「ほんとにあなたが犯人じゃないの、魔理沙?」
翌日、自宅で出かける準備をしていた矢先、物騒極まりない気をまとわりつかせてやってきた霊夢に、私は全力で頭を振った。
「違うぜ。と、いうか。どうして私が犯人だと思った?」
あからさまに戦闘モード全開な気配が和らぐ。どういう理屈かは知らないが、霊夢の中では、私への疑いは晴れた様だ。
「なんとなくよ。でも違ったみたいね。今あなたに会った感じだとなんか違うみたいだし」
「なんじゃそら」
半分呆れた。
だけど、半分はほっとする。霊夢の勘は、時折化け物じみた性能を誇るからだ。
「おかしいわね。私の勘じゃ、あの容疑者達の中では真実に一番近いのは魔理沙だと思ったのに」
霊夢は相変わらず、独自の妙な考え方で首をかしげているようだった。
「まあ、今日は霊夢と弾幕ごっこする気分じゃないから助かったぜ」
「あ、そう。ところで、出かけるのみたいね。どこ行くの?」
「私も今の霊夢と同じことをしようと思ってね」
「昨日の件で、犯人をボコボコにとっちめるの?」
「いや、犯人を探すのさ。この案件って、まだ天狗たちにすら知られてないんだろ?」
「そのはずよ。もし知ってたのなら、今頃号外の新聞がその辺でばら撒かれてるはずだし」
「なら、解決するのは、事件が起こったことを知っている私たちの役目だろ。せっかくだ、一緒にいかないか?」
霊夢は一瞬考え込んだ後、深くうなずいた。
「そうね。そうしたほうが良いほうに向かう予感がするわ」
「あのなあ霊夢。予感がするとかなんとなくでなしに、たまには頭を使って論理的に考えてみたらどうだ?」
私は昨日の出来事を思い出しながら、言った。
「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。私の浄玻璃の鏡が、今朝からその場所が分からなくなっています」
四季映姫に、特に内密にということで呼ばれた挙句、自分たちのうちの誰かがさも犯人かのように言われたとき、私は心外とは思わなかった。が、どういうわけだか、内心奇妙な違和感を覚えた。
「確かに私は盗人とか言われてるが、いくら何でも閻魔様の物を盗もうとするほど命知らずではないぜ」自分でも説得性皆無に思える自己弁明をしてはみたものの。
「そうかもしれない。ですが、そうでないかもしれない。今の私には、それを確実に知るすべはありません」あくまで閻魔は小生意気な冷静さを失わない。
「厳重に管理していたつもりなので、私が紛失した、ということはあり得ません」
閻魔は乗ってきた小船の上から話を続ける。いつもどおりの、馬鹿みたいに落ち着いた物腰でだ。
「浄玻璃の鏡は私と私の職務にとって必要な物です。私は、浄玻璃の鏡の在処を知る必要があります」
「私は犯人じゃないから、鏡が今どこにあるかは分からないわ。だが、あらかじめいっておこう。この異変は早期に解決するわ。そういう運命が出ているもの」
私の隣にいた、同じく呼び出されたレミリアが不気味に微笑んだ。
その後、何分か禄でもない小難しい説教を聞かされたが、結局のところ、私たちがこの三途の川のほとりに呼び出されたのはそういう理由からだった。
「私はこの案件が一刻も早く解決されることを望みます」
閻魔はそっけなくそういうと、小町の操る船に乗ったまま、とっとと川の向こう側へと帰っていってしまった。
あの閻魔様の言うことだ。それに、あの理不尽なまでのしっかり者の性格だから、紛失はないだろう、たぶん。いや、きっとまちがいなく。
さてと、これは、何でも屋の私の出番かな。と、周りを見回す。
閻魔の不祥事を公にするのは好ましくないのか、その場には、たしか、閻魔に呼び出された、私、紫、さとり、レミリア、霊夢しか見当たらなかった。
「理論や理屈なんて、回りくどいくせにぜんぜん当てにならないじゃない。勘の方がよっぽど頼りになるわよ」
ふくれっ面で言う霊夢の声により、私の意識は、昨日の記憶を探る旅から、現在の私の肉体に帰還する。
「理論より勘のほうがやくだつ、か」
「そうよ。あったりまえじゃない。ここは幻想郷よ?」
確かに、霊夢や一部の強い妖怪たちの中ではそうかもしれないな。そう思った自分がなぜだかちょっとだけ悔しい。
「その辺、私は霊夢とは違うんで勘弁してくれ」
「まあいいわ。ところで、どうするつもり?」
「とりあえず、昨日集まった連中の誰かに会いに行こう。基本的に、昨日呼び出された面子の中に犯人がいると見て間違いないと思うからな」
何らかの証拠を探そうにも現状、どこが盗難現場かわからないし。それに、今のところ最も可能性の高そうな彼岸は、三途の川の向こう側だ。ただの人間であり、しかもどうやら容疑者として疑われているらしい私などには、決して調べることはおろか立ち入ることすら許されないだろう。
第一、私は盗みには通じていても、盗みの捜査などにはからきし門外漢なのだ。
そうなるとだ。犯人らしいやつに直接話を聞くくらいしか、今の私には有効そうな手段はなさそうなんだよな。
はっきりと盗む意思を持っていて、なおかつ盗む手段を持ちあわせているやつ。
今回のような盗みの犯人に必要な素質だ。閻魔を相手に回して、その二つを併せ持っているやつなんて、幻想郷の中でもなかなかいやしない。
ようやく落ち着いてきた霊夢は静かにいった。
「私もそんな気がする。でも、あの中に犯人がいたのなら、さとりが心を読めるはずだから、犯人なんかすぐわかったんじゃない?」
「いや、例外や聖域は、いつだってどこかに隠れ潜んでいるもんだぜ。無論あそこでもな。つまり、さとりが犯人か、もしくは犯人の利害関係者である場合などだ」
さとりは別段、私たちの来訪を驚かなかった。
地霊殿の執務室で、机に向かって書類の作業をおこなっているさとりは、その作業を休めることなく、私たちが一言も問いかけてすらいないのに否定してきた。
「私は犯人ではありませんよ」
「真犯人はみんな大抵そういうぜ」
ねめつくような視線で一通り私を見た後、ようやくさとりは手に持っていた赤銅色の万年筆を動かす手を止めた。
「昨日何をしていたか、ですか。私はこの地霊殿で仕事をしていました。そう、閻魔様と一緒に。ええ、今みたいなデスクワークですよ」
「どんな仕事を?」
机に置かれた書類を一枚、手にとって見る。日本語で書かれていることはわかったが、そこに書かれた言葉の意味がわからず、肝心の内容は私にとって全くのちんぷんかんぷんだった。
「旧地獄をはじめとした幻想郷の治安や保全に関係した仕事です」
「そのとき閻魔は鏡を持ってきていた?」
「ええ。おそらく持ってきていたでしょうね」
「おそらく? はっきりしない答え方ね」霊夢が言った。
「この目ではっきりと確認したわけじゃありませんから。ですが、閻魔様は基本的にはあの鏡を肌身離さず持っているはずです。無論、昨日も例外ではないはず。閻魔にとって浄玻璃の鏡とは基本的にそういうものですから」
「なるほどねえ」
さとりは再び私の目を見た。
「その仕事は突発的な仕事だったか? ですか。いいえ、違います。閻魔様とはごく稀にですが、ここで一緒にする必要のある仕事を行います。そういう時は、向こうから前もって知らせがきます」
「言い換えるとだ、さとり。あんたは、閻魔の鏡がこの地霊殿にやってくるのを前もって知っていたわけだ。閻魔本人がおまけとして付いてくるがな」
「主客が逆転してますが、確かにそのとおりですね」
「つまり、犯行を行おうと思えば行えたというわけか?」
「事実ではありませんが、可能性としては、確かに盗むことが出来る状況下でしたね。しかし、再度いいますが、私は犯人ではありませんよ?」
「何故?」
「動機がないからです。そんな物無くても、私の第三の目で殆どは事足りますし」
確かにそうかもしれないが。
「そうかな? 浄玻璃の鏡は全てを見通せる」
その先の台詞を言う前に、さとりは私の心を読んだ
「もちろんこいしの行動も全て把握できる、ですか。確かにそういう使い方もできますね」
「だから盗んだのか?」
「だから違います。私はやっていません。第一、そういう使い方をするのなら、私はそれこそ丸一日中鏡を覗くような使い方をするはずです。それこそ今私があなた方に話しているこのときも。こいしはいつ何時突飛な行動をとるか分かったものではありませんから」
そうかもしれないが、わたしは浄玻璃の鏡の詳しい使用法を知らない。
さとりの言うとおり、鏡が果たして本当にリアルタイムで起こっている事しか見られないのか。もしくは就寝前とかに過去の出来事をまとめて早送りして見られたりするのか、今の私には判断が付かなかった。
そのようなことをさとりの目の前で考えてみたが、さとりからの反応は無かった。
「私は犯人に心当たりがありますよ。八雲紫です。昨日、閻魔様が皆を集めたときから、私は彼女が犯人だと確信しています」
「どうして?」
「心が偽装されていたのです。私も、彼女を心の目で全力で注視してやっと気づいたくらいで、危うく騙されるところでした。おそらく彼女のスキマの力を応用しているのでしょう。ですが、そういうことをあの席上で行なっていることが、紫こそが犯人であるという紛れも無い証拠です」
「なぜあの時にそういわなかったの?」
「だって、犯人が分かっても、どうやって浄玻璃の鏡を盗んだのか、言い換えれば鏡がどこにあるか分からないのですから、いくらさとりの私が言ったところで説得力がありません。かえって私が犯人だと疑われてしまうでしょう。その状態で私に疑惑の目が集中している所で紫に時間的余裕を与えてしまって、証拠隠滅などのために鏡を壊されでもしたら大変ですもの」
