Coolier - 新生・東方創想話

長くない道

2012/12/30 15:06:54
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「ねぇ、咲夜さん?」
「何よ」

 ベッドに背を向け、腕を組む咲夜。
 美鈴は、ベッドの上で天井をじっと眺めながら、咲夜に言葉を投げた。

「こっち、見てくださいよ」
「何で」
「寂しいじゃ、ないですか」

 咲夜は腕組みを解いて、ふっと息を吐き美鈴と同じ天井を見つめる。

「嫌」
「えぇ? どうしてですか」
「嫌だから、よ」

 目を落として、誰も開けない扉。
 こちり、と。時計が突然うるさくなった気がした。

「咲夜さん、お願いしますよ」
「ご丁重にお断りいたしますわ」
「――――最後のお願いかもしれないんですから」

 時計の音は止まる。
 咲夜の動きも。
 能力を使ったわけではない。

「そう、ね」
「ね?」
「でも、嫌よ」
「えぇ?」

 美鈴はいじけたような声を出す。

「一つ、答えてくれるかしら」

 対して、咲夜の声は変わらなかった。
 氷のような声色で、時計のように正確なリズムで。

「はい、なんでしょうか?」
「美鈴は」
 
 すぅっと。息を吸い込む。
 ふぅっと。吐き出す。

「あと、どれくらい?」

 氷と時計は、やはり姿を変えなかった。

「しばらくは、大丈夫そうです」
「本当?」
「えぇ、私、頑丈なのだけが取り柄なんですよ?」
「頑丈だったら、こんなところに伏せてないと思うのだけど」

 咲夜は、肩を竦める。
 そこに何らかの感情は感じられず、ただ肩を竦めるのが適切だからそうしただけであるような。

「ねぇ、答えてあげたんだから、こっち向いて下さいよ。咲夜さん」
「答えてあげた、とは生意気ね。美鈴」
「あう、ごめんなさい?」
「冗談よ」

 咲夜は、一歩前に進んだ。
 そこには、何の意味もない。

「咲夜さん」
「何よ」
「嘘つきって、どう思います?」
「嘘を吐かない者なんて居ないわ」
「あいや、そういうことじゃなくて」

 ぽりぽりと頭を掻く美鈴。
 顎に指を当てて、少し考えてから、美鈴はもう一度口を開く。

「咲夜さんに対して嘘を吐いた者を、咲夜さんはどう思いますか」
「それは、吐いた嘘にもよるけど。そうね」

 すっと、美鈴は目を閉じる。
 咲夜の言葉を待つ為に。
咲夜の言葉だけを聞く為に。

「おしおきは、してあげなきゃね」
「そう、ですか」
「なに? 美鈴、あなたもしかして私に嘘吐いてるの?」
「いえいえ、違います。まだ吐いてはいません」
 
 咲夜は相変わらず背を向けているというのに、美鈴は手をぶんぶんと振って嘘を否定する。
 
「まだ? じゃあこれから吐くっていうの?」
「えぇまぁ……そうですね。きっと、私は優しいので」
「自分で言うの?」
「はい。私、咲夜さんにはとっても優しいんですよ?」

 溜息を吐く咲夜。そして、また腕組みをして、咲夜は冷たく美鈴に言った。

「優しいんじゃなくて、冷たくする度胸がないんでしょ?」
「えー……あ、はは。嫌われるのは、嫌ですから」
「美鈴」
「ふぇ?」
「ちょっと、目を瞑って」

 言われた通り、美鈴は目を瞑る。
 それが見えていたかのように、咲夜は美鈴の方をようやく向いた。
 咲夜の表情は……恐らく、表現してはいけないだろう。
 こちりと、時計はまたうるさく鳴り始める。

「私がいいって言うまで、目を開けちゃダメよ?」
「は、はい……」
 
 少し疑うような表情になる美鈴。
 しかし、そこに不安だとか恐怖だとかの色はなかった。
 ベッドに一歩ずつ、咲夜は近づく。
 その足音に、美鈴の心臓は高鳴りを強めた。

「ねぇ美鈴、私ね」
「ん、はい」
「正直、びっくりしてるわ」
「びっくり?」

 パジャマ姿で布団を被る美鈴を、咲夜はじっと見下ろす。
 勇ましく凛々しい中華服は、ハンガーに吊るされて部屋の隅に。
 美鈴がそれを着て門番をしているのを咲夜が見たのは、どれくらい前だっただろうか。
 
「だって、あなたは妖怪でしょう?」
「あぁ、まぁ」
「私は人間。なのに、あなたの方が先に倒れちゃうなんて」
「人間より長生き、ってだけですからね。私、案外咲夜さんより年上だったんですよ?」
「わかるけど」
「何もおかしくありませんよ」

 目を瞑ったまま笑う美鈴。
 咲夜とお揃いだった、強さの象徴のような紅い三つ編みも今は解かれて、色もくすんでいるように見える。

「おかしいとかじゃなくて、覚悟の意味がなかったなって」
「覚悟?」
「えぇ、私これでも、覚悟してたのよ」
「はぁ……」
「この館の誰よりも先に逝く、覚悟」

 美鈴は黙った。
 何も言うことが見つからず、また何も言うべきでないと感じたから。

「なのに、あんたが一番早いだなんて」
「あはは、まだ決まってませんよ?」
「頑丈だけが取り柄、だものね」
「えぇ、ここから誰よりも長生き……」

 すっと、咲夜がベッドに腰掛けた。

「ねぇ美鈴」
「は、はい?」
「もう一度、訊いていい?」

 そのまま身体を捻って、美鈴の顔にそっと触れる咲夜。

「あなたはあと、どれくらいなの?」
「――――もう少しは、大丈夫ですよ」
「これからあなたは、嘘を吐くのよね」
「えぇ、優しいので」
「じゃあ」

 咲夜の両手は美鈴の顔に冷たく。
 だからその分、雫の熱を感じた。

「おしおき、ね」

 雫の熱の上に、柔らかい唇の熱を。
 咲夜は、押し当てた。



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