「ねぇ、咲夜さん?」
「何よ」
ベッドに背を向け、腕を組む咲夜。
美鈴は、ベッドの上で天井をじっと眺めながら、咲夜に言葉を投げた。
「こっち、見てくださいよ」
「何で」
「寂しいじゃ、ないですか」
咲夜は腕組みを解いて、ふっと息を吐き美鈴と同じ天井を見つめる。
「嫌」
「えぇ? どうしてですか」
「嫌だから、よ」
目を落として、誰も開けない扉。
こちり、と。時計が突然うるさくなった気がした。
「咲夜さん、お願いしますよ」
「ご丁重にお断りいたしますわ」
「――――最後のお願いかもしれないんですから」
時計の音は止まる。
咲夜の動きも。
能力を使ったわけではない。
「そう、ね」
「ね?」
「でも、嫌よ」
「えぇ?」
美鈴はいじけたような声を出す。
「一つ、答えてくれるかしら」
対して、咲夜の声は変わらなかった。
氷のような声色で、時計のように正確なリズムで。
「はい、なんでしょうか?」
「美鈴は」
すぅっと。息を吸い込む。
ふぅっと。吐き出す。
「あと、どれくらい?」
氷と時計は、やはり姿を変えなかった。
「しばらくは、大丈夫そうです」
「本当?」
「えぇ、私、頑丈なのだけが取り柄なんですよ?」
「頑丈だったら、こんなところに伏せてないと思うのだけど」
咲夜は、肩を竦める。
そこに何らかの感情は感じられず、ただ肩を竦めるのが適切だからそうしただけであるような。
「ねぇ、答えてあげたんだから、こっち向いて下さいよ。咲夜さん」
「答えてあげた、とは生意気ね。美鈴」
「あう、ごめんなさい?」
「冗談よ」
咲夜は、一歩前に進んだ。
そこには、何の意味もない。
「咲夜さん」
「何よ」
「嘘つきって、どう思います?」
「嘘を吐かない者なんて居ないわ」
「あいや、そういうことじゃなくて」
ぽりぽりと頭を掻く美鈴。
顎に指を当てて、少し考えてから、美鈴はもう一度口を開く。
「咲夜さんに対して嘘を吐いた者を、咲夜さんはどう思いますか」
「それは、吐いた嘘にもよるけど。そうね」
すっと、美鈴は目を閉じる。
咲夜の言葉を待つ為に。
咲夜の言葉だけを聞く為に。
「おしおきは、してあげなきゃね」
「そう、ですか」
「なに? 美鈴、あなたもしかして私に嘘吐いてるの?」
「いえいえ、違います。まだ吐いてはいません」
咲夜は相変わらず背を向けているというのに、美鈴は手をぶんぶんと振って嘘を否定する。
「まだ? じゃあこれから吐くっていうの?」
「えぇまぁ……そうですね。きっと、私は優しいので」
「自分で言うの?」
「はい。私、咲夜さんにはとっても優しいんですよ?」
溜息を吐く咲夜。そして、また腕組みをして、咲夜は冷たく美鈴に言った。
「優しいんじゃなくて、冷たくする度胸がないんでしょ?」
「えー……あ、はは。嫌われるのは、嫌ですから」
「美鈴」
「ふぇ?」
「ちょっと、目を瞑って」
言われた通り、美鈴は目を瞑る。
それが見えていたかのように、咲夜は美鈴の方をようやく向いた。
咲夜の表情は……恐らく、表現してはいけないだろう。
こちりと、時計はまたうるさく鳴り始める。
「私がいいって言うまで、目を開けちゃダメよ?」
「は、はい……」
少し疑うような表情になる美鈴。
しかし、そこに不安だとか恐怖だとかの色はなかった。
ベッドに一歩ずつ、咲夜は近づく。
その足音に、美鈴の心臓は高鳴りを強めた。
「ねぇ美鈴、私ね」
