「あー、頭いたぁ……」
頭は重いし、意識はぼんやりしているしで、ここ最近では最悪のコンディションで、紅美鈴は目を覚ました。昨日は咲夜が忙しいとのことで、レミリアの付き添いで宴会に出かけたのだが、久々に飲んで騒いだせいであまり良い目覚めではなかった。しかし、いつもなら寝坊の時間なのに、咲夜が起こしに来ないところをみると、気を使ってくれているのだろう。
(でもまあ、さすがにこれ以上は甘えられないなぁ……)
とっくに日も高くなっており、惰眠を貪るには申し訳ない時間帯だ。今日は天気もいいし、寝るのならば昼下がりに取っておきたいところである。
もぞもぞとベッドから起き上がり、顔を洗う。たぶん今日はひどい顔をしているのだろうと鏡を見ると、頭にパンツをかぶっていた。
(……いや、パンツ?)
おかしいな。パンツを頭にかぶるなど、昨日は相当酔っていたのだろうか。まあ、本当に久しぶりだったし、調子に乗って飲みすぎた気も……
「ってパンツ!?」
眠気も吹き飛び、むしろ冷や汗まで吹き出して、美鈴は鏡を凝視する。
(なんでパンツ!? 悪酔いにもほどがあるだろ! っていうかこれ誰の!?)
「美鈴? なに騒いでるの?」
その時、咲夜の声とともに扉が開かれた。起こしに来たのか偶然通りかかったのか知らないが、最悪のタイミングである。
「宴会もわかるけど、いい加減起きたら――」
美鈴の姿を見るや否や、咲夜お得意の投げナイフが飛んできた。
「美鈴、あなたなんでお嬢様のパンツかぶっているのかしら……」
「ああッ! これやっぱりお嬢様のかッ!」
頭を抱え天を仰ぐ美鈴。ナイフは威嚇だったらしく美鈴の横っ面ぎりぎりを通ったが、パニックのせいで意にも介さない。
「違うんです咲夜さんッ! これは私の意思とは無関係で、おそらく酔った勢いで――」
「いいからパンツとれェ!」
今度こそ仕留めるつもりであろうナイフが、雨あられのように飛んできた。
危機一髪で部屋の窓を蹴破って外へ回避した美鈴だったが、このまま外をうろつくのは危険すぎる。パンツを頭にこそつけていないが、片手に握りしめて行動するのはどう考えても不審者、変態、危険人物のどれにでも当てはまるだろう。寝間着のままというのも目立つだろうし、屋敷の妖精メイドにでも見られたらたまったものではない。ここは早く屋敷内に戻らねば。
とか考えていたら、普通に魔理沙に見つかってしまった。
(なんで今日はこうタイミングが悪いんだぁ!)
「よう、どうした美鈴。門の前にいないと思えば、そんな格好で」
なにやら美鈴がいないのをいいことに、中庭を散策していたらしい。何か珍しいものでもあれば、くすねるつもりだったのだろう。
「いやぁ、魔理沙さんご機嫌よう。どうしました? こんなところで」
「ん? まあ、散歩だよ。決して何かを盗ろうとか――」
妖精メイドどころの騒ぎじゃない。この魔女にかかれば、私の社会的な抹殺など容易だろう。
そんな危機感のせいで、美鈴はとっさに、そしてあからさまに片手のパンツを後ろに隠した。それを見逃してくれるほど、この魔女は人が良くはない。
「……おい美鈴。何か隠さなかったか」
「……いや、別に」
それに加え、根が正直者の美鈴は、誤魔化しかたが壊滅的に下手だった。目は泳ぐ、冷や汗はかく、落ち着きなく体が揺れている。
それに対して魔理沙は、目をらんらんに輝かせ、唇はにんまりと吊り上り、意地悪く美鈴を眺め回していた。
「ふーん、そうかぁ。美鈴は何か隠してるのかぁ」
「そんな、隠してなんてぜんッぜん……」
「ちょっとくらい見せてくれても、いいと思うんだけどなぁ」
「いやいや、だから見せるも何も……」
じりじりと間合いを詰めてくる魔理沙に、徐々に追い詰められていく美鈴。やがて背中に壁があたり、逃げ場のないことを知らせてくる。
「そら、観念してそいつをこっちに寄越すんだぜ!」
「いや、だからそんな大したものじゃないって!」
かたくなに隠したせいで、魔理沙の好奇心を無駄に刺激してしまったらしい。もはや止まる気配はない。猫が獲物を見るように、そろりそろりと近づいてくる。
(殺なければ、殺られる!)
