人は生きていれば、一度は恋をする。
必ずとは言えないが、大抵の人がするだろう。
好みは人それぞれだが、いずれも理想の”異性”に好意をよせる。
そしてまだ寒さの中にあるこの季節に、恋するものにとって重要なイベントが存在していた。
そう、バレンタインデーだ。
恋する”女性”が好きな”男性”へとチョコを渡し想いを告げる女性にとって重要なイベント。
女性である自分も、今回ついにこのイベントに苦悩させられることになった。
けれど、今の自分にあるのは告白前の期待と不安に満ちた胸の高鳴りではなくて、罪悪感にも似た後ろめたい感情。
心を締め付け続ける悔恨の念だった。
…日付は2月の14日。
気分は曇天のように光の見えないまま、私はこの日を迎えてしまった…。
「今日は2月14日……バレンタインデーか」
カレンダーの日付を確認して、重々しいため息をつく。
間違っていやしないかと何度も見直しても、今日が2月14日だという事実は変わってくれなかった。
「なんでこんな日あるのかしら……疎ましい」
去年までは全く眼中になかったイベントが、今はたまらなく憎たらしい。
だけどその感情も、ただの八つ当たりだと自分でもよくわかっている。
本当はどうしたいのか決められない自分自身に苛立っているのだから。
「こんな日さえなければ、ずっと胸にしまっておくことも出来たのに…」
再び大きく息を吐き、テーブルに視線を落とす。
そこには の箱が置かれていた。
中には今日という日を象徴するお菓子が入っている。
ここ1ヶ月悩みに悩んで、結局迷いが消えないままに作ってしまったチョコレートが。
ダメなんだとは知りつつも、今日という日に浮かされて形にしてしまった想いの形が。
けれど冷静になって考えれば、これは渡してはならないもの。
ここに詰まった想いは、許されざる禁忌なのだから。
私の想いは伝えてはならないもの。
口にするだけで相手に迷惑をかけてしまうものだから。
「ホント…ばかみたいよね…」
自嘲的に笑い、下唇をかみ締める。
なぜこうなってしまったのか。
今までひたすら魔法の研究に没頭して、人と関わることの皆無だった私が。
魔法使いにまでなり、この先人との関わりがさらになくなっていくはずだった私が。
初めて知った恋。
初めて心奪われた相手。
それがよりによって人間で、しかも同じ女の魔理沙だなんて…。
最初は自分でも信じられなかった。
まさか同じ女の子に恋をしているだなんて。
何度も否定しようとした。
何回も振り払おうとした。
けれど彼女への想いは、その度大きくなっていってしまう。
彼女のことを想うと胸が苦しくて、耐えられないほどだった。
いつか胸が張り裂けてしまうんじゃないかと思うほどに、その痛みは強烈で。
呪いでも掛けられたんじゃないかと疑うほどに、それは消えることがない。
書物で見たことがある恋は、ひたすら美化されたものばかりなのに、私のそれは苦しみしか伴わない。
だって同姓を好きになるなんて、おかしなことだから。
きっと彼女に想いを告げても、気持ち悪いと思われるに決まってる。
もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。
そう考えただけで、心臓にナイフでも突き立てられたように痛みが走る。
魔理沙に嫌われてしまったら。
そう口に出すだけで、瞳から涙が流れ落ちた。
辛くて、苦しくて、痛くて、悔しくて、悲しくて。
頭が、身体が、精神が、心が―――壊れてしまいそう。
助けて、たすけて、タスケテ―――いくら口に出そうと、いくら祈りをこめようと、救いなんてこない。
物語の中だったら必ずヒーローが助けに来てくれるのに、私の元には誰一人として現れない。
死に物狂いで腕を伸ばしたところで、この手は藁すら掴めない。
いったい何が間違っていたのか。
それとも、そもそも私の存在自体が間違っていたのか…。
「魔理沙……っ」
彼女の名前を呼ぶだけで、胸が張り裂けそうになる。
その苦しみに耐えかねて、涙腺がまた一つ、雫を零す。
「魔理沙……魔理沙ぁ……っ」
苦しい、痛い、悲しい…。
呼べば呼ぶほど苦しみは増すとわかっているのに、口から出る名前を止めることは出来ない。
それほどまでに自分の心は、彼女を欲していた。
いたくて、イタクテ、痛くて、両手で胸の中心を押さえつける。
このまま掻き毟って死んでしまえれば、どんなに楽かも分からない。
だけど彼女の顔が見れなくなってしまうのが怖くて、それすらも出来ない。
そんな自分の頬を、後から後から涙が伝う。
もはやなぜ泣いているのかもわからない。
どうしたら止まるのかもわからない。
なぜこんなことになってしまったのか。
そう何度も自問しても答えが出ることはない。
結局分かっているのは、自分が同姓の魔理沙を好きになってしまったこと。
そして、その想いは絶対に叶うことがないということ。
「……ッ! こんなものッ!!」
チョコの入った箱を掴み、衝動的に叩きつけようとする―――が、それも出来ずに腕を下ろす。
それをしてしまったが最後、自分の魔理沙への想いも終わってしまう気がして…。
絶対に叶わないとわかっているはずなのに、それでも諦められない自分に嫌気がさす。
……なんだかもう、疲れてしまった。
「……今日はもう、寝てしまおう……」
こうしていつまでも渡せないことを悩み続けるくらいなら、今日という日が終わるまで眠りにつこう。
問題の先延ばしにしかならないけれど、そうすること以外今の私には出来そうにない。
だけど眠る前にこの箱だけは、どこかに隠してしまわないと。
これは誰にも見つかってはいけないものだから。
知られてはいけない想いだから。
そうして箱を台所の戸棚の一番奥に押し込め、今度こそベッドの上に倒れこむ。
もうなにも考えたくなかった。
もうなにも感じたくなかった。
もう誰にも会いたくなかった。
きっと今の自分は、酷い顔をしているに違いない。
…こんな顔を見られたら、魔理沙に幻滅されてしまうかも。
「こんなときにまで魔理沙のことなんて……私ってどこまで愚かなのかしら」
自分の思考にほとほと嫌気がさす。
考えるだけ苦しむとわかっているのに、どうしてそれを止められないのだろうか。
…本当に、この想いは呪いなんじゃないかと思ってしまう。
考えれば考えるほど、時間が経てば経つほど、痛みはどんどん強くなって私の心を蝕んでいく。
痛くて…苦しくて…必死にもがいても、より深みに嵌っていくだけ。
苦しみに悶えて傷口を押さえても、流れ出る血は止まることはない。
むしろますます流れ出る量が増えて、身体全てを汚していく。
そうして穢れきった私の身体は、この呪いから逃れるすべを失ってしまった。
これは同姓を好きになってしまった私に対する罰なのだろうか。
助からず、逃げることも出来ず、止めることも出来ず。
いずれこの毒は身体と精神全てに回りきり、私を殺すに違いない。
身体は辛うじて生きていたとしても、きっと“私”が耐えられない。
そうなったら私は、生きるだけの人形に成り果てる。
「人形師が人形になっちゃうなんてお笑いよね…」
唇を歪めて愚かな自分を嘲る。
いっそそうなってしまえばどんなに楽だろうか。
考えることもせず、痛みを感じることもなく、ただそこにあるだけ。
胸の痛みも消え、呪いからも開放されて、魔理沙のこともわからなくなって……。
そう考えた瞬間、ズキンと鋭い痛みが胸に走る。
もうどこにも逃げ道はなくて、なにも感じなくなる方がずっと楽だというのに、それでもこの心は魔理沙を忘れたくないというのか。
この永劫に続き、時が経つ度に増幅する苦しみに苛まれ続けたとしても、それでも彼女を覚えていたいというのか。
…答えは間違いなくイエスだろう。
心が壊れたくらいで彼女を忘れられるなら、とっくにこの呪縛から解き放たれている。
それほどまでに私は、魔理沙を狂おしいほどに愛しているのだから。
「……もういや…。どうして……どうしてなの? どうして私も魔理沙も女なの? そうじゃなければ、こんなに苦しむことはなかったのに……」
あるいは想いが成就しなくても、告げることが出来れば諦めもついたかもしれない。
けれどそれは許されず、永遠に胸に秘めていることを強要されている。
