この話は、拙作、「ヤクモラン」から続く、「幽香が咲かせ、幻想の花」シリーズの設定を用いています。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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「めー、いー……」
ぶん! という音と共にレーヴァテインが振りおろされる。ちゃんと当たらないように気をつけて振ったけれど、目の前には引きつった笑顔が完成していた。
「い、もうと、さま? きょう、も、おげんき、で……」
言葉が片言になっているところを見ると、少し怖がらせてしまったらしい。やはり、不意打ちのレーヴァテインはやり過ぎだったか。
「ごめんごめん、ちょっとふざけ過ぎたかもね。大丈夫? めいぶん?」
「誰ですか、めいぶんって。……ふぅ、一体これはどういうことですか?」
「えっとね、今日はレーヴァテインデ―だって、咲夜から聞いたからさ。」
「レーヴァテインデ―? ですか?」
目の前で首をかしげる美鈴の真似をして、わたしもちょこっと首をかしげてみる。
「……もしや、それはバレンタインデーのことでは?」
「あぁ! それそれ。バレンタインデーだった。間違っちゃった。てへっ。」
軽く舌を出してウインクを飛ばしてみるけれど、美鈴は溜め息をつきながらがっくりと肩を落とした。うむむ…… あまりお気に召さなかった様子らしい。
「まぁ、わかってたけどね。」
「わかっててやるとか! 少しは自重してくださいよ。」
「あはははは。」
「だから自嘲じゃなくて……」
頭を抱えて困惑気味の美鈴。なんだか疲れてきたようだから、そろそろ本題に入ってみよう。
「ごめんごめん、からかいすぎた。……それでさ、バレンタインデーといえば、プレゼントする物があるじゃない?」
「チョコレート、ですよね。」
その言葉を聞いて、さっきのお返しとばかりに、大げさに溜め息をつきながらがっくりと肩を落としてやった。美鈴の表情に驚きが浮かんでいる。少しだけ慌てているようだ。
「えぇっ? 私、間違った事言いましたか?」
「いや、間違ってはいないんだけど…… なんだかさぁ、考え方が単調というか、固定化されてるっているか……」
「つまり…… どういうことですか?」
わからないかなぁ…… せめて、わからなくてもいいから何かを察してほしいものなんだけれど。まぁ、これ以上焦らすのは時間がもったいない。
「つまり、プレゼントはチョコレートに限らなくてもいいんじゃないってこと。例えば、気持ちを込めて作るものだったら、手作りのお菓子とかでもいいと思わない?」
「なるほど…… 言われてみれば、そんな気がしないでもないですね。」
「それでね、わたし、自分だけのお菓子を作ってプレゼントしたいなって思ったのよ。でも、咲夜に相談してみたら、いきなり創作料理は結構難しいっていうのね。」
「そうですね。いきなり挑戦するのは、ハードルが高いのではないかと……」
「美鈴もそんなこと言う。わたしだって、少しくらい料理の心得はあるわよ。……と、それはともかく、咲夜の意見も一理あると思ったの。それで、どうしようってなった時に、美鈴の話がでてきたの。」
「そこで、私の話が、ですか?」
「そう。前に紅魔館のブドウがなくなった時、新しくブドウ棚を造ってもらったことがあったでしょう。その時に植えたブドウは、美鈴をイメージして出来たものだったんですってね。」
「あぁ! キフジンのことですか。でも、それとこれとで、一体どういう関係が?」
ここまで言ってわからないとは…… もう、いい加減気づいてほしい。つまり、わたしが言いたいのは―――
「わたしの花! その果実を使って作るお菓子だったら、自分だけのお菓子になるんじゃないってこと! どぅーゆーあんだーすたん!?」
……いけない。つい、声を荒げてしまった。でも、これでようやく美鈴も気づいてくれたことだろう。
「……い、いえす、あい、どぅー。……とりあえず、仰ることは理解できました。つまり、これから太陽の畑に出かけて、花を創ってもらおうと、そういうことですね。」
「そういうこと。一応、お姉さまには内緒で出かける事になるんだけれど、そこは咲夜がなんとかしてくれるって。だから美鈴も、協力してくれないかな?」
いつだったか、お願い事をするときは、目をうるうるさせて上目づかいの視線を送るといいよって、誰かが教えてくれた気がする。今、まさにそれを実践してみたんだけれど、そもそも美鈴にはこんな小細工は必要なかったみたいだ。
「わかりました。気をつけて、行ってらっしゃいませ。」
あまりにもあっさりと通してくれたので、少しだけ拍子抜けしてしまう。少しくらい抵抗されることも覚悟していたけれど、これはこれで、面倒が少なくていい。いってきます、と挨拶を残して、わたしは太陽の畑へと向かって飛び立った。
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「―――事情はわかったけれど、まず、大切なことだから言わせてちょうだい。」
パチュリーの服に似た色のパジャマとナイトキャップをつけた花の妖怪が、眠そうな目を擦りながら紅茶を淹れる。
