Coolier - 新生・東方創想話

まかない新聞

2013/02/03 22:25:30
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「はたた、はたたた。ずずう」
「……」
「はた、はたたたたたたずずずずずう」
「どうされましたか」
「慌ててんのよ見ればわかるでしょ。はたた、はたたたたずず、ずずずず」
「……それ食べたら帰ってもらえませんか」


 二人のやり取りはさておき。
 きっかけはひょんなことからだった。
 親父の天狗たちのやり取りである。

「この前の宴会を覚えているか」
「どの宴会か、何しろ宴会は行われすぎている」
「たしかどこぞの天狗が飲み過ぎて裸踊りをした宴会だ。覚えているか」
「ううむ、白狼天狗かな」
「いいや烏天狗が飲み過ぎて吐瀉物をまき散らしながら踊っていた時のことだ」
「それはおなごであったか」
「いいや男だ」
「ふうむなら記憶に薄いのも確実。男の烏天狗が吐きながら踊ることなど何度もあったからの」
「ならこれはどうだ、その男は余興で尻の穴にいちごを挿れるといって」
「いや、確かそれをやり遂げたものは何人かいる。どの宴会であったか」
「確かりんごも入れていたような」
「思い出した。その時のことか」
「ああ、その時の宴会で札遊びに興じる際、お前に貸した金を返してくれ」
「なにを。あれはこの前の宴会で返したではないか」
「なに? その宴会とはいつの宴会のことか」
「あれは確か、おなごの白狼天狗の股間がなんとも」

 と、宴会時の記憶、などは記憶に残らないものばかりである。
 特に山で行われる宴会などは行われる回数が多く、ほぼ確実に隔日で行われるものであり
 「この時の宴会」「その時の宴会」「あの時の宴会」「どの時の宴会」などでは
 区別がつかず、会話が冗長というか、面倒になってしまう。
 そこで変を起こすのは会社の中でもトップクラスの天狗、大天狗だ。
 大天狗は宴会区別運動という政治家も冷や汗な無意味な運動を掲げ、それを解決しようとした。
 まず思いつくことは回数を数えること。
 運動、と仰々しく宣うには陳腐すぎるほどの解決策である。
 しかし上司というもの、何時の時代も無能であることは私たちの世界でも同じ事なので、そう文句ばかり言ってはいけない。
 部下も無能の上司をバカにしつつも、自分たちでは解決策を特に考えもしないのでそれに則るしかないのである。
 こう考えると高貴な天狗社会も、現代社会も変わりない。おお、私たちは幻想郷とつながっていたのか
 
「第18452回宴会の時に貸した金を返してくれ」
「何、それは第18464回の宴会時にかえしたろうに」
「そうだったか、思い出せん。ちなみに第18464回時の宴会はなにがあったものか」
「確か、おなごの白狼天狗の股間が」

 誰しもが予想した通りの結果である。
 変わらず。
 大天狗は悩む。
 そして思いついたのが
 宴会に題名をつける。
 下記が題名をつけた宴会後のやりとりである。

「『チキチキ! 地獄のロシアンルーレット宴会!』の時に貸した金を返してくれぬか」
「やや、それは『おいでやす。脅威のふすま大宴会! ~ぽろりもあるよ』の時に返したろうに」
「そうだったか。それは『あっはんうっふん。脅威の地獄温泉宴会! ~ぽろりはじゃじゃまる』の時に
 貸した金の返済だったと思ったものだが。ちなみに『あっは(ry ~ぽろりもあるよ』の時というのは
 何か催しがあっただろうか」
「おなごの白狼天狗の股間が」

 察しご覧の通り。
 そして大天狗最後の策、『部下に頼る』が行われた。
 自分は忙しい、どうかお前たちだけで解決してくれぬか。
 と言われたのは烏天狗達。
 たまたまそこに居合わせたのが烏天狗であり特に理由はない。
 しかし偶然にも白羽の矢が立った烏天狗達はあからさまに嫌な態度をとり、大天狗の下駄にまち針を仕込むものまで居た。
 大天狗とても困惑し、解決した者には特別ボーナスを渡す、という
 いかにも上司の権限を伺わせるような力技を持ちだしてみる。
 しかし金をもらえるというのなら烏天狗達、目に炎を灯し解決案をひねり出す。
 単純なものだ。現代社会となんらかわりはない。
 おお、やはり私たちは幻想郷と略。

 烏天狗という種族は知っての通り、新聞を書く種族である。
 なら自分たちができるのはこれだけ。
 あらゆる駄案を踏み台にそこに落ち着いたのである。
 といって自分たちの新聞を疎かにも出来ない。
 それは生命線なのだ。
 ならば。


「この間の宴会の時の金を返してくれ」
「ふむ、どの時の宴会だ」
「『豚汁300円』のまかない新聞が配られた時の宴会だ」
「おおあの時だな。だが待て、その金は『押し花栞』のまかない新聞の時に返さなかったではないか」
「確かに。うっかりしておった。すまぬすまぬ」
「構わん。いやあでもこの前の『私の友達』のまかない新聞が配られたときは楽しかったな」
「ああ、まさかおなごの白狼天狗の」


 まかない。
 主に飲食店などで客に出すわけでなく、店員が食する料理のことである。
 基本的に店の食材のあまりや前日ののこりなどで調理される。
 といってもそれは決して手抜きではなく、食材を選んで作るわけでもないものなので
 まかない料理の腕で店としての評価を見る専門家も居る。(引用:幻想辞典)

 まかない新聞とは、普段の大層な新聞ではなく、宴会時に配布する簡易新聞のことだ。
 普通の烏天狗が個人で作る新聞と特に異なるのは、たった一枚であること、それだけである。
 物が残れば記憶も残る。
 たとえば『押し花栞』のまかない新聞は、新聞の中に『あたり』と書き込み、あたりを取った参加者は
 季節の花で作った押し花がもらえるというものである。本読む際の栞にでもしてくれとは作った若い烏天狗の弁。
 ぶっちゃけとてもいらない。
 新聞の内容とは言うと、季節の花について図鑑から全て引用した文章と写真が乗っているような簡単なもの。
 『豚汁300円』のまかない新聞は、ただ山の麓の屋台の豚汁が300円でおかわり無料という情報を載せてある新聞だ。
 宴会の後そこに訪れるものが続出だった事もあり、記憶にも残った者も多い。
 さて、特別ボーナスだがこれを思いついた烏天狗はたった一人であったが、宴会ごとに烏天狗がローテンションで
 新聞を作るということもあり、烏天狗全員に特別ボーナスが行き渡った事になった。
 汚い、さすが天狗汚い。
 この余計な出費に対し、天魔は件の大天狗を中天狗に格下げしたのであった。もちろん大きさのことではなく。
 ふむ、誠に余談であった。
 冒頭に戻ろう。