「ん、はい」
「正直、びっくりしてるわ」
「びっくり?」
パジャマ姿で布団を被る美鈴を、咲夜はじっと見下ろす。
勇ましく凛々しい中華服は、ハンガーに吊るされて部屋の隅に。
美鈴がそれを着て門番をしているのを咲夜が見たのは、どれくらい前だっただろうか。
「だって、あなたは妖怪でしょう?」
「あぁ、まぁ」
「私は人間。なのに、あなたの方が先に倒れちゃうなんて」
「人間より長生き、ってだけですからね。私、案外咲夜さんより年上だったんですよ?」
「わかるけど」
「何もおかしくありませんよ」
目を瞑ったまま笑う美鈴。
咲夜とお揃いだった、強さの象徴のような紅い三つ編みも今は解かれて、色もくすんでいるように見える。
「おかしいとかじゃなくて、覚悟の意味がなかったなって」
「覚悟?」
「えぇ、私これでも、覚悟してたのよ」
「はぁ……」
「この館の誰よりも先に逝く、覚悟」
美鈴は黙った。
何も言うことが見つからず、また何も言うべきでないと感じたから。
「なのに、あんたが一番早いだなんて」
「あはは、まだ決まってませんよ?」
「頑丈だけが取り柄、だものね」
「えぇ、ここから誰よりも長生き……」
すっと、咲夜がベッドに腰掛けた。
「ねぇ美鈴」
「は、はい?」
「もう一度、訊いていい?」
そのまま身体を捻って、美鈴の顔にそっと触れる咲夜。
「あなたはあと、どれくらいなの?」
「――――もう少しは、大丈夫ですよ」
「これからあなたは、嘘を吐くのよね」
「えぇ、優しいので」
「じゃあ」
咲夜の両手は美鈴の顔に冷たく。
だからその分、雫の熱を感じた。
「おしおき、ね」
雫の熱の上に、柔らかい唇の熱を。
咲夜は、押し当てた。
「何よ」
ベッドに背を向け、腕を組む咲夜。
美鈴は、ベッドの上で天井をじっと眺めながら、咲夜に言葉を投げた。
「こっち、見てくださいよ」
「何で」
「寂しいじゃ、ないですか」
咲夜は腕組みを解いて、ふっと息を吐き美鈴と同じ天井を見つめる。
「嫌」
「えぇ? どうしてですか」
「嫌だから、よ」
目を落として、誰も開けない扉。
こちり、と。時計が突然うるさくなった気がした。
「咲夜さん、お願いしますよ」
「ご丁重にお断りいたしますわ」
「――――最後のお願いかもしれないんですから」
時計の音は止まる。
咲夜の動きも。
能力を使ったわけではない。
「そう、ね」
「ね?」
「でも、嫌よ」
「えぇ?」
美鈴はいじけたような声を出す。
「一つ、答えてくれるかしら」
対して、咲夜の声は変わらなかった。
氷のような声色で、時計のように正確なリズムで。
「はい、なんでしょうか?」
「美鈴は」
すぅっと。息を吸い込む。
ふぅっと。吐き出す。
「あと、どれくらい?」
氷と時計は、やはり姿を変えなかった。
「しばらくは、大丈夫そうです」
「本当?」
「えぇ、私、頑丈なのだけが取り柄なんですよ?」
「頑丈だったら、こんなところに伏せてないと思うのだけど」
咲夜は、肩を竦める。
そこに何らかの感情は感じられず、ただ肩を竦めるのが適切だからそうしただけであるような。
「ねぇ、答えてあげたんだから、こっち向いて下さいよ。咲夜さん」
「答えてあげた、とは生意気ね。美鈴」
「あう、ごめんなさい?」
「冗談よ」
咲夜は、一歩前に進んだ。
そこには、何の意味もない。
「咲夜さん」
「何よ」
「嘘つきって、どう思います?」
