Coolier - 新生・東方創想話

不器用な恋人たち

2012/12/21 17:29:21
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 コンコンと、小さくノックの音が響いた。
「はーい。魔理沙、ちょっと待っててね」
 アリスは料理をする手を止めて、先にアリスの家に着ていた魔理沙に声をかけてから玄関に向かう。
 今日はクリスマスイブの一日前。明日の夜は博麗神社で宴会をすることになっているので、友達としてのクリスマス会を23日にすることにしていたのだった。
 鍵を外して扉を開けると、冷たい空気が入ってくる。空は鉛のように重たい色の冬空だ。もしかしたら、雪が降るかもしれない
「メリークリスマス、霊夢、パチュリー」
 アリスは来客者達に声をかけた。
 二人はクリスマスデートを楽しんできたのだろうか? 手にはいくつかの紙袋を持っている。手袋やマフラーをした冬らしい服からは、喫茶店の香りがした。
「メリークリスマス、アリス」
 パチュリーは素直にクリスマスのお祝いを言ってくれる。けれども、霊夢は難しそうな顔をしていた。しばらく間を空けてから、
「ま、今日はありがとね。アリス」
 と、きまりが悪そうに言う。霊夢は、キリスト教のイベントであるクリスマスに参加することに、抵抗を感じているのだ。
「明日は紫も来るんでしょ? 紫が気にしてないなら、構わないじゃない」
「それはそうだけど……」
 アリスなりに説得を試みたが、効果は薄いようだった。
 クリスマスを祝って、除夜の鐘を聞き、初詣に行く。そんな風習の幻想郷で気にすることでもないと思うのだが。そもそも、明日のクリスマス宴会の首謀者は、霊夢の同業者(だとアリスは思っている)の早苗だった。
「ま、霊夢はこれでけっこう真面目なのよね。神社というか、博麗の巫女に関することでは」
「でも、修行とかサボっているイメージだけど」
「普段はね。でも本当は隠れ、って、痛いじゃない!」
 パチュリーが話そうとしていた言葉は、荷物を持ったまま投げつけられた針によって阻止された。
「もう、それが恋人に対する仕打ちかしら」
 パチュリーが首に刺さった針を抜き取りながら言う。首に刺さっていてもなんともないということは、かなりピンポイントで狙ったということなのだろう。たしかにそれだけのことができるなら、修行する必要はないと思う。
「まぁ、修行に関しては霊夢が黙秘権……、ってなんか違う気がするけど使ったから置いといて、図書館に来ても結構神社の仕事をやってるしね」
「たとえば?」
 アリスは尋ねた。霊夢は退屈そうに空を眺めている。少し申し訳ないと思ったが、好奇心が勝った。
「前にアリスが来たときにはお守り作ってたじゃない」
「あぁ、あったわね。でも、あのときって、すぐにおやつになった記憶があるんだけど?」
「あのときは、もうかなりの時間、作業を続けてたからね。でも、霊夢って、図書館に来てもぜんぜん相手してくれないのよ」
「え? パチュリーも、お菓子を食べる以外は本を読んでるだけよね? わたしが行ったときの記憶だと」
「だって、アリスの場合は本が目的でしょ? そういえば、霊夢もアリスが来るとすぐに反応するわね。もしかしたら、わたしよりもアリスの方が好きなのかもね」
「あぁー、よっぽどアリスの方がいいわね! 家事もできるし、お菓子も持ってきてくれるし」
