※作品集144『あなたの隣で見る桜木は』の続編となっております。
そちらを先に読んでからの方が、恐らくより分かりやすく読めるかと思います。
◆ ◆ ◆
「あっつい……」
隣りでグターっと寝転がる霊夢を横目に、アリスは渋いお茶を一口飲む。
確かに春先にしては暑く、冷たいシャワーでも浴びたい気分だった。
でも博麗神社にそんなものがあるとは思えないので、我慢するのである。
ちなみに我慢できなかったのが隣りの霊夢である。
「そんなに暑いなら、桶に水でもはって足入れときなさいよ」
「水程度で涼しくなると思ってるわけー?」
「はぁ……」
めんどくさがりだとは思っていたが、やはり暑い時はそれが人一倍発揮されるのだろう。
さきほど遊びにきてから、霊夢はずっとこんな調子だった。
せっかく顔を見に来たのに。
せっかく一緒にいれるのに。
霊夢がこんな様子だと、あまり楽しくない。
まぁただ会えているだけでも楽しいといえば楽しいのだけれど。
「まったく……氷も浮かべればいいんじゃない?」
「そうねぇ。それがいいわね」
「…………」
「…………」
無言の間。
分かる。霊夢が言わんとしていることは分かっている。
分かっているからこそ、アリスも動こうとしない。
私はあんたの召使いじゃないとばかりに動かない。
ぶつかり合う視線。
こうなるといつも負けるのが、
「……準備してくればいいんでしょ」
「すまないねぇばぁさんや」
「いつもの事ですよじいさんや」
空気が読めてみんなに優しいアリスさんなのだった。
盛大な溜息を洩らしながら、立ち上がる。
おけと水と氷はどこだったかな。
なんて呟きながら歩き出すと、背後で寝転がったままの霊夢がボソリとつぶやいた。
「……本当に、いつもありがとね」
「……なによ、今日は素直じゃない」
「そりゃあ、私だってたまにはお礼くらいするわよ」
お互い振り返らず、それぞれの方を見ながら。
それでも、どこかつながっているような。
「あーあ。アリスがずっと私のために働いてくれたらいいのになー」
「なによそのヒモ宣言。絶対いやよ」
「とか言ってー。本当はやる気満々なんでしょ?」
ばーか。
とつぶやきながら、アリスはほほ笑みを浮かべつつ、台所へと歩いて行った。
庭の大きな桜の木が満開な、春のひと時だった。
◆ ◆ ◆
コンコンッ
ノックをしてみても、案の定返事は無かった。
まぁいつもの事だから、家主の返事も聞かずに扉を開ける。
あっさりと扉は開き、私の侵入を許してくれた。
何度も同じことをしているのに鍵をかけないってことは、あいつも別に拒絶しているわけじゃないんだろう。
そう勝手に結論付けて、後ろ手に扉を閉める。
部屋に入ってみれば、やっぱり案の定寝ていた。
イスに座って机に突っ伏して……随分と、幸せそうな寝顔だった。
きっといい夢を見ているんだろうな。
まったく……なんだか母親になった気分だぜ。
なんだか母親の気分になった心優しい魔理沙さんは、近くにあったタオルケットをアリスに肩にかけてあげるのだった。
アリスが起きなさそうなので、適当に部屋の中で過ごすことにする。
まぁいつもの事だし、コイツも文句は言わないだろうし。
見回してみれば、相変わらず乱雑な部屋だ。
私が言うのもなんだけど、もうちょっと整頓すればいいのにな。
……まぁ、掃除もできない、したくない。そんな気分なのも、分からなくもないけどな。
と、視線を部屋の片隅のベットの脇へと移す。
そこには、やけに精巧に作られた、霊夢の人形が置かれている。
アリスの人形師としての力を集結させて作ったような、すごく精巧な人形。
等身大というわけでもなくて、ちょっとデフォルメされたような感じ。
でも、その顔は、体は、雰囲気は。
すべて、霊夢そのもののようだった。
……あれをアリスが作ったのが、確か……霊夢が死んでから、一年くらい過ぎたころだっただろうか。
しばらく姿を見せない、家にも入れないと思ったら、ある日いきなり作られていた。
初めこそ、気でも狂ったのかと心配もしたけど、そういうわけでもなかった。
普段通りの生活するし、普段通りに会話もする。
目の下にクマがあるわけでもないし、精巧に作られた霊夢人形でナニかしているわけでもなかった。
ヤンデレってる風でもなければ、絶望しているようでもなくって。
だからむしろ、私は怖かった。
一年経って、写真があるわけでもないのに、霊夢をそのまま再現したような人形を作れたことに。
そして、普段通りに生活できているアリスに。
アリスが霊夢に依存するような愛情を向けていたのは、大体誰でも気づいていた。
霊夢からも、あまり露骨では無かったがそんな気配はあった。
でも、あの霊夢が気づかれるほどに誰かに愛情を向けるなんて珍しくて、私はすこしだけ楽しかった。
友人の一人として盛大に祝いたい気持ちだった。
だからこそ、霊夢が死んだ当初はみんながアリスを心配していた。
最悪、私はアリスは自殺しないかとすら心配していた。
しかしふたを開けてみればなんら変わりは無く
ただ、アリスはあれから……100年くらい経っただろうか。
その間、森から……いや、へたしたら、家の周辺から一歩も外に出ていない気がする。
そこだけ唯一、アリスが霊夢の死を引きずっている証なようで、逆にホッとしている。
もちろん家にこもって、死者蘇生の禁術を編み出しているようでもない。
それに、不健康だけど魔法使いとしてはおかしいわけじゃないし。
パチュリーだって似たようなものだし。
あんなに依存していたのに。
あんなに、愛していた……で、あろうと思えたのに。
今のアリスを見ていると、私は怖くなってくる。
いつか、爆発しちゃうんじゃないかと。
そして心配になってくる。
まぁ、アリスもアリスだから、きっと自分の中でいろいろ考えているだろうけども、心配なんだ。
霊夢の人形に手を添えた時、アリスがガバリと体を起こした。
わ、私が人形に触ったから起きたわけじゃないよな?
「よう。眠り姫のお目覚めだな」
「ん……あぁ、魔理沙……また来たの?」
「おう、また来たぜ。そしてこれからも来るぜ」
今となっては数少ない友人を心配して、何が悪い。
私はコイツがちゃんと安心して生活できるまで。
森から一歩でも出る勇気を持ってもらうため。
そして、同業者として。
トコトンまで付き合ってやるぜ。
コイツがこのままじゃ、霊夢に顔向けできないしな。
・ ・ ・
魔理沙は、いつも通り、一時間くらいただ喋りながらお茶をして、そして帰って行った。
そんなことをもう……80年?90年?