それが自分を苦しめ続ける原因であり、心を蝕む毒の元凶。
告げることも許されず、口に出すことも禁じられた想い。
背徳の感情。
想うことすらも罪ならば、私は罪人なのだろうか。
罪人だから、こんな辛い苦しみを受けなければならないのだろうか。
「本当にもう……疲れちゃったわ…」
抜け道の見えない闇に疲れ果て、目蓋を瞑る。
心が疲れ切っていたせいか、すぐに意識は落ちていく。
せめて夢の中では魔理沙と一緒に…。
―――手を引かれながら草原を駆ける。
暖かい日差しに照らされて、目を細めた。
手を繋いだまま、芝生に二人で寝転んだ。
降り注ぐ太陽が心地よくて、頬を撫でる風が気持ちよくて。
なにより彼女―――魔理沙と一緒に入れるのが嬉しくて。
繋いだ手を、そっと握り返す。
あまりにも今とのギャップが激しすぎて、すぐに気づいてしまう。
これは夢なんだということに。
まだ私が魔理沙への想いに気づく前の夢。
胸の中に宿った気持ちに気づかずに、魔理沙との日々を楽しんでいたときの夢。
その想いは、禁じられた感情だとは考えもせず。
…あの頃が一番楽しかった。
友達として彼女と過ごしていた日々が。
もう永遠に戻らないあのひと時。
今との大きな落差が、余計に胸の苦しみを湧き起こす。
手の届かない幸福が、さらに現在の寂しさを際だ出せる。
無意識のうちに雫が頬を伝い、目の前の夢を歪ませる。
そうして輝く夢は、涙とともに泡へと消えた―――
「………またか…」
今見た夢の内容を思い出しため息をつく。
最近は魔理沙とともに過ごした日々の夢を頻繁に見る。
そして現実との違いに打ちのめされて目を覚ますというパターンがほとんどだった。
眠りにつく前は魔理沙との夢を望んでしまうが、見れたとしても辛くて目を覚ましてしまう。
…結局、夢の中でも魔理沙と一緒にいることは許されないらしい。
「……まぁ、わかってたことだけどね…」
重いため息を吐きながら時計に視線を移す。
時間は午後の4時過ぎ。
午前中から寝ていたから、結構な時間が経過していたみたい。
といっても、14日が終わるにはまだまだ時間が掛かるんだけど。
もう一度寝てしまおうかなんて考えていたそのとき―――
コンコン
―――とドアをノックする音がした。
「っ!?」
突然の来訪者を知らせる音に、思わずビクッと身体を震わせる。
普段からほとんど訪ねてくる人がいないのに、なんで今日に限ってやってきたのか。
そもそもこんな時間に一体誰が……?
「その、アリス…いるか?」
「えっ……………………ま、魔理沙…?」
聞こえてきた声に心臓が止まってしまうかと思った。
訪ねてきたのがよりによって、今日一番会いたくない…会ってはいけない相手である魔理沙だなんて…!
「悪い、邪魔するな」
ガチャっとドアが開き、魔理沙が入ってくる。
いつもより少しおとなしいが、その姿は紛れもなく魔理沙だった。
「ど、どうして来たのよ…? しばらくは大事な実験があるから家には来ないでって言ったのに…」
14日に魔理沙に会ってしまったら耐えられそうにないから、事前にしばらく来ないように言ってあったのに…。
「あ、あぁ…ちょっと用があってさ。その、邪魔しないようにすぐ帰るから少し時間くれないか?」
私の言葉に少し困ったような笑みを返す魔理沙。
…なんだかその笑顔が、すごく遠くのようなものに見える。
私に向けてもらっているものなのに、こんなに近くで見ているのに、その笑顔は別の世界で起こっていることのように感じられる。
「……なぁアリス、今日ってなんの日かわかるか?」
「ッ!? ……し、知らないわよそんなことっ」
魔理沙の口ぶりに心臓が跳ね上がる。
感情が爆発しないように片腕を握り締めるが、抑えておけるのも時間の問題だ。
魔理沙が口に出そうとしているのは間違いなく、今日―――バレンタインデーのこと。
ただの世間話の一つか、それとも私はお菓子作りが得意だから誰かに上げるために作り方を聞きに来たのか。
前者ならいいが、後者だったら心がまともで居られる自信はない。
「いや、2月14日だからバレンタインデーだろ? それでさ、アリスに話が合って―――」
嫌だ、その先は聞きたくない。
世間話じゃないということは、魔理沙がチョコを渡したい相手がいるということ。
その相手を聞いた瞬間に、私の心は絶対に砕け散る。
だけど魔理沙に想いを知られるわけには行かない私は、耳を塞ぐことすらできない。
そして残酷にも魔理沙の口から続きの言葉が聞こえてきて……
「―――そのさ、これ…受け取ってくれないか?」
「…………………………………………………………………………………………………………………えっ?」
呼吸も思考も全てが停止した。
差し出されたその手には、赤いリボンで口が結ばれた手のひらに収まるサイズの袋。
いったい……どういうことなんだろうか…?
「アリスに比べてこういうの上手くないから大して美味しくないかもしれないけどさ、一応私なりには頑張ったんだぜ?」
少し照れくさそうに話す魔理沙の言葉も、私の耳には入ってこない。
だって自分の魔理沙への想いは、けして成就してはならず悟られてもいけないもの。
それなのに魔理沙が私に……?
いや、それは考えすぎなんだ。
もしかしたら最近流行っている、友達同士でチョコを交換するというやつなのかもしれない。
どうしても自分が魔理沙のことを想っているせいで、希望的観測をしてしまう。
そうだ、自分の想いは背徳的な禁断の感情だと理解したはずなのに。
だから魔理沙が照れくさそうにしているのは■■とかじゃなくて、ただ単に上手く作れたか心配なだけで―――
「だけどさ、気持ちだけはちゃんと込めたぜ? だから義理なんかとは全然違うはずだし、ていうか私は義理なんか作らないけどなっ。ま、まぁなにが言いたいかというと……」
―――やめて。
それ以上は言ってはダメ。
それ以上続けられたら壊れてしまう。
おかしくなってしまう狂ってしまうおかしいホントにおかしいどういうことあなたは私のことなんてなんとも想ってないはず私の気持ちなんて気づいてないしこれはさとられてはいけないしかなってはいけないきんだんのかんじょうではいとくでつみでざいにんでのろいでくるっていておかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイ―――
「それ、私の本命なんだぜ」
―――あっ。
音とともに私の中でなにかが弾け飛ぶ。
聞いてはいけない言葉を耳にしてしまったせいで心にヒビが入って崩れて壊れてなにか外れてはいけないものが吹き飛んで―――
「急なことでびっくりしてるかもしれないけど、今日はバレンタインデーだからさ。この機会にはっきり言ってしまおうと思ってな」
「―――――――――」
何を……言っているの?
私とあなたは女同士でそんな気持ちを持つのは許されないことなのよ?
それは禁断の感情で呪われた想い。
周囲からはけして認められず、軽蔑されてしまうようなものなのに。
私はこんなに苦しんで、それでもあなたを巻き込みたくなくて黙っていたのに……なんであなたまでそんなことを…。
「アリス、私はお前のことが好きだ」
「っ!?」
決定的な一言を受けて、脳震盪でも起こしたように身体全体が揺さぶられる。
本当になにを言っているんだ魔理沙は?
その言葉が、その想いがいったいどういうことを意味するのか本当に理解しているんだろうか。
それが生み出すのは呪いで、毒で、罪で。
永遠に自らの身体と精神を蝕み続けて、全てを食い殺すまで止まらない闇だというのに。
周囲の人間には理解されず、生物の理からも外れた禁忌の想いだというのに。
「…魔理沙、私たちは……女同士なのよ…? 本来ならそういう想いは、抱いちゃいけない同士なの…」
片腕を力の限り握り締め、なんとか言葉を搾り出す。
…魔理沙もきっと、このバレンタインデーという行事に浮かされて、つい勢いで言ってしまったに違いない。
そうじゃなければ、こんな呪われた言葉を迷った様子もなく口にするはずがない。
まったく、本当に忌々しい行事。
こんなものがなければ私も魔理沙も―――
「女同士だとかそんなこと関係ないだろ」
「……………えっ?」
ソンナコトカンケイナイ?
