この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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いつの頃からだろう。幻想郷にもクリスマスとかいう風習が広まりだしたのは。外の世界では廃れる気配がない、むしろ年々賑やかになっているという話を聞いているのに。幻想郷に伝わるものは、外の世界で忘れられたもののはずだ。にもかかわらず、この風習が幻想入りした理由は何だろうか。
……そうか、守矢の神々。幻想入りしてそれほど長い時間が立っていないということは、逆にいえば、外の世界の近況を一番良く知っているということだ。あいつらが幻想郷に来た年から、クリスマスとかいう宴会が広まり出したんだ。
年末になると、ところどころで男女のペアを目にすることになった。山の哨戒任務についている時などは、見たくなくてもそいつらの姿が目に入ってくる。山への危害が無いうちはわざわざ手を下す必要はないという方針のせいで、目ざわりだったとしても排除することができない。おかげで、私は精神衛生に多大な危害を被っているのだ。
紅魔館に住む悪魔の妹に頼みこんで、きゅっとしてもらえればどれほど気が楽になることか。そんな現実離れした妄想をしつつ、私は哨戒任務に勤しんでいた。
『かっぱっぱーかっぱっぱーふーふふーん♪』
にとりから渡されている携帯電話が鳴った。緊急の用事を頼みたいときは、この電話で連絡を取り合うことになっている。と言っても、大将棋の相手をしてくれとか、新作の機械を使ってみてくれとか、その程度の話くらいしかしないのだが。
……それにしても、この着メロ? とかいう音、なんとかならないものか。にとり自身の歌声を使っていると言っていたが、なんというか、気が抜ける。
「……もしもし、今日は仕事の日だって言ってなかったっけ?」
「あぁ、椛、お仕事御苦労さん。それが、どうしても緊急に頼みたいことができちゃってさ、今すぐ私の工房まで来て欲しいんだ。」
「今すぐ? だって、今、私は仕事中―――」
「ごめん、詳しく説明する時間が無いんだ。助けると思ってさ、お願い! じゃ、待ってるよ!」
ツー、ツー、ツー、という音だけを返す携帯電話を見つめながら、私は溜め息をついた。勤務中に他の用事が入るのは慣れているが、どんな用事なのか全くわからないということはそうそう無い。後で上司になんて報告しようか、頭を悩ませつつ、私はにとりの工房へ向かった。
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「……という訳だからさ、頼むよ。報酬は後でちゃんと払うからさ。」
「返事は、はい、か、イエス、でお願いするわ。」
「断る。どういう理屈で、私がサンタクロースの真似ごとなんかをしなくちゃいけないんだ。」
にとりの工房で待っていたのは、にとりと幽香の二人だった。なぜ幽香が? という疑問は、用件を説明された段階でどうでもよくなった。今夜、幽香と二人で人里の子どもがいる家を回って、プレゼントを渡してきて欲しい。要約すればそういう依頼をされたわけだが、私がそんな依頼を受ける道理は無い。
「今夜中にという期限があるなら適役がいるじゃないか。幻想郷最速を自称する鴉天狗様が。」
「その鴉天狗様は、今夜重要な予定が入ってるからって、断られちゃったんだよ。頼めるのは、もう椛しかいないんだ。」
にとりは申し訳なさそうな顔で頭を下げている。一方、幽香は涼しげな顔で、依頼を受けるのは当然とでも言いたそうな笑顔を浮かべている。
「そもそも、この依頼の主は幽香だろう。幽香が頭を下げるならまだしも、にとりが頭を下げる必要はない。……で、幽香、お前の態度次第で、私が依頼を受けるかどうかが決まるわけだが、どうする?」
「も、椛! 挑発する相手を間違ってるって!」
「いいのよ、河童ちゃん。こういう頭の固い子は、絶対的な力を見せつけてやらないと、従わせることはできないものなんだから。」
「幽香さんも、お願いだから私の工房でドンパチするのは勘弁して下さいよ。」
「大丈夫。力というのは物理的な力だけじゃないわ。」
そう言って、幽香は懐から何かを取り出した。見たところ、携帯電話と同じくらいの大きさで、何やらボタンが付いている。
「鴉天狗様とやらの言葉を借りるとすれば、ペンは剣より強し、と言ったところかしらね。」
そう言って、幽香がボタンを押した。
『……ったく、どいつもこいつもクリスマスだからって浮かれやがって。私は仕事だっつーの。もっとも、仕事があろうが無かろうが、浮いた話なんかありゃしませんがね。浮いたところですぐ沈むんだよ。ちくしょう、ちく―――』
「―――さて、答えを聞こうかしら。」
答えなど返せるわけがない。幽香の持つ機械から流れてきた声は、紛れもなく私の声だ。しかも、さっきの哨戒任務中に呟いていた一人ごとの内容が、一言一句狂い無く再生されている。驚くべきはその技術ではなく、発した言葉が記録として残されているということだ。
