師走も半ばを過ぎ、年末の忙しさを感じさせる今日この頃。早苗は浮かれた気分で博麗神社へと訪れていた。
「霊夢さんっ!おはようございます!」
厳寒期であるのに、早苗はいつもの脇出し巫女服。インナーが厚手になった程度で夏とほとんど変わらない格好をしていた。
「おふぁよーははへ」
こたつでみかんを咀嚼しながら、ちゃんちゃんこを着た霊夢は適当に答える。珍しく手元に紙と筆を置いて考えている風だった。辺りに大量の丸められた紙が散らばっているところをみると、相当悩んでいるようだ。
「霊夢さん、何してるんですか?」
「う~む」
ごくんとみかんを飲み込んで、寒いからそこ閉めて、と早苗に中に入るように促す。
「ああ、そうか。早苗がいるわね……でも簡単に教えるわけには……」
ぶつぶつと1人で考えている。考えながらもお茶を出す仕事を崩さないのは、もはや職業病とも言えた。
出された湯気立つお茶をひと飲みして早苗が話しかける。
「あの、霊夢さん、年末お忙しいとは思いますけど……24日とか暇じゃないですか?」
「24日!?」
24日という単語に異常に反応した霊夢。
「え、ええ。えっと、い、一緒に、その……クリスマスイブパーティーでもと思いまして」
「誰と?」
「わ、私と霊夢さんと」
「それって私と早苗の2人だけってことよね!」
「え、は、はい!」
霊夢がガッツポーズをした。それを見て早苗は天にも昇る気持ちとなる。2人だけという甘いワードが早苗を駆け巡る。
「他に予定組んで無いのよね?」
「はい!霊夢さんのために!」
「よし、早苗良い子ね。あなたなら来てくれると信じていたわ」
「本当ですか!!」
これは紛れもない両思いと言うやつではないでしょうか、それでクリスマス一緒にいられるってことは……きゃー、私、食べられ……ここまで早苗は妄想がはかどる。
「私の代わりにサンタを頼んでいいかしら!」
「はい!……はい?」
早苗は目を丸くした。幾つかよく分からない言葉が聞こえたからだ。
「私の代わりにサンタ」ということは、幻想郷のサンタは霊夢だということになる。
「サンタを頼んでいいかしら」ということは、少なくとも早苗は聖夜を霊夢と過ごせなくなる。
早苗は恐る恐る尋ねた。
「えっと、霊夢さん。サンタを代わりに頼むということは、幻想郷七不思議の1つ、正体不明のサンタは霊夢さんなんですか?」
「ええそうよ。慧音に頼まれて、夜に子供達にプレゼント配るバイトしてるの」
幻想郷の七不思議、その中の1つにサンタの存在があった。それが霊夢だったとは驚きである。
霊夢は人差し指を立てて早苗にビシッと向けた。
「これは誰にも言ってはいけないわ。子供達の夢を壊しちゃダメでしょう?」
「ええ、はい……」
すでに返事をしてしまったうえに、代行が見つかって嬉しそうな霊夢に今更断ることなど出来ない。死にそうな目になっている。
「代行を頼むということは、何か理由があるんですか?」
「ええ。ちょっとね。とりあえず、よろしく頼んだわよ!」
「は、はい」
かくして早苗のクリスマスが終了した。
◆◇◆◇◆
ところ変わり、アリス亭。
「今年こそはサンタを倒してやるぜ!」
戸口から意気揚々と八卦炉をアリスに向ける魔理沙を視界の端に捉えつつ、無視するようにアリスは編み物を続けた。魔理沙がつまらなそうに口を尖らせて椅子に座る。すかさず上海がお茶とお菓子を準備した。
「無視しないでもいいじゃないかよー」
「あら魔理沙、いらっしゃい」
「何事も無かったかのように……」
アリスの隣にはダンボールが山積みとなっている。セーターやらマフラーやら人形やら書かれていて、引越し業者か卸売業者のように思える。全てアリスの自作だ。
「で、サンタがどうしたの?」
「おお、よく聞いてくれた!」
魔理沙は身を乗り出してアリスに話し出す。
「恥ずかしながら私こと霧雨魔理沙はここ数年、サンタにやられっぱなしだ」