旧地獄を出発してから三時間。
いろんなとこを探し回った挙句、八雲紫は、どういうわけだか中有の坂の屋台で、のんきにお団子と緑茶を楽しんでいた。
私の質問には、
「まいったわね、私の術はまだまだ完全じゃないのね。確かに私はさとりに読まれないように心に障壁を張って心理を偽装しているわ」
そう余裕そうに微笑む紫の表情は、本心からなのか、虚勢なのか、あるいは別の何かの企みがあるのか、私には到底区別が付かなかった。
「つまり、あんたが犯人、ということ?」霊夢が聞いた。
「たしかに私のスキマの力では、閻魔の鏡を盗むことは可能でしょうね。でも無意味だわ。例え盗んだとしても、何を見るって言うの? スキマを開けてそれを直接見た方が有益だわ。そうすれば、見たいものは何でも見ることができるし。だからそもそも私には動機がない」
「いや、あるぜ。鏡を使うというよりも、閻魔が鏡を盗難された状況そのものを作り出す、といったことが」
私は話の道筋を考えながら、半ば出たとこ勝負でゆっくりと喋った。
「どういうことかしら?」
紫は幸いにも興味深そうに私の言葉に耳を貸した。
問題はここからだ。紫に、まだ私が会話の筋道を立てられていない事を悟られてはならない。
「紫は前々からさとりにたいする心の偽証する仕組みを整えていた。これは事実だな?」
「ええ。その通りですわ」
「だが、紫。あんた自身、それが有効に機能しているかどうかは知ることが出来なかったはずだ。まさか本人に偽証が機能してるかどうかを聞くわけにはいかないからな」
「そうね」
「そして異変を起こし、なおかつ自分とさとりが犯人と疑われる状況を作り出せれば、必然的にさとりは自分の心を読む、と考えた」
「でも、単に私の心が読まれたくないからで、それはあの地獄の温泉の異変の後からやっていることよ」
「逆に、いままで確かめる術がなかったから、今回のような強硬手段に及んだとも考えられるぜ」
「ふうん」紫は扇子を開き、口元を覆った。
「この際、あんたにとって一番の障害になりうる存在は閻魔だ。なにか別の、今回とは異なる内容の異変を起こしたところで、さとりが自分の心を読む前に、閻魔が自ら浄玻璃の鏡をみて、異変解決に動かれてはたまらない」
「あら、あのお堅い閻魔様が、そんな異変ごときで幻想郷にまで出張ってくるかしら? わたしにはそう思えないわ」
しまった。
「いや、むしろ、鏡をなくしたという異変を起こさせてさとりに自分の心を読ませる。その上で、偽証が成功したかどうかを盗んだ鏡をみて白黒はっきりとつけるんだ。そう考えると、起こすべき異変としては、浄玻璃の鏡の窃盗事件は、最も理に適った異変じゃないか?」
「ふうん」紫はそう、軽くうなずいた。
「どうだ、白状する気になったか?」
「まあ正しい推論ではあるわ。私が犯人でないという真実に目を背ければ、だけど」
紫は愉快そうに目を細める。
「あんたが犯人じゃないという証拠は、今のところどこにもないぜ」
「だって、鏡が盗まれたのって、犯行時刻は、おとといの未明から昨日の早朝にかけて、でしょう?」
「そうだな」その意見については、私も特に異論は無い。
閻魔が鏡の不存在に気がついたのが昨日の早朝だったことを考えれば、まあ大体そんな時間帯だろう。
あの、律儀をじっくりことこと煮込んで理不尽の粋に到達した感のある閻魔が、自分の鏡を紛失したことに長期間気がつかないとは考えにくい。
「その時間帯、私はどこで何をしていたか。霊夢、あなたはそれを完全に知っているんじゃなくて?」
「それは、たしかに。……まあいわれてみれば」
霊夢は、そんなあいまいな感じで口をあけて呆けている。
「どういうことだ?」
「私、前日の夜から明け方の、そうねえ、閻魔の至急の呼び出しが来るまで、うちの神社で紫に付きっ切りでしごかれてたのよ」
私にとっては初耳だった。
「巫女の修行とか?」
「うん。なんか大結界の補強とか神おろしとかそんなん。でも、こっちは真剣にやってるのに、紫はといえばおつまみとお酒持ち込んで萃香と気楽に茶々入れる感じだったわ。失礼しちゃう」
そのときを思い起こしたのか、霊夢は頬を膨らませてかわいらしく怒り出し始めた。
「だってあなた、私が目を話すとすぐ修行をサボるじゃない」
「だからって、私が珍しく真剣に修行してるって言うのに、その横で吐くまで酔っ払うってどうなの? そんなのただの野次馬じゃない」
「ほら、私のアリバイは霊夢が保障してくれるわ。霊夢。あの時たしか空間系の修行をつけて差し上げましたわよね。そのとき、私はスキマの力を一度でも使ったかしら?」
「そういえば、使った気配はまったく感じられなかったわね。でも、私が気配を感じられない方法でスキマの力を使ったのかも」
「それだけじゃないぜ。自分自身は完全なアリバイを作っておいて、藍あたりに実行犯として動いてもらったのかもしれない」
「そんなこといわれたら、私なんか、身の潔白を証明する術なんてひとつもないじゃないの」紫はハンカチを取り出し、よよよ、と嘘泣きを始めた。
「そんなこといってごまかそうとしても無駄よ! あんたの悪事はまるっとお見通しなんだから!」
そういいながら、早くも霊夢は懐からお札と針を取り出して戦闘的なふくれっ面を披露していた。
「そんなこといったって私は犯人じゃじゃないもの」
「スキマで見たいものはすべて見える、といったな。なら、犯人や、現在の鏡の在り処なんかも見ることができるんじゃないのか? 紫が犯人じゃない、と仮定しての話だが」
「私のスキマはそこまで便利なものじゃありませんわ。そんなのはそれこそ閻魔様の鏡を使わないと」
「でも、さっきは『見たいものは何でも見ることができる』っていったじゃないか。ますます疑わしく見えてきたぜ」
「訂正するわ。私が必要かつ要求する物事に関しては、私のスキマは十二分に機能しているわ。私自身はこれ以上の力を特に望んではいない」
「なんだか胡散臭いわね」霊夢が腕を組んで紫をにらみつけた。
私は改めて聞く。
「紫。仮に、あんたの言を信用するとして、浄玻璃の鏡はあんたに見つからない程度でしか特に動きをしていない、ということか?」
「ええ、そういうことになるわね。私もちょくちょくスキマを覗いてるけど、たぶん、まだ誰かに売られたとかはないみたい。あと絶対に幻想郷の境界は越えていないわ。これは絶対だわ」
「まだ幻想郷の、犯人の手元か隠し場所にある、ということか」
「私はそう思うわ。おそらく、魔界や旧地獄、冥界といった、こことは少し違うつくりの結界の中にもないはず。三途の川の向こう側から幻想郷の結界の端っこまでの、どこかにあるはずよ」紫は言った。
「それは確かか?」
「ええ、確かよ。浄玻璃の鏡位の強力な物品だと、それ自身が持つ妖力は隠そうとしてもなかなか隠せないわ。私は、鏡の存在を今いるこの結界の中にそこはかとなく感じているもの」
「具体的な場所まではわからないの?」霊夢はいった。
「ええ。なんだか妙な感触で、漠然とした気配はわかるんだけど。具体的な場所までは。ひょっとしたら何かの力で隠されているのかもしれないわ。というか霊夢、おとといの稽古をこなした今のあなたなら、通常の状態であれば、浄玻璃の鏡みたいなのなら、結界の境界を越えたかどうかぐらい感じ取れるはずよ」
「んなこといわれたって。いままでそんなことを感知した経験なんて無いから、今私が感じとれる、結界に対する色々なウネウネぐじゅぐじゅな気配のうち、どれがそういう役割なのか、私、まだよくわからないんだけど」
「まったく、未熟者ね」
大げさにため息をつく紫に、私は改めて聞きなおす。
「つまり、十分に備えのしてあるような隠し場所にはありそうということか。そんなところ、この幻想郷にあったっけ?」
「ええ、永遠亭や紅魔館の宝物庫なんかは、立派に候補地としてあげられるわね」
紫は他人事のようにいった。
紅魔館に奇襲をかけたつもりだったが、相手は余裕の態度で紅茶と洋菓子のもてなしをしてくれた。
「私は犯人じゃないわ。盗む動機がないし、なにより私が閻魔の持ち物を欲したなら、あらかじめ文書にして予告状を出し、その上で正面から思いっきり殴りこみをかけるわよ」
「そういえばそうね」霊夢は、レミリアに薦められた紅茶をすすり、クッキーをリスのように頬張りながらにこやかに相槌を打った。
今の霊夢は、ここ、レミリアの寝室に置かれた主人の愛玩動物にしかならないかもしれないな、と私は思った。
「本来なら、私自ら動けばあっという間に解決するだろうけど、私は吸血鬼だからここを動けないし。いつかのように探偵ごっこやろうにも、容疑者は呼びつけたってここに来るような素直な面子じゃないしね」
「意外だな。私や霊夢ならともかく、レミリアがこの件の解決を望むとは」
「私自身が犯人だと疑われるのは別にどうとも思わないけど。このちょっとした事象、小異変とも呼べる状況を作り出した真犯人の動機や行動にそこはかとなく興味がわいてね」
それはわかる。私も、この事件の話を聞いたときから妙なわだかまりというか不可思議なモヤモヤ感があるのだ。
「お気楽な身分だことね」霊夢が言った。
「あんたらだってこの異変を楽しんでるじゃないか。解決する側に立ってるというだけで。私は観客兼容疑者として、あんたらと同じ劇場のステージに立っているに過ぎない。純粋に立場が違うだけさね」