「あなた…… 今、何時だと思ってるの?」
「え? 3時でしょう? ちょうどおやつの時間だよ?」
「深夜3時はおやつの時間とは言わないわよ。……ふわぁぁ。吸血鬼の生活リズムってどうなってるのかしら。」
「吸血鬼に限らなくても、夜は妖怪の時間じゃない。……もしかして、幽香お姉さん、ちゃんと睡眠とらないとだめなタイプ?」
「そういう事じゃないけれど…… 人間の生活リズムに合わせておいた方が、いろいろと都合が良いことが多いのよ。」
そういうものなんだろうか。でも、魔理沙は深夜だって関係なく遊びに来てくれたりもするけれど…… 今度、魔理沙はいつ眠ってるのか聞いてみよう。
「とにかく、これから花を創るわけなんだけれど―――」
紅茶を一口飲み、改めてわたしに向き直る幽香お姉さん。いよいよ本題に入るというところなんだろうけれど、何か問題があるのだろうか。
「具体的に、どんな特徴を持った花が良いのかしら。お菓子に使うっていうんだったら、果実の味とか、大切な要素は確認しておきたいわ。」
むぅ…… 自分の花を創ることだけを考えていて、あまりそういう細かいことは考えていなかった。具体的に、と言われると、なおさら方向性に迷ってしまう。むむむ、と呟きながら考え込んでいると、幽香お姉さんがこんなことを言ってきた。
「……ねぇ、せっかくだから、どんなお菓子を作るかっていうところから、一緒に考えてみましょうか。私も、久しぶりにお菓子作りをしてみたくなっちゃった。」
この提案にはかなり驚かされた。まさか、花だけじゃなくてお菓子まで一緒に作るというのだから。しかし、小さな不安が湧いて来たのでとりあえず確認してみる。
「嬉しい提案なんだけれど、幽香お姉さん、ちゃんと料理出来るの?」
「見損なってもらっては困るわ。さすがに、あなたの所のメイド長には負けるかもしれないけれど、人並みの腕はあるから、心配御無用よ。」
もしかしたら、幽香お姉さんはかなり乗り気になってきたのかもしれない。その証拠に、今の幽香お姉さんの表情は満面の笑顔だから。まぁ、特別断る理由もないし、素直に受け入れよう。
「じゃあ、一緒にお菓子を作るということで、よろしくね、幽香お姉さん。」
「よろしく。……あぁ、それと、わざわざお姉さんってつけなくても、幽香でいいわよ。」
「それじゃあ、わたしのことはフランって呼んで。フランドールって、少し長くて呼びづらいみたいで、館のみんなからもそう呼ばれてるの。」
「わかったわ、フラン。それじゃあ早速、どんなお菓子を作るか決めましょうか。」
そう言うと、幽香はおもむろに立ち上がり、部屋の隅に置いてある本棚に歩いていった。どこにしまったかしら、なんて呟きながら、視線を上下左右に動かす幽香。やがて、お目当てのものが見つかったらしく、一冊の本を手にとって戻ってきた。
「お待たせ、フラン。しばらく使ってなかったから、探すのに手間取っちゃった。」
幽香が持ってきたのは、いわゆる料理のレシピが書かれた本だった。ページに付いたドッグイヤーや、細かについたシミの跡などを見ると、結構使いこまれた本なのだろう。パラパラとページをめくっていくと、あるページでわたしの視線が釘付けになった。
「……タルト菓子ね。サクサクしたタルト生地に包まれた、ふわふわのクリームや甘酸っぱい果物。想像しただけで、なんだか幸せな気分になれるわね。……これに決めてみる?」
「うん! フルーツがたくさん乗ったフルーツタルト! それを作りましょう!」
ほとんど即決のような形で、目標が決まった。甘酸っぱさに思わず顔がほころんでしまうようなフルーツタルトを作る。そうなると、次はどんなフルーツを盛りつけるかが問題となるのだけれど―――
「―――そう、メインのフルーツは、もちろんわたしの花の果実よね。でも、どうすればインパクトが出るんだろう。」
「そうね…… フラン、あなたの一番の特徴って、なんだと思う?」
「わたしの、一番の特徴?」
特徴…… 他の誰も持っていない、わたしだけのもの。ということは、やっぱり能力ってことになるのかな。つまり―――
「―――きゅっとして……」
意識を集中させて、片手を握りしめる。直後、部屋の片隅で小さな爆発が起きた。
「どかーん! ってところかな。あ、今のは、部屋の隅っこの埃を狙っただけで、他のものは壊してないはずだから安心して。」
「……なるほど。たしかに、あなた以外では真似できそうにないわね。ふむ…… きゅっとして、どかーん、ね……」
真剣な表情で考え込んでいる幽香。これから創る花のイメージを固めているんだろう。それにしても、改めて考えてみると、破壊の能力を元に創造するなんて、一体どういう解釈が生まれるのだろうか。食べた人の味覚を破壊する、とかだったら…… さすがに困るな。
「……少しだけ、時間をもらうわよ。お菓子作りの成否は、これにかかっているといっても過言じゃないから、気を引き締めてかからないとね。」
そして、幽香は奥の部屋に行ってしまった。幽香の言葉から推測するならば、少なくとも、味覚破壊なんてことにはならないはずだ。残されたわたしに今出来る事は、幽香の心配をすることよりも、調理中に失敗しないようにレシピを確認すること。幽香が戻ってくるまでの間、わたしは例の本を読み続けた。
