私の名前は、アリス・マーガトロイド。人形とぶくぶく茶をこよなく愛する七色の人形使い。
今、私はちょっと困った事態に遭遇している。
「私と手を組まない? アリス・マーガトロイド」
予期せぬ出来事だった。永遠亭の医者、八意永琳が相談を持ちかけたのだ。
「貴女の力を、是非私に役立てて欲しいんだけど」
わざわざ人里の目立たぬ居酒屋に呼び込んで、一体彼女は何をするつもりなのだろう?
「あ、店員さんスルメお願い」
意外とおっさん嗜好なのは分かった。
「貴女ほどの知識人が私と手を組みたがるなんて、一体何を企んでるの? 八意永琳」
両肘をテーブルに乗せ、手を組んで見せる彼女はおもむろに微笑んで見せる。すっごい悪人ぽい表情が似合うのは何故だろう?
「察しがいいわねアリス」
いや、まだなんも察して無いから聞いてるんだけど?
「月の頭脳と、魔法使いの中でも随一の器用さを誇る貴女と手を組めば怖いもの無し……そう思わない?」
「そんなことを聞きたいんじゃないわ。早く本題に入りなさいよ」
「落ち着きなさい。これは私にとっても、貴女にとってもとても重要な話……」
ピーナッツの殻向きながらマジ顔されても困るんだけど。そもそも私と永琳に一体何の共通点があるっていうの?
「来週博麗神社で開かれるお花見は、貴女も知ってるわよね?」
ああ、あったわねそんなの。
「それがどうかしたわけ?」
「今回の宴会芸担当は、私と貴女……それも勿論承知よね?」
くじ引きとは言え、運が悪かったわ。そもそも宴会芸なんて一体誰が考えたのかしら? どうせみんなお酒と食べ物に夢中でまともに見やしないっていうのに。
「それがどうかしたわけ?」
「貴女……ネタは考えてあるの?」
何を聞きたいんだろうこの人は。私はいつも通りに無難に人形劇をするつもりだけど、
「ネタばらしをここでしちゃ、面白くないでしょ?」
「そう……まだネタを思いついてないのね」
いや、だから……
「私と手を組まない? アリス・マーガトロイド」
は?
「月の頭脳と、魔法使いの中でも随一の器用さを誇る貴女と手を組めば怖いもの無し……そう思わない?」
いや、それはさっき聞いたから。
「提案があるの。今回は個別じゃなくて、二人でネタを考えて一つの芸を作り上げる。異色タッグと聞けばギャラリーも当然注目するし、次回の宴会役へのプレッシャーにもなる……どう? 面白いと思わない?」
「それってつまり、貴女がネタ思いつかないから何とか一緒にネタ考えて欲しいって事じゃないの?」
「……」
「……」
「月の頭脳と、魔法使いの中でも随一の器用さを誇る貴女と手を組めば怖いもの無し……そう思わない?」
図星かこの野郎。
「ネタくらい自分で考えなさいよ。仮にも月の頭脳なんでしょう?」
「侮らないで欲しいわね。私の頭脳はそんなことをするために存在するものじゃないのよ」
無駄にプライドが高いのね。あ、スルメきた。
それにしてもめんどくさいのに絡まれたわね……適当にネタを振ってお開きにしたいところだわ。
「別にそんな硬く構えなくてもいいじゃない。適当に歌でも歌えばそれで終了よ」
「歌……歌ですって……!?」
ゲソ足口からはみ出しながら目開かないでよ。すごく怖いわよ今の貴女。
「私が月で何て呼ばれていたか知らないの?」
「知らないわよ」
「……破壊の歌姫」
音痴なら音痴って言えばいいじゃない。
「いい? 私は月に住んでいた頃から今に至るまで薬一筋で生きてきた……薬漬けの人生を歩んできたのよ」
それは何か違うと思うんだけど。
「自由奔放な姫様やてゐ、未熟なうどんげとは違う……私にはそんな庶民的な経験が無いのよ。そんな私にゼロから宴会芸をやれって言うの?」
えーと、これ開き直ってるわよね? 完全に開き直ってるわよね?
「そこで私は考えた。月の頭脳と、魔法使いの――」
「もういいわよそれは!」
頭痛くなってきたわ。こいつさっきからずっとゲソ足一本目噛み続けてるし。
「はあ……分かったわよ。貴女の薬には世話になってるし、今回は協力するわ」
「その返事を待ってたわ。それじゃあ早速……」
ん? 何? 何かノート出してきたんだけど……。
「とりあえず漫才でいこうかなと思って書いてきたわ」
「ネタあるの!?」
一体何考えてるのか分からないわこの医者!