なにを言っているの魔理沙。
あなたはこの苦しみを体験したことがないからそんなことが言えるのよ。
ずっと告げることも出来ずに苦しんで、罪の意識に苛まれ続けて…。
周囲の人には理解されず、遠ざけられ、軽蔑されて…。
そんな地獄にあなたまで堕ちてしまうなんて、私は耐えられないのに。
「私はアリスが女だから好きになったんじゃない。アリスがアリスだから好きになったんだ。同姓かどうかなんて関係ないだろ」
「なに……言ってんのよ…」
魔理沙が何を言っているのかわからない。
まったく理解できない。
そんな簡単な言葉で拭えるほど、この罪は軽くなんてない。
それほどあっさり消せる毒なら、私はここまで苦しみ悶えてなどいない。
「確かに世間からは認められないかもしれない。だけどアリスへの愛はその程度の障害で諦めるほどの軽いものじゃない。もしアリスがそんな世間の反応を恐れているのなら、私が必ずアリスを守り抜いてみせるから」
「…………………………………」
その程度だって? 軽いだって?
そんなわけないじゃない。
今でもこの胸を締め上げる強い痛みは、永遠に口を閉ざすことを強要してきた蝕む呪いの侵食は、そんな生易しいものじゃない。
なんでそんなことを魔理沙が言うのか、本当にわからない。
なんでなのか。なんでわかってくれないのか。
こんなに私が苦しんでいることを。
あなたを想いながらも、それを口にすることが出来なかった苦悩を。
なんでわからないのか。
わからない。わからない。わからない。わか。らない。わ。から。ない。わ、からな。い。
「だからアリス、これを受け取ってくれないか。私が必ずアリスを幸せに―――」
「―――ふざけないでッッッ!!!!」
差し出された袋を片手で弾き飛ばす。
なんなんだ。魔理沙はなんなんだ。
なにが幸せにするだ。なにが守るだ。
私がこんなに苦しんでいるのを知らないくせに。
私がこんなに壊れそうなのがわからないくせに。
なんなんだ。なんなんだ。なんなんだ。
わからない。わからない。わからない。わからない。分からない。わからない。ワカナイラナイ。わからナイ。ワカならい。わからない。わからないわからないわからない。わかわからないわかわらないわかからなナイナイいらかわないわナイないあないぁいなわあいわかなわかわからないあワカカラナカライアワカラカラカラナイワカカラカララワカナイワカナイイワナラワカカナイラナイナイワカワナイカワカラワカカラカラカライナイワカカカララカラナイカワカラナイ―――
「ア………リス…?」
その驚いている顔も不安そうな瞳も震えている肩も呆然とした口も鼻も頬も帽子も服も靴も髪も指も手も腕も足もッッ!!
全部全部全部ゼンブゼンブゼンブぜんぶぜんぶぜんぶゼンブ全部全部全部全部全部全部全部煩わしくて憎たらしくて消えて欲しくて見て居たくなくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくてコワシタクてコワシタクテコワシタクテ壊したくてコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテ―――ッ!!!
「帰って…」
「あ、あの…アリス、いったいどうし―――」
「―――帰ってっ! 帰って帰ってかえってかえってかえって帰って帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレッッッ!!!!!!!」
なんなの、なんなのあの顔。
意味わかんないホントわかんない。
早く帰りなさいよ。帰れって言ってるんだから。
帰れって言ってんでしょ。帰りなさいって。
もうそんな顔みたくない。みたくない。みたくない。
消えてよ。早く消えてよ私の前から。
もう見ていたくなんかない。
やだ。見たくない。見たくないやだよ。
胸が張り裂けそう。心臓が爆発する。血管が切れる。血があふれ出す。死ぬ。死ねない。いっそ死にたい。わからない。君がわからない。あなたがわからない。おかしい。狂ったどこでくるった。壊したい。壊されたい。ぶち壊したい。わけわかんない。わかんない。死ぬ。消える。消えろ。もう、なんでまだいるの。消えなさいよ。ホントに消えないと私がおかしくなって壊したくなって君を壊したくなって壊したくなっておかしくなるから早く帰ってお願い早くお願いお願いお願いじゃないと私ホントにおかしく―――
「早く消えてよ。二度と私の前に現れないで」
「アリス…お前……」
「早く消えろって言ってんでしょッ!!!」
「っ! ……わかった。……ごめんな、アリス……」
あぁ、帰った。消えた。結局こうなる。
知ってた。わかってた。壊した。自分から。
あの人は私が■■だった。
私もあの人が■■だった。
あぁ、魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙―――
ホントは愛しかった大好きだった狂おしいほど好きだった愛しい今もホントは抱きしめたかった大好き大好き魔理沙大好き愛しい大好き大好き魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙愛しい抱きしめて欲しい苦しい苦しい苦しい助けて助けて助けて好き好きスキすきすきすき痛い痛い痛いスキ好き好き苦しい苦しい苦しい愛しい愛しい助けて愛しい狂うホントに狂う愛しい大好き大好き大好き狂う助けて痛い好き好き好き好きすきすきすきスキスキスキ―――
だけど壊した。もうくるなっていった。
大好きなあなたに。
狂うほど好きな。
死んだほうが楽だと知りながら、それでも顔が見れなくなるのが怖くて死ねなかったくらい好きだったのに。
もう、来ない。
もう、会えない。
あの笑顔にも。あの優しさにも。あの声にも。あの瞳にも。全部。全部全部全部全部全部見れない。
「……………………―――あっ」
狂う。壊れる。吹き飛ぶ。
「…………―――ア」
今まで保っていた最後の一線が壊れる。
最後の首の皮一枚繋がっていたものがなくなる。
狂う。狂った。
結局こうして呪いは完成するんだ。
私は許されることのない罪人。
最後は自分で止めをさして。
最愛の人にあんな酷いことをして。
こんな自分は救われるべきではない。
もう、終わり。
もう一秒だって……この精神は持ってくれない。
「……ア―――あぁぁぁぁぁぁあ嗚ああ嗚ああぁあああああああぁあ嗚呼あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアァァアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
やってしまった。
狂った感情にまかせてもっとも大事なものを壊してしまった。
なんのために私はここまで耐えてきたのか。
苦しみに耐えてきたのも、痛みを我慢してきたのも、毒に苛まれてきたのも全部―――魔理沙のためだったのに。
「魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙好き好き大好き大好き大好き好き好きだったのに好きだったのに愛しかったのに苦しいほど好きだったのに好きだったのに魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙ぁぁぁあああああっ!!!」
今までの感情を抑えていたものが一気に決壊し、全てがあふれ出す。
辛うじて溜まりに溜まった感情をせき止めていたダムの壁は容易く壊れてしまい、その波が身体中を駆け巡って全組織を破壊してしまう。
もう自分は持たないだろう。
最後の支えだった存在を、自らの手で壊してしまったのだから。
きっとこれで私の感情は壊れてしまって、ただの人形に成り果てるだろう。
なんだかもう、それでもいいなと考えて―――
バタンッ!!