戻ってきた幽香は、寝間着姿ではなく、赤いチェックの洋服を着ていた。本気を出す時は着替える、ということなのかもしれない。それよりも、わたしの視線は、幽香が持っている鉢にむけられていた。
見た目は、ブルーベリーのような感じの花。一つの枝の先に、たくさんの果実が実っている。ブルーベリーとの違いは、その果実の色だ。水色、黄緑、黄、橙、赤、紫、青、ちょうど、わたしの羽根の色と同じ色合いの実が、それぞれ水晶のような光沢を放っている。
「花の名前はフランベリーと名付けてみたわ。どうかしら? 見た目は、気に行っていただけた?」
「うん。まさか、わたしの羽根の色を再現するなんて、幽香って、人のことを良く観察してるのね。」
「何をするにしても、対象を観察することは基本中の基本よ。それより、大事なのはこれから。一粒、味見してごらんなさい。」
恐る恐る、果実を一粒摘み取る。きゅっとしてどかーん。いったい、どういう味になったんだろう。ゆっくりと、果実を口に運んでいく。少しの不安と、ちょっぴりのわくわく。決心をつけて、わたしは口の中に果実を放り込んだ。
―――そう。喩えるなら、それはまさに、きゅっとしてどかーん、そのものだった。予想以上の出来栄えに、わたしは自然と笑顔になっていた。
「その様子だと、期待には応えられたみたいね。」
「うぅん、期待以上だよ! これなら、わたしのお菓子って、胸を張って言えるものが作れるよ。ありがとう! 幽香!」
「お礼をいうのは、お菓子が出来てから。いよいよ、ここからが、お菓子作りの本番よ。」
わたしは大きく頷いた。それに対して、幽香は笑顔で応えてくれる。そうだ、これからが本番。わたしの腕の見せ所なんだから。ゆっくりと深呼吸をして、気を引き締め直す。よし、という掛け声を残して、わたしと幽香は台所へと向かった。
そして、数時間の作業の後―――
「……できた。」
お菓子作りは初めてではなかったけれど、やはり、特別な想いをこめたものを作る以上、いろいろと緊張して、手元がおぼつかなくなったり、材料の分量調整を間違えそうになったりして、それなりに手間取ってしまった。ミスをしないで完成させることが出来たのは、その都度、幽香がアドバイスをしてくれたからだ。観察力は伊達じゃない、ということなのだろう。
「良く頑張ったわね。おめでとう、フラン。」
「そんな…… 幽香が花を創ってくれて、一緒に手伝ってくれたから、ここまで出来たんだよ。」
「ふふ、それじゃ、そういうことにしておきましょうか。」
幽香が嬉しそうに笑顔を浮かべている。そういえば、わたしはこのお菓子を持って帰るわけだけれど、幽香はどうするんだろう。何か、手元に残るもの、利益というものがあったのだろうか。
「ねぇ。今回のことで、幽香は、なにか得したことがあったの? 花も、お菓子も、わたしが持って帰っちゃうわけだし、何も手に入るものはないじゃない。」
「何を言うかと思えば…… 私は、新しい花を創ることが出来たなら、それで十分。欲をいえば、その花が幻想郷中に咲き誇ることが望ましいけれど、さすがに、そこまで望みはしないわ。そもそも、花の生命力は侮れないものよ。よほどのことがない限り、自然の中に溶け込んで生き残っていくのだから。」
何だろう…… 自信ありげに話す幽香だけれど、その口調は、少し無理をしているような気がする。何か思うところがあるのだろうけれど、そうだったとして、わたしが深く詮索してはいけない気がする。
「……どうしたの? なんだか、深刻な表情になってるわよ。」
「え!? い、いや、なんでもないの。あ、そうだ!」
わたしは、完成したフルーツタルトに包丁を入れる。一人分にちょうどいい大きさに切り分けて、その中の一片を別のお皿にとりわけて幽香に差し出した。
「はい! わたしからのバレンタインデープレゼント! ここまでやってもらえたんだもん、これくらいのお礼は当然だよね。」
少しだけ、幽香の表情に驚きの色が浮かぶ。でも、それはすぐに消えて、柔らかな笑顔になった。
「もう…… ふふ、ありがとう。美味しくいただくわ。」
「美味しいのは当然よ。だって、わたしのお菓子だもん。」
「言うじゃないの。まぁ、そういうことにしておきましょう。」
幽香の頬が少し紅くなっている。うん、たぶん、照れているんだろう。外を見ると、もうそろそろ太陽が顔を出しそうになっている。致命的ではないとはいえ、あの光はやっぱり苦手だ。改めて、幽香にお礼の言葉を告げて、わたしは紅魔館への帰り道を急いだ。
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「……あ! 妹様! ようやくお帰りで。日が昇って来たので、心配してきたところですよ。」
「ふぅ…… やっぱり、太陽の光はちゃんと対策しておかないと慣れないねぇ。」
どこから取り出したのか、美鈴は日傘を差してわたしを光から守ってくれた。といっても、館はすぐ目の前にあるのだから、さっさと中に入ってしまえば良いだけのことなのだけれど。
「……おや? もしかして、それが、妹様の花ですか?」
「うん。我ながら、こんな花が出来るなんてびっくりしたよ。なんというか、幽香さまさまってところなのかな。」