……あまり覚えてないけど、それくらいは繰り返している。
なにがしたいんだか。
……まぁ、さすがに私でもなにがしたいかは分かっているけれど。
アイツなりに、私を心配しているんでしょうけど。
まったく、新米魔法使いのくせして生意気ね。
家を出て、庭……の、ような場所に出る。
そこには一本のさびれた桜の木がある。
私が、博麗神社から貰ったものだ。
……霊夢が、死んだ後に。
花びらは無く、つぼみも無いその様は貧相で。
太くて年期が入り、ボロボロになった幹は哀れで。
風がそのまま通り抜け、ただただ無音の情景は淋しげで。
一人で見上げる桜木は、まるで生命力を感じれない銅像のようで。
……霊夢と一緒にいないだけで、こんなにも違う花に見えるのか。
100年とちょっと前。
霊夢と一緒に見たこの桜木は、とても綺麗だったのに。
いまだに、心の中に鮮明に残っているくらいに。
いい加減、嫌になる。
私の家に来るのは魔理沙だけじゃない。
パチュリーがわざわざやってくることもあれば、なぜか一緒にレミリアが来たりもする。
萃香だったり、チルノとかもやってくる。
紫や幽香がやってきたこともあった。
そういえば、この間は小町まで顔を出してきたわね。
みんなが、私を心配していることは分かっている。重々に。
わかっているからこそ、嫌になる。
自分でも分かっているのだ。
私が、霊夢の……死に、向き合えていないことに。
それを現実じゃないと、どこかで思っていることに。
分かっているのに、霊夢は……死んで、いることを理解できているのに。
私は、霊夢の、死を、受け入れられていない。
魔法使いと人間の寿命の差なんてとっくの昔に覚悟していた。
むしろ一番初めに考えたこと。
なのに、いざそうなると、私はそれを理解しようとしなかった。
なんで私は受け入れることができないのだろう……霊夢の、死を。
霊夢が、死んだ時、私はその場にいなかった。
その時なにをしていたのか……あまり覚えていない。
風邪だったのか、なにか用事があってどこかに行っていたのか。
思い出せないけど、とにかく死に目に会えなかったことは覚えている。
だからなのか……だから、私は霊夢がまだ、死んで、いないと錯覚しているんじゃないだろうか。
でも、それを確認しようとはしていない。
だから家から出ないし、森からも出ない。
誰かと積極的に関わろうとしない。
……誰かに、今の博麗の巫女について、聞こうともしない。
とんだ重症ね。
自分を客観視できていることが、余計に重症だと思えてくる。
ベットわきの霊夢人形も、別に作ろうとして作ったわけじゃない。
なんだかやる気がなにも起きなくて、手持無沙汰だったからなにかしようとしたら、できていたのだ。
いやまぁ、でもむしろ、その方がより重症な気がしないでもないか。
作ろうと意気込まないであの精巧さ……私の人形師としての力が怖いわ。
怖いからこそ、アレには触っていない。触れない。
あれを『霊夢』だと思ってしまいそうで、怖い。
でも、たまに思い出に浸りたい時とかはあの人形を眺めている。
あぁこういう所がダメな所なんだろうなぁ……。
でも、止められない。
霊夢の死、に、向き合えない私は、止められない。
霊夢との思い出に。
「……はぁ」
いい加減、桜を見上げながら物思いにふけるのも飽きてきたので、またひきこもる事にした。
……パチュリーのことをどうこう言えなくなってきたわね。
あ、そろそろいろんな道具足りなくなってきてたわね……また魔理沙に頼もうかしら。
なんて、考えている私の背後で、気配がした。
魔理沙じゃない。
あいつはこんなひっそりとやってくるような奴じゃない。
となると、誰だろう。
すっかり千客万来ね。
なんて、振り返る私の目には―――……
「あの、ここがアリスさんの家で大丈夫でしょうか?」
見覚えのある、紅白の巫女服がいて、
「えっと……地図、この地図見ながら来たんですけど、これ昔のみたいでして……違ってたら……って、あのー?」
でも、その顔は、髪型は、声は、『アイツ』とは違っていて、
「……アリスさん、で、いいんですよね?」
心配そうな声を出す目の前の少女に、私は、奥歯をギュッと強く、噛みしめた。
「……私に、なにか用かしら……博麗の巫女さん」
目の前の少女―――『博麗の巫女』は、ただニッコリとほほ笑んだ。
その顔も、私の知っている『博麗の巫女』とが違っていて―――……
……ずっと比較して考えていることが、なんだか申し訳なく思えてきたのだった。
・ ・ ・
「わぁ! おいしいですねこのスコーン! アリスさんの手作りですか!?」
「……まぁ、そうよ」
いくら『会いたくなかった人間』であろうと、用事がある。といって来ているのだからまぁ、追い返すのも悪い。
一応来客なのだから、部屋を少しだけ片づけてから、暇だったから作っていた手作りスコーンとジャムと紅茶をふるまった。
……魔理沙はまぁ、勝手に来ているんだから、部屋が汚いままでも、市販のお菓子とかでも問題ない、はず。
もちろん、『霊夢人形』は隠しておいた。
この子が『霊夢』の何代後かは分からないけれど、さすがに現役博麗の巫女に、過去の博麗の巫女のリアル人形なんて見せれない。
そこまで常識を失ってはいない。
そう、私は都会派で常識溢れる魔法使い。
常識溢れる魔法使い。
常識溢れる魔法使い。
よし。
『博麗の巫女』は、私の向かいのソファーに座り、嬉しそうにスコーンを食べている。
まだ小さいせいか、ソファーから両足がブラリと下がっていて、その足を楽しそうにブラブラさせている。
この子が何歳かは知らないけれど、年相応な可愛い行動だと思う。
可愛いとは思うけど……
……申し訳ないけれど、『博麗の巫女』である。という時点で私は身構えてしまう。
いったいどんな『用事』があるのか。
いったいどうやって私の家を知ったのか。
……本当に、申し訳ないとは思うけれど。
「それで、なにか用事があったんじゃないの?」
「んー?」
話を切り出してみれば、口の中いっぱいにスコーンを詰め込んでいて喋れないでいた。
……子供というより、小動物?