ドアの壊れるかと思うほどの音に叫びがかき消される。
そのあまりの騒音に顔をあげるとそこには―――
「………―――ま…ま、りさ………?」
―――ありえない姿があった。
あんな追い払い方をしたのに、なんで……。
「………………」
なにも告げることはなく、魔理沙は早足で私の元まで歩いてくる。
帽子を目部下に被っているから表情は見えない。
「…ったく、この程度で迷うなんてらしくねぇよな。てめーのアリスへの愛は、んな弱いものじゃねぇだろ…」
「…えっ?」
小さな呟きで上手く聞き取れなかったけれど、魔理沙の口元がうっすら笑ったように思えた。
「ま、魔理沙……な、なんで…来たの……か、帰ってって―――」
「―――うるさい。少し黙ってろ」
強い口調に思わずびくっと身体を震わせて口を閉じる。
魔理沙の声は今まで聞いたことのないくらいドスが効いたような低い声で、自分の耳を疑う。
そして次の瞬間―――
「えっ……きゃあっ!?」
―――ドンっと魔理沙に両手で押され、床の上に押し倒されてしまう。
予想もしなかった展開に目を白黒させているうちに、魔理沙に両手を彼女の左手で押さえられて身動きが取れなくなってしまった。
「ま、魔理沙…? な、なにするの…?」
「なにって荒治療だよ。頑固なバカアリスにはこのくらいしないとダメみたいだからな。いちいち周りの事なんか気にしやがって。んなもん私たちには関係ないだろ」
「そ、そんなこと…。だ、だって私たちは女同士で認められるはずないし、そんなのは禁じられた想いだって…」
魔理沙の強い視線で射竦められて今までの勢いがなくなるが、それでも私は反論しようとする。
だけどそんな私の声は、魔理沙の意志の強い声に一瞬で打ち消される。
「そんなのはてめぇの考えだろ。そんなの私には知ったことじゃねぇ。てっきり私のこと嫌いなんだって思って一度引いたが、そう理由ならこっちは容赦しねぇぜ」
「よ、容赦しないって…―――ッ!?」
いったいなにをされるのかと不安に思っていると、強引に唇を奪われる。
私が驚いて動きを止めている間に、彼女の舌が私の口の中に入り込んできて、私のそれを絡めとる。
「いいか…今からお前のその理論も、偏見も、都合も、恐怖も、苦しみも、凝り固まった思想も、全部私の愛で塗りつぶしてやる」
「魔理沙っ……んんっ!」
思わず見惚れてしまう真剣な表情で、魔理沙は宣言する。
そうしてまた唇を重ねられ、どんどんその激しさは増していく。
魔理沙の舌が絡みつき、彼女の唾液が送られてくるたび、自分の中にあった暗い感情が、徐々に解けていく気がした。
元々体力の残っていなかった私は、そうして魔理沙のされるがままになる。
「…ったくさ、せっかく私が作ったチョコも意地張って台無しにしちまって。まぁ、何個か残ってるみたいだしいいけどさ」
少しの間キスをやめると、魔理沙は彼女が私にあげようとしていた袋から、チョコを一つ取り出していた。
そして不適な笑みを浮かべそれを口に含み、
「私のアリスへの愛を形にしたんだから、きちんと受け取ってもらうぜ?」
「ど、どういうこと……んぅっ!?」
そのまま強引に口移しで私の口へと送り込んでくる。
魔理沙の想いの形だからか、それはとっても甘くて思考がぼやけていってしまう。
お互い荒い息を吐き、舌を絡め合う。
私は魔理沙に合わせるのがやっとなのに、魔理沙は唇を貪るように激しくキスを繰り返す。
静かな部屋に互いの息と唾液が混ざる音、時々漏れる声だけが響く。
そうして何十分か、もしかしたら1時間くらい経ったあとに、ふいに魔理沙が唇を離した。
離した瞬間、互いの間に透明な橋がかかり、激しく互いを求め合っていたことを物語る。
乱れた呼吸を整えていると、魔理沙はふいに、私の上着のボタンに手を掛けはずし始める。
「えっ!? ま、魔理沙!?」
「ここでやめたらアリスはまた迷うかもしれないからな。そんなことがないように、嫌と言うほどお前の身体に私の愛を刻み込んでやるから覚悟しな」
そうして私の肩と胸元まで肌蹴させると、その首筋へとキスをしてくる。
そのキスは少し痛みが走るほどの強いもので、時間が経っても痕が残ってしまいそう。
そんな強いキスの雨を肩や胸元へも次々と降らせていく。
「んっ…はぁ…ぁん……んぅ……ま、魔理沙ぁ…」
「…私の愛がどれだけ強いのか、アリス自身にたっぷり教えてやるぜ。性別なんて細かいこと気に出来なくなるくらいにな」
意地の悪い笑みを浮かべて、どんどんキスのペースを速めていく魔理沙。
ときどき思い出したように唇へのキスもしてきて、貪欲に唇を貪られ、舌を絡められる。
その行為自体はすごく強引なのに、彼女のそれにはたくさんの愛が感じられて嫌な感じはまったくしない。
むしろ気づけば私のほうからも求めてしまっている。
魔理沙が言っていた、『お前のその理論も、偏見も、都合も、恐怖も、苦しみも、凝り固まった思想も、全部私の愛で塗りつぶしてやる』という言葉通り、すっかり私の頭の中は魔理沙のことで一杯で、そんなことを考える暇がない。
今なら口に出してもいえる気がする。
ずっとためらい続けたあの言葉を。
だけどそれを言おうとしても、魔理沙の攻めが激しすぎてうまく言葉が続かない。
結局言葉を口にする前に、魔理沙の伝える熱い愛のせいで焼ききれそうだった思考は、真っ白になって止まってしまった―――
「―――さて、これで私の愛は伝わったかバカアリス」
「あっ…あんなに激しくされたら嫌でも伝わるわよ……ばかっ」
すっきりしたような爽やかな笑顔で話しかけてくる魔理沙に、私は顔を赤くしながら答える。
あれからもずっと魔理沙の攻めは続き、ところどころ意識がなくなっていた気がする。
しかも記憶がはっきりしないから、どこでそうなったのか覚えてないけどベッドにいるし……その、お互いなにも身に着けてないし。
おまけに魔理沙がやってきたのは午後四時だったはずなのに、今は朝の7時なんですけど…。
まったく…ホントに激しすぎよ…。
……だけどその行為のおかげか、私の心や身体からはすっかり毒気が抜けたようにすっきりしていた。
魔理沙の言うとおり、私のそういう暗い部分は全部、魔理沙の愛が塗りつぶしてくれたみたい。
…ということは、今この身体にはたくさんの魔理沙の愛が詰まっていることになるんだけど、それ以上考えるとまた気絶しそうだからやめておこう…。
「とにかくさ、アリスのことは私が守るよ。確かに周りの理解を得るのは大変だろうけど、それでも諦めるつもりはないし、それでアリスに難癖つけてくるやつは私がぶっ飛ばしてやるっ」
「ぶ、ぶっ飛ばしたらますます理解得られなくなるんだからやめなさいよっ。ま、まぁ…守ってくれるのは嬉しいけど…」
なんだか気恥ずかしくて、布団で鼻まで隠しながら話す。
今まで散々想いは募っていたはずだけど、いざ面と向かってとなるとやっぱり恥ずかしい。
「まぁ、色々あって順序が逆になっちまったけどさ、私と付き合ってくれるか?」
あんな大変なことがあったのに、いつも通りの明るい笑顔を浮かべて手を差し伸べてくる魔理沙。
その笑顔があまりにもまぶしくて、これからの困難だって全部乗り越えてしまえる気がする。
今までだったらけして握ることが出来なかっただろうその手を、私はすんなり握り返していた。
「うん、私も魔理沙のこと……大好きだから」
「アリス……さんきゅ、私も大好きだぜっ」
口をついて自然と出てくる愛の言葉。
今まで胸に仕舞い込んでいた想いの形。
それを口に出して伝えられることが、涙が出るほど嬉しかった。
そうして想いの形といえばもうひとつ―――
「ねぇ魔理沙、一日遅れちゃったけど、あとでプレゼントあげるわね」
「プレゼント? あぁ、アリスもやっぱり作ってくれてたのか。じゃあ今度はアリスから口移しで食べさせてくれよ」
「ば、ばかっ。そ、そんな恥ずかしいこと出来るわけないでしょっ?」
そんな冗談を言い合って笑い合う。
絶対に渡せないと思っていた想いの形が、ちゃんと魔理沙に手渡せるなんて夢みたい。
助けなんてないと思っていた。
ヒーローなんて現れないと思っていた。
永遠の闇に囚われて、ずっと苦しみ続けるんだと。
だけど、そんな私の闇なんて簡単に打ち砕いてしまえるほどに、私の魔理沙(ヒーロー)は強くてカッコよかったみたい。
『私の愛で塗りつぶしてやる』―――そう言ったときの魔理沙は、今まで見たどんなヒーローよりもカッコよくて、思い出しただけで顔が真っ赤になってしまう。