「……わかりました。あなたに従いましょう。風見幽香…… 様。」
「理解が早くて助かるわ。ちなみに、これはダビングしたものだから、原本は別にあるわよ。個人情報を守りたければ、おとなしくしていることね。」
風見幽香。力だけの妖怪だと思っていたが、こんな搦め手を使ってくるとは。悔しいが、本当に悔しいが、従わざるを得ない。そうしないと、私の中の暗黒面が世に広まってしまうことになる。
……悲しいことに、既に手遅れな友人が一人いる。にとりに視線を移すと、わかりやすいくらい引いた表情を浮かべていた。それでも、私の視線に気づくと、引きつった表情の中、必死に笑顔を作ってくれた。
「は、はは、大丈夫だって、このことは、私と椛…… と、幽香さんだけの秘密ってことにするよ。そもそも、このレコーダーの記録だって、今夜の依頼を完了した後で廃棄する予定だったんだし。だから、ね?」
「あぁ、こうなってしまったものは仕方ない。素直に受け入れるさ。心遣い、感謝するよ。」
……たとえ、このレコーダーをしかけた相手が君であっても、ね。だいたい、今日の仕事前に、私に悟られないようにこんなことを仕込むことができる者なんて限られている。つまり、この計画は入念に練られたうえで実行されたことなのだ。
友人を弁護するならば、幽香に脅されたか何かで無理やり実行犯に加わったのだろう。そうに違いない。必死に自分に言い聞かせていると、幽香が何やら2着の服を運んできた。
「さて、外は暗くなってきたし、そろそろ出発しましょうか。さぁ、この服を着てちょうだい。」
そう言って私に1着手渡してくる。残った1着は、幽香自身が着こんでいる。
「この服は?」
「それはね、ふふふ、私の自慢の光学迷彩スーツだよ。これで、人間にばれずに家に侵入できるってもんさ。」
「ばれずに侵入って、何も泥棒をしに行くわけじゃないんだから、堂々とすればいいじゃないか。」
「わかってないなぁ。椛、サンタクロースを楽しみにしているのは誰だい? 人里に住む子ども達なんだよ? サンタクロースがプレゼントを運んで来てくれるって、ドキドキしながら待ってるんだ。そんなときに、妖怪の2人組がプレゼントを持って来ましたなんて訪ねてきたらどうだい。夢、ぶち壊しだよ。」
そういうものなんだろうか。そもそも、サンタクロースなんてものが実在するならば、外の世界の常識というものも疑わしい。聞いた話だと、サンタクロースとは白ひげのお爺さんで、世界中の子どもの家を回ってプレゼントを配っているという。この時点で既に疑わしいのだが、侵入方法は煙突からだとか、わざわざプレゼントを靴下に詰め込んでいくとか、滑稽にも程がある。
「もたもたしないで、早く準備しなさい。それと、河童ちゃん、例の件、頼んだわよ。」
「例の件? にとり、幽香とは、一体何を―――」
「あぁ、それは、あはは、と、とにかく、今はサンタのお仕事の方が大事だよ。早くしないと夜が明けちゃう。さぁ、早く行った行った。」
どうも何かを隠しているような雰囲気だが、気にしても始まらない。幽香に急かされるまま、私は準備を済ませた。プレゼントを入れる袋がやたらと大きい気がしたが、里の子ども全員に配ると言うならこれくらいは必要なのだろう。軽く溜め息をついて、私と幽香は人里へと向かった。
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「幽香さん、なんでこの仕事を私に依頼したんですか? こんな仕事、スキマ妖怪の力を使えば楽にできるでしょうに。」
「それは無理なお話だわ。だって、紫は冬眠中ですもの。それに、このお仕事は私が勝手にやってる事だから、いつもだったら私一人で充分だったわ。今年だけは、ちょっとだけ特別なの。」
「はぁ、特別ですか。ところで、幽香さんが勝手にやってるって言いましたけれど、それはどうしてですか?」
「面白いから、よ。……さぁ、そろそろ一件目が見えてくるわ。」
夜の闇の中、ぽつぽつと灯る家の灯りを確認しながら、私たちは一件目の家に着いた。光学迷彩スーツで姿は見えないとはいえ、音まで隠しきることはできない。忍び足で侵入して、子どもが眠る部屋へと辿りつく。
布団の中で安らかに眠る子どもの枕元に、小さな靴下が置いてあった。
「さて、と。ここまで来たはいいものの、配るプレゼントは決めているんですか? 私、袋の中身は見ていませんよ。」
「これから配るものくらい、準備の時に見ておきなさいよ。まぁいいわ。今年のプレゼントは、コレと、コレよ。」
そう言って、幽香は袋の中から小さな包みと一つの鉢植えを取り出した。……鉢植えを袋に詰め込んでおきながら、中で乱れた様子が無いあたり、にとりが何らかの工夫をしたのだろう。
改めて、小さな包みを見直すと、それは花の種が入った袋だった。なるほど、幽香は毎年クリスマスの日に子どもに花の種を配って回っているのだ。面白いから、なんて言っていながら、実際には花を広めるための方策の一つなんじゃないか。