 犬走椛、河童の経営するコンビニエンスストアー『きゅうりの里』にて
 『チーズ・フォカッチャ トマトとカレーの二重ソース』を購入し、ほくほくした笑顔で帰路についている時のこと。
 はたた、はたたと訳の分からぬ奇異な台詞を発しながら、あわあわと両の手で空を切っている烏天狗を見つける。
 うわあこいつは関わりたくないぞと目をそらすも、躊躇いなく椛の後をつけ
 自宅までついてきたそいつは、椛の家の前であいも変わらずはたはたはたたと嘆いている。
 仕方なしに一応の知り合い、はたてを家にあげて
 温かなコーンクリームスープを差し出し、どうしたものかと聞いてみたのが冒頭の通りである。

「美味しかった。ありがとう椛」
「何よりです。それではまた」
「あのね、椛、明日お仕事でしょ」
「お帰りはあちらからどうぞ」
「ちょっと私も一緒に見回りしていい? わけがあってね」
「お風邪を引かぬよう」
「実は文のやつが」
「この軍手を差し上げます」

 キャッチボールどころか『会話相手』という壁に向かって壁当てをしているような
 そんな二人であるが、実はこの二人仲が良い。
 以前も河原で二人でBBQなるものをしたことがあり、案の定スクープになったばかりである。

「私の話を聞いて!」
「じゃあ私の話も聞いてください! というより帰ってください晩御飯もまだなんです!」

 椛、空腹のあまりに怒鳴ってしまったことを悔いる。
 突然怒鳴られたはたてはしゅんとし、ツインテールも元気がない。
 はたてははたてで何か伝えたいことがあり、自分を頼ってきたのであるから、と少し冷静なった。

「あ、ああ、私が食べながらでいいなら聞きますけど」
「良かった。椛に聞いてもらえるなら安心した! でも私安心したらお腹が空いて」
「帰って」
「うそうそ、ご飯食べてていいから。聞いて!」

 チーズ・フォカッチャとソースをチンしてる時間と椛がモグモグしている時間を費やし、はたての話を聞くとつまり。




 定期的に行われる宴会に定期的に発行されるまかない新聞。
 まかない新聞のネタ切れの心配などは、その内容の薄さからいくらでも引き伸ばせるので一切無い。
 しかし前回のまかない新聞のこと。
 ご存知、射命丸文。
 射命丸、新聞に掛ける情熱は人一倍あり、ときは表では言えないことをするのもザラにある。
 以前、射命丸が自演した記事、『紙舞』というものがあった。
 比良坂東方三月精、第一部の3巻を読むのが一番手っ取り早いのだが、ここで一応説明をすると
 三妖精と射命丸が手を組み、新聞にまつわる話をでっち上げて、利を得たという話だ。
 三妖精はいたずらができるし、射命丸は新聞を読んでもらえて、またそれもネタになる。
 今回、それを魔理沙に行いネタにしようと考えたのだ。

「あややややややや魔理沙さん、新聞読んでます? あやややややや」
「ん、偶にな」
「あややややややややややたまにですか。それでは読んでいないものはどこに」
「あーそこら辺に放置してるぜ。なんだ、妖怪になったって、実害がなけりゃあ怖いことはない」

 霊夢の記事、『紙舞』の時の話を魔理沙は知っていたのでこう言ったわけだが
 イタズラにしてもネタにしても同じ事をするのは面白く無い。
 どうせなら困ってもらおうと射命丸はこんな話をする。

「実は魔理沙さん。紙舞にも種類がありまして」
「ん、どんなだ」
「その名も『紙蟻』」
「かめあり?」
「紙蟻です。知っていると思いますが紙舞は読んで供養してもらえなかった思いがこもって妖怪になるのです。
 その中でも恨みが強い紙は紙蟻になるのです」
「ふうん、で、実害はあるのか?」
「それは人間と一緒です。恨みがあるもの、なんであろうと同類を嫉妬します」
「お?」
「つまり紙蟻は読んでもらえてる他の紙に嫉妬にして! 食べてしまうのです!」
「なんだって?!」
「ほら、魔理沙さん。家の中から音がしませんでしたか?
 確認した方がいいですよ」

 そこで中で屈折を利用し隠れていた三妖精、共々別れ思うがままに
 魔理沙の家の魔導書、実験レポートなどをわざとガサガサ音を立てて挑発する。
 
「あ、お、おい、嘘だろ。魔導書が、魔導書が!」

 自室、しかも大事な物が詰まっているこの部屋、得意の魔砲でぶっ放すことができるわけでもなく
 魔理沙はただただあわあわとすることしかなかった。

「あああ、おおい。やめてくれよ。読むから、私、私新聞読むから」
「あやややややややややややや、やや? あれ魔理沙さん?」
「う、ぐず、やめて、ああ、私、私のぉ、努力があ。うう、おう、おうおうおう」

 射命丸も三妖精もここまでしたかったわけではない。
 ただ慌てる姿をネタにしたかっただけなのだ。
 博麗の巫女のときとは違う反応。
 ただただ魔理沙はおうおうと床に崩れ落ち、泣くことしか出来なかった。

「うぐう、おう。おうおう、おうおうおうおうおう」

 魔理沙、号泣。
 今をときめくガラスの十代、少女の泣き声に聞こえないがそれは魔理沙の泣き声であった。
 今度は射命丸と三妖精が慌てる番である。
 三妖精は姿を現し魔理沙を必死に慰め、射命丸は必死に弁明する。
 四人とも魔理沙に殴られても1回休みになってもよいと覚悟をしてのネタばらしであった。
 が、当の魔理沙は。

「じゃ、じゃあお前らの冗談で、紙蟻なんてのはいないんだな?」
「はい、いません! ごめんなさい。ちょっと驚かせたかっただけなんです。ごめんなさい、本当にごめんなさい」
「ルナが悪い。ごめんなさい」
「スターが悪い。ごめんなさい」
「サニーが悪い。ごめんなさい」
「……そうか、なんだ、えへへ、良かった。魔導書は無事なんだな。
 えへへへ。うへへ。なんだ、なんだ。えへへへへ」

 魔理沙は怒ることよりも、努力が水の泡にならないことを喜んだのである。
 射命丸はこれにほほうと感心し、しかしこれを大っぴらに記事にするわけにもいかないと思い
 文文。新聞ではなく、まかない新聞に記事を載せたのであった。
 