「えぇ、私も、自分の花を創ってもらえた時は感心しましたからね。ということは、もう片方の荷物は、例のお菓子ということですね。なんだか、甘い香りが漂って来ていますよ。」
「ふふふ。こっちも良い出来栄えよ。それじゃあ、また後で。まずは、お姉さまにプレゼントしてこないと。」
「了解しました。あぁ、そちらのお花は、私が果樹園に移しておきますよ。それでは、行ってらっしゃいませ。」
美鈴に花の鉢を渡して、わたしは館の中に入る。向かう場所はお姉さまの部屋。お姉さまは、喜んでくれるかな。自信があるとはいえ、やっぱり少しだけ不安は残る。もし、気にいってもらえなかったら…… いや、今は、悪いことを考えるのはやめよう。大丈夫、きっと喜んでくれるはず。扉の前まで来て深呼吸。気持ちを落ち着かせて、わたしはトントンとノックをした。
「お姉さま、わたしだよ。部屋の中、お邪魔してもいいかしら?」
「フラン? えぇ、大丈夫よ。入ってらっしゃい。」
ゆっくりと扉を開けて中を覗き込む。お姉さまは、椅子に腰かけて紅茶を嗜んでいた。そばに咲夜はいないようだ。なぜだろう。落ち着いたはずなのに、また気持ちがドキドキしてきた。例の物を後ろ手に隠して、こそこそと部屋の中に入る。
「今日はどこに行ってきたの?」
いきなりの問いかけにびっくりして肩が跳ねる。声をかけられた、ということよりも、その質問内容の方に驚いたのだ。
「え、と、お姉さま、なんで、わたしが出掛けたことを知ってるの?」
「そりゃあ、館の中からあなたの気配がしないんですもの。中にいないのなら、外に出かけたんだろうなって思うのは、自然なことでしょう?」
あっさりと返事を返すお姉さま。外に出ていたことを咎められるのではないかと思ったのだけれど、どうやら杞憂だったらしい。それでも、館の庭を散歩していただけで、くどくどと咎められていたころに比べれば、だいぶ柔らかくなったと思う。
「それで、どこに行ってきたのかしら?」
「えぇ、あの、その……」
「どうしたの? 何か、言えないような事をしてきたという訳ではないでしょう?」
「あの…… これ! これを、お姉さまにプレゼントしたくて、出かけてきたの!」
思い切って、後ろ手に持っていたお菓子を差しだす。お姉さまも少しだけ驚いているようで、目を丸くしながらわたしとお菓子を交互に見直している。
「これは……?」
「ほら、今日は、バレンタインデーでしょう? だから、手作りのお菓子をプレゼントしようって、それで、こうして作ってきたっていうわけなの。」
そこまで言って、ようやくお姉さまも合点がいったらしく、軽く頷くと椅子から立ち上がり、私に近付いてきた。目の前まで来ると、わたしの頭の上にポンと手をのせてくれた。
「ありがとう、フラン。私のためにプレゼントを用意してくれるなんて。」
「だって、大好きなお姉さまの為だもの。特別な日に、特別な贈り物をしたいって思うのは自然なことでしょう?」
すると、お姉さまの頬が少しだけ紅く染まった。いや、たぶん、わたしの顔の方が、もっと紅く染まっているような気がする。勢いに任せて、結構恥ずかしい言葉を口走っちゃってるんじゃないのかな、わたし。
「それじゃあ、一口、いただくわよ。」
お姉さまがフルーツタルトの一片を手にとり、静かに口に運んでいく。さぁ、いよいよだ。どんな反応をするのか、期待と不安で心臓の鼓動がはっきり聞こえるくらいドキドキしている。静かに口を開けて、お姉さまが一口目を頬張る……
「すっ―――」
きた! 口にした瞬間、口の中に拡がる強い酸味。思わず口をきゅっとすぼめるお姉さまだったけれど、次の瞬間……
「あまーい!? え!? これは、どういうこと?」
そう、これが、わたしのお菓子、ひいては、フランベリーの秘密。原理はよくわからないけれど、強い酸味が、直後に強烈な甘みに変化するらしい。似たような効果を持つ果物があるらしいけれど、それらを参考にして、こういう効果を再現したということらしい。
「どう? きゅっとしてどかーんな味の感想は?」
「ふ…… ふふふ……」
「え、えと、お姉さま? 急に笑い出したりして、大丈夫?」
「面白い! やってくれるじゃないの! 最高のプレゼントよ、フラン!」
ここにきて、ようやくわたしの気持ちも晴れやかになった。不安の欠片も、もう残ってはいない。ただ、喜んでもらえたことに対する嬉しさ、それで、心は一杯に満たされていた。
「さぁ、これで終わりじゃないでしょう、フラン? せっかくだから、咲夜達にも、この味を体験させてあげましょう。」
「えぇ、もちろん、そのつもりよ、お姉さま!」
そして、お姉さまがテーブルの上に置いてあった呼び鈴を鳴らす。これが、咲夜への合図。もうじき咲夜が来て、お姉さまはみんなを集めるように伝えるだろう。さて、みんなはどんな反応をするだろう。お姉さまが喜んでくれたんだから、きっと大丈夫。唯一の心配は、全員分に足りるかどうかということだけれど、まぁ、足りなくなったらまた作ればいい。これから始まるであろう楽しいお茶会の時間に、わたしは胸をときめかせるのだった。
ですが、幽香が幻想郷の人物をモチーフにして植物を創っている、とういことを許容していただければ問題ありません。
いいよ、気にしないよ、という方は、本文をお楽しみください。