「ちょっと待ちなさい。あなた、サンタに毎年挑んでるの?」
「ああそうだぜ!絶対にその正体を暴いてやるんだ!」
「はぁ……」
アリスはダンボールの山を見た。
「(これを配るだけでも大変なのに、霊夢ったら魔理沙の相手までしてるのね)」
内心、かなり哀れんでしまう。
「まったく、サンタのくせに霊夢くらい強いんだぜ。しかも夢想封印まで使えるんだ!」
「(気づいて魔理沙。それ霊夢よ)」
やはり、かなり哀れんでしまう。
アリスはサンタの正体を言ってやりたい気持ちになったが、サンタは極秘任務で、口止めされている事を思い出して口を閉じた。
その前に、この大量のダンボールについても言及してこないところをみると、よっぽど鈍感な上に今はサンタの事しか頭にないと思える。
「それで、今回はアリスにも手伝って欲しいんだ」
「私?」
「ああ!」
「やだ」
「そこをなんとか!」
珍しく魔理沙が手を合わせてお願いしている。傍から見たら魔理沙がアリスを拝んでいるようにも見えなくも無い。
アリスはそこまで必死になる魔理沙に理由を尋ねた。
「私の家には一度もサンタが来た事が無いんだ」
「あ、うん。だと思ったわ」
「何でだ!?」
「いやあなた泥棒でしょ?」
「酷いぜアリス」
髪留めをいじりながら魔理沙はしょげたフリをする。
サンタ制度が始まったのが数年前で、その時にはもう知り合っていた霊夢と魔理沙。良い子基準なら霊夢が魔理沙にプレゼントを配らないのも納得がいく。それ以前にクリスマスごとに突っかかってくるのであれば、プレゼントをあげる事が出来ない。
「(そう言えば、霊夢って魔理沙の家知ってるのかしら?)」
実際、それが原因であった。
「魔理沙もサンタからプレゼントを貰いたいのね。意外な事実が判明したわ」
「ああ。みんな無償で貰っているのに、私だけ無いなんて理不尽だからな」
アリスは考える。そして頭の中でベストな解答を導き出した。
「いいわ、手伝ってあげる」
「本当か!!」
「ええ」
「やったー!さすが私の相棒だぜ!」
「や、やだ、魔理沙ったら何言ってるのよ。もぉ~……」
ちょっと編み間違えてしまったセーターのほつれを急いで直す。
◇◆◇◆◇
クリスマス当日深夜0時。
「私がマスク・ド・トナカイだ」
「いや、何してるんですか慧音さん」
頭にいつもと違う立派な角を生やした慧音が、博麗神社にクリスマスプレゼントを積んだソリを持って来た。慧音自身、トナカイのコスプレをしている。
「じゃ、早苗、よろしくね。プレゼントは家の近くに投げるとワープする仕組みだから」
「ここからワープは出来ないんですか?」
「こういうのは形式が大事なの」
すでにゾンビのように白目を向いている早苗に別れを告げて、霊夢は東の方へ飛んで行ってしまった。
「慧音さん、満月じゃないのになぜ角が生えれいらっしゃるのですか?」
「…………」
「慧音さん?」
「…………」
「……マスク・ド・トナカイさん?」
「何だ?」
「面倒くさっ!」
里の子供達の夢を実現する、教師の鑑こと上白沢慧音だった。
早苗はもう一度同じ質問を投げかけようとしたが、角の根元に『MADE IN NITORI』の文字を見つけて言うのを止めた。よく見ると、ソリにも『MADE IN NITORI』が刻み込まれている。きっと光学迷彩とかジェットエンジンとか、あわやレーザー砲とか付いているに違いないと思ってしまう。ちなみにこのソリには反重力浮遊装置が付いており、漫画のようなしなやかな飛行が可能となっている。
「ところで、サンタよ。お前はその格好でいく気か?」
「え、ええ。どうせ寝静まってるでしょうし」
早苗はいつもの巫女服だった。慧音が一喝する。
「笑止!これは極秘任務だ。いつ何時人の目があるやも知れん」
「マスク・ド・トナカイになってから性格が変わりましたね」
「然るに、サンタよ、これを着るのだ」