「いいや。私は閻魔が十分に仕事できないせいで、幻想郷で正義がなされないことに危機感を抱いているだけだぜ」
レミリアは笑いで呼吸困難になり、メイド長があわてて背中をトントンしに時間とめてまでしてやってきた。失礼な。
「わらかしてくれた魔理沙にひとつヒントをあげよう」
「なんだ? 自首か?」
「違うわ。実は私、犯人は絞り込めてるのよ。今回の犯人というか首謀者は、間違いなく昨日のあの場所にいたわ」
「なぜそれがわかる?」
「これよ」レミリアは手元の小箱からガラスのかけらを取り出した。
「なんだこれ」いや、ガラスのかけらというよりも割れた鏡の破片だ。
「かつて心が邪な普通の人間の女王の持ち物であった、魔法の鏡の鏡だった物の一部よ。完全な姿のときは、主の問いに何でも正直に真実を答えてくれる便利なやつだったわ。たとえば、世界一の美人はだあれ、とか、口で問えば即座に教えてくれたものだったわ」
金で細工が施された小箱に入ってある、たくさんの鏡のかけらをひとつ、私も手にとってみる。触った感触といい、ただの破片としか思えない。
「百年位前に、メイドがうっかり割ってしまってね。それ以来、自分の魔力を込めて、質問に対するそれっぽい場面を覗き見できるだけの変なものに成り果てたわ」
「どれ、いっちょ私も試してみるか」そういって、私は破片を手にとって念じてみたが、何の変化も現れない。
「やっぱり無駄みたいね。パチェもフランも使いこなせないのよこれ。やっぱりガラクタね、これ」
レミリアがため息をつきながら、自分の片手から、青白く、私が逆立ちしても出せないような膨大な魔力を、自分の手に持った破片に向かって雷鳴のように放出した。
それに呼応して淡く光りだした、手のひら大のかけらの鏡の部分を、私たちに掲げて見せた。
そこには確かに、昨日閻魔が私たちに語りかけている場面が見えた。
「犯人を知りたいって私が念じても、こんな感じよ。もし捨てる場合、こういうのって、不燃ごみでいいのかしら」もっとも、咲夜から後で聞いたのだが、元の持ち主も、世界一きれいな人間はと聞いて自分が映し出されるのを見てよろこぶような変な使い方しかしてなかったらしいので、もともとこの道具がいい加減なものなのかも知れなかった。
「さあ、アリスに聞いてみるといいかも。ここらでのマジックアイテムのごみ出しの分別とか、そういうのはあいつが一番詳しいから」
手に持った小ぶりなかけらを、あるべきところへそっとしまいこいながら言った。その上で私は考える。
「レミリア、あんたはかなりの収集家だ。目も肥えてる。そんなやつが、現在は大事な魔法の鏡を過失によって失ってる状況で、よく似た、いやそれよりもっと高性能な手鏡の存在をしったら、どんな手を使っても入手したくなるんじゃないか?」
「まあ、ほしくないといったら嘘になるけど。それでも、今回は私は犯人じゃない」
「どうして?」
「じゃあ、逆に聞くけど、同じく収集癖のあるあんたが。今までも、そしておそらくこれからも、閻魔の鏡を盗みそうにないのはなぜ?」
「そりゃあ、お宝の割りにリスクが高すぎるからだぜ。いくらなんでも割に合わない」
「私もそう思うわ」
レミリアはすましてそういった。
その後、二人でまとめてはみたものの。
「あの場にいた面子には全員あったけど、どうにもこうにもよくわからないわね」霊夢は髪の毛を両手でくしゃくしゃにする。
「ああ、どいつもこいつもアリバイを主張してるけど、かといって誰一人完全に潔白を証明できたものはいない」
「しちめんどくさいわねえ! いっそのこと全員ぶちのめしてやろうかしら」
「んなことしたら鏡が帰ってこないかもしれないぜ。ところで、今回の犯人に導く考え方は二通りだ。さとりが犯人か、もしくは犯人じゃないかだ」
「そうなの?」
私は霊夢が聞いているのを確認した後、続ける。
「さとりが犯人の場合、妙なことになる」
「どんな? 旧地獄に犯人も鏡もあって一件落着じゃない?」
「ところが違う。さとりが犯人だとすると、さとりはなぜ私たちに紫を疑わせるような発言をしたんだ?」
「紫を犯人にしたてあげることで、自分への容疑を免れようとしたんでしょ?」
「違う。かりに、さとりが犯人だとして紫が潔白だとした場合を考えよう」
「つまり?」
「あの場面で、紫は確かに自分の心理に障壁をかけてさとりに心を読まれないようにしていた。それをさとりの偽証に利用された形になる。それは紫自身の証言から明らかだ」
「確かに。その場合、紫が心の障壁云々の話で私たちに嘘を言うメリットがないわ」
霊夢は腕を組んでうなずいた。
が、受け答えの反応が鈍くなってきている。頭の中がこんがらがり始めたようだ。
「その上で、紫の言を信じるとするならば、鏡は旧地獄にはないという。さとりが犯人だとして、この地上に隠すのはちと無理があると思わないか? あのさとりはそこまで社交的な妖怪ではないし、地上にそんな信頼の置けるつてがあるとは思えない」
「うーん。単独犯じゃない、という考え方は? そう、たとえば紫が共犯だとか!」
「そう、さとりが犯人で、なおかつ紫も犯人の場合だ。その場合、鏡はどちらが持っていてもおかしくないことになる」
「そうよ、それが真実に違いないわ!」
「落ち着けよ。二人が同時に犯人だった場合、紫はどうしてこの事件を起こした?」
「それは魔理沙、あんたがさっき言ってたとおりじゃないの?」
「自分のさとりに対する心の障壁の効果を調べたくて、当のさとりと共犯で事を起こすか、普通?」
「あ」
「もしくは、紫自身は鏡を純粋に利用したくて盗む、ということも考えられる。が、その場合、紫がさとりと共犯する利点がまったくない」
「たしかに。なら、さとりが犯人じゃないくて、紫が単独犯なんじゃない? あ、でも。私が今日紫にあったときいまいちピンとこなかったのよね。犯人かもしれないけど」
「なんじゃそら」
「なんというか、異変の首謀者っぽくないというか、そんな感じがしなかったというか」霊夢が首をかしげる。
「まあいや。紫は最も疑わしいだけで、まだ犯人と決まったわけじゃない。さとりが犯人でない場合、最も重要なのは、あの場で心を読まれていたであろうレミリアも犯人じゃなくなる点だ。となると、犯人ではないレミリアのいっていた事が、まあ大体に信頼に足るものとなるんだ。あいつが愉快犯的に嘘ついてたのなら別だが」
レミリアの言うことを信じるとすれば、犯人は閻魔の最初の話があったあの中にいる。
「でも、さとりもレミリアも犯人じゃないとすれば、つまり、それって、残った紫がやっぱり犯人ってことじゃない? あとは、魔理沙か、私か」
「容疑者はまだいるぜ。閻魔には連れがいただろ? あの時閻魔はだれに川の橋渡しをしてもらってた?」
霊夢は口をぽかんと開け、きっかり十秒後に大きな声を上げた。
「あ! 小町だ!」
小町は、自分の小船で昼寝を決め込んでいた。
「こいつよ! 小町が鏡を隠し持ってるに違いないわ! 私の感覚が間違いなくそういってるもの!」
霊夢は小町を見た瞬間、自信満々に言ってのけた。
「なんだって? 一体全体、あたいがどうしたっていうのさ?」
「誤魔化そうたって無駄よ! 閻魔様の鏡を盗んだ罪、一足先に私が罰してあげるわ」
「おだやかじゃないねえ」
霊夢が戦闘状態に入りつつあるのに、目の前の小町はやけに余裕たっぷりと自分の小船の中で腰を下ろしている。
「あたいが犯人だって? なんでそう思うのさ?」
「その前にちょっと聞きたいんだが、閻魔の鏡を盗んだら、どのくらいの罰が与えられるんだ?」
「そうだねえ、そういうの、前例とかは聞いたこと無いけど、地獄行きは当然として、もっと重い罰が科せられるだろうねえ」
「必ず? たとえば、死神を撃退し続けてるを天人とかにもちゃんと罰を与えられるのか?」
「まあでも、今回の鏡の盗難事件なんかは、閻魔様や是非曲直庁の立場に泥を塗るようなもんだから、天人とかでも、是非曲直庁は面子をかけて全力でそいつのとこに行くんじゃないのかい?」
「まあ、そうかもな」
「そんなもんさ、組織ってのは。面子や立場ってのはそれなりに重要なのさ。是非曲直庁くらいの、威厳が欠かせないような組織は特にね」
「だけど、それは外部犯だった場合だろ? 内部犯なら? もし組織に属する者がちょっとした出来心でやったのなら、組織は犯人を罰さずに事件そのものを隠蔽するんじゃないか?」
「あー、かもねー。でも四季様激怒するだろうけどねー」
「とするなら、小町。あんたも立派な容疑者だ。というか最有力容疑者にもなりうる。閻魔様は鏡を盗まれたから判決の仕事はできない。となると、当然にあんたに科せられた霊の私の仕事も、サボってもそれほど文句は言われない。ちょうど今あんたは気持ちよく昼寝してたようだしね」
「まあ、言われてみれば。四季様に怒られずに昼寝できるってのはいいもんだ」
うんうんと感心したように頷く小町。そのあまりにもお気楽な様子を見て、しゃべってる私が不安になってきた。
「で、あんたは閻魔の隙を見て、ちょいと鏡を拝借する。で、あんたが思う存分十分休んだら、何事も無かったかのように鏡を閻魔の懐に戻す。まあ、犯人があんたって閻魔にばれるだろうが、その罰はほかの外部のものよりはずいぶんと軽いものになる可能性がある。閻魔が部下に浄玻璃の鏡を盗まれるなんて、非曲直庁の一大不祥事になりうるからな。案外、事件をもみ消してなかったことにするんじゃないか?」