「ん? どうしたんだ急に真っ赤になって?」
「な、なんでもないわよばかっ!」
まだまだ素直になるのは難しそうだけど、これからゆっくりやっていこうと思う。
だって私の隣には、ずっと愛しい人が居てくれるのだから。
背徳の檻に閉じ込められた私を、カッコよく助け出してくれた最愛の人が―――
必ずとは言えないが、大抵の人がするだろう。
好みは人それぞれだが、いずれも理想の”異性”に好意をよせる。
そしてまだ寒さの中にあるこの季節に、恋するものにとって重要なイベントが存在していた。
そう、バレンタインデーだ。
恋する”女性”が好きな”男性”へとチョコを渡し想いを告げる女性にとって重要なイベント。
女性である自分も、今回ついにこのイベントに苦悩させられることになった。
けれど、今の自分にあるのは告白前の期待と不安に満ちた胸の高鳴りではなくて、罪悪感にも似た後ろめたい感情。
心を締め付け続ける悔恨の念だった。
…日付は2月の14日。
気分は曇天のように光の見えないまま、私はこの日を迎えてしまった…。
「今日は2月14日……バレンタインデーか」
カレンダーの日付を確認して、重々しいため息をつく。
間違っていやしないかと何度も見直しても、今日が2月14日だという事実は変わってくれなかった。
「なんでこんな日あるのかしら……疎ましい」
去年までは全く眼中になかったイベントが、今はたまらなく憎たらしい。
だけどその感情も、ただの八つ当たりだと自分でもよくわかっている。
本当はどうしたいのか決められない自分自身に苛立っているのだから。
「こんな日さえなければ、ずっと胸にしまっておくことも出来たのに…」
再び大きく息を吐き、テーブルに視線を落とす。
そこには の箱が置かれていた。
中には今日という日を象徴するお菓子が入っている。
ここ1ヶ月悩みに悩んで、結局迷いが消えないままに作ってしまったチョコレートが。
ダメなんだとは知りつつも、今日という日に浮かされて形にしてしまった想いの形が。
けれど冷静になって考えれば、これは渡してはならないもの。
ここに詰まった想いは、許されざる禁忌なのだから。
私の想いは伝えてはならないもの。
口にするだけで相手に迷惑をかけてしまうものだから。
「ホント…ばかみたいよね…」
自嘲的に笑い、下唇をかみ締める。
なぜこうなってしまったのか。
今までひたすら魔法の研究に没頭して、人と関わることの皆無だった私が。
魔法使いにまでなり、この先人との関わりがさらになくなっていくはずだった私が。
初めて知った恋。
初めて心奪われた相手。
それがよりによって人間で、しかも同じ女の魔理沙だなんて…。
最初は自分でも信じられなかった。
まさか同じ女の子に恋をしているだなんて。
何度も否定しようとした。
何回も振り払おうとした。
けれど彼女への想いは、その度大きくなっていってしまう。
彼女のことを想うと胸が苦しくて、耐えられないほどだった。
いつか胸が張り裂けてしまうんじゃないかと思うほどに、その痛みは強烈で。
呪いでも掛けられたんじゃないかと疑うほどに、それは消えることがない。
書物で見たことがある恋は、ひたすら美化されたものばかりなのに、私のそれは苦しみしか伴わない。
だって同姓を好きになるなんて、おかしなことだから。
きっと彼女に想いを告げても、気持ち悪いと思われるに決まってる。
もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。
そう考えただけで、心臓にナイフでも突き立てられたように痛みが走る。
魔理沙に嫌われてしまったら。
そう口に出すだけで、瞳から涙が流れ落ちた。
辛くて、苦しくて、痛くて、悔しくて、悲しくて。
頭が、身体が、精神が、心が―――壊れてしまいそう。
助けて、たすけて、タスケテ―――いくら口に出そうと、いくら祈りをこめようと、救いなんてこない。
物語の中だったら必ずヒーローが助けに来てくれるのに、私の元には誰一人として現れない。
死に物狂いで腕を伸ばしたところで、この手は藁すら掴めない。
いったい何が間違っていたのか。
それとも、そもそも私の存在自体が間違っていたのか…。
「魔理沙……っ」
彼女の名前を呼ぶだけで、胸が張り裂けそうになる。
その苦しみに耐えかねて、涙腺がまた一つ、雫を零す。
「魔理沙……魔理沙ぁ……っ」
苦しい、痛い、悲しい…。
呼べば呼ぶほど苦しみは増すとわかっているのに、口から出る名前を止めることは出来ない。
それほどまでに自分の心は、彼女を欲していた。
いたくて、イタクテ、痛くて、両手で胸の中心を押さえつける。
このまま掻き毟って死んでしまえれば、どんなに楽かも分からない。
だけど彼女の顔が見れなくなってしまうのが怖くて、それすらも出来ない。
そんな自分の頬を、後から後から涙が伝う。
もはやなぜ泣いているのかもわからない。
どうしたら止まるのかもわからない。
なぜこんなことになってしまったのか。
そう何度も自問しても答えが出ることはない。
結局分かっているのは、自分が同姓の魔理沙を好きになってしまったこと。
そして、その想いは絶対に叶うことがないということ。
「……ッ! こんなものッ!!」
チョコの入った箱を掴み、衝動的に叩きつけようとする―――が、それも出来ずに腕を下ろす。
それをしてしまったが最後、自分の魔理沙への想いも終わってしまう気がして…。
絶対に叶わないとわかっているはずなのに、それでも諦められない自分に嫌気がさす。
……なんだかもう、疲れてしまった。
「……今日はもう、寝てしまおう……」
こうしていつまでも渡せないことを悩み続けるくらいなら、今日という日が終わるまで眠りにつこう。
問題の先延ばしにしかならないけれど、そうすること以外今の私には出来そうにない。
だけど眠る前にこの箱だけは、どこかに隠してしまわないと。
これは誰にも見つかってはいけないものだから。
知られてはいけない想いだから。
そうして箱を台所の戸棚の一番奥に押し込め、今度こそベッドの上に倒れこむ。
もうなにも考えたくなかった。
もうなにも感じたくなかった。
もう誰にも会いたくなかった。
きっと今の自分は、酷い顔をしているに違いない。
…こんな顔を見られたら、魔理沙に幻滅されてしまうかも。
「こんなときにまで魔理沙のことなんて……私ってどこまで愚かなのかしら」
自分の思考にほとほと嫌気がさす。
考えるだけ苦しむとわかっているのに、どうしてそれを止められないのだろうか。
…本当に、この想いは呪いなんじゃないかと思ってしまう。
考えれば考えるほど、時間が経てば経つほど、痛みはどんどん強くなって私の心を蝕んでいく。
痛くて…苦しくて…必死にもがいても、より深みに嵌っていくだけ。
苦しみに悶えて傷口を押さえても、流れ出る血は止まることはない。
むしろますます流れ出る量が増えて、身体全てを汚していく。
そうして穢れきった私の身体は、この呪いから逃れるすべを失ってしまった。
これは同姓を好きになってしまった私に対する罰なのだろうか。
助からず、逃げることも出来ず、止めることも出来ず。
いずれこの毒は身体と精神全てに回りきり、私を殺すに違いない。
身体は辛うじて生きていたとしても、きっと“私”が耐えられない。
そうなったら私は、生きるだけの人形に成り果てる。
「人形師が人形になっちゃうなんてお笑いよね…」
唇を歪めて愚かな自分を嘲る。
いっそそうなってしまえばどんなに楽だろうか。
考えることもせず、痛みを感じることもなく、ただそこにあるだけ。
胸の痛みも消え、呪いからも開放されて、魔理沙のこともわからなくなって……。
そう考えた瞬間、ズキンと鋭い痛みが胸に走る。
もうどこにも逃げ道はなくて、なにも感じなくなる方がずっと楽だというのに、それでもこの心は魔理沙を忘れたくないというのか。
この永劫に続き、時が経つ度に増幅する苦しみに苛まれ続けたとしても、それでも彼女を覚えていたいというのか。
…答えは間違いなくイエスだろう。
心が壊れたくらいで彼女を忘れられるなら、とっくにこの呪縛から解き放たれている。
それほどまでに私は、魔理沙を狂おしいほどに愛しているのだから。
「……もういや…。どうして……どうしてなの? どうして私も魔理沙も女なの? そうじゃなければ、こんなに苦しむことはなかったのに……」
