Coolier - 新生・東方創想話

『雨の日に』 『かさと女の子』

2012/12/23 20:51:22
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『雨の道に』


 雨の音。
 対抗するような風の音は、不自然なまでになく。この雨はしばらく続きそうであった。
 既に、太陽が隠れ始めてから優に三時間は経過しているというのに、目の良い大男が空を一杯に見上げても、重雲が視野の端まで広がっていて。
 そんな天気の中、わざわざ外を出歩くような奇人もなく。
 平時であれば人で賑わう大通りには、人影一つなかった――――そのように、見えた。
 先程述べたような、目の良い大男であっても、少し離れれば見つけられないかもしれないほど、目立たないながらも、大通りには一つの人影があった。
 その人影は、顔を俯け、髪はしとどに濡れ、ただでさえ小さな背丈が、余計に、惨めなほどに小さく見える、幼い少女であった。
 その少女は、雨宿りのつもりなのか、誰かの家の壁に背を預け、じっと濡れた地面を俯視ていた。
 しかし、申し訳程度にしか飛び出ていない屋根下では、無情な雨は彼女に降り注ぎ続け。
 染み込む場所もない雫は、俯いた彼女の髪先からぽたりぽたりと落ちていく。
 慈悲の心のある人間が見れば、いや悪人であっても心動かさずには居られない、そんな無惨な光景。
 だが、その光景を見る者は誰一人なく。
 救いのない街中で、時間はただ過ぎていった。

 ふと、前触れもなく少女は顔を上げる。
 憔悴しきった表情に浮かぶ、年齢不相応に濁った目は或る物を見つけた。
 それは、端的に事実だけで言えば、傘であった。
 ただ、それを傘と呼ぶには、あまりにも違和感がある。
 柄は朽ち、骨は曲がり、穴だらけ。
 しかもその割に、人に使われた形跡はなく。
 新品のまま時の経過により劣したような。
 ような、というか、その傘は事実、新品のまま飽きて捨てられた傘であった。
 放り投げられ、閉じたまま雨に当たり、柄は手に包まれず急ぐ人の足で蹴飛ばされ。
 じっとその場で拾う者を待ち続けていた、そんな傘だったのだ。
 
 しかし少女は、ふらふらと、ばちゃりばちゃりと、覚束ない足でぬかるんだ地面を、その傘に向かって一心に歩いた。
 それだけが、この世界の希望であるかのように。暗闇で見つけた一筋の光明であるかのように。

 少女も、同じであった。
 かつての傘と同じように、何も知らないまま、捨てられた。
 そして一人で、生きてきた。
 
 そんな少女は、傘の元へ、歩き続けた。
 傘に辿りつくまでの二丈もないような道で、少女は何度か地面に倒れこみそうになった。
 瞼が瞳を永遠に覆い隠しそうになったことも。

 しかし少女は、無事傘に辿り着いた。
 いっぱいに伸ばした手が、触れる程度に届く、その距離まで。
 少女は、笑った。
 両手を伸ばして。
 冷たくなりきった指先が、痛んだ傘に触れた瞬間。
 少女は、事切れた。 
 
 ぐしゃり、と、泥が跳ねて少女と傘を汚す。
 熱と生きる力を徒に奪っていた雨は、しかし泥を洗い流すことだけはなく。
 
 少女は、最後に傘を抱き締めた。
 雨はまだ、降り続けそうだ。




 結局、雨は一晩続いた。
 朝になり、もっとも早起きの者が表に出ると、昨日が嘘であるかのように燦々と注ぐ太陽に喜んだ。
 大通りには、人影一つなかったが、しかし代わりに、不自然に抉れた跡があった。
 誰かバカな奴が転んだのだろうと、その者はそのまま忘却した。

 忘れられた。
 最後の最後までも、あの一人と一つは。

 大通りには、人影一つなかった。  


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