最近、図書館にフランドールが出入りするようになった。もともとはレミリアによって地下室に軟禁されていたのだが、紅霧の夜以来、屋敷内に限り自由な行動を許可されたらしい。
そんなフランドールのお気に入りの場所が、この図書館である。暇さえあれば本を読み漁りに来る。まあ、屋敷内とはいえ、ここに娯楽は少ない。無理もないだろう。
「ねえパチュリー、ホントに外にはこんなものあるのかしら」
「さあ。きっとあるのでしょうね」
「へえ。見てみたいなぁ」
そんな会話がお約束になっている。
「パチュリーは外に出ないの?」
「まったく外出しないわけではないけれど、取り立てて出てみたいとも思わないわね」
「ふーん、羨ましいなぁ」
フランが拗ねたように言う。
「珍しいわね、羨ましいなんて。他人に同じことを言っても、難しい顔されるだけなのに」
「だって~、私は外に遊びに行きたくって、こんなにもやもやしてるのに~」
なるほど、そういうわけか。
「外に出られもしないのに、外に出たいだなんて。こんな滑稽なことはないわ」
「フム、そんな考え方もあるのね」
本を読めば読むほど、外への興味が湧きあがるのだろう。それこそ、子供のように期待に胸膨らませるのだろう。しかし哀しいかな、フランの世界はこの紅魔館の中だけだ。
「でも、その気持ちは大切にしなさい。いつか叶うわよ、きっと」
「いつかっていつよ。どうやって叶うのよ」
「…………そうね」
そこで頭をよぎったのが、くだらない童話。
ちょっとだけ、心動かされた。それは、フランへの同情だったのかもしれないし、レミリアへのいたずらのつもりだったのかもしれない。気まぐれといってもいいだろう。
「今から叶えてみましょうか」
「……どうやって?」
「外に出て」
「いやいや、私、外出れないよ」
「出られないわけじゃないでしょう。その気になれば出られるわ」
「お姉さまに怒られる」
「怒られたら、謝ればいいわ」
「そんな簡単なことじゃ……」
「そんな簡単なことなのよ。外に出るなんてこと」
パチュリーは短く溜め息をつく。
そうだ、外に出るだけで、何をそんな神経質に。レミリアの言いつけで止めてはきたが、それは本人が強く出たがらなかったからだ。今は違う。これほどまでに、外の世界に恋焦がれている。こんなフランを見るのは初めてだ。そしてこれは、きっといいことなのだ。
「今はまだ夜中だから……、レミィがベッドに入る朝方から出かけましょうか」
「ちょ、パチュリー……」
「その頃なら咲夜はレミィのお世話をしてるだろうし、美鈴は中庭で花の世話をしてるだろうから、裏から回れば……」
「ねえ、パチュリーってば……」
「そういえば日傘が必要ね。フランは持ってないでしょうし、レミィの傘、一本借りていきましょう。あとは……」
「パチュリーッ!!!」
フランが大声でパチュリーを止めた。フランは俯き、肩を震わせている。
「……ホントにいいの?」
それを見て、パチュリーはまた溜め息をついた。
「そんな顔して、何をいまさら」
「で、朝っぱらから何しに来たんだ?」
「いや、他に行くとこないから」
魔理沙が扉を開くと、そこにはガスマスクをした二人組が立っていた。思わず八卦炉を構えたが、よく見るとパチュリーとフランだった。
「なんだそのガスマスク」
「パチュリーが、外は危ないからって」
「危険極まりないでしょう。いつ倒れるか」
「極まりないのはお前だ。フランにそんなもん強要すんな。フラン取れ、パチュリーみたいになるぞ」
「どういう意味よ」
「それはちょっと嫌だな」
「…………」
魔理沙は二人の来訪に起こされたらしく、髪はぼさぼさ、しかし服は普段の黒白だった。どうやら、出かけた服装のまま寝たらしい。しわになる、とか心配しないのかとあきれたが、自分も似たようなものだと思い、口はしないパチュリー。
「フラン、外出てよかったのか?」
「いや、それは……」
「出られるようになったんじゃなくて、自分から出たのよ」
それを聞いて、魔理沙はひゅうっと口笛を吹く。
「レミリア相手に冒険したなぁ。大丈夫なのか」
「だ、だってパチュリーが、」
「私が連れ出したのよ」
「……へえ」
魔理沙が目を見開き、パチュリーを見た。
「まあいいさ、あがれよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「おじゃまします」
フランが先に、そのあとにパチュリーが続く。そこで魔理沙に肘でつつかれる。
「らしくないことしたじゃないか、ええ?」
「やっぱりそう思う?」
「ああ、だが」
魔理沙は悪戯っぽく笑い、フランの後ろ姿を見る。
「そういうのは、大切だ」
「汚いわね、片付けなさいよ」
「お前だって、本の片付けは小悪魔だよりのくせに」
「ねえ魔理沙、これなに?」
「迂闊に触ると爆発するわよ」
「しねえよ」
予想通りというか予想以上というか、魔理沙の部屋は散らかり放題、足の踏み場もないとはこのことである。
「ばか。足の踏み場はちゃんとあるんだよ、私の分は」
「私たちにないのなら同じよ」
「つか、いつまでガスマスク?」
フランはおとなしく外したが、パチュリーは部屋に入っても外そうとはしない。
「何も部屋の中まで……」
「ある意味、外より危険でしょ?」
「そこまで危なくねえよ」
「多少は危険なんだ……」
パチュリーがきょろきょろと部屋の中を観察していると、ふと目に留まるものがあった。
「ちょっとこれ、うちの本じゃない」
「あちゃ、隠すの忘れてた」