 ゴシップが好きな天狗たちは、魔理沙を知らないものはいない。
 あるくネタの宝庫。記事女。ネタ女。数々のあだ名が天狗界隈で飛び交うほどである。
 よって魔理沙を傷つけないための身内ネタとしてのまかない新聞掲載であったが
 その結果、大好評。
 ネタ女の意外な一面を見れたと皆、わあわあと騒ぐ。
 もしかして文文。より受けが良かったのではないかと、射命丸が冷や汗を書いていたのは言うまでもなかった。





「そして、文のまかない新聞の宴会が前回。こんかいのまかない新聞の当番は私」
「そういえば、面白かったですね。『えへへ魔理沙』のまかない新聞」
「それで珍しく一週間開いたじゃない。宴会の間が、たしか上司の事情とかでね」
「ええ」
「つまり」
「?」
「私、すっっっっっっっごく期待されてるの。文のまかない新聞が超高評価だったし、一週間も空いてるんだから
 みんなおもしろいまかない新聞を期待しているの。次の私が微妙なのとか出してみ? 超哀れみの目で見られるよ」
「さいですか」
「『うわあ姫海棠のやつなにこれ』『引きこもりが宴会なんか出てんじゃねえよつまんねえまかない出しやがって』とか」
「はあ」
「『やっぱり射命丸のがいいな。文文。も面白いし』『花果子念報(笑)』『ハターテ(笑)』とか!」
「前から思ってましたけどはたてさんは口調の割にネガティブですよね」
「でもって! 私念写なんだから新鮮なネタなんか出せないし!
 花果子念報の方はなんとかごまかしてるけど、まかない新聞は新鮮なものを求められるから手も足も出ないっていうか!」
「ビックリマークつければどうにかなると思ってますもんね。貴方の新聞」

 食後のお茶も三杯目の椛である。
 明日は遅番だし録画していた魔女が宅急便するアレでもみるか、何回ロードショウやんだよ
 とかのんびりした考えは諦め、はたての聞き役に徹している。
 そこらへん、真面目というかなんというか、椛である。

「だからね、大好きなもみちゃんのお仕事に付いて行ったらなんか発見があるかな、なんて」
「はあ…… 私の立場上、断れませんよ」
「本当に?! じゃあ明日一緒に行こうね!」
「はいはい」
「じゃあ私ここに泊まる準備してくるね! あとビデオも持ってくる! 未来から来たサイボーグが液体金属の敵と戦うやつ」
「なんで泊まる気なんですか。そしてマジで何回ロードショウやるんですかアレは」
「えー泊めてよ」
「嫌です」
「なんで」
「嫌です」
「理由を言ってくれたら泊まらないから」
「……怒らないですか」
「うん!」
「……この前泊まった時、『もみちゃんもみもみ』とか寝ぼけながら自分の胸揉んでた姿がとても可哀想だったからです」
「あ、聞きたくなかったそれ」

 お互い気まずい空気を保ちつつ指きりげんまんをし、はたては帰っていった。
 はたても去ったので椛は部屋を簡単に片づけて、ぐっと伸びをした。
 さて明日は大変だぞ。
 椛は、寝ぼけながら自分の胸を揉んでいるはたての写真にくちづけをしてから床についた。

「今回、あんなことされちゃあ、歯止めが効かなくなりそうだし」

 果たしてその台詞は誰かに対しての言い訳だったのか、独り言だったのか。
 その答えは椛の夢の中へと導かれていくのであった。
 元来、天狗とは変態であるのは、ご覧のとおり。


――――――――


「ひま」
「マッチ」
「超ひま」
「またたび」
「びっくりするくらい暇」
「マリモ」
「椛! 私のひとりごとでしりとりするのやめてくれない」

 周囲の目が椛の方へ向くのがわかる。
 はたてがきいきい騒ぐたびに同種の白狼天狗から奇異の目で見られる。
 これでもう三度目である。

「ちょっと、さっきから。静かにしてくださいよ」
「ていうかあんたも私がいるのに独りで詰将棋とかしてないでよ。じじ臭い」
「はたてさんが『いつも通りのもみちゃんが見たいのー ていうかー』とかいうからいつも通りなんですよ!」
「え、いつもこの同類集う集会所で朝っぱらから詰将棋してんの? 独りで? ぼっちじゃん。うそ、同類めっけ」
「朝は一人のほうが好きなんです。というか心が痛くなるのでそういうこと言わないでください」

 茶をすすりながら本を片手に詰将棋。
 椛の朝の習慣であったが、こうも騒がれると落ち着かないものである。
 はあ、と息を漏らす。
 見張りの時間には少し早いが椛はここを出ることにした。
 周りの目も気になるし、なんとも早朝ののんびりした雰囲気、ともならなくなりしまりが悪い。
 こういう時は体を動かすに限る。

「じゃあいきますよ」
「わーい。やっとこの辛気臭い所から出られる」
「はあ」

 仲間たちの怒りとも憐れとも言われぬ視線を受けつつ、椛とはたては席をたった。
 あとで仲間たちに誤解を解かないとなあ、という椛の心情も知らずにはたてはるんるんと外に駆け出していく。

 早番の椛の同僚は早めに来た交代に喜びつつも、後ろから椛のパンチラを狙ってる烏天狗に対し
 なんとも疑念の表情を織り交ぜた、如何ともし難い顔づらになっていた。
 朝っぱらから元気なやつだと椛は煩わしそうにするも、はたては同僚に気づくと急におとなしくなった。
 
「おはよう。交代しますよ」
「おはよう、今日はやいね。あ、おはようございます、初めまして」
「あ、おは、は、よ、おは、はた、はたた」
「……あの?」
「は、はた、はたたおはた」
「あ、気にしないでください。変な人なんです」
「……ああ、そうなの? じゃあ椛、おつかれ」
「お疲れ」

 同僚に手を振り、椛はさて、と冷たい空気を勢い良く吸い込む。
 今はなんと平和な幻想郷。
 妖怪の山とて例外ではない。
 だが仕事は仕事。
 
「ふうううううっ。さ、はたてさん行きます…………って」

 新鮮な空気で深呼吸し、"しゃん"とした椛がさあいざと一歩踏み出すも
 あのうるさいコギャルの声が聞こえてこない。
 椛が振り返ると後ろの方でなにやらぶつぶつとつぶやいているのが見える。

「……っけやがって、なによ、もう、ぶつぶつ」
「はたてさん」
「えらいのに、白狼天狗より烏天狗の方が上なのに、ぶつぶつ」
「はたてさん!」
「ぶつぶつ、ぶつぶつ」
「何私の同僚にぶつぶつ言ってるんですか。貴方が人見知って挨拶できなかっただけでしょう」