リスというか、なんというか。
もしかしたらこの子はリスの妖怪なんじゃないだろうか。
口の中いっぱいのスコーンを流すように紅茶を一飲みする。
ゴクリ。と大きくのどを動かして、『博麗の巫女』はまたニッコリとほほ笑んだ。
「おいしかったです! アリスさんはお菓子を作るのがうまいですね」
「こんなの、慣れれば誰にでも作れるわ。魔理沙……って、言ってわかるかしら」
「はい。魔理沙さんにはよくしてもらっています」
「……そう。まぁ、魔理沙でも今ならこの程度作れるわよ。今度頼んでみなさい」
本当ですか!? と、『博麗の巫女』は嬉しそうだ。
……魔理沙は、この子とよく会っているようだ。
まぁ、それはそうか。
魔理沙はちゃんと外を走り回る魔法使いだものね。
って、巫女いないし!!
「わぁ! こっちは本や人形がいっぱいですね!」
「……はぁ」
いつのまにか、『博麗の巫女』は研究室の方に行っていた。
……落ち着きがないのだろうか。
用事があって来ているはずなんだけどな……もしかしたら、魔理沙の差し金なんだろうか。
でも、魔理沙がわざわざ『今の私』に『博麗の巫女』を差し向けるとは思えない。
「はぁ~~~~……私の神社にも、いっぱい本や巻物があるんですけど、同じくらいですかね」
「そう……まぁ、神社はいろいろ後世に伝えなきゃいけない事多いだろうし、そりゃ多いわよね」
「そうなんですよ。私、まだまだ半人前なので、いろいろ勉強しなきゃいけないんですよ」
本棚に並ぶ魔導書を一冊取り出して、『博麗の巫女』は嬉しそうに愚痴る。
ずいぶんと、優等生な巫女ね。
物腰もやわらかいし、霊夢とは大違いね。
というか、この子魔導書見てるけど内容理解できるのかしら?
ペラペラめくってるけど……まぁ、目を通してるだけか。
「それで、魔理沙さんや紫さんからいろいろ勉強しろー。って言われたので、普段入らない倉庫とかにも入ってみたりもしたんですよ」
「勉強熱心ね」
「えへへ。でも、ですね。倉庫に行ってみたら、ちょ~っと、問題がでちゃいまして」
ピタリ。と。
『博麗の巫女』の動きが止まった。
魔導書をゆっくりと閉じて。
顔を、ゆっくりと私に向けた。
その顔は、さきほどと一緒で『ほほ笑んでいる』けれど……
なんだろう。
この子……なんだか、
「……どうかしたの?」
「はい、しちゃったんですよ。なんて言いますか……え~っと、悪霊……か、なにかが出ちゃいまして」
「はぁ!?」
悪霊!?
博麗神社の倉庫に、悪霊が出たの?
ちょっとそれは……理解はできるけど、考えられない。
どんだけ強力な悪霊なのよ。
……いや、ちょっと待って。
嫌な予感しかしないんだけれど。
「……まさかとは思うけれど、それを私に退治してほしい。って用事じゃないでしょうね」
「……えへへ~」
『博麗の巫女』はただただほほ笑んだ。
この子……随分と、要領はよさそうね。
笑ってごまかしやがったわよ。
「はぁ……あのね。私はただの魔法使いで、何でも屋でも、妖怪退治屋でも、お払い師でもないのよ?」
くぎを刺しておく。
そんな、霊夢じゃあるまいし。
どういう経緯で私の元へ来たのかは知らないけれど……まぁ、魔理沙辺りの入れ知恵だろうけど。
とにかく、私はわざわざ、博麗神社なんていう『精神衛生上よろしくない場所』になんて行きたくはない。
「えっと、その、実は『困った時は魔法の森にいるアリスっていう魔法使いを頼れ』って言われまして……」
「……なによそれ。やっぱり魔理沙の仕業なの? あいつはすぐに面倒事を人に押し付けて……」
「えーっと、その、私の先々代……くらいの、博麗の巫女に、です」
…………
………………
「名前は確か、えっと……霊夢さん、でしたっけ?」
「……」
『博麗の巫女』はジッと私を見ているけど、私はそれどころじゃなかった。
やだ、どうしよう。
ちょっと、いや大分、動揺している。
……あいつ、代々の博麗の巫女の世話を私にさせようとしてたの?
っていう動揺と。
霊夢が、自分の後続を任せるに適している。と。
私を、アリス・マーガトロイドを評価してくれていたことに。
すごく動揺……いや、感動? してしまっている。
あいつは、こんな……100年近くも経ってから……こんな、罠みたいなことを。
「……アリスさん?」
『博麗の巫女』は、なんだか察したような顔で、私を促した。
……この子、気味が悪いくらいに察しがいいというか。
要領はいいし、察しもいい。そしてなにより、この私をうまいこと転がしているのが癪に障る。
もしかしたら、全部分かってやってるんじゃないでしょうね。
小憎たらしい子ね。まったく。
「……はぁ。そこまで言われたら、断れないじゃない」
仕方なく。
本当に仕方なく呟いたその言葉に、『博麗の巫女』は満面の笑みを浮かべた。
「え、引き受けてくれるんですか!?」
「……だって、あなた半人前なんでしょ。博麗神社に出没するような悪霊の退治はできないんでしょ?」
「はい!」
……用意周到に、うまいこと私にやらせようとして。
なんでこんな元気のいい返事をするのかしらね。
あぁまったく……小憎たらしい。
はぁ。
まぁ、仕方ないけれど。
本当の本当に仕方ないけれど。
引き受けてあげようかしら。
他の誰でもない、霊夢の頼みだというのなら。
「あ、それとですね」
「なによ」
話は終わったかと思えば、『博麗の巫女』はスコーンを再び食べながら続けた。
こっちは支度でもしようかと思っていたのに。
「その倉庫に現れた悪霊なんですけど、その件の霊夢さんかもしれないんで」
……
…………
………………
「……は?」
「私もちゃんと見てなかったんですけど、たぶんそうです」
そう言って、ブルーベリーのジャムをたっぷりぬったスコーンを一口食べる。
……えっと、ちょっと思考がおいつかないというか。
先々代の博麗の巫女が、博麗神社の倉庫で悪霊として暴れまわっているの?