魔理沙が「しまった」と手で顔を覆う。
「返しなさいよ」
「まあ待て、よく見ろ。それは氷山の一角にすぎん。案外、見えないところに山ほど隠れてたりするんだぜ?」
「なおさらダメよ。回収します」
「果たして回収しきれるかな? 生半可な量じゃないぜ?」
「なんでしたり顔なのよ」
しかし、魔理沙が言った通り、魔理沙が紅魔館から持ち出した本の量は膨大で、とてもじゃないがパチュリー一人に運べる量ではなかった。束にすればパチュリーの背丈ほどある。
「……おい、無理するなよ」
「無理じゃないわ……ッ! 運んでみせる……ッ、ゴハッ! ゴホォッ!」
「ああ!!」
せき込み倒れこむパチュリーに駆け寄る魔理沙。無理やりガスマスクを剥がす。
「だから無理すんなって……いや私が悪かったよ、そんな目で見るな、やめろ怖い」
「……魔理沙あなた、絶対に……ゴフッ、……返しに来なさいよ」
「…………約束するぜ」
「嘘つけ、なによその間」
二人がそんな会話をしている中で、フランは一人、魔理沙のガラクタに釘づけだった。紅魔館ではお目にかかれない品ばかりである。一心不乱にガラクタをいじっている。
「この円盤って何に使うの?」
「それはゴミよ」
「ちげーよ、これはだな……えっと、……そう! たしか歌や曲をこの中に封じ込められるんだ」
「それで?」
「それでだなー、そのー、あー……あれだ、なんとかってからくりを使うと、呼び出すことができるんだな、うん」
「で、そのなんとかってからくりは?」
パチュリーが周囲を見渡す。
「それがその……、まだ手に入ってないんだよ」
「やっぱりゴミじゃない」
「違う! 香霖がそれっぽいもの仕入れるまでの辛抱なんだ!」
「ねー、これは?」
「あー、そりゃあ鉄の馬の脚だとかで――」
次々とフランの興味が別のガラクタに移り、魔理沙がそれを説明することで、パチュリーの中で改めてゴミという認識が固まる。そんなやり取りを昼過ぎまで続けていた。驚くことに、フランの興味は尽きることなく、ずっとガラクタに夢中だった。おもちゃのつもりなのかもしれない。
やがてフランが疲れたのか、はたまた今頃眠気がやってきたのか、眠ってしまった。
「普段は眠っている時間なのだから、眠くなってもおかしくないわよね」
「私は寝てたり起きてたりだな。実験してる時もありゃ、森に入ってる時もある」
「私は大概、本を開いてるわね。時間なんてものに振り回されないの」
「自慢できることじゃないぜ」
「それはお互い様」
魔理沙はけらけらと笑い、パチュリーはふう、と息を吐く。
二人はガラクタの上に腰を下ろしていた。
「それで」
魔理沙はついっ、とフランを指さす。
「結局、今日はなんだったんだ?」
「別に。単なる気まぐれ」
「おせっかい?」
「同情と憐み」
「レミリアへのあてつけ」
「もしくはイタズラ」
「イタズラにしちゃ、随分でかくでたな」
「全然よ。外に出ただけだもの」
「だから、らしくないって」
さしていた指をくるくると回す魔理沙。そのまま指をパチュリーに向ける。
「四六時中本読んでるお前が外出? ご丁寧にガスマスクまでつけて?」
「ちょうど用事があったのよ、あなたに。本返してもらうために」
「なるほど一理ある。が、それこそついでだろ? 本意は違うと思うんだけどなー?」
ニヤニヤしながら指を回す魔理沙に多少癇に障る。すべてわかってるけど、からかってやるぜ。そんな風だ。
「本当に何もないわ。あなたの家に行こうと思って、ついでに連れてきた。それだけ。これでこの話はおしまいよ」
「そうかいそうかい。まあいいさ」
むやみに引っ張るつもりもなかったらしく、早々に魔理沙は切り上げた。意外だが、踏み込んで欲しくないラインはわきまえているらしい。この話はもう振らない、といった具合に手をひらひらと振る。
「それにしても、今日はなんだかおとなしいな、フラン。いつもならもっと、はしゃぎ回るだろうに」
「そうかしら。あなたがいないときはこんなものよ。いえ、むしろもっと静かだけれど」
「ホントかよ、にわかに信じられないぜ」
「今日はあなたのコレクションに夢中だったから。もともとそういう性質なのよ。自分の世界に深くまで入り込めるタイプ。だから地下室に閉じ込めることができたのよ。おもちゃや本を詰め込んで」
「まあ、その気になれば出られるだろうからな。何もかも壊せるんだし」
出られるのに出ないのは、ちゃんとレミリアの意図がわかっているから。
無理して出ないのは、その場所でも満たされていたから。
「力の加減はできなくても、そもそも使うつもりがない」
「でも、使わざるを得ない状況って、意外とあるもんだぜ」
「そういう時に、私たちがいるのよ」
「……なんか、今日は一段とらしくないぜ?」
「……別に」
少し喋りすぎたと、パチュリーは軽く咳き込んだ。
「待ってろ、茶くらいは淹れてやるよ」
「お願いするわ」
ガチャガチャと足元のガラクタを蹴飛ばしながら、魔理沙が自室を後にする。
結局ゴミなのではないか、とパチュリーは呆れながら魔理沙を見送った。それからフランを眺める。
フランはガラクタを、それこそおもちゃのように握っていた。
彼女の周りに散らばるガラクタは、彼女の手に取ったものの末路のようだった。
と、その時。
フランが動いた。を思った矢先、フランの手に握られていたガラクタが砕け散った。
パチュリーが警戒を強めると同時に、パチュリーの足元でガラクタが次々と破壊された。
(これは……ッ!)