気になるのは鉢植えの方だ。掌サイズの木が生えている。さながら盆栽のようなイメージの代物だが、その木は、木の幹から葉っぱまで、全体が白く染まっていた。
「幽香さん、その木はなんですか? そのような白い木は、今まで見たことが無いのですが。」
「ふふふ、今日あなたに仕事を手伝ってもらっている理由の一つが、この木なのよ。そうね、あなた、クリスマスツリーの由来なんて、知ってるかしら?」
「いえ…… そもそも、由来なんてものがあるのですか?」
「クリスマスという行事そのものが、宗教的な由来を持つものなのよ。クリスマスツリーの由来というのも複数あって、聖人を雨から守ったからとか、妖精を閉じ込める儀式の媒体になったからとか、ね。私は、冬でも緑の葉をつけるモミの木が、生命力の象徴としてぴったりだったっていう説が気に行っているわ。」
「緑、って、この木は白いじゃないですか。」
「外の世界では、わざわざ作りものの白いクリスマスツリーを使うこともあるらしいわ。ホワイトクリスマスって、あなたも一度くらいは聞いたことあるんじゃない?」
「雪が降るクリスマス。それをホワイトクリスマスと呼ぶと、聞いたことはあります。」
「クリスマスの日に雪が降ることは、外の世界でも稀なことなのかもしれないわね。そうでないと、わざわざ白いツリーを用意して、ホワイトクリスマスを連想するようなことはしないわ。」
人間の発想は、時に想像を超えるものがある。風情を表現するためには、由来さえも捻じ曲げてしまうと言うのか。幽香は、クリスマスは宗教的な由来があると言った。宗教というからには、信仰の対象となる存在がいるということだ。宗教的な由来を捻じ曲げるという行為は、儀式としての行事と信仰を切り離す行為と言えるのではないだろうか。
……守矢の神々が幻想郷にやってきた理由は、外の世界での信仰が得られなくなってきたからというものだった。彼女達の気持ちなどをわかろうとは思わないが、きっと、私には簡単に理解できないようなことがあったのだろう。
「どうしたの? ぼうっとしちゃって。ほら、ここでの仕事はおわったんだから、さっさと次の家に行くわよ。もたもたしてると日が明けちゃうわ。」
幽香の言葉で気を取り直し、私はその場を去ろうとした。足を動かそうとした時、わずかな抵抗を感じて振り返ると、例の子どもが私の袴の裾をつかんでいた。少しだけ肝を冷やしかけたが、寝息を立てているから気付かれてはいないだろう。手をほどくために屈みこむと、子どもが何事かを呟いているのが聞こえた。
「あ…… がと…… さ…… さん。」
ありがとう、サンタさん。正体が妖怪だと知ったら、どう思うだろうか。ただ、なんだろう。悪い気持ちがしない。
「ね? 面白いでしょ?」
幽香がほほ笑みながらこちらを振り返る。光学迷彩の機能を切っているところを見ると、たとえ見つかろうが関係ないのだろう。とりあえず、今の幽香の問いには素直に答えが返せる。
「えぇ、面白いです。」
子どもの手をそっと離して、私は立ち上がる。この子だけじゃない。今夜のうちに、人里の子どもへプレゼントを届けなければならない。子どもたちは、サンタクロースを待っている。会ったことも、見たことも無い相手だが、今晩は彼の代わりを務めるのが私の役目だ。
「さぁ、行きましょうか。」
「ふふふ、やけに乗り気になってるじゃない。最初はあんなに嫌がってたのに。」
「うむむ、それは言いっこなしですよ。ほら、早く、次の家に行きましょう。」
皮肉っぽく笑う幽香を急かしつつ、私たちは次の家へと向かった。
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「にとり、ただいま。」
「おぉ、椛、お帰り。笑顔で帰ってきたところを見ると、何か嬉しいことでもあったのかな?」
「ふふふ、この子ったら、2件目を回る頃からやけに張り切っちゃってたわよ。何があったかは、本人の口から言わせるべきかしらね。」
「幽香さん、からかわないでくださいよ。私はただ、依頼された仕事を全うしただけです。」
「そういうことにしておくわ。……さて、河童ちゃん。そっちの準備はできてるかしら?」
「えぇ、準備万端ですよ。奥の部屋へ行きましょう。」
工房の奥へと歩いていくにとりと幽香の後についていく。部屋のドアを開けて中に入ると、何もない、がらんどうの空間が拡がっていた。
「にとり、準備万端って言ってたけど、これは一体……?」
「まぁまぁ…… それじゃあ、いくよ。ちょっと電気を消すね。」
私達3人が部屋に入ったのを確認して、にとりはドアを閉めると部屋の電気を消した。部屋の中が真っ暗な闇に包まれる。
「3…… 2……」
にとりが何かのカウントダウンを始めた。
「1……!」
何のカウントダウンか、という問いを発する前に、パンッ! という、何かが弾けるような音が響いた。音は一つだけじゃなく、部屋の四方八方から響いて来る。何事かと身構えようとした時、部屋の灯りがついた。
「メリークリスマス! サンタのお仕事、御苦労様!」
「メリークリスマス! もう、待ちくたびれたわよ! 感謝しなさい。文がつまみ食いしないように、ちゃんと見張っててあげたんだから。」