「これ……えっ!?な、何ですかこれ!?」
慧音が取り出したのは女性用サンタの服と帽子だった。それも、スカートの丈はかなり短く、胸なんかビキニにちょと布を足した程度になっている。夏でも着てる人はいない。
「どこからどう見てもサンタの服だ」
「どこに目が付いてるんですか!これをサンタの服と言ってしまえば、ただの赤い布がサンタの服になってしまいますよ!?」
「文句を言うな。時間がないのだぞ!」
「これ着るくらいなら止めます!」
「そうか、では霊夢に言っておこう。早苗はサンタの服が嫌で辞退したと」
「ぐっ……」
サンタの服、もといビキニっぽいモノを両手でつまんで慧音は残念そうに見つめる。
「霊夢もこれ着てたのになぁ~……」
「ちょっと?」
「どうした?」
「霊夢さんが、それをどうしてたと?」
「いや大した事ではない。去年まで霊夢が使っていたと言っただけだ」
そう言われれば、霊夢が着るとおへそまで隠れて、ただのちょっとセクシーサンタ服になりそうだ。しかしそれはあくまで早苗より小柄な霊夢だからである。もしこれを早苗が着れば……。
「残念だ。もう使わないと言っていたし、処分するか」
「着ます!!」
「おお、そうか!」
我ながら、欲に忠実だと涙を流す早苗であった。
◆◇◆◇◆
クリスマス当日深夜2時。
「昨年までのデータでは、この時間にうちの上空を飛んでいくんだ」
「随分遅いのね」
「プレゼントを積んでないところを見ると、多分帰りかも知れん」
「人間の里で待つと言う手は無かったの?」
「さすがに里で迎え撃って、子供にプレゼントを渡せない事態が起こるのはいけないと思ってな」
「常識があるのか無いのか」
アリスはやれやれといった感じでため息を漏らした。周りで上海と蓬莱が剣や盾などを構えている。
「で、どんな作戦で行くの?」
「そうだな、アレをしよう」
「アレ?」
「ほら、永夜異変の時に一緒にやったアレだよ」
「え、マジで?」
「マジ」
途端にアリスの顔がほのかに赤く染まる。夜だから気づかれていない。顔に集まった血液を寒風が冷やしてくれる。
「魔理沙とアリスでマリス砲だな!」
「シャンハーイ」
「こ、こら、変な名前付けない。あと上海うるさい!」
「そうか?いい出来だと思うが」
マリス砲とは、アリスの扱う上海人形の横に魔理沙の魔方陣を敷く事で、上海のスペクトルミステリー、つまるところのレーザーと魔理沙のスターダストミサイルを同時に当て続ける事である。かなり高威力だ。
このマリス砲、上海人形の横に常に魔方陣を敷かなくてはならないので、通常は心でも読まない限り上海人形の横に陣を敷き続ける事など出来ない。だが、それを2人は解決した。手を繋いだのだ。手を繋ぐことで、魔力を混ぜ合わせることができ、1つの指令が上海人形と陣の両方へ行くようになった。右へ行けと命じれば、上海人形、陣共々右へ行く。
「マリス砲、マリス砲ねぇ……」
「アリース?」
「ふふ」
「何笑ってんだ?」
「わ、笑ってないわ!」
「そ、そうか」
魔理沙が後ろに1人分の間を開けてほうきにまたがる。アリスはそのスペースに腰をかけた。柄と掃く部分の接合部で座りやすい。
「(もしかして、私が横に座るから座りやすい場所空けてくれてるのかしら?)」
「どうした?」
「ん、なんでもない」
魔理沙は左手をアリスに差し出し、アリスはその手を右手で握る。魔力を効率的に渡し合えるよう、指と指を絡ませている。落ち着いたアリスの魔力が、燃え盛る様な魔理沙の魔力が、手を通じて交じり合う。
「行くぜっ!!」
2人は飛翔した。
◇◆◇◆
「はー、全部終わりましたね」
「うむ。特に問題は無かったな」
「これで帰れますね。あーよかった」
「さて、どうかな」
別の里での仕事を終えた空飛ぶ露出サンタと、ソリを引く立派な角のトナカイが魔法の森上空に差し掛かり、いざ博麗神社へ帰ろうとしていた。早苗は仕事が案外早く終わった事で安堵していた。