 しばらく黙って聞いていた霊夢がふてくされたように言った。たしかに、ここまで言いたい放題されたら言い返したくもなるだろう。
「だいたい、パチュリーだって、神社に来てもコタツに入ってばっかりじゃない」
「わたしは霊夢と違って、声をかけたら反応くらいするわよ」
「嘘言わないでよ! この前、掃除するからコタツから出てって言っても、聞く耳をもたなかったじゃない」
 霊夢がパチュリーの耳を「なんのためについてるのかしら?」などと言いながら引っ張る。パチュリーが「痛い痛い」などと喚いているが、そんなに痛くはなさそうだ。
「あのときは、コタツが気持ちよかったんだから仕方ないじゃない。研究もいいところだったし。掃除なんかいつでもできるでしょ!」
「あんたねぇ。週7回する家事の大変さを知らないでしょ。どうせ全部小悪魔や咲夜に任せきりなんだから」
「わたしだって毎日研究してるわよ。いつもいつもグータラしてるだけの巫女とは違うんだから! それに、たまには家事だってするわ」
 パチュリーの自分勝手な発言に、霊夢の目がつり上がる。それにしても、犬も食わないような喧嘩だ。
「研究なんて、好きなときに始められて、好きなときにやめられるじゃない。こっちは絶対にやらなくちゃならないのよ」
「だから、わたしだって、たまに家事をしてるって言ってるでしょ。あなたの、この耳だって飾りじゃない」
 パチュリーが霊夢の耳を引っ張り返す。霊夢の耳は、けっこう柔らいらしく、お餅のように伸びた。うん、そろそろ寒くなってきた。玄関に行くだけだったので、防寒をしてこなかったのだ。けれどもアリスの存在など気にすることもなく、2人の喧嘩は続いていく。いい加減にしないかしら?
「どうせ思いついたからって、突然やるんでしょ? そういうのって、逆に迷惑なのよ!」
「咲夜とか小悪魔のためを思ってやったのに、そんなこと言うの?」
「どうせ作るだけ作って、片づけは二人にやらせたんでしょ? そういうのをめ・い・わ・く、って言うのよ」
「もう! 霊夢のわからずや!」
 ついに霊夢の口撃に、パチュリーが憤慨してしまった。普段家事をやらない人が家事をやったあとの片づけが大変だというのは、全面的に同意する。けれども。
「人里の老夫婦みたいな喧嘩はその辺にして部屋に入らない?」
 アリスは冷ややかに言った。いい加減寒さが限界だったのだ。
 アリスの冷たい視線に気づいた2人が申し訳なさそうにする。
「ごめん。言い過ぎた」
「わたしも。ごめんね。パチュリー」
 いや、ほったらかしにされたわたしに謝ってよ。
 一瞬そんなことも思ったが、アリスは言えなかった。
 この2人は、良いことでも悪いことでも、素直に言い合える仲になっているのだ。
 魔理沙とは、まだそんな関係にはなっていない。
 友達以上だけど恋人未満の関係。そういったところだろうか?
 魔理沙の言葉や行動に、一喜一憂しているし、自分の言動が魔理沙を傷つけてしまったかと思うときには、1人で悲しみにくれる。
 まぁ、全部わたしが素直になれないのが原因なんだけど。
「はぁー」
 アリスは珍しく小さなため息をついた。少し落ち込んでいるためか、気温が低くなったように感じる。
「アリス? 入らないの?」
 1人で憂鬱になっていると、パチュリーに呼ばれて、ハッとした。2人はさっきまでの喧嘩が嘘のように、見ただけで恋人とわかる距離に収まっている。
「うん、入りましょ。あんまり片づいてないけど」
 そう言ってアリスは、重たい気持ちは扉の外に置いてから、部屋の中に入るのだった。