……なにしてんのよ、あいつ。
「……引き受けて、くれるんですよね?」
『博麗の巫女』はボソッと呟く。
釘を刺してくるように。
というかまぁ、さしてるんだろうけど。
ふん。
こんな小娘に舐められるような私じゃない。
引き受けたからには、やってやる。
「……あなた、霊夢ほどじゃないけれど、その感じの悪さ。博麗の巫女らしいわね」
「ありがとうございます。よく言われます」
皮肉というか、悪意100%の発言も物ともしなかった。
霊夢、立派な後継者が見つかっていてよかったわね。
そして私がすぐにキレるような若者じゃなくてよかったわね。
「……名前、聞いてもいいかしら?」
「名前は無いです。まだまだ半人前ですから。でもまぁ……大抵、他人からは『博麗』と呼ばれてます」
博麗は、ニッコリと笑ってそう言った。
半人前ね……一人前になった時が怖いわ。
……というわけで、約100年ぶりの外出は、感じの悪い人間の子供と一緒に。だった。
……この件を引き受けたのは、一回やるといったからには。
という気持ちも強かったのだけれど。
でも、少しだけ。
本当に少しだけだけど。
……また霊夢と会える。というのもあって。
……いい加減、依存というか、引きずるのは止めるべきだよね。とは、思ってはいる。
……本当だってば。
・ ・ ・
最初の印象は、
「……変わってないわね」
だった。
100年くらい経ってもあまり変わっていない神社を見渡す。
変わってると言えば、私の家の庭に行った桜の木が無いくらいか。
……なんだか久しぶりの外すぎて、ちょっと違和感がでてしまう。
なんだかなー。
自分がこんな風になるなんて、あの頃は思っても無かったのに。
と、感傷にひたっていると博麗がちょこちょこと目の前を歩いて行った。
「アリスさん、倉庫に行く前にちょっとお茶しませんか?」
……さっきいっぱい飲んでたと思うんだけどな。
紅茶と緑茶は別腹なのかな。
博麗の巫女の資格って、お茶が好きかどうかだったりするのかしら。
まったく、一大事だったんじゃないのかしら。
「私、さっきも言いましたけどいろいろ本読んでいるんですよ」
「聞いたわよ」
境内の階段に腰かけて、お茶とお菓子を食べる。
……私は、なにしてんだろう。
流されて一緒にお茶しているなんて、もしかしたら私は潜在的に博麗の巫女に弱いのかな。
もしかしたら、なんとなく気が進まないのか。
わざわざ『ここ』まで来たっていうのに……。
もう『ここ』に来たことをどうこう言うつもりはないつもりだったのにな。
ちなみに、博麗はニコニコ笑顔だ。
なんか腹立つ。
「元から書物読むの好きなんですよね。特に手記とか日記とか、そういうのですね」
「あぁ、そういうの分かるかもしれないわね」
「アリスさんもですか? 私、そういった書いた人の思いが見えるのが好きなんですよね」
両手で湯呑を持ちながら、すごく楽しそうに話している。
なんだか行動の一つ一つが計算されている気がしてしまう。
まぁ、この子の関しては第一印象が悪かったせいもあるかもしれないけれど。
博麗の巫女は性格が破綻している人間しかなれないって聞いた気がするし……。
「……アリスさん、なんだか今失礼なこと考えてません?」
「いいえ」
頬をぷくっとふくらませ、ふくれっ面で私を見てくる。
年相応の行動でも、この子がやると……そう。『あざとい』ってやつね。
「で。本題に入る前に今度はどんな話で私の心を惑わしてくれるの?」
「え、なんですかそれ。さすがに心外ですよアリスさん」
「……」
「……心外ですよ?」
この笑顔だ。
さっきまでふくれっ面だったのに、この笑顔。
なんで笑み崩さないのよ。
怖いっての。
「……」
「まぁ、なんでもいいんですけどね。あ、そうそう。本の話でしたよね」
ぱん。と手を叩きながら、博麗は湯呑を横に置き、巫女服をゴソゴソとまさぐりだした。
服の中にスペースがあったのか、小さな手帳が出てきた。
地味な色で装飾もない、人里でもそれほど売れてないか、お年寄りが買うんじゃないかって感じの手帳。
なんとなく、察してきたぞ。
この娘がやけにいろいろ察しがいいこと。
その『原因』ってわけね。
「それ、見せてもらっていいかしら?」
「ダ~メですよ? 博麗神社に伝わる門外不出の書籍なんですからねぇ」
あぁクソぅ。
こいつすげぇいい笑顔してる。
さっきまでとあんまり変わらない笑顔なのに。
あぁもうドSめ。超ドSめ。
「これ、実は私の先代の誰かの日記……みたいなものなんですけど、すごくおもしろかったんですよ」
「へぇ」
実は。じゃないわよ。まったく。
「あんまり日記を書くような性分じゃないみたいで、日付はすごく飛び飛びなんですけどね」
当たり前じゃない。
あいつがそんなマメなものか。
日記の内容だって、どうせごはんの献立くらいしか書いてなかったんじゃないのかしら。
「内容も、一行かに行とかばかりなんです。今日のご飯とか、誰が来たとか。でもそれがなんだかおもしろくて」
それ見た事か。
あのものぐさがまともな日記なんて書けるはずないじゃない。
「そう、おもしろかったんですよ……だって、短いのに、すごく周りを見てるんですよね」
…………
パラパラと、日記帳がめくられる。
「物事の本質を見てるといいますか……みんなから一歩引いてるからこそ見えている。といいますか」
…………。
それもまた、アイツらしい。
まさに、『博麗霊夢の日記』ね。
「……でも、本当は寂しかったんじゃないでしょうかね」
「……え?」
下げていた視線を上げると、博麗と目があった。
博麗は、なんだか悲しそうな顔をしていた。
「淡々と書かれているこの日記……いえ、日記なんですけど……自分の日記というより、観察日記なんですよね」
「あくまでも周りのことばかり書かれてて、自分の事は全然書いてないんです」
「この人がどういう気持ちでこれを書いていたのか、書き続けていたのかは私にはわかりませんけど……」
「……これはちょっと、寂しすぎるようなッ」
ガシッ。
っと。
いつのまにか私は博麗の肩を掴んでいた。
入れるつもりはないのに、その手に力が入ってしまう。
自分がどんな顔をしているのか、
全然、分からない。
ただ。
ただ。
私は、おそらく、怒っているんだと思う。
おそらく……だ、なんて。
……ここ数十年間。思考と行動に差ができてしまっていて、
まるで自分が自分じゃないみたいだ。
「……あんたの口から」
「…………」
「博麗を継ぐあんたの口から……」
「…………」
『アイツ』の事をなにも知らないあんたの口から……ッ!!!
手に、
力が、
こもって、
しまう。
「……アリスさん、痛い、です」
「ッ!!」
博麗の顔を見ると、本当に痛がっているのが分かった。
それほど、力が入っていた……?