「どうかなと言いますと?」
「なに。数年前からな、魔法の森で魔理沙が待ち構えているんだ」
「何故ですか?」
「サンタを倒そうとしているらしい」
「えぇ~」
腕組みをして待ち構える魔理沙を想像する。様になっているのが容易に頭に浮かんだ。
「サンタ狩りというやつですね」
「そうだな」
ソリは順調に進んで行く。
「…………って、ちょっと待ってください!」
「何だ?」
「魔理沙さんが待ち構えてるってことは、闘わなきゃいけないんですよね?」
「ああ」
「私、魔理沙さんに勝てませんよ!」
「何だと?」
慧音は足踏みを止めた。
「いや、間違えました。魔理沙さんに勝ったことは右手の指の数くらいあります」
「分母は?」
「トナカイさんの年間勤務数くらいですかね」
365。失念してしまった。毎年、霊夢は夢想封印で魔理沙をほぼ初撃で倒している。だから、負けて正体がバレる心配は無かった。が、今はそうではない。慧音は霊夢がそれも織り込み済みで早苗に頼んでいるのだと思っていた。だから最短ルートの魔法の森上空を選んだのだ。
「仕方ない。時間がかかるが戻って迂回していくか」
「はい。すみません」
ソリを反転させようとした時、四方に魔方陣が展開された。
「おっと、逃がさないぜ!」
「あちゃー」
魔理沙が現れた。慧音は額に手を当てて悔しがる。
「(って、ん?あれ早苗じゃないかしら?というか、何という格好)」
いち早く異変に気づいたのはアリスだった。ぴっちぴちのナイスバディにサンタ服と帽子、緑髪、蛇と蛙の髪留め。早苗と特定できる要素がかなり多く出ている。アリスはこっそり上海人形を早苗たちの方へ飛ばした。
「やい、サンタ!今年こそ倒してやるからな!……って、何か様子が違うな」
「(あら、鈍感な魔理沙でもさすがに気づいたみたいね)」
慌てた早苗が慧音に小声で訴えかける。
「は、はわわ。魔理沙さん、私の正体に気づいたみたいですよ!?」
「いや、大丈夫だろう。それ以上に気になるのは、プレゼント提供者のアリスが魔理沙側にいるという事だ」
「魔理沙さんに教えたとか?」
「約束上、それは無いだろうが」
魔理沙は右手をあごに当てて考える。そして気づく。
「あー、髪染めたな!」
「(そこかよ!魔理沙、あなたどれだけ鈍感なのよ!)」
一方早苗側。
「……大丈夫みたいですね」
「ああ。そうみたいだな。っと、これはアリスの人形か?」
飛んできた上海人形が慧音の後ろ側にぴったりとくっついた。魔理沙から見えない形になっている。
「ハロー。感度良好?」
「なるほど。通信用か。アリスよ、どうしてお前は魔理沙についているんだ?」
「まあちょっとこちらには予定があってね。バラさないから安心して。そっちはどうして早苗がサンタやってるの?」
「霊夢の都合らしい」
「ふーん。今年のプレゼントはよかったでしょ?」
「ああ。子供達もきっと喜ぶ」
「なに雑談してるんですかー!!魔理沙さんが撃って来ま……きゃあ!?」
勢いよくマリス砲が発射される。レーザーが目の前に来たかと思い、それを避けるとそこにミサイルが追撃してくる。辛うじてソリから脱出する。ソリが溶けた。
「何て威力ですか……!」
「あれは……永夜異変の時に見たな。マリス砲だったか」
「何ですかマリス砲って?」
「知らないのか?よくテストに出るじゃないか」
「いや知らないですよ」
空中で身構える早苗と慧音に魔理沙は威勢を張る。
「私の初撃を避けるとは流石だな。だが、去年まで一撃で倒されていた私じゃないぜ!こっちには頼れるアリスが居るんだからな!」
途端に慧音の後ろの上海人形が暴れ出す。剣を取り出して阿波踊り。危ないったらありゃしない。同時に声も聞こえて来た。
「ちょ、ちょっと魔理沙。いきなり言わないでよ」
「あー?どうしてだ?」
「ほ、ほら、心の準備とか……」
