暖かく、気持ちが良い。
風が少し強く、日差しもある日に空を飛ぶと感じる気持ちよさと一緒だ。
見回すと、私より大きいたんぽぽの綿毛が私の周りで踊っている。
あぁ、これは夢なんだなあ。
愉快愉快、たんぽぽが踊ってるよ。
お?
急に影が覆いかぶさってきたので見上げると、これまた大きなきなこもちが羽を生やして飛んでいた。
ウマそう。でも夢だからな、起きてから食べよう。
きなこもちが通り過ぎると、今度は無数のカップが浮遊しているのが見えた。
何が入ってるんだろうか。
紅茶かな、コーヒーかな、緑茶かな。今はホットミルクがいいかな。
私がほうけて眺めていると、無数のカップは一気にひっくり返った。
赤、茶、緑、白、色々な色の液体が私に襲いかかってくる。
ま、まずい!
ど、どこだ、帽子帽子!
見つからない!
「おはよう、魔理沙」
目が覚めると私が一番安心する、子供ころから長らく見ている顔が私を覗きこんでいた。
尋常じゃないほどの汗を自分がかいてる事にに気づき、なんでこんなくだらない夢で、と
ばかにするように少しだけ笑った。
「何この汗。熱あるんじゃないの? 寝不足なんでしょ? だから宴会だってのに、乾杯の一杯で
眠くなっちゃうのよ」
そいつは汗でビチョビチョの額に躊躇いなく手をあてて、熱を確認してきた。
むしろ、こっちが気持ち悪い。
今気づいたが、私の枕はこいつの膝だ。
「……なにぼうっとしてんのよ。ほんとに熱があるんじゃないの?」
多分、ただの寝不足だと思う。昨夜は遅くまで、実験結果の魔導書を書いていたから。
……頭は働いてるのに行動するのがめんどくさい。
体を動かすのがけだるい。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。
五感だけは妙に冴えている気がする。
笑っている声、愚痴っている声、泣いている声、酒に呑まれて苦しんでいる声が聞こえる。
だけど、こいつの声だけはなぜかやたら澄んでいて、耳元で喋ってもらってるみたいだ。
安心できる。
安心……?
……私はあんな夢で不安に駆られてたのか?
「聞いてんの?」
「……なぁ霊夢、私の帽子は?」
やっとのことで出た声が自分の帽子の行方であった。
たしか乾杯の時は自分の膝においておいたはずだったのだが。
「帽子なら、あそこの早苗のひざ掛け替わりになっているわよ。取り返してこよっか?」
寝ている間に人の帽子を勝手に持ち出すとは、現代人は常識がなってないな。
「別に、いいや」
いつも身に着けている身近な帽子よりも、この簡易枕が私から離れるほうが嫌だった。
口はなんとか動くが、体はまだ動きそうにない。というか動かしたくない。
今気づいたが、私の右手はこいつの右手によって封じられているので動かせない。
……ただ掴まれているだけだけど。
「なんか飲む? 水とかお茶とか」
喉は……
焼けるようにヒリヒリしている。
周りのことは妙に冴えているのに、自分の状況は妙にわからないもんだな。
「別に、いいや」
先述したと思うが、この簡易枕が離れるほうが…… 以下略。
く、と簡易枕が少しかたくなる。
どうやら枕の上半身が机に手を伸ばしているようだ。
そっか、こいつは酒も飲まずにずっと枕やってたのか。
悪い気には……
うん、特にはならないな。
「ん、すごいわね。頭まで熱くなってるわよ。私の膝が熱い」
目を細めて頬を少し崩し、机にあったタオルをとって私の顔を拭ってくれる。
……おいそのタオル大丈夫か?