☆☆☆

 部屋の中では、魔理沙がソファーの上で、大きな本をかかえるようにして読んでいた。それは構わないのだけど……。
「魔理沙、その格好でその座り方はやめた方がいいと思うわよ?」
 霊夢が呆れたように言った。
 魔理沙の座り方は、ソファーの上で体育座り。格好はアリスが作ったサンタクロース風の服。赤い膝丈のワンピースに、同じく赤のポンチョ、それに黒のニーソックス。ポンチョにはアクセントに白い棉をところどころにつけている。我ながら、なかなか可愛くコーディネートできたと思う。
 さて、膝丈までしかないワンピースで体育座りをしたら、どういう現象が起こるだろうか?
「うわっ! 霊夢見たか!?」
 魔理沙が慌ててワンピースの裾で、すき間を隠そうとする。
「見たというよりも、見させられた感じね」
「アリスとパチュリーは?」
「だって見え見えじゃない。白い布が」
「うっ、白って言うな。ア、アリスも見たのか?」
 アリスはコクンとうなずくことしかできなかった。
「うわぁ! もうダメだ……。だから短いスカートはダメだって言ったのに……」
 魔理沙がしょんぼりとして言う。たしかに魔理沙は普段、長いスカートばっかり履いてるから、短いスカートには慣れてないのだろう。そのことが起こした、不幸な事件だ。
 ちなみに、魔理沙が着ているサンタクロース風の服は、もちろんアリスの趣味である。以前、魔法石をあげたことがあったので、そのお礼に着てもらったものだ。
 アリスにとって、魔理沙は次々にコーディネートしたくなる存在だった。
 小柄な体に、黙っていれば可愛い西洋人形のような容姿。アリスにとって、魔理沙は生きた人形のようなものだ。
 それは、自律人形を求めるアリスにとって、最高の誉め言葉。けれども、魔理沙を人形扱いすることに、罪悪感も覚えていた。
 魔理沙はあくまで生きた人間。人形のように、一方的に感情を押しつけることはできない。
 でも、自分が魔理沙のために作った服くらい、なんの理由もなく試着くらいはしてもらいたいと思う。今は、魔法石のお礼などと理由をつけないとできないけど。
「アリスってば!!」
「えっ、なに!?」
 一人で感傷に浸っていると、霊夢の顔が目の前にあった。魔理沙が西洋人形なら、霊夢は日本人形。真っ白な肌と黒く輝く髪のコントラストに、思わず見とれそうになる。
「もう、あんたの耳も読書中のパチュリーみたいなものね」
「ごめん、ちょっとボーッとしてた」
「なに? 魔理沙の下着のことでも考えてたの?」
「ばっ、馬鹿! そんなわけないじゃない!」
 本当に考えていたわけではないのになぜか声が上擦ってしまった。
「ま、別にそれでも構わないんだけどね。とりあえず、食事の準備しない?」
「もうほとんどできてるわよ。あとは温めなおすだけのものばっかりだから」
「それでも人の手はあった方が楽でしょ?」
「なんか悪いわね」
「部屋貸してもらって、料理もしてもらって。なにもしなかったらこっちが気まずいくらいよ」
 霊夢は当たり前のように言う。明日は自分が似たようなことをやるのに。
 このあたりが、霊夢が一見傍若無人な振る舞いをしていても好かれる理由なのだろう。
「魔理沙も食器運びくらいは手伝ってよね」
「まっ、それくらいはやるか」
 霊夢の言葉に、魔理沙もソファーから立ち上がる。先ほどの事件から、ようやく立ち直ったようだ。
「ちょっと、何でわたしには声をかけてくれないのよ?」
 さて、キッチンに向かおうかな、と考えていると、パチュリーが不満そうな声をあげた。
「だって、パチュリー、食べる方が好きでしょ?」
「ゆっくり読書しててくれればいいぜ」
「4人もいたら邪魔だしね。あんたは足手まといになりそうだから戦力外通告」
「グスン」
 魔法の森に、魔女の泣き声が響きわたった。