目の前には、豪華な料理が並んだテーブルと、四方八方に拡がる紙テープ。そして、紅い帽子とコートを着込んだ二人の鴉天狗がいた。
「文さん、はたてさん、何をやってるんですか?」
「何って、これからクリスマスパーティーを始めるんじゃないの。ほらほら、早くこっちにいらっしゃい。せっかくの料理が冷めちゃう。」
「私が腕によりをかけて作った料理だからね。しっかりと味わって食べなさい。」
「あぁ、ちょっと待って。料理に手をつける前に、っと。」
にとりがそそくさとグラスを配って回る。全員にグラスが行きわたったところで、にとりが音頭をとった。
「さて、今日はクリスマスパーティーということで、存分に楽しもうじゃない。それじゃあ、かんぱーい!」
「「「「かんぱーい!」」」」」
流されるようにパーティーが始まってしまった。それにしても、どこからどこまでが計画された事なんだろうか。まず、この場に文さんとはたてさんの二人がいる辺りから、既に綿密な計画が立っていた気配がするのだが。
「文さん、確か、今晩は重要な予定が入っているはずでは?」
「クリスマスパーティーの他に重要な予定なんてあるわけないでしょう? まったく、私達だけでこれだけの準備をするのは、ほんとに大変だったんだから。」
「私まで駆り出されるっていうのが、その証拠でしょうね。おかげで、私もパーティーを楽しませてもらってるんだけどね。」
「あら? はたて、もしかしてフリーだったの?」
「そういう文だって、言えた口じゃないでしょうに。別にいいのよ、楽しく宴会ができるなら。」
二人はなんだかんだで盛り上がっているようだ。それにしても、そういうことならそう言ってくれればいいのに。計画さえわかっていたなら、私も少しは素直になっていたかもしれない。どのみち、今となってはどうでもいいことなのだが。
「椛、黙っててごめん。どうしても、椛にだけは秘密で進めないといけないことがあったんだ。」
「過ぎたことだし、もういいよ。でも、私に秘密にしなければいけないことっていうのは、何の事?」
「それはね…… これのことさ!」
そう言って、にとりが懐から取り出したスイッチのボタンを押した。すると、テーブルの後ろに、部屋の天井まで届く程の大きさがあるクリスマスツリーが姿を現した。いろいろな飾り付けがあった御蔭でクリスマスツリーと判断できたわけだが、この木、全体が白い。そして、この木を、私は知っている。もっとも、私が見たのは手のひらサイズのものだったのだが。
「どうだい! これだけの飾り付けをするのは苦労したんだよ。それから、木を用意してくれた幽香さんに感謝しないとね。」
「幽香さん、もしかして、あの木って……」
「えぇ、私達がプレゼントしてきた木よ。もっとも、こちらは盆栽サイズじゃないけれど。」
「初めに白いモミの木を用意したって聞いた時は、本当かどうか疑ったものだけど、実際に目にしてみると、不思議と納得しちゃうもんなんだね。」
「疑うのは仕方がないわ。だって、この木は私が今日の為に創った木ですもの。」
「え? 創った?」
「クリスマスツリーに使われるモミの木は、冬でも緑の葉をつける常緑樹なのよ。ただ、ホワイトクリスマスを演出するなら、こんな木があってもいいじゃない?」
「そういえば、今年は雪が降ってませんからね。」
「あなたのおかげよ。白狼天狗。」
「わ、私の? そう言われても、私は何も―――」
「この木は、あなたをイメージして創った木なんですから。」
そう言われて、私の心は少しだけ痛んだ。私をイメージして創られた、純白に色付く木。一時、クリスマスへの黒い感情を吐き出した私が、このような穢れの無いイメージを持つ事を許されるというのだろうか。
「サンタの代行をしてみて、クリスマスへのイメージも変わったでしょう? それとも、まだ黒いイメージを持っているのかしら。」
幽香の問いかけが、私にとっての救いの道になったように思えた。クリスマスを毛嫌いしていた理由も、今となっては些細なことに思える。
「クリスマス…… 悪くないものですね。」
「ふふふ、じゃあ、これはもう用済みね。」
幽香が懐から例の機械を取り出し、床に置くと、思い切り踏みつぶした。ボンッ、という破裂音が響き、いままで談笑していた文さんとはたてさんが振り返った。
「な、何、今の爆発!?」
「にとり! あなた、何か仕込んだんじゃないでしょうね!?」
「えぇっ! いや、機材のトラブルは無いはず。」
「あらあら、なんでもないわよ。どうぞ、お気になさらず。」
涼しげな顔でグラスを傾ける幽香。文さんとはたてさんも、多少辺りの様子に気を配りながらも、もとのように談笑を続けている。にとりだけは、首をかしげながら周りの機材をチェックしているようだ。