早苗と慧音はジト目でその会話を耳に入れる。というか入ってくる。
あれか、惚気ですか。霊夢と一緒にいれなかっただけで無く、サンタまでさせられてしまった早苗は、リア充爆発しろモードに切り替わってしまった。
「トナカイさん」
「何だ?」
「倒しましょう……いえ、倒します」
「……ああ。お供するぞ」
ここから、本気の闘いの幕が下ろされた。
「奇跡『ミラクルフルーツ』!」
早苗を中心に何かいろいろフルーツ弾幕が展開される。
「おっと!くそっ、サンタめ、早苗みたいな攻撃しやがって!」
「(もうあなたわざとやってるでしょ!?)」
飛んでくるフルーツを右に左に間を縫って進んで行く。スピードを上げるごとに、お互いの手が強く握られる。
「魔理沙、一旦手を離してからスペルカードで」
「ダメだ!」
「何で!」
「私がアリスを誘ったんだ。お前と一緒に勝たなきゃ意味が無いっ!!」
力強く言い放ち、魔力を限界まで溜める。そして、フルパワーマリス砲。早苗の弾幕を貫通して空まで届く。
アリスは決心した顔で、魔理沙と繋いだ手を振りほどいた。
「な、何してんだ!?」
「こうするのよ!」
空中でひらりと身を回し、魔理沙と同じ様にほうきにまたがる。後ろから抱きつく様な形で、左手で左手を被せて握り、右手は魔理沙の腰に回す。お互いの体がほとんど密着する。
「任せたわ」
「……ああ、任されたぜ!!」
マリス砲限界突破。輝きが一層増す。
「あああああああ!見せつけてくれますねええええ!!」
「落ち着けサンタ!私がスペルカード引き付ける。その間に特大のを頼む」
「了解しました!」
早苗が下がり、慧音が前へ出る。
「準備『神風を呼ぶ星の儀式』」
「今宵は満月ではないが、角があるから力が漲る!転世『一条戻り橋』!」
流石は『MADE IN NITORI』だ。
魔理沙とアリスの周りに弾幕が生じ、それが慧音に集まっては消えていく。後方注意の弾幕。
「私が後ろを見るわ。魔理沙は攻撃に集中して!」
「言われずとも!」
アリスが体を捻らせ、後方を見る。向かってくる弾幕に対して体を傾けて魔理沙に方向の指示をする。ギリギリ、ギリギリを掠めていく。
「甘い!」
前方からも大玉の光弾が飛来する。魔理沙はそれを避けようと右へ移動するが、後方からは右の方への弾幕。
「ちょっと魔理沙、左よ!」
「前からも来てるんだよ!」
「じゃあ上ぇ!」
アリスのとっさの判断で上方へと回避する。すぐさま崩れた体勢を立て直す。
「一条戻り橋は、女性や縁談に対して悪い伝承が多い。つまり今のお前たちにぴったりの弾幕だ」
「はっ!だからどうしたトナカイ!私とアリスの仲はそんなもんじゃ崩れないぜ!」
「シャンハーイ!!」
慧音の後ろで通信用上海人形が爆発した。
「うわっ!?」
思わず慧音がよろめく。
「アリス、お前いつの間に」
「ままままま魔理沙!今がチャンスだから!早く!やりなさい!」
「お、おう」
アリスの熱すぎる手からの魔力を十二分に受け取り、レーザーとミサイルに魔力を込める。
「行っけーーー!!」
「今です!大奇跡『八坂の神風』!」
マリス砲と同時に早苗のスペルカード宣言が轟く。慧音と早苗に貫通レーザーが届くものの、無効化され、代わりに暴風が魔理沙とアリスを襲う。
「うわ!?」
「きゃあ!!」
右に左に荒れ狂う神風によって、体勢が徐々に崩れていく。ほうきの上での体勢を維持するために、魔力がどんどん削られていく。
「ぐっ……こ、これ以上ム、リ……」
パッと魔理沙の体が宙に浮いた。魔力切れだ。ただでさえ高威力のマリス砲を先頭きってガンガン使っていたので、人間である魔理沙がそれと暴風に耐えきれるわけが無かった。
「魔理沙っ!」
アリスが魔理沙の手を掴む。風が吹く中で宙に投げ出された魔理沙の体を支えるのは、魔法使いといえども華奢なアリスには辛い。次第に手が滑っていく。