 ご覧のとおりはたて、人見知りである。
 見知った顔には、ていうかチョベリバマジありえねーできるものの
 初顔には上記の通り、壊滅的である。
 未だに独りでコンビニエンスストアーに行くのもきつい。
 要らないレシートも受け取ってしまう。
 ああ嘆かわしや。

「べ、別に挨拶とかできてなくていいし。私、あんまり人に会わないし。ありえないし」

 ぶつぶつと独りごちているはたてを引き連れて、巡回コースへと歩みを進める椛。
 白狼天狗の今の仕事体形は、巡回コース一周→休憩を兼ね上司に報告→何かあった時のために集会所で待機→解散の流れなので
 基本的に上司や同僚の目に縛られることはない。
 しかしそこは真面目な白狼天狗、仕事に余念はない。もちろん多少サボるものもいるが。
 もっとも、社会的に下っ端である以上万に一つの可能性として、侵入者がいた場合
 責任を取らされる、というのも理由の一つだ。
 そこではたてはそこに目をつけ、何か事件にでも巻き込まれやしないかと
 はた迷惑なことを考えたわけである。

「一日いっつもどのくらい歩くの?」
「地上の番の時は10kmほどですね」
「ふーん、かったる。あ、そうだ。途中にお団子屋さんあるでしょ、川の畔の。
 私一人じゃ入れないし、気になってたんだよね。寄ってこ」
「自意識過剰だから店員さんやお客様の目が気になるんですもんね。口が回らなくて注文ができないですし」
「はたた」
「言い過ぎましたごめんなさい」

 なにかもの悲しくなってしまった椛ははたての手をひしととってやった。
 ただ、その手が先ほど見慣れない人物に会ったためか妙に汗ばんでたので椛はその手をそっと離した。

「なんで手をふくでごしごししているの?」
「お団子屋さんはもうちょっとですね。あそこ、ちょうどいい位置にあるんですよ。今私たちの中で隠れたブームというか。
 仕事中ですから隠れざるを得ないブームなんですけど」
「ねえなんで手を」 
「おや」

 付き纏うはたての手をぺしぺしとはたき落としながら歩いていると、椛は見慣れた人物を見つける。
 何時も変わらず周囲に固有の空気を振りまいている彼女に、はたても気づいたのか
 椛にちょっかいを掛ける手をはたと止め、椛の後ろへ身を隠す。
 
「あなたねえ」
「だ、だって知らない人だしなんかオーラ的なアレが」
「まあ確かに、あの人はオーラ的なアレがすごいですが」

 オーラ的なアレがすごい人物は川に沿って山を下っている。
 ちょうど椛たちと同じ方向で背を向けて歩いているので顔の確認はできないが
 服装、髪の色、髪型、佇まい、オーラ的なアレがすべてユニークで、椛でなくても遠くから判別がつくほどだ。
 ここで椛ははてと考える。
 あの厄神とはたてを会わせてもいい。
 山で暮らす以上、厄神に世話になる機会、というよりも厄を引き受ける彼女には
 すでに世話になっているはずだから挨拶のひとつやふたつしなければならない。
 しかし彼女自体、そういう体裁、上っ面の挨拶などは嫌っている節がある。
 あと、自分の隣の烏天狗の挙動がひどく不審になってきているのも不安の種の一つだ。
 
「は、はは、はな、話しかけるの?」
「また別の機会でもよろしいんじゃないでしょうか?」
「え、で、でも、なんか面白いこと聞けるかもしれないじゃん。まかない新聞のネタとか、なんか」
「まあ、私は一応顔見知りですがはたてさんは大丈夫なんでしょうか」
「はた、はたた多分、はた」
「ダメそうですね」
「おはよう。いい天気ね」
「ひゃや!」
「ああ! はたてさん」

 気づくと自分達の後ろに立っていた厄神に驚愕し、はたては山道を3mほどころころ転がっていく。
 あちゃあ痛そうに、と心配する椛をよそに厄神は

「あらあの娘、私のアイデンティティを奪う気かしら」 

 などと呑気なことをつぶやいていた。

 はたては土だらけになりながらもチョベリバチョベリバつぶやいているが
 あいも変わらず椛の後ろに隠れている。
 前には笑顔の厄神
 後ろには疑心のはたた。

「厄神様、久しいですね」
「ええとても。その後の調子はどう?」
「いい塩梅です」

 久しい 挨拶 テンプレ
 などと検索したら一件目に出てくるような挨拶を交わす二人。
 はたても会話に入るべくおずおずと椛から半身だけ近づいてみるも、にこりと笑う厄神にやはり少々慄いてしまう。

「初めまして、姫海棠はたてさん」
「あ、は、はたはた、はじ、はじめ」
「ああ、はたてさん。こちらは厄神様。厄神様ははたてさんの事を既知なのでしょうか」
「私が山で知らないことなんて無いわ。特にこの娘の厄、ええそれはもう、それはそれは」

 厄神は、ははあ今この女ぞくりとしたなと誰が見てもわかるような身震いをし、はたてを見やる。
 椛は横から見ても厄神の優美でたおやかでエキゾチックな視線に魅了されたが、それを送られたはたてはというと
 今ももじもじはたはたと足で地面に絵を書きながら目線を泳がせているので全く気になっていないようだ。

「そういうところもいいわ。よろしくね」
「え、え? あ! はた、あ、ま、まって、まって」

 厄神が差し出した手の意味がわからず少し戸惑うものの、それを握手だと理解し
 はたては自分の手を椛のスカートでごしごしとやる。
 確かに良い塩梅で混乱している。

「よ、よろ、よろし」
「はい待った」

 はたての手を遮ったのは椛。
 呆れたように厄神を睨む。

「からかうのもそれぐらいで」
「あら、あらら、怖いわんちゃん。悲しいから私はもう行くわ」

 そういうと厄神はくるくる回りながら彼方へと飛んでいった。
 なぜか縦回転だったのはさっきのはたてへの対抗心だったのかただの気まぐれか。
 あっけにとられているのははたて。
 精一杯頑張り会話(?)して握手までしてコミニュケーションを図ろうとしたのにその努力敵わず。

「な、なに! せっかく頑張って……!」
「あの人は厄神様です。あの人に触れると厄を受けちゃいますよ。まあ烏に糞をかけられる程度の軽いものですけど」
「え、な、じゃあなんで握手なんか」
「あの人なりのスキンシップです。私が居なければそもそも近づいて来ません」