あるいは想いが成就しなくても、告げることが出来れば諦めもついたかもしれない。
けれどそれは許されず、永遠に胸に秘めていることを強要されている。
それが自分を苦しめ続ける原因であり、心を蝕む毒の元凶。
告げることも許されず、口に出すことも禁じられた想い。
背徳の感情。
想うことすらも罪ならば、私は罪人なのだろうか。
罪人だから、こんな辛い苦しみを受けなければならないのだろうか。
「本当にもう……疲れちゃったわ…」
抜け道の見えない闇に疲れ果て、目蓋を瞑る。
心が疲れ切っていたせいか、すぐに意識は落ちていく。
せめて夢の中では魔理沙と一緒に…。
―――手を引かれながら草原を駆ける。
暖かい日差しに照らされて、目を細めた。
手を繋いだまま、芝生に二人で寝転んだ。
降り注ぐ太陽が心地よくて、頬を撫でる風が気持ちよくて。
なにより彼女―――魔理沙と一緒に入れるのが嬉しくて。
繋いだ手を、そっと握り返す。
あまりにも今とのギャップが激しすぎて、すぐに気づいてしまう。
これは夢なんだということに。
まだ私が魔理沙への想いに気づく前の夢。
胸の中に宿った気持ちに気づかずに、魔理沙との日々を楽しんでいたときの夢。
その想いは、禁じられた感情だとは考えもせず。
…あの頃が一番楽しかった。
友達として彼女と過ごしていた日々が。
もう永遠に戻らないあのひと時。
今との大きな落差が、余計に胸の苦しみを湧き起こす。
手の届かない幸福が、さらに現在の寂しさを際だ出せる。
無意識のうちに雫が頬を伝い、目の前の夢を歪ませる。
そうして輝く夢は、涙とともに泡へと消えた―――
「………またか…」
今見た夢の内容を思い出しため息をつく。
最近は魔理沙とともに過ごした日々の夢を頻繁に見る。
そして現実との違いに打ちのめされて目を覚ますというパターンがほとんどだった。
眠りにつく前は魔理沙との夢を望んでしまうが、見れたとしても辛くて目を覚ましてしまう。
…結局、夢の中でも魔理沙と一緒にいることは許されないらしい。
「……まぁ、わかってたことだけどね…」
重いため息を吐きながら時計に視線を移す。
時間は午後の4時過ぎ。
午前中から寝ていたから、結構な時間が経過していたみたい。
といっても、14日が終わるにはまだまだ時間が掛かるんだけど。
もう一度寝てしまおうかなんて考えていたそのとき―――
コンコン
―――とドアをノックする音がした。
「っ!?」
突然の来訪者を知らせる音に、思わずビクッと身体を震わせる。
普段からほとんど訪ねてくる人がいないのに、なんで今日に限ってやってきたのか。
そもそもこんな時間に一体誰が……?
「その、アリス…いるか?」
「えっ……………………ま、魔理沙…?」
聞こえてきた声に心臓が止まってしまうかと思った。
訪ねてきたのがよりによって、今日一番会いたくない…会ってはいけない相手である魔理沙だなんて…!
「悪い、邪魔するな」
ガチャっとドアが開き、魔理沙が入ってくる。
いつもより少しおとなしいが、その姿は紛れもなく魔理沙だった。
「ど、どうして来たのよ…? しばらくは大事な実験があるから家には来ないでって言ったのに…」
14日に魔理沙に会ってしまったら耐えられそうにないから、事前にしばらく来ないように言ってあったのに…。
「あ、あぁ…ちょっと用があってさ。その、邪魔しないようにすぐ帰るから少し時間くれないか?」
私の言葉に少し困ったような笑みを返す魔理沙。
…なんだかその笑顔が、すごく遠くのようなものに見える。
私に向けてもらっているものなのに、こんなに近くで見ているのに、その笑顔は別の世界で起こっていることのように感じられる。
「……なぁアリス、今日ってなんの日かわかるか?」
「ッ!? ……し、知らないわよそんなことっ」
魔理沙の口ぶりに心臓が跳ね上がる。
感情が爆発しないように片腕を握り締めるが、抑えておけるのも時間の問題だ。
魔理沙が口に出そうとしているのは間違いなく、今日―――バレンタインデーのこと。
ただの世間話の一つか、それとも私はお菓子作りが得意だから誰かに上げるために作り方を聞きに来たのか。
前者ならいいが、後者だったら心がまともで居られる自信はない。
「いや、2月14日だからバレンタインデーだろ? それでさ、アリスに話が合って―――」
嫌だ、その先は聞きたくない。
世間話じゃないということは、魔理沙がチョコを渡したい相手がいるということ。
その相手を聞いた瞬間に、私の心は絶対に砕け散る。
だけど魔理沙に想いを知られるわけには行かない私は、耳を塞ぐことすらできない。
そして残酷にも魔理沙の口から続きの言葉が聞こえてきて……
「―――そのさ、これ…受け取ってくれないか?」
「…………………………………………………………………………………………………………………えっ?」
呼吸も思考も全てが停止した。
差し出されたその手には、赤いリボンで口が結ばれた手のひらに収まるサイズの袋。
いったい……どういうことなんだろうか…?
「アリスに比べてこういうの上手くないから大して美味しくないかもしれないけどさ、一応私なりには頑張ったんだぜ?」
少し照れくさそうに話す魔理沙の言葉も、私の耳には入ってこない。
だって自分の魔理沙への想いは、けして成就してはならず悟られてもいけないもの。
それなのに魔理沙が私に……?
いや、それは考えすぎなんだ。
もしかしたら最近流行っている、友達同士でチョコを交換するというやつなのかもしれない。
どうしても自分が魔理沙のことを想っているせいで、希望的観測をしてしまう。
そうだ、自分の想いは背徳的な禁断の感情だと理解したはずなのに。
だから魔理沙が照れくさそうにしているのは■■とかじゃなくて、ただ単に上手く作れたか心配なだけで―――
「だけどさ、気持ちだけはちゃんと込めたぜ? だから義理なんかとは全然違うはずだし、ていうか私は義理なんか作らないけどなっ。ま、まぁなにが言いたいかというと……」
―――やめて。
それ以上は言ってはダメ。
それ以上続けられたら壊れてしまう。
おかしくなってしまう狂ってしまうおかしいホントにおかしいどういうことあなたは私のことなんてなんとも想ってないはず私の気持ちなんて気づいてないしこれはさとられてはいけないしかなってはいけないきんだんのかんじょうではいとくでつみでざいにんでのろいでくるっていておかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイ―――
「それ、私の本命なんだぜ」
―――あっ。
音とともに私の中でなにかが弾け飛ぶ。
聞いてはいけない言葉を耳にしてしまったせいで心にヒビが入って崩れて壊れてなにか外れてはいけないものが吹き飛んで―――
「急なことでびっくりしてるかもしれないけど、今日はバレンタインデーだからさ。この機会にはっきり言ってしまおうと思ってな」
「―――――――――」
何を……言っているの?
私とあなたは女同士でそんな気持ちを持つのは許されないことなのよ?
それは禁断の感情で呪われた想い。
周囲からはけして認められず、軽蔑されてしまうようなものなのに。
私はこんなに苦しんで、それでもあなたを巻き込みたくなくて黙っていたのに……なんであなたまでそんなことを…。
「アリス、私はお前のことが好きだ」
「っ!?」
決定的な一言を受けて、脳震盪でも起こしたように身体全体が揺さぶられる。
本当になにを言っているんだ魔理沙は?
その言葉が、その想いがいったいどういうことを意味するのか本当に理解しているんだろうか。
それが生み出すのは呪いで、毒で、罪で。
永遠に自らの身体と精神を蝕み続けて、全てを食い殺すまで止まらない闇だというのに。
周囲の人間には理解されず、生物の理からも外れた禁忌の想いだというのに。
「…魔理沙、私たちは……女同士なのよ…? 本来ならそういう想いは、抱いちゃいけない同士なの…」
片腕を力の限り握り締め、なんとか言葉を搾り出す。
…魔理沙もきっと、このバレンタインデーという行事に浮かされて、つい勢いで言ってしまったに違いない。
そうじゃなければ、こんな呪われた言葉を迷った様子もなく口にするはずがない。
まったく、本当に忌々しい行事。
こんなものがなければ私も魔理沙も―――
「女同士だとかそんなこと関係ないだろ」
「……………えっ?」
ソンナコトカンケイナイ?