「魔理沙!頑張ってこっちに!」
「ダメだ。無理っぽいぜ……」
「諦めるつもり!?それでも魔理沙!?」
「いや、まだアリスがいる」
アリスの眉間に大きく溝が刻み込まれる。
「私ひとりに闘わせる気!?」
「おっと、違う違う。私にはまだ、アリスがいる」
手を通じて、魔理沙の意志がアリスに流れ込む。強い、強いそれはアリスの鼓動を大きくしていく。
「来い。アリス」
アリスは、ほうきを蹴った。
「サンタ、まだ何かするみたいだぞ!」
「大丈夫です。多方面への攻撃の準備ができています!」
アリスを空中でキャッチした魔理沙は、落下しながらポケットからミニ八卦炉を取り出した。
アリスは魔理沙の背面に密着すると、ほうきに乗っていた時と同じ様に後ろから抱きつくようにする。両手を伸ばし魔理沙の手に重ねてミニ八卦炉を掴む。残った魔力を全て注ぎ込んだ。
お互いの鼓動が聞こえる。
「サンタよ、今年こそ勝つ!」
「この寒空の中必死こいてプレゼント配ったサンタに勝てる訳がないんです!ええい羨ましい!」
「私欲混じってない!?」
早苗が天にお祓い棒を掲げる。
「開海––––」
「恋符––––」
魔理沙とアリスがミニ八卦炉を前へつきだす。
「『モーゼの奇跡』!!」
「『マスタースパーク!!」
水流が迸り、光が煌く。
轟音と共に爆発が起こり、水蒸気が立ち昇る。
静かになった空で、水蒸気はやがて冷やされ……雪が降り始めた。
ホワイトスノーが幻想郷を包んでいった。
◆◇◆◇◆
午前3時。
「あと一歩だったんだがなー」
爆風で、ちょうど魔理沙の家の近くに飛ばされた魔理沙とアリスは冷たい地面で体の熱りを冷ましていた。アリスの手にはまだじんじんとミニ八卦炉の熱い感触が残っている。
「良かったじゃない。サンタに善戦できて」
「私の予想だが、あいつはサンタの見習いだ。夢想封印を使ってこなかったからな」
「(もう突っ込まないわよ)」
さてと、と魔理沙は立ち上がって服のホコリを払う。
「うちに来るか?温かい紅茶くらいは出せるぜ」
「日本茶でいいわ」
アリスは微笑んで魔理沙の後を歩く。
家に着くと、指を鳴らして明かりを灯す。暖炉にも火が付く。これらは外部魔力なので、現在魔力が空っぽの魔理沙でも付けることが可能だ。
アリスはソファに腰掛け、背もたれに体重を預けて疲れた体を労わる。魔理沙はキッチンへ行き、急須と茶葉を準備しだす。
「ポットは~っと……って、んん?」
キッチンの丸テーブルの上に身に覚えのない物があった。
四角い箱で、キラキラした紙に包まれており、綺麗にリボンで整えてある。つまり、これは。
「アリース!!」
キッチンからドタドタと参上した魔理沙に、ビクッと体を震わせた。
「ど、どうしたの?」
「サンタがうちにも来たみたいだぜ!!」
意気揚々とプレゼントを見せつける。
アリスは驚いた。確かにそれはサンタに預けたプレゼントだったのだ。一体誰が、考えた途端にすぐに辻褄が合った。
「(霊夢、このために)」
毎年、プレゼントを貰えないこと(魔理沙自身のせいだが)を気にかけて、霊夢は家を開けるこの時間を狙って置いていったのだ。先ほど、早苗を見習いサンタだと言っていたが、こうなると本当に霊夢は本物のサンタのように思えてしまう。
アリスははしゃぐ魔理沙を微笑ましそうに見ながら、右のポケットを触り、名残惜しそうに手を離した。
「よかったわね、魔理沙」
「ああ。だが、サンタ侮るべしだな。来年、この借りを返してやるぜ」
「いや、止めときなさいよ」
「おっと茶を沸かしっぱなしだった」
慌しく魔理沙がキッチンに戻っていく。
アリスは一つため息をついた。魔理沙と重ねていた左手を見つめて、ぎゅっと握りしめた。
「お待たせお待たせ。魔理沙さん特製緑茶だ。それと……」
緑茶を置くと、アリスのところまで歩み寄った。アリスの真正面に立つ。
「今日はありがとな、アリス。これ、私からのクリスマスプレゼントだ」