とっさに、ふわりと宙へ浮きあがる。すぐさま窓に向かってスキルを発動、外に退避する。
次の瞬間には部屋全体にまで力がおよび、霧雨邸の外観までも変えてしまった。メキメキと崩れ、半壊する。
「おいおい、なんだよこれ!?」
横を見ると、魔理沙が家から飛び出してきたところだった。音を聞いて、様子を見に来たのだろう。
「フランの力か?」
「わからないわ。ただ、フランは眠っているままだった。力の暴走ってところかしら」
よく見ると、破壊の力はフランを中心に円形に広がっているようだった。しかし、その力は徐々に拡大している。霧雨邸全体を覆うのも時間の問題だろう。
パチュリーと魔理沙は、霧雨邸から十分に距離を取る。
「これは、黙ってみてるしかないのかな?」
「そんなわけにもいかないでしょう? 原因を考える時間はないから、手っ取り早く済ますわよ」
「つまり?」
「少なくとも、起きているときにこんなことは起きなかった。それに、普段眠っているときにも、起こったためしはないわ。眠りが浅いのかもしれない」
「なるほど、それじゃ」
すっ、と八卦炉を構える魔理沙。
「起こすか、完全に眠らせるか」
「恋符『マスタースパーク』!!」
極大の光がフランめがけて放たれた。しかし、
「うえッ!」
「なッ!」
魔理沙が放った弾幕が破壊の円に触れた瞬間、光の束が砕け散った。魔法としての構成を壊された魔力がキラキラと光る。
「……フランの力って、弾幕にも有効なのか?」
「し、知らないわよ。でもこれは……」
魔理沙の『マスタースパーク』は、単純に、弾幕としての攻撃力を最大にまで高めたスペルである。その威力は幻想郷内でもトップクラスだ。そんな弾幕が一瞬にしてかき消されたのだ。
「日符『ロイヤルフレア』」
パチュリーの持つスペルの中でも、最高クラス。さらに、吸血鬼であるフランに、日の属性魔法は有効である。
はずだったのだが……
「まったく効果ないぜ」
「まあ、期待はしてなかったけれど」
パチュリーの弾幕も、『マスタースパーク』よろしく、破壊の力によって消滅した。分解された魔力が宙を舞う。
「魔法も壊せるのね。どんな仕組みかしら」
「ちょっと待て、どうするんだよこれ? 私の家が消滅しちまう」
「大丈夫、まだ3分の2は残ってるわ」
「何の慰めにもなってねえよ」
「まあ、策はあるけれど」
「ホントか?」
「まあね、あれ見て」
そう言って、フランのほうを指さした。部屋の壁は完全に破壊され、外から丸見えである。しかし日の傾きのおかげで、フラン自身が日光に晒されることはないようだ。
「フランの眠っている床は、破壊されてないでしょう?」
「そういや確かに。なんでだろ?」
「つまり、フランの力は半球状に広がっているの。フランの『地』は確保されるように、力がセーブされているのね」
「つーことは、やるならフランの真下からってことか」
「そういうこと」
そして、とパチュリーが言葉を続ける。
「吸血鬼の弱点は日光だけじゃない」
「大蒜? 十字架?」
「間違いじゃないけれど、レミィがレミィだから、あんまり期待できないわね」
「それじゃどうすんだ?」
魔理沙が怪訝そうに首をかしげる。
パチュリーは静かに指を下に向けた。
「流水よ。つまり地下水を利用する」
「ほほう、なるほど」
「私が水符と土符で地下水を呼び出す。おそらくそれでフランの力が弱まるから……」
「私の出番ってわけだな」
魔理沙は再び、八卦炉を構える。
「突き破ればいいわけだ」
無言でうなずき、パチュリーはスペルカードを取り出した。
「……なあ、二人で弾幕撃ち込んだりして、フラン大丈夫かなあ?」
「吸血鬼相手に、生半可な気持ちで起こせると思う?」
「起こすだけなら生半可でもちょうどよくないか?」
「それに、友人相手に遠慮はいらないわ」
「そうか、私とフランは友人だったのか」
「なんだと思っていたの?」
「ん~、……ライバル?」
「わーカッコイー、余計遠慮はいらないじゃない」
「ははっ、それもそうだ」
改めてスペルカードを構え直す二人。
「それじゃ、いくわよ」
「おう、いくぜ」
目覚めたフランが見たのは、半壊になった霧雨邸だった。
「目を覚ましたわよ、魔理沙」
「ホントか!? よかった、心配したぜ」
パチュリーに膝枕してもらいながら、目だけ動かして周囲を確認する。
「いやあ、まさかマスタースパークが直撃だとは……。今度はかき消されないように~っと思って出力上げておいたら、まさかフリーで通過するとは……」
「私もびっくりよ、あんな威力の弾幕をフランに撃つなんて。もしかしてフラン嫌いなの?」
「いや、そうじゃなくてよー」
「……これ、私がやったんでしょ?」
ぽつりとフランがつぶやく。そのつぶやきを聞いて、二人はフランを見た。
「……やっぱり、外に出ちゃあ、ダメだったのかぁ。そうだよねぇ、危ないもんねぇ。私が危ないならまだしも、周りの人が危ないだなんて、」
フランはにへら、と笑う。
そして、笑うように、泣き出した。
「もういいよ……。外には出ない……。……ごめんね魔理沙、家もせっかく集めてたコレクションも、壊しちゃって、」
それから、笑ったような顔も、だんだんと崩れていく。
「ごめんねパチュリー……、せっかく……外、……連れてきてくれたのに、……っひく、わたし、わたしぃ……、」
パンッ!!