「嘘を吐かない者なんて居ないわ」
「あいや、そういうことじゃなくて」
ぽりぽりと頭を掻く美鈴。
顎に指を当てて、少し考えてから、美鈴はもう一度口を開く。
「咲夜さんに対して嘘を吐いた者を、咲夜さんはどう思いますか」
「それは、吐いた嘘にもよるけど。そうね」
すっと、美鈴は目を閉じる。
咲夜の言葉を待つ為に。
咲夜の言葉だけを聞く為に。
「おしおきは、してあげなきゃね」
「そう、ですか」
「なに? 美鈴、あなたもしかして私に嘘吐いてるの?」
「いえいえ、違います。まだ吐いてはいません」
咲夜は相変わらず背を向けているというのに、美鈴は手をぶんぶんと振って嘘を否定する。
「まだ? じゃあこれから吐くっていうの?」
「えぇまぁ……そうですね。きっと、私は優しいので」
「自分で言うの?」
「はい。私、咲夜さんにはとっても優しいんですよ?」
溜息を吐く咲夜。そして、また腕組みをして、咲夜は冷たく美鈴に言った。
「優しいんじゃなくて、冷たくする度胸がないんでしょ?」
「えー……あ、はは。嫌われるのは、嫌ですから」
「美鈴」
「ふぇ?」
「ちょっと、目を瞑って」
言われた通り、美鈴は目を瞑る。
それが見えていたかのように、咲夜は美鈴の方をようやく向いた。
咲夜の表情は……恐らく、表現してはいけないだろう。
こちりと、時計はまたうるさく鳴り始める。
「私がいいって言うまで、目を開けちゃダメよ?」
「は、はい……」
少し疑うような表情になる美鈴。
しかし、そこに不安だとか恐怖だとかの色はなかった。
ベッドに一歩ずつ、咲夜は近づく。
その足音に、美鈴の心臓は高鳴りを強めた。
「ねぇ美鈴、私ね」
「ん、はい」
「正直、びっくりしてるわ」
「びっくり?」
パジャマ姿で布団を被る美鈴を、咲夜はじっと見下ろす。
勇ましく凛々しい中華服は、ハンガーに吊るされて部屋の隅に。
美鈴がそれを着て門番をしているのを咲夜が見たのは、どれくらい前だっただろうか。
「だって、あなたは妖怪でしょう?」
「あぁ、まぁ」
「私は人間。なのに、あなたの方が先に倒れちゃうなんて」
「人間より長生き、ってだけですからね。私、案外咲夜さんより年上だったんですよ?」
「わかるけど」
「何もおかしくありませんよ」
目を瞑ったまま笑う美鈴。
咲夜とお揃いだった、強さの象徴のような紅い三つ編みも今は解かれて、色もくすんでいるように見える。
「おかしいとかじゃなくて、覚悟の意味がなかったなって」
「覚悟?」
「えぇ、私これでも、覚悟してたのよ」
「はぁ……」
「この館の誰よりも先に逝く、覚悟」
美鈴は黙った。
何も言うことが見つからず、また何も言うべきでないと感じたから。
「なのに、あんたが一番早いだなんて」
「あはは、まだ決まってませんよ?」
「頑丈だけが取り柄、だものね」
「えぇ、ここから誰よりも長生き……」
すっと、咲夜がベッドに腰掛けた。
「ねぇ美鈴」
「は、はい?」
「もう一度、訊いていい?」
そのまま身体を捻って、美鈴の顔にそっと触れる咲夜。
「あなたはあと、どれくらいなの?」
「――――もう少しは、大丈夫ですよ」
「これからあなたは、嘘を吐くのよね」
「えぇ、優しいので」
「じゃあ」
咲夜の両手は美鈴の顔に冷たく。
だからその分、雫の熱を感じた。
「おしおき、ね」
雫の熱の上に、柔らかい唇の熱を。
咲夜は、押し当てた。