後ろ手に隠していた包みをアリスの前に差し出す。アリスの呼吸が止まる。
プレゼントは白と黒のチェックのカチューシャ。それはまるで魔理沙のようだった。
少し恥ずかしそうに頬をかいている魔理沙に対して、アリスは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「あらら、好きじゃなかったか?」
「ち、違うの!えっと、その……」
思い切って右のポケットから七色に輝く髪留めを取り出す。
「こ、これ!あ、あなたに似合うと思うから……その……受け取って、欲しい」
最後の方はもごもごとほとんど言えていなかった。
本当はもっとスマートに渡そうと思っていた。闘いが終わった後、弾幕ごっこもいいけれど、もっとオシャレに気を遣いなさいなどと言って渡すつもりだったが、イレギュラーな出来事による嬉しさと気恥ずかしさで何も言えなくなってしまった。
魔理沙は微笑んでそれを受け取る。
「ありがとう。アリス。ずっと大切にするな」
「……うん」
「ふふ。私にとってのサンタはアリスだな」
魔女達の色相も明度も静かに夜に溶けてゆく。
◇◆◇◆◇
「もう散々ですよぉ……」
ボロボロになった体を引きずって、早苗は博麗神社の階段を登っていた。慧音とは爆風で別々に飛ばされてしまったようだった。
登っている最中に、霊夢さん寝てるだろうから自分の神社に帰らないといけないじゃないかという思考に至ったが、もうその辺も諦めて登りきってしまうことにした。この際縁側で一夜を過ごしてやろうという意味不明な決心を持っている。
「って、あれ?」
半泣きで境内まで上がると、まだ明かりが点いていた。縁側の方からそーっと襖を開ける。
「早苗、おかえり」
「れ……霊夢さん!」
感きわまって思わず霊夢に抱きついてしまう。
「うわ!早苗、あんためっちゃ冷たい!」
「あ、すみません」
よく考えれば自分はほぼビキニだ。今更ながらよくこんな格好で動き回っていたなと思う。
「お風呂沸いてるから、入ってきなさい」
「いいんですか?」
「ここでダメとか言ったら、私は鬼になってしまうわよ」
「サンタを押し付ける時点で鬼かと思いましたけどね」
「何か言った?」
「お風呂頂きます!」
脱衣所で衣服を脱いで風呂に浸かる。冷えた体に対して、普通のお湯の温度でも熱湯のように感じる。体を強張らせてからゆっくり弛緩させていく。じわじわと温もりが体の芯を温めてくれる。
「一時は大変でしたが、終わってみれば案外いいお仕事でしたね」
誰にも褒めてもらうこともなく、かくうえに厄介な弾幕戦まで繰り広げなければならなかったとはいえ、明日の朝に喜ぶ顔が里に広がると考えたら少し心が優しくなる。
「早苗」
脱衣所から霊夢の声がかかる。
「あ、はい。何ですか?」
「ここにあなたの着替え置いておくわ」
「ありがとうございます」
サンタ服に着替える時に巫女服をそのまま置いていたことを思い出した。それを持ってきてもらうとは、何だか恥ずかしい気分になってしまった。
体を十分温め、湯船を出る。脱衣所に入り、巫女服の上に置いてあったバスタオルで体を拭く。湯冷めしないようにすぐに服に手をかける。
「あれ?」
巫女服の下に不思議な感触を感じた。めくって確認してみる。
「ヒートテック?」
そう書かれた紺のキャミソールと黒のタイツが綺麗に畳んである。
「(霊夢さんのでしょうか。でも、それにしては大きすぎるような……)」
じーっと見つめて考える。
「もしかして、クリスマスプレゼント!?」
そうであるに違いないと合点した。霊夢が自分のためにプレゼントを準備してくれていたという素晴らしい出来事に喜びを隠しきれず、すぐさまそれらを着る。着てみると、なるほど名の通り薄手なのに暖かい。
「あ、これよく見たら外の世界の衣服じゃないですか!」
懐かしいロゴを見つけてさらに喜ぶ。