「その可能性が無いとはいえないが、ちょいとその結論は乱暴すぎやしないかい? っていうかあんたら知ってんだろ。ばれてるじゃないもはや、外部に」
「だが、まだ少数にしか認知されていない。揉み消しが可能な人数だと私は思うぜ」
ふと気づいたら、霊夢が怒りでプルプルと震えていた。いや、これ以上考えるのが嫌になったんだろう。
「あー、もうめんどくさい! 私の感によれば小町が犯人でいいのよ! もう、まどろっこしい!」
いきなり、手にもったお払い棒で小町の脳天をはたく。
「きゃん!」
そのまま、あいさつがわりなのか、ぽぽぽぽーんと小町を河に投げ落とした。
「ちょ、なにするのさ!」
「なにって、決まってるじゃない」
陰陽球を周回させるように飛ばし、霊夢の側だけは弾幕ごっこの準備は万端だ。というか、たのしい公開処刑、はっじまっるよー、的なあれだ。
「いやまって!」
「ちょっと、待ちなよ霊夢」
「待てといわれて待つなら博麗の巫女はいらないのよー!」
そういいながら、なぜかうれしそうな巫女。こうなったら、もう口では止めようが無い。
こうなったら仕方ない。
「うらむなよ、霊夢」
全力で小町に迫っているせいで、私から見るとまるで無防備な霊夢の背中に、とりあえずマスタースパークを打ち込む。
まあ当然の結果として、大きなの水柱があがった。
「ちょっとどういうことよ、魔理沙! まさか、あんたも共犯ってこと?」ぬれねずみになった霊夢。ああ、これは許されないな、私。
「違うって。小町が犯人だとしたら、鏡は今も小町が隠し持っている可能性が高い。そんな状態で弾幕戦なんてやらかして、万が一割っちゃったらどうするつもりだよ」
「そのへんは、だいたい何とかなるんじゃない?」
「何とかなってたまるかい」
小町があきれたように言った。
「ほら、あんたらが言ったように私が犯人でいいから。そんな無茶苦茶して鏡を壊しかねないようなまねはよしとくれよ」小町は呆れたように、おもむろに懐に手を伸ばしす。
はたして、小町の手にはたしかに鏡が握られていた。
いやにあっさりと認めたものだ。
「本当にこれ? なんかそれにしては力強さがないような気がするんだけど」霊夢が首をかしげる。
「いまはあたいの力でそういうのを遠ざけてるからね。ほら、まってな」
小町がそういった瞬間、今まで漠然とした存在感しかなかった鏡が、圧倒的な重みのあるそれに変わった。
私も霊夢も、それが間違いなく閻魔の浄玻璃の鏡だと認めざるを得なかった。
現に浄玻璃の鏡がここにある以上、小町が犯人だと断定するしかない。
「灯台下暗しとはこのことね」霊夢はすっきりとした顔でいった。(当然、スペルカードを計八枚分ほど小町と私にたたきつけてからの笑顔だ)
「でもさ、あたいが言えたもんじゃないけど、四季様はちょっと仕事の手を休めるべきなんだよ。こういう状況でも起きないと、あの人、文字通り四六時中働いてるしさ。ちょっとは休めたんじゃないかね」
「盗人猛々しいとはこのことだぜ」
「そうかもね。でも、幻想郷中の魔法使いがあんたのことも同じように思ってるよ」
そういって、小町はやれやれと櫂に手を伸ばし、
「じゃ、鏡はあたいから四季様に返しておくよ」
「え、犯人のお前が?」
「ああ。あたいがいうのもなんだけど、この浄玻璃の鏡は閻魔様の大事な品。部外者においそれと渡していいものじゃないさ。たとえ閻魔様に返還するために一時的な譲渡であっても」
「でも、ちゃんと返すのか?」
「なら、明日にでも彼岸に確かめにおいでよ。もしあたいが四季様に返してなかったら、そのへんを四季様に言えばいい。とりあえず、おつかれー」
小町はそういうと、鏡を懐に再びしまいこんだ後、あっという間に川の向こう側へといってしまった。
「さてと、異変も解決したことだし、帰ろっか」霊夢がやれやれ、といった感じで思い切り背筋を伸ばす。霊夢はすっきりとしたようだが。
「そうだな」私は、なにかいまいち釈然としないというか、異変を解決したときのようないつもの爽快感がないというか。心にしっくりしない何かをまだ感じ取っていた。
翌日、私は一人で閻魔のもとを訪れた。
閻魔は仕事を途中で邪魔されたというのに、まったく怒らず、私から昨日の一部始終の報告を平然と聞いていた。
「了解しました。ご苦労様です」
「小町は鏡をちゃんと返したのか?」
「ええ。昨日の夕方の時点で、鏡は無事に私の手元に戻ってきました。あなたがた二人の功績だと、小町から聞いています」
身内が犯人だというのに、聞いている間、腕を組んだまま、眉ひとつ動かさず、全く動じた様子を見せない。
この態度は、閻魔の職業をつんだ経験からきたのか。それとも全く別の何かに由来しているのだろうか。
「浄玻璃の鏡を私の手元に戻してくれたこと、感謝します。ですが、この地は本来生者が居てはいけない地。なるべく早く帰るように」
どことなく、せかす様な言葉を私は体の正面で受け止め、私なりにせめてもの抵抗を試みた。
「ところで、小町は今回の件についてどんな罰を受けるんだ?」
「その点に関しては、あなたの感知するところではありませんよ」
「……そうかい。じゃ、失礼するぜ」
そういって足を踏み出した瞬間、私の脳裏を光が走った。
すべての違和感が、突如として言語化され、私の脳裏にはっきりとした輪郭を持って私の思考回路の前に舞い降りた。
私は振り返り、言った。
「そうだ。ちょっと聞き忘れたことがあってね。確認したいんだ」
「どのような?」
「単刀直入に聞こう。あんた、あの場で私たちを集めたとき、一度も鏡を『盗まれた』とはいわなかったよな。行方がわからないとは言ってもだ」
少しの沈黙の後、閻魔は答えた。
「ええ」
「そこんとこどうなの? 閻魔様は浄玻璃の鏡を盗まれたのか?」
「先ほど、あなた方は小町が犯人だといいませんでしたか?」
私は確信を持った。
「仮に小町が犯人だとしてもだ。どうして最初、皆を集めたあの場でさとりが告発しなかった? そうすれば一瞬で解決だ。でも、さとりはそうしなかった。とすると、論理的にさとりも共犯だったということに判断せざるを得ない」
「ええ。今考えると、あの時点で鏡は小町の懐にあったはずでしょうからね」映姫はうなずいた。
「だが、小町とさとり。共犯だとして、二人はどうやって組んだ? 直接の交友関係はなかなか見つけづらい。あんたを介したつながりを除いては」
閻魔は黙って聞いている。私はそれを肯定と受け取ることにした。
「違和感を最初に感じたのは、閻魔様、あんたの態度だ。浄玻璃の鏡の行方がわからなかったといえば大変な不祥事。だが、あんたは他人事のように私たちに話しただけで、あんた自身はとっとと帰ってしまった。鏡がどういう悪漢に悪用されてるかわかったもんじゃないのに。本来ならあんた自身が慌てふためいて真っ先に捜索すべき立場なのにだ。不祥事が公になることをおそれ、内密にことを進めたいったって、あんた自身が動かないことの理由にはならない」
「確かにそうですね」
「そう、なぜあんたがそういう風に落ち着いているかを考えたら、答えはひとつだ。浄玻璃の鏡があんたにとって信頼すべき者の手にあって、悪用される恐れがないのを、あんた自身が事前に知っているから、だ。違うか?」
「なるほど、論理的ですね」
「となると、答えはひとつ。鏡は最初から盗まれていなかった。鏡は、あんた自身が小町に託して、自分の知らない場所に安全に保管するように依頼したんだ。もちろん、前日にさとりと十分な打ち合わせをした後にね」
「なぜそのようなことを私がする必要があるのです?」
「じゃあ、逆に聞くが、どうしてあの場に霊夢を呼んだ?」
閻魔は息を呑んだ。
「私やほかの面子はわかる。犯人と疑うだけの十分な理由がある。だが、霊夢は普段のけったいな行動を省みても犯人とは考えにくい」
「ほう」
「おそらく霊夢は解決するための人員として呼んだんだろう。そうして、霊夢が今回のような非常時にどういう動きをするか見たかった。だから、あんた自身が今回の異変を起こしたんだ。そういうことならすべてつじつまがあう。違うか?」
数秒の沈黙の後、なんと閻魔は微笑んだ。
「そのとおりです。ですが、ふたつ、あなたが誤解していることがあります」
「なんだ?」
「一点、魔理沙、私はあなたも霊夢と同じ役割で呼びました。そしてもう一点、あの時集まった者で、あなたがた二人以外、すべて共犯ですよ」
「なんてこった」思わずそんな台詞が漏れる。
「まあ、あなたたちが今回の擬似異変を解決する時間は、解決するまでの過程の是非はともかく、十分に許容範囲内です。安心しました。あと、博麗の巫女はもう少し色々と訓練が必要だということがわかりましたし」
「へーへー、そうですか」
私は大きくため息をついた。肩の力ががっくりと抜け落ちるのを感じる。
「そういうわけで、わたしはあなた方の行動をすべて把握していましたよ。ですから魔理沙、あなたはレミリアに、今自分の懐に忍ばせている、盗んだ鏡のかけらを返却しなさい。それが今のあなたにつめる善行のひとつです」
「そういうと思ったぜ」
まったく。
翌日、自宅で出かける準備をしていた矢先、物騒極まりない気をまとわりつかせてやってきた霊夢に、私は全力で頭を振った。
「違うぜ。と、いうか。どうして私が犯人だと思った?」
あからさまに戦闘モード全開な気配が和らぐ。どういう理屈かは知らないが、霊夢の中では、私への疑いは晴れた様だ。
「なんとなくよ。でも違ったみたいね。今あなたに会った感じだとなんか違うみたいだし」