☆☆☆

 メインの食事を食べ終えて、ケーキに移る直前。4人はプレゼント交換をすることにした。
 適当にくじ引きをしたのだが、偶然にも、魔理沙とパチュリー、アリスと霊夢が交換するようになった。
 魔理沙はパチュリーに手作りのクッキーをあげて、逆にパチュリーから魔法石をもらった。
「ねぇ、もしわたしが魔法石をもらうことになったら、どうするつもりだったの?」
 紅茶の入ったカップを口に運びながら霊夢が尋ねた。
 霊夢は緑茶がいいと言ったが、郷に入っては郷に従えだ。
「別に置いておけばいいじゃない。私が勝手に使うから」
「それ、プレゼントになってないじゃない」
 霊夢は呆れたように言った。
 アリスもその通りだと思う。
「だって、本はあげたくないし、特にいいプレゼントも浮かばなかったから。でもそれ、けっこう良いものなのよ?」
「ま、霊夢が置きっぱなしにしてたら、わたしが借りたかもしれないな」
「魔理沙はいい加減図書館の本を返しなさいよ」
「死ぬまで借りてるだけだぜ」
 パチュリーの請求に、魔理沙は当たり前のように言う。パチュリーも半ばあきらめてるようで、それ以上はなにも言わなかった。
「それで、アリスは何を用意したんだ? また編み物か?」
 魔理沙に尋ねられて、アリスは自身のプレゼントを取り出す。
 プレゼントは魔理沙の言う通り、編み物だ。真っ白な毛糸で作ったマフラー。
「白だから、誰でも大丈夫だと思うんだけど……」
 交換相手である霊夢の首に、ふんわりとマフラーを巻き付ける。一瞬霊夢はくすぐったそうに首をすくめたが、マフラーは霊夢の首にピッタリと収まった。赤い巫女服に白いマフラーが、いいアクセントになっている。
「うん、なかなか似合ってるわね」
 アリスは満足して頷いた。ほとんど刺繍も入れていないシンプルなものなのに、霊夢が身につけると不思議と栄える。もとの素材がいいからだろう。
「どう? パチュリー」
「普通に可愛いわよ? 霊夢」
「そ。ありがとね、アリス。今度から使わせてもらうね」
「うん。そうしてくれると嬉しいわ」
 何でワンクッション入るのか詰問したいが、止めた。どうせこっちが疲れるだけだ。
「じゃあ、あとはわたしのプレゼントね」
 そう言って、霊夢が紙袋から小箱を取り出す。霊夢のプレゼントは、小さな宝石が埋められた、シンプルだが高価そうに見える指輪だった。
「たぶんサイズは大丈夫だと思うんだけど……」
 霊夢に促されて、アリスは指輪を手に取る。
 指輪の裏側にはブランドの名前が彫ってあって、アリスはそのブランドが有名な店であることに気づいた。この指輪は、確実に結構な値段がしている。
 アリスは左手の中指に指輪を通したが、指輪は関節に引っかかって止まってしまった。
「あれ?」
「あ、だめ?」
「霊夢って指細いの?」
「パチュリーと同じくらいだけど……」
 霊夢が空のお皿が並んだテーブルの上に手を出す。その指は白魚のように細かった。
「細いわねぇ。その割に長くて……。ちょっと羨ましいわ」
 アリスはため息をついた。容姿に自信がない方ではないが、ここまで完璧な霊夢を見ると、その自信もどこかに飛んでいきそうになる。
「ま、中指がだめなら、薬指にでもつければいいじゃない」
「はいっ!?」

ー奇襲 爆弾発言ー

 霊夢はいきなりスペルカードを飛ばしてきた。宣言もなしに。
 アリスは顔が沸騰するのを感じた。
 いや、たぶん深い意味はない。それはわかっている。けれども、動揺せずにはいられなかった。
「アリス、顔赤いわよ?」
 霊夢がジーッと顔を近づけてくる。
 ちっ、近いってば!
「な、何か通してペンダントにでもするわ!」
 アリスは早口でそれだけ言って、指輪を箱に戻した。
 後から考えてみれば、右手の薬指にすればいいだけの話だったのだけど。
「ま、好きにしてくれればいいわ」
 霊夢はなぜか含み笑いを浮かべながら言う。
 そんな2人のやりとりを、2つの視線がじっと眺めていた。