「ネタに詰まってるんじゃなかったの!?」
「あら……私はまだ一度もネタを思いついてないとは言ってないわよ? このネタは……去年の八月には完成していたもの」
すっごい前だ! この医者ただ単に暖めてたネタを一緒にやってくれる人探してただけだ!
「相方欲しいなら欲しいって言いなさいよ!」
「相方が欲しかったわ」
「いきなり素直にならないで!?」
まだスルメ噛んでるし……ほんと何なのよこの医者。
居酒屋での会談が始まって三十分。とりあえず彼女が暖めていたネタとやらを聞くことになってしまったのだけれど……、
「……で、ここで貴女がファイゲンバウム点を超えることにより」
聞いてみたのはいいけれど……、
「カオス理論をお茶の間のよい子にも分かりやすく説明したあたりで……」
はっきり言おう。
「マッスルスパークという名のマスパを魔理沙にぶちかます」
「意味分かんないんだけど!?」
もうこれが漫才なのかどうかすら分からない内容だったわ。正直頭痛い……。
「……え?」
「え? じゃないわよこの天才馬鹿」
「ぼん?」
「黙れ!」
「一体何が悪かったのかしら……」
「……頭じゃない?」
彼女のネタが高レベル過ぎて観客がついて行けないのは火を見るより明らかね……一応聞いておいて正解だったかしら。このままこのネタ披露したら……二人揃って大恥もいいところだわ。ていうか未だにゲソ足二本目ってどれだけ噛むのよこの医者。
「この際だからはっきり言うわ……」
少しきつい言い方になるけど、薬の恩もあるし……こういうことははっきり言ったほうが本人のためよね。
「貴女……笑いの才能が無いわ」
「才能なんて、凡人が生み出した怠惰の言い訳に過ぎないわ」
「そういうこと言ってるんじゃないの!」
何だろう? やはり彼女の思考のベクトルは、どこか一般人には想像できない方向に向いてる気がする。
「いい? 笑いというのは見る側が分かるものじゃないといけないものよ。正直このネタでは、誰もこの話のどこに笑いがあるのかを理解することが出来ない」
私も理解出来てないんだけどね。
「……ごくり」
あ、ゲソ足飲んだ。何それ? ショックだったの?
「そう……私なりに出来る限り宴会芸で皆を盛り上げて見たかったんだけど……やっぱりそう上手くはいかないものね」
あれ……なんかこれ……、
「ごめんなさいアリス。迷惑かけちゃったわね」
ちょ、ちょっと待ってよ永琳。
「宴会芸は、もう一度一から考え直してみるわ。付き合ってくれてありがとう」
これじゃ私が悪者みたいじゃない!
「ま、待って永琳!」
あとゲソ足まだ八本も残ってるから!
「永琳は難しく考えすぎなのよ。宴会芸っていうのは何も、笑いを取るだけのものではないわ。能や歌舞伎の芸道、剣道や拳法の武芸、それに伝統芸能……芸の形は一つじゃないわ」
「確かに、そうかもしれないけど……」
確かに永琳はちょっと変な医者かも知れない。でもこの人は、ただ単純に皆を楽しませたいだけ。私が人形劇をやる理由とそんなに変わらないじゃない。
「私がたまにやってる人形劇だって、私が得意なものを披露してるだけに過ぎないの」
そう、私はただ、それが出来るだけだから。
「持ち味を活かすのよ永琳。私が人形を扱うように、貴女にしか扱えないものがあるはず!」
「私にしか、出来ないもの……」
はあ、私もほんとお人好しよね。結局この人の相談に乗ってあげちゃってる。
「持ち味……そうか!」
うわ、何か急にゲソ足三本咥えながらノートに何か書き始めたわ。ゲソ足ってそんなに頭にいいのかしら。
とりあえず何か閃いたみたいね。流石は月の医者。頭の回転は早いのかしら?
「アリス、ありがとう……貴女のおかげで、私のするべきことが決まったわ」
「そう、よかったわ。で、何をするの?」
「マグロの解体ショー」
はぁ!?
