「いらっしゃい、おや? 君が今日からこのまほうの森に住む……」
「アリスといいます」
私の名前はアリス。
今日からこのまほうの森に住む魔法使い。
魔界の親元を離れてこれが初めての一人暮らし。
どんなことが待っているのか楽しみ半分、不安半分だ。
ウソつきました、正直不安の方が大きいです。
一人暮らしをするにはまず家が必要、というわけでこのまほうの森唯一の店である香霖堂に私は来ていた。
この店はタンスやカーペットといった家具から風邪薬、森林伐採するためなのかオノといった物騒なもの、更には何に使うのかもよくわからないモノ――トーテムポールというらしい――まで品揃えは豊富だ。
もっともお客のニーズに応えられているのかは不明だけど。
どうやら物件も取り扱っているらしく、今回利用させていただいたというわけ。
その家というのも物件カタログを見ると日当たり良好で結構キレイだし、家具もついてくるみたいだしお得だ。
それでいて何より安い、19800とか魔界では考えられない破格値でこの店大丈夫なのかと心配に思っちゃうくらい。
こんな良物件誰かに取られては困るので即決断、カタログ見てから購入余裕でした。
そんなわけで事前に連絡はしてあるので、後は購入手続きするだけの簡単なお仕事。
「それじゃあ家に案内するよ」
店主の霖之助さんに着いて行き、見えてきたのは今日から寝食をする我が家。
でも、カタログに載ってあった写真より若干汚……古いような。
「中も見るかい?」
今見ても後でいくらでも見ることになるけれど、こういうのは形式が大事。
見せてもらうことにした。
部屋を見て外に出た私はがっかりした表情を隠せなかった。
外の見た目以上に、中はぼろいし狭かったからだ。
カタログには部屋内部は載ってなかったのでそこは見落とした私の落ち度だと思う。
でもお昼なのに部屋は薄暗くて、日当たり良好に見えたあれはなんだったの?
外観の件といい、余程腕のいい写真屋がいるらしい。
それに家具もみかん箱という名のダンボールとジャポ○カ学習帳といかにも古そうなランプしかない。(しかもライトの色はベージュ色に更に灰色を足したような暗さ!)
ねぇベッドは? ふかふかのお布団は?
これでは夜も眠れない。
まぁ私は寝なくても大丈夫なんだけど。
「それじゃあ、代金の方だけど」
そんな私を見ても表情一つ変えることなく催促をする店主。
店に戻ってからでもいいだろうに考える時間を与えないつもりなのか。
しかしこれだけの悪条件でも値段を見ると仕方ないと思えるのだ。
だって魔界ではこの家を買う代金程度では家具一つ買えない。
それに『私だって一人暮らし出来るんだから!』と啖呵切って実家を飛び出した私には選択肢はない。
だから購入する意思を示すためお金を出す。
「……これは?」
「これは? って家の代金」
「残念だけどこれじゃ売れないよ」
「はぁ!? なんで!」
思わず声を荒げてしまう。
何度も確認したし、数え間違いはないはずだ。
「だってこれはここのお金ではないし……」
「へ?」
霖之助さんが言うには、魔界とまほうの森では通貨が違うらしい。
だから家は買えないと、なあんだ道理で価格設定がおかしいと思った。
ってそんな場合じゃなくて、どうしようこれから家もなしで一人暮らしって、宵闇の妖怪もびっくりのお先真っ暗中の真っ暗なんだけど。
「はぁ、仕方ない。それじゃあこうしよう、僕の店の手伝いをしてくれたらその家はあげるよ」
「え? ほんと?」
「……まぁ僕も鬼ではないからね、やるかい?」
家を買えるほどの手伝いって楽ではなさそうだけど、正直あてがないのでやるしかない。
「やります」
「それじゃあ、まずは僕の店の周りに花を植えてもらおうかな」
店に戻ってすぐにそう言われて渡されたのは花の種と地味な色の服……正直このデザインはちょっと。
「あの、これは?」
「僕の店の作業着さ、服が汚れると困るだろう? それを着て作業をするといい。終わったら声をかけてくれ」
そう言って新聞を開いて読み始めていた。
すでに自然いっぱいのこの森にこれ以上花が必要なのだろうか、という疑問はあったが今はただ頼まれたことをやるしかない。