痺れを切らし飛びかかってきた魔理沙の脇腹に、カウンターで拳をあてる。そしてそのまま捻じるように撃ち抜いた。
パンツ持った手で。
「がはッ!!」
魔理沙はその場で膝をつき、意識を失った。
「フー……」
ぎりぎりの勝負だった。
勝利の余韻を感じながら、美鈴は敗者を見下ろした。
パンツ持ったまま。
美鈴は魔理沙を担ぎ、屋敷内を歩いていた。
魔理沙を打ち破ったはいいが、外に放置しておくわけにもいかず、気絶した魔理沙を背負い、休ませておくための適当な部屋を探していた。
(というか、これじゃ不審度が増しているんじゃ……)
パンツ片手に気を失った少女を背負う大女。なにかアウトな気がする。
「この部屋でいいか……」
適当に客間のひとつに入り、ベッドに横にする。魔理沙の顔を見ると若干顔色が悪く、美鈴の突きのダメージがわかる。
「思いっきり突いたうえに、気を送り込んだからなぁ」
美鈴の気が魔理沙の気を乱し、結果として生命力を削っているのだ。放っておけば調子を整えるだろうが、このままにしておくのも申し訳ない。
「しょうがない。応急処置だけでも……」
魔理沙の服をめくり、突きを入れた部位を確認する。外から見ればなんということもないが、そこには美鈴の撃ち込んだ気の流れを乱す塊が存在した。
そこを手のひらで触り、気の流れを整える。美鈴の気を操る程度の能力は、何も自分のものだけではないのだ。
「どうかしたの魔理沙?」
パチュリーが扉を開いて入ってきた。
「屋敷に入ってからずいぶん魔力が弱まったけど、いったい何が――」
部屋の中の時間が止まった。
ベッドの上には服をめくられた魔理沙、その脇腹を触る寝間着姿の美鈴、そばにはパンツ。
しばらく固まっていたパチュリーだったが、唇を震わせながら言った。
「……な、何をしているの?」
「……や、パチュリー様。落ち着いて聞いてくださいね」
「心配しないで、私は誰よりも落ち着いてるわ。すごく冷静よ」
そんなことを言うパチュリーだったが、明らかに目の色がおかしい。手をふらふら動かしたりと、挙動も不審である。
「でもまさかそんな魔理沙の魔力を辿ってきてみればまさか美鈴が魔理沙のことをそんな……」
「パチュリー様、誤解です! そういうR-18なことは――!」
「魔理沙のパンツまで脱がして何を言っているのよ」
「これはお嬢様のパンツですッ!」
「余計悪いわッ!!!」
言いながらパチュリーは持っていた魔導書を振り回してきた。
「あなた魔理沙だけでなくレミィまで!」
「ちょ、違うんですって! 涙目にならないでください!」
魔導書を躱し、廊下へ走り出る。そこに無数のナイフが飛んできた。
「見つけたわよ美鈴。逃がさないわよ」
「咲夜、魔理沙が!」
「パチュリー様!? なんてこと、魔理沙にまで毒牙を――」
「違いますって!」
「幻符『殺人ドール』!」
「日符『ロイヤルフレア』!」
「ひいいいぃぃぃぃ!!」