「なんじゃそら」
半分呆れた。
だけど、半分はほっとする。霊夢の勘は、時折化け物じみた性能を誇るからだ。
「おかしいわね。私の勘じゃ、あの容疑者達の中では真実に一番近いのは魔理沙だと思ったのに」
霊夢は相変わらず、独自の妙な考え方で首をかしげているようだった。
「まあ、今日は霊夢と弾幕ごっこする気分じゃないから助かったぜ」
「あ、そう。ところで、出かけるのみたいね。どこ行くの?」
「私も今の霊夢と同じことをしようと思ってね」
「昨日の件で、犯人をボコボコにとっちめるの?」
「いや、犯人を探すのさ。この案件って、まだ天狗たちにすら知られてないんだろ?」
「そのはずよ。もし知ってたのなら、今頃号外の新聞がその辺でばら撒かれてるはずだし」
「なら、解決するのは、事件が起こったことを知っている私たちの役目だろ。せっかくだ、一緒にいかないか?」
霊夢は一瞬考え込んだ後、深くうなずいた。
「そうね。そうしたほうが良いほうに向かう予感がするわ」
「あのなあ霊夢。予感がするとかなんとなくでなしに、たまには頭を使って論理的に考えてみたらどうだ?」
私は昨日の出来事を思い出しながら、言った。
「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。私の浄玻璃の鏡が、今朝からその場所が分からなくなっています」
四季映姫に、特に内密にということで呼ばれた挙句、自分たちのうちの誰かがさも犯人かのように言われたとき、私は心外とは思わなかった。が、どういうわけだか、内心奇妙な違和感を覚えた。
「確かに私は盗人とか言われてるが、いくら何でも閻魔様の物を盗もうとするほど命知らずではないぜ」自分でも説得性皆無に思える自己弁明をしてはみたものの。
「そうかもしれない。ですが、そうでないかもしれない。今の私には、それを確実に知るすべはありません」あくまで閻魔は小生意気な冷静さを失わない。
「厳重に管理していたつもりなので、私が紛失した、ということはあり得ません」
閻魔は乗ってきた小船の上から話を続ける。いつもどおりの、馬鹿みたいに落ち着いた物腰でだ。
「浄玻璃の鏡は私と私の職務にとって必要な物です。私は、浄玻璃の鏡の在処を知る必要があります」
「私は犯人じゃないから、鏡が今どこにあるかは分からないわ。だが、あらかじめいっておこう。この異変は早期に解決するわ。そういう運命が出ているもの」
私の隣にいた、同じく呼び出されたレミリアが不気味に微笑んだ。
その後、何分か禄でもない小難しい説教を聞かされたが、結局のところ、私たちがこの三途の川のほとりに呼び出されたのはそういう理由からだった。
「私はこの案件が一刻も早く解決されることを望みます」
閻魔はそっけなくそういうと、小町の操る船に乗ったまま、とっとと川の向こう側へと帰っていってしまった。
あの閻魔様の言うことだ。それに、あの理不尽なまでのしっかり者の性格だから、紛失はないだろう、たぶん。いや、きっとまちがいなく。
さてと、これは、何でも屋の私の出番かな。と、周りを見回す。
閻魔の不祥事を公にするのは好ましくないのか、その場には、たしか、閻魔に呼び出された、私、紫、さとり、レミリア、霊夢しか見当たらなかった。
「理論や理屈なんて、回りくどいくせにぜんぜん当てにならないじゃない。勘の方がよっぽど頼りになるわよ」
ふくれっ面で言う霊夢の声により、私の意識は、昨日の記憶を探る旅から、現在の私の肉体に帰還する。
「理論より勘のほうがやくだつ、か」
「そうよ。あったりまえじゃない。ここは幻想郷よ?」
確かに、霊夢や一部の強い妖怪たちの中ではそうかもしれないな。そう思った自分がなぜだかちょっとだけ悔しい。
「その辺、私は霊夢とは違うんで勘弁してくれ」
「まあいいわ。ところで、どうするつもり?」
「とりあえず、昨日集まった連中の誰かに会いに行こう。基本的に、昨日呼び出された面子の中に犯人がいると見て間違いないと思うからな」
何らかの証拠を探そうにも現状、どこが盗難現場かわからないし。それに、今のところ最も可能性の高そうな彼岸は、三途の川の向こう側だ。ただの人間であり、しかもどうやら容疑者として疑われているらしい私などには、決して調べることはおろか立ち入ることすら許されないだろう。
第一、私は盗みには通じていても、盗みの捜査などにはからきし門外漢なのだ。
そうなるとだ。犯人らしいやつに直接話を聞くくらいしか、今の私には有効そうな手段はなさそうなんだよな。
はっきりと盗む意思を持っていて、なおかつ盗む手段を持ちあわせているやつ。
今回のような盗みの犯人に必要な素質だ。閻魔を相手に回して、その二つを併せ持っているやつなんて、幻想郷の中でもなかなかいやしない。
ようやく落ち着いてきた霊夢は静かにいった。
「私もそんな気がする。でも、あの中に犯人がいたのなら、さとりが心を読めるはずだから、犯人なんかすぐわかったんじゃない?」
「いや、例外や聖域は、いつだってどこかに隠れ潜んでいるもんだぜ。無論あそこでもな。つまり、さとりが犯人か、もしくは犯人の利害関係者である場合などだ」
さとりは別段、私たちの来訪を驚かなかった。
地霊殿の執務室で、机に向かって書類の作業をおこなっているさとりは、その作業を休めることなく、私たちが一言も問いかけてすらいないのに否定してきた。
「私は犯人ではありませんよ」
「真犯人はみんな大抵そういうぜ」
ねめつくような視線で一通り私を見た後、ようやくさとりは手に持っていた赤銅色の万年筆を動かす手を止めた。
「昨日何をしていたか、ですか。私はこの地霊殿で仕事をしていました。そう、閻魔様と一緒に。ええ、今みたいなデスクワークですよ」
「どんな仕事を?」
机に置かれた書類を一枚、手にとって見る。日本語で書かれていることはわかったが、そこに書かれた言葉の意味がわからず、肝心の内容は私にとって全くのちんぷんかんぷんだった。
「旧地獄をはじめとした幻想郷の治安や保全に関係した仕事です」
「そのとき閻魔は鏡を持ってきていた?」
「ええ。おそらく持ってきていたでしょうね」
「おそらく? はっきりしない答え方ね」霊夢が言った。
「この目ではっきりと確認したわけじゃありませんから。ですが、閻魔様は基本的にはあの鏡を肌身離さず持っているはずです。無論、昨日も例外ではないはず。閻魔にとって浄玻璃の鏡とは基本的にそういうものですから」
「なるほどねえ」
さとりは再び私の目を見た。
「その仕事は突発的な仕事だったか? ですか。いいえ、違います。閻魔様とはごく稀にですが、ここで一緒にする必要のある仕事を行います。そういう時は、向こうから前もって知らせがきます」
「言い換えるとだ、さとり。あんたは、閻魔の鏡がこの地霊殿にやってくるのを前もって知っていたわけだ。閻魔本人がおまけとして付いてくるがな」
「主客が逆転してますが、確かにそのとおりですね」
「つまり、犯行を行おうと思えば行えたというわけか?」
「事実ではありませんが、可能性としては、確かに盗むことが出来る状況下でしたね。しかし、再度いいますが、私は犯人ではありませんよ?」
「何故?」
「動機がないからです。そんな物無くても、私の第三の目で殆どは事足りますし」
確かにそうかもしれないが。
「そうかな? 浄玻璃の鏡は全てを見通せる」
その先の台詞を言う前に、さとりは私の心を読んだ
「もちろんこいしの行動も全て把握できる、ですか。確かにそういう使い方もできますね」
「だから盗んだのか?」
「だから違います。私はやっていません。第一、そういう使い方をするのなら、私はそれこそ丸一日中鏡を覗くような使い方をするはずです。それこそ今私があなた方に話しているこのときも。こいしはいつ何時突飛な行動をとるか分かったものではありませんから」
そうかもしれないが、わたしは浄玻璃の鏡の詳しい使用法を知らない。
さとりの言うとおり、鏡が果たして本当にリアルタイムで起こっている事しか見られないのか。もしくは就寝前とかに過去の出来事をまとめて早送りして見られたりするのか、今の私には判断が付かなかった。
そのようなことをさとりの目の前で考えてみたが、さとりからの反応は無かった。
「私は犯人に心当たりがありますよ。八雲紫です。昨日、閻魔様が皆を集めたときから、私は彼女が犯人だと確信しています」
「どうして?」
「心が偽装されていたのです。私も、彼女を心の目で全力で注視してやっと気づいたくらいで、危うく騙されるところでした。おそらく彼女のスキマの力を応用しているのでしょう。ですが、そういうことをあの席上で行なっていることが、紫こそが犯人であるという紛れも無い証拠です」
「なぜあの時にそういわなかったの?」
「だって、犯人が分かっても、どうやって浄玻璃の鏡を盗んだのか、言い換えれば鏡がどこにあるか分からないのですから、いくらさとりの私が言ったところで説得力がありません。かえって私が犯人だと疑われてしまうでしょう。その状態で私に疑惑の目が集中している所で紫に時間的余裕を与えてしまって、証拠隠滅などのために鏡を壊されでもしたら大変ですもの」
旧地獄を出発してから三時間。
いろんなとこを探し回った挙句、八雲紫は、どういうわけだか中有の坂の屋台で、のんきにお団子と緑茶を楽しんでいた。
私の質問には、
「まいったわね、私の術はまだまだ完全じゃないのね。確かに私はさとりに読まれないように心に障壁を張って心理を偽装しているわ」
