて、ステージ上に登壇した。
「二人とも、座布団の数は同数なのだから、両方優勝でいいじゃない?」
「しかし、それでは……」
文が渋い顔をする。
しかし紫は笑顔を崩さず、懐から取り出した扇を開いて言った。
「だから、こうしましょう?」
そして紫はステージ上を進み、阿求の背後に回ると、客席からもそれがよく見えるように彼女の両肩に手を置いた。
「貴女には、当初予定されていた記念品として、私の取って置きのお酒をプレゼントするわ。もし飲めなくても、物々交換すればそれなりの代物と換えてもらえられるだけの上物よ。そして……」
次に紫は椛の背後に移動し、阿求と同様にして彼女の肩にも手を置く。
「そして貴女には、私の方から天狗の偉い人に口利きしてあげるから、一日だけ文ちゃんとデートするチャンスをあげるわ」
「なっ……!」
その言葉に、文は絶句した。
しかし彼女が意見するよりも先に、紫は客席に目を向けて言った。
「それでどうかしら?」
すると、客席全体から肯定を意味する惜しみない拍手が響き渡った。
「決まりね」
「ちょっと待って下さい! 私は……!」
「嫌なら、もっと凄いものにしても良いのよ?」
「…………」
急に、どこか凄むような目付きになる紫。
思わず文は押し黙り、そのままへたり込んだ。そしてその肩を、彼女の側まで寄ってきたてゐが叩いた。
「ドンマイ」
何とも無責任なてゐの言葉に、文は小刻みに震えながら、
「元はと言えばアンタの所為でしょうがー!」
こうして、『【幻想大喜利】in紅魔館』は無事(?)閉幕した。
後に花果子念報が報じたところによると、この数日後に行われた椛と文のデートについて、当日は文の方もまんざらでもなかった様子だったとのことである。
此処で一つ、妹紅とかけまして、お値段異常な方のニトリと解きます
その心は、今も昔もかぐやをやっ…アリガチ?
先代の圓楽さんも幻想入りしてるのでしょうか
ね。
そして咲夜さんがwww
感心しました
阿求のレベルが高い高いw
こういうのいいですね。面白かった!
気づくとニヤ〜としてしまうので、電車で読むのは危険ですね…。
咲夜ェ…
阿求は答えるの巧いなーと感心した
謀らずか謀ったか文と椛の縁は結ばれた
おおーと思わず声が出てしまいました。
ただ、高度な線を狙った言葉遊びって、中々通じないものなんですよね。一周してスベッた感じになったりして。まあ、しょうがない面もあったりしますが。
そんな訳で。
咲夜さんとかけまして、渋滞している道路と解く。
その心は「主(しゅ/おも)に家事(火事)などで仕えて(閊えて)いる」
おあとがよろしいようで。
伝統のお題で喧嘩!そこにあやもみまでかけてくるとは・・・!(歓喜
咲夜さんがあの体たらくでは、特別席のレミリアさんも同じくらい恥ずかしかったのでは・・・・あわれ
そして椛はマジでむくわれねーなw
しかしお空かわいい
咲夜さんイキロ