美鈴はスペルの応酬を受けながらも、なんとか逃げ延びた。もともと身体能力には自信があるのだ。しかし、完全に追われる立場となってしまった。
こうなれば逃げ切るしかないと、こそこそと屋敷内を移動する。目指すは、おそらく紅魔館一の危険地帯、フランドールのいる地下室だ。この時間、吸血鬼はまだ寝ている時間だ。フランドールの眠りを妨げるような自殺行為をする者はいない。それを逆手に取るのだ。リスクは大きいが、成功すれば半日は逃げ切れる。誤解を解くのは騒ぎが収まってからでいい。
咲夜がメイド長権限を発動したのか、妖精メイドまで美鈴狩りに参加していた。そんな包囲網を何とかかいくぐり、地下室までたどり着く。ここからが一番の問題、フランドールを起こさずに部屋に潜り込めるかどうか。なんだかまた罪を重ねている気がするが、大丈夫、これは大丈夫なやつだからと、自分に言い聞かせる。
しかし、意外なことにあっさり侵入できた。
「美鈴、どうしたの?」
「あら、妹様? 起きてらしたんですか?」
美鈴が扉を開くと同時に、中から開かれたのだった。予定外の幸運に感謝しながらも、部屋の中へ入れてもらう。さすがに寝起きだったらしく、ふらふらとベッドのほうへ歩いてゆく。美鈴もそれに従い、二人並んでベッドに座る。
「なぜこんな時間に起きてるんです?」
「だって、上のほうがうるさいんだもん」
ああ、そうかと、美鈴は納得する。なにせ咲夜とパチュリーが血眼になって美鈴を探しているのだから。
「何となく何がおきてるのかも、分かるよ」
「え、じゃあ……」
このまま妹様に事情を説明してもらえば……、と美鈴は期待を膨らませる。しかし、
「お姉さまと魔理沙を襲ったんだって?」
見事に打ち砕かれた。
「いやいや、襲っただなんて! というかどういう意味か……」
「知ってるよ、何年生きてると思ってるの」
「た、たしかに」
見た目も中身も子供だが、まぎれもなく500年近く生きている吸血鬼なのだ。知っててもおかしくない。しかし、フランドールにそういう誤解をされるとすごくいけないことのような気がするのはなぜだろうか。
「でも妹様、それは誤解がありまして――」
「美鈴!」
いきなりフランドールに押し倒され、馬乗りにされる美鈴。突然の出来事に目をぱちぱちと瞬く。一体何事かとフランドールを見ると、真剣な顔で美鈴を見つめていた。
「美鈴、私ね、美鈴のことは大好きだけど、同じくらいお姉さまや魔理沙のことが大切なんだ」
「い、妹様?」
「だからね、美鈴……」
その時、フランドールの目がギラッと光った。猫が獲物を、どころではない。吸血鬼が獲物を見るような、独特の力ある眼光。
(こ、殺される……)
一妖怪が吸血鬼の膂力に勝てるはずがない。首元へ迫る手を何もできずに眺めながら、美鈴は祈り、目をつむった。
手が首の骨を握りつぶす。
(………………?)
――かと思いきや、手は頬に優しくあてられた。そして、反対側の頬には温かい感触が。
(……これは?)
