わかっていないのは私と魔理沙。
霊夢はそっぽを向いている。
普段いつも摂取し続けている温かいお茶にすら手を付けていない。
先刻までは立っていたであろう茶柱もへにょんと機嫌をそこねている。
魔理沙がもってきたのか、少し形が不恰好なクッキーにも手を付けていない。
「ほ、ほら、クッキー食べろよ。形はちょっとあれだけど、美味しいんだぜ。
味はアリスも褒めてたし…… な?」
いつも強気な黒い魔が、オーバーなアクションも付けて菓子を勧めているが、
当の霊夢は見向きもせずに空を見つめている。
普段なら我先にと強奪してくるのに、やはりおかしい。
「じゃ、じゃあ私はお茶を熱いのに入れ替えてくるからな!
霊夢が飲まないからもう冷めちゃってるぞ。あ、別に責めてるわけじゃないからな。
先に食べてて良いから、クッキー」
どたどたと音を立ててお勝手に急須と湯呑を持っていく魔理沙の後ろ姿はなぜか物哀しかった。
なぜ、こんな空気なのか。
なぜ霊夢はこんなにも不機嫌なのか。
「あ、咲夜、いらっしゃい」
と思ったら急に笑顔で振り返ってくる。
霊夢の機嫌を損ねたのは魔理沙だということがわかるが、
この巫女がこんなにも不機嫌そうなのは珍しい。
簡単な用事だったがしばらく見てていたいものだ。気になる。
「ええ。いいお芋が入ったからおすそわけに。お勝手に置いておいたわよ。
あとおまけにマドレーヌを持ってきたのだけれど……」
「あら悪いわね! 早速だけど頂くわ!」
霊夢は嬉々として持ってきたマドレーヌに手を付ける。
形の歪なクッキーは、誰からも触れることなく机の端に追いやられている。
なんとなく、心臓がきゅうと縮まった気がした。
「うーん、美味しい。わざわざありがとうね」
「それはいいんだけど…… 魔理沙と何かあった」
「淹れてきたぞー お茶、熱いから気をつけろよ。ほら咲夜も」
魔理沙が脂汗のかいた笑顔で机にお茶を三つ。
慌てて来たのかお盆にはお茶が零れており、
魔理沙の冷静さを欠いてることを如実に表している。
「お、咲夜がもってきたのかそれ。美味しそうだな」
「貴方も食べて。いっぱいあるから」
魔理沙も美味い美味いと食べてくれるのは嬉しいが、
私が気になっているのはやはり霊夢の表情だ。
魔理沙が居間に戻ってきてからあからさまに眉間にシワが寄っている。
「あ、咲夜もクッキー食べてくれよ」
「え、ええ。頂くわ」
端にあったクッキーを皿ごとぐぐいと霊夢の正面に持ってくる。
私に勧めているのに霊夢の前に持ってくるとはこれいかに。
まあ、気持ちは少しは汲んであげるけど。
魔理沙の必死さが伝わり私も少しつらくなってきたのでそれとなく促してみることにする。
「うん、クッキー美味しいわ。形は変だけどね」
「そ、そうだろ。いっぱいあるからな、どんどん食べてくれよ」
「ええありがとう。霊夢もどう? 美味しいわよ」
魔理沙の目に少しだけ光が宿る。
私に対してグッジョブと言いたいのか拳が少しそれっぽくなっていた。
なんとも顔と行動に出やすい魔法使いだ。
うちのとは大違い。
「ん、私はいいわ。マドレーヌでお腹いっぱいになっちゃった」
魔理沙の私に向けていた希望の光オーラが、どす黒く濁ったような気がした。
やめて、とばっちりよ。
「そう。なら霊夢、お茶でも飲んだら? 喉乾いたでしょ」
濁ったオーラは今度、綺羅びやかな白金のオーラになったような気がする。
忙しい魔法使いだな。
「いらない。やっぱり洋菓子とは紅茶よね。私淹れてくるわ
確か戸棚の奥にあったかなー」
そしてすたすたとお勝手へ立ち去ってしまう。
あからさますぎる態度の差に、私も少し驚きを隠せない。
何をしたら博麗の巫女がこんなに陰湿に怒るのだろうか。
「……」
魔理沙はただただ下を向いて歯を食いしばっている。
やめて、その顔は反則よ。
「……んで」
「え?」
「……なんでなんだよう。なんで、なんで、うぅ」
ついに、魔理沙が決壊した。
よく持ちこたえたと思う。
こんなにあからさまに無視され、自分が出したものにも手をつけられず、
かつ、私だけに笑顔を向ける。
よっぽど心に『クる』ものがあったのだろう。
耐えることなく、拭うことなく畳に涙でシミをかきつづけている。
「うえぇぇぇ咲夜ぁああ」
「あ、はいはい落ち着いて。何よ、何があったの。言わないと私もわからないわよ」
「わぁぁぁあああ」
「も、もう落ち着いてってば!」
私のメイド服に付いた鼻水と涙とよだれは後で洗濯するとして、
魔理沙の背中を叩いて落ち着かせる。
お嬢様の世話をしているみたいだ。
「それで? いつから霊夢はあんな調子なの?」
「ひっく、さっぎ…… ちょっどまえがら、ひっ、あんなんで……」
濁点としゃっくりで聞きづらいので要すると、
霊夢を喜ばせるためにアリスとクッキーを焼いて持ってきたのはいいが、
霊夢は今日、妙にそわそわして、今日は何の日かわかる?