 椛は気にしたらまけです、と空をつかもうとしているはたての手をやっと取り
 団子屋へと歩みを進めていくのであった。
 二度の失敗を踏んだはたてだが、引かれている手にかかる強さに安堵を感じ、なすがままに進んでいく。
 そうして少し経った頃、烏は言うほど糞なんてぶちまけないわよ、と椛を少しだけ怒った。


――――――――


「はたてさん」
「な、なな、なによ」
「……」
「……」
「注文、出来たじゃないですか!」
「出来た! 出来たわよ! みて、きなこ!」
「私が注文した後に『わわわたし、わたし、わたし、同じの』って機械みたいに発しただけですけど! これはすごい進歩ですよ!」
「椛ったらバカにしてる! でも許しちゃう! お団子食べちゃう!」

 嬉々としてきなこ団子を頬張るはたて。
 椛は進歩した友人を喜ぶのと同時に、感心した。
 今思えばはたての度胸というのはすごいものなのかもしれない。
 参加しても「乾杯」しか言わない宴会だってあった。
 なのに宴会には毎回参加し、自分を変えようと努力した。
 射命丸にひけをとらないまかない新聞を作るために、現在まったく慣れないこともしている。
 椛の同僚には妙な目で見られ、厄神にはからかわれ。
 本日やっと、団子の店員(初対面)に通ずる話をすることが出来た。

「美味い旨い。ああ美味しい」

 その、少しだけ、少しだけ捻くれた性格のせいで。
 どれだけ苦労をしてきたか。
 どれだけ努力をしてきたか。

「どうしたのよ椛」
「いえ、はたてさん」
「何よ」
「私、もう一種類買ってきますよ。おごりです」
「え、別にいいわよ。きなこ美味しいし。おごりだなんて」
「いいんです。さっき、ごま団子美味しそうに眺めてたじゃないですか。買ってきます」
「たしかにそうだけど…… あ、椛」

 椛は、はたてのために何かしてやったとは考えていない。
 ただ、はたてが何かしたいというから乗ってあげるだけである。
 だからたった二人でBBQもしたし、今回も上司に見つかったら怒られるであろうこともする。
 椛のやったことというのはそれだけである。

(だからかわからないけど、あの人が喜ぶのが見れて嬉しかった。私は団子を買うことくらいしか出来ないけれど)

 ごま団子を二本購入し、熱い煎茶も注文した。
 まもなく出てくるだろう。
 少々の間が開いたので椛はふと先ほどまで居た自分たちの席を見やる。
 そして異変に気づき、間もなく椛は席へと身を翻した



「んね、いいじゃんちょっとお茶飲みに行こうよ」
「ああああた、はたたたた、はたたた」
「なんか面白いねこの娘。ね、遊びに行こう」

 椛が駆け寄ると若い二人の鼻高天狗がはたての両端を陣取っている。
 つい先程店員と話せたばかりなのに、ナンパの応対なぞ難易度が高い。
 はたてのコミニュケーション能力ではとてもじゃないが力不足だ。
 
「すみませんが」
「あ、なんよ」
「私の友達に何か」
「あ、君の友だち? ちょうどいいじゃん。これから四人で遊びに行かない?」
「忙しいので」
「えー何、つれないじゃん構ってよ」

 椛は心のなかで舌打ちをし、はたてに視線を合わす。
 視線、合わず。ひどく泳いでいる。
 頭に上る血を抑えるために椛は大きく息を吸った。

「お願いですから、どいてくれませんか」
「も、も、もみじぃ……」
「何さっきから。別にお前じゃなくていいよ。俺達はこっちの娘に興味があんの。ツインテール最高」
「あ、俺別にこっちの娘でもいいけど」
「何お前ロリコンなの?」

 椛はその言葉を聞き、やっとこいつらは言葉でコミニュケーションをとろうとしない奴らだと理解する。
 ほんの小さく震えているはたてを見る限り、あまり大事にしたくはない。
 更に。

「今思ったんだけどさ。お前白狼天狗だろ? 仕事しなくていいの?」
「あー確かに。もしかしてサボり? 確か、椛ちゃんだっけ。上司に言って欲しくなきゃどっか行きなよ」

 あ、とはたては小さな小さな悲鳴をあげた。
 事態は悪化した。
 こいつらも馬鹿ではない。
 椛は今社会の一部として働いている真っ最中なのだ。
 最近は、いわゆる、もっとギスギスした殺伐としている社会ではないけれど。
 仕事中の、更に怠慢中におきた暴力事件。
 それなりに経験の長い椛とて社会的に抹殺されかねない。
 椛は握っていた拳を開かざるを得なかった。

「サボり魔の椛ちゃん。チクられたくなかったら、わかるよな?」
「まあいいか。今回はこっちのツインテールで楽しむことにしよう」

 まずい。
 このままでは。
 椛がぎりり歯ぎしりとしても、状況は変わらない。

「いつまでつったんてんの? 早く仕事に戻りなよ。おらっ」
「あたっ」
「あっ」

 鼻高の一人が椛を邪魔者とばかりに押しやった。
 ほんの軽く、押されただけであって怪我などはしていないが、そこで動いたのが
 まさかのまさか、ツインテールちゃんであった。

「……ぞ」
「ん、なんか言ったツインテールちゃん」
「…………すんぞ」
「え?」
「記事にすんぞ! この、この、なんか、なんかが!」

 椛の毛は見事に逆立った。
 まさか先ほど小さく震えていたはたてが、こんなにも大きな声を上げるとは思わない。
 鼻高二人も大きく口を開ている。

「この、この、あっちいけ! そ、そ、その鼻へし折って新聞に載せてやる!」
「お、おい、やべえよこの娘、アレだよ。アレ系だよ」
「ああ、アレ系だ、お、おい、撮るな。写真を撮るんじゃねえよ!」

 ぽかんとした表情で棒立ちを決めこんで居た椛だが
 顔を隠しながら逃げ行く鼻高天狗たちの背中を見てはっと動き出す。
 気付いた時には、失礼しましたの声を残し団子屋を後にしていた。
 はたてを抱えて走りだしたため、椛の呼吸は荒い。
 しかし、それははたても一緒で、さっきのやり取りで興奮が収まらないようである。

「あ、あのですね」
「くそ、くふー、あ、あいつらめ! なんか、ふー、身分証とかひったくってやりゃあ良かった。掲載したのに!」
「おち、落ち着いて。それと」
「もう、せっかく椛がお団子かってくれたのに。ごめんね、食べられなかったけどちゃんと払うから」
「いいです。それはいいんです。はたてさん」
「大丈夫、椛?」
「やっと三輪車に乗れたと思ったら、急に大型二輪でドリフトし始めた子を持った親の心境です」
「は? ちょ、ちょっと」