目を開くと、フランドールが顔を赤くして恥ずかしそうに口を押えていた。
(いまのって……)
「お姉さまや魔理沙には、何もしないで。そ、そういうことだったら、私が、するから……」
顔を真っ赤にして俯くフランドール。
これはフランドールなりに考えた結果なのだろう。美鈴もレミリアも魔理沙も守るために、自分が犠牲になろうと。
そうして美鈴は――
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」
「め、美鈴!? どうしたの!?」
突然暴れ出した美鈴を押さえつけようとするが、吸血鬼の力など問題にならぬかのようにフランドールの拘束から脱出し、叫び声を聞いて集まってきた咲夜やパチュリーの足元に泣きながら縋り付いた。
「美鈴!? いったい何が……」
「殺してくださいッ! 私は最低です! 早く殺してーッ!」
「心配しなくても殺してあげるわ。どんな本にも載ってないような、斬新かつ残虐な方法でね」
「やめてッ! 美鈴に手を出さないで!」
美鈴を守るように咲夜たちの間に入るフランドール。それを見て美鈴はますます苦しみだす。
「や、やめて妹様……ッ! ホントにもう……」
「美鈴、大丈夫! 私が守るから!」
「ぐはぁッ!」
何やら事情が呑み込めない咲夜とパチュリーは、お互いに顔を見合わせた。
「話くらい聞きましょうか」
「つまり、お嬢様のパンツは酔った勢いで、魔理沙とは事故で、妹様には迫られたけど罪悪感に耐えられなかったと」
「そのとおりです」
よくよく考えてみれば、朝から今まで、事を説明するのはこれが初めてである。これだけ逃げ回っておいて、馬鹿な話だ。
「ホンットに何もなかったのね? レミィとも、魔理沙とも」
「何にもないですよ。魔理沙さんはともかく、お嬢様を襲うだなんて。そんな妖怪、そうそういませんよ」
フランドールとの時もそうだったが、吸血鬼の力は並みの妖怪では歯が立たない。格闘に自信のある美鈴とはいえ、吸血鬼とは雲泥の差なのである。
「なんで説明しなかったのよ」
「説明聞いてくれる雰囲気じゃなかったじゃないですか!」
「でも酔ってパンツかぶってくるって、それでもギリギリのラインよ。どれだけ盛り上がったのよ、昨日の宴会」
「いやぁ、それが覚えてなくって」
それから今日の出来事について談笑する美鈴、咲夜、パチュリーのところへ、目を覚ました魔理沙がやってきた。
「あら魔理沙、目を覚ましたのね」
「おう、なんだか気分がすぐれないんだが、いったい私はなんで寝てたんだ?」
「あー、いや、魔理沙さんいきなり中庭で倒れたんですよ。ふらふらーっと。そう、日射病ですよ、きっと。今日日差し強かったし。魔理沙さんの格好、黒っぽいし」
「そうかぁ? 脇腹がズキズキするけどな。それに私、魔法の森でも倒れたことないぜ」
記憶が飛んでいるらしく、魔理沙は不思議そうに首をかしげる。これ以上詮索されて、ぼろが出たらたまらないと、美鈴は急いで話題を変える。
「そ、そうそう。昨日の宴会、私呑み過ぎたみたいでよく覚えてないんですよ。どんな感じだったんですか?」
それを聞いた魔理沙は、心底おかしそうにくつくつと笑い始めた。
「いやぁ、昨日は傑作だったぜ。特に美鈴、お前はすごかったぜ」
「へえ、やっぱりそうなんですか」
「なにせお前、酔いつぶれたレミリアお嬢様の服を引っぺがして、あろうことかその裸体をその場全員の前で晒させたんだからな」
「へ?」
「レミリアにしてみりゃ屈辱だったろうなぁ。お前みたいな『ないすばでぃー』に脱がされるんだから。しかもあいつ、体はこどもっぽいだろ? 涙目で震えてたぜ」
「…………」
楽しそうに話す魔理沙とは対照的に、美鈴は背筋が冷たくなっていくのを感じた。冷気の原因は語るまでもなく残りの二人だろう。
「騒がしいな。目が覚めたじゃないか」
ちょうどそこに、目を覚ましたレミリアがやってきた。眠たげに目をこすっている。
「お嬢様、おはようございます」
「おはようレミィ」
「おはようございます、お嬢様」
「ああ、おは――………ッ!」
レミリアが挨拶を返そうとしたが、美鈴と目を合わせると顔を赤くして目をそらした。そのまま向きを変え、去っていく。
「あーあー、しーらなーいぜー♪」
空気を読んだ魔理沙が、楽しそうに逃げて行った。
「あ、あのー、お嬢様ー」
小さくなっていくレミリアの背に呼びかけてみるが、戻ってくる気配はない。
「さて美鈴」
「わかってるわね」
振り向くと、冷ややかな目でこちらを見てくる、吸血鬼の従者と友人の姿があった。
頭は重いし、意識はぼんやりしているしで、ここ最近では最悪のコンディションで、紅美鈴は目を覚ました。昨日は咲夜が忙しいとのことで、レミリアの付き添いで宴会に出かけたのだが、久々に飲んで騒いだせいであまり良い目覚めではなかった。しかし、いつもなら寝坊の時間なのに、咲夜が起こしに来ないところをみると、気を使ってくれているのだろう。
(でもまあ、さすがにこれ以上は甘えられないなぁ……)
とっくに日も高くなっており、惰眠を貪るには申し訳ない時間帯だ。今日は天気もいいし、寝るのならば昼下がりに取っておきたいところである。
もぞもぞとベッドから起き上がり、顔を洗う。たぶん今日はひどい顔をしているのだろうと鏡を見ると、頭にパンツをかぶっていた。
(……いや、パンツ?)