と、そこで、フランの両の頬がはたかれた。そのまま頬をつままれ、横に延ばされる。
「ふぁ、ふぁちゅりーッ!?(パチュリーッ)」
フランは驚いて、パチュリーを見た。パチュリーは相変わらずの無表情である。
「何で泣いてるのよ」
フランの頬をウニウニと伸ばして弄ぶ。
「何かあったのかしら? フランの泣くような何かが」
「だ、だって魔理沙の家……っ、」
「直せばいいでしょう、家なんて」
「パチュリーや魔理沙も、危なかったんじゃ……、」
「誰も怪我の一つもしてないわね」
「魔理沙のコレクションだって、」
「あれはゴミよ」
「違う! あれは、」
パチュリーに、じとりと睨まれ、魔理沙は言葉を飲み込む。
「あれは……、そう、ゴミだな、うん。ちょうど掃除したかったし、うん」
「ほら、こう言ってるし。ついでに掃除してきたら?」
「そうだなぁ、ちょうどいいし、掃除しますかぁ!」
「魔理沙……」
もうヤケだと言わんばかりに、別の部屋へと出ていく魔理沙に、フランは声をかけた。
「ごめん。家とか、コレクションとか……」
「あー、ホントにいいって」
魔理沙はひらひらと手を振る。
「謝ってくれれば、それでいい。こんなことは、その程度のことだ」
「魔理沙……」
「フランは知らないかもしれないが、こんなことはよくあることなんだ。大したことじゃないんだよ」
そういって、部屋を後にする。どうやら、別の部屋ののガラクタにまでマスパをかましているらしい。
そんな魔理沙を見送ったあと、パチュリーはやっとフランの頬をつまんでいた指を離す。かと思えば、次はフランの頭を撫で始めた。
「今から、無責任なことを言うわ」
そういって、こほん、と咳払いを一つ。
「別に、力が使いこなせないのは悪いことじゃないわ。今はそうでも、少しづつ、使えるようになればいいわけだし」
撫でられることに慣れてないフランは、照れくさそうに身をよじった。だが、不思議と悪い気がしなかった。
「でも、それを理由に、やりたいことをやらないのは、私としては我慢ならないわ。外に出たければ出ればいい。遊びたければ遊べばいい」
そこでパチュリーの目に、わずかだが怒りが籠る。
「でも、今日みたいなことが起きたら……」
「その時は私たちがフォローするわ」
少なくとも、とパチュリーが語句を強めた。
「友人相手に遠慮することはないわ」
それを聞いて、フランはきょとんとした顔をする。それを怪訝に思ったのか、パチュリーも首をかしげる。
「どうしたの?」
「そうか、私とパチュリーは友人だったのね」
「なんだと思っていたの?」
「家族」
と、少し寂しそうに、拗ねたように目を横に逸らす。
それを聞いて、パチュリーはなるほど、と思う。
「そうか、私とフランは家族だったのか」
「そうよ、家族だわ」
「なら、余計遠慮はいらないじゃない」
それを聞いて、フランはふふっ、と噴き出した。
「ははっ、それもそうね」
フランはいい加減起き上がろうとしたが、パチュリーはそれをやんわりと止めた。なんでも、弾幕が直撃したのだから、もう少し休んでおきなさいとのことだった。
「ところでさ、何で私のお願い、聞いてくれたの」
それを聞いて、パチュリーはむすっと黙ってしまった。
「え? パ、パチュリー?」
「……だから」
ごにょごにょと口ごもるパチュリー。心なしか、顔が赤い。
「パチュリー?」
「……魔法使いだから」
それを聞いて、フランはきょとんとする。
「私が、魔法使いだから、願いを叶えてあげようかなーって……」
「あ、」
あははっ! と、フランはたまらず笑い転げた。まさかパチュリーの口から、そんな言葉が出てくるなんて。
パチュリーは居心地悪そうに顔を逸らす。無表情ではあるが、顔の赤さは隠せていない。
ひとしきり笑ってから、フランは次の『お願い』をしてみる。
「ねえ、またどこか連れてってよ」
それを聞いて、パチュリーが微笑んだ。
「そうね、今度はどこに行こうかしら」
フランは意外なことに、初めてパチュリーの笑顔を見たきがした。
「いったいどういうことかな、パチェ?」
「さあ、私は出かけていたから、今日の紅魔館の出来事なんて知る由もないのだけれど」
紅魔館に到着して、早速レミリアが待ち構えていた。どうやら、早々にばれたらしい。密告者はおそらく咲夜あたりだろう。
「出かけるのは勝手だが、少し荷物が大きすぎやしないか?」
「荷物? 持って行った覚えはないわね」
「そうだろうな。連れ出せば勝手についてゆく、便利で困った荷物だ」
「残念、フランは荷物じゃないわ」
「そうだッ! フランは荷物でもなんでもないだろう! 連れて行く理由もないッ!」
レミリアが声を荒げる。相当ご立腹らしい。
「フラン、これはお前の意思で出たのかな? それともパチェに唆されたか?」
「…………」
フランは完全に委縮してしまっている。本気でやりあえばフランのほうに軍配は上がるだろうが、それとは別にレミリアに弱いらしい。
それでも、フランは前に出た。
「あの、お姉さま……」
「なんだ、弁解があるなら聞こうじゃないか。無論、聞くだけだが」
すうッと息を吸い込み、フランはレミリアを見つめる。そして、
「ごめんなさいッ!!!」
「…………」
しばらくきょとんとしたレミリアだったが、はっと我に返り、フランを睨む。
「……ッ、あ、謝れば済む問題じゃ――」
「レミィ、フランを連れ出したのは私なの。フランを責めないでちょうだい」
「でも!」
「それとも、あのレミリア・スカーレットが、正直に謝る相手をさらに責め立てるような見苦しい真似をするのかしら?」
「ぐ……ッ!!」
それを聞いてレミリアは口を噤む。
「ン……ッぐぅ~~…………ッ」
ギリギリと唸るレミリア。この言葉は相当効いたらしい。
やがて、レミリアの中でどんな葛藤があるのかは知らないが、悔しそうにひとしきり呻いたあと、なんでもなかったように言った。
「ん、んー、そうだな、うん。反省しているなら、今回は見逃そう。フランは部屋へ帰れ。今日一日、部屋で謹慎だ。パチェは残れ」
それを聞いて、フランとパチュリーは一度だけ目を合わせた。フランが何か言いたげだったが、そのまま一言もかわさぬままその場をあとにした。