 椛はクエスチョン・マークを浮かべているはたての頭を優しく撫ぜてやる。
 全く、これだから。
 何かよくわからない。
 椛は何かよくわからないが。とても気分が良くなってしまう。

「ふ、ふふふ、記事にしてやるって……」
「わ、笑わないでよ。必死だったんだから」
「知ってます知ってます。あの表情は必死以外の何物でもないです。ふふ、うふふ」
「笑うなって!」

 あまりにも椛が笑うものだから、文句を言いつつもはたても笑う。
 はたてが笑うものだから椛も更に笑う。
 そしてはたても、もうどうでもいいやと笑う。
 今度は二人が笑いすぎて息切れしてしまうのは目に見えてわかっていたが、しばらく二人の笑いが収まる気配はなかった。
 が、しばらくして上空の烏があほうと鳴き椛の頭に糞を落とす頃、二人の笑いはやっとこさ収まるのであった。


――――――――


 日も暮れ、今は夜。
 本日も何も無かったので上がりでよろしい、と上司の報告を聞き、二人は集会所を飛び出した。
 待機中は珍しくうとうととして横になっていた椛だが
 はたての携帯アラームのお陰で上司の前ではその姿を見せることはなかった。

「ふああ」
「疲れた? 椛」
「まあ、いつものことです。特に今日は忙しかった気もしますが。仕事以外の面で」
「ぐぬぬ」
「それで、記事になりそうなことは見つかりましたか?」
「んーそうね」

 少し肌寒く、息がほんのりと白く吹き出すほどの気温。
 寒くもあるが、晴れており上を見あげれば輝く豆粒がまたたいている。
 はたてはぼんやりと空を眺める。

「なんか、記事のこととかすっかり忘れちゃってた」
「そですか」

 椛も横に並び一緒に空を眺める。
 いつも見慣れている空であったが
 いつになく、綺麗に見えるなあ、と椛は感じた。

「この後時間あります?」
「ん? まあ」
「じゃあコンビニ言ってご飯とお酒買いましょう」
「え、うん」
「その後、私がいい所に連れて行ってあげます」
「本当?!」

 『きゅうりの里』にていくつかの酒と食料を買い込み、二人は横に並び空を見上げながら歩いていく。
 お互い、両の手に持っている袋のせいでポッケに手を突っ込めなくて寒いなあなどと他愛もない話をするも
 やはりはたては椛のいったことが気になる。

「椛、それでどこに行くの」
「お楽しみです」
「えーそうなの」
「チョベリグですよ。きっと記事のネタにもなります」

 その言葉にマジでまじでと興奮するはたてを見て、椛は思わず頬がほころぶ。
 そしてやっと、はたてに提供する記事のネタを確定し
 きっと射命丸に勝らず劣らず、良い物が出来上がると確信した。


――――――――


「え?」
「ここです」
「面白い所?」
「ええ、と言っても未知数です。私達で面白くすればいいんです」

 「そこ」についた椛は手慣れた手つきで玄関の錠を開け、手慣れた手つきではたてを招き入れる。
 ただいま おじゃまします
 別々の挨拶を放ち、お互い向い合って座った。

「ふう」
「え、え?」
「じゃあとりあえず食べ物チンしてください。私はコップとかビデオとか用意しときますから」
「ビデオ?」
「ええ。魔女が宅急便するアレと、未来から来たサイボーグが液体金属の敵と戦うやつです。ウチにも録画した奴があるんです」
「え、うん」
「お泊りするときは一緒に見たいって言ってたじゃないですか」

 準備をしている際に二人の会話は無かった。
 椛は満足したようにビデオをセッティングしているし、はたてはレンジの中でぐつぐつと煮えるグラタンを眺める。
 食卓に出来合いの温かい食事と色とりどりの酒が並ぶ。
 まあまあとお互いのグラスに酒をつぎ、二人はグラスを目の高さまで持ち上げた。

「では」
「うん」
「こんな辺鄙なウチではありますが、今宵は楽しみましょう」
「お、おう!」

「「乾杯」」

 二人は人工甘味料を溶かした水にほんの気持ちだけ果汁とアルコールを垂らしただけのような
 誤魔化しの酒を一気に流しこみ、生きていると実感する。
 疲れた後の酒の旨さは説明するまでもないだろう。

「「くはー」」

 後はもう好きなように。
 各々自分のグラスに注いだ酒を飲み、食い物を食べ散らかすだけだ。
 これ甘くて美味しい椛も飲みなよ。この煮物結構いけますよはたてさんも。あの黒猫いつ見ても可愛わね。ニシンのパイ食べたい。
 ひと通り食べて飲んで笑って。自分のペースを取り戻した頃、やっとはたては椛に尋ねることが出来た。

「ねえ椛」
「はい」
「そろそろ聞かせてよ。確かにいいところだけど、私にとってはね。
 記事になることって」
「お酒呑まないと、恥ずかしくて言ってられなかったんですよ」
「どういうこと?」
「はたてさん、自分を記事にしてみたらいいんじゃないかなって思いまして」
「……へ?」

 椛は語る。
 今日、やっと自分がわかったことがあった。
 はたてという新米新聞記者のことだ。
 その初々しいスポイラーは今までどんな苦労して、どんな努力してきたか。
 はたてという烏天狗が今までどのような生活をし、どのような新聞を書いてきたか。
 苦労の末得た団子はどれほどうまかったか。
 本来の新聞では書けるはずもない、まかない新聞ならではの記事。
 己を紹介する記事を書いてはどうだろうか。
 正直椛にはわからない。
 だけどきっと、きっと周りには気になっているはずだ。
 宴会に来ては周りと会話せずに帰る、会話に入りたい若い烏天狗のことを。

「どうでしょう」
「……私のこと?」
「あいつらのこと、記事にするって言ってたじゃないですか。
 今日あった出来事を面白可笑しく書いてくださいよ。それもはたてさんの自己紹介になります。
 それに、身内ネタがウケるのは前回の『えへへ魔理沙』わかっていることです」
「……そうだけど」
「というか、個人的に、私が見たいだけなのかもしれませんが」
「椛が?」
「ええ。貴方が普段思っていることを書けばいいと思います。私はそれを聞きたいから」