そう余裕そうに微笑む紫の表情は、本心からなのか、虚勢なのか、あるいは別の何かの企みがあるのか、私には到底区別が付かなかった。
「つまり、あんたが犯人、ということ?」霊夢が聞いた。
「たしかに私のスキマの力では、閻魔の鏡を盗むことは可能でしょうね。でも無意味だわ。例え盗んだとしても、何を見るって言うの? スキマを開けてそれを直接見た方が有益だわ。そうすれば、見たいものは何でも見ることができるし。だからそもそも私には動機がない」
「いや、あるぜ。鏡を使うというよりも、閻魔が鏡を盗難された状況そのものを作り出す、といったことが」
私は話の道筋を考えながら、半ば出たとこ勝負でゆっくりと喋った。
「どういうことかしら?」
紫は幸いにも興味深そうに私の言葉に耳を貸した。
問題はここからだ。紫に、まだ私が会話の筋道を立てられていない事を悟られてはならない。
「紫は前々からさとりにたいする心の偽証する仕組みを整えていた。これは事実だな?」
「ええ。その通りですわ」
「だが、紫。あんた自身、それが有効に機能しているかどうかは知ることが出来なかったはずだ。まさか本人に偽証が機能してるかどうかを聞くわけにはいかないからな」
「そうね」
「そして異変を起こし、なおかつ自分とさとりが犯人と疑われる状況を作り出せれば、必然的にさとりは自分の心を読む、と考えた」
「でも、単に私の心が読まれたくないからで、それはあの地獄の温泉の異変の後からやっていることよ」
「逆に、いままで確かめる術がなかったから、今回のような強硬手段に及んだとも考えられるぜ」
「ふうん」紫は扇子を開き、口元を覆った。
「この際、あんたにとって一番の障害になりうる存在は閻魔だ。なにか別の、今回とは異なる内容の異変を起こしたところで、さとりが自分の心を読む前に、閻魔が自ら浄玻璃の鏡をみて、異変解決に動かれてはたまらない」
「あら、あのお堅い閻魔様が、そんな異変ごときで幻想郷にまで出張ってくるかしら? わたしにはそう思えないわ」
しまった。
「いや、むしろ、鏡をなくしたという異変を起こさせてさとりに自分の心を読ませる。その上で、偽証が成功したかどうかを盗んだ鏡をみて白黒はっきりとつけるんだ。そう考えると、起こすべき異変としては、浄玻璃の鏡の窃盗事件は、最も理に適った異変じゃないか?」
「ふうん」紫はそう、軽くうなずいた。
「どうだ、白状する気になったか?」
「まあ正しい推論ではあるわ。私が犯人でないという真実に目を背ければ、だけど」
紫は愉快そうに目を細める。
「あんたが犯人じゃないという証拠は、今のところどこにもないぜ」
「だって、鏡が盗まれたのって、犯行時刻は、おとといの未明から昨日の早朝にかけて、でしょう?」
「そうだな」その意見については、私も特に異論は無い。
閻魔が鏡の不存在に気がついたのが昨日の早朝だったことを考えれば、まあ大体そんな時間帯だろう。
あの、律儀をじっくりことこと煮込んで理不尽の粋に到達した感のある閻魔が、自分の鏡を紛失したことに長期間気がつかないとは考えにくい。
「その時間帯、私はどこで何をしていたか。霊夢、あなたはそれを完全に知っているんじゃなくて?」
「それは、たしかに。……まあいわれてみれば」
霊夢は、そんなあいまいな感じで口をあけて呆けている。
「どういうことだ?」
「私、前日の夜から明け方の、そうねえ、閻魔の至急の呼び出しが来るまで、うちの神社で紫に付きっ切りでしごかれてたのよ」
私にとっては初耳だった。
「巫女の修行とか?」
「うん。なんか大結界の補強とか神おろしとかそんなん。でも、こっちは真剣にやってるのに、紫はといえばおつまみとお酒持ち込んで萃香と気楽に茶々入れる感じだったわ。失礼しちゃう」
そのときを思い起こしたのか、霊夢は頬を膨らませてかわいらしく怒り出し始めた。
「だってあなた、私が目を話すとすぐ修行をサボるじゃない」
「だからって、私が珍しく真剣に修行してるって言うのに、その横で吐くまで酔っ払うってどうなの? そんなのただの野次馬じゃない」
「ほら、私のアリバイは霊夢が保障してくれるわ。霊夢。あの時たしか空間系の修行をつけて差し上げましたわよね。そのとき、私はスキマの力を一度でも使ったかしら?」
「そういえば、使った気配はまったく感じられなかったわね。でも、私が気配を感じられない方法でスキマの力を使ったのかも」
「それだけじゃないぜ。自分自身は完全なアリバイを作っておいて、藍あたりに実行犯として動いてもらったのかもしれない」
「そんなこといわれたら、私なんか、身の潔白を証明する術なんてひとつもないじゃないの」紫はハンカチを取り出し、よよよ、と嘘泣きを始めた。
「そんなこといってごまかそうとしても無駄よ! あんたの悪事はまるっとお見通しなんだから!」
そういいながら、早くも霊夢は懐からお札と針を取り出して戦闘的なふくれっ面を披露していた。
「そんなこといったって私は犯人じゃじゃないもの」
「スキマで見たいものはすべて見える、といったな。なら、犯人や、現在の鏡の在り処なんかも見ることができるんじゃないのか? 紫が犯人じゃない、と仮定しての話だが」
「私のスキマはそこまで便利なものじゃありませんわ。そんなのはそれこそ閻魔様の鏡を使わないと」
「でも、さっきは『見たいものは何でも見ることができる』っていったじゃないか。ますます疑わしく見えてきたぜ」
「訂正するわ。私が必要かつ要求する物事に関しては、私のスキマは十二分に機能しているわ。私自身はこれ以上の力を特に望んではいない」
「なんだか胡散臭いわね」霊夢が腕を組んで紫をにらみつけた。
私は改めて聞く。
「紫。仮に、あんたの言を信用するとして、浄玻璃の鏡はあんたに見つからない程度でしか特に動きをしていない、ということか?」
「ええ、そういうことになるわね。私もちょくちょくスキマを覗いてるけど、たぶん、まだ誰かに売られたとかはないみたい。あと絶対に幻想郷の境界は越えていないわ。これは絶対だわ」
「まだ幻想郷の、犯人の手元か隠し場所にある、ということか」
「私はそう思うわ。おそらく、魔界や旧地獄、冥界といった、こことは少し違うつくりの結界の中にもないはず。三途の川の向こう側から幻想郷の結界の端っこまでの、どこかにあるはずよ」紫は言った。
「それは確かか?」
「ええ、確かよ。浄玻璃の鏡位の強力な物品だと、それ自身が持つ妖力は隠そうとしてもなかなか隠せないわ。私は、鏡の存在を今いるこの結界の中にそこはかとなく感じているもの」
「具体的な場所まではわからないの?」霊夢はいった。
「ええ。なんだか妙な感触で、漠然とした気配はわかるんだけど。具体的な場所までは。ひょっとしたら何かの力で隠されているのかもしれないわ。というか霊夢、おとといの稽古をこなした今のあなたなら、通常の状態であれば、浄玻璃の鏡みたいなのなら、結界の境界を越えたかどうかぐらい感じ取れるはずよ」
「んなこといわれたって。いままでそんなことを感知した経験なんて無いから、今私が感じとれる、結界に対する色々なウネウネぐじゅぐじゅな気配のうち、どれがそういう役割なのか、私、まだよくわからないんだけど」
「まったく、未熟者ね」
大げさにため息をつく紫に、私は改めて聞きなおす。
「つまり、十分に備えのしてあるような隠し場所にはありそうということか。そんなところ、この幻想郷にあったっけ?」
「ええ、永遠亭や紅魔館の宝物庫なんかは、立派に候補地としてあげられるわね」
紫は他人事のようにいった。
紅魔館に奇襲をかけたつもりだったが、相手は余裕の態度で紅茶と洋菓子のもてなしをしてくれた。
「私は犯人じゃないわ。盗む動機がないし、なにより私が閻魔の持ち物を欲したなら、あらかじめ文書にして予告状を出し、その上で正面から思いっきり殴りこみをかけるわよ」
「そういえばそうね」霊夢は、レミリアに薦められた紅茶をすすり、クッキーをリスのように頬張りながらにこやかに相槌を打った。
今の霊夢は、ここ、レミリアの寝室に置かれた主人の愛玩動物にしかならないかもしれないな、と私は思った。
「本来なら、私自ら動けばあっという間に解決するだろうけど、私は吸血鬼だからここを動けないし。いつかのように探偵ごっこやろうにも、容疑者は呼びつけたってここに来るような素直な面子じゃないしね」
「意外だな。私や霊夢ならともかく、レミリアがこの件の解決を望むとは」
「私自身が犯人だと疑われるのは別にどうとも思わないけど。このちょっとした事象、小異変とも呼べる状況を作り出した真犯人の動機や行動にそこはかとなく興味がわいてね」
それはわかる。私も、この事件の話を聞いたときから妙なわだかまりというか不可思議なモヤモヤ感があるのだ。
「お気楽な身分だことね」霊夢が言った。
「あんたらだってこの異変を楽しんでるじゃないか。解決する側に立ってるというだけで。私は観客兼容疑者として、あんたらと同じ劇場のステージに立っているに過ぎない。純粋に立場が違うだけさね」
「いいや。私は閻魔が十分に仕事できないせいで、幻想郷で正義がなされないことに危機感を抱いているだけだぜ」
レミリアは笑いで呼吸困難になり、メイド長があわてて背中をトントンしに時間とめてまでしてやってきた。失礼な。
「わらかしてくれた魔理沙にひとつヒントをあげよう」
「なんだ? 自首か?」
「違うわ。実は私、犯人は絞り込めてるのよ。今回の犯人というか首謀者は、間違いなく昨日のあの場所にいたわ」