さて、きゅっとされたわけではないが、今の爆発で私の気分も多少は晴れたようだ。今は純粋な気持ちで、今宵のパーティーを楽しむことにしよう。グラスを傾け、私は談笑の輪に加わって行くのだった。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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いつの頃からだろう。幻想郷にもクリスマスとかいう風習が広まりだしたのは。外の世界では廃れる気配がない、むしろ年々賑やかになっているという話を聞いているのに。幻想郷に伝わるものは、外の世界で忘れられたもののはずだ。にもかかわらず、この風習が幻想入りした理由は何だろうか。
……そうか、守矢の神々。幻想入りしてそれほど長い時間が立っていないということは、逆にいえば、外の世界の近況を一番良く知っているということだ。あいつらが幻想郷に来た年から、クリスマスとかいう宴会が広まり出したんだ。
年末になると、ところどころで男女のペアを目にすることになった。山の哨戒任務についている時などは、見たくなくてもそいつらの姿が目に入ってくる。山への危害が無いうちはわざわざ手を下す必要はないという方針のせいで、目ざわりだったとしても排除することができない。おかげで、私は精神衛生に多大な危害を被っているのだ。
紅魔館に住む悪魔の妹に頼みこんで、きゅっとしてもらえればどれほど気が楽になることか。そんな現実離れした妄想をしつつ、私は哨戒任務に勤しんでいた。
『かっぱっぱーかっぱっぱーふーふふーん♪』
にとりから渡されている携帯電話が鳴った。緊急の用事を頼みたいときは、この電話で連絡を取り合うことになっている。と言っても、大将棋の相手をしてくれとか、新作の機械を使ってみてくれとか、その程度の話くらいしかしないのだが。
……それにしても、この着メロ? とかいう音、なんとかならないものか。にとり自身の歌声を使っていると言っていたが、なんというか、気が抜ける。
「……もしもし、今日は仕事の日だって言ってなかったっけ?」
「あぁ、椛、お仕事御苦労さん。それが、どうしても緊急に頼みたいことができちゃってさ、今すぐ私の工房まで来て欲しいんだ。」
「今すぐ? だって、今、私は仕事中―――」
「ごめん、詳しく説明する時間が無いんだ。助けると思ってさ、お願い! じゃ、待ってるよ!」
ツー、ツー、ツー、という音だけを返す携帯電話を見つめながら、私は溜め息をついた。勤務中に他の用事が入るのは慣れているが、どんな用事なのか全くわからないということはそうそう無い。後で上司になんて報告しようか、頭を悩ませつつ、私はにとりの工房へ向かった。
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「……という訳だからさ、頼むよ。報酬は後でちゃんと払うからさ。」
「返事は、はい、か、イエス、でお願いするわ。」
「断る。どういう理屈で、私がサンタクロースの真似ごとなんかをしなくちゃいけないんだ。」
にとりの工房で待っていたのは、にとりと幽香の二人だった。なぜ幽香が? という疑問は、用件を説明された段階でどうでもよくなった。今夜、幽香と二人で人里の子どもがいる家を回って、プレゼントを渡してきて欲しい。要約すればそういう依頼をされたわけだが、私がそんな依頼を受ける道理は無い。
「今夜中にという期限があるなら適役がいるじゃないか。幻想郷最速を自称する鴉天狗様が。」
「その鴉天狗様は、今夜重要な予定が入ってるからって、断られちゃったんだよ。頼めるのは、もう椛しかいないんだ。」
にとりは申し訳なさそうな顔で頭を下げている。一方、幽香は涼しげな顔で、依頼を受けるのは当然とでも言いたそうな笑顔を浮かべている。
「そもそも、この依頼の主は幽香だろう。幽香が頭を下げるならまだしも、にとりが頭を下げる必要はない。……で、幽香、お前の態度次第で、私が依頼を受けるかどうかが決まるわけだが、どうする?」
「も、椛! 挑発する相手を間違ってるって!」
「いいのよ、河童ちゃん。こういう頭の固い子は、絶対的な力を見せつけてやらないと、従わせることはできないものなんだから。」
「幽香さんも、お願いだから私の工房でドンパチするのは勘弁して下さいよ。」
「大丈夫。力というのは物理的な力だけじゃないわ。」
そう言って、幽香は懐から何かを取り出した。見たところ、携帯電話と同じくらいの大きさで、何やらボタンが付いている。
「鴉天狗様とやらの言葉を借りるとすれば、ペンは剣より強し、と言ったところかしらね。」
そう言って、幽香がボタンを押した。
『……ったく、どいつもこいつもクリスマスだからって浮かれやがって。私は仕事だっつーの。もっとも、仕事があろうが無かろうが、浮いた話なんかありゃしませんがね。浮いたところですぐ沈むんだよ。ちくしょう、ちく―――』
「―――さて、答えを聞こうかしら。」
答えなど返せるわけがない。幽香の持つ機械から流れてきた声は、紛れもなく私の声だ。しかも、さっきの哨戒任務中に呟いていた一人ごとの内容が、一言一句狂い無く再生されている。驚くべきはその技術ではなく、発した言葉が記録として残されているということだ。
「……わかりました。あなたに従いましょう。風見幽香…… 様。」