 椛は酒のプルタブを開け、自分とはたてのグラスに注ぎ自らへ流し込む。
 
「そうね。椛が考えてくれた案だし、やってみようかな!」
「良かったです」

 でも、とはたては続ける。
 
「大げさね椛も」
「なぜです?」
「楽しいところって言うからさ。例えば、今日の展開的に椛しか知らない幻想郷の風景が眺められる場所、とかさ
 穴場の飲み屋さん、とかさ」
「まあ、そうですね。……くはあ」
「椛、ペース早くない? BBQの時だって私より早く潰れたんだから」
「はたてさん」
「何よ」
「わかってるくせに」

 向い合って飲むのはもう終わり、と行動で示すのは椛。
 はたての隣に座り直し、更にくいとグラスを傾ける。

「綺麗な髪ですね」
「も、椛」
「昨晩は断ってすみませんでした。決心がつかなかったんです」
「も、椛、ほらビデオ見ようよ。ほら、今盛り上がるシーンだから、空飛ぶシーンだから……!」
「魔女はもういいじゃないですか。今は貴方を見たい」
「……は」
「ん?」
「……は、はたた、はたたたた」
「そう、それでいいんです」


 外では静かに星が輝いていた。
 夜(よ)の山は静かで、豊かで、それいでいて少し寂しい。
 だがその寂しさも、一時的なもので。
 恵みの秋が去った後なら仕方ない。相対的に見たって寂しいのはごく当然なこと。
 その寂しさも含んで、夜の山は更けていく。

 しかし言わずもがな。
 その夜の山の寂しさ、寒さからかけ離れた、「面白い」場所があった。
 それもそのはず、元来天狗とは……
 いや、みなまで言うのも無粋だろう。
 この場合、それでよかったのだから。
 それで二人は。





――――――――




 仕事終わりだったので、椛が宴会場に着いたのは既に盛り上がりの最高潮に達した時であった。
 普段なら仕事の時間内に始まる宴会など出たことはないが、今回は場合が違った。
 はたてが上手くやれているかどうか、それが心配であった。

「あ、どうも、こんばんは」

 入り口で仲間とキセルを吹かして、たむろしている射命丸に会う。
 そのまま通りすぎようとしたものの、やはりそこそこ仲の良い顔見知りとなると酔っぱらいは黙っちゃあいない。
 椛はそのまま過ぎて行くなんて冷たいじゃないの、と引き止められてしまう。

「あやややややややや聞きましたよ椛。今回のはたてのまかない新聞、あんたが大分助力したそうじゃないの」
「いえ、私は何も」

 椛は本当に、自分は何もしていないと思っている。
 自分はきっかけを与えただけ。
 頑張ったのははたてだけであると。

「あやややや、いっちょ前に謙遜しちゃって。このこの」
「ちょ、ちょっとやめてくださいよう。それでどうでした、新聞」
「大ウケ大ウケ。『えへへ魔理沙』もなかなか話題になったけど今回も高評価だわ。このこの」

 射命丸とともに周りにいた椛の知らない烏天狗まで一緒に椛にちょっかいをかけてくる。
 頭は撫ぜられ髪もくしゃくしゃしっぽはもふもふ。
 はて自分はここまでからかわれるキャラだったかと疑問に思うものの
 煙草の葉の匂いでごまかされていた、酒の匂いが鼻につき納得する。こいつらは浴びるように酒を呑む種族。
 酔っぱらいの相手などまともに相手するほうが馬鹿らしい。

「私もお酒を飲みにしたんですから。入れてくださいよ」
「ああ、ごめんごめん。入り口塞いでちゃってたのね」

 やっと烏天狗の手を振りほどき、宴会場に入る椛。
 はたてのまかない新聞がどのような出来になったのか楽しみなもので、しっぽはぶんぶんと振られている。
 なので、椛の背に向かって射命丸が放った

「にしてもよく来たわね、いや、来れたわよね椛」

 という言葉と、それに納得してうんうんと頷く烏天狗たちには、一切気づかなかったのであった。


 妙に緊張した面持ちで椛が宴会場のふすまを開けると
 そこには自分が望んだ世界が広がっていた。

「ほら、飲め飲め」
「あああ、あ、ありがとう」
「なんだはたて、お主おどおどしてる割にはイケる口じゃないか。ほら、杯が乾いてる。飲め飲め」
「う、うん、飲める、飲めるわ。た、楽しいから」
「お、いったなこいつ。じゃあ今度鬼が来た時にでも前線に出てもらおうか」
「おいおいそれはあんまりじゃないか。酒に強い烏天狗や鼻高天狗が束になっても酔わされるというのに」
「あ、あはは、ふふ。そうなんだ、あはは」

 嬉しさのあまりに涙を流しそうになったのは初めてかもしれない、と椛はまさしく感涙に浸る。
 ふすまを開けた先にはひきつってはいるが、皆に囲まれて酒を呑む友人の姿。
 しかし、涙は流せなかった。
 あんなにも楽しそうにしている友がいるのに、涙を流すなどと辛気臭いことは出来ない。
 唇をかみ、堪える。
 そして、今やるのは泣くことではなく、友ために共に笑ってあげる事ではないのかと、思うのであった。

「あ、椛!」

 はたてが駆け寄ってくる。
 自然とは縦に集まっていた視線も椛の元へと集まる。

「椛、お疲れ!」
「ええ、はたてさんも。楽しそうで何よりです」
「私の新聞見てくれた?」
「あ、まだですね」
「ちゃんと椛の言ったとおりに書いたら、大評判よ。ありがとう」
「そんな、貴方が頑張ったからですよ」
「はい、じゃあこれ。私が書いたまかない新聞」
「どれどれ、はいけ…………ん……」

 大好評のはたてのまかない新聞。
 それを見た椛の動きは、止まった。

「や、やだなあからかってらっしゃる。これ私をからかうためのやつでしょう。からかい新聞」
「な、なによそれ。ほら、皆もってるわよ」

 はたして今まで椛が自分の能力を憎いと思ったことがあっただろうか。
 みなが杯を持っていない方の手を見ると、現在椛が持っているものと同じ、全く同じ新聞が握られている。
 椛の、半裸写真が堂々と乗っている新聞を、だ。

「は、は? え? は?」
「『私の友達もみちゃん』のまかない新聞」
「は?」
「ほら、椛いったじゃない。私が思っていることを書けって。だから、書いたの。
 私って友達ほとんど居ないから、書くうちに自然と椛との思い出がいっぱい出てきてね。
 私の友達はこんなにかわいくて、かっこよくて、いい子なんだぞって」
「あ、あう」
「昨日の晩、ほら、ね。椛が疲れて寝ちゃった後とか可愛なあって思って写真一杯とったんだけど」
「うあ、ああ」
「せっかく撮ったのもったいないし、あまりにも可愛いし記事に合うから載せたの」
「お、おおう」
「ありがとう! 本当に椛のおかげよ!」
「も」
「え?」
「も、もみみ、もみみみぃ」
「なにそれ文のパクリ?」