「……ごめんなさい」
私は慌てて手を放す。
博麗は、肩を押さえながらも小さく笑いかけてきた。
「……アリスさん、悪霊って、どうやったら現れるかしってますか?」
「……」
開けられた日記帳を閉じながら、博麗は問いかけてくる。
さっきまでの、どこか挑発的な物言いとは、どこか違う。
まるで、優しく諭すような。
「一般的には、まぁ非業の死をとげたとか、突然死んでしまった人とかは……霊魂だけがさ迷ってしまうんですよね」
「……心残りがあって、死を実感できなくて、さ迷っている。それが悪霊ってこと?」
「そうですね。憎しみとか恨みとか、そういうのが強ければそれは『悪霊』なんです」
……まるで、今の私みたいね。
まぁ、私の中に恨みとかがあるかは自分自身じゃ分かんないんだけどね。
でも……霊夢が、悪霊になっている。と。博麗は言った。
あの霊夢が……憎しみや、恨みとかを心残りにしてる……?
そんな、まさか……。
いや、でも。
「……この『霊夢さんの日記』……一番最後、なんて書いてあると思いますか?」
……最後の、日記。
アイツが、死ぬ前に残した、最後の言葉。
「……分からない。そんなの、分からないわよ」
「……アリスさん」
ポン。と。
うなだれる私の手に、博麗は日記帳を渡した。
……見ろ、って言うの?
私に。
霊夢の日記を。
顔を上げると、博麗は笑顔だった。
……無言の笑顔って、やっぱり怖い気がするのよね。
仕方なく、ページをめくる。
……今日の献立。
……魔理沙が庭を荒らしまくった話。
……宴会をしていて、怖い話に妖夢が大声を出して驚いた話。
……大きな事件だって、霊夢にとっては一行ですんじゃうのね。
……ッ!!
『 5月7日
花見を決行。誰も来ない。いや、アリスだけ来てくれたか。
寝ている時になにかごちゃごちゃ言っていたけど……まぁ、確かに。
コイツの隣で見る桜も、案外悪くないわね
』
急激に、目頭が熱くなった。
そして、ついでに恥ずかしくなった。
まさかそんな……あの時、起きてたの?
あぁもう……90年近くたって初めて知ったわよ、このバカ!
「……」
「……博麗、ちょっとお茶くんできなさい」
「はーい」
ニヤニヤ見てくる博麗を追い出す。
この子も分かっているようで、ニヤニヤしながら自分と私の湯呑を持って歩いて行った。
まったく、誰に似たのかしら。
ページをめくる。
なつかしい思い出がつづられている。
それは短い言葉ではあるけれど、いかにも霊夢が考えていそうな事で。
あの時コイツはこんな事考えていたのかと思うと、なんだか楽しい。
少しづつ、私の中の霊夢の思いでと、霊夢の思いでを共有させていく。
なんだろう……なんだか、心が軽くなってくる。
ふと、ある日を境に字が少し変わってきたように感じた。
日が進むごとに、それは顕著になっていく。
……あぁ、そうか。
そろそろ、この日記が、終わってしまうのか。
そんな時でも、霊夢の日記は変わらず。
魔理沙が種族としての魔法使いになった時だって、それよりもきのこの雑炊がおいしかった。で済ませてるし。
こんな奴が、悪霊になっているなんて、考えれない。
ペラペラとめくる。
博麗は気を利かせているのか、なかなか帰ってこない。
めくる。
めくる。
めくって、そして。
最後のページになった。
最後のページには、一言、ただ一言だけが書かれていた。
『 そういえば、最近アリスのやつを見ないわね 』
弱々しい字で。
ただ、それだけ。
心臓が、ドクンと動く。
いや、そんな、まさか……ッ。
まるでタイミングを計ったかのように、博麗がやってきた。
「……アリスさん、さっき、私が言った事、覚えてますか?」
恐る恐る、博麗の方を見る。
分かっている。分かっているのよ。
『本当は寂しかったんじゃないですか?』
気づけば、走っていた。
博麗の横をすり抜け、慌てて、全速力で。
飛べばいいものを、わざわざその二本の足で。
すれ違い際、博麗の呟きが聞こえた。
「本当にもう、手が付けられないくらいの悪霊さんなので……気を付けてくださいね?」
……楽しんでないわよね?
まぁ、それはいい。
あぁもう、なにが『アイツを知らないあんたの口から』よっ!
なにより、
なにより私が!
一番霊夢を知っていると思っていた私が!!
なにも知らなかったんじゃない!!!
・ ・ ・
博麗神社の隅。
そこに小さな小屋がある。
それこそが博麗の言うところの『倉庫』である。
荒い息を落ち着かせる。
落ち着け、私。
落ち着け……。
落ち着いてよ……ッ!
グッと、胸の前で手を握る。
大丈夫。
この扉を開けるのは簡単だ。
少し力を入れれば開いてしまう。
そう、簡単なのよ。
扉に、手を添える。
……
……
……
……簡単、なのに、なぁ~……
勇気が出ない私が、心底嫌になる。
と。
次の瞬間。
ズドンッ!!!!
っと。
扉は吹き飛んだ。
私の横をすり抜けて。
唖然とする私の前には、
真っ黒な、『影』があった。
輪郭がフラフラしてて、なんだか分からない『影』が。
それでも、私には……
「れい……む……」
『それ』が『霊夢』だと。
私の、最愛の人だと。
『影』なのに。
喋ってもいないのに。
うまく見えていないのに。
それでも、『霊夢』だと、分かった。
「…………っ」
分かったら、なんだか泣けてきた。
あぁ、霊夢は、本当に、死んだんだって。
目の当たりにして、やっと。
やっと、実感したような。そんな―――……
「泣きたいのはこっちよ」
「……え?」
ポンッ。と。
『黒い影』は、『博麗霊夢』になった。
『あの頃』となんら変わらない、『博麗霊夢』に。
……え?
「だーかーら。泣きたいのは私の方だって言ってるでしょ」
本当になにも変わらない霊夢は、そのまま倉庫の中からつかつかと歩いてくる。
おおきなあくびをしながら。
「……ちょっと、さっきの黒い影はなんなのよ」
「演出じゃない。演出。いきなり私が出てきてもおもしろくないでしょ」
おもしろくない。って……そういう話じゃないんじゃないの?