これもマイホームのためだと外に出て種を蒔く。
するとバサッという音と共に一瞬で赤いチューリップが咲いた。
「え? 育つの早くない?」
まるで一瞬で時が過ぎ去ったかのよう。
まほうの森というだけあって土地も魔法で出来ているのか、それとも種の方に仕掛けがあるのか。
仕組みはよく理解出来なかったが、一つだけわかったのはこれではサボったらバレるということ。
気合を入れなおして残りの種も蒔きはじめた。
「ふぅ」
渡された種を全て蒔き終えて一息つく。
目の前には三列に整って並んだチューリップの花。
あか、しろ、きいろ、どの花見ても綺麗で我ながら上手く植えたものだと思う。
一瞬で花が育つものだからつい楽しくなってしまったのは否定できない。
「終わったわ」
「思ったより早かったね、ちゃんと蒔いたかい?」
「蒔いたわよ」
疑うなら新聞じゃなくて外を見ればいいのに、実はどっちでもいいのではないだろうか。
「それじゃあ次の作業を……ってなんで作業着を着てないんだい!?」
「いや、だって」
あれダサイし、とは口が裂けても言えなかった。
これからお世話になる相手、心象は大事だ。
「はぁ、仕方ないね。次の作業だけど、その前にこの森の住人にはもう挨拶したかい?」
「まだだけど。というかあなたの他に住んでる人がいるの?」
「一人いるよ、アリスもこれからこの森に住むなら挨拶しておいた方がいい、次の作業はそれからだね」
そして霖之助さんはまほうの森の地図を渡してくれた。
見ると確かに香霖堂と私の家(となる予定)の他にもう一軒家があり、ピンクの文字で「まりさ」と書かれている。
女の子なんだ……どんな人なんだろう、仲良くなれるかな。
どきどきしながら家の前まで行くと、白黒服を着て黒いとんがり帽子を被っていかにも魔法使いですっていう外見の金髪の女の子がいた。
あ、かわいい……
思わず声になりそうなのを抑えていると、向こうがこちらに気づいたのか声をかけてくれた。
「お、新しい住人か? 私は魔理沙って言うんだ。よろしくだぜ!」
「魔理沙さんね、私はアリス、よろしくお願いします」
「魔理沙でいいぜ、私もアリスって呼ぶからな」
私は魔理沙と固い握手をする。
魔理沙は初対面なのにそうとは思わせないフレンドリーな子で思わずあれもこれも話してしまった。
話してみると格好だけではなく本当の魔法使いだということもわかり意気投合。
こんな子が近所に住んでいるなんてこれからの森の生活が楽しくなりそう。
本当はもっと話していたかったけれど、店の手伝いが残っているので切り上げる。
まだ森での生活は始まったばかり、少しずつ仲良くなっていけるといいなぁ。
魔理沙と別れて店に戻った私に与えられた次の作業は『これを魔理沙に届けてきて欲しい』というものだった。
「それならさっき一緒に頼んでくれればいいのに……!」
先ほど通った道を再び歩きながら愚痴を言わざるを得ない。
でももう一度魔理沙に会えるのは嬉しい、そこは感謝しよう。
そして魔理沙の家の前に着いてノックをしてみるが返事はない。
「いない……さっきまで居たのに」
なんというタイミングの悪さ。
とにかく頼まれた仕事を終えなければこれから過ごす家がないため、森を歩き回って魔理沙を探す。
今日知り合ったばかりの彼女がどこへ行くかなんて知らないので手当たり次第に歩くしかなかった。
「ここにもいない」
地図を見ながら東へ西へ。
「どこにいるのー?」
しかし結局何処に行っても見当たらなかった。
途方に暮れて魔理沙の家に戻ってきた頃には日が暮れていた。
「あれ? 電気点いてる。帰ってきてたんだ」
これなら大人しく家の前で待っていたほうが良かったかもしれない。
見つかったならいいかとノックをすると先ほどと変わらない姿の魔理沙が出迎えてくれた。
「お? 頼んでいたもの来たのか。ってなんでアリスが届けてくれたんだぜ?」
「ちょっと色々あって」
家を買えなくて手伝いをしてるんです、なんていう恥ずかしい事は言えずお茶を濁すしかなかった。