おかしいな。パンツを頭にかぶるなど、昨日は相当酔っていたのだろうか。まあ、本当に久しぶりだったし、調子に乗って飲みすぎた気も……
「ってパンツ!?」
眠気も吹き飛び、むしろ冷や汗まで吹き出して、美鈴は鏡を凝視する。
(なんでパンツ!? 悪酔いにもほどがあるだろ! っていうかこれ誰の!?)
「美鈴? なに騒いでるの?」
その時、咲夜の声とともに扉が開かれた。起こしに来たのか偶然通りかかったのか知らないが、最悪のタイミングである。
「宴会もわかるけど、いい加減起きたら――」
美鈴の姿を見るや否や、咲夜お得意の投げナイフが飛んできた。
「美鈴、あなたなんでお嬢様のパンツかぶっているのかしら……」
「ああッ! これやっぱりお嬢様のかッ!」
頭を抱え天を仰ぐ美鈴。ナイフは威嚇だったらしく美鈴の横っ面ぎりぎりを通ったが、パニックのせいで意にも介さない。
「違うんです咲夜さんッ! これは私の意思とは無関係で、おそらく酔った勢いで――」
「いいからパンツとれェ!」
今度こそ仕留めるつもりであろうナイフが、雨あられのように飛んできた。
危機一髪で部屋の窓を蹴破って外へ回避した美鈴だったが、このまま外をうろつくのは危険すぎる。パンツを頭にこそつけていないが、片手に握りしめて行動するのはどう考えても不審者、変態、危険人物のどれにでも当てはまるだろう。寝間着のままというのも目立つだろうし、屋敷の妖精メイドにでも見られたらたまったものではない。ここは早く屋敷内に戻らねば。
とか考えていたら、普通に魔理沙に見つかってしまった。
(なんで今日はこうタイミングが悪いんだぁ!)
「よう、どうした美鈴。門の前にいないと思えば、そんな格好で」
なにやら美鈴がいないのをいいことに、中庭を散策していたらしい。何か珍しいものでもあれば、くすねるつもりだったのだろう。
「いやぁ、魔理沙さんご機嫌よう。どうしました? こんなところで」
「ん? まあ、散歩だよ。決して何かを盗ろうとか――」
妖精メイドどころの騒ぎじゃない。この魔女にかかれば、私の社会的な抹殺など容易だろう。
そんな危機感のせいで、美鈴はとっさに、そしてあからさまに片手のパンツを後ろに隠した。それを見逃してくれるほど、この魔女は人が良くはない。
「……おい美鈴。何か隠さなかったか」
「……いや、別に」
それに加え、根が正直者の美鈴は、誤魔化しかたが壊滅的に下手だった。目は泳ぐ、冷や汗はかく、落ち着きなく体が揺れている。
それに対して魔理沙は、目をらんらんに輝かせ、唇はにんまりと吊り上り、意地悪く美鈴を眺め回していた。
「ふーん、そうかぁ。美鈴は何か隠してるのかぁ」
「そんな、隠してなんてぜんッぜん……」
「ちょっとくらい見せてくれても、いいと思うんだけどなぁ」
「いやいや、だから見せるも何も……」
じりじりと間合いを詰めてくる魔理沙に、徐々に追い詰められていく美鈴。やがて背中に壁があたり、逃げ場のないことを知らせてくる。
「そら、観念してそいつをこっちに寄越すんだぜ!」
「いや、だからそんな大したものじゃないって!」
かたくなに隠したせいで、魔理沙の好奇心を無駄に刺激してしまったらしい。もはや止まる気配はない。猫が獲物を見るように、そろりそろりと近づいてくる。
(殺なければ、殺られる!)