「なぜそれがわかる?」
「これよ」レミリアは手元の小箱からガラスのかけらを取り出した。
「なんだこれ」いや、ガラスのかけらというよりも割れた鏡の破片だ。
「かつて心が邪な普通の人間の女王の持ち物であった、魔法の鏡の鏡だった物の一部よ。完全な姿のときは、主の問いに何でも正直に真実を答えてくれる便利なやつだったわ。たとえば、世界一の美人はだあれ、とか、口で問えば即座に教えてくれたものだったわ」
金で細工が施された小箱に入ってある、たくさんの鏡のかけらをひとつ、私も手にとってみる。触った感触といい、ただの破片としか思えない。
「百年位前に、メイドがうっかり割ってしまってね。それ以来、自分の魔力を込めて、質問に対するそれっぽい場面を覗き見できるだけの変なものに成り果てたわ」
「どれ、いっちょ私も試してみるか」そういって、私は破片を手にとって念じてみたが、何の変化も現れない。
「やっぱり無駄みたいね。パチェもフランも使いこなせないのよこれ。やっぱりガラクタね、これ」
レミリアがため息をつきながら、自分の片手から、青白く、私が逆立ちしても出せないような膨大な魔力を、自分の手に持った破片に向かって雷鳴のように放出した。
それに呼応して淡く光りだした、手のひら大のかけらの鏡の部分を、私たちに掲げて見せた。
そこには確かに、昨日閻魔が私たちに語りかけている場面が見えた。
「犯人を知りたいって私が念じても、こんな感じよ。もし捨てる場合、こういうのって、不燃ごみでいいのかしら」もっとも、咲夜から後で聞いたのだが、元の持ち主も、世界一きれいな人間はと聞いて自分が映し出されるのを見てよろこぶような変な使い方しかしてなかったらしいので、もともとこの道具がいい加減なものなのかも知れなかった。
「さあ、アリスに聞いてみるといいかも。ここらでのマジックアイテムのごみ出しの分別とか、そういうのはあいつが一番詳しいから」
手に持った小ぶりなかけらを、あるべきところへそっとしまいこいながら言った。その上で私は考える。
「レミリア、あんたはかなりの収集家だ。目も肥えてる。そんなやつが、現在は大事な魔法の鏡を過失によって失ってる状況で、よく似た、いやそれよりもっと高性能な手鏡の存在をしったら、どんな手を使っても入手したくなるんじゃないか?」
「まあ、ほしくないといったら嘘になるけど。それでも、今回は私は犯人じゃない」
「どうして?」
「じゃあ、逆に聞くけど、同じく収集癖のあるあんたが。今までも、そしておそらくこれからも、閻魔の鏡を盗みそうにないのはなぜ?」
「そりゃあ、お宝の割りにリスクが高すぎるからだぜ。いくらなんでも割に合わない」
「私もそう思うわ」
レミリアはすましてそういった。
その後、二人でまとめてはみたものの。
「あの場にいた面子には全員あったけど、どうにもこうにもよくわからないわね」霊夢は髪の毛を両手でくしゃくしゃにする。
「ああ、どいつもこいつもアリバイを主張してるけど、かといって誰一人完全に潔白を証明できたものはいない」
「しちめんどくさいわねえ! いっそのこと全員ぶちのめしてやろうかしら」
「んなことしたら鏡が帰ってこないかもしれないぜ。ところで、今回の犯人に導く考え方は二通りだ。さとりが犯人か、もしくは犯人じゃないかだ」
「そうなの?」
私は霊夢が聞いているのを確認した後、続ける。
「さとりが犯人の場合、妙なことになる」
「どんな? 旧地獄に犯人も鏡もあって一件落着じゃない?」
「ところが違う。さとりが犯人だとすると、さとりはなぜ私たちに紫を疑わせるような発言をしたんだ?」
「紫を犯人にしたてあげることで、自分への容疑を免れようとしたんでしょ?」
「違う。かりに、さとりが犯人だとして紫が潔白だとした場合を考えよう」
「つまり?」
「あの場面で、紫は確かに自分の心理に障壁をかけてさとりに心を読まれないようにしていた。それをさとりの偽証に利用された形になる。それは紫自身の証言から明らかだ」
「確かに。その場合、紫が心の障壁云々の話で私たちに嘘を言うメリットがないわ」
霊夢は腕を組んでうなずいた。
が、受け答えの反応が鈍くなってきている。頭の中がこんがらがり始めたようだ。
「その上で、紫の言を信じるとするならば、鏡は旧地獄にはないという。さとりが犯人だとして、この地上に隠すのはちと無理があると思わないか? あのさとりはそこまで社交的な妖怪ではないし、地上にそんな信頼の置けるつてがあるとは思えない」
「うーん。単独犯じゃない、という考え方は? そう、たとえば紫が共犯だとか!」
「そう、さとりが犯人で、なおかつ紫も犯人の場合だ。その場合、鏡はどちらが持っていてもおかしくないことになる」
「そうよ、それが真実に違いないわ!」
「落ち着けよ。二人が同時に犯人だった場合、紫はどうしてこの事件を起こした?」
「それは魔理沙、あんたがさっき言ってたとおりじゃないの?」
「自分のさとりに対する心の障壁の効果を調べたくて、当のさとりと共犯で事を起こすか、普通?」
「あ」
「もしくは、紫自身は鏡を純粋に利用したくて盗む、ということも考えられる。が、その場合、紫がさとりと共犯する利点がまったくない」
「たしかに。なら、さとりが犯人じゃないくて、紫が単独犯なんじゃない? あ、でも。私が今日紫にあったときいまいちピンとこなかったのよね。犯人かもしれないけど」
「なんじゃそら」
「なんというか、異変の首謀者っぽくないというか、そんな感じがしなかったというか」霊夢が首をかしげる。
「まあいや。紫は最も疑わしいだけで、まだ犯人と決まったわけじゃない。さとりが犯人でない場合、最も重要なのは、あの場で心を読まれていたであろうレミリアも犯人じゃなくなる点だ。となると、犯人ではないレミリアのいっていた事が、まあ大体に信頼に足るものとなるんだ。あいつが愉快犯的に嘘ついてたのなら別だが」
レミリアの言うことを信じるとすれば、犯人は閻魔の最初の話があったあの中にいる。
「でも、さとりもレミリアも犯人じゃないとすれば、つまり、それって、残った紫がやっぱり犯人ってことじゃない? あとは、魔理沙か、私か」
「容疑者はまだいるぜ。閻魔には連れがいただろ? あの時閻魔はだれに川の橋渡しをしてもらってた?」
霊夢は口をぽかんと開け、きっかり十秒後に大きな声を上げた。
「あ! 小町だ!」
小町は、自分の小船で昼寝を決め込んでいた。
「こいつよ! 小町が鏡を隠し持ってるに違いないわ! 私の感覚が間違いなくそういってるもの!」
霊夢は小町を見た瞬間、自信満々に言ってのけた。
「なんだって? 一体全体、あたいがどうしたっていうのさ?」
「誤魔化そうたって無駄よ! 閻魔様の鏡を盗んだ罪、一足先に私が罰してあげるわ」
「おだやかじゃないねえ」
霊夢が戦闘状態に入りつつあるのに、目の前の小町はやけに余裕たっぷりと自分の小船の中で腰を下ろしている。
「あたいが犯人だって? なんでそう思うのさ?」
「その前にちょっと聞きたいんだが、閻魔の鏡を盗んだら、どのくらいの罰が与えられるんだ?」
「そうだねえ、そういうの、前例とかは聞いたこと無いけど、地獄行きは当然として、もっと重い罰が科せられるだろうねえ」
「必ず? たとえば、死神を撃退し続けてるを天人とかにもちゃんと罰を与えられるのか?」
「まあでも、今回の鏡の盗難事件なんかは、閻魔様や是非曲直庁の立場に泥を塗るようなもんだから、天人とかでも、是非曲直庁は面子をかけて全力でそいつのとこに行くんじゃないのかい?」
「まあ、そうかもな」
「そんなもんさ、組織ってのは。面子や立場ってのはそれなりに重要なのさ。是非曲直庁くらいの、威厳が欠かせないような組織は特にね」
「だけど、それは外部犯だった場合だろ? 内部犯なら? もし組織に属する者がちょっとした出来心でやったのなら、組織は犯人を罰さずに事件そのものを隠蔽するんじゃないか?」
「あー、かもねー。でも四季様激怒するだろうけどねー」
「とするなら、小町。あんたも立派な容疑者だ。というか最有力容疑者にもなりうる。閻魔様は鏡を盗まれたから判決の仕事はできない。となると、当然にあんたに科せられた霊の私の仕事も、サボってもそれほど文句は言われない。ちょうど今あんたは気持ちよく昼寝してたようだしね」
「まあ、言われてみれば。四季様に怒られずに昼寝できるってのはいいもんだ」
うんうんと感心したように頷く小町。そのあまりにもお気楽な様子を見て、しゃべってる私が不安になってきた。
「で、あんたは閻魔の隙を見て、ちょいと鏡を拝借する。で、あんたが思う存分十分休んだら、何事も無かったかのように鏡を閻魔の懐に戻す。まあ、犯人があんたって閻魔にばれるだろうが、その罰はほかの外部のものよりはずいぶんと軽いものになる可能性がある。閻魔が部下に浄玻璃の鏡を盗まれるなんて、非曲直庁の一大不祥事になりうるからな。案外、事件をもみ消してなかったことにするんじゃないか?」
「その可能性が無いとはいえないが、ちょいとその結論は乱暴すぎやしないかい? っていうかあんたら知ってんだろ。ばれてるじゃないもはや、外部に」
「だが、まだ少数にしか認知されていない。揉み消しが可能な人数だと私は思うぜ」
ふと気づいたら、霊夢が怒りでプルプルと震えていた。いや、これ以上考えるのが嫌になったんだろう。
「あー、もうめんどくさい! 私の感によれば小町が犯人でいいのよ! もう、まどろっこしい!」