「ん……アリス、背ぇ伸びた?」
「伸びるわけないでしょ。成長止まってるんだから」
「あぁそう……なによ、ただの反射で出ちゃう世間話じゃない。そんなにきつく言わなくてもいいでしょ」
「きつくって、そんな強く言った覚えはないわよ?」
「ほら出た。今のがきつくなかったらなにがきついっていうの」
「あんたね……死んでもなにも変わってないのね」
「あんたこそ、どれだけ時間が経ったか知らないけど、変わってないじゃない」
しんと、静まり返る。
霊夢も私も、お互いの顔を見つめあっている。
それはいわゆるロマンチックな見つめあいなんかじゃなくて、いわゆるひとつの『メンチ切り』のようなもので。
「なにか、言う事があるんじゃない?」
霊夢が口を開く。
「……そっちこそ、なにかあるんじゃないの?」
お互いに、引けない場面。
私は手元の手帳を持ち上げ、それで霊夢を指した。
「あら、私の観察日記。勝手に見たの?」
「あんたの後継者から貰ったのよ」
「へぇ……あぁ、この間の、ちっこい奴かな」
「そうよ。アンタに似て、すごく嫌なやつだったわよ」
私の言葉に、霊夢は満足そうだ。
「そう。いい事じゃない」
「……はぁ」
「でも」
大きなため息をついていると、霊夢は言葉を少し強めてきた。
そろそろ、かな。
「それを見たってことは、分かってるんでしょ?」
「…………」
「まぁ、まさか自分でもこんな姿になるほどに悔んでるとは思ってもなかったけどね」
「…………」
心臓の前で、両手を合わせる。
祈っているんじゃない。
謝っている……わけでも、ない。
ただ、不安な心の現れなだけであって。
霊夢の顔を、直視できないでいる。
「……ねぇ、まさか、アリス……」
「…………」
「『また』、『言ってくれないの』?」
その言葉に、再び心臓が大きく鼓動する。
やっぱり。
『やっぱり』、それなのか。
そんな、まさか……!
『悪霊』になった原因が、そんな事なの!?
「……れ、霊夢……」
「ッ!」
私が口を開こうとすると、霊夢の動きが止まった。
そんな反応されると、言いにくいじゃない。
「あの、その……ね?」
「…………」
「…………」
「…………」
「………………やっぱ無理!!」
「アァァァァリスゥゥゥゥ!!!!」
無理なものは、無理なんだってば!!!
・ ・ ・
アリスさんが行ってから少しして。
あ、なんかさっきなにかが吹き飛ぶ音がした気が。
まぁ一応あの周りには結界を張っておいたから、なにかあっても大丈夫でしょうけど。
私の仕事は終わっただろうし、境内でのんびりとお茶の続きをしていると、魔理沙さんが空からやってきた。
「よう、ちび。たそがれてるな」
「どうも魔理沙さん。まぁ、おそらく私がやるべき事は終わったので」
そう、終わった。
興味本位で倉庫で見つけたあの『日記帳』。
手に取った瞬間に大きな『影』が襲いかかってきたあの『日記帳』。
おそらくなにかあると見て読んでみれば、先々代くらいの博麗の巫女の『日記帳』で。
読めば読むほど、おもしろく、そして同時に……
「そうか。ま、アリスを家から出せたってのはさすがは『博麗の巫女』だな。私にはできない技だよ」
「そんな、買いかぶりですよ」
「いや。今のアリスを連れだせるのは、『今の博麗の巫女』だけだったさ」
よっ。と言ってホウキから降りると、アリスさんのために淹れたお茶を飲みだした。
まぁ……どうせ冷めちゃうなら魔理沙さんが飲んだほうがいいだろうし。
「よく、分かりません。私は私なりにやっただけですし」
「それでいいんだよ。お前はまだちびなんだから、自分なりにできることをしてれば」
「むー」
魔理沙さんは、私を極端に子供扱いする。
まぁ半人前なのは確かなんですけどね。
それでもいい気はしませんよ。
「そうむくれるなって」
「いいですよもう! あ、でも、ちょっと気になったんですけど」
そう。
『日記帳』を読んでいて、すごく気になっていた事があったのだ。
それをアリスさんに悟られないようにしたけど、どうだっただろう。
この『日記帳』について相談した魔理沙さんなら、もしかしたら。
「お、なんだ」
「いえ、あの日記、まぁ短いことがいろいろ書かれていたんですけど、なんというか……」
そう、なんというか……
「その、後半とかアリスさんの話ばかりだったじゃないですか。でも、最後の書き方だとどうもアリスさんが今回の原因に思えてきて」
「ふんふん」
「あの……文面を見ている限りなんですけど、あの2人って、お付き合いしてた……ん、ですよね?」
私の問いに、魔理沙さんは渋い顔をした。
え、え?
それは、どういう顔なんですか?
「それはな、ちび。すごく大きな問題なんだ。おそらく、ルナティック級」
「は、はぁ」
「私だって、いや、誰に聞いたって、今の問いにはこう答えるぜ。
『多分、そう』。ってな」
たぶん!?
え、た、多分!?
「え、で、でもあの内容はどう考えても霊夢さんとアリスさんのラブラブ日記だったんですが?」
「あぁ~……なんだ。1回な、喧嘩してたの見たんだよ」
すごく言いづらそうに魔理沙さんは口を開く。
言葉を選んでいるというか、自分の中で整理しながら。
「まさか、それが原因だなんて私だって思わなかったんだけどな……」
「どんな喧嘩だったんですか?」
なんだか自分らしくもなく、興奮している。
あぁなんでしょうかこの胸の高鳴り。
人様の恋路がこんなに楽しいなんて……年頃の少女ですから仕方ないですよね!
魔理沙さんは、ちょっと困った笑顔で、こう答えた。
「その、なんだ。言葉にしたことないんだよ」
「え?」
「あいつら、長い間一緒にいたり、いろいろしてたんだけどな。
『好き』とか『愛してる』とか。そういうの一回も言い合ったことないんだってよ」
その時、倉庫の方から大きな音がした。
あぁ―――もしかしたら、私の張った結界程度じゃ、破られてしまうかもしれないです。
そんな不安が、よぎったのでした。
・ ・ ・
霊夢の放つ札が私の横をかすめる。
慌てて袖から小型の人形を取り出すと、それに対抗するように投げつける。
人形から放たれる、小型の弾幕。
「あんたはッ!! ほんっっっっとうにあんたは!!!!」
「う、うるさいわね! そういう霊夢だって一回も言ったことないくせに!!」
「わ、私はいいのよっ! どっちかと言えばアリスの方から寄ってきたわけだし!!」
「そんな人をアリみたいに言う!?」
札と同時に小さな弾まで向けられている。
あぁ本気だ。霊夢が本気だ。
本気と書いてマジって読むくらい本気よあの子。
私も負けじと、人形をバラまく。
霊夢に勝つには、物量。
しかもあの頃なんて非じゃなくらいの知識と、腕前と、技術を使っての、物量!!