とか聞いてきたそうだ。
その問に答えられなかったから機嫌が悪くなった、と。
まあ、なんともわかりやすい。
「本当に今日が何の日かわからないの?」
「わかんない…… 誕生日でもないし、なんかの記念日だったっけ……?」
でもこの調子なら仕方がない。
全く、大事な人の記念日くらい覚えておきなさいよ。
「まあそう言ってくるんだから、なんかの日なんでしょうね。
もう思い出せないなら聞くしか無いわ」
「……私が?」
「私が聞いてどうするのよ」
と、同時に紅茶を持って霊夢が台所から帰ってきた。
あれだけ大きな声で泣いたのだから、魔理沙の声は聞こえているはずだ。
霊夢も少し目線を泳がせて爪を机にコツコツとやりながら知らぬ素振りを見せている。
わかりやすいな。
きっと待っているのだろう。
魔理沙の真っ赤な目が私を見つめてくる。
はあ、まあ少しくらいなら助け舟を出しても構わないか。
魔理沙の救って欲しい手が目の前に伸びてきてるし。
「霊夢、今日って確か記念日だったわよね」
「は、は?! な、なんで咲夜が知ってるの?」
「いや、知らないわよ。でも霊夢がそわそわしてたからそうなのかなーって。何の記念日なの?」
「……そ、それは」
霊夢は言葉を選び、決心したかと思うとまた迷う、を繰り返している。
ほら、魔理沙。もう面倒くさいから聞いちゃいなさい。
……なんだ私は中学生のカップルの仲介役かっての。
「れ、霊夢。今日、記念日なんだよな。すまないんだけど、その、忘れちゃって……」
「……」
「教えてくれよ、な」
「……もう」
霊夢はしかたなし、といったようにため息をひとつ入れて
諦めたようにポツリと呟いた。
「きょ、今日は私と魔理沙が初めて、き、キスした日じゃないの……!」
解散。
「え、あ、そうだったか。そ、そうだったか!」
「そうよ。忘れちゃって! 去年記念日にしようね、って言ったのに!
「ごめん、……そうだ、思い出した! 確かに今日だ。霊夢、ごめん、ごめんな」
解散解散。
「もう、魔理沙って本当にそそっかしいんだから。
そんな記念日にアリスの所行ったりするし……」
「ごめん、そうだな。約束したもんな。来年、すぐにお前に会いに来てキスするって言ったのに。
私ったら忘れるなんて……」
「別にもう怒ってないわ。だから、ね」
「お、おう」
……なによ、その目は。
私は頑張ったわ。
なのになんでそんな邪魔者を見るような目で見てくるの!
いや、わかるけど、今から何するかわかるけど!
誰が救いの手を差し出したと思ってるのよ!
あーもう!
「お、おじゃましました!」
そして私はみっともなく、そこから退散しました。
早くうちに帰って寝たいと思いました まる
「はあ」
やっとのことで館に着き、パジャマに着替える。
親切心でしたおすそわけの結果が、これか。
なんとも不運だった。
だけど、大事な人との大切な日なんて忘れられるわけ無いわ。
私はお嬢様との記念日なんて全て覚えているもの。
直近の記念日は来月、お嬢様が初めてゴーヤを食べられるようになった日。
来月はパーティね。
おや。
「あ、いたいた! あれ咲夜、もう寝るの」
お嬢様が可愛らしいネグリジェでパタパタと駆け寄ってくる。
「ええ、私は疲れてしまいました」
「ふーん、大変ね。所で咲夜」
うすうすと、感づいていました。
なにかこっ恥ずかしそうにそわそわと私に話しかけてくる、お嬢様。
私の名前は十六夜咲夜。
種族は人間だけど、時を止められる。
だけど、止められるだけ。
例えば時をゆっくりにすることは出来ない。
だけど、今は私の時間はとてもゆっくりに感じている。
お嬢様が続ける。
「あのね、ちょっと聞きたいんだけどー」
私の名前は十六夜咲夜。
種族は人間だけど、時を止められる。
だけど、止められるだけ。
例えば未来を予知したりは出来ない。
だけど、今はお嬢様が何を言いたいかわかる。
お嬢様はなおも続ける。
「あのさー明日ってさー」
私の名前は十六夜咲夜。
種族は人間だけど、時を止められる。
だけど、止められるだけ。
例えば過去に戻ることは出来ない。
だけど、今は戻りたい!
誰か、数十秒前の私を殴ってやって!
明日って何の日よ!
だ、誰か、私に救いの手を!
『メイドさんの救いの手』
終わり
自分のとーちゃんがか~ちゃんに言われて困った顔したの思い出しましたw
でもレイマリいい
解散!
咲夜も頑張ってw
咲夜さん思い出せ…!!
でもさざえさん時空なら霊夢と魔理沙はそのくらいの年齢なんですよね。
そして咲夜さんなら自力で思い出せますよ!…きっと。
笑たww