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「めー、いー……」
ぶん! という音と共にレーヴァテインが振りおろされる。ちゃんと当たらないように気をつけて振ったけれど、目の前には引きつった笑顔が完成していた。
「い、もうと、さま? きょう、も、おげんき、で……」
言葉が片言になっているところを見ると、少し怖がらせてしまったらしい。やはり、不意打ちのレーヴァテインはやり過ぎだったか。
「ごめんごめん、ちょっとふざけ過ぎたかもね。大丈夫? めいぶん?」
「誰ですか、めいぶんって。……ふぅ、一体これはどういうことですか?」
「えっとね、今日はレーヴァテインデ―だって、咲夜から聞いたからさ。」
「レーヴァテインデ―? ですか?」
目の前で首をかしげる美鈴の真似をして、わたしもちょこっと首をかしげてみる。
「……もしや、それはバレンタインデーのことでは?」
「あぁ! それそれ。バレンタインデーだった。間違っちゃった。てへっ。」
軽く舌を出してウインクを飛ばしてみるけれど、美鈴は溜め息をつきながらがっくりと肩を落とした。うむむ…… あまりお気に召さなかった様子らしい。
「まぁ、わかってたけどね。」
「わかっててやるとか! 少しは自重してくださいよ。」
「あはははは。」
「だから自嘲じゃなくて……」
頭を抱えて困惑気味の美鈴。なんだか疲れてきたようだから、そろそろ本題に入ってみよう。
「ごめんごめん、からかいすぎた。……それでさ、バレンタインデーといえば、プレゼントする物があるじゃない?」
「チョコレート、ですよね。」
その言葉を聞いて、さっきのお返しとばかりに、大げさに溜め息をつきながらがっくりと肩を落としてやった。美鈴の表情に驚きが浮かんでいる。少しだけ慌てているようだ。
「えぇっ? 私、間違った事言いましたか?」
「いや、間違ってはいないんだけど…… なんだかさぁ、考え方が単調というか、固定化されてるっているか……」
「つまり…… どういうことですか?」
わからないかなぁ…… せめて、わからなくてもいいから何かを察してほしいものなんだけれど。まぁ、これ以上焦らすのは時間がもったいない。
「つまり、プレゼントはチョコレートに限らなくてもいいんじゃないってこと。例えば、気持ちを込めて作るものだったら、手作りのお菓子とかでもいいと思わない?」
「なるほど…… 言われてみれば、そんな気がしないでもないですね。」
「それでね、わたし、自分だけのお菓子を作ってプレゼントしたいなって思ったのよ。でも、咲夜に相談してみたら、いきなり創作料理は結構難しいっていうのね。」
「そうですね。いきなり挑戦するのは、ハードルが高いのではないかと……」
「美鈴もそんなこと言う。わたしだって、少しくらい料理の心得はあるわよ。……と、それはともかく、咲夜の意見も一理あると思ったの。それで、どうしようってなった時に、美鈴の話がでてきたの。」
「そこで、私の話が、ですか?」
「そう。前に紅魔館のブドウがなくなった時、新しくブドウ棚を造ってもらったことがあったでしょう。その時に植えたブドウは、美鈴をイメージして出来たものだったんですってね。」
「あぁ! キフジンのことですか。でも、それとこれとで、一体どういう関係が?」
ここまで言ってわからないとは…… もう、いい加減気づいてほしい。つまり、わたしが言いたいのは―――
「わたしの花! その果実を使って作るお菓子だったら、自分だけのお菓子になるんじゃないってこと! どぅーゆーあんだーすたん!?」
……いけない。つい、声を荒げてしまった。でも、これでようやく美鈴も気づいてくれたことだろう。
「……い、いえす、あい、どぅー。……とりあえず、仰ることは理解できました。つまり、これから太陽の畑に出かけて、花を創ってもらおうと、そういうことですね。」
「そういうこと。一応、お姉さまには内緒で出かける事になるんだけれど、そこは咲夜がなんとかしてくれるって。だから美鈴も、協力してくれないかな?」
いつだったか、お願い事をするときは、目をうるうるさせて上目づかいの視線を送るといいよって、誰かが教えてくれた気がする。今、まさにそれを実践してみたんだけれど、そもそも美鈴にはこんな小細工は必要なかったみたいだ。
「わかりました。気をつけて、行ってらっしゃいませ。」
あまりにもあっさりと通してくれたので、少しだけ拍子抜けしてしまう。少しくらい抵抗されることも覚悟していたけれど、これはこれで、面倒が少なくていい。いってきます、と挨拶を残して、わたしは太陽の畑へと向かって飛び立った。
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「―――事情はわかったけれど、まず、大切なことだから言わせてちょうだい。」
パチュリーの服に似た色のパジャマとナイトキャップをつけた花の妖怪が、眠そうな目を擦りながら紅茶を淹れる。
「あなた…… 今、何時だと思ってるの?」
「え? 3時でしょう? ちょうどおやつの時間だよ?」
「深夜3時はおやつの時間とは言わないわよ。……ふわぁぁ。吸血鬼の生活リズムってどうなってるのかしら。」