残ったパチュリーは、レミリアに尋ねた。
「さて、私はどんな罰が待っているのかしら?」
むすっとした顔のレミリアは、そのままカツカツと近づいていく。と、パチュリーの胸に頭からもたれかかる。
「……あの言い方は、ズルい」
上目づかいで、拗ねたように睨むレミリア。その顔は耳まで真っ赤に染まっている。
「そうね」
「フランだって、私が外に遊びに連れて行こうと思ってたのに」
「あら、そうだったの? 悪いことしたわね」
「ズルいよ、いつ連れて行ってやろうか、楽しみにしていたのに」
「てっきり、レミィの過保護な一面が働いて、生涯屋敷に閉じ込めておく気かと……」
「そんなわけないだろ! くそぅ、悔しいなぁ」
そういって、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。
「ごめんなさいね。でも、願いを叶えるのは魔法使いの特権なの」
「それは悪魔の特権でもある」
「悪魔は見返りを求めるけれど、魔法使いはそんなもの求めないの」
「その代わり、条件を付けるだろ?」
「そうね。今日はレミィが寝ている間だけだったんだけど」
「条件、意味ないじゃないか。気前のいい魔法使いだな」
そこでおかしくなったのか、レミリアはけらけらと笑いだす。
「じゃあ魔法使い。私の願いも聞いておくれよ」
「朝日が昇るまでならね」
そういって、パチュリーは悪戯っぽく笑って見せた。
そんなフランドールのお気に入りの場所が、この図書館である。暇さえあれば本を読み漁りに来る。まあ、屋敷内とはいえ、ここに娯楽は少ない。無理もないだろう。
「ねえパチュリー、ホントに外にはこんなものあるのかしら」
「さあ。きっとあるのでしょうね」
「へえ。見てみたいなぁ」
そんな会話がお約束になっている。
「パチュリーは外に出ないの?」
「まったく外出しないわけではないけれど、取り立てて出てみたいとも思わないわね」
「ふーん、羨ましいなぁ」
フランが拗ねたように言う。
「珍しいわね、羨ましいなんて。他人に同じことを言っても、難しい顔されるだけなのに」
「だって~、私は外に遊びに行きたくって、こんなにもやもやしてるのに~」
なるほど、そういうわけか。
「外に出られもしないのに、外に出たいだなんて。こんな滑稽なことはないわ」
「フム、そんな考え方もあるのね」
本を読めば読むほど、外への興味が湧きあがるのだろう。それこそ、子供のように期待に胸膨らませるのだろう。しかし哀しいかな、フランの世界はこの紅魔館の中だけだ。
「でも、その気持ちは大切にしなさい。いつか叶うわよ、きっと」
「いつかっていつよ。どうやって叶うのよ」
「…………そうね」
そこで頭をよぎったのが、くだらない童話。
ちょっとだけ、心動かされた。それは、フランへの同情だったのかもしれないし、レミリアへのいたずらのつもりだったのかもしれない。気まぐれといってもいいだろう。
「今から叶えてみましょうか」
「……どうやって?」
「外に出て」
「いやいや、私、外出れないよ」
「出られないわけじゃないでしょう。その気になれば出られるわ」
「お姉さまに怒られる」
「怒られたら、謝ればいいわ」
「そんな簡単なことじゃ……」
「そんな簡単なことなのよ。外に出るなんてこと」
パチュリーは短く溜め息をつく。
そうだ、外に出るだけで、何をそんな神経質に。レミリアの言いつけで止めてはきたが、それは本人が強く出たがらなかったからだ。今は違う。これほどまでに、外の世界に恋焦がれている。こんなフランを見るのは初めてだ。そしてこれは、きっといいことなのだ。
「今はまだ夜中だから……、レミィがベッドに入る朝方から出かけましょうか」
「ちょ、パチュリー……」
「その頃なら咲夜はレミィのお世話をしてるだろうし、美鈴は中庭で花の世話をしてるだろうから、裏から回れば……」
「ねえ、パチュリーってば……」
「そういえば日傘が必要ね。フランは持ってないでしょうし、レミィの傘、一本借りていきましょう。あとは……」
「パチュリーッ!!!」
フランが大声でパチュリーを止めた。フランは俯き、肩を震わせている。
「……ホントにいいの?」
それを見て、パチュリーはまた溜め息をついた。
「そんな顔して、何をいまさら」
「で、朝っぱらから何しに来たんだ?」
「いや、他に行くとこないから」
魔理沙が扉を開くと、そこにはガスマスクをした二人組が立っていた。思わず八卦炉を構えたが、よく見るとパチュリーとフランだった。
「なんだそのガスマスク」
「パチュリーが、外は危ないからって」
「危険極まりないでしょう。いつ倒れるか」
「極まりないのはお前だ。フランにそんなもん強要すんな。フラン取れ、パチュリーみたいになるぞ」
「どういう意味よ」
「それはちょっと嫌だな」
「…………」
魔理沙は二人の来訪に起こされたらしく、髪はぼさぼさ、しかし服は普段の黒白だった。どうやら、出かけた服装のまま寝たらしい。しわになる、とか心配しないのかとあきれたが、自分も似たようなものだと思い、口はしないパチュリー。
「フラン、外出てよかったのか?」
「いや、それは……」
「出られるようになったんじゃなくて、自分から出たのよ」
それを聞いて、魔理沙はひゅうっと口笛を吹く。
「レミリア相手に冒険したなぁ。大丈夫なのか」
「だ、だってパチュリーが、」
「私が連れ出したのよ」
「……へえ」
魔理沙が目を見開き、パチュリーを見た。
「まあいいさ、あがれよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「おじゃまします」
フランが先に、そのあとにパチュリーが続く。そこで魔理沙に肘でつつかれる。
「らしくないことしたじゃないか、ええ?」
「やっぱりそう思う?」
「ああ、だが」
魔理沙は悪戯っぽく笑い、フランの後ろ姿を見る。
「そういうのは、大切だ」
「汚いわね、片付けなさいよ」
「お前だって、本の片付けは小悪魔だよりのくせに」
「ねえ魔理沙、これなに?」
「迂闊に触ると爆発するわよ」
「しねえよ」