急いで上に巫女服を着て居間に走る。
「霊夢さん!」
「上がったわね。ねえ、服の下に置いてたの気づいた?」
「気づきましたよ!これって外の世界のやつですよね?どうやって手に入れたんですか?」
「紫がさ、あなたそんな服で寒いだろうからこれやるわって言ってくれたんだけど、早苗も私と同じ格好でしょ?だったら早苗の分にもう一着ずつ頂戴って言って貰ってきたの。クリスマスの大売り出しとかで今やっと手に入ったんだって。だから、まあ丹精込めて作ったわけじゃないけど、クリスマスプレゼントということにしておいて」
「うわー!ありがとうございます!」
何よりも自分のことを気にかけてくれていたことが嬉しい。新しいおもちゃを買ってもらった子供のように無邪気にはしゃぐ早苗にお茶を出して、霊夢は困ったような笑顔を作った。
「ごめんなさいね、サンタ押し付けて」
「構いませんよ。ところで、どんなご用事があったんですか?」
「魔理沙のところにプレゼントやってきたのよ」
「なるほど、勝負挑まれてるなら魔理沙さんにプレゼントをやれませんもんね……って、その役を私がやればよかったんじゃないですか!?」
「ちっ、気づいたか」
「はは~ん。さては霊夢さん、実はサンタするのが嫌で私に押し付けたんですね」
「……ふしゅー」
「口笛吹けてませんよ」
それから、お互い見合って笑みがこぼれた。早苗にしてみれば、良い出来事も悪い出来事も全て良い経験だった。幻想郷七不思議のサンタの秘密を共有ですることもできた。何より、霊夢と笑いあえる。それだけで幸せだった。
「ところで、早苗は私にプレゼントとか準備してないの?」
あれだけはしゃいでいた早苗の動きがピタリと止まる。
ここから目まぐるしいほどのスピードで早苗の思考が働く。
「(だはー!すっかり忘れてました!違います!忘れてましたというのは霊夢さんへのプレゼントを準備するのを忘れているわけではなくてですね、むしろ準備しようしようと考えていましたが、霊夢さんとクリスマスをエンジョイできないショックでずっと食事も喉を通らなくて、神奈子様には心配されるわ諏訪子様には笑われるわで、色々アレだったので、クリスマスイブにプレゼントを渡せないのであれば、いっそプレゼントを準備しない方がいいと思って、それでですね––––––––)」
須臾程度の時間が経ち、ふと全身の細胞が早苗の脳に指令を送り、口を動かした。
「わ、私がプレゼントでーす☆」
判決、閻魔大王もドン引きの黒。一瞬でやってしまった事を後悔する。取り返しのつかない出来事であることは、火を見るより明らか。早苗は涙より先に心の中で吊り縄を準備した。
両者が固まる。殺してくれと言わんばかりの時間が過ぎる。
「ねえ、早苗、それって」
「か、帰ります!お邪魔しました!」
堪えきれず、早苗が空に向かって飛び出そうとする。
その裾を、霊夢ががっちり掴んだ。
「待ちなさいよ。早苗はプレゼントなんでしょ?」
「えっと、あれは事故で……」
「プレゼントが私から逃げていいと思ってるの?」
ぐっ、と早苗の腕が引かれて霊夢の元に抱き寄せられる。
「私、欲しいものは全力で手に入れる主義なのよね」
幻想の雪は、これから降り積もってゆく。
[了]
ちょっとあほっぽい話ですけど、それが自分は好きです。
何だかホッコリしました
レイサナもマリアリも良かったです。
ごちでした~
ただその分少し消化不良になっている感もあります。
あえて他の要素を排除して、どれか一本で勝負してみるのも良いかも?
巫女ップルも魔女ップルも幸せに爆発しろ!
たくさん詰め込まれてて、なおかつ薄くないとても贅沢なお話だったと思います!
とてもあったかいお話でした。
諏訪子の報告を受けた神奈子の様子を見てみたい…
これでクリスマスまで戦えるっ!!
サンタ狩りに一生懸命な魔理沙の無垢さには心が蕩けるようじゃわい