「一見無茶に聞こえるかも知れないけど聞きなさいアリス。私の医術の腕はありとあらゆる生命体を取り扱うことが出来る。魚だって例外じゃないわ」
「いや、それはそうかも知れないけど」
「安心して。マグロの一匹や二匹、紫に頼めばいくらでも調達出来るわ」
ちょっと話についてこれなくなってきたんだけど。
「マグロは幻想郷には存在しない海の幸……私ならそれの一番美味しい部分を惜しみなく刺身に出来る……滅多に食べられない幻の食材の最高に贅沢な部分を観客に提供する。これなら確実にギャラリーの興味を引くことが出来るわ」
「!」
確かに、一理あるかもしれない。名前は知ってるけど、私もマグロを食べたことは無い。
「私がマグロのオペを担当する。貴女には助手になってもらうわ。刺身に使う部分以外の調理は貴女にやってもらう。大丈夫よ、マグロは煮ても焼いても揚げても美味しいわ」
相方は諦めて無いのね。でも魚の料理くらいなら私にも出来そう。器用な魔法使いは伊達じゃないもの。それにしても驚いたわね……確かにこれなら、間違いなく観客を引き付けることが出来る。さっきまでルナティック漫才を考えてた人とは思えない発想だわ。
「勿論、一番美味しい大トロと中トロも多めに貴女に譲るわ」
い、一番美味しい部分……! やばい、心が揺らぎそう……大トロと中トロが何なのかはよく分からないけど、名前の響きからしてすごく美味しそうだわ……!
「それに貴女となら……このマグロを使って笑いをとることだって可能なのよ」
ま、マグロの解体で笑いを……!?
「マグロの最も脂の乗った部分がトロって言うんだけど、その乗り具合によって大トロ、中トロと分けられてるのよ」
「大トロと、中トロ……」
「そして貴女はマガトロ」
「!?」
そ、その発想は無かったわ! 大トロ! 中トロ! マガトロ! なんという謎のフレーズ! でも! 何かテンポがいいから意外といいかも知れない!
「そ、そこまでのネタをこの短時間で考え付くなんて……!」
「忘れたかしら? 私は月の頭脳よ? 視点を少し変えれば、ネタを思いつくなんて造作の無いことよ……寿司だけにね」
恐れ入ったわ、八意永琳……なんという冷静で的確な判断力! でも最後の一言いらない!
「いい、私が大トロと中トロを取り出す時にテンポよくやるのよ?」
「え、ちょ、今やるの!?」
「いい? 私の声に合わせてポーズよ! 大トロ! 中トロ! そして!」
「マガトロ☆」
やっちゃった! やっちゃったわ私……! すごい恥ずかしい! すごい恥ずかしいけど……! でも、何なの? この胸に湧き上がる熱い気持ちは……!
「流石私が目をつけた人材だけあるわ……見事なキャピキャピポーズ、完璧よ……!」
「……負けたわ、永琳……!」
もう駄目、逆らえそうに無いわ。だって私の人形劇なんかより、よっぽど面白そうなんだもの……!
「勝ち負けなんて、最初からないわよアリス? だって、私達はこれから手を組むんですから」
「ふふ、そうだったわね……」
「月の頭脳である私と」
「器用な魔法使いである私」
「二人が組めば」
「怖いものなど」
「「何も無い」」
あれ……私、何か変なのに目覚めちゃってる……?
「あ、店員さんスルメお願い」
「またスルメ!?」
当日は、そこそこウケました。
~完~
マガトロ☆はきっと凄い可愛いのでしょうね。
そしてほんとにそこそこウケそうな感じが良かったです。
なんか不思議なものを感じました。
アリスちゃんかわいいよ
こんな永琳とアリスをコンゴトモヨロシクw
マガトロ☆
流石アリスさん。可愛い。
頭が良いくせに馬鹿ってキャラは、ツボにはまるとやっぱ面白いなぁ。
そんな永琳をきっちりフォローしていくアリスもお見事。お話のテンポもまた好し。
それにしてもフェイバリットにサボテンブラザーズを推す作者様とは杯を酌み交わしたいっすねぇ、下戸だけど。
そう言われりゃ、『月の頭脳である私と』から始まる掛け合いになんとなく彼の映画の面影が。
ラッキーを永琳、ネッドをアリスとするならば、ダスティが居なかったのはちょっと心残り。河城にとろさん辺りが適役か?
と、冗談はここまで。
楽しいお話をありがとうございました。
マガトロは一貫いくらですかね。
この話自体が見事な漫才になっていますね。当日の様子、見てみたかったな。
永琳はやっぱり才女っすな。
「そこそこうけた」ってのがリアルで何かおもしろいです。
それにしてもこの二人意外と相性いいかも
良い二人だ。
なんだこのアリス可愛い……!
あ、マガトロ下さい。
笑わせてもらいました。
この二人なかなか相性がいいなあ。
話はそれからだ。
関係ないけど※87の名前にも負けた
サボテンブラザーズはおもしろいですよね
面白かったです
そこそこ受けたのかw
良かった
うん、良かった。
あとサボテンブラザーズ最高ですよね!
ナイステンポでした。
笑わせてもらいました。いったいどこからこの話を思いついたのやら。
だんだん永琳に毒されていくwマガトロさんかわいいです。
確かに最強だこの二人w
吹いたわw 確かに似てるなー。とは思っていたけど、実際にネタにできるとは……。
>寿司だけにね
クソッw