「吸血鬼に限らなくても、夜は妖怪の時間じゃない。……もしかして、幽香お姉さん、ちゃんと睡眠とらないとだめなタイプ?」
「そういう事じゃないけれど…… 人間の生活リズムに合わせておいた方が、いろいろと都合が良いことが多いのよ。」
そういうものなんだろうか。でも、魔理沙は深夜だって関係なく遊びに来てくれたりもするけれど…… 今度、魔理沙はいつ眠ってるのか聞いてみよう。
「とにかく、これから花を創るわけなんだけれど―――」
紅茶を一口飲み、改めてわたしに向き直る幽香お姉さん。いよいよ本題に入るというところなんだろうけれど、何か問題があるのだろうか。
「具体的に、どんな特徴を持った花が良いのかしら。お菓子に使うっていうんだったら、果実の味とか、大切な要素は確認しておきたいわ。」
むぅ…… 自分の花を創ることだけを考えていて、あまりそういう細かいことは考えていなかった。具体的に、と言われると、なおさら方向性に迷ってしまう。むむむ、と呟きながら考え込んでいると、幽香お姉さんがこんなことを言ってきた。
「……ねぇ、せっかくだから、どんなお菓子を作るかっていうところから、一緒に考えてみましょうか。私も、久しぶりにお菓子作りをしてみたくなっちゃった。」
この提案にはかなり驚かされた。まさか、花だけじゃなくてお菓子まで一緒に作るというのだから。しかし、小さな不安が湧いて来たのでとりあえず確認してみる。
「嬉しい提案なんだけれど、幽香お姉さん、ちゃんと料理出来るの?」
「見損なってもらっては困るわ。さすがに、あなたの所のメイド長には負けるかもしれないけれど、人並みの腕はあるから、心配御無用よ。」
もしかしたら、幽香お姉さんはかなり乗り気になってきたのかもしれない。その証拠に、今の幽香お姉さんの表情は満面の笑顔だから。まぁ、特別断る理由もないし、素直に受け入れよう。
「じゃあ、一緒にお菓子を作るということで、よろしくね、幽香お姉さん。」
「よろしく。……あぁ、それと、わざわざお姉さんってつけなくても、幽香でいいわよ。」
「それじゃあ、わたしのことはフランって呼んで。フランドールって、少し長くて呼びづらいみたいで、館のみんなからもそう呼ばれてるの。」
「わかったわ、フラン。それじゃあ早速、どんなお菓子を作るか決めましょうか。」
そう言うと、幽香はおもむろに立ち上がり、部屋の隅に置いてある本棚に歩いていった。どこにしまったかしら、なんて呟きながら、視線を上下左右に動かす幽香。やがて、お目当てのものが見つかったらしく、一冊の本を手にとって戻ってきた。
「お待たせ、フラン。しばらく使ってなかったから、探すのに手間取っちゃった。」
幽香が持ってきたのは、いわゆる料理のレシピが書かれた本だった。ページに付いたドッグイヤーや、細かについたシミの跡などを見ると、結構使いこまれた本なのだろう。パラパラとページをめくっていくと、あるページでわたしの視線が釘付けになった。
「……タルト菓子ね。サクサクしたタルト生地に包まれた、ふわふわのクリームや甘酸っぱい果物。想像しただけで、なんだか幸せな気分になれるわね。……これに決めてみる?」
「うん! フルーツがたくさん乗ったフルーツタルト! それを作りましょう!」
ほとんど即決のような形で、目標が決まった。甘酸っぱさに思わず顔がほころんでしまうようなフルーツタルトを作る。そうなると、次はどんなフルーツを盛りつけるかが問題となるのだけれど―――
「―――そう、メインのフルーツは、もちろんわたしの花の果実よね。でも、どうすればインパクトが出るんだろう。」
「そうね…… フラン、あなたの一番の特徴って、なんだと思う?」
「わたしの、一番の特徴?」
特徴…… 他の誰も持っていない、わたしだけのもの。ということは、やっぱり能力ってことになるのかな。つまり―――
「―――きゅっとして……」
意識を集中させて、片手を握りしめる。直後、部屋の片隅で小さな爆発が起きた。
「どかーん! ってところかな。あ、今のは、部屋の隅っこの埃を狙っただけで、他のものは壊してないはずだから安心して。」
「……なるほど。たしかに、あなた以外では真似できそうにないわね。ふむ…… きゅっとして、どかーん、ね……」
真剣な表情で考え込んでいる幽香。これから創る花のイメージを固めているんだろう。それにしても、改めて考えてみると、破壊の能力を元に創造するなんて、一体どういう解釈が生まれるのだろうか。食べた人の味覚を破壊する、とかだったら…… さすがに困るな。
「……少しだけ、時間をもらうわよ。お菓子作りの成否は、これにかかっているといっても過言じゃないから、気を引き締めてかからないとね。」
そして、幽香は奥の部屋に行ってしまった。幽香の言葉から推測するならば、少なくとも、味覚破壊なんてことにはならないはずだ。残されたわたしに今出来る事は、幽香の心配をすることよりも、調理中に失敗しないようにレシピを確認すること。幽香が戻ってくるまでの間、わたしは例の本を読み続けた。
戻ってきた幽香は、寝間着姿ではなく、赤いチェックの洋服を着ていた。本気を出す時は着替える、ということなのかもしれない。それよりも、わたしの視線は、幽香が持っている鉢にむけられていた。