☆☆☆

 すっかり暗くなった魔法の森。
 パチュリーはアリスの家のゲストルームにいた。プレゼント交換のあと、アルコールが入ってしまい、のんびり話している間に遅くなってしまったのだ。時間は夜の12時をまわり、クリスマス・イブになっている。
 ガチャリと扉が開くと、ピンク色のパジャマを着た霊夢が部屋に入ってきた。お風呂から出たばかりなので、ほんのりと顔が赤く染まっている。
「はぁー。明日のことを考えると、今から気が重いわね」
 霊夢がベッドに腰掛けながら言った。パチュリーも自分の使うベッドに腰掛けて、霊夢と向かいあう。
「明日の宴会って、何時からだっけ?」
「夜の6時から。食事の準備したり、防寒用の結界を張ったりしなくちゃいけないから、3時くらいには準備を始めないとダメね」
「買い物は?」
「昨日済ませてきたから、基本的には大丈夫。少しするけど」
「そう。それなら、多少朝が遅くなっても大丈夫なのね?」
 パチュリーは明日の霊夢のスケジュールを確認すると、突然立ち上がって、霊夢の肩を軽く突き飛ばした。
 まったく予期していなかった霊夢は、あっさりとベッドの上に倒れた。すかさず霊夢の上に馬乗りになって、動きを封じる。
 こんなことができる妖怪は、幻想郷でも自分一人だろう。他の妖怪がやったら、あっさり針山になる。
「…………」
「…………」
 見つめ合うことしばし。先に口を開いたのは霊夢だった。
「で、何? パチュリー?」
「何よ。もう少し動揺してくれてもいいじゃない」
「もう慣れたわよ。抵抗したって、魔法で縛られるだけじゃない」
「たしかに」
 パチュリーは思わず苦笑いした。事実、今も抵抗したら縛るつもりだったし。
「それで? 一応言っておくけど、ここはアリスの家だからね」
「ま、霊夢の返答次第ね。場合によっては、泣かせる」
「明日は宴会準備って言ったのに。それで、用件は?」
「プレゼント交換のときの指輪。あれ、どういうつもりよ?」
「あれのこと? もちろんわざとよ」
 霊夢は当たり前のように言った。もちろん、本気だとは思っていないが。
「あんな感じにすれば、魔理沙がアリスを取られる心配をすると思ったから」
 やっぱりそういうことか。パチュリーは思った。
「でも、あの指輪、高かったんじゃないの?」
「安くはないわね。でも、魔理沙の恋が成就するためのキューピット役だから」
 霊夢は当たり前のように言う。
 ただ、パチュリーには1つの不安があった。
「魔理沙、いきなり指輪を買いに走るんじゃないかしら?」
「それは……、魔理沙ならあり得るわね。恋には不器用なタイプだから……」
 これだけアリスと一緒にいるのに、未だ恋人になってないのを見ると、魔理沙もアリスも恋に器用なタイプではない。
 別に指輪を渡したところで、特別な意味が込められるわけではないが。
 幻想郷では結婚という概念そのものが希薄であるし。どちらかというと、一生一緒にいることの証のようなものだ。
 ちょうど霊夢も同じようなことを考えてたみたいで。
「ま、今のままよりも、よっぽどマシでしょ。深い意味があるわけではないし。アリスは驚くかもしれないけど」
「アリスも相当鈍感よね。指先とかはあんなに器用なのに」
「でも、あの指輪は、さっさと役目を果たしてもらいたいわね」