「アリみたいなもんじゃない! 勝手にひょいひょい寄ってきたと思えば勝手にいなくなったり!」
「そういう霊夢だって! 寄ってきたと思ったら離れて、また寄ってきたと思ったら離れて!! 猫じゃないんだから!!」
「まだ猫の方がかわいいわよアリよりね!」
「霊夢よりまだ猫の方が可愛げがあるわよ!!」
倉庫前での大弾幕ごっこ。
大暴れにもほどがあるわよね。
でも、さっき気づいたけどおそらく結界が張ってある。
博麗の仕業ね。きっと。
つまり、そういうことね。
わかったわ博麗。
周りを気にしないで、とことんまで、吐き出しちゃえばいいのね?
今までの思いを。
この100年近い思いを。
「なによッ!! 居てほしい時に居なくて、そうでもなくなってからひょいって顔だして! 用事があった。の一言ですむと思ってるの!?」
空間が裏返り、私の周りを結界が包む。
でもそんなのは予想している。
四方の一番力の強い場所を崩して、逃げ場を作り出す。
人形から発する弾幕を隠れ蓑にして、霊夢へと近づく。
「そっちだって!! 全部分かってるみたいな顔で、私には関係ないみたいな顔して! どれだけ私が思ってても、まるで知らないみたいな顔をし続けて!!」
人形から弾幕を。
そして、私自身も、魔法を放つ。
四方八方からの弾幕に、私に手加減なしの魔法の塊。魔力の塊。
本気の本気、超本気よ!
分かってる。
こんな程度じゃ、この子は死なない。
私の本気が出せる、数少ない相手だものね……まさか、この程度で終わりじゃないでしょうね!
爆風と砂煙の中。
霊夢は、空間がゆがむほどの結界で、自らを守っていた。
「……今のは、完全に殺しにきてたわよね」
「あら。悪霊なんでしょ? 私は、博麗に悪霊退治を頼まれたのよ?」
「ふんっ……あんた程度に、こんな超ド級の悪霊の退治ができるかしらね!!!」
霊夢だって、同じ思いのはず。
いや、そんな推測はもうやめよう。
きっと。だから。
そんなのは、言い訳だ。
だって、これは。
あの頃に『言えなかった』。
そして、あの頃からずっと『言いたかった』。
そんな『想い』を、吐き出す時間だから。
そうだ、私はすごく基本的なことを忘れていたんだ。
「打ち明ける勇気もなければ、歩み寄る勇気もなくて!!」
霊夢は、寂しかったんだ。
「ただ一緒にいられるだけでも幸せだとか、そんな結論付けちゃって!!」
最後に顔を見れなかったことが!
「分かってるわよ! それは私も同じだって!!」
最後に言い合いになってから、ずっと、ずっと顔を出せなかったことが!!
「でも、でも……ッ!!!
そして、
「私は、最後はアリスが隣にいて欲しかったッ!!!!」
『それを言葉にできなかったことが』!!!
「そうよ……分かってるわよ。言わなかった、言えなかった私もあんたもいけないんだって……」
そうだ、
「『想い』は、『言葉』にしないと伝わらない!!!」
『想い』は、『言葉』にしないと伝わらない!!!
霊夢から私に、内に外に上に下に右に左に北に南に東に西に奥に手前に結界が張られる。
さすがにそんな、逃げ場が無くないかしら?
霊夢のニヤリとした笑みが見える。
……逃げ出してやろうじゃない。
全魔力を使ったっていい、
すべての人形を酷使したっていい。
そうだ、この弾幕をよけきったら……
私は、霊夢に告白をしよう。
うん。
そうしよう。
◆ ◆ ◆
大きな音が聞こえる。
倉庫の辺りから。
あぁ、結界壊れませんよね?
大丈夫ですよね?
神社の方に飛び火して紫さんに怒られませんよね?
「こっちに集中しないと、負けるぜ?」
「あ!」
魔理沙さんが、ひょいと私の『角』がある位置に『銀』を動かす。
とられてしまった……。
やっぱり、私将棋苦手です。
魔理沙さんは余裕そうに、私から奪ったコマ達を片手で遊ばせながら私の顔を見てくる。
「降参か?」
「まだです」
苦手でも。
でも、何百回と戦って来てるんです。
私にだってワンチャンくらいありますよね。
あ、また大きな音。
……ちょっと、様子、見てこようかな。
「止めとけ」
私が動こうとした時、魔理沙さんの大きな声が飛んだ。
浮かしかけたお尻を、止める。
「……なんでですか」
「分かるだろ?」
魔理沙さんは、片手で遊ばせているコマを投げたりキャッチしたりしながら、倉庫の方へ顔を向ける。
「『あのアリス』と『あの霊夢』が、お互い本気も本気。超本気でやりあってんだろ?
そんなメルトダウン起きちまいそうな甘ったるい『想いのぶつけ合い』に、『愛し合い』に、私らが入り込む隙間なんて微塵もないぜ」
どこか、達観したような物言いで。
あぁ、そうか。
魔理沙さんは、ずっとその2人を見てきているんだ。
私の知らない霊夢さんを、アリスさんを、そして、幻想郷を。
「……でも、あの、魔理沙さん」
「ん、なんだ?」
ずっと。
ずっと言いたかった事があったのだった。
まだ十数年の付き合いだけど、ずっと、ず~~~~っと言いたかったこと。
そうだ、ついでだからここで言ってしまおう。
不思議そうに私を見る魔理沙さんに、なるべく傷つかないように、私は告げる。
「あの……たぶん、魔理沙さん『メルトダウン』の意味、勘違いしてます」
「……え?」
あ、今の魔理沙さんの顔。
すっごく間抜けで、おもしろかったです。
なんて、思っていると。
一際大きな音がたったのち、
博麗神社を、静寂が包んだのでした。
◆ ◆ ◆
地面に仰向けになったまま、空を仰ぐ。
あぁ、生きてる。
でも人形ほとんど全部使い物にならなくなっちゃったわね……。
しばらく、その作業でひきこもりかしら。
まぁ、最近はもとからひきこもってたけどね。
首を少し動かすと、霊夢は岩の上に座っていた。
よく見ると服はボロボロだ。
まぁ、多分私も同じようなものね。
「……正直、こういうことはもっと早くにやっとくべきだったのよね」
「……まったくね」
もう遅い後悔。
どれだけ願ってもかなわない後悔。
でも、遅くても、実現はできた。
できたのだ。
「……神社の裏の森の中に、ちょっと大きな木があるのよ」
「……えぇ」
「その近くに、私のお墓あるみたいだから」
……そういえば、お墓参りも、1回もしてなかったなぁ。
私は自分のことでいっぱいいっぱいで。
霊夢の事を思っているようで、自分の事しか考えれてなかったのね。