「理解が早くて助かるわ。ちなみに、これはダビングしたものだから、原本は別にあるわよ。個人情報を守りたければ、おとなしくしていることね。」
風見幽香。力だけの妖怪だと思っていたが、こんな搦め手を使ってくるとは。悔しいが、本当に悔しいが、従わざるを得ない。そうしないと、私の中の暗黒面が世に広まってしまうことになる。
……悲しいことに、既に手遅れな友人が一人いる。にとりに視線を移すと、わかりやすいくらい引いた表情を浮かべていた。それでも、私の視線に気づくと、引きつった表情の中、必死に笑顔を作ってくれた。
「は、はは、大丈夫だって、このことは、私と椛…… と、幽香さんだけの秘密ってことにするよ。そもそも、このレコーダーの記録だって、今夜の依頼を完了した後で廃棄する予定だったんだし。だから、ね?」
「あぁ、こうなってしまったものは仕方ない。素直に受け入れるさ。心遣い、感謝するよ。」
……たとえ、このレコーダーをしかけた相手が君であっても、ね。だいたい、今日の仕事前に、私に悟られないようにこんなことを仕込むことができる者なんて限られている。つまり、この計画は入念に練られたうえで実行されたことなのだ。
友人を弁護するならば、幽香に脅されたか何かで無理やり実行犯に加わったのだろう。そうに違いない。必死に自分に言い聞かせていると、幽香が何やら2着の服を運んできた。
「さて、外は暗くなってきたし、そろそろ出発しましょうか。さぁ、この服を着てちょうだい。」
そう言って私に1着手渡してくる。残った1着は、幽香自身が着こんでいる。
「この服は?」
「それはね、ふふふ、私の自慢の光学迷彩スーツだよ。これで、人間にばれずに家に侵入できるってもんさ。」
「ばれずに侵入って、何も泥棒をしに行くわけじゃないんだから、堂々とすればいいじゃないか。」
「わかってないなぁ。椛、サンタクロースを楽しみにしているのは誰だい? 人里に住む子ども達なんだよ? サンタクロースがプレゼントを運んで来てくれるって、ドキドキしながら待ってるんだ。そんなときに、妖怪の2人組がプレゼントを持って来ましたなんて訪ねてきたらどうだい。夢、ぶち壊しだよ。」
そういうものなんだろうか。そもそも、サンタクロースなんてものが実在するならば、外の世界の常識というものも疑わしい。聞いた話だと、サンタクロースとは白ひげのお爺さんで、世界中の子どもの家を回ってプレゼントを配っているという。この時点で既に疑わしいのだが、侵入方法は煙突からだとか、わざわざプレゼントを靴下に詰め込んでいくとか、滑稽にも程がある。
「もたもたしないで、早く準備しなさい。それと、河童ちゃん、例の件、頼んだわよ。」
「例の件? にとり、幽香とは、一体何を―――」
「あぁ、それは、あはは、と、とにかく、今はサンタのお仕事の方が大事だよ。早くしないと夜が明けちゃう。さぁ、早く行った行った。」
どうも何かを隠しているような雰囲気だが、気にしても始まらない。幽香に急かされるまま、私は準備を済ませた。プレゼントを入れる袋がやたらと大きい気がしたが、里の子ども全員に配ると言うならこれくらいは必要なのだろう。軽く溜め息をついて、私と幽香は人里へと向かった。
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「幽香さん、なんでこの仕事を私に依頼したんですか? こんな仕事、スキマ妖怪の力を使えば楽にできるでしょうに。」
「それは無理なお話だわ。だって、紫は冬眠中ですもの。それに、このお仕事は私が勝手にやってる事だから、いつもだったら私一人で充分だったわ。今年だけは、ちょっとだけ特別なの。」
「はぁ、特別ですか。ところで、幽香さんが勝手にやってるって言いましたけれど、それはどうしてですか?」
「面白いから、よ。……さぁ、そろそろ一件目が見えてくるわ。」
夜の闇の中、ぽつぽつと灯る家の灯りを確認しながら、私たちは一件目の家に着いた。光学迷彩スーツで姿は見えないとはいえ、音まで隠しきることはできない。忍び足で侵入して、子どもが眠る部屋へと辿りつく。
布団の中で安らかに眠る子どもの枕元に、小さな靴下が置いてあった。
「さて、と。ここまで来たはいいものの、配るプレゼントは決めているんですか? 私、袋の中身は見ていませんよ。」
「これから配るものくらい、準備の時に見ておきなさいよ。まぁいいわ。今年のプレゼントは、コレと、コレよ。」
そう言って、幽香は袋の中から小さな包みと一つの鉢植えを取り出した。……鉢植えを袋に詰め込んでおきながら、中で乱れた様子が無いあたり、にとりが何らかの工夫をしたのだろう。
改めて、小さな包みを見直すと、それは花の種が入った袋だった。なるほど、幽香は毎年クリスマスの日に子どもに花の種を配って回っているのだ。面白いから、なんて言っていながら、実際には花を広めるための方策の一つなんじゃないか。
気になるのは鉢植えの方だ。掌サイズの木が生えている。さながら盆栽のようなイメージの代物だが、その木は、木の幹から葉っぱまで、全体が白く染まっていた。