「役目?」
 パチュリーは霊夢に尋ねた。
「今日は気を使って、あの指輪をつけてたけど、二人が恋人になれば、あの指輪は二度と使わないだろうから」
「たしかに。気まずいものね」
「魔理沙には幸せになってほしいから。捨ててもらうための指輪だけど、いいもの買っちゃった」
 魔理沙のことは、すでに霊夢から聞いていた。
 魔理沙がそれなりの不幸を背負って生きていること。2人は知り合ってから長いこと。魔理沙が、霊夢に追いつくために、ひたすら努力を続けていること。
 そのことを聞いて以来、パチュリーは魔理沙に対して寛容になった。もちろん、図書館の本は返してほしいし、ガラスも割らないでもらいたい。けれども、努力をして才能もある魔法使いの足を引っ張るほど、パチュリーの心は狭くない。
 しかし、だからこそパチュリーは不安になった。
 霊夢と魔理沙は、恋心を持っているのではないかと?
 そんな努力家の魔理沙よりも、自分が優れている点があるのかと?
 パチュリーは霊夢にそのことを素直に尋ねた。そのとき霊夢は、魔理沙のことは誰にも代えられない親友だとはっきり言った。
 そして、だからこそ魔理沙と恋人にはなれないと。
 恋人になるには、現在の関係が長すぎたのだ。
 だからパチュリーは、魔理沙のことを、本気で幸せになってもらいたいと思っている。
 魔理沙が不幸になれば、霊夢が悲しむ。霊夢が悲しむところは見たくない。
「で、ギルティーですか? 裁判長?」
 パチュリーの気持ちを知ってか知らずか、気楽に尋ねてくる霊夢。
 その様子を見て、パチュリーは判決を下した。
「ギルティーね。人の気持ちを踏みにじった罰よ」
 たしかに、霊夢の気持ちはよくわかる。よくわかるのだ。
 でも、わざわざそれをクリスマスにやる必要はないじゃない!
 しかも、今日はちょっと特別な日にしようと思ったのに。
 むしろ、わたしはこの時間まで、基本的には我慢してきたのだ。この時間くらい、恋人を好きにしたっていいじゃない!
「裁判長」
 さて、どう料理してくれようか?
 そんなことを考えると、霊夢が声をかけてきた。
「なに? 異議申し立て?」
「いや、もう日付が変わったから。明日は忙しいし」
 霊夢が「逃げないから」と言って、体を起こす。
 霊夢の上からどいて、ベッドに座っていると、霊夢が見覚えのある小箱を持ってきた。それは、昼間にアリスに渡した指輪が入っていたものより少し大きな小箱。
「メリークリスマス、パチュリー」
 霊夢が小箱を空けると、銀色に輝くペアのリングが2つ。
「気づいた? わたしがメリークリスマスって言ったの、パチュリーだけよ?」
「神職者がいいの?」
「今はパチュリーの恋人だもの。つけてみてくれない?」
 霊夢に促されて、パチュリーは指輪を手にとる。
 お洒落な銀色の指輪。裏側には「12.24 patchouli reimu」と彫ってある。
「こっちでいいのよね?」
「試してみれば?」
 霊夢が言うので中指に通してみたが、予想通り止まってしまう。
「そういうこと」
 それだけ言うと、霊夢はもう1つの指輪を手に取り、薬指に通した。パチュリーも同じように薬指に通す。
 しばらくジッとお互いの左手を見つめ合うと、同時に「クスリ」と笑った。