予想通りというか予想以上というか、魔理沙の部屋は散らかり放題、足の踏み場もないとはこのことである。
「ばか。足の踏み場はちゃんとあるんだよ、私の分は」
「私たちにないのなら同じよ」
「つか、いつまでガスマスク?」
フランはおとなしく外したが、パチュリーは部屋に入っても外そうとはしない。
「何も部屋の中まで……」
「ある意味、外より危険でしょ?」
「そこまで危なくねえよ」
「多少は危険なんだ……」
パチュリーがきょろきょろと部屋の中を観察していると、ふと目に留まるものがあった。
「ちょっとこれ、うちの本じゃない」
「あちゃ、隠すの忘れてた」
魔理沙が「しまった」と手で顔を覆う。
「返しなさいよ」
「まあ待て、よく見ろ。それは氷山の一角にすぎん。案外、見えないところに山ほど隠れてたりするんだぜ?」
「なおさらダメよ。回収します」
「果たして回収しきれるかな? 生半可な量じゃないぜ?」
「なんでしたり顔なのよ」
しかし、魔理沙が言った通り、魔理沙が紅魔館から持ち出した本の量は膨大で、とてもじゃないがパチュリー一人に運べる量ではなかった。束にすればパチュリーの背丈ほどある。
「……おい、無理するなよ」
「無理じゃないわ……ッ! 運んでみせる……ッ、ゴハッ! ゴホォッ!」
「ああ!!」
せき込み倒れこむパチュリーに駆け寄る魔理沙。無理やりガスマスクを剥がす。
「だから無理すんなって……いや私が悪かったよ、そんな目で見るな、やめろ怖い」
「……魔理沙あなた、絶対に……ゴフッ、……返しに来なさいよ」
「…………約束するぜ」
「嘘つけ、なによその間」
二人がそんな会話をしている中で、フランは一人、魔理沙のガラクタに釘づけだった。紅魔館ではお目にかかれない品ばかりである。一心不乱にガラクタをいじっている。
「この円盤って何に使うの?」
「それはゴミよ」
「ちげーよ、これはだな……えっと、……そう! たしか歌や曲をこの中に封じ込められるんだ」
「それで?」
「それでだなー、そのー、あー……あれだ、なんとかってからくりを使うと、呼び出すことができるんだな、うん」
「で、そのなんとかってからくりは?」
パチュリーが周囲を見渡す。
「それがその……、まだ手に入ってないんだよ」
「やっぱりゴミじゃない」
「違う! 香霖がそれっぽいもの仕入れるまでの辛抱なんだ!」
「ねー、これは?」
「あー、そりゃあ鉄の馬の脚だとかで――」
次々とフランの興味が別のガラクタに移り、魔理沙がそれを説明することで、パチュリーの中で改めてゴミという認識が固まる。そんなやり取りを昼過ぎまで続けていた。驚くことに、フランの興味は尽きることなく、ずっとガラクタに夢中だった。おもちゃのつもりなのかもしれない。
やがてフランが疲れたのか、はたまた今頃眠気がやってきたのか、眠ってしまった。
「普段は眠っている時間なのだから、眠くなってもおかしくないわよね」
「私は寝てたり起きてたりだな。実験してる時もありゃ、森に入ってる時もある」
「私は大概、本を開いてるわね。時間なんてものに振り回されないの」
「自慢できることじゃないぜ」
「それはお互い様」
魔理沙はけらけらと笑い、パチュリーはふう、と息を吐く。
二人はガラクタの上に腰を下ろしていた。
「それで」
魔理沙はついっ、とフランを指さす。
「結局、今日はなんだったんだ?」
「別に。単なる気まぐれ」
「おせっかい?」
「同情と憐み」
「レミリアへのあてつけ」
「もしくはイタズラ」
「イタズラにしちゃ、随分でかくでたな」
「全然よ。外に出ただけだもの」
「だから、らしくないって」
さしていた指をくるくると回す魔理沙。そのまま指をパチュリーに向ける。
「四六時中本読んでるお前が外出? ご丁寧にガスマスクまでつけて?」
「ちょうど用事があったのよ、あなたに。本返してもらうために」
「なるほど一理ある。が、それこそついでだろ? 本意は違うと思うんだけどなー?」
ニヤニヤしながら指を回す魔理沙に多少癇に障る。すべてわかってるけど、からかってやるぜ。そんな風だ。
「本当に何もないわ。あなたの家に行こうと思って、ついでに連れてきた。それだけ。これでこの話はおしまいよ」
「そうかいそうかい。まあいいさ」
むやみに引っ張るつもりもなかったらしく、早々に魔理沙は切り上げた。意外だが、踏み込んで欲しくないラインはわきまえているらしい。この話はもう振らない、といった具合に手をひらひらと振る。
「それにしても、今日はなんだかおとなしいな、フラン。いつもならもっと、はしゃぎ回るだろうに」
「そうかしら。あなたがいないときはこんなものよ。いえ、むしろもっと静かだけれど」
「ホントかよ、にわかに信じられないぜ」
「今日はあなたのコレクションに夢中だったから。もともとそういう性質なのよ。自分の世界に深くまで入り込めるタイプ。だから地下室に閉じ込めることができたのよ。おもちゃや本を詰め込んで」
「まあ、その気になれば出られるだろうからな。何もかも壊せるんだし」
出られるのに出ないのは、ちゃんとレミリアの意図がわかっているから。
無理して出ないのは、その場所でも満たされていたから。
「力の加減はできなくても、そもそも使うつもりがない」
「でも、使わざるを得ない状況って、意外とあるもんだぜ」
「そういう時に、私たちがいるのよ」
「……なんか、今日は一段とらしくないぜ?」
「……別に」
少し喋りすぎたと、パチュリーは軽く咳き込んだ。
「待ってろ、茶くらいは淹れてやるよ」
「お願いするわ」
ガチャガチャと足元のガラクタを蹴飛ばしながら、魔理沙が自室を後にする。
結局ゴミなのではないか、とパチュリーは呆れながら魔理沙を見送った。それからフランを眺める。
フランはガラクタを、それこそおもちゃのように握っていた。
彼女の周りに散らばるガラクタは、彼女の手に取ったものの末路のようだった。
と、その時。
フランが動いた。を思った矢先、フランの手に握られていたガラクタが砕け散った。
パチュリーが警戒を強めると同時に、パチュリーの足元でガラクタが次々と破壊された。
(これは……ッ!)