なにを言っているの魔理沙。
あなたはこの苦しみを体験したことがないからそんなことが言えるのよ。
ずっと告げることも出来ずに苦しんで、罪の意識に苛まれ続けて…。
周囲の人には理解されず、遠ざけられ、軽蔑されて…。
そんな地獄にあなたまで堕ちてしまうなんて、私は耐えられないのに。
「私はアリスが女だから好きになったんじゃない。アリスがアリスだから好きになったんだ。同姓かどうかなんて関係ないだろ」
「なに……言ってんのよ…」
魔理沙が何を言っているのかわからない。
まったく理解できない。
そんな簡単な言葉で拭えるほど、この罪は軽くなんてない。
それほどあっさり消せる毒なら、私はここまで苦しみ悶えてなどいない。
「確かに世間からは認められないかもしれない。だけどアリスへの愛はその程度の障害で諦めるほどの軽いものじゃない。もしアリスがそんな世間の反応を恐れているのなら、私が必ずアリスを守り抜いてみせるから」
「…………………………………」
その程度だって? 軽いだって?
そんなわけないじゃない。
今でもこの胸を締め上げる強い痛みは、永遠に口を閉ざすことを強要してきた蝕む呪いの侵食は、そんな生易しいものじゃない。
なんでそんなことを魔理沙が言うのか、本当にわからない。
なんでなのか。なんでわかってくれないのか。
こんなに私が苦しんでいることを。
あなたを想いながらも、それを口にすることが出来なかった苦悩を。
なんでわからないのか。
わからない。わからない。わからない。わか。らない。わ。から。ない。わ、からな。い。
「だからアリス、これを受け取ってくれないか。私が必ずアリスを幸せに―――」
「―――ふざけないでッッッ!!!!」
差し出された袋を片手で弾き飛ばす。
なんなんだ。魔理沙はなんなんだ。
なにが幸せにするだ。なにが守るだ。
私がこんなに苦しんでいるのを知らないくせに。
私がこんなに壊れそうなのがわからないくせに。
なんなんだ。なんなんだ。なんなんだ。
わからない。わからない。わからない。わからない。分からない。わからない。ワカナイラナイ。わからナイ。ワカならい。わからない。わからないわからないわからない。わかわからないわかわらないわかからなナイナイいらかわないわナイないあないぁいなわあいわかなわかわからないあワカカラナカライアワカラカラカラナイワカカラカララワカナイワカナイイワナラワカカナイラナイナイワカワナイカワカラワカカラカラカライナイワカカカララカラナイカワカラナイ―――
「ア………リス…?」
その驚いている顔も不安そうな瞳も震えている肩も呆然とした口も鼻も頬も帽子も服も靴も髪も指も手も腕も足もッッ!!
全部全部全部ゼンブゼンブゼンブぜんぶぜんぶぜんぶゼンブ全部全部全部全部全部全部全部煩わしくて憎たらしくて消えて欲しくて見て居たくなくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくてコワシタクてコワシタクテコワシタクテ壊したくてコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテコワシタクテ―――ッ!!!
「帰って…」
「あ、あの…アリス、いったいどうし―――」
「―――帰ってっ! 帰って帰ってかえってかえってかえって帰って帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレッッッ!!!!!!!」
なんなの、なんなのあの顔。
意味わかんないホントわかんない。
早く帰りなさいよ。帰れって言ってるんだから。
帰れって言ってんでしょ。帰りなさいって。
もうそんな顔みたくない。みたくない。みたくない。
消えてよ。早く消えてよ私の前から。
もう見ていたくなんかない。
やだ。見たくない。見たくないやだよ。
胸が張り裂けそう。心臓が爆発する。血管が切れる。血があふれ出す。死ぬ。死ねない。いっそ死にたい。わからない。君がわからない。あなたがわからない。おかしい。狂ったどこでくるった。壊したい。壊されたい。ぶち壊したい。わけわかんない。わかんない。死ぬ。消える。消えろ。もう、なんでまだいるの。消えなさいよ。ホントに消えないと私がおかしくなって壊したくなって君を壊したくなって壊したくなっておかしくなるから早く帰ってお願い早くお願いお願いお願いじゃないと私ホントにおかしく―――
「早く消えてよ。二度と私の前に現れないで」
「アリス…お前……」
「早く消えろって言ってんでしょッ!!!」
「っ! ……わかった。……ごめんな、アリス……」
あぁ、帰った。消えた。結局こうなる。
知ってた。わかってた。壊した。自分から。
あの人は私が■■だった。
私もあの人が■■だった。
あぁ、魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙―――
ホントは愛しかった大好きだった狂おしいほど好きだった愛しい今もホントは抱きしめたかった大好き大好き魔理沙大好き愛しい大好き大好き魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙愛しい抱きしめて欲しい苦しい苦しい苦しい助けて助けて助けて好き好きスキすきすきすき痛い痛い痛いスキ好き好き苦しい苦しい苦しい愛しい愛しい助けて愛しい狂うホントに狂う愛しい大好き大好き大好き狂う助けて痛い好き好き好き好きすきすきすきスキスキスキ―――
だけど壊した。もうくるなっていった。
大好きなあなたに。
狂うほど好きな。
死んだほうが楽だと知りながら、それでも顔が見れなくなるのが怖くて死ねなかったくらい好きだったのに。
もう、来ない。
もう、会えない。
あの笑顔にも。あの優しさにも。あの声にも。あの瞳にも。全部。全部全部全部全部全部見れない。
「……………………―――あっ」
狂う。壊れる。吹き飛ぶ。
「…………―――ア」
今まで保っていた最後の一線が壊れる。
最後の首の皮一枚繋がっていたものがなくなる。
狂う。狂った。
結局こうして呪いは完成するんだ。
私は許されることのない罪人。
最後は自分で止めをさして。
最愛の人にあんな酷いことをして。
こんな自分は救われるべきではない。
もう、終わり。
もう一秒だって……この精神は持ってくれない。
「……ア―――あぁぁぁぁぁぁあ嗚ああ嗚ああぁあああああああぁあ嗚呼あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアァァアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
やってしまった。
狂った感情にまかせてもっとも大事なものを壊してしまった。
なんのために私はここまで耐えてきたのか。
苦しみに耐えてきたのも、痛みを我慢してきたのも、毒に苛まれてきたのも全部―――魔理沙のためだったのに。
「魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙好き好き大好き大好き大好き好き好きだったのに好きだったのに愛しかったのに苦しいほど好きだったのに好きだったのに魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙ぁぁぁあああああっ!!!」
今までの感情を抑えていたものが一気に決壊し、全てがあふれ出す。
辛うじて溜まりに溜まった感情をせき止めていたダムの壁は容易く壊れてしまい、その波が身体中を駆け巡って全組織を破壊してしまう。
もう自分は持たないだろう。
最後の支えだった存在を、自らの手で壊してしまったのだから。
きっとこれで私の感情は壊れてしまって、ただの人形に成り果てるだろう。
なんだかもう、それでもいいなと考えて―――
バタンッ!!