「これなら、わたしが誰と話していても大丈夫でしょ?」
「そうね。霊夢は誰にでも優しいから」
「あーあ。結局、自分で自分に首輪をつけたようなものね」
「大丈夫よ、わたしもつけてるから。2人でつけていれば、恥ずかしくないでしょ?」
「うん」
 霊夢が頷くと、2人の間に柔らかな沈黙がおりる。
 2人だけの、そこにいるだけで幸せな時間。
 パチュリーにも親しい友人はいるが、ただいるだけで幸せな時間を過ごせるのは、霊夢一人だろう。
「あ!」
 その幸せな沈黙は、霊夢の一声で打ち破られた。
「何? どうしたの?」
 パチュリーは、その余韻に浸りながら尋ねる。
「雪。外」
 霊夢が主語も述語もない言葉遣いで言った。
 2人で窓際まで歩いていき、カーテンを開くと、柔らかな雪が夜空を舞っていた。
「パチュリー、降らせた?」
「まさか。そんな無粋なことはしないわよ」
「じゃあ、本当のホワイトクリスマスね」
「うん。明日の朝まで降ったら、少し積もりそう」
「霊夢は、雪、好き?」
「これくらいならね。パチュリーは?」
「わたしはあんまり外に出ないから」
「なんでそんなこと聞いたの?」
「だって、霊夢嬉しそうだったから。ちょっと子供っぽいな、って思って」
「もう。からかわないでよ」
 霊夢はプイっと顔を背けて、自分のベッドに向かっていってしまう。
 その様子を見て、パチュリーも灯りを消して、自分のベッドに向かった。
 本当は霊夢と一緒に寝たいけど、そうしたら我慢ができなくなる。霊夢も明日は大変だろうし、ここは一歩引くべきだと思った。そうした方が、結局はお互いに幸せだから。
「ねぇ、そういえば、パチュリーのプレゼントは?」
 けれども霊夢は、そんなことにも気にせず、土足で突っ込んできた。
 このやろう。せっかく幸せな気分に浸っていたのに。
「ねぇ、霊夢? さっきギルティーって言ったわよね?」
 冷ややかにつぶやいて、パチュリーは呪文を詠唱する。詠唱が終わると、霊夢の両手が、魔法の鎖によってベッドに縛り付けられた。
「ちょっ、明日雪かきしなくちゃいけないんだから!」
「いいわよ。アグニシャインでもやれば一発だから」
「下手したら水蒸気爆発するって! それに、ここはアリスの家だし」
「だったらこれでいいでしょ」
 パチュリーがさらに呪文を詠唱すると、霊夢の言葉が止まった。
 サイレントという、戦いでは重宝する魔法だ。相手の言葉を封じることは、連携を取りにくくしたり、キーワードがある魔法では、魔法そのものを封じることができる。
 霊夢の抵抗手段をすべて奪い取ったパチュリーは、改めて霊夢の上に馬乗りになる。目がいろいろ訴えているが、そんなことは気にしない。
 なぜかって?
 パチュリーのクリスマスプレゼントもペアリングだったのだ。
 だから、ちゃんと別の物を用意してあげようと思ったのに。
 この能天気巫女は、悪びれもなくプレゼントを要求しやがった。
 冷静に考えれば、霊夢は悪くないような気もするが、そんなことは関係ない。
 すでにパチュリーは我慢の限界だった。
「その状態じゃ、『許して』も言えないわね。とりあえず、わたしが満足するまで泣いてもらうわ」
 パチュリーは冷酷に刑の執行を宣言した。