 お前が言うな!
 椛はそう突っ込みたかったものの、集められた視線と愛くるしい友の笑顔のせいで
 ただ、もみみ、もみみぃと呟きながら涙を流すしか無かったのであった。


――――――――












「この間の宴会の時の金を返してくれ」
「ふむ、どの時の宴会だ」
「『豚汁300円』のまかない新聞が配られた時の宴会だ」
「おおあの時だな。だが待て、その金は『押し花栞』のまかない新聞の時に返さなかったではないか」
「確かに。うっかりしておった。すまぬすまぬ」
「構わん。いやあでもこの前の『私の友達』のまかない新聞が配られたときは楽しかったな」
「ああ、まさかおなごの白狼天狗の股間がなんとも言えぬ角度で、なあ」
「むふう。目の保養になった」
「同感だ」
「ところで話は変わるがまた札遊びに使う金が足りないのだ。貸してはくれぬか」
「まあ、かまわないが」
「何か」
「その調子だから中天狗になるんじゃないのか」
「……言うな」
「すまぬ」




『まかない新聞』
終わり
射命丸「友達同士でセッ○スはしない」

40kb弱、初めてここまで長いものを書きました。
最近、椛が出るSSが多いですね。よきかな、よきかな。
ではここまで、ありがとうございました。

またお次もよろしくお願いします。


追記:あたいったら誤字修正した! ありがとう!
ばかのひ
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コメント



0.2270簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
ええと、はたてと椛のSSで…どんな話だったか
あれは確かおなごの白狼天狗の股間が
2.100プロピオン酸削除
>>ゴシックが好きな天狗たちは
ゴシップかも

おなごの白狼天狗の股関が気になってヤバい
3.80奇声を発する程度の能力削除
おなごの白狼天狗の股関が気になる…
6.100名前が無い程度の能力削除
そのまかない新聞
俺にも一部くれないか
9.100名前が無い程度の能力削除
おなごの白狼天狗の股関! おなごの白狼天狗の股関!
10.100名前が無い程度の能力削除
新米新聞記者があんまり愛らしいからおなごの白狼天狗の股関が   ちょっと俺も宴会参加してくる。
11.100名前が無い程度の能力削除
ああ、あの新聞か。よかったなあれは
特にあの写真がな
まさかおなごの白狼天狗の股間が――
12.100名前が無い程度の能力削除
いやあ、よかった。そうじゃったそうじゃった。あの白狼天狗のおなごの股間が……
13.100名前が無い程度の能力削除
はたてちゃんが楽しそうでなによりです
17.90名前が無い程度の能力削除
はたて可愛い
19.80名前が無い程度の能力削除
はたてが可愛かった

はたてがナンパされてるとこで誤字が一つ
自体は悪化した→事態は~
26.90名前が無い程度の能力削除
怒涛のような誤字脱字が気になりましたが
はたてが幸せになってよかった!
29.100名前が無い程度の能力削除
いやもう色々な意味でニヤニヤしっぱなしでした
オチはもちろんのこと、話全体も面白くてすらすらと読めてしまいました
まさかオチがあの会話につながってるだなんて…
30.80名前が無い程度の能力削除
はたもみわっしょい!非常に面白く、はたてが可愛かったのですが誤字が目立ちます

>突然怒鳴られたはたてはしゅんとし、ポニーテールも元気がない。
ツインテールでは?

>山で暮らす以上、厄神に世話になる機会、というよりも役を引き受ける彼女には
役→厄ですよね

>白狼天狗の今の仕事体型は、巡回コース一周→休憩を兼ね上司に報告→何かあった時のために集会所で待機→解散の流れなので
体型→体系ではないかと
あと「案山子念報」ではなく「花果子念報」です

折角の作品も誤字で損なわれているように思います
特に中盤…どんな話だったか
あれは確かおなごの白狼天狗の股間が…
31.100みやび削除
もみっ もみみみー!
はたても椛も可愛かったです。

椛の寝顔写真をばらまくなんてはたてちゃん随分積極的ね。
32.80がる削除
もみじもみもみ

『えへへ新聞』と『友達新聞』下さいお願いします
34.100名前が無い程度の能力削除
はたたたたっ!
その新聞一部いただけないだろうか!?
きわっきわっな写真についてく、詳しく!!!
39.80名前が無い程度の能力削除
テンポよく読めて面白かったです
それにしてもこのSS、おなごの白狼天狗の股間がなんとも…

> 椛が疲れて寝ちゃった後とか可愛なあって思って写真一杯とったんだけど
可愛なあ→可愛いなあ でしょうか。
あと、文の新聞は「文文。新聞」じゃなくて「文々。新聞」ですよ
53.803削除
実ははたもみを読むのは初めてなんですよね。
中々良い具合でございました。
それにしても、地の文がなかなかはっちゃけている(メタネタ含む)のに文章が破綻していないのが凄いなと思いました。
58.100おちんこちんちん太郎削除
人見知りのはたてが可愛い。
はたた。
59.50朝日を夕日にする程度の能力削除
大天狗とても困惑し→大天狗はとても困惑し


少し冷静なった。→少し冷静になった


新聞に掛ける情熱は人一倍あり、ときは表では言えないことをする→新聞に掛ける情熱は人一倍あり、ときには表では言えないことをする


椛は気にしたらまけです→負け?


どんな苦労して、どんな努力してきたか。→どんな苦労をして、どんな努力をしてきたか。


前回の『えへへ魔理沙』わかっていることです」→前回の『えへへ魔理沙』でわかっていることです」


私もお酒を飲みにしたんですから。入れてくださいよ→私もお酒を飲みにきた(飲みたい?)んですから。入れてくださいよ


自然とは縦に集まっていた視線→自然とはたてに集まっていた視線


長いと誤字脱字も増えるのは仕方ないよね
プロじゃ無いんだし



↑の中で意図して(ふいんき←何故か(ryを作るため等)書いてるやつあったらごめん
61.100名前が無い程度の能力削除
これはオモシロイのであるが具体的には軽妙であったりはたたたしている部分であったりもみみぃでもあればおなごの白狼天狗でもあってつまりは全体的に良い雰囲気を感じて大満足でした!
66.100名前が無い程度の能力削除
俺の股間も(ry
68.100名前が無い程度の能力削除
おうおう泣くえへへ魔理沙ちゃん、少し古風かわいい
69.100名前が無い程度の能力削除
はたもみ可愛い!ほんとに「まかない」新聞で面白かったです!