いきなり、手にもったお払い棒で小町の脳天をはたく。
「きゃん!」
そのまま、あいさつがわりなのか、ぽぽぽぽーんと小町を河に投げ落とした。
「ちょ、なにするのさ!」
「なにって、決まってるじゃない」
陰陽球を周回させるように飛ばし、霊夢の側だけは弾幕ごっこの準備は万端だ。というか、たのしい公開処刑、はっじまっるよー、的なあれだ。
「いやまって!」
「ちょっと、待ちなよ霊夢」
「待てといわれて待つなら博麗の巫女はいらないのよー!」
そういいながら、なぜかうれしそうな巫女。こうなったら、もう口では止めようが無い。
こうなったら仕方ない。
「うらむなよ、霊夢」
全力で小町に迫っているせいで、私から見るとまるで無防備な霊夢の背中に、とりあえずマスタースパークを打ち込む。
まあ当然の結果として、大きなの水柱があがった。
「ちょっとどういうことよ、魔理沙! まさか、あんたも共犯ってこと?」ぬれねずみになった霊夢。ああ、これは許されないな、私。
「違うって。小町が犯人だとしたら、鏡は今も小町が隠し持っている可能性が高い。そんな状態で弾幕戦なんてやらかして、万が一割っちゃったらどうするつもりだよ」
「そのへんは、だいたい何とかなるんじゃない?」
「何とかなってたまるかい」
小町があきれたように言った。
「ほら、あんたらが言ったように私が犯人でいいから。そんな無茶苦茶して鏡を壊しかねないようなまねはよしとくれよ」小町は呆れたように、おもむろに懐に手を伸ばしす。
はたして、小町の手にはたしかに鏡が握られていた。
いやにあっさりと認めたものだ。
「本当にこれ? なんかそれにしては力強さがないような気がするんだけど」霊夢が首をかしげる。
「いまはあたいの力でそういうのを遠ざけてるからね。ほら、まってな」
小町がそういった瞬間、今まで漠然とした存在感しかなかった鏡が、圧倒的な重みのあるそれに変わった。
私も霊夢も、それが間違いなく閻魔の浄玻璃の鏡だと認めざるを得なかった。
現に浄玻璃の鏡がここにある以上、小町が犯人だと断定するしかない。
「灯台下暗しとはこのことね」霊夢はすっきりとした顔でいった。(当然、スペルカードを計八枚分ほど小町と私にたたきつけてからの笑顔だ)
「でもさ、あたいが言えたもんじゃないけど、四季様はちょっと仕事の手を休めるべきなんだよ。こういう状況でも起きないと、あの人、文字通り四六時中働いてるしさ。ちょっとは休めたんじゃないかね」
「盗人猛々しいとはこのことだぜ」
「そうかもね。でも、幻想郷中の魔法使いがあんたのことも同じように思ってるよ」
そういって、小町はやれやれと櫂に手を伸ばし、
「じゃ、鏡はあたいから四季様に返しておくよ」
「え、犯人のお前が?」
「ああ。あたいがいうのもなんだけど、この浄玻璃の鏡は閻魔様の大事な品。部外者においそれと渡していいものじゃないさ。たとえ閻魔様に返還するために一時的な譲渡であっても」
「でも、ちゃんと返すのか?」
「なら、明日にでも彼岸に確かめにおいでよ。もしあたいが四季様に返してなかったら、そのへんを四季様に言えばいい。とりあえず、おつかれー」
小町はそういうと、鏡を懐に再びしまいこんだ後、あっという間に川の向こう側へといってしまった。
「さてと、異変も解決したことだし、帰ろっか」霊夢がやれやれ、といった感じで思い切り背筋を伸ばす。霊夢はすっきりとしたようだが。
「そうだな」私は、なにかいまいち釈然としないというか、異変を解決したときのようないつもの爽快感がないというか。心にしっくりしない何かをまだ感じ取っていた。
翌日、私は一人で閻魔のもとを訪れた。
閻魔は仕事を途中で邪魔されたというのに、まったく怒らず、私から昨日の一部始終の報告を平然と聞いていた。
「了解しました。ご苦労様です」
「小町は鏡をちゃんと返したのか?」
「ええ。昨日の夕方の時点で、鏡は無事に私の手元に戻ってきました。あなたがた二人の功績だと、小町から聞いています」
身内が犯人だというのに、聞いている間、腕を組んだまま、眉ひとつ動かさず、全く動じた様子を見せない。
この態度は、閻魔の職業をつんだ経験からきたのか。それとも全く別の何かに由来しているのだろうか。
「浄玻璃の鏡を私の手元に戻してくれたこと、感謝します。ですが、この地は本来生者が居てはいけない地。なるべく早く帰るように」
どことなく、せかす様な言葉を私は体の正面で受け止め、私なりにせめてもの抵抗を試みた。
「ところで、小町は今回の件についてどんな罰を受けるんだ?」
「その点に関しては、あなたの感知するところではありませんよ」
「……そうかい。じゃ、失礼するぜ」
そういって足を踏み出した瞬間、私の脳裏を光が走った。
すべての違和感が、突如として言語化され、私の脳裏にはっきりとした輪郭を持って私の思考回路の前に舞い降りた。
私は振り返り、言った。
「そうだ。ちょっと聞き忘れたことがあってね。確認したいんだ」
「どのような?」
「単刀直入に聞こう。あんた、あの場で私たちを集めたとき、一度も鏡を『盗まれた』とはいわなかったよな。行方がわからないとは言ってもだ」
少しの沈黙の後、閻魔は答えた。
「ええ」
「そこんとこどうなの? 閻魔様は浄玻璃の鏡を盗まれたのか?」
「先ほど、あなた方は小町が犯人だといいませんでしたか?」
私は確信を持った。
「仮に小町が犯人だとしてもだ。どうして最初、皆を集めたあの場でさとりが告発しなかった? そうすれば一瞬で解決だ。でも、さとりはそうしなかった。とすると、論理的にさとりも共犯だったということに判断せざるを得ない」
「ええ。今考えると、あの時点で鏡は小町の懐にあったはずでしょうからね」映姫はうなずいた。
「だが、小町とさとり。共犯だとして、二人はどうやって組んだ? 直接の交友関係はなかなか見つけづらい。あんたを介したつながりを除いては」
閻魔は黙って聞いている。私はそれを肯定と受け取ることにした。
「違和感を最初に感じたのは、閻魔様、あんたの態度だ。浄玻璃の鏡の行方がわからなかったといえば大変な不祥事。だが、あんたは他人事のように私たちに話しただけで、あんた自身はとっとと帰ってしまった。鏡がどういう悪漢に悪用されてるかわかったもんじゃないのに。本来ならあんた自身が慌てふためいて真っ先に捜索すべき立場なのにだ。不祥事が公になることをおそれ、内密にことを進めたいったって、あんた自身が動かないことの理由にはならない」
「確かにそうですね」
「そう、なぜあんたがそういう風に落ち着いているかを考えたら、答えはひとつだ。浄玻璃の鏡があんたにとって信頼すべき者の手にあって、悪用される恐れがないのを、あんた自身が事前に知っているから、だ。違うか?」
「なるほど、論理的ですね」
「となると、答えはひとつ。鏡は最初から盗まれていなかった。鏡は、あんた自身が小町に託して、自分の知らない場所に安全に保管するように依頼したんだ。もちろん、前日にさとりと十分な打ち合わせをした後にね」
「なぜそのようなことを私がする必要があるのです?」
「じゃあ、逆に聞くが、どうしてあの場に霊夢を呼んだ?」
閻魔は息を呑んだ。
「私やほかの面子はわかる。犯人と疑うだけの十分な理由がある。だが、霊夢は普段のけったいな行動を省みても犯人とは考えにくい」
「ほう」
「おそらく霊夢は解決するための人員として呼んだんだろう。そうして、霊夢が今回のような非常時にどういう動きをするか見たかった。だから、あんた自身が今回の異変を起こしたんだ。そういうことならすべてつじつまがあう。違うか?」
数秒の沈黙の後、なんと閻魔は微笑んだ。
「そのとおりです。ですが、ふたつ、あなたが誤解していることがあります」
「なんだ?」
「一点、魔理沙、私はあなたも霊夢と同じ役割で呼びました。そしてもう一点、あの時集まった者で、あなたがた二人以外、すべて共犯ですよ」
「なんてこった」思わずそんな台詞が漏れる。
「まあ、あなたたちが今回の擬似異変を解決する時間は、解決するまでの過程の是非はともかく、十分に許容範囲内です。安心しました。あと、博麗の巫女はもう少し色々と訓練が必要だということがわかりましたし」
「へーへー、そうですか」
私は大きくため息をついた。肩の力ががっくりと抜け落ちるのを感じる。
「そういうわけで、わたしはあなた方の行動をすべて把握していましたよ。ですから魔理沙、あなたはレミリアに、今自分の懐に忍ばせている、盗んだ鏡のかけらを返却しなさい。それが今のあなたにつめる善行のひとつです」
「そういうと思ったぜ」
まったく。
古典ミステリっぽい謎解きに感じました。自分の好みです。
ただし、初めの場面でいきなり翌日という言葉が出たのに違和感がありました。
あなたの次の作品も楽しみに待ってます。
手癖の悪い名探偵に-10w
でも、推理者以外の容疑者全員共犯ならともかく、被害者と関係者までも共犯とか無理ゲーすぎと思うし、擬似異変の動機としてはちょっと違和感があるような気が・・
一点、「浄玻璃の鏡」です。
ただそれにしては、閻魔さまが異変(?)しかけた理由が弱い気がします。
少し工夫すればもっと盛り上がりますねこれは。
その中で普通の人間魔理沙が理詰めで真実に迫るってアイディア、面白いです
「九マイルは遠すぎる」くらい無茶苦茶やってくれても良かったかなぁ、
みんな引き際があっさりすぎじゃないかなぁ、という感想もありつつ・・・
浄瑠璃の鏡で吹いてしまった