痺れを切らし飛びかかってきた魔理沙の脇腹に、カウンターで拳をあてる。そしてそのまま捻じるように撃ち抜いた。
パンツ持った手で。
「がはッ!!」
魔理沙はその場で膝をつき、意識を失った。
「フー……」
ぎりぎりの勝負だった。
勝利の余韻を感じながら、美鈴は敗者を見下ろした。
パンツ持ったまま。
美鈴は魔理沙を担ぎ、屋敷内を歩いていた。
魔理沙を打ち破ったはいいが、外に放置しておくわけにもいかず、気絶した魔理沙を背負い、休ませておくための適当な部屋を探していた。
(というか、これじゃ不審度が増しているんじゃ……)
パンツ片手に気を失った少女を背負う大女。なにかアウトな気がする。
「この部屋でいいか……」
適当に客間のひとつに入り、ベッドに横にする。魔理沙の顔を見ると若干顔色が悪く、美鈴の突きのダメージがわかる。
「思いっきり突いたうえに、気を送り込んだからなぁ」
美鈴の気が魔理沙の気を乱し、結果として生命力を削っているのだ。放っておけば調子を整えるだろうが、このままにしておくのも申し訳ない。
「しょうがない。応急処置だけでも……」
魔理沙の服をめくり、突きを入れた部位を確認する。外から見ればなんということもないが、そこには美鈴の撃ち込んだ気の流れを乱す塊が存在した。
そこを手のひらで触り、気の流れを整える。美鈴の気を操る程度の能力は、何も自分のものだけではないのだ。
「どうかしたの魔理沙?」
パチュリーが扉を開いて入ってきた。
「屋敷に入ってからずいぶん魔力が弱まったけど、いったい何が――」
部屋の中の時間が止まった。
ベッドの上には服をめくられた魔理沙、その脇腹を触る寝間着姿の美鈴、そばにはパンツ。
しばらく固まっていたパチュリーだったが、唇を震わせながら言った。
「……な、何をしているの?」
「……や、パチュリー様。落ち着いて聞いてくださいね」
「心配しないで、私は誰よりも落ち着いてるわ。すごく冷静よ」
そんなことを言うパチュリーだったが、明らかに目の色がおかしい。手をふらふら動かしたりと、挙動も不審である。
「でもまさかそんな魔理沙の魔力を辿ってきてみればまさか美鈴が魔理沙のことをそんな……」
「パチュリー様、誤解です! そういうR-18なことは――!」
「魔理沙のパンツまで脱がして何を言っているのよ」
「これはお嬢様のパンツですッ!」
「余計悪いわッ!!!」
言いながらパチュリーは持っていた魔導書を振り回してきた。
「あなた魔理沙だけでなくレミィまで!」
「ちょ、違うんですって! 涙目にならないでください!」
魔導書を躱し、廊下へ走り出る。そこに無数のナイフが飛んできた。
「見つけたわよ美鈴。逃がさないわよ」
「咲夜、魔理沙が!」
「パチュリー様!? なんてこと、魔理沙にまで毒牙を――」
「違いますって!」
「幻符『殺人ドール』!」
「日符『ロイヤルフレア』!」
「ひいいいぃぃぃぃ!!」
美鈴はスペルの応酬を受けながらも、なんとか逃げ延びた。もともと身体能力には自信があるのだ。しかし、完全に追われる立場となってしまった。
こうなれば逃げ切るしかないと、こそこそと屋敷内を移動する。目指すは、おそらく紅魔館一の危険地帯、フランドールのいる地下室だ。この時間、吸血鬼はまだ寝ている時間だ。フランドールの眠りを妨げるような自殺行為をする者はいない。それを逆手に取るのだ。リスクは大きいが、成功すれば半日は逃げ切れる。誤解を解くのは騒ぎが収まってからでいい。