見た目は、ブルーベリーのような感じの花。一つの枝の先に、たくさんの果実が実っている。ブルーベリーとの違いは、その果実の色だ。水色、黄緑、黄、橙、赤、紫、青、ちょうど、わたしの羽根の色と同じ色合いの実が、それぞれ水晶のような光沢を放っている。
「花の名前はフランベリーと名付けてみたわ。どうかしら? 見た目は、気に行っていただけた?」
「うん。まさか、わたしの羽根の色を再現するなんて、幽香って、人のことを良く観察してるのね。」
「何をするにしても、対象を観察することは基本中の基本よ。それより、大事なのはこれから。一粒、味見してごらんなさい。」
恐る恐る、果実を一粒摘み取る。きゅっとしてどかーん。いったい、どういう味になったんだろう。ゆっくりと、果実を口に運んでいく。少しの不安と、ちょっぴりのわくわく。決心をつけて、わたしは口の中に果実を放り込んだ。
―――そう。喩えるなら、それはまさに、きゅっとしてどかーん、そのものだった。予想以上の出来栄えに、わたしは自然と笑顔になっていた。
「その様子だと、期待には応えられたみたいね。」
「うぅん、期待以上だよ! これなら、わたしのお菓子って、胸を張って言えるものが作れるよ。ありがとう! 幽香!」
「お礼をいうのは、お菓子が出来てから。いよいよ、ここからが、お菓子作りの本番よ。」
わたしは大きく頷いた。それに対して、幽香は笑顔で応えてくれる。そうだ、これからが本番。わたしの腕の見せ所なんだから。ゆっくりと深呼吸をして、気を引き締め直す。よし、という掛け声を残して、わたしと幽香は台所へと向かった。
そして、数時間の作業の後―――
「……できた。」
お菓子作りは初めてではなかったけれど、やはり、特別な想いをこめたものを作る以上、いろいろと緊張して、手元がおぼつかなくなったり、材料の分量調整を間違えそうになったりして、それなりに手間取ってしまった。ミスをしないで完成させることが出来たのは、その都度、幽香がアドバイスをしてくれたからだ。観察力は伊達じゃない、ということなのだろう。
「良く頑張ったわね。おめでとう、フラン。」
「そんな…… 幽香が花を創ってくれて、一緒に手伝ってくれたから、ここまで出来たんだよ。」
「ふふ、それじゃ、そういうことにしておきましょうか。」
幽香が嬉しそうに笑顔を浮かべている。そういえば、わたしはこのお菓子を持って帰るわけだけれど、幽香はどうするんだろう。何か、手元に残るもの、利益というものがあったのだろうか。
「ねぇ。今回のことで、幽香は、なにか得したことがあったの? 花も、お菓子も、わたしが持って帰っちゃうわけだし、何も手に入るものはないじゃない。」
「何を言うかと思えば…… 私は、新しい花を創ることが出来たなら、それで十分。欲をいえば、その花が幻想郷中に咲き誇ることが望ましいけれど、さすがに、そこまで望みはしないわ。そもそも、花の生命力は侮れないものよ。よほどのことがない限り、自然の中に溶け込んで生き残っていくのだから。」
何だろう…… 自信ありげに話す幽香だけれど、その口調は、少し無理をしているような気がする。何か思うところがあるのだろうけれど、そうだったとして、わたしが深く詮索してはいけない気がする。
「……どうしたの? なんだか、深刻な表情になってるわよ。」
「え!? い、いや、なんでもないの。あ、そうだ!」
わたしは、完成したフルーツタルトに包丁を入れる。一人分にちょうどいい大きさに切り分けて、その中の一片を別のお皿にとりわけて幽香に差し出した。
「はい! わたしからのバレンタインデープレゼント! ここまでやってもらえたんだもん、これくらいのお礼は当然だよね。」
少しだけ、幽香の表情に驚きの色が浮かぶ。でも、それはすぐに消えて、柔らかな笑顔になった。
「もう…… ふふ、ありがとう。美味しくいただくわ。」
「美味しいのは当然よ。だって、わたしのお菓子だもん。」
「言うじゃないの。まぁ、そういうことにしておきましょう。」
幽香の頬が少し紅くなっている。うん、たぶん、照れているんだろう。外を見ると、もうそろそろ太陽が顔を出しそうになっている。致命的ではないとはいえ、あの光はやっぱり苦手だ。改めて、幽香にお礼の言葉を告げて、わたしは紅魔館への帰り道を急いだ。
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「……あ! 妹様! ようやくお帰りで。日が昇って来たので、心配してきたところですよ。」
「ふぅ…… やっぱり、太陽の光はちゃんと対策しておかないと慣れないねぇ。」
どこから取り出したのか、美鈴は日傘を差してわたしを光から守ってくれた。といっても、館はすぐ目の前にあるのだから、さっさと中に入ってしまえば良いだけのことなのだけれど。
「……おや? もしかして、それが、妹様の花ですか?」
「うん。我ながら、こんな花が出来るなんてびっくりしたよ。なんというか、幽香さまさまってところなのかな。」
「えぇ、私も、自分の花を創ってもらえた時は感心しましたからね。ということは、もう片方の荷物は、例のお菓子ということですね。なんだか、甘い香りが漂って来ていますよ。」
「ふふふ。こっちも良い出来栄えよ。それじゃあ、また後で。まずは、お姉さまにプレゼントしてこないと。」