☆☆☆

 霊夢が涙目にされる少し前。
 アリスは魔理沙と一緒にリビングのソファーに座っていた。
 そろそろ寝てもいいのだが、なんとなくアルコールが残っていて、寝る気分にならなかったのだ。
 それから魔理沙。なぜか煮えきらない表情でアリスのとなりに座っている。そんな表情をされると、動くに動けない。
 2人の間には、小さなクッションが1つ。ちょうど3人がけのソファーを2人で使っているような感じだ。
「アリス?」
「何?」
「その指輪、どうするんだ?」
 魔理沙がアリスの首もとで揺れる指輪をジッと見つめる。とりあえず手短にあった細い鎖を、指輪に通しただけのものだ。
「こんな感じでちょっと使うくらいかしらね。さすがに薬指につけるわけにはいかないし」
 アリスは左手をかざすようにしながら言った。
 魔理沙はしばらく何かを考えるように黙っていたが、そっとアリスの左手に自身の手を重ねた。
 アルコールのせいだろうか? 鼓動がトクンと高鳴ったのを感じる。魔理沙もアルコールが残っているのか、ほんのりと赤い顔をしていた。
「アリスの方が、少し大きいな」
「そうね」
 魔理沙の言うとおり、アリスの方が一回りほど大きな手をしている。
「アリスは可愛いからな」
 それだけ言うと、魔理沙は手を離して考えこんでしまった。
 本当に魔理沙は酔っているのだろうか?
 アリスの記憶では、そんなに魔理沙が飲んでいた記憶はない。
 でも、素面でそんなことを言う性格ではないはずなんだけど……。
 重たい沈黙がリビングを支配した。アリスには、今の魔理沙にかける言葉が浮かばない。魔理沙の気持ちが、よくわからないから。
「ア、アリス?」
 魔理沙が震える声で尋ねた。
「なっ、なによ?」
「明日って、何時ごろ博麗神社に行くんだ?」
「4時ぐらいの予定だけど……」
「じゃあ、その前、少し空けておいてくれ!」
 魔理沙は、喚くように言った。そのまま立ち上がって、自分の荷物を漁りはじめる。
「別にかまわないけど、なにかあるの?」
 アリスは平静を装って尋ねた。
 魔理沙はすぐには答えず、荷物から何かを取り出してこちらに戻ってくる。
「明日、渡したいものがあるから! それとこれ、あげるぜ。もう寝るな。おやすみ! アリス!」
 魔理沙はあたふたしながら矢継ぎ早に言うと、いつも使っている部屋に戻っていく。
 アリスはあまりの事態に「おやすみ」と言うことしかできなかった。
「はぁー。なんなのよ、もう」
 まったく魔理沙の気持ちがわからない。
 少なくとも、嫌われてはいないと思う……けど……。
 手元にあったコーヒーを一口飲む。時間がたっているためか、すっかり冷めてしまっていた。
 アリスはコーヒーの入ったカップを置くと、魔理沙が置いていった包みを手にとる。
 大きさは、ちょうど昼間もらった指輪の箱と同じくらい。きれいにクリスマス仕様の包装紙でラッピングされている。さらに箱の上面には「to alice」とイタリック体で書かれていた。
「何よ、もうこれがプレゼントじゃない」
 独り言をつぶやきながら、丁寧に包みをはがしていく。お洒落な箱を開くと、出てきたのはの飴色の小瓶だった。
「これ、精油だから高いやつじゃない」
 植物から取り出した精油は、アロマセラピーで重宝される。本来なら飛び上がるほど嬉しいのだが、今のアリスには余計な混乱を招くだけだった。
 こんなプレゼントをくれたのに、明日渡したいものがあるなんて……。
「あぁ、もう、ぜんぜんわかんない!」
 アリスはコーヒーを片づけると、寝ることにした。
 きっと魔理沙の考えがわからないのは、睡眠を取ってないからだろう。
 寝室に戻ると、アリスはさっさと布団に潜り込む。
 雪にも気づかないアリスの胸元には、もうすぐ役目を果たし終えることになる指輪が揺れていた。
おひさしぶりです。
たぶん初めてのイベント小説。
琴森ありすからの、ちょっと早いクリスマスプレゼントです。
どうぞお楽しみください。
ちなみに、ぼくのクリスマスは、男4人で新宿のカラオケに、夜7時に飛び込もうかと計画中。
NO PLAN の、ひとりぼっちのジングルベルをフルシャウトする予定です。

※誤字・脱字修正しました。ご指摘ありがとうございます。

それでは、よいお年を。
琴森ありす
http://yaplog.jp/vitalsign/
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コメント



0.560簡易評価
5.90名前が無い程度の能力削除
べったり甘々なパチュ霊、互いに一歩が踏み出せないマリアリ、ごちそうさまでした。
それぞれのやり取りが面白かったです。

脱字報告です。最初の方の食事前のシーンより
>明日は自分似たようなことをやるのに。
自分が、でしょうか。
6.90奇声を発する程度の能力削除
良いな良いなこの甘さ
7.90名前が無い程度の能力削除
ほどよい甘さでお口にやさしい!
11.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
14.100名前が無い程度の能力削除
ほのぼのしてていいなあ。まりさかわいい