「幽香さん、その木はなんですか? そのような白い木は、今まで見たことが無いのですが。」
「ふふふ、今日あなたに仕事を手伝ってもらっている理由の一つが、この木なのよ。そうね、あなた、クリスマスツリーの由来なんて、知ってるかしら?」
「いえ…… そもそも、由来なんてものがあるのですか?」
「クリスマスという行事そのものが、宗教的な由来を持つものなのよ。クリスマスツリーの由来というのも複数あって、聖人を雨から守ったからとか、妖精を閉じ込める儀式の媒体になったからとか、ね。私は、冬でも緑の葉をつけるモミの木が、生命力の象徴としてぴったりだったっていう説が気に行っているわ。」
「緑、って、この木は白いじゃないですか。」
「外の世界では、わざわざ作りものの白いクリスマスツリーを使うこともあるらしいわ。ホワイトクリスマスって、あなたも一度くらいは聞いたことあるんじゃない?」
「雪が降るクリスマス。それをホワイトクリスマスと呼ぶと、聞いたことはあります。」
「クリスマスの日に雪が降ることは、外の世界でも稀なことなのかもしれないわね。そうでないと、わざわざ白いツリーを用意して、ホワイトクリスマスを連想するようなことはしないわ。」
人間の発想は、時に想像を超えるものがある。風情を表現するためには、由来さえも捻じ曲げてしまうと言うのか。幽香は、クリスマスは宗教的な由来があると言った。宗教というからには、信仰の対象となる存在がいるということだ。宗教的な由来を捻じ曲げるという行為は、儀式としての行事と信仰を切り離す行為と言えるのではないだろうか。
……守矢の神々が幻想郷にやってきた理由は、外の世界での信仰が得られなくなってきたからというものだった。彼女達の気持ちなどをわかろうとは思わないが、きっと、私には簡単に理解できないようなことがあったのだろう。
「どうしたの? ぼうっとしちゃって。ほら、ここでの仕事はおわったんだから、さっさと次の家に行くわよ。もたもたしてると日が明けちゃうわ。」
幽香の言葉で気を取り直し、私はその場を去ろうとした。足を動かそうとした時、わずかな抵抗を感じて振り返ると、例の子どもが私の袴の裾をつかんでいた。少しだけ肝を冷やしかけたが、寝息を立てているから気付かれてはいないだろう。手をほどくために屈みこむと、子どもが何事かを呟いているのが聞こえた。
「あ…… がと…… さ…… さん。」
ありがとう、サンタさん。正体が妖怪だと知ったら、どう思うだろうか。ただ、なんだろう。悪い気持ちがしない。
「ね? 面白いでしょ?」
幽香がほほ笑みながらこちらを振り返る。光学迷彩の機能を切っているところを見ると、たとえ見つかろうが関係ないのだろう。とりあえず、今の幽香の問いには素直に答えが返せる。
「えぇ、面白いです。」
子どもの手をそっと離して、私は立ち上がる。この子だけじゃない。今夜のうちに、人里の子どもへプレゼントを届けなければならない。子どもたちは、サンタクロースを待っている。会ったことも、見たことも無い相手だが、今晩は彼の代わりを務めるのが私の役目だ。
「さぁ、行きましょうか。」
「ふふふ、やけに乗り気になってるじゃない。最初はあんなに嫌がってたのに。」
「うむむ、それは言いっこなしですよ。ほら、早く、次の家に行きましょう。」
皮肉っぽく笑う幽香を急かしつつ、私たちは次の家へと向かった。
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「にとり、ただいま。」
「おぉ、椛、お帰り。笑顔で帰ってきたところを見ると、何か嬉しいことでもあったのかな?」
「ふふふ、この子ったら、2件目を回る頃からやけに張り切っちゃってたわよ。何があったかは、本人の口から言わせるべきかしらね。」
「幽香さん、からかわないでくださいよ。私はただ、依頼された仕事を全うしただけです。」
「そういうことにしておくわ。……さて、河童ちゃん。そっちの準備はできてるかしら?」
「えぇ、準備万端ですよ。奥の部屋へ行きましょう。」
工房の奥へと歩いていくにとりと幽香の後についていく。部屋のドアを開けて中に入ると、何もない、がらんどうの空間が拡がっていた。
「にとり、準備万端って言ってたけど、これは一体……?」
「まぁまぁ…… それじゃあ、いくよ。ちょっと電気を消すね。」
私達3人が部屋に入ったのを確認して、にとりはドアを閉めると部屋の電気を消した。部屋の中が真っ暗な闇に包まれる。
「3…… 2……」
にとりが何かのカウントダウンを始めた。
「1……!」
何のカウントダウンか、という問いを発する前に、パンッ! という、何かが弾けるような音が響いた。音は一つだけじゃなく、部屋の四方八方から響いて来る。何事かと身構えようとした時、部屋の灯りがついた。
「メリークリスマス! サンタのお仕事、御苦労様!」
「メリークリスマス! もう、待ちくたびれたわよ! 感謝しなさい。文がつまみ食いしないように、ちゃんと見張っててあげたんだから。」