「了解しました。あぁ、そちらのお花は、私が果樹園に移しておきますよ。それでは、行ってらっしゃいませ。」
美鈴に花の鉢を渡して、わたしは館の中に入る。向かう場所はお姉さまの部屋。お姉さまは、喜んでくれるかな。自信があるとはいえ、やっぱり少しだけ不安は残る。もし、気にいってもらえなかったら…… いや、今は、悪いことを考えるのはやめよう。大丈夫、きっと喜んでくれるはず。扉の前まで来て深呼吸。気持ちを落ち着かせて、わたしはトントンとノックをした。
「お姉さま、わたしだよ。部屋の中、お邪魔してもいいかしら?」
「フラン? えぇ、大丈夫よ。入ってらっしゃい。」
ゆっくりと扉を開けて中を覗き込む。お姉さまは、椅子に腰かけて紅茶を嗜んでいた。そばに咲夜はいないようだ。なぜだろう。落ち着いたはずなのに、また気持ちがドキドキしてきた。例の物を後ろ手に隠して、こそこそと部屋の中に入る。
「今日はどこに行ってきたの?」
いきなりの問いかけにびっくりして肩が跳ねる。声をかけられた、ということよりも、その質問内容の方に驚いたのだ。
「え、と、お姉さま、なんで、わたしが出掛けたことを知ってるの?」
「そりゃあ、館の中からあなたの気配がしないんですもの。中にいないのなら、外に出かけたんだろうなって思うのは、自然なことでしょう?」
あっさりと返事を返すお姉さま。外に出ていたことを咎められるのではないかと思ったのだけれど、どうやら杞憂だったらしい。それでも、館の庭を散歩していただけで、くどくどと咎められていたころに比べれば、だいぶ柔らかくなったと思う。
「それで、どこに行ってきたのかしら?」
「えぇ、あの、その……」
「どうしたの? 何か、言えないような事をしてきたという訳ではないでしょう?」
「あの…… これ! これを、お姉さまにプレゼントしたくて、出かけてきたの!」
思い切って、後ろ手に持っていたお菓子を差しだす。お姉さまも少しだけ驚いているようで、目を丸くしながらわたしとお菓子を交互に見直している。
「これは……?」
「ほら、今日は、バレンタインデーでしょう? だから、手作りのお菓子をプレゼントしようって、それで、こうして作ってきたっていうわけなの。」
そこまで言って、ようやくお姉さまも合点がいったらしく、軽く頷くと椅子から立ち上がり、私に近付いてきた。目の前まで来ると、わたしの頭の上にポンと手をのせてくれた。
「ありがとう、フラン。私のためにプレゼントを用意してくれるなんて。」
「だって、大好きなお姉さまの為だもの。特別な日に、特別な贈り物をしたいって思うのは自然なことでしょう?」
すると、お姉さまの頬が少しだけ紅く染まった。いや、たぶん、わたしの顔の方が、もっと紅く染まっているような気がする。勢いに任せて、結構恥ずかしい言葉を口走っちゃってるんじゃないのかな、わたし。
「それじゃあ、一口、いただくわよ。」
お姉さまがフルーツタルトの一片を手にとり、静かに口に運んでいく。さぁ、いよいよだ。どんな反応をするのか、期待と不安で心臓の鼓動がはっきり聞こえるくらいドキドキしている。静かに口を開けて、お姉さまが一口目を頬張る……
「すっ―――」
きた! 口にした瞬間、口の中に拡がる強い酸味。思わず口をきゅっとすぼめるお姉さまだったけれど、次の瞬間……
「あまーい!? え!? これは、どういうこと?」
そう、これが、わたしのお菓子、ひいては、フランベリーの秘密。原理はよくわからないけれど、強い酸味が、直後に強烈な甘みに変化するらしい。似たような効果を持つ果物があるらしいけれど、それらを参考にして、こういう効果を再現したということらしい。
「どう? きゅっとしてどかーんな味の感想は?」
「ふ…… ふふふ……」
「え、えと、お姉さま? 急に笑い出したりして、大丈夫?」
「面白い! やってくれるじゃないの! 最高のプレゼントよ、フラン!」
ここにきて、ようやくわたしの気持ちも晴れやかになった。不安の欠片も、もう残ってはいない。ただ、喜んでもらえたことに対する嬉しさ、それで、心は一杯に満たされていた。
「さぁ、これで終わりじゃないでしょう、フラン? せっかくだから、咲夜達にも、この味を体験させてあげましょう。」
「えぇ、もちろん、そのつもりよ、お姉さま!」
そして、お姉さまがテーブルの上に置いてあった呼び鈴を鳴らす。これが、咲夜への合図。もうじき咲夜が来て、お姉さまはみんなを集めるように伝えるだろう。さて、みんなはどんな反応をするだろう。お姉さまが喜んでくれたんだから、きっと大丈夫。唯一の心配は、全員分に足りるかどうかということだけれど、まぁ、足りなくなったらまた作ればいい。これから始まるであろう楽しいお茶会の時間に、わたしは胸をときめかせるのだった。
とてもよかったです。
今回はフランドール嬢のお話でしたが、はい。もう好みドストライクです。
フランベリー…一度食べてみたいな~。
貴方の発送にいつも驚かされます。どこから出てくるんですかそのアイデアwwwwwww
次回作も楽しみにしてますね!
…次はさとりでお願いします。
湧き出るその発想の泉に感服です。幻想郷が花いっぱいになるまでこのシリーズを続けて下しあ。あんただけがコンティニュー出来るのさ?