咲夜がメイド長権限を発動したのか、妖精メイドまで美鈴狩りに参加していた。そんな包囲網を何とかかいくぐり、地下室までたどり着く。ここからが一番の問題、フランドールを起こさずに部屋に潜り込めるかどうか。なんだかまた罪を重ねている気がするが、大丈夫、これは大丈夫なやつだからと、自分に言い聞かせる。
しかし、意外なことにあっさり侵入できた。
「美鈴、どうしたの?」
「あら、妹様? 起きてらしたんですか?」
美鈴が扉を開くと同時に、中から開かれたのだった。予定外の幸運に感謝しながらも、部屋の中へ入れてもらう。さすがに寝起きだったらしく、ふらふらとベッドのほうへ歩いてゆく。美鈴もそれに従い、二人並んでベッドに座る。
「なぜこんな時間に起きてるんです?」
「だって、上のほうがうるさいんだもん」
ああ、そうかと、美鈴は納得する。なにせ咲夜とパチュリーが血眼になって美鈴を探しているのだから。
「何となく何がおきてるのかも、分かるよ」
「え、じゃあ……」
このまま妹様に事情を説明してもらえば……、と美鈴は期待を膨らませる。しかし、
「お姉さまと魔理沙を襲ったんだって?」
見事に打ち砕かれた。
「いやいや、襲っただなんて! というかどういう意味か……」
「知ってるよ、何年生きてると思ってるの」
「た、たしかに」
見た目も中身も子供だが、まぎれもなく500年近く生きている吸血鬼なのだ。知っててもおかしくない。しかし、フランドールにそういう誤解をされるとすごくいけないことのような気がするのはなぜだろうか。
「でも妹様、それは誤解がありまして――」
「美鈴!」
いきなりフランドールに押し倒され、馬乗りにされる美鈴。突然の出来事に目をぱちぱちと瞬く。一体何事かとフランドールを見ると、真剣な顔で美鈴を見つめていた。
「美鈴、私ね、美鈴のことは大好きだけど、同じくらいお姉さまや魔理沙のことが大切なんだ」
「い、妹様?」
「だからね、美鈴……」
その時、フランドールの目がギラッと光った。猫が獲物を、どころではない。吸血鬼が獲物を見るような、独特の力ある眼光。
(こ、殺される……)
一妖怪が吸血鬼の膂力に勝てるはずがない。首元へ迫る手を何もできずに眺めながら、美鈴は祈り、目をつむった。
手が首の骨を握りつぶす。
(………………?)
――かと思いきや、手は頬に優しくあてられた。そして、反対側の頬には温かい感触が。
(……これは?)
目を開くと、フランドールが顔を赤くして恥ずかしそうに口を押えていた。
(いまのって……)
「お姉さまや魔理沙には、何もしないで。そ、そういうことだったら、私が、するから……」
顔を真っ赤にして俯くフランドール。
これはフランドールなりに考えた結果なのだろう。美鈴もレミリアも魔理沙も守るために、自分が犠牲になろうと。
そうして美鈴は――
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」
「め、美鈴!? どうしたの!?」
突然暴れ出した美鈴を押さえつけようとするが、吸血鬼の力など問題にならぬかのようにフランドールの拘束から脱出し、叫び声を聞いて集まってきた咲夜やパチュリーの足元に泣きながら縋り付いた。
「美鈴!? いったい何が……」
「殺してくださいッ! 私は最低です! 早く殺してーッ!」
「心配しなくても殺してあげるわ。どんな本にも載ってないような、斬新かつ残虐な方法でね」
「やめてッ! 美鈴に手を出さないで!」
美鈴を守るように咲夜たちの間に入るフランドール。それを見て美鈴はますます苦しみだす。
「や、やめて妹様……ッ! ホントにもう……」
「美鈴、大丈夫! 私が守るから!」
「ぐはぁッ!」