目の前には、豪華な料理が並んだテーブルと、四方八方に拡がる紙テープ。そして、紅い帽子とコートを着込んだ二人の鴉天狗がいた。
「文さん、はたてさん、何をやってるんですか?」
「何って、これからクリスマスパーティーを始めるんじゃないの。ほらほら、早くこっちにいらっしゃい。せっかくの料理が冷めちゃう。」
「私が腕によりをかけて作った料理だからね。しっかりと味わって食べなさい。」
「あぁ、ちょっと待って。料理に手をつける前に、っと。」
にとりがそそくさとグラスを配って回る。全員にグラスが行きわたったところで、にとりが音頭をとった。
「さて、今日はクリスマスパーティーということで、存分に楽しもうじゃない。それじゃあ、かんぱーい!」
「「「「かんぱーい!」」」」」
流されるようにパーティーが始まってしまった。それにしても、どこからどこまでが計画された事なんだろうか。まず、この場に文さんとはたてさんの二人がいる辺りから、既に綿密な計画が立っていた気配がするのだが。
「文さん、確か、今晩は重要な予定が入っているはずでは?」
「クリスマスパーティーの他に重要な予定なんてあるわけないでしょう? まったく、私達だけでこれだけの準備をするのは、ほんとに大変だったんだから。」
「私まで駆り出されるっていうのが、その証拠でしょうね。おかげで、私もパーティーを楽しませてもらってるんだけどね。」
「あら? はたて、もしかしてフリーだったの?」
「そういう文だって、言えた口じゃないでしょうに。別にいいのよ、楽しく宴会ができるなら。」
二人はなんだかんだで盛り上がっているようだ。それにしても、そういうことならそう言ってくれればいいのに。計画さえわかっていたなら、私も少しは素直になっていたかもしれない。どのみち、今となってはどうでもいいことなのだが。
「椛、黙っててごめん。どうしても、椛にだけは秘密で進めないといけないことがあったんだ。」
「過ぎたことだし、もういいよ。でも、私に秘密にしなければいけないことっていうのは、何の事?」
「それはね…… これのことさ!」
そう言って、にとりが懐から取り出したスイッチのボタンを押した。すると、テーブルの後ろに、部屋の天井まで届く程の大きさがあるクリスマスツリーが姿を現した。いろいろな飾り付けがあった御蔭でクリスマスツリーと判断できたわけだが、この木、全体が白い。そして、この木を、私は知っている。もっとも、私が見たのは手のひらサイズのものだったのだが。
「どうだい! これだけの飾り付けをするのは苦労したんだよ。それから、木を用意してくれた幽香さんに感謝しないとね。」
「幽香さん、もしかして、あの木って……」
「えぇ、私達がプレゼントしてきた木よ。もっとも、こちらは盆栽サイズじゃないけれど。」
「初めに白いモミの木を用意したって聞いた時は、本当かどうか疑ったものだけど、実際に目にしてみると、不思議と納得しちゃうもんなんだね。」
「疑うのは仕方がないわ。だって、この木は私が今日の為に創った木ですもの。」
「え? 創った?」
「クリスマスツリーに使われるモミの木は、冬でも緑の葉をつける常緑樹なのよ。ただ、ホワイトクリスマスを演出するなら、こんな木があってもいいじゃない?」
「そういえば、今年は雪が降ってませんからね。」
「あなたのおかげよ。白狼天狗。」
「わ、私の? そう言われても、私は何も―――」
「この木は、あなたをイメージして創った木なんですから。」
そう言われて、私の心は少しだけ痛んだ。私をイメージして創られた、純白に色付く木。一時、クリスマスへの黒い感情を吐き出した私が、このような穢れの無いイメージを持つ事を許されるというのだろうか。
「サンタの代行をしてみて、クリスマスへのイメージも変わったでしょう? それとも、まだ黒いイメージを持っているのかしら。」
幽香の問いかけが、私にとっての救いの道になったように思えた。クリスマスを毛嫌いしていた理由も、今となっては些細なことに思える。
「クリスマス…… 悪くないものですね。」
「ふふふ、じゃあ、これはもう用済みね。」
幽香が懐から例の機械を取り出し、床に置くと、思い切り踏みつぶした。ボンッ、という破裂音が響き、いままで談笑していた文さんとはたてさんが振り返った。
「な、何、今の爆発!?」
「にとり! あなた、何か仕込んだんじゃないでしょうね!?」
「えぇっ! いや、機材のトラブルは無いはず。」
「あらあら、なんでもないわよ。どうぞ、お気になさらず。」
涼しげな顔でグラスを傾ける幽香。文さんとはたてさんも、多少辺りの様子に気を配りながらも、もとのように談笑を続けている。にとりだけは、首をかしげながら周りの機材をチェックしているようだ。
さて、きゅっとされたわけではないが、今の爆発で私の気分も多少は晴れたようだ。今は純粋な気持ちで、今宵のパーティーを楽しむことにしよう。グラスを傾け、私は談笑の輪に加わって行くのだった。
天狗+河童にゆうかりんは珍しい組み合わせに思えるけど、平和そうでなにより。
あとやさぐれ椛が楽しそうになってなにより。マッタリしました。