ドアの壊れるかと思うほどの音に叫びがかき消される。
そのあまりの騒音に顔をあげるとそこには―――
「………―――ま…ま、りさ………?」
―――ありえない姿があった。
あんな追い払い方をしたのに、なんで……。
「………………」
なにも告げることはなく、魔理沙は早足で私の元まで歩いてくる。
帽子を目部下に被っているから表情は見えない。
「…ったく、この程度で迷うなんてらしくねぇよな。てめーのアリスへの愛は、んな弱いものじゃねぇだろ…」
「…えっ?」
小さな呟きで上手く聞き取れなかったけれど、魔理沙の口元がうっすら笑ったように思えた。
「ま、魔理沙……な、なんで…来たの……か、帰ってって―――」
「―――うるさい。少し黙ってろ」
強い口調に思わずびくっと身体を震わせて口を閉じる。
魔理沙の声は今まで聞いたことのないくらいドスが効いたような低い声で、自分の耳を疑う。
そして次の瞬間―――
「えっ……きゃあっ!?」
―――ドンっと魔理沙に両手で押され、床の上に押し倒されてしまう。
予想もしなかった展開に目を白黒させているうちに、魔理沙に両手を彼女の左手で押さえられて身動きが取れなくなってしまった。
「ま、魔理沙…? な、なにするの…?」
「なにって荒治療だよ。頑固なバカアリスにはこのくらいしないとダメみたいだからな。いちいち周りの事なんか気にしやがって。んなもん私たちには関係ないだろ」
「そ、そんなこと…。だ、だって私たちは女同士で認められるはずないし、そんなのは禁じられた想いだって…」
魔理沙の強い視線で射竦められて今までの勢いがなくなるが、それでも私は反論しようとする。
だけどそんな私の声は、魔理沙の意志の強い声に一瞬で打ち消される。
「そんなのはてめぇの考えだろ。そんなの私には知ったことじゃねぇ。てっきり私のこと嫌いなんだって思って一度引いたが、そう理由ならこっちは容赦しねぇぜ」
「よ、容赦しないって…―――ッ!?」
いったいなにをされるのかと不安に思っていると、強引に唇を奪われる。
私が驚いて動きを止めている間に、彼女の舌が私の口の中に入り込んできて、私のそれを絡めとる。
「いいか…今からお前のその理論も、偏見も、都合も、恐怖も、苦しみも、凝り固まった思想も、全部私の愛で塗りつぶしてやる」
「魔理沙っ……んんっ!」
思わず見惚れてしまう真剣な表情で、魔理沙は宣言する。
そうしてまた唇を重ねられ、どんどんその激しさは増していく。
魔理沙の舌が絡みつき、彼女の唾液が送られてくるたび、自分の中にあった暗い感情が、徐々に解けていく気がした。
元々体力の残っていなかった私は、そうして魔理沙のされるがままになる。
「…ったくさ、せっかく私が作ったチョコも意地張って台無しにしちまって。まぁ、何個か残ってるみたいだしいいけどさ」
少しの間キスをやめると、魔理沙は彼女が私にあげようとしていた袋から、チョコを一つ取り出していた。
そして不適な笑みを浮かべそれを口に含み、
「私のアリスへの愛を形にしたんだから、きちんと受け取ってもらうぜ?」
「ど、どういうこと……んぅっ!?」
そのまま強引に口移しで私の口へと送り込んでくる。
魔理沙の想いの形だからか、それはとっても甘くて思考がぼやけていってしまう。
お互い荒い息を吐き、舌を絡め合う。
私は魔理沙に合わせるのがやっとなのに、魔理沙は唇を貪るように激しくキスを繰り返す。
静かな部屋に互いの息と唾液が混ざる音、時々漏れる声だけが響く。
そうして何十分か、もしかしたら1時間くらい経ったあとに、ふいに魔理沙が唇を離した。
離した瞬間、互いの間に透明な橋がかかり、激しく互いを求め合っていたことを物語る。
乱れた呼吸を整えていると、魔理沙はふいに、私の上着のボタンに手を掛けはずし始める。
「えっ!? ま、魔理沙!?」
「ここでやめたらアリスはまた迷うかもしれないからな。そんなことがないように、嫌と言うほどお前の身体に私の愛を刻み込んでやるから覚悟しな」
そうして私の肩と胸元まで肌蹴させると、その首筋へとキスをしてくる。
そのキスは少し痛みが走るほどの強いもので、時間が経っても痕が残ってしまいそう。
そんな強いキスの雨を肩や胸元へも次々と降らせていく。
「んっ…はぁ…ぁん……んぅ……ま、魔理沙ぁ…」
「…私の愛がどれだけ強いのか、アリス自身にたっぷり教えてやるぜ。性別なんて細かいこと気に出来なくなるくらいにな」
意地の悪い笑みを浮かべて、どんどんキスのペースを速めていく魔理沙。
ときどき思い出したように唇へのキスもしてきて、貪欲に唇を貪られ、舌を絡められる。
その行為自体はすごく強引なのに、彼女のそれにはたくさんの愛が感じられて嫌な感じはまったくしない。
むしろ気づけば私のほうからも求めてしまっている。
魔理沙が言っていた、『お前のその理論も、偏見も、都合も、恐怖も、苦しみも、凝り固まった思想も、全部私の愛で塗りつぶしてやる』という言葉通り、すっかり私の頭の中は魔理沙のことで一杯で、そんなことを考える暇がない。
今なら口に出してもいえる気がする。
ずっとためらい続けたあの言葉を。
だけどそれを言おうとしても、魔理沙の攻めが激しすぎてうまく言葉が続かない。
結局言葉を口にする前に、魔理沙の伝える熱い愛のせいで焼ききれそうだった思考は、真っ白になって止まってしまった―――
「―――さて、これで私の愛は伝わったかバカアリス」
「あっ…あんなに激しくされたら嫌でも伝わるわよ……ばかっ」
すっきりしたような爽やかな笑顔で話しかけてくる魔理沙に、私は顔を赤くしながら答える。
あれからもずっと魔理沙の攻めは続き、ところどころ意識がなくなっていた気がする。
しかも記憶がはっきりしないから、どこでそうなったのか覚えてないけどベッドにいるし……その、お互いなにも身に着けてないし。
おまけに魔理沙がやってきたのは午後四時だったはずなのに、今は朝の7時なんですけど…。
まったく…ホントに激しすぎよ…。
……だけどその行為のおかげか、私の心や身体からはすっかり毒気が抜けたようにすっきりしていた。
魔理沙の言うとおり、私のそういう暗い部分は全部、魔理沙の愛が塗りつぶしてくれたみたい。
…ということは、今この身体にはたくさんの魔理沙の愛が詰まっていることになるんだけど、それ以上考えるとまた気絶しそうだからやめておこう…。
「とにかくさ、アリスのことは私が守るよ。確かに周りの理解を得るのは大変だろうけど、それでも諦めるつもりはないし、それでアリスに難癖つけてくるやつは私がぶっ飛ばしてやるっ」
「ぶ、ぶっ飛ばしたらますます理解得られなくなるんだからやめなさいよっ。ま、まぁ…守ってくれるのは嬉しいけど…」
なんだか気恥ずかしくて、布団で鼻まで隠しながら話す。
今まで散々想いは募っていたはずだけど、いざ面と向かってとなるとやっぱり恥ずかしい。
「まぁ、色々あって順序が逆になっちまったけどさ、私と付き合ってくれるか?」
あんな大変なことがあったのに、いつも通りの明るい笑顔を浮かべて手を差し伸べてくる魔理沙。
その笑顔があまりにもまぶしくて、これからの困難だって全部乗り越えてしまえる気がする。
今までだったらけして握ることが出来なかっただろうその手を、私はすんなり握り返していた。
「うん、私も魔理沙のこと……大好きだから」
「アリス……さんきゅ、私も大好きだぜっ」
口をついて自然と出てくる愛の言葉。
今まで胸に仕舞い込んでいた想いの形。
それを口に出して伝えられることが、涙が出るほど嬉しかった。
そうして想いの形といえばもうひとつ―――
「ねぇ魔理沙、一日遅れちゃったけど、あとでプレゼントあげるわね」
「プレゼント? あぁ、アリスもやっぱり作ってくれてたのか。じゃあ今度はアリスから口移しで食べさせてくれよ」
「ば、ばかっ。そ、そんな恥ずかしいこと出来るわけないでしょっ?」
そんな冗談を言い合って笑い合う。
絶対に渡せないと思っていた想いの形が、ちゃんと魔理沙に手渡せるなんて夢みたい。
助けなんてないと思っていた。
ヒーローなんて現れないと思っていた。
永遠の闇に囚われて、ずっと苦しみ続けるんだと。
だけど、そんな私の闇なんて簡単に打ち砕いてしまえるほどに、私の魔理沙(ヒーロー)は強くてカッコよかったみたい。
『私の愛で塗りつぶしてやる』―――そう言ったときの魔理沙は、今まで見たどんなヒーローよりもカッコよくて、思い出しただけで顔が真っ赤になってしまう。
「ん? どうしたんだ急に真っ赤になって?」
「な、なんでもないわよばかっ!」
まだまだ素直になるのは難しそうだけど、これからゆっくりやっていこうと思う。
だって私の隣には、ずっと愛しい人が居てくれるのだから。
背徳の檻に閉じ込められた私を、カッコよく助け出してくれた最愛の人が―――
二人に幸あれ!
この魔理沙になら抱かれても良い