少し酒臭いぞ。
「あ、これさっき妖夢がもどしたの拭いたやつかも」
「……おい」
ジョークよ、といって私の顔を顔を拭い続ける。
……本当にジョークか? 結構匂うと思うんだが。
「お風呂、入る?」
「……いいや」
風呂にも入りたいがこの簡易枕が以下略。
風呂、か。
昔は一緒に入ったこともあったな。
覚えてるのが…… あれは、里の祭りの後だな。
里の大人たちが肝試しを企画して……
そうそうこいつもまだこんなにずぶっとい肝じゃなかった頃だ。
お互い、髪を洗うのが怖くて背中あわせで洗ったっけな。
あの頃は純粋だったのかな。
いや、今は私も乙女だがこいつは……
「お腹はすかない? 大丈夫?」
「あぁ、私は大丈夫だ。霊夢は飲んだり食べたりしなくていいのか?」
「あー あんたが寝てる間に食べちゃ……」
……おお、赤くなる赤くなる。
そらこの距離だ。
腹の音なんて思いきり聞こえるってもんだ。
ベタなやつめ。
……ちょっと起きるか。
「よ、と」
「ん? 起きちゃうの?」
「……あぁ。おうい早苗、ちょっとそのへんの料理見繕ってくれ」
はいはーい、と早苗がこちらに気づいて返事したのを確認し、再び横になる。
霊夢も動かずに枕を維持してくれている。
こいつの膝は、安心枕だ。
「はい、どうぞ。 ……魔理沙さん、横になって。料理は食べないんですか?」
「私はいらないんだ。ただここで寝ようとするとこいつの腹がうるさくて眠れないもんでな」
「なっ……!」
霊夢は赤くなって私を睨みつけてくる。怖い怖い。
だけどちゃっかり早苗から皿と箸を受けっとている。現金な奴。
誰かの呼び声とともに早苗は小走りで消え、また私と枕だけの世界になる。
「……じゃあ食べるけど」
「おう、いただけ。まだ膝は返さないぞ」
「…………あんたに取られたら返してもらいそうにないわね。いただきます」
よくわかってるじゃないか。
……ふわあ。
眠くなってきたかもしれん。
ちょっとだけ目を瞑る。
「んぐんぐ…… 寝るの?」
「……んー もうすぐしたら。美味いか?」
「うん、これ、この肉団子、私が作ったし」
「ほう」
自慢したいのか。
それとも本当にうまくて嬉しいのか、
私ににやけた目線を向けて咀嚼する霊夢。
食べてやらんこともないが、私は本当に今腹が減っていない。
「起きる」
「ん」
再び頭を上げて、ぼさぼさになった髪をかき上げる。
だいぶ傷んでるな……
徹夜続きだったから、しょうがないか。
「あんまり髪の毛ぐしぐしすると、ハゲるわよ」
「んー…… あれ、その肉団子いらないのか?」
皿の上には手を付けていない肉団子がひとつ。
「……美味しいから最後にとっておいたのよ」
「そうか、美味そうだな。もらっていいか?」
答えが返ってくる前に、箸を奪い、肉団子を摘む。
「あー! ちょっと!」
「ほら」
塞がなかったら文句の十や百でも飛んできそうだったので
その口を肉団子で抑えこむ。
「……美味いか?」
「……んぅ、もぐもぐ、だから美味しいって。何よ急に、訳わかんないんだけど」
まぁ正直私も分からない。
なんとなく、私の手で霊夢に食べさせてあげたかった。
それだけのことだ。
危なくないように皿を机に置いておく。
「じゃあ私は寝る。お前はまた枕になってくれ」
「ん、どーぞ」
崩していた膝を綺麗にたたみ直し、また枕を作ってくれる。
だが、甘い。
私はそんな同じ事で満足する女じゃないんだ。
「よいしょ」
「へ?」
用意してくれた枕……もとい、膝に座りそのまま押し倒す。
少し大きな音が響き、周囲が目を向けてくる。
多分、早苗だろう。わーお、と興奮したような声が聞こえた。
もちろんその声も、私の腕の中で真っ赤になってしおれている抱き枕も、
気にせず無視して私はもう一度夢の世界へ向かうために、視界を暗転させた。
暖かく、気持ちが良い。
風が少し強く、日差しもある日に空を飛ぶと感じる気持ちよさと一緒だ。
見回すと、私より大きいたんぽぽの綿毛が私の周りで踊っている。
あぁ、これは夢なんだなあ。しかも、なんか一度見たような気がする。
愉快愉快、たんぽぽが踊ってるよ。
お?
急に影が覆いかぶさってきたので見上げると、これまた大きなきなこもちが羽を生やして飛んでいた。
ウマそう。でも夢だからな、起きてから食べよう。
きなこもちが通り過ぎると、今度は無数のカップが浮遊しているのが見えた。
何が入ってるんだろうか。
紅茶かな、コーヒーかな、緑茶かな、ホットミルクかな。
私がほうけて眺めていると、無数のカップは一気にひっくり返った。
赤、茶、緑、白、色々な色の液体が私に襲いかかってくる。
おっと、かかっちゃいけない。
私は用意しておいた帽子を被り、ほっと息をはく。
よし、これでもう大丈夫。
安心して夢を続けよう。
『私と枕』
終わり
なんとも可愛らしい二人でした。
夢の中の帽子にはそういう意味があったのね。