用事が終わったらすぐに店に戻ろうと思ってたんだけど、せっかくだから見ていけと魔理沙が言ってくれたので部屋に上がらせてもらった。
今日知り合ったばかりなのに部屋にまで入れてもらえるとは随分オープンな子だ。
そういえば魔理沙も見たところ一人暮らしだ、やっぱりあの香霖堂で家を買ったのだろうか。
そうだとしたら、とても人をあげることが出来る部屋ではないと思うのだけど。
そんな不安を抱いて見た魔理沙の部屋は私の部屋より二回りくらい大きく予想とはだいぶ違った。
置いてある家具はソファーやベッド、クローゼットにテーブルなどモノクロチックなものが多いが、その他に乱雑に置かれた大量の物のおかげで統一感がない部屋となっていた。
あ、トーテムポールある……あれ売れてるんだ。
これは私の家とは違った意味で見せられない部屋じゃないだろうか、すごい失礼なんだけどなんていうか女の子の部屋っぽくない。
とまぁ、同じ一人暮らしの部屋なのに全然違う。
魔理沙は部屋の入り口付近にあるモノクロテーブル(今私が勝手に名づけた)に八角形の物をそっと置く。
これが今回私が届けたミニ八卦炉というもので、操作すると火がついたり消えたりすると実際に見せてくれた。
いいなぁ、便利そう。
「届けてくれてサンキューな、これお古だけどお礼にあげるんだぜ」
届けたのは自分の家のための手伝いだからで少し申し訳なかったんだけど、断れる雰囲気ではなかったので受け取った。
もらったのは『ラブリーかべがみ』というものらしい。
どんな壁紙かはわからないけれど、あのボロい壁紙を変えれば少しは明るい部屋づくりが出来るのではないか。
「それじゃあ私はそろそろ」
「ああ、またな! 今度は私がアリスの家に遊びに行くぜ!」
「今は引っ越してきたばかりだから難しいけど、そのうち招待するわ、またね」
出来るだけ早く魔理沙を呼べるような部屋にしよう、そう心に決めた。
再び香霖堂に戻った私を見て霖之助さんは言った。
「随分楽しそうな顔をしているね、良かった。その感じだと魔理沙とうまくやっていけそうな感じかな? 最初会った時や家を見に行った時は不安そうにしていたから心配だったんだよ」
あれ、もしかしてこの手伝いって……いいえ、詮索はやめましょう。
「おかげさまで。それで次は何をすればいいの?」
「さっきので手伝いは終わりさ。もう全部やってもらったからね。あの家も今日から好きに使っていい」
「本当?」
「ただし、あれでは全然足りないからね、残り16800ってところかな。後はゆっくり払ってくれればいいよ」
「ありがとう」
最初は騙された! と思ったけど霖之助さんもいい人だった、疑ってごめんなさい。
そういう意味も込めた感謝の言葉だった。
無事使えるようになった部屋に戻り、さっそく魔理沙からもらった壁紙を張ってみる。
ラブリーかべがみはピンク色が強くて正直言うとあまり私の好みではなかったけど、部屋は明るくなった。
霖之助さんは部屋の代金全部払ったら増築の相談も受けるとも言っていたし、こうして自分なりの部屋を作っていくんだなというのがわかった。
まだまだ魔理沙を招待出来るような理想の部屋には遠いけど、まずはこの机代わりにしているみかん箱をどうにかしたいかな。
そして私は部屋にあった学習帳に日記を書くことにした。
今日一日でこんなに楽しかったし、まだまだこれから楽しい事があるはず。
そんな日々を何か形に残したいと思ったから。
色々あったけれど、一人暮らしも始められたし、この森に来て良かった。
こうして慌しくもまほうの森への引っ越しは無事に終わった。
聞いた話だと毎週土曜の夜には『プリリバ』のライブがあるんだとか、他にも花火大会や年越しなど季節毎に行事もあるんだとかでこれから楽しみだぜ。
あら? あの子の口ぐせがうつっちゃったかも?
まだ友達と言えるのは魔理沙だけだけど、これから新しい人が引っ越してきたらその人とも仲良くしていきたい。
そうすることでもっともっと楽しくなるだろうから。
だからみんな、おいでよ まほうの森!
配役考えるの楽しそう
早速引っ越すか
引っ越しの準備しなくちゃ
初々しいアリスに思い出ブレンドで、楽しめました。
…伐採だけはダメだぞ?