とっさに、ふわりと宙へ浮きあがる。すぐさま窓に向かってスキルを発動、外に退避する。
次の瞬間には部屋全体にまで力がおよび、霧雨邸の外観までも変えてしまった。メキメキと崩れ、半壊する。
「おいおい、なんだよこれ!?」
横を見ると、魔理沙が家から飛び出してきたところだった。音を聞いて、様子を見に来たのだろう。
「フランの力か?」
「わからないわ。ただ、フランは眠っているままだった。力の暴走ってところかしら」
よく見ると、破壊の力はフランを中心に円形に広がっているようだった。しかし、その力は徐々に拡大している。霧雨邸全体を覆うのも時間の問題だろう。
パチュリーと魔理沙は、霧雨邸から十分に距離を取る。
「これは、黙ってみてるしかないのかな?」
「そんなわけにもいかないでしょう? 原因を考える時間はないから、手っ取り早く済ますわよ」
「つまり?」
「少なくとも、起きているときにこんなことは起きなかった。それに、普段眠っているときにも、起こったためしはないわ。眠りが浅いのかもしれない」
「なるほど、それじゃ」
すっ、と八卦炉を構える魔理沙。
「起こすか、完全に眠らせるか」
「恋符『マスタースパーク』!!」
極大の光がフランめがけて放たれた。しかし、
「うえッ!」
「なッ!」
魔理沙が放った弾幕が破壊の円に触れた瞬間、光の束が砕け散った。魔法としての構成を壊された魔力がキラキラと光る。
「……フランの力って、弾幕にも有効なのか?」
「し、知らないわよ。でもこれは……」
魔理沙の『マスタースパーク』は、単純に、弾幕としての攻撃力を最大にまで高めたスペルである。その威力は幻想郷内でもトップクラスだ。そんな弾幕が一瞬にしてかき消されたのだ。
「日符『ロイヤルフレア』」
パチュリーの持つスペルの中でも、最高クラス。さらに、吸血鬼であるフランに、日の属性魔法は有効である。
はずだったのだが……
「まったく効果ないぜ」
「まあ、期待はしてなかったけれど」
パチュリーの弾幕も、『マスタースパーク』よろしく、破壊の力によって消滅した。分解された魔力が宙を舞う。
「魔法も壊せるのね。どんな仕組みかしら」
「ちょっと待て、どうするんだよこれ? 私の家が消滅しちまう」
「大丈夫、まだ3分の2は残ってるわ」
「何の慰めにもなってねえよ」
「まあ、策はあるけれど」
「ホントか?」
「まあね、あれ見て」
そう言って、フランのほうを指さした。部屋の壁は完全に破壊され、外から丸見えである。しかし日の傾きのおかげで、フラン自身が日光に晒されることはないようだ。
「フランの眠っている床は、破壊されてないでしょう?」
「そういや確かに。なんでだろ?」
「つまり、フランの力は半球状に広がっているの。フランの『地』は確保されるように、力がセーブされているのね」
「つーことは、やるならフランの真下からってことか」
「そういうこと」
そして、とパチュリーが言葉を続ける。
「吸血鬼の弱点は日光だけじゃない」
「大蒜? 十字架?」
「間違いじゃないけれど、レミィがレミィだから、あんまり期待できないわね」
「それじゃどうすんだ?」
魔理沙が怪訝そうに首をかしげる。
パチュリーは静かに指を下に向けた。
「流水よ。つまり地下水を利用する」
「ほほう、なるほど」
「私が水符と土符で地下水を呼び出す。おそらくそれでフランの力が弱まるから……」
「私の出番ってわけだな」
魔理沙は再び、八卦炉を構える。
「突き破ればいいわけだ」
無言でうなずき、パチュリーはスペルカードを取り出した。
「……なあ、二人で弾幕撃ち込んだりして、フラン大丈夫かなあ?」
「吸血鬼相手に、生半可な気持ちで起こせると思う?」
「起こすだけなら生半可でもちょうどよくないか?」
「それに、友人相手に遠慮はいらないわ」
「そうか、私とフランは友人だったのか」
「なんだと思っていたの?」
「ん~、……ライバル?」
「わーカッコイー、余計遠慮はいらないじゃない」
「ははっ、それもそうだ」
改めてスペルカードを構え直す二人。
「それじゃ、いくわよ」
「おう、いくぜ」
目覚めたフランが見たのは、半壊になった霧雨邸だった。
「目を覚ましたわよ、魔理沙」
「ホントか!? よかった、心配したぜ」
パチュリーに膝枕してもらいながら、目だけ動かして周囲を確認する。
「いやあ、まさかマスタースパークが直撃だとは……。今度はかき消されないように~っと思って出力上げておいたら、まさかフリーで通過するとは……」
「私もびっくりよ、あんな威力の弾幕をフランに撃つなんて。もしかしてフラン嫌いなの?」
「いや、そうじゃなくてよー」
「……これ、私がやったんでしょ?」
ぽつりとフランがつぶやく。そのつぶやきを聞いて、二人はフランを見た。
「……やっぱり、外に出ちゃあ、ダメだったのかぁ。そうだよねぇ、危ないもんねぇ。私が危ないならまだしも、周りの人が危ないだなんて、」
フランはにへら、と笑う。
そして、笑うように、泣き出した。
「もういいよ……。外には出ない……。……ごめんね魔理沙、家もせっかく集めてたコレクションも、壊しちゃって、」
それから、笑ったような顔も、だんだんと崩れていく。
「ごめんねパチュリー……、せっかく……外、……連れてきてくれたのに、……っひく、わたし、わたしぃ……、」
パンッ!!
と、そこで、フランの両の頬がはたかれた。そのまま頬をつままれ、横に延ばされる。
「ふぁ、ふぁちゅりーッ!?(パチュリーッ)」
フランは驚いて、パチュリーを見た。パチュリーは相変わらずの無表情である。
「何で泣いてるのよ」
フランの頬をウニウニと伸ばして弄ぶ。
「何かあったのかしら? フランの泣くような何かが」
「だ、だって魔理沙の家……っ、」
「直せばいいでしょう、家なんて」
「パチュリーや魔理沙も、危なかったんじゃ……、」
「誰も怪我の一つもしてないわね」
「魔理沙のコレクションだって、」
「あれはゴミよ」
「違う! あれは、」
パチュリーに、じとりと睨まれ、魔理沙は言葉を飲み込む。
「あれは……、そう、ゴミだな、うん。ちょうど掃除したかったし、うん」
「ほら、こう言ってるし。ついでに掃除してきたら?」
「そうだなぁ、ちょうどいいし、掃除しますかぁ!」
「魔理沙……」
もうヤケだと言わんばかりに、別の部屋へと出ていく魔理沙に、フランは声をかけた。
「ごめん。家とか、コレクションとか……」
「あー、ホントにいいって」
魔理沙はひらひらと手を振る。
「謝ってくれれば、それでいい。こんなことは、その程度のことだ」
「魔理沙……」
「フランは知らないかもしれないが、こんなことはよくあることなんだ。大したことじゃないんだよ」
そういって、部屋を後にする。どうやら、別の部屋ののガラクタにまでマスパをかましているらしい。