何やら事情が呑み込めない咲夜とパチュリーは、お互いに顔を見合わせた。
「話くらい聞きましょうか」
「つまり、お嬢様のパンツは酔った勢いで、魔理沙とは事故で、妹様には迫られたけど罪悪感に耐えられなかったと」
「そのとおりです」
よくよく考えてみれば、朝から今まで、事を説明するのはこれが初めてである。これだけ逃げ回っておいて、馬鹿な話だ。
「ホンットに何もなかったのね? レミィとも、魔理沙とも」
「何にもないですよ。魔理沙さんはともかく、お嬢様を襲うだなんて。そんな妖怪、そうそういませんよ」
フランドールとの時もそうだったが、吸血鬼の力は並みの妖怪では歯が立たない。格闘に自信のある美鈴とはいえ、吸血鬼とは雲泥の差なのである。
「なんで説明しなかったのよ」
「説明聞いてくれる雰囲気じゃなかったじゃないですか!」
「でも酔ってパンツかぶってくるって、それでもギリギリのラインよ。どれだけ盛り上がったのよ、昨日の宴会」
「いやぁ、それが覚えてなくって」
それから今日の出来事について談笑する美鈴、咲夜、パチュリーのところへ、目を覚ました魔理沙がやってきた。
「あら魔理沙、目を覚ましたのね」
「おう、なんだか気分がすぐれないんだが、いったい私はなんで寝てたんだ?」
「あー、いや、魔理沙さんいきなり中庭で倒れたんですよ。ふらふらーっと。そう、日射病ですよ、きっと。今日日差し強かったし。魔理沙さんの格好、黒っぽいし」
「そうかぁ? 脇腹がズキズキするけどな。それに私、魔法の森でも倒れたことないぜ」
記憶が飛んでいるらしく、魔理沙は不思議そうに首をかしげる。これ以上詮索されて、ぼろが出たらたまらないと、美鈴は急いで話題を変える。
「そ、そうそう。昨日の宴会、私呑み過ぎたみたいでよく覚えてないんですよ。どんな感じだったんですか?」
それを聞いた魔理沙は、心底おかしそうにくつくつと笑い始めた。
「いやぁ、昨日は傑作だったぜ。特に美鈴、お前はすごかったぜ」
「へえ、やっぱりそうなんですか」
「なにせお前、酔いつぶれたレミリアお嬢様の服を引っぺがして、あろうことかその裸体をその場全員の前で晒させたんだからな」
「へ?」
「レミリアにしてみりゃ屈辱だったろうなぁ。お前みたいな『ないすばでぃー』に脱がされるんだから。しかもあいつ、体はこどもっぽいだろ? 涙目で震えてたぜ」
「…………」
楽しそうに話す魔理沙とは対照的に、美鈴は背筋が冷たくなっていくのを感じた。冷気の原因は語るまでもなく残りの二人だろう。
「騒がしいな。目が覚めたじゃないか」
ちょうどそこに、目を覚ましたレミリアがやってきた。眠たげに目をこすっている。
「お嬢様、おはようございます」
「おはようレミィ」
「おはようございます、お嬢様」
「ああ、おは――………ッ!」
レミリアが挨拶を返そうとしたが、美鈴と目を合わせると顔を赤くして目をそらした。そのまま向きを変え、去っていく。
「あーあー、しーらなーいぜー♪」
空気を読んだ魔理沙が、楽しそうに逃げて行った。
「あ、あのー、お嬢様ー」
小さくなっていくレミリアの背に呼びかけてみるが、戻ってくる気配はない。
「さて美鈴」
「わかってるわね」
振り向くと、冷ややかな目でこちらを見てくる、吸血鬼の従者と友人の姿があった。
全裸で涙目で震えるレミリア・・・イイ!
それはともかく、フランちゃんの可愛さにやられました。
場数をこなせば良いものに成るはず!頑張って下さい。
「美鈴は吸血鬼を襲えるほどの力は無い」
「涙目のレミリアから服を剥ぎ取る美鈴」
この二つが矛盾してるんだ。
脱がした時はまだ酔いつぶれてただろ