「……そう。幽香のところでお花でも貰ってこようかしら」
「あいつ、たまにお墓参り来てくれるわよ。新しい花に換えてくれてる」
「そう……まぁ、いいわ。私がやりたいからやるだけだしね」
「……そう」
霊夢がうっすらと笑った。
あの笑顔に。
あの物言いに。
あの態度に。
あの、人間に。
私は、いつのまにか、心底惚れちゃっていたんだった。
近くにいればそれだけで世は事も無し。
そんな風に思えちゃうくらいに。
「ねぇ霊夢」
「なに?」
「ずっと。大好きだったわよ」
すんなりと言えた。
それも、過去形で。
スルッと、抜き出るように。
私の言葉に、霊夢は笑った。
「遅いのよ、バーカ」
「……確かに、そうよね」
まったくね。
あぁ、まったくもって、遅かったのよね。
言ってない言葉もたくさんある。
言いたかった言葉もたくさんある。
それも全部、遅かったのよ。
「私も、」
「……」
「愛してたわよ、アリス」
その言葉がきっかけで。
私の涙腺は急激にゆるんでいき、
そして、霊夢の体がじょじょに薄くなり始めた。
分かっていたことだ。
あくまでも霊夢は『悪霊』……死んでいる存在なんだって。
『未練』が無くなったら、消えちゃうであろうことなんて、分かっていた。
言いたいことはあるのに、涙が止まらない。
嗚咽が止まらない。
最後くらい、いい顔で見送りたかったのに。
本当の最後に見送れなかった分、いい顔で送りたかったのに。
それを見かねてか、霊夢は、すごく優しそうな顔で私を見た。
「……ねぇ、最後に、言うことあるんじゃない?」
…………最後に、いう事。
あぁ、そうか。
私は、霊夢を好きだったからこそ。
愛していたからこそ。
『この言葉』を、送るべきだったんだ。
それは『好き』でも『愛している』でも、ちょっとだけ違う。
むしろ『好きだったから』こそ、『愛していたから』こそ。
それは私のためでもあって、
そして同時に、
霊夢のためでもあったんだ。
『最後』に。
相手を気持ちよく送り出すためにも。
私は、クシャクシャに泣きはらした顔で、
「さようなら、れいむ」
霊夢は、それにニッとした笑顔で、
「バイバイ。長生きしなさいよ?」
そう、言い残して。
音も無く、消えていった。
後に残ったのは、寝転がる私だけ。
なんだか、つきものが落ちたような気持ちだ。
あぁ、やっぱり、溜めこむもんじゃないのよね、こういう思いは。
溜めこみすぎて、溜めこみすぎて。
自分でも判断つかなくなるくらいに溜めこみすぎて。
そりゃあ思考と行動が合わなくなるし、抜け殻みたいになるし、まともな精神じゃいられなくもなるわよ。
ゆっくりと上半身を起こすと、視界の端でゆっくりと博麗と魔理沙が近づいてくるのが見えた。
……これで、少しは。
少しは、外にでる勇気が出た。の、かな?
まぁ、霊夢も最後に長生きしなさいって言ってたわよね。
霊夢の言葉に従うわけじゃないけど、あの子の分まで生きてあげようじゃない。
そうね。
とりあえずの当面の目的は―――……
「大丈夫ですかーアリスさー……って、なんですか。なんでそんなに見るんですか」
「……なんでもないわよ」
この、小憎たらしい博麗の巫女を立派な一人前に育て上げるってのも、楽しそうではあるわね。
「なぁ、アリス」
私の視線を不審に思ったのか距離をとる博麗を横目に、魔理沙が近づいてくる。
心配しているような、安心しているような顔で。
「その、なんだ……明日も、またお前ん家行ってもいいか?」
「―――……」
……コイツは。
本当に、どうしようもなく。
見た目や言動に似合わないやつね。
そこまで心配されると、逆にちょっと困っちゃうわよ。
「嫌よ」
「えっ!?」
私の返答が予想外だったのか、目を丸くする。
ふん、新米に舐められるような、甘い魔法使いじゃないわよ。
「たまには、私がアンタの家に行ったっていいでしょ?」
「ッ!!」
今度は、別の意味で目を丸くさせた。
こいつにも、たまにはお客様をもてなす心ってのを教え込まなきゃね。
さぁ、忙しくなるわね。
人形の修繕に、
博麗の巫女の教育。
それに新米魔法使いの教育まであるわね。
せっかく長生きするなら、楽しまないとね。
それこそ、霊夢みたいにね。
◆ ◆ ◆
木々の間からもれる朝日は、ちょっとだけ暗い森の中ではまぶしかった。
少し目を細めながら、そっと触れる。
庭にある、大きな桜の木。
博麗神社から貰った、大きな桜の木。
数日前はあんなにしょぼくれて見えたのに。
花びらが無いが、つぼみが小さく実るその様は希望的で。
太くて年期が入り、ボロボロになっている幹は壮大で。
風がそのまま通り抜け、無音のその情景は優雅で。
暗い木々の中でたたずむその姿は、それでひとつの作品のようで。
「……一人で見上げる桜木は……それほど、悪いものでもないのかもしれないわね」
霊夢と一緒の時とも、
この間までの一人で見上げた時とも違うように見えた。
って、だめね。
霊夢のことはもうふっきったつもりだったのに。
ま、ちょっとした思い出話をするくらいなら、ひきづってるわけでもないわよね。
さて、それじゃあ。
桜を一人で見上げても寂しくなくなったってのを、墓前に報告でもしてこようかしら?
後書きの花輪は幽香ですね、わかります。
これで成仏したと見せかけて、白玉楼あたりでお茶してても何の不思議もなさそうだw
幻想郷だもの、それっくらいのことがあってもいいじゃない!
良かった
影で魔理沙の優しさが染みる話だなぁ…
だがあとがきで吹いた
この後ちびと一緒に地底や白玉楼に行ったらなぜかのんびりしてる霊夢さんにでくわしたアリスさんを幻視したw
そしてアリスによる博霊ちゃん押し掛け修行物語を期待したのは俺だけでいい
寿命ネタはどうしたってせつないけど
その中にも希望のある読後感の良い作品でした。
あえて、だったら申し訳ありませんが気温の“あつい”は
“熱い”では無く“暑い”が適当かと。
ただ誤字が多いかな。
あなたの書くレイアリが大好きです。
ホロリとさせて頂きました…。
霊夢とアリスってやっぱり頑固なところもあるんだなあって思いました。
霊夢が白玉楼にいたらアリスが出向いて、また二人で花見をしてほしいですね。
ここまで感動するお話をありがとうございました。