そんな魔理沙を見送ったあと、パチュリーはやっとフランの頬をつまんでいた指を離す。かと思えば、次はフランの頭を撫で始めた。
「今から、無責任なことを言うわ」
そういって、こほん、と咳払いを一つ。
「別に、力が使いこなせないのは悪いことじゃないわ。今はそうでも、少しづつ、使えるようになればいいわけだし」
撫でられることに慣れてないフランは、照れくさそうに身をよじった。だが、不思議と悪い気がしなかった。
「でも、それを理由に、やりたいことをやらないのは、私としては我慢ならないわ。外に出たければ出ればいい。遊びたければ遊べばいい」
そこでパチュリーの目に、わずかだが怒りが籠る。
「でも、今日みたいなことが起きたら……」
「その時は私たちがフォローするわ」
少なくとも、とパチュリーが語句を強めた。
「友人相手に遠慮することはないわ」
それを聞いて、フランはきょとんとした顔をする。それを怪訝に思ったのか、パチュリーも首をかしげる。
「どうしたの?」
「そうか、私とパチュリーは友人だったのね」
「なんだと思っていたの?」
「家族」
と、少し寂しそうに、拗ねたように目を横に逸らす。
それを聞いて、パチュリーはなるほど、と思う。
「そうか、私とフランは家族だったのか」
「そうよ、家族だわ」
「なら、余計遠慮はいらないじゃない」
それを聞いて、フランはふふっ、と噴き出した。
「ははっ、それもそうね」
フランはいい加減起き上がろうとしたが、パチュリーはそれをやんわりと止めた。なんでも、弾幕が直撃したのだから、もう少し休んでおきなさいとのことだった。
「ところでさ、何で私のお願い、聞いてくれたの」
それを聞いて、パチュリーはむすっと黙ってしまった。
「え? パ、パチュリー?」
「……だから」
ごにょごにょと口ごもるパチュリー。心なしか、顔が赤い。
「パチュリー?」
「……魔法使いだから」
それを聞いて、フランはきょとんとする。
「私が、魔法使いだから、願いを叶えてあげようかなーって……」
「あ、」
あははっ! と、フランはたまらず笑い転げた。まさかパチュリーの口から、そんな言葉が出てくるなんて。
パチュリーは居心地悪そうに顔を逸らす。無表情ではあるが、顔の赤さは隠せていない。
ひとしきり笑ってから、フランは次の『お願い』をしてみる。
「ねえ、またどこか連れてってよ」
それを聞いて、パチュリーが微笑んだ。
「そうね、今度はどこに行こうかしら」
フランは意外なことに、初めてパチュリーの笑顔を見たきがした。
「いったいどういうことかな、パチェ?」
「さあ、私は出かけていたから、今日の紅魔館の出来事なんて知る由もないのだけれど」
紅魔館に到着して、早速レミリアが待ち構えていた。どうやら、早々にばれたらしい。密告者はおそらく咲夜あたりだろう。
「出かけるのは勝手だが、少し荷物が大きすぎやしないか?」
「荷物? 持って行った覚えはないわね」
「そうだろうな。連れ出せば勝手についてゆく、便利で困った荷物だ」
「残念、フランは荷物じゃないわ」
「そうだッ! フランは荷物でもなんでもないだろう! 連れて行く理由もないッ!」
レミリアが声を荒げる。相当ご立腹らしい。
「フラン、これはお前の意思で出たのかな? それともパチェに唆されたか?」
「…………」
フランは完全に委縮してしまっている。本気でやりあえばフランのほうに軍配は上がるだろうが、それとは別にレミリアに弱いらしい。
それでも、フランは前に出た。
「あの、お姉さま……」
「なんだ、弁解があるなら聞こうじゃないか。無論、聞くだけだが」
すうッと息を吸い込み、フランはレミリアを見つめる。そして、
「ごめんなさいッ!!!」
「…………」
しばらくきょとんとしたレミリアだったが、はっと我に返り、フランを睨む。
「……ッ、あ、謝れば済む問題じゃ――」
「レミィ、フランを連れ出したのは私なの。フランを責めないでちょうだい」
「でも!」
「それとも、あのレミリア・スカーレットが、正直に謝る相手をさらに責め立てるような見苦しい真似をするのかしら?」
「ぐ……ッ!!」
それを聞いてレミリアは口を噤む。
「ン……ッぐぅ~~…………ッ」
ギリギリと唸るレミリア。この言葉は相当効いたらしい。
やがて、レミリアの中でどんな葛藤があるのかは知らないが、悔しそうにひとしきり呻いたあと、なんでもなかったように言った。
「ん、んー、そうだな、うん。反省しているなら、今回は見逃そう。フランは部屋へ帰れ。今日一日、部屋で謹慎だ。パチェは残れ」
それを聞いて、フランとパチュリーは一度だけ目を合わせた。フランが何か言いたげだったが、そのまま一言もかわさぬままその場をあとにした。
残ったパチュリーは、レミリアに尋ねた。
「さて、私はどんな罰が待っているのかしら?」
むすっとした顔のレミリアは、そのままカツカツと近づいていく。と、パチュリーの胸に頭からもたれかかる。
「……あの言い方は、ズルい」
上目づかいで、拗ねたように睨むレミリア。その顔は耳まで真っ赤に染まっている。
「そうね」
「フランだって、私が外に遊びに連れて行こうと思ってたのに」
「あら、そうだったの? 悪いことしたわね」
「ズルいよ、いつ連れて行ってやろうか、楽しみにしていたのに」
「てっきり、レミィの過保護な一面が働いて、生涯屋敷に閉じ込めておく気かと……」
「そんなわけないだろ! くそぅ、悔しいなぁ」
そういって、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。
「ごめんなさいね。でも、願いを叶えるのは魔法使いの特権なの」
「それは悪魔の特権でもある」
「悪魔は見返りを求めるけれど、魔法使いはそんなもの求めないの」
「その代わり、条件を付けるだろ?」
「そうね。今日はレミィが寝ている間だけだったんだけど」
「条件、意味ないじゃないか。気前のいい魔法使いだな」
そこでおかしくなったのか、レミリアはけらけらと笑いだす。
「じゃあ魔法使い。私の願いも聞いておくれよ」
「朝日が昇るまでならね」
そういって、パチュリーは悪戯っぽく笑って見せた。
あとさりげにおぜうが可愛い…
願い事を叶えてくれる魔法使いは、いつだって私たちのあこがれ。
淡泊な雰囲気も素敵。
かわいいなこの500才
登場人物みんなかわいくておもしろかったです。
魔理沙にレミィもいい味出してるし。
これだから紅魔館は離れられないんだな
レミリアとの最後のシーンではタイトルが上手く活かされていて、さっぱり風味で読みやすかったです。
魔法使いなんだからっていう発想が素敵でした
みんな可愛いくてとてもイイ
魔理沙はドンマイ!
いいじゃあないか魔法使い
パッチェが可愛いです(*´∀`